2016年12月目次

 

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ベンジャミン・クレーム - 奉仕の生涯 追悼記

ベンジャミン・クレームの師である覚者からの特別の声明
未来の約束
覚者より ベンジャミン・クレーム肇記 Sl誌1992年5月号

視点
選挙:憎しみ、悲しみ、そして新しい物語
チャールズ・アイゼンシュタイン

賢者の言葉
フランシスコ教皇は宗教間の平和と宗教の自由を呼びかける
ダライ・ラマ

愛することの必要一選集
The need to love -  acompilatlon
愛することの必要一覚者より

世界情勢
ホワイト・ヘルメットとジョー・コックス下院議員が平和賞を受賞する
国連農村開発報告2016

時代の徴
奇跡の時代に終わりはない

マイトレーヤの優先順位
地中海での捜索と救助活動は、
これまで以上の危険な状況にさらされている
ユニセフ報告書『世界子供白書2016』

S.O.P (Save Our Planet)-われわれの地球を救え!
米国大統領選によって起こり得る環境への影響についてのコメント
気候活動家たち/各国政府関係者、気候科学者たちからのコメント/モロッコ:気候変動との闘い

石油と国家:分離すべき時
ジェイソン・フランシスによるスティーブン・クレッツマン氏へのインタビュー

健全な理性と対話をゴルバチョフ氏は訴える
ジョン・スケールズ・エイヴェリー

編集への手紙
慰め 他

編集部からの手紙

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

 

ベンジャミン・クレーム──奉仕の生涯

追悼記

 ベンジャミン・クレーム(ベン、または彼の若い頃にはベニーとして知られていた)は、1922 12月5日にスコットランドのグラスゴー市で、ロシア系ユダヤ人移民の息子であるモーリスと、アイルランドのローマカトリック教徒のエリザベスの間に生まれた。彼は一人息子であり、姉と妹が一人ずついた。彼の子供時代は極めて屈託のないものであり、至福と創造性の感覚で特徴づけられた性格であり、それは彼の生涯を通じて、顕著な特徴であった。彼は子供の頃、毎日、“ベニーの 30分”ショウで家族を楽しませていたことを、そして10歳の頃から、ひとりでオペラを見に行ったことを、追憶していた。

幼年時代、彼は親切そうな年寄りの姿を繰り返し見ており、サンタクロースだと思い込んでいた。クリスマス毎に、その姿が彼の家の窓に現れていたのである。サンタクロースに関する彼の夢が破られた途端に、その姿は消えてしまった。後になって、あの微笑みを浮かべた善良そうな年寄りの姿は、事実、彼の師(覚者)であったことを知ったのである。

彼は音楽と絵画の両方を愛しており、師である覚者の微妙な介入によって絵画の道を選ぶようになるまで、音楽家の道を選ぶことを考えていた。彼が10代の頃、学校に行く途中の道に、短い2Bの鉛筆が落ちていたのを見つけたのだという。その(柔らかい)鉛筆の感触、それで描いた素描の素晴らしさ、その喜びが彼に画家としての道を選ばせたという。後々になって、あの鉛筆は、彼が見つけるように意図的に置かれていたのだということを知ったのである。

画家になることを決意した彼は、16歳のときに家を出て、絵を描くことに専念した。彼の生涯の友であった俳優のダグラス・カンベルと共に、地方の労働組合のホールを借りて、展覧会を行ったとき、それを現代ヨーロッパ絵画派のポーランド人の画家であったヤンケル・アドラーが見たのである。後に、アドラーは彼のメントール(良き指導者)となったが、それ以外には、クレームは独学で学び、20歳の頃から、顕著な、後世に残る作品を描き始めたのである。第二次世界大戦の終了後、彼はグラスゴーを離れて、彼の最初の妻ペギーと共にロンドンに移った。その後、彼は生涯、ずっとロンドンに住み、80歳代で視力を失うまで、絵を描き続けた。

彼は、まだ若いときに、神智学と東洋の宗教に興味を持った。そして広範囲にわたる書を読み、エーテル界やテレパシー(思念伝達)、霊的治療や宇宙の兄弟たち(スペース・ブラザーズ)について学んだ。1950年代にはUFO現象に興味を持つようになり、1958年から短期間、スペース・ブラザーズとの密接なコンタクトを持ち、彼らと共に、また彼らのために、働いた。

H. P. ブラヴァツキーとアリス・ベイリーの書で不朽の智恵の教えを学び、彼は霊ハイアラキーの覚者たちの存在について知るようになった。1959年に彼は、彼自身の師である覚者からテレパシーによるコンタクト(連絡)を受けた。そしてマイトレーヤと覚者方の降臨の計画に、彼が一つの役割を果たすことができることを告げられた。そして1972年に、師による集中的な、厳しいトレーニングの期間が始まったのである。その間に、

「……私の師がそれを通して働くことのできる一つの『道具』をつくりあげたのです──私が見聞きするものすべてを、師は見たり、聞いたりするのです。師が欲するとき、私が見つめることが彼からのまなざしであることができ、私が触れる手が彼のものであるというように。ですから、最小限のエネルギーの消費で、私の師は日常世界への窓を、彼の意識の前哨を、持つようになるのです」。

覚者とのこの密接な関係によって、クレームを通して、マイトレーヤと覚者方の出現についての情報が一般に伝えられ、さらに人生についての並外れて深遠な、そして広範囲な洞察が提供されたのである。何にもまして、師との関係が、彼が知ったことを公に伝える勇気と確信をクレームに与えたのである。

師のインスピレーションは、クレームの絵に深遠な変化をもたらし、現象世界の底にある霊的リアリティを表現するもう一つの方法となった。この仕事はシェア・インターナショナル誌の読者にはよく知られているように、雑誌の表紙に彼の“秘教的”な絵画の多くが使われた。2015年に米国、ロサンゼルス市で、彼の絵画とその不朽の智恵の教えとの関係の両方を示すことを目的としたベンジャミン・クレーム美術館がオープンした。

クレームはマイトレーヤと覚者方のために、1977 年にマイトレーヤがロンドンにお入りになったときに始まって、彼らの日常世界への出現についての希望と歓びのメッセージを広げるために、惜しむことなく働いた。1974年に、ロンドンで小さなグループに、新しいグループ瞑想である「伝導瞑想」を紹介した。覚者方が彼らのエネルギーを世界に送り込むことを可能にする瞑想である。それは現在、世界中で実践されている。1975年に、彼は、最初、英国で、その後、非常に間もなく、ヨーロッパ、米国、日本、その他の世界中の国々で講演を始めた。1979年から2012年にかけて、彼は16冊の本を出した。また1982年に、シェア・インターナショナル誌が創刊され、秘教的、霊的な領域と政治・経済の領域の間の関連を検証し、そして、彼の師である覚者とマイトレーヤの教えをさらに提供してきた。

クレームは自分をグル(指導者)として位置付けることをいつも拒否した。彼はあらゆる階層・分野の人々と協調することができ、ロンドンで、家族と共に極めて質素な生活を送っていた。彼は、世界中で彼の教えと仕事を取り入れた人々を「信奉者」として見たことは決してなく、「共働者」として扱った。伝導瞑想に参加し、マイトレーヤのメッセージを伝え広げる仕事をすることを通して、非常に多くの人々の人生が変化した。彼らによって、この仕事が継続されていくことは保証されるだろう。

ベンジャミン・クレームは20161024日にロンドンの自宅で、家族に囲まれて、安らかに息を引き取った。彼は数年の間病気だったが、勇気を奮い起こしていた──弱っていたにもかかわらず、彼は最後まで、不動であり、親切で、ユーモラスであった。後に残されたのは、1968年に結婚した第二の妻のフィリスと(ペギーは1965年に亡くなった)、子供たち、ジュリアン、ルーカス、ターラと、三人の孫たちである。

彼の目がもはや見えなくなったので、2014年の彼の誕生日に、妻のフィリスに自分の進化段階を口授して、彼の死後に公開するように指示した。彼の光線構造と進化段階は以下のとおりである。

 

魂2;パーソナリティー4(7);メンタル体1(4);アストラル体4(2);肉体3(7)

