現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2007年 10月 国家の真の富

国家の真の富

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シェア・ギルモアによるリアン・アイスラー氏へのインタビュー

リアン・アイスラー氏は合衆国に本部を置くパートナーシップ研究センターの理事長であり、『聖杯と剣』、および最新作の『国家の実質資産』を含む11冊の本の著者である。アイスラー氏は二つの基本的な、相対する社会組織のパターンを、「支配」と「協力(partnership)」として識別し、世界問題の分析に利用する。シェア・ギルモアがシェア・インターナショナルのために、彼女にインタビューを行った。
シェア・インターナショナル(以下SI):あなたは社会問題のほとんどを、社会組織の「協力」モデルに対立するものとして、「支配」モデルの中にその原因を究明しています。この理論をご説明いただけますか。
リアン・アイスラー:私は自分の研究を通じて、私たちがとても慣れ親しんできた古い社会的カテゴリー --宗教的vs世俗的、資本主義vs社会主義、技術的に開発済vs未開発--は、人類の重要な質問に答えるのには役に立たないことが分かったのです。つまり、どのような社会制度や慣習(belief systems)が、私たちが望み、必要とするあらゆる関係性--お互いへの尊敬、責任と思いやり、将来の世代に対する配慮--を支えているのか。私たちはその質問に答える新しいカテゴリーが必要です。そしてこれらのカテゴリーは同じ行動様式を繰り返してきた、あらゆる文化や歴史的研究から出てきたことを理解する必要があります。私は一方の構成要素を「支配」システムとし、他の要素を「協力」システムと呼びました。  「支配」システムにおいては、すべての制度(家族、宗教、教育から政治、経済に至るまで)、価値および慣習は、トップダウンによる等級づけを擁護しています。男性が女性を、人が人を、宗教が宗教を、国が国を、また人間が自然を支配するのです。例えば、厳格な男性上位の家族の中では、男性はサービスを受け、女性はサービスすることになっていて、全く経済的社会的公平のモデルではありません。これらの種類の家族は、国家や部族に備わっている同様のトップダウン支配社会において、「模範的」家族としてのみ奨励されます。もし私たちが差し迫った人類の諸問題や環境問題に対処する場合、それらの問題は、支配者の遺産から生じているのであって、「人間性」からではないことを認識しなければなりません。
SI:いつ、どのようにして私たちは協力への道よりも、支配への道へと向かってしまったのですか。
アイスラー:それは面白い質問です。また、私が『聖杯と剣』の中で答えようとしたことです。支配者の考え方から外へ出ない限り、その中にあなたは同じ古い物語―男は猟師であり、戦士であり、首領である―を見続けてしまい、文化の起源の的確な物語を再構築することはできません。神話と考古学的データを再吟味するために、--女性と男性の両方を併せ持つ人間を含む--もっと大きなデータベースを使用することによって、明らかになり始めたその物語は、全く違うものでした。それは次のことを明らかにしました。私たちの地球のより肥沃な場所においては、大地は良き母親であったし、文明のすべての中心から生まれ出てきたと思われたものは、様々な文化であり、それらは協力の方向へと向かっていったのです。私は方向性を強調しています。なぜなら、いかなる社会も完璧な支配システムや協力システムではないからです。もし西洋の先史時代を見て皆さんが理解するのは(アジアの先史時代の研究者たちも同じ傾向を発見)、より協力に基づいた文化の始まりと支配への移行です。その移行は少なくとも西洋においては、遊牧民族の侵入と関係づけられてきたようです。
SI:あなたは新しい本の中で、北欧の国々を、協力モデルへと方向づけられた社会の範例として論じています。
アイスラー:20世紀の初期においては、北欧の国々--フィンランド、スウェーデン、ノルウェー--は非常に貧しかったのです。彼らは連続体として協力する側へさらに移行し始め、より互いに思いやる政策を制定したのです。それは経済学者が「高品質な人的資本」と呼ぶところのものへの投資でした。一つの理由は、女性の社会的地位が上昇したからです。そしてそれが起こると、男性は、一般的な女性の特性や女性の活動を受け入れることを、いわゆる男らしさへの脅威だとはもはや考えなくなったのです。今日、これらの国々は国連の「人間開発報告書」に高く評価されているだけでなく、世界経済フォーラムの「国際競争力報告書」のトップを占めています。ですから、思いやりは利益をもたらすのです。それは人間や環境という領域においてだけでなく、財政の領域においても利益をもたらします。
SI:健康管理や幼児教育のような資金提供プログラムについて、コストが掛かり過ぎるとか、経済的に有効でないとか、人々は頻繁に議論していますが。
