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新型コロナ時代の楽観主義

フェリシティ・エリオットによる
エコノミスト、著者であるグレアム・マクストン氏へのインタビュー

グレアム・マクストン氏はエコノミスト、講演者、ベストセラーの著者である。彼は2014年から2018年までローマクラブの事務局長を務めた。彼の最新の著書『地球規模の気候緊急事態(Global Climate Emergency)』は2020年に出版された。この本は、気候変動に効果的に対応することを妨げる障害を社会がいかに克服できるかを見ている。彼は現代の経済学的思考に対してひどく批判的であり、根本的変化の必要の緊急性について書いている。彼の2018年の著書『変化! なぜ徹底的な転換が必要なのか(Change! Why we need a radical turnaround)』は、ドイツのAmazonでベストセラー第1位であった。彼はまた、『繁栄の再発明: 経済成長を管理し、失業、不平等、気候変動を減らす(Reinventing Prosperity: Managing economic growth to reduce unemployment, inequality and climate change,)』(2016)の共著者でもある。フェリシティ・エリオットが、ロックダウンの最中の4月初頭に彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):私たちは何と不思議な時代に生きているのでしょうか!

グレアム・マクストン:本当にそのとおりですが、それは何らかの形で予想されていたことの一つだと私は思います。そしてもちろん、私たちが自然の境界線を押せば押すほど、このようなことが起こる可能性が高くなります。人間の生命が失われる悲惨さに関しては恐ろしいものですが、この危機は私に長期的な希望を与えてくれた最初のものです。

SI:あらゆる苦しみにもかかわらず多くの人は希望を持っているようであり、現在の大流行の奇妙な時代の中で可能性があることを感じています。一つはっきりしていることは──私たちはいつも通りのやり方に戻ることはできないということです。推奨されるほとんどの変化はまだ徹底的ではないと、あなたはお考えでしょうか。

マクストン: 物事のやり方、生き方を少し変えてみたり、リサイクルを増やしたり、飛行機の利用回数を減らすという考え方だけでは、必要な排出量の削減などを達成することはできないでしょう。しかし、それが突然に可能になったのです。私たちはすべてのフライトを止めることが可能です。私たちはすべての車を、世界中で不要なあらゆる種類の物を運ぶすべての船を止めることができます。そして今突然、そのような徹底的なことが起こっています。空想的なアイディアだと思われていたことが、突然起こりました。そして私のような人々は、「見て! 私たちはできるよ!」と言う非常に大きな機会を得ました。非常に長い間で初めて、私は楽観的に感じています。なぜなら、私たちは気候問題を実際に解決できることが分かるからです。

SI:気候変動に関していまだに否定的な人もいて、著名な指導者の中にもいます。私たちの金融経済制度がどのように環境と衝突し、どのように地球の大規模な破壊を引き起こしてきたかを教えていただけますか。

マクストン:私たちの経済制度では、経済を毎年成長させようとします。経済成長に大きな重点が置かれていますが、成長を達成するためには生産を増加させる必要があります。生産を増加させるためには、より多くの資源を使う必要があります。そして、より多くのエネルギーを使う必要があります。すべてのことをするのにエネルギーが必要だからです。すべての資源を掘り出し、工場や船、例えば食物などを育てるのに必要なすべてのものに必要なあらゆるエネルギーをつくり出すことは、ほとんどが炭素に基づいています。それは石炭、石油、ガスなどです。ですから毎年私たちは、より多くのものをつくり出す必要があり、それはより多くのエネルギーを生み出すことを意味し、そのためより多くの排出が発生し、気候変動を引き起こします。気候変動の直接の原因は、生産性の向上と一層の経済成長を求める圧力です。

SI:持続可能な経済とはどのようなものでしょうか。

マクストン:それは、今日あるものとは全然似ていません。それは、使用される資源量が自然によって置き換えられる資源量を絶対に超えないような着実な国家のシステムでなければなりません。未来の世代の必要を考慮に入れる必要があります。他の種の権利は、私たち自身の権利と同等に見られなければなりません。何でも投げ捨てるか、単に生産を増加できるなどという考え方は、すべてなくならなければなりません。私たちは全く違った価値観を持ち、人類の福利と霊的、知的な発達に重点を置きながら生きる必要があります。この「物質的世界のもの」は、すべてなくなる必要があります。あらゆるものをリサイクルし、再利用しなければなりません。今日私たち自身を駆り立てるすべてがなくならなければなりません。
 それは、実際には資本主義を考え直す問題ではありません。なぜなら、その根本にあるのが資本主義だからです。私たちはこの思考方式を根絶する必要があり、起こっていることに対して一旦人々が目覚めれば、それは全く可能です。それは中世の時代に少し似ています。すべての人が地球は平らだと思っていました。今では私たちはそれが違うことを知っています。最初は一人か二人の人がそれは違うと考えました。その過程は最終的に変化し、私たちは皆地球は平らではないと現在考えています。私たちは現在の生き方が唯一の道であると洗脳されてきたのです。
 起こらなければならないことに対して目覚め始めている人々がいます。彼らは高度な意識を持っています。これだけリサイクルしていても、依然として問題があることを彼らは理解しています。何かもっと徹底的なことが必要だと彼らには分かっています。ごく一般的に言えば、こうした問題に関してはドイツ語圏と北欧諸国が進んでいると私は思います。それは素晴らしいことですが、問題を分かり状況を理解している人が4億人いるとしましょう。しかし、間違った方向に進む75億人の人々がまだ残っています。それは問題ですが、ヨーロッパにとって主導権を握るチャンスでもあります。ヨーロッパだけにそれが可能だと私は思っています。

SI:今の状況では、「このままの状態」はもはや有効ではないことが明らかです。私たちの態度は協力的ではなく、国家主義的で競争的です。

マクストン: 私たちは、協力することなくこのウイルスの問題を解決することはできません。あいにく、反対の結果となる大きな危険性が短期的には間違いなくあります。すでに特定の国々が、自国を守るためにマスクを他の国々から実際には「盗んでいる」のを見ることができます。それに対して、戦争のような状況なので自国民を最初に世話をする必要があるという論法がありますが、地球規模での協力がなければ先に進むことはできません。繰り返しになりますが、この機会に協力により私たちが一旦この(パンデミックの)最初の障害を乗り越えれば、人々は集結する必要がありますが、新しいリーダーシップもまた必要であると私は考えます。今日のリーダーシップは、成長、搾取、利益に関する考え方に縛られており、それが私たちを前進させることがないことは明らかです。

SI:あなたの著書『変化! なぜ徹底的な転換が必要なのか』についてお聞きしたいと思います。現在そして新型コロナ危機の克服後にどのような変化があると思われますか。

マクストン:目的について見てみましょう。私たちは排出の発生を止める必要があります。温室効果ガスの排出をできる限りゼロに向けて削減する必要があります。私たちは森林破壊を止める必要があり、農業のやり方を変え、亜酸化窒素の水準を下げる必要があります。ですから、それがそのような変化の単純な最終結果になります。しかし、そのためには非常に大きな産業を幾つか閉鎖する必要があります。例えば、石炭、ガスなどの産業です。それは簡単なことですが、それにはまた航空産業、自動車産業、セメントの製造を停止することも必要です。そのため私たちは、農業がもっと地元密着型となるように農業分野を再生せざるを得ません。こうした変化を何であれ達成するには、私たちの経済制度の重点を成長から離すことが必要です。私たちは、もっと自然とバランスを保ち共存する経済制度を持つ必要があります。それらすべてを達成するには、考え方の変化、人生を見る視点の変化が必要です。私たちの社会は非常に個人主義的であり、消費を求めます。私たちの考え方は起こすべき変化と両立するものではありません。

楽観主義と機会

SI:私はただ、新型コロナの危機はスピードを上げる効果があるのではないかと考えています。気候変動への対処に関して言えば、私たちはすでに借りた時間の中にいるため、今回の危機は私たちの再教育になるのでしょうか。

マクストン:それがまさに私が楽観的であると言っている理由です。この危機は、私たちがこうした変化をしなければならない時間を短縮する可能性があります。それは、2030年までに排出を徹底的に削減するという目標を突然に可能にしました。なぜならロックダウンにより、現在排出が大幅に削減されているからです。しかしそれは、危機がどの程度続くかによって異なり、後の反応により大きく異なります。制度は信じられないほどに堅固であり、今日の私たちの制度、つまり現在存在している自由経済の覇権主義的でネオリベラルな成長志向の制度はとてつもなく強力です。それは現役の制度であり、深く組み込まれています。そしてこのウイルスが管理下に置かれるやいなや、世界の多くの地域の自然な圧力は以前のやり方を直ちに取り戻そうとすることです。現在は、エコロジー意識が高いドイツや北欧ではそうではないかもしれません。それは、新型コロナウイルスがどの程度続くのか、それにより何が起こるのかによって異なります。現在のところ予測は不可能ですが、互いにつながった国々からこのウイルスを根絶するのは極めて難しいだろうと私には思えます。そして当面の間、インドのような国々はウイルスを完全に取り除くことはできないかもしれません。おそらく、世界の一部の地域は生き残る地域から閉ざされるでしょう。私たちがワクチンを入手するまで長い時間がかかるかもしれません。ですから、世界は根本的に違ったものとなる可能性があり、それは長期間にわたり違ったものであり続けるでしょう。この危機は長期間にわたり長引く影響を及ぼすかもしれません。そのシナリオは大変なものですが、リーダーシップが変化するため、制度全体を変えられる可能性が高いのです。人々は自ら求めるもの、人生で最も大切なものをよく考えて答えを出すためにより多くの時間を持つようになり、必要な構造変化をもたらすことがもっと簡単になるでしょう。

SI:あなたは少し前に、重工業や農業分野の活動を閉鎖するか完全に変化させる必要があるでしょうと言われました。社会の大きな混乱もなく、どのようにしてそれを実行するのでしょうか。若い政治家たちは、ある段階から新しいモデルや構造に移行する必要性に彼らの政策の基盤を置いているようです。

マクストン:はい、そこには二つの問題があると私は考えています。一つは、新しいモデルはどのようなものであるべきかです。そして次にまた、今日のモデルからどのように段階的な移行をしていくかということです。私が考えるその鍵は、影響を受ける人々、つまり仕事を失う人々、収入を失う人々が目的の感覚を失わないようにすることです。繰り返しますが、このウイルスは課題を提供します。国家が介入し、産業の閉鎖後に人々に収入を提供する必要があります。国家は人々に新しいトレーニングを提供する必要があります。国家は生態的に破壊的でない分野への移行を促進すべきです。そのような移行は、10年は続く可能性があります。そしてもし政府がそれを行うためにお金を刷る必要があれば、それは結構です。

普遍的なベーシックインカム

マクストン:これを達成するより単純な方法は、すべての人にベーシックインカムを支給することでしょう。言葉を変えれば、すべての人に普遍的なベーシックインカムを提供する制度を設けることです。例えば石油分野の仕事を失ったとしても、家族を養い、ローンを払えるかどうかを心配する必要がないようにするのです。人々が目的と動機の感覚を持つようにする必要があり、それは少し違った問題です。少なくとも彼らは家族の面倒を見ることができます。このウイルスは前例を提供します。スカンジナビア諸国のような国々では、このような状況で人々に収入を与えるような手配を自然に行いました。それにより、彼らは食べ物や家族を養うことを気にする必要がありません。
 石油産業、自動車産業、航空産業などの大企業の経営者たちに関して、個人的には彼らが起訴されるのを見たいと思います。彼らは人類に対して故意に罪を犯しました。もし、南アフリカでアパルトヘイトの撤廃時にあった真実和解委員会のような組織があったとしたら、そのプロセスへの取り組みが容易になり、思考の変化に向けて助けとなるでしょう。それは、私たちが物事のやり方を変える必要があることを理解する助けとなります。しかし、大多数の人にとっては、次の仕事が何であれ、移行のための財政的援助を提供するという問題です。

SI:そのような状況で、貧困や難民危機のような主要な問題にどのように対処すればよいのでしょうか。

マクストン:貧困や紛争など、他の恐ろしい主要な問題に関しては、冷淡に聞こえるかも知れませんが、これらは2番目であるべきです。

SI:2番目ですか。今のところは、という意味ですか。

マクストン:2番目というのは、気候変動の問題が最優先である必要があるからです。それは他の何よりも優先されるべきなのです。気候変動を止めなければ、貧困は問題にはなりません。なぜなら、私たちは皆死んでいるからです。
 とは言え、北から南への富の大規模な再分配が必要です。このウイルスは、多くの南側諸国のガバナンスを現在よりもさらに難しくしそうです。それにどのように対処するのか、そのような国々にどのように援助するのかを考え抜く必要があります。たとえ、その実行方法を考えることが現在では早すぎると思われるとしてもです。それには優先順位が明らかに与えられるべきですが、それは気候変動に対処した後のことなのです。気候変動を止めた後で、私たちは次にこうした他の問題に集中することができます。もちろん、貧困は非常に大きな問題です。

SI:多くの人が世界の資源の再分配のアイディアを提示していますが、同時に産業界や政治家たちが「いつものやり方」に急いで戻ろうとしているのをすでに見ることができます。私たちは、凝り固まったネオリベラルの態度を依然として持っています。大企業を支援し、商業の車輪を回し続けようとする強力な欲求が存在します。

マクストン: 当分の間は、それを行わなければなりません。もし何よりも金融崩壊が起こった場合には、おそらくすべてが混乱状態に陥るでしょう。ですから私は、金融システムは何らかの形で保護される必要があると思います。私の観点では、段階的に国有化が成されるべきです。金融システムは社会の発展を抑圧するのではなく、援助するものとして再考する必要があります。金融業は人類を管理するのではなく、人類に奉仕するべきです。

SI:今では非常に厳しい明らかな選択に行き着きました。ロックダウンを緩和し、産業を維持し、そしてそれによりお金儲けを続けるために人が亡くなることを許容するのです。もしくは、持続可能性の中で生き、命を救うか、という選択です。

マクストン:はい、仰るとおりです! 世界の多くの地域で食糧問題があります。何百万もの人々が命の危険にさらされています。豊かな国々でも、おそらくある種の食料が不足しているでしょう。しかし、状況が最悪であっても希望はあり、今は近年で最大の変化のチャンスです。この状況により人々がすべてのことに疑問を持つようになることを私は期待しています。そのすべてのこととは、仕事の役割、金銭とビジネスの役割のことであり、要するに、人生の目的のことです。過去に起こった今回のような大災害は、完全に新しい形態の社会に導きました。この機会を理解すれば、私たちには希望を持つあらゆる理由があります。
 ロックダウンにより、私たちは考える時間を得ました。ある意味では、それが長く続けば続くほど良くなります。人々は人生が持つ意味について本当に熟考する時間をより多く持つようになります。私たちは、以前はなぜ急ぎ、狂ったように旅行していたのかを考える時間を多く持つでしょう。なぜ私たちは事務所で1日中働いていたのでしょうか。そのすべては何のためだったのでしょうか。家族が危機に突然陥り、おそらく親戚が亡くなろうとしており……今では、あらゆることの目的を疑う時間があります。そしてそれが、私たち全員が必要としていることです。なぜ私たちは通勤を、時には毎日何時間もしていたのでしょうか。なぜ私たちは、飛行機にずっと乗っていたのでしょうか。なぜ私たちは必要もないものを生産していたのでしょうか。なぜ必要もないものを買うのでしょうか。なぜ私たちは、必要もないのに、着ないのに、そんなに多くの服を買っていたのでしょうか。今回の危機は私たちに再考する時間を与えてくれ、そのような休止と、熟考する機会がとてつもない可能性を提示するでしょう。それは驚くべき機会です!
(www.graememaxton.com)

