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若いメディア作成者に力を与える

ジェイソン・フランシスによる

マリエル・ライズマさんへのインタビュー

 

ヨーロッパ・ユース・プレス(EYP)は、ベルリンを本拠とするヨーロッパの若者のメディア団体の非営利の協会であり、若者に対してメディア教育や実地研修を提供している。EYPは、若者が「公正で独立した責任のあるメディアをつくり上げ、民主主義、国際開発、持続可能な未来を育むような」社会を目指して活動している、と団体のウェブサイトには書かれている。現在では、EYPには27の加盟団体があり、6万人を超える若いジャーナリストに影響を与えている。マリエル・ライズマ氏はEYPの理事であり、外部コミュニケーションを統括しており、EYPの機関誌「Orange Magazine」の編集長でもある。ジェイソン・フランシスが、本誌のために彼女にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):メディアにおいて若い人々の参加は、どのくらい大切でしょうか。

マリエル・ライズマ:まず第一に、これはバランスの問題です。すべての社会団体は、メディア・コンテンツの創造に関わるべきです。メディアの出力の試みがどの程度公平であっても、各団体は所属するジャーナリストの特定の見解を依然として持っています。このような見解は、どの話題を特集記事にするか、また記事の中で何に焦点を当てるかの選択に影響を与えます。社会団体の代表者は、その団体の関心事や、彼らが直面している課題や問題に対して、よリ敏感です。

若い人々の見解は、物事の成り立ちの歴史的理由に関して、社会観がより広く、メディア論理の理解がより発達している年長で経験豊富なジャーナリストの見解よりも優れています。若い人々は、思いも寄らない刺激的なアイディアや見解で、新鮮なエネルギーを持ち込みます。

人は関係を持つ誰かの目を通して世界を見ようとすることが多いため、バランスもまた大切です。したがって、メディアの設立に参加する若い人々は、自分たちが扱う主題や、自分たちが議論する疑問、問題、アイディアに、他の若い人々が興味を持てるように援助します。

若い人々が、読んだり見たりすることができ、良いメディア習慣を育めるような高品質なメディア・コンテンツを持つことは重要です。そのような習慣には、複数のソースから情報を確認すること、コンテンツに対する高い標準を持つこと、著者と共に考え、議論されている問題を分析することなどがあります。それはまた、コンテンツが高い標準に合致する限り、著者に同意しなくても、同意しないコンテンツを依然として読む勇気を持つことなどです。これは、若い人々が広い視野を持ち社会や世界で起こることを気にかけるような市民に成長できるようにするためです。若い人々が参加した良いメディア・コンテンツは、社会に貢献したいという気持ちを育て、その改善を助けられるようにします。それは、若い人々が他者に刺激を与える方法を見つける助けになります。

すべての人が、生涯のプロのジャーナリストになる必要はありませんが、若い時期にメディアに参加することは、若いジャーナリストが最終的にジャーナリストとなる機会を与えます。その長い経験は、熱望を持つ次世代のジャーナリストや、一般的にメディアに関心を持つ若い人に援助とアドバイスを提供するのです。

公正で責任のあるメディア

SI:EYPでは、どのような種類の教育や実地研修を提供していますか。

ライズマ: EYPは、独立した公正で責任あるメディアを発展させる能力を持てるようなトレーニング・プログラムやワークショップを、若いジャーナリストが利用できるようなプラットホームを目指しています。また、私たちのネットワークには多くの若い人たちが参加していて、彼らもメディア・トレーニングを提供することができ、そのようなトレーニングに興味を持つ団体に彼らを推薦しています。私もまた、活発にメディア・トレーニングを行っています。

さらにEYPは、加盟団体と共に多くのトレーニング・プログラムを企画しています。例えば、最近では、データ・ジャーナリズムとメディア・リテラシーに焦点を当てたプログラムを提供しました。このようなプログラムは、他国の同業者に会い、協力のための人脈や機会をつくり出し、仕事に適用できる新しい技術を学ぶ機会を提供します。

私は、特にEYPの機関紙「Orange Magazine」をご紹介したいと思います。ここでは、ヨーロッパのトップ・メディアの会議を特集しており、国際的な指導者とメディア界で出会い、人生が変わるような人脈をつくれる機会を若いジャーナリストに提供しています。

例えば、私たちの長年のパートナーであるドイチェ・ヴェレ(ドイツの国際放送局)が毎年主催している世界メディア・フォーラム(Global Media Forum)は、国際的なフィールドで最高のものから学ぶまたとない機会を提供します。

異文化間の理解を促進する

SI:あなた方の中東および北アフリカ委員会(Middle East and North Africa Committee=MENAC)の活動についてお話しいただけますか。

ライズマ:MENACはEYPのブログ・プラットホームであり、寄稿者はそれぞれの地域に関連した話題について、定期的に投稿しています。またMENACは、2015年から、ヨーロッパや中東、北アフリカ地域の若いジャーナリストやメディア設立者のためのプロジェクトやイベントの企画にも携わっています。

MENACは、メディア関連のプロジェクトやイベントを通して、異文化間の理解を促進し、ヨーロッパや中東、北アフリカの若いメディア設立者の持続可能なネットワークの強化を目指しています。MENACは、中東および北アフリカ地域の若い人の声がヨーロッパで聞かれるようにすること、両方の地域に関連した問題がメディアでより深い理解を得られるようにすることが使命だと考えています。MENACは、型にはまった思考を避け、多様性をより深く理解するだけではなく、異文化間の対話を奨励するなど、良いメディア慣行の意識を推進することを目指しています。

SI:人権支援や様々な背景を持つ人々の間で一体感をつくり上げる上で、メディアはどのような役割を持っているのでしょうか。そして、このような目的を、メディアはどのようにして最もうまく達成できるのでしょうか。

ライズマ:メディアは、社会で価値を創造し守ることに貢献するという基本的な役割を持っています。うまく機能する民主主義社会では、これは人権を保護し共通の基盤を提供することを意味します。メディアが社会の進歩を助けるという価値の姿を失うべきではないことは重要です。メディアは『4番目の権力』(政府の立法、行政、司法の各部門の次)であり、強調されたものに影響を与える能力を持っています。メディアは、気づかれなくなった主題に光を当て、それを最も必要としている人々に声を与えることができます。

すべての人が大切で受け入れられていると感じられるようにする上で、メディアは重要な役割を持っています。他の人があなたを気にかけていると、あなたが感じれば感じるほど、より気分が良くより安全に感じます。もしメディアが特定の価値に取り組み、このような価値に基づいてストーリーを創造すれば、メディアはこれらすべてをより良く行うことができると、私は思います。そして、このようにして、何としても注目する必要のある社会の特定の側面に光を当てることができます。

メディアの道具は注目です。注目は誰もが望むものです。もし別の背景を持つ人々がメディアで取り上げられ、彼らにとって重要な主題が注目を受けるなら、彼らは社会の重要な部分であると感じられることでしょう。

私は、個人的なストーリーが最も効果的だと思っています。なぜなら、私たちは多くの場合、記事に登場する人と共感しようとするからです。そのような個人的なストーリーは、その数によって強調され、一般的にならなければなりません。その良い例は、タイム誌の、シリア人の難民家族、タイマアとモハンマドのストーリー、「Finding Home」です。彼らには、亡命中にヘルムという娘が生まれました。このストーリーは多くの注目を集め、その中心にいる人々を無視したり軽視したりしていた問題について人道的な観点を提供しています。また、タイム誌は、ストーリーを語るために様々な媒体を使用しており、特にWhatsappというアプリケーションでのメッセージを視覚化しています。これにより、読者は直ちにストーリーに共感できます。

メディアには相当な権力があり、共感、平和、連帯感を重んじる社会に貢献するような方法でストーリーを報道する責任を持っています。将来は、価値を基盤としたジャーナリズムがさらに重要になると、私は信じています。

 

メディア・リテラシー

――鍵となる21世紀のスキル

SI:メディア・リテラシーとは何でしょうか。もしそれが大衆に欠けている場合、その結果はどのようなもので、EYPは、それをどのようにして高める活動をしていますか。

ライズマ:メディア・リテラシーとは、(マス)メディアに関して、それを利用し、発言し、批判的に評価し、創造し、参加する能力のことです。これらの能力は、21世紀の鍵となるスキルです。メディア・リテラシーは、正直で独立した責任感のあるメディアを支持する人々の世代をつくり出す助けとなります。なぜなら、その世代はそのようなメディアの価値を理解するからです。

もし、若い人々が、たとえ短期間であってもメディアに参加すれば、彼らは情報の検証手段に関して、ずっと詳しくなるでしょう。このことは、特にインターネットで受信した情報が健全な懐疑主義で見られる状況をつくる助けとなり、虚偽の情報の拡散を止めます。読者が教育され、メディア意識を持てば持つほど、彼らが真実だと確信できる情報だけを発信する機会が増えます。なぜなら、彼らは信頼できる情報源を見つける能力を持っているからです。

反対に、人々にメディア・リテラシーが欠けている場合には、社会で不信や疑念の雰囲気がつくられます。これは、誰を信頼するのかを決める機会が少なくなり、疑念を解消するために使える手段が少なくなることが理由です

EYPは、プロジェクトの企画や参加によって、メディア・リテラシーを高める活動をしています。例えば、メディアや政治に関心を持つ約8千人の若者がフランス、ストラスブールの欧州議会に集まった昨年のヨーロッパ・ユース・イベントに、EYPは参加しました。そこで、EYPは三つのセッションと一つのパネル・ディスカッションを企画しました。それに加えて、EYPは欧州議会と共に、11回目の、ヨーロッパで最大の若いジャーナリストのためのイベントの一つ、ユース・メディア・デイを企画しました。会議では、今度の欧州議会選挙や、メディア・リテラシー、虚偽情報と闘うことの重要性に焦点を当てました。さらに、問い合わせを受けた団体に対するトレーニング・プログラムを運営しました。

SI:アメリカの大統領は、ストーリーが彼や彼の政権に好意的ではないような場合に、メディアが「フェイク・ニュース」を製造しているとしばしば非難しています。この攻撃は、もし影響があるとしたら、ヨーロッパや世界中のフリーもしくは独立系のメディアに対して、どのような影響を与えているのでしょうか。

ライズマ: そうした攻撃は、主にメディアの評判に対して影響があります。ジャーナリズムの信頼が過去数十年間でかなり低下したので、現在では、メディアの評判は特に重要です。人々がジャーナリズムの信頼性を疑えば疑う程、社会で疑念が高まります。これは不信感をつくり出し、安心感を低下させます。メディアは、重要な主題を議論するフォーラムであり、もし人々がこのフォーラムの真面目さを信じなければ、彼らは議論に本格的に参加しようとはしないでしょう。これは、人々を社会から遠ざける方向にあります。健全な懐疑主義は大切ですが、信頼できる情報源に関しては、それでもその情報に信頼を置くべきなのです。

 

詳しくは次を参照:

youthpress.org および orangemagazine.eu

 

チャールズ・アイゼンシュタインが語る(第1部)

新しい物語と相互のつながり──政治的な行為
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

チャールズ・アイゼンシュタイン氏の活動は、シェア・インターナショナル誌の読者にとってなじみ深いかもしれない。私たちは彼の記事をたくさん掲載してきたからである(*)。アイゼンシュタイン氏の最新刊『気候──新しい物語(Climate: A New Story)』は2018年9月に発行された。この書名でさえ、最近の思潮に挑戦を突きつけるものであり、解決策を見つけようとする際には視野を広げ、より大きな全体像を見る必要があるということを示唆している。フェリシティ・エリオットがスカイプを通して本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):チャールズ、あなたは最近、新しい本を出版されました。その書名は『気候──新しい物語』です。それについて何かおっしゃっていただけますか。
チャールズ・アイゼンシュタイン:その本が何についてのものなのかを描写するときはいつも、一瞬ためらってしまいます。その問題はすでに徹底的に研究されており、人々がその書名を聞くと、私が言おうとしていることを知っていると考えがちだからです。しかし、私が述べていることは多くの読者にとってなじみのないものでしょう。私は気候問題への取り組み方に関して大きなパラダイムシフト(枠組みの移行)を呼びかけているからです。このように問いかけてさえいます。気候は、世界で広がっている生態系の危機を脱する適切な枠組みになっているだろうか、と。
私の本は、生きている惑星という見方を進展させています。これは気候についての地質工学的な見方とは対照的なものです。生きた有機体として地球を見なければなりません。そうするとき、その回復力と活力を維持するために最も重要なことは、その諸器官の統合性を保つことです。この生きた存在の諸器官とは何でしょうか。そうですね、それは森林、湿地、土壌、生物多様性、様々な種、あらゆる生態系、食物連鎖の頂点捕食者、魚、クジラ、サンゴ、海草藻場、マングローブ、こうしたあらゆるものです。私が研究で知ったことは──それは直感として始まったのですが、私にとってますます明らかになりました──炭素排出量を一夜にしてゼロまで削減したとしても、生きた存在のこうした生きている部分を劣化させ続けるならば、生物圏は手に負えない状況に陥ったままだろうということです。生き生きとした統合性を保っているシステムを劣化させ続けるならば、気候の乱れを経験することになるでしょう。ひょっとしたら地球温暖化ではなく、地球寒冷化かもしれません。あるいは、平均気温が比較的安定していても、温度と降水量の恐ろしい変動が覆い隠されている場合もあります。それは気候のカオス(混沌)へとつながる可能性があります。

