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マイトレーヤからのメッセージ 第120信

親愛なる友よ、わたしは再びあなたがたと共に居る。
そしてあなたがたの周りに志向の光を見るのは喜びである。

これは、わたしのために働くあなたがたの心意気について、
わたしが持っている認識が正しいものであることを確認させてくれる。
あなたがたの心の聖杯からこの内面の真理が輝き出づる光景に、わたしの心は喜ぶ。
我が友よ、あなたがたの生活の中に、真理のための道をあけ、未来への扉を開きなさい。
わたしの使命は、人類のためにあの栄光に満ちた未来への径を輝らし、
あなたがたの裡に愛の原理を呼び覚ますことである。
そしてその愛をお互い同士に顕して、
あなたがたを前方へ導き、すべての人間を神に引き寄せることである。

わたしは戻ってきた救い主である。
わたしは人々の中の一人の男である。
わたしは希望を体現する者。
わたしは神の法の復興者。
わたしは悟りへの手段である。

わたしはすべての人間に救いをもたらす。
わたしは兄弟たちを愛する。
わたしはすべての人間を一つと数える。
わたしは神の法を教える。
わたしは二つの道を結合させる。
わたしは世に仕えることを願う。
わたしは正義を愛する。

わたしは時間に間に合った。
わたしは世界の均衡を正す。
わたしは任務に専念する。
わたしは自由を尚ぶ。
わたしは、人間が用意の整っているのを感じる。
わたしは何ごとをも偶然に任せない。
わたしは新しいものを喚び起こす。
わたしは過去の病を治す。
わたしは古いものを変容させる。
わたしはあなたのひたいに触る。
わたしは天使の軍勢を指揮する。
わたしは神の大計画に仕える。
わたしは兄弟たちを抱擁する。

わたしと共に新しい夜明けに足を踏み入れ、
すべてのものを新しくしなさい。
わたしであるところのものを、あなたがたを通して顕し、わたしの仕事をなしなさい。
真なるあなたであるところのものを表現し、
新しい世界を創りなさい。
わたしの顕現が、神としてのあなたがた自身を顕させるように。

唯一にして最も聖なる神の光と愛と力とが、あなたがたの心(ハートとマインド)の裡に、今顕されるように。
それによって、あなたの目から無知の曇りがとり除かれるように。

教育──新しい次元(第1部)

 「教育」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第Ⅰ巻と第Ⅱ巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。(本誌2008年7月号の選集「新しい教育」も参照のこと)

 新しい次元──魂の次元──が子供の必要を満たすための基盤として、もっと受け入れられてくるであろう。このことが起こると、子供はこの与えられた生涯において、自分の潜在可能性の成就へ向けて進む、進化する魂として見られるようになるであろう。新しい科学、すなわち魂の科学は、あらゆる未来の教育努力の基礎となり、子供と教師両方の生活を変容させるものとなろう。
 学校や大学は制度的側面を失い、子供のいる社会ともっと融合したものとなるであろう。したがって、学校と仕事の間のより密接な関係が当たり前となって“壁のない学校”への道を開くであろう。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 子供たちは「三つのR」、すなわち読み(Reading)、書き(Writing)、算術(Arithmetic)を教えられる必要がある。しかしこれだけでは十分ではない。彼らは本来どんな存在であるかを教えられる必要がある。今日の子供たちは真我と、心(マインド)、生気(スピリット)、肉体との間の関係を、大人が想像するよりもずっと容易に理解するだろう。
(『いのちの法則』)

 最良の教え(唯一の真の教えだと私は思いますが)は、模範によって与えられます。あなたに与えることのできるアドバイスがあるとすれば、それは、あなたの子供を条件づけや教義、信条などの教え込みから完全に自由にしてあげなさい、ということです。子供があるがままの自分でいられるようにしてやりなさい。彼らを「信条」から遠ざけ、彼らの自発性を決して封じ込めないようにしなさい。そうすれば彼らの魂としてのユニークさが表現されるようになります。
(『光の勢力は集合する』)

 今日のすべての教育制度は、例外なく、程度の差こそあれ、移行状態にある。規律の問題が解決される前に、教育理論や実践において必要な調整が起こるのに相当の時間がかかるであろう。
 若者はどこでも彼らの自由を必要とし、要求する。そして調理済みの知識を追従的に吸収する者としてではなく、彼らの問題への解決や彼らの夢の実現を求める冒険者としての扱いを受ける権利を必要とし、また要求している。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 あなたがたは、意識しようがしまいが、心の中で、わたしの存在の事実に、わたしの呼びかけに応えたからこそ、今ここに集うているのである。それなら、この事実を人に伝え、人類を招いている単純な真理の道を指し示すことを、あなたがたの仕事としなさい。分かち合うことが神聖なることを、愛することが神の特性であることを、共に働くことが人の運命であることを、彼らに教えなさい。未来の光を見ることのできる唯一の壇上に立ちなさい。我が友よ、共にその壇上に立ちて、道を示しなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第19信より)

 今日、学校の教師は子供たちに読むこと、書くこと、計算をすることなどを教えるために訓練されています。教師が生徒の内に喚起することを求められているのは、非常に限られた範囲の概念です。大抵の場合それすらありません。教師たちが、反復記憶によって子供たちに教えるように指示されているのは限られた一連の概念です。私の考えでは、それは全く教育ではありません。
 教育は──物質的、情緒的、メンタル的、そして霊的のいずれの場合においても──個々の子供の潜在力を喚起すべきです。
(『光の勢力は集合する』)

 マイトレーヤは期待されるとおり、計画を巧みに敷かれた。それは様々なセンターや機関の設立をも含み、そこで必要な教育が与えられ、体験が得られ、レッスンが習得される。
のようにして、若くて機動性のある先駆者のグループは新しい生き方、関係の仕方を示していくだろう──彼らの人生に宝瓶宮の愛のこもった、ブレンド(混合)させていくエネルギーをしみ込ませることを絶えず求めながら。賢明な実験を通して、彼らは一歩一歩、存続可能な信頼のおける形態の創造へと進み、徐々にそれらはすべての者に採択されるだろう。
(『覚者は語る 1』─宝瓶宮〈ルビ:ほうへいきゅう〉の水─より)

 これからは学校や大学において、思考やアイディアがどこから来るかということを、われわれは皆全能なる神につながっていることを、そしてわれわれの本当の自己(真我)を経験するのに経典は要らないことを、人々は発見するようになるだろう。
(『いのちの法則』)

 世界には教育がほとんど、もしくは全く行われていない地域がありますから、現在教育を受けていないすべての人々が教育を受けなければなりません。世界中の教育水準は高められなければなりません。何の教育も受けていない人々は少なくとも基礎教育を受けなければなりません。基礎教育を受けた人々はより高度な教育を受けなければなりません。社会を変化させる可能性をつくり出すために、世界中で、金銭とエネルギーと努力が教育に注がれなければなりません。教育なしに変化は起こらないでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

 教育的なアイディアや目標の革命的変化は世界中で徐々に展開するだろう。各国は進化しつつある子供たちをその思考の中心において、独自の背景や伝統の中から、それぞれアイディアや実験を提供するだろう。……
 教育の意味と目的についての理解の仕方に深遠な変化が生じ、その中で子供たちは進化しつつある魂として個人のユニークさにおいて考慮されるだろう。そしてすべての教育施設および教育技法が、子供の本質的な神性の開花に仕えるように計画されるだろう。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 家庭において、学校において、認識が天与の神聖なるものとして尊重されるだろう。認識は創造の母である。認識を分割することは決してできないし、強いることもできない。教科書でそれを描写することもできない。なぜならそれには、始まりもなく、終わりもないからである。認識は体験するのみである。
(『いのちの法則』)

 すべての家庭で子供たちに真の歴史を教えることのできるテレビ画面を想像してごらんなさい。それは全世界的な歴史です。その歴史は民族主義的、好戦的愛国主義的な歴史ではなく、あらゆる時代を通じての人類の歴史であり、子供たちはそれに自分自身を関連づけることができるのです。覚者方はテレビの画面上に、遠い、遠い昔のアトランティス時代の生活の光景と、そして未来に起こり得る未来像を投影することができます。テレビの画面には、覚者方によって投影される子供たちのための素晴らしいプログラムができるでしょう。
(『光の勢力は集合する』)

 媒体としてのテレビは国と国を、兄弟と兄弟を、そして人類をマイトレーヤと彼の一団につなげるのに非常に大きな可能性を持つ。それは情報伝達のための最良の手段であり、それが正しく扱われるならば、新しい教育における主要なカギである。その重要性は強調しすぎることはない。現在は、大きな前進への飛躍と世界中のコミュニケーションの連結の準備段階を歩んでいる時期である。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 多くの国々で争いがあるのは、異なった信仰の代表者が互いに同意できないからである。これが教育制度の中に危機をつくる。マイトレーヤはすべての母親と父親に向かって言われる。「あなたの庭を見てごらんなさい。美しい花々を賞賛しなさい。庭は多様性があるときにのみ美しいのである。創造(被造物)の中には七つの色がある。一色でも欠けるならば光はない。あなたは、信仰を受け入れるために、または拒絶するために、ここにいるのではない。七つの異なった色をすべて経験するためにいるのである。そのようにして、あなたの知識と智恵は増えるだろう」
(『いのちの法則』)

 将来の教育においては、正規の学校の教室と、職場や地域社会一般との間に、より多くのより強い関係が築かれると思います。そして教育の一環として、子供たちを非常に幼い時から地域社会の活動に活発に参加させる必要があると思います。そうすれば、極めて初期のころから、家庭よりも幅広い、そして学校とも異なった地域社会の部分として自分自身を見るようになります。学校と置き換えるのではなく、学校が人生にもたらすものを増大させるためです。
(『光の勢力は集合する』)

 わたしが人類の前に姿を現すのも間近い。わたしのグループはすでに知られている。わたしの在所に通ずる径はたくさんある。軽く戸を叩きなさい、わたしは答える。わたしの教えの断片は明かされた。まだまだ多くのことが明かされていない。わたしの知恵の宝箱を開いて、神に関するすべてのことをあなたがたに教えることが、わたしの願いである。
(『いのちの水を運ぶ者』第139信より)

 教師と言うとき、私たちはクラスの中の教師を考えます。学校や学校制度の中で、より豊かな教育が子供たちに授けられるという理由が、私には全く理解できません。一人の教師の代わりに、外部にも教育者と言える教師がかなりいるはずです。彼らは、芸術家、科学者、警察官、医者であるかもしれません。彼らは生徒たちに生活体験という恩恵を与えるでしょう。それが生徒にとって必要なことなのです。
 生徒は、現在行われている一つの主題に沿った特定の授業だけを必要としません。もちろんそれも必要ですが。しかし、私たちは子供の意識を拡大することができるのです。大抵の子供は、彼らが受けた最高の教育は、人生における彼らの創造力に感化を与えた両親、おじさん、教師、および他の人々の鼓舞であったことに、後で気がつくのです。
(『光の勢力は集合する』)

 最初に単科大学(カレッジ)が設立され、最も有能な学生たちに、魂の科学を含めた新しい科学の初歩のレベルが教えられるだろう。この新しい科学は、目に見えるもの見えないもの、亜原子レベルのものからコズミック(宇宙)レベルのものまで、自然環境のすべての面を網羅するだろう。
 このようにして、見えざる世界の栄光についての新しいビジョンが人間に与えられるだろう。異なった分野の間に協力の精神が育てられ、新しい、より広い、より包括的な見解が現在の断片的なものに取って代わるだろう。このようにして覚者たちは働くだろう──人間のマインド(識心)を刺激し、強化し、さらに新しい高みの探求と達成へと鼓舞する。
(『覚者は語る 1』─覚者たちは世に在〈ルビ:あ〉る─より)

 教育においてまず最初に必要なことは、子供たちに自分たちを全体の一部として見るように、様々な国家、肌の色、背景、宗教すべてからなる大きな人間種族の一部として見るように教えることです。すべてが同じ神性を持ち、同じ道をたどり本源へと向かっているのです。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

 我が友よ、あなたがたも生活の中で分かち合いを具現することができる。この聖なる原則が是非とも支配すべきである。あなたがたの子供たちに、幼き者たちに、分かち合うことを教え、善を啓発しなさい。わたしの任務は、すべての人を啓発し、無知を真の知識に変え、目で見えるすべてのものの背後に唯一なる実在があることを教えることである。そのようにして人間を神のもとに連れていく。
(『いのちの水を運ぶ者』第127信より)

信念、信、直観——選集

Belief, Faith and Intuition ──a compilation

 「信念、信、直観」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第1巻と第2巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 信なしには、永続するものは何も達成されない。ただこの特質を欠いたために、これまでに多くの有望な弟子たちが失敗した。時代を通じて、様々な教えが信の必要性を強調してきたのは、いわれがないわけではない。信は奉仕のまさにハート(中心)として考えられてきた。信とは、盲目的な受け入れや単に信じることを意味するのではない。それとは逆に、本当の信とは、直観が、魂の声が内的な認識を促すときにのみ生まれるのであり、あらゆる反論を乗り越えて、心(ハート)があなたに告げるのである──これは真実だ、と。その瞬間が訪れるとき、この新しく見いだした真実をしっかりと握りしめて、そして『そこに留まっていなさい』。
(『覚者は語る 1』─奉仕への召集─より)

 あなたがた、すべてを必要とする。人間に信と喜びを回復させ、地球上の貧しい人々に、必要な資源を解き放ち、均衡を取り戻すために、この世界を再建する仕事を、わたしと分かち合ってくれるすべての人々を必要とする。わたしの役割は、あなたがたに方法を示すことである。あなたがたの役割は、行動し、わたしの計画を実施することである。わたしはあなたがたを信頼することができることを、頼むことができることを知っている。わたしの愛がすべての者を包む。
(『いのちの水を運ぶ者』第76信より)

 信念(belief)はマインドの機能です。メンタル(知性)のレベルにおいて、真実で、磁力的で、魅力的で、価値があるように見えるもの──信じることができるイデオロギーをあなたに用意してくれる一連のアイディア──です。それは人生の問題に答えを与え、人生の意味や目的などに関するいろいろな疑問に回答を与えるように思われます。……
 希望とは、すべてのものと内的につながり合っているという自覚です。あなたの生命が、日々の活動が、宇宙の計画と内的に結合していることについての自覚です。自分が誰かについての認識、自分は真我であるという感覚──それがあなたに信(faith)とか希望を与えます。信や希望は、自分が誰なのか、どうしてここに居るのか、自分の目的は何かについての内的、直観的認識から出てくるものであり、地上の何ものもそれを揺るがすことはできません。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 直観の開花を通して、認識の膨大な広がりが人間の前方に横たわる。存在の状態についての認識であり、それはまだ全く人間に知られていないが、覚醒した心(マインド)によって知覚されるのを待っている。
 すべての意識の拡大の前には緊張がある。人間が今通過している争いと困難のこの時期の後に、平安と落ち着きの時が続き、直観が徐々に開花するための舞台が整えられるだろう。それが起こるとき、人間は、すべての論争を通り越して、神のイメージに似せて創られた魂としての自己の特性を直接知るだろう。
(『覚者は語る 1』─理性と直観─より)

