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地雷や結核を発見するネズミ

ジェイソン・フランシスによるクリストフ・コックス氏へのインタビュー

 ベルギーの登録NGOで米国の非営利団体であるAPOPOは、地雷や結核を発見できるようにアフリカオニネズミを訓練している。APOPOはタンザニアを拠点としており、タンザニアのモロゴロ市で訓練を実施している。
 60を超える国が過去の紛争による地雷に悩まされている。毎年1,000万の人々が結核に感染し、100万から200万の人々が亡くなっている。1997年にこの団体が設立されてから、「ヒーローラッツ(英雄ネズミ)」という愛称のネズミたちは14万個を超える地雷を発見した。ネズミたちはまた、病院が見逃した2万2,000件を超える結核の活動性感染の症例を特定し、同時に17万件を超える潜在的感染を防止した。クリストフ・コックス氏はAPOPOの最高責任者で共同設立者である。ジェイソン・フランシスが本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):APOPOの共同設立者であるバート・ウィートジェンス氏は子供の頃にネズミを飼っていたことがあり、隠した餌を見つけるようにネズミを訓練していました。このことが、地雷や結核を発見するためにネズミ、特にアフリカオニネズミを訓練するというアイディアにどのように発展していったのでしょうか。
 クリストフ・コックス:私たちは工業デザインの学校[アントワープ大学]に一緒に入学しました。創造的なアイディアを思いつくことは、常に私の学生生活の一部でした。バート氏は地雷問題に深い関心を抱いていました。そのため、彼は地雷問題を分析し、地雷の発見が本当のボトルネック(障害)の一つであることを、私たちは知りました。なぜなら、地雷の発見には時間と費用がかかり危険だからです。彼はあらゆる検出方法の可能性を検討しました。ネズミは非常に優れた嗅覚を持っているため、訓練が可能であることが知られています。バート氏は、アントワープ大学で齧歯類の生態学を専門にしているロン・ヴァンハーゲン教授に相談し、教授からアフリカオニネズミを使うようにアドバイスを受けました。
 アフリカオニネズミがこの仕事に選ばれたのには、いくつかの理由がありました。アフリカオニネズミは土中に物を貯める習性があり、埋めた食べ物をよく探します。アフリカオニネズミは最大で8年生きますが、より小さなネズミはわずか2、3年しか生きられません。また、アフリカオニネズミは穏やかな動物であり、飼い慣らすことができます。他の多くのネズミは神経質な生き物です。そして、アフリカオニネズミを育てて飼育することが可能だとすでに証明されています。その大きさから、アフリカオニネズミは食用にされ、繁殖のために飼育されることがあります。

S I:これまでに、どのくらいの数のネズミが飼育され、地雷や結核を発見する訓練を受けているのでしょうか。

コックス:現在、少なくとも300匹のネズミがいます。過去5年間で78匹のネズミを訓練してプログラムに投入しました。26匹が結核の発見のためで、52匹が地雷の発見のためです。