SI: それはすでに起こっているのではないでしょうか。
アイゼンシュタイン:確かにそのように見えます。この夏は、各地で記録的な高温となる一方、記録的な低温にもなりました。南半球では、記録的な低温になりました。気候変動の懐疑論者や否定論者はこうした低温地帯を特定します。例えば、アフリカ沖の異常な低温やグリーンランドの氷雪の増加に着目します。彼らはこう言います。「ご覧なさい、真実を隠そうとする陰謀があるのです。地球は温暖化しているのではなく、実際に寒冷化しています」と。そうすると、反対派は気温の上昇を強調し、気温の低下を無視します。
ところが、私はこう考えます。「皆さんは間違った議論をしていますよ。この議論が人間による熱帯雨林の破壊の継続を覆い隠している限り、どちらが正しいかは問題ではありません。私が出しゃばっているとすればすみませんが、この議論が続いている間も、熱帯雨林の広大な領域が破壊されているのです。この議論が続いている間も、ボルネオの熱帯雨林がほとんど完全に破壊されています。現在の気候モデルは、気候に対する生活の影響を過小評価するか、無視するか、あるいは説明することができません」
この本の主眼は、生きている惑星という見方にあります。この見方によれば、一定の実践や政策が本当に重要になります。第一の優先事項は、まだ残っているあらゆる原生林と、損傷を受けていない他のあらゆる生態系を保護することです。これらは地球の活力を貯蔵している貴重なものだからです。これは、地球に対するとても精妙で神秘的な機能を果たしている水循環の維持と生物多様性の保持に関して科学が説明できることを超越しています。例えば、道路によって寸断されたり割り込まれたりしなければ大陸全体に及ぶこともある広大な菌糸ネットワーク(**)については、私たちはやっと理解し始めているにすぎません。神経系と内分泌系が人体をまとまりのあるものにしているのと同様に、この広大な通信ネットワークは地球を一つに結びつけているのです。ですから、まだ残っているあらゆる手つかずの生態系を保護し保存する必要があります。第二に、損傷した生態系、特に農地を修復し再生させる必要があります。再生農業の範疇に分類される一連の実践があります。
「有機的」や「有機農業」という語の本来の意味を思い起こしたいと思います。なぜ有機と呼ばれるのでしょうか。化学では有機というのは炭素──炭素含有化合物──を意味します。それでは、炭素とは何でしょうか。炭素は土壌を生きた存在にするものです。土壌中のすべての生きた有機分子は炭素を基礎としています。化学肥料を用いた単一栽培で荒廃した農地を生き返らせたければ、土壌に焦点を当てる必要があります。あらゆる種類の持続型農業の実践、再生放牧の手法、アグロフォレストリー(樹間での家畜飼育)の実践があり、世界各地の先駆者によって開発されつつあります。それらはしばしば、伝統的な農法に由来します。こうした手法は常に土壌を気遣います。これが、原生林の保存に密接に関連している第二の優先事項です。

SI:あなたのお話を聞いているとき、他の支配的な構造についてずっと考えていました──政治、経済システムや、物の見方、価値体系といったものです。それらは地球や気候、生態系に非常に否定的な影響を及ぼします。利益という動機が多くの環境破壊を押し進めます。地球を回復させ救うために必要とされる緊急のシフトを達成するために、まるですべての構造が、あらゆるものが、すべて同時に変わらなければならないように見えます。
アイゼンシュタイン:全くそのとおりです。まさしく、すべてが同時に変わる必要があります。
あなたは経済と政治に言及されました。システムのすべてが資源の剥奪、自然界の採取や搾取を中心にして築かれています。非物質的なレベルでもそうであり、自分の外にある物質を単なる一般的な陽子や中性子、電子の集まりと見なします。
私は環境危機を一種のイニシエーション(参入儀式)と見なしたいと思います──人類とその他の生命との完全に異なった関係への参入です。私たちがいま話題にしているのは現代の文明化した人類の場合だと述べることにより、それを限定したいと思います。これは歴史的に見て人類にとって新しいことではありません。地球との非常に古い関係があるからです。

SI:現在の支配的な文明の土台にある疎外と分離についてあなたはよく認識しておられるということを、私はあなたの活動から知っておりますし、それは私たちの見方でもあります。
アイゼンシュタイン:そうした疎外の一つの様相は、物質と他のすべての生命を完全な存在ではないと見なすことです。自己の特質がなく、意識、知性がなく、完成へ向かって動こうとする欲求や目的や運命がないものと見なします。そうするともちろん、私たち自身のデザインや知性、目的をそれに押しつけたくなります。ですから、それは私たちのためにだけ存在することになります。そのような世界の物語がシステムの大半の、とりわけ経済システムの根底にあります。意識を変化させ、他の生命を劣化させるような生き方をしたくないと思っても、そうすることを経済システムがほとんど強いているのです。
それについて本書では一章を設けています。このことを扱っている『聖なる経済学(Sacred Economics)』という本も書きました。この本はおおむね、「もし貨幣システムや経済システムがすべてのいのちへの共創的な奉仕に沿ったものであるならば、それはどのようなものになるだろうか」と問いかけています。
ここで本当に、一つの種としても個人としても、私たちの目的が問われることになります。気候危機によって、私たちはなぜここにいるのか、という質問をすることを余儀なくされます。分離の物語、私たちがその中で生きてきた神話によると、あるレベルでは、ただ生き延びるためにここにいるのだということになります。つまり、遺伝子によって、生殖の自己利益を最大化するようにプログラムされている、などというのです。それは時代遅れの生物学ですが、その考えはいまだに出回っています。私たちがここにいるのは創造の主や達人になるため、自然界を超越するため、自然の力を利用するためだ、とも言われました。たぶんそれは、特定の発達段階にあっては、手引きとなる目的であったかもしれませんが、ほとんどの人の心にはもはや響きません。ですから、こう自問しなければなりません。「私たちの目的とは何か。そして、私たちはどのような世界に属したいのか」と。

SI:人々がよく「エアクォーツ」で「スピリチュアル(霊的)」という言葉を使うことに気づいておりましたか。まるで恥ずかしがっているかのように、あるいは、まるでスピリチュアリティー──物質的でないもの──を主張するのを皮肉な考え方が許そうとしないかのように。
アイゼンシュタイン:私も時々そうします。その理由は、二つの領域へのリアリティ(実在)の分離がそれ自体、問題の一部であると考えるからです。

SI:これを、連続したつながり──一つの状態から別の状態へと移行するもの──と見なすことはできないでしょうか。
アイゼンシュタイン:私たちは「スピリチュアル」という言葉を再生させることができると思います。問題は、その使い方によっては物質を低く評価することがあるということです。この言葉の有益な使い方は、定性的な領域──つまり、測定することができないもの──という観点からそれを見ることです。それによって、それは科学と区別されます。なぜなら科学は根本的に、測定することができるものに関する研究だからです。すべてのものが測定され得る──数値と一致する──という考えは、科学の根本的なイデオロギー(信念体系)の一つです。それは推論に基づいた証明不可能なイデオロギーです。その上、私たちは測定する能力を大幅に拡大させました。脳の電気化学的な状態を微細に測定することができるなら、愛を定義することさえできるはずだと考えてしまうでしょう。
私たちはまた、環境衛生をデータセットに置き換えようとしています。そうするための最も単純な方法は、今日の環境論考を支配するようになったものです──つまり、二酸化炭素レベルと気温のことです。私の考えでは、これは乱暴な単純化であり、地球の健康状態を示すあまりに多くのものが除外されてしまうため、この測定基準を低下させることを追求するという危険を冒してしまいます。言い換えれば、この測定基準によって健康を定義する一方で、測定の仕方を知らない、測定する手間をかけない、あるいは測定することのできない他のあらゆる健康の側面を無視しています。したがって、測定することのできないあらゆるものが除外されます。しかし、こうしたものこそ、戻ってきては私たちに付きまとうものなのです。例えば、「ああ、実際にクジラは大洋の健康にとって重要だ」と認識します。重要でないように見えるこうしたあらゆるものです。……しかし、私たちは今や、このようにして生命は機能しているのだということを理解し始めています──あらゆるものが他のあらゆるものと結びついており、それをデータセットへと単純化することは困難です。
したがって、データに基づいていることを誇りにする政策機構があれば、結局は非常に多くのものを除外してしまうでしょう。とりわけ、科学と測定を超越した、知るための他の方法に由来する知恵を除外してしまうでしょう。この中には、知るためのいわゆるスピリチュアルな方法だけでなく、あらゆる身近な知恵も含まれます。何世代にもわたって土地に慣れ親しんで働いてきた人々は、科学的な理解と一致することもあれば一致しないこともある理解を携えています。こうした知るための他の方法を集合的な意思決定に持ち込む必要があると思います。

SI:あなたが『民衆の新しい物語(A new story of the people)』で言われた次のことについて説明してくださるようお願いします。「相互のつながりや相互の存在についての理解から来るあらゆる行為は、霊的な行為でもあり政治的な行為でもある。異なった物語に基づいて行動することにより、私たちの神話の心理的な下部構造を分断させ、代替手段を提供することになる。これは極めて実際的なことであり、古い物語に当てはまらない経験を誰かに提供するとき、その古い物語を弱体化させることになる」
アイゼンシュタイン:世界を破壊するマシン(機械)の土台がいかに深く根差しているかを認識するとき、政治的な行為と見なされるものの領域を広げることになります。ただ単に賢い人たちが集まってより良いシステムを発明するという問題であれば、こうした深いレベルの変化を起こす必要はないでしょう。しかし、基本的な人生経験と世界観が、世界を破壊するマシンを支える物語の一部であることを理解するとき、世界での経験や人生経験、すべてのものの基礎となる基本的な物語や意味、知覚のレベルで行動するように求められます。
物事を変えようとするシステムのレベルの活動に従事すべきではないと言っているのではありません。……しかし、ホリスティック(全体的)な見方をするとき、私たちは次のことを理解します。つまり、社会の最も脆弱な人々への対処の仕方は、地上で最も脆弱な存在への対処の仕方の本質的部分だということです。誰かを退け、「除け者」にし、食い物にする基本的な精神構造は人間や他の存在に当てはまる、ということを私たちは理解しています。そうすれば、社会運動や環境運動を統合させることができます。そして、それらが同じ移行の一部だということを悟ります。この態度を個人的なレベルに、人間関係に広げることができます。例えば、もし私が、世界を救おうとする運動において家族を無視するなら、何らかの大きな抽象的理想のために心(ハート)が呼びかけることを無視する領域を強化する世界を創造していることになります。さらに、ある場所で起こるどんな変化でも、同じ変化がどこかでもっと起こり易いようにする変化の場を創造するという形態共鳴の原因を受け入れるなら……。

SI:あなたはルパート・シェルドレイクの仕事のことをおっしゃっているのですね。
アイゼンシュタイン:はい。したがって、どんな親切な行為でも、親切さの場を生み出すことになります。つまり、古い物語、分離の物語について話すとき、その一部は次のような人生経験と精神構造になります。「誰もが自分のことしか考えていないので、私は自分自身の安全、自分自身の力、世の中に対する自分自身の支配力を最大化すべきだろう。ここは友好的な世界ではないから。ここは敵意に満ちた世界、よくても、無関心な世界である。すべての人が分離していて、それぞれの人が自分のためにそこにいる」。その精神構造を、例えば、移民や地政学、あるいは戦争に当てはめるとき、何が起こるかを考えてみてください。すぐさま人々をドローンで撮影し、彼らの国から資源を奪い、彼らがそこにそれ以上住むことができなくなって移住したいと思うようになると、壁を建設し、彼らを阻止しようとします。すべてのことが、この分離という基本的な知覚から生じています。ですから、私たちはその古い物語から逸脱した歩みを進めていくことができます。あらゆる交流において、その物語に逆行する経験を人々に提供することができます──そうした経験によると、ここは敵意に満ちた宇宙ではないということになります。すべての人が自分のためにこの宇宙にいるというのは真実ではないのです。そうした経験によると、「私たちはここに一緒にいて」、宇宙は愛と寛容に基づいて動いています。私はここで自分自身のことを語りたいと思います。寛容さや無条件の愛を目撃したり体験したりするときはいつも、私は寛いだ気持ちになり、同じことをしたくなります。そして、もし十分に多くの人がそのようにするなら、分離のあらゆるシステムの土台が崩れ始めます。

(*) シェア・インターナショナル誌2015年8月号、2014年3月号、2016年12月号参照。

(**) 菌類のネットワーク──樹木を含むあらゆる大きさと種類の植物が意思を疎通させ、栄養素を獲得し分配するための連結した構造だと考えられる。より詳しい情報については、charleseisenstein.orgをご覧ください。

 

ジェレミー・レント氏との会話

ジェレミー・レント氏との会話
意味とつながりの探求(第2部)
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

第1部において、作家であり非営利の「リオロジー研究所」の創設者であるジェレミー・レント氏は、分離の瞬間がいかに文明の形に影響を与えてきたか、そして人類はいかに反応し、人類そのものや人類と自然との関係を規定してきたかを見てきた(シェア・インターナショナル誌2018年11月号参照)。このフェリシティ・エリオットとの会話の第2部において、レント氏は新しい持続可能な未来のビジョンの概略を描いている。

シェア・インターナショナル(以下SI):多くの人が意味を探しています。世界は決定的に重要な時点にあるようです。私たちは何を受け入れる必要があり、何を拒む必要があると思いますか。明らかに、何らかの大きな集団的決断を下す必要があるようですが。
ジェレミー・レント:確かにそうです。意味についての、時間の経過を伴う考察方法の一つとして、世代を超えたつながりがあります。私たちの価値観は前の世代の思考過程と文化遺産から生じています。私たちは未来の世代に残す世界について非常に気を配る必要があるし、また、過去からの遺産についても認識する必要があります。私は人々に「文化のマインドフルネス」の感覚を培うよう勧めています。マインドフルネスの概念はよく知られています。それは心の中にあるアイディアを見つめますが、それについて判断しないことです──それにとらわれる必要がないことをただ認識し、そうすることによって、自分自身のアイデンティティーについてのもっと包括的な感覚を培い、知恵へと向かう道筋をつけることができます。「文化のマインドフルネス」とは、私たちが世界を理解する際に手助けとなる、文化の中にある同じものを再認識することです。

ジェレミー氏は大量消費主義を認識することについて話した。何を買い所有すべきかについてのほのめかしは、警戒を怠り文化のマインドフルネスを培っていなければ私たちの見方を形づくることがあるという。私たちの考え方を形づくるあらゆるメディアのほのめかしに気づいていれば、こうした基本前提らしきものを疑問視することができるようになるだろう。

レント:別の世界観を培うことや、文明の方向性と人類の成長にもっと有益な形で関わる者となるようにその世界観をある程度変えていくことは可能です。私たちすべてを破壊へと導いているグローバルな経済システムの中で暮らしていることを認識する必要があります。それは株主の利益を最大にすること以外は何もしないという意図をもって形成された多国籍企業の力の増大に伴って発展してきました。そのシステムがこうしたことをする際には、地球を消費し、私たちの心を虚ろにすることによって人間自身をゾンビのような消費者に変えます。子供の時からのありとあらゆるメッセージを通して私たちをプログラム化された消費用オートマトン(自動装置)へと変えるのです。

SI:あらゆる看板、広告、掲示板によって攻めたてられないのはほとんど不可能です。私たちはそれに浸かっており、それは現代の消費者中心の大衆文化の基調になっています。
レント:そのとおりです。インターネットは言うまでもなく、コンピューターの画面をのぞくたびに広告が現れます。何らかの方法で投票したり何らかのサイトを選んだりすれば、どのような好みを持っているかを小さなスクリーンが教えてくれます。そして、こうしたすべてのことが、これらの巨大企業をもっと儲けさせ、少数の億万長者をもっと裕福にするためにエネルギー ──生命エネルギー ──を費やしている生き物へと私たちを変えています。こうしたものがシステムにほかならないという事実に目覚めなければなりません。こうした構造を支配している悪徳の天才がいるというわけではありません。そうした構造は人々によってつくられたものであり、それが私たちや地球を消費し尽くしているのです。

