現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2013年 3月号 「マイトレーヤの使命は私達の使命」

「マイトレーヤの使命は私達の使命」

ベンジャミン・クレーム著『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』の書評
カルメン・フォント


白熱電球を発明したトーマス・エジソン(1847-1931)はかつてこう言った。「たいていの人が機会を見逃してしまうのは、それが作業着に身をつつみ、仕事のように見えるためである」と。人生の最大の突破口はたいていの場合、「天才」や「チャンス」の結果であると、私たちは往々にして考えがちである。この二つの要因があらゆる業績において一定の役割を演じるとはいえ、常に必要条件となっているのはきつい仕事である。集中した誠実な意図をもって堅実に働くならば、「機会」を呼び込むのに必要なエネルギーが供給される。機会の窓に反応することによって、業績の創造と展開に参加することになる。業績が大きければ大きいほど、要求される努力も大きくなる。私たちが「きつい仕事」として解釈するものはしばしば、骨の折れる仕事の遂行、高位のもののための低位のものの犠牲、ある程度の肉体的もしくは情緒的な不快感、そして最も抵抗の少ない線の回避を要求する。建設的なきつい仕事が、強制や目的の欠如の結果であることは決してない。霧の真っ直中で目的物が見えないときですら、結果に対する信念に基づいて創造的な仕事はなされる。このようにして、きつい仕事は一つの使命となる。
マイトレーヤはメッセージ第31信で、「何事もひとりでに起こらないのである。人間は行動し、自分の意志を実行しなければならない」ことを私たちに想起させている。マイトレーヤはメッセージの中で、ご自分の仕事とそれに参加するよう促す人類への呼びかけに言及しているが、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』が発刊されて初めて、彼の使命の論理的根拠と詳細が完全な俯瞰的展望の中で提供されることになった。本書の(英語版の)初版は1986年に発行、それに続く二つの版が1990年と1993年に発行され、その時点までにシェア・インターナショナル誌で公表された質疑応答を編集したものを含んでいた。こうした質疑応答は主題ごとに整理され、マイトレーヤの仕事のそれぞれのテーマ領域を際立たせている。マイトレーヤの様々な努力についてより深く洞察しようとする読者にとって、これは貴重なインスピレーションの源となっている。それはまた、世界の変化とその原因を明らかにする大きな窓にもなっている。そのようなわけで、二冊の続編『マイトレーヤの使命』第Ⅱ巻、第Ⅲ巻も発行されることになったのである。これらの続編は、マイトレーヤと智恵の覚者方の出現に関連して引き続き行われている進行中の仕事と人類の準備に光を当てている。

完全な協力

マイトレーヤの使命が孤独なものであったことはかつてなく、これからもないであろう。『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』のすべての章で、彼の出現の過程と私たちの生活様式の変化が私たちの完全な協力を要求しているという事実に私たちはそっと気づかされ、その事実を生き生きと認識することになる。そのいい例が、マイトレーヤが1986年1月にメディアの代表にコンタクトを取られたことにベンジャミン・クレームが言及したことである。「彼らは、キリストであると主張する方が確かにロンドンのアジア人地域に住んでおられることを発表することに同意したのである。しかしながら、その後、宗教界と政府の上層部からの圧力の下に、このステートメントの発表は取り下げられた」(再改訂版19頁)。この拒絶により、カルマの法則に従ってマイトレーヤは、メディアが全く関与しないもっと長い出現過程に取り組むことになった。あらゆる種類の奇跡を創造し、様々な姿で人類のあらゆる場面に現れることによって、彼の存在についての情報がゆっくりと築かれ、世界中に広まった。このようにして、人類の自由意志を侵害することなく、マイトレーヤはご自分の存在の現実性を、それを信じることができるすべての者たちの前に提示し続けた。今日でさえ、アメリカ、メキシコ、ブラジルでテレビに出演するときはいつも「匿名」で出演し、視聴者がその言葉を「キリスト」や「世界教師」の言葉だからといって受け入れるのではなく、彼のアイディアそのものに賛成あるいは反対することを可能にしている。
1980年代後半と1990年代前半は、人類にとって重大な時期であった。『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』では、その時期の主な政治的・経済的な発展(例えば、南アフリカでのアパルトヘイトの終焉、ソ連の解体、日本に端を発する株式市場の崩壊)に特に焦点を当てる一方、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』は、マイトレーヤの出現の秘教的な本質と新時代のための彼の教えに関係している。ベンジャミン・クレームは本書の序説で、マイトレーヤによる「コミュニケーションの新しい様式」について述べている。マイトレーヤは彼の側近の一人を通して、「彼の教えや世界情勢の予報を伝え始め、それは一つずつ現実に現れている」(20頁)。このようにして、政治的、社会的、霊的な性質の情報が絶えず流れ込み、提供されることになった。私たちは外的な物質界での世界の変化の力学を十分に理解できるようになる前に、初歩的な秘教の法則をもっと十分に把握する必要がある。この意味で、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』はベンジャミン・クレームの最初の本『世界大師と覚者方の降臨』を完全に引き継ぎ、さらに『マイトレーヤの使命』の続編を読み進めるよう誘うものである。
マイトレーヤの基本的な教えだけでなく、智恵の覚者方の外的顕現の土台もまた、本書の最初の三つの章で取り上げられている。『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』第3版(英語版)の発行からほぼ20年が経過したが、本書は常に新鮮であり示唆に富んでいる──例えば、聖なる介入の代理者としてのキリストの役割が詳述されている。「マイトレーヤの臨在そのものが、平和のために必要な内的決意、つまり、分かち合いを人類が、意識しようがしまいが、既になしたことの保証である」(81頁)。これは非常に心強い表明であり、マイトレーヤと人類の間での契約の重要性を際立たせるものである。政治、経済、社会の分野での変化、シェア・インターナショナル誌がしっかりと伝えてきた出来事がこの20年間に起こったことにより、読者はこうした言葉の幅広い意味合いを把握することができる。『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』をすでに熟読した人々は、改めてその頁をめくることにより、歴史を生きているという実感を得ることになる。新参者にとっては、マイトレーヤの出現の事の始まりと背景を理解する手助けとなる。時代遅れになるどころか、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』はこのようにして、次の二つの観点から読むことができる。つまり、マイトレーヤの出現を支配する秘教的な法則を振り返り思い起こすために、そして、この出現の背景を詳しく調べたい新参者にとっての主要な情報源としてである。いずれの場合でも、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』は目的の力強さと明瞭さを有しているため、読者はマイトレーヤの物語と経緯の深い重要性について理解することができる。