地雷を発見する

S I:ネズミが受ける訓練の内容について説明していただけますか。そして地雷の発見と結核の発見で、訓練の内容はどのように違いますか。

コックス:ネズミが生まれた後、約10週間、母親と一緒にします。以前はもう少し早く引き離していましたが、今ではもう少し時間をおくようにしており、ネズミはより強くなります。次に社会化の訓練を開始し、あらゆることを行います。例えば、ネズミをオートバイに乗せた後でトラックに乗せます。また、ラジオの音を流し、ネズミをラジオの上に乗せます。ネズミは、人が近くにいることや、様々な音、環境の刺激に慣れる必要があるのです。およそ3週間後には、「クリック訓練」を開始します。私たちは[小さな携帯用の機器を使い]クリック音を鳴らし、食べ物の報酬を与えます。この過程を繰り返します。これは、地雷発見の訓練を受けるネズミの場合も、結核発見の訓練を受けるネズミの場合も同じです。次に識別の訓練を始めます。ネズミはクリック音を聞くためにあることをしなければなりません。
 地雷の発見には、紅茶を中に入れてカップに浸して作る「ティーエッグ」(小さな金属の卵型容器)を使います。ネズミは「エッグ」を発見したときにだけクリック音を聞きます。その「エッグ」はTNT(トリニトロトルエン──比較的安定していて扱いやすい爆発性の物質)の臭いがします。次にネズミは食べ物を与えられます。その次には複数の「エッグ」があり、その中の一つだけがTNTの臭いがして、他は別の臭いがします。ネズミはTNTの臭いのする「エッグ」を発見したときにだけクリック音を聞きます。ネズミは特定の臭いによってクリック音を聞き、食べ物の報酬が得られることを理解します。結核に関しては、ネズミは中性または陽性の喀痰(喀出された唾液と粘液)の検体が入ったケースの中に入ることになります。
 次に、地雷を発見するネズミにとっては、さらに難しくなります。私たちは、面積が狭く目標物が地面の上にある訓練用の地雷原にネズミを連れて行きます。徐々により広く、目標物が土中さらに深く埋まっているような訓練領域にネズミを連れて行きます。9カ月から1年経過すると、ネズミはさらに広い領域でより多くの(5個、7個、10個の)地雷を発見しなければならず、1個でも見逃すことは許されません。それから、ネズミは他の国に送られ、私たちの地雷原で使用している地雷とは種類が違う可能性のある現地の地雷で訓練を受けます。数週間後には、ネズミは地雷除去の責任を負う地元当局の管理下に移されます。ネズミが「合格」すると、「地雷発見ネズミ」として認定されます。ほとんどのネズミは合格します。

S I:ネズミはどの国で地雷の発見の仕事をしていますか。

コックス:私たちは現在、アンゴラ、ジンバブエ、モザンビーク、カンボジア、南スーダンで活動しており、ちょうどトルコでも活動を始めたところです。

S I:地雷の発見において、より伝統的な手法を併用しながら、ネズミをどのように使用するのかについてお話しいただけますか。

コックス:常に伝統的な手法を併用しながら、ネズミを使用します。ネズミが地雷の存在を示すと、訓練担当者は地面に目印を置きます。次に別の人が金属探知機を持ってきて、正確な位置を確認します。そして、地雷を掘り出します。ネジ回しドライバーのような道具で探査を開始し、土をほぐし、地雷を除去します。地雷は運び去られ、爆発処理されます。

S I:金属探知機だけを使う場合に比べて、地雷の発見においてネズミの助けを得ることには、どのような利点がありますか。

コックス:ネズミはテニスコートの大きさの領域を40分で調査することができます。これは手作業では最大で4日かかる作業です。場所によって異なります。地雷原では、以前の爆発による無数の金属片がある場合があるからです。金属探知機が検知音を鳴らすたびに、作業員は手順に従う必要があります。ブラシと小さなシャベルを使い、金属片を露出させ、取り除いて箱に入れ、金属探知機のところに戻って再び探査を行います。信号がなくなると、作業員は先に進むことができます。金属探知機が誤った結果を出すのは、本当によくあることです。ネズミは金属物ではなく、爆発物だけを嗅ぎ出すように訓練を受けています。

