新しい時代の徴
1988年6月、マイトレーヤの側近は「彼は人々の心(マインド)が理解できないような出来事で世界を一杯にするだろう」と述べ、マイトレーヤの臨在の徴が増大することを示唆した。
シェア・インターナショナル誌は、これらの奇跡的な出来事に関する報告を毎月掲載し、これらの奇跡はすべて世界教師・マイトレーヤの出現に関連することを示してきた。
世界中のあらゆる信念を持つ人々(所属宗派・無宗教に関わりなく)からの奇跡に関する報告がますます増えて来つつある。これらの報告には次のようなものがある。真の血液や真珠の涙を流す宗教的彫像やイコン(聖画像);「ミルクを飲む」ヒンズー教の途方もない彫像;聖母(マリア)の出現または目撃についての数多くの報告;果実や野菜に記された聖なるメッセージ;涙を流すイコンや油絵から出る芳香を放つ癒す油(healing oil);空中の壮観な色彩の光;世界中の数多くの建造物の神秘的な光の図形;窓に現れる治癒効果を有する“光の十字架”;神秘的な治療効果のある水;痛みを伴わないで子供の目から水晶の涙のようなものが流れでたり、足の指から宝石が出る驚くべき現象;救助された体験や“天使”との遭遇に関する数多くの報告;現像後写真に現れる光の祝福。
本稿には、世界中の写真、およびマイトレーヤ、ベンジャミン・クレームの師、ベンジャミン・クレームによる一連の解説から抜粋したものを掲載する。
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あなたがたは、もうすぐ、人それぞれのかたちでわたしを見つけるであろう。このことを告げにきた。わたしの愛する弟子イエスを求めるものは、イエスの特性をわたしの中に見いだすだろう。教師としてのわたしを探す者は、より的に近い、わたしは教える者であるから。徴を求める者は、それを見つけるであろう。しかし、わたしの顕れ方は、もっと単純である。あなたがたとわたしを分かち隔てるものは何もない。もうすぐ多くの者が、そのことに気づくであろう。
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すべての側において、徴は確かに明らかであり、軆奇跡の時代逑に終わりがないというはっきりとした徴候がある。われわれの直中にある奇跡を、いかに遠回しであろうと、指している徴が、毎日のようにたくさん起こっているのを否定できる者はほとんどいない。「人の子」が確かに彼の民の中にいることを、長い待ち時間は終わったことを、この大教師は公に彼の使命を始めようとしていることを、そして新しい道が人間を彼らの運命づけられた未来へ前進するように招いていることを、間もなく世界は確実に知るだろう。今や人間が大教師の臨在を認知するまでにほんのわずかな時間しかない。人間の仕事は、大教師が彼らの大義にとってどんなに貴重であるかを評価し、そして彼ら自身をこの教師の活動と緊密に提携させることである。
(『覚者は語る』―世紀の終わり―p.442)
実際に、何年にもわたってマイトレーヤと覚者方は世界中を奇跡で溢れさせてきました。1977年に私の講演会の席上でマイトレーヤから送られた最初のメッセージで、彼は「奇跡を求めるものはそれを見つけるだろう。しかし私の顕現の方法はもっと単純である」(メッセージ第10信)と言われました。
すべての宗教集団は徴を求めます。彼らは徴を通して、大教師が世に出ている、または出ようとしていることを知るのです。目覚めてさえいれば、徴はあちこちにあることに気がつくでしょう。世界のいずれの国にも、すべての宗教環境にも、何らかの種類の奇跡が顕れています。……これらの奇跡のすべては、宗教的な人々の希望と信仰を強めるために、そして神は存在し、人間の幸福と関係があることを彼らに再確認させるためにあるのです。
(『大いなる接近』p.96、99)
マイトレーヤが世界に臨在する徴はますます多く見られるだろう。マイトレーヤは人間の頭脳では決して理解できないような出来事を世界中に溢れさせるだろう。徴はそれを必要とする者のためにある。世界の救済に必要な無数の仕事に共に取り組んでいくために、われわれの信を強め、自己満足の状態から抜け出すために必要な勇気と確信をわれわれに与えるために、徴は存在する。
(『いのちの法則』p.371-372)
