現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2009年 11月 環境(The Environment)──選集(第2部)

環境(The Environment)──選集(第2部)

この地球は、世界の指導者たちが2009年12月のコペンハーゲンにおける国連気象会議の準備をしているときに、さらに多くの気象変動を経験している。われわれの惑星を救うために必要な変化の緊急性を強調するために、環境というテーマに関する抜粋の2つめの選集を発表する。これはマイトレーヤの教え(キリスト・マイトレーヤからのメッセージ、および『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師のことば(『覚者は語る』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

現在のわれわれの第一の仕事は、環境を管理することである。これがすべての個人の、政治家の、グルや聖者の、科学者の責任になるだろう。われわれのエネルギーは、環境を再び健全にすることに費やされるだろう。それが起こるとき、苦難や病気や貧困は減少するだろう。
(『いのちの法則』p.359)

人間が環境問題に対処するにあたって協力の必要性に気づきはじめるにつれて、新しいグローバル(世界的)な意識の初期の萌しが見られる。これは未来にとってよい前兆であり、人類種族が直面している重要な危機に対する正しい反応を示す。この惑星の環境的なバランスに対してすでに成されてしまった害を速やかに回復しなければ、多くの人間の寿命は劇的に短縮されるだろう。金持ちだろうが貧乏人だろうが、人間の免疫組織の油断のならない破壊から完全に免れるものは誰もいない。人間は自分たちの責任でその(免疫)組織に無分別な試みをするのである。
この間題やその他の問題の深刻さにもかかわらず、それらに本気で取り組むことについて大きな進歩がある。これらの危険にすべての国の政府機関を注目させることを主な関心事にしているグループが世界中にたくさん存在する。そうであるから、諸国家には、未来への、そして協力と相互扶助の恩恵についての自信を新たにして、この試練の期間を乗り越えるという期待感がある。このようにして、アクエリアス(宝瓶宮)のエネルギーはまさに諸国民を集い寄らせ、協力と理解の連結をつくり、そしてゆっくりと徐々にではあるが、現存の体制の本質的に異なった勢力を統合された全体に融合させていく。新しい時代はまさにわれわれの頭上にある。マイトレーヤと彼のグループの一団の差し迫った到来が、その開始の合図をするだろう。
(『覚者は語る』―新い時代は頭上に―p.483)

リアリティ(実相)についての、リアリティ(実相)の様相についてのすべての発見は美しいです。それはいのちの財宝の、私たちがその中で生きている自然と呼ぶもののシステムの美しい開花です。唯一の問題は、私たちが自分たち自身をそれから分離させていることです。自然を向こうにあるものとして見ます。神は天上におり、私たちはここにいると考えます。これらの間には実際、何の分離もないのです。私たちは自然と分離していません。だからこそ、私たちは自然環境を略奪すべきではないのです。私たちは神と呼んでいるところのものから分離していません。それは私たちの存在のすべての様相の中に内在しています。私たちはお互い同士から分離していません。これは私たちが発見しなければならない素晴らしいことであります。
(『大いなる接近』p.350)

人類が彼らの住まいである惑星の生態圏の不均衡がいかに深刻であるかに気づくとき、その状況の改善のために極めて緊急に必要とされるステップを取らなければならない。もし十分な決意で対応することに失敗するならば、人類はこの惑星を徐々に、しかし必然的な破壊に陥れることになる。そうすると、どんな遺産を子孫に引き渡すことになるのか。この自己破壊を蔓延させないためには、すべての者が共に行動し、必要な犠牲を払わなければならない。これは惑星の保全に対する態度の変更、および今日、人間にとって必要と見なされているところのものについての完全な変更を必要とする。
ある人々にとっては、必要とされる変化を承認することは容易でないだろう。しかし、そのような変化によってのみ、この惑星のいのちは保証され得る。すでに地球上の欠くことのできない森林の蓄えに深い食い込みが起こっている。森林の乱伐は酸素の減少と二酸化炭素の上昇を生じさせた。これは今や危機的段階にあり、即刻、行動する必要がある。地球温暖化の現実は今や大勢の人々の心(マインド)に目覚めつつある。しかし、圧倒的な証拠にもかかわらず、人間の行動が原因であることを否定する者たちがまだいる。
わたしたち、あなた方の兄たちは、人間の行動が地球温暖化の80%に責任があるということを、完全な確信をもって言うことができる。マイトレーヤがこの緊急の問題に人間の注目を向けさせるのは長い先のことではないだろう。彼は人間に選択肢を突き付けるだろう── 一つには、いま行動することによる有益な結果か、そしてもう一つは、何もしないことから、あるいはあまりにも少ない行動の結果としての破壊か。かくして、決断は人間のみが行う。
(シェア・インターナショナル、2007年5月号「覚者より」―惑星の救済―)