SI:もう一つの大きな問題は、これが起きているスピードです。地球をご覧になってください。
レント:そうですね、それは文明の崩壊へとつながるような速度です。私たち一人ひとりがこのことを認識するとき、それはいのちへと向かう力強い原動力、崩壊に立ち向かう方法を見つける原動力となります。

SI:虚ろな顔の人々が暇な時間を買い物に、ゾンビのように店から店へとぶらぶら歩くのに費やしていることに衝撃を受けます。私たちは自分たちがそうなることを許してしまいました。もちろん、私たちはかなりの程度、加担しています。商業至上主義の最も陰湿な影響の一つは、次から次へと現れる広告で送り出される考え方です。それは、「私たちはそれに値するから」あれこれの製品を買うべきだと告げます。まるでその製品が私たちの価値、私たちの値打ちであるかのように。そのようにして私たちは規定されます。同時に、現在は実際に、古くて「より粗野な」尺度である量から、質という、もっと洗練された基準へと移行している瞬間であるように思えます。質には、「どのくらい多いか」「どのくらい大きいか」「どれだけ多く入手できるか」といった粗野な形よりも、もっと精妙でもっと持続可能なアプローチが関係してくるはずです。
レント:そのようなわけで、私は大量消費の成長志向型社会に代わるものについて話すことを好むのです。人々は脱成長について語ります。そうした運動は良い方向に進んでいる一方で、それがどれだけ成功するか私は確信が持てません。私がより好むのは、量よりも生活の質という観点から成長について論じることです。豊かな世界では、私たちの多くは、生活の量という観点からは必要以上に多く所有していますが、質という観点からは必要とするものより所有するものははるかに少ないのが現状です。いったんこのことを認識すれば、そして生活の中で物の量を減らしていけば、生活の質をさらに高めていく能力を得ることになります。このことを理解するとき、それは全く新しい物事の理解の仕方へと発展し、誰と、どのように、何と関係するかに関して非常に異なった選択をすることにつながります。

SI:あなたはこうした認識を関わり方や関係に結びつけておられますね。相互につながり合っているという経験の増加について私たちは話し合いました。私たちは新しい関係の仕方へと──共有のものへと、グループへと──現在感知されているよりもおそらくはるかに速く移行しているように思えます。しかも、それは私たちの優先順位の新しい基盤となっています。

ジェレミー氏は、いかに私たちが世界での在り方を変える必要があるかについて詳しく述べた。彼は三つのレベルでのつながりについて話した。最初は、中心的価値観を認めることによる、自分自身の中でのつながりである。二つ目は地域社会の中でのつながりであり、三つは全世界的なつながりに関係する。言い換えれば、ただ単に在ることができるように時間をとることである──スマートフォンやソーシャルメディアなどによって気が散るということがないようにしながら。さらに、家族であれ、友人であれ、近所の人たちであれ、あるいは社会の福祉と回復に役立つ地域社会の活動であれ、グループに完全に参加し貢献することである。地球的規模でも、私たちは活動的になり関与していく必要がある。

レント:新聞の見出しやテレビで大きな世界的勢力、破壊へと向かう運動について読んだり見たりします。それが起こるのをただ傍観することはできません。人類の未来を決定するのは、私たちが個人として、組織や地域社会の一員として下す決断であることを認めることが大切です。これは深い世界的、政治的なつながりの感覚です。そうした三つの次元の一つに注目を向けることができれば、人類の未来を変える可能性を手にします。

SI:私たちは転換を行う必要について、世界を変容させることができるように選択肢を認識する必要について話しています。私たちは崩壊を望まないが、急激な変化を望んでいるとあなたはおっしゃいました。価値観の転換の必要を理解する十分な数の人がいるかどうか、私を含めて多くの人が疑問に思っています。変化を起こすための十分な時間があり、十分な人々がいるのでしょうか。
レント:あなたは最も重要な問題の幾つかを提起されていますね。「十分」ということについて考えてみましょう。どのくらい多くの人が「十分」なのでしょうか。私の著書『パターン化する本能』の終わりの方で、エリカ・チェノウェス※(リンク参照)という人が行った非常に興味深い研究に言及しています。社会の変化と、少数の者の手からより大きな社会への権力の移行につながった、前世紀の社会運動を彼女は分析しました。鍵となる二つの要因が浮かび上がりました。第一に、最も成功した運動は非暴力運動であったということです。このことについては多くの理由があるようです。彼女たちが見いだした第二の点は、これは非常に重要なことですが、人口の3.5%以上が運動に本気で取り組むようになったとき、その運動は別の段階へと発展し、それを引き止めようとしたどんな権力をもひっくり返してしまったということです。

SI:それほど少数の人々によって臨界点に達したのですか。
レント:はい。考えてみれば、3.5%というのは比較的小さい数値のように聞こえます。本気で取り組むということについて考えてみても、そこに至るまでにはまだ遠い道のりを行かなければならないように感じます。およそ3億5,000万の人口がいるアメリカを例にとれば、3.5%は1,000万人を少し超えるくらいです。ほんの数年前、COP21というパリでの環境サミットの前、国連がその会議を開催している間、ニューヨークで約40万人が参加する大規模なデモ行進がありました。その行進はとてつもない影響を及ぼしました。国連と(気候に関する協定を結ぼうとする努力を主導していた)クリスティアナ・フィゲレス氏はこう言いました。「こうしたすべての人が行進しているのを見たとき、私たちは追い風を受けていることを知りました。私たちは変化を起こそうとしていることを知りました」と。ですから、40万人が1,000万人になることを想像してみてください。そのような取り組みの度合いが20倍になるのです。そして、1,000万人が本気になって行進し、この国[アメリカ]の真の変化を平和的に求めているのを想像し、それを世界の他の地域に当てはめてみてください。そうすれば、私たちが今いる次元よりもはるかに大きな次元で状況を見ることになりますが、それこそが、目標としている変化のために必要とされるものだと思います。

SI:あなたがたった今話してくださったエリカ・チェノウェス氏のこの研究は、とてつもなく鼓舞してくれるものです。それは社会のあらゆる領域で、あらゆるレベルで動員される民衆の力ですね。人々は大衆運動の持続的な効果について非常に容易に懐疑的になるか、あるいは個々の人間としての自分の力不足に条件づけられているように感じるため、集団による協調的な努力がいかに大きな効果を持ち得るかを見誤ります。「私は一人にすぎない。強大な権力を前にして何ができるだろうか」という疑問をよく耳にします。しかし、あなたが言及された研究から判断すると、現実は私たちが認識するよりもはるかにダイナミックで肯定的なようです。
レント:はい、それが民衆の力です。不思議なことに、この調査について知ると、「私たちは決してそこ[1,000万人]まで到達しない」と考えて、絶望し始めるかもしれません。しかし、それによって私は、この変化を分析する別の方法に導かれます。これは非常に価値のあるモデルだと思います。本の中でもそれについて述べました。それは「変化の適応周期理論」と呼ばれています。それは複雑なシステムの中でいかにして変化が起こるかを理解する体系です。

ジェレミー氏は一つのシステムの異なった段階について説明した。成長の段階つまり再編成、第二に搾取と急速な成長の段階、それから固定化あるいは保存の段階、最後に最終的な「解放」の段階である。この段階ではすべてのものがもろくなり、崩壊や突然の変化が引き起こされることがある──株式市場の崩壊や森林で起こっている火災のように。解放の段階は以前に築き上げられたものを解体させる。そして最終的に、解放の段階の後に再生の段階が来る。以前の段階では決して可能でなかったものが突然、次に来るものを形作ることがある。これは肯定的にも否定的にもなり得る。例えば、1930年代に第一次世界大戦後の経済崩壊後のヨーロッパでは、その段階においてヒトラーやムッソリーニのような人々が権力の座につくことができた。同じように、それは新しいアイディアが花開き、急速に広がり得る肯定的な期間につながることもある。

レント:たった今、私たちは現代文明の解放の段階の最終局面にいると考えています。時間との競争に似ています。最初に経済全体が崩壊してしまえば、それを再建することはできないでしょう。何千年にもわたって発展してきた構造を失うことになるでしょう。それは破滅的状況となるでしょう。再び疑問が生じます。そうしたすべてのものが崩壊する前に、グローバルな経済的、物質的システムがどこに行くかを方向づけるほど十分速く、私たちは認知体系を、世界を理解する方法を変えることができるでしょうか。私はこれを、私たちの時代が直面している中心的な疑問だと見なします。この根本的な移行は、この巨大な「国家という船」の方向を変えるほど十分速く、私たちの文化的な価値観において起こるでしょうか。

SI:最近は資本主義の崩壊、新自由主義の価値観と体系の排除がよく話題に上っています。あなたは1930年代について話されていました。今や、そのことは非常に興味深い点です。1930年代とちょうど同じように、私たちはファシズムの盛り上がりを目にしているからです。それが政治的な観点からのものであれ、あるいは大量消費主義が原動力となった経済的なファシズムとしてであれ、私たちは今、再びそれを目にしています。あなたはそれをどのように見るでしょうか。
レント:私たちはまさしくその時点にいると思います。大規模に解き明かされる時期です。極右であれ、ファシズム的な考えであれ、あるいは本当に再生した未来であれ──これらは社会に不満を抱く人々が引き寄せられるアイディアです。そのようなわけで、いのちのために、人間と自然の繁栄のために苦闘している私たちすべてにとって、民衆がわくわくし鼓舞されるように、そして自分自身の人生を未来のためのこの闘争の中へと入り込ませるように、こうしたアイディアを可能な限り関連した方法で提示していくことが義務となります。ここで決定的に重要なことは、文明がどのような形を取り得るかについてのビジョンを提示することです。そのようなわけで、私はあの「2050年の世界のビジョン」というビデオ〔「大いなる変容、つまり私たちはいかにして(かろうじて)気候災害を回避したのか」〕をウェブサイトに掲載したのです。私は「エコロジカル(生態系)文明」と呼ばれるものにますます胸を躍らせるようになっています──これは現在の文明の基盤となっているものとは異なった一連の原則に基づく文明の概念です。現在の文明は資源の搾取や、がんの増殖のような成長を基盤としています。最後にはすべてを破壊してしまうまでひたすら成長を続けます。それはいのちそのものの破壊に基づいています。それは富と株主の利益をつくり出すために人類や自然界からいのちを吸い取っています。しかし、エコロジカル文明はいのちや相互のつながり、統合、回復といった原則に基づくでしょう。そこでは、人間がお互い同士、そして自然界と共に持続可能な方法で繁栄することが、制度の組織の仕方、お互いとの取り引きの仕方、科学技術の発展の仕方、自然界との関係の仕方、食べ物のとり方などの基盤となるでしょう。こうしたものすべてが、根本的に異なった一連の原則と構造に基づくでしょう。わくわくするのは、こうしたすべての思考過程がすでにそこにあるということです。発明しなければならないというわけではありません。世界中で聡明な人々が寄り集まり、その出現しつつある未来の中へ入って実際に生きようとしています。彼らは、私たちがその未来のエコロジカル文明のために必要とすることを実践しています。誰が言ったのか分かりませんが、次の言葉は素晴らしいです。「未来はすでにここにある。まだよく広まっていないだけだ」というものです。その素晴らしいアイディア、新しいテクノロジーなどについて知り、それを新しいタイプのエコロジカル文明へと組み込むことが必要です。

SI:そして、そうした価値観を新しい構造の中心に据えることですね。新しい堅固な国連について、そして地球を守り、地球を全く神聖なものとして認めさせるための法律を施行し尊重する必要について話されたことを本当にありがたく思います。そして私の考えでは、私たちは礎を、いのちのための諸権利の法案を、人間生命のための規約を制定しなければなりませんね。
レント:まさしくそのとおりです。人類の偉大な達成の一つは国連の世界人権宣言です。それは第二次世界大戦の荒廃の後で策定されました。これは国際社会としての私たちの価値体系の基盤です。私たちは今、合意された優先事項の根本的で確立された部分として、自然界の諸権利についての同じようなものを必要としています。

SI:さらに、完全な人間になる権利も認識する必要がありますね。私たちはまるで、自分自身の半分でしかないような、不完全で、半分空になっているかのようだからです。
レント:全くそのとおりです。

SI:先見の明のある多くの作家や思想家を通して、私たちは物質主義と商業至上主義の影響について認識しています。今日の大量消費主義の優先事項のために、私たちは半分の人間として存在しています。人々が空虚さを感じると言うのももっともです。完全な人間の現実と権利を保障する新しい国連規約を待ち望んでいます。それは霊的な、つまり高位の意識の様相も含めて、人間全体を認識します。それは私たちが集団として解決するものとなるでしょう。その完全な人間とはどういうものかを定義するだけでなく、私たちが一部である他のすべてのシステムのいのちと権利を認知することにもなるでしょう。
レント:同じ意見です。そうです。あなたは素晴らしいビジョンを提示していると思います。そして、さらにもう一歩踏み出して、次のことを理解すべきです。つまり、あなたが描写したような方法で完全な人間になるということは、私たちのアイデンティティーは個別の有機体と共には終わらないことを認識するということです。それが私たち自身の個性と共に終わることはありません。それはヒッピー後の時代の「自分自身の成就」のような考え方ではありません。実際のところ、それが意味するのは、自分自身を本当に成就するとは、地域社会の中での、国際社会との、自然界との、自然界の中でのつながりを成就し、私たちがこの巨大なシステムの一部であることを理解するということです。本当に自分自身を成就することとは、自由意志論者のやり方で他者を犠牲にして自分のために何かをすることではなく、非常に広いアイデンティティーの感覚の一部となり、その感覚を経験することです。※ericachenoweth.comエリカ・チェノウェス/マリア・ステファン『なぜ市民の抵抗は機能するのか──非暴力闘争の戦略的論理(Why Civil Resistance Works: The Strategic Logic of Nonviolent Conflict)』(テロおよび非正規戦に関するコロンビア大学の研究シリーズ)ジェレミー・レント『パターン化する本能──意味を求めての人類の探求の文化史(The Patterning Instinct──A Cultural History of Humanity’s Search for Meaning)』www.jeremylent.com