 我が友よ、あなたがたも生活の中で分かち合いを具現することができる。この聖なる原則が是非とも支配すべきである。あなたがたの子供たちに、幼き者たちに、分かち合うことを教え、善を啓発しなさい。わたしの任務は、すべての人を啓発し、無知を真の知識に変え、目で見えるすべてのものの背後に唯一なる実在があることを教えることである。そのようにして人間を神のもとに連れていく。
(『いのちの水を運ぶ者』第127信より)

 誰もが信念を気にしています。しかしながら、神を信じるのと、神は存在しないと信じるのは、どちらも本質的には同じです。どちらもグラマー(自己幻惑)です。信念というものはグラマーです。大切なことは、われわれが聖なる存在として、その神性をわれわれの一息一息の中に、われわれの取るあらゆる行動の中に顕示することです。そしてもしわれわれがそうするならば、世界には何の問題もなくなるでしょう。そして信念もなくなるでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 多くの者にとって、キリストの臨在そのものが問題を提起するだろう。彼らが長い間持っていた信念がその根底から揺さぶられるだろう。彼らにとって、新しい啓示の意味を理解しようとするとき、己の心を探る期間が必然となるだろう。古くからの信念はなかなか死なず、その過程においてひどく傷つくだろう。にもかかわらず、何百万の人々はうれしい心(ハート)で反応し、彼らの直中にいる大教師を喜んで受け入れるだろう。時を経るにつれて、マイトレーヤという方に表されるキリストが再び地上を歩いておられるという一般の認識に対立する者は、ほとんどいなくなるだろう。
(『覚者は語る1』─新たなる奉仕─より)

 われわれが新しい時代に入るにつれて、外的世界と主観的(内的)世界を探求し、(神の)創造におけるこの二つの様相の間の関係を理解することに新しい緊急性が感じられている。世界中の多くの科学者が、すべてが相互に関連し合っていることについての彼らの直観を実際に証明する必要に促されて、彼らの探求をそちらの方向に曲げつつある。超人格なるエゴ、または魂(の存在)を受け入れるという姿勢が徐々に地盤を広げつつあり、それは人間の現実観の新しい統合につながりつつある。
(『覚者は語る1』─意識の成長─より)

 親愛なる友よ、世界に起こっている出来事を見回して自分に問いなさい──「これは不思議なことではないか、この新しい光は何としたことだ」と。もしあなたが裡なる光に忠実であるならば、わたしの臨在がこの変化を呼び起こしたことに気がつくであろう。そのようにして、あなたはわたしがここに居ることを知るであろう。
(『いのちの水を運ぶ者』第87信より)

 霊的生活は信条や礼拝とは関係ありません。それは神性との一瞬一瞬のつながりの感覚、神や他者と分離していないことの感覚です。あなたの子供に、模範によってこのことを示しなさい。そうすれば、彼らはあなたの目の前で神性の模範として成長するでしょう。
(『光の勢力は集合する』)

 世界は人間存在の真理に目覚めつつある──人間は神聖なる存在であり、魂としての本当のリアリティ(実相)の外的な表現である。あらゆる栄枯盛衰を通して、人間の魂はその人を守りそして道を示してきた。神経がすり減っているときも、高邁な仕事をしているときも、いやいやながら努力をしているときも、魂がそこにいなかったときは決してない。人間(肉体人間)と魂はひとつである。
 それが、人間に発見されることを待っている真理である。魂はこの啓示の目覚めを待っている。人間は人生における見習い修行の終わりにきている。これからは、その魂がより高位のそしてより明確な道を示す。
(『覚者は語る 1』─ミッシング・リンク─より)

 宗教や哲学への信仰や信頼は、進化の梯子の横木(段)のようなものである。人が成長するにつれて、その信条も変わる。真我と神の間の関係は決して変わらない。『至高の存在』が宿るのはそこである。真我は、心(ハート)の中に、永遠なる至高の存在を経験する。
(『いのちの法則』)

 人々は狂信的になることを恐れています。実際に危険なのは狂信性ではなく、惰性です、不活動です。マイトレーヤを直接に経験したことのないグループが、何年間も出現に関連して集中度の高い活動を維持することは非常に難しいです。あまりにも多くが求められていると思います。伝導瞑想や個人の瞑想がその高度のレベルの決意を維持する助けとなることは本当です。しかし信が要求されます。もし信がなければ、それは単に、マイトレーヤはこの世にいるという単なる信念や希望だけならば、それに対立するあらゆるものに抵抗しながら働かねばなりませんので、維持していくことができません。この事実を認識しなければなりません。……
 ……もしこれがあなたにとって納得のいくメッセージなら、真理の響きがあるなら、(あなたは完全な確信をもってこれを知るわけではないけれども)、そしてあくまでも仮説として、その仮説に基づいて働いているけれど、世界に展開している出来事そのものが、経験そのものが、あなたにこれが本当であることを証明してくれます。マイトレーヤのエネルギーがあなたを通して流れることが分かります。それを否定することはできません。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 わたしは、もうすぐ、もっと広く、わたし自身を現す意図であるから、あなたの兄弟たちにわたしの存在を知らせる時間は残り少ない。我が友よ、志を持って行き、わたしの降臨についてあなたの信ずることを伝えなさい。そしてすべての者の心に真理の光を灯しなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第63信より)

 信とは、何かを信じることであると考えるために、信という観念を好まない人々が多いのです。信(faith)とは信じること(believing)とか信念(belief)とは全く関係ありません。信とは存在の状態です。信はあなたが本来のあなたであるときに生じます。あなたがこの物質界のレベルで魂として生活し、魂と絶えず接触を保つならば、あなたは信を持つでしょう。信を持たざるを得ないのです。なぜなら信は魂の特性ですから。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 あなたがたは、行動するのに、なぜわたしを見るまで待つのか、あなたがた自身が、信において多くを成すことができるのに。少しは信に基づいて行動しなさい、我が友よ、そして確認を得るまで待つのではなく、先導隊の中にあることを喜びながら、昔の武者のように、今、行動しなさい。すべての者に、わたしの臨在の事実を知らせ、喜んでわたしの側に来なさい。分かち合いと正義の必要を説き、自由のための鐘を鳴らしなさい。我が友よ兄弟よ、あなたが兄弟たちの味方であることを知らせなさい。あなたの兄弟の手を取って、わたしのところへ連れてきなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第109信より)

 疑いもなく、キリストの再臨の過程は新しい段階に入りつつあり、それはキリストが兄弟姉妹たちの中を再び公に歩くことができる時は遠い先ではないことを、多くの人々に確信させるだろう。
 一方、直観によってキリストの到来を信じてきた者たちは、自分たちの信が強められ、固められるのを知るだろう。彼らの希望は高められ、志向は活気づけられた。
(『覚者は語る1』─民衆の声─より)

 わたしの語調の簡潔さゆえに、わたしと知りなさい。わたしの心の愛ゆえに、救助の行為ゆえに、わたしと知りなさい。すべての人間に、分かち合いと平和な生活を呼びかけるゆえに、わたしと知りなさい。そのようにしてわたしを知りなさい、我が友よ、そしてあなたがたの力を貸してください。わたしが必要とするのは、あなたがたの信のみではなく、神の計画の遂行のために喜んで働くあなたがた自身である。あの聖なる計画をあなたがたに説明しよう。そして愛のなかに共にそれを成就していこう。
(『いのちの水を運ぶ者』第59信より)

 混乱と緊張の直中にあっても、恐れることはない。現在の状況の中に恐怖のための場はない。むしろそれを、あなたの信に対する挑戦と見なしなさい。
(『覚者は語る 1』─勝利は保証されている─より)

 奉仕するにつれて、あなたは奉仕の中で成長します。ますます成長することができるようになります。あなたが成長するにつれて、大計画のより多くが、直観的にそして実際の事実として、あなたに明らかにされます。あなたがやがて覚者とより密接な、意識的な関係で働くことができるようになるまでは、ただ信じて、信(faith)を持って、ついていかなければなりません。覚者はあなたを特定の線に沿って導いていくことができますが、あなたが想像するように教えを授けることによってではなく、あなたに対してより一層広がる奉仕の分野を提供することによって、導いていきます。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 マイトレーヤが世界の前に姿を現すとき、新しい時代の始まりを布告するであろう。来るべき時代に人間は、いま転生している者には夢見ることもできないような高みに上昇するだろう。新しい教えは新しい知識を生み、新しいインスピレーションは新しい啓発を生む。そしてすべてが秩序正しく、順を追って起こるだろう。希望は確かなものとなり、恐怖は信に、無知は智恵に道を譲るだろう。
(『覚者は語る1』─来るべき時─より)

 そうなると、人間にとって生きることは、愛することなのである。恐怖というあの横領者は退けられ、克服されねばならない。信頼が愛を育み、恐怖を滅ぼし、永遠に裡に宿る神を明かす。信頼と信はひとつであり、裡なる神性の反映である。その神性を信頼し、それを愛として輝き出させ、恐怖の終わりを知りなさい。
(『覚者は語る 1』─愛することの必要─より)

 あなたがたがわたしを見るまでの時間は残り少ない。この残り少ない時間を最も有効に使い、あなたの兄弟たちにわたしの臨在の事実を告げなさい。あなたがたが出来ることで、これよりも貴重な役割はないのである。希望は高まる、我が友よ。希望はあなたがたの直中にある。世界に新しい光が明ける、そして人類は喜びを知るであろう。
(『いのちの水を運ぶ者』第112信より)

最高位からの贈り物
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記(2015年5月)
 人間は啓示を拝受する時点に立っており、間もなくそれが、一致しない様々な声や態度を押し流すだろう。人間は自分たちの存在の意味と目的をより一層はっきりと知り、その知識が彼らの認識の中にもたらされた手段を知るだろう。間もなく、非常に間もなく、人間はあたかも一夜にして、と思えるほど、急速に成長するだろう。
 この新しい知識は多くの者たちをこらしめ、驚かすだろう、しかし彼らの理解について完全な調整をもたらすように、彼らを刺激し、啓発するだろう。これが人生の意味と目的と彼らが呼ぶところのことについて、新しい価値を与えるだろう。より一層の真剣さとより大きな歓びが人間の信念と行動に浸透するだろう。そして徐々に彼らを全く新しい啓示に熱中させるだろう。その時は遠い先ではない。偉大なる主は、公に、認知される存在として世界に現れて、恩寵をもたらすことをしきりに願っておられる。
 恐れることはない。新しい世界がつくられつつあり、それが人間の信と勇気を同等の順序で回復させるだろう。

生態学と霊性

ドミニク・アブデルノール

 霊性はしばしば物質的現実から切り離された精神的理想と関連しているが、一方で生態学は人間と自然の関係に関する科学的研究に関連している。語源的には、spirituality(スピリチュアリティ、霊性)はspirit(スピリット、霊)、pneuma(ニューマ、宇宙を創造する神の呼吸)から、ecology(エコロジー、生態学)はekois(エコイス、家または環境)と logos(ロゴス、研究)から来ている。
 この記事の中で私は、生態学は霊的規律であり、霊性には生態学的なアプローチが含まれることを示したいと思う。

 アリス・A・ベイリーを介して執筆されたジュワル・クール覚者による次の二つの文章は、霊性に関するものである。
「何らかの形の発達──肉体的、情緒的、知的、直観的、社会的な発達──に向けて人間を駆り立てるすべての活動が、もしそれがその人を現在の状態より前進させるならば、本質的に霊的な性質のものである」(1)
「理解、優しさ、美を生み出すもの、神聖な潜在力をより完全に表現するよう人を導くことが可能なもの、これらにつながるものはすべて霊的である」(2)
 これは、霊性が生態学、科学、政治、経済学を含む生活のあらゆる分野に関係していることを示唆している。

物質には生命が在るか、無いか?

 一般的に受け入れられている主流の科学的アプローチは、130億年前に陽子、中性子、光子の原始のスープ(生命誕生の場とされる有機物の多い水溶液)が星へと凝集して水素、酸素、炭素の原子を形成したことを示唆している。その後、爆発して超新星となった一定の星が、銅、亜鉛、金、鉛などのより重い原子を形成した。これらはすべて変則的に生成する。幸運な偶然と自然の選択の法則により、生命と知性が発生した。したがって、思考は脳の産物と見なされている。
 しかし、ますます多くの科学者たちがこの学説を調査し、意識が物質の前提条件になり得るだろうかと考えている。この点についての秘教徒の教義を見てみよう。「一つの大生命が宇宙を創造し、活性化し、生命を与える」。秘教徒にとって、スピリット(霊)は物質に意識をもたらし、神の計画の目標の一つは意識の進化であり、物質の振動率を上昇させることである。
 ロシアの秘教徒H・P・ブラヴァツキーはこれらの原則を次のように総合的に定式化した。「自然は原子の偶然による産物ではない」「生命は形体に先立って存在し、最後の原子まで生き延びさせる」
「‘聖なる呼吸’、またはむしろ‘生命の呼吸’
……は、すべての動物、すべての活発な粒子、すべての鉱物原子に存在する」「霊(スピリット)と物質は一つである。……霊は第7界層の物質である。物質は神の周期的活動の最低の界層の霊である。……」。(3) このように、霊と物質の間には振動率の相違のみが存在する。
 生命のない物質で構成されている地球という物質主義的な概念は、人間の行動の結果を無視することによって、寄生虫のように生きる人間の分離感覚と地球資源の過剰利用につながっている。

