現在位置: ホーム シェア・インターナショナル記事 2006年 10月 イラクにおける経済植民地化

イラクにおける経済植民地化

パトリシア・ピッチョン

世界保健機関(WHO)の報告書によると、第一次湾岸戦争以前の1991年に、イラク住民の90%は豊かで安全な飲み水を供給されていた。この時期と第二次湾岸戦争の間の制裁期間中にこの数字が変動し、最近の戦争後の2004年5月の国連調査によれば、地方に住む家庭の80%が安全ではない飲み水を使用しており、都会に住むイラクの家庭の51%が、彼らの家から道路に至る下水が未処理のまま流される状態であることが明らかになった。2006年1月までに、地方の家庭のわずか3%が下水道網につながっているのみであった。私企業を通しての再建は失敗したにもかかわらず、それらの請負は儲かっており、2006年1月の米国政府の監査が詳しく記しているところによると、再建のための米国資金の93%が使われたにもかかわらず、約60%の給水および下水計画は完成されないであろう。425件の電力関連計画のうち、125件は進行されないであろう。計画された下水道計画の10件のうち2件のみが完成されるであろう。これに比ベ、第一次湾岸戦争後の3カ月後には、イラクの技師たちは基本的な給水・下水施設を再建しているのである。

アメリカの学者アントニア・ジュハズ氏は、優れた近著『ブッシュ(大統領)の政治課題』で、この問題を詳細に論じ、「自由貿易」を確立することによってイラクの経済を改革しようとするアメリカ政府の決定は、結局、多国籍企業の優先権に大きく傾斜する国家統制的経済を、特に多国籍企業の権益を守ることに向けていることを明示した。
外国の利権によるイラク経済の植民地化を可能にする手段は、いわゆる「ブレマー指令」の法制化である。この指令は暫定連合政府当局の長であるポール・ブレマー氏が、2004年5月から2005年5月までの彼の在任期間中に出した「100の指令」を指す。約12万名の市職員、専門家、技術者を解雇し、非バース党化プロセス線上で、合わせて50万名の軍事・情報職員を解雇した「指令1と2」とは、占領初期に大失敗を起こし、その後の暴動発生の引き金となった。この事態を改善しようとする努力は、あまりにも手遅れになってしまった。今になってわかったことであるが、これらの解雇された者の多くは、仕事を求める唯一つの道として、バース党に加入していた。
貧弱な公共サービスと、有能な地方職員不活用の無策とが、非常に高価で、ときに不公正な契約過程を招く結果になっている。ブレマー指令の多くが、地方における需要と無関係な貪欲な雰囲気を招く結果になっている。「指令39」は、外国の投資家たちが彼らの投資に関連する資金を「遅れることなく」返送するように促している。外国投資家は地方に投資する義務を負っていない。これはイラクの「再建」ではなく、事態の強欲な搾取に他ならない。指令39はまた、事実上ほとんどすベて(病院、学校、工場、食糧と農業、水と電気など)の民営化を許している。そして地方の企業家に対して何の保護もなされない。水のような命にかかわる必需品が民営化され、(売買できる)日常品に変えられると、それが貧しい人々に手の届かないものになってしまい、多国籍企業がボリビアで行ったことと同じことが起こる。ボリビアでは街頭で抗議行動が起こり、政府が倒壊したのである。ボリビアのコチャバンバ市の市民たちは、イラク当事者にそのような災害をこうむらないように警告した。
一方、米国自身では、水システムはほぼ完全に公共で管理されている。それは米国政府がサービスとして供給する資源であり、政府が出費することで、すベてのアメリカ人が給水と下水システムを享受できる。(水道)料金は、利益を上げるということのためにではなく、このシステムを維持することのためにある。
「指令80と81」によって、外国の製造会社と製造品とに保証と保護を与えるために、イラクの特許と商標と版権の法律が書き換えられた。WHO(世界保健機関)の調ベによると、同様のいわゆる「知的財産権」請求税によって、HIV/エイズやマラリアのための薬品の値段が、南アメリカのアンデス諸国家(コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、ベネズエラ)で200%も上昇した。WTO(世界貿易機関)はあえて次々にこうした憎むベき規則を作り、(農生産物)種の(使用)権利の特許を持つ大規模な農業多国籍企業とは違い、(一般の)農家は種を保存したり分配することが違法とされてきた。
占領以前のイラクでは、たしかに独裁政権下で残虐行為や過酷さはあったものの、政府は小麦や大麦を固定価格で買い上げ、砂糖や茶や他の生活必需品を含む、食糧保証計画の一部として、粉が無料で市民に供給されていた。ところが「指令12」は、2004年2月以降、イラクに出入りするあらゆる製品にかかる税や関税を停止し、地方経済保護の一切を一挙に剥ぎ取り、国家を外国の競争にさらした結果、安い外国製品が流入し、地方の生産物と商人に大打撃を与えた。
イラクはかつて、すベての人へ無料で医療を提供し、初等教育から大学教育レベルにいたる無償教育を提供すベしとする憲法を持っていた。
これらすベては現在、ブレマー指令によって置き換えられ、そのほとんどがイラクの新憲法に導入された。2005年10月にイラクで選挙が行われたが、3分の2に当たる人々は(憲法の)条文に目を通すことはなかった(選挙のわずか3日前に用紙が配られ、配られた後で新憲法案がアメリカ大使と共に一握りのイラクの政治指導者たちによって採択されたのである)。わずかなイラク人のみが、自分たちが投票することを吟味し議論する機会を持ったにすぎない。
ブレマー指令によって誘導された、急激な資金の流入と流出は、外国の銀行がイラクの銀行の100%買収を可能にする「指令40」によって推進された。地方銀行は何の優遇措置も受けられない。外国銀行にとって利益とならない小規模な地域社会対象の銀行は、考慮されることがないと、アントニア・ジュハズ氏は指摘している。
グローバリゼーション研究に関するカナダの著作家であるワイン・エルフード氏は、規制なしに資本を流しておくと、グローバル経済の安定性が脅かされ、世界が「グローバルな経済カジノ」に変質すると指摘する。彼は1930年代を省みて、英国の経済専門家ケイネス氏の次の言葉を引用している。「資本を規制なく、流れるままにしておくと、権力が選挙された政治家から資産を多量に持つ投資家たちの手に移る」。豊かな投資家たちは、多国籍企業代理店と占領軍の共謀によって、イラク人たちの出費で巨大な利益を得ている。皮肉なことに、彼らは抵抗運動、暴動、テロの長期化に手を貸しているのである。

参考資料:
Antonia Juhasz, The Bush Agenda, HarperCollins, New York, 2006; John Ralston Saul, The Collapse of Globalism, Atlantic Books, London, 2005; Wayne Ellwood, The No-Nonsense Guide to Globalisation, Verso, London, 2002.