カテゴリー別アーカイブ: 覚者より

“野蛮な”時代の終わり

この特異な時代において、世界は明らかに相容れない対立する両極に極化している。同時に、分割に橋を架け、癒しの過程を始める唯一の可能な方法は、人類が自らをひとつとして見ることである。ベンジャミン・クレームの師による次の記事は、諸問題と解決策の両方を明らかにし、描き出しており、そのようにして前方への道を指し示している。

“野蛮な”時代の終わり

 ──覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 

人類が今のこの時期を振り返って、“野蛮な”時代と見るようになる時が来るだろう。現在のこの死にかけている文明は可能な理想からあまりにもかけ離れているので、未来の人類は、われわれが一体いかにして、しかもこれほど長い間、それを持続することができたのか不思議がるだろう。

この悲しい状況には多くの原因と要素が含まれている——人間の人間に対する関係の、長い、ゆっくりとした頽廃が、ますます精巧になる武器の開発と並行しており、またそれを反映している。大陸を飛び越して殺戮することのできる現在の武力を、人間は大得意とするが、それは自己破壊への盲進を確実なものにする。戦争は冷徹な非個人的なものになった。もはや戦士は犠牲者(敵)の顔に恐怖の脅えを目撃する必要はない。

この状況の中で、政治経済の制度が、人間の生活の泉からの疎外感の増大を反映するのは不思議ではない。商業至上主義、すなわちあの急速に発展した、しかし陰険な、しばしば隠れた脅威が今や数え切れない何千何百万の人間の生活と運命を支配する。そして人間の天与の個人性を取るに足らないものにしている。今や人間は統計にすぎず、そこには人間の目的も必要も考慮に入らず、人間は市場エネルギーと企業の利潤というチェスゲームのポーン(歩)の駒である。

われわれが現代世界と呼ぶところの荒涼たる砂漠は、人間を人間らしくするもの、すなわち幸せや、創造的な充足感、お互いの必要に速やかに反応する特質、自由というものを人間から奪う。破壊的な競争は人間の精神を腐食させ、そして今や、人生の“戦い”の審判の座にある。人生、すなわち「偉大なる冒険」は腐敗し、単なる生存のための苦しい不公平な苦闘に置き換えられた。

これらの悲惨な状態がすべてに同じように存在するわけではないのは確かだが、しかし膨大な数の人間にとって、それは彼らの生活の現実を表している。そして人間が方向を変えない限り、それはますます悪化するだけである。

マイトレーヤが世界の舞台に公に入って来られるとき、そのような苦痛と苦闘の人生は必然ではないことを、それが人間の唯一の選択ではないことを示すだろう。人間がそれを意志するならば、彼らの生得の権利として他の道があることを示すだろう。

混乱とますます増大する貪欲の直中にあって、人間はすでに、人生の聖なる絆をそのように弱めるものに抵抗しはじめていることを、マイトレーヤは示すだろう。そして大きな新しい力(エネルギー)が新しい始まりを生じさせており、現在の混迷の中から、時代の挑戦に対処し、困難に打ち勝つために、生まれ備わった人間の能力がより高位に、より本当のすがたで徐々に現されつつあることを示すだろう。

マイトレーヤは人間に、彼ら自身の高位の出所と運命を思い出させるだろう。そして新しい生活方法の創造を、融和のうちに、正しい人間関係の中で、戦争や競争の手段に訴えることなく、完全な協力と相互尊重の中で生きる道を鼓舞するだろう。そのようになるだろう。

19994月号)

 

裂開の剣を創造する

この特異な時代において、世界は明らかに相容れない対立する両極に極化している。同時に、分割に橋を架け、癒しの過程を始める唯一の可能な方法は、人類が自らを一つのものとして見ることである。ベンジャミン・クレームの師による次の記事は、諸問題と解決策の両方を明らかにし、描き出しており、そのようして前方への道を指し示している。

 

裂開の剣を創造する

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 2011年9月8

 

人間が示すことのできる最高の特質、あるいは最悪の特質を体現する人物が、時々、人類の中に現れる。そのような人物は最も人々に愛されるか、最も憎まれるようになる。いずれにしろ、彼らは通常、大勢の信奉者や帰依者を自分たちに引き付ける。そのような人物は大多数の人間にとって、途方もない磁力的なアピールを持つか、時によっては、大規模の破壊的な力(パワー)を奨励する手本である。歴史の本は両方のタイプの例で満ちている。