2014 125日現在の)進化段階は3.46

 

ベンジャミン・クレームの家族は、世界中の共働者と支持者から、クレームへの感謝と愛に満ちた心温まるたくさんのメッセージをいただいたことに感謝している。この深い悲しみのときにあたって、それは大きな慰めであった。

 

ベンジャミン・クレームの師である覚者からの特別の声明

2016105日、ベンジャミン・クレームはメンタルテレパシーを通して、

この特別なメッセージを彼の師である覚者から受け取った。

 「困難な時代はもうほとんど終わり、マイトレーヤは彼の高潔な存在を示し、万人が彼をこの時代の教師と認めるだろう新しい時代を、人々は自信をもって待つべきである」

 シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は記事を提供してくださった。それらは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われる時にいつでも掲載されるように提供されているのである。

未来の約束

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 SI19925月号 

 折りに触れて、人間の要求に応えて、ハイアラキーを人類から分けている扉が開かれる。そしてその程度に大小の差はあるが、一定の教えや情報が、それを役立たせることのできる者たちのために発表される。今はそのような時期である。“見る目を持ち、聞く耳を持つ”者たちにとって、これらの記事は、今のこの時期に発表される新しい情報を提供する手段の一つである。いにしえの真理が思い出され、新しい光が人間の進化の底に横たわる永遠の価値に集注された。

過去何年間にかけて、わたしがなしてきた努力は、この雑誌の読者に未来の人生を描き、その未来に対して楽しく積極的にアプローチ(接近)するように鼓舞し、日毎に彼らの途上に持ち上がる問題に正しく対処するための知識のツール(道具)を用意することであった。わたしの経験と洞察に基づく有利な視点から、わたしは“見張り番”として、守衛として働くことを求め、近づきつつある危険について警告し、あなたたち読者が大計画への奉仕に勇気と確信をもって行動することができるように努めてきた。

多くの者たちにとって、わたしのこの仕事は無駄ではなかった。多くの者たちがわたしの言葉の中に鼓舞とガイダンス(導き)を見いだした。多くの者たちが彼らの月毎の真理という献酒を熱心に待つ。またある者たちは隔たった目で、そしてそれよりもさらに冷やかなマインドとハート(心)で、穏やかに読む。さらにまた他の者たちは困惑し、どう考えればよいのか分からないでいる。

最近の記事の中で、わたしはマイトレーヤとわたしたち自身、つまりマイトレーヤの弟子たちである覚者たちの出現のことに集中してきた。これが今のこの時期の中心的な出来事であり、過去何千何万年もの間に前例のないことである。この過程は今クライマックスに達した。マイトレーヤは現在、しばしば何百人もの人々の前に姿を現しておられ、御自身の臨在について彼らに伝え、彼らの援助を喚起される。間もなくこれらの出現がメディアの耳に届き、調査が始まるだろう。その調査の結果、尋常ならざる力と贈り物を備え、人間の問題と必要に対して通常とは異なった回答を持たれる、とてつもない男の存在が明らかにされるだろう。

われわれは新しい時代の瀬戸際に立つ。今日、ほとんどの人間が世界に吹きまくっている変化の風を、新しい時代への指標を感じることができる。古い確信や形態が崩壊し、混乱の直中に、生まれようとして待っている新しい世界が感じられる。より良い世界である。より安全で、より健全で、より公平な世界である。

わたしの任務はこれらの希望と計画をあなたたちの前に保ち、あなたたちの協力と積極的な奉仕を鼓舞し、あなたたちの足取りを転ばないように導き、あなたたちの裡に自分たちが助けを欠く独りだけの存在ではないという認識を目覚めさせることであった。

わたしはこの奉仕ができることをうれしく思う。あなたたちの荷を軽くし、あなたたちの前に未来の黄金の約束を掲げる機会を歓迎する。

 

愛することの必要──選集

The need to love──a compilation

 

「愛することの必要」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』と『シェア・インターナショナル』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 

わたしの教えは二重である。一つは、人間の物質面にかかわることであり、人生の必要事項である。もう一つは、我々が神と呼ぶあの聖なる存在と人間との関係についてである。わたしの言語の中では、これらは同じものである。なぜなら人間同士が正しい関係を築いてこそ、神との正しい関係を築くことができるのであるから。わたしの計画は、これをあなたがたに示し、人が己自身の裡に、分かち合い、愛し、信頼する能力を見いだす時、その瞬間から神へ向かう登り道が始まることを教えることである。

(『いのちの水を運ぶ者』第29信、p.99)

 

ここに、人間のすべての病の治療法がある──愛を顕して、すべての人間が大地の豊かさを分かち合うようにしなさい。愛を顕して、もはや戦争を見ることがないようにしなさい。あなたの魂の愛を顕して、人間が神と一体となる日をもたらしなさい。

人間がどのように試みようと、愛なしで生きることはできない。この事実は間もなく現代の人類種族の意識の中に確立されて、それは歴史上比類のない出来事につながるだろう。間もなく、これまで見たこともない変容のプロセスが始まるだろう。飢える何百万の人間の光景は永遠に消え去る。奪われたる者たちの日々の心の痛み、世界の貧しき者たちの終わることのない労苦、これらは永遠に去るだろう。自己破壊の脅威、人類を奴隷にした不浄な恐怖は、人間の目と心から永遠に消え去る。そしてまた人間の日常の行動を拘束し制限し、人を隣人や己自身に相対させている信頼の欠如も消え去る。これらすべてを、人は愛を実証することによって成し遂げる。愛を通して、人は征服し、そして神となる。

(『覚者は語る』─愛──前進への道─ p.137-138)

 

あなたがたとわたしとは、同じ目的のために共にここに居る。あなたがたは、心の裡にすべての人を愛し、世のために責任を感じ、人間の要求に反応し、奉仕することを願うからこそ、ここに居るのである。同様に、それが今日のわたしの目的である。わたしもまた、人間の必要を感じる。至るところに住むすべての人間が、尊厳と信頼のうちに生活し働くことを願うのを感じる。奉仕への欲求が、わたしの存在を規定する。わたしの心の愛が、わたしをあなたがたに引き寄せる。だから、わたしたち、つまりあなたがたとわたしとは奉仕することにおいて一緒である。

(『いのちの水を運ぶ者』第102信、p.304)

 

マイトレーヤの愛のエネルギー ──「裂開の剣」──の効力が現在の世界にある極化をつくり出したのであり、それは人類に前進への道をはっきりと示すであろう。包括性と愛、正義と人間の精神の自由のために闘う者はすべて、彼の周りに集うであろう。分離主義と搾取、競争と貪欲に味方する者は、同じく明らかになるだろう。そして人類の前にある選択は非常に明確になるだろう──愛と憎しみ、分かち合いと貪欲、平和と戦争、生と死との間の選択である。マイトレーヤは(メッセージ第11信の中で)言われた。「わたしの心はあなた方の答えを、選択を知っている。そして喜んでいる」と。彼の愛のエネルギーに応えて、人々はすべての国々において、様々なグループをつくり、正義と平和と正しい関係を要求するだろう。(それはもうすでに始まっている)。間もなくこれらのグループは世界で最も大きな、最も強力な勢力となり、平和と善意の新しい時代を招じ入れるだろう。

(『マイトレーヤの使命 第㈵巻』p.60-61)

 

新しいものを顕現するために、すべての分野において、人々はグループを形成している。愛と必要の精神に鼓舞されて、彼らはより簡素な、より健全な世界を心に描く。現在の不均衡と緊張の中から正義と融和が育たなければならないことを知る。自分たちが聖なる存在であり、変化の奇跡を行うことができるのを知っている。彼らは時の危急を知覚し、奉仕のために己を捧げる。彼らはすべての地において「善」を代表する。

(『覚者は語る』─勝利は保証されている─p.84)

 

単なる愛の欠如が、今日の人間の苦悩の根源である。これこそが、人の聖なる素質の顕現を妨げている。神の様相のすべては人の裡に在る、しかし愛がなければ苦悩のみ生じる。長い間、我が友よ、あなたがたはこのことを知っていた。以前に、何度も愛の必要を聞いた。にもかかわらず、その聖なる様相が、あなたがたの生活の中に欠けている。