50個のサンドイッチ―アメリカでホームレスの人間性を回復する

ジェイソン・フランシスによる
ジャスティン・ワイルダー・ドーリング氏へのインタビュー

「50個のサンドイッチ(Fifty Sandwiches)」は非営利のプロジェクトであり、ホームレスになってしまった人々と、ホームレスの横を通り過ぎておそらく無視することを選ぶか、ただ単にホームレスを理解しない人々との間に理解の架け橋をつくり出そうとしている。ジャスティン・ワイルダー・ドーリング氏は「50 個のサンドイッチ」の創設者である。彼はアメリカ中を巡り、ホームレスの人々にインタビューをしていた。その過程でドーリング氏は、ホームレスであるとはどういうことか、ホームレスとは誰かということに関して厳しい現実を見た。それは多くの場合、社会の先入観に反するものである。彼はまた『50個のサンドイッチ──ホームレスの人間性を回復する(Fifty Sandwiches: Humanize the Homeless)』という本を著した。ジェイソン・フランシスが、本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): あなたは何をきっかけとして、アメリカ中を巡り、ホームレスになってしまった人々にインタビューをするようになったのですか。
ジャスティン・ワイルダー・ドーリング: 私は15歳の時にある考えを持ちました。私はよく路上でホームレスの人々を見てきました。しかし、本能的な反応、特に私の家族の本能的反応は、ただ単に近寄らないというものでした。家族を守るために、威圧的に見える人には近寄りたくないと思うでしょう。誰もホームレスから始めようとするわけではなく、そこには物語があるはずだと私は思いました。ですから私は、大学卒業後にこのアイディアを行動に移すことに決めました。幸運にも「キックスターター」というクラウドファンディングのサービスを見つけ、プロジェクトを開始しました。私はバンを購入して105日間アメリカ中を巡り、物語や体験談を集めました。

固定観念を破る

SI:あなたの仕事は、ホームレスに関して「認識と現実の間の隔たりに架け橋をつくる」ことです。あなたは、そうした認識について少しお話をされました。現実とはどのように違うのですか。
ドーリング: 認識は相当異なり、それは実際、ホームレスは依存症や精神疾患や選択の結果であるという固定観念に基づいています。たとえそのような固定観念に多少の根拠があったとしても、私はそれ以上のものがあることを物語によって示したかったのです。もしホームレスを選んだり依存症になったりするとしたら、明らかにその人には精神疾患よりももっと多くのいろいろなことがあります。私は問題の背後にある複雑さを示したかっただけなのです。プロジェクトが進行する中で、私がインタビューした人々はそれぞれが違っていて多様であり、アメリカのホームレスの状況を少しでも理解することができました。

SI:人々がどのようにホームレスになったのか、家のない生活はどのようなものかについて、あなたが聞かれた物語をお話しいただけますか。
ドーリング:私は大学教授をしていたある男性と話をしました。彼はカビが見つかったために自宅から立ち退くことになりました。また、お母さんが亡くなり医療費が払えないというだけの理由でホームレスになった女性とも話をしました。多くの人が予期していなかったことに遭遇し、路上生活をしなくて済むような貯蓄や援助がないだけでホームレスになりました。私は長期プログラムに従う避難所でインタビューを行いました。路上生活をしていれば、脆弱な立場にあります。手元から離した荷物が盗まれたり、他人に付け込まれたりする恐怖の下に常に置かれます。本当に多くの人が私に物語を話したがることに驚きました。私はバンの中に住んでいて、綺麗だったとは言えません。そして、カメラを持ち運んでいました。人々がホームレスの体験と、ホームレスになった経緯について明かすことを望んでいることに驚きました。

SI:多くのホームレスの家族や子供がいましたか。
ドーリング:非常に多くのホームレスの家族がいました。私の本で紹介した家族は、その中の一部です。問題は、こうしたインタビューを集めることが非常に難しいことです。なぜなら、彼らのほとんどはすでに避難所に入っているか、ウォルマートの駐車場で自分の車の中で寝ているからです。物語を集めることに関して、問題の大きさを公平に評価することはできないと思いました。

SI:あなたがアメリカ中を巡ってインタビューをしていたときに、身の回りの必要をどのように満たしていたのですか。
ドーリング:私はプラネット・フィットネスというジムの会員であり、そこでシャワーを浴びることができましたが、衛生状態は急落しました。しかしながら、私はミニマリストのライフスタイルを楽しみました。しかし大抵の場合、ほとんど例外なくウォルマートの駐車場で寝ていました。米とソーセージを食べ、わずかな予算で生活しました。私がホームレスの真似をしたがっていると思う人もいました。バンに住んでいましたが、本当に素晴らしい援助の制度と行く場所がありました。決してホームレスの体験の真似をしたかったわけではありません。ホームレスについて学びたかっただけなのです。

SI:あなたは旅をする中で、幾つの州や都市や町に行きましたか。
ドーリング:1万4,000マイルを走り、34の州と、同じ数だけの都市に行きました。

SI:ホームレスの人にインタビューをする際に、どのようにアプローチするのですか。気配りや共感やプライバシーの尊重が必要に違いありません。
ドーリング:私は最初のうち神経質でしたが、人々にインタビューをし、心を開いてもらうことが少しずつ上手くなっていきました。堅苦しくならないように話しかけました。二人の見知らぬ人が議論しているようでした。もっと心地よく感じて、自分について打ち明けてもらえるように、私自身の個人的な苦難と、私がどのような逆境に遭遇したかを話すことが必要だと感じました。それは、会話をしながら体験を分かち合う二人の間の一時的なつながりのようでした。

SI:「50個のサンドイッチ」という名前はどこから来たのですか。
ドーリング:私の当初のアイディアは、国中を巡り、インタビューと引き換えにホームレスの人々に食事を提供するというものでした。アイディアは、二人の見知らぬ人同士がランチを囲んで話をするというものでした。もちろん実際の旅では、誰かが一時避難所にいて長期プログラムに従っている場合、インタビューのために外出できないことが分かりました。路上生活者の場合は、所有物を後に残してレストランのランチに出かけることはできません。私が誰かをランチに連れ出すことができたのが数回だけであることを考慮すれば、プロジェクト名自体がほとんど不適切なものになりました。

SI:今までに何人の人にインタビューしましたか。
ドーリング:およそ150人から200人です。

それはあなたにも起こるかもしれない

SI:あなたが会った人や聞いた物語の中で、何か特別に感銘を受けたものはありますか。
ドーリング:毎回のインタビューで、私の最後の質問はこうです。「ホームレスの体験がどのようなものかについて社会に対して何か言うことができるとしたら、何と言いますか」。 そのような答えの圧倒的多数は、次のような気持ちに行きつきます。私たちは皆同じであり、それはあなたにも起こるかもしれません、という気持ちです。それが、ホームレスを避けるために道を横切る人とホームレスの人自身を隔てる細い線を私が認識した時でした。大部分の人は予期しないことに遭遇してしまっただけであり、その場にいてどうしてよいか分からないのです。答えは、あなたが横を通り過ぎる人々には生涯にわたる経験、物語、苦難などがあることを結局は示しており、それはあなた自身のものと同じく複雑なものです。

SI:ホームレスの人々や家族と一緒に時間を過ごし彼らの人生の物語を聞くことは、あなたの人格やあなた自身のホームレスに対する見方をどのように変えましたか。
ドーリング:私が話したあらゆる人に関して、彼らと話をし、彼らの人生を掘り下げ、彼らをより深く理解するまでは、何を期待するかについて何も考えはありませんでした。まず私が学んだことは、一つひとつの物語がいかに多様であるかということです。ホームレス問題は、実際の問題というよりはむしろ、精神衛生事業や退役軍人、あるいは医療のいずれにせよ、失敗した社会構造の結果であると私は思いました。個人的な成長と発展の観点では、相手がホームレスであってもなくても、毎日路上で見かける人に対する新たな共感が得られました。それは私を個人的に大きく成長させてくれたと思います。特に見知らぬ人に話しかけ、体験を分かち合い、個人として成長し発展するために自分に可能なことを取り入れようとする姿勢においてです。

SI:精神疾患、物質使用障害、HIV/エイズなどの深刻な健康問題を抱える人々への支援サービスと居住支援を組み合わせた恒久的な支援住宅については、どのようにお考えでしょうか。それはホームレス問題への費用効率の高い成功した解決策だと一般には考えられています。
ドーリング:恒久的な住宅という選択肢は、ホームレスの人々が恒久的に自立できるように支援する活動を行う極めて重要なプログラムの有効性を高めます。簡単な食事や数ドルが問題を解決すると信じたいところですが、短期的な解決策は長期的な安定性をもたらしません。より没入型のプログラムは、援助を受ける人々から一貫性と専念を要求します。そのような姿勢があれば、このようなプログラムは包括的アプローチを提供します。それはホームレスに住宅を提供するだけではなく、先に進むために単なる安定した住宅の提供以上のものを必要とする人々への援助を提供することで、ホームレス問題の原因に対処するものです。

(詳しくは次を参照: fiftysandwiches.com)

ニュージーランドの水危機を解決する

グンダ・テンテとスティーブン・ロビンソンによる
マイク・ジョイ博士へのインタビュー

Mo tatou, a mo ka uri a muri ake nei
私たちと後に続く子供たちのために
(マオリ族のことわざ)

マイク・ジョイ博士は、ニュージーランドの尊敬されている水資源生態学者、環境科学者、教育者、活動家である。彼は、水資源の品質低下と生態系について、国内で積極的に発言している。ジョイ博士は、ヴィクトリア大学ウェリントンの統治および政策研究所で上級研究員を務めている。グンダ・テンテとスティーブン・ロビンソンが、本誌のために彼にインタビューを行った。

概要

 ニュージーランドは、数十年にわたり進展してきた水資源の危機に直面している。農業、園芸、森林管理、都市開発、他の人間の活動における土地と水の使用方法の変化の結果として、そして断固たる規制と執行の欠如のため、この国の水資源は憂慮すべき水準にまで悪化した。
 多くの河川が水泳には安全ではなく、74%の淡水魚が絶滅の危機に瀕しており、90%の湿地が農業や開発が原因で枯渇した。ニュージーランドの乳牛数は、過去20年の間に全国で69%(6,500万頭に)増加し、ある地域では最大で500%にまで増加した。気候変動や干ばつの増加により、河川の流量が減少し、汚染が激しくなり、状況は悪化している。
 近年の科学調査のデータ、証拠、報告書にも関わらず、最近ようやく、行動への呼びかけが必要な変化につながるだろうと考えられている。ニュージーランド政府は現在、水資源の現行の管理方法を改善する手段を検討している。2019年9月、政府はデイビッド・パーカー環境大臣とダミアン・オコナー農業大臣が発表した行動計画、「健康な河川のための行動(Action for healthy waterways)」に着手した。この行動計画は「我が国の河川や湖の悪化を止め、5年以内に目に見える改善を達成し、一世代以内に我が国の河川を修復することを目指している」。ジョイ博士は、この計画に関して政府と密接に協力している淡水科学技術諮問グループに任命されたメンバーである。

シェア・インターナショナル(以下SI):あなたはどうして生態学者や環境学者になろうとされたのかを、お話しいただけますか。
マイク・ジョイ: 私は、33歳のときに大学に入学しました。以前は、タクシー運転手、トラック運転手、酪農家をしていました。私は太平洋を渡り、オーストラリアの大牧場で仕事をしました。水資源や環境科学や生態学の勉強を始めたとき(本当に印象的な講座が幾つかありました)、状況がいかに悪いかということを、地球に何が起こっているのかを理解し始めました。水資源に関して修士論文の準備と大学院の研究をしていたとき、その数年で状況は急速に後退しました。このような(灌漑と化学肥料の増加による単位面積当たりの放牧動物数の上昇などの)農業の大幅な大規模化と、都市化の進展による河川への大きな影響が分りました。私が環境保護主義者となったのは、怒りが主な理由でした。

SI:あなたのお考えでは、ニュージーランドの水資源危機の解決に必要な最も重大な変化は何でしょうか。
ジョイ: 私たちは、農業の規模を抑える必要があります。私たちは工業化された農業に完全に入り込んでしまい、それは環境、特に水資源にとって有害です。私たちが及ぼした危害を覆すために、牧場の動物数を大幅に減らし、小規模農場では森林管理と農業を混合するように多様化することで、大きく前進することができます。それは農業システムを完全に変えることであり、持続型で再生的な農業※の線に沿ったものにし、その結果、すべての産業的な化石燃料と化石燃料ベースの化学合成肥料を私たちの食物システムから追い出すのです。これを素早く行う必要があります。

SI:主な汚染源は何でしょうか。
ジョイ:本当に大きな汚染源は栄養素(大部分が硝酸塩)と堆積物であり、間違った場所での悪い土地管理、農業、森林管理によるものです。土地の土壌を維持することは非常に大切であり、土壌を管理し、土壌の健康を取り戻すこと、土壌の踏みしめを止めるために動物の侵入を防ぐことなどです。元々、ほとんどの窒素は人工的な肥料が由来です。現在、私たちは基本的に化石燃料から牛乳をつくっているのです。