今日、両方のタイプについてのたくさんの例が世界中に非常に多く顕現している。この顕現の影響は人類の前に二つの対立する行動路線を置いており、人類の将来を決定する選択について緊張をつくり出している。聖書の言葉を使えば、これは「裂開の剣」である。長年の間、マイトレーヤから放出され、そして方向づけられてきたエネルギーは、そのような対立するものの対決を促そうとしてきた。それは多くの人々にとって確かに不思議に思えるかもしれないが、人類がその将来のために正しい選択をするのに重要なことである。そうでなければ、将来はまさに荒涼たるものであろう。

「裂開の剣」はわれわれが「愛」と呼ぶエネルギーである。マイトレーヤによって振るわれて、それは「兄弟を兄弟に対立させ」、至るところに住む人間のまことの神聖な意識を試す。すべての進化の究極的な目標は地上に「神の王国」を確立することであり、「裂開の剣」は人間にその道を示す。マイトレーヤの教えは単純である。彼の優先事項はすべての人間にとって明らかであるように思えるだろう。残念ながら、そうではない。分かち合いとすべての人間のための正義(公正)の確立、「誰も欠乏することのない世界を、二日と同じ日が繰り返さない世界を、すべての人間を通して同胞愛の歓びが顕現する」世界の創造の必然的な結果として、平静で平和的な活動の将来をマイトレーヤは示されるのである。いかにして、そのような希望のメッセージに反駁することが可能なのかと思うかもしれない。それがすべての人間によって切望されている将来ではないのか。それは大多数の人間によって望まれている将来である、しかしすべてによってではない。人類は進化の梯子のそれぞれ異なった段におり、ある一定の段より上では人間にとってすべてが良い前兆である。しかし、自分たちの神聖な真我についてその程度までいまだ顕現していない者たちが、分かち合いは神聖なことであり、正義と正しい関係は神聖なことであることを認めないのであり、神(神聖)を競争と葛藤として見て、人間の価値を自分の金の重さによって測るのである。

多くの人間が恐れ、苦しんでいる——仕事も将来への希望もなく、彼らは一日一日を苦闘する。しかし、その他の多くの者たちは自分たち自身のための将来をつくっており、そしてまた多くの者たちがその過程の中で死んでいる。世界中で、人々は、自由と正義をその中核においた、より良い生活の可能性に目覚めつつある。恐れるでない、民衆の声は高まっており、接触伝染のようにますます多くの人々に影響を及ぼしている。自由、正義、そして人間の和合という真理のために生きる——あるいは死ぬ——人々の背後にマイトレーヤは立っておられる。若者が道を先導する、そしてその将来は彼らのためにある。

 

人類の一体性

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 200865

 人類が現在進んでいる方向は間違いであり、彼らの将来の幸せにとって無益であり、失敗するよう運命づけられているということを、彼ら自身で気づくときは間もなくやって来る。それを見て、彼らは質問をするだろう:なぜこんなに虚しいのか? なぜ求めている平和を達成できないのか? どこで間違ったのか? そうしてマイトレーヤに注目を向けて、彼の言葉を検討し、彼らの窮状の打開に適切であるかを試すだろう。マイトレーヤの思考の中心的なものは、一体性についての概念であることを発見するだろう。人間は彼ら自身をひとつとして見なければならないことを、各人が和合した全体──人類家族──の部分であり、そして彼らがやることすべてがその一体性を反映しなければならないことを、マイトレーヤは請け合うだろう。このリアリティ(実相)を十分理解し得ないことが、われわれのすべての困難や苦労、不調和や恐怖、葛藤や戦争につながっていると主張されるだろう。「あなたの兄弟を自分自身として見なさい」とマイトレーヤは言われる。すべてのものがそこから取ることのできる国際的な貯蔵庫をつくりなさい。そのようにして分かち合うことによってのみ、世界は再生される、というのがマイトレーヤの教えである。分かち合いによってのみ、人間は自分たちが求める幸福を見つけるだろうと、彼は確言するだろう。分かち合いのみが正義と平和をもたらすだろう。このようにして、マイトレーヤは彼がもたらす真理に向けて人間の思考を導くだろう。このようにして、マイトレーヤは人間に彼らの間違いを示し、彼らのジレンマへの解決法を示されるだろう。このようにして、人間は自分たちの状況をつくづくと眺めるだろう、そしてますます多くの人々がマイトレーヤの助言の真理に気づくだろう。マイトレーヤの導きが、すべての者が心のうちに切望する幸福と平和を達成する唯一の方法であることを、ますます多くの者が知るだろう。それまで恐怖心によって抑えられていた人間は、マイトレーヤの単純な教えが彼らのすべての恐怖と災いへの答えであることを知るだろう。当然ながら、すべての人間がマイトレーヤのうちに彼らが求める導きを見つけるわけではないだろう。多くの者は、まさに、彼の教えの中に、彼らが恐れ、憎むことのすべてを見るだろう。しかしながら、徐々に、彼の単純な真理の言葉に応え、共鳴することのできる人々の熱意が何千万の人々を正義と平和への彼の大義に引き付けるだろう。彼の教えは単純であるが、愛の火がまだ消されていない人々の心(ハート)に浸透するだろう。このようにしてマイトレーヤは世界中で働き、新しいスタートを、家族を平和と調和のうちに育てるための、より簡素でより幸せな世界を切望するすべての人々を彼の側に引き付けるだろう。大宣言の日が地球というこの惑星の新しいスタートのための合図であろう。前例のないその日に、人間はマイトレーヤが言われる一体性を体験するだろう。彼らは、すべての人類が同じ体験をしているということを感じるだろう。その心(ハート)は全く新しい愛のうちに共に鼓動している巨大な家族の兄弟姉妹の一人であることに慎ましい誇りを感じるだろう。共に属しているというこの感覚が彼らを取り巻き、各人一人一人に長い間忘れられていた歓びの涙をもたらすだろう。

