編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、『編集長への手紙』の保留分が非常に多数あり、それらはベンジャミン・クレームによって眼を通されていながら掲載されていない。これからそのような手紙を掲載していくことになるが、何年も前に受け取った手紙もあれば、ごく最近のものもある。掲載された手紙の体験のすべては、ベンジャミン・クレームの師によって、本物であると確認した。しかし、最初の2通は新しい手紙で未確認であるが、読者の参考のために掲載している。

次の2通は同じ人物からのものです。

一人じゃない

編集長殿

(1)私はつい先日、ベンジャミン・クレーム氏の生涯と最近の死去についての記事を読みました。その中で「クレーム氏の支持者たち」が彼なしで、指導や支援なしで、どのように仕事を続けていくのかという疑問に触れていました。クレーム氏の死去から約1カ月後に起きた、私自身の体験をお伝えします。

現在の世界の混乱を思うと、ベンジャミン・クレーム氏の覚者の関心は他の場所で緊急に必要とされており、私たちのようにベンジャミン・クレーム氏と共に働いたグループにいる者たちは、クレーム氏を通して与えられた覚者の、鼓舞される存在なしで働くことに、慣れなくてはならないのではないかと私は思っていました。瞑想のために腰を下ろした途端に、すごいエネルギーが、これまでよりももっと強力に、私の内側と全体に注がれ、覚者方との近さに何の疑問もなくなっていました。私の思いは聞かれ、私の問いは答えられ、信念が再び確認できたのです。

聞かれた祈り

(2)ベンジャミン・クレーム氏が亡くなってから、1カ月ほど後のある晩、個人瞑想の終わりに、私はマイトレーヤの『手』のカードを使ってマイトレーヤに、ハートのチャクラに関係した具体的な助けをお願いしました。反応はあっという間にありました。この過程は日にちが経っても続いているように思え、2017年になりました。私たちは一人ではありません。すべての思いや祈りは聞かれ、応えられるのです。

匿名希望

稀な励まし

編集長殿

私たちは月曜日に、オランダのアルメロにある私たちの家で伝導瞑想をしています。私は(2002年)2月18日に一人で家にいて、伝導瞑想までにあまり時間がないと分かって、急いで近所のショッピングセンターに食品の買い出しに行きました。

ショッピングセンターの一番人通りの多い出入り口に近づいていた時、一人の男性がそこに立っていて、イエスの顔が見えるトリノの聖骸布のカラー写真を持っていました。その写真は約30cm×60cmのサイズで簡単な木製の額に入って、彼の首から下げられていました。彼の手には小型のチラシで、やはりカラーのイエスの顔の小さな写真が印刷されたものを持っていました。裏側には何か言葉が印刷されていました。そのすべてを見た時、その男性がマイトレーヤかイエスに違いないと思い、ショックを受けました。けれどもその時私はためらい始めて、もっと近くで見ていると混乱してきて、間違いをしてしまいました。

私はそれがマイトレーヤやイエスであり得ないと思ったのです。彼は背の高い男性で190cmくらいあり、非常に貧しい身なりで、まるで働いている農場から真っ直ぐここにやって来たかのようでいて、1960年代のファッションの格好をしていました。彼はとてもほっそりとした貧相な顔に少し青筋が見えて、冷たい雨の天候の中で真っ赤な頬をしていました。

私は買い物をして、入った時と同じドアを通って帰りました。彼はまだそこに立っていました。私は彼に言葉をかけて、どのような団体から来ているのか尋ねることを思い付きました。しかし、彼が受け入れてくれそうな様子もなく、私からもそばを通り過ぎる他の人たちからも常に顔を背けていたので、敢えて彼の所へ行く気がしませんでした。私は家に帰ることにしました。

家に帰りながら、その出会いのことを考え続けていました。数日後、あの男性が目立つ(背の高い)人物でお腹の辺りに大きな写真を持って立っていたにもかかわらず、あの入り口で私と一緒にいた人たちは誰も彼の方を見なかったので、まるで彼の姿が見えていなかったようだったことに気づいたのです。

その晩、私は非常に集中した伝導瞑想ができて、これまで体験したことのないほどでした。

人は覚者にお会いしたと思った時、常に説明を求めるものです。個人的に私はこの出会いが、人生を続けていくこと、やっている仕事と共に生きていくことへの励ましであり、ちょうど背中をポンポンと叩いてくれたようだと思っています。私は感動し、この心遣いに大変感謝しています。

この体験に関して私は正しいでしょうか、つまりこれはマイトレーヤかイエスとの出会いでしたか。私が気づかなかったメッセージがありましたか。どちらにしても、とても素晴らしい気持ちになりました。

H.M.

オランダ、アルメロ

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した】

次の2通は同じ人物からのものです。

感動の出会い

編集長殿

(1)私がその年(2002年)の初めの短い期間、オランダのスヘルメルホルンにいた時、川のそばの道路で犬を散歩させていて、突然 25mほど離れた所に、背の高い男性とずっと小柄な女性が手をつないで、私の方へ歩いて来るのに気づきました。男性は白い服装で眼鏡をかけて、小さな帽子を被っていました。女性はアジア人のようで、髪をひっつめてシニヨンかお団子に結んでいました。彼らが私の所へ来ると、男性が挨拶をして「ここはものすごく静かだね?」と言いました。私が同意すると、彼はさらに「僕たちはほんのちょっと先のトレーラーハウスに泊まっているんだ」と言って、(私の背後の)少し離れた所にある運河の方角を指差しました。彼の顔は喜びに満ちた微笑みを浮かべ、彼の瞳は黒く澄んでいました。女性はただ静かに微笑みながら立っているだけで、何も言わず私を見つめていました。その間中、私は周囲の感覚がなく、深い静寂が私たちを取り囲んでいたのです。そして男性が「もっと遠くまで散歩に行くつもりなんだ」と言いました。彼らはお別れを言って歩いていきました。彼らがいなくなっているかもしれないと振り返りましたが、遠くに二人の人影が見えていました。

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤで、女性がイエス覚者であったことを確認した】

 

消える技

(2)翌日、私が再び犬の散歩に出かけた時、辺りを見回していると一人の男性と小さな子供がいるのに気づきました。父親は屈みこんで、小さな三輪車に乗った息子を押してあげていました。数秒後、振り向くと誰も見えませんでした。それで二人は家の方へ向かって道を逸れたかもしれないと、戻ってみましたが、誰もいなかったのです! 道路から運河の上の家に続くでこぼこの小道までは25mから30mくらいです。彼らはただ消えてしまいました。父親が息子を連れて家に素早く駆け戻ったのか、あるいは本当に「全く別の事態」だったのですか。

ヨス・クイル

オランダ、アムステルダム

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤで、小さな子供がイエス覚者であったことを確認した】