デーヴァ、天使とその役割

 現代の秘教徒(アリス・A・ベイリーとベンジャミン・クレーム)は、人間の進化と平行して進化するデーヴァの存在を確認した。 デーヴァは形態面を担当し、感性を通して活動する。「デーヴァは感性(フィーリング)、感覚的認識を通して進化します。 私たち人類は知性(マインド)の発達を通して進化します。 私たちは知性(マインド)の息子であり、デーヴァは感性(フィーリング)の娘です。 彼らの進化はここに、今存在するもの、生命の中に、物質の中に、波動の中に存在するもの、創造物として私たちが思いつくことのできるすべてのものに対する、発展してやまない認識を通して進行します。それが彼らの経験です。彼らは瞬時も絶え間なく生命と物質を感知し、その認識の中で成長していきます。私たちも感覚器官を通して同じことを行いますが、私たちはそれ以上を行います。少なくとも人間のレベルまでのデーヴァたちは、考えたり、思考したりはしません。彼らの活動の中に精神活動はありません。しかし進化するにつれ、わずかな波動の違いに関して高度に発達した、極端に敏感な感覚的認識を持つようになります。彼らは次第により精妙な感覚を発達させていきます」
(ベンジャミン・クレーム、シェア・インターナショナル誌 1993年1月号)

 平行する進化の存在は、シャーマニズムを含むほとんどの伝統の中では一般的な認識である。スコットランドのフィンドホーンにあるフィンドホーン・ガーデンの実験を引き合いに出すことができる。自然(デーヴァ)の繊細で神秘的な知性との連携がどのように行われ、不毛の土地を肥沃にし、豊かな花、見事な野菜、果物を生産するように導いたのか。多くの庭師たちは植物と対話し交流し、「緑の指(園芸の才)」を持っていると世間でよく言われるほどにその肯定的な効果は当然と考えられている。このことは、植物界との精力的な交感により植物が成長し、より美しくなることを示している。
 ベンジャミン・クレームはさらに踏み込んで、地球の気候などのデーヴァの仕事に人間が及ぼす不均衡という負の役割について注意喚起している。「私たちが貪欲で、利己的で、競争に満ちているとき、必然的に私たちは不調和をつくり出します。そうすると、天候、海洋、雨などをコントロールするデーヴァたちは平衡を失い、世界中に今のようなとても異常な気象パターンがつくり出されます。それはある程度、私たち自身の不均衡の結果です」(4)

自然界の知性

 多くの科学者は、自然界の知性を研究している。例えば、『自然界の知性(Intelligence in Nature)』の著者である人類学者のジェレミー・ナルビー氏はこう述べている。「小さな単細胞生物(粘菌類)は複雑な迷路を解決できます。頭脳が針の頭ほどの大きさしかないミツバチは、抽象的な考えを理解できるのです。クスカタ(寄生虫の一種で植物)は、落ち着き先を決める前に、自分たちの餌食の栄養成分を評価して移動します。……植物は学習し、記憶し、脳を持ってはいないが決定します」。植物神経生物学の創始者であるステファノ・マンクーゾ氏は、植物には味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚の五つの感覚があることを示した。植物は情報を記憶し、協力と交換に基づいた社会生活の形を決定し、伝え、発展させる。

自然と数学

 研究者たちは、幾つかの植物が数式に従って構成されていることに気づいている。多くの自然界の形成物(ロマネスコ・キャベツ、雪の結晶、シダ類、葉脈、木の枝、小川、川など)は、フラクタル(構造が一様の曲線や表面などに現れ、数式で記述される形成物)に従って発達する。
 松ぼっくりやパイナップル、ヒナギク、ひまわりの花弁は、フィボナッチ数列に沿って二重らせん状に配置されている。各数値は、その前の二つの数値の和となっているし(1、2、3、5、8、13、21、34、55、89など)、また、二つの連続する数値間の比率は黄金比へと収束する。* この配置により、すべての葉は太陽への最大限の露出が保証されている。
 黄金比は、らせん状の幾何学の中で、または貝殻のらせんに直接表示されている(例えば、オウムガイ)。
 科学者たちはこうして、宇宙の創造的知性の側面を引き合いに出すことにより、英国の秘教徒アリス・A・ベイリーの書物の正しさを立証している。「第三様相は数式を通して機能している」(5)

最も効果的な技術は自然界に存在する

 介護と治療に使用される多くの分子を含む植物類の高レベルの化学に加えて、動物類が汚染もなく低コストで、しかも人間の最高の機械よりも優れた性能を発揮する技術を展開する事例を、私たちは挙げることができる。イドリス・アベルカン氏は、生物模倣を賞賛しながら、「自然は図書館であり、燃やすのではなく読んでください」と記している。彼は多くの事例を挙げている。サメの皮膚の鱗は世界最高の乱気流防止コーティングを形成しており、航空機メーカーはそこからインスピレーションを得ている。最もひび割れしにくい素材の一つは、タンパク質で結合された何千枚も積み重ねられたシートで構成される真珠質層である。それはプランクトンと太陽光でできている。イガイの針金状の糸は、水の中で機能する世界最高の無公害の接着剤のおかげで岩に付着する。猛烈な一撃を持つシャコ類は、ハンマーのような腕を回転式拳銃の弾丸のように加速させて、硬い殻を破壊する。蜘蛛の糸は、スチールや合成繊維よりも丈夫である。
 骨格がシリコンでできている珪藻(植物プランクトン)は、10ナノメートル空間を移動する。私たちが同様のサイズのシリコン・チップを生産するには10億ドルの工場が必要である。
 これらの多くの事例は、自然が汚染することなく人間よりもはるかに高度で効率的な技術を使用していることを示している。

競争対協力

 自然界は、最も強いものが最も弱いものを食べる情け容赦のないジャングルの法則に従って生きているとよく言われている。しかし、綿密に調べてみると自然は共生を好み、二つの種が互いに助け合っている。サメとブリモドキがそうである。また、樹木(ハンノキ)はその根でバクテリアを繁殖させ、バクテリアは土壌中の栄養素を消化し、それらを木の根に吸収可能な形で与えるが、一方で木はその光合成樹液をバクテリアにもたらす。菌類は落ち葉のタンニンを事前に消化し、ダニ類が残骸を食べられるようにする。植物の90%は菌糸体と結合して、土壌から栄養分を抽出する。同様に、土壌の空気を換気し、分解された葉から栄養分を下方に運ぶミミズによって、素晴らしい生態系が発達する。バーテリアの低木は、アリに栄養を与える樹液を生成し、それと引き換えにアリは低木を葉食昆虫から守る。私たちはミツバチ、アリの群れの恐るべき組織を見ることができる。グループのために自分たちの生命を犠牲にさえしながら、数千の個体が互いに助け合っている。
 このように、自然は主に協力に基づいたダイナミックなバランスを見いだしている。人類とは別に、それぞれの種族は常に他の種が存在するための空間を残しており、それが霊性の基盤となっている。
 このダイナミックな協力のバランスは、今日の人類に求められているものである。進化論、デーヴァの仕事、知性、数学、協力といったあらゆるものが、自然は意識と目的を授けられた生き物であることを示しているようである。

人類の役割

 秘教徒にとって、人類の役割は物質を霊化することであり、物質の波動および体を構成する何十億ものエレメンタル生命の波動を高めることである。食物と引き換えに、人間は高いエネルギーを下位の王国に伝え波動を高める。人類は母なる大地の番人でもある。
 今日、人間は寄生虫のように振る舞い、他の王国を搾取し、これらの王国を完成させるために何百万年もかけて達成されてきた仕事を危険にさらしている。しかしながら、自然とのより正しい関係を確立するために、人類の内部から力強い声が高まっており、私たちは他の王国に対する責任を認識し始めている。
 ベンジャミン・クレームの言葉を借りると、「世界中で環境は第一番の問題になるだろう。ほんの数年前には、環境問題を真面目に取り上げた政治家はいなかった。今では関心はそこにある。この関心の増大は自己認識の増大の結果である。マイトレーヤは言われる。『人の内的環境と外的環境にはつながりがある。あなたが真我に気がつくや否や、あなたの心(マインド)と生気(スピリット)と肉体の環境はあなたの支配下に置かれる。すると、この認識があなたを外的環境に注意するよう仕向ける』」(6)

宇宙の中の統合

 地球とそこに住む生き物に生命を与えている「一つの偉大なる生命」の原則は、基本的な統合、人間同士の兄弟愛、自然の尊重という認識をもたらす。この認識は、宝瓶宮(アクエリアス)の統合のこの時代に、惑星の村という認識によってますます多くの表現がなされている。ベンジャミン・クレームはこう記している。「私たちは分離しているという錯覚を抱いていますが、宇宙には分離はありません。個々の原子は宇宙のあらゆる所の他の原子に関連しています。ですから、私たちが行うことで、世界の他のどこかに、あるいは自分自身の人生に、善きにつけ悪しきにつけ影響しないものは何もありません」(7)
 私たちは、プラスチック廃棄物が最終的には私たちの食器皿の上に、植物汚染物質が最終的には私たちの肺と血液の中に到達することを理解している。私たちの産業または肉の消費によって生成されたCO2 やメタンは、氷の流れを溶かし、氷河を縮小させ、もし私たちがかなり迅速に行動しなければ、何億人もの気候難民が私たちの国の安定に影響を与えるだろうことを、ますます多くの人々が受け入れている。
 環境運動家のバンダナ・シヴァ氏のような人々は、正義と生態学の関係についての考えを広めてきた。「自然は、この豊かな生物学的多様性をわれわれに与えてくれました。われわれはその自然が少数の企業体に独占されることを許してはなりません。私たちはそれを富と生活の基盤として維持します」
 人類は、母なる大地が自分たちの唯一の家であり、危険にさらされており、それを救うために行動する時が来たことを認識している。霊性を表現する人々の方法は、人間と他の王国との間の正しい関係を求めることによってなされる。

引用文献
(1)ベイリー『新しい時代の教育』(AABライブラリー、2004年)22頁
(2) ベイリー『ハイラーキーの出現(上)』(AABライブラリー、2006年)245頁
(3)ブラヴァツキー『シークレット・ドクトリン(秘密の教義)』
(4)クレーム『大いなる接近』
(5)ベイリー『宇宙の火』原書771頁
(6)クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』
(7)クレーム『大いなる接近』

*黄金比は、約1.618であり、幾何学で取り扱う調和の取れた割合である。

正義と分かち合いのために声を上げる――選集

Speaking out for justice and sharing──acompilation

今日、リーダーたちの先を行くのは民衆であり、彼らの理解と必要を大きな声に出している。次から次へと続く諸国家において、民衆の声はより焦点が絞られて明確になっている。何千万の人々が今や教育があり、彼らの必要——平和、仕事、将来への希望——について確信を持つ。ますます大きくなる和合への感覚もまた彼らの期待と要求を告げはじめている。彼らは自分たちが世界の中で孤立していないことを、至るところに同じ問題と必要を抱える多くの兄弟姉妹たちがいることを知っている。

このようにして、マイトレーヤの臨在と教えに気づかなくても、彼らはマイトレーヤのエネルギーと影響に反応しつつあり、将来の枠組みを築きつつある。
(『覚者は語る 2』ー和合へ向けた変化ーより)

平和と正義と同胞愛を呼びかける者すべてを、わたしは支える。兄弟たちを愛する者たちすべてを、わたしのもとに招く。彼らはあらゆる党派から、あらゆる国家から、わたしの周りに集い来るだろう。わたしは彼らの心を希望と愛で満たす、そして彼らはその数を増し、勢いを増して、世界を征服する。この過程は始まった。すでに人々の声は聞かれ始めている。ますます声を大にして、彼らは正義と平和を求める。
(『いのちの水を運ぶ者』第131信より)

世界の民衆は自由、正義、平和についてのビジョンをつかまえた、そしてそれを放さないだろう。指導者たちではなく、彼ら民衆が未来の輪郭を描き、彼らの必要に合わせてそれを形づくるだろう。そのようになるだろう。世界にあるこの新しいフォース——民衆の声——は急速にその力と結合力を増しており、今後の世界の出来事に主要な役割を果たすだろう。(『覚者は語る2』ーマイトレーヤのお導きーより)

マイトレーヤ御自身がメッセージ第135信で言われました。「善意の人々が集団をなして、正義と平和への希望と夢を高く掲げて振り回すだろう。この叫びが各国家の中に真理の松明たいまつを灯すだろう、そしてその中心にわたしが居る」。まさしくこのことが今、米国やヨーロッパにおける平和行進で起こっていることです。これは人々が分かち合いを、そしてマイトレーヤを受け入れる準備があることを示していると思います。彼の言葉を受け入れる準備ができていることを示します。このようにして彼は、我々の要求と志向を喚起し集中させます。教育のある世界世論の集中的断固たる意志に抵抗できる政府は地上に存在しません。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

ついに、これらの声は聞かれつつある。ついに、マイトレーヤの慈悲のエネルギーは、いまだ彼の臨
在に気づいていない大勢の人間の心(ハート)の中に反応を見いだした。やっとのことで、富裕国の政府は正義と平和を求める国民の要請に応えつつある。彼らの将来は、国民の声に、ますます明確に強力に響いてくる国民の意志表明に、耳を傾けるかどうかにかかっていることを、彼らは感知する。諸国の政府に理解させよう、国民の声は知恵の声であることを。それはリアリズム(現実感)と真理への呼びかけであり、健全なより良い世界につながる唯一の行動への呼びかけである。
(『覚者は語るⅡ』ー暗闇の中からーより

人間は非常に病的な状態にあるこの世界を救わなければならない。世界の一般の人々によって、その努力がすでに始められているのを見て、わたしたちの心(ハート)は喜ぶ。わたしはそのような人々に今語りかけている。あなた方の声を大きく上げなさい。あなた方の必要を世界に告げなさい――平和の必要を、正義と自由の必要を、宗教や皮膚の色や人種が何であれ、すべての人間が調和のうちに生きることの必要を告げなさい。すべての人間は本質的にひとつである。彼らはわたしの兄弟であり、わたしは一人ひとりを愛する。
(『覚者は語るⅡ』ーマイトレーヤからのメッセージ、2008年3月27日ーより)

あなたの声を聞かせなさい。あなたが信じるもののために語りなさい。すべての人のための正義と自由を信じるのなら、そう言いなさい。記事を書き、新聞に送りなさい。大昔からのグラマー、イリュージョン、抑圧の束縛から人類を解放するためのあなたの貢献として、このことについてあなたの意見を述べることで貢献しなさい。人類自身こそが世界を変えなければならないということを覚えておきなさい。マイトレーヤは鼓舞し導くために来られるが、私たちが仕事をしなければならない。
(『光の勢力は集合する』)

今日、大体において、民衆の声は、若者の声である。諸々の政府、そして彼らのコントロールの下にあるマスコミは、若い人々の声と志向を主として無視するか、あるいはけなす。しかるに、答えを持つのは若者である。彼らは、人類がひとつであることを理解し、公平さを、正義と分かち合いを、戦争の終止を呼びかける。そのような若い人々の声を決して黙らせることはできないし、長い間無視することはできないだろう。老いも若きも、民衆の声はマネー(金)の男たちの訴えるような声をかき消して、人類を「新しい夜明け」に導くだろう。
(『覚者は語る2』ー若者が舵を取るーより)