 

裂開の剣を創造する

この特異な時代において、世界は明らかに相容れない対立する両極に極化している。同時に、分割に橋を架け、癒しの過程を始める唯一の可能な方法は、人類が自らを一つのものとして見ることである。ベンジャミン・クレームの師による次の記事は、諸問題と解決策の両方を明らかにし、描き出しており、そのようして前方への道を指し示している。

裂開の剣を創造する

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 2011年9月8日

人間が示すことのできる最高の特質、あるいは最悪の特質を体現する人物が、時々、人類の中に現れる。そのような人物は最も人々に愛されるか、最も憎まれるようになる。いずれにしろ、彼らは通常、大勢の信奉者や帰依者を自分たちに引き付ける。そのような人物は大多数の人間にとって、途方もない磁力的なアピールを持つか、時によっては、大規模の破壊的な力(パワー)を奨励する手本である。歴史の本は両方のタイプの例で満ちている。

今日、両方のタイプについてのたくさんの例が世界中に非常に多く顕現している。この顕現の影響は人類の前に二つの対立する行動路線を置いており、人類の将来を決定する選択について緊張をつくり出している。聖書の言葉を使えば、これは「裂開の剣」である。長年の間、マイトレーヤから放出され、そして方向づけられてきたエネルギーは、そのような対立するものの対決を促そうとしてきた。それは多くの人々にとって確かに不思議に思えるかもしれないが、人類がその将来のために正しい選択をするのに重要なことである。そうでなければ、将来はまさに荒涼たるものであろう。

「裂開の剣」は、われわれが「愛」と呼ぶエネルギーである。マイトレーヤによって振るわれて、それは「兄弟を兄弟に対立させ」、至るところに住む人間のまことの神聖な意識を試す。すべての進化の究極的な目標は地上に「神の王国」を確立することであり、「裂開の剣」は人間にその道を示す。

マイトレーヤの教えは単純である。彼の優先事項はすべての人間にとって明らかであるように思えるだろう。残念ながら、そうではない。分かち合いとすべての人間のための正義(公正)の確立、「誰も欠乏することのない世界を、二日と同じ日が繰り返されない世界を、すべての人間を通して同胞愛の歓びが顕現する」世界の創造の必然的な結果として、平静で平和的な活動の将来をマイトレーヤは示されるのである。いかにして、そのような希望のメッセージに反駁することが可能なのかと思うかもしれない。それがすべての人間によって切望されている将来ではないのか。それは大多数の人間によって望まれている将来である、しかし、すべてによってではない。人類は進化の梯子のそれぞれ異なった段におり、ある一定の段より上では人間にとってすべてが良い前兆である。しかし、自分たちの神聖な真我についてその程度までいまだ顕現していない者たちが、分かち合いは神聖なことであり、正義と正しい関係は神聖なことであることを認めないのであり、神(神聖)を競争と葛藤として見て、人間の価値を自分の金の重さによって測るのである。

多くの人間が恐れ、苦しんでいる——仕事も将来への希望もなく、彼らは一日一日を苦闘する。しかし、その他の多くの者たちは自分たち自身のための将来をつくっており、そしてまた多くの者たちがその過程の中で死んでいる。世界中で、人々は、自由と正義をその中核においたより良い生活の可能性に目覚めつつある。恐れるでない、民衆の声は高まっており、接触伝染のようにますます多くの人々に影響を及ぼしている。自由、正義、そして人間の和合という真理のために生きる——あるいは死ぬ——人々の背後にマイトレーヤは立っておられる。若者が道を先導する、そしてその将来は彼らのためにある。

人類の一体性

—ー覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記(2008年6月5日)