SI:有害物質について、さらに説明していただけますか。
ジョイ: 私たちは牧草を育てるために牧場に窒素をまき、牛は牧草を食べ、ほとんどの窒素は尿で外に出ます。(南島の)カンタベリー地方は良い例です。軽い浸透性の土壌によって、大部分が窒素である尿は地下水に入ります。地下水は河川とつながっているため、窒素と尿は地下水に入ります。カンタベリー地方のほとんどの人が地下水を飲みます。硝酸塩の水準は、カンタベリー地方の農村部に住む、ほとんどではないとしても多くの人の大腸癌リスクが高まる水準にまで、今では上昇しています。研究により、硝酸塩と癌は連動していることが証明されています。ニュージーランドは世界で大腸癌の発生率が最も高く、ニュージーランドで発生率が最も高いのはカンタベリー地方です。
 もう一つの問題は、抗生物質耐性菌に関係しています。なぜなら、今では本当に多くの抗生物質が畜産農業で使われているからです。集約農業地域に近い河川の多くで、抗生物質に耐性を持つ菌株が発見されています。そのような菌株は人間の健康に対して副作用を持っています。
 生態系の健康を考慮すると、こうした硝酸塩は、それらが草や牧草を育てるのと同様に、流れや湖や河口や海洋で藻類を育てます。その影響は藻類が成長し過ぎることであり、それは酸素濃度の変動のきっかけとなります。それは、窒素による有毒な致死的な影響ではなく、生物が呼吸する酸素がないために二次的な致死的影響につながる可能性があります。堆積物による生息地への直接の影響など、環境への影響が始まるのはその時点からです。菌類は、ほとんどの生命が生息するすべての石や岩を埋めているのです。このような石や岩の割れ目の空間は大切な生息地なので、もし細粒堆積物がそのような空間を埋めると生息地が失われます。ですから、人間の健康と生態系の健康の両方の問題があるのです。どちらか一方ではありません。

政府と企業に変化を起こさせる

SI:環境変化について責任ある行動をするように、政府や企業をどのようにしたら動かすことができるのでしょうか。
ジョイ: 政府は単に票を集める可能性を最大化するだけであり、企業は、私たちが止めるまで利益を最大化するでしょう。現在の例ですが、政府がよく引用する統計は、ニュージーランド人の80%が水資源を最大の環境問題だと考えているというもので、政府は水資源の保護の大幅な変更を提案しています。そのようにして政府は変化を起こしますが、そのようにしてのみ、私たちは政府に変化を起こさせることができます。
 企業についても同様です。現在のところ、環境を破壊する企業に助成金が出されています。例えば酪農業では、観光シンボルであるタウポ湖とロトルア湖の二つの湖で、これらの湖を保護するために、湖の近くの農場を耕作しないように農場主に農場一カ所当たり何百万ドルも支払われています。しかし、彼らは環境に及ぼす損害に対して支払いを受けているのではありません。それは、現在と未来の世代に託されています。今では私たちは水を汚染してしまい、何百何千もの人々のために別の水の供給源を探さなければなりません。

SI:地元自治体、地方自治体、政府などが方向を変えるように説得する上で、あなたはどのような活動に関わりましたか。
ジョイ:第一に、すべてのことをできる限り公にすることです。新聞やソーシャル・メディアに科学的な記事や意見を出したり、一般の人を動かすために可能なあらゆる手段を取ります。私はまた、水の品質と河川の汚染に対する同意申請に関する多くの計画変更の鑑定人も務めていました。私は現在、このような変更提案に関わる環境省の作業グループにおり、変更の実現方法に関して、委員会と中央政府のために100近くの技術レポートを作成しました。

SI:政府の環境政策を改善させることに関して、何か達成の事例はありましたか。
ジョイ:私たちは達成を望んでいます。それは、ニュージーランドのデイビッド・パーカー環境相による、この国の水資源を浄化するために彼が何か行うという約束に関してです。彼は、私がメンバーであったこれらすべての作業グループを設置しました。今では私たちは彼にアドバイスを与え、承認の課程を経て、2020年の初めに彼が新しい政策(淡水管理のための国家政策綱領)を打ち出すことを期待しています。

SI:人々の力はどのような役割を持ち、このような環境政策の改善を達成する上で、どのような役割を演じているのでしょうか。
ジョイ:人々の力は、すべてが、浄水活動家のマーニー・プリケット氏のような人々からの支援活動であり、水資源問題を強調するChoose Clean Water(学生主導の強力な水源政策のための運動)やForest & Birdのような非政府組織です。人々は投票によって、水資源への関心を明確に表明しました。私は何百回も講演を行い、パネル・イベント、テレビやラジオの番組、ポッドキャストを主催し、一般からの理解を深め、政府への一般の圧力を高めようとしました。

SI:地球規模の気候変動の大局的な視点で見ますと、最近の報告書には「第二次世界大戦の緊急動員のスケールでの地球規模の反応が必要である」と書かれています。この点について、あなたはどのような意見をお持ちですか。
ジョイ:真剣に改善するためには、私たちが引き起こした破壊的な出来事を終わらせたときと規模や決意が似ており、問題の修復に集中する必要があることに、私は同意します。現在の経済制度では、国内総生産(GDP)のあらゆる金銭が化石燃料のエネルギーと連結しており、そしてもちろん、排出量、化石燃料の消費量とGDPは互いに絡み合っています。それは単に、生き残る希望を持つためには、私たちにとって変化がいかに徹底的である必要があるかを示しているにすぎないのです。1992年に発表された「人類への警告」という文書には、最低でも3万人の科学者が署名しました。気候変動は、成長の制限の単なる一つの兆候にすぎません。若い人々が現在行動を起こしているのは嬉しいことですが、私たちすべて、地球上のすべての人が変わる必要があります。母なる地球は、私たちに知らせてくれています。必要なことは、現在の制度の完全な逆転です。

※「再生的手法は、本質的に改良された有機的で持続型農業の生産手法であり、殺虫剤、GMO種、工場式農場の技法を排除するものである。再生的手法は、土壌の健康や保水と降雨の保持を改善すること、そして輪作、混農林業、計画された輪換放牧を使用することに焦点を当てており、大気から余分な炭素を隔離することを意図している」
「再生的な食品および農業はアメリカ大陸での地方の貧困と強制移住をいかに逆転させられるのか(How regenerative food and farming can reverse rural poverty and forced migration in the Americas)」
ロニー・クミンズ、本誌2017年12月号より

『オン・ファイヤー ──グリーン・ニューディールの差し迫った事例』

ナオミ・クラインの
『オン・ファイヤー ──グリーン・ニューディールの差し迫った事例』
エリッサ・グラーフ

世界が燃えている。大規模な森林火災がオーストラリアの広大な未開地を焼き尽くしている。2020年1月現在、火災のシーズンは未だに峠を越えておらず、すでに1,200万エーカー(約48,563km2)以上が焼失し、一方で100以上の火元が依然として燃え続けている。毎日のニュースには黙示録的な規模の災害が映し出され、すべての希望を失うことはたやすい。しかしナオミ・クライン氏の新しい著書『On Fire:The burning case for a Green New Deal(オン・ファイヤー)』は、私たちは結局は運命づけられているという必然性の感覚を振り払うことを迫る。

 進行中の危機の最前線にいながら10年以上にわたって書かれたエッセイを集めた『オン・ファイヤー(On Fire)』は、伝統的な言説(政治家は短期的な選挙周期に囚われている、気候変動は解決するには縁遠く金が掛かり過ぎるなどの言説)を排しながら、私たちはどうしてそうなったのかをクライン氏自身が理解する過程を描き出している。その代わりに彼女は「一見異なる(経済的、社会的、生態学的、民主主義的)危機を文明の変容の一般的な物語に織り込むこと」の中に答えを見つけている。同時に『オン・ファイヤー』はグリーン・ニューディールへの呼びかけであり、関連する危機を解決するために緊急に必要な大胆な変革的アプローチであり、この惑星が許容し得る限度を尊重しながら私たちがどのように生きられるかに関するビジョンでもある。
 スウェーデンの女子学生、グレタ・トゥーンベリさんがストックホルムで抗議活動を始めたのはわずか1年前のことであり、この1年で今までにない数の人々が路上に出るきっかけとなり、私たちが緊急に行動を起こすように促されることになった。クライン氏によると、こうした若い活動家たちは危機について読んで知ったのではない。彼らの多くは、深刻な干ばつ、ハリケーン、洪水、産業による大気汚染の健康への影響、頻発する森林火災から立ちのぼる黒煙などを直接体験したのだと言う。彼女は次のように書いている。「世界のどこに住んでいても、この世代には共通するものがある。彼らは、地球規模での気候の混乱が未来の脅威ではなく生きた現実である最初の世代である。そして、少数の不運な場所ではなくあらゆる大陸で、ほとんどの科学的モデルで予測されたよりも相当速く、すべてが明らかになっている」
 ある意味で、世界で動員されている若者が増加していることにより、危機が正面から注目を浴びることになった。それは、私たちが一斉に起き上がり、自宅がまさに炎に包まれているのを見るように求めているのである。クライン氏は若者の気候運動の中に本当の力を見ており、次のように語る。「権威を持つ地位にある多くの大人たちとは異なり、若者たちは、官僚主義の言語や複雑さによって、理解し難い現代の利害関係を隠すような訓練をまだ受けていない。気象ストライキを行う13歳のアレクサンドリア・ヴィラセニョールさんが語ったように、若者たちは完全な人生を生きる基本的権利のために闘っていると理解している。彼らは完全な人生をまだ生きておらず、『大災害から逃げよう』としていないのである」
 同時にクライン氏は、流れを変える別のことが起こりつつあると気づかせてくれる。アメリカでは新しい世代の政治家が登場しつつあり、彼らは気候のストライキを行う若者たちよりも10歳年長であるにすぎない。その一人がアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏であり、彼女は2018年、29歳の時に最年少で国会議員に選出された。彼女の選挙綱領に不可欠だったのは、気候変動と経済的不平等に対処するためのアメリカの法律案のパッケージであるグリーン・ニューディールである。注目すべきことに、オカシオ=コルテス氏は、同じ年に当選した他の若い女性議員たちの一人にすぎない。彼女たちは全員が有色人種、50歳未満の女性で、他にはイルハン・オマル氏、アヤンナ・プレスリー氏、ラシダ・タリーブ氏がいる。彼女たちは「隊」と呼ばれ、若い政治的な世代の人口的な多様性を反映しており、グリーン・ニューディールなどの革新的政策を支持し、この大胆な取り組みを公式に支援してきた。
 選挙綱領の提案として始まったグリーン・ニューディールは、現在では公式な決議の形になってきた。これは、オカシオ=コルテス氏とエド・マーキー米国上院議員によって導入された米国法案パッケージである。クライン氏は、この法案は依然として変革の鍵となる政策の概要にすぎないと述べている。これは、アメリカでわずか10年でネット・ゼロエミッション(実質排出ゼロ)を達成しようとする脱炭素化のための「ムーンショット型アプローチ」であり、同時に全世界で今世紀半ばまでにこの同じ道標に到達するというものである。彼女の概説によると、この決議は再生可能エネルギー、エネルギー効率化、クリーンな交通機関への巨額の投資を求めており、高炭素な産業からグリーンな産業に移行しようとする労働者には給与水準と利益が保護される必要があると述べている。それは、労働意欲を持つすべての人に雇用を保障するものである。またグリーン・ニューディールは、有毒な産業の影響を受けてきたコミュニティー(多くは先住民族または有色人種のコミュニティー)がこの移行の恩恵を受けるだけではなく、新システムのローカルな設計に不可欠なものであると述べている。計画には、普遍的な医療、保育、無料の高等教育などが含まれている。
 全体的に見ると、グリーン・ニューディールは必然的に危機そのものの規模に合致していると、クライン氏は述べている。そのような包括的でホリスティックな計画が出現したことは、IPCCの目標を達成するための政治的枠組みという形でのロードマップを、そしてこの枠組みを法律に変える明確な道筋を私たちがついに持つことができたことを意味すると、クライン氏は述べている。可能な最良のシナリオは、法制の強力な支援者が2020年に大統領に選出されることだろうと彼女は言う。現在の多くの民主党候補者がその範疇に入っており、クライン氏によると、特にバーニー・サンダース氏とエリザベス・ウォーレン氏は公約を継続的に達成してきた素晴らしい実績を持ち、先進的で環境的な政策を支援しているという。
 その枠組みは、カナダ、イギリス、オーストラリア、そしてヨーロッパなど、世界中の国々で類似の提案の作成にすでに使用されており、クライン氏によると、それはまさに起こるべきことだという。彼女によると、過去1年間で出現したグリーン・ニューディールのそれぞれの変種には共通点があり、むしろ「システムに最小限の混乱しか起こさないように設計されたインセンティブ(誘因)の微調整ではなく……、グリーン・ニューディールのアプローチはオペレーティング・システムの主要な更新のようなものであり、袖をまくり仕事を完了させるようなプランである」。このビジョンにおいて、市場は役割を果たすが、この物語の主人公ではないと彼女は説明する。人々は「新しいインフラを建設する労働者、新しい空気を吸い、手ごろな価格の新しいグリーンな住宅に住み、低コスト(または無料)の公共交通機関の恩恵を受ける住人である」。そしてそれらのいずれも、資本主義の解体を意味しないと、クライン氏は言う。排出量を下げるために、市場を含むあらゆることを利用する必要がある。しかし、私たちに必要なIPCCの目標をシステム的、社会的な変化なしに達成することはできない。
 グリーン・ニューディールは、地球規模の気候正義運動にルーツがあると、クライン氏は言う。私たちの社会の他のあらゆることと同様に、気候危機は差別する。それは不平等である。世界の二酸化炭素の排出量のおよそ50%が世界の人口の最も豊かな10%から生み出されている。70%が最も豊かな20%から生じている。彼女が「気候バーバリズム(暴虐)」と呼ぶものは残酷である。危機をつくるために最も関与していない人々が最前線で最も影響を受ける。これらの排出の影響により、凶作、水不足、食糧不足のために移転を強いられる人々が増加している。2018年の世界銀行の研究では、2050年までに、気候のストレスが原因で、サハラ以南のアフリカ、南アジア、ラテンアメリカで1億4,000万人が移転するものと試算していると、クライン氏は指摘する。
 クライン氏は次のように書いている。公正な世界では、他者によってつくられた危機の犠牲者たちは、人権の原則に導かれ正義の貸しを持っているだろうし、それは富の公平な再分配、資源の分かち合い、賠償などの多くの形を取っていると、彼女は示唆している。
 また『オン・ファイヤー』は、「……化石燃料の時代は、人々と土地を盗むという二つの根本的な盗みにより暴力的な泥棒政治から始まり、一見終わりのない拡大の新時代を始動させた」ことを思い起こさせる。 クライン氏の言葉では、再生への道筋は「精算と復興によるもの、つまり……過去の精算と、初めての産業革命の高価な代償を支払った人々との関係を修復することにある」。集合的な「私たち」のすべての概念をあざ笑うこれらの困難な真実に直面することに失敗したのは私たちだと、彼女は言う。そして、そのことを精算したときに初めて私たちの社会は自由になり、集合的な目的を見つけられるのである。そしてクライン氏によると、おそらく、それがグリーン・ニューディールの最大の約束である。
 その代わりに、この重要な時期に、私たちは不確かな未来に煽られ、ヘイトの火を掻き回し、最も脆弱な人々に対して壁を築くような右派の政治家を選んでいる。このことが、クライン氏が私たちの現在の軌道に関して最も懸念することの中心にある。異常気象がそのようなイデオロギーと交わる時、私たちは互いに攻撃し合うと彼女は言う。これはまた、緊縮経済の効果と、社会のサービス(医療、心の健康のサポート、教育、より強固な社会のために必要なすべてのこと)の不足に反映されている。私たちはより脆く、思いやりがなくなった。それは、地中海沿岸の国境で見られる「彼らを溺れさせろ」という反移民の考え方や、何万人もの移民を投獄するアメリカの営利目的の国境拘留施設の拡大に表れている。
 これが、グリーン・ニューディールの現実化のために今動員を行うことがなぜ極めて重要であるかという理由である。幸いなことに、私たちは全く初めから開始しているのではない。彼女はこう説明する。「……真実は、何十年もわたってグリーン・ニューディールのような突破口に備えてきた何万人もの人々がいて、本当に多くの組織があるということである……彼らは地域モデルをひそかにつくり、私たちの気候への反応(森林保護、再生可能エネルギーの生成、公共交通機関の設計、などをどのように行うかという反応)の中心に正義を実現するための政策について試運転をしてきた」
 さらに良いニュースとしては、クライン氏によると、グリーン・ニューディールは、批判者が主張するように、ほとんど実現困難であったり非現実的なものではない。『オン・ファイヤー』の終章で、なぜそれが場合によっては現実となる可能性を持っているのか、彼女は理由を述べている。その理由には、グリーン・ニューディールに資金を投入すれば経済がより公平なものになるだろうという事実が含まれる。つまり、地球規模の法人税率、中央銀行が支援する公共投資、化石燃料への助成金(全世界で1年に7,750億ドル)を大幅に削減し、再生可能エネルギーと効率化への投資に移行させるということである。世界の軍事費の上位10カ国が軍事支出を25%削減すれば、1年に3,250億ドルが自由に使えるようになるだろうと、彼女は明記する。なぜグリーン・ニューディールが不況に強いのかという議論を、彼女は次のように組み立てる。「何百万もの雇用を生み出す力を持つ大規模な刺激は、人々の経済的な痛みに対処する最大の希望となるだろう」
 クライン氏は次のように警告する。「グリーン・ニューディールが描く根本的な変化への最大の障害は、何が提案されているかを人々が理解できないことではなく……多くの人が、人類がこの規模と速度で何かを達成することはあり得ないと思い込んでいることである。そして多くの人々が、ディストピア(暗黒郷)が当然の結論だと信じざるを得なくなった」。この途轍もない課題に共に対処することは、大規模で組織された地球規模の運動の一部としてのみ可能であると、彼女は忠告する。
 グレタ・トゥーンベリさんは、このことを次のようにまとめている。「一度宿題をやり終えると、新しい政治が必要であると分かります。すべてのことが急激に縮小する極めて限られたカーボンバジェット(炭素予算)に基づく中で、私たちには新しい経済が必要です。しかし、それだけでは十分ではありません。私たちには、全く新しい考え方が必要です。私たちは互いに競い合うことをやめなければなりません。私たちは協力し、地球の残された資源を公平に分かち合うことを始めなければなりません」

