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氷山の雄大さと人間の静けさ

アリアン・イーロイによる カミール・シーマン氏へのインタビュー

写真家のカミール・シーマン氏は1969年、アメリカ原住民(シネコック族)の父とアフリカ系アメリカ人の母との間に生まれた。ニューヨーク州立大学で写真術を学び、1992年に卒業した。それ以来、シーマン氏は受賞歴のある写真家となり、首都ワシントンにある全米科学アカデミー博物館で作品が常設展示されている。何十年もの間、北極と南極を旅し、氷山の写真を撮影したり、そこで起こっている急激な環境の変化を記録したりしてきた。
 「カミール・シーマン氏は、人間が自然から分離していないことを雄弁に物語る写真を撮ることを強く信じている」と、彼女のウェブサイト(camilleseaman.com)には書かれている。アリアン・イーロイがシェア・インターナショナル誌のために彼女へのインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):「私はとても幼い頃から、私たちはすべてのものとつながっており、すべてのものがライフ・フォース(生命力)を持っていると教えられた」と、あなたは述べたことがあります。このことについてもっと話していただけますか。

カミール・シーマン:私の祖父は、真の人間であるとはどういう意味かを孫たち全員が理解すべきだ、と非常に真面目に考えていました。彼にとってそれは、私たちがすべての人や──人々だけでなく──すべてのものと相互に関係し、つながり合っていることを知ることを意味しました。そのため、祖父は私たちにただ言うだけでなく、示すことによって教えようとしました。何かを信じることと何かを知ることの間にある違いは、実際の体験だということを理解していたからです。そうした物理的なつながりこそが、知るための方法です。
 私にとっていまだに印象深いのは、祖父が私を森の中に連れて行った時のことです。私たちはよく、それぞれの木の前で立ち止まりました。祖父は文字通り、私をそれぞれの木に紹介し、私の手を木に当てさせ、こう言いました。「私があなたの親戚であるのと同様に、この者はあなたの親戚です。敬意を払っていただきたい」と。木にはそれぞれ、顔や個性があると私は考えます。
 英語については大きな問題があります。英語は「所有」の言語だからです。英語は物を、従属させて「資源」へと転化できる物体にします。もし森を自分の親戚と見なすなら、親戚である森をどうやって伐採できるでしょうか。そのようにして木に紹介されるのは本当に強烈な体験でした。多くの人はいまだに、すべてのものが「管理」されるべきだと考えています。魚も管理されるべきであり、海も管理されるべきであり、川も物として──文字通り物体として──管理されるべきであると。
 私たち[シネロック族]と関係するワンパノアグ族から学んだ驚くべき話があります。ヨーロッパ人が来てから最初の10年で、ヨーロッパ人は直径6フィート(180cm)以上のすべての木に対する権利を王の名のもとに主張しました。そのため、王は伐採する権利を持つことになりました。そうした木材はすべてイギリスへと出荷されました。ニューヨーク州から沿岸部にかけて、すべての大木、こうした大原生林がなくなり、天候さえも変わりました。そこに暮らす動物さえも変わりました。
 ですから、こうしたつながりの話になるのです。私たちはつながりをますます感じ始め、気候変動を認識するようになります。しかし、幼い子供の頃、これは私がいつも認識させられていたことでした。子供の頃、祖父は、私が何も考えずに木から葉を引き抜くところをつかまえました。祖父は私をやめさせて、こう言いました。「何の結果ももたらすことなく、自分がやりたいことをその木に対してやることができると思うのか」と。祖父はこう言いました。「お前がその木から分離していると思うなら、自分の息をどのくらい止めていられるか確かめなさい」。そして実際に、私に息を止めさせたのです!
 祖父は雲のない晴れた日に、ロングアイランド(ニューヨーク)の暑さの中、私たちを屋外で座らせました。数分もすると、汗をかき始めます。小さな白い雲が現れると、祖父は空を指さしてこう言います。「あれが、雲になろうとしているお前の汗だ。それは雨になり、植物に水をかけ、動物を養い、動物は私たちを養う」。それは周期です。分離はありません。このことを知り、幼い者には多くの混乱──多くの怒り──が生じました。それは認知的不協和だったからです。ここに自分が知っている一つのことがあるけれども、周りの世界のとても多くが、全く違ったやり方で行動しているのが目に入ります。ですから、知るのは簡単なことではありませんでした。認識するのは簡単なことではありません。

SI:あなたは地球上で残っている最も孤立した、汚されていない地域へと導かれました。他の人々とどのように関係を確立したか、そしてこうした調査船で女性として、あるいは観光船で芸術家として働くことはどのようなものか教えてください。

シーマン:メディアで読んだり見たりしただけでは分からないかもしれませんが、極地では実際、科学者としても乗組員としても女性の存在が非常に大きいのです。ですから、女性の代表者がいることが大事です。海洋生物学者や地質学者、氷河学者の隣に立ち、見たり考えたりしたことのないような熱心さで彼らが説明してくれるとき、最も情熱的で、わくわくするような方法でこうした場所に招待されていることになります。
 データは[あまりに多くのものを]与えることしかできません。人によっては、数字やアイディアがあまりに大きすぎます。芸術が──画像であれ、著作や音楽であれ──科学と結びつかなければ、十分に消化されません。ですから、こうした船が、探検写真家となるよう私に依頼してくれたことをとてもありがたく思いました。このような関係はおそらく、フランク・ハーリーと一緒だったシャクルトン[20世紀初めの南極探検家]にまでさかのぼるでしょう。シャクルトンの冒険について私たちが知っているのは、彼が写真家を抱えていたからです。写真が登場する前は、人々がスケッチしたり絵を描いたり書いたりしていました。しかし、探検画家の役割は依然として決定的に重要です──調査船だけでなく観光船でもそうです。ですから、私は解説者のような者です。

SI:目撃者の役割のようですね。その役割はあらゆるものを変えてしまうのではないですか。

シーマン:どこに行くのであれ、私がまず行こうとするのは、このような引っ張る力、このような磁力的な呼びかけがあるためです。何らかの理由である場所に引き寄せられるように感じるのです。または、そこにいたいという必要性や好奇心を覚えます。数カ月か数年が経過した時でなければ、それが、私が記録し、写真に収めてきた長年の目標であったということは分かりません。

氷河と氷山の生命周期

SI:氷山は棚氷から分離してからおよそ3年から6年生きており、氷河ができるには雪がひとひらひとひら積もって10万年かかっている可能性がある、とあなたは述べておりました。氷河の発達度合いや氷山の生命について話していただけますか。

シーマン:二つの物語があります。北極の氷河と氷山があり、また、南極の氷河と氷山があるからです。同じ言葉ですが、非常に異なった生き物です。* グリーンランドでは、景観ははるかにゴツゴツしています。ですから、こうした氷河が移動すると、もっとゴツゴツし、もっとひびが入ります。氷河が割れて──終局を迎えて氷山として分離すると──多様な形を取る傾向があります。すべての氷山は独特だからです。誕生日ケーキのようであったり、王冠のようであったり、とがっていたり、あらゆる形があります。
 南極には、広い範囲を占めるロス棚氷があります。それは文字通り、南極点から始まり、幅が約500マイル(800km)あります。それだけこの氷のかたまりは大きいのです。しかしそれは、雪がひとひらひとひら積もってできたものです。その構造を形作るものは、実際のところ南極の風です。非常に乾燥しているため、フワフワした雪を風が巻き上げ、行ったり来たりして雪の層がゆっくりと形成されます。しまいには、何層にも重なったこうした雪のケーキができます。何千何万という層が圧縮され、重力によってゆっくりと海へと引っ張られていきます。それが海に達すると、ロス棚氷が出来ます。この棚氷から一つのかたまりが割れると、それは文字通り、ロードアイランド(アメリカの一つの州)の大きさとなることがあります。いわゆる板状の、平らなテーブルのようになる傾向があります。沈んでいた部分が上に出てきて、三角形になるものもあります。

SI:それらが生まれて死んでいくという感覚はありますか。

シーマン:誕生と死のようだとは言えません。まさしく、連続した過程の一部だからです。生と死の区別はほとんどありません。このように述べたいと思います。それは雪のひとひらとしての生活をし、次に氷河の一部としての生活を送り、それから氷山としての別の生活を送ります。その後、再び水としての生活があり、その水は雪のひとひらとなります。死があると言えるでしょうか。
 最終段階にあるこうした氷山を見ると、海底に引っかかっているものや、文字通りいつ崩壊してもおかしくないので近づけないものもあります。とても不安定で、多くの亀裂が入っています。こうしたものが海へと崩れ落ちていく最後の段階を目撃したことがあります。少しだけ、死のように感じられます。しかし、私はほとんど、この発言を別の言葉で表現する必要性を感じます。それは実際、もう一つの変容なのです。こうした連続的な変容の過程にあります。

静けさについて

SI:あなたの写真のテーマは、自然の雄大さと畏敬、人間のもろさ、孤独、すべての存在のはかなさと独特さ、老化と死を中心に展開しているように見えます。静けさと光についても話したいと思います。

シーマン:いつも信じていたわけではありませんが、写真は実際、写真家の反映だと誰かが言っていました。全く同じ被写体を撮影するよう10人の写真家が派遣された実験が行われたことがありましたが、異なった10枚の写真が出来上がることになりました。私の画像のすべてに、私の世界観や育てられ方が反映されていることは分かっています。
 静けさについて触れたいと思います。それは私の仕事のとても大きな部分を占めていて、祖父のもう一つの教えだからです。およそ5歳の時から13歳の時まで、毎日、寒くても、日が照っていても、雨が降っていても、雪が降っていても──それは関係ありませんでした──私は外に座らされ、1時間、じっとしていました。お気に入りの場所がありました。大きなカエデの木の下にあったテーブルの上によく座っていました。1時間が過ぎると、祖父が私を呼びに来て、「何を見たか」と聞きます。かたくなな気持ちでいて、「何も見なかった」と言うとします。そうすると、祖父は「外へ戻りなさい」と言いました。
 この経験から学んだことは、静けさの中にいると、自分と自然との間のあの境界──あの他者の感覚、あの分離感覚──が消えるということです。そうした境界は私たちによって築かれている、とはっきり述べたいと思います。自然はそうした境界を認めません。私たちが認めるのです。しかし、静けさの中にいると、その境界はなくなります。そして突然、非常に信じ難い体験をすることになります。例えば、鳥がやって来て自分の体にとまったり、蝶がとまったりします。あるいは、何となく魔法のように見えるものに気づきます。「どのようにして起こったのだろうか」。しかし、それはただ、静かにしていたから起こっただけであり、自然界はこう言います。「やあ、戻って来たね! お帰りなさい」と。そうすると、自然界はこういう接客係を派遣して、「また会おうね!」と言うのです。それが雲に起きている現象であれ、動物や蜘蛛に起きている現象であれ、あなたが静かにしていると、こうした魔法のような瞬間が訪れます。その時、あなたはただ存在しているだけでなく、再びつながり合っているからです。
 32歳で写真家になろうと決心した時以来、私が意図したのは、この人生は美しく、私たちが持っているこの惑星は信じ難いということを人々に明らかにしたいということでした。たくさんの人が私に、「フォトショップのようなものを使っていますか」と尋ねました。私の画像で最も大切なことは、あるがままに記録することです。そうであってほしいと自分が考えるものをつくり出すことではありません。ですから、フォトショップを使わないことがとても大切です。それは、私が外に出ていて、そこにいなければならないことを意味します。光がある方向から差しているとき、あるいは、動物がこちらにやって来ようとしているとき、それを写すためにそこにいなければなりません。変更を加えるためにフォトショップに頼れば何十万枚も多くの写真が取れることは確かでしょう。しかし、それは私の画像の意図することではありません。私が意図することは、人々が私たちの惑星とこの人生との自分自身のつながりや関係を築くのを手伝うことです。

より詳しい情報と写真については、
camilleseaman.comをご覧ください。

『生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー』(2021年)

推奨図書
『生物多様性の経済学:ダスグプタ・レビュー』(2021年)
フィリス・クレーム

「この包括的かつ極めて重要な報告書は、経済学と生態学を対面させることで自然界を救い、それによって自分自身を救うことができる方法を提示している」 (デイビッド・アッテンボローによる、ダスグプタ・レビュー要約版の前書き)

 これは、『ダスグプタ・レビュー』からの世界のリーダーたちやコミュニティーへの緊急メッセージである。それは、2019年に英国財務大臣から依頼され、ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ名誉教授が率いる「生物多様性と経済成長の関係性に関する包括的なグローバル・レビュー」として発表された。その概要は、「生物多様性の経済的利益を世界的に査定すること、経済的コストと生物多様性の損失のリスクを査定すること、生物多様性を高めると同時に、経済的繁栄をもたらすことができる一連の行動を特定することである」。このレビューは、気候の緊急事態に関する記事と並んで、同様に重要である。

 この報告書は、経済学と生態学の関係に関する徹底的かつ広範囲にわたる調査である。主に経済学に焦点を当てているが、人類と自然との関係全体に関する深い理解も示している。「経済的な可能性に関する現代の概念は、私たちが自然に組み込まれていることを認めるのを怠った。私たちはその外部にいるのではない」
 レビューが説明しているように、経済学が、物質的な製品やサービスと同じように資本資産として、自然を扱うならば、私たちは自然界に対して異なるアプローチをすることになるだろう。持続可能な経済成長は、国内総生産とは異なる基準を必要とする。そして、この変化は、この最も重要であるが、時に「目に見えない」無言の資産の崩壊を防ぐためには不可欠である。
 1950年代以降、人類は自然を壊滅的なまでに破壊した──その過程で経済的により豊かになった。しかし、これはもはや持続可能ではない。レビューは、生物多様性の喪失が自然の生産性、回復力、適応性を密かに傷つけていると主張する。これが次に、経済、生計、福祉を危険にさらしており、「私たちの要求は、私たちすべてが依存している商品やサービスを提供する自然の能力をはるかに超えている。世界の現在の生活水準を維持するには、1.6個の地球が必要である。……人類は今、選択に直面している。自然に対する私たちの要求が、持続可能な基準から見て要求を満たす自然の能力を遥かに超える道を歩み続けることができる。あるいは、自然との関わりが持続可能であるだけでなく、私たちの集団的な幸福と子孫の幸福も高める別の道を辿ることもできる」。ダスグプタ氏はまた、私たちの自然との有害な関係がパンデミックを引き起こすことも指摘している。
 推奨することには次のものが含まれる。価格と行動規範を変える技術革新と政策を通して、食品とエネルギー・システムを持続可能なものにする。コミュニティー・ベースの家族計画を提供するプログラムに投資する。生物多様性の損失に対処するために、自然に基づいた解決策への大規模かつ広範な投資を実施する。自然をその経済的価値とは別に、本質的に大切にされるべき「神聖な」ものと呼ぶ興味深い節もある。そこでの訴えは、多くの人にとってパンデミック・ロックダウン中に前面に出てきた全く異なる種類の価値について言及している。その文脈において、レビューは、子供たちに自然への理解と感謝をもたらす教育の重要性を強調している。
 様々な困難があり、さらに、頑として妥協しようとしない勢力があるにもかかわらず、報告書は悲観的ではない。「レビューにまとめられた世界中のサクセス・ストーリーは、何が可能であるかを示しているだけではなく、生物圏への私たちの要求を非常に増大させ、破損的にし、生物圏の歴史に比べて非常に急速なものにしてきた創意工夫の才──生来の能力と言う人もいる──を、おそらくちょうど同じくらい短時間に変革をもたらすために再動員することもできる。時間は私たちの味方ではないが、私たちが個人的にも集団的にも道を変えるという意識的な決定を下すのに遅すぎることはない」
 解決は可能であるが、それらは、行動する──しかも即座に行動する──個人、政府、国際機関の意志次第である。根本的に、より持続可能な道へと私たちを導くために私たちは経済的成功の尺度を変えなければならない。「自然は私たちの家である。優れた経済学は、私たちが自然をより良く管理することを要求する。私たちの経済は、自然の外ではなく、自然の中に組み込まれている」
 レビューは次のように結論づけている。「欠陥は経済学にあるのではなく、それを実践するために私たちが選んだ道にある。変革は可能である──私たちと私たちの子孫にはこの上ない価値がある」と。