ジェレミー・レント氏による声明
私たちがこの会話を行ってからも、私たちすべてを待つ劇的な変化に向けて世界は速やかに進み続けた。非常に顕著だと私が考える主要な部分の幾つかは次のとおりである。■ 世界自然保護基金(WWF)によると、1970年以降、世界中で人類は今や、哺乳類や鳥類、魚類、爬虫類の60%を絶滅させた。■ 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、取り返しのつかないほどの増幅したフィードバック(反動)につながる気候の臨界点を避けるためには、12年しか残されていないと警告した。■ ブラジルの大統領に選出されたジャイル・ボルソナロ氏は、パリ協定から脱退し、探鉱と単一栽培によるアマゾンの荒廃を倍増させることを明言している。■ アメリカでは民主党が下院を奪還し、進歩的なアレクサンドリア・オカシオ・コルテス氏は2020年の民主党綱領に向けて急進的なグリーン・ニューディール政策を提案している。これによってアメリカは、洞察力のある気候問題のリーダーとして認知される可能性がある。■ 新たに創設された「エクスティンクション・リベリオン(絶滅への抵抗)」は、ロンドンで五つの橋を封鎖することによる直接行動と市民の不服従という戦略を打ち出した。未来は、私たちが自ら集団的に創造するものだということが、今日ほど真実であったことはない。混乱がますます大きくなっていく期間は必然的に、文化的、政治的、経済的なシステムの大規模な変化につながるだろう。私は最近の記事でこう書いた。「現在のシステムが今後数年後に崩壊し始めるとき、世界中のますます多くの人は、根本的に異なった選択肢が必要だということを認識するようになるだろう。偏見と恐怖に基づいた運動に向かうのか、あるいは、人類のためのより良い未来のビジョンに加わるかどうかは、人々が入手できるアイディアにかなりの程度依存している。この定期刊行物を読むすべての人は、私たちが将来世代のために繁栄という遺産を残すのか、あるいは死という遺産を残すのかどうかに関する人類の集団的な決定において、果たすべき役割を担っている。賞金がこれほど高くなったことはかつてない。

ジェレミー・レント

 

フランスのコンタクティー、ピエール・モネ氏

分割した世界への緊急のメッセージ
ゲラード・アートセン

自らの世界の終わりを感じて、舞台の背後にいる権力屋たちは、人類の間に分割を生み出すためにあらゆることをしている。そして日々のニュースが示すように、今日政治指導者たちは入札を続けている。なぜなら彼らには、未来への唯一の持続可能なビジョン──普遍的自由と正義の創造を通して一体性を顕現すること──が欠けているからである。

拙著『転換期にある惑星――いかに正義と自由は実現されるのか』(大堤直人訳、アルク)で詳しく述べたように、宇宙からの訪問者は、1950年代の核開発時代以来、人類の分離的傾向と世界的滅亡への可能性への懸念を寛容に共有してきた。
ジョージ・アダムスキーは他の惑星の人々との出会いと彼らの緊急のメッセージについて公に話した最初の人物であったが、既得権者たちによる徹底した人格攻撃によって、彼の業績は歴史の周辺に追いやられた。しかし、真剣な調査は続いており、彼の主張と使命を回復させる努力は行われている。1998年には英国の作家ティモシー・グッドによる『エイリアン・ベース』が出版され、レネ・エリック・オルセンによる最近の調査『ジョージ・アダムスキー物語』、ミシェル・ザーガーによる『ジョージ・アダムスキー事件の検証』が共に今年の夏に出版された。
ベンジャミン・クレームが、ジョージ・アダムスキーの主張に加えて、『光の勢力は集合する』の中で示しているように、宇宙人にはこの惑星で「宇宙の兄弟たちの現実を世界に知らせるための」人々がいる。私たちに知られているのは、バック・ネルソン、トルーマン・ベサラム、ダニエル・フライ、ハワード・メンガーのような人々であり、彼らはアダムスキーのようなアメリカ人で、おそらく当時と今の世界情勢の中でアメリカにおいて重要な役割を与えられていた。
ブラジルの物理学者アラディノ・フェリックス(通称ディノ・クラスペドン)、カナダ政府の研究者ウィルバート・スミス、そしてスイスの農家エドワルド・ビリー・マイヤーを除けば、他のアメリカ以外の1950年代のコンタクティーたちは、「イタリア・フレンドシップ事件」を通してごく最近になって知られたにすぎない。その中には外交官アルベルト・プレゴ、心理学者ブルーノ・サマチッカ、そしてステファノ・ブレッカ教授も含まれる。
今でもほとんど知られていない名前は、ピエール・モネというフランスの徴集兵で、彼の最初の接触体験は1951年、アヴィニヨン近くのクーテゾンで起こった。彼の二つの著書『宇宙人が私に語ったこと』(1978年)と『宇宙からの接触者』(1994年)はいずれも英語には翻訳されず、スペイン、ポルトガル、オランダでのみ読まれている。モネ氏の話が広く知られていない理由はそのことにあると思われる。その本の中で、彼は7月のある夜、クーテゾンからオレンジ近くにある彼の家まで帰る途中で、同じ道沿いにある、オレンジから3、4キロ離れた石切り場に「テレポートされた」様子を述べている。バイクを押して岩場を歩きながら、彼はあたかも青白い銀色の光を発するレンズ状の円盤に導かれたようであった。他のコンタクティーの描写を思わせるが、「その円盤の『鉄』は物質で同時に非物質であるように見えた。少なくとも内部に絶えず動いている原子構造があるようだった。ほとんど生きているもののようだった。それは印象的で、美しく同時に当惑させるものだった」。
モネ氏が、近くの交通の音も全く聞こえない完全な沈黙を体験したと述べるとき、彼は肉体の外にいたのだと想像するのは困難ではない。「この完全な沈黙は、あたかも私が釣鐘状のガラスの下にいて、完全に外部の世界から隔離されているような印象を与えた。私には自分の呼吸音と鼓動と脈動の音のみが聞こえた」。宇宙船に近づいて歩いていると、彼は自分が見たものに興奮し、その前に立っている人間のようで同時に地上離れした存在を見過ごすところだった。彼はその存在が彼と「テレパシー的な交流のプロセスで」彼と交信しようとし始めたと述べる。彼らはそれを「全く自然で常に存在してきた方法だが、人類は普遍的な法則を見失うにつれてそれを失った」と述べた。
日々の旅程の開始地点に戻ったとき、彼は自分の時計と街の時計を見て、彼の体験の間物理的な時間が経過していなかったことに気づいた。しかし彼は自分が与えられた情報とメッセージを、その意味を伝えるのにふさわしい言葉に「翻訳する」ために長い年月を要した。遂に、1978年に彼は最初の著書を出版し、1979年から1981年までの間に多くの講演会への招待を受けた。
1974年に彼は再び宇宙人と接触するようになった。彼らはこう述べた。「私たちはあなた方の間におり、あなた方の間で行動しているが、あなた方はそのことを知らない」。世界中で70万人がコンタクトしていると彼は告げられた。本物の「コンタクティー」と思われる人々の体験を確認すると、モネ氏は次のように告げられた。「愛の法則に従うことのみが真の生活に導くという私たちの確信のために、私たちはあなた方よりもはるかに進歩してきました。しかし、私たちもまた状況の求めに応じて振舞いを適応させなければなりません。しかし私たちはそれを行い、過去の間違いから学んでいます。自由意志の法則を侵害することなく、このことを私たちはあなた方に教えます」
宇宙の訪問者たちは人類の歴史における現在の重要性を示唆した。「天地の動きに従って、私たちは間もなくアクエリアスの時代と天文学者が呼ぶものに入り、そこでは数千年にわたって地上における智恵の進化が頂点に達するでしょう。このことが可能になるのは、人間が個人としての自己ではなく全体としての社会とより同一化するようになることによってです。来るべき世紀に、人間は知的、霊的、心理的、科学的、技術的分野において必要な変化のための明確な指導を受けるでしょう。人間はこれらの指導を受け入れることも拒絶することも自由です」
実際、モネ氏の接触は、宇宙の兄弟たちが教師の帰還のための霊的基盤をつくることに関わっていることを示すように思われる。ベンジャミン・クレームによれば、「歴史を通じて、霊的に進化した人々が、宇宙人との接触によって、人間に自然と宇宙と調和して生きるための法則と価値観を教える公的なメッセンジャーの到来に向けて人類を準備してきた」。
ジョージ・アダムスキーは繰り返し、私たち全員が個人的により良い世界をつくる責任を持っていると述べてきたが、ピエール・モネ氏も同じことを伝えている。「もし私たちが自らの行動を自発的に変えるならば、私たちは輝かしい未来に入り、そこでは攻撃、憎悪、死はもはや存在しない。私の宇宙人たちが言うように、『憎むことをやめ、強く愛し合いなさい』。しかし、この知恵は各人が個人的に内的に苦闘することを通じてのみ手に入れることができる。すべての人間が全人類に責任を持つという事実に目覚め、恐ろしい出来事が起こるのはそれぞれの個人の行動の反映であることを自覚する必要がある。どんな行為もどんな思考も消すことはできない。各人の発するすべての思考は、憎しみか愛、幸福か不幸、生か死を生み出す」
「愛は生きることができるのみである! 愛は放射を通じて可視化する。愛は自己を忘れ、自己を他者に完全に与える。愛することは易しく同時に困難である。人が自己の内部を深く見つめ、自己に直面するならば、それはやさしい。そうすれば、人は自己を、私たちを囲い、自由に呼吸し愛に生きることを許さない行動や思考の沼地から抜け出させることができる。しかし努力を怠るならばそれは難しい。朝起きて仕事に行き、出会う人々すべてに敵対的な目を向け、邪魔な運転手に叫び、妻にストレスをぶつけるなどすること以上のものがあるのだということを見たくないのなら、それは難しい」
世界教師の出現のために活動している人々と同じように、宇宙の兄弟たちのメッセージを広める活動を長年行っている多くの人々に負担が強いられることについて、訪問者たちはこう促している。「愛の法則を真に理解する栄誉を享受しているあなた方に、私たちは次のことを求める。
忍耐を失わず、愛が何であるかを示し続け、あなたの生活のあらゆる瞬間に無限の愛を与えなさい。なぜなら間もなく人間の心は変わり、あなた方は報われることになるからです。あなたが与えた愛は何百倍にもなって戻って来るでしょう」
そして、物質的価値観──商業主義──への絶え間ない強調の必然的な結果としてのファシズムの台頭と共に、地球自体が危機を迎える中で、宇宙の兄弟たちのこれらの言葉は、人類の歴史の分岐点で特に緊急性を持っている。私たちは分離と憎しみを生む政策に明確かつ積極的に反対しなければならない。「私たちはあなた方を助けるためにここにいるが、あなた方全員の同意が必要である。あなた方のハートとマインドが愛と知恵で満たされることを希望する。私たちはあなた方を見守っている。しかし急がなければならない。時間は短いのだから」

 

ジェレミー・レント氏との会話

意味とつながりの探求
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

ジェレミー・レント氏は、現在の持続可能性の危機へと文明を追い込んだ思考パターンについて研究する著作物の筆者である。また、人類が持続的に繁栄することを可能にする世界観を追求する非営利の「リオロジー研究所」の創設者である。著書として『パターン化する本能(The Patterning Instinct)』と『人間の魂のレクイエム(Requiem of the Human Soul)』がある。フェリシティ・エリオットが今年9月に彼と会話した。

シェア・インターナショナル(以下SI):本誌の読者は、5月号に掲載されたあなたの記事により、あなたのことをかなり知っているでしょう。そのタイトルは「文化的転換──実り豊かな未来へと人類の道を再び方向づける/より深いつながりの感覚に基づく新たな世界観を構築すべき時」です。人類は変わらなければならない、方向を変えなければならない、と示唆しているようです。支配的なメタファー(象徴)と、私たちが自分たちを定義する方法をおそらく変える必要があるだろう、と。
ジェレミー・レント:あなたが今おっしゃったことに少しだけ変更を加えたいと思います。私の見方は、人類が変わらなければならないということではなく、人間としての私たちの中核にある価値観をより忠実に反映するように、現在の文明の根底にある価値観が変わる必要があるということです。76億人いる私たちすべてを集団として見れば、私たちを本当に人間的にしてくれるものだが、この文明の様々な傾向によって私たちから切り離されてしまった本質的価値観と再びつながる必要があると思います。

SI:それは少しの変更以上のものですね。それはとても大切なことで、あなたのご意見はよく分かります。あなたが表現されているような、私たちの本質的価値観を再定義する必要についてもっと話していただけますか。
レント:私たちの文明は最も深いレベルで、「分離」対「つながり」というたくさんの層に基づいています。根底にあるこの「分離」対「つながり」という概念を見る必要があります。最初にどのように進化したかを見てみるなら、私たちを人間にする最初の出発点として考えることのできる確かな分離があります。分離した自己であることについての認識や、文化や言語を発達させ、道具を作り、自然界を支配し始める能力につながるような概念的意識の発達などです。

SI:ジェレミーさんはさらに、農業の発展に伴い拡大したような他の主要な分離の瞬間を描写しました。それはお互いや自然界からの分離を人々に経験させる原因となったものでした。しかし、主要な変化──つまり二元論的思考の隆盛──は古代ギリシャにおいて生じたと述べておりました。
レント:それは特異な一歩であり、その当時までのあらゆる他の思考と異なっていました。現実を分裂した宇宙として捉える二元論的な考え方でした。別の次元にある完璧で永続的な宇宙と、その一方で、汚れていて生き物が死滅する世俗的な領域があるという概念です。それは常に変転しており、そのために信頼することができません。プラトンはそうした概念を結晶化させましたが、彼だけがそうしたわけではありません。こうした初期の思想家とともに、人間もまた分裂しており、魂と肉体は分離しているという概念が生まれました。この永遠の魂が私たちを神と結びつけて私たちを完璧にする、それは不滅の存在であり究極の善である、といった概念です。それに対して、肉体は悪いものであり汚れています。死ぬとき、魂は肉体という墓から解放されます。そのようにして魂は再び永遠へと戻ることができます。このことが意味するのは、私たちが行う必要のあることは肉体を離れて魂を完成させることだという概念です。

SI:したがってそれは、分離があらゆる生活の様相に対して分極効果を及ぼしているという問題なのですね。
レント:はい。それに加えて、人間はこの分離を抱えているという概念と、私たちを神聖にするのは魂だということをいったん受け入れるなら、このような理性的な魂を持たない自然界の残りのものを見るとき、論理的にはそれ(自然界)を神聖ではないと考え始めなければなりません。これこそが、キリスト教の二元論的な宇宙論体系へとつながったのです。それは世界を神の聖なるドラマの一種の機械的な舞台と見なしました。肉体はまたもや分裂しており、魂は永遠の救済を求めようとします。一方、肉体はあらゆる種類の誘惑をもたらすものでした。したがって、それは別のレベルの分離と二元論でした。それは科学の革命へとつながりましたが、それもまた別のレベルの分離でした。そうした二元論的な思考からデカルトが生まれ、デカルトの考え方が生まれたのです。それは分離を全く新しいレベルへともたらすものでした。

