「氷河は地球の状況を知らせている」
ジェイソン・フランシスによる
ジェームズ・バローグ氏へのインタビュー
ジェームズ・バローグ氏は、自然環境の撮影や理解、解釈において、30年にわたってリーダーとしての役割を担ってきた。彼は地理学や地形学の学士号を持っており、熱烈な登山家でもある。気候変動の影響を明らかにするために、バローグ氏は2007年に、これまでに類を見ないほど広範囲にわたって氷河の地上撮影調査を行う「エクストリーム・アイス・サーベイ(極地の氷の観測)」を設立した。このプロジェクトは、世界的に数々の賞を獲得した、かなり評価の高いドキュメンタリー「氷河消失の記録(Chasing Ice)」で特集されている。バローグ氏は8冊の本の著者でもある。最新作『氷:消えゆく氷河の全景(Ice: Portraits of Vanishing Glaciers)』は2012年秋に発行された。ジェイソン・フランシスが本誌のために、ジェームズ・バローグ氏にインタビューを行った。
懐疑論者から支持者へ
シェア・インターナショナル(以下SI):最初は気候変動懐疑論者だったあなたを、世界の気候変動を記録するように揺り動かしたものは何だったのでしょうか。
ジェームズ・バローグ:私が懐疑的だったのは、科学がコンピュータ・モデルに基づいていると思ったからです。多分、活動家の理由付けとして問題がでっち上げられていると思ったのです。そして第三に、この惑星の基本的な化学的性質と物理的性質を人類が変更することが可能であるなどと、寸分も思ってはいなかったからです。この問題領域は、私の非常に良く知るところですが、その当時、15年か20年前には、巨大な広がりを持つ生態系の変化が人類によって引き起こされたものであるという考えは、実のところ一般的には理解されていませんでしたし、私も理解してはいませんでした。
そこで私は、グリーンランドや南極の氷床の中に保存されている古代の気候の記録を研究するために時間をかけました。気候が時間の経過とともにどのように変化していったか、そして、自然な変化の予測と比較した場合、現在の気候がいかに異なっているかを実証できる証拠が存在していることに気づいたのです。氷床の中にある、明確で実態のある気候の実証的記録を見たことによって、多くの反射的反応に過ぎない以前の私の懐疑的態度は間違いであり、これはコンピュータ・モデルではないことを、私は理解したのです。実際、人類はこの惑星の基本的な化学的性質に変更を加えてきており、私は自分の考えを変える必要がありました。それは1990年代後半のことでした。それから、私は環境に関与する写真家として、写真撮影によるこの問題の研究をどのように進めるか、その方法を把握しようと模索しました。そして行き着いた先はいつも氷でした。氷を対象とする以外に、気候変動を研究する他の方法を見つけ出せなかったのです。
ある日、私は、ニューヨーカー誌から連絡を受け、アイスランドでの任務を与えられました。その仕事を通して、私はナショナルジオグラフィック誌の仕事へと移行する機会を持ったのです。それは突然、とても大きな規模のものになりました。それら全てが、「エクストリーム・アイス・サーベイ」へとつながったのです。その後の話は、ご存知の通りです。
SI:「エクストリーム・アイス・サーベイ(EIS)」では、世界の消え行く氷河を記録するために、「氷河消失の記録」というドキュメンタリーで描かれたどのような技法を使いますか。
バローグ:このフィルムは、私のチームや私自身が「エクストリーム・アイス・サーベイ(EIS)」と呼ばれるこのプロジェクトで今まで行ってきたものの映像による調査報告です。EISは、気候変動の結果として氷がどのように後退しているかを、多数の大陸で同時に研究するものです。私たちは低速度撮影カメラをアラスカ、カナダ、グリーンランド、アイスランド、そしてネパールのエベレストに配備しています。これらのカメラは、風景がどのように変化しているかを記録するために、20分、30分、または60分毎に撮影しています。
撮影チームはこのプロジェクトの当初から同行取材を開始し、およそ2年半から3年にわたる野外での私たちの仕事についてきました。彼らは私たちの行っている作業を観察し、あらゆる冒険の数々や、それに伴う技術面での劇的な出来事や人間ドラマを記録しました。撮影は人々や経験の背後にある裏話にまで、ある程度は私の家族や、この仕事が私の家庭生活と健康にどのような影響を与えたかにまで踏み込んでいます。それはチームとその物語をドラマ化し、氷河を生き生きとさせています。主役は氷河と地表ですが、人間の物語と連動しています。それは氷河地表の物語と人間の物語の組み合わせであり、多くの人の心をつかんで離さないでしょう。
SI:後退している氷河の氷を記録するために「エクストリーム・アイス・サーベイ(EIS)」が行った撮影現場は、どのぐらいの数になるのでしょうか。