人間が示すことのできる最高の特質、あるいは最悪の特質を体現する人物が、時々、人類の中に現れる。そのような人物は最も人々に愛されるか、最も憎まれるようになる。いずれにしろ、彼らは通常、大勢の信奉者や帰依者を自分たちに引き付ける。そのような人物は大多数の人間にとって、途方もない磁力的なアピールを持つか、時によっては、大規模の破壊的な力(パワー)を奨励する手本である。歴史の本は両方のタイプの例で満ちている。

今日、両方のタイプについてのたくさんの例が世界中に非常に多く顕現している。この顕現の影響は人類の前に二つの対立する行動路線を置いており、人類の将来を決定する選択について緊張をつくり出している。聖書の言葉を使えば、これは「裂開の剣」である。長年の間、マイトレーヤから放出され、そして方向づけられてきたエネルギーは、そのような対立するものの対決を促そうとしてきた。それは多くの人々にとって確かに不思議に思えるかもしれないが、人類がその将来のために正しい選択をするのに重要なことである。そうでなければ、将来はまさに荒涼たるものであろう。

「裂開の剣」は、われわれが「愛」と呼ぶエネルギーである。マイトレーヤによって振るわれて、それは「兄弟を兄弟に対立させ」、至るところに住む人間のまことの神聖な意識を試す。すべての進化の究極的な目標は地上に「神の王国」を確立することであり、「裂開の剣」は人間にその道を示す。

マイトレーヤの教えは単純である。彼の優先事項はすべての人間にとって明らかであるように思えるだろう。残念ながら、そうではない。分かち合いとすべての人間のための正義(公正)の確立、「誰も欠乏することのない世界を、二日と同じ日が繰り返されない世界を、すべての人間を通して同胞愛の歓びが顕現する」世界の創造の必然的な結果として、平静で平和的な活動の将来をマイトレーヤは示されるのである。いかにして、そのような希望のメッセージに反駁することが可能なのかと思うかもしれない。それがすべての人間によって切望されている将来ではないのか。それは大多数の人間によって望まれている将来である、しかし、すべてによってではない。人類は進化の梯子のそれぞれ異なった段におり、ある一定の段より上では人間にとってすべてが良い前兆である。しかし、自分たちの神聖な真我についてその程度までいまだ顕現していない者たちが、分かち合いは神聖なことであり、正義と正しい関係は神聖なことであることを認めないのであり、神(神聖)を競争と葛藤として見て、人間の価値を自分の金の重さによって測るのである。

多くの人間が恐れ、苦しんでいる——仕事も将来への希望もなく、彼らは一日一日を苦闘する。しかし、その他の多くの者たちは自分たち自身のための将来をつくっており、そしてまた多くの者たちがその過程の中で死んでいる。世界中で、人々は、自由と正義をその中核においたより良い生活の可能性に目覚めつつある。恐れるでない、民衆の声は高まっており、接触伝染のようにますます多くの人々に影響を及ぼしている。自由、正義、そして人間の和合という真理のために生きる——あるいは死ぬ——人々の背後にマイトレーヤは立っておられる。若者が道を先導する、そしてその将来は彼らのためにある。

人類が現在進んでいる方向は間違いであり、彼らの将来の幸せにとって無益であり、失敗するよう運命づけられているということを、彼ら自身で気づくときは間もなくやって来る。それを見て、彼らは質問をするだろう:なぜこんなに虚しいのか? なぜ求めている平和を達成できないのか? どこで間違ったのか? そうしてマイトレーヤに注目を向けて、彼の言葉を検討し、彼らの窮状の打開に適切であるかを試すだろう。マイトレーヤの思考の中心的なものは、一体性についての概念であることを発見するだろう。人間は彼ら自身をひとつとして見なければならないことを、各人が和合した全体——人類家族——の部分であり、そして彼らがやることすべてがその一体性を反映しなければならないことを、マイトレーヤは請け合うだろう。このリアリティ(実相)を十分理解し得ないことが、われわれのすべての困難や苦労、不調和や恐怖、葛藤や戦争につながっていると主張されるだろう。

「あなたの兄弟を自分自身として見なさい」と、マイトレーヤは言われる。すべてのものがそこから取ることのできる国際的な貯蔵庫をつくりなさい。そのようにして分かち合うことによってのみ、世界は再生される、というのがマイトレーヤの教えである。分かち合いによってのみ、人間は自分たちが求める幸福を見つけるだろうと、彼は確言するだろう。分かち合いのみが正義と平和をもたらすだろう。