愛を通して神に至る単純な道を示すために、愛の技術を教え、愛と正義とを通して前進する道を教え、人と人との間の正しい関係、そして人と神との間の正しい関係を教えるために、わたしはやってきたのである。

(『いのちの水を運ぶ者』第101信 p.302-303)

 

マイトレーヤが最初に世界の復興についての計画と希望を発表するとき、彼の愛のエネルギー ──裂開の剣──が現存の分裂をさらに明確に示すだろう。人々は、すべての者のためにマイトレーヤが提示する新しい原理を支持するか、反対するか、どちらかの立場を取るだろう。そのようになるだろう。かくして、新しいものを受け入れるに先立って、不和と不満の時期があるだろう。しかしながら、徐々に、最も悲観的な者でさえ、世界の再建の必要を認知して、彼らの重みをその仕事に加えるだろう。

この地球上でかつて見られたことのないような時期が始まるだろう。あらゆる場で、あらゆるレベルで、変化はその論理的な経路をたどり、法と原理の中にしっかりと固定されるだろう。そしてすべての者の志向を形成するだろう。かくして、人間は自分たちの運命を再び手の内につかみとり、地獄のような混沌に永遠に背を向けるだろう。

(『覚者は語る』─変化に対処して─ p.450-451)

 

我が愛しき子供たちよ、神を愛することと人を愛することは同じであることをあなたがたに示したい、兄弟たちを愛するとき、我々は神の愛を顕すのである。あなたがたは、理屈としてはこれを知っている。しかし、親愛なる友よ、愛の実践こそが基本である。なぜなら愛によってのみ、この地球は支えられるのであるから。

(『いのちの水を運ぶ者』第38信 p.122)

 

2,000年前のキリストの偉大なる仕事は、この愛こそが本性であるということを、人間に示すことでした。それは神の本性であり、人は神に似せて創られたのであるから、それが人間の本性なのです。そしてこの愛の実践を通して、人間は神のもとに来るのであり、神を天に在られる老いたる方としてではなく、自分自身の裡に、その兄弟たちの裡に、自分を取り巻くすべてのものの裡に在る神を悟るのだということを示されたのです。実際には神以外の何ものも存在せず、その神の本性は愛であり、愛がなければ何も存在しないことを人は悟るようになるのです。世界も存在し得ないでしょう。

ですから、われわれが、同胞愛というかたちでこの愛を表現しなければ、われわれ自身を滅ぼすことになるでしょう。マイトレーヤはこのことを今、言っておられるのであり、言い続けられるでしょう。

愛は、われわれの本性にとって全く根本的なものであり、その具現なしには生きていくことはできません。分かち合うことと、すべての人に公正であることを通して具現される正しい人間関係によって表現されるでしょう。

(『世界教師と覚者方の降臨』p.189)

 

わたしの計画は進み、間もなく、完全な肉体的事実として、あなたがたはわたしを知り、信頼して、わたしに従いてくるであろう。わたしの言が、耳に聞き覚えのあるものであっても驚くことはない。以前に何度もあなたがたは愛の必要を聞いた。にもかかわらず、今日多くの者がこの聖なる神の様相の恩恵を受け得ず、何百万という数の人間が消え去っていく。だから、我が友よ、わたしの言は、再び、あなたがたの耳に響くだろう、「あなたの兄弟を愛しなさい。彼らの窮乏に心を留めなさい。あなたが豊かに持つものを与えなさい、そして世界に喜びを復興しなさい」

(『いのちの水を運ぶ者』第52信 p.157-158)

 

行進やデモで、人々が正義と平和と穏健さを呼びかけるところに、マイトレーヤの姿が色々な変装で見つけられるかもしれない。その中で彼は民衆の役を演じ、彼らの名のもとに話をしている。彼の愛のエネルギーがこれらの正義の集会に充満しており、彼らをさらなる努力へと鼓舞する。マイトレーヤの力が彼らのものとなり、彼らは臆せず、確信を得る。このようにして、愛の主は憎しみの潮流を変えて、何百万の人々の熱意を強化しておられる。そして、至るところで人々は彼らの運命について認識し、そして彼らの心からなる願望を実施するための手段を探し求めている。

(『覚者は語る』─束縛の終止─ p.605)

 

であるから、人類にとって、平和はもはや単なる選択肢ではない。それは欠くことのできないものである。この理解はマイトレーヤの愛のエネルギーの行動の結果である。人類の前進への道を明確に描写する「裂開の剣」である。その道は同胞、愛、正義、分かち合い、平和を通してであり、自由、正しい関係、そしてそれから生じるすべてを通してである。その道か、あるいは現在のやり方を続けてすべての生命を破壊するか、どちらかである。

マイトレーヤの「裂開の剣」がこの黒か白の対決を人類の前にもたらし、人類がそれを明確に鮮明に見ることができるようにするのである。われわれはどちら側を選ぶか、である。正しい人間関係の道、建設と調和の道を選ぶか、あるいは、もう一方の間違った人間関係と、すべての人々の完全な破壊につながる道を選ぶのかである。

(『多様性の中の和合』p.34-35)

 

我が兄弟たちよ、世界は愛を切望し、同胞愛と正義の顕現を切望する。わたしを援けて、あの聖なる歓びをこの世に創造しなさい。わたしの側にあなたの位置を占め、これまでにないほど働きなさい。我が友よ、わたしを手伝って愛の貯蔵池を非常に深く創り、すべての人間が渇きを癒せるようにしなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第116信 p.348)

 

彼[マイトレーヤ]はあなたの愛を世界に与えて欲しいのです。それを鼓舞するために、すべての人間の心(ハート)に本来備わっているけれども、私たちを取り巻く不公正な政治的、経済的、社会的状況によって表現が抑えられているその愛をあなたの裡に目覚めさせるために、マイトレーヤはやって来るのです。その不公正な状況が変えられる時、マイトレーヤによって鼓舞された人類の愛が、今日想像することもできないような方法で顕され、世界を変換するでしょう。

(『大いなる接近』p.116)

 

あなたがたは、意識しようがしまいが、心の中で、わたしの存在の事実に、わたしの呼びかけに応えたからこそ、今ここに集うているのである。それなら、この事実を人に伝え、人類を招いている単純な真理の道を指し示すことを、あなたがたの仕事としなさい。分かち合うことが神聖なることを、愛することが神の特性であることを、共に働くことが人の運命であることを、彼らに教えなさい。未来の光を見ることのできる唯一の壇上に立ちなさい。我が友よ、共にその壇上に立ちて、道を示しなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第19信 p.73-74)

 

さらに多くのあなたの兄弟たちが、わたしの臨在に気づくようになる。わたしは愛について語り、この聖なる原理を顕現することの必要を語る、すべての人間が神の輝きの中に生きるために。神と愛は同一である。人は愛する時、神への一歩を踏み出すのである。この愛の径、わたしの単純な道は、人を確実に本源へ連れていく。

(『いのちの水を運ぶ者』第107信 p.319)

 

愛は能動的なフォースであり、変容させる力です。行動を伴わない愛は愛ではありません。行動における愛が愛の本質です。世界とその中に存在するすべてを愛する能力であり、それがマイトレーヤの力です。これを為すことのできるお方の心(ハート)の最も深い願望はすべてを和合させることです。マイトレーヤが世界を覗くとき、50〜60億の人間が苦しみ、葛藤し、競争しているのが、肯定的な者や非常に否定的な者が皆それぞれに異なった行動をしているのが見えるのです。それらすべてをご覧になるマイトレーヤの切なる願い、最も深い願望は、それらすべてを和合させることです。

……それがマイトレーヤの目標です。彼の力と洞察を使い、彼の特性を、すなわち愛を世界に確立することが、キリストのハートの中の切望です。そのようにしてマイトレーヤは私たちに、いかにして愛するかを教えるのです。「そしてさらにまた愛することを」教えるのです。さらにまた愛するということは通常の反応的な意味ではなく、完全に無条件に、覚者方の行うような意味で愛することです。

(『マイトレーヤの使命 第㈽巻』p.43-44)