Klein, Naomi, 2019, On Fire The Burning Case for a Green New Deal, Great Britain, Allen Lane.
ISBN-13: 978-1982129910

われわれの惑星を救え! (S.O.P.──Save Our Planet!)
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記(2012年9月8日)

 世界にある現在の状況を熟視するとき、特に重要なこととして二つの問題が目につく──戦争の危険と地球の生態系の不均衡の加速である。もちろん、他にも多くの問題がある──多くの国々、特に西洋諸国に影響する経済的大災害;食糧の価格、特に何千万の人々の主要食品の価格の高騰;富裕層と貧困層の間の生活水準の巨大な、そしてますます増大する格差。
 これらの問題はすべて重要であり、早期の解決を必要とする。最初に挙げた二つの問題はすべての分別ある人間と政府の注目を強要しなければならない、なぜならそれらは人間の福利に対する最大の脅威を提供するから。戦争は、大きかろうが小さかろうが、今や考えられないことであるべきなのだが、そうではないのだ。最も恐ろしい戦争の愚かさと無益さを経験してきた世界でさえ、まだあの忌まわしいものを完全に放棄していない。諸政府は、あの古いやり方で、結局、彼らの切望する褒美を取り戻せるだろうという考えに誘惑される。ゆえに、戦争の武器は必要不可欠であり、主要な取引きの資産である。武器が存在する限り、それは使用されるだろう。小さな戦争は、より多くの国々が巻き込まれるにつれて、大きな戦争を生む。大国は同盟国を通して代理によって戦い、重要でもない論争を戦争に引き延ばす。この大きな危険はすべての国によって放棄されなければならない。それは地球上における人間の生存そのものを脅かす。
 戦争とは別に、汚染ほどすべての人間の未来に非常に深遠な影響を与えるものはない。ある国々はこの事実を認めて、汚染と地球温暖化を制限するステップをいくらか取っている。他の国々は、ときには汚染の主要国が、地球温暖化の現実を、圧倒的な証拠があるにもかかわらず、否定する。今や、日ごとの気候の変動は、惑星が病んでおり、その均衡を取り戻すために即刻、熟練した看護が必要であることを、疑いの余地なく証明している。この惑星地球が毎日被っている変質を停止させるために残された時間は切れつつある。すべての男女が、子供が、この仕事に彼らの役割を果たさなければならない。まさに時間はない。S.O.P.* われわれの惑星を救え!

〔*編註= S.O.P. とは 英語のSave Our Planet(われわれの惑星を救え)の頭文字であり、これはやがて、われわれの惑星を救済するための行動をすべての人間に呼びかける国際的な合言葉になるだろうということを明記しておきたい〕

金融システムはどこで持続可能性と衝突するのか

マリーケ・オプテンノールとアネリース・オプテンノールによるクラース・ファン・エグモンド氏へのインタビュー

クラース・ファン・エグモンド氏は、オランダ、ユトレヒト大学の持続可能性と環境学の教授である。彼はまた、国立衛生環境研究所およびオランダ環境アセスメント局の理事でもある。エグモンド氏は、今でも名誉教授として環境問題(エネルギー、気候変動、汚染など)のゲスト講師を務めており、価値指向(世界観)や文化的側面、金融経済システムなどを含む、より広い持続可能性の問題へと焦点を移すようになった。ごく最近では、エグモンド氏は財政経済的、社会的、文化的な側面の持続可能性に関する著書や記事を発表しており、中でも注目すべきは、2014年の『持続可能な文明(Sustainable Civilization)』である。マリーケ・オプテンノールとアネリース・オプテンノールが、本誌のためにエグモンド氏にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): 1972年にはローマクラブの報告書『成長の限界』があり、1980年にはブラント報告書がありました。地球上のすべての生命と共に、私たちの地球は大きな危険の中にあることを、私たちが約50年後の今になって初めて理解し始めたのはなぜなのでしょうか。このような情報を積極的に妨害する既得権益や勢力があったのでしょうか。
クラース・ファン・エグモンド:まさにそのとおりです。私たちの社会には、現在でもそのような意識を妨害する巨大な勢力があります。過去40年間、圧力団体は彼らの利益を守るために「科学者」を雇ってきました。何千万人もの人々が、これに巻き込まれてきました。歴史を通じて、必ず反対に働く勢力がありました。これを保守主義と呼ぶことができ、既存の構造や現行の経済にしがみ付く傾向を示します。なぜなら、ここが彼らの利益が埋め込まれているところだからです。私は学生への講義で、ジャレド・ダイヤモンド氏の著書『文明崩壊』(草思社、2005年)をよく引用します。ダイヤモンド氏は、環境変化の結果として、なぜ様々な文化が消滅しているかという疑問に踏み込んでいます。彼の(1,000ページ後の)結論は、このようなすべての文明では、問題の発生に直面することになり、物事は悪化していきますが、結局は若い世代が間に合ううちに対処することを上の世代が妨げます。現状にしがみつくことは悲劇的な現象であり、発展への障害を形成する様々な既得権益の結果です。経済学では、すべてのものが自らを刷新し、変化は正常であることを学びます。動いているシステムでは、静的であることは不可能です。オランダでは鉱夫はすでに鉱山にはおらず、イギリスでは列車はすでに蒸気では走っていません。機関士は、今では別の職に就いています。つまり、テクノロジーや経済構造そのものに継続的な技術革新があるのです。しかしながら、例えば石炭や鉱山に既得権益を持つ人々には、問題があります。一方で、少数の下にある経済的な力の集中は継続し、手に負えなくなります。私が興味をそそられ、驚いたことは、過去数百年の間、西側の覇権が続いてきたことです。テクノロジーは西側を優位な立場に置き、私たちは土地や企業など、すべてを実際に購入することができました。今では中国やインドの力が本当に大きく、彼らは西側で何でも買うようになりつつあり、私たちは政府にそのことから私たちを守るように求めています!  私たちが現在経験しているのは、転換点です。それでも、ローマクラブの報告書が発表された1972年から、少なくとも私から見て、人類は進歩していません。

SI: 私たちは、クリーンで持続可能な環境と健全な地球を達成しながら、同時に「市場の力の神話」のルールである競争と貪欲を維持できると、あなたはお考えですか。
エグモンド:そうは思いません。私はそれに関して本を書いており、2番目の本でもこの疑問を検証しています。持続可能性の問題は価値観の問題であり、テクノロジーの問題ではありません。ある程度のテクノロジーは必要ですが、持続可能な開発の議論をする場合、開発したいものは何なのかを知る必要があり、それは「価値が込められた」選択肢です。それは主観的で、相対的です。私たちは、所有ともっと多くの物質が自分を幸福にすると考えており、その場合、地球の資源を使い果たそうとする地点にまで達します。経済の構造全体が、素早く「買って捨てる」ことに基づいています。物を買い、それをすぐ後で投げ捨てるのです。このようなことを続けることはできません。価値観と優先順位を調整することに成功した時に初めて、私たちはより良い人類になるでしょう。私たちは物への執着を減らす必要があります。ヨーロッパの文化、宗教、哲学、神話、大河小説、伝説、お伽話など、すべての歴史には二つの極、つまり物質と精神の間での均衡の維持に関するメッセージが含まれています。それは動的な均衡です。あなたは物質的な姿勢を選ぶことができますが、「精神的な」姿勢を持ち、芸術や音楽を愛することもできます。基本的な疑問の一つは、自分のことに夢中になり自分のエゴに没頭するか、他人や隣人や自然ともっと関わるかということです。私たちは自由意志を持っていますが、意思が一つの方向に極端に偏った場合、その傾向は、他のすべての人の価値を犠牲にするような強迫観念となる可能性があります。そのような一方向への偏りは、しばしば他のすべてを犠牲にして追求されるものであり、通常は暴力や衝突に向かう傾向があります。そして「持続可能性」の概念は不可能になります。

SI: リンカーンは1865年に、通貨を創り出し流通させることは政府の義務であると語ったとあなたは書かれましたが、現在では世界中の銀行に委ねられています。政府による通貨の創造は、社会や一般大衆に対してどのような影響があるのでしょうか。
エグモンド:通貨を創造し流通させることは原則として社会の問題であり、したがって政府の問題ではないことに確信を持つ人々は、私を始め、私の同僚で増加しています。これは新しい問題ではありません。アリストテレス以来、多くの歴史上の人物、哲学者、経済学者、政治家などが同じような考えを持っていました。金融システムは現在のシステムの中心に深く組み込まれているため、システムを真に持続可能な方向に動かすことは、あなたがその変え方を知っているときだけに可能です。そうすると、非常に異なった価値のアイディアが意味を持ってきます。1865年にリンカーンは、政府は通貨を創り出し流通させるべきだと言いました。「通貨を創造し発行する特権は、政府の最高の権限であるだけでなく、最大の創造的な機会である。……通貨は人類の主人であることをやめ、召使いとなるであろう。民主主義は、通貨の力から脱するだろう」もし銀行ではなく政府(つまり私たち)が、通貨を創造することを許されるとしたら、現在起こっているように、住宅価格や株価を押し上げるだけの悪いタイミングではなく、良いタイミングで通貨の創造を行うことができます。2008年の前回の危機は大惨事でした。そこからポピュリズムが生まれました。一般に言われているように、難民危機から生まれたのではありません。それは後の付加的な要因であり、2008年の財政危機の背後にある主要な問題ではありませんでした。私たちは今、次の危機に向かっています。銀行は悪いタイミングで通貨を創造しており、それは経済において高値と安値をつくり出します。リンカーンによると(アリストテレスの例に従うと)、私たちは(政府として)通貨を適切なタイミングで自ら創造する権利を持っています。もし経済が崩壊し始めれば、国民に雇用を再び提供するために、私たちはインフラなどに投資します。これは、浮き沈みを抑えることにつながり、より平衡したシステムをつくり出します。そして別の利点として、私たちは、コミュニティーとして何十億ユーロもの資金を利用できるでしょう。現在は私的領域に漏れている資金を、教育、医療、ベーシック・インカムなどに使用できるのです。そして、選択は議会制民主主義にかかっており、銀行が現在しているように、国民が一定水準のインフレを許容すれば、もっと多くの資金が利用可能になるでしょう。リンカーンの論点は、管理は政府の下にあるべきだというものでした。その場合、労働コストはもっと安くなり、原材料はもっと高くなり、全く違った社会になるでしょう。システム全体は別の方向にゆっくりと動き、それは革命ではなく、緩やかな過程です。あるものは、例えば航空運賃などは、より高度なテクノロジーが利用可能にならない限り、より高価になるでしょう。銀行で働く金融専門家に対して私たちがしばしば説明する必要があることは、銀行が通貨を創造するということです!
危機が再び発生すれば、状況全体が不安定になると私たちは考えています。人々はもはやこれを許容することはないでしょうし、それは変化を意味します。政府は、国民の雰囲気を常に気にかけます。グローバリゼーションのため、政府は株式市場を怖がります。これはあり得ない状況です。過去には政府はローマ法王の恐怖に震えていましたが、今では株式市場を恐れています。政府にとっては、グローバリゼーションに従うこと、つまり国中で起こることを決定する強力な多国籍企業が揮う市場の力に従うことは、政治的に持続可能ではありません。そのような国では、国外の投資家が市内の全区画を購入し、若い人々が家を購入できないようなことが起こります。フランスの「黄色いベスト運動」のような政治的抗議やヨーロッパのポピュリズムを見てみてください。金融秩序の根本的な改善は、公的な機能と民間の機能のバランスを改善することによってのみ、実行可能です。