このようにして、マイトレーヤは彼がもたらす真理に向けて人間の思考を導くだろう。このようにして、マイトレーヤは人間に彼らの間違いを示し、彼らのジレンマへの解決法を示されるだろう。このようにして、人間は自分たちの状況をつくづくと眺めるだろう、そしてますます多くの人々がマイトレーヤの助言の真理に気づくだろう。マイトレーヤの導きが、すべての者が心のうちに切望する幸福と平和を達成する唯一の方法であることを、ますます多くの者が知るだろう。それまで恐怖心によって抑えられていた人間は、マイトレーヤの単純な教えが彼らのすべての恐怖と災いへの答えであることを知るだろう。

当然ながら、すべての人間がマイトレーヤのうちに彼らが求める導きを見つけるわけではないだろう。多くの者は、まさに、彼の教えの中に、彼らが恐れ、憎むことのすべてを見るだろう。しかしながら、徐々に、彼の単純な真理の言葉に応え、共鳴することのできる人々の熱意が何千万の人々を正義と平和への彼の大義に引き付けるだろう。彼の教えは単純であるが、愛の火がまだ消されていない人々の心(ハート)に浸透するだろう。

このようにしてマイトレーヤは世界中で働き、新しいスタートを、家族を平和と調和のうちに育てるためのより簡素でより幸せな世界を切望するすべての人々を彼の側に引き付けるだろう。

大宣言の日が地球というこの惑星の新しいスタートのための合図であろう。前例のないその日に、人間はマイトレーヤが言われる一体性を体験するだろう。彼らは、すべての人類が同じ体験をしているということを感じるだろう。その心(ハート)は全く新しい愛のうちに共に鼓動している巨大な家族の兄弟姉妹の一人であることに慎ましい誇りを感じるだろう。共に属しているというこの感覚が彼らを取り巻き、各人一人ひとりに長い間忘れられていた歓びの涙をもたらすだろう。

 

ベンジャミン・クレームの師である覚者からの特別の声明

2016105日、ベンジャミン・クレームはメンタルテレパシーを通して、

この特別なメッセージを彼の師である覚者から受け取った。

 「困難な時代はもうほとんど終わり、マイトレーヤは彼の高潔な存在を示し、万人が彼をこの時代の教師と認めるだろう新しい時代を、人々は自信をもって待つべきである」

 シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は記事を提供してくださった。それらは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われる時にいつでも掲載されるように提供されているのである。

未来の約束

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 SI19925月号 

 折りに触れて、人間の要求に応えて、ハイアラキーを人類から分けている扉が開かれる。そしてその程度に大小の差はあるが、一定の教えや情報が、それを役立たせることのできる者たちのために発表される。今はそのような時期である。“見る目を持ち、聞く耳を持つ”者たちにとって、これらの記事は、今のこの時期に発表される新しい情報を提供する手段の一つである。いにしえの真理が思い出され、新しい光が人間の進化の底に横たわる永遠の価値に集注された。

過去何年間にかけて、わたしがなしてきた努力は、この雑誌の読者に未来の人生を描き、その未来に対して楽しく積極的にアプローチ(接近)するように鼓舞し、日毎に彼らの途上に持ち上がる問題に正しく対処するための知識のツール(道具)を用意することであった。わたしの経験と洞察に基づく有利な視点から、わたしは“見張り番”として、守衛として働くことを求め、近づきつつある危険について警告し、あなたたち読者が大計画への奉仕に勇気と確信をもって行動することができるように努めてきた。

多くの者たちにとって、わたしのこの仕事は無駄ではなかった。多くの者たちがわたしの言葉の中に鼓舞とガイダンス(導き)を見いだした。多くの者たちが彼らの月毎の真理という献酒を熱心に待つ。またある者たちは隔たった目で、そしてそれよりもさらに冷やかなマインドとハート(心)で、穏やかに読む。さらにまた他の者たちは困惑し、どう考えればよいのか分からないでいる。

最近の記事の中で、わたしはマイトレーヤとわたしたち自身、つまりマイトレーヤの弟子たちである覚者たちの出現のことに集中してきた。これが今のこの時期の中心的な出来事であり、過去何千何万年もの間に前例のないことである。この過程は今クライマックスに達した。マイトレーヤは現在、しばしば何百人もの人々の前に姿を現しておられ、御自身の臨在について彼らに伝え、彼らの援助を喚起される。間もなくこれらの出現がメディアの耳に届き、調査が始まるだろう。その調査の結果、尋常ならざる力と贈り物を備え、人間の問題と必要に対して通常とは異なった回答を持たれる、とてつもない男の存在が明らかにされるだろう。