私たちは環境に直接的に影響を及ぼしています。非常に間もなく、マイトレーヤと覚者方の指導によって、人類は私たちが神と呼ぶもの、自然や環境と呼ぶもの、そして私たちが人類と呼ぶものが一つであることを理解するでしょぅ。これらの間に分離はありません。マイトレーヤによれば、すべてのものは互いに関係しています。すべての原子、その中のすべての粒子は宇宙全体の粒子と関係しています。それゆえに、創造の一つの側面で起きたことは必然的に他の側面に影響を与えます。人類は日常の環境の一部です。それを私たちは自然と呼んでいるのです。人類の破壊的な想念形態は世界に不均衡と緊張の状態をつくり出します。先進国と第三世界との間の不均衡──その不均衡から生じる貧困と苦痛──そしてそれゆえの苦悩、怒り、破壊的な想念形態が世界のマインドベルトに注ぎ込まれています。それらが世界の気象パターンを管理するデーヴァ・エレメンタルと呼ばれる存在に影響を与えます。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』p.211-212)

いま世界に起こっている破壊の多くは、つまり異常な気象状況、ハリケーン・ギルバートのようなハリケーン、バングラデシュやスーダンにおけるような洪水などは、“神のしわざ”ではありません。それは原因と結果の法則の働きの結果です。われわれが原因を始動させるのであり、それが結果をもたらします。気象パターンの乱れは私たちの手の内にあります。凶暴なハリケーンや洪水は破壊的なフォース(力)──われわれの破壊的な力──が解き放たれたものであり、その結果として、それは人類のために静けさと平衡をつくり出します。もし私たちが自由意志と資源を間違って使ったり、凶暴で競争的な行動をするならば、世界に混乱をつくり出し、気象を支配するエレメンタル(精霊)に影響を及ぼします。私たちが調和を取り戻すや否や、彼らも調和を取り戻すでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』p.219)

わたしの役割は、道が岐れていることを人類に示すことである。道標は置かれた、そしてこの地球の未来はあなたがたの決定にかかっている。正しい道を、神につながる唯一の道を、人類が選ぶのを確実にするために、われわれは(あなたがたとわたしとは)ここに集うている。
(『命の水を運ぶ者』第19信p.73)

起こることはすべてカルマに結び付いています。世界のカルマがあり、これに対して私たちすべてが責任を負っています。それから個人のカルマがあります。私たちは何千何百回の転生にわたって世界のカルマに貢献してきましたから、すべての人間が世界のカルマに責任があります。世界中の洪水や地震や破壊的状況の多くは、個人としてではなく全体としての人類の間違った思考や行動の影響によるものです。
私たちは自分たち自身が平衡を保っていないので、破壊的な状況をつくり出します。私たちは憎しみや競争で満ちています。いつでも、誰かを利用しようとしており、出し抜こうとしており、他の人より早く売りだそうとしています。世界は競争に満ち満ちています。
競争は貪欲の結果です。貪欲は恐怖心の結果です。恐怖心は分離感から生じます。私たちが分離していると感じなければ、私たちは世界を計画されているように築いているでしょう(そして将来はそうなるでしょう)。私たちは破壊的か、建設的かのどちらかです。もし破壊的ならば、私たちは自分自身と戦っており、自分がその一部である社会と戦争状態にあるのです。私たちは無害であることを、自分自身および周りの環境(これは他の人々や惑星全体という意味ですが)と平衡を保って生きることを学び、自分たちの周りに平衡をつくることを学ばなければなりません。私たちが貪欲で、利己的で、競争に満ちているとき、必然的に私たちは不調和をつくり出します。そうすると、天候、海洋、雨などをコントロールするデーヴァたちは平衡を失い、世界中に今のようなとても異常な気象パターンがつくり出されます。それはある程度、私たち自身の不均衡の結果です。私たちは分離しているという錯覚を抱いていますが、宇宙には分離はありません。
(『大いなる接近』p.404-405)