S I:ネズミは地雷を発見したことを担当者にどのように知らせるのですか。

コックス:地雷の上を軽くこすります。そして約3秒間立ち上がり、地雷を発見したことを担当者に知らせます。

結核を発見する

S I:医学的な検査だけではなく、結核の発見の補助にネズミを使うことが、なぜ重要なのですか。

コックス:現在では、1年に1,000万件の結核の症例があります。アフリカのサハラ以南地域では、これらの症例のおよそ50%だけが結核と診断されています。そのため、多くの人がそれと知ることなく結核に感染しています。多くの場合は、診断能力の欠如が原因です。その上、既存技術は、1982年から大きく変わらない顕微鏡検査です。顕微鏡検査では、およそ20%から60%の症例を発見することができます。HIV陽性の患者に関しては、発見率はおよそ25%です。つまり、ある人が病院に行くと、実際には陽性であっても陰性であると言われることが4回に3回は起こるのです。
 そしてPCR 検査(ウイルスの遺伝物質を検出するポリメラーゼ連鎖反応)の手法があります。PCR機器はより高価であり、高度なメンテナンスを必要とします。世界のこの地域[アフリカ]では、PCR機器の約40%が機能していません。
 ネズミは発見の速度がとても早いです。例を挙げますと、私たちは55の病院で活動しており、タンザニアのダルエスサラーム市において、私たちの検査機器ではすべての痰の検体を収集します。ネズミは、帰宅してもよいと言われた多くの患者の陰性の検体を検査し、その中から陽性が発見されます。私たちは発見率を約40%増加させました。病院は100の検体から10から15の陽性を発見します。そしてその内の85から90の陰性の検体から、病院が見落とした追加の5から6の陽性を特定します。重要なことは、私たちは伝染を防ぐ手助けをしていることです。というのも、すべての患者が1年に10人から15人、他の人を感染させる可能性があるからです。

S I:APOPOでは、どの国や都市で結核検査を実施していますか。

コックス:結核に関しては、モザンビーク、タンザニア、エチオピアで活動しています。主要な業務はタンザニアで行っており、そこには二つの研究所があります。

S I:APOPOでは、何回の結核検査を行いましたか。

コックス:79万を超える検体を検査しました。

S I:APOPO では、ネズミの訓練を別の分野での発見にまで拡大していますか。

コックス:私たちは現在、ブルセラ症の発見に取り組んでいます。ブルセラ症は、殺菌処理されていない牛乳を飲むことから感染する世界のこの地域における別の感染症です。私たちは、土壌の汚染物質の検出や野生生物製品に注目しています。東南アジアを中心に、違法な野生生物製品の取り引きが大規模に行われています。また、地震後に生存者を発見するようにネズミを訓練する興味深いプロジェクトも実施しています。そのために、ネズミ用の小さなカメラを備えたハイテクのバックパックを開発しました。ネズミは人間の匂いを嗅ぐことができ非常に小さいために、瓦礫をくぐり抜けて大人が行くことのできない瓦礫の下に行くことができます。

ヒーロードッグ(英雄犬)

S I:APOPO では地雷の発見のために犬の訓練も行っていますが、その仕事について少しお話しいただけますか。

コックス:ベルジャン・マリノア種の犬は、何かを嗅ぎ出したと同時に後ろに下がるように訓練されています。犬が地雷の上を歩いて地雷を起動させることはまず起こりません。私たちは、主に技術的な調査の役割のために犬を使用しています。そのために、訓練手順を新たに開発しました。犬は最大で40メートルの距離をまっすぐに歩いて戻ることができます。もし犬を使わなければ草むらを通過する必要があり、重い草むら用カッターを使うことになり高額な費用がかかります。私たちが犬を使うのは、犬は何とかして草むらの中を進むことができるからです。もし地雷帯を発見できたら、次にネズミを使用した除去作業を開始することが可能になり、ほとんどの場合、狭い領域で小規模な探索を行います。犬にはカメラやGPS機器や通信機器を備えたバックパックを取り付けることができます。私たちは、犬が探索した全行程の軌跡を示し、どこに地雷がある可能性があるかを示す地図を見ることができます。

動物愛護

S I:APOPOは動物の世話をする上で、動物の健康と福利を重視しています。あなた方がお世話をしているネズミの生活についてお話いただけますか。

コックス:それはパフォーマンス(仕事ぶり)のためだけではなく、非常に大切なものです。良い結果を出す健康的なネズミが欲しいと思います。ストレスでいっぱいの動物が欲しいとは思いません。私たちはみな動物が好きです。私たちのネズミは訓練担当者が毎日検査しており、獣医が毎週検査しています。ネズミにはケージの外で遊ぶ時間があります。ネズミが引退するとき、私たちは引退小屋を提供し、おもちゃで遊べるようにします。私たちのネズミは野生のネズミよりも長生きします。

S I:ネズミは地雷を爆発させるには軽すぎます。それはネズミが地雷の発見に向いている理由の一つでもあります。犬は地雷を感知したときに、ネズミが訓練されているように土を引っかくのではなく後退するように訓練されています。それでも、犬には爆発事故の危険性がありますか。それとも、犬の安全は地雷原において最優先でしょうか。

