現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2006年 2月 ひと針編む間に

ひと針編む間に

編集長殿
2005年11月13日日曜日に、エジンバラのクェーカー・ミーティング・ハウスで、私が出現についての講演と奇跡のスライド展示を始めようとした時、60代初めの男性が講演の聴衆者に加わりました。その晩の進行予定が始まるちょうど前で、彼に紅茶を一杯勧めると、受け取ってくれました。普通と少しばかり違っていたのは、講演が始って彼が腰を下ろすと、すぐに編み棒と毛糸を取り出して編み物を始めたことでした!(私には何だかおかしなことに思えて、その時笑いをこらえて、何とか真顔でいなければなりませんでした)

彼はカジュアルな服装で、赤い上着を着ていました。小さなくぼんだ目に、わずかに日に焼けた顔で、全体に快活そうな感じでした。5人ほどしか人がいなかったので、講演を続けながら、聴衆に質問をしてくれるように伝えました。講演が進む間中、その男性は編み物に熱中しているようだったのに、注意深く情報に耳を傾けていて、たくさんの質問をしてくれました。

彼は常に大変に礼儀正しく、彼の質問はまるで、出現のストーリーの特殊な側面を、できるかぎり明確でシンプルな形で十分に理解してもらうために、私に話の内容を明快にしたり、さらに展開させたりできるように意図されたもののように思われました。彼の質問は常に知ろうとする性質のもので、決して懐疑的でも、疑い深くも否定的でもありませんでした。

講演の後、彼は自己紹介をし、ダニエルと名乗って、編んでいたパターンの一部を見せてくれました。彼はそれを『フレンドリー・スクエア(友好の四角模様)』と呼んでいて、贈り物として受け取るように言ってくれました。彼は他のいくつかの『フレンドリー・スクエア』を聴衆の人々に見せていました。私たちは少しの間話もして、彼は何年も前に13回の脳の手術を受けて、そのために記憶に障害があると言っていました。そんなにたくさんの手術を生き抜いてきたなんて、私にはびっくり仰天することでした。ある時、会話の中で彼が同じ質問をしたかどうか覚えていないために、質問を繰り返すことがありました(私は彼が私の一部を反映しているのではないかと、本当に思っていました。なぜなら私自身の記憶力も良くなく、改善されてマシなったのです)。彼は神智学協会についても、行き方とかを尋ねていきました。

彼がもう一杯お茶を飲んで、立ち去る前に、出現情報のチラシ配りを手伝ってくれたことを何となく覚えています。この出会いは少し普通と違うところがあったので、彼は覚者だったかもしれないと思っているのですが。
キャメロン・パイリー
スコットランド、エジンバラ

【ベンジャミン・クレームの師は、『編み物をしていた人』がマイトレーヤであったことを確認した】

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