バローグ:氷河は、極地(北極・南極)や高い山々に点在しています。私たちが調査できるのは少数の限られた場所だけです。私は、すべての氷河は言うまでもなく、世界中のすべての地域の変動の徹底した百科事典的な研究を意図しているわけではありません。しかしながら、私たちが作り上げている映像は、世界中の研究者たちによって地上調査や衛星観測を通して収集された膨大な科学的記録を根拠にしています。南極東部の外側に広がる広大な領域の大部分の氷河が後退していることは大変よく知られています。パキスタンのカラコルム山脈と中央アジアの山脈では、氷が成長している少々の兆しはありますが、世界中の氷のほとんどが劇的に縮小しています。それは気温変化と降雨の結果です。
SI:なぜ氷河が重要なのでしょうか。
バローグ:氷河は、この地球という炭鉱の中でのカナリアであり、地球の状況を知らせているからです。氷河は、気候が三次元の、目に見える形で現れた現象です。氷河は毎時間、毎日、毎週、毎月のように周辺の環境条件に反応しています。氷河は、気候変動の影響を見ることのできる場所です。私たちの周りでは数多くの気候変動が進行していますが、人々がその現象を把握するのは困難です。もし米国の東海岸へ台風がやってくる場合、現在の雨の降り方は、以前の雨よりも激しいかどうか。今年の7月のユタ州は、気候変動が原因で以前よりも乾燥が激しくなるのかどうか。これらの疑問は測定量に基づいたものです。それを目で見ることはできません。しかし氷の中では、変化する天候や気候システムが三次元空間の中でどのような影響を与えているかを見ることができるのです。どんな子供でも氷が溶ける時は分かります。1歳の子供でも、その手の中に氷のかたまりを置いてみると、自分の体の熱と溶けていく氷の関係を理解します。
SI:過去においては、氷河は後退し、そして元に戻っています。なぜ今日の氷河の消失は、何かもっと恒久的なものを暗示していると言えるのですか。
バローグ:それは、大気中の二酸化炭素の急激で極端な増加と関係しています。事実、この数千年の間、地球は冷え続けてきているのです。もし大気が自然のリズムに反応しているならば、氷床の気温記録から、私たちは新たな氷河期に入り込んでいることがよく理解できます。しかしながら実際のところ、20世紀の間、特に過去40年~50年にかけて、気温が向きを変えて急上昇し始めているのです。これは、膨大な数にのぼる科学的研究の結果、大気中の温室効果ガスに直接関係していることが分かっています。
相互作用
SI:氷河の消失と地球温暖化の悪化は、どの程度相互に作用し合っていますか。
バローグ:その質問には多くの問題が絡み合っています。一つは、北極海の海氷の消失です。北極を覆っている海氷が消失すると、地球の巨大な部分の反射特性が変わってしまいます。熱が今まで以上に海水の中へ吸収され始めます。それが起きると次に、大気の循環経路が変化し、北半球の気象システムの活動が変わってしまいます。このようなものが、あなたが話題にしている相互関係です。
二つ目は、もし地上の氷河が溶けた場合、溶けた水は海へと流れ込み、海面が上昇します。海面が上昇すると、海洋の中へ熱を吸収する能力がさらに増大するという結果を招きます。海洋の中に吸収されたより多くの熱は、さらに激しい大気現象を生み出します。三番目に、ハリケーンやノーイースター(米国北東部やカナダの大西洋沿岸を襲う強力な嵐)が発生する沿岸地域では、海面がさらに上昇し、海面の高さがほんの数インチ低かった時よりも、低地域への影響をさらに大きくし
ます。
SI:現在どの程度の氷河が消失しているのですか。世界の氷河は完全になくなるのでしょうか。
バローグ:人々が、「もし南極の氷床が溶けると、海面が270フィート(82m)、グリーンランドの場合は30フィート(9m)上昇する」とか、その他同じようなことをよく言っているのを耳にします。そのことは本質的な問題ではないのです。私たちは現在、アラスカ、カナダ西部、アルプス、アンデス、ヒマラヤなどの世界の山々から、巨大な量の氷が消えていくのを目の前にしています。これらの氷河は縮小しつつあります。多分、いくつかの氷河は比較的短期間に、以前のような単なる氷のかけらとなるでしょう。ここアメリカのモンタナ州には、グレイシャー(氷河)国立公園と呼ばれる公園があります。氷河の後退が原因となって、およそ40年か50年以内にその公園の氷はなくなってしまうと、一般的には考えられています。
大きな氷床に関しては話が違ってきます。もし私たちがグリーンランドの氷床を失った場合、それは終末論的な状況へと変わるでしょう。もしグリーンランドの氷を失った場合、非常に破局的な温室効果に見舞われ、私たちは多分、北米に住むことはできなくなるでしょう。それは途方もない事態の到来となり、誰もそのことを予測しているとは思われません。私はもちろん、それを思い描いているわけではありません。南極も同様です。南極から氷河がなくなってしまうことは、世界にとって終末論的な変化となるでしょう。しかし、比較的小さい氷河に関しては──アラスカやアルプスは大きい氷河で、小さなものではありませんが──今後の数十年間に、あるいは何世紀にもわたって、私たちはそれらの大部分を失っていくかもしれません。