SI:人類は一つであり、魂として文字通り結び付けられていて、家族のように互いに支え合う義務を伴うことを大人や子供が教えられるとしたら、どのような影響がありますか。
エグモンド:はい、このことを子供たちに伝えるべきです。多くの人は、自然に触れ合っている時などに、いわゆる「一体性の体験」をしたことがあるかもしれません。そのとき、私と他者、天国と地球、霊と物質など、すべてのものがつながっていることを認識します。イレーネ王女は、その意識を少しでも伝えるために、オランダで「自然大学(NatureCollege)」を設立しました。彼らの特別に訓練を受けた森林監督官は、都会の子供たちに、人生で一度だけであっても、自然界の体験を提供しています。あなたが実際に言われているのは、私たちの真の性質は何かを、自分と他者とのつながりと共に、子供たちに教えるべきだということではないでしょうか。そこにすべての人の責任があります。過去500年から600年の間のすべての文化的な物語、例えばパルジファルのオペラやシェイクスピアの作品などは、すべて同じ考え方に関するものです。あなたは部分であり、同時に全体でもあります。学校ではこのことを取り上げるべきであり、あなたはこれを子供に教えるべきであり、そして宗教的な構成要素もその一部となるでしょう。しかしながら、宗教的な人々は、自分たちが唯一の真実を持っていると主張することはできません。この考え方は、ヨーロッパに間違いなく深い傷跡を残しました。科学もまた、唯一の真理を持っているわけではありません。しかし、現在世界中で起こっていることですが、科学者の発見を否定し、気候変動は作り話だという主張は、受け入れることはできません。客観的事実を疑うことができるのであれば、地球は失われてしまいます。それは、私たちが環境の状態に関して同意できないことを意味することになります。医学の分野では、診断が不可能になります。基本的な科学的事実に同意できないのなら、手術前の血液検査をどうして信用しなければならないのでしょうか。根本的な哲学的疑問は、もちろん次のようなものです。つまり、私たちは自分たちが誰であると思っているのか、そして、それをどのように知るのか、ということです。文明が何千年も続いているのにもかかわらず、依然として欠けているものは、多かれ少なかれ、人間の本質的な性質のビジョンと、その結果としての社会の目的です。個人と社会の両方にとって何が本当に重要であるかについての意見は、依然として大きく分かれています。私たちは、何を開発すべきなのかについて明確でないままに「持続可能な開発」について議論します。ビジョンが欠けているため、一方的な力が優位に立ち、漂流している社会が自分自身の戯画になります。そして、安定への模索は、しばしば原理主義的な宗教や全体主義の形を取り、別の場合には、物質主義、快楽主義、同様に原理主義的な資本主義の形を取ります。社会や文明を維持するためには、人間や社会にとって不可欠な価値観に基づく新しい倫理と「持続可能性」という新しい視点が必要です。アルベルト・シュヴァイツァーは、著書『文明の哲学(The Philosophy of Civilization)』の中で、文明を次のようなものとして描写しています。「進歩が各個人の霊的完成のために役立つ限りにおいて、あらゆる視点から、あらゆる行動を行う人間と個人によって成されたすべての進歩の総和」として。

高次元意識への接近

ダンジャ・ミュラーによるフィリス・クリスタル氏へのインタビュー

フィリス・クリスタル氏は1914年にロンドンで生まれた。彼女は大学の教育学部を卒業後、アメリカに移る前に3年間高等学校で教えた。91歳の2004年に、彼女はドイツのミュンヘンに移り、95歳の時にスイスのチューリッヒに移り住み、2016年の12月に102 歳でイギリスで亡くなった。1950年代の終わりころ、クリスタル氏と一人の親友は、彼らが高次元意識(HiC:Higher Consciousness)と名付ける内面の英知の源に、実験的かつ定期的に接触することを始めた。それ以来、高次元意識に接触するのにシンボルを使用し、これを発展させて視覚化の方法を採用した。この技術は、外的な安心と支配への執着から人の意識を解き放ち、個人を、外部の何かではなく自己内部の高次元からの助力と指導を求めるものである。フィス・クリスタル氏は、この方法を分かち合うために多くの国でセミナーを開いてきた。彼女の最初の本『束縛の鎖から解き離たれて(Cutting the Ties that Bind)』は1982年に発行され、続いて『束縛の鎖からさらに解き離たれて(Cutting More Ties that Bind)』が発行された。また、この2冊に付けるワークブックも発行された。彼女は他にも、『サイババ:究極の体験』を発行している。彼女は生前、インドのマスターであるサイババをとても崇敬しており、この本でサイババとの体験を回顧している。フィリス・クリスタル氏は、この方法が即製のものではないことを強調している。彼女によると、人は変化を求めて外のものを無暗に求める代わりに、自ら進んで自己変革と自己向上の必要性に集注するならば、必ず支援が与えられると強調している。ダンジャ・ミュラーは、クリスタル氏の2013年の集中講義コースに出席し、シェア・インターナショナル誌のためにクリスタル氏にインタビューした。

シェア・インターナショナル誌(以下SI):過去50年間、あなたは、人々がしがらみに満ちた習慣や過去の苦痛に満ちた経験から解き放たれることのできる方法を発展させて来られました。この方法がいかに有効かについて話してくださいませんか。
クリスタル氏:私たちは、何かまたは誰かの支配から私たちを解放する方法を伝えてまいりました。もし私たちが、自分たちの生活を素直に(虚心坦懐に)見つめれば、私たちは、他人や記憶や習慣が私たちを支配しているばかりではなく、私たちもまた、他人を支配していることに気がつくことでしょう。そこで私たちに最初に与えられるものは、「数字の8」です。これは個々の人は自分自身のサークル(円)を持っており、二人が数字の8を共有していることを示す象徴です。私たちは、この数字を使うことで、一時的に誰か一方が他方を支配することをやめるのです。そうすれば(人間関係が)うまく機能するようになります。子供は特にこれに反応します。今日、とても多くの子供、幼稚園児でさえもが問題を抱えています。一方で他の子供は大変に攻撃的です。彼らが数字の8を使う作業を行うと、自分たちが一つのサークルにいて、他の子供がもう一つのサークルにいることを知るようになり、攻撃が収まります。要するに事態が動くのです。

SI:どのようにしてあなたはこの方法を見つけたのですか。
クリスタル氏:ある友達と私がある日、昼食を摂っていて、主婦であったり母親であったりの立場から、自分たちの命についておしゃべりをしていました。当時私たちには仕事が与えられておらず、私たち二人は大学を卒業していたのですが、それは正常ではありませんでした。私たちは、これはただ二人だけの問題ではないと考えました。そして私たちは、時々、問題に直面し、意識的にそれを解決しようとベストを尽くすのですが、解決に至らないことに気づきました。私たちは時に腹を立てて投げやりになったりします。そしてもうだめだと言います。でも夜に夢を見て、答えが見つかったりします。または、次の朝目覚めてみるととても明瞭な答えが得られたりします。そこで私たちは、心のどこかに答えをもたらす部分があるに違いない、そこに触れてみようと的を定めました。私たちは漫然と「潜在意識」や「現在意識」そして「超意識」という言葉を知っていました。私たちはただ漠然と(その存在を)気づいていた超意識にコンタクトしようとしました。その結果うまくいったのです。このようにして、(超意識と接する)方法を行い始め、それを広めることになったのです。

SI:あなたの本で紹介されている視覚化のエクササイズはとても簡単なように見えます。あなたが行うセミナーでは、参加者は、この方法がいかに自分の人生を変えたかの体験を分かち合います。自分たちの子供時代に受けた奥深くに潜んでいるトラウマでさえ解決できています。このような単純な視覚化と、明らかに進行している深層での癒しとの間に働くメカニズムは何でしょうか。
クリスタル氏:とても単純なステップを踏んで行われます。まさにそれは私たちに与えられているものであって、時にはわずかなステップにすぎないように見えます。最初私たちは数字の8についての見方が教えられます。それから、私たちの親が何らかのステージで私たちをいつも支配しようとしていたことが示されます。過去の思春期の儀式を振り返ってみましよう。古代の人々は若い人が思春期に達したときに賢い方法でその時期を通過させました。彼らは少女を「ロングハウス」と呼ばれるところに呼び出します。少年は別なロングハウスに呼ばれます。それから賢い婦人が少女に、賢い男性が少年に、どのようにして両親から独立し、どのようにしてグループの立派な一員になれるかを教えます。世界のあるところでは今もなおこの方法がとられています。多くの本に、動物が自分たちの縄張りを守ろうとする行動について書いてあります。この方法では、私たち人間よりも動物の方が熟達しています。もしあなたが犬や猫を飼っているなら、特に1匹以上の動物を飼っているならば、このことをよく知っておられるでしょう。それぞれのペットは家の中に自分自身の居場所を持っています。そしてもし他の動物がこの場所に入り込もうとすると、争いが始まります。しかし人間はそのことの意味を認識してはいません。これが、私たちがこの方法を使って始めるために数字の8を採用した理由です。このことは、私の最初の本である『束縛の鎖から解き放たれて』の中に記されており、ワークブックの中に非常にはっきりと描かれています。『束縛の鎖から解き放たれて』の儀式はかなり長くかかります。約1時間かかります。それは徹底的であり、両親との束縛を断ち切り、次に私たちの生活を「支配」している誰かの束縛を断ち切ることから始めます。次の本『束縛の鎖からさらに解き放たれて』は、習慣とか常習的な癖、そしてあらゆる種類の非人間的な要素といった、他の種類の支配から自由になるように導きます。

SI:あなたはワークショップで、参加者にいつも視覚化の初めに「高次元意識」に接触することを勧めておられます。「高次元意識(Higher C)」は何を意味しているのでしょうか。
クリスタル氏:高次元意識とは精神(spirit)の魂(soul)です。街に住んでいる男女にとっては、高次元意識について考えることすらとても難しいことです。私たちは七つまたは八つのシンボルのある小冊子を用意しています。この冊子の中では私たちが日常使っている意識と、記憶として蓄えられている潜在意識の概要が示されており、次にこの高次元意識が示されています。この冊子は、いかにすればこの接近が私たちの助けになるかを、シンボルを使って説明しています。この種の事柄について何のバックグランドもない読者のために2冊目の冊子もあります。この中で私は残りのシンボルについて紹介しています。これらすべてによって、高次元意識にどうしたら接触できるかが説明されています。高次元意識とは、私たちの本来の自己であり、身体が死んでもわれわれと共にあり続ける存在なのです。

SI:あなたは訓練のセッションの中で、この方法が「新時代の心理学」になると語っておられます。このことについてもっと話してくださいませんか。
クリスタル氏:あなたはおそらくサイババについてお聞きになったことがあるでしょう。この事柄について本を書くことを促したのはまぎれもなく彼(サイババ)でした。そうでなければ私は決して本を書こうとは思っていませんでした。本を書くことは私の心にはありませんでした。私がサイババの前に座っていた時に、彼は「あなたは本を書くべきです」と言ったのです。彼の言葉によって私は本の執筆を始めました。彼は私にまた、原稿を持ってきなさい、そうすればそれを祝福してあげましょうとおっしゃいました。彼が原稿に祝福を与えた時、彼は私に、できる限り多くの世界の人にこの方法を知らせるために本が出版されるべきであると語りました。サイババは後日、別なインタビューにおいて、これは人々が自己変革するのを助けることができ、同時にもっと愛のある、もっと哀れみと助け合いのある世界をつくることができる方法が示されていると説明しました。彼はいつもその時代のことを「黄金時代(The Golden Age)」と呼んでいました。そして四つのユガがあると説明したものです。(彼によると)私たちはまさに第4番目の、もっとも破壊的な時代を終えつつあり、最も建設的なユガの時代に入りつつあるというのです。この方法は、否定的な習慣や状況、そして「新時代(New World)」にふさわしくないものを取り除く機会を私たちに与えてくれます。

SI:この世界は、環境危機や世界規模の飢餓や核廃棄物などの数々の大問題に直面しています。あなたの方法は世界にもっとバランスの取れた状況を招く助けとなり得ますか。
クリスタル氏:この方法は人々が自己変革するのを助けます。そして世界は人々が集まってできていますから、もしたくさんの人々が個人として変われば、必然的に世界が変わるはずです。なぜならば、最終的に「積極的な力」は否定的な力を凌駕するからであり、その力によって加速度的に人々は自由になるからです。

SI:あなたはこの積極的な方法を行っているモデルとして、今もなおこの方法を世界中に広げるために働いておられます。あなたが99歳というのに、このような挑戦的な試みを続けておられるそのエネルギーはどこから来るのでしょうか。
クリスタル氏:それはただ高次元意識に接触し続けることによってです。サイババは私に、可能な限りこの方法を世界中の人に届けなさいとおっしゃったのです。この言葉が支えとなって、なおもこれを喜んで続けているのです。

SI:あなたの「ライフワーク」をお続けになる個人的な望みを何かお持ちでしょうか。
クリスタル氏:もっと多くの人が心を開いて、一人ひとりを高次元意識と呼ぶ存在に結び付けるこの方法を受け入れるにつれて、やがてもっと一般的に受け入れられるようになるでしょう。

詳細は:Phyllis Krystal foundation:www.phylliskrystal.com 参照

分かち合いの経済

ダルハ・ブティックによるロック・クラリ氏へのインタビュー

経済学者、教育者、作家、ブロガーのスロベニア人ロック・クラリ氏は、シリウス・カムニック中等学校特殊学級で働いている。彼は協力の原則と物の公正な分かち合いの原則に基づいた代替的な経済モデルを開発し促進している。彼はスロベニアで何冊かの著作があり、協力と物の相互分かち合いに基づく新しい経済的手法について世論を喚起している。ロック・クラリ氏はダルハ・ブティックによるシェア・インターナショナル誌のインタビューを受けた。

シェア・インターナショナル(以下、SI):「経済」という言葉はどういう意味ですか。経済とは本当に生産、資本の増大、資源の搾取にのみ関わるものですか。
ロック・クラリ:「経済」という言葉はしばしば恐ろしい言葉に感じられます。経済とは経済の専門家にとっての問題のように思われます。彼らの言葉はしばしば理解不可能で私たちには専門的すぎるので、私たちが自分でする代わりに経済的なことは彼らに考えて実行してもらえばいいと考えてしまいます。しかし、そうであるべきではありません。経済は本質的に単純なものであり、私たち全員に関わるものです。実際には、私たちは皆、経済学者なのです。経済という言葉は古代ギリシャ語のオイコス(家、家族、家族の所有物、品物)とノモス(管理する、支配する、法)の複合語です。経済の元々の意味は、「家庭環境(家庭、家計)の賢明な管理」と「家族全体への日用品のための関連する品物(建物、土地、生活用品)」という意味です。後に、その定義はより広い共同体──家族全体、全市民の家としての国家──に拡張されました。今日では、私たちは最も広い意味で経済を理解しなければなりません。例えば、地球環境の賢明な管理、私たちの共通の家としての地球、そしてその家族全体の──人類の──日用品の賢明な管理という意味です。個人と家族の一員として、また地域社会のメンバーとして、あるいは国家や地球の一員として、私たちは経済学者であり、共通の環境と物をいかに管理するかを学び、皆が豊かに生きると同時に未来の世代のために地球を保全することができるようにならなければなりません。これは経済の本質です。

