現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2015年 6月 無害──選集

無害──選集

Harmlessness ーーa compilation

「無害(Harmlessness)」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』と『シェア・インターナショナル』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

わたしは出現するにつれて、世界の前に変化の必要性を提示しよう。これらの変化は、我が友よ、天与のものである。人は、神に向かって進むにつれて、その霊性を実践する必要がある。人間社会のすべての機構が、聖なる光で輝かねばならない。すべての人間の思考のしかたが、裡なる神を顕さねばならない。この真理が、我が友よ、変化の基礎にある。これを知るとき、あなたがたは喜んでこの必要を受け入れるだろう。
(『いのちの水を運ぶ者』第96信、p.277~278)

目覚めつつある新しい光は、人間が大いなる法則を理解し始めているという徴である―― 無害であることのみが人間を原因と結果の法則、すなわちわれわれの生活の基本的な法則との正しい関係に導くということを理解し始めている。これは霊的な自明の理であるが、人類はそれを理解するのに、あるいは受け入れるのに困難を感じる。そのような理解と受諾があれば、私たちの世界にある多くの不必要な苦痛と難儀を、永久に、そして瞬く間に、変えてしまうだろう。
日々が経過するごとに力を増しながら、アクエリアス(宝瓶宮)のエネルギーは人間が無害であることの必要性を知ることを容易にするだろう。これらの恵み深いエネルギーは融合と統合に向けて働き、そうすることで競争と独断的な個人主義への欲望を減少させる。人間がその方向に進む途上にあることを示す徴が現れ始めている。
(『シェア・インターナショナル』2010年9月号、
「覚者より」─人類の中の新しい光)

魂がその反映である転生している男女を通して非常に強力に己を表現できるようになると、その人はもはや否定的性質のカルマをあまりつくらず、したがってもっと無害になる時がやって来ます。ですから私たちはあらゆる関係において無害であることの必要性を理解することができるでしょう。破壊的であることは否定的カルマをつくります、ということはそれを解消せねばならないということを意味します。私たちはそのカルマを持って生まれてきます。そして私たちは人生のあらゆる不幸、苦しみ、痛みは運が悪いことのせいにしてしまうのです。それは運が悪いのではなく、私たちのカルマの直接的結果なのです。……あらゆる思考、行動が他の人々と自分自身に跳ね返る反作用をもたらすことが分かれば、無害であることの必要性が分かります。私たちの存在の根本法則を本当に理解すれば、それは私たちの世界を変えることになるのです。
(「不朽の智恵の教え」『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』
p.385~386、p.390
および『死海文書と義の教師』p.107、p.113)

[マイトレーヤの]教えは局面に応じて提供されるでしょう。次の2,350年かそこらの間に、人類の進歩の段階に応じて、関連した教えが出されるでしょう。まず初めに、人類の一体性、人間の魂の事実、分かち合いと正しい関係の必要が強調されるでしょう。原因結果の法則とそれの再生誕の法則との関係を再び教え、すべての関係において無害であることの必要を示すでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』p.67)

わたしの存在が、すでに人の思考に、人の心に、変化を起こさせており、人々はこれを不思議に思っている。わたしの努力は、表面には見えないが、すでに効果をあげている。人間は再び、真理に、神である法に、心を向け始めている。
わたしに「新しい時代」への道を示させてください。もし望むならばあなたがたのものとなすことの出来る栄光の輪郭を示してあげよう。人間は神と人とに奉仕するために創られており、正しい奉仕を通してのみ、神への道を歩むことが出来るのである。再教育、再建設、そして変革の仕事を、あなたがた自身の任務としなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第13信、p.55~56)

輪廻転生の過程、すなわち再生誕の法則を通して、人間はゆっくりと徐々に進化する。この法則と原因結果の法則(カルマの法則)との関連を理解することを通して、正しい人間関係の確立のための確かな基礎がつくられる。このことを、マイトレーヤは確認なさるだろう。我々の思考と行動が一瞬一瞬に原因を発動させ、その結果が、良いにしろ悪いにしろ、我々の人生を形づくっているということを理解するようになるだろう。他との関係において無害であること、善意として表現される「善をなす意志」に基づく無害さの必要性を知るようになるだろう。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』p.125)

無害であることが、人間関係に新しい美を表していくための鍵である。行動と思考に対する新しい責任感が、すべての状況において各人を導くだろう。原因と結果の法則の理解によって、お互いに対する態度が変わるだろう。人間関係の中に、国家間に新しいより和やかな交流ができ、現在の競争と不信に取って代わるだろう。徐々に人は生きる技を学び、一瞬一瞬に新しい経験を持ち込む。もはや未来を恐れ、お互いを恐れて生きることはなくなるだろう。何千万の人間が飢えることも、兄弟同胞のために労働の重荷を背負うことも、もはやなくなるだろう。
(『覚者は語る』─生きる技─p.74)