SI:それはもちろん、必ずしも否定的なものではありませんでしたね。
レント:そのとおりです。科学の革命から生じたものが悪いと言おうとしているのではありません。あらゆる種類の驚くべき恩恵が、巨大な進歩がなされた数世紀の間にこうした概念から生じました。例えば、私たちはいま驚くべき知識を手にし、科学的な探求を行っています──それは途方もないことであり、それに対して大いに感謝してもよいでしょう。

SI:おそらく科学は幾つかの点で行き過ぎてしまった、もしくは、私たちの生活の特定の要素と様相を強調し過ぎてしまったと言えるのではないでしょうか。
レント:そうですね。科学は人間の力の感覚、自然界の見方のいっそうの不均衡にもつながりました。私たちは現在、自然界は機械にすぎないという見方をしています。

SI:さらに、私たちは自然界を支配し、征服しているという見方ですね。
レント:まさしくそのとおりです。私たちは征服します。基本的に、自然界は私たちが調査し、その中の細部に至るまで理解し、それから征服するための機械となっています。

SI:こうした概念を他者や他国、他の文化に広げていくのは容易だったのですね。
レント:はい。それは世界の残りの部分を「征服する」ことへとつながりました。そのため、ヨーロッパ文明は、自分たちが動物とはかなり異なっているのと同じくらい、他の文化とかなり異なっていると思い込みました。そして、他の文化は「原始的」だと見なされました。

SI:そして劣っていると見なされたのですね。
レント:他の文化は啓蒙される必要があり、この自分たちのレベルまで引き上げられる必要があると見なされました。したがって、経済的な観点からは信じ難い不均衡のある世界へと今やつながっている不均衡が見られるわけです。世界の最も裕福な6人が世界の全人口の貧しい方の半分と同じくらいの富を所有しています。
さらに、もちろん、私たちが環境の中につくり上げてしまった不均衡も指摘すべきです。気候崩壊による災厄が迫っているだけでなく、森林破壊から始まって海洋生物の絶滅、急速なペースで進む飲料水の枯渇、表土の喪失に至るまで、非常に多くの持続不可能な状況があることを私たちは今や知っています。それは目に見える実質的にほとんどすべての場所にあります。「オーバーシュート(行き過ぎ)」と言われるほど、地球の資源を破壊しています。文明の崩壊となるかもしれないものへと、あるいは裕福なエリート層の分裂と、残りの人類にとっての本質的な崩壊へとつながるかもしれないものに向かって突き進んでいます。

SI:実際に、その分裂、二元性の結果を目にしています。それは、あなたが描写されたように歴史を通じて維持され変化してきたものです。そして今は、両極端に面と向かい合う時点にいます──惑星の資源の極端な乱用、富とひどい貧困という途方もない両極端です。何かが変わる必要があるのは明らかです。
レント:私たちのほとんどは、文明の崩壊というアイディアを目も当てられない状態だと見なすでしょう。この文明に批判的な者たちでさえそうでしょう。崩壊に由来する大量死と人類史上最大の災厄を実際には誰も目にしたくありません。私たちのほとんどは、裕福なエリート層を別にすれば、このような分岐については根本的に道義に反するものだと感じるでしょう。人類の大半はこの崩壊をただ耐えるしかない一方で、少数の大金持ちは自分たちが期待するテクノユートピア(科学技術による理想郷)へと引きこもるでしょうから。

SI:事態がそのような成り行きをたどる必要はありません。たぶん、それによって人類は団結するのではないでしょうか。
レント:もし中核にある基本的な人間的価値観から始め、他の人々と相互につながり合っていることを認識し、私たちが実際に自然界の一部であることを認識するならば、私の考えでは、ある枠組みを発達させることができます。それは私がますます考えるようになってきているもの、私が「エコロジカル文明」と呼ぶものの枠組みです。言い換えれば、自然界とのつながりの感覚の上に築かれる違った種類の文明です。その文明においては、人間は自然の生態系の中で独特であるけれども持続可能な役割を担っていることが認識されます。そのようにして私たちや周りにいる人々は、自分の潜在能力を最大限に発揮することができ、しかもガイアの生態系全体が栄えることができるような社会を創造するために働くことになります。それは私たちが行く必要のあるところです。

SI:私たちが完全に相互につながり合ったシステムの一部分であることや、惑星そのものを含めて地球上のすべての生命形態は相互に依存し合っており生きていることを、大勢の人々が当然だと受け止めています。認識の変化の引き金を引いているものは何でしょうか。自然界を搾取し誤用してきた悲劇的な状況にただ目覚めたということなのでしょうか。
レント:この新しい目覚めをつながり合いの感覚へと導く、三つの関連し合った根本要素を見てみるならば有益かもしれません。そうした要素の一つは、世界システムが機能していないという単純な事実です。それは破綻しつつあります。新しい世代の人々はこのことを理解しています。共に育った自然の美が失われ、打ちのめされたように感じる人々がいます。その美が壊されているのを目にします。それから、この不平等な世界経済システムがとても大きな人間の苦しみを引き起こしている有り様を目にします。そうした苦しみは、不正義に抗議するように新しい世代の人々を駆り立てています。これは人種差別主義者の台頭、部族主義的な思考型という形でのいっそうの分離へと、別の極端へとつながる可能性があります。人々は現在進行中のことに非常に不満を抱いており、どちら側にも行く可能性があります。分離主義を徹底しようとする者もいれば、新しいシステムが必要だということを受け入れる者もいます。現在のシステムへの不満が一つの主要な原動力です。
私たちがたぶんあまり認識していない別の要素もあります。この世代は、いにしえの時代から発達してきたあらゆる世界的な知恵の伝統を、より深い方法で実際に利用することができる最初の世代です。(およそ100年前に遡ることですが)西洋の少数の先駆者が発見した土着の知恵や仏教の伝統、道教やベーダの伝統です。彼らは教えを一種の「東洋主義」へと美化し、それをあまり現実的でないものへと変えてしまったかもしれません。しかし、現在の世代は、こうした非常に多くのアイディアが相互につながり合うようになった世代です。それは代替的な思考方法を探し始めるすべての人が入手できるものです。何千何万年も前からの全人類の知恵を入手できるようになったことは、人類の意識を引き上げることにおける途方もなく大きな変化です。
三番目の原動力は現代科学のシステム思考の隆盛です。科学的な観点から言えば、科学の偉大な進歩の多くは還元主義を通して生じました。還元主義は基本的にこう主張します。最小の不可視の部分へと還元することによって自然界を最もよく理解し、そうした部分がどのように機能するかを確かめ、それから自然界を再構築することができる、と。それは目を見張るような成功であり、多くの異なった方法で物事を理解するための偉大な象徴となっています。それはまた、それ自体の成功の犠牲者となっています。人々はそれを存在論的な信念体系と受け止めているからです。全宇宙を、無作為にお互いにぶつかり合う別個の部分のまとまりにほかならないと見なします。物事をこのように見ることによって、別の科学的な理解の要素、つまり、つながりの科学を見落とします。現代においては、これはときどき「科学」対「信念」として定義されます。

SI:そうですね、それは「宗教の価値観」対「科学的な世界観」というように、二つの根本的に相反する立場の間の衝突と見なされます。この議論に関してあなたはどのような見解をお持ちですか。
レント:私はとても異なった立場を取ります。私は科学そのものを、幾つかの世界の見方を取り入れ、世界についての知識を増やすために仮定や透明性、検査、理解という概念を取り入れる手続きの方法論と見なします。それは人類の偉大な発展と達成の一つです。しかし、科学はシステム科学を通して表現され得るものです。それは、私たちが複雑思考、システム生物学、ネットワーク科学、カオス理論のように物事を見る場合です──すべてのこのような異なった理解の仕方が、物事がいかにつながり合っているかを検証しています。いかに物事がつながり合っているかを見るとき、還元主義的な方法とは非常に異なった世界との関わり方を思いつきます。物事がつながり合っている様は決して完全には予測できないことが分かります。そしてこのシナリオにおいては、私たち人間が物事を理解しようとするとき、私たちは事実、その中での担い手であります。ですから、物事を理解しようとする方法そのものと私たちが行うことが、この全世界的なシステムの一部となるのです。

SI:それについてはあまり知りませんが、観察される現実のものに対して科学者や観察者が影響を及ぼすという量子力学的な考えのことをあなたは言っておられるのだと思います。
レント:はい、そうです。私たちは演技者であり担い手であり、システムの一部です。そして物事を完全には予測することができませんから、それは謙虚さへとつながります。私たちの行動が予測することさえもできないほど深く浸透するということを受け入れるからです。それは世界にある人間についての非常に異なった見方や、この相互につながり合ったウェブ(網)の一部であることを経験する非常に異なった方法へとつながります。こうした異なった要素──現在のシステムの破綻への不満、何千何万年も続く人間の伝統から入手できる知恵についての知識、現代のシステム思考の発見──を一緒にするとき、それらは重なり合うことが分かります。私の考えでは、すべてのうちで最もわくわくすることの一つは、現代の科学的な理解を知恵の伝統の偉大なる発見と統合させるという可能性であり、そのようにして本当に持続可能な、つながりに基づいた世界観をつくり出すことです。

私はここで、2050年に設定された想像力豊かな短編映画をいかに楽しんだかについて触れた。これはジェレミー氏が「大いなる変容、つまり私たちは、いかにして(かろうじて)気候災害を回避したのか」※ と呼ばれる彼のウェブサイトのためにつくったものである。それはユーモアを交えつつも深遠な内容を伝えようとしており、現在の危機の原因となっている様々な要因を浮き彫りにしている。私たちはこの映画について簡単に話し、私は彼が映画の中で提示しているネットワークシステムについて聞いた──それはまたしても、つながり合いと密接に関連し、未来との関係性を持っている。彼はそれについてさらに詳しく述べ、相互依存と「相互存在」について話した。この「相互存在」という言葉はティク・ナット・ハン(ベトナム人の仏教徒、教師、作家、詩人、平和活動家)による造語である。

レント:それは私が「意味のウェブ」と呼ぶものを提供します──つまり、物事は私たちの理解という観点から、あるいは人類が変化を起こすために一緒に活動することができる方法という観点からお互いにつながり合っているだけでなく、意味そのものが私たちのつながりの一つの機能として生じるということです。私にとってこれは全く根本的なものです。私が『パターン化する本能』という本のために調査したときに得た洞察の一つは、私たちが自らの存在から創造する「意味」は、文化を動かし歴史を形づくる価値体系につながるものだということです。

ジェレミー氏は、人々や物体や場所に意味を付与しているつながりについての理解に関してさらに詳しく述べた。つながりがもっと多くなれば、意味ももっと多くなるという。

レント:もし全世界的な相互のつながりの感覚から意味をくみ取るとすれば、私たちが行おうとすることはその感覚に基づくことになるでしょう。私たち自身と宇宙との最も深いつながりの源としての霊的な意味を見ることもできます。誰かが人生は無意味だと感じるとき、それはしばしば、他者や環境とのつながりの感覚を全く持たないことにさかのぼることができます。つながりは、私たちが人生から意味を取り出すことのできる源であります。それはまた、私たちが下す決定や人生において抱く価値観を後押しする場合があります。例えば、私たちが行う選択、毎日すること、属する集団や組織、世界において起こそうとする変化などです。

※ www.youtube.com/watch?v=H0VsHViz
M6Y&feature=youtu.b

このインタビューの第2部は、本誌12月号に掲載される予定である。

宗教間に橋を架ける

マクネア・エザードによるウィリアム・スウィング司教へのインタビュー

ウィリアム・スウィング司教は「宗教連合イニシアチブ(URI)」の会長であり設立者である。これは、異なった宗教や土着の伝統を持つ人々に正義と平和のために協力して働くよう促す異教徒間の世界的ネットワークである。スウィング司教は元カリフォルニア聖公会主教であり、1980年から2006年までその立場にあった。20年近く全米エイズ研究財団の理事であったため、主教のときに、エイズ危機対応のために国内外で指導者として奉仕した。スウィング司教は『ある司教の追求──宗教連合の設立(A Bishop’s Quest: Founding a United Religions)』(2015年)の著者である。マクネア・エザードが本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):宗教連合イニシアチブ(URI)の使命はどのようなものでしょうか。
スウィング司教:URIは、世界中のおよそ270の地域出身の草の根の人々と75から85の部族集団で構成されており、地域社会で問題に取り組んだり地球規模の問題に対処したりするために団結しています。
人々は「協力の輪」により団結し、それぞれの輪が独自の路線を決めます。URIの前提や目的、原則に沿う限り、希望するどのような問題にも目を向けることができます。一つの協力の輪には、三つの異なった伝統出身の少なくとも7人がいなければなりません。
URIは橋を架ける組織です。世界には十分な数の宗教がありますが、それらの間には十分な意思疎通や橋渡しがありません。ですから、もし私たちが絶えず殺し合ったり競争し合ったりすることをやめれば、神の名のもとに幾つかのことを一緒に行うことができるでしょう。

インスピレーションと始まり

SI:URI設立の背後にはどのようなインスピレーション(鼓舞)がありましたか。
スウィング司教:カリフォルニアの主教として、1993年に国際連合から電話をもらいました。彼らは50周年を祝うためにカリフォルニアに来たがっていました。国連憲章はサンフランシスコですべての国によって起草され署名されたからです。
ですから、国連は故郷に帰り、大きな祝賀行事を行いたいと思っていました。彼らはグレース大聖堂〔カリフォルニアの聖公会聖堂〕に来て、祝い事を行えるかどうか、そして私がそれを主催できるかどうか尋ねました。「主催できればうれしく思います」と私は答えました。その儀式について彼らが考えていたことは、すべての国をそこに集め、すべての宗教を一緒にして、1時間の和合の儀式を行うというものでした。「私たちが世界のすべての国の外交官を招きますから、あなたにすべての宗教を招いていただきたいのです」と彼らは言いました。
はい、と言ったものの、その夜ベッドに入ってこう考えました。「何てこった!  何というものに首を突っ込んでしまったんだ。イスラム教やヒンドゥー教のことは何も知らない。こうした宗教関係者をどうやって大聖堂に招くというのか」
諸国家は50年の間、日毎に歩み寄り、全世界の利益のために苦闘してきました。同じ50年の間、世界の宗教は話し合ってきませんでした。しかし、国家間の平和は宗教間の平和がなければ決して実現しないでしょう。そして、一堂に会することのできる冷静な祈りの場を誰かが設けない限り、宗教間の平和は生まれないでしょう。
その夜、宗教連合の創設の旗振り役になることに残りの人生を捧げることを誓いました。国際連合(United Nations)があるのなら、宗教連合(United Religions)もできると考えたのです。それがどのようなものになるかは分かりませんでした。何を行うのか分かりませんでしたし、どうやってそこにたどり着くのか、どうやって経費を賄うのかも分かりませんでした。私はただ、こうしたアイディアを思いついた一人の人間でした。