意識の拡大

私たちにとって全く新しいものであれ、以前に読んだことを読み直す場合であれ、多くのそのような啓示の瞬間がある。いのちの秘められた法則に捧げられ、七つの光線、イニシエーションという概念、進化と退化を扱っている第四章から第七章は、人間の意識の拡大の複雑さに取り組んでいる。現在の出来事との興味深い類似点も見られる。「荒野の体験とは、特に西洋にとっては、世界中至るところの人々が生きることができるようになるために、より簡素な生活様式を受け入れることなのです。事実、キリストの主な任務の一つは、人類を物質主義のグラマー(自己眩惑)から解放することです。このグラマーが、この非リアリティの霧こそが、人間が本来の己を、そして人生の真の意味を知ることを阻んでいるのです」(180~181頁)。したがって、マイトレーヤが担う使命は、人類のために協力と教育を奨励することである。なぜなら、人間がグラマーといのちの霧から自由になるとき、私たちは彼の仕事の協働者としてより満たされた人生を楽しむことができるからである。マイトレーヤの使命は私たちの使命でもある。『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』は、次のことを私たちに思い起こさせてくれる。「苦しみは肉体人間が正しく完全に魂の特性を表現することができない結果なのです。魂は完全に無私であり、分離という感覚を知りません。進化とは(人間に関して言えば)、欲望の原理の下に機能する肉体人間が、苦難を通して、物質界での魂の表現の障害となり、邪魔となるものを徐々に放棄するようになっていくことです」(160頁)。マイトレーヤの教えに長いこと接してきた読者にとって、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』の第四章から第七章の至るところにあるこうした言葉は、改めて活力を与えるものである。そうした言葉はまた、講演や人前での話の準備をするときにも役立つ。新しい読者にとっては、これらは過去に根づき、現在へと染み出てきている智恵の真珠にほかならない。本質的に、それは時間を超越したものである。
しかし、『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』は、情報を満載した本でもある。ロンドンのアジア人社会におけるマイトレーヤの生活の詳細から、光線に基づく国家間の関係、あるいは、例えば、自己規律と罰との微妙であるが重要な違いに至るまで、マイトレーヤの使命の初期の基礎的な段階のありとあらゆることを知ることになる。本書の最後の二つの章は瞑想と奉仕を扱い、薄暗い部屋で瞑想することの利点から始まって、正しい瞑想の姿勢や、大祈願のそれぞれの節の意味に至るまで、伝導瞑想の特定の様相についての長い一続きの質疑応答を含んでいる。読者はまた、瞑想と近代心理学との関係に興味を引かれるかもしれない(306頁)。
『マイトレーヤの使命』の叡智を読み直すのに遅すぎるということはない。読み返すことは、繰り返しというよりも再発見になるからである。また、マイトレーヤの智恵を吸収し始めるのに時期尚早ということはない。『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』は明快に書かれており、その内容は巧みに構成されているからである。多くの人にとって、それは世界のためのマイトレーヤの計画のすこぶる貴重な記録である。さらに、たいていの人にとって、それは意味深い人生の使命への親密な呼びかけである。

ベンジャミン・クレーム著、石川道子訳『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』シェア・ジャパン出版、再改訂版、1998年。なお、以前に、初版(1988年)、第2刷(1988年)、改訂版(1991年)が発行されている。