* ダスグプタ氏自身が「読みやすい」ものではないと認める100ページの要約版もあるが、特に前書きと序文は一読する価値がある。一般読者のために──そして強く薦めるが──10の「ヘッドライン・メッセージ」がある。世界中の専門家からの好意的な反応を印象的に並べた「ダスグプタ・レビュー」(gov.uk)を参照。

非暴力コミュニケーション

ドゥニャ・ミュラーによるマーシャル・ローゼンバーグ博士へのインタビュー

あらゆる場所の人々が抗議をし、デモに参加し、公民権のために闘っている。ほとんどの人は非暴力で始める。新型コロナウイルスの大流行により、あらゆる場所の人々が人類の直面する現実の問題をより意識するようになった。おそらくこの危機は、意識の転換に向けて世界を導くだろう。衝突、暴力、競争ではなく、世界中での協力の高まりに、人類同胞の基本的ニーズをさらに理解することに導くだろう。

 マーシャル・ローゼンバーグ氏(1934-2015)は、非暴力コミュニケーション・センター教育サービス(Educational Services of the Center for Nonviolent Communication=CNVC)の創設者であり、理事長であった。CNVCはアメリカ、カリフォルニアを本拠とする地球規模の組織であり、そのビジョンは、すべての人がすべての人の基本的ニーズと生命の価値を認め、普遍的な生命エネルギーとすべての生命の自然な一体性につながる意識から生きる世界である。このビジョンでは、人々は非暴力コミュニケーション(NVC)を使用し、経済、教育、司法、医療、平和維持において、お互いへの思いやりに基づいた世界規模の生命に奉仕する制度のネットワークを創設し、それに参加する。NVCは共通の人間の価値観やニーズに焦点を当て、善意を高めるような言葉の使用を奨励する。マーシャル・ローゼンバーグ氏は臨床心理学者であり、60カ国以上で彼のトレーニングプログラムを提供し、教育者、管理者、心の健康および医療の提供者、弁護士、軍将校、囚人、警官、聖職者、政府関係者、個々の家族などのグループと共に活動した。
 ドゥニャ・ミュラーは、スイスでの国際集中訓練合宿(International Intensive Training)にマーシャル・ローゼンバーグ氏と共に参加し、本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):ローゼンバーグ博士、あなたは多くの国で何度もトレーニング・プログラムを実施しています。参加者たちは、あなたのトレーニングから何を学びたいと考えているのですか。

マーシャル・ローゼンバーグ: ほとんどの人は、私たちのトレーニングがどのように彼らと彼らの家族をより愛情深く結びつけるのかに興味を持ちます。親たちは、それを子供たちに使用したいと考えます。夫や妻は興味を持ち、人々は親に使用したいと考えます。ある人は私たちのトレーニングを学校で適用することに興味を持ちます。私たちは教師、親たち、子供たちをトレーニングし、私たちが「人生を豊かにする教育」と呼ぶものに彼らが参加するようにします。国によっては、人々は調停に興味を持つ場合があります。例えば、ルワンダ、シエラレオネ、イスラエルとパレスチナ、セルビアとクロアチアなどです。私たちは戦場にいた人々に対して、どのようにしてお互いに調和しながら生きるのかをトレーニングします。国によっては、軍や警察と一緒に活動する場合もあります。
 私たちは彼らに、どのようにトレーニングを行い彼ら自身の中で非暴力コミュニケーションを適用するのか、どのように自己尊重感を失うことなく人間の制限から学ぶのか、どのように他人との関係でこれを適用するのかを示します。国際集中訓練合宿では「社会的変化」というNVCの別の重要な適用にも踏み込みます。私たちは、そのシステムが人々の間の思いやりのある相互作用を支援するためには、構造の変化の過程でNVCをどのように使用できるかを人々に示します。

SI: NVCは、しばしば「ハートの言語」と言われます。どのようにしてハートからコミュニケーションをすることができるのでしょうか。

ローゼンバーグ: 「ハートの言語」によって意味することは、自分自身の中にあるものを表現するということです。私が取り扱うすべての選択肢は、「あなたの中に何がありますか」という質問のあらゆる変化形です。多くの場合、人は異なった価値観を持ち、典型的には「他の人はこうである」と判断できるような言語の形態を使用します。NVCは、私たちのニーズが何であるかを参照しながら、自分自身と他人をどのように評価するかを人々に示す言語です。それは、内面で起こっていることを評価するためにです。ですから、これは「善悪」の観点から他人の行動を判断することとは根本的に異なることです。そのような判断は、あなたがとった行為に関して否定的に判断された場合にあなたが非難され罰を受けるのは当然であるということをほのめかします。つまり、そのような言葉は一種の暴力なのです。NVCは人々を自然なレベルで結び付けます。あなたのニーズは何で、それが満たされたとしたら……?  そしてもしそうでなければ、ニーズをさらに満たすためには何をすることができるのでしょうか。そして私たちは、それに耐えて持ちこたえる方法を人々に示します。たとえ他の人が批判、非難、判断の観点で考えるように教育されてきたとしてもです。

SI: NVCは学校制度でも利用可能です。NVCは、子供や親のニーズを、また教師のニーズをどのように考慮しているのでしょうか。

ローゼンバーグ: 私たちは教師に生徒のパートナーとしての働き方を提示しております。生徒を管理するのではなく、教師が価値があると考えるものを生徒に提供し、生徒が自分自身の人生にもっと積極的に関わるよう助けるのです。私たちは、相互に依存した生徒の委員会をどのようにつくり上げるかを教師に提示します。そこでは生徒たちが、最高の成績を得るために競争するのではなく、自分たちすべてがお互いの仕事に貢献していることを理解します。私たちの学校での調査が受け入れられれば、パートナーシップが高まり、暴力が減少します。しかしながら、問題はそれをどのように維持するかです。従来から、学校は権威に服従し、報酬のために働き、互いに競争することを生徒に教えるように機能しています。私たちは、学校とコミュニティーの人々の両方を変容させようとします。

SI: 家族についてお話ししますと、親は、子供に対する権威や責任を失うことなく、どのようにして彼らの「感情」や「ニーズ」について話すことができるでしょうか。

ローゼンバーグ: そのためには、私たちは、親や教師が彼らの仕事で重大な区別をするのを助ける必要があります。それは、NVCは何もしないことについて話しているのではないと彼らが本当に理解する助けになります。私たちは、権威への尊敬と恐怖の違いを彼らに示します。親たちが「権威を保つために子供を罰する必要があるのです」と言うとき、尊敬と恐怖のどちらを意味しているのでしょうか。私はこう言います。「例えば、今日このミーティングを後にしたら、おそらくあなたは私の権威に対して敬意を持っているでしょう。それは私が何かしら価値のあることを行い、あなたに提供したと思われたからです。ですから、あなたが尊敬から物事を行うためには、私が何か価値のあるものを提供しており、それを強制していないことをあなたが理解する必要があるのです」
 また、私は親たちに子供に自制心を持って欲しいのか、服従して欲しいのかを尋ねます。自制心は人が物事を自発的に行うことを必要とします。なぜなら、それがどのように人生を豊かにするのかを理解しているからです。服従は懲罰を避けたり報酬を得るために行うことであり、根本的に異なるものです。私たちは力を使う必要があるかもしれません。ただしそれは保護するための力の使用であって、懲罰ではありません。小さな子供が道路で走ったとき、その子供を止めるかもしれませんが、それは子供を罰するためではなく守るためなのです。

SI: NVCは鬱病の人々にも有効でしょうか。

ローゼンバーグ: 私は何年もの間、専門家により『抑鬱障害』と診断された多くの人々に会ってきました。私のアプローチは、この人物が病気であることをほのめかす診断名は問題の一因になることを示しています。なぜなら、診断名は彼らにどこか悪いところがあると思わせるからです。鬱病であると私に告げる人と仕事をするとき、多くの場合彼らに「あなたのどのようなニーズが満たされていないのですか」と質問します。 しかし彼らは「お伝えしたいのは……私は酷い母親で……」などと言って、この質問にどのように答えてよいかわかりません。私たちは、人々が自分自身とどのように話しているのかを、鬱病の原因は何なのかを突き止め、そしてそれを生活言語で表現するお手伝いをします。

SI:『感情』と『ニーズ』の観点から自分自身の中にあるものを表現するには、自分自身の中で実際に何が起こっているかについてある種の内的な認識が必要です。さて、NVCには霊的な領域があるのでしょうか。

ローゼンバーグ: まさにそのとおりです! NVCは、要するに私たちに自然に沸き起こるもの、思いやりを与える助けになる言語なのです。私たちは人間として、お互いの福利に貢献することに何よりも喜びを感じるという霊的信仰があります。その理由は私たちが聖なるエネルギーによって創造されたからであると私は信じており、生命であるこのエネルギーは生命を豊かにすることで力強くなります。つまり、それがユニークな精神性なのです。私はパレスチナ自治政府の域内で働いていたことがあり、ある若い男性が一日の最後にこう言いました。「マーシャルさん、これは素晴らしいトレーニングで、とても役に立つと思います。これは『応用されたイスラム教』に他ならないですね」。 私は微笑みながらこう答えました。「ちょうど昨日私はエルサレムにいて、伝統的なラビが私にこれは『応用されたユダヤ教』だと言いました」。そしてスリランカの私たちのプロジェクトで働くある神父は、これは『応用されたキリスト教』であると私に告げました。同じことを私たちに告げるヒンドゥー教徒や仏教徒もいます。思いやりをもって与えるという考え方──それこそが私たちが関わっているものです──は、新しい概念ではありません。私たちのトレーニングで、こうした様々な宗教から学べることは、彼らの人生において思いやりを与えるのを実現する方法を、プログラムが人々に提供するということです。

SI: 共感的な傾聴はあなたの概念の一部です。コミュニケーションの過程で、これをどのように統合することができるのでしょうか。

ローゼンバーグ: 私にとって共感は、別の人の中の生命エネルギー、この瞬間にこの人物の中にあるものとつながることです。そしてこの生命エネルギーは聖なるエネルギーであると私は信じていますので、共感的につながることは、この瞬間にこの人物を通してやってくる聖なるエネルギーとつながることなのです。しかし非常に多くの場合、このエネルギーは「あなたは最も利己的な人です…」という他の人物の叫びによって表現されるかもしれません。私たちのトレーニングは、他の人から受け取ることのできるすべてのメッセージはその人物の中の生命から来ていることを示します。そして私たちがこれにつながることができれば、この人物を通して来る何か聖なるものを経験するでしょう。

SI: 私を酷く傷つけた誰かに対して共感を表すことは可能でしょうか。

ローゼンバーグ: 私がそれを行えるようになる前に、非常に多くの場合、私自身に共感が必要かもしれません。この人物の行為の結果として私が経験した苦しみを完全に理解するために、誰かが私には必要かもしれません。私が自分の苦しみに必要な共感を得ることができたら、他の人の中で起こっていたことを私はより良く理解できるようになります。このようにして、私たちのトレーニングは「修復的司法」の考え方に貢献しているのです。私は刑務所で、女性をレイプした男性と働いたことがあります。私たちは部屋の中に一緒にいて、私は彼がその女性が抱える激しい苦しみと向き合うことを助けました。レイプが起こったのはおそらく何年か前のことですが、女性はいまだにそのことに関する悪夢を見ており、その苦痛を表現しています。これは多くの人にとって信じること、もしくは想像することすら難しいものです。なぜなら、私たちは正義と懲罰を助長する文化の中で教育されてきたからです。他の人にとって、囚人が犠牲者とこのような種類の対話をする人間であることを受け入れることは容易ではありません。

SI: NVCは政治的、社会的な衝突にも使用できますか。

ローゼンバーグ: 私が社会的な衝突を調停することを依頼されるのは珍しいことではありません。私はアフリカの部族間の調停を行いました。彼らは戦争状態にあり、互いに殺し合っていました。私は幾つかの政府に招かれ、この手法が政治レベルでどのように適用できるかを政治家たちに示しました。私はまた、イスラエルの外務部門でも仕事をしました。

SI: イスラエル・パレスチナ紛争など、本当に深刻な世界の問題を例に取ると、NVCはどのようにしてそうした大きな問題に対処することができるのでしょうか。

ローゼンバーグ: まず初めに、パレスチナとイスラエルの両方の地域から私たちの手法の精神性に共感する人々を探しました。つまり、その精神性は彼らの霊的な信仰に寄与するため、彼らはそれが和平への価値ある貢献であると理解したのです。私は両方の地域に行き、幅広い人々にこの手法を紹介し、次に両方の地域からチームを選びました。それは、彼らがその地域でトレーニングを提供できるように彼らをトレーニングするためでした。数年前にはイスラエルとパレスチナの人々をスイスに連れて行き、彼らを一緒にトレーニングしました。彼らは私に言いました。「マーシャルさん、私たちの歴史からすると、この場所から、このことは昨日始まったのではありません。この苦痛は長い間続いてきました。トレーニングを次の世代の学生に引き継ぐことができれば、異なったものの見方ができるように、彼らを別のやり方で教育することができると私たちは信じています……」。私が一緒に働いていたイスラエル人とパレスチナ人の両方がこれを学校に導入する方法を探し始め、彼らは成功してきました。彼らは私が難民キャンプで働くように調整してくれました。そこには大きな緊張があります。私たちは、医師、警官、イスラエル軍のメンバーと一緒に働きます。私たちは、イスラエルとパレスチナの様々な人々に出会いました。戦争を止めたわけではありませんが、私たちのトレーニングが最高レベルにますます知られるようになり、強力な支持者を得ています。その結果彼らは、通常の『和平協議』ではなく、私たちが提案するような調停を使用するのです。

詳しくは次を参照: www.cnvc.org

文明と文明を結ぶ世界―いかにして変化の苦痛に対処すべきか

ゲラード・アートセン

 新著『一体性(ワンネス)の先覚者たち』の中で著者ゲラード・アートセンは、科学と宗教との統合の認識を促す新時代の基調について、不朽の知恵と宇宙からの訪問者たちの存在を導入して、何が真実であるかの見解を示している。彼らからの示唆によって、今日の激しい分離傾向とそれから来る耐え難いストレスを、今ある分離主義を直視することによって克服し得ること、及び、それを人間性の夜明けを告げる新しい一体性(ワンネス)の感覚が目覚めるための産みの苦しみとして見なすことで克服し得ることを示している。

 二つの宇宙サイクルの入れ替わりという歴史上の転換期において、私たちは古い構造が崩壊しつつあり、新しい宇宙時代の基調となる一体性(ワンネス)と統合性が、今はまだでもやがて人類に訪れるであろうと著者は述べる。