マイトレーヤによれば、核爆発は自然界の要素を妨害する。全創造物が原子から成っている。そのパターンを妨害すると、自然界の要素にも、天候の周期にも、人類自身にも影響が及ぶ。飛行機などのような人間がこしらえたものも等しく原子から成っており、これらのパターンが妨害されると墜落は必然である。心(マインド)と生気と肉体の均衡が壊れやすい人々は、原子のパターンの妨害によって、持ち堪えられなくなる。
(『いのちの法則』p.156)

……人類の歴史の中の新しい局面が始まる。一歩一歩、人間は将来の必要条件を始動させるだろう。それらはすべての人間の運命と自由意志を尊重しなければならない。人生の基本的必要に対する権利、すなわち食物、住居、医療、教育がすべての施政活動の方向を条件づけなければならない。環境──そしてそれに必然的に伴うところのものすべて──の保護が、神聖なる義務とならなければならない。そしてそれは、人間がやがてこの惑星を健康に戻すために手当てをすることを可能にするだろう。もし人間が彼らの生得の遺産を受け継いで、再び神への道を見つけようとするならば、そうでなければならない。
(『覚者は語る』―将来の必要条件―p.519-520)

われわれは環境を破壊するのではなく尊重しなければならない。われわれは家の屋根に登りたいとき梯子を必要とする。そこにたどり着いたら、それを投げ捨てて、放棄してしまうべきではない。なぜなら後からついてくる者たちはそれを必要とするのだから。われわれの後に続く世代にとって、環境は梯子と同じである。
(『いのちの法則』p.65)

世界は今、資源の誤用に非常に苦しんでいます。私たちはこの惑星を非常に汚染してきたため、私たち自身がつくり出した汚染から免れる人々は、今日、世界におそらく──覚者以外には── 一人としていないでしょう。世界の大気、陸地、海洋は、人類によって人類種族自体と下層王国の存続を危うくするほどに汚染されています。このように、実際に地球は苦しんでいます。これは正されなければならない変化であり、これらの汚染物質の結果として、私たちの免疫組織に変化が起こっています。世界の管理には完全な変革が必要です──そのような変革は起こるでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』p.206-207)

地球温暖化とその結果がもたらす気候変動によって提起される危険を真剣に受けとめはじめた人々がやっと現われたと言ってよかろう。その危険の実体と度合いについて、そしてその中で、それが存在することについての合意ができた問題に対処する最善の方法について、かなり意見の相違があることは確かである。しかしながら、破壊の進行を止め、環境を安定させるためには人間は途方もない仕事に取り組まねばならないということを、少なくとも認めつつある人々がいるということは疑いない。最も認識のある、関心を持つ人々でさえ、この間題の大きさとその複雑さの度合いがどれほどのものかについて、ほとんど知らないということもまた事実である。
汚染問題がその一つである。汚染は様々な形をもち、あるものは明らかであり、意志さえあれば容易に対処できる。しかしながら、あるものはいまだ人類に知られていない科学と救済策を必要とする。それはあまりにも有毒で破壊的であり、その克服は最優先されなければならない。空気の質や食物や動物、そして河川や海洋の魚に対する汚染の結果は知られているにもかかわらず、ほとんど無視されている。あらゆる汚染物質の中で最も破壊的な核放射能による汚染は、地球科学の科学者たちによる発見を待つ。核放射能の上位レベルは、現在の原子力テクノロジーを超える。またそれは人間と低位王国(動植物界)にとって最も有害で危険なものである。これらすべてのレベルにおいて、汚染の問題は克服されねばならない。これは現在の政治、経済、社会の完全な再建によってのみ達成することができる。
人間は地球を荒らし、汚染し、そして自分自身の住む環境をひどく破壊した。いま人間は自分たちが傷つけたところのものを救済することを最優先と見なし、自分たちの病んだ惑星を健康に戻さなければならない。惑星に対する要求を簡素化し、簡素さの美を学び、分かち合いの歓びを学ばなければならない。
人間はほとんど選択肢を持たない──その仕事の緊急性は即刻の行動を要求する。すでになされたダメージ(損傷)の本当の規模を認識する者はまさにほとんどいない。問われなければならない問題は、地球という惑星を救済することができるか、それはどんな方法によってできるのか、ということである。答えは大きく鳴り響く「然り」であり、その方法には大多数の人間による現在の生活様式の変容が含まれる。
(シェア・インターナショナル、2007年11月号「覚者より」―地球は産みの苦しみの中にある―)