私たちは生きる術(アート)を学ばなければなりません。それは芸術形態であり、進んでいくにつれてのみ学んでいくことができるものです。それは教えることができるものではありませんが、その基本原理、法は教えることができます。法──原因と結果の法則、再生誕の法則、無害の法則、犠牲の法則──とそこから派生する規則を教えるならば、人生の基本を教えたことになります。人生はこれらの法の下で進行し、これらの法を生活の本能的な部分とするのが早ければ早いほど、私たちはかなり調整され調和された人生や世界に生きることになるでしょう。今日の世界は不安と恐怖心で満ちています。人生はそれとは正反対であるべきです。いつか、マイトレーヤと覚者方の援助によって、そうなるでしょう。
(『生きる術』p.53)

人間はわたしの法を受け入れる。わたしの愛は、彼らの心に花開き、この愛の法則を通して人類は神を知るだろう。わたしの教えは、神への道を、正義と愛の単純な道を、あなたがたに示す。わたしの覚者たちは、いにしえの法規と知恵とを教え、あなたがたを、わたしの前に連れてくる。
(『いのちの水を運ぶ者』第40信、p.127)

無執着が段階を追って発達するにつれ、無害もまた段階を追って発達します。進化の過程を通して、私たちは無執着を発達させます。それが意識の進化というものです。私たちが肉体的、感情的、メンタル的経験から無執着になるにつれて、魂は肉体人間を通して無害という性質を表現することができます。より無執着になるにつれて、より無害になります。執着が大きくなれば、必然的により有害になります。執着とは分離した肉体人間、エゴが過剰に発達した感覚であります。あなたが肉体人間の経験、これは本当は転生している魂の経験なのですが、これから無執着になり、つまり乗り舟との同一認から無執着になればなるほど、そして一層魂とその目的とに同一認するようになればなるほど、あなたは無害になります。転生するのは形態をとった魂です。無害を生み出すのは魂の表現です。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』p.182)

あなたがたの周りに志向と愛が、そしてより良き世界への希望と願いが見える。わたしを信じなさい、我が友よ、これらすべては叶えられるであろう。あの新しい世界はいま創られつつある。それは思考と望みの中でまず形成され、そして徐々に現象化されていく。だから、我が兄弟よ、恐れるでない。わたしは多くの方法であなたがたの中に居る。わたしは多くのかたちで、わたし自身を世に現す。わたしはすべての形あるものを、変化へと刺激する。すべての魂を向上へと刺激する。わたしはあなたと共にあり、そしてあなたの裡にある。わたしはあなたのいのちの核である。あなたがたの前に、神なる法を提示せんと願う者である。あなたがたから、愛の心を喚起しようとする者である。
(『いのちの水を運ぶ者』第100信、p.290~291)

マイトレーヤの教授はすでに始められており、それはあらゆるいのちを支配する法の働き方に照明をあて、人間が地上にいる目的を明らかにする。行動(Action)がいかに反応(Reaction)を生み出すかを示されるだろう。かくして人間は、自分自身で自分たちの人生の環境をつくる。そして、人間はあらゆる状況において、あらゆる関係において、無害であることの必要性を理解するようになるだろう。
(『覚者は語る』─マイトレーヤの教え─p.293)

悟らなければならないことは、無害性が絶対に必要であるということです。その法を最も深い意味で理解するや否や、私たちの心(ハートとマインド)の中で啓示として本当に認識するようになるや否や、単なる知的なアイディアとしてではなく生活の中における確実な経験的現実となるや否や、私たちは無秩序をつくらなくなり、破壊的な行為によってもたらされる不均衡をつくらなくなります。私たちが人類集団としてそれに最も近づくことができるのは善意の表現です。……人類にとって正しい関係が優先事項であり、マイトレーヤはそれを主要な関心事の一つにされるでしょう。愛の法則は正しい関係を意味します。いのちの法則は正しい思考、正しい行動を意味します。正しい行動、正しい思考、そして善意が合わさるとき、私たちが目標とすべき自由で寛容で無害な社会が生まれます。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』p.50)

あなたがたがわたしを見るとき、我が友よ、一人の兄を、友を、見るだろう。神の道を知る者を、その道をずっと昔に踏破した者を見るであろう。わたしの務は、あなたがたをあの単純な道へ連れていき、あなたがたの裡にある神性を解き放つことである。
(『いのちの水を運ぶ者』第118信、p.347)