もし人類が平和を知ろうとするならば、人類を一つとして見なければならない。それ以外のものは何も、人類をあの幸いなる状態に導かない。正義が支配し、貧乏人がもはや慈悲を請うことがなくなるとき、平和は確立される。正義なくして和合を考えることは不可能であり、人間は永久にそれをつかみとることはできないだろう。であるから、正義の支配を確立し、この苦悩する世界に和合と平和をもたらしなさい。

分かち合いを通してのみ正義は確かになる。分かち合いのみがすべての国家の望む平和をもたらすだろう。人間が分かち合って、分離の壁を打ち破るとき、ついに自分たちの存在の真理を知り、世界を愛と同胞愛で満たすだろう。

(『覚者は語る』─和合の必要─ p.102)

 

人はもはや恐れる必要がないことを、光と真理のすべては人の心の中にあることを示すことが、わたしの目的である。この簡単な事実を悟るとき、人は神となるであろう。神の本質は愛することである。神の目的は奉仕することである。分かち合いと正義を通して神を識る。この簡単な真理を広めなさい、我が友よ、そして偉大なる行為をなしなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第98信 p.291-292)

 

愛することの必要

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記

シェア・インターナショナル誌1986年6月号

 

折にふれ、人の心(マインド)の中に愛の概念が浮かび上がる。表現を要求する自然な本能としての愛の理念が人間の思考を捉え、議論や談話を通して、これがそうであることを実演するためのステップが取られる。何千年もの間、これが繰り返し行われてきた。愛が人間の本性にとって中心的なものであるという考えは、いつも支持者を欠くことはない。それなのに、人間の日々の行動の中に愛の表現がほとんど見いだせないのは驚くべきことではないか。

ほとんど例外なしに、人間は不安の中に生きている。世の中と人生を危ないものと見なし、その脅威に対して防備の鎧を築く。このようにして、人間は愛する能力を限定している。愛は萎縮して死ぬか、あるいは攻撃と憎悪の背後に隠れる。愛を奪われると人間は病む。裡なる価値を意識しつつ、それを前面に顕し得ずに、己の恐怖や憎しみを隣人や世の中に投射する。

愛が支配するところには、調和が統治する。その調和がなければ、何も自信を持って進まない。自信がなければ何も成就しない。恐怖心は愛の表現を抑える。愛は恐怖心を消滅させる。愛を表現しようとしながら、恐怖心によって制限されて、人は道を見失う。流砂の中に迷い込み、もがけばもがくほど、さらに深くはまり込む。

それではどこに治療法があるのか。人は愛するために、信頼しなければならない。信頼がないところに、愛はあり得ない。愛は信頼する心(ハート)に自然に沸き上がる、なぜなら愛は人間の真の特性であるから。だから、信頼することを学び、いつでも輝き出せる用意のある愛を実際に顕しなさい。信頼とは、人生を、その痛みも美もすべて合わせ含めて受け入れることである。信頼とは、すべてが善に向かって働いており、すべてが法のもとにあり、そしてその法は公平に執行されるという確かな知識である。信頼することを学び、恐怖心を追放しなさい。限界の仕組みを永久に追放し、愛の水門を大きく開きなさい。

愛するとき、人はあらゆる可能性を己に引き付ける。愛の磁力が、波動の類似性を通して、すべての必要条件を引き付ける。ゆえに、愛は進化の梃子である。

愛のない世界を考えてみなさい。その忌まわしさは想像するだけでもぞっとする。なぜそうなのか。本能的に人間は愛の必要を認める。そして間もなく、愛することの必要をも理解するだろう。愛は、終わりなき鎖で、人を他のすべてにつなぐということを知るようになるだろう。おそらく、初めのうちは躊躇しながらだが、人間は信頼し始めるだろう。一歩一歩、己の恐怖を克服する。そしてやがて、もはや恐怖の占める場のない、愛が穏やかにその王座に座し、その恩寵を近くに来る者すべてに授ける、あの祝福された状態に入るだろう。

そうなると、人間にとって生きることは、愛することなのである。恐怖というあの横領者は退けられ、克服されねばならない。信頼が愛を育み、恐怖を滅ぼし、永遠に裡に宿る神を明かす。信頼と信はひとつであり、裡なる神性の反映である。その神性を信頼し、それを愛として輝き出させ、恐怖の終わりを知りなさい。

時代の徴

【このセクションでは、編集部がこれは「希望の徴」または「時代の徴」だと判断した現象の写真や記事を掲載する。幸いにして、ベンジャミン・クレームの師によって確認された現象のストックはまだかなりたくさんあるが、将来的にはクレームの師である覚者によって確認されていないものも掲載することになるだろう。そのような奇跡または徴に関してはできるだけ調査を行うつもりだが、それらを掲載する場合は、真偽については読者の判断にお任せしたいと思う。なぜなら、今後はこれまでいつも確認していただいた覚者からの情報をいただけないからだ。代わりに写真のキャプションとして、また現象について、より詳しい情報を提供したいと思う】

 奇跡の時代に終わりはない

人々は‘奇跡の時代’が終わっていないことを、逆に世界中に一層強くなることを、ますます気づきはじめている。最近の(奇跡の)顕現は、何百万の人々のひとりよがりの確信をその中核から揺さぶった。マスコミの猛烈な関心は、将来の奇跡的な出来事に対する世界的な規模の視聴者を保証した。その出来事は、信じる者たちも懐疑的な者たちも同様にもっと驚かすだろう。かくして、マイトレーヤが出ていくことのできる──そして奇跡の背後にあるフォース(力)として受け入れられる──扉は開かれたのである。

準備の仕事に従事する者たちは、最近の世界的規模の奇跡の出来事に勇気を得るがよい。なぜなら、それはマイトレーヤの差し迫った出現の前兆であるから。マイトレーヤの臨在の情報を広めるために働いてきた者たちは、彼らの努力が無駄でなかったことを、世界は彼らの奉仕を必要としたことを、彼らは自分たちの心(ハート)の呼びかけに応えて最善を尽くしたことを、知るだろう。彼らはまた、マイトレーヤの感謝と愛がいつも彼らと共にあることを知るだろう。奇跡はあふれ、驚かせ続けるだろう。いわゆる科学者や専門家たちのうつろな望みは、人間の目の証拠を否定するのには役に立たないことが証明されるだろう。これらの顕現が引き起こす希望に心(マインド)を向けることで、人々はそれらをマイトレーヤの賢明な言葉に関連づけるだろう。そして彼の導きに従うだろう。 

199511月『覚者は語る』より)

 カトリックの子供聖人の遺体が目を開けたり閉じたりする

 カトリックの子供聖人の保存された遺体のビデオはそれが目を開けたり、閉じたりするのを映し出している。メキシコのハリコにあるグアダラハラ寺院で20121212日に撮影されたビデオは、若い女の子、サンタ・イノセンティア・バレスの遺体が目を閉じたり開けたりするのを示している。少女は聖体拝領後に、300年前に父親によって殺されたと信じられている。

child_saint_eyes

mirror.co.uk;catholic.org;

YouTube:obscura.habitacion

 天使形の雲

 アメリカの37歳のコーリー・ヒアロン氏が自分のフェイスブックに20161011日に載せたビデオは、サウス・カロライナ州カムデン上空の真っ青な空に、天使の形をした雲が映っており、9万回再生された。

3人の子供の父であるコーリー・ヒアロン氏は、カムデンにある妻の事務所の外にいたとき、この雲を見つけた。彼はそれが消えてしまうまで45分間撮影した。その時間の間中、それは完全に静止した状態にあった。ヒアロン氏はビデオで雲をズームアップさせて、「これを生中継にしない限り、誰も私を信じないでしょう。私はこれをあなた方に見てほしいのです。自分で調べてみてください、これが天使でないなら何でしょうか」と言っている。

『インサイド・エディション』にインタビューを受けて、彼はこう言っている「もう少しでビデオを撮り損ねるところでした。私はこれまでこのようなものを見たことがありません。こんな素晴らしいものを自分の目で見たのは、これが初めてです。私は言葉を失いました。ショック状態にありました。それには羽すら、顔すら、そして手と考えられるものすら見ることができたのです」