草の根の人々に働きかける

SI:それを始動させ、人々をその気にさせるにあたっての次の段階は何でしたか。
スウィング司教:世界の国々のリーダーシップが国連で代表されているのであれば、世界の宗教のリーダーのところに行って話をし、宗教連合を創設するにあたって協力してもらえるかどうか聞くべきだと考えました。1995年に、妻のメアリーと私は飛行機に乗りました。私たちはマザー・テレサと話をしました。ローマに行って、法王と話をしました。ロンドンのカンタベリー大主教、インドのシャンカラチャリアの信者、エルサレムのユダヤ教宗教指導者、イスラム教の大法学者、カイロのアル=アズハルのグランドシェイク、韓国の仏教徒と話をしました。思いつくことのできるあらゆる宗教指導者と話をしました。彼らに一つの質問をしました。宗教間の平和を追求するために他の宗教の代理人と会うことになるあなたの宗教の誰かを代理人として派遣する用意があるかどうか、という質問です。宗教間でもっと平和があれば、世界の歴史が変わるでしょう。彼らすべてに同じ質問をしました。「そうする用意がありますか」と。彼らは皆、「とんでもない」と答えました。
私は多くのことを学びました。世界の宗教はお互いに会おうとしないし、接触を保とうともしません。しかし私は、草の根の人々がお互いに会い、地方の問題に対処することを可能にする枠組みを見つけることができれば、世界をより平和で、より健全にすることができるだろうと考えました。あらゆる宗教の人々の間には多くの善意があります。宗教指導者に関してはあきらめ、草の根の人々から始めることにしました。それは転機となりました。

SI:何もしたくないという宗教指導者の態度の背後には何があったのでしょうか。
スウィング司教:宗教を見てみると、宗教は三角形のようです。頂点には、自分の下にいる人々の信仰を擁護することを第一の責務とする誰かがいます。もし彼らが他の信仰の宗教指導者と対等に会っているところを目撃されると、神との彼らの関係が、神との他の人の関係と同等であることを意味することになります。宗教指導者として、他の人々と会い、彼らを対等と見なす自由がありません。「私たちの信仰が最高の信仰だ。すべての信仰のうちで最も大きな真理を含んでいる」ということを前提として他の人々に接しなければなりません。したがって、民主的で冷静な祈りの場というものは宗教の頂点にいる人々にとって不可能なのです。
私は自分が会った人々を愛しています。素晴らしい人々ですが、ほんのわずかな自由しか持っておりません。エルサレムにいた時のことを覚えています。ダライ・ラマと私は会議を開催していました。彼と私はアルメニア正教会総主教に会いに行きました。彼は上の王座におり、ダライ・ラマと私は下の床にいました。私はこう言いました。「諸宗教が世界の利益のために一緒に働くことができれば、あらゆる可能性が生まれますよね。私たちを助けていただけませんか」。総主教はこう言いました。「ご覧のとおり、私は自分の王座で囚われの身になっています。この王座を離れることはできません。あなたたちは世界中を回ることができますが、私にはできません。私の仕事は、この王座に座って私の民を気づかうことです」。これは、私がいま話していることの良い例でした。

SI:宗教指導者によって拒絶されたことで、あなたは実際に、世界に本当に変化を起こす人々を見つけることになったのですね。
スウィング司教:はい。平凡な人を動員することができます。そうすると、世界における真の力を得ることになります。とても勇気づけられることです。

世界規模の協力の輪

SI:協力の輪について話してください。
スウィング司教:2000年に〔URIの〕憲章に署名しました。ある国で最初の協力の輪を始めました。私たちが行った最後の国はサウジアラビアでした。そこに行くことになるとは思ってもみませんでしたが、今ではサウジアラビアでスンニ派、シーア派、キリスト教の人々が一緒に活動しています。これは奇跡的なことです。先程も言いましたが、協力の輪には三つの異なった伝統の出身の少なくとも7人がいなければなりません。人々は自己組織化し、取り組みを始めます。

SI:「自己組織化」とは何を意味するのですか。
スウィング司教:もし協力の輪が環境の仕事を一緒に行いたいのであれば、そうすることができることを意味します。紛争の解決に取り組みたいのであれば、そうすることができます。女性の問題に取り組みたいのであれば、そうすることができます。核軍縮に取り組む協力の輪もあれば、芸術などに取り組む輪もあります。

SI:協力の輪はどのようにして形成されるのですか。
スウィング司教:2種類の協力の輪があります。一つは、既存の団体や、すでに異教徒間の活動を行っている人々のグループがURIのネットワークに加わり、URIの一部になる場合です。もう一つは、異なった宗教や部族の出身で、今まで一度も会ったことのない人々が自分たちで協力の輪を立ち上げる場合です。

異教徒間の英雄的行為

SI:特に啓発的だと思った協力の輪はありますか。
スウィング司教:最近印象に残ったものはスリランカにあります。その協力の輪はサルボダヤと呼ばれています。それは社会の底辺の安全網として機能しています。エイズを扱っているのであれば、それに取り組みます。貧困を扱っているのであれば、それに取り組みます。識字であれば、それに取り組みます。
最近、仏教徒のトラック運転手が3人のイスラム教徒の少年に殴り殺されました。ここは仏教徒の国です。仏教徒は怒り狂い、村々を焼き払い始めました。モスクを焼き、人々を殺し、家から追い出しました。突然、立ち退きと破壊が生じたのです。これについて誰が何をすればよいのでしょうか。
私たちのグループは、人々に水と食料をどうやって届けるか、家やモスクをどうやって再建するか思案し始めました。この状況は、タミル・イーラム解放の虎〔主としてヒンドゥー教徒の少数派〕とシンハリー人〔主として仏教徒の多数派〕との内戦を受けてのものでした。その内戦では多くの人が死にました。協力の輪は国を癒し、断片を元通りにつなぎ合わせるために活動します。
この前、エボラ・ウィルスが発生した西アフリカでは、キリスト教徒はイスラム教徒に血液を提供したくありませんでした。イスラム教徒はキリスト教徒に血液を提供したくありませんでした。そのため、URIの協力の輪は無条件の信頼に基づく血液バンクを始めました。地域の誰もが血液を受け取り、血液を提供することができました。異教徒間で血液の寄付を実施することによって、地域が安定するのに役立ちました。

SI:ヨルダン川を回復させるために、イスラエル人、ヨルダン人、パレスチナ人が活動している中東には協力の輪はないのですか。
スウィング司教:素晴らしい協力の輪があります。イスラエル政府やヨルダン政府、そしてパレスチナ人を相手にするのは、ご想像どおり、本当に大変な仕事です。ヨルダン川はたいていの場所でチョロチョロとしか流れていません。上流で皆が水を吸い上げているからです。下流に届く水からは悪臭がします。あそこでは水が生存への鍵を握っているのです。すべての人が恩恵を被ることのできるように、異なった政治、文化、宗教のグループを水問題に一緒に取り組ませることは大変なことです。

SI:パキスタンには、「パキスタン全体にとってのより良い地域社会」という協力の輪もあります。彼らは世界でも特に不安定な地域にいます。彼らの仕事はどのように進んでいますか。
スウィング司教:信教の自由のあるアメリカのような国に住んでいれば、宗教連合イニシアチブはたくさんの良いことの中の一つの良いことです。神について信じていることのせいで明日殺されるかもしれないような国に住んでいれば、宗教連合イニシアチブは人々にとってすべてを意味します。私たちの若いリーダーの一人はそこで3年前に吹き飛ばされました。クウェッタで死亡した聡明な若者です。私たちが行っている仕事を行うときには大きな危険があります。命を危険にさらす人々もいます。
パキスタンには50の協力の輪があります。私は個人的に何度かそこで働き、最高裁判所や弁護士、草の根の人々と知り合いになりました。私たちの仕事にとっては大いなる国です。

SI:あなたは協力の輪に入っていますか。
スウィング司教:はい。輪に参加している人々の中には、〔アメリカの〕国務長官であったジョージ・シュルツ、〔アメリカの〕国防長官であったビル・ペリー、〔アメリカ軍縮担当外交官であった〕トム・グラハム大使がいます。私たちは電話やズーム〔視聴覚インターネット・コミュニケーション・プログラムのこと〕で毎月連絡を取り、核廃絶に向けて何ができるかを検討します。彼らは核兵器に直面してきた人々です。彼らは私たちが取り扱っているものの恐ろしさを知っています。
私たちはこの惑星を破壊することによって、神が創造したすべてのものを破滅させる可能性があります。瀬戸際まで来てしまったのです。こうした兵器に長らく固執していれば、この世界を破壊してしまう可能性があります。私たちには直ちにそのようにしてしまう力があります。
兵器を近代化しなければならないと言われています。それは兵器をより強力にすることを意味しますが、他の核保有国も同じことをします。そうすると、100年後、200年後には、この世界を破壊するどれほどの力を持つことになるでしょうか。そこから身を引かなければなりません。
そのようなわけで、大勢の人が月に1回、1時間集まります。なお、私たちはいつも、話し合いを始める前に祈りを捧げます。誰かがこう言いました。「祈りを捧げているユーチューブのビデオを作りませんか」と。実際に作り、それは「核の祈り」と呼ばれています。ジョージ・シュルツやビル・ペリーのような人々が信仰や核兵器、そして神とこの地球への深い敬意について話すのを聞くと、心がとても動かされます。

SI:最近、アメリカで銃に関する法律を変えようとする若者の運動が勢いを増しています。若者はURIの仕事に関与していますか。
スウィング司教:宗教連合イニシアチブのおそらく80%が35歳前後かもっと若い人々、宗教に縛られているという感覚をあまり持たない人々です。寛容さや融通性を持っているのは若い人々です。同行するとき、私たちはこう言います。「あなたの宗教だけがあるのではありません。他の宗教のことも考慮しなければなりません。私たちはここで、もっと大きな世界をつくり上げなければなりません」。若い人々はこのことを理解します。彼らは現在、私たちの重荷を背負っている人々です。

SI:URIの将来についてどのようなビジョンを抱いていますか。
スウィング司教:URIは適応し変化し続けなければなりません。私は自分のビジョンの終点へと到達したような感じがします。私たちはそれを開始させました。世界と聖霊は、私たちが次に何をすべきかを明らかにするでしょう。「未来を知っており、どこに行かなければならないかを知っている」と言ったりする、創設会長のようなものにはなりたくありません。私はいつも神秘の中を歩いており、自分が主のお仕事をしていること、聖霊が私を導いてくれることを望んでいます。創設者は未来を知っているというような、自我が行うものにはしたくないのです。私は過去に関して謙虚であるのと同じくらい未来に関しても謙虚です。すべて奇跡的なことなのです。それは神の手のうちにあると究極的には信じていますが、私は冒険しようと意気込んでいます。要はこういうことです──冒険しようと意気込んでいるということです。

より詳しい情報についてはuri.orgを参照してください。

「誰も窮乏することのない」──資本主義体制の次に来るものとは

フィリス・パワー

今日の資本主義は、確実に死の間際にある。貪欲と搾取が極度に増加している。世界の富裕層の1%が世界全体の富の半分以上を所有している社会、私たちが生活しているまさにこの惑星を破壊している社会、それは持続可能ではない。多くの人々が取り残されており、彼らはこの状況にずっと甘んじることはないであろう。人々の声は大きくなりつつあり、そして聞かれるだろう。
今月(2018年5月)は、共産主義の父であるカール・マルクスの生誕200年である。共産主義は、良い社会関係のモデル、そして現在は失敗した、残酷な全体主義の統治モデルと考えられている。人民による人民のための統治は、偽物であることが判明した。革命派は支配者となり、人々に立ち向かい始めた。その当時、自由は存在しなかった。しかし現在の資本主義の状況下でも、豊かな国においてさえも、まさに多数のための見せかけの自由が存在するだけであり、人々はどうにか生活していくのに四苦八苦している。世界で最も豊かな国の一つである英国では、フードバンクや路上生活者が、ほぼ社会的に容認されるようになっており、非常に身近なものとなっている。また金持ちにも真の自由はなく、常に自身の富の消失を恐れている。そして、保守的なこの国においてさえも、暴力が増大している。
カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによる共産党宣言は1848年に出版されたが、現在ギリシャの経済学者であり政治家のヤニス・バルファキス氏によって、興味深い序文が加えられたものが再刊されている。彼はこの宣言を、不必要な多くの苦しみを終わらせる未来の代理人となること、そして本当の自由が持つ可能性を人類が認識するように鼓舞する未来の仲介者となることを私たちに求める、より良い未来のための集団的行動のインスピレーションとして称賛している。
バルファキス氏は、この宣言は国家権威主義を呼び掛けるものではなく、共産主義を実践させるためのものではなく、また永続的に続く困難な階級闘争の分析書でもなく、むしろ「リベラルテキスト」であると解釈しており、その宣言が書かれた当時よりも、現代の方が、より意味があると考えている。彼は次のように書いている。「共産党が政治的舞台からほとんど完全に消滅しているとしても、共産主義の原動力としてのこの宣言の精神は、沈黙することが難しいことを証明している。・・・・」
「自由、幸福、自立、個性、霊性、自己発達は、マルクスとエンゲルスが何よりも重要視した理念である。彼らがブルジョア階級に対して怒りを覚えたとしても、それはブルジョア階級が、大多数が自由になる機会を否定しようとしているからである。人間は鎖に繋がれている限り、自由ではないというヘーゲルの素晴らしい思想に対するマルクスとエンゲルスの強い支持を前提として、彼らのブルジョア階級に対する論点は、彼らはすべての人々の自由と個人性を資本主義の蓄財の祭壇に捧げているというものである」
ベンジャミン・クレームの覚者は、それを次のように表現している。「商業主義が人類の喉元をつかみ、あらゆる寛大な思考や意思表示を彼らの人生から奪い取っている。人間の魂は、この抑圧をもはやこれ以上耐えることはできず、苦悶とフラストレーションで声高に叫んでいる」
2.2段階のイニシエートであったカール・マルクスは、知られてはいないが、イエス覚者の弟子であったこと覚えておくことは、価値のあることである。彼はその生涯で、貧しい人々の味方となり、固定化した特権と権力の自己中心的な行動に反対した。マイトレーヤの優先順位は明らかに単純である。すべての人々への食料、住居、保健医療、教育の提供である。これらすべては基本的人権となるべきであり、それ無しには真の人類の解放は不可能である。それらはマルクスの時代やイエスの時代と同様に、さらに現在でも強く主張する必要がある。ベンジャミン・クレームは「人類は、資本主義と共産主義(社会主義もしくは民主社会主義)の最良の部分を組み合わせることによって、自由を達成するでしょう。そしてハイアラキーは、健全な社会の結合と正義のための理想的な関係は、70%の社会主義と30%の資本主義であるという見解を持っています」と語っていた。
物質的価値観に基づいた物欲社会の中に、自由はない。私たちすべては、思考しない動き回る歩兵であり、自分たちのコントロールを超えた力によって、無意味な存在に向かって速足で進んでいる、とバルファキス氏は表現している。この共産党宣言は、現代の不正義に反対する行動を常に取るようにと、人々を奮起させる呼びかけを行っている。彼は「最終的に、何が勝利するかは私たち次第である」と述べている。

