宇宙全体のために歌う

編集長殿

2016年8月6日の朝、夫と私がフランス南部の地元のキャンプ場からディー・センターまで、日課の散歩に出かけた時、ディーのノートルダム大聖堂の、教会の鐘の音が聞こえました。

歩きながら、私たちはたとえ他の人の考えや期待に沿えないとしても、人生で正直であることや、人生の道のりに真に全力を捧げることについて話し合っていました。生まれ変わりやマイトレーヤのこの世界への出現、地球外生命の存在のような話題は、他の人々との会話に持ち込むことがしばしば困難なもので、大抵はバカにされているように感じるのです。

私たちはマイトレーヤの教えや、真に自分自身であることの必要や、適応のための行動の中で仮面を被らないことについて議論していました。その週の初めに、私は助けを求めて祈りを捧げ、この混沌として不安定な現代世界で、霊的ハイアラキーの光の仕事の枠組みに、つながりを保てるようにお願いしたのです。

私は大聖堂へ行って、キャンドルに火を灯すように強く促されたように感じました。内部に入ると、とても美しく感動的な音楽が、大聖堂を満たしているのが聞こえて驚きました。キャンドルに火を灯すと、気持ちが高揚したのを感じ、まるで私のハートに染み込む音の中に融合したかのようでした。私は立ったまま音楽のエネルギーに夢中になりながら、その音楽の源を見て驚きました。一人の男性が最前列の椅子の前の、石の床の上に足を組んだ蓮のポーズで座っていたのです。彼は体の前側にインディアン・ハルモニウム(携帯オルガン)を持っていて、完全に没頭して演奏していました。彼はとても自然な感じで、心を込めて歌い、演奏をして、まるで彼の存在全体が演奏の中に浸されているかのようでした。彼の演奏の強烈さがそれ自体を特別で馴染みのないものにしていました。それは全く美しいのですが、その独特の性質がどこか地球的でない感じでした。外の通りにいるミュージシャンたちのように聴衆もなく、お金を集めてもいませんでした。彼は自分の歌と完全に同調していたのです。

私は自分の個人的な状況について考え、食べ物や子供たちの面倒を見ること、請求の支払いやその他の義務、世界のニュースなど日々の関心事に、いかに簡単に心をかき乱されてしまうかを思いました。このミュージシャンが完全な注意と真の集中状態にあることと、どれほど異なっているでしょうか。言葉もなく、マントラもなく、彼はインディアン・ハルモニウムを伴奏しながら、心から歌っていて、それはまるで宇宙全体のために歌っているかのように感じられ、彼の存在が全くの奉仕の仕事の中に溶け込んでいるようだったのです。その音楽のエネルギーは、伝導瞑想中のマイトレーヤからのオーバーシャドウの時のエネルギーのようでした。この人はマイトレーヤなのだろうかと思ったのです。

それから礼拝者のグループが聖堂内に入って来ました。彼らはそのミュージシャンが歌っているのを聞いて、予期せぬ状況について意見を交わしていました。しばらくすると、聖具保管担当の人が彼らのところへやって来ました。私は腰を下ろして、その担当者がミュージシャンに美しい演奏を続ける許可をして、その特別な音楽を楽しんでくれたらと望んでいました。私はこの世界にもっと愛と寛容が必要だと思いながら、このディーの街で寛容の象徴的な行為を受け入れることになるなんて(!)と思ったりしていました。

私は一人で笑ってしまったのですが、もしこの男性がマイトレーヤならば、ご自身が完璧に状況を把握することができたのですから! その担当者はミュージシャンを数秒間眺めてから、演奏を続けることを許可しました。

私の夫のヤンは、この美しい活動が人生の道のりであるなら、何より深い敬意が示される必要があると思っていました。このことで彼は、私たち皆が、自分自身の人生の道のりをたどらなければならないと感じたのです。ヤンはそのミュージシャンの写真を撮り、お金をいくらか渡しました。「(フランス語で)あなたはとても気前がよいですね」と彼は満面の笑みでヤンに答えました。ほんの一瞬、彼は演奏を止めました。私たちは、10 代の私たちの娘を迎えに行かなければなりませんでした。

ミュージシャンが演奏している間、私たちは彼の前を歩いて通り、演奏を邪魔したくはありませんでしたが、彼の喜ばしい音楽に感謝の気持ちを示したかったのです。

「(今度は英語で話し始めて)私の音楽は純粋なインスピレーションによるもので、私のハートから、フィーリングから演奏しています」と話してくれました。

そのミュージシャンはインド人の風貌で、黒っぽい瞳で、彼の瞳は愛と優しさに溢れていました。私たちはマイトレーヤに出会ったかのように感じていました。私には他の写真を見ても、伝導瞑想の時でも、その瞳やエネルギーが分かっていました。私たちはうなずくだけで、何か口が利けない感じがして、強烈な愛と至福の喜びに満たされていました。