われわれは新しい時代の瀬戸際に立つ。今日、ほとんどの人間が世界に吹きまくっている変化の風を、新しい時代への指標を感じることができる。古い確信や形態が崩壊し、混乱の直中に、生まれようとして待っている新しい世界が感じられる。より良い世界である。より安全で、より健全で、より公平な世界である。

わたしの任務はこれらの希望と計画をあなたたちの前に保ち、あなたたちの協力と積極的な奉仕を鼓舞し、あなたたちの足取りを転ばないように導き、あなたたちの裡に自分たちが助けを欠く独りだけの存在ではないという認識を目覚めさせることであった。

わたしはこの奉仕ができることをうれしく思う。あなたたちの荷を軽くし、あなたたちの前に未来の黄金の約束を掲げる機会を歓迎する。

 

人間の必要

シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は記事を提供してくださった。それらは書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思わる時にいつでも掲載されるように提供されているのである。

 

 人間の必要

 ──覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 201012月 

 人間が現在の状況をよく吟味するとき、到達できる結論は一つ——最近の行動様式ですら、もはや機能しないということである。すべての面において、特に金融、経済の部門において、継続的なそしてますます増大する混乱がある。四苦八苦する政府が何らかのコントロールを回復するのを助けるために‘専門家’たちが召集されるが、ほとんど役に立たない。古い、これまでに試みられてきた方法は、首相や財務大臣がどんなに経験豊かな人材であろうとも、彼らの意志に従うことを拒む。世界の諸々の政府は何をすべきか? 何ができるのか? 事態が‘落ち着く’ことを、そして古いパターンが生き延びることを願いながら、彼ら(世界の諸政府)は古い制度機構をしばしの間操作し続けることはできる。しかし、これはまさに虚しい望みである。一般的に言って、ほとんどの国の政府は彼らの役割を‘現状維持’の保護者として、支持者として見る。すなわち、人生は静的であり、したがってすべての変化を反抗だとか、望ましくないものとして見るのである。

この姿勢は、‘右派’だろうが、‘左派’だろうが、資本主義だろうが、社会主義だろうが、ほとんどの政府に当てはまる。いずれの場合にも、彼ら(諸政府)は、変化を、生きることについての新しい概念を、家族を平穏と安全と福利安寧のうちに育てることを求める国民の熱望を認知し損なう。政府の失敗は、まさに、彼らの真の役割は国民の福利安寧のための面倒を見ることであるということを理解しないゆえである。競争と‘市場エネルギー(フォース)’の追従の中に迷っている政府は、大体において、自分たちが代表すると主張するその国民の必要を熟知していない。権力と権威のグラマーが、非常にしばしば彼らの奉仕への願望に打ち勝つ。国民の本当の必要からかけ離れて、彼らはイデオロギーと理論に退く。そうではあるが、すべてが彼らのせいではない。彼らは、闘おうとしているそのエネルギー(フォース)について何も知らないのである。無知であるがゆえに、彼らは過去の破壊的エネルギー(フォース)のたやすい餌食になる。

その間、国民は苦しみ、待ち、祈る——大体において、彼らが祈り求める助けは、今でさえ彼らの中にあり、彼らの苦しみに手をさし延べ、彼らの運命を和らげる用意も熱意もあることに気づいていない。国民は自分たちの必要の本当の性質を知っている。ただそれに声を与えてくれる強い勇敢な代表を必要とするだけである。その代表者、マイトレーヤはすでに存在しており、諸々の出来事の方向に影響を与えるべく、静かに働いておられる。間もなく、その声はより強い口調になるだろう、そしてそれに多くの人間が応える用意があるだろう。かようにして、大計画はすべての人間の将来を安全にするためにその情け深い目的を成就する。

 

助けが必要とされる——そして提供される

シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は記事を提供してくださった。それらは書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思わる時にいつでも掲載されるように提供されているのである。

助けが必要とされる——そして提供される

──覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 2006年9月

もし助けがなければ、地球の人々の大多数に大きな混乱と危険とひどい心痛をもたらす生態系、政治、経済の問題を直すための時間を、人間はもうほとんど持たないことが間もなく明らかになるだろう。地球の歴史において類のない状況である。人間が、管理人として、この惑星とそのすべての王国(動・植・鉱物界)の福祉を注意深く管理し、そして未来の世代のために活気にあふれた健康な惑星の住み処を引き渡す責任を持つことに気づくことに、多くがかかっている。人間の捕食的行動と無頓着な無視ゆえに、この惑星はあまりにも不健康になっており、もしこれが人間だったならば、回復の見込みはほとんどないだろう。人間と低位王国の住み処は、進化の大計画におけるその役割を果たすために、看護しながら健康を回復させなければならない。