参照文献:
ヤニス・バルファキス氏による共産党宣言の紹介、Vintage Classics、2018年(Guardian.com)
「教師としてのキリスト」、ベンジャミン・クレームの覚者『覚者は語る(・)』石川道子訳、シェア・ジャパン出版、2017年
ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第一巻』石川道子訳、シェア・ジャパン出版、再改訂版、1998年
ベンジャミン・クレーム『多様性の中の和合』石川道子訳、シェア・ジャパン出版、2012年

カール・マルクス(1818-1883)
光線構造:魂6;パーソナリティー2(3);メンタル体5(7);アストラル体6(6);肉体3(7)。進化段階2.2

 

歩いて行くのをやめる

 

マイケル・テイルズ

水は地球上のすべての生き物と私たちを結びつけている。 安全な飲み水を手に入れることは、女性や子供たち、および家族の健康を改善することによって教育と仕事の展望を生み出し、あらゆる困難をチャンスへと変換する。

国連の水と衛生に関する持続可能で発展可能な開発目標「目標6」は、2030年までに安全で手頃な価格の飲料水が、世界中に平等に与えられることを求めている。
しかし、2025年までに世界の人口の半分が水不足地域に住んでいるだろうとも言われている。 これは、「目標6」が達成されるまでに世界の人口の半分が、すでに水不足地域に住んでいることを意味している。

挑戦

きれいな水が貴重な必需品となっている。2018年1月、南アフリカのケープタウン市は、清潔な飲料水不足が近づいていることを明確に表明した。メディアはこの状況を「ゼロの日──水道蛇口から水が出ない日」と呼んだ。ケープタウンの市民の水は、わずか3カ月しか残っていないと推定されていた。水不足の原因は、気候変動、人口増加、この百年間の最も深刻な干ばつとの相乗効果によるものと考えられていた。
南アフリカの水不足は、残念なことに唯一の状況ではない。 統計的データは、落胆させるような世界の姿を示している。
■ 5歳未満の子供たち30万人以上が、安全でない飲料水、不潔な衛生施設、および劣悪な衛生状態のため、毎年下痢症で死亡している。
■ 90秒に一人の子供が、水が原因の疾患で死亡している。
■ 8億4,400万人が安全な水にアクセスできないでいる。
飲み水を汲みに行く責任は、もっぱら、いや文字通り、この貴重な資源の集め役となりがちな女性と子供たちの肩にかかっている。国連児童基金(ユニセフ)は、女性と少女たちは、毎日飲み水を汲みに2億時間を費やしていると述べている。これは時間の無駄であるだけでなく、女性を貧困のサイクルに閉じ込めてしまう。 比較的安全な飲料水を収集するために費やされた時間の長さは、教育、仕事、または他の自発的な活動に費やされる時間を縮めていくのである。

好機

カナダアルバータ州立大学のジット・パテル氏とルトゥ・メータ氏の2人の学生が行動を起こすことを決心した。ルトゥ・メータ氏は21歳で、現在はビジネス経済学と法学の学位取得へ向けて、副専攻科目の財務管理を含め学習中である。彼女の将来の計画は、企業の弁護士になるだけでなく、アクア・シーラム(Aqua Caelum:学生によるビジネス・コンサルティング会社)が、世界中の何百万人もの人々を援助できる企業に成長するのを確実にすることである。ジット・パテル氏も21歳で、現在機械工学の学位を目指して勉強中である。彼の将来の目標はMBAの学位を取得し、アクア・シーラム(Aqua Caelum)が数百万の人々を助けることができる大いに成功した企業にすることである。
彼らは 「水危機を終わらせ、何百万人もの人々がきれいな水を手に入れることができるようにする」という使命を持つ企業を、一緒に共同設立した。本質的に、彼らは(水を手に入れるための)遠出をやめることを目指している。 彼らの研究と努力は、除湿器によく似た「大気水発生器」(AWG)システムの製造にたどり着いた。 その装置は、熱力学を使用して水滴を空気中から抽出し、水を濾過システムに通してきれいな飲料水をつくり出すものである。
マイケル・テイレス氏はシェア・インターナショナルのために、ジット・パテル氏とルトゥ・メータ氏にインタビューし、世界的な水危機に役立つことを望んでいる彼らの発明について話し合った。

SI(シェア・インターナショナル):どのように「大気水発生器」(AWG)に対する考えが浮かんだのですか。
私たちにその考えが閃いたのは、2017年の夏でした。数社のメディアの記事の見出しには、繰り返し書かれているテーマがあることに、私たちは気づきました。それは水危機でした。 ケープタウンのような大都市は水不足に直面していましたが、それは10年後に起こることではなく、今起こっていることでした。調査を行った結果、約10億人の人々が清潔な飲料水を手に入れることができず、国連によると、2025年までに人口の3分の2が水不足に直面することになります。何かをしなければならないことを実感した時、私たちは何百万人もの人々に清潔な飲料水を提供できる解決策を考え出すことにしました。

SI:「大気水発生器」(AWG)はどのように作動するのですか。
本質的に「大気水発生器」(AWG)が行うことは、空気から水を凝縮することです。 高温の湿った空気が冷たいコイルの上を通過すると、その空気中に閉じ込められた水分子を凝縮させます。凝縮された水は飲み水用に濾過されます。このプロセスは除湿器と同じです。

SI:1台の「大気水発生器」(AWG)で生産できる水の量は何リットルですか、また、その量をつくるのにはどれくらいの時間かかりますか。
現在、私たちは1日に20リットルの清潔な飲料水をつくり、汚染された水を飲む必要がないようにしています。 私たちが製品の研究開発を続けていく中で、この能力を向上させ、より多くの人々を援助することを目指しています。

SI:「大気水発生器」(AWG)が最高に有用性を発揮するのは湿度の高い地域のようです。より乾燥した気候下でも使用できますか。
現在、当社のシステムは湿度の高い場所で使用するように設計されていますが、40~50%の湿度でも使用できます。さらに研究を重ねることで、乾燥した気候下でも水を生産するシステム構築を目指しています。

SI:もし汚染レベルが高く空気の質が悪い場合は、その装置がつくり出す飲料水の品質に影響しますか。
汚染は間違いなく飲料水の品質に影響を与える大きな要因です。 汚染物質が空気中から侵入するのを防ぐための最も有効な解決法を決定するために、様々なエアー・フィルターをテストしています。バクテリアのような他の汚染物質は、水を浄化するのに役立つ水フィルターで処理されます。 私たちのフィルターは数カ月ごとに交換する必要があり、その手順はかなり簡単に学ぶことができます。 付属の取扱説明書には、これらのフィルターの取り付けと交換手順が段階的に示されています。

SI:その装置は、途上国にとって費用効率は高いですか。
現在、途上の国々の政府にいろいろな「大気水発生器」(AWG)を販売し、彼らが容易に導入して都市に普及することができるように検討しています。さらに必要な開発は、製造単価を大幅に削減し、これらの国々にとって費用効果が高くなることを保証することです。

SI:あなたはこれまでにどのような財政的または政治的支援を受けていますか。
われわれは、アントルプルヌール・シップ(Entrepreneurship:創造性のある起業家精神を持つ個人事業家)に対する財政的支援を、アルバータ州立大学、アルバータ・リンク(AlbertaLink)、アルバータ・エメラルド基金(Alberta Emerald Foundation)、およびコノコ・フィリップス(ConocoPhillips:世界6大石油企業)から受けています。

SI:あなたと仲間の学生は、学生・学者・ビジネスリーダーで構成される国際的な非営利団体エナクトゥス(Enactus)が主催する次回の「コンペ」で、このデザインを発表します。 過去の結果はいかがでしたか。
「コンペ」は2018年5月14日に行われます。われわれはアクア・シーラム(Aqua Caelum)と一緒に他の二つのプロジェクト、ヘンパクト(Hempact=小・中規模の企業・起業家へのサービス提供)とソーシャル・コミュニティー・コンサルタント(SoCo Consulting)をトロントのエナクトゥス大学(Enactus)・ナショナルコンペで発表します。

SI:あなたがインスピレーションを受けているこの道に沿って他の人が動くよう促すアドバイスはありますか。
私たちのアドバイスの一つとしては、いかなる解決策も大き過ぎたり小さ過ぎたりしないということです。 あなたが有益な何かを創造する可能性があると信じるなら、それを求めて行くべきです。世界は素晴らしいアイディアでいっぱいですが、成功するには行動が必要です。また、企業が成功する前には多くの間違いを犯しますが、そのことであなたが失望したり、諦めたりしてはなりません。 小さな努力のすべてが重要なのです。

詳細情報:www.aquacaelum.com

環境正義の追求

ジェイソン・フランシスによる ロバート・バラード博士へのインタビュー

ロバート・バラード博士は「環境正義の父」と説明されることが多い。博士はテキ サス・サザン大学で教鞭を取っており、都市計画と環境政策の特別教授である。 博士は、共著である『間違った保護方針──政府の災害対応がいかにアフリカ系アメリカ 人社会を危険にさらしているか(TheWrongComplexionforProtection:HowtheGovernment ResponsetoDisasterEndangersAfricanAmericanCommunities)』(2012)を始め、18冊の本を 著した。他の栄誉としては、ニューズウィーク誌は、2008年に博士を今世紀の13人の環 境指導者の一人として名を挙げた。ジェイソン・フランシスが、本誌のためにバラード博 士にインタビューをした。

シェア・インターナショナル(以降SI):あなたは どのようにして「環境正義の父」として知られる ようになったのですか。

ロバート・バラード:これは、早い時期に私に与え られたようなものです。私は数多くの研究や著作を生み出しており、1978年から、民族問題や環境問 題の周囲で発生している問題を概念化し定義しよ うと試みながら、地域の団体と共に活動してきま した。私は多くの要望を受け、多くの人が私に支 援と援助を求めました。人々が持つ問題や挑戦を引き受け、多くのコミュニティーを援助すること は、その説明がどのように展開するかということで す。それは行き詰まり、私が推進しようとしていた ことではありませんでした。

SI:あなたは「環境的人種差別」をどのように定 義しますか。
バラード:それは制度化された差別の形態であり、 人種、肌の色、出身国を元にした環境の法や規制 の適用に関して言えば、差別的待遇という結果に なります。それは、住居選択、投票、雇用におけ る差別と似ています。もし人種が、どのような保 護を得られるかを決定する最も重要な要因である 場合、環境的人種差別は、このような種類の差別 の基本的な要素です。つまり、環境的な不正義と いう形での環境的な人種差別です。

SI:あなたの代表的な仕事について、お話しいた だけますか。
バラード:約40年の間、研究、政策、市民活動へ の参加と有権者参加がありました。私が行った最 初の研究は、1979年のテキサス州ヒューストンの 黒人コミュニティーに関するものでした。アフリ カ系アメリカ人の多い中流階級の郊外地域に廃棄 物埋め立て地が位置しており、認可されていまし た。環境的差別を変え、公民権法を適用する最初 の訴訟のためのデータを私は収集しました。それ は、「ビーン対南西部廃棄物管理会社」という訴 訟でした。私の妻はこの事例の弁護士であり、私 は鑑定人でした。
1930年代からこの訴訟が起こされた1978年まで、 市有の埋め立て処分場の100%が、黒人の多い地域 に隣接していました。八つの市有の焼却場のうち の六つ、四つの私有地の埋め立て処分場のうちの 三つが、その同じ期間内に黒人の多い地域に隣接 していました。「ビーン対南西部廃棄物管理会社」は、黒人は人口の25%を占めていたにすぎないの に、ヒューストンで処理された全廃棄物の82%が黒 人の多い地域の近くに送られたことを明らかにし ました。
その研究と訴訟から、もしこれがヒューストン で起こっているのなら、おそらく南部の他の地域 でも起こっているのではと、私は考えるようになり ました。私は研究をヒューストンから拡大し、テ キサス州のダラス、バトンルージュからニューオー リンズにかけてミシシッピ川に沿って広がるルイジ アナの『がん回廊』、世界で最も有害な埋め立て処 分場のあるアラバマ州のエメルまでを含めるように しました。
私はウェストバージニア州に行き、施設内の黒 人コミュニティーに位置する化学工場を見ました。 その当時は、ウェストバージニア州に黒人がいる ことを、多くの人は知りませんでした。この会社 は彼らを見つけ、1950年代に彼らのコミュニティ ーの中ほどに工場をつくりました。
私たちがアメリカ南部で起こっていることを調べ、基本的に発見したことは、南部の黒人コミュ ニティーは環境汚染の不公平な負担を負っており、 有害な人種差別が現実であり継続していたことで した。こうして私は、『南部諸州への廃棄 (Dumping in Dixie)』(1990)という本を書いたので す。私は研究を南部からアメリカ全体に拡大し、 『不平等な保護──環境正義と有色人種の社会 ( Unequal Protection: Environmental Justice and Communities of Color)』など、この問題を調査する 他の本を書きました。