 政治と経済のシステムがいつまでたってもうまく機能しないことにより、“イルミナティ”とか“秘密の政府”といった秘密組織が世界を支配しているからという陰謀神話が生まれており、それによる根拠のないうわさが広まっている。世界各地の残虐行為がエリートたちによって伝えられ、人々の不信感があおられている。これに乗じて、極右活動家たちがその陰謀神話を広めている。そして、この不確定な時代に、破綻している組織を建て直すべく“敵”をつくりだそうとする不寛容で無責任なリーダーたちによって、パンデミックへの恐怖や憎悪感や他のウイルスへの恐怖心があおられている。その結果、人々の中の不安感情が、1930年代のユダヤ人社会や現代の難民や移民の社会がそうであるように、異なる存在に向かってたやすく転化されている。

 しかしながら、古い構造はもはや有効ではなくなったとメディアが言及することが稀ではなくなり、新しい世界の訪れが間近であるという予感が強まっている。17歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんは2020年6月に、不正義がもはや許されない分岐点に達しているという表現でこう述べている。「気候と生態系の危機は、現在の政治的・経済的システムの中では解決できません。このことは意見ではなく事実なのです」

 この予測は、新時代に関する不朽の知恵の教えに含まれており、また同様に、宇宙からの訪問者たちからの情報にも示されているのは驚くべきことではない。世界で初めてクロップサークル(穀物畑サークル:ミステリーサークル)について書かれた最初の本の一つである『クロップサークル──世界的変化の前兆』において、考古学者のミカエル・グリーン氏は、UFOとクロップサークル現象の間の関係性について概説している。彼はH. P. ブラヴァツキーやアリス・ベイリーの様々な文献を挙げて、結論部の章で、様々な偉大な宇宙からのパワーが人類の上に注がれているとしてこう述べている。「この過程は新時代の公式的な始まりを、またはキリスト教的な表現では『第二の(主の)到来』と言われるものに相当し、ミステリーサークルの顕現は、黄金時代が訪れることを人類に目に見える形で示したものである」

 何人かのコンタクティー(宇宙人と接触したと主張する人物)も同様の情報をもたらしている。例えばエンリケ・バリオス氏は、アクエリアス時代は「惑星地球にとって革命的なステージに達すること、すなわち、暴虐の千年紀が終わること、愛の新世紀が訪れること、ある種の『成熟期』に達することを意味しています。私たちはすでにアクエリアス時代に入っているのです。しかし、入ってはいるのですが、実感されてはいません。地球は別な種類の法則と宇宙の磁力線によって支配されつつあります。言い換えると、人々はもっと愛情深い存在になります。しかし、人々は依然として以前の進化上低いレベルの原理に従って生きています。人々が内的に感じていることと外的に動かされていることの間に大きなギャップがあるのです」と述べている。

 もし私たち人類が、私たちが望んでいる状態とか望んでいる社会に住んでいるのではないと感じているのであれば、私たちは、宇宙または地球に起源を有する身代わりとなる存在や救世主を探すのではなく、自分たち自身が現状を変えようと何かをしているかどうかを自問すべきである。チャールズ・アイゼンシュタイン氏は、「もちろん、私たちの社会には大勢の悪役がおり、極悪な行動に関与する冷酷な人々がいます。では一体彼らは、分離システムと分離神話をつくり上げてきたのでしょうか、または、単にそれにつけ込んだだけなのでしょうか」と大変鋭い問いかけをしている。

 人類が宇宙に浮かぶこの青い宝石のような惑星全体の構成要素の一つであると見なして、私たちが惑星上の生命を育むべく働き貢献することは、私たちが霊的に一体性を感じそれを経験することになる。しかし、どれくらいの人がグローバルなスケールで、この一体性(ワンネス)を達成したら足りるのであろうか。それについて、ベンジャミン・クレーム氏は、世界人口のわずか半数あれば足りると述べている。人口の半分だけが「到来しつつあるアクエリアス(宝瓶宮)的な人々です。パイシス(双魚宮)的な人々が残りを構成し、世界のあらゆる政府を形成しています。過去のやり方を踏襲するあらゆる人々、世界のお金のほとんどを持つ人々です」。

 さらに言えば、世界の半数を占めるアクエリアス時代の人々は、決して均一なグループではない。社会的である活動家は、霊性を求める人々が現実世界の問題を回避していると非難するかもしれない。一方で霊性を求める人々は、(社会的活動家たちは)問題の背後にある霊的な原因を無視していると指摘するかもしれない。しかし、両者が抱く中心的な動機は、物事の原因を洞察するという点では決して違っているわけではない。活動家の動機は、明確に意識してはいないにしても、社会的不正義が生命の内的統合や一体感をないがしろにしていると観るにある。同様に、霊性を求める人々は、たとえ実際問題を扱うのが困難であるとしても、共通の人間性の根底にあるものに感じて反応するのである。それゆえ、私たちを駆り立てる一体性(ワンネス)の感覚を顕し活動する方向性が違うにもかかわらず、私たちが尊重する方向の根底は同じである。共通するのは、私たち自身との、または他者との、そして他の惑星との正しい関係性の意識を高めかつ表現することである。それゆえ、それが活動家であれ霊性を求める人であれ、意見に相違があったとしても、努力し続けることをやめるべきではない。限界を克服する努力について、ジュワル・クール覚者は『新しい時代の教育』の中の霊性(スピリチュアリティ)に関する定義の箇所で、活動家は自分の行動を促す霊的な根源を自覚する必要があり、一方、霊性を求める者は一体性の認識を行動に移すことで初めてそれは確実になることを自覚する必要があると指摘している。
 社会正義に対する最初のステップが、私利的な特権が失われることを憂慮し現状維持を望む商業主義者の勢力から激しい抵抗に遭遇する現在の社会状況を見ると、社会活動家と霊性を求める者たちがこの「霊性を物質化する」努力と、「行動を霊性化する」努力をして互いに協力することが大切である

 この観点から、「戦略的国際研究センター」※ は、2020年3月に極めて意味深い以下の声明を発表した。「私たちは、頻度においても範囲においても規模においても歴史上先例のないグローバルな大衆的抗議運動が展開される時代に生きています。(……)最近、抗議行動の規模と頻度は1960年代末のものや1980年代末のものおよび1990年代早期のものなどの歴史的抗議行動を覆い隠すほどになっています。広い視野で見ると、『アラブの春』は個別の現象ではなく、広範囲で増加しているグローバルな傾向の特に顕著な例です」

 事実、ベンジャミン・クレーム氏の覚者は、「今日この惑星に浸透している物質主義に基づく不正を心の中で排除している人が大勢いる。彼らは正義と平和を待ち望み、その達成のためにデモ行進を行う」と述べている。
 そして抗議行動は時にエスカレートし、暴力を伴ったり略奪を起こしたりするが、そのような過程があっても、抗議行動は恐れるべきものでも避けなければならないものでもないことが研究の結果わかっている。米カリフォルニア州のハンボルト州立大学の社会心理学者アムバー・ガフネイ氏は、人が極端に走ることは、私たちが間違ったことや欠けていることに対する完全に人間的な反応であることを見いだし、こう述べている。「人々が自己自身と自己の動機に関して極めて不安定になったとき」(つまり、人々が自己存在の核である魂とのつながりを見失った状態になったとき)、「誇張的な表現で主張する民主社会の独裁的リーダーのような、今までとは異なるタイプの存在に人々は惹きつけられる」。例えば「我々は自分たちが何者であるかを見失っている」というような発言をしながら、この不確かさにつけ込もうとする。しかし、彼女が言うには、最大級の積極的な社会変化は「強い結合とはっきりとしたアイデンティティーを持つマイノリティー(グループ)によってもたらされてきました。私たちが積極的な社会変化を体験する場合には、それはマイノリティーからもたらされるのです。市民権運動や女性選挙権獲得運動を思い起こしてください。それらはおおむね信じ難いほど肯定的なものでした。しかし、それらはマイノリティー(グループ)から始まったのです。彼らは社会の中枢から疎外されていたアウトサイダーの労働者たちであったのです」。

 宇宙の兄弟たち(スペースブラザーズ)からのメッセージに基づき、また世界教師の出現を広めるために何十年と働いてきた多くの人は、これらの希望あふれるビジョンが実現するのに一体どれだけ待てばよいかと嘆くかもしれない。ジョージ・アダムスキーの1963年ヨーロッパツアーに関する報告書の締めくくりで、陸軍少佐であったハンス・ピーターセン氏は、現代にも当てはまるようなことを述べている。「皆さんは一人で孤独な道を辿り続けなくてはならないでしょう。いまだかつてなかったように(理想と現実との)不一致が際立っていたことはありませんでした。(……)スランプ状態が以前にはないほど大きく、殺人や暴力、犯罪や事故、搾取、病気、ストレス、これらはすべて程度が大きくなりすぎて、もっと悪化することを考える余裕がない状態です。しかし、空飛ぶ円盤が私たちの大気圏内に現れ、私たちの中で宇宙人(スペースピープル)が働いていることが間もなく知られるようになります。このことが起こると、極めて大きな変化が発生します。そのペースは加速されています。私たちの中で進歩が促され、原因と結果の法則によって私たちの世界のバランスと平衡とが整えられるでしょう」

出典:ゲラード・アーセン『一体性(ワンネス)の先覚者たち─UFOと宇宙の兄弟たちの科学と霊性(Pioneers of Oneness. The science and spirituality of UFOs and the Space Brothers)』BGA出版、2020年10月、276頁、ISBN:978_90_830336-0-0

※「戦略的国際研究センター(CSIS)」は、米国の首都ワシントン市を拠点とするシンクタンクで、1962年にジョージタウン大学に設立された。世界の政治的、経済的、安全保障的問題に対する政策研究と戦略的分析を行う機関である。特に国際関係や貿易、科学技術、財政、エネルギー、そして地政学的問題に焦点を当てている。

ナイジェリアで環境意識が高まりつつある

アレックス・アキグベ氏へのインタビュー
ジェイソン・フランシス

 アフリカ・クリーンアップ・イニシアチブ(AC I )は、清掃事業、環境に関する教育および環境擁護プログラムを通して、環境維持に対する人々の意識を高めたり関心を集めたりするために活動している。
 2010年にナイジェリアで創立されたACIは、2017年に非営利団体として公式に設立された。安全な水、下水設備および公衆衛生に関するプログラムだけでなく、子供たちを学校に通わせるための費用援助を目的に、リサイクル品を収集するリサイクルプログラムも行っている。ACIは、協力団体、補助金、協賛企業や個人からの援助によって資金を得ている。ジェイソン・フランシスが、本誌のためにACI創設者のアレックス・アキグベ氏にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):ACIを思いついたきっかけは何でしたか。
アレックス・アキグベ:私が情熱をもって携わっている地域社会への奉仕活動がきっかけです。ACIを始める前に、私は幾つかの奉仕活動にボランティアとして関わっていました。
 何かしら影響力をもつ事業に関わるときはいつでも満足感や達成感があります。私はナイジェリアのラゴス州にある都市アジェグンレで育ち、それが今日私が行っていることの一因となりました。アジェグンレは、かつては汚いことで有名なジャングルの都市として知られていました。私はそのことを決して好きにはなれませんでした。また、何かをしようと誰も気にかけないことに対して、心が痛む思いでした。実はこのことがきっかけとなり、私たちのプログラムや事業を通して、アジェグンレがアフリカの他の地域に追いつくことができるように、組織として活動し始めたのです。

SI:これまでに、環境に関する清掃事業が幾つナイジェリアで始められましたか。幾つか例を挙げていただけますか。
アキグベ:今までのところ、アブジャ、イバダン、ムシン、ジャカンデ、アジェグンレ、アルファビーチ、アムココ、スルレレで、約30の大規模な環境衛生的な清掃プログラムを実施しました。

SI:清掃プログラムはどのようにして始まりましたか。また、ACIには何人のボランティアがいますか。
アキグベ:ACIの清掃プログラムは、環境的な活動が必要な汚い地域を判断し、緻密に計画を立てるところから始まりました。それから地方自治体や地方都市開発区域に対して、活動の実施に関する承認を申請しました。ACIには400人以上のボランティアがいます。

SI:環境に対して責任を持つように生徒を教育することを目的とした、グリーン・フット・プロジェクトについて話していただけますか。
アキグベ:グリーン・フット・プロジェクトは生徒、特に小学校、中学校の生徒に焦点を当てています。私たちの目的は、(国連サミットで採択された)持続可能な開発、気候変動、環境維持について教育することです。そしてそれだけでなく、社会的に影響のある環境事業に参加するように導くことです。また、生徒が幼いうちから、ボランティアを実践したり、地域に奉仕したいという思いを持ったり、廃棄物管理を適切に行ったり、(リサイクル品を学校の費用に変えるなど)無駄を富に変えるように積極的に活動したりすることができるように教えています。私たちのグリーン・フット・プロジェクトは、2019年3月に始まりましたが、これまで5つの学校、900人以上の生徒が参加しています。

リサイクル可能品で支払いを行う

SI:ナイジェリアでは、親は子供の教育に対する学費を支払う責任があります。学校へ通うのに、どのくらい費用がかかるのですか。また、親が教育費を支払えないために学校に通うことができない生徒は何人いますか。
アキグベ:私たちの調査結果では、1学期につき最低500ナイラ(約14米ドル)かかる学校もあれば、私たちと共に活動しているサービスが十分でない地域では、費用が1日50ナイラ(約14米セント)の学校もあります。
 2018年12月にユニセフが行った調査によると、学校に行くことができないナイジェリアの子供の人口は、1,050万人から1,320万人にも上り、世界で最も多いとされています。

SI:リサイクルペイ教育プログラムと、それが家族および環境にもたらす効果について教えてください。
アキグベ:リサイクルペイ教育プログラムはACIにおける革新的なものです。環境に良いリサイクル実践を通じて、プラスチック製品による汚染を減らしながら、教育を推進していくプログラムです。今では親はリサイクル可能品を子供が通う学校に持っていき、学費に変えることができます。自発的に行動することによって、住んでいる場所や家庭環境に関係なく、子供が教育を受けられるようになります。私たちのゴールは、少なくとも1万人の子供が退学することのないように支援することです。
 この事業は、私たちが現在活動している地域社会に非常に大きな影響を与えており、今やその環境はとても美しいものになっています。また、これまではプラスチック製品が私たちの排水システムや排水溝を塞いでいたのですが、劇的なまでに減少しています。このプログラムは学校経営者、親、協賛企業や個人からの支持を得ています。

SI:リサイクルペイ教育プログラムの恩恵を受けている子供たちはどのくらいいますか。
アキグベ:これまでのところ、10の学校でリサイクルペイ教育プログラムを立ち上げており、合計で子供427人、128家族がその恩恵を受けています。14人の個人と、5つの企業が提供者となっています。1年に200万個のペットボトルが再生されています。

安全な水と公衆衛生

SI:WASH4クリーナー・スラム・プロジェクトについてお聞かせください。
アキグベ:私たちは、安全な水、下水設備、公衆衛生(WASH)プログラムにも積極的に携わっています。それは、安全な水と下水設備の提供を追求するACIの核を成しているものです。このプロジェクトは、私たちがスラム社会で、安全な水、下水設備、公衆衛生に関する問題に取り組む機会を与えてくれます。スラム地域の住民が、どうすれば自分たちでスラム地域の状態を改善し、より健康になれるかに関して、彼ら自身が責任を持つことができるようにしようとする機会です。私たちはサービスが不十分な地域に住む人々に、正しい手洗い方法、健康でいられることや安全な飲料水を手に入れられることがどれほど良いことなのかを教えています。