同様に政治の領域においても大混乱が君臨する。諸国家は、過去に専念し、自分たちの方法がもはや今日や明日の必要に適応しないことを見ることができないグループによって導かれている。盲目で傲慢な彼らは、いのちの舞台を時代遅れの役者のように、方向も台詞も不確かなまま、威張って歩く。これらの破壊的な権力の強奪者に対して、『出口』と書かれたドアが大きく不気味に浮かび上がる。

経済と社会の領域は最も嘆かわしいものである。世界の富がますます少数者の手に流れ入るかたわら、数え切れないほどの人間が生き延びるための最低限を乞う。さらに何千万の人々は乞う力もなく、見捨てられて、人生を味わう前に死ぬ。これらの嘆かわしい、そして危険な状況を直すために、人間に何ができるか。彼らは苦悶の中で誰に助けを求めることができるのか。

極端な窮乏の中にある人間が助けを求める源は一つしかない。その助けは、求めさえすれば彼らのものである。あなた方の兄たちであるわたしたちは、あなた方の福祉と幸せのみを求め、いつでも喜んであなた方を援助し、そしてすべてのもののためのより良い未来への道を指し示す用意がある。

わたしたちはすべての人間をひとつとして、大いなる家族の兄弟姉妹として見る。同様に、人間は分離感を彼らの心(ハート)から払いのけ、そして人間の条件の中核にある同胞愛のリアリティ(実相)を再発見する必要がある。人間は、すべての人間は、潜在的に神であり、彼らすべてが栄える条件をぜひともつくらなければならない。これをなすために、あなた方がその方向へ最初の小さなステップを踏み出すとき、わたしたちは喜んであなた方を助けるだろう。その最初のステップは難しくもないし、危険をはらむことでもない。

失うものは何もなく、得るものはあなた方の神性である。その最初のステップは「分かち合い」と呼ばれる。

 

覚者によるコメント

【ベンジャミン・クレームとの最近の編集会議の過程で、現在の世界危機についての覚者の見解を求めた。以下に、覚者のコメントを掲載する】

ベンジャミン・クレーム筆記
2016年7月25日

 現在の状況は間もなくより良い方向に向きを変えるだろう。嵐はほとんど過ぎ去った。われわれがまだそれを認知していなくても、嵐はその勢いを失っている。
 大混乱はほとんどいつも、ひとつの宇宙(コズミック)の状態(周期)から他の状態への変化の結果である。多くの人々はいまだ古いあり方の中に捕えられている。多くの人々は行動やあり方を変える必要を認知するには、あまりにも不安であり、あるいは全く気づいていない。
 また、人類が新しいエネルギーにどう反応するかの問題である。ほとんどの反応は貪欲か恐れに基づいている。富める者たちは(党派などに左右されず)独立し、非常に貪欲になった。彼らは利用し得るすべてを有利に獲得できないだろうということを恐れており、また彼らの富を失うことを恐れている。人は、世界がひとつであることを、ひとつの人類であることを認識しなければならない。貪欲と競争に基づいて資源・富を管理する金持ちは、危険を覚悟で、この真理を否定する。

扉を叩く者

ーー覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
折々、国の歴史の中で、深い内省が行われなければならない時期が来る。憲法(書かれたもの、書かれていないもの)の中に祭り上げられた理想を、実際の業績の中で再検討し、その達成を評価しなければならない。これが正直に偏見なしに行われるとき、新しい冷静な現実感が現在の自賛に取って代わるだろう。多くの国々のリーダーは自賛に耽ることによって、国民の生活を握るよろよろした力を維持しようと望む。彼らの時代はほとんど終わっている。
間もなく起こる出来事が政府の力を再分配し、国民を解放するだろう。今日の見せかけの民主主義は本当の参加に道を開け、人間の長い間の正義と自由への希求に新しい一章を開くだろう。
これらの言葉が書き記されている間にも、ある計画が始動しはじめており、それがこの過程を速め、何百万の人間の、痛みで破壊された心(ハート)に歓びをもたらすだろう。彼らは忍耐強く待つ──期待することのない貧しい者たち、乾ききった無情な砂漠の中に牛のように群れをなす者たち、世界の誇り高い都市の中で住処なく職のない者たち、高原のやせた岩土を耕す者たち──彼らは救出を待つ。そしてそれは今、扉を叩く。
もうすぐ彼らは救助してくれるお方を見るだろう。多くの者はすでに見たのである。そしてその方のお願いを再び見るために生きる。この時を汚している戦場の中で、この方はすべての者に平等に恩寵を持って現れる。間もなく、この方が巧みにつくられた多くの奇跡によって、至るところにいる男女の心(ハート)がこの方を慕うだろう。癒しの水は一つずつ発見されるだろう。そして人間の宮殿の大浄化が始まるだろう。
何事もまったく同じ方法で二度起こることはないことを歴史が教える。時と進化が出来事の再生を確実にする。救い主が過去の方法で現れるのを待つ者は空しく待つだろう。新しい時代は新しい方法を要求し、新しい問題は新しい解決法を要求する。
このようにして、マイトレーヤは現在の状況に、すべての人間を取り囲む問題──飢えや争い、惑星の平衡、分かち合いと正義、平和と戦争の道程──に対処する。彼が人類を助けるために来られることは疑いないが、主に教えに来られるのである。であるから、彼の教えをよく聞きなさい。なぜなら、それにはいのちの本質が含まれているのだから。そしてその導きとインスピレーション(鼓舞)によって、あなた方はあの星々にたどり着くのである。「未来は何をもたらすのだろうか」と問われたら、こう答えなさい──輝ける星が天空におけるその正当なる位置を放棄して、われわれの中を歩くことを選ばれた、そして地球上でまだ見られたことのない贈り物を携えて来られるのだ、と。その方の名をマイトレーヤという。この「幸いなるお方」は、人間に彼らがなることのできるところのものについての方法を教えるだろう。人間に神のハートヘの秘密の入口を示して、その中に案内してくれるだろう。人間と天使と共に歩いて、これらの二つを関係づけるだろう。模範と教えによって、自己救済への道を示されるだろう。世界を再生し、活気づけるだろう。この方が扉を叩く音に耳を傾けなさい。
(1993年1月)