コックス:もちろん、危険は常にありますが、機器操作や地雷除去の担当者にとっても変わりはありません。私たちは厳格な手順に従っており、私たちの動物に関して、地雷事故は今までに一度もありません。

S I:APOPOの資金はどちらから提供されていますか。

コックス:資金は様々な源から提供されています。主な財源は基金やチャリティーです。また、一般の方の寄付も大きな財源です。一般の方はネズミを「養子」にして、ネズミの仕事内容の情報を得ることができます。それらは小さな寄付ですが、私たちの収入のおよそ10%になります。別の主要な財源は政府からの資金です。連邦政府は、ジンバブエでの私たちの地雷除去事業を援助しています。私たちが除去作業を行っているのは37キロメートルの地雷原で、1キロメートル進む間に約2,000個の地雷があります。この地雷原は、南アフリカのクルーガー国立公園とモザンビークのリンポポ公園に隣接したゴナレズハウ国立公園にあります。この国境をまたいだ公園は、世界最大の公園の一つです(7,576平方マイル)。そこは広大な野生生物の領域です。私たちは象の回遊回廊を安全なものにしようとしており、そうすれば人間だけではなく動物の安全保障にも貢献し、エコツーリズムを開始するきっかけになります。

詳しくはwww.apopo.orgを参照してください。

すべてのアメリカの労働者のための適正な賃金

ジェイソン・フランシスによる
サル・ジャヤラマン氏へのインタビュー

 サル・ジャヤラマン氏は、サービス業界での適正な賃金を求めて活動している米国の非営利推進団体「一つの公正賃金」の代表である。サービス業界では、顧客からチップを受け取る労働者に最低賃金未満の賃金しか支払われないことがよくある。「一つの公正賃金」は、労働者と雇用主を組織し、調査を実施し、本を出版し、この問題に関する映画を制作している。この団体ではまた、すべての人に最低賃金以上の支払いを保証する法律の制定のために立法者と会合を持っている。サル・ジャヤラマン氏の著作には、全国的なベストセラーである『キッチンドアの向こう側で(Behind the Kitchen Door)』(2013年)の他、『一つの公正賃金──アメリカで最低賃金未満の支払いを終わらせる(One Fair Wage:Ending Subminimum Pay in America)』(2021年)などがある。彼女は弁護士であり、カリフォルニア大学バークレー校にある「食品労働研究センター」の所長である。CNNは、彼女を「トップ10のビジョナリーウーマン」の一人に挙げた。ジェイソン・フランシスが本誌のためにサル・ジャヤラマン氏にインタビューを行った。

奴隷制の遺産

シェア・インターナショナル(以下SI):米国政府は企業に対し、従業員が顧客からチップを受け取る場合に、連邦最低賃金の時給7.25ドルではなく、時給わずか2.13ドルを従業員に支払うことを許しています。チップを受け取る労働者に、チップの他に満額の賃金ではなく最低賃金未満の賃金を支払うという考え方はどこから来たのでしょうか。

サル・ジャヤラマン:それは奴隷制に由来します。封建時代のヨーロッパで始まったものです。チップは常に、賃金に加えて支払われる追加またはボーナスでした。チップは奴隷解放(1860年代の奴隷制廃止)の直前に米国に入ってきました。レストラン業界は黒人のアメリカ人を雇いたいとは思っても、何も支払いたくありませんでした。つまり、基本的に奴隷制を継続し、チップだけで生活させるということです。1938年に、ニューディール政策(大恐慌の影響に対処するためにルーズベルト政権が創設した一連のプログラム)の一環として、誰もが初めて最低賃金を得ました。ただし、チップにより満額の最低賃金以上を得ている限り賃金はゼロである、と告知されたチップ労働者を除きます。過去150年の間その慣行が維持されてきたのは、全米レストラン協会のロビー活動のためでした。