今日再び、民衆の声が聞き届けられるべき時が来た。今日再び、至るところにいる人々の正義、自由、平和への要求が、無謀な権力を振りまわす者たちの耳に届き、それらが認知されることが不可欠である。権力のグラマーに取りつかれたこれらの危険な者たちは、戦争の時代は過去のものであり、人類は急速に消えつつある平和と安全を願っているということに気づかなければならない。小さな“ナポレオン”たちに、彼らの権力の日々は終わり、完全な時代遅れであることを、今や力(パワー)は人々の本当の必要に仕える者たちにあることを、知らしめねばならない。
(『覚者は語るⅠ』ー民衆のパワーの盛り上がりーより)

あなたは一人ではありません。世界中の何百万もの人々の一人です。正しく思考する何百万もの善意の人々の一人です。彼らに加わりなさい。彼らも、あなたと同じように世界の平和を欲しており、世界にある不正義(非公正さ)が平和を妨げていることを知っています。それを知らせなさい。他の人々やグループに加わりなさい。人類は善に向けての途方もない力(フォース)であり、変化は民衆の上げる声を通して起こるでしょう。すべての国で民衆の声が沸き上がるでしょう。それは、人々が知ろうが知るまいが、マイトレーヤによって鼓舞され、導かれ、活性化されるでしょう。(『人類の目覚め』)

国民の声はすでに耳を傾けられ始め、この代表政治の形態がイデオロギーを通して大衆をコントロールするやり方に取って代わるだろう。すべてが非常に急速に動いているので事態は政治家の手に負えない。新しい政治の時代が始まった。認識が人々を自らの基本的人権に目覚めさせ、自由とそして自らに対する、またお互いに対する責任に目覚めさせている。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』ーマイトレーヤの予報「新しいエネルギーが地球に充満する」ーより)

この惑星全体に広まる現在の物質主義の不正を、心(ハート)のうちで拒絶する人々が今日たくさんいる。彼らは正義と平和を願い、それらの達成のために行進しデモをする。ますます多くの世界の民衆が一緒になるとき、強力な男たちの行動を変えるだけの力を持つことを認識し始めている。かくして、マイトレーヤは民衆を信頼し、彼らの要求に声を与える。かくして、彼は民衆の行進に参加し、彼の声を彼らの声に加えられる。
(『覚者は語るⅡ』ー暗闇の終わりーより)

あなたがたは、意識しようがしまいが、心の中で、わたしの存在の事実に、わたしの呼びかけに応えたからこそ、今ここに集うているのである。それなら、この事実を人に伝え、人類を招いている単純な真理の道を指し示すことを、あなたがたの仕事としなさい。分かち合うことが神聖なることを、愛することが神の特性であることを、共に働くことが人の運命であることを、彼らに教えなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第19信より)

穏やかに、しかしきっぱりと、マイトレーヤは人間を彼ら自身の最高の利益のために行動するように説いていくだろう。兄のように、彼の家族の若いメンバーたちを一歩一歩彼ら自身の真理に向けて導いていかれるだろう。その時は遠い先ではない、いや実際、非常に間近である。世界中の民衆の心(ハート)に希望と歓びが同じように持ち上がるにつれて高まっていく彼らの声を見守り、耳を傾けなさい。そのとき、あなたは車輪が回転したことを知るだろう。貧困と不正義の苦痛はもはやなくなることを、戦争の冒涜ぼうとくは永遠に放棄されることを、愛の法則が、このわれわれの世界の至るところに住む男女の心(ハート)の中にその正当な位置を見いだすことを、知るだろう。
(『覚者は語るⅡ』ー民衆は目覚めるーより)

すべての者に、わたしの臨在の事実を知らせ、喜んでわたしの側に来なさい。分かち合いと正義の必要を説き、自由のための鐘を鳴らしなさい。我が友よ兄弟よ、あなたが兄弟たちの味方であることを知らせなさい。あなたの兄弟の手を取って、わたしのところへ連れてきなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第109信より)

行進やデモで、人々が正義と平和と穏健さを呼びかけるところに、マイトレーヤの姿が色々な変装で見つけられるかもしれない。その中で彼は民衆の役を演じ、彼らの名のもとに話をしている。彼の愛のエネルギーがこれらの正義の集会に充満しており、彼らをさらなる努力へと鼓舞する。マイトレーヤの力が彼らのものとなり、彼らは臆せず、確信を得る。このようにして、愛の主は憎しみの潮流を変えて、何百万の人々の熱意を強化しておられる。そして、至るところで人々は彼らの運命について認識し、そして彼らの心からなる願望を実施するための手段を探し求めている。
(『覚者は語るⅠ』ー束縛の終止ーより)

だから、分かち合いと正義について語る男を探しなさい。あなたがたと変わらない男、単純そのものの真の男を探しなさい。わたしの手を取りなさい、我が友よ、そして共に楽しく輝ける未来へ歩いていこう。この呼びかけが聞こえないのか。それはわたしの心ハートから発する。苦悩の叫びが聞こえないのか。それは人の心ハートから発する。その叫びがわたしをここにもたらしたのである。
(『いのちの水を運ぶ者』第115信より)

マイトレーヤの愛のエネルギー――「裂開れっかいの刀」――の効力が現在の世界にある極化をつくり出したのであり、それは人類に前進への道をはっきりと示すであろう。包括性ほうかつせいと愛、正義と人間の精神の自由のために闘う者はすべて、彼の周りに集うであろう。分離主義と搾取、競争と貪欲に味方する者は、同じく明らかになるだろう。そして人類の前にある選択は非常に明瞭になるだろう――愛と憎しみ、分かち合いと貪欲、平和と競争、生と死との間の選択である。マイトレーヤは(メッセージ第11信の中で)言われた。「わたしの心はあなた方の答えを、選択を知っている。そして喜んでいる」と。彼の愛のエネルギーに応えて、人々はすべての国々において、様々なグループをつくり、正義と平和と正しい関係を要求するだろう。(それはもうすでに始まっている)。間もなくこれらのグループは世界で最も大きな、最も強力な勢力となり、平和と善意の新しい時代を招じ入れるだろう。(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

民衆の声は高まりつつある、いや(すでに)高まった。そして彼らは人々に、自分たち自身を宣言するように呼びかける。民衆は恐れることなく、はっきりとした目で将来をのぞき、公平で、平和な世界を求める彼らの志向の実現の可能性を見た。これはひとりでに起こらないことを、兄弟姉妹たちと共に、実現するための力(パワー)を自分たちの手に握らなければならないことを、彼らは知っている。また彼らは、その道が困難であり、危険なことも知っているが、それを不成功に終わらせるにはあまりにも貴重な褒美ほうびである。なぜなら、それは同胞愛という褒美、正義、平和という褒美、そしてすべての人間にとって、より良い、より簡素な、より真の人生という褒美であるから。
(『覚者は語るⅡ』ー民衆の声が将来を先導するーより)

マイトレーヤの任務は、世界世論を活気づけて、それを数個の単純なアイディアに集中させ、人々が至るところで、正義を、自由を、呼びかけるようにすることである。正義を達成し、戦争を終わらせ、平和を創造する唯一の方法として分かち合いを呼びかけるようにすることである。平和とテロリズムの終結は正義の創造にかかっており、それを達成する方法は一つ、世界資源の分かち合いである。
(『多様性の中の和合』)

今日、変化の必要を認めてはいても、まだそれに抵抗する者が多い。古き使いふるされた過去の世界がくずれていくのに気づいていながら、なお古い形態にしがみついている者が多い。しかし国々に新しい声が聞こえる――希望と約束をはらんだ真理の声が、新しい時代の声が。この声は人々の心に刻みつけられていく、次第に強さを増しながら。なぜならこの声は、人間を通して語る神の声であるから。
(『いのちの水を運ぶ者』第12信より)

同胞愛と協力──選集

Brotherhood and co-operation – a compilation

「同胞愛と協力」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第㈵巻と第㈼巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

人間がこの豊かな世界の産物を共に分かち合うことを決断するとき、途方もない神秘的な出来事が起こるであろう──一瞬にして、人は戦争の必要は過去のものであることを、テロリズムの脅威は速やかに消え去ることを認識するだろう。分かち合いによって生み出される信頼によって、環境問題や領土問題など人間が直面する問題は開花する善意の中で解決可能なことを認識するだろう。分かち合いを通して、人間は自分たちが兄弟姉妹であることを認識するだろう。そして密接に協力する兄弟姉妹として行動し、この世界の変容の過程を始めるだろう。
(『覚者は語る 1』─人生の秘密─より)

前進するために、人は古きものに対して死なねばならない。いつの時代もそうであった。だから、我が友よ、この転換の時に、古き機構を放棄しなければならない。そしてただ同胞愛の中で、すべての人は分かち合わねばならない。
(『いのちの水を運ぶ者』第118信より)

人間が宇宙と自分自身をひとつとして見るとき、すべてが可能になります。すべてがそのことについてなのです。私たちは自分たち自身をひとつとして、宇宙と一体として見なければなりません。私たちと宇宙との間に何の違いもありません。私たちは地球上のすべてのいのちと、すべてのものと本質的に関連しているのです。私たちを構成する原子構造が宇宙全体に私たちが見ることのできるすべてを構成しており、唯一なる和合が存在するのみです。
ですから、和合へのこの願いが、グループに参加することが、グループの集合が、そして来るべき新しいアクエリアス(宝瓶宮)の時代におけるグループのこの真剣な努力こそが重要な仕事となるでしょう。重要な仕事で個人ベースで行われるものはないでしょう。グループ(集団)の時代です。その活動を世界全体が共に行い、地球という惑星の基本的和合を表現するようになるまで拡大していくでしょう。
(『協力の術』)

世界的相互依存というリアリティ(現実)がわれわれの認識の中で確立された事実となるだろう。そうなる時「すべての人間は兄弟姉妹である」という事実が制度機構や実際的活動計画の中にますます取り入れられて、この実体を反映するものとなるだろう。諸国家も同胞愛、共通の目標、共通の抱負を体験することができ、そうなるだろう。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』ーマイトレーヤの予報ーより)

今から数年後に振り返ってみるとき、人は、明らかな最も自然な行動、すなわち世界の資源の分かち合いを実施するのに、なぜあんなに長い間躊躇していたのか不思議がるだろう。新しい安定感と緊張の欠如、国際的な協力の容易さを心から体験してみて、人は自分たちがいかに自明のことに対して盲目であり、自分たち自身の最大の利益に対してあれほど頑迷で破壊的であり得たのか不思議がるだろう。
人類は今や全く新しい体験の瀬戸際に立っており、すべての惑星的な決定や行動がより良いもののためであり、人生を豊かに、神聖なものにし、同胞愛の絆を強めるものとして見られるであろう。それまで同胞愛の絆を彼らは無視して、ほとんど忘れていたのである。喜んで、人間は今や共通の善のために共に働くだろう。過去の憎しみと不信感はきっぱりと彼らの背後に置かれるだろう。
(『覚者は語る 2』ー人間が振り返ってみるときーより)

我が友よ、子供たちよ、わたしは、恐らくあなたがたが期待したよりもさらに時を早めてやってきた。しかしなすべきことは多い、世界には変化を必要とするものがあまりにも多い。多くの者が飢え死にし、多くの者が不必要に苦しんでいる。これらすべてを変えるためにわたしはやってきた。あなたがたに前進への道を示そう、もっと簡素で、健全な、より幸せな生活へ向かって、共に進む道を。人が人に、国が国に相対立することなく、兄弟同胞として、共に新しい御国へと前進しよう。
(『いのちの水を運ぶ者』第1信より)

来るべき時代にわれわれは意識の転換を行い、「霊的」という定義の中にわれわれの存在のすべての面を含めなければならない。われわれの機構のすべてが、人類の内的一体性に基づき、そしてその現実を反映するものでなければならない。魂としてわれわれは一つである。分離した個々の魂は存在しない。そのような内的神性が表現されることを可能にするような政治、経済、社会のシステムを、われわれはつくらねばならない。
(『マイトレーヤの使命 第1巻』)

新しい簡素さをキリストは人間に提供し、そして彼らはすべて兄弟同胞として分かち合うだろう。協力がこの簡素な生活の基調であり、資源の分かち合いが毎日のなすべき事項になるだろう。このようにして人間の神性は表され、このようにして大計画は人間を通して成し遂げられるだろう。
(『覚者は語る 1』ー新しい簡素さーより)

わたしに手伝わせてください。道を示させてください——誰も窮乏することのない、より簡素な生活に至る道を。そこでは、同じ日が二度と繰り返されることなく、同胞愛の喜びがすべての人間を通して顕されるのである。
(『いのちの水を運ぶ者』第3信より)

人類自身も一つであるという感じを抱き始めています。来たるべき時代には一つになるでしょう。進化における前進のための次のステップです。同胞愛というものは、持てるかもしれないし、持てないかもしれないというような単なる理想ではないのです。自然界の事実なのです。ただわれわれがそれを具現していないだけなのです。来たるべき時代には、この事実を具現することがわれわれの運命であり、神の意志であります。ハイアラキーのすべての活動と指導はこの目標に向かってなされるでしょう。これは正しい関係を通してのみ実現されるのです。
(『世界教師と覚者方の降臨』)

人の道とは、同胞愛であり、密接な協力と相互の信頼であり、奉仕であるということを示そう。これが唯一の道である。他はすべて失敗に終わった。我が友よ、もしこれをなさなければ、人間はこの地上に存続し得ないのである。脅しているのではない。真実を述べているに過ぎないのである。時間は残り少ない——自然とこの世界との間に均衡をとりもどす時間は。
神の子として、すべての者が兄弟同胞として、人間の尊厳をもって生きるための手段を全人類に伝えなさい。これをあなたの第一の仕事としなさい。世界の産物をすべての国々に譲り渡し、すべての人間に委託しなさい。自由な人間として、今日、これをなし、真なる神の子として、明日の栄光を刈り取りなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第12信より)

多くの者が自由を求めて闘うのだが、それを他の者に対しては否定する。自由そのものが、正義と同様に、分割できないものであることを忘れている。多くの者が自分自身が必要と感じるものに対する解決を求めるが、相互依存を通してのみ、すべての者の必要が満たされ得ることを忘れている。マイトレーヤの呼びかけが人間の耳に響くだろう——分かち合って世界を救いなさい、協力して真の自由を知りなさい。「あなたの兄弟の手をとって、彼をあなた自身として知りなさい」。そのようになるだろう。そのようにして、偉大なる主は世界にとって、古きものと新しきものの間で苦闘しながら呻いている世界にとって、非常に必要とされる変化を鼓舞するだろう。
(『覚者は語る 1』—変化の中にある世界—より)