SI:今日の経済はどのようなものですか。
クラリ:今日の経済の特徴は貪欲、利己主義、争いであり、経済学者は競争という心地よい呼び方をしています。競争と利己主義はスポーツにおいて受け入れ可能であるとしても、経済の分野ではそれらは完全に破壊的です。なぜなら、それらはある人々に極端な富をもたらしますが、大半の人々に貧困と苦痛と不必要な死をもたらすからです。人類すべてに属する物を求めて競争し、多数の犠牲の下にそれを所有することは、現代社会の最大の諸問題──飢饉と貧困、軍事や社会紛争、気候変動と環境汚染、経済危機、移民など──の根本原因です。

SI:どうやってすべての人々に役立つための将来の経済を形成すべきでしょうか。
クラリ:経済がすべての人々に役立つために、それは協力と分かち合いの原則に基づいているべきです。実際には、そのような経済制度は分かち合いの経済と呼ばれます。この制度の本質は、すべての人が基本的必要を満たすことのできる物にアクセスすることができるように物を分かち合うことです。基本的必要とは、世界人権宣言において基本的人権として明記されているものです。それらは、食料、水、衣服、住居、医療、教育です。分かち合いの経済は地方で、国家で、グローバルなレベルで組織し実行可能なものであり、家族や家計の中で常に存在してきたものです。

SI:グローバルなレベルで分かち合いの経済のための計画は存在するのですか。
クラリ:最も期待の持てるアイディアの一つは、グローバルな規模で国家間の物資の分かち合いを調整する新しい機関を設立することです。最良の選択肢は国連機関の活動の中に設けることです。国々はその主要資産の余剰と不足をその機関に報告し、特に基本的必要を満たすために必要なものについて報告します。その機関は、これらの物資の総評を行い、輸送を調整し、欠乏している地域に輸送します(今日の市場はこの機能が非常に不十分です)。私が強調したいのは、今日はすでにこれを可能にする情報コミュニケーション技術、輸送、ロジスティクスが存在するということです。物資のグローバルな分配のための機関はハブの役割を果たし、言い換えれば、食料、水、医薬品、医療品、衣服、エネルギー資源などのような主要なグローバル物資の流通と分かち合いの核心です。したがって、この機関はこれらの物資を所有せず、調整者、仲介者の役割を果たすだけです。国々自身が物資の直接輸送を提供し、インフラや学校(医師やエンジニアのため)の建設の援助をします。

SI:国家と地域のレベルでの分かち合いの経済についてはどうですか。あなた自身は分かち合いの原則を実行する具体的なプロジェクトに参加されたことはあるのですか。
クラリ:いわゆる福祉国家はある程度物資の分かち合いに基づいています(その良い例がいわゆるスカンジナビア諸国です)。共通の資金は税金や他の寄付などから充填され、多かれ少なかれ公正にすべての市民の間で分配されます。例えば公共教育、保健、社会保障、共通のインフラの形態を取ります。不幸なことに、さらに大きな程度で、商業主義の影響の下でこの原則に従う国はますます少なくなっています。ローカルなレベルでは、私たちはすでに多くの形態の分かち合いの経済を持っています。例えば、自転車、車、衣服、道具や他のアクセサリー、サービスの分かち合いなど。不幸なことに、ここにおいてもますます利潤が重要になり、相互協力、理解、共感、尊重、そしてもちろん互いの愛に基づく分かち合いの経済を破壊しています。この側面は、家族を除いては、今まで経済において知られていませんでした。しかしながら、地域社会においては、世界のほとんどすべての場所で、物資の分かち合いの様々な形態が出てきて栄えています。例えば、私が教えている学校では、長年私たちはいわゆる見本市を組織していて、そこではおもちゃ、衣服、家の調度品、スポーツ用品、書籍を交換したり寄付したりしています。すべての品物が同じ価値があり、見本市の前に一つのクーポンと交換します。余剰のクーポンを持っている人々は通常それを社会的経済的に不利な状態にある人々に、愛情、報酬、友情のしるしとして寄付します。見本市の場では、クーポンはすべての見本市の品物のための「支払いの手段」です。社会的に不利な立場にある人々は、自分たちが劣っているとか、今日のチャリティーに共通の結果である「感謝することを強いられている」とは感じません。より広いレベルにおいても、分かち合いは同じ効果を持ちます。

SI:あなたが提唱する分かち合いの経済という概念は、一般に受け入れられているものとはかなり異なっていませんか。これらのアイディアは世界の経済の流れと一致するのですか。
クラリ:最近、政治家や経済学者は循環経済について語っています。それは少なくとも分かち合いの経済の最小限の特徴を含み、それは特に物質が長い時間をかけて人々の間を循環し、「購買──使用──廃棄」という原則とは異なるという意味においてです。しかしながら、分かち合いの経済の概念とより共通するのは、普遍的ベーシック・インカム(UBI)というアイディアです。UBIでは、少なくとも最も緊急で本質的な物資とサービスの支払いに十分な月収を同じだけ全員が受け取ります。しかしながら、この場合の大きな危険は、通貨制度が市場の法則と反復する危機に従属することです。したがって、より良い「通貨」とは、誰もが基本的必要を満たすことができる主要な物資とサービスへの普遍的なアクセスであり、それは分かち合いの経済の核心でもあります。

SI:肯定的に総括するために、人々が相互の物資の分かち合いの原則を実行することに成功している実例を示していただけますか。
クラリ:歴史上、マーシャル・プランが際立っており、それはアメリカ人が、財政的物質的援助の拡大によって、第二次大戦後のヨーロッパの急速な復興を可能にしました。多くの人々が今日グローバルなマーシャル・プランを支持しています。現在、豊かな国々が余剰資源を森林伐採地域に提供しています。財政と「慈善」の援助だけでなく、基本的インフラ、学校、病院、発電所、井戸、衛生設備などの建設もあります。豊かな国々はこの種のプロジェクトにとって十分な財政的物的資源を持っています。これはグローバルな分かち合い経済にとって大きな導入です。この比較的短い期間(おそらく数年間)の経験に基づき、人類はグローバルな日用品の分かち合い(例えば、私が前に述べたようにグローバル物資の分配の枠内において)を定式化することができ、それが永続的に飢餓と貧困を除去し、結果的に、今日の人類を束縛している相互の国際的な不信感、恐怖、不安を除去するでしょう。ですから、私たちは真に繁栄と相互尊重と平和の新しい時代に入っていくでしょう。そして遂に、これと共に、力強い愛のエネルギーそのものが、地上で初めて顕現し始めるでしょう。ロック・クラリ氏の著書『Ekonomija delitve: uresni itev 25. lena v 21. Stoletju(分かち合いの経済──21世紀における25条項の実現)』『Kako deliti dobrine(いかに物を分かち合うか)』『Pravi na delitev dobrin(物の公正な分かち合い)』『Svet za vse(皆のための世界)』

ベンジャミン・クレーム「分配と再分配にのみ携わる新しい国連の機関が設置され、それに関連する問題を取り扱うでしょう。その長官には覚者か、あるいは少なくとも第3段階のイニシエートがなるでしょう。必要とする人々に正しく食糧が分配されるようにすることが彼らの責任でしょう」(SI誌1989年12月号)マイトレーヤは、世界資源の再分配を通して分かち合いの原則を受け入れることを呼びかけるだろう。食糧、原料資源、エネルギー、テクノロジーの知識の大部分は今日先進国によって占有され、(浪費され)ている。われわれが分かち合いの原則を受け入れる時(各国の政府は世界世論によってそれを強いられるだろう)、各国は必要分以外の余剰を世界への信託として移管することを要請されるだろう。各国はその資源と必要の明細目録を作ることを要請される。これらの統計はコンピューターに入れられ、この目的のために設置される国際連合の機関が、この情報に基づいて世界資源の合理的な再分配の計画を作る。このようにして先進国と後進国との間により良いバランスが達成される。再分配のプログラムは、実施に2~3年かかると見積もられている。この企画のための計画と青写真は高度のイニシエートたち──相当な実績を持つ経済学者、金融財界人、産業人──によって、すでにかなり以前に作られており、その実施を求める人類の要請を待つのみである。高度に複雑な物々交換の形態が今日の経済システムに取って代わるだろう。(SI誌1986年1/2月号)

変化の促進者となるように女性に力を与える

エリッサ・グラーフによるオーラ・フリーダム・インターナショナルのマリッサ・コッコロス氏へのインタビュー

オーラ・フリーダム・インターナショナルはカナダの慈善団体であり、女性に対する暴力や人身売買を終わらせるために、カナダや世界中で活動している。2018年11月に、エリッサ・グラーフがマリッサ・コッコロス事務局長に、トロントでインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):オーラ・フリーダムについてお話しいただけますか。何をきっかけとして設立されたのですか。
マリッサ・コッコロス:私は常に燃えるような正義感を持っていました。それは、何らかの形で不当な扱いを受け、抑圧され、置き去りにされながら、どうにかして復帰し、尊厳のある生活を送り、正義を見届けることができた人々の意識です。私はイタリアに住んでいたことがあり、そこを拠点として何度も旅をしました。私は様々な国に行き、世界中の女性の社会的地位について研究した結果、本当に多くの国で私たちは同じであると分かりました。私たちはどの国に住んでいても、村の責任を背負い、水を背負い、財政を背負っていたりします。私は、アフリカの幾つかの国、ネパールとインド、ヨーロッパの国々に滞在し、同じパターンを見て、「何かをしなければならない」と思いました。私は、イタリアの自宅の前で物乞いをするナイジェリア人の女性と出会い、友人になりました。あるとき彼女が携帯電話で英語を話しているのを聞き、彼女が英語を話すことを知っていました。私は彼女に「コーヒーでも飲みに行きませんか」と誘いました。私たちは朝食をとり、彼女は私に体験を話しました。彼女は、衣料品店での仕事を約束するナイジェリア人によってナイジェリアからミラノに人身売買されました。彼女は、本当に貧しい村の出身でした。私は同じような話を、数多くの国で聞きました。そしてまさに地元のトロントでも、別の角度から聞いたのです。

SI:彼女に出会ったのは、人身売買されている途中でしたか。それとも逃亡した後でしたか。
コッコロス:彼女は以前にトリノで売春をしていて、私が彼女に会ったときには、すでに辞めていました。彼女は私の目を人身売買に対して開いてくれ、それから私は、世界中で人身売買の調査を開始しました。最終的に私は、メンターの一人とネパールに行くことになりました。彼女の名前は、アヌラダ・コイララです(本誌日本語版、2012年8月号のインタビューを参照)。彼女はネパール人の女性で、本当に驚くべき仕事をしました。私はただ彼女から学びたくて、文字通りネパールに行き、彼女の家をノックしました。彼女は私を招き入れてくれました。今では、彼女は3回もカナダに来たことがあり、私の家の空いている部屋に泊まり、私が今知っている沢山のことを教えてくれました。私は人身売買の世界的な視点を持ちましたが、トロントの家に戻りオーラ・フリーダムを始めたとき、人身売買がまさに地元のトロントで行われていることを知りました。

SI:では、あなたの地元のトロントで人身売買がどのようなものかに関して、一番驚いたことは何ですか。
コッコロス:それが映画で見るものとは違うことはご存じでしょう。映画では、女の子は薬漬けにされ、車で国境を越えて運ばれるか、あるいは、何らかの形で操られ仕事を約束されます。トロントでは「ロメオ・ポン引き」です。彼らは愛の約束をします。そして共通しているのは、付け込まれるような弱さがあることです。弱さが貧困であれ、女の子の自尊心の感覚であれ、自分自身でいてもいいと思うだけでは十分ではありません。女の子は、男性が言うことを何でも信じるでしょう。私が気づいた世界中での共通点は、少女たちの価値が認められていないことです。そして少女が先住民や有色人種の他のコミュニティーの出身の場合には、なおさらです。女性や少女の価値が十分に認められていれば、付け込むのは難しいと思うでしょう。それは、私にとっての根本的な動機です。それは貧困だ、警察活動の欠如だ、などと言う人々と議論をしたことがあります。しかし、男女不平等、家父長制度、植民地主義、組織的な人種差別主義には、本当に対処しなければならないと私は確信しています。取り残された女性や少女のコミュニティーが力を持つ必要があります。結局のところ、力を持った人物に付け込むことは、非常に難しいのです。そのため、私は「トロント反人身売買ネットワーク」と共に市内で多くの活動を行い、現在は1年限りの資金を提供するトロント市と共に活動しています。私は6人の若い女性を受け入れました。彼女たちの多くは人身売買の経験者です。そして私たちは、研修や指導により、彼女たちが外に出て、自分たちのコミュニティーで同僚と一緒にアウトリーチを行えるように援助しています。

SI:あなたは、トロントで援助できた人たちと、どのようにして出会ったのですか。
コッコロス:彼らはあらゆるコミュニティーにいます。それはどこででも起きるのです。人身売買の供給源の国であれ、実際に搾取される国であれ、世界で人身売買のない国はありません。私たちが着る服から、飲むコーヒーや性風俗まで、どこにでもあります。私は、トロント市でコミュニティーの会合に出席することから始めました。お話ししましたように、反人身売買ネットワークのお陰で、市内で誰が何をしているのかに詳しくなり、問題は巨大であることが分かりました。そして私は、学校でのアウトリーチ活動を開始しました。私たちはプレゼンテーションをつくり上げました。反応率は83%です。つまり、私たちが外部でプレゼンテーションを行った後で、83%の確率で若者が私か私の同僚に話しかけます。私たちは必ず、性的暴力を熟知している訓練を受けたトラウマ・カウンセラーと共に行動します。彼女は、カウンセリングを行うために、人身売買に関して教育を受けているのです。次に私たちは、カウンセリングや被害者に対する治療を提供している市内の団体との提携を開始しました。私たちのプロジェクトが、教育と知識に基づき、子供たちに情報を与えているために、彼らは信頼してくれています。私たちは9年生か10年生から始めます。なぜなら、その位の年齢が付け込まれる年代だからです。オーラ・フリーダムは、今でも非常に小さな草の根団体であり、市から資金援助を受けています。フルタイムのスタッフは私だけです。可能な場合に援助してくれる理事会があり、現在ではこの6人の若い人がアウトリーチ活動をしていますが、市内で私が知っている人たちのスキルを活用する必要がありました。一度私がエネルギーを注ぐと、それは起こったのです。扉が開き始め、人々が来て「あなたは助けが必要ですか」と言い始めました。私は本当にこのプロジェクトに確信を持っています。プロジェクトでは、少女たちに研修を行っています。プロジェクトは研修やカウンセリングや指導の費用を負担し、彼らが地元のコミュニティーで変革ができるように援助しています。6人の研修生が受けている教育や指導は波及効果を生み出し、彼ら自身の人生だけではなく、彼らのコミュニティーにも永続する違いを生み出すでしょう。すでにそのようになっています。私たちと共に活動するある若い女性は、実際に学校で私の元にやって来て「助けが必要です」と言った人たちの一人です。そして、それは繰り返されます。現在では彼女は、私たちと共に他の人を援助するために活動しています。暴力に対処する場合に本当に良い仕事をする唯一の方法は、被害者とつながることだと思います。私は人身売買の被害者ではありません。暴力の実際の体験はありますが、人身売買の経験は一度もありませんので、彼らと一緒に活動します。私の同僚の一人は先住民の人身売買の被害者であり、カナダ人です。私は彼女に助けを求め、大いに頼りにしました。彼女の名前はブリゲット・ペリエです。彼女は、このような少女たちのメンターの一人です。