アイスラー:障害となっているのは、女性的なものや思いやりの価値を貶めるものの考え方です。私は思いやり政策がどんなに有効であるか何度も繰り返し見てきたのです。例えば、『フォーチュン500』(米経済誌;売上げ規模上位500社)、または他のベスト企業欄に常に紹介されている、働きたいと望む企業というのは、株主へのより高い配当を示しています。なぜでしょうか。人々が会社のために働く時、彼らや彼らの家族が経営方針の中で尊重され、懸命に働くことが考慮されているならば、そこで働き続けることができるように、彼らはその企業が成功することを欲するからです。  それは統計的データのみによっては示されません--単純な論理なのです。もし人々がとてもよく面倒見られ、それほどのストレスを感じないならば、彼らはより創造的になり、よく働くでしょう。私たちはこのことを知っています、しかし、一般に女性的なもの--思いやり、介護奉仕--はまさに価値がないという認識の中で私たちは育てられてきたのです。
SI:そしてそのことが無意識のマインドに入っていくのですね。
アイスラー:そうです。だから最初のステップはそのことに気づくようになることです。これらの新しい社会レンズは非常に理解しやすくしてくれます。それらは、私たちが全体のシステムを見なければならないことを教えてくれます。私たちは支配のピラミッドの上部を取り外すことを続けねばなりません。しかも基本的な人間関係の中で--女性と男性の両方を併せ持つ人間の間で、また彼らと、娘や息子たちの間で--支配から協力へと移行しながら、同時に基礎を敷くこともせねばなりません。何がノーマルで何がアブノーマルなのか、何が可能で何が不可能なのか、何に価値があり何に価値がないのかを、人々が最初に学ぶ場所での、これらが関わり合いなのです。
SI:支配システムの中で女性的特性の価値を貶めることが、どのように私たちの経済に影響を与えていますか。
アイスラー:深刻です。市場経済から始めましょうか。市場経済において何が価値づけされるかは供給と需要に影響されると経済学者は言うでしょうが、それはまだほんの一部分です。もっと重要なことは、ほとんど意識されていませんが、文化的価値を推進することです。もし市場経済を客観的に見るならば、実際、非常に奇妙なことに気づくでしょう。仕事の中に思いやりや、介護奉仕を含んでいない職業--配管工やエンジニアリング--などは、それらが含まれている育児や小学校教育のような職業よりも一様に高い給与が支払われています。合衆国の人々は、配管工にわれわれの配管工事を委託し、時間給50ドル~90ドルを支払うことを苦にしていませんが、われわれが子供を預ける保育者は、他の手当てなしに平均時間給10ドルを得ているだけです。もちろん、私たちは配管工に熟練を要求します。熟練工でない人に配管工事を任せられません。しかし、何が効果的で良い育児なのかについて、私たちが今日知っているすべての知識にもかかわらず、私たちは訓練された保育者を要求しないのです。これは論理的ではありません--病的です、変更しなければなりません。  もし、より範囲の広い経済システムを見た場合、状況はますます悪くなります。なぜなら、経済学は単なる市場だけではないからです。私たちは家庭経済学を見なければなりません。最終的には、それは、いわゆる経済のための人的資本を生み出すものです。もし私たちが経済領域の全体像を手にするには、私たちは自然経済学を見る必要があります。  政策決定者によって普遍的に使用されている経済指標--国内総生産(GDP)、国民総生産(GNP)--でさえ奇妙なものです。実際的に害があり、命を奪う仕事も生産的作業、活動として含めているのです。煙草を生産することは、その医療費や葬儀費用を含めると、GDPとしては恐ろしいものになります。オイルの漏出は、(汚染)復元費用や訴訟費用を含み、GDPは巨額になります。しかしこれらの経済指標は、家庭経済学や自然経済学に見る生命を維持しているあらゆる活動を含んでいないのです。したがって経済学者は言うでしょう。「子供たちの世話をする人々は、経済的に不活動(非生産的)である」と。明け方から夕暮れまで働く人にそれを伝えに行ってください。これは絶対に意味をなしません。また、統計学の研究は次のことを明らかにしています。例えば、これらの調査が、無報酬の家庭での作業を考慮した場合、ほとんどが女性によってなされる世話や介護奉仕の仕事ですが、スイス政府は、もしそれが含まれるならば、すでに報告済みのスイスGDPの70%になるだろうと推測しました。  私たちは、人々や自然の世話をする最も重要な仕事に、有形化(数値化)と価値を最終的に与える、経済システムを持たねばなりません。それは、貧困の問題を取り扱う場合の必要な部分を除いて、すべてが金銭的条件を持つ必要はありません。そして、この方向へ向かっている幾つかの動向が見られます。北欧の国々では、例えば介護奉仕者のための俸給があります。チリの新大統領ミチェル・バチェレが政権に就いたとき、彼女が最初に実施した条例の一つは、貧困に陥った介護奉仕者のための訓練であり、貨幣の俸給でした。
SI:家事と自然界への貢献に加えて、別の領域がありますか。
アイスラー:ボランティアのコミュニティー経済学です。一人の芸術家が経済を説明しながらパズルを行ったのです。従来の絵の中では、これらの三つの断片(家庭経済学、自然経済学、無報酬のコミュニティー経済学)は大きくて、地面に置かれているのですが、それに引き換え、私が「介護経済学」と呼んでいる新しい経済地図の中では、それらの断片は絵の一部になっているのです。 私たちは体系的な変更の必要性を考慮せねばなりません。私たちは経済学をちょっと見るだけで、経済活動や商習慣を変更することはできません。私たちはより広範囲の文化システムを見なければならず、そしてそれも変更せねばなりません。それは相互に影響し合うプロセスなのです。報酬システムは、そのゲームの経済学やビジネス・ルールを変更する際にとても重要なのです。もし私たちがもっと思いやりのある態度で報いるならば、文化は変わります。もう一方で、経済システムを変えるために文化もまた変えなければなりません。それは単純な直線上の原因と結果ではないのです。相互作用なのです。