『ピープル・マガジン』のインタビューでは、彼は、これまで自分が見た最も素晴らしいものだったと語っている。「私は数分間ショック状態になりました」と語って、そのイメージが彼のカトリックへの信仰を取り戻させてくれたとも語った。「私は精神的に苦しい時を過ごしていたのです。私は妻に、教会に行く必要があるかもしれないと語っていました。私は溶接工としてのフルタイムの仕事のために、パートタイムで関わっていた青年司祭としての仕事をやめなければならなかったのです。最近では週に6070時間も働いていました。これは全く適切な時期に現れてくれたのです。そして他の人々も同意してくれるようです」

最近のハリケーン・マシューによって災害にあったサウス・カロライナ州の人々を含めて、大勢のビデオを見た人々は、これはすべてが良くなるという徴だと見ている。ヒアロン氏は、ビデオを見た人々の数がこれほど多いのを信じられないが、自分自身で直接これを見るのとでは全く比較にならない、と語っている。「直接見ると、それは全く完璧だったのです。私は信じています。私はクリスチャンです。奇跡を見たことがあります。子供が生まれるのも奇跡ですし、日々奇跡は起きています」と彼は語った。彼は他の人々が彼と同じようにこの映像を楽しんでくれることを望んでいる。

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Inside Edition;People Magazine)

 イエスの像が聖水を

染み出させる

 ムンバイ近郊のインド人の村カローディのイエスの像が、201611月に足から水を染みださせている。大勢が、治癒の特質を持つと言われている聖なる水をもらおうとそこに集まってきている。「私はイエス様が信者にご自身の存在を感じさせようとなさっているのだと思います」と、地元の住人ジョージ・メンドンカ氏は語った。

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dnaindia.com;dailymail.co.uk

 

 20151215日、イギリスの宇宙飛行士ティム・ピーク氏を乗せたカプセルが国際宇宙ステーションにドッキングした。この出来事を写したISSの多くの映像には、難しいドッキングが行われる間の数分間にわたって、たくさんのUFOがカプセルの周りを飛んでいた。

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YouTube:ISS)

【ベンジャミン・クレームの師である覚者は、ソユーズカプセルの周りを飛んでいたたくさんの飛行物体は、UFOであったことを確認した】

 

石油と国家:分離すべき時

ジェイソン・フランシスによる

スティーブン・クレッツマン氏へのインタビュー

 2005年に創設されたNGO「オイル・チェンジ・インターナショナル」は、化石燃料の本当のコストを暴露し、政治における化石燃料マネーの影響力に対抗することによって、クリーンエネルギーの未来への移行を実現しようと努力している。この団体のウェブサイトによると、彼らが化石燃料産業へと努力を集中するのは次の理由による。「私たちは石油、ガス、石炭の生産と消費を、地球温暖化、人権侵害、戦争、国家安全保障上の諸問題、企業のグローバリゼーション、格差の拡大の根源と見ています。また、クリーンエネルギーへの移行に対するあらゆる大きな障壁の背後に、化石燃料産業の利権があると考えています」。ジェイソン・フランシスが本誌のために、オイル・チェンジ・インターナショナルのスティーブン・クレッツマン事務局長にインタビューを行った。

石油の影響力のもとでの法制化

 シェア・インターナショナル(以下SI):各国政府は「石油の影響力のもとで機能している」とオイル・チェンジ・インターナショナルは述べています。化石燃料産業はどのようにして各国政府に対してそうした大きな影響力を持つようになったのでしょうか。

 クレッツマン:歴史を振り返ると、石油は本質的に、とてつもなく戦略的な商品となってきました。ウィンストン・チャーチルが英国王立海軍を石炭動力から石油動力へと転換して以来、各国政府が戦略目標の追求のために石油を確実に入手することができるように、地政学的な舞台での計略がますます増えることになりました。最近の一つの例は、アメリカによるイラク侵攻です。人々は一般的に、石油は軍事目的のための戦略商品だと考えています。しかし、もう一つ重要な点があります。多くの政治家は、特にガソリン価格の上昇が選挙の投票において不利になることがあることを認識しています。したがって、彼らは消費者価格を下げるためにできることを何でも行おうとします。

もう一つの見方は(これは私たちが好む傾向のあるものですが)、石油産業は選挙資金やロビー活動のための出費、あらゆる種類の関連する選挙経費に関して極めて寛大であるということです。残念なことに、今日のアメリカ政府について言えば、お金は選挙にあたって非常に重要です──とりわけ、シチズンズ・ユナイテッドとマカッチャンの判決以来そうです〔アメリカ最高裁判所は2010年のシチズンズ・ユナイテッド裁判において、合衆国憲法修正第1条に基づいて企業は無制限に選挙献金を行ってもよいという判決を下しました。最高裁判所は2014年のマカッチャン裁判において、個人による政治献金の制限を撤廃しました〕。そのために、化石燃料産業が巨額の現金を使える立場にあるという事実、あるいは、使うと脅しているという事実は、各国政府にとてつもない影響力を及ぼすことになります。

 SI:毎年世界中で、どのくらいの額が補助金として石油会社に支払われているのですか。

 クレッツマン:補助金の定義の仕方によります。高めの見積もりでは、急進的な組織ではない国際通貨基金(IMF)でさえ、納税者に対する化石燃料の補助金コストは全世界で年間53,000億ドルと算定しています。この定義には、産業製品の燃焼による二酸化炭素の増加や健康面への影響という社会的コストも含まれています。しかし、これよりも高い数値を出す人もいます。化石燃料の供給のための軍事防衛コストまで含めた場合です。私たちの軍隊がなぜ中東にいるのか、年間でどのくらいの経費になるのかを考えると、このコストについては明白でしょう。

それは別にして、世界中の国々で税法や税政策に具体的にどれほど盛られているかを見てみましょう。基本的に生産補助金として、年間約4,400億ドルが支払われています。これは、ほとんどの生産補助金が支払われているG20諸国の合計です。そのうちアメリカの分は、州レベルの補助金を含めて約200億ドルです。

 SI:オイル・チェンジ・インターナショナルが「石油と国家の分離」と呼ぶものを引き起こすために、何が行われる必要がありますか。

 クレッツマン:民衆は、代表者に説明責任を負わせなければなりません。代表者が化石燃料産業からどのくらいのお金を受け取っているかをDirtyEnergyMoney.comで追跡することができます。代表者のところに行って、こう言ってもよいでしょう。「私たちはあなたが汚染企業ではなく、民衆を代表することを望んでいます」と。大手たばこ会社の場合と同様に、こうした産業と連携すれば、やがて選挙の投票において不利になるということを明確にする必要があります。連邦議会で石油と化石燃料産業の味方をしている政治家は一般大衆の友人ではないことを人々が認識し始めるまで、石油と国家を分離させることはできないでしょう。しかし、代表者がクリーンエネルギーとクリーンな未来の味方になることを民衆が要求するとき、私たちはそれを実現することができます。

 アメリカでの選挙後

 SI:あなたが焦点を当てている問題の中で、最近の最も重要な進展は何であると考えていますか。

 クレッツマン:ドナルド・トランプ氏の選出と、気候問題の否定論者の多い共和党に支配された議会が、現実の問題になっています。環境保護運動はより団結し、より活発な運動を志向し、パイプライン闘争やフラッキング[水圧破砕法]禁止のような地域や州のインフラ問題に焦点を当てることを余儀なくされるでしょう。これらは良いことです。それによって人々は力を蓄えるからです。人々が地域や州のレベルの闘いに参加するとき、化石燃料産業が何をやっているのか、どのように人々を傷つけているのかが見えてきます。その産業が実際にどのようなものなのかを人々が理解するとき、私たちの側に有利になる傾向があります。標的となる企業や投資家が増えるからです。

この状況にどう対処すべきかについてみんなが話しています。明らかに、ワシントンの現政権からも多くの防衛策が出てこなければならないでしょう。個人的には、クリーンパワー計画(発電所からの二酸化炭素排出量を抑制しようとするオバマ政権の計画)のようなものを救済しようとして、多くの時間を費やす必要はないと思います。それは所詮、それほど野心的ではないからです。その代わり、ずっと攻撃的で抜本的なことを考えるべきです。