SI:ACIは、その事業の一部をアフリカの近隣諸国にまで広げていますか。
アキグベ:アフリカ・クリーンアップ会議が、2017年にガーナのケープ・コーストで開催されました。2018年にはトーゴのロメで、2019年にはガーナのアクラで開催されています。私たちはこの機会を利用して熱心な環境活動家を集め、人脈を得たり、専門家から学んだり、有益な協力関係を築いたりしています。また、母なる地球を守るために素晴らしい活動を行ったり、環境維持に向けて貢献したりしている人々に賞を与えています。目下、私たちは事業の幾つかを近隣諸国へ持っていくように取り組んでいます。

SI:ビヨンド・ウェイスト・プロジェクトについて、ほかに何かお話しされたいことはありますか。
アキグベ:ビヨンド・ウェイスト・プロジェクトは、低所得者が住む地域で健康および社会的なニーズに取り組むことを目的としています。このプロジェクトを成し遂げるために、母親と子供に人間ドックを実施したり、現地でマラリアのスクリーニング(症状が現れる前に病気を発見するための検査)や治療を行ったりしています。他にも、衣服や食料品などの救援物資の支給を行っています。

SI:ナイジェリア政府は人々のニーズや国の環境問題に取り組むために、他にもっと何ができると思われますか。
アキグベ:最重要課題のひとつは、人々に情報を提供することと、ナイジェリア人が環境の保護や維持に関して持っている認識レベルを上げることです。どうすればナイジェリア人が生活や仕事ができる環境をつくることができるかということについて、政府はもっと関心を持つべきです。すべての国民に影響を及ぼす主要な政策を実施する前に、地域レベルで利害関係者に働きかけることはとても大切です。国民に、自分が現在置かれている環境に対する当事者意識と責任を持たせることです。

SI:環境や清掃への取り組みに対して、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行による影響は何かありますか。
アキグベ:新型コロナウイルス感染症の流行により、私たちのビジネスに直接影響を与える社会的な集まりといった活動が制限されています。ステイホームや在宅ワークを要請される人が増えるにつれて、ごみの量が増えています。例えば、マスクや手袋が周囲に捨てられています。ソーシャルディスタンスに関するガイドラインが示されたことで制限されるのに伴い、草の根レベルの支援運動が滞っています。また、既存の奉仕活動計画の変更を要求するような干渉があり、人々が清掃活動のために集まることにも制限がかかっています。

 [編集部による最新情報:ACIは新型コロナウイルス感染症の危機の中、活動を続けている。一例を挙げると、2020年9月19日にラゴス市とイバダン市内の3カ所で清掃・支援活動イベントが行われ、218人のボランティアが参加した。1,360キロのごみに加えて、272キロのリサイクルごみが回収された。ボランティアメンバーは、環境に関する責任を担うことで、気候変動に対する行動を取るように一般の参加者を励ました。
 ACIはさらに、ラゴス市内にある低所得者が住む地域における新型コロナウイルス感染症の地域感染を減らすため、タグ付きメッセージとして「#MaskUpSlum」を使用したフェイスマスクを提供する特別な介入プロジェクトを始めた。]

詳しくは、acuinitiative.orgをご参照ください。

動物王国のために

マクネア・エザードによるマーク・ベコフ氏へのインタビュー

 マーク・ベコフ哲学博士はコロラド大学の生態学および進化生物学の名誉教授である。彼はジェーン・グドール氏と共に、「動物の倫理的扱いのための動物行動学者」を共同で設立した。彼はまた、グドール氏の国際的なプログラム「ルーツ&シューツ」の特使でもあり、そこで学生、高齢者、受刑者と共に活動している。彼の研究や関心の分野は、人と動物の関係学、動物保護、行動生態学、動物の行動と感情、人道的自然保全を中心としていた。ベコフ氏は30冊の著書を著した。その中には、『動物マニフェスト──共感の範囲を広げる六つの理由(The Animal Manifesto: six reasons for expanding our compassion footprint)』および『動物たちの感情側面の生活── 一流の科学者が動物の喜びや悲しみ、共感、そして動物が大事である理由を探究する(The Emotional Lives of Animals: a leading scientist explores animal joy, sorrow, and empathy-and why they matter)』などがある。マクネア・エザードが本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): 動物の意識と感情の研究へのあなたの関心は、どのようにして始まったのですか。
マーク・ベコフ: 私は2歳くらいのときから動物の感情と意識に関心を持っていました。母はとても思いやり深く、親身な性格でした。父はとても気さくで、前向きな考え方をしていました。こうしたことが私に大きな影響を与えました。私の家族は、私が小さいときに近所の動物によく話しかけていたと言っています。私は動物がどのように感じ、考えるかを気に掛けていました。

SI:動物の感情の分野は認知行動学と呼ばれる広範囲な科学的専門分野に分類されますが、それはどのようなものでしょうか。
ベコフ:私は認知行動学を動物の心のアイディアと定義します。それは、動物が活発な心を持っていて、動物の中で何かが起こっているという仮定に基づいています。認知行動学は、異なった状況に直面したときに動物が考えていることや感じていることに細心の注意を払います。認知行動学の分野は急速に拡大しています。多くの比較研究が進行中です。それは、ヒトではない膨大な数の多様な動物が非常に活発で豊かな心と感情を持っていることを明確に示しています。

SI:あなたは動物の意識をどのように定義しますか。
ベコフ:それは私たちが人間の意識を定義する場合と全く同じ方法によります。単純な定義は、動物は起こっていることを知覚し、熟考するというものです。次に動物は、特定の状況で何をするかについて決定を行います。ヒトではない多くの動物は起こっていることを見ることができ、その状況で何が行うべき最良な選択であるかを決定します。行動の柔軟性が意識の良い指標です。

SI: ヒトではない動物の異なった種の間で、意識の現れ方は違いますか。
ベコフ:答えは意識の定義方法によって異なります。生物学的、動物行動学的な視点からは、それは状況を評価し、何が行うべき最良の行動であるかを判断する能力です。生物学的に言えば、行うべき最も適応性のあることは何かということです。ですから答えはいいえであり、現れ方が違うとは思いません。動物としてのヒトを含む異なった動物が多様な状況に適用するやり方は違っており、その理由は、感覚能力と運動能力が異なるからです。しかし、それを一般的な方法で見ると、与えられた状況下で何をすべきか最良な選択を行う能力は、多くの種に共通する意識の表現なのです。

SI:あなたはシアトル・タイムズの記事で、多くの動物が善悪の区別をすることができると書かれました。動物王国での意識は、私たちが物事の道徳観と呼ぶようなものに反映されているのでしょうか。
べコフ:はい、それは多くの種に見られる遊びの行動の例に反映されています。動物の遊びを観察していますと、遊びが攻撃にエスカレートすることは滅多にありません。動物たちは互いに評価し合っています。動物たちは遊びで一定のルールに合意しており、一定のルールに従います。彼らは別の個体がしていることを評価します。
 私はそれを『走りながらの微調整』と呼んでおり、もし私とあなたが遊んでいて私たちが犬であったとしたら、私が何かをすると、次の瞬間にこう言います。「何ということだ。彼はどうしているのだろうか。彼は起こっていることに満足しているのだろうか。私は行動を変える必要があるのだろうか。彼を強く叩き過ぎたのだろうか。彼を強く噛み過ぎたのだろうか」。食べ物を分け合ったり、困っている個体を助けたりするなど、このようなすべての道徳的、倫理的な判断を動物に見ることできます。長い間、このことはあまり注目されていませんでした。あり得ないこととして除外されていました。このような分かち合いと正義のルールが存在し、幅広い種がこうした特質を持つことを示す研究が増加していることに私は励まされています。

SI:動物の意識は、動物が魂を持つことを意味しますか。
ベコフ:私はその問題を深く研究したわけではありませんが、動物としてのヒトが魂を持っているとしたら、ヒトではない動物が魂を持たないと考える理由はありません。多くの議論が異なった宗教的、神学的な立場から来ています。それを熟考することは興味深いです。私はそれを行う能力や知識を持っていません。魂を持っているとはどういうことでしょうか。もしマーク・ベコフが魂を持っているのなら、犬や他の動物が魂を持たないと考える理由はありません。

SI:最も意識的で最も知的な動物は何でしょうか。
ベコフ:私はそのようには考えません。動物は、それが属する種の『会員証を持つメンバー』となるためにする必要のあることをしなければなりません。生物学的な観点から知性の違いを話すことは、あまり意味があるとは思いません。例えばねずみは、ヒトではない霊長類ができない多くのことをすることができます。ねずみはゴリラが持たない一定の嗅覚能力を持っています。ねずみはゴリラにはできない問題や迷路を解決することができますが、ねずみはゴリラよりも頭が良いと言う人はいないでしょう。
 さて、もしゴリラやチンパンジーや犬が、ねずみができない何かをする場合、犬やこのような他の動物がねずみよりも頭が良いと言うことをためらう人はほとんどいません。生物学的な観点からは、個体が生き残り繁栄するために何をする必要があるのかを見る必要があります。私は犬に関する研究をしているために、「犬は猫よりも頭が良いでしょうか」という質問をよく受けます。それは重要な質問ではありません。猫は一定のことをします。犬は一定のことをします。もし彼らが生き残り繁栄することができれば、そのことが、種のメンバーとして彼らがそれをどのように上手く行えるかについてのリトマス試験となります。
 種の中でも違いはあります。ある動物は一定の作業についてより上手く学びます。また、種の中で複数の知性を見ることができます。例えば、社会的知性を持つ犬がいれば、路上を生き抜く知性を持つ犬もいます。ある犬は他の犬よりも一定の問題を上手に解決できますが、一方がもう一方よりも必ずしも頭が良いとは私は言いません。彼らは違った種類の知性を持っているのです。私の犬たちの多くは非常に賢かったのですが、路上で自力で生きることができたのは、その中の2、3頭だけでした。

SI:人間には一定の非言語のコミュニケーション手段が知られており、ある人はそれをテレパシーもしくはESPと呼びます。それは動物王国にも存在するのでしょうか。
ベコフ:様々な種の観察に無数の時間を費やして私が学んだことは、ヒトとしての私は動物と同じ感覚能力を共有していないことです。私は、犬や他の動物が持つ嗅覚能力や聴覚能力を持っていません。特定の動物に見えるものが見えません。紫外線や超音波、可聴下音の領域を使ってコミュニケーションをしません。最も単純な定義は、動物たちは私たちが持たない異なった感覚能力、感覚器官を使いながら互いにコミュニケーションをしているというものです。「うちの犬や猫やある種の野生動物はテレパシー的です」といったストーリーを頻繁に聞きます。私は科学者として扉を開いたままにし、「そうですか。私は知りません」と言うだけです。

SI:動物は、人間に見られるような同じ種類の感情を持っていますか。
ベコフ:私たち人間は、喜び、悲しみ、困惑、不幸と幸福などの同じ感情を持っていますが、それらを違ったやり方で表現します。あなたの喜びが私の喜びと同じものかどうか、あなたの悲しみが私の悲しみと同じものかどうか私には分かりませんが、私はそれを持っているがあなたはそれを持っていないと言うことは間違いでしょう。
 ヒトではない多くの動物の間で様々な感情の違いが見られますが、動物の個体間でも違いがあるでしょう。犬や猫やねずみやシャチは私たちと同じようには感じないと言う人がいたら、私はこう言います。「第一に、私たちはそれを知りません。第二に、それは実際には問題ではありません。というのは、特定の状況で私はあなたと同じように感じないかもしれないからです。私たちは、悲しみや喜びや嫉妬を違ったやり方で表現するかもしれません」

SI:2012年にケンブリッジ大学で科学者の会議があり、「意識に関するケンブリッジ宣言」という文書が公開されました。この文書は、意識の能力において人間はユニーク(独特)ではないと結論づけました。それはまた、動物王国にも拡大できるものです。科学者たちの結論は、非科学分野の人々にとって驚きであったとあなたは思われますか。
ベコフ:いいえ。意識に関するケンブリッジ宣言は長年の懸案でした。当時私は、ヒトではない動物の扱い方にこの宣言は影響を及ぼすだろうと期待していました。そこでは16人の著名な科学者が発表され、ケンブリッジ宣言に署名しましたが、それまでにヒトではない動物の行動の研究をしたことがある科学者はその中の2、3人だけでした。それに関して大きな課題のリストがありました。スティーブン・ホーキング氏がその中にいました。それは大きなニュースとなりました。全体的には、それは大きな失望でした。宣言そのものは、研究や食用や娯楽や狩猟のために使用されている動物の福利に対して、ほとんど影響を及ぼしませんでした。私たちの他の動物との関わり合い方に関して、大きな影響はありませんでした。

SI:そのことは、新型コロナウイルスに関する問題を提起します。このウイルスはコウモリから発生し、中間の動物を通して人間に伝播されたと考えられています。この種の疾病伝播は、人間と動物王国の間の間違った関係を示しているのでしょうか。
ベコフ:私はこの件に関して多くのインタビューに応じましたが、私は専門家ではありません。しかし、中国の賑やかな市場や他の場所などで他の動物と関わり合う中で、ウイルスがヒト以外のある種の動物から動物としてのヒトに伝播されたことは間違いありません。
 必ずしもベジタリアンやヴィーガン(完全菜食主義者)ではない多くの人々が食事メニューを変える決断をしたのは、その関係が不明瞭だからです。こうしたヒトではない動物たちの扱われ方、彼らが消費され、処理され、接触される方法はこの恐ろしいウイルスの永続化にとって重要であると、私たちが知っていることが示していると私は考えます。

SI:動物王国との関わり合い方について、あなたは未来に希望を持っていますか。
ベコフ:私は希望を持っていますが、長い時間が必要でしょう。多くの人がこの大流行の中でストレスを感じ、大いに苦しんでいます。ヒトではない動物への態度を変えるように頼むことは難しいです。頼むこと自体は簡単ですが、何かをさせることは難しいのです。私たちは改善するために変化する必要があり、さもなければ破滅に向かう運命にあります。他の動物を殺し、消費し、彼らの家を盗むことを続けながら、地球がある種の生態学的なバランスを保つと考えることはできません。

SI:長年の間、私たちは罰を受けずにそのようなことを行いました。私たちは危機の淵にあります。
ベコフ:はい、私たちは淵にあります。多くの人が苦しんでおり、それは、ある種の満足できる人生を送っている人々より遙かに多いのです。私たちは変化する必要がありますが、同時に私は希望を持っています。私は見知らぬ人と多くの電子メールのやり取りや議論をしました。例えば、動物と人間の関係や新型コロナウイルスの伝播などについてです。おそらく明るい側面の一つは、人々が態度を変え、ヒトではない動物の利益にもなるようにするだろうということです。

SI: あなたの著書『動物マニフェスト』についてお話しいただけますか。
ベコフ:この本は、動物が自分たちの生活をより良いものにするために人間に何を求めているのだろうかという視点から書かれました。私は、炭素フットプリントに相当するような共感フットプリントと呼ぶアイディアを提示しています。誰でも自分の共感フットプリントを増加させ、ヒト以外の動物の扱い方を改善する能力があることを議論しています。人間が支配する世界で、彼らが何であり、何を必要としているかを尊重する必要があります。動物を害し、殺すことをやめるのです。彼らもまた、この世界に属しているのです。