あなたがたがわたしを見る時、はっきりと知るであろう、すでに転機点に到達し、わたしの軍勢は力を増し、勝利は確実なことを。わたしの計画は、真理の単純な教えを世界に放つことである――人間は一つであり、すべてが兄弟同胞である、神はすべての人間を平等に愛する、自然は、すべての者が分かち合うように、その食物を提供する。わたし自身、人類の体験を経てきた者であるから、人間が窮地を切り抜けていくための答を知っている。変化し、人間同士が正しく交わり、神の意志を正しく顕していくための単純な方法を教えよう。
(『命の水を運ぶ者』第55信p.161-162)

人間がこの豊かな世界の産物を共に分かち合うことを決断するとき、途方もない神秘的な出来事が起こるであろう── 一瞬にして、人は戦争の必要は過去のものであることを、テロリズムの脅威は速やかに消え去ることを認識するだろう。分かち合いによって生み出される信頼によって、環境問題や領土問題など人間が直面する問題は開花する善意の中で解決可能なことを認識するだろう。分かち合いを通して、人間は自分たちが兄弟姉妹であることを認識するだろう。そして密接に協力する兄弟姉妹として行動し、この世界の変容の過程を始めるだろう。
(『覚者は語る』―人生の秘密―p.619)

資源の間違った使用、市場のフォースへの盲目的な追従、競争こそが、汚染をつくり出したのであり、それが今、生態系への大きな害となって現れております。私たちはこの惑星を非常に急速に害しているので、ただちに方向転換しなければ、間に合わなくなるでしょう。そうして未来の世代は信じられない程の苦難を味わうでしょう。幸いなことに、自然は非常に柔軟性を持っており、立ち直るだろうと、私は信じます。様々な国々における種々のグループの力説で、すでに多くの人々が、政府でさえも、汚染の問題を扱い始めております。……ますます多くの政府やグループや個人が、生態系についての再考の必要を、汚染問題に対する解決の必要を理解しつつあります。しかし製造方法や方針の中に非常な競争意識があるかぎり、それは止められないでしょう。製造に対する私たちの現在の態度を貪欲や浪費や競争に基づくものから充足に変えなければなりません。「どれだけ多くの量を、そしていかに早く製造できるか」と言う代わりに、「必要とされるのはどれくらいか。この商品をどれだけ使わずに済むか。すべての個人が豊かで満ち足りる生活を分かち合うための最小限はどのくらいか」という思考をするようにならなければなりません。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』p.222)

マイトレーヤは、より簡素な生活を、惑星の状況の現実により見合った生活を提唱するだろう。これが必要であることを十分に多くの人々が確信するとき、簡素化への運動が惑星全体を通じてますます大きく広まるだろう。何千万の人間が変化の必要に鼓舞されて、それは極めて異常な速さで進むだろう。このようにして、地球という惑星が直面する最も深刻な危険は、いくらか押し止められるだろう。これが多くの人々を勇気づけて、彼らはさらなる変化への用意を進めるだろう。必要な変化のジレンマに直面して、人間は分かち合いの原則を受け入れることの必然性に気づくことになるだろう。分かち合いのみが、これらの変化を実際的で可能なものにするだろう。分かち合いを通してのみ、この惑星の賜物はうまく利用される。分かち合いを通してのみ、この賜物は正しく管理されるだろう。このようにしてのみ、惑星自体はその環境およびその住民と調和して生きることができる。                  
(シェア・インターナショナル、2007年5月号「覚者より」―惑星の救済―)

前にも告げたとおり、わたしの使命は二重である──あなたがたが自らに課した限界の鎖から、あなたがたを解き放つこと、そしてあなたがたを神のもとへ連れて還ることである。
この地球の多様な資源を正しく分配することによって、すべての人間が神の恩恵にあずかることを示そう。神への道は非常に単純であることも、そしてあなたの聖なる輝きが、わたしを通して顕現することも示そう。我が友よ、あなたがたのために、わたしにこの仕事をさせてほしい。あなたがたを聖なる嗣業にお連れしよう。あなたがたが夢想だにし得ない奇しき御業をお見せしよう。あなたがたの目から無知という目かくしを取り払おう。わたしは、この地上から憎しみの呪いと分裂の罪悪を永遠に追放する。
(『命の水を運ぶ者』第51信p.151-152)