世界は変化している
SI:氷河の融解についての本質的な問題というのは、そのことが、さらに途方もないことを暗示しているということですか。
バローグ:基本的な問題は、氷河や氷河の氷の消失に関してではありません。基本的な問題は、私たちの周りの世界が変化していることを氷河が私たちに告げていることです。それは、気候システムの変動についてどのように考え、話をするかという問題です。その変動はまた、ハリケーンや台風のような大きな嵐、または洪水といった自然災害と大いに関係しています。それは干ばつについてどのように考えるかという問題でもあります。これらのすべてのことは、食物や水の供給に関する問題に関連してきます。それは環境連鎖であり、私たちが考えるべき本当に重要な解決の手がかりなのです。他の大きな要因は、米軍が非常に懸念していることですが、一般的に言って気候変動は、世界各地におけるすでに不安定な状況を弱体化させる傾向を持っています。これらのすべての物事は互いに関わり合っていて、食物や水の供給や自然災害の影響について考え始めると、多くの人々への甚大な災害、および巨額の損失が見えてくるのです。
SI:地球温暖化を食い止めるための各国政府の役割とは何でしょうか。政府は何ができますか。
バローグ:これは人間が作った問題であり、人間が解決する問題です。私たちはこれにどう対処すべきかを知っています。解決法は、経済性工学・技術工学と公共政策工学に関係しています。過去10年にわたって、これらすべての部門で、数え切れない技術革新がなされてきました。私たちは何をすべきかを知っていますが、一般的に、金融・経済システムは変化よりも現状維持を好みます。同様に、政治システムも現状維持を好み、変化しません。
しかしながら、各国政府、特にヨーロッパの政府や、ある程度は中国政府は、それぞれの社会の二酸化炭素排出量を削減するために素晴らしいことを実施しています。米国においても、私たちは素晴らしいことをやってのけました。1年前の2012年に、自動車燃費基準をゆくゆくは変更することを、オバマ政権は主張していました。米国内で販売されている自動車の燃費基準を引き上げようと、人々は四半世紀にわたって努力してきましたが、デトロイトの自動車産業利益団体の反対を押し切ることはかなわなかったのです。このオバマ政権は、環境保護庁(EPA)の規制を介して、それを成し遂げたのです。燃費基準を倍に引き上げることは、二酸化炭素排出量を途方もなく削減するでしょう。これはとてつもなく重要な出来事です。
アメリカ国民の大多数は、気候変動は人間が原因となっていることを、今では理解しています。世論調査がそれを証明しています。しかし、その社会の中には弱点があります。次のように話す人々がいます。「いいですか、私はそのことを理解しています。しかし、すでに遅すぎませんか。私は悲観的なのでしょう。そのことに関して、私たちに何かできるとは考えられません。すべてがひどい状況です。すべてが急速に悪化しています」。私を信じてください。ついていない日には、私だって他の皆さんと同じようにそのような考えに陥ってしまいます。しかし、そのような悲観論に立ち戻ることは、倫理的に正しい行為とは思いません。私たちは今の時代全体と将来に対して、そしてこれからやってくる世代に対して、楽観的なままでいて行動し続ける責任があります。私たちはこの問題と取り組み、不平や泣き言、そして「私たちにはできない」と言うことをやめる必要があります。
公衆の教育
SI:「氷河消失の記録」は、気候変動という抽象的な概念を取り上げ、映像を通してそれを現実的なものにしています。気候変動の現実と、その原因に人類が関わっている事実に対して心を開かせることに、その映像はどのような効果を与えたのでしょうか。
バローグ:もちろん、視聴者の中の多くの人々が、石油・ガス業界で働いている人々を含めて、以前の懐疑的な立場から考え方を変えるようになりました。私たちは、まだ確信を持てない人々や、すでに理解はしたけれども失望していた人々をも啓発し動機づけてきました。私たちのチームがこの物語を伝えるのにあらゆるものを犠牲にしたことを知って、人々は触発されています。
SI:将来について、あなたはどのくらい楽観的ですか。
バローグ:人間は基本的に、自分自身の種の生存に関心を持つ賢い動物であると考えたいと思います。もし、そのような観点から気候変動を見ることができるなら、私は楽観的なままでいなければなりません。
詳しい情報は:
www.extremeicesurvey.org;
earthvisiontrust.org; chansingie.com;
jamesbalog.com