SI:動物の意識と感情を理解するために活動するあなたの人生が、この惑星においてあなたとあなたの人生観にどのように影響を与えたのかをお話しいただけますか。
ベコフ:アリから蜂、犬、猫、鯨、象、ペンギンに至るまで、野生で興味を持ったあらゆる動物を見るとき、私はいつも動物の足下に踏み込もうとします。動物の心やハートに踏み込もうとし、動物が人間に対して実際に望んでいることを見つけようとします。近しい距離感は、動物が求め必要としているものや、ますます人間が支配する世界で動物の生活を改善するために私や他の人間ができることを知ろうとする動機を私に与えてくれます。
 私たちは「人新世」と呼ばれる時代に生きています。人々はそれを「人間の時代」と呼びます。私はそれを「非人間性の猛威」と呼びます。この惑星を人間が支配しているという意味での人間の時代です。一歩下がり、私たちがこの惑星に及ぼしている信じ難い破壊を見るとき、動物が良い生活を送るために必要なことにもっと注意を払い、ヒトではない多くの動物が平和で安全に暮らし繁栄するために同じことが必要であると認識する人が増えていけば素晴らしいなと、私は感じます。

SI:なぜ人類は、動物王国や自然世界との関係で、正しい管理、より一層の共感、より一層の理解を体現するアプローチではなく、支配のアプローチを採用したのだとあなたは思われますか。
ベコフ:一番目の理由は、私たちにはできるからです。私たちにはその能力がありました。多くのアプローチが、人間だけが神の姿に似せてつくられ、そのため人間には他の個体の生命を支配する権利があると述べる様々な宗教の伝統の影響を受けています。人間に他の動物への支配権が与えられたとき、支配権は共存や保護管理とは反対である支配として再定義されました。私より読書や研究の経験が深く、支配権は支配を意味するものではないと主張する多くの人々がいます。それは、ヒトではない動物が人間と共に平和に生きる権利を持つことを理解しつつ、平和的な共存を意味するものでした。私たちは、このような平和的な関係を発展させ維持するためにできることを行う義務を負っているのです。それは支配の問題ではなく、保護管理の問題です。

パンデミックとオーバートンの窓

スコット・チャンピオン

「オーバートンの窓」とは、政府の受け入れ可能な政策範囲を定めるアイディアを描写する用語である。政治家が成功するためには、国民に受け入れられるこの範囲内に政策を留めなければならない。政治家が政策範囲を拡大するためには、既存のオーバートン内で新しい政治要綱を展開するか、国民が政治家に聞こえるほどの大きな声で新しい政策を求めることが必要である。

 ベンジャミン・クレームは著書の中で、人類はいつの日かかなり深い衝撃をもって深遠な荒野の体験と向き合わざるを得なくなるだろうと主張していた。「荒野の体験とは、特に西洋人にとっては、至るところのすべての人々が生活できるように、よりシンプルな生き方を受け入れることである」とクレーム氏は語った。
 この体験の結果として、世界の諸政府は国民の真のニーズを優先し、それを満たす試練にさらされるだろう。この荒野の体験を引き起こす要因としてパンデミックを予想した人はほとんどいなかったが、パンデミックから生じた経済崩壊と、これまでこの危機の後を追ってきた世界の諸政府の対応は、クレーム氏の著書や講演と一致している。
 2020年4月、米国下院の民主党議長であるナンシー・ペロシ氏は、ユニバーサル・ベーシック・インカム(全国民への基本所得補償)は現在の経済環境において検討する価値があるかもしれないと述べ、米国国民のためのより公正な経済モデルの一端を示した。ペロシ議長は、米国の経済モデルにおけるこのような革命的な変化を公に表明したこれまで最も高位の米国政治家である。これに先立ち、米国大統領候補のバーニー・サンダース上院議員は、多くの進歩的・社会主義的なアイディアをアメリカの有権者の思考に印象付けた。これらの米国を中心とするアイディアは、被雇用者賃金の80%をかなりの限度までカバーするために企業に早急に資金を給付しようとする英国の保守政権に相通じるものであり、労働党政府でさえ数カ月前には想像だにできなかった対策である。
 こうした前例のない提案と社会主義へのステップは、もちろんのことながら、新型コロナウイルスのパンデミックによって引き起こされた経済的苦難によるものである。これは、非常に短期間(10週間)に世界経済に構造上の深い損傷をもたらし、1930年代の大恐慌のときに10年間にわたって発生した雇用喪失と経済活動低下に匹敵するものとなった。ラボバンク社の洞察力に富む経済アナリスト、マイケル・エブリィ氏によると、「経済的損害の深みと速さはまだ始まったばかりであり、それは恐るべきものである」と語っている。
 危機のときに資本家に損失を与えないように諸政府が協調して講じた対策は、先進諸国で特筆すべき歴史を持っている。経済危機の際には、国民よりも株式と債券と不動産市場を最優先する世界の中央銀行が調整する流動性計画案を通して、株式保有者は、繰り返し救済されている。今世紀だけでも、米国、EU、日本、そして先進国全体の資産市場を支援するために、数兆ドルが提供されてきた。
 近年では、中国もこの資産の引き上げに参加している。危機が、住宅ローン、自動車ローン、クレジットカードの不履行につながり、資産保有者の資金繰りを奪うような重大な形で雇用に影響を与えると見られる場合、これらの国々は時として国民に限られた資金を提供する。多くのコメンテーターが述べているように、それは、損失が社会化され、利益は私有化される世界的なシステムである。
 危機の間は、株式の賭け全体が、納税者、欠損、将来の通貨価値を犠牲にして中央銀行によって大幅に埋め合わされるため、2007年から2009年の大金融危機以来、資本市場は時として「カジノ」システムであることをやめたこともあった。個々の企業の成功には依然としてカジノ的な賭けの要素があるかもしれないが、危機的な状況下では、適切に管理された企業と管理が不十分な企業は共に経営業績や資産に関係なく救済される傾向がある。過去10年間に自社株買戻のために多額の借入を行った経営陣は、企業に大きなリスクを負わせた。このように振る舞ったボーイング社のような企業は、貪欲で無能な自己中心的な経営を納税者の金銭を使って救済するという考えに対して国民からの相当な抵抗を受けている。
 株主価値を最大化することに専念し、同時に自社のストックオプションの価値を最大化する上で、経営陣は収益報告に最後の1ドルを詰め込むために、可能な経費と資産をすべて海外移管した。医療検査、化学試薬、マスク、ガウン、手袋、眼の保護、手指消毒剤などの重要な物資が国内生産のどこにも見当たらなかったのは、企業全体に及ぶこの経費削減の結果であった。ほとんどの先進国では、わずかな経費──数百万アイテムに及ぶわずかな経費──を節約するため、実質的にはすべてが最低コストの生産者に外注されてきた。
 2カ月という短い期間に、政府、雇用主、労働者にとって何が必要不可欠かということが全く新しい意味を帯びた。新型コロナウイルス感染者に対処する医療従事者は、突然最も重要になったこと──つまり、生き延びるということ──の比類のない世界的な実現において、世界で最も重大な前線に立つことになった。食料品店のレジ係もこの新しい戦いに送り込まれ、一夜にして不可欠な地位に押し上げられたが、感染している可能性のある顧客や同僚と必要な防護策なしで対面しなければならなくなった。これらの労働者は、有給の病気休暇なしで最低賃金に近い収入しか受け取っておらず、最良の場合でも、加入している健康保険は不確かで高額なものである。
 最前線の医療従事者を含む必要不可欠な労働者が新型コロナウイルスの検査を受けることができないにもかかわらず、プロのスポーツチームは検査を受け、エンターテインメントのスターたちはオンライン・ニュースやソーシャル・メディアに検査結果を投稿し、裕福な人々とその近隣の人々はプライベート・コンシェルジュ・メディカル・サービスを通じて問題なく検査を受けていることがニュースで多く報じられている。重大なのは、新たに評価された必要不可欠な労働者がこの状態を見過ごしていないということである。2020年5月5日、労働者の正義を求める声が上がり、アマゾン、インスタカート、ホール・フーズ(アマゾンが所有)、ウォルマート、ターゲット、シプト、フェデックスの必須労働者の連合が、賃金の上乗せ、有給病気休暇、安全な労働条件を要求するストライキを行った。
 パンデミックの前線に送り込まれた結果、米国の必須労働者は、うまくいく経済制度はどのように機能すべきかという考えも含めて、市場の力は不可侵だと考える人生全般の条件づけを打開することよりも、資本主義の不公平さを即座に理解することのほうがおそらく容易だったのだろう。パンデミックの結果として、多くの人々が新しい現実に目覚めている。彼らは状況のより明確な見方を発達させつつあり、彼らが経験し、家族を危険にさらしている明らかな不公平さに立ち向かい始めている。
 彼らがこの自己尊厳の感覚に新たに気づくようになったのは、直接的で、あからさまで、冷酷なパンデミックが、以前の経験や条件づけの範囲を越えていたため、過去の条件づけから解放されたからである。彼らは公平ではないことを理解している。彼らには、それが自分のせいだと認める理由も、文句を言わずにそのまま受け入れる理由もない。彼らは、同じ労働者の生命が実際のリスクにさらされているにもかかわらず、富裕層が彼らの犠牲によってどれほど利益を得ているかをより明確に見ている。メンタル的な条件づけは、存在の脅威──死ぬ可能性──に直面したときにより簡単に克服できるようである。
 今後、必須労働者は、自分たちが重要であり、しかも非常に重要であることを直接経験しているため、十分に再考することなく自らの運命を受け入れることはないだろう。同じことが、より大勢の人々のために隔離を要求された人々にも言える。彼らはこれが自分のせいではなく、要求された必要なことに従って、立ち退かされたり、家や車を差し押さえられたり、破産を強いられたりされるべきではないことを知っている。このように考えるようになるにつれて、メンタル的な条件づけを打ち壊すことができる余地が生まれるだろう。「私は絶対必要なのです」「私は他の人たちが生きるために最高のことをした」「なぜ私の家族はそのために苦しまなければならないのか」
 現時点では、1987年の株式市場の崩壊、2000年のインターネット・バブルの崩壊、2007年から2009年の大金融危機の際に中央銀行が用いた紙幣印刷のテクニックが、深く相互関連し合い、大きな債務を抱えた今日の世界で再び見られるかどうかはまだ分からない。進行中の新型コロナウイルス・パンデミックは、パンデミック以前の生活の多くの側面が正常に戻るのに長い時間がかかる可能性があることを瞬く間に示している。世界経済を理解することに専心してきた多くの経済アナリストは、業種によっては、多くの産業が2年から8年未満で通常に戻れるとは期待できないと述べている。JPモルガン・アセット・マネジメント社の最高投資責任者は、雇用が最近の最高水準に戻るには少なくとも12年はかかると述べた。金融とヘッジファンドのリーダーである89歳のジョージ・ソロス氏は、これは彼の生涯の危機であると述べた。
 政府の政策と事業運営計画は、供給連鎖の失敗と破壊を伴った純粋なグローバリゼーション・モデルが企業と国民を危険にさらすことを認識して、新しい現実に適応する必要がある。それは、利益を公共の安全、労働基準、生活賃金、市民の福祉と健康、環境基準、地球の健康よりも優先している。地球の健康は、澄んだ空と汚染されていない空気の写真を見ると理解できる。
 企業もまた、この新しい時代に生き残ろうと苦闘する時に、利益の最大化に彼らの将来の存続を危険にさらすだけの価値があるかどうかを再考する必要がある。政府の救済策が効果的でないかぎり、資本市場(株式および債券市場)で資金を調達する能力のない企業は極度の圧力にさらされることになるだろう。われわれがすべてを克服するまでに、この経済的困難はそれほど大したことはないと予想する市場アナリストはほとんどおらず、アナリストの多くは、この不況が1930年代の大恐慌で直面した困難に匹敵するか超えるだろうと予想している。多くの指標から見て、すでに新しい大恐慌に陥っているのである。
 グローバルな売買、利益、雇用、設備投資、税収は、今後も引き続き厳しい状況にあるだろう。航空機製造、航空会社、ホテル、宿泊施設、自動車メーカー、レンタカー、輸送機関、カジノ、レストランなどの以前は収益が高かった業種は、事業の縮小を余儀なくされるだろう。雇用は通常よりも遥かに長期にわたって困難が続き、世界的な景気後退と不況はより長い時間停滞が続くだろう。
 必要不可欠な業種は、より高い賃金、有給休暇、利用可能な健康管理を求める要求に直面するだろう。これは記録的な失業を背景に発生し、雇用者と労働者の対立の爆発につながる可能性がある。パンデミックの結果、事業利益率が圧迫され、供給プロセスは家庭により近くなり、中国などのような単一生産国への依存は少なくなるだろう。企業は、単一の供給源への依存を防ぐために、複数の供給先に供給リスクを分散させるだろう。現在のパンデミックでは、容易な解決策はなく、最初の経済開放がどれほど成功するかに関係なく、遠い未来に影響が及ぶほど生活は大きく変わるだろう。
 景気後退をすぐに和らげることができるものはあるのだろうか。広く利用可能で安全かつ効果的な治療計画、もしくはワクチンの広範な投与の成功は、長期にわたる世界的な不況を回避する最良の機会ではあるだろう。しかし、これら好ましい出来事の一方もしくは両方が当面の視野にあっても、経済的損失は依然として過去のすべての不況を超えるだろう。進行するインフレのために調整された世界のGDPの最近のピークは、世界経済全体の供給と需要の両方がかつてないほど破壊されているため、短期から中期での達成は難しいだろう。
 発展途上国の経済は、米ドルへの依存と、堅調で完全に機能しているユーロドル市場への依存のため、特に困難な時期にある(ユーロドルとは、米国の銀行システム外で保有されている米ドルである)。全体的な経済活動の急激な低下により、米ドルの供給は世界的に急激に減少し、商品価格の低迷と同時に、途上国の経済を強く圧迫している。
 この二重の打撃が、国際通貨基金が特別引出権利の拡大を望んで、途上国の支援のために貸付能力を1兆ドルに引き上げようとしている理由である。しかし、トランプ政権はこの計画に抵抗しており、これまでのところ反対している。これが継続する場合、世界的な崩壊を食い止めるために、外国政府および外国企業のほぼ無制限の額の米ドル債務、融資枠、銀行信用状の引き受けを米国連邦準備制度および米国財務省が引き受けなければならなくなる可能性がある。
 この不幸な状況によって、米国は現在の影響力を遥かに超えて世界の経済活動を支配できるようになり、資金を受ける国や企業を選択するようになるだろう。このシナリオでは、米国政府が国際的な勝者と敗者を選ぶことになる。中国やロシアなどの国々は、かなり大きな経済を抱えているため、イラン、ベネズエラ、北朝鮮と同じ船に乗ることを望まないだろう。すでに米国の制裁下にあるロシアにとって、この考えはそれほど魅力的なものではない。高度な軍事力を備えたこれら政治的および経済的に強力な国々にとって、それは耐え難い状況であり、この米国の支配力拡大が現実になった場合にロシアと中国が検討する可能性のある政策選択の範囲を想像することしかできない。要するに、過去数四半期にユーロドル市場で危機点に到達しようとしていた問題が、新たな世界的危機の種を蒔いているのである。
 しかし、世界の諸政府は依然としてパンデミックに直面しており、どのようにしたらよいのか分からない。政府は道を見失い、協力はどこにも見られない。経済の再開と救済への圧力は高く、新型コロナウイルスの発生に対応して、一連の開始と停止の繰り返しが長期化する可能性がある。社会的距離は、何百万もの大小のビジネス・モデルに悪影響を及ぼしている。この最初の開始のステップがどのように進むかに関係なく、生活は非常に長い間混乱する可能性がある。
 2020年4月の終わりに、JPモルガン・チェース社(JPM)はクライアントに株式市場が発するメッセージを無視するようにと、そして現在のパンデミック経済の状況は見た目通り悪いことを伝える報告書を発表した。米国最大の銀行であるJPMは、経済の最前線に位置しており、可能な限り信用取引を遮断し、他のほとんどの銀行を排斥して政府の支援を受ける信用貸しの発動に焦点を変更することで、自行を保護する重要な措置をすでに講じている。先進国の経済は信用貸しと債務で運営されているため、これは悪い兆候である。JPMは「これらのデータは不快なものであり、さらに悪化するはずである」と述べた。
 パンデミックが米国でニュースの大見出しを飾るようになったため、米国の様々な株式市場は当初、史上最高の高値をつけていた2020年初頭から30~40%下落した。3月中旬から2020年5月下旬までの10週間で、4,000万人以上の米国人労働者が公式に失業した。短期労働者と公式の失業統計に数えられない自営業者を加えると、この短い時間枠に6,000万人以上の米国人労働者が失業したと推定される。
 6,000万人のアメリカ人が失業したため、同じ10週の間に米国の主要な株式市場は30%以上高騰した。米国の最も裕福な人々は資産を4,740億ドル増やし、これがアメリカスタイルの資本主義の間違いのすべてであると多くの金融コメンテーターが発表するに至った。何かがひどく間違っているということを認識するコメンテーター、アナリスト、ビジネスマンが増えるにつれて、現代の資本主義がごく少数(億万長者階級)のみのために機能しているという認識が増大する傾向にある。資本主義の不公平さ、その不平等の急激な高まりを富裕層が認め、新たに見いだした自分たちの価値に労働者が気づいたことにより、効果的な変化に関心のある政治家には知的基盤が提供され、労働者は土地、労働、資本の間の既存の関係に対して新しいアプローチを要求する熱烈で強力な声を持つことになった。
 新型コロナウイルス・パンデミックは、オーバートンの窓に強烈かつ劇的な調整を提供した。2カ月足らずの間に、公の論説に影響を与える状況が根本的に変化した。これは歴史上、類のない瞬間であり、もし人々が実質的な変化を要求し、政治家に責任を負わせる意志があるならば、今日、窓が大きく開かれる可能性がある。国民が主導権を握れば、政治家はわずか数カ月前なら達成不可能と思われた政策を提案するだろう。
 米国の強力な政治家たちは、実施の機会がなかった極端で過激すぎると最近まで考えられてきた政策を明言している。しかし突然、これらの政策は民衆のマインドに受け入れられるようになっているだけでなく、必要なものとしてますます理解されるようになっている。新型コロナウイルスは世界に深く影響を与え、その結果、多くの人が政治、経済、社会の制度を調整する必要性を認識している。この必要性をアメリカほど如実に示している国はない。それはアメリカが自由市場のイデオロギーと、いかなる代償を払ってでも利益を最大化しようとする圧力に骨抜きにされ、パンデミックへの対処を誤って崩壊したからである。今、そうした代償によって急所を突かれているのである。
 オーバートンの窓は動いており、経済不況から抜け出す政策を形作る上で、人々の声が今ほど影響力を持ったことはない。その未来を描写し、それを主張し、それに投票し、思慮深さ、ビジョン、思いやり、良心に欠けている経済的なダーウィニズムにすぎないシステムを存続させるかどうかは、民衆次第である。
 シェア・インターナショナル誌の読者は、「荒野の体験」が世界教師マイトレーヤの出現への道を開くかもしれないと長い間期待してきた。誰も彼の出現の正確な時期を知ることはできないが、今や彼の声は多くの正義を求める様々な声を間違いなく強め、それらを団結させ、善への止めることのできない力を生み出し、日常生活のあらゆる側面に大きな変化をもたらしている。ベンジャミン・クレームの『世界教師と覚者方の降臨』が出版されて40年が経ったが、今後数カ月か数年の間にマイトレーヤが出現することに関して、これほどまでに人の心を動かさずにはおかない時はなかったように思われる。