私たちの活動に関連した他の大きな変化はおよそ2カ月前に起こりました。世界で現在稼働しているすべての井戸と鉱山にどのくらいの炭素が含まれているかに関する、きちんとした最新のデータをついに入手したのです。こうした調査計画は数十年も続く場合がありました。稼働中のすべての井戸と鉱山から生じると産業界や投資家が見込んでいる炭素をすべて合わせただけで、パリの[2015年のパリ協定の]目標を達成するための炭素関連予算が吹き飛んでしまいます。

このことから得られる結論は、化石燃料産業の拡大は止まる必要があるということです。より多くの生産を促すような新しい用地や建物、新しいインフラやパイプラインを貸し出すことをやめる必要があります。私たちに対抗する人たちはこの点について誇張して述べていますが、一夜にしてガソリンや発電所をなくしたいとは誰も思わないでしょう。私たちが言っているのは、30年から40年かかる移行になるだろうということです。私たちは今、進行を管理しながら、この産業の衰退の過程を始める必要があります。つまり、拡大を止めること、化石燃料の使用をやめること、この産業の拡大のために納税者のお金を使うのをやめることです。

いわゆる公正な移行を実現するためには、地域社会や労働者のことをどれほど気遣うつもりがあるのかに関して、もっと真剣になる必要があります。率直に言えば、化石燃料に関連してつくり上げられてきたものについて、非常に多くの労力や努力を注いできた人々に感謝する必要があります。明らかに、現代社会にはあらゆるプラスとマイナスがあります。たいていの環境保護活動家はその多くを変えたいとは思わないでしょう。しかし、どこからエネルギーを得るのか、どのようにエネルギーを使うのか、環境とどう関係するのかについては、ぜひ変えたいと思うでしょう。それはやがて、他の様々な変化のきっかけになるでしょう。しかし、これは実現可能な移行です。30年か40年にわたって何かをすることについて語るとき、達成可能に思えるのはこうした点でしょう。問題は、2年か4年ごとにリーダーが変わる政府制度の中で、そのような予定表に従って、社会全体として機能することができるかどうかです。

 最近の運動

 SI:オイル・チェンジ・インターナショナルが最近取り組んでいるキャンペーンについて話していただけますか。

 クレッツマン:私たちは化石燃料の補助金をなくそうとするために、化石燃料の補助金を数値化し、アメリカ国内と国際社会の両方において組織の連合体をつくろうと活動しています。こうした補助金をなくすために政治的リーダーシップを構築しようと活動しています。それを達成可能なものにしようと活動しています。なぜなら、率直に言って、いまだに化石燃料に資金提供をするのは馬鹿げているからです。

私たちはまた、特にアメリカにおいて、新しいインフラ建設を止めようとすることに深く関与しています。ダコタ・アクセス・パイプラインの分析によって、パイプラインからの二酸化炭素排出量は新しい石炭発電所30基分に相当することが明らかになりました。建設阻止のために、先住民の地域社会とともに活動しています。明らかに、キーストーンXLパイプラインに関しては、再び闘いに挑むことになるでしょう。

この運動が化石燃料産業をストップさせるのに役立つよう、できることを行うことに関心を抱いています。それは過去数年の間に起こった、本当に励みになることです。キーストーンXLのあと、多くの人がこう尋ねました。「次のキーストーンXLは何でしょうか。次は何をするつもりですか。化石燃料インフラのどの部分に焦点を当てるつもりですか」と。すべてに焦点を当てる、というのがその答えです。何らかの大きな計画を通して行うわけではありません。なぜかと言うと、化石燃料産業は気候にとって脅威だということに草の根の人々が確信を持つようになっているからです。人々は自分の裏庭で行動を組織し、行動を起こそうとしています。これは素晴らしいことです。

 詳細については次のウェブサイトをご覧ください。

www.priceofoil.org; www.dirtyenergymoney.com; www.shiftthesubsidies.org

 

 

編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、『編集長への手紙』の保留分が非常に多数あり、それらはベンジャミン・クレームによって眼を通されていながら掲載されていない。これからそのような手紙を掲載していくことになるが、何年も前に受け取った手紙もあれば、ごく最近のものもある。掲載された手紙の体験のすべては、ベンジャミン・クレームの師によって、本物であると確認した。しかし、最初の2通は新しい手紙で未確認であるが、読者の参考のために掲載している。

 慰め

編集長殿

9年前、私の妹のアネットがクチナシの鉢を誕生日に贈ってくれて、翌年の復活祭の頃には満開の花を咲かせました。それから今年まで毎年復活祭の時に花が咲いているのです。10月の初めに小さな蕾を付けたのを見て、不思議だと思いましたが、季節外れなので朽ちてしまうだろうと思っていたのにそうならず、1023日の日曜日に咲き始めて、ゆっくりと花弁が開き、かぐわしい香りが広がりました。月曜日にベンジャミン・クレーム氏の死去の知らせを知った後、花は満開になり、香りはすばらしいものでした。私は写真を一枚撮りました。3日後、花は萎れてしまいました!

別の出来事では、電話で1024日の月曜日にベンジャミン・クレーム氏が亡くなったと知らされた瞬間、心の内から深い悲しみが込み上げてきたので、一人になるために急いで2階へ駆け上がりました。感情に押しつぶされそうになり、いきなり泣き出してしまったのです。ちょうどその時、心地良い声が「私はまだここにいる」と言うのが聞こえました。それだけでしたが、即座に圧倒的な平安の存在を感じ、平穏さを取り戻して喪失感もありませんでした。

スザンヌ・フィリップス

英国、ウェストサセックス州アシャーストウッド

Comfort

編集長殿

20161024日の朝、私は個人瞑想を始めて、瞑想して5分ほど経った時、容態が非常に悪いと聞いていたベンジャミン・クレーム氏の様子を見てくださるようにお願いしました。

即座に非常にはっきりと、「彼は私と共にいる」と言う声が聞こえました。私は静けさに包まれたように感じ、ベンジャミンさんが亡くなり、彼の師と共にいることを知ったのです。

私はそのまま瞑想を続けて、終わった時、ベンジャミンさんの家族から数時間前に彼が亡くなったことを知らせる伝言が、私の携帯電話に届いていました。

A.M.

英国、ロンドン

静かな存在

編集長殿

1998年の春に、私はレマン湖(ジュネーブ湖)へと歩いていき、パキという場所を目指していましたが、パキはあらゆる人種のあらゆる人々がいる、まさに人種のるつぼだと教えてくれた友人が一緒でした。その場所で、私はすっかり有頂天になり、心から生きている実感が湧いてきました。

私たちが水辺の階段へ行き、腰を下ろしていると、一羽の白鳥がすぐ近くを通っていきました。一人の若い男性が階段のてっぺんに座っていて、私にタバコを求めてきました。私は彼の瞳を見ました。私が一瞬ためらったのは、あなたを知っている、とてもよく知っていると彼に言いたくなったからでした。

彼は30歳くらいで、スニーカーにジーンズ姿でシンプルな薄茶のジャケットを着て、ほっそりとした顔にきれいな肌で、ラテン系のような黒っぽい髪でした。

私はバッグを引っ掻き回しました。すぐにタバコを渡さなかったことを申し訳なく思っていました。一瞬後、火はある? と聞かれました。またもや火のことを思いつかなかったのを情けなく思いながら、彼にライターを渡しました。

一喜一憂しながらの沈黙の瞬間でした。私が湖の方を見ると、白鳥がそこにいて、一息つくと、心から落ち着いた気持ちになりました。彼の存在を感じていましたが、振り返ると彼は何の気配もなく、いなくなっていました。彼の顔や瞳にはエネルギーや存在感があって、私はいつでもそのことを思っているのです。

その晩、イエスの絵を眺めていると、再びあの若者の顔と瞳が見えました。その後の1週間、私は大切な出会いがあったと考えていました。私の考えでは、もしそのような次元の人間たちが私たちにメッセージを送ろうとしているなら、一般の人類にとっては、私たちの問題を正しく捉えておくことが重要だと思うのです。彼はキリストでしたか。