SI:もし支配モデルの中核をなす信条が変わらない場合、経済的であれまたは他のものであれ、正義を持つことは可能ですか。
アイスラー:支配者の厳格な家族の中で教育された子供たちに期待することは、現実的だとは思えません。そこでは半分の種族がサービスを提供し、他の半分がサービスを受け取り、劣っていると見なされている人々の役に立つ考えを、自分に取り入れない家族です。人々がそこから逃れようとしない限り、どのようにして経済的正義について話すことなどできるでしょうか。貧困の問題に関して言えば、世界の貧困層、貧困層の中でも最も貧しいのは、女性と子供たちであるということは、すべての統計から非常に明快です。人類の半数を占める女性への蔑みを変えることなしに、この扱いにくそうな問題の変更を期待することは、私たちには実質上できません。
SI:女性の社会的地位や力がより大きくなると、その国の総合的な生活の質が改善されるということを示す、あなたが行った研究について話してください。
アイスラー:私たちはパートナーシップ研究センターで、統計上の二つの集団を利用して、89カ国からの統計データを比較しました。一つは一般的な生活の質の測定要素で--幼児死亡率や飲料水の入手経路から環境上の規制のような基本的なもの、またそれらの上層部と下層部の間にあるギャップなどです。それから私たちは、女性としての地位により特有な測定要素--妊婦死亡率、避妊処理の利用、立法府に占める女性の割合--を比較しました。私たちがこの研究を行った時、クウェートとフランスは国内総生産(GDP)はほとんど同じだったのですが、クウェートにおける最も基本的な生活の質である幼児死亡率は、フランスの2倍でした。女性の社会的地位はクウェートよりもフランスの方が著しく高いのです。私たちは「協力」や「支配」の構成要素について再び話しているのです。
SI:より平等な協力モデルの明白な理解やビジョンなしに、大きな変容が起きる可能性はありますか。
アイスラー:最後の分析を通じての私の考えでは、答えはノーです。そしてそのことが理由の一つなのですが、私たちが非常に馴染んでいて、使い始めている社会のカテゴリーというレンズを再吟味することは、私たちにとって本当にとても大切なのです。
SI:パートナーシップ研究センターは何を行うのですか。
アイスラー:パートナーシップ研究センターは1987年に生まれたのです。なぜなら、途方もない数の草の根の反応が世界中から『聖杯と剣』に寄せられたからです。私たちのグループが一緒になり、この非営利組織を形成したのです。それは国連のNGOの一つです。主に私たちが行うことは、人々に情報を提供し勇気づけることです。  私たちは大きなプロジェクト--「親密な関係の暴力をストップさせる精神的連帯」--も持っています。独自のウェブサイトがあります(www.saiv.net)。私は自分の仕事の中で、体系的効果が連続し、影響力を持つ幾つかのポイントを見てきたのです。家族の中の女性や子供に対する家庭内暴力の伝統を変えたり終わらせることは、平和な文化を築き上げる基礎となります。しかし、これは再び支配者の遺産の一部なのですが、宗教指導者や宗教団体は、残念なことに、この暴力を容認するだけでなく、神の、またはアラーの意志として命じてきたのです。米国公衆衛生局の衛生局長によれば、米国女性に対する傷害の主要な原因は家庭内暴力です。また、支配者システムがさらに強化されている世界の他の地域を見ると、名誉殺人、少女の性器切除、花嫁燃やしのような風習があります。ですから私たちは今日、強硬な立場を取るために、「これは不道徳である」と発言する精神的指導者を必要としています。なぜなら、彼らは道徳的権限を持っているからです。私たちは精神的指導者のための説教を含む、予防策を備えた資料集をまとめています。親密な関係の暴力と国際的暴力の関連性を証明し、そして、それをやめさせるために。
SI:何か他に付け加えたいと思うものはありますか。
アイスラー:私は次のことを付け加えたいと思います。私はこのことに大変な情熱を傾けています。私の研究のためとか一人の活動家としてという理由だけでなく、私たちの現在進んでいる道は、簡単に言えば持続可能ではないという、明らかな事実に対して深く関わっている一人の母親、祖母としてです。そしてさらに、今日では地球の最も遠くの端にいる人々をも含む私たちの非常に多くが、他の人々との感情移入を可能にしているという事実に私は共鳴しています。それは、私が「協力に基づく意識を進化させる」と呼ぶものの一部です。そして、おそらくそれは世界で最も重要な精神的開発であると思います。なぜなら、その意識や、良い世界をつくるために何かをすることは、変化のためのゆるぎない希望を私たちに与えてくれます。
(www.partnershipway.org)

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