著者注:オーバートンの窓は、ジョージ・フロイド氏殺害に同情して発生した世界的な反人種差別のデモとブラック・ライヴズ・マター抗議運動にも同様に適用される。驚くほど短い時間枠で、オーバートンの窓は、地方、州、および国家の政治団体に対する激しい民衆の圧力の下で開かれようとしており、ますます攻撃的になり軍備化されてきた警察を抑制する法律を制定するように駆り立てている。

結核を根絶する使命

ジェイソン・フランシスによる
サンディープ・アフジャ氏へのインタビュー

Operation ASHA はインドやカンボジアの都市近郊スラムや農村の最も貧しい人々への結核治療や医療サービスの提供に専念するNGOである。Operation ASHA は、合計人口が約500万人に上る5,000以上の恵まれないコミュニティーにサービスを提供している。そのパートナーは、アフガニスタン、ザンビア、タンザニアのさらに多くの人々にサービスを提供している。
 サンディープ・アフジャ氏はOperation ASHAの共同創設者でCEOである。彼は以前、インド歳入庁で役員を務めていた。彼は自身の人脈を駆使し、後輩の同僚や他の恵まれない人々に必要な医療サービスを無料で受けられるように援助していた。2006年に彼はインドで、団体の代表を務めるシェリー・バトラ博士と共同でOperation ASHAを設立した。ジェイソン・フランシスが、本誌のためにサンディープ・アフジャ氏にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): 結核への感染と活動性結核との違いは何でしょうか。世界中で何人くらいの人が結核に感染し、活動性結核であると考えられますか。
サンディープ・アフジャ:結核への感染、つまり潜伏性結核は、体内に結核菌を持っているが、免疫系が結核菌を抑制できており結核菌が増殖し人を苦しめることがない状態です。つまりそのような人には、明らかに何も症状がありません。
 それに対して活動性結核は、結核菌が体内で増殖しつつある状態です。患者は症状に苦しみ、症状を示し、検査と治療が必要です。そうしなければ症状が進行し、肺や他の体の一部を破壊し、最終的には死に至るかもしれません。
 膨大な数の人々が潜伏性結核の状態です。それはインドの人口の40%(5億人)とカンボジアの人口の50%を含みます。世界保健機関によって「結核の高負荷」の国と分類されている他の28カ国では、潜伏性結核の割合は同様の水準です。
 幸い潜伏性結核の人の中で、毎年活動性の症状を示す人はほんのわずかな割合にすぎません。年間の患者数はおよそ1,050万人であり(しかし18億人が結核の原因となる結核菌に感染しています)、それはどのような基準から見ても依然として膨大な人数です。実際のところ、疾病の重大性は死亡者数で計測されており、結核は今までで最悪の感染症で、過去200年間で10億人の死亡者を出しており、その数はHIV/エイズ、天然痘、黒死病、スペイン風邪、コレラを合わせた数よりも多いのです。

貧困病

SI:あなたはなぜ、結核を貧困病と呼ぶのですか。
アフジャ:結核がしばしば貧困病と呼ばれているのは、例えばインドでは90%の患者が貧困だからです。その理由は、膨大な数の人々が潜伏性結核の状態だからです。健康な人の免疫系は、細菌が増殖し疾病となることを許しません。免疫系が弱くなるや否や、細菌が人を支配するようになります。弱い免疫系の一つの主な理由は栄養不良です。つまり、貧しい人は他の人よりも結核になりやすいのです。しかしながら、誰でも結核にかかる可能性があると言わなければなりません。実際、結核で亡くなった有名人には、ネルソン・マンデラ、エレノア・ルーズベルト、ジョン・キーツなどがいます。

SI:結核の人を特定し検査する過程をどのようにして始めるのですか。Operation ASHAは、これまでに何人の人の治療を行ったのですか。
アフジャ:Operation ASHAのコミュニティーヘルスワーカーは何千ものコミュニティーを調査し、特定の症状を示す人々を100万人以上発見し、結核の検査をしてきました。私たちは11万人以上の患者さんの治療を行い、その中には多剤耐性、広範囲薬剤耐性、完全薬剤耐性の結核と呼ばれる致命的な形態で苦しむ人々が含まれています。これらの中で、昨年だけでも1万5,000人が治療を受けました。これによりOperation ASHAは、世界で3番目に大きな結核を抑制するNGOとなりました。

検査と治療

SI:結核の検査と患者さんの居住地での治療の過程についてお話しいただけますか。患者さんの居住地が都市と農村の場合で、どのような違いがありますか。
アフジャ:居住地が都市であっても農村であっても、その過程にほとんど違いはありません。患者さんにプライバシーの問題がない限り、検査と薬剤の引き渡しは、もちろん家で行われます。例えば若い花嫁は、この病気が持つ強い嫌悪感のために、自分が結核であることを義理の母親に言いたくないかもしれません。その場合、私たちのワーカーや(ワーカーを兼ねる)司祭が面談、投薬、アドバイスを行い、寺院に行く途中や寺院の中で薬の引き渡しが行われ、すべての患者が完全に治療を受けられるようにします。
 私たちの差別化のポイントは、患者さんの状況の医療的、社会的、経済的、法的な側面など、あらゆる側面の面倒を見ることです。患者さんが糖尿病などの他の健康問題を抱えている場合には、それに対する適切な治療も行います。なぜなら、そうしなければ患者さんは結核の治療を全く受けられないかもしれないからです。
 例えば、労働者が結核のために工場から追い出された場合には、スーパーバイザーやディレクターによるカウンセリングを提供するか、もしくは労働検査官に取り上げてもらい、患者さんが収入を得て、食事をし、治療を継続できるようにします。同時に私たちは、どのように感染を避けるかについて他のワーカーに研修を行います。この総合的な方法は非常に上手く行き、多くの患者さんが生涯の友人となり、私たちのワーカーがさらに患者を見つけ、治療を行う助けとなりました。玄関での受け渡しは非常に重要な利点です。患者さんは大切なリソースと時間を節約できます。その時間は、そうでなければ何十回もの通院に使われていた時間です。多くの患者さんにとって、これは治療からの脱落の原因となるものです。

SI:結核の患者さんにとって、完全な治療計画を完了することは大切ですか。
アフジャ: あらゆる患者さんにとって、治療計画を完了することは極めて重要です。脱落する患者さんは結核の薬剤耐性形態、すなわち多剤耐性結核(MDR)に感染するかもしれません。これにより治療期間は最大で2年にもおよび、重大な副作用を伴い、薬剤の費用は40倍に増加するかもしれません。この治療計画は、完了することが明らかにより困難です。治療からの脱落は広範囲薬剤耐性結核(XDR)に、最終的に完全薬剤耐性結核(TDR)につながります。MDR、XDR、TDRを防ぐ唯一の方法は、(通常の)結核の治療を止める患者が一人も出ないようにすることです。
 Operation ASHAは、5%以下という信じられないような低い脱落率を達成しました。他のプログラムでは、患者の脱落率は最大で46%にもなります。そのようなプログラムは、実際には『薬剤耐性結核の生成工場』のようなものです。

『残酷な』病気

SI:結核に感染していることは、人の人生に身体的影響、社会的影響、財政的影響など、どのような影響を与えますか。
アフジャ:結核は深刻な社会的、経済的な問題です。患者は生涯の収入を失います。何百万人もの人が、治療や検査や繰り返しの通院の費用のために毎年貧困に陥ります。ある論文によると、南アフリカの結核患者の41%が結核治療を受けるために借金をするか、資産を売却しました。別のナイジェリアの研究では、患者の10%が結核治療の費用を賄うために学齢児童に依存していると指摘しています。
 インドでは、年間でおよそ30万人の若者が児童労働者の仲間入りをしますが、ほとんどが、親が結核で苦しみ、職を失い、子供が家族を支える必要があることが原因です。しかし、それだけではなく、毎年10万人の女性患者が家族によって放り出され、病気や飢えで亡くなっています。
 結核は消耗性疾患です。これを『残酷』と呼ばせてください。なぜなら患者さんは(結核が検出され治療されない限り)何年も、場合によっては10年以上も結核で苦しみ続け、寝たきりになり、家族による介護が必要になる可能性があるのです。私は12歳の少年のことを忘れることはないでしょう。年齢のわりにはとても背が低く、父親の自転車タクシーのペダルを漕いでいました。彼の短い足では、ペダルを一番下まで押すことができませんでした。それが仕事をとても大変にしていました。父親は結核のために寝たきりで家族をこれ以上養うことができなかったため、他の選択はありませんでした。私はあの光景を亡くなる日まで忘れることはないでしょう。10歳の弟は、チャイ・ショップで接客をしていました。
 しかし、このような悲劇は、私を前に進ませてくれました。個人レベルでは、私は皆が羨むような職とOperation ASHAの3倍の給料を犠牲にしました。しかし結核の根絶は、神が私に選んでくれた道です。そして神が私を地球から取り除く前に、その目標の達成に私は成功するでしょう。

関連サービス

SI:あなたの団体は、どのように就職技能を教えているのですか。そしてインドやカンボジアの人々に対して、どのように直接の雇用を提供しているのかをお話しいただけますか。また、Operation ASHAでは、何人の人を雇用していますか。
アフジャ:Operation ASHAは、相当の雇用を生み出したことに誇りを持っています。私たちは350人以上のスタッフを雇用し、4,000人のボランティアがいます。彼らのほとんどは、Operation ASHA以外には仕事がなかったでしょう。彼らの30%が正式な教育を受けていません。Operation ASHAで働くための唯一の『学歴』は、なぜ患者が薬を飲み忘れたのかを説明(もしくはできれば書き留めることが)できることです。しかしワーカーは、彼らが働いているコミュニティーに属し非常に社交的である必要があります。つまり、見知らぬ人とでも難なく会話を始めることができるのです。

SI:あなたの団体は、他にどのような健康問題に対処していますか。
アフジャ:私たちは多くの有名な巨大組織から、私たちの方法論とテクノロジーで彼らの仕事を援助するようにアプローチを受けています。これは地理的範囲を拡大できるだけでなく、長期的治療が必要な他の病気に対応する機会を私たちに与えてくれました。私たちは今までのところ、結核以外に五つの新しい分野で奉仕しており、大きな成功を収めました。それらはHIVと結核の重感染、血友病、糖尿病、心臓疾患、青年期の健康問題です。

SI:あなたの団体は、どのように資金を得ているのですか。
アフジャ:Operation ASHAは幅広い資金基盤を持っており、寄付者はニュージーランドからアメリカにまで及んでいます。長期的なパートナーは、インドの政府や州政府、国際的基金、多国間の国際的な寄付者(世界銀行、アメリカ国際開発庁、イギリス国際開発省を含む)などです。