今日の教育のほとんどは、ある意味では、職業教育です。人々は、外的な商業主義社会での生活を送るために、競争という鞭を当てられて装備を整えています。これは変わるでしょう。競争は協調に変わらなければなりません。とりわけ、競争というのは、人類の重要な表現——その一体性の表現、つまり一つのグループの一部分である意識の表現——との関わりにおいて、人類を拘束し引き戻す貪欲と恐怖の要素です。これは変わらなければなりません。これが変わると、魂の事実を人々は認識し、覚者方がそれを実証するでしょう。
(『光の勢力は集合する』)

我が愛しき子供たちよ、神を愛することと人を愛することは同じであることをあなたがたに示したい、兄弟たちを愛するとき、われわれは神の愛を顕すのである。あなたがたは、理屈としてはこれを知っている、しかし、親愛なる友よ、愛の実践こそが基本である。なぜなら愛によってのみ、この地球は支えられるのであるから。
(『いのちの水を運ぶ者』第38信より)

人間はまさに深淵なる真理の体験、彼ら自身の本質的『存在(Being)』についての認識を体験しようとしている。大多数の人々にとって、それは遠い過去の中に長い間失われていた(心の)状態に生まれ変わるような体験としてやって来るだろう。各人が、それぞれの方法で、あがなわれ、新たに再生し、浄化され、清められるのを感じるだろう。『同胞愛』の歓びと美が、彼らの『存在』を震わせるだろう。そして各人が己自身をあの美と愛の一部として見るだろう。
(『覚者は語る 2』—同胞愛—より)

マイトレーヤは、われわれが非常に高位のレベルから、物質主義の中にどっぷりと浸かったこのレベルにまで落ちてしまったことを示し、分かち合いの原則を受け入れて、ひとつの兄弟同胞感を表すことで、再び、競争ではなく一体性につながる霊的な道を歩むことができることを示してくださるだろう。新しい時代、統合の時代とはそのことである。統合とは分離分裂した様々な部分を共に引き寄せ、一体性を、和合をつくることを意味する。
(『人類の目覚め』)

わたしの使命は、すべての人間の裡に愛の原理を呼び起こすことであり、用意のできている者たちに、さらに高位の真理を示すことである。方法は単純である。すべてのための正義と自由を通して、その愛は表される。人間の同胞愛の顕現を通して、すべてのものの本源を識ることができる。速やかにこのことに気づき、人生の目的を理解し、あなたの兄弟たちに道を示すように。そのようにして、あなたがたは世界の変換の仕事に参加できるのである。
(『いのちの水を運ぶ者』第41信より)

マイトレーヤと覚者方の一団のインスピレーション(鼓舞)と導きのもとで、人間は、正しい決断を行う能力、大計画との関係の中で正しく行動する能力が増大することを知るだろう。これが必然的に同胞愛についての感覚の増大につながり、人間は共に行動することによってのみ前進があるという理解につながるだろう。
(『覚者は語る 1』ー同胞愛の夢ーより)

宝瓶宮のエネルギーの顕著な特質は統合であり、従ってその活動の結果は、現在の分裂した分離主義的人類を一つの総体に交じり合わせ、融合させるでしょう。現在の分離的感覚が、(天地万物との)新しい一体感に取って代わるでしょう。社会、政治の分野では、これは同胞愛、正義、分かち合いとして顕されるでしょう。今日の恐怖と混乱は、新しい自由と人生における意味と目的の意識に道を譲るでしょう。それは、人類が生得の神性を
——全体として初めて——実現し顕す時代でしょう。
(『マイトレーヤの使命 第1巻』)

民衆は恐れることなく、はっきりとした目で将来をのぞき、公平で、平和な世界を求める彼らの志向の実現の可能性を見た。これはひとりでに起こらないことを、兄弟姉妹たちと共に、実現するための力(パワー)を自分たちの手に握らなければならないことを、彼らは知っている。また彼らは、その道が困難であり、危険なことも知っているが、それを不成功に終わらせるにはあまりにも貴重な褒美である。なぜなら、それは同胞愛という褒美、正義、平和という褒美、そしてすべての人間にとって、より良い、より簡素な、より真の人生という褒美であるから。
(『覚者は語る 2』—民衆の声が将来を先導する—より)

わたしの覚者たちもあなたがたに仕え、真なる同胞愛と正義と調和のうちに共に生きることを教えるだろう。忘れるでない、我が友よ、あなたがたは一つであることを。すべての者の御父が、あなたがたを聖なるイメージに似せて創られたのであることを。あなたがたを通して父の聖なる愛と真の光が輝いていることを。
時は近づけり、我が友よ。真理の光があなたがたの周りすべてに輝き、人が兄弟を己の心に迎え入れ、己自身としてお互いを知るようになる時がやってくる。
(『いのちの水を運ぶ者』第51信より)

鼓舞と指導: 意識の移行──選集

Inspiration and guidance: a shift in consciousness – a compilation

「鼓舞(インスピレーション)と指導(ガイダンス)」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第㈵巻と第㈼巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

間もなく、新しいエネルギーがわれわれの生活の中に入り、人々を創造的行動へ鼓舞するだろう。新しい調和の取れた刺激が芸術および生きる技に与えられるだろう。以前には見られたことのない美が人間のあり方を変え、神の特性を照らし出すだろう。人は、今や啓示を受ける用意ができている。人の心(ハートとマインド)は用意ができており、未来に向けられている。そして人は、用意を整えたことによって喚起したあの栄光を待つ。
(『覚者は語る』第1巻、「生きる技」より)

わたしの教えは、単純なるも、本源へのまっすぐの径を示すであろう。そしてその輝ける径には、道をよく知っている歩哨や守護者がいる。覚者たちとわたしとが、その道をあなたがたに示すだろう、あなたがたは信頼のうちに神を見るであろう。わたしの道、真理と光と単純な同胞愛の道こそ、すべての人のための径である。あなたがた一人ひとりが、神への、この開かれた道を歩むことができる。そしてわたしの案内のもとに神を知る。
(『いのちの水を運ぶ者』第84信より)

アクエリアスのエネルギーの特質は統合です。それは人類を和合の体験へと融合するでしょう。マイトレーヤと覚者方のグループが私たちの中に肉体で実際に臨在するのですから、彼らの鼓舞と指導の下で、私たちの神聖な起源に値する文明を築くであろうことを私は疑いません──黄金の時代は築かれようとしているのです。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

あなたがたがわたしを見るとき、素朴なる神の男があなたがたの中に居ることを知るであろう。他の人間と変わらないような男であるが、長い長い間、ある特定の道を歩み、その道をよく知る者であり、それ故にあなたがたを導くことができる者である。その道は、我が友よ、わたしがあなたがたのために持っている宝である。この可能性に、あなたがたの心を目覚めさせ、目標に到達しなさい。道は単純であり、道は確かである。わたしの教えが、あなたがたをそこへ導くであろう。
(『いのちの水を運ぶ者』第93信より)

人類が助けを求める叫びを──より多くの光を、より多くの情報を、テクノロジーを、より一層の認識を、一言で言えば、人間自身の特性と目的を求める叫びを──発するや否や、それは与えられます。その叫びはハイアラキーによって聞かれ、そして言が鳴り響きます、「門を開けよ」──光と知識とインスピレーションとガイダンス(導き)の水門を開けよと。叫びに応えて、それらすべてが覚者方から注がれます。それが1875年に『秘密の教義』と『暴かれたイシス』の出版で起こったところのことです。それが大戦前に、アグニ・ヨガの教えとアリス・ベイリーの教えを通して起こったところのことです。新しい光と知識と認識が、それを吸収し、反応し、そして大計画に仕えるためにそれについて何かをなす用意のある者たちの探究心に富むマインドのために、提供されたのです。
(『大いなる接近』)

人間の意識の変化は遅々としていたことは確かですが、今日の人類大衆の一般的な意識を、中世期の時代と、またはパレスチナにおけるイエスの時代と比較してみれば、われわれが非常に前進したことに気付くと思います。過去200年の間に、世界的な教育と通信の普及が人類を変容させ、今、訪れなければならない変化のために人類を準備させました。また、人間の性質を改善するためにマイトレーヤが携えてこられるのは、単なる「宗教的」プログラムだけではありません。われわれの生活のすべての面──政治、経済、宗教、社会──に呼び掛ける霊的インスピレーションです。何にもまして、来るべき時代には、偉大なる模範であるマイトレーヤと覚者方が公に我々の中に住み、すべての者が各人の最高の志向と可能性に到達するように鼓舞し、導き、刺激されるでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第1巻』)

多くの者が、もうすぐわたしを見、わたしの言に耳を傾け、わたしの先導に従う。あなたがたは、まっさきにこれをなす者たちの中にいるように、そうすることでわたしの共働者となれるのだ。そのような者たちをわたしは非常に必要とする。この世界の復興を願うわたしの望みを分かち合う者は大勢いる。その人々を探して、一緒に働きなさい。共に光の要塞を築き、兄弟たちのために道を照らしなさい。じっと座していることなく行動しなさい、そして真理の時を復興しなさい。わたしの覚者たちがあなたがたのために道を指し示すだろう、彼らの指導のもとに、大きな成果をあげることができよう。
(『いのちの水を運ぶ者』第33信より)

間もなく、人間は独りではないことが明らかになるだろう。人類が、彼らよりも先に歩み、人間がついて来られるようにその経路を精密に示してくれた者たちの指導を受けられなかった時は、その長い歴史の中で一度もなかった。今また、螺旋曲線が回るにつれて、わたしたちは再びあなた方の中に位置を占め、わたしたちが達成してきたことの恩恵をあなた方に提供する。わたしたちを、あなた方を助けたいと思っている兄たちとして考えなさい。未来への案内人として見なしなさい。なぜならわたしたちはその道をよく知る者であるから。わたしたち同砲団(ブラザーフッド)が背後にいるので、あなた方は失敗することはあり得ない。わたしたちのインスピレーション(鼓舞)はあなた方のものである。そしてその力の源から、あなた方の夢をかなえる知識と力(パワー)が流れ出る。
これまでわたしたちの指導は、いのちの内的次元に限られていたので進歩は当然遅々としていた。これからは、わたしたちがあなた方の直中に住むことによって、変化の新しいダイナミックなリズムが顕れて、新しい文明の創造を速めるだろう。わたしたちの任務はあなた方に可能性を示し、そのようにしてあなた方があなた方の潜在力を実現するのを助けることである。
明らかに、将来の進歩はすべて、人類がわたしたちの刺激にどれだけ応えられるかにかかっている。人間自身によって、道の各ステップが踏まれねばならず、新しい機構を築く石は一つ一つ敷かれねばならない。そのようにしてのみ、あなた方は成長し、あなた方の完全な力量を達成するだろう。あなた方がこの目標に到達することを、わたしたちは疑わない。達成するタイミングのみがあなた方の手中にある。新しい時代が明けるにつれて、神性を達成し、神の大計画を成就するというこの目標を、あなた方の目の前に掲げておきなさい。
(『覚者は語る』第1巻、「覚者たちは落胆していない」より)

新しい時代、「光の時代」は、われわれの頭上にある。そしてこの来るべき時に、人間は、彼らの祖先が持ち得なかった、あるいは無視したインスピレーション(鼓舞)と導きを見つけるだろう。今やついに、人間とハイアラキーの覚者たちは、兄弟同胞愛と信頼という共通の絆で結ばれて、一緒に働き、前進するだろう。わたしたちの示す模範によって、人間は鼓舞され、超人間的な努力で達成をなし遂げ、光がすべての者の心(ハートとマインド)にもたらされるだろう。そのようになるだろう。そのようにして、創造の偉大なる秘密は明かされるだろう。そのようにして人間は創造者となり、自分自身の運命の調整者となり、「神のような存在」となり、「人間」の名にふさわしい存在となるだろう。
(『覚者は語る』第1巻、「光の時代」より)

前方の道を見、真理の光を人の前に掲げ、分かち合い、愛し、いつくしみ、信頼することを教えている者が、現在、大勢いる。多くの者がこの神の様相に目覚め、世界の再構成を呼びかけている。わたしの力が彼らの背後にある。わたしの愛が彼らを鼓舞する。わたしの意志が彼らを導く。このようにして、わたしはあなたがたを新しい時代に導く。
(『いのちの水を運ぶ者』第137信より)

個人は、それが誰であろうと、重要ではないことを覚えておきなさい。個人よりもグループのほうが大切です。そして全体としてのグループのほうが個々のグループよりも大切です。そしていかなる個人よりも、いかなるグループよりも重要なものは大計画であり、すべてのグループがそのために働いています。
その計画はマイトレーヤと覚者方が世界に戻って来られることを含み、人類を通して新しい文明を創っていくための彼らのインスピレーションを含みます。自分がどこに位置し、自分が誰であるか、そして自分がなすことを評価するとき、これをいつも尺度とするならば、あまり大きく間違うことはないでしょう。そうすると、あなたは大計画そのものの方向に向かって働きます。マイトレーヤの助けを喚起しなさい。あなたの仕事にマイトレーヤのインスピレーションと導きを呼びかけなさい。彼は言われています。「わたしの助けはいつでもあなたがたの意のままである。ただ求めればよいのである」
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

マイトレーヤと覚者たちの一団のインスピレーション(鼓舞)と導きのもとで、人間は、正しい決断を行う能力、大計画との関係の中で正しく行動する能力が増大することを知るだろう。これが必然的に同胞愛についての感覚の増大につながり、人間は共に行動することによってのみ前進があるという理解につながるだろう。
(『覚者は語る』第1巻、「同胞愛の夢」より)

わたしの任務は単純である。あなたがたに道を示すことである。我が友よ、あなたがたは困難な仕事をなさねばならない、新しい世界を、新しい国を、新しい真理を築きあげる仕事を。しかし我らは共に勝利するであろう。
この道を知っており、かつてこの同じ道を歩んだ者たちが、それゆえに、助け導くことの出来る者たちが、あなたがたの中に居るのである。わたしの弟たち、知恵の覚者たちは、あなたがたの友であり案内者である。彼らはあなたがたの中に住み、あなたがたに仕え、あなたがたが偉大にして勇敢なる行動をなすように鼓舞するだろう。そして、彼らは、貴重な贈物をあなたがたの足下に置く、知恵と愛の贈物を。
(『いのちの水を運ぶ者』第15信より)