SI:プロジェクトの目的は、少女たちが規則正しい日程に従い、学校で話をすることですか。
コッコロス:はい。学校や避難所で話をすることです。私たちは、青少年の避難所にも行って話をします。なぜなら人身売買は、ホームレスの青少年の間でも蔓延しているからです。売春の多くは必ずしも強制されたわけではないことを私たちは認識していますが、多くの場合に強制が関係しており、生活状況などから多くの影響を受けます。子供時代に性的虐待を受け、貧弱な社会福祉制度の裂け目に落ちてしまった若い女性たちを、私は見てきました。

SI:提携している団体について、少しお話しいただけますか。
コッコロス:「トロント性暴力危機センター」は、私たちの非常に大きなパートナーです。なぜなら、私たちが企画するプレゼンテーションに、彼らのカウンセラーの一人が必ず同席しているからです。そして、反応があった場合には、現地でトラウマ・コンサルティングが直ちに行われ、次に継続的なケース・マネジメントがあります。その提携関係により、私たちの若い世話役の一人がプログラムに入ります。彼女は、トロント性暴力危機センターから2年間のカウンセリングとケース・マネジメントを受けていたのです。オーラ・フリーダム以前にも、反人身売買の活動を行っていた団体があります。私たちは、まだ若い団体です。私たちは、カナダで2014年から慈善活動をしているにすぎず、4年の慈善活動状態を維持していますが、私たちだけではできません。私たちには、被害者のためのベッドを持つコヴナント・ハウスのような団体が必要です。私は一緒に活動することに確信を持っていますので、提携先のコミュニティーに問い合わせます。私たちはまた、数多くの政策の立案も行いました。トロント市の政府は、人身売買の被害者を巡る新たな戦略のための立案を私たちに求めました。被害者が住宅やより一層のサービスを得られるようにするためです。連邦の新しい反人身売買のプランが発表される予定であり、私たちはプランについて被害者に伝えることを依頼されました。

SI:あなた方は、「マイティ・ネパール」とも提携されていますね。
コッコロス:はい、私たちはマイティ・ネパールと共に、資金集めと活動を行いました。マイティ・ネパールはアヌラダ・コイララ氏の団体であり、そちらとの提携により、私たちはネパールで、何人かの被害者に援助や治療を提供しました。2015年の地震では、私たちは多くの出資を(カナダの様々な団体から)受け、イタリアとネパールの「アペイロン」という団体と共に女性に優しい空間をつくり上げました。それは、難民キャンプに設営する移動式シェルターでした。何千人ものネパール人に家がなく、難民キャンプが各地につくられ、それらは女性や少女にとって安全な場所ではありません。私たちはこうした仮設避難所をつくり、カナダのグローバル連携省の援助を受けていました。私は提案書を書き、2年間連続して出資を受け、私たちはネパールで10カ所の避難所を開きました。それは素晴らしいプロジェクトでした。それらはすべて、地元の方言を話す地元の女性たちによって実行されたものです。私たちは、そのプロジェクトを地元の女性たちと共に設計しました。私たちは環境を整備し、援助が必要な所で援助を行いましたが、基本的には、地元のコミュニティーから生まれるものでなければなりません。それは、文化的に適切である必要があります。私たちは教育を提供しており、このような若い女性や少女に、権利に関して情報を提供しています。私たちは、40以上の出生証明書や、離婚証明書を登録しました。それは、人々が全く経験したことがないことです。60歳の女性が、識字教室で初めてアルファベットを学んでいました。大災害後や、戦争やコミュニティーの移転の後で、少女や女性への救援は、本当に違って見えます。それは、力を与えることです。教育です。そうです。毛布や米は必要ですが、キャンプでレイプされたときに、あるいは夫や父親に虐待されているときに、あなたには権利があることを知る必要があります。あなたは助けが得られるのです。安全な移住と安全でない移住があります。少女たちがキャンプの外に連れ出され、孤児になることがあるのです。本当は、親が生きていて孤児ですらないのです。少女たちは連れて行かれ、ある種の教育が与えられ、食べ物が与えられると(それは本当です)、親たちは伝えられています。少女たちは孤児の状態に置かれます。これは、ネパールで多く起こっているのです。そして同時に、マイティ・ネパールの提携先で聞いたことですが、再建が必要な学校があります。特に地震の救援のために得られた他の資金があったため、私たちは、ネパールのカブレ郡で直ちに学校の再建を行いました。そこは小学校であり、多くの建物が安全ではなく、幾つかは完全に破壊されていました。私は現場を見に行きましたが、ブリキの建物のような場所で 250人の子供たちが授業を受けていて、彼らはそこをTLC(仮設学習センター)と呼んでいました。政府がそれらを設置したのです。しかし、そこはとても寒い場所でした。私が行った日には雨が降っており、どのような種類の勉強の助けにもなりませんでした。私は、校長や教頭と会いました。そこは、ネパールの民族の一つであるタマン族のコミュニティーであり、そこでは、女の子の子供の結婚が現実のものです。彼女たちは結婚のために学校から引き離されます。アルコール依存症とジェンダーに基づく暴力が大きく広がっています。そのため、学校教育が本当に大切です。なぜなら、このような若い人が長く学校にいればいるほど、子供の結婚だけでなく暴力も減り、彼女たちに仕事の機会を与える上で良い状況になります。もし教育があれば、人身売買は問題にはなりません。カナダの採掘企業、ハッチ社が6万カナダドルを寄付し、私たちが残りの資金を集めました。最終的には、プロジェクトを開始するために、10万ドル以上が必要でした。そして現在では開始しています!私たちは2月に工事に着手しました。

SI:では、あなたが人々に本当に知って欲しいことは何でしょうか。それはどのように役に立つのでしょうか。
コッコロス:知ることは大切です。人々は泣くことを再び学ぶ必要があると、私は思います。私が現在活動しているこの反人身売買の空間では、ストーリーを聞いたり、苦痛を見たりすることで、心を閉ざすことは容易です。地元の女性の避難所や、女性を援助する基金に寄付してみてください。そして、フェミニズムは、平等だけに関するものであり、少女たちや女性たちが、安全で尊厳のある生活を送れるようにするものであることを、ただ知ってください。それが、そのことが意味するすべてです。しかし、すべての人がすることができると、私が言えることは、自分自身の中に持っている人間性を認識し、再発見することだけです。共感と思いやりを再発見してください。路上で誰かを見たとき、その人は何を経験してきたのでしょうか。その人は、なぜ物乞いをしているのでしょうか。その人は、なぜ乞食をしているのでしょうか。その人は、なぜそこにいるのでしょうか。判断するのではなく、ただ見てみてください。

詳しくは、次のサイトを参照: http://aurafreedom.org

子供たちを解放する:子供の投獄を廃止する取り組み

 

 

「私たちの刑務所は人道的危機であり、私たちの子供たちは、非人道的で品位を傷つけるような方法で扱われている」── デイビッド・スコット博士
デイビッド・スコット博士は、イギリスのオープン大学に勤務しており、カナダ、トロント大学の客員教授でもある。彼は100以上の本の章や記事を発表し、5冊の著書を出版し、運動組織『エンド・チャイルド・インプリズンメント(子供の投獄をやめよ)』の創設メンバーである。彼は、『Justice, Power and Resistance(正義と権力と抵抗)』誌の共同創刊者であり、独立系出版社、EG プレスの創設者でもある。スコット博士は、以前は「逸脱と社会支配の研究のためのヨーロッパグループ(European Group for the Study of Deviance and Social Control)」の調整官であり、INQUESTの学術的顧問団の 一員である。彼は、数多くの短編ドキュメンタリーを製作し、2018年には、英国のドキュメンタリー映画フェスティバルで、映画(Hamlett Filmsと共同で)『グレンフェル塔と社会的殺人(Grenfell Tower and Social Murder)』で、ライフチェンジング賞を受賞した。シェリーン・アブデルーハディ・テイルズが、本紙のために、スコット博士にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): あなたは、刑務所制度を廃止するための運動をいつ始めたのですか。そして伝えたいメッセージは何でしょうか。
デイビッド・スコット:私は過去13年間、この問題に関する運動に専念してきました。2006年ごろに、イギリスの「刑務所は要らない(No More Prisons)」と呼ばれる小さな圧力団体に関わった時、私はこの運動に関わり始めました。私は現在、子供の投獄を終わらせる運動に関わっており、それは2018年11月に国会議事堂で始まりました。子供は傷つきやすく、非常に大きな必要を持っており、子供たちが成長し発達できるようなシナリオを作る必要があることを、私たちは伝えようとしています。子供は間違いを犯します。それは、すべての人が間違いを犯すのと同じです。人生で最悪の出来事が起こってしまった子供は、すでに悪いスタートを切っており、すべての困難を経験しており、すでに暴力や乱用や危害や負傷に直面していて、彼らは司法制度に巻き込まれてしまったように思われます。本質的に、私たちがしようとしているのは、心理戦に勝つことです。罪と罰はすでに深く確立されたアイディアであり、私たちは、このようなアイディアを変えようとしているのです。イギリスでは、数え切れない数の傷つきやすい人々を投獄しているようであり、その中にはもちろん子供もいます。そして、このような子供たちは、しばしば人生の早い時期に大きな困難に次々と遭遇します。小さな時から施設に入れられていた子供たちの多くは、家族の愛やケアや愛着を一度も経験したことがありません。彼らは、コミュニティーの一員であるときにどのように感じるかを、全く知りません。彼らには、機会が与えられたことがありません。子供たちは子供たちであり、彼らを刑務所に送るのではなく、彼らにチャンスを提供すべきだと、運動では訴えています。また、このような子供たちの背景は、黒人やアジア系の少数民族系に偏っています。彼らは、すでに危害を受けており、人生で機会がほとんどなく、非常に困難な状況で成長してきました。そのため、彼らは、より深く傷つきやすく、人生のスキルを持たないため、人生に対処するメカニズムがないだけなのです。そして、このような恐ろしい子供の拘留中の死や、または子供の自傷行為や、薬物や他の活動に手を染めたりする状況があります。なぜなら、彼らは、普通の生活をこれから送ることはできないと思っているからです。刑務所は非常に有害であり、彼らは非常に有害な考えや行動を生み出します。

SI:あなたが子供のことを話されたとき、イギリスのどの世代のことを指しているのですか。
スコット: 現在、イングランド、ウェールズ、北アイルランドにおける刑事責任年齢は10歳です。スコットランドにおける公的な刑事責任年齢は、世界でも最低水準の8歳ですが、実際は12歳以上を対象としています。スコットランドでは、公的な刑事責任年齢の引き上げを計画しています。もちろん、刑事責任年齢を巡るこうした問題について考え始めると、少しおかしなことになります。子供は10歳の時に、同意の下でも性的関係を持つことが許されない、お酒を買うことが許されない、ペットを買うことすら許されないという事実があります。つまり法律のどこかに、子供は実際には責任のある個人ではない、まだ発達途中である、まだ学んでいる最中であり、間違いを犯すという考え方があるのです。理想的には、刑事責任年齢は18歳であるべきです。ですから、刑事責任年齢を14歳に、そして16歳に引き上げた場合、実際には特定の年齢グループの刑事責任を廃止することになり、その結果、刑務所の子供を減らすことになります。

SI:子供の実刑判決は、イギリスで特に問題となっていますか。
スコット:はい。イングランドとウェールズでは、途轍もない数の子供の終身刑があります。2006年から2016年の間に、197件の子供の終身刑がありました。イギリス普通法では、共同事業法としても知られているものもあります。この法律では、ある子供のグループが犯罪のことを知りながら止めるために何もしなかった場合に、起訴されます。つまり、非常に多くの子供たちが、文字通り何百人もの子供たちが、近年に終身刑の判決を受けましたが、実際には何も違法なことはしていないのです。彼らは、重大な犯罪を犯した人物を知っていただけなのです。欧州連合の他の国々では、子供の終身刑で収監されている子供は、合計で5人ほどです。つまりイギリスでは、おかしな状況になっているのです。

SI: あなたとあなたの団体は、政府に対して運動を行いましたか。何か反応はありましたか。
スコット:私たちは、2018年11月に国会議事堂で運動を開始し、刑法分野から多くの人が参加しました。そして私たちは、継続的に参加を行い、ロビー活動をしようとしており、それはイギリスの廃絶論者が長年してきたことです。廃絶論者に刺激を受けたもう一つのINQUESTという団体は、継続的に情報を提供し、国会や教会に対してロビー活動しようとしています。私たちは継続的に、人々が刑務所や刑罰に対して持っている情熱を挫こうとしており、それは人々や政治家に事実を知らせることなのです。刑務所の廃絶に関して、私たちはかなり過激なアイディアを提唱しています。このように子供たちに生じている損害をなくすためには、刑務所制度を完全に廃止する必要がありますが、とりあえず何かを始めなければなりません。ですから、私たちは、これらすべての問題について政府と関わりを持っています。それは労働党の政治家や影の閣僚と話をし、聞く準備のできているあらゆる人と関わりを持つことを意味します。

SI:政府と関わる上で、労働党の政府と保守党の政府で何か違いはありますか。いつも同じような反応でしたか。
スコット:若年層の司法を巡っては、二つの支配的な物語があり、これらは懲罰的、および非懲罰的なアプローチに関係しています。あるいは福祉、および正義です。それらは実際には完全に相反するものであり、関わる政治家によって異なり、政党の方針に必ずしも沿うものではありません。例えば、最近の保守党政権の下では、子供の収監者数の大幅な減少がありました。しかし、子供の収監者数が減少したとしても、黒人、アジア系、少数民族系の子供の数は実際には増加しており、彼らは、刑務所の子供の約46%を占めています。訓練請負センター(Secure Training Centres)や少年犯罪者施設のような、様々な施設があります。私たちは、それらを子供の刑務所とは呼びませんが、もちろんそれらは子供の刑務所です。そして、1990年代の労働党政権の下では、実際には、刑務所に送られる子供の数の増加がありました。現在の(保守党の)大法官デイビット・ガウキ氏が、刑務所が上手く機能するとは思わないと断固として語ったことは皮肉ですが、彼は代替案を持っておらず、彼らは今では刑務所の拡大運動をしていて、何年もそうしています。彼らは巨大刑務所を新たに建設しようとしています。現在の刑務所担当相は、6カ月以内の実刑判決を廃止するなどして、刑務所の削減を望んでいると発言していますが、そうした結果をもたらすような法律上、政策上の変更は、現在まで何も行なっていません。