あなた方の兄たちであるわたしたちがあなた方の傍らに位置を占めるにつれて、あなた方はわたしたちを模範として見るだろう、そしてわたしたちのようになるように鼓舞されるだろう。……人間は幸せになるためには「いのちの法則」――原因と結果の法則、再生誕の法則、無害と犠牲の法則――の範囲内で生きなければならない。これらの基本的な法則はいにしえの道標であり、それが人間を自己破壊と後悔から守る。マイトレーヤが公の視界に進み出るとき、あなた方は再びこれらの法則について聞くだろう。なぜならそれらがマイトレーヤの教えのすべての基礎をなし、地球上のすべてのいのちの基礎であるから。
(『シェア・インターナショナル』2008年10月号、
「覚者より」─人間の運命─)

魂はその器である人間男女を通して自分自身を表現することを求めていますが、人は教えに反応しなければなりません。そのために教師はやって来ます。私たちに再び『法』、すなわちカルマの法則、再生誕の法則、無害の法則を思い出させるためです。私たちはこれらの法を正しく、ダイナミックに私たちの生活に適用しなければなりません。単なるアイディアとして頭に留めて、何もしないのではいけません。もしそれが単に頭脳の中の記憶でしかなければ、何も起こりません。実際にそれを適用して、自分を変えるための酵母にしなければなりません。それは私たちを高め、私たちを変えます。
(『全人類のための世界教師』p.179)

私たちは世界から分離していません。分離しているという感覚は錯覚です。カルマの法則(原因と結果の法則)を通じて、すべての思考、行動、感情が原因を始動させ、そこから生じる結果が、善きにつけ悪しきにつけ、私たちの人生をつくります。私たちの思考や感情が肯定的で創造的、無害である時、その結果もまた肯定的で無害なものです。しかし、私たちの思考と行動が破壊的である時、それらは否定的な反応(カルマ)を生み出します。非常に多くの人々が戦争のような否定的な感情にとらえられており、憎悪と頑迷さが多数の人々に強く影響する時、生命への衝撃は通常、非常に破壊的です。このようにして私たちは、洪水、台風、地震などの天候パターンや自然の力をコントロールするデーヴァ・エレメンタルにさえ影響を与えるのです。
(『大いなる接近』p.184)

分離、分裂、無法という罪悪は、この地上から消え去らねばならない。人間の神性の顕現を妨げるものはすべて、この惑星から追い出されねばならない。わたしの法が分離に取って代わるだろう。わたしの法は、愛と同胞愛と正義と真理の法である。これらのことを知り、わたしに従いてきなさい。わたしの法は成功するだろう、なぜなら愛の法は神の本質から出づるものであり、失敗し得ないのである。
(『いのちの水を運ぶ者』第123信、p.361)

新しい人間は、人類は一つであるという真理への忠誠を示すだろう──人類は愛のエネルギー(フォース)そのものによって結合されており、寛容と無害によって、すべての王国に対する人間の正しい関係によって結合されている存在である。新しい人間は、正しい行動を直観的に理解する能力を持ち、「神の意志」を正しく解釈する能力を持ち、それによって知られるだろう。このようにして、すべての人間の心(ハート)の中に潜在し、人間自身の行動によって顕現されるのを待つ神が、徐々に明らかになるだろう
(『覚者は語る』─覚者たちは戻る─p.117)

最も無害な人間の中に、第一段階のイニシエーション以下の人々がいるし、また無害とはほど遠い人々の中に第一段階あるいはそれ以上のイニシエーションを受けた人々がいます。ヒトラーは第二段階のイニシエーションを受けていました。彼を無害とは呼べないでしょう。スターリンも第二段階のイニシエーションを受けていました。狂信的な人間は無害ではありません。狂信主義は無害ではありません。非常に害があります。なぜならそれは、調和や統合に向かう進化の過程に対立するからです。
進化の過程に対立するものはすべて悪であり、害があります。なぜなら分離を生じさせるからです。私たちが分離して存在しているというのは大きな錯覚です。狂信主義や怒りや恐怖心によってつくられる分離分割は、私たちが克服しなければならない状況をつくります。ですから、私たちは無害さを自分たちの裡に築かなければなりません。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』p.406~407)

真の人間とは、自分が独りではないことを、大きな家族(自分の直接の家族を意味するのではなく人類家族)の一員であり、したがってその家族を害さないような人生を生きることが自分の義務であることを認識する人間であると思います。無害であることが基本的な人間関係であり、非常に実際的な機能を持ちます。これは単なる良いアイディアなのではありません。無害であることが絶対必要であり、そうでなければあなたは自分自身を害することになります。……私たちがしなければならないことは、正しい人間関係をつくることです。マイトレーヤがやって来られたのは正しい人間関係について教えるためです。正しい人間関係ということは、私たちがお互いを害することなく共に生き、各人の存在(裡なる神)が、それぞれの方法で、それぞれの時期に、誰からの干渉もなしに、成長し、開花し、顕示されるようになることです。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』p.307)