マイトレーヤが世界から飢餓を追い払うのではなく、私たち自身でそうするよう私たちを鼓舞するでしょう。マイトレーヤは、私たちがキリスト意識と呼ぶもの──愛のエネルギー ──を体現しています。このエネルギーが私たちを通して顕現するとき、それは世界を変えるでしょう。マイトレーヤは世界に正義を──それゆえに平和を──創造するために、私たちの心(ハート)の変化を鼓舞するでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

マイトレーヤが世界の前に姿を現すとき、新しい時代の始まりを布告するであろう。来るべき時代に人間は、いま転生している者には夢見ることもできないような高みに上昇するだろう。新しい教えは新しい知識を生み、新しいインスピレーションは新しい啓発を生む。そしてすべてが秩序正しく、順を追って起こるだろう。希望は確かなものとなり、恐怖は信に、無知は智恵に道を譲るだろう。
人間が己の存在の事実、すなわち三重の特性、物質界への誕生の繰り返し、偉大で公正なカルマ(因果)の法則とその働きによって人間の生と死が進行するということ、これらの事実を把握するとき、人間は「存在(Being)」の状態の中に入るだろう、その中ではすべてが可能となる。その時、すべての人間の裡に潜む力(パワー)が発揮されるだろう。それが明らかにされるとき、人間の聖なる起源が実際に顕されるだろう。人間は神である。ただそれを知りさえすればよいのである。無知のみが人間を盲目の中に迷わせており、それゆえに自分たちの栄光を知り得ない。
(『覚者は語る』第1巻、「来るべき時」より)

ハイアラキーの目標は人類を鼓舞することであり、いかなる種類の組織も政府も経済制度もつくらないでしょう。それは私たち人類次第です。彼らは助言し、導くでしょう。彼らの弟子たちの中には、最高の結果をもたらす最善の方法を教えられた人々がいます。そして通常の民主的な過程を通して、これらの人々は権威と力の地位に選ばれるでしょう。ですから変化は人類を通して起こるでしょう。しかしもともとの概念は、これらの弟子たちを通して、ハイアラキーから来たものでしょう。このようにして、人類の自由意志は侵されないでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

わたしの準備はよくなされている。わたしの奉仕者たちは用意が整っている。わたしの真理が人の中に新しい光を燃やす。わたしのねらいは確実である。わたしの心は愉快である。わたしの覚者たちは陽気に働く。わたしの指導をあなたがたはいつでも求めることができる。
我が友よ、わたしの手を取りなさい、川の向こう岸にお連れしよう。狭い橋を渡るのを手伝おう、向こう岸にある美を見せてあげよう。その美は、我が友よ、あなたがたの真我である。我が友よ、あなたがたを援助させてください。そして共にこの世を変換しよう。
(『いのちの水を運ぶ者』第130信より)

弟子道——選集

The Path of Discipleship ── a compilation

「弟子道」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』 ㈵ と ㈼ )、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

わたしの覚者たちはいのちの規律を、あなたがたに教えるであろう。わたし自身は人類を招くあのより高度の光を、あなたがたに見せるであろう。わたしの教えは二重である。一つは、人間の物質面にかかわることであり、人生の必要事項である。もう一つは、我々が神と呼ぶあの聖なる存在と人間との関係についてである。わたしの言語の中では、これらは同じものである。なぜなら人間同士が正しい関係を築いてこそ、神との正しい関係を築くことができるのであるから。わたしの計画は、これをあなたがたに示し、人が己自身の裡に、分かち合い、愛し、信頼する能力を見いだす時、その瞬間から神へ向かう登り道が始まることを教えることである。(『いのちの水を運ぶ者」メッセージ第29信より)

今日、進化の道をより速く進みたい者のために、これまでかつてなかったほどに、奉仕して成長するユニークな機会が提供されている。変換の仕事を引き受け、大計画と世界に仕えることによって、彼らは新しい霊的進歩の基準を設定し、そして全体としての人類のためにそのプロセスを速めることができる。これが今の時のチャレンジ(挑戦)である。今日の弟子たちは、後に続く者すべてのために進化の過程を速める機会を持つ。このようにして最も強力なかたちでロゴスの大計画に仕えるのである。奉仕して成長しなさい。奉仕して成長しなさい。これが進化の旅路における前進のカギである。(『覚者は語る 1』─新しい時代の夜明け─より)

[恐怖心なしに子供を育てることについて]……自分自身であるということは、自分自身の存在感(実在)を経験することです。もしあなたがそのような空間を与えてあげれば、子供は自分自身を真我として絶えず認識しながら、その経験の中で成長するでしょう。もちろん、それは非常に難しいことです。なぜなら、私たちはみな条件づけられているからです。両親によって条件づけられ、私たちの両親はまた彼らの両親によって条件づけられてきました。何百万年もそのように続いてきました。自分自身の恐怖心を子供に投射しないのは非常に難しいのです。近道はありません。私がこうしなさいと言えるような容易なものではありません。一つには常識です。絶えず監視することが必要です。もしあなたが自分の注目を真我に集中させることができれば、すなわち実際にあなた自身の同一化(アイデンティフィケーション)を真我に移転することができれば、そうすれば当然、あなたのグラマーや恐怖心を子供に投射することはないでしょう。子供を害しないためにはあなたが変わらなければなりません。難しいです。難しくなければ、私たちはここにいないでしょう。言うは易いが、行うことは非常に難しいのです。非常な修練が必要です。しかし、だからこそあなたは弟子(ディサイプル disciple)と呼ばれるのです。弟子(ディサイプル)とは人生の修練(ディシプリン discipline)を受け入れる者のことです。自己(真我)認識につながる修練を築き上げなければなりません。方法は自分自身の欲望に対して死ぬことです。ほとんどの人にとって、それを達成する経路は自己犠牲を通してです。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

弟子とは進化の旅路を意識的に辿っている人のことを指します。人類すべてが進化しているということは言うまでもありません。初期の動物人間から今日の我々の段階まで進化したのです。数え切れない永劫の間、多かれ少なかれ無意識のうちに、その過程は進行してきました。個々の魂は、進化そのものの磁力によって進化の中に押し流されて、繰り返し、繰り返し転生してきました。他方、弟子は、非常に特定の目標につながるこの過程の中で非常に意識的な役割を受け持ちます。人類大衆は終点が、目標が──少なくともこの惑星に関連する限り──あるということすら実際に知りません。弟子とは、目標があることを知り、非常に意識的方法で自分の進化をさらに進めようと努力する者であります。その目標とは、もちろん完全の域に達すること、つまりこの惑星に転生してくる必要性からの解放です。弟子はその目標に到達するために、喜んで、意識的に必要な規律に服従します──弟子(Disciple)とは規律のとれた(Discip-lined)者という意味なのですから。(ベンジャミン・クレーム『伝導瞑想──21世紀のヨガ』)

完全に到達する道はたくさんある。しかし単純な道が最良である。わたしの道が、愛の道が、人間を最も速やかに本源なる神に至らしめる。もしあなたがこれを見ることができれば、間違うことのない、真なる道を進むだろう。これはすべての人間にとってそうである。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第58信より)

人間が彼らの世界をつくり出し、正しい人間関係を確立するために取るステップの一つ一つが、彼らを完成に導く旅路における前進のステップであることを、マイトレーヤは人間に示されるだろう。そして弟子たちにとっての内的なステップは、いまだイニシエーションの過程に従事していない人間の外的なステップによって調和されなければならないことを、すべてが相互に関連しており、統合された全体であることを、示されるだろう。一歩一歩、人は各々のペースで自分の行路を歩む。一歩一歩、人は無知から知識へ、不正義から正義へ、隷属から自由へと動く。(『覚者は語る 2』─ 一歩一歩─より)

わたしの計画は、あなたがたの真なる姿をあなたがたの裡に気づかせ、あなたがたが神御自身そのものから出でた者であり、その聖なる本源へ戻らねばならないことを示すことである。わたしの任務は、その行程を、正当なる嗣業に辿りつくためのあの長い道程を、楽にしてあげることである。わたしたちがお互いに兄弟として出会うときに、我が友よ、あなたがたはわたしの中に、その道をよく知っている案内人を、教師を、見るであろう。なぜならわたし自身ずっと昔にその同じ道程を辿り、その道の道標をよく知っている者である。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第66信より)

すでに授けられた教えを使いなさい、それを実践しなさい、そうすれば自分が期待した最高の速度よりも速い速度で向上するでしょう。あなたがそうするとき、教えをそのように実践するとき、それはあなた自身のものになり、もはや抽象的な教えではなくなります。もはやアカデミックな主題ではなくなります。それはあなたのものになります。あなたが道になります。あなたが弟子道の必要条件を実践していくにつれて、道はあなたの前に開けていきます。道はあっちにあるのでもこっちにあるのでもなく、またあの本やあのテクニックの中にあるのでもありません。それはあなたの意識の中から開かれてくるものです。すべての者にとって道はそれぞれにユニークです。もちろん、不変の基本的な根本条件があり、それは神性の特性そのものです。ディサイプルの道はイニシエーションにつながり、イニシエーションの道は覚者道につながり、それは神への道であることを覚えておきなさい。己の神性が花開いていく道であります。このことを忘れるべきではありません。ほとんどの人がそのことを忘れがちです。それが彼らの人生にとっての枝葉になっております。ということは、自分の本質が自分の人生にとって枝葉であると言うようなものです。私のいのちの本質は、私にとって枝葉であると言うようなものです。しかし、私が私のいのちなのです。そうでなければ私は無です。あなた自身のいのちと神性の表現に向かうあの動きが、どうして日常生活の付随的なものであり得ましょうか。あなたはそれを自分の天職にしなければなりません。もしあなたがディサイプル(ハイアラキーの弟子)になりたければ、感激で燃えなければなりません。歓喜の状態で、固い決意で、イニシエーションの門につながる道をたどっているという高い期待の状態で進まなければなりません。そうでなければ、あなたの行動は非常に生ぬるくて、今のこの転生で達成できるはずの段階にまでたどり着くのに、次の50回の転生が必要かもしれません。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

神に到達する道はたくさんある。しかし、もっとも速く確実なのは奉仕の道である。これほど神の特性を十分に宿す道は他にない。この道の上にあなたの位置を占め、あなたの魂の指図を遂行しなさい。あなたの心(ハート)の命令に従い、世界の必要に目覚めなさい。奉仕の道に入り、大計画の中におけるあなたの位置を受け入れなさい。そして神への道にしっかりと足を踏みしめなさい。(『覚者は語る 1』─勝利は保証されている─より)

あなたがたに新しい生き方を見せてあげたい、人間に生来そなわる同胞愛に基づく生き方を、愛し、分かち合う能力と、人間の本質的な神性に基づいた生き方を。聖なる人間になる過程は、単純で自然なものであり、すべての人間に開かれている。それは、あなたがたの裡にはじめから宿るあの神を解き放つ過程である。わたしは約束しよう──もしあなたがたがわたしに従いて新しい時代に前進するならば、あなたがたの裡に宿る聖なる本質を解き放ってあげよう。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第28信より)

理由なくして、「生徒の用意ができたときに師はやって来る」と言われてきたのではない。このことは個人におけると同じく、集団の規模においても真実である。今日、生徒としての人類は、試され、試練を通過した世界の弟子としての人類は、新しい人生に、人類種族への奉仕の人生に入る用意がある。現在起こっている意識の転換によって、彼らは自分たちの分離感は幻覚であり、すべての被造物の中で総体とつながっていないものは何も存在しないことを悟るだろう。この発達しはじめた認識と変化を受け入れる用意が、大教師と教師たち(覚者たち)を呼び招いたのである──わたしたちは教師である。(『覚者は語る 1』─新しい光、新しい理解─より)

であるから、未来への前進を、そしてあらゆる国々の民の間の正しい関係の確立を阻むことのできるものは何もない。そうして、人間を彼らの予め運命づけられた完成への道へ復帰させるための一つの計画が展開するだろう──大胆でしかも単純、複雑でしかも明確、古来のものでしかも輝かしく現代的である。このまったく同じ道をたどってきた者たちの多くが今あなた方の中にあり、法の許す限界まで援助し、そして導く用意が整っている。わたしたちはあなた方の問題や恐怖をよく知っており、慰め、鼓舞することを求める。人々がわたしたちを見るとき、人間のあらゆる苦悩や痛み、屈辱や歓びをも知り、しかも途上にあるこれらの繰り返し現れる障害物を乗り越えるのに成功してきた者たちを見るだろう。彼らは人間が同等の達成を成すことを保証する者たちである。(『覚者は語る 1』─世紀の終わり─より)

弟子道とは、ディサイプル(ハイアラキーの弟子)としての生き方に専心することを意味するのであり、それは平均的な人間の生き方と明確に異なります。弟子は世界の中に生きており、世界の一部であり、世界と完全に同一認し、そして世界に仕える者でありますが、しかし不思議にも彼は世界から隔離されています。日常の生活の大渦巻きの真直中にあって隔離されているという特異な位置におります。しかも弟子は、世の中の苦悩や苦痛を他の人々よりも一層強く感じます。誰もが世界の苦難や痛み──何百万人もの飢えた人々や、貧困や、地震や、人類を襲うひどい病気など──を見ることができます。誰もがそれに心を動かされます。しかし弟子は、非常にしばしば他の人々よりもずっと明確にそれを見るのです。そしてその苦難に対してより敏感です。なぜなら、弟子は自分が肉体をもって転生している魂であることを認識しており、世に奉仕し苦悩を緩和する決意を持つので、大多数の人間よりも一層強くそれを感じます。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

弟子は、何にも増して、勇気と着実性と忍耐と「そこに留まる」ことのできる能力を持たなければなりません。そして私たちの裡にある最高のものを引き出すために自分の前に置かれた困難から逃避してはいけません。人生において様々な困難に出会うのは、私たちがそれらを克服していくときに進歩があるように魂が整えるからです。進化の旅路において前進へのステップを踏むことになるからです。弟子はまた謙虚さと飾り気のなさが必要です。そして何にも増して、低位の特性を高位の特性のために放棄する能力を必要とします。(ベンジャミン・クレーム『協力の術』)

わたしの使命は、あなたがたに神への道を示し、本源への単純なる道を示すことである。多くの者にとっては、その道は終わることのない困難に満ちたものに思えることを、わたしは知っている。まことに、我が友よ、そうではないのである。その道に入り進むにつれて、わたしたち自身がそれを規定するのである。わたしたちが道であるとき、道はわたしたちの前に、法に基づいて開かれていく。非常に単純なのが神への道である。非常に単純なのがその上のステップである。そしてその聖なる道には多くの手伝人や案内人が居る。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第126信より)