国民的、国際的運動になる

SI:あなたの活動は、その後、どのように進展し たのですか。
バラード:1991年に、私たちは最初の「全国有色人種環境リーダーシップサミット」を開催しまし た。キリスト連合教会に所属するベンジャミン・ チャビス博士が各団体を結集させました。50州の すべてと少なくとも6カ国からの代表団が参加し ました。(チャビス博士は、マーチン・ルーサー・キン グ・ジュニア牧師のアシスタントを務めた公民権運動 の指導者である。サミットの代表団は、環境正義運動 の礎となった環境正義の17の原則の草稿を作成し採択 した)
1992年に、私たちはリオデジャネイロの地球サ ミットに向けて準備した環境正義の原則を採用し ました。地球サミットに行くまでに、私たちの原 則は六つの言語に翻訳されました。1992年から、 パリ、マラケシュ、ボンを始め、国連の主要な気 候サミットの度に環境正義の代表団を派遣し、世 界で何が起きているかを見てきました。
環境正義と環境的人種差別はアメリカの小さな コミュニティーで始まったものですが、こうした問 題を調査する際に、その枠組みは世界中に適用で きます。地球温暖化の影響があり、最初に汚染さ れ、それが最もひどく最も長く続いたコミュニティ ーは、発展途上国か、地球温暖化に最も影響を与 えていない貧しい国の貧しいコミュニティーにあり ます。その状況は、アメリカと同様です。私たち の環境正義の枠組みは、1992年のリオのサミット で拡大され、現在地球規模で起こっていることを 見るようになりました。

SI:長年の間に、環境正義の運動はどのようにし て統合され、成功していったのでしょうか。
バラード:環境正義の運動は、自分たちだけの小 さな孤立した奮闘から、地元の指導者が生まれ、 国民的、国際的な運動の一部となるまでに成長で きました。
1978年にヒューストンで、私たちは公民権や環 境などの、どの団体からも援助を受けていませんでした。しかし今日では、環境正義の運動は、公 民権、人権、環境、宗教的活動、教育などの運動 を包含しています。環境正義のパラダイムという 考え方は、現在では、法科大学院、公衆衛生大学 院を含む、あらゆる種類のコース、カリキュラム、 プログラムを持つ大学で教えられています。私た ちは、そのような形で入り込んでいったのです。
あなたがもし、1994年にクリントン大統領が発 令した環境正義に関する行政命令の後での、そし て1970年に成立した国家環境政策法の下での(「人 間環境の質に著しく影響を与える」連邦政府の行動案 に必要な)環境影響評価書を見れば、それらすべて の分析と報告書について、現在では環境正義のア セスメントと分析を行う必要があることが分かる でしょう。
歴史的に取り残され、必要な人に資金が適正に 割り当てられていないコミュニティーの地域計画 や災害対応を見てみると、環境正義の枠組みが、 今では政府組織や非政府組織や宗教的活動を行う 団体の活動の一部となっているのです。たとえ枠 組みがそこにあっても、それがどのように実現され ているかは、場所によって異なります。
環境正義の考え方はアメリカで生まれたもので すが、今では世界的な運動となっています。貧し い人々や有色人種に関係があるか、もしくはある 種の特性や不利益に基づく、環境的な問題や困難 のある場所で、環境正義の枠組みが適用されてい ない場所を見つけることは困難です。認可が与え られた場合、このような種類の分析や枠組みが考 慮されるようにする上で、この運動は大きな影響 があります。
最後に、この運動の最も大きな影響は、草の根 活動を援助し支援することであり、またこのよう な奮闘をしているコミュニティーが、地元のコミ ュニティーの外で、支援し資金調達を助けてくれ るような弁護士、専門家、科学者に関して、援助を受けられることを明確にすることです。

SI:2012年のビバリー・ライト博士とあなたの共 著『間違った保護方針』の中で、アメリカの自然 災害や人災で地元のコミュニティーに対して政府 がどのように反応したかを、あなたは調査しまし た。何が分かったのですか。
バラード:私たちは、1927年のミシシッピ大洪水 から2010年のメキシコ湾でのBP(ブリティッシュ・ ペトロリアム)の原油流出事故に至るまでの災害を 調査しました。ハリケーン、洪水、干ばつ、産業 的な流出事故などです。そこで分かったことは、そ の80年間で、地元の自治体や政府(州、連邦)は、 すべてのコミュニティーに同じように反応したわけ ではないことです。農家であれ、中小企業であれ、 在宅勤務者であれ、誰がお金を持っているか、ど の団体が政治的影響力を持っているか、どの人種 や民族に属しているかによって、自治体や政府の 反応は違っていました。
つまり、自治体や政府の反応に関しては、特に 復興の場合、お金のある所にお金が集まり、力の ある所にお金が集まることが多いのです。通常お金 は、復興用機器をそろえるために政治的影響力を 持つ所に集まります。最初に立ち直るコミュニテ ィーが資力を持つコミュニティーであることは、何 も驚くにあたりません。そして場合によっては、災 害復興において、大きな被害に苦しんでいないコ ミュニティーが、書かれた規則に従って追加の資 金を得る結果になります。
置き去りにされた脆弱なコミュニティーは、災害 に直面したことで、さらに置き去りにされ、災害 によって貧困に投げ込まれます。貧しい人々は、 より貧しくなります。災害の発生後、復興が軌道 に乗り始めると、お金を持つ人がお金を持たない 人に対して競争するようになります。どちらが勝ち そうなのか、予想できるでしょう。住宅不足、生活必需品の値上がり、賃料の上昇、希少な資源に 対する競争によって、経済的に不利な人、つまり 貧しい人、高齢者、子供のいる家庭、病気の人な どが、さらに経済的に不利な立場に置かれます。 それが、80年にわたる自治体や政府の災害への反 応で分かったことです。ヒューストンのハリケー ン・ハービー、フロリダのハリケーン・イルマ、バ ージン諸島とプエルトリコのハリケーン・マリアな ど、昨年の災害では、同じパターンが大規模に続 いていました。

SI:環境正義の運動は、将来はどうなるのでしょ うか。
バラード:環境正義の運動は、継続しており健在 です。運動の根幹にあるのは、それが世代を超え ていることです。環境正義の運動は、もっと大き な環境運動の一部であり、若者や学生を引き付け る大きな力を持っています。環境保護主義や人口 動態の変化、正義と公平を私たちのすべての運動 に導入することを話すとき、私にとって、環境正 義の運動はこの国の未来となるでしょう。その運 動が環境問題であれ、投票問題であれ、刑事司法 制度に係わる問題であれ、私たちの環境正義の枠 組みは、この国だけでなく、世界の広い地域にお いて、数多くの運動に置き換わり、引き継がれて います。

詳しくは次のウェブサイトを参照してください。 drrobertbullard.com

 

移民危機の最前線で──ギリシャのレスボス島での生命救助活動

シェレーン・アブデル・ハディ・テイレスによるランス・ブシェ氏へのインタビュー

移民の国際化はグローバル化した世界の必然的な結果である。しかし、グローバルな発展に貢献するという積極的な影響力は、しばしば誤解とか曲解、政治上の公開討論の場における加熱した議論によって削がれる。

移民国際機構(IOM)によると、現在、約2億5,000万人の移民が世界に存在する。彼らの圧倒的多数は、完全に通常の方法でホスト国に移ってきて留まっている人々である。移民たちがホスト社会に経済的かつ社会的にマイナスの影響を与えているという一般的な見解は思い違いである。移民たちが良い生活を求めて故郷を離れることを選んだことで、ホスト国の地域社会から仕事を奪い、その地域社会の社会資源を脅かすと考えるのは神話にすぎず、真実からほど遠い見方である。IOMによると、変則的な移民を含む、あらゆる職種レベルの移民がホスト国に、彼らの所得の約85%の経済的貢献をしており、彼らが受けるサービスのコスト以上の税金を払っている。加えて、彼らは送金という形で収入のおおよそ15%を故郷に送っており、発展途上国の経済発展に貢献している。恐怖ではなく事実に基づくことが、移民政策上肝要であり、移民たちが彼らの社会にしている肯定的かつ本質的な社会的、経済的、そして文化的な貢献に光を当て、評価すべきである。
移民は、そこで繁栄するためではなく生き残るために、自分たちの命や子供や家族の命へのリスクを抱えて、住み慣れた故郷から逃れて来る。彼らは、習慣や言語や持ち物や友人たち、またしばしば家族さえ、すべてを置いてくる。そして、彼らの新しい土地に安全に到着するのを援けると約束する密輸業者に、あらゆるものを差し出してしまう。もし彼らが新しい土地への危険極まる旅を何とかして終えると、彼らは、生活環境がみじめで過剰人口で安全ではないキャンプに留め置かれる。
ギリシャでは2016年以降、移民数が急増し、毎日200人が押し寄せ、その40%が子供であった。2018年2月に、エーゲ海の諸島連合の法律家たちは、隣国トルコを経てやってくる難民や移民の強制的拘束に反対を表明した。
ランス・ブシェ氏はカナダの軍隊にほぼ20年間勤め、また約30年間カナダのアルベルタ河川保安消防署に勤めた。2016年に彼は、トルコ経由でやって来る移民を救済すべく、ギリシャのNGOの国際緊急対応センターを支援するために、レスボス島に7週間配置されるカナダ救済専門チームを立ち上げた。2017年にこのグループは、再び配置され、移民が可能な限り安全に到着することができるように、移民の生命を保護するための人道的支援団体、カナダ海洋救助支援国際機構(CMRAI)を組織した。CMRAIは、2018年度ノーベル賞受賞候補の63団体の一つである。シェレーン・アブデル・ハディ・テイレスがランス・ブシェ氏に、シェア・インターナショナルのためにインタビューした。

シェア・インターナショナル(以降 SI):あなたいかにして移民船であることを調査し判断するのか、また、移民船であると判断した場合、何をされるのかを述べていただけますか。
ランス・ブシェ:日中に私たちは訓練と船の管理とを行います。夜間に私たちの船は深夜から日の出までの間、移民船についてパトロールをいたします。私たちは移民船を様々な方法で発見します。移民船が恒常的に到着する地域の海域を見渡せる双眼鏡と夜間観察用装置を使って探索する海岸専門のチームがあります。船には双眼鏡と共に赤外線装置や海岸およびギリシャ沿岸警備隊(HCC)と船との間で連絡し合う無線電話機が装備されています。そして、調査にとって肝心なことは、エンジンを切って、人々の声を聞き取り、モーターボートのエンジン音を聞くことです。
移民船を調査するときには、沿岸警備艇が私たちの許可を得て船舶に近づき、移民たちが海岸に上陸する際に、崖や岩などの危険な地域に近づかないように誘導します。

SI:ギリシャでの救援活動をしている他の組織がありますか。
ブシェ:ギリシャ沿岸警備隊(HCG)やヨーロッパ国境沿岸警備機関「フロンテックス」の委託を受けた団体がありますが、それらのほとんどは、非専門家集団の混成体であり、NGOです。しかし、一旦それらHCGやフロンテックスの乗組員が私たちと共に働くとなると、彼らの活動レベルは向上し、頻繁に私たちのチームと無線ラジオで交信し、私たちの仲間になります。私たちはまた、この地域を管轄するNATOの軍艦とも共同で働き、その際、コールサインを使って情報を共有しています。

SI:ギリシャに到着した人々にとって避難者のための環境はどのようなのでしょうか。
ブシェ:キャンプは人でごった返しており、避難のためにどれだけ時間がかかるかは定かではありません。ギリシャの避難民キャンプの一つであるモリアの場合、私たちが島にいた間の2017年に、火事が起ったり、数回の抗議行動があったりしました。HCGが難民たちをどういう風に上陸させるかを決めると、難民(移民)たちは最寄りの港に上げられ、いわゆるステージ2の段階になります。これは、NGOによって、医療処置や洗浄や衣類贈呈などの運営がされる臨時キャンプになります。モリアで政府による書類作業が始まり、それが終了するまで、彼らはステージ2の段階に置かれます。

SI:あなたは、レスボス島に移された移民たちの環境が悪くなっていると思われますか。
ブシェ:ええ、キャンプの環境は悪くなっています。ここは人であふれており、現状のシステムを超えて移民たちを何とかしようという動きはありません。移民船の到着数は2015年の危機時と比べて減少していますが、70人以上という過剰な人や物を乗せる(難民用の)ゴムボートはなくなってはいません。その上、密輸船が横行しており、高速船を使って国境を越え、発見されにくい最悪な場所に難民を降ろしています。誰かに発見されるまで、難民は真夜中に海岸に放置されているのです。行き場のなくなった人々のために毎朝、北に面した長い海岸線を探索し救出するのがNGOの仕事になっています。真夜中に海峡の国境線に沿ってパトロールするのは、HCGでもフロンテックスでもなく、NATOの仕事です。

SI:際立ったものだと思われる何か特別な事例がありますか。
ブシェ:今年の夏、すなわち2017年7月に私がそこに居合わせたのですが、私たちは多数の難民を救助いたしました。私の子供と同年齢の二人の年少の子供に関与した時がそれです。私たちは午前3時にNATOの軍艦からの通報で、海岸にたどり着いたばかりの難民の救助に向かいました。海岸のチームがこれに呼応した結果、二人の年配の男性と一人が傷を負っている年老いた二人の女性と、二人の6歳の子供以外の難民たちは、危険な岩から離れることができました。HCGからの接触許可を得るのに1時間ほど遅れた後で、私たちは岩場をくぐり抜け海岸へと救助船を操縦いたしました。二人のボランティアが、濡れて凍えている男性と子供たちを注意深く船へと運びました。彼らは最後に、一人の女性と傷を負っている女性を注意深く乗船させました。恐怖におびえる子供たちの顔を見た時のことを決して忘れることができません。彼らはひどく恐怖に満ちた様子をしており、なぜ、何が起こったのかを全く理解していませんでした。私は彼らをなだめ、毛布に包み、船の操縦席にいる私の後ろの席に座らせました。真夜中のしじまの中で私たちは難民たちを、沿岸で待っている、これまでとは全く異なる雰囲気を持つフロンテックス船に運びました。フロンテックスの職員は子供たちをなだめたり落ち着かせたりすることがなかったため、子供たちのストレスレベルが高まりました。このことはとても悲しいことでしたが、どうすることもできず、私たちが救助し、慰め、励ました彼らがヨーロッパに無事に着くように祈ることしかできませんでした。

SI:何かほかに加えることがありますか。
ブシェ:カナダ海洋救助支援国際機構(CMRAI)は、カナダ出身の救助専門家によって設立された組織です。私たちは、行動力に限界があり、訓練を必要とし、救助船操作の支援や活動資金を必要とするNGOを引き続き支援していきたいと思っています。私たちは、これからも使命を果たし、直接命を救い、移民危機の防波堤になるための資金的援助や資金提供者を求めています。集められた支援金は、保険金、(難民の)収容施設、そして私たちが支援するNGOの装備や必需品に使われます。