もし人類が地球温暖化の影響からこの惑星を救おうとするならば、計画されている炭素排出量制限よりもはるかに多くのことをなさなければならない。しかも、一般に必要な期間として受け入れられているよりもずっと短期間に行わなければならない。人々がこの危険を認知するのに時間がかかった。今でさえ、多くの者たちは問題を真剣に受けとめることを拒否する。そのような態度がこの地球という惑星の未来を危険にさらすことは疑いない。取り返しのつかないダメージがなされる前に均衡を確立するために、人間に残された時間は、最大に見積もっても10年か15年しかない。
この目標を達成するために、人間は現在の生活様式を劇的に変えて、より簡素な生活の仕方や仕事の仕方を採用しなければならない。後に続く世代に対する何の配慮もなく、徐々にそして必然的に衰退してきた環境を見ようともせず、どうにでもなれという態度で、この惑星を意のままに荒らし、略奪してきた日々は過ぎた。長年の間、毎年、毎年、大昔の原始林の巨大な領域から、純粋に商業的利益のためにいのちを与える樹木が切り払われてきた。商業至上主義が人間の喉元をさらに締めつけていくにつれ、それはまさに人類にとっての凶兆である。商業至上主義は人間にとって原子爆弾よりも危険であると、マイトレーヤは言われる。そして今日、世界を支配する経済破局にその破壊的な力を示している。
(シェア・インターナショナル、2009年5月号「覚者より」―商業至上主義の呪い―)

約1世紀半の間、私たちはお金を稼ぎ、産業を推進するという近視眼的な目的のために地球を荒らし略奪することを当然のことと考えてきました。この思考が産業革命をもたらしました。しかし今、私たちは産業革命後の問題に直面しています。これは新しい概念です。19世紀の産業化の時代と、20世紀におけるその洗練の時代を通過し、この先に何があるのかを知りません。物資の生産は必要ですが、それはこの惑星を略奪しない全く異なった方法を用いた、全く異なった形態を必要とすることをほとんどの人々は知りません。私たちは今や、この惑星的、生態系的問題の緊急性に目覚めつつあります。
(『協力の術』p.73-74)

あなたがたを取り巻く問題を切り抜ける道は、あなたがたの心の裡なる神のまことの声に再び耳を傾けることであり、この世の豊かな産物を世界中すべての兄弟姉妹たちと分かち合うことである。これをあなたがたに示すことがわたしの計画である。
(『命の水を運ぶ者』第11信p.50)

国民の圧力のもとに、ようやく政府は、すべての生命が依存する環境を尊び育成することの必要性を受け入れつつある。そのような賢明な育成なしには、人類の未来は実に荒涼としたものであろう。時勢はもはや、この惑星を汚し毒する者たちの側にないことを、資源は無尽蔵でないことを、自然は略奪と暴行で萎縮することを、政策決定者は認識しはじめている。人間の無知と貪欲がもたらした自然の秩序に対する多くの反則行為を正すことができるのは、世界的規模の注意深い協調した行動のみであるという意識が高まっている。スタートは切られた。しかし今、人類を脅かす汚染や略奪行為の脅威を止めるだけでも、何年にもわたる献身的な行動が要求されるだろう。
幸いに、未来にあるものすべてが、そのような暗い調子ではない。人類はいつもながら独りではない。そして、エネルギーを発生させるための新しい、きれいな、安全な様式に関する知識を人間に解き放つステップが取られた。まったく新しいテクノロジーが日常生活を変容させるだろう。そして人間は、己の真の存在と目的を探究するための時間と刺激を得るだろう。
そのようにして支度を整えて、人間は自然との調和のうちに働くことを学び、人間が欲するものあるいは必要とし得るものすべてを満たす溢れるばかり豊饒の角〔*〕を、自然からうまく引き出すだろう。
人類がキリストを見るとき、問題点は彼らの前に明確に提示されるだろう──人間は、今すべての者の福利のために共に働くという挑戦に面と向かい、充足を鍵とする生活様式につくり直すか、あるいはすでに痛ましく抑圧されているこの惑星に死を告げる鐘を鳴らして、人類の未来を最大の危機に陥れるかである。マイトレーヤご自身は、人間が彼の呼びかけに耳を傾け、それに応えることを、疑っておられない。
(『覚者は語る』―責任に目覚めて―p.236-237)