S I:有色人種の労働者は、最低賃金未満の賃金から現在どのような影響を受けていますか。

ジャヤラマン:アメリカには1,400万人のレストラン労働者がいて、約60%がチップを受け取っています。そして、チップを受け取る労働者のうち約3分の2が女性であり、有色人種の女性が不釣り合いに多く、チップ収入がはるかに少ないカジュアル・レストランで働く傾向にあります。しかし、たとえ男性のウエイターの方が多い高級レストランで働いていたとしても、客の暗黙の偏見のために、収入は男性、特に白人男性よりも少なくなるでしょう。そのため、「チップ労働者」(女性や有色人種の女性)が大部分の収入としてチップを当てにすると、たとえ有色人種の労働者がより良いサービスを提供したとしても、白人により多くのチップを支払う顧客の偏見の影響を受けます。

S I:受刑者を安い労働力として利用することについてお話しいただけますか。

ジャヤラマン:連邦刑務所や州刑務所に収監中の労働者は、しばしば働くことを要求されます。刑務所の独房の清掃のような刑務所内部の作業をすることもありますが、民間企業や他の州機関で働くように求められることも多いです。例えば、カリフォルニア州では山火事が増加しています。消防労働力の3分の1を受刑者が占めており、山火事と闘うために時給11セントが支払われています。これは非常に危険な作業です。
 次に、連邦刑務所や州刑務所の受刑者が、ビクトリアズ・シークレット[婦人服小売企業]から始まって電話会社や公園用ゴミ箱の製造企業に至るまで、民間企業で働くように求められる場合があります。そして、そうでなければ満額の最低賃金の労働者がすると思われる仕事を、時給1ドル未満でするように求められます。
 これは、奴隷制の直接的な遺産です。これは、奴隷制を禁止しながらも投獄された場合には奴隷制を認めるという、1865年に可決された米国憲法修正第13条の例外事項に由来します。その結果、多くの民間企業や州政府機関が安価な労働力から利益を得ることになりました。それは安い労働力ですらありません。時給11セントの支払いでは、ほとんどただ働きです。

S I:アメリカでは、どのくらいのサービス労働者がチップに依存していますか。そしてどのくらいの種類のサービス業の雇用でチップを受け取っていますか。

ジャヤラマン:600万人から700万人くらいの労働者です。その大多数の約75%がレストラン業界の仕事に従事しており、接客係、バッサー(給仕助手)、バーテンダーなど、あらゆる種類の労働者です。チップ労働者の残りの25%は、ネイルサロンや洗車場で働いたり、駐車場係員や空港係員として働いたり、美容院などで働いたりしています──顧客一人ひとりに対応する、いわゆるパーソナルサービス労働者として働いています。[バッサーの定義:汚れた皿を片付け、レストランのテーブルを整える人。ウェイター助手]

S I:最低賃金未満の賃金は、他の雇用分野にも拡大していますか。

ジャヤラマン:Apple Pay(アップルペイ、支払いをデジタルで行えるアプリ)は、以前はチップがなかった多くの新しい環境にチップを拡大しました。
 今では小売店や飛行機に足を踏み入れると、Apple PayやiPad(アイパッド)で支払いを求められ、自動的にチップの金額を尋ねられることも多いです。新分野へのチップの導入の結果、このような新分野の一部の雇用主がレストラン業界を見習いたいと思うようになりました。雇用主はこう言います。「雇用者がチップを受け取っている限り、最低賃金未満になってもいいはずだ」と。ですから、以前は決して賃金を最低賃金未満にすることのできなかった喫茶店が、今ではそのような額の賃金を支払おうとしているのを目にします。航空会社でさえも、客室乗務員に最低賃金未満の賃金を支払おうとしています。客室乗務員は今では、iPadでチップを受け取りながら食べ物の注文を受けるようになっているからです。

S I:「ギグワーカー」、つまり直接の従業員ではなく独立した請負業者やフリーランスと見なされる労働者についてはいかがでしょうか。

ジャヤラマン:一部のギグ企業もレストラン業界を見習おうとしています。これは、ドアダッシュやインスタカート(食品配達企業)に見られます。これらの企業は、過去数年にわたり様々な時期に、チップの受け取り額に応じて労働者への支払いから差し引くという方針を取っていましたが、その方針は二転三転しました。ウーバーやリフト(配車企業)もおそらく同じような慣行に従っている、と言っていいでしょう。