三つの非常に重要な原則が弟子の進化を支配する。それは不動性(ぐらつくことなく、決して後戻りすることなく、大計画に、そして弟子としての誓願に完全に不動の姿勢を保つこと)と奉仕と自己犠牲である。これらが支配的原理である。もちろんこれらは関連しあっている。時々思い出したように奉仕することはできない。……弟子は少しでも前進するためには不動性を示さなければならない。もしそれをしなければ、弟子にはなれない。単に奉仕することを欲するだけではなく、実際に奉仕しなければならない。そうでなければ何の進歩もできない。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命  第1巻』)

ディサイプルには二重の責任があります。彼らは普通の人間としての責任を持つほかに、さらに余分の責任があります。なぜなら彼らは、真理のある側面を知っているからです。彼らは世界に存在する状況を変えるために何かをすることを自分自身に課しているのであり、そして大計画と共により賢明に働けるように自分自身の特性を変えることを決意しているのです。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

自分がディサイプルであることを知るとき、弟子道の必要条件を自分自身の中に意識的に積み上げることができるなら、どれだけ余計にできるでしょうか。平均的なディサイプルの生活の中に欠けるものは使命感です。ディサイプル(ハイアラキーの弟子)としての天職という意識です。ある意味で弟子道というのは天職です。あなたはそれに召されたのです。神に召されたのではなくて、あなた自身の魂にです。あなた自身の魂があなたをディサイプルにするのです。あなたが自分の魂との接触をつけるや否や、あなたはディサイプルなのです。そして魂があなたを先へと押しやるのです。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

人間一人ひとりが燈台であり、その灯を同胞のために遠くまで照らすのである。あなたのランプの灯を明るくともし、輝かし、道を示しなさい。一人ひとり、すべてが必要である。この世界を救済し、復旧するためのこの偉大な計画に参加するのに、小さすぎる者も、若すぎる者もいない。これをなす決意をしなさい、そしてわたしの援助があることを確信しなさい。如何にして始めるか、あなた自身を、あなたのすべてを、世のために、あらゆる所にいるあなたの兄弟姉妹たちのために、捧げることから始めなさい。一日たりとも真の奉仕の行為をなさずに過ごすことのないようにしなさい。そしてわたしの援助があなたに与えられることを確信しなさい。奉仕の道こそ、真なる人としての唯一の道である、なぜなら、この道は神につながる道であるから。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第13信より)

賢明なリズムを培いなさい。それが奉仕の自然な拡大を可能にするだろう。時々思い出したように奉仕をすることを慎みなさい。なぜならそのようなやり方では、勢いはみな失われてしまう。あなたは大計画に奉仕するためにここに存在するのだということを覚えておきなさい。あなたは気づかないだけであって、それがあなたの魂の願いである。あなたが自分の魂との接触をつけていくにつれて、経験の客観化が起こりはじめる。魂は好みも欲望も持たない。その目的と一致調和するものとだけ交わる。その目的とは、進化の大計画に最大限に仕えることである。(『覚者は語る 1』─奉仕への召集─より)

どれを最優先すべきかを認識し、あるいはいずれも重要なことの中から、さらにどちらかを選ばなければなりません。人類の真の奉仕者は(すなわち単に奉仕したいと願うだけでなく、実際に奉仕する者は)、意識しようがしまいが、ハイアラキーの弟子たちであり、そして弟子は自分自身とか家族とか友達に属する存在ではなく世界に属するということを覚えておくことは役に立つでしょう。しかしながら、真の弟子は物事の釣り合いの感覚を持ち、強い義務感と多くの責任を受け入れる能力を持つでしょう。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第1巻』)

山の麓にいると、我が兄弟たちよ、登りは実に険しいように見える。しかし最初のステップを踏み出すと、前進は速く、頂上近くに至ると、あなたは羽の生えた足を持つようになる、そしてその高所から神の栄光を見る。必ずそうなることを、我が友よ兄弟よ、わたし、マイトレーヤは約束する。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第89信より)

前方に横たわる仕事は明確である。魂の窓を開き、魂の光があなた方の生活を輝かせるようにしなさい。覚醒した直観を通して、魂の知識と目的が表明されるようにしなさい。慈悲の意味を知り、その愛を広範囲に広めなさい。魂の叡知ですべてのイリュージョン(錯覚)を消散して、兄弟同胞のために光となりなさい。これが光の道を歩む者すべての務めである。(『覚者は語る 1』─理性と直観─より)

ディサイプル(ハイアラキーの弟子)が、あるいはディサイプルになる志向を持つ者がまず最初に認めなければならないことは、自分は普通の人間であるが誓いを立てた者であり、自分自身の進化の状況を自分自身の手のうちに握った者であるということです。ディサイプルは魂と共に働き、その目的を遂行することを学んでいます。その魂の目的とは、他にどのような目的があろうと、まず「犠牲の法」によって導かれており、ディサイプル自身が直観的に知り得る範囲内で進化の大計画と共に働くことであり、そしてそれを自分の人生の中で実践していくことであります。彼の意識の中では大計画のほんの基本的なことしか実感を伴わないかもしれないが、それらの側面が実感される限り、それを自分の人生の中で実践していく甲斐があるのです。しかし実際にそれを実行することは非常に稀であります。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

瞑想は魂との接触への王道であるが、いったんこれが達成されたら、真の志向者が弟子道へと進む道は奉仕の生活をも共に受け入れることである。内的焦点と外的焦点との均衡が保たれなければならない、そして最も低い弟子からキリスト御自身、そしてさらにその上位のすべての真なる神の子たちを招く無限の道、奉仕の道の上の歩みが始まるのである。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第1巻』)

帰還の道は、今あるがままのこと(WHAT IS)についての意識、そしてそうあるかもしれないところのこと(WHAT MIGHT BE)についての意識が、進化しつつある個人としての探求者に知られるようになっていく道であります。 言い換えれば、あなたが探求するにつれて、志向するにつれて、自分の前に、ジュワル・クール覚者の言葉によれば「蜘蛛が自分自身の存在の裡から絹のような糸を創る」ように、それと全く同じように帰還の道を、まだ敷かれていない道を創っていくのです。それは全体に対する己の関係を構成するところのものについての認識の増大です。それによって私たちが自分たちと全体との、大宇宙との連結性についての認識と経験をますます深めていく手段であります。(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第3巻』)

神への道は非常に単純であることを告げるために再びやってきた。わたしの道が、愛の道が、最短コースである。還りの径は喜びの径である。この喜びを知り、神に還りなさい。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第139信より)

新しいテクノロジー —— 選集

New technologies ── a compilation

「新しいテクノロジー」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第1巻と第2巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

「新しいテクノロジー」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第(Ⅰ)巻と第(Ⅱ)巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

この来るべき時代は「光の時代」として知られるだろう。そしてあらゆる意味と顕現を含めた「光」が人間の起源となるだろう。見る目のある者にとって、人間が「光の部屋」に通じる扉を叩き始めている徴はすでに見えている。人間が、新しい洞察とテクノロジー(科学工業技術)が意味するものに取り組むにつれて、古くからの闇と無知は消え去っていく。間もなく、「光の科学」が、「聖なる科学」が、人間の驚嘆した凝視の中に明かされるだろう。そうして人間の進化の旅路における一つの重要な目標が達成されるだろう。(『覚者は語る 第1巻』ー光の時代ーより)

この惑星の周り、いやすべての惑星の周りには磁場があります。互いに交差するフォース(エネルギー)のラインからなっています。それが何度も交差するところに渦ができます。それはチャクラのようであり、パワーの渦です。宇宙人がこれらのパワーの渦を物質界につくっているのです。ミステリーサークルは実際、その渦の外的なしるしであり、しかしそのような渦は至るところにあるのです。この惑星の磁場の複製が物質世界のあらゆるところに置かれています。それは惑星自体の磁場ほど巨大で強力ではありませんが、光のテクノロジーの基礎となるには十分なだけ強力で広範囲にわたっています。その光は直接太陽からきて、磁場の磁力と融合されるでしょう。それが人類に必要なあらゆる形のエネルギー(動力)を提供するでしょう。太陽からの光と惑星の磁場の磁力を使った光のテクノロジーによって、すべての機械的なもの、熱、光、交通手段、料理、機械類に必要な動力が提供されるでしょう。(『光の勢力は集合する』より)

太陽エネルギー ──これが新しい時代のエネルギーである──核エネルギーの必要はないだろう。太陽の力が加熱や交通や自動車産業に利用されるだろう。現在、「宇宙の兄弟たち」が技術者たちに太陽エネルギーを貯蔵する方法を教えている。(『いのちの法則』より)ますますロボットが人間に取って代わる。作業のスピードと正確な繰り返し作業において、人間は現在使われている精密な機械の比較にならない。これはそうであるべきである。長い間の見習い修業と訓練を通して勝ち得た人間の技術の喪失を嘆く者は多い。しかし、人間はより高度の、より価値ある達成のために生まれている。なにゆえ、人は単なる機械と競争する必要があろうか。人間は神へと進化しつつある存在であり、人間の創造的可能性を限定するのは愚かなことであろう。(『覚者は語る 第1巻』ー余暇が鍵であるーより)

光のテクノロジーが 21世紀のわれわれすべての必要を満たしてくれる。これを維持するために巨額の予算は必要とされないだろう。なぜなら、それは自己の欲望を満たすために何十億ポンドもの利益を求めることを望まない知識人によって創案され、コントロールされるからである。それはひとたび建設されれば2,500年間持続できるだろう。次の進化の周期まで長持ちするだろう。環境とエネルギーが新しい時代の最優先事項となるだろう。一番最後が防衛である。なぜなら防衛するものは何もなくなるだろうから。(『いのちの法則』より)

宇宙の兄弟たちは、光の科学という彼らの知識を惜しまずに与えてくれます。この知識は新しい科学であり、すべての必要に対して尽きることのないエネルギーを与えてくれるでしょう。彼らはその科学を持っています。私たちが、共に、正義を伴った平和と分かち合いと正しい関係性の中に生きることができ、戦争を永久に放棄するや否や、その科学を私たちは自由に用いることができるでしょう。そうなるとき、彼らは本当に私たちの同胞であることを知るでしょう。(『光の勢力は集合する』より)

わたしの計画は速やかに進み、人類を活気づかせる。今日、世界中どこを見回しても、変化が起こっている。上部から下部まで、古き腐った秩序の綾はほころびている。わたしたちは、これを見て大いに満足することができる。この過程において痛みはあるけれども、新しいより良い世界が出現するのであるから。だから、我が友よ、この事実に励まされて、希望を持って未来を見つめなさい。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第130信より)

核エネルギーの果たす役割はあります。しかし、今日のようなタイプではありません。それは、非常に危険です。近い将来は、原子核の融合のプロセスを利用したものが開発されます。それはこの国(イギリス)でも、アメリカやその他の国でも探求され始めています。水の同位元素から引き出される原子核エネルギーの形態を使用するでしょう。安全であり、世界の海や川の水分に豊富に存在します。核融合は、熱を使うのではなく、冷却プロセスであり、……非常に近い将来、……この方法が使われるようになるでしょう。……これが、この惑星のエネルギーの需要をすべて満たします──世界中のすべての村に、すべての町に、すべての都市に。結果を想像することができますか。人類は、その他の形態のエネルギー源(すなわち、ある国々には豊かにあり、ある国々には少ないエネルギー源)を使う必要がなくなり、人間を、骨折り仕事から解放するでしょう。(『世界教師と覚者方の降臨』より)

防衛はもはや国家の優先事ではなくなるだろう。さらに、新しい光のテクノロジーが、現在の武器をもはや時代遅れのものにするだろう。光のテクノロジーを使えば、地球という惑星上の一本の針の位置をも厳密に判定することが可能である。光は、われわれが“作る”エネルギーではない。単にそれを利用するにすぎない。さらに加えて、安価なエネルギー源が発見されるだろう。これが多くの国家の窮状を緩和するだろう。(1989年4月)(『いのちの法則』より)

マイクロ・テクノロジーの到来と共に、既に大きな変化が産業国に起こりつつある。ますます高度に発達した機械が生産手段を支配するだろう。今日の失業問題は余暇の問題に代わるだろう。正しい、そして最大限の余暇の利用についての教育が最も重要になるだろう。やがて文明のすべての加工品は機械によって作られ、人間を己の真の特質と目的の探求のために解放する。やがてこれらの機械が人間の創造的意志の行為によって作られる時がやって来るだろう。我々は人間のマインド(識心)の可能性のほんの表面にしか未だ触れていないのである。(『マイトレーヤの使命 第1巻』より)

医者たちがこのテクノロジーを治療に使う訓練を受けるようになると、もはや薬物や手術は必要なくなるだろう。ソ連と米国の科学者はすでに遺伝子工学で実験を行っており、これがさらに開発され、やがて遺伝子情報を、手術を行わずに病んだ器官に伝達し、それを活気づけることができるようになる時がやって来るだろう。やがて、最も深刻な状態でさえも数時間でこの治療を行うことができるようになると、そんなに多くの病院は必要なくなるだろう。(1989年6月)(『いのちの法則』より)

新しい技術は汚染を軽減するもっと洗練された公共交通機関の開発につながるだろう。それは静かで見たところ動きがなく、ほとんど振動しないだろう。旅行疲れはなくなるだろう。それは大量の人間を国家間、都市間で輸送する理想的な交通手段となるだろう。(『マイトレーヤの使命 第3巻』より)

人類はいつもながら独りではない。そして、エネルギーを発生させるための新しい、きれいな、安全な様式に関する知識を人間に解き放つステップが取られた。まったく新しいテクノロジーが日常生活を変容させるだろう。そして人間は、己の真の存在と目的を探求するための時間と刺激を得るだろう。そのようにして支度を整えて、人間は自然との調和のうちに働くことを学び、人間が欲するものあるいは必要とし得るものすべてを満たす溢れるばかりの豊穣の角を、自然からうまく引き出すだろう。(『覚者は語る 第㈵巻』ー責任に目覚めてーより)

私たちが話しているのは、ただコンピューターを操作するだけでその分野にいる人々に閃きを与えることのできる有益な知識、蓄積された諸発見、テクノロジー、諸科学の貯蔵庫のことです。彼らは本を買う必要はありません。自分たちの知識に欠落している部分を誰か他の人が見つけてくれることに希望を託す必要もありません。そこにあるでしょうから。私たちがこの知識体系を分かち合うとき、それに利用価値があると思う人誰でもそれを入手できるとき、発見や科学や技術の全過程が驚くほど早まるでしょう。(『マイトレーヤの使命 第3巻』より)