SI:少年刑務所に対する代替案のアイディアは、何かありますか。
スコット:私たちは、戦略的に考える必要があります。第一に、子供の刑務所人口の削減の要求を試み、小さな成果を勝ち取ります。部分的、選択的な廃絶に集中するのです。次に、薬物使用の犯罪化に関連する特定の法律の廃絶を行ったり、子供の終身刑の廃絶などをしてみると良いかもしれません。しかし、代替案に関しては、教育的なアプローチや霊的なアプローチなど、別のアプローチがとても役に立つかもしれません。子供の熱意を育てたり、子供を魂を持つ存在として、可能な限り最高の人間になりたいと思う存在として理解するような、教育的なアプローチが、この場合、本当に価値があります。一つには、収監された子供の多くは、比較的軽微な窃盗犯が理由であることがあります。彼らが刑務所に入ったのは、本当に困難な人生を送っていたことが原因であり、もし私たちがそれに対処するとしたら、非懲罰的なアプローチを、したがって刑務所のないアプローチを取る必要があります。私たちは、このような子供たちの生活援助をどのようにつくり上げるかを考えていく必要があります。彼らは人生で援助をあまり得られなかったので、彼らに与え、肯定的な人生体験を与えることで彼らの人生をつくり上げたいと思います。たとえ、ある時点である種の国家のケアを必要とする子供たちがいたとしても、こうした子供たちをどのように扱うかに関して、基本的な基準があるべきです。子供たちが援助、愛情、ケアに関して満たされるような『子供が第一』というアプローチが必要です。子供たちをどのように扱うかについて基本的な基準があるべきであり、それはケア、愛情、援助などによるものであり、子供たちが対応に失敗するような障害をつくることによるものではありません。

SI:つまり、あなたの言葉では、すでに不足している子供たちが、間違った決定を行ったか、もしくは犯罪のことを知っていた状況があり、その結果、刑務所に入れられてしまい、そこで彼らはより良い未来への希望を失い、そして進み続ける意欲を全く持っていません。そのようなことでしょうか。
スコット:あなたは、私が正に同意するような「希望の終わり」という言葉を使いました。そして実際には、それが刑務所で供給不足になっているものなのです。そして刑務所は、実際には、この希望のない感覚を生み出す場所のようです。より良い道などない、物事は変わらない、永遠に今のままだろうという感覚です。もちろんそれは、大人と子供の両方にとって、自殺観念作用をつくり出す最大の要因の一つです。子供たちが愛されていると感じ、必要が満たされていると感じることは、極めて大切です。一方でまた、彼らはお返しに愛することができ、お返しに何かを与えることができると感じられるべきです。それは、子供たちに投資することを意味し、彼らを援助することを意味します。収監された子供たちのほぼ半数が、子供たちに無料の学校給食の資格のある家庭から来ているので、それは貧困化した子供たちの問題なのです。ですから、彼らに何かを与えてください。彼らの才能は何か、彼らは何を与えられるのか、彼らは何ができるのかを見つけてください。ただ単に彼らを切り捨てることはしないでください。

SI: 少年や大人の刑務所制度を廃絶しようとした国は、どこかにありますか。
スコット:私たちは、改革された刑務所が実際にどのように進化したかを理解する必要があります。もちろん、常に刑務所があったわけではありません。刑務所は19世紀の初期に発明されたもので、イギリスの最初の刑務所は1816年頃のもので、アメリカやカナダでも同時期でした。それは産業資本主義の隆盛と歩調を合わせて登場したものでした。刑務所と不平等さのレベルとの、その共生的関係を見る必要があります。特に経済的な不平等であり、また、認識された民族的アイデンティティー、性別、性的関心、年齢などです。ノルウェー、スウェーデン、フィンランドなどの国々を見ると、依然として刑務所制度がありますが、より福祉志向のアプローチがあることが分かるでしょう。そして重要なことは、彼らはより社会民主主義的な社会形態を持っており、経済的な不公平への対処に関して、非常に異なったアプローチをしていることです。ですから、刑務所に対する異なったアプローチを取る国を探したら、社会をどのように組織するかに関して異なったアプローチを取る国が多いことが分かるでしょう。刑務所制度の先にあることを探求したいのなら、人々に異なった方法で対処する必要があります。間違いを犯す人々は、しばしば社会の底辺にいる人々であり、必要とされない人々、恵まれない人々、のけ者として見られる人々であり、誰も所有しない人々、社会の周辺にいる人々、そして高度な資本主義の目的の達成に失敗した人々です。彼らは、最終的に刑務所に行ってしまった種類の人々なのです。私たちが刑務所に対して異なったアプローチを取ろうとしたら、人々をどのように扱うかに関して異なったアプローチを取る必要があります。ごく簡単に言えば、私たちは不平等を問題にする必要があるのです。もし、協力を基盤とする社会を持つことができれば、そして、資本家的、家父長的、新植民地主義の人種差別的な国家を越えて移行することができれば、その時にだけ、現在の懲罰的、非人間的な制度から抜け出す道を見つけることができるでしょう。

ジミー・カーター著『信仰──すべての人の旅』

ベッツィー・ホィットフィルによる書評

この最新刊の題名が示唆するように、福音派キリスト教徒であると自称する元米国大統領(任期1977年~1981年)のジミー・カーター氏は、『信仰──すべての人の旅』の中で、一般の人々と聖職者の両方にとっての信仰の意味を探求している。

本書の序文で、カーター氏は政治と宗教の共通部分についてこう語っている。「キリスト教徒は俗世間に飛び込み、信仰の道徳的、倫理的な価値観を政治のプロセスに投入するように呼びかけられている、と私は考えます。同時に、政府が私たちの宗教的自由を支配することは絶対に禁止しなければなりません」
米国憲法修正第1項の中に正式に記されたこの立場は、カーター氏のような大統領がキリスト教の信仰の理想を、個人的なレベルはもちろん国民生活にも応用できる道徳的、倫理的な行動基準として自由に思い描くことを可能にする、と彼は書いている。
1978年に行ったバプテスト派の同胞への講演の中で、カーター氏は大統領として、世界における道徳的な権威と影響力を国家に与えると彼が考える価値観について次のように描写した。
「人間や、宗派や、国家の目標とは何でしょうか。それらはすべて驚くほど似通っています。つまり、平和の希求、謙虚さの必要、自分の欠点を調べてそれに背を向けること、欠乏や憎悪、飢え、肉体的苦痛による苦しみを和らげることに関心を持つ道徳的な社会を基盤とした、広い意味における人権への取り組み、自分の理想、自分の信仰を他者と分かち合い、人間の愛を正義へと転換しようという意欲、もしくは熱意です」
カーター氏にとって、信仰には世俗的な基盤と宗教的な基盤の両方がある。事実、信仰は、確かさや保護、希望に対する必要に基づいた人間的傾向のように思える。彼は信仰を他者への信頼として体験する乳児期について描写している──赤ちゃんが母親の胸で感じる安心のことである。そうした初期の確かさから、信頼し依存する能力が培われる──紆余曲折を経るにしても、人生における究極的な結果は良いものであるという信を持つ能力である。そのような信は、行動の心理的な基盤でもあるし、また、私たちの危険な失敗にもかかわらず神は将来の人類の生存を確実にしてくださるという宗教的な希望もしくは保証でもある。
カーター氏は本書の中でこう述べている。「ルカによる福音書18:8について最初にじっくり考えたときにびっくりしました。実際に次のように問いかけているからです。『人の子が来るとき、はたして地上に信仰を見いだすだろうか』と。この問いかけが、神への私たちの将来の信仰のことなのか、あるいは、お互いへの信や、生活のほとんどあらゆる様相を形作り導く原則への信のことなのかは分かりません。民主主義や自由、正義、平等、慈悲心といった道徳的な価値観は、宗教的な信仰なくして、はたして次の世代へと伝えることができるのでしょうか。そうであってほしいと思いますが、宗教的な信仰はそのように伝えられる可能性を高めるものと確信しています」

強固な基盤

人は、信じることのできる安定した強固な基盤を必要としている、とカーター氏は強調する。私たちを相互の信頼と理解のうちに結びつける共通の大義をつくり上げるのは、すべての人が共有するそうした必要性である。キリスト教徒にとって、そうした基盤は何世代にもわたってそのまま継承されてきた「十戒」である、と彼は考えている。しかし、俗世間では、そうした共有された基準の土台はより脆弱であり、それを維持するために必要な犠牲を行おうとする当初の熱意が時間と環境によって損なわれるにつれて崩れていく傾向がある。
例えば、永続的な平和へのインセンティブ(刺激)を創造するために第二次世界大戦の終わりに発表された世界人権宣言は、「世界の偉大な宗教の最高の道徳的、倫理的な理想」を含んでおり、「すべての国家の立法者と一般市民が理解することのできる世俗の言葉でその理想を表現しました」。そうした宗教的な理想とは、恐怖と欠乏からの人間の自由の基礎を形成し永続的な平和を保証する、社会的、経済的、政治的、文化的、市民的な諸権利である、と彼は書いている。
大統領在任中とそれ以降、カーター氏は自分の行動を導くためにこうした原則を活用しようと努めた。人権の領域での業績を称えて授けられた国連人権賞や、地球規模の大義に貢献した立役者を表彰するフーバー・メダルを含めて多数の賞を受賞したカーター氏は、「国際紛争の平和的解決策を見いだし、民主主義と人権を推進し、経済的、社会的な開発を促進するために、何十年にもわたってたゆまず努力した」という理由で2002年度のノーベル平和賞を受賞した。
しかし、カーター氏が大統領職を離れて以来、アメリカは世界のあちこちで絶えず戦争に関与してきた。一方、アメリカ国民は、戦争の経費についてはほとんど知らされず、世界平和の維持という大義には無関心になってしまった。さらに悪いことに、多くのアメリカ人は、選出された指導者と、真理や平等、善意といった絶対不変のものだと教えられてきた原則に対する信頼を失った、と彼は書いている。
もし私たちが信を失えば、信は回復されなければならないものになる。つまり、自分自身への信、他者への信、最高の理想を顕現させる私たちの能力への信である。カーター氏は、自省と想像力という人間の能力によって証明されている意識の進化を信じると記している。そうした認識を踏まえてこう書いている。核戦争と地球温暖化の可能性によって生存が脅かされており、私たち自身がこうした脅威の媒体であることが今や知られている、と。したがって、自己破壊から自分たちを救うことはできるのだという、自分自身への、お互いへの、そして神への信へと、回帰しなければならない。そうした善への信を飛躍的に高めなければならない。なぜなら未来は、お互いと、そして自然界と協力して働くようになる能力にかかっているからである。カーター氏は、世界人権宣言、十戒、コーランつまりイエスの教えにある原則を見返すことを
勧めている。それは正しい人間関係を回復させ、「……お互いへの信に基づいた、平和な共存関係の未来を進化させる」方法を明らかにするからである。

信への挑戦

「信への挑戦」という章で、カーター氏は戦争や人種差別、貧困と人権の動態、攻撃用武器、気候変動、政治や選挙に対する裕福な寄付者の過度の影響力などに関する自分自身の見解を記している。こうした課題はアメリカの民主主義の安定を脅かしている、と彼は書いている。彼はアメリカの強い軍事力を維持することを支持しているが、かつて大将であったドワイト・D・アイゼンハワー元大統領がアメリカの「軍産複合体」がアメリカの政治と外交政策において支配的な力になることについて発した警告にも触れている。カーター氏は世界の警察官としてのアメリカの役割について嘆いている。その主な理由は、次第に危機的になっている国内のニーズから資源を逸らすことになるからである。
キリスト教徒であるからといって平和主義者になることが要求されるわけではないとカーター氏は考えているが、シリアやアフガニスタン、イラク、イエメンでのアメリカの継続的な空爆は罪のない一般市民の死傷を引き起こし、人権のために尽くす平和国家であるというアメリカの主張と矛盾すると書いている。こうした攻撃的な行動はアメリカへの憎悪を助長し、テロに油を注ぐ、と彼は述べている。アメリカ政府は「自国民の間でも国際社会においても自由と人権の揺るぎない擁護者」として見られ得るし、見られるべきだという信念をカーター氏は抱いている。
カーター氏は、基本的な人間の必要は社会的、経済的、政治的な必須事項であり、イエス・キリストは、お互いとの関わり合い方やそうした必要を満たす方法を示すために神が遣わされた模範的な人物である、と個人的に信じている。イエスの熱心で敬虔な信者としての個人的生活についてのカーター氏の記述は、簡単で控え目であり、わずかに個人的である。この本の中に説教は全くない。むしろ、それはアメリカ南部の安定したキリスト教徒の家庭に生まれた人物との体験の共有である。彼は生涯にわたる探求と時おり抱いた疑念を通して神への信を持つようになり、助言者、友、案内人である人物の教えを本当に生きようと意識的に努めている。
イエス・キリストはいつも彼と共にあり、人間の形をとった神として自分の模範になっている、と彼は述べている。カーター氏にとって、信仰は名詞ではなく、動詞である──神への宗教的な信仰であるにせよ、あるいは共通の体験と必要を通した、お互いに対する世俗的な信であるにせよ、人生において前進していくにあたっての基本前提である。彼は聖書のヘブライ人への手紙11-1を引用している。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。……信仰によって、私たちは、この世界が神の言葉によって創造され、したがって見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです」。私たちがやろうとすることは何であれ達成可能であるという信を持たなければならない──そうでないと、それを達成しようとさえしないだろう。
宗教ニュースサービスの記者、アデル・バンクス氏との2018年4月のインタビューで、カーター氏は未来に関する予測を次のように要約している。これはアメリカにも世界にも当てはまる。
「私たちにとっての次の本当の課題は、調和と相互信頼のうちに、そして意見を異にする人々への愛さえも抱きながら、お互いにいかに生きるかを学ぶ際に、キリスト教や他の宗教の原則をいかに応用するかについて学ぶことです。それは達成することが非常に難しい大きな課題ですが、私たちが今日直視する必要のある最も重要な課題です」
カーター氏は悪化しつつある自分の健康状態と前方にある旅路について書くときは楽天的である。彼は自分の現在の反応と、戦時中に死の可能性に直面した若い潜水艦将校としての反応を比較している。両方の場合に、生活上の多くの心配からの解放、結果を統御できないという事実の受容、日常生活の日課への集中がある、と彼は書いている。個人的には、イエスに対する強い信仰が彼に慰めと強さを与えている。カーター氏は基本的に楽観主義者であり、神が地上において最終的に優位な立場になると信じている。「私の信仰が、私の楽観主義への鍵なのです」と彼は述べている。

ジミー・カーター『信仰──すべての人の旅路(Faith: a journey for all)』サイモン&シュスター社、2018年、180ページ