奇跡は、私たちが一つの時代の終わり、新しい時代の始まりに来たという徴であり、キリストがこの新しい時代を開始するために世界に戻られたという徴です。これらの徴は、人々の信仰と将来への希望を鼓舞し霊的基盤に基づいた生活に目覚めさせ、私たちが絶えず変化する世界におり、奇跡の日々は終わっていないということを彼らに認識させ続けるために与えられています。例えば、聖書の奇跡が、そしてそれ以前の時代の奇跡も、現在、毎日ほとんど1時間ごとに世界中で繰り返されています。これらの出来事は人類にとって、キリストが世界に公に再臨する時が近づいているという非常に明確な証拠になっています。
(ベンジャミン・クレーム シェア・インターナショナル、1993年8月号)
人間が、今日のように、進むべきか退くべきか、右なのか左なのか確信がなく、途方に暮れているときにはいつでも面白い現象が現われる。つまり徴が求められ、徴を信じない人々ですらそれを求め、説明し難い出来事が深刻に受けとめられ、それに意味が与えられる。未来が人間にもたらすものについていまだ不安を抱きながら、未来への扉を開く鍵を探し求める。
彼らを案内する徴は有り余るほどそこにあるのだが、何年間にもわたって彼らに惜しみなく与えられてきた驚嘆すべき物事をすぐに忘れる。かくして、人は普通、まさに彼らが探し求め、懇願する徴候を見逃すのである。
人々がそのような徴を思い出し、それらを来るべき日々についての真の予告として受け入れる時が間もなくやって来る。それらを、歴史上のこのユニーク(独特)な時に、マイトレーヤと覚者たちの一団の出現と同時性を持たせた計画された顕現として理解するだろう。何か途方もない素晴らしいことが地球上で進行中であるということを人間に合図するそれらの徴はあまた存在し、変化に富む。見る目を持つ者たちにとってそれらは、人生にはまだまだ未知で神秘的な領域がたくさんあることを、人間がそれについてほとんど知らない法則があることを、そして何にも増して、人間はひとりではないということを、思い出させるものであった。
徴が存在する以上、その徴の創造者がいる。あらゆる宗教グループは彼らの選んだ神の啓示を待望し、それらの徴を彼らの信仰の確認として解釈する。そのような確認が危険な時代にあって彼らを支え、より良い未来への希望を彼らに与える。このようにして、期待と希望の風潮が何千万の人々の中に創られて、いま差し迫っている出来事のために彼らを準備する。徴の意味は不明瞭であるけれど、それを否定できるものはほとんどいない。それは人間の直観と想像を刺激し、彼らの心(ハート)を来るべき啓示に開かせる。涙を流したり動いたりする様々な彫像から、世界中で建物の前面を飾る光のパターンに至るまで;輝かしい光の十字架からミルクを飲むヒンズー教の神々の像と、徴は限りなくある。これらの不思議な出来事に心を動かされない人々はほとんどいない。
もちろん疑い深い人々や懐疑的な人々はいつもいる。しかし、それも長いことはない。非常に間もなく、期待の風潮は高まり、至るところにいる人間の心(ハートとマインド)にしっかりと記録されるだろう。そしてその期待に満ちた雰囲気の中に、マイトレーヤはお出ましになり、彼の使命を公に始められるだろう。そのようになるだろう。
(覚者より―おびただしい徴―シェア・インターナショナル2006年4月号)
現在、世界中、至るところに、わたしがここに居ることを感じている者たちがたくさん存在する。様々な出来事を研究した上でその結論を出す者たち、また日毎に勢いを増している変化を見て、世界に顕されている徴を読み取る者たちが大勢いる。
(メッセージ第56信)
今、多くの人々がわれわれの直中にあるこの驚嘆すべき人物に耳を傾け、彼らの心を自分たちの仲間を助けるための様々な方法に向ける。さらに多くのおびただしい奇跡が人間の驚嘆した凝視を待ち、それが偉大なる主がわれわれと共にいる事実を受け入れやすくしていく。恐れる者たちは、「終わりの時」とはこの世の終わりではなく、地球の宇宙的な歴史における一つの時点であることを学び、理解するだろう。新しい寛大さと寛容が感じられるようになり、より明るい一章が人間のために開かれるだろう。
(『覚者は語る』―運命の時―p.367-368)
マイトレーヤ体験