 

扉を叩く者

――覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記

折々、国の歴史の中で、深い内省が行われなければならない時期が来る。憲法(書かれたもの、書かれていないもの)の中に祭り上げられた理想を、実際の業績の中で再検討し、その達成を評価しなければならない。これが正直に偏見なしにおこなわれるとき、新しい冷静な現実感が現在の自賛に取って代わるだろう。多くの国々のリーダーは自賛に耽ることによって、国民の生活を握るよろよろした力を維持しようと望む。彼らの時代はほとんど終わっている。
間もなく起こる出来事が政府の力を再分配し、国民を解放するだろう。今日の見せかけの民主主義は本当の参加に道を開け、人間の長い間の正義と自由への希求に新しい一章を開くだろう。
これらの言葉が書き記されている間にも、ある計画が始動しはじめており、それがこの過程を速め、何百万の人間の、痛みで破壊された心(ハート)に歓びをもたらすだろう。彼らは忍耐強く待つ──期待することのない貧しい者たち、乾ききった無情な砂漠の中に牛のように群れをなす者たち、世界の誇り高い都市の中で住処なく職のない者たち、高原のやせた岩土を耕す者たち──彼らは救出を待つ。そしてそれは今、扉を叩く。
もうすぐ彼らは救助してくれるお方を見るだろう。多くの者はすでに見たのである。そしてその方のお願いを再び見るために生きる。この時を汚している戦場の中で、この方はすべての者に平等に恩寵を持って現れる。間もなく、この方が巧みにつくられた多くの奇跡によって、至るところにいる男女の心(ハート)がこの方を慕うだろう。癒しの水は一つずつ発見されるだろう。そして人間の宮殿の大浄化が始まるだろう。
何事もまったく同じ方法で二度起こることはないことを歴吏が教える。時と進化が出来事の再生を確実にする。救い主が過去の方法で現れるのを待つ者は空しく待つだろう。新しい時代は新しい方法を要求し、新しい問題は新しい解決法を要求する。
このようにして、マイトレーヤは現在の状況に、すべての人間を取り囲む問題──飢えや争い、惑星の平衡、分かち合いと正義、平和と戦争の道程──に対処する。彼が人類を助けるために来られることは疑いないが、主に教えに来られるのである。であるから、彼の教えをよく聞きなさい。なぜなら、それにはいのちの本質が含まれているのだから。そしてその導きとインスピレーション(鼓舞)によって、あなた方はあの星々にたどり着くのである。「未来は何をもたらすのだろうか」と問われたら、こう答えなさい──輝ける星が天空におけるその正当なる位置を放棄して、われわれの中を歩くことを選ばれた、そして地球上でまだ見られたことのない贈り物を携えて来られるのだ、と。その方の名をマイトレーヤという。この「幸いなるお方」は、人間に彼らがなることのできるところのものについての方法を教えるだろう。人間に神のハートヘの秘密の入口を示して、その中に案内してくれるだろう。人間と天使と共に歩いて、これらの二つを関係づけるだろう。模範と教えによって、自己救済への道を示されるだろう。世界を再生し、活気づけるだろう。この方が扉を叩く音に耳を傾けなさい。
(1993年1月)