J.ミレ

フランス、ガイヤール

【ベンジャミン・クレームの師は、その若い男性がマイトレーヤであったことを確認した】

 豊富な祝福

 編集長殿

それは2001325日に起こりました。私は見たかった映画を見るために、サンフランシスコへ車で向かっていました。午後のことでした。私はお金をいくらか下ろして食事をすることにしました。サンフランシスコのバン・ネス通り沿いをマーケット通りに向かって歩いていました。何人かの人たちが私に小銭を求めてきました。そのような時、私はいつも小銭を渡し、祝福を伝えます。助けが必要と思われる人は誰でも祝福したいと思っていますし、通りで物乞いをしている人や道路上で車が壊れてしまった人、祝福が必要と思える、その他どんな人にもという意味です。ともかくマーケット通りに着く前に、そのような明らかに恵まれない人たち二人に出会いました。バン・ネスとマーケットの交差点で、アフリカ人ともアジア人ともとれそうな外見で、物乞いをしている一人の男性に出会いました。11セントしか手元になかったので、それを彼に渡し、祝福も伝えました。彼の背後にいた、体格の良いアフリカ系アメリカ人で明るい肌色の女性が、「あなたはあなたのものを受け取るでしょう、あなたへの祝福ってことだけどね」と言ったのです。

その人たちは何か普通ではなかったのでしょうか。

H・ド・グラス

米国、カリフォルニア州バークレー

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤで、女性がイエス覚者であったことを確認した】

  数年にわたって、覚者方、特にマイトレーヤとイエス覚者がベンジャミン・クレームの講演会や伝導瞑想会に現れてきた。彼らはまた異なった外見で世界中の数多くの人々にも現れた。時折、彼らは「ファミリア(似姿)」つまり想念でつくった形態を使用し、それらは全くリアルに見え、それを通して覚者の考えが表現される。彼らは男性、女性、子供として意のままに現れることができる。しばしば彼らは実在の人物の『青写真』を利用するが、たいていの場合、「ファミリア」は完全に新しく創造されたものである。最近になって覚者方は、代弁者の男女や代理人を通して働いてもいる。そのような体験の報告がシェア・インターナショナル誌に寄せられ、ベンジャミン・クレームの師によって本物であると認められた手紙は、掲載される。

 これらの体験は、鼓舞し、導きあるいは教えるため、またしばしば治癒や精神の高揚をもたらすために与えられる。やはり非常に頻繁に、例えば喫煙や飲酒に対する幾分凝り固まった不寛容に注意を引き付けたり、あるいは愉快な方法でコメントを述べたりする。多くの場合、覚者方は、事故や戦時、地震や他の災害において救いの『天使』として働く。これらの手紙は覚者方による、この方法でのコミュニケーションの例である。

  (注:掲載不可の意思表示がなければ、名前を掲載しても良いと編集長は解釈します。希望しないという要請がない限り、手紙が本誌のウェブサイト上に記載されることがあります。イニシャル、都市名、国名のみが掲載されます)

 

編集部からの手紙

読者の皆様へ

シェア・インターナショナル誌が創刊以来35年目を完了するにあたって、私たちは、創刊者であり編集長であったベンジャミン・クレームの参加を失いました。40年以上もの間、ベンジャミン・クレームは彼の師である覚者とマイトレーヤに、そして彼の仕事に協力した共同者のグループと世界に忠実に仕えてきました。この雑誌は、ベンジャミン・クレームが彼の師との密接な関係とコンタクトを通してわれわれに提供してくださった計り知れない洞察と智恵のおかげで、希望とインスピレーションと情報を皆さまにお届けしてきましたし、これからもそうしていくでしょう。

私たちは、過去にそして今も続けて、この雑誌のために働き、貢献してくださった方々すべてに感謝します。さらに、この機会を利用して、初期の頃に、雑誌の基盤をしっかりと定められたコースに置き、その継続を可能にしてくださった方々の重要な貢献をあらためて認知したいと思います。

私たちの決意は減少しません。実際、この新しい状況は、これまでの仕事を再評価し、さらに努力を倍増して責任を全うしていくための新しい機会を、私たちに提供してくれました。

ベンジャミン・クレームは、彼と共に長年働いてきた人々の手に、この仕事を委ねることができることを知りながら、亡くなられました。

彼はマイトレーヤの「移動大使」として、自分の仕事を成し遂げるためにできる限りのことすべてを成したという自信を持って、安らかに旅立ちました。彼の生涯の仕事は完了しました。マイトレーヤの完全な、公の出現は間近であり、したがって、私たちが、彼なしにその役割を果たしていくことを、彼は期待しました。彼は、物質界で「大宣言の日」を迎えることはできないけれど、その日を他の界において体験するために、「近くにいるよ」と言っていました。

マイトレーヤと覚者方の出現はすでに起こっているのです。マイトレーヤと覚者方は1977年以来、何十年間も現代世界に臨在しておられるのです。マイトレーヤは、ご身分を隠してではありますが、すでにテレビやインターネットを通して、何千万の人々に見られています。私たちは今、マイトレーヤが公に認知された存在として世界の前に出現するのを待っています。ベンジャミン・クレームと覚者からの情報によれば、その時はもう遠い先ではありません。

覚者は以前に、シェア・インターナショナル誌は覚者の支持を受け続けていくことを、そして将来、一般民衆を教育する役割を持つことを示唆されました。そのような保証を得て、私たちは、ベンジャミン・クレームが、彼の並外れた生涯を捧げたこの希望のメッセージを伝えていく仕事への決意を再確認するものであります。

編集チームより

新しいアプローチ

多くの読者や支持者は、私たちがどのようにして雑誌の刊行を続けていくのか、疑問に思っておられることと思う──特にベンジャミン・クレームと覚者の情報を必要とした雑誌のセクションに関して。幸いなことに、私たちはベンジャミン・クレームと覚者によってすでに検討された資料をまだたくさん保持しています。毎月の雑誌に掲載しきれない以上の資料をいつも持っていました。これは以下のセクションに該当します。

ベンジャミン・クレームの師である

覚者の記事

今日の状況に関連する記事(いや、それが最初に出版されたとき以上に、今日に、より当てはまる記事)を再掲載し続けるでしょう。

編集長への手紙

シェア・インターナショナルは過去何年もの間に処理(確認)されていながら、まだ掲載されていない「編集長への手紙」を非常にたくさん保持していますから、それらの手紙を掲載することができます。中には、かなり以前に受け取ったものや、ごく最近のものもあります。広範囲にまたがる個人的体験を含み、それらはすべて、ベンジャミン・クレームの師によって、本物であることが確認されていたものです。私たちは体験に関する読者からの手紙をこれからも歓迎したいと思います。それを確認したり、どの覚者が関わっていたかを示すことはできませんが、それらの体験が希望やインスピレーションや慰めを提供してくれて、体験そのものが“物語っている”ような手紙は、掲載したいと思います。

質疑応答

ベンジャミン・クレームは、世界中で講演会の度に、そして日常、ほとんど毎日のように、非常に広範囲にまたがる数え切れない質問を受けてきました。今、世界中でグループは数え切れないほどの質疑応答の記録を書きとる作業に忙しくしています。その厖大な資料の中から、何年にもわたってクレームと覚者から提供された答えで、いまだシェア・インターナショナル誌に掲載されたことのないものを選んで掲載するつもりです。

徴の部分に関して、私たちの新しいアプローチを説明する文章を添えて、以下のようにして提供するでしょう。

端的に言えば、私たちから見て、「希望の徴」であり「時代を表す徴」だと思われる現象を掲載し続けるでしょう。幸いにして、すでにクレームの覚者によって確認されている現象のストックをかなりたくさん保持しています。将来の、確認されない徴に関しては、それぞれの“奇跡”または“徴”について可能な限り調査するつもりであり、ベンジャミン・クレームの師によっていつも提供されていた確認やさらなる情報をもはや得ることができないので、その信憑性に関しては読者の判断に任せるようにして、提供するでしょう。各々の部分についてのさらに詳しい説明は、各部門への紹介文に記すでしょう。