マイトレーヤは3つの方法で人々に現れます。人々は、通常非常に霊的で意識を高揚させる体験を伴う鮮明で強力な夢を見たと語ります。その体験の中で彼らはキリストを見たと感じます。それはマイトレーヤが彼自身を人類に知られるようにする最も普通のやり方です。
もう一つのあまり普通でないやり方は人々にビジョンを与える方法です。これらは、がっちりとした肉体として現われるのではなく、目覚めた状態で体験するビジョンです。人々はキリストを光として、もしくは一種のはっきりした形として見、体験します。彼らの話は彼がどのように現れるかに関して様々です。それはマイトレーヤが人々と接触する第二の方法です。
また、彼は世界中で個人に、もしくはグループに直接肉体で現われています。……私はマイトレーヤや覚者方とこのような出会いをした人々を数多く知っていますが、いつの場合にも彼らは非常な恩恵を受けたと感じるようです。彼らは高揚を感じます。落ち込んでいたり、惨めだったりしているとき、非常な喜びや安堵感に満たされます。それを体験する人々にとってはこれらの出会いは非常に価値のあるものなのです。覚者方の一団は神の愛の現されるこの惑星の中心から出て来られ、彼らの出会いの大多数がこの愛の側面を現しています。またこれらの出会いの経験の中に、特定の破滅――自動車事故、絶壁からの転落などあらゆる悲惨な状況――から、覚者方の介入で救われた例がたくさんあります。
(ベンジャミン・クレーム、シェア・インターナショナル、1993年8月号。『大いなる接近』p.101)
マイトレーヤはケニヤのナイロビに現れた
『シェア・インターナショナル』誌は1988年6月11日にケニアのナイロビで突然6,000人の人々の前に“忽然と”現れたキリスト、主マイトレーヤの何枚かの写真を発表しました。聴衆は即座に彼をキリストとして認知し、その名前で彼を呼びました。彼は彼らに対して、現地語のスワヒリ語で10分か15分話をし、現れたときと同じように驚く間もなく消え去りました。そして、彼が立っていた場所の近くにいた約30人か40人の人々すべての病気が完全に癒されていました。写真では彼は青いヘッドバンドのついた真っ白なアラブ人らしい服装をし、片手に蝿払いを持っています。彼の横に立っているのは、この定期的な治療集会をいつも開いている女性、メアリー・アガサさんです。これらの写真はCNNやBBCで放映され、世界中の通信社に伝えられました。
(ベンジャミン・クレーム シェア・インターナショナル、1993年8月号)
私の知るところによると、彼はメキシコ、ロシアと旧ソ連、全ヨーロッパ、アメリカ、中東、北アフリカ、インド、パキスタンにおいて非常に大きなグループに肉体として出現しています。彼はこれらの場所で奇跡的な治癒の水を残していきました――すでにある泉や井戸を変性するか、新しいものを創るかして。これまでのところ、これらのうち最もよく知られているのは、メキシコ市から車で約2時間離れたトラコテのものです。そこの水は、エイズや癌を含めたあらゆる種類の病気を持つ何千という人々を癒しています。……、出現はすべて伝統固執主義グループに起こりました。メキシコではカトリック派、ドイツではルーテル派かプロテスタント派、スイスではカルビン派、ロシアと東ヨーロッパではロシア正教かギリシャ正教のキリスト教団体に、そして、中東、北アフリカ、インド、パキスタンでは伝統固執主義のイスラム教、ヒンズー教、ユダヤ教のグループに。
これらは彼が世界に公に宣言されるときに最も強く抵抗すると彼が予期するグループです。伝統固執主義のグループはキリスト、メシア、クリシュナ、イマム・マーディ、マイトレーヤ仏陀の出現に関して彼ら自身の信念に閉じ込められており、彼の存在によっても揺るがすことは困難だと思われる固定観念をもっています。これらの人々は、私の言葉で言えば、これらの出現によって“軟化させられる”人々です。マイトレーヤは彼らに途方もない祝福を与えておられます――彼らに奇跡的に姿を現し、彼らの言葉で語りかけ、そして消える。このことが彼らに長い間待ち望んだ教師の帰還という新しい体験を与えています。マイトレーヤは彼らの心を広くし、世界の終わりにではなく、今、彼が戻ったという事実に心を開かせることを望んでおられるものと思います。
(ベンジャミン・クレーム シェア・インターナショナル、1993年8月号)
アメリカ、フロリダ州ブルックスビルのヴァネッサ・リベラさんから送られてきた息子の2003年の誕生日の写真に現れたイエス覚者からの祝福