二人一緒に黙ったまま大聖堂を出て、日に照らされた人通りの多い市場のある広場に戻ると、マイトレーヤによる音楽とエネルギーで祝福を受けたのではないかと、二人ともが思っていたのです。

マリヤンヌ・ラエフェン、ヤン・カールハト

オランダ、フォーレンダム

【ベンジャミン・クレームの師は、その『ミュージシャン』が変装したマイトレーヤであったことを確認した】

 

クリスマス物語

編集長殿

2015年12月18日に、プレゼントのためのクリスマスの買い物中に、私はスロバキアのトレンチーンにある大型の電器店で息子に出会いました。私たちが別々のノート型のパソコンを見ていた時、一人の男性が店にやって来ました。即座に彼に注意を引かれました。彼は上機嫌で楽しそうに通路を歩く間、親しげな打ち解けた様子で人々に挨拶をしていました。彼は楽しそうな様子のサンタクロースのように思えました。彼の長いあごひげはあらゆる方向に向いているように見えました。彼の瞳はきらめいていました。彼の格好はとても変わっていました。ホームレスのような服装だったのです。長い丈の明るい青色のコートを着て、頭には毛糸の玉がてっぺんに付いた、クリスマスツリーの形のグレーのウールのキャップを被っていました。私は、コンピューターを比べることに忙しくしていた息子に、彼のことを教えました。彼の楽しげな様子は、私を笑顔にしてくれました。しばらくすると、警備員が彼を店から連れ出してしまいました。あの男性はマイトレーヤだったのではないかと思うのです。

ペテル・ヴァイス

スロバキア

【ベンジャミン・クレームの師は、その陽気な男性がイエス覚者の代弁者であったことを確認した】

 

保護

編集長殿

2014年12月30日、冷たく暗い夕方の午後6時45分の道路で、ラッシュ時も終わりかけていて、ほどほどのスピードで運転でき、所々凍った郡の道路には適切に思えていましたし、車線上の亀裂にタイヤがはまったとしても十分に乾燥していましたが、車線の外側は凍結状態が残っていました。

ボールダーの伝導瞑想メンバーである私たち二人は、近隣のコロラド州ロングモントにあるコニー・シェイファーの家での伝導瞑想に参加するため、毎週のドライブ中でした。私たちが追い越し車線にいた時、1台の車が突然、右の車線から私たちの方へ曲がってきて、ほとんど助手席の私にぶつかりそうになりました。私の自動反応機能が働き、「ああ、神さま」と叫んでいました。メンバーのザック・キャッスルマンは衝突を避けるために、道路の左端へとハンドルを切りました。道路の凍結のために、車は制御できなくなり、後部が左右に振れたり、何度も前後に曲がったりしながら、180度回転すると、私たちの車に向かって進行してくる車線に対して後ろ向きに走っていました。

車は後ろ向きで進み続けましたが、左側の北方向の車線から、道路の一番右端へと移動しました。この逆向き運転はゆっくりとなっていきました。車の後ろ向き進行はとても深い溝の脇に沿って進みました。それから車の後部が溝へと向かっている感じがして、その溝は夜の暗がりの中で果てしなく深く見えたので、横転するのではと思いましたが、その後、車は後部から溝の中をゆっくりと進み、驚くほど穏やかで、幾分唐突に止まったのです。

車の流れは途絶えていませんでしたが、私たちの車の前部はその流れから逸れていました。車は道路に対して鋭角に止まっていましたが、私たちは安全でした。私は助けを求めて電話をしましたが、要請が多いため3時間待ちになると言われました。それほど時間が経たないうちに、小型のトラックに乗った二人の若いヒスパニックの男性が車を止めて、私たちの車を溝から引っ張り上げることを申し出てくれました。彼らが何の苦もなく私たちの車を引っ張り出した様子には、本当に驚きました。私たちは心からお礼を言い、面倒をかけたことへのいくらかのお金を、彼らはためらいながら受け取ってくれました。その間に、私たちに衝突しかけた運転手が、私たちの車を探して謝罪してくれました。その人が言うには、私たちは彼の『死角』にいて、バックミラーでも見えていなかったということでした。私たちはそのままドライブを続け、ほんの 30分しか遅れず、その体験に少し動揺もしていていましたが、どこにも悪い所もなく、無事でいることをとても幸せに感じていました。

特別な方が車を安全に移動する手助けをされましたか。二人のヒスパニックの若者は特別な方たちでしたか。

ロン・ルークス

米国、コロラド州ボールダー

【ベンジャミン・クレームの師は、あらゆる面でイエス覚者の弟子たちによって助けられたことを確認した】