わたしは、あなたがたを新しい御国へ連れていく。わたしの周りに陣営を固め、あなたがたを待っているあの栄光を示させてください。未来の時の骨組は、今築かれている。未来の青写真は、より明確になってくる。あの未来にあなたがたをお連れしよう。そしてあの機構の輝ける光の中に包まれなさい。わたしの祝福はあなたがたすべてと共にある。(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第48信より)

新しい時代の生活
──覚者よりベンジャミン・クレーム筆記シェア・インターナショナル誌1983年2月号
未来の生活について書かれたものは多い。たくさんの架空物語(フィクション)が空想的な人類の生活の未来図を描くことに専念している。これらの書き物はほとんど例外なしに、テクノロジー(科学技術)と科学的に組織されたシステムに支配された生活と環境を描く。寒々とした機械的な未来図が提供されており、読者が、そのような味気ない展望より、むしろ不確かで危険に満ちたものであっても現在の方を好んだとしても無理はないだろう。しかしながら、未来は架空小説の作家が提示するような、非常に寒々とした人間の温かみに乏しいものである必要はない。科学とテクノロジーが繁栄することは疑いない。科学の発見を通して、生命の神秘が明かされ、宇宙のエネルギーをコントロールする時代に入りつつある。われわれのテクノロジーもまたこれらの発見によってもたらされる挑戦に適応するにつれ、さらに高度なものになるだろう。われわれは、適切なバランスが維持されて、科学の業績と資産が、人類がそれに仕えるものではなく、それが人類に仕えるような線に向けられることを確実にしなければならない。あなた方がこれを成すのを助けてあげよう。わたしたち覚者の仕事は、正しいバランスを維持する道に沿う新しい社会の発展を監督することであり、人間の必要を侵害するものは何であれ、わたしたちの推薦を受けることはないだろう。美と適合感が試金石となるだろう。見苦しくて機械的で人間の精神(スピリット)に害のあるものはすべて避けられるだろう。目標は、人間とその環境との間に正しい関係を完全な自由と調和のうちに維持することであり、そしてテクノロジーと科学の発達すべてが人間の必要によりよく仕え、実在(リアリティ)の特性をよりよく知ることの助けとなることを保証するだろう。このようにして、新しい機構の中に必要な安全装置があらかじめ設置されるのは確かである。いのちの高揚とその形態を美しくすることに関連することはすべて、わたしたちの祝福を受けるだろう。公共の福利に仕えるものはすべて、わたしたちの支持を得るだろう。人間が彼らの環境との新しい関係を築く時がやって来る。人間と自然と神とは一体であるという意識に沿って、その真理の顕現を可能にする形態を人間はつくるだろう。総体のすべての側面との間に密接な接触(コンタクト)と自由な交換が行われるだろう。人生の意味と目的についての確かな知識が現在の混沌に代わり、これまで知られたことのない美の表示につながるだろう。真なるもの、善なるもの、美しいものが人生の中で現実となるだろう。これらすべては、現在の混乱状態から方向転換することを前提にしており、それに依存している。人間の必要により適合する線に沿って社会形態を根本的に再建設することなしに、良きものは何も生じ得ない。人間の天与の可能性が、現在の不浄な社会秩序のためにいかに犠牲にされているかに気づくならば、必要な変化を一刻たりとも遅らせないだろうに。人間がその可能性の栄光をぼんやりとでも感ずることができれば、それを達成するための道を阻むものは何ものも許さないだろうに。未来は、人間の最善の志向と壮大なビジョンを招いている。人間が犠牲にするものは神性ではなく、己の分離した自我であるような、そのような未来を築きなさい。人類同胞を愛において抱擁し、そして完全なる存在となりなさい。

惑星を気づかう──選集

Caring for the planet ── a compilation 「惑星を気づかう」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これは『いのちの水を運ぶ者』(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第1巻と第2巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

人間の無知と貪欲がもたらした自然の秩序に対する多くの反則行為を正すことができるのは、世界的規模の注意深い協調した行動のみであるという意識が高まっている。スタートは切られた。しかし今、人類を脅かす汚染や略奪行為の脅威を止めるだけでも、何年にもわたる献身的な行動が要求されるだろう。幸いに、未来にあるものすべてが、そのような暗い調子ではない。人類はいつもながら独りではない。そして、エネルギーを発生させるための新しい、きれいな、安全な様式に関する知識を人間に解き放つステップが取られた。全く新しいテクノロジーが日常生活を変容させるだろう。そして人間は、己の真の存在と目的を探求するための時間と刺激を得るだろう。(ベンジャミン・クレームの師『覚者は語る(1)』—責任に目覚めて—)

私の師は、資源の再分配の後、第一番の優先事項は世界の環境問題に取り組むことであると言いました。マイトレーヤは、これはすべての人々が関わることであると言いました。これに参加するのに若過ぎる人も年を取り過ぎている人もいないと彼は言います。小さな紙切れを無駄にしているにしろ、食肉用の牛を放牧するために森全体を焼いているにしろ、私たちは変わらなければなりません。(ベンジャミン・クレーム、『マイトレーヤの使命 第3巻』)

人間の窮乏を知り、そのビジョンを見ていながら、時の緊迫性を知らない者たちが世界に大勢いる。兄弟たちの窮乏を知り、非常に多くの者たちの苦しみに同情の思いを持ち、そしてそれらすべてを変える意志を持つ者たちに、わたしは頼る。わたしが召集する者たちの仲間に、あなたがたも入るように。そして共に新しい、より良い世界を招じ入れることができるように。(『いのちの水を運ぶ者』第46信より)

人間は地球を荒らし、汚染し、そして自分自身の住む環境をひどく破壊した。今人間は自分たちが傷つけたところのものを救済することを最優先と見なし、自分たちの病んだ惑星を健康に戻さなければならない。惑星に対する要求を簡素化し、簡潔さの美を学び、分かち合いの歓びを学ばなければならない。人間はほとんど選択肢を持たない──その仕事の緊急性は即刻の行動を要求する。すでになされたダメージ(損傷)の本当の規模を認識する者はまさにほとんどいない。問われなければならない問題は、地球という惑星を救済することができるか、それはどんな方法によってできるのか、ということである。答えは大きく鳴り響く「然り」であり、その方法には大多数の人間による現在の生活様式の変容が含まれる。(ベンジャミン・クレームの師、『覚者は語る(2)』—地球は産みの苦しみの中にある—より)

わたしは、新しい姿で、人間に、彼らの前にある選択の対象を提示し、未来の可能性を描写し、神の法を明かす。そのようなわたしを、もうすぐあなたがたは見るだろう。我が友よ、神の法は、あなたがたの生活を包むものである。神の計画なしには、人は無に等しい。これをいつも心に留めて、均衡(バランス)を保ちなさい。人間の偉大さと、すべての者との一体感と、そして人間の聖なる目的を、常に心に留めておきなさい。しかしながら、人間は一人では何もできないのである。これを悟り、真の道を抱きしめなさい。(『いのちの水を運ぶ者』第119信より)

地球温暖化によって引き起こされる危難は大きいことは確かだが、残念なことに、これは人間が今日直面している最大の、あるいは最も危険なものではない。知ってか知らずにか、人間はゆっくりと、しかし確実に人類種族と低位王国(動植物界)をますます中毒させる行為に従事している。あらゆる種類の、そうしてすべての分野に存在する毒性、汚染はいまや人間と動物、そして地球そのものにとって最大の危険である。すべてが毒され、それぞれに病んでいる。人間には知られていないが、わたしたち(知恵の大師たち)に明らかなことは、この悲しむべき物語の中で、人間と惑星が被っている最大の害は核放射能によって引き起こされているということである。人間はこの最も危険なエネルギー源の開発において、あまりにも間違った道に進んでしまった。貪欲と、巨大な利潤を求める誤った望みによって邪道に導かれ、彼らは人間によってこれまで発見されたものの中で最も危険なエネルギー源を“手なづける”実験に集中してきた。そしてその一方、原子のエネルギーの完全に安全な別の用い方を無視してきた。低温で無害な原子核融合は、大洋に、海に、河川で、そして雨が降るごとにどこででも入手できる水の簡単なアイソトープから得ることができるのである。……この目に見えない危難を軽減しようと、カルマの法則の許す範囲内でたゆみない努力をしてくれているわれわれの宇宙の兄弟たちの助けがなければ、われわれの窮状は実に危険なものであろう。目覚めよ、人類!(ベンジャミン・クレームの師、『覚者は語る(2)』─目に見えない迫り来る危険─より)

核放射能やその他の汚染物質は人間(および動物)の免疫組織を破壊し、私たちの生活環境の中に注ぎ込まれているその他の毒素による害に対して無防備にさせます。この問題は、宇宙の兄弟たち(UFO)の仕事の負担が重くなりすぎる前に、速やかに対処されなければなりません。彼らは、核放射能やその他の汚染物質を処理するにあたって、人類のカルマの許す範囲内でしか行うことが許されていません。そうでなければ、私たちの自由意志の侵害になるでしょう。彼らが行っていることに関して、彼らは特別の許可を得なければなりませんでした。彼らは毎日、長時間にわたって、世界中のあらゆる場所で核放射能や大気中に放出されるその他の有毒ガスの影響を中和し、減少させてくれています。私たちは彼らにたくさんのカルマ的な負債を負っており、いつの日かお返ししなければなりません。(ベンジャミン・クレーム、『光の勢力は集合する』)

今ではわたしの周りに、わたしをリーダーとして、未来への案内人としてみる兄弟姉妹たちの集団が存在する。わたしは、人間の苦悩について、人間の不完全さについて、変化の必要について、彼らに語る。同時にまた、人間は神であり、神聖なる光の存在であり、いつの日かそのようなものとしてこぞって立つであろうということも語る。選択は人間のみがなすのである。もしわたしの指す道を選べば、人間の霊性はまことに輝き出でるあろう。さもなくば、我が兄弟姉妹たちよ、人間の未来はきわめて致命的である。しかし我が友よ、あなたがたの答えと選択をわたしは前もって知っている。恐れるでない、わたしの愛しき者たちよ、あなたがたの愛を通して──あなたがたの心に宿る兄弟たちへの愛を通して──あなたがたは正しく選択するであろう。(『いのちの水を運ぶ者』第78信より)

核エネルギーの融合のプロセスがすべての人類の将来のエネルギーの必要を満たすでしょう。これは普遍的に入手可能な水の同位元素を使う安全で低温で廃棄物のないプロセスです。これは、私たちが経済システムに分かち合いを実施するようになるとき、入手できるようになるでしょう。(ベンジャミン・クレームの師とのインタビュー『マイトレーヤの使命 第2巻』)

指導原理は浪費ではなく、充足でなければならない。現在、世界の経済制度は浪費によって支配されている。その浪費の乱行が様々な汚染問題をつくり出し、惑星の健康に対する危害を形成する。これはまだ半分しか認識されていない。持続可能な経済とは、惑星の健康の可能性の範囲内においてすべての者の必要を供給するものである。現在では、それは達成不可能のように見える。しかし光のテクノロジーが人類のためにその状況を変換し、われわれすべての必要を満たすために無限で生態系的に健全なエネルギーを提供する。これがこの需要と供給の問題、したがって市場のフォースの問題に対する人類の対処の仕方を変えるだろう。(ベンジャミン・クレームの師とのインタビュー、『マイトレーヤの使命 第2巻』)

究極的で完全な解決策は覚者方の助言を待たなければならないでしょうが、私たち自身でできることもたくさんあります。とりわけ、土壌や川や海を、私たちの貪欲な成長への欲望のごみ箱として用いるのをやめることです。(ベンジャミン・クレーム、『光の勢力は集合する』)

可能なかぎり最も早い時期に、一刻の猶予も許さず、わたし自身を現し、世界の前にあなたがたの友として、教師として登場することが、わたしの意図であった。あなたがたがわたしをただちに発見してくれることに多くのことがかかっている。なぜならそれによって、わたしは、あなたがたの救世の仕事を、援けることができるのであるから。わたしは援助し、教え、未来への道を示すために、そしてあなたがたに神としてのお互いを見せるために、ここに居るのである。(『いのちの水を運ぶ者』第140信より)

マイトレーヤはすべての人間に彼の救援隊に加わることを呼びかけるだろう──環境を維持し、浄化し、人々を彼ら自身のために行動へと活気づけ、惑星を汚染する毒素を浄化し、そして諸国家の間に融和を再確立するためである。マイトレーヤの任務は小さなものではないが、彼は現在の悪と戦い、そして征服しようとしている。(ベンジャミン・クレームの師、『覚者は語る(1)』─その時は来た─より)

資源の間違った使用、市場のフォースへの盲目的な追従、競争こそが、汚染をつくり出したのであり、それが今、生態系への大きな害となって現れております。私たちはこの惑星を非常に急速に害しているので、ただちに方向転換しなければ、間に合わなくなるでしょう。そうして未来の世代は信じられないほどの苦難を味わうでしょう。幸いなことに、自然は非常に柔軟性を持っており、立ち直るだろうと、私は信じます。様々な国々における種々のグループの力説で、すでに多くの人々が、政府でさえも、汚染の問題を扱い始めております。……しかし製造方法や方針の中に非常な競争意識がある限り、それは止められないでしょう。製造に対する私たちの現在の態度を貪欲や浪費や競争に基づくものから充足に基づくものに変えなければなりません。「どれだけ多くの量を、そしていかに早く製造できるか」と言う代わりに、「必要とされるのはどれくらいか。この商品をどれだけ使わずに済むか。すべての個人が豊かで満ち足りる生活を分かち合うための最小限の量はどのくらいか」という思考をするようにならなければなりません。(ベンジャミン・クレーム、『マイトレーヤの使命 第2巻』)

わたしの心(ハート)はこの大いなる努力を完成するための強い衝動で満ちている。これは人類同胞を愛する人々すべての援助を必要とするだろう。人間は非常に病的な状態にあるこの世界を救わなければならない。世界の一般の人々によって、その努力がすでに始められているのを見て、わたしたちの心(ハート)は喜ぶ。わたしはそのような人々に今語りかけている。あなた方の声を大きく上げなさい。あなた方の必要を世界に告げなさい──平和の必要を、正義と自由の必要を、宗教や皮膚の色や人種が何であれ、すべての人間が調和のうちに生きることの必要を告げなさい。すべての人間は本質的にひとつである。彼らはわたしの兄弟であり、わたしは一人ひとりを愛する。(マイトレーヤ、2008年3月27日、『覚者は語る(2)』)