新しいアプローチ

多くの読者や支持者は、私たちがどのようにして雑誌の刊行を続けていくのか、疑問に思っておられることと思う──特にベンジャミン・クレームと覚者の情報を必要とした雑誌のセクションに関して。幸いなことに、私たちはベンジャミン・クレームと覚者によってすでに検討された資料をまだたくさん保持しています。毎月の雑誌に掲載しきれない以上の資料をいつも持っていました。これは以下のセクションに該当します。

ベンジャミン・クレームの師である覚者の記事

今日の状況に関連する記事(いや、それが最初に出版されたとき以上に、今日に、より当てはまる記事)を再掲載し続けるでしょう。

編集長への手紙

シェア・インターナショナルは過去何年もの間に処理(確認)されていながら、まだ掲載されていない「編集長への手紙」を非常にたくさん保持していますから、それらの手紙を掲載することができます。中には、かなり以前に受け取ったものや、ごく最近のものもあります。広範囲にまたがる個人的体験を含み、それらはすべて、ベンジャミン・クレームの師によって、本物であることが確認されていたものです。私たちは体験に関する読者からの手紙をこれからも歓迎したいと思います。それを確認したり、どの覚者が関わっていたかを示すことはできませんが、それらの体験が希望やインスピレーションや慰めを提供してくれて、体験そのものが“物語っている”ような手紙は、掲載したいと思います。

質疑応答

ベンジャミン・クレームは、世界中で講演会の度に、そして日常、ほとんど毎日のように、非常に広範囲にまたがる数え切れない質問を受けてきました。今、世界中でグループは数え切れないほどの質疑応答の記録を書きとる作業に忙しくしています。その厖大な資料の中から、何年にもわたってクレームと覚者から提供された答えで、いまだシェア・インターナショナル誌に掲載されたことのないものを選んで掲載するつもりです。

徴の部分に関して、私たちの新しいアプローチを説明する文章を添えて、以下のようにして提供するでしょう。

端的に言えば、私たちから見て、「希望の徴」であり「時代を表す徴」だと思われる現象を掲載し続けるでしょう。幸いにして、すでにクレームの覚者によって確認されている現象のストックをかなりたくさん保持しています。将来の、確認されない徴に関しては、それぞれの“奇跡”または“徴”について可能な限り調査するつもりであり、ベンジャミン・クレームの師によっていつも提供されていた確認やさらなる情報をもはや得ることができないので、その信憑性に関しては読者の判断に任せるようにして、提供するでしょう。各々の部分についてのさらに詳しい説明は、各部門への紹介文に記すでしょう。

編集部からのお願い

追悼文をコピーして個人のウェブサイトやソーシャルメディアに絶対に載せないでください。シェアインターナショナル誌の他の記事や情報について知らせたければ、シェア・ジャパンのウェブサイトのアドレス、sharejapan.orgへリンクを貼ってください。

 

読者質問

ベンジャミン・クレームは、自らを他のグループの活動や情報伝達の正統性の判定者とは考えていませんでした。シェア・インターナショナル誌も同じ方針を継続します。

 世界中のあらゆる講演において、事実上生涯において毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲の領域に及ぶ大量の質問を受けました。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したいと思います。そのいずれもこれまでシェア・インターナショナル誌に未掲載のものです。

日本 20095

Q.覚者方はお互いに友人なのですか。

A.マイトレーヤとイエス覚者は特に親密です。イエス覚者は2000年前にパレスチナでマイトレーヤが働いた器であったことを忘れてはいけません。それがおそらく二人の間に特別な絆を確立したのでしょう。覚者方は生きとし生けるものへの完全な無条件の愛のみを知っています。ハイアラキーは同胞団であり、これまで世界に存在する唯一の真の同胞団です。マイトレーヤの目的は人類を本来の同胞団として確立することです。

Q.覚者方が人々に現れるとき、2度以上同じファミリア(似姿)を使われることがありますか。同じファミリアを何度も使うことはできるのですか。

A.覚者方が現れるとき、彼らは実際に生きているとおりの姿では通常現れません。彼らは望むどんな姿でもとることができ、彼らの意識の一部をそれを通して表現するファミリアを創造します。それを使い終えたら、解体し、その形態は消滅します。覚者はときに何度も同じファミリアを用いることがあり、長い間使うこともあります。

Q.カルマは私たちを罰するためにあるのですか。

A.数え切れない転生の中で、私たちは多くの良いことを行ってきましたが、ひどいことも行ってきました。それによってそれらの原因から派生する結果を始動させました。それはひどい罰ではありません。カルマは慈悲深い法則です。何も失われるものはなく、すべてが関連しており、遅かれ早かれすべては私たちに戻って来ます。それはもう一つの大きな法則、再生誕の法則を通して働きます。それは矯正の機会と過去の否定的なカルマを無効にする機会を与えます。覚者方は、私たちは実際には悪いカルマよりも良いカルマを多く持っていると書かれています。私たちはこれを認識し、無害であるよう努めなければなりません。

Q.インフルエンザ・ウイルスは環境汚染や悪い想念に由来するのですか。

A.環境汚染よりは悪い想念と行動に由来します。戦争や紛争の周期が終わるたびに、インフルエンザの蔓延があり、国際的なときも特定の地域に限るときもあります。戦争は人類にストレスと緊張をもたらします。これらの緊張は不均衡の状況をつくります。それは順にすべての人間以下の生命──エレメンタル生命にも影響し、これが分裂と緊張をもたらし、それがエレメンタルに影響し、異常気象(洪水、干ばつなど)をもたらします。

Q.気候に影響を与えるストレスや緊張を避けるためにどんな生活態度が正しいですか。

A.台風のよく来る地域にいると、台風は私たちの緊張とバランスの欠如によって拡大され、気象条件が極端になります。地球には地震の起きやすい地域があり、例えば日本や環太平洋地帯ですが、人類の間違った思考によって通常の地殻の動きが歪み拡大されます。人類は機械的に考える傾向がありますが、世界は一つの単位であり、有機的な生命体です。その存在のすべての原子は他の原子に関係しており、私たちは異なった考え方を学ばなければいけません。私たちはもっと有機的に考えなければなりません。原因と結果の法則の下で正しく生きる唯一の方法は、有機的に生きることです。私たちはこの地球と呼ばれる場所で有機的に生きる方法を理解しなければなりません。無害が鍵です。

Q.マイトレーヤは、イエス覚者やブッダや他の知られている聖者よりも年長でより進化していますか。

A.マイトレーヤはすべての覚者方の師です。覚者方は彼の弟子であり、第六段階のイニシエートで、チョハン方として知られています。イエス覚者はこれらの弟子たちの一人であり、マイトレーヤが彼よりも進化していることを最初に認めるでしょう。そしてマイトレーヤは、ブッダがマイトレーヤよりも進化していることを最初に認めるでしょう。かなり最近まで彼らは同じレベルでした。しかしブッダは宇宙的イニシエーションを受け、それによって少し進化しました。私がブッダというとき、それはブッダの器であったゴータマ王子のことではありません。人類はいつもこのような比較をします! マイトレーヤがブッダやイエス覚者より進化しているかどうかにあなたが関心を持つのはなぜですか。彼らは皆とてつもなく高位にあり、人類の遥か先を行っており、これらの比較は愚かで、ただのグラマーです!

オランダ、アムステルダム、20029

Q.マイトレーヤは、家族、隣人関係のような、基本的な関係や実際的な事柄により多くの焦点を当てるでしょうか。

A.はい、そのとおりです。彼は常にそうしています。私たちは『シェア・インターナショナル誌』を通して、彼の優先事項、家族関係やカルマなどについての彼の考えを掲載してきました。

彼は実際的な人間であり、実際的な私たちの問題に関与しています。覚者方は神秘家ではありません。私たちが神秘家なのです。私たちは何も理解せず、すべてを神秘化します。覚者方は知る者であり、智恵の覚者方です。智恵とは知識に愛を加えたものです。そして、私たちに関係があるのは、生きる智恵であり、正しい関係の中で無害に生きる実際的な智恵です。マイトレーヤは想像できないほど素朴で、想像できないほど謙虚であることが分かるでしょう。この霊的巨人は目を上に向けながら神を見つめて歩き回ってはいません。そのようなことはしません。彼は生活と生活の関係に関わっています。それが彼の関心事です。