S I:受け取ったチップを給与に追加した金額が最低賃金に満たない場合、雇用主は従業員に補償する必要がありますか。

ジャヤラマン:これが法的な必要条件です。オバマ政権は、チップ労働者の最低賃金にまつわる規則に関して今までで最高レベルの法執行を行い、これらの規則の遵守に関するレストラン雇用主の違反率は84%と判明しました。その後、米国労働省の訴訟長官はこの制度を執行不可能であると宣言し、唯一の実行可能な制度として、「一つの公正賃金」(チップを別にした満額の最低賃金)への呼びかけを公に開始しました。

搾取

S I:チップを受け取るサービス労働者が耐えなければならない搾取と虐待について、お話をしていただけますか。それはどのくらいよくあることですか。

ジャヤラマン:キャサリン・マッキノンという法学教授の方がいます。彼女は、性的嫌がらせ(セクシュアルハラスメント)に関する国内有数の専門家であり、性的嫌がらせの米国での違法化を支援しました。チップ労働者は、チップを受け取るために非常に多くのことを許容しなければならないため、性的嫌がらせの割合がどの業界よりも高いと彼女は主張しました。軍隊を含め、彼女がこれまでに研究したどの業界よりも高いのです
 私たちの調査によると、チップに加えて満額の最低賃金が必要である七つの州では、その業界での売上高、雇用の成長率、中小企業の成長率が高いだけではなく、性的嫌がらせの発生率が半分でもあります。キャサリン・マッキノン氏は、彼女のライフワークである性的嫌がらせを違法と宣言することを含め、性的嫌がらせへの対処において、「一つの公正賃金」ほど効果的な方針は見たことがないと述べました。
 性的嫌がらせは、パンデミックによりさらに悪化しました。労働者は異常に高いレベルの辱め、顧客の敵意、および性的嫌がらせを経験しています。女性はマスクを外すように求められます。そうすれば顧客は、女性の外観を見てチップの金額を決めることができるからです。私の見るところ、労働者は、嫌がらせをしてくる顧客に新型コロナウイルスの手順により対応しようとしており、それは機能していません。それが、100万人の労働者が業界を去った理由です。残った労働者のうち54%が退職するつもりだと答えており、圧倒的多数が最低賃金未満の賃金が理由であると言っています。彼らはもう我慢することができません。最低賃金未満の賃金で働くことを拒否する、と労働者が最終的に主張できるまでに150年の年月とパンデミックが必要でした。

S I:週40時間労働で時給7.25ドル(現在の連邦最低賃金)の場合、労働者の年収は税込みで1万5,080ドルになるでしょう。2022年の米国の連邦貧困水準は、独身者で年収1万3,570ドル、二人家族で年収1万8,310ドルであることを考えると、これはむしろ貧弱です。いくつかの州や都市では最低賃金を積極的に引き上げましたが、最低賃金の決定過程における基準はどうあるべきだとお考えですか。そして最低賃金は、現在どうあるべきだと思いますか。

ジャヤラマン:真実は、現在の国内での最低賃金は、人々がどれだけ必要としているかではなく、政治的意志で決定されているということです。この国のどこに住んでいても、生活して家族を持つためには、最低でも時給15ドルは必要です。アラバマ州やウェストバージニア州からワシントン州シアトルに至るまで、それは生きるために必要最低限のことです。いくつかの場所で最低賃金が非常に低い唯一の理由は、政治的意志が欠如しており、多くの勢力から反対があるからです。多くの共和党員は、最低賃金があるべきだとは考えていません。もし最低賃金がインフレに追いついていたら、時給20ドルをはるかに超える金額になっていたでしょう。時給15ドルは多くの場所で生活するには十分ではありませんが、全国のどこにいても必要最低限の金額です。

