現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2007年 6月 やるなら今

やるなら今

編集長殿
2007年4月21日に、私たちのグループは、米国カリフォルニア州のパサデナでのエキスポにブースを出しました。終わり頃になって、30代前半の若いアフリカ系アメリカ人の男性が一人、私たちの奇跡の展示を見ながら歩いてやって来ました。彼は茶のセーターとスラックスという清潔な身なりでした。彼はきれいな顔立ちの人で、明るい茶の瞳に輝くウェービーな黒髪で、とてもハンサムでした。彼の名前を尋ねると、「クリストファー」と答えてくれました。私が「クリストファー」と繰り返しました。「そう呼ばれています」と彼は何の訛りもない言葉で答えました。クリストファーとの会話の一部を思い出せる限り、分かち合いたいと思います。

私は、奇跡によって何が起きているかを、説明して欲しいか尋ねました。「何が起きているのか?」と彼は繰り返して笑いながら言いました。「オーケー。何が起きているか話してください」と彼は言いました。彼には喜びと幸福が沸き立っていました。私は、2000年毎に、神が偉大な教師を遣わされていると伝えました。彼は遮って、それを私が信じているかと尋ねてきました。私は「真実なのです」と言いました。「私はあなたがそれを信じると言うのを聞きたいのです!」と彼から言われました。私は「それを信じています」と言いました。彼はにっこりとしました。私が「今は、次の教師の時代なのです」と言いました。「それは誰ですか?」と尋ねられました。私は「世界教師です。彼の個人名はマイトレーヤといわれます。『幸いなる者、世界に喜びをもたらす者』という意味です」と答えました。彼は「どうしてそれが彼だと分かるのですか?」と尋ねてきました。しばらくの間、マイトレーヤが世界教師であることを認知するあらゆる方法について考えました。そして「分かるから分かるのです」と答えました。彼は笑ったように思います。そして、「私のクラスでは、生徒たちが何かを分かると言うと、私はこう言うのです、『それは、君たちの足が地面を踏んでいるのを分かっているように、分かっていますか』」というようなことを彼は言いました。彼は足で地面を踏み鳴らしました。「もしそうでないなら、本当には分かっていないのです」

彼は言葉の語尾を省略する話し方の、大変な早口で、すごいエネルギーと熱心さで次から次へと話をしました。世界の問題について話している時でさえも、しばしば笑みを浮かべていました。彼に、これから何が起こると思うかと尋ねました。彼は未来について話すことは避けましたが、「何が起きているか話しましょう」と言ってくれました。彼はどのように物事や人々が死んでしまうか、あるいは死んでいくのかについて話しました。彼は「海が死んでいます。終わりが来るでしょう」と言いました。私はそれに同意しましたが、私たちは治すことができると言いました。彼は、まるで問題を解決するための時間は残されていないかのように話をしました。私は「あなたや私にはそれができるのです」と言いました。彼は「私のクラスの生徒たちは、私に解決してくれるようにと言いますが、それはできないと伝えます。それは彼らの責任なのです。私は見守るためにのみここにいるのです」と言いました。それから彼は一息入れ、私を見て、「私は見守る者です」と言いました。さらに続けて、断固とした様子で、世界には時間がないと宣言し、残された時間がないことを強調するかのように、何度も彼の左手首の、架空の時計を指差しました。やるなら今なのです。これこそが明らかに彼の最も言いたかったことでした。

クリストファーが、彼のクラスのことを引用したことで、私たち南カリフォルニア伝導瞑想グループにとって興味深く思われたのは、少し前に、世界教師マイトレーヤについての広告キャンペーンで、「60億人のクラスをどうやって教えますか?」というフレーズを使っていたからでした。
メンバーのシェア・ギルモアが会話に加わり、「マイトレーヤは、私たちが自分たち自身を救うのにちょうど間に合うだろうと言われました」と言いました。彼は同意してくれましたが、もう一度、残された時間はないとはっきりと主張しました。

それから、彼は非常にきっぱりと、「9・11は世界を変えるチャンスでした!」と言いました。「私は彼らに言いました。それが起こる前に電話をし、彼らに伝えました。彼らに報復のためには何もしないように警告したのです。何もしないように。もし爆弾や軍隊によって報復するなら、あらゆる所が戦争になると伝えました。けれども彼らは聞き入れませんでした。つまり、9・11が3000人以上の死者を出した、恐ろしく酷いことだったとしても、カルマの法則が果たされていたのであり、それでもやはり、世界全体を変えて、あらゆることを変化させるチャンスだったのです。しかし、それは起こりませんでした」と彼は言いました。

私は楽天家だと彼に伝えました。「それはすばらしい! 楽天家が必要ですからね」と彼は言いました。そして彼は私に「毎朝、果物をたくさん」食べるように言いました。シェアの方を向いて「この人には、あと2、3年は生きていてもらいたいですね。彼は『存在』なのです。ほとんどの人は死んでしまったか、死んでいくところだけれど、彼は『存在』です」と言ってくれました。シェアが同意してくれて、私は「シェアも『存在』です」と言いました。彼は「一人を理解するには、一人が必要です」と言いました。彼はまた、私が蒸留水をたくさん飲み過ぎていると言いました。彼はそれが大丈夫なのはしばらくの間だけだと言いました。彼はイエスについての話をし、イエスが一人の男に7日間だけ断食をすれば、10日目に彼は治るだろうと言い、そしてその男は治ったという話をしました。

クリストファーは、あまりにすごい早口で、急いで話していたので、全部を覚えておくことはできませんでした。彼は、世界中の様々な宗教の聖典のほとんどについて言及し、できる限り最も速い話しぶりで、次から次へと名前を挙げていき、「人がどんな宗教を持っていようが、何の違いもないのです」と言いました。そして繰り返して、もし人が今行動しないならば、それはすべて終わったもの、すべて死んだものだと言いました。

シェアと私がクリストファーと話していた間、メンバーのリカイル・マーチンは、別のアフリカ系アメリカ人の男性と話をしていて、彼はある意味、私たちといた人とは正反対のような人でした。その男性は、身なりも身づくろいも取り立てて良くなく、ホームレスのように見えました。しょぼしょぼとした口ひげと同じようにうなだれた姿勢で、意気消沈していました。彼はリカイルに、1991年のベンジャミン・クレーム氏の講演に行き、オーバーシャドウの時、クレーム氏の顔の上にある人が現れたのを見たと言っていました。彼はまた、クレーム氏の言葉は彼にとってとても重要だと言いました。しかし彼は「外は暗い、とても暗いんだ。とても大変だよ」と言いながら、ほとんどは、物事がいかに暗く見えるか(そこは昼間の戸外でした)を話していたのです。彼は落胆しているように見え、どうしたら良いか分からないと言っていました。

会話の終わり頃になって、私は、マイトレーヤとイエス覚者が『二人でチームを組んで』、この地球の人類の苦しみの深さと、大規模の即座の行動の必要を私たちに強調しようとされたのだという感じがしていました。
本当にそうだったのですか。この紳士たちは覚者でしたか。

ディック・ラーソン 米国、カリフォルニア州ロサンゼルス

【ベンジャミン・クレームの師は、一人目の男性はマイトレーヤで、二人目の男性はイエス覚者であったことを確認した】

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