新型コロナウイルスの影響

SI:新型コロナウイルスの大流行は、Operation ASHAが治療を提供し活動場所のコミュニティーを援助する能力にどのように影響していますか。あなたはどのように変わる必要がありましたか。
アフジャ:Operation ASHAは新しい現実に素早く適応しました。まず最初にすべてのスタッフにマスクと消毒液を提供し、次に新しい患者の活発な症例発見を減らし、最終的に停止しました。これは確かに検出に影響がありました。しかし、私たちは加入に関しては良い実績を示し続け、世界中での大幅な減少と比べ、約40%の減少にすぎませんでした。それだけでなく、今後数カ月でそれを超えることに私たちは自信を持っています。しかも、検出の遅延によって深刻な症例や死亡は発生していないようです。なぜなら私たちのワーカーは感染の初期段階で患者を検出するからです。
 また、政府の指令に従う過程で、監督下の投薬が一時的に停止されました。しかしながら、ワーカーや品質監査役や熟練したカウンセラーによる毎日の電話での厳密で正確な処方計画は継続的な治療を実現します。私たちの患者さんの中で薬の摂取をやめた人はいません。このようにして、薬物耐性結核を寄せ付けませんでした。
 しかしながら、ロックダウンの結果、患者さんと彼らの家族の多くは収入を失うことになりました。幸い災害管理機関と警察はこの問題を素早く取り上げました。これは評価に値します。あいにく、隔たりは幾つかありました。例えば、朝食は提供されておらず、食事の量は限定的でした。患者さんたちは、新型コロナウイルスの防止に緊急に必要な石鹸を買うお金を使い果たしていました。電話のプリペイドカードを買うお金もなかったため、家族は連絡を取り合うことができませんでした。これはロックダウンの心理的な影響を悪化させました。
 Operation ASHAは、およそ7,600家族に関して、このような状況に対応することができました。これは、結核患者のおよそ2,200家族、MDR結核患者の400家族を含み、5以上の都市と、ビワンディ市の恵まれない5,000の移住家族に広がっています。困窮するあらゆる家族に、朝食、家賃、石鹸、電話のプリペイドカードのための資金が提供されました。各家族に与えられた金額は少額でしたが、人生を変えるようなものでした。これはまた、こうした家族と患者が農村部に移住することを防ぎました。このことが患者たちの間で短期的にも長期的にも多くの脱落者と薬物耐性の発生を防いだことに、私たちは自信を持っています。私たちは、より大きな問題が起こると思われる近い将来に備えています。例えば各州政府は、移住労働者を出身地に送還することを決めました。そのため、私たちの結核患者の多くは出身地の村に戻ることになるかもしれません。おそらく政府は、地方の雇用と食物の助成により、ある種の財政支援を提供するでしょう。しかし、それだけでは十分ではありません。ですから私たちは用心深くある必要があり、誰も食物が不足することのないようにしなければなりません。さらに大切なことですが、村々の政府医療センターには十分な抗結核薬の供給がないかもしれません。電話での厳密なフォローアップの他に、医薬品を宅配便で送り、民間研究所の有料検査を利用する必要があるかもしれません。こうして誰も治療から脱落しないようにします。
詳しくはopasha.orgを参照

最悪な時期に助けてくれる友達

SI:一度人が健康を取り戻すと、人生はどのように変化しますか。
アフジャ: この質問に答えるために、私たちのある患者さんのストーリーを紹介したいと思います。ジャグディッシュ(仮名)は40歳で、ラージャスターン州のプシュカル市郊外のとても小さなレストラン、サント・ラム・ダーバで働いています。彼の1日は毎朝午前7時に厨房の手伝いで始まり、次にフロア係をし、通行人に食べ物を提供します。彼の1日はしばしば、深夜の通行人相手の接客で終わります。
 彼は生計のために十分なお金を稼ぎ、ビーカネルに住む家族に仕送りする余裕が常にありました。愛する人から離れて暮らしながら、長男として家族を養うことがジャグディッシュの肩にかかっていました。家族にはお金が必要でした。ジャグディッシュの母親の薬、弟の理学療法、妹の子供たちの学費、食物や他の必要なもののためです。
 彼の村では仕事が少なく、家から250kmも移動しなければなりませんでした。しかし、そのすべてにそれだけの価値があると思われました。家族の幸せな顔を思うと、長時間の孤独な消耗する仕事に耐えることができました。ただしそれは、彼が病気になるまでのことでした。疲れを感じるようになり、食欲がなくなり、息切れするようになりました。彼は『歩く骸骨』のような外観になりました。医者は薬を幾つか処方しましたが、それらはお金がかかり、猶予はありませんでした。彼は最終的に解雇され、悲惨さを招く「病気」の生き物という烙印を押されました。家族は彼の病気の負担で苦しみました。彼の姪たちは、お金が足りないために学校をやめなければなりませんでした。
 ジャグディッシュは、もし自分が亡くなったら家族に何が起こるかを考え、毎日神に救いを求めて祈りました。このような祈りへの答えであったと考えられるのは、ある友人が彼と似た問題を抱える人々を援助するという近所の無料クリニックについて聞いたことでした。こうして彼はOperation ASHAのワーカーに紹介されたのです。彼らはとても親切で、ジャグディッシュは自分が結核という非常に一般的な病気であると告げられました。それでもジャグディッシュは怖がり、神に「なぜ私なのですか」と問い続けました。
 彼はそれが『神の祟り』であると感じました。彼がこのようにして答えを探し求め、内なる悪魔と闘う間、Operation ASHAのカウンセラー、マノージは治療計画を開始しました。薬により症状は悪化しました。彼は毎日しびれを感じました。全身が痛み、1日中ベッドに寝ていた後でさえも筋肉が痛みました。ジャグディッシュはセンターに行くことをやめました。しかし、マノージは彼の家に現れました。マノージはジャグディッシュに、治療をやめることがいかに危険であり、薬を飲むと最初は症状が悪化したとしても長期的には治療となることを説明するビデオを見せました。それには、かなりの説得が必要でした。マノージは「希望を失わないで」と言いました。ジャグディッシュは、彼は正しいと判断しました。特に、そこで感じたときと比べ、どの薬を飲んでもさらに気分が悪くなることはなかったからです。4カ月後に彼の胸痛は消えました。同時に咳と死が迫るような感覚も消えました。
 ジャグディッシュは仕事を再開することができました。彼は義務を再び果たすことができました。母親は薬を続けることができ、弟は理学療法を再開することができ、姪たちは学校に再入学することができました。ジャグディッシュは、Operation ASHAが彼に人生を返してくれたと感じています。彼は、より大きな目的のために救われたと感じており、ちょうどOperation ASHAが彼を助けたように他の人を助けることを誓いました。結局のところ、人生とはこのようなものではないでしょうか。人が困っているときにその人を助けることではないでしょうか。そしてそれが、ジャグディッシュがなりたいと思っているものです。つまり、最悪な時期に助けてくれる友達、嵐の中の避難所、砂漠の中のオアシスです。

新型コロナ時代の楽観主義

フェリシティ・エリオットによる
エコノミスト、著者であるグレアム・マクストン氏へのインタビュー

グレアム・マクストン氏はエコノミスト、講演者、ベストセラーの著者である。彼は2014年から2018年までローマクラブの事務局長を務めた。彼の最新の著書『地球規模の気候緊急事態(Global Climate Emergency)』は2020年に出版された。この本は、気候変動に効果的に対応することを妨げる障害を社会がいかに克服できるかを見ている。彼は現代の経済学的思考に対してひどく批判的であり、根本的変化の必要の緊急性について書いている。彼の2018年の著書『変化! なぜ徹底的な転換が必要なのか(Change! Why we need a radical turnaround)』は、ドイツのAmazonでベストセラー第1位であった。彼はまた、『繁栄の再発明: 経済成長を管理し、失業、不平等、気候変動を減らす(Reinventing Prosperity: Managing economic growth to reduce unemployment, inequality and climate change,)』(2016)の共著者でもある。フェリシティ・エリオットが、ロックダウンの最中の4月初頭に彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):私たちは何と不思議な時代に生きているのでしょうか!

グレアム・マクストン:本当にそのとおりですが、それは何らかの形で予想されていたことの一つだと私は思います。そしてもちろん、私たちが自然の境界線を押せば押すほど、このようなことが起こる可能性が高くなります。人間の生命が失われる悲惨さに関しては恐ろしいものですが、この危機は私に長期的な希望を与えてくれた最初のものです。

SI:あらゆる苦しみにもかかわらず多くの人は希望を持っているようであり、現在の大流行の奇妙な時代の中で可能性があることを感じています。一つはっきりしていることは──私たちはいつも通りのやり方に戻ることはできないということです。推奨されるほとんどの変化はまだ徹底的ではないと、あなたはお考えでしょうか。

マクストン: 物事のやり方、生き方を少し変えてみたり、リサイクルを増やしたり、飛行機の利用回数を減らすという考え方だけでは、必要な排出量の削減などを達成することはできないでしょう。しかし、それが突然に可能になったのです。私たちはすべてのフライトを止めることが可能です。私たちはすべての車を、世界中で不要なあらゆる種類の物を運ぶすべての船を止めることができます。そして今突然、そのような徹底的なことが起こっています。空想的なアイディアだと思われていたことが、突然起こりました。そして私のような人々は、「見て! 私たちはできるよ!」と言う非常に大きな機会を得ました。非常に長い間で初めて、私は楽観的に感じています。なぜなら、私たちは気候問題を実際に解決できることが分かるからです。

SI:気候変動に関していまだに否定的な人もいて、著名な指導者の中にもいます。私たちの金融経済制度がどのように環境と衝突し、どのように地球の大規模な破壊を引き起こしてきたかを教えていただけますか。

マクストン:私たちの経済制度では、経済を毎年成長させようとします。経済成長に大きな重点が置かれていますが、成長を達成するためには生産を増加させる必要があります。生産を増加させるためには、より多くの資源を使う必要があります。そして、より多くのエネルギーを使う必要があります。すべてのことをするのにエネルギーが必要だからです。すべての資源を掘り出し、工場や船、例えば食物などを育てるのに必要なすべてのものに必要なあらゆるエネルギーをつくり出すことは、ほとんどが炭素に基づいています。それは石炭、石油、ガスなどです。ですから毎年私たちは、より多くのものをつくり出す必要があり、それはより多くのエネルギーを生み出すことを意味し、そのためより多くの排出が発生し、気候変動を引き起こします。気候変動の直接の原因は、生産性の向上と一層の経済成長を求める圧力です。

SI:持続可能な経済とはどのようなものでしょうか。

マクストン:それは、今日あるものとは全然似ていません。それは、使用される資源量が自然によって置き換えられる資源量を絶対に超えないような着実な国家のシステムでなければなりません。未来の世代の必要を考慮に入れる必要があります。他の種の権利は、私たち自身の権利と同等に見られなければなりません。何でも投げ捨てるか、単に生産を増加できるなどという考え方は、すべてなくならなければなりません。私たちは全く違った価値観を持ち、人類の福利と霊的、知的な発達に重点を置きながら生きる必要があります。この「物質的世界のもの」は、すべてなくなる必要があります。あらゆるものをリサイクルし、再利用しなければなりません。今日私たち自身を駆り立てるすべてがなくならなければなりません。
 それは、実際には資本主義を考え直す問題ではありません。なぜなら、その根本にあるのが資本主義だからです。私たちはこの思考方式を根絶する必要があり、起こっていることに対して一旦人々が目覚めれば、それは全く可能です。それは中世の時代に少し似ています。すべての人が地球は平らだと思っていました。今では私たちはそれが違うことを知っています。最初は一人か二人の人がそれは違うと考えました。その過程は最終的に変化し、私たちは皆地球は平らではないと現在考えています。私たちは現在の生き方が唯一の道であると洗脳されてきたのです。
 起こらなければならないことに対して目覚め始めている人々がいます。彼らは高度な意識を持っています。これだけリサイクルしていても、依然として問題があることを彼らは理解しています。何かもっと徹底的なことが必要だと彼らには分かっています。ごく一般的に言えば、こうした問題に関してはドイツ語圏と北欧諸国が進んでいると私は思います。それは素晴らしいことですが、問題を分かり状況を理解している人が4億人いるとしましょう。しかし、間違った方向に進む75億人の人々がまだ残っています。それは問題ですが、ヨーロッパにとって主導権を握るチャンスでもあります。ヨーロッパだけにそれが可能だと私は思っています。

SI:今の状況では、「このままの状態」はもはや有効ではないことが明らかです。私たちの態度は協力的ではなく、国家主義的で競争的です。

マクストン: 私たちは、協力することなくこのウイルスの問題を解決することはできません。あいにく、反対の結果となる大きな危険性が短期的には間違いなくあります。すでに特定の国々が、自国を守るためにマスクを他の国々から実際には「盗んでいる」のを見ることができます。それに対して、戦争のような状況なので自国民を最初に世話をする必要があるという論法がありますが、地球規模での協力がなければ先に進むことはできません。繰り返しになりますが、この機会に協力により私たちが一旦この(パンデミックの)最初の障害を乗り越えれば、人々は集結する必要がありますが、新しいリーダーシップもまた必要であると私は考えます。今日のリーダーシップは、成長、搾取、利益に関する考え方に縛られており、それが私たちを前進させることがないことは明らかです。

SI:あなたの著書『変化! なぜ徹底的な転換が必要なのか』についてお聞きしたいと思います。現在そして新型コロナ危機の克服後にどのような変化があると思われますか。

マクストン:目的について見てみましょう。私たちは排出の発生を止める必要があります。温室効果ガスの排出をできる限りゼロに向けて削減する必要があります。私たちは森林破壊を止める必要があり、農業のやり方を変え、亜酸化窒素の水準を下げる必要があります。ですから、それがそのような変化の単純な最終結果になります。しかし、そのためには非常に大きな産業を幾つか閉鎖する必要があります。例えば、石炭、ガスなどの産業です。それは簡単なことですが、それにはまた航空産業、自動車産業、セメントの製造を停止することも必要です。そのため私たちは、農業がもっと地元密着型となるように農業分野を再生せざるを得ません。こうした変化を何であれ達成するには、私たちの経済制度の重点を成長から離すことが必要です。私たちは、もっと自然とバランスを保ち共存する経済制度を持つ必要があります。それらすべてを達成するには、考え方の変化、人生を見る視点の変化が必要です。私たちの社会は非常に個人主義的であり、消費を求めます。私たちの考え方は起こすべき変化と両立するものではありません。

楽観主義と機会

SI:私はただ、新型コロナの危機はスピードを上げる効果があるのではないかと考えています。気候変動への対処に関して言えば、私たちはすでに借りた時間の中にいるため、今回の危機は私たちの再教育になるのでしょうか。

マクストン:それがまさに私が楽観的であると言っている理由です。この危機は、私たちがこうした変化をしなければならない時間を短縮する可能性があります。それは、2030年までに排出を徹底的に削減するという目標を突然に可能にしました。なぜならロックダウンにより、現在排出が大幅に削減されているからです。しかしそれは、危機がどの程度続くかによって異なり、後の反応により大きく異なります。制度は信じられないほどに堅固であり、今日の私たちの制度、つまり現在存在している自由経済の覇権主義的でネオリベラルな成長志向の制度はとてつもなく強力です。それは現役の制度であり、深く組み込まれています。そしてこのウイルスが管理下に置かれるやいなや、世界の多くの地域の自然な圧力は以前のやり方を直ちに取り戻そうとすることです。現在は、エコロジー意識が高いドイツや北欧ではそうではないかもしれません。それは、新型コロナウイルスがどの程度続くのか、それにより何が起こるのかによって異なります。現在のところ予測は不可能ですが、互いにつながった国々からこのウイルスを根絶するのは極めて難しいだろうと私には思えます。そして当面の間、インドのような国々はウイルスを完全に取り除くことはできないかもしれません。おそらく、世界の一部の地域は生き残る地域から閉ざされるでしょう。私たちがワクチンを入手するまで長い時間がかかるかもしれません。ですから、世界は根本的に違ったものとなる可能性があり、それは長期間にわたり違ったものであり続けるでしょう。この危機は長期間にわたり長引く影響を及ぼすかもしれません。そのシナリオは大変なものですが、リーダーシップが変化するため、制度全体を変えられる可能性が高いのです。人々は自ら求めるもの、人生で最も大切なものをよく考えて答えを出すためにより多くの時間を持つようになり、必要な構造変化をもたらすことがもっと簡単になるでしょう。