わたしの兄弟である覚者たちが、あなたがたを彼らの知恵の光の中へ導き、人間の過去の歩みを一望のもとに繰り広げてくれるだろう、そしてあなたがたに、いにしえの法を教え、未来へのあなたがたの歩みを導いてくれるだろう。兄に接するように彼らに向かい、信頼して、光に照らされた道を示してもらいなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第49信、p.146~147)
あらゆる物事と同じように、それ[無害]には規律が必要です。あらゆる状況において無害であること── それに必要なコントロールについて考えてみなさい。しかし、瞑想と、できるだけ多くの状況で無害であろうとする意志の積極的で明確な機能により、コントロールはより容易になります。
(『生きる術』p.67~68)

人間は潜在的な「神」であるということを、あなた方は何度も聞いた。それは空虚な言葉ではなく、人間の特性および存在についての確かな真理である。その真理が立証され、すべての者に見えるように表現されるのは、時間の問題にすぎない。
覚者たちは彼らの持つ無害性と知恵と愛という贈物を提供して、達成という港に向けて安全に人間の船の舵を取るだろう。そのようになるだろう。やがて、人間は自分たちの正当な場を占めて、すべてのものの利益のために覚者たちと共に働くようになるだろう。そのようにして、人々はいのちと愛の法則を学び、比類なき美の未来を形づくるだろう。
(『シェア・インターナショナル』2009年6月号、
「覚者より」─顕現しつつある人間の神性─)

聖なる人間になる過程は、単純で自然なものであり、すべての人間に開かれている。それは、あなたがたの裡にはじめから宿るあの神を解き放つ過程である。わたしは約束しよう──もしあなたがたがわたしに従いて新しい時代に前進するならば、あなたがたの裡に宿る聖なる本質を解き放ってあげよう。
(『いのちの水を運ぶ者』第28信、p.96)

世界は何にもまして、世界中至るところにいる何百万もの善意の人々によって変えられるでしょう。マイトレーヤの呼びかけに最初に反応するのは善意の人々でしょう。彼はその善意を強化するでしょう。マイトレーヤは彼らの人生に対する態度が正しいことを確認し、非常に強化するので、地上のいかなる政府も対抗することができない強力な世界的世論を築き上げるでしょう。
このようして、教育され、正しく導かれ、強化された大衆の善意を通して、世界の変化が起こるでしょう。私たちが正しい政治的、経済的、社会的、宗教的仕組みを築くとき、それが究極的に無害の顕現につながるでしょう。人々が自分たちの存在、真我、魂と同調するようになればなるほど、彼らは必然的に無害になるでしょう。魂の本性は無害であります。マイトレーヤが、あらゆる人間関係における無害の必要性を語り示すとき、それがいかに素早く人々の心をつかみ、人々の想像力をかき立てるかに気づくでしょう。彼らは無害の必要性を悟るでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』p.180~181)

惑星全体において、老いも若きも、貧乏人も金持ちも、この方の(到来の)公告を、彼の使命と目的の宣言を、人類との逢瀬の約束を、準備を整えて待っている。古い世紀と時代が終わりに近づくにつれて、人間の心(マインド)は新しいエネルギーに活気づいている。新しいエネルギーが新しい文明の形態を形づくり、その特質を人間の意識に強いるだろう。これらの特質──統合と融合、寛容と善意、無害さと同胞愛──が、やがて人類種族にその運命づけられた栄光を顕現させるだろう。そのようになるだろう。かくして、人間は再び神との長い昔からの契約を結ぶのである。
人間はそれについてほとんど何も知らないけれど、今や彼らの存在の真の意味と目的について再び目覚める瀬戸際にある。
(『覚者は語る』─いのちの法と規定─p.509)

もうすぐ、あなたがたは、具体的事実としてわたしを見るであろう。あなたがたはわたしの存在を知るだろう。もしあなたがたの反応が、わたしの希望する通りであるならば、我々は出会い、友達として一緒に働くであろう。わたしの意図は、人類の窮地を乗り越える答えを、あなたがたの前に提示し、すべての人間にとって、未来は信じ難い約束をはらむことを示すことである。あなたがたの神性を解き放ち、生得の権利を受け継ぐための道を、わたしの兄弟である覚者たちと共に、あなたがたに示す。
(『いのちの水を運ぶ者』第24信、p.85)