心躍らせる装い
編集長殿
しばらくの間、私は完全に消耗し、うつ状態に陥っていて、朝ベッドから起き上がることも難しくなっていました。マイトレーヤの『手』を使い、メッセージを聞いていましたが、その時の重圧を取り払うことはできませんでした。
2011年2月3日、太陽は美しく輝き、私の気分もいくらか良くなったので、近所の人々と挨拶を交わしたりしていました。(ロンドンの)フィンチリーロードを歩いていた時、私の方へ歩いてくるカップルがとてもカラフルな装いをしていたので、「とても素敵ですね」と声をかけずにいられませんでした。男性の方はピンクのシャツに黄褐色のジャケットを着て、葉っぱ模様の洒落たトリルビー帽を被っていました。女性は鮮やかなターコイズ色とブルー、パープルが帯状になった首の開いたドレスを着ていて、二人とも真冬には珍しい格好でした。
男性は眠っている赤ん坊を乗せたカートを押していて、カートは地面に近い低位置で前を向いていました。赤ん坊に向かって「おめでとう、お祝いなのね、カーニバルの服を着ているんですものね」と声をかけました。通り過ぎる時、女性が私の腕に触れて、微笑みながら「だから、お祝いの気分でいてね!」と言ったのです。私は何という歓迎の仕草だろうと思っていました。彼らがどこへ行くのかと振り返えると、いなくなっていたのです!
彼らは誰でしたか。
カーラ・キャンベル
英国、ロンドン
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤで、『女性』がイエス覚者、『赤ん坊』がイエス覚者の弟子であったことを確認した】
賢者の言葉
編集長殿
私は仕事で数々の問題や失敗を抱えた大変な1日を過ごしていました。午後3時になり、昼食を取っていなかったので、カフェに行き、スープを買って、階上の食事のエリアへ行きました。
一人でテーブルに座っていると、男性が向かい側に座ってよいかと尋ねてきましたが、場所が混んできた時には珍しいことではありませんでした。彼はトールサイズで紫がかったフルーツのスムージーを飲んで、それがおいしいと言っていました。彼はとても幸せそうで、フレンドリーでくつろいだ様子でした。彼から元気かどうかを尋ねられました。私は返事をし、彼にも尋ねました。彼は「とにかく最高だよ!」と言ったのです。私は彼がそう言った時の楽しそうな様子にハッとなりました。彼は私を見つめ、微笑んでいました。私は彼と会話を交わしたかったのですが、何を言えばいいのか本当に思いつかなかったのです。
結局、長々とした沈黙の後で、彼から何か話したいことはないかと尋ねてくれました。その問いに私はとても驚いていました。最初には、キリストは世界におられることを伝えようと思いましたが、その時すぐに、私の向かい側に座るその人物は普通の人ではないので、もしかすると彼がキリスト御自身かもしれないという感じがしたのです。もしそうだったら、彼にそう言う必要があるだろうか? 私はこのことを頭から追い出そうとしました。私はやっとのことで、「誰からもそんなふうに聞かれたことないわ」と言いました。彼は「たぶん皆もっとそう言うべきだろうね」と言いました。私は彼の名前を尋ね、彼はルークと答えてくれました。私たちは握手をしました。
その後、興味深く、時折ぎこちない会話が交されました。ぎこちないと言うのは、私が話しているのが誰なのかに気づいていたため、あるいはそうではないかと思っていたため、それで気恥ずかしくなり、まともに頭が回らなくなっていました。ともかく何を話していても、うまく話をまとめられないことがありました。興味深いと言うのは、彼の話すことが興味深く、まさしくマイトレーヤが話されるだろうと思われる線に沿った内容だったのです。また彼の態度も全く普通ではありませんでした。私が考えをまとめようと四苦八苦している間、彼は優しく、感じ良く、辛抱強く待っていてくれました。彼はずっと私を真っ直ぐに見つめていて、目を逸らすことも見る目つきが変わるようなこともありませんでした。それは本当に直接の、愛の溢れた、「あなたと一緒でうれしい」というような眼差しで、決して押し付けがましいものではありませんでした。
彼は背が高く、やせていて、イタリア人とも言えるような風貌で、上品で、茶色の髪を真ん中で分けていて、彼の顔には不ぞろいな無精ひげがありました。とても大きなダイヤ形のアーガイル模様が付いた、明るい黄色のセーターを着て、ジーンズに茶色の靴でした。30代後半のように見えました。彼の外見で最も顕著だったのは瞳で、茶色でしたが、瞳孔を金色が取り囲んでいて、日食のようでした。
ある会話では、私が自分のアートについて話しました。彼が私の言っていることについて質問をしてくれて、それは戸惑うほど簡潔な問いでしたが、実際にはとても難しく能力を試されるようなものでした。少し間をおいてから、私は彼に話したいことがあるか尋ねました。少し考えてから彼が、「ただ瞬間だけが存在するということです。これまでずっと瞬間のみが存在しています。だから空気を呼吸するのではなく、空気に呼吸させるのです」と言いました。私は彼の言った2番目のことが理解できていなかったので、意味についてもっと説明してくれるように頼みました。彼は「人生をコントロールしようとせず、人生にあなたをコントロールさせるのです」というようなことを言いました。
その時間の多くを、私たちはただ見つめ合って、微笑み合っていました。彼の様子は親が幼い子供のことを、愛を込めて見つめているかのようでした。そういう感じがしたのです。
私が仕事に戻らなければならないと伝えると、彼は「オーケー」と言ってそのまま座って私を見つめていました。彼は身動きもせず、私が帽子を被り、コートを着るのを眺めていました。私が歩き出すと、彼が「ああ、そうだ、もう一つあるよ。あなたは常に無条件に愛されていますよ」と言ったのです。あるいはそれに近いようなことでした。私は心から彼に感謝し、立ち去りました。仕事に戻ると、数々の問題と失敗は解決していたのです。
私と座って話をした男性は誰でしたか。
カミール・ラオアン
米国、ニューヨーク
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した】
ダンスの王
編集長殿
2011年2月5日の土曜日、午後4時30分頃、妻と私はロンドン中心部からバスで帰宅しているところでした。バスは、店舗と興奮した買い物客でいっぱいのオクスフォード・ストリートを通っていました。この消費活動の大混乱の直中で、私たちはバスの窓越しに、ロンドンでの大規模なイラク戦争のデモ行進の一つに現れた、あの同じ人物(本誌2009年 1月号でマイトレーヤと確認された)を見つけました。この時彼は大きなポスターをスタンドに立てて、「ダンス」をする用意をしていました。ポスターには「キリストが間もなくエルサレムから世を千年間支配するだろう、そう聖書にはある」と書かれていました。そしてポスターの下の所に、「踊る司祭」とサインされていました。彼は以前に見かけた時と全く同じ格好をしていて、小柄な男性なので、アイリッシュ・レプラカーン(アイルランドの老人の姿の妖精)に似ていましたが、私が最近見かけたわけではありません。彼の服装は珍しいものでした。明るい茶色と緑色で、短いキルトと洒落た緑の「ロビン・フッド」風帽子を被っていました。明らかに彼は「森」から出てきた風なところがあり、周り中のコンクリート・ジャングルと全く対照的でした。以前、目撃した時には彼のポスターに24時間ダンスマラソンのことが書かれていましたので、またもやダンスつながりだったのです。それはとてつもない光景で、街での生活は時に楽なものではないという、私たちのどことなく否定的なムードを切り開いてくれるものでした。
彼は、あのおかしな扮装で再び現れたマイトレーヤでしたか。
D.グリフィン
英国、ロンドン
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した】