SI:あなたは少し前に、重工業や農業分野の活動を閉鎖するか完全に変化させる必要があるでしょうと言われました。社会の大きな混乱もなく、どのようにしてそれを実行するのでしょうか。若い政治家たちは、ある段階から新しいモデルや構造に移行する必要性に彼らの政策の基盤を置いているようです。

マクストン:はい、そこには二つの問題があると私は考えています。一つは、新しいモデルはどのようなものであるべきかです。そして次にまた、今日のモデルからどのように段階的な移行をしていくかということです。私が考えるその鍵は、影響を受ける人々、つまり仕事を失う人々、収入を失う人々が目的の感覚を失わないようにすることです。繰り返しますが、このウイルスは課題を提供します。国家が介入し、産業の閉鎖後に人々に収入を提供する必要があります。国家は人々に新しいトレーニングを提供する必要があります。国家は生態的に破壊的でない分野への移行を促進すべきです。そのような移行は、10年は続く可能性があります。そしてもし政府がそれを行うためにお金を刷る必要があれば、それは結構です。

普遍的なベーシックインカム

マクストン:これを達成するより単純な方法は、すべての人にベーシックインカムを支給することでしょう。言葉を変えれば、すべての人に普遍的なベーシックインカムを提供する制度を設けることです。例えば石油分野の仕事を失ったとしても、家族を養い、ローンを払えるかどうかを心配する必要がないようにするのです。人々が目的と動機の感覚を持つようにする必要があり、それは少し違った問題です。少なくとも彼らは家族の面倒を見ることができます。このウイルスは前例を提供します。スカンジナビア諸国のような国々では、このような状況で人々に収入を与えるような手配を自然に行いました。それにより、彼らは食べ物や家族を養うことを気にする必要がありません。
 石油産業、自動車産業、航空産業などの大企業の経営者たちに関して、個人的には彼らが起訴されるのを見たいと思います。彼らは人類に対して故意に罪を犯しました。もし、南アフリカでアパルトヘイトの撤廃時にあった真実和解委員会のような組織があったとしたら、そのプロセスへの取り組みが容易になり、思考の変化に向けて助けとなるでしょう。それは、私たちが物事のやり方を変える必要があることを理解する助けとなります。しかし、大多数の人にとっては、次の仕事が何であれ、移行のための財政的援助を提供するという問題です。

SI:そのような状況で、貧困や難民危機のような主要な問題にどのように対処すればよいのでしょうか。

マクストン:貧困や紛争など、他の恐ろしい主要な問題に関しては、冷淡に聞こえるかも知れませんが、これらは2番目であるべきです。

SI:2番目ですか。今のところは、という意味ですか。

マクストン:2番目というのは、気候変動の問題が最優先である必要があるからです。それは他の何よりも優先されるべきなのです。気候変動を止めなければ、貧困は問題にはなりません。なぜなら、私たちは皆死んでいるからです。
 とは言え、北から南への富の大規模な再分配が必要です。このウイルスは、多くの南側諸国のガバナンスを現在よりもさらに難しくしそうです。それにどのように対処するのか、そのような国々にどのように援助するのかを考え抜く必要があります。たとえ、その実行方法を考えることが現在では早すぎると思われるとしてもです。それには優先順位が明らかに与えられるべきですが、それは気候変動に対処した後のことなのです。気候変動を止めた後で、私たちは次にこうした他の問題に集中することができます。もちろん、貧困は非常に大きな問題です。

SI:多くの人が世界の資源の再分配のアイディアを提示していますが、同時に産業界や政治家たちが「いつものやり方」に急いで戻ろうとしているのをすでに見ることができます。私たちは、凝り固まったネオリベラルの態度を依然として持っています。大企業を支援し、商業の車輪を回し続けようとする強力な欲求が存在します。

マクストン: 当分の間は、それを行わなければなりません。もし何よりも金融崩壊が起こった場合には、おそらくすべてが混乱状態に陥るでしょう。ですから私は、金融システムは何らかの形で保護される必要があると思います。私の観点では、段階的に国有化が成されるべきです。金融システムは社会の発展を抑圧するのではなく、援助するものとして再考する必要があります。金融業は人類を管理するのではなく、人類に奉仕するべきです。

SI:今では非常に厳しい明らかな選択に行き着きました。ロックダウンを緩和し、産業を維持し、そしてそれによりお金儲けを続けるために人が亡くなることを許容するのです。もしくは、持続可能性の中で生き、命を救うか、という選択です。

マクストン:はい、仰るとおりです! 世界の多くの地域で食糧問題があります。何百万もの人々が命の危険にさらされています。豊かな国々でも、おそらくある種の食料が不足しているでしょう。しかし、状況が最悪であっても希望はあり、今は近年で最大の変化のチャンスです。この状況により人々がすべてのことに疑問を持つようになることを私は期待しています。そのすべてのこととは、仕事の役割、金銭とビジネスの役割のことであり、要するに、人生の目的のことです。過去に起こった今回のような大災害は、完全に新しい形態の社会に導きました。この機会を理解すれば、私たちには希望を持つあらゆる理由があります。
 ロックダウンにより、私たちは考える時間を得ました。ある意味では、それが長く続けば続くほど良くなります。人々は人生が持つ意味について本当に熟考する時間をより多く持つようになります。私たちは、以前はなぜ急ぎ、狂ったように旅行していたのかを考える時間を多く持つでしょう。なぜ私たちは事務所で1日中働いていたのでしょうか。そのすべては何のためだったのでしょうか。家族が危機に突然陥り、おそらく親戚が亡くなろうとしており……今では、あらゆることの目的を疑う時間があります。そしてそれが、私たち全員が必要としていることです。なぜ私たちは通勤を、時には毎日何時間もしていたのでしょうか。なぜ私たちは、飛行機にずっと乗っていたのでしょうか。なぜ私たちは必要もないものを生産していたのでしょうか。なぜ必要もないものを買うのでしょうか。なぜ私たちは、必要もないのに、着ないのに、そんなに多くの服を買っていたのでしょうか。今回の危機は私たちに再考する時間を与えてくれ、そのような休止と、熟考する機会がとてつもない可能性を提示するでしょう。それは驚くべき機会です!
(www.graememaxton.com)

50個のサンドイッチ―アメリカでホームレスの人間性を回復する

ジェイソン・フランシスによる
ジャスティン・ワイルダー・ドーリング氏へのインタビュー

「50個のサンドイッチ(Fifty Sandwiches)」は非営利のプロジェクトであり、ホームレスになってしまった人々と、ホームレスの横を通り過ぎておそらく無視することを選ぶか、ただ単にホームレスを理解しない人々との間に理解の架け橋をつくり出そうとしている。ジャスティン・ワイルダー・ドーリング氏は「50 個のサンドイッチ」の創設者である。彼はアメリカ中を巡り、ホームレスの人々にインタビューをしていた。その過程でドーリング氏は、ホームレスであるとはどういうことか、ホームレスとは誰かということに関して厳しい現実を見た。それは多くの場合、社会の先入観に反するものである。彼はまた『50個のサンドイッチ──ホームレスの人間性を回復する(Fifty Sandwiches: Humanize the Homeless)』という本を著した。ジェイソン・フランシスが、本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): あなたは何をきっかけとして、アメリカ中を巡り、ホームレスになってしまった人々にインタビューをするようになったのですか。
ジャスティン・ワイルダー・ドーリング: 私は15歳の時にある考えを持ちました。私はよく路上でホームレスの人々を見てきました。しかし、本能的な反応、特に私の家族の本能的反応は、ただ単に近寄らないというものでした。家族を守るために、威圧的に見える人には近寄りたくないと思うでしょう。誰もホームレスから始めようとするわけではなく、そこには物語があるはずだと私は思いました。ですから私は、大学卒業後にこのアイディアを行動に移すことに決めました。幸運にも「キックスターター」というクラウドファンディングのサービスを見つけ、プロジェクトを開始しました。私はバンを購入して105日間アメリカ中を巡り、物語や体験談を集めました。

固定観念を破る

SI:あなたの仕事は、ホームレスに関して「認識と現実の間の隔たりに架け橋をつくる」ことです。あなたは、そうした認識について少しお話をされました。現実とはどのように違うのですか。
ドーリング: 認識は相当異なり、それは実際、ホームレスは依存症や精神疾患や選択の結果であるという固定観念に基づいています。たとえそのような固定観念に多少の根拠があったとしても、私はそれ以上のものがあることを物語によって示したかったのです。もしホームレスを選んだり依存症になったりするとしたら、明らかにその人には精神疾患よりももっと多くのいろいろなことがあります。私は問題の背後にある複雑さを示したかっただけなのです。プロジェクトが進行する中で、私がインタビューした人々はそれぞれが違っていて多様であり、アメリカのホームレスの状況を少しでも理解することができました。

SI:人々がどのようにホームレスになったのか、家のない生活はどのようなものかについて、あなたが聞かれた物語をお話しいただけますか。
ドーリング:私は大学教授をしていたある男性と話をしました。彼はカビが見つかったために自宅から立ち退くことになりました。また、お母さんが亡くなり医療費が払えないというだけの理由でホームレスになった女性とも話をしました。多くの人が予期していなかったことに遭遇し、路上生活をしなくて済むような貯蓄や援助がないだけでホームレスになりました。私は長期プログラムに従う避難所でインタビューを行いました。路上生活をしていれば、脆弱な立場にあります。手元から離した荷物が盗まれたり、他人に付け込まれたりする恐怖の下に常に置かれます。本当に多くの人が私に物語を話したがることに驚きました。私はバンの中に住んでいて、綺麗だったとは言えません。そして、カメラを持ち運んでいました。人々がホームレスの体験と、ホームレスになった経緯について明かすことを望んでいることに驚きました。

SI:多くのホームレスの家族や子供がいましたか。
ドーリング:非常に多くのホームレスの家族がいました。私の本で紹介した家族は、その中の一部です。問題は、こうしたインタビューを集めることが非常に難しいことです。なぜなら、彼らのほとんどはすでに避難所に入っているか、ウォルマートの駐車場で自分の車の中で寝ているからです。物語を集めることに関して、問題の大きさを公平に評価することはできないと思いました。

SI:あなたがアメリカ中を巡ってインタビューをしていたときに、身の回りの必要をどのように満たしていたのですか。
ドーリング:私はプラネット・フィットネスというジムの会員であり、そこでシャワーを浴びることができましたが、衛生状態は急落しました。しかしながら、私はミニマリストのライフスタイルを楽しみました。しかし大抵の場合、ほとんど例外なくウォルマートの駐車場で寝ていました。米とソーセージを食べ、わずかな予算で生活しました。私がホームレスの真似をしたがっていると思う人もいました。バンに住んでいましたが、本当に素晴らしい援助の制度と行く場所がありました。決してホームレスの体験の真似をしたかったわけではありません。ホームレスについて学びたかっただけなのです。

SI:あなたは旅をする中で、幾つの州や都市や町に行きましたか。
ドーリング:1万4,000マイルを走り、34の州と、同じ数だけの都市に行きました。

SI:ホームレスの人にインタビューをする際に、どのようにアプローチするのですか。気配りや共感やプライバシーの尊重が必要に違いありません。
ドーリング:私は最初のうち神経質でしたが、人々にインタビューをし、心を開いてもらうことが少しずつ上手くなっていきました。堅苦しくならないように話しかけました。二人の見知らぬ人が議論しているようでした。もっと心地よく感じて、自分について打ち明けてもらえるように、私自身の個人的な苦難と、私がどのような逆境に遭遇したかを話すことが必要だと感じました。それは、会話をしながら体験を分かち合う二人の間の一時的なつながりのようでした。

SI:「50個のサンドイッチ」という名前はどこから来たのですか。
ドーリング:私の当初のアイディアは、国中を巡り、インタビューと引き換えにホームレスの人々に食事を提供するというものでした。アイディアは、二人の見知らぬ人同士がランチを囲んで話をするというものでした。もちろん実際の旅では、誰かが一時避難所にいて長期プログラムに従っている場合、インタビューのために外出できないことが分かりました。路上生活者の場合は、所有物を後に残してレストランのランチに出かけることはできません。私が誰かをランチに連れ出すことができたのが数回だけであることを考慮すれば、プロジェクト名自体がほとんど不適切なものになりました。

SI:今までに何人の人にインタビューしましたか。
ドーリング:およそ150人から200人です。

それはあなたにも起こるかもしれない

SI:あなたが会った人や聞いた物語の中で、何か特別に感銘を受けたものはありますか。
ドーリング:毎回のインタビューで、私の最後の質問はこうです。「ホームレスの体験がどのようなものかについて社会に対して何か言うことができるとしたら、何と言いますか」。 そのような答えの圧倒的多数は、次のような気持ちに行きつきます。私たちは皆同じであり、それはあなたにも起こるかもしれません、という気持ちです。それが、ホームレスを避けるために道を横切る人とホームレスの人自身を隔てる細い線を私が認識した時でした。大部分の人は予期しないことに遭遇してしまっただけであり、その場にいてどうしてよいか分からないのです。答えは、あなたが横を通り過ぎる人々には生涯にわたる経験、物語、苦難などがあることを結局は示しており、それはあなた自身のものと同じく複雑なものです。

SI:ホームレスの人々や家族と一緒に時間を過ごし彼らの人生の物語を聞くことは、あなたの人格やあなた自身のホームレスに対する見方をどのように変えましたか。
ドーリング:私が話したあらゆる人に関して、彼らと話をし、彼らの人生を掘り下げ、彼らをより深く理解するまでは、何を期待するかについて何も考えはありませんでした。まず私が学んだことは、一つひとつの物語がいかに多様であるかということです。ホームレス問題は、実際の問題というよりはむしろ、精神衛生事業や退役軍人、あるいは医療のいずれにせよ、失敗した社会構造の結果であると私は思いました。個人的な成長と発展の観点では、相手がホームレスであってもなくても、毎日路上で見かける人に対する新たな共感が得られました。それは私を個人的に大きく成長させてくれたと思います。特に見知らぬ人に話しかけ、体験を分かち合い、個人として成長し発展するために自分に可能なことを取り入れようとする姿勢においてです。

SI:精神疾患、物質使用障害、HIV/エイズなどの深刻な健康問題を抱える人々への支援サービスと居住支援を組み合わせた恒久的な支援住宅については、どのようにお考えでしょうか。それはホームレス問題への費用効率の高い成功した解決策だと一般には考えられています。
ドーリング:恒久的な住宅という選択肢は、ホームレスの人々が恒久的に自立できるように支援する活動を行う極めて重要なプログラムの有効性を高めます。簡単な食事や数ドルが問題を解決すると信じたいところですが、短期的な解決策は長期的な安定性をもたらしません。より没入型のプログラムは、援助を受ける人々から一貫性と専念を要求します。そのような姿勢があれば、このようなプログラムは包括的アプローチを提供します。それはホームレスに住宅を提供するだけではなく、先に進むために単なる安定した住宅の提供以上のものを必要とする人々への援助を提供することで、ホームレス問題の原因に対処するものです。

(詳しくは次を参照: fiftysandwiches.com)