〔*〕= ギリシャ神話にある、ゼウスに授乳し、果物、穀物があふれ出たと伝えられる山羊の角。

指導原理は浪費ではなく、充足でなければならない。現在、世界の経済制度は浪費によって支配されている。その浪費の乱行が様々な汚染問題を作りだし、惑星の健康に対する危害を形成する。これはまだ半分しか認識されていない。持続可能な経済とは、惑星の健康の可能性の範囲内においてすべての者の必要を供給するものである。現在では、それは達成不可能のように見える。しかし、光のテクノロジーが人類のためにその状況を変換し、われわれすべての必要を満たすために無限で生態系的に健全なエネルギーを提供する。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』p.167)

この惑星を修復するに当たって、救済とは集団の努力である。これがそうであることをマイトレーヤは明らかになさるであろう。マイトレーヤの出現から3~5年のうちに膨大な変容が起こるであろう。地上で飢餓への取り組みが見られるだろう。何百万という飢えた人々に対する大幅な状況改善が目標とされ、それはいまだかつて考えられたこともない規模のものであろう。それが達成されれば、私たちは自分たちの周囲の環境問題に取り組むようになるだろう。最優先事項は私たちの生活様式を持続可能性へ向けて変えることである。抑制のない成長に基づく現在の経済の終焉を見るであろう。あらゆる所の人々が食べることができ、生きることができ、そして環境資源を保存することができるようになるだろう。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』p.203-204)

最優先事項は環境であろう。最下位は防衛であろう。
(Maitreya, SI July/August 1991)
(マイトレーヤの見解:シェア・インターナショナル1991年7月号p.9)

今日、自然の法則の研究に巨大な額の金が費やされている。同時に、莫大な資源が浪費され、誤用されている。これらの資源が自然の均衡を安定させるために向けられたならば、新しい世界が出現するだろう。人間に長い間、隠されていた秘密を、人間自身が所有することになろう。いままで人間の詮索好きなマインド(識心)に閉ざされていた知識の領域に入ることになろう。自然はその神秘をついに明かし、そして人間は大計画の管理者としての正当な座を占めて、創造主とのパートナーシップ(提携関係)を始めるだろう。人間はすべてのものを新しくすることも、あるいは世界を破滅させることもできる力を持つ。これまでに、そのような全能が人間の掌中にあったことはなかった。この力の正しい使用を保証するためには、今日めったに見られない智恵の表現が要求される。それを人間は己の裡に見いださなければならない、さもなければ死滅である。
人類種族にとって幸いなことに、人間は孤立した存在ではない。人間生活の舞台の背後から、覚者たちの一団が、神の属性のすべてを賦与された者たちが、今、登場しつつある。彼らから長老の智恵が流れ、人間を道に沿って導き案内するだろう。彼らのインスピレーション(鼓舞)を受けて、人は自分の足どりを見直し、もう一度新たに始めるだろう。彼らの賢明な後見のもとに、人は神へと登り始める、潜在するのだが表現されていないあの神性を顕し示すために。このようにして、人間は早晩、覚者となり、同じように神の大目的の奉仕人になるだろう。そうすると、人類から、大計画を進行させるためにすべてのものを共に育む普遍的な智恵の流れが注ぎ出すだろう。
(『覚者は語る』―人間の役割―p.140-141)

わたしの側に立ちなさい、そして共にすべてのものを新しくしていこう。わたしの手を取りなさい、我が友よ、わたしの庭園を案内しよう。わたしの花を見せよう。わたしの法を教えよう。わたしの心はいつもあなたがたを包み、登り道の一歩毎に、安定したわたしの手が導いていく。わたしはあなたがたの師であり、兄であり、友である。だからわたしをそのようにして知りなさい。神への単純な道を示そう。大いなる光の聖なる存在を示そう。
この道を共に歩み、いにしえの秘密を知り、神の奇しき御業を知り、愛の祝福を知りなさい。
(『命の水を運ぶ者』第35信p.114-115)