マイトレーヤの治療の水
マイトレーヤは水源をアクエリアス(宝瓶宮)星団からのエネルギーで活性化します。その治癒の水は陽性の水素原子を含み、そのペーハー(pH)は変えられています。最終的にマイトレーヤはそのような水源を世界中、777カ所につくられるでしょう。それが人類の健康を著しく改善させるでしょう。これまでにそのような水源が4カ所で発見されました――メキシコのトラコテ、インドのナーダナ、ドイツのノルデナウ、ケニヤのナイロビです。水源が「発見される」タイミングと様式や場所はマイトレーヤがコントロールされるでしょう。
(『大いなる接近』p.108-109)
彼は、人間の中の一人として現れ、彼の兄弟たち(人類)の必要と思いを声にするだろう。やがて時を経て、非常に多くの人々が反応するとき、彼の本当の名前と身分は確認されるだろう。その時までの期間は短いことが期待されるが、その認知の速度は人間自身の手のうちにある。今や世界的規模に広がっている奇跡現象の現在の段階はまだ続くだろう。そしてこの時期におけるその意義をもはや誰も否定することができなくなるまでこの過程は続くだろう。
かくして、世界は確信し、変化への用意が整えられるだろう。かくして、すべての国々の国民から、アバター(大聖)に対して、人類に語りかけることを求める呼びかけが出されるだろう。かくして、マイトレーヤはその呼びかけに応えて、ご自身の使命と目的を宣言するだろう。
(『覚者は語る』―将来の青写真―p.507-508)
マイトレーヤが出現されようとするとき、人々は、巨大な、明るく輝いた、誰にも見える星を――火星の巨大な宇宙船――を見るだろう。
(ベンジャミン・クレーム シェア・インターナショナル、2008年11月号)
準備の仕事に従事する者たちは、最近の世界的規模の奇跡の出来事に勇気を得るがよい。なぜなら、それはマイトレーヤの差し迫った出現の前兆であるから。マイトレーヤの臨在の情報を広めるために働いてきた者たちは彼らの努力が無駄でなかったことを、世界は彼らの奉仕を必要としたことを、彼らは自分たちの心(ハート)の呼びかけに応えて最善を尽くしたことを、知るだろう。彼らはまた、マイトレーヤの感謝と愛がいつも彼らと共にいくことを知るだろう。奇跡はあふれ、驚かせ続けるだろう。いわゆる科学者や専門家たちの絶望的な望みは、人間の目がとらえる証拠を否定するのには役に立たないことが証明されるだろう。これらの顕現が引き起こす希望に心(マインド)を向けることで、人々はそれらをマイトレーヤの賢明な言葉に関連づけるだろう。そして彼の導きに従うだろう。
(『覚者は語る』―奇跡の時代には終わりはない―p.412-413)
わたしがあなたがたの中に存在するゆえに、多くの変化が起きている。多くの出来事が展開する。注意深く見なさい、我が友よ、そして徴候を読み取りなさい。
(メッセージ第117信)
マイトレーヤからのメッセージ
【2008年10月26日に、ドイツのミュンヘン市でスロヴァニアのテレビ局のインタビューの録画中に、ベンジャミン・クレームは世界教師マイトレーヤからメンタルテレパシーによって以下のメッセージを与えられた】
我が友よ、よく耳を傾けなさい。わたしはあなた方すべてに希望をもたらすのであるから――あなた方の問題に終止符を打ち、正義と平和の必要を受け入れる用意のある者たちすべてのための新しいいのちへの希望を。この二つのこと、正義と平和[の欠如]が今日のあなた方の道にある主要な障害物である。正義と平和への道は容易に解決できる。単に分かち合いを受け入れることのみを必要とするのである。分かち合いなさい、そして未来を知りなさい(迎え入れなさい――訳注)。分かち合うことを拒否するならば、人類に未来はないだろう。
人生は、知者の目でみれば,単純である。
我が友よ、簡素に生きることを、そしてお互いを本当に愛することを学びなさい。
我が友よ、あなた方が想像し得るよりも早くわたしを見ることができる、それが本当であることを信じなさい、そうなのであるから。
わたしは今もう扉に立っており、(扉を開けて――訳注)前に進み出て、わたしのより公の使命を始めようとしているのである。
希望を持ちなさい、そして元気を出しなさい、我が友よ。すべては良くなるだろう。あらゆる事柄は良くなるだろう。