大量退職

S I:新型コロナウイルスのパンデミックは「大量退職」と呼ばれるものを引き起こしました。多くの労働者が自分の生活と雇用を再評価した結果、仕事を辞めました。この経済動向は、チップ労働者や雇用主にどのような影響を与えましたか。

ジャヤラマン:全国の何千ものレストランが、チップを除く賃金を満額の最低賃金に引き上げました。確認しているだけでも、私たちは少なくとも3,000軒のレストランを追跡しましたが、さらに多くのレストランがあります。

S I:チップ労働者向けを含む連邦最低賃金を引き上げる取り組みは、連邦議会で行き詰まっています。州レベルや地方レベルで、何が起こっているのでしょうか。

ジャヤラマン:「大量退職」は、多くの州でこの問題を動かしました。そのため、米国の250周年(2026年)までに、25の州で公正賃金へと移行するために2,500万ドルを注入する予定だ、と私たちは発表しました。「大量退職」が原因でこれは起ころうとしている、と私たちは考えています。さらに、「一つの公正賃金」は2022年11月にワシントンDCの投票用紙に掲載され、可決される見込みです。また、今年11月には、メイン州ポートランドの投票用紙にも掲載される可能性があります。

詳しくは   www.onefairwage.site をご覧ください。

地球と民主主義のための反逆

ポントゥス・ベルゲンダール氏へのインタビュー
エイドリアン・トロットナー、ホーカン・エークヴァル

 ポントゥス・ベルゲンダール氏は、自分の人生を根本的に変え、行動を起こさせたものが何なのかについて次のように語る。「私は3人の素晴らしい娘を持つ普通の父親で、つい最近まで20年間ソフトウェア・マネージャーとして働いていました。3年前に仕事を辞め、エクスティンクション・レベリオン(絶滅への反逆、以下XR)のボランティア、『いのちのための反逆者』として活動するまでは、人生を楽しみ、まっとうな人間であること以上の野心を持たずに静かに暮らしていたのです。今は妻が家族を養っています。私は職業柄、産業界で働き、あらゆるレベルの多くの政治家と話しましたが、今必要なのは覚醒と行動であると絶対的に確信しています。
 気候変動と災害を防ぐための闘いについて学べば学ぶほど、強化された深い民主主義が変化の鍵であることを実感します。私たちは、一体性、正義、平等をもって、人種差別の構造や現在進行中のポストコロニアリズム(ポスト植民地主義)を打破する必要があります。忘れられているかもしれませんが、それこそが民主主義にほかなりません。私たちは、一体性に向けて、新しい手法で組織や会議を民主化し、政治プロセスに国民を参加させる必要があるのです」
 エイドリアン・トロットナーとホーカン・エークヴァルは、シェア・インターナショナル誌のためにスウェーデンの気候変動活動家、ポントゥス・ベルゲンダール氏にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):気候や生態系の危機について、あなたの考えをお話しください。

ポントゥス・ベルゲンダール:歴史上のあらゆる暗黒時代と同様、これまで以上に重要な二つの美徳、すなわち「決断」と「勇気」が生まれています。決断とは、人類としての責任を持ち、この危機が私たち自身に大きく関わっていることを理解し、直面している状況に応じて必要な決断を下すことです。勇気は、実践できるものです。ですから、次回のスウェーデンの選挙では、私は国会議員への立候補を目的とする非イデオロギー的な活動であるクライメート・アライアンス(気候同盟)の広報担当者の一人であり、また候補者の一人でもあるのです。私たちは、気候変動という一つの問題に焦点を当て、政党間の同盟関係を構築することだけに専念しています。
 また、「未来のための金曜日」の運動にも参加しており、金曜日のストライキにできるだけ参加するようにしています。初めて気候変動デモに参加したときは、友人や家族から除外されるのが怖くて、プラカードを持つことさえできませんでした。今ではそのような状況への対処法を身に付けたので、毎回デモの前には胃が痛くなりますが、必要なことはできます。

SI:気候の危機に対して何かしなければならないと実感したのはいつですか。

ベルゲンダール:2018年、スウェーデンで大きな森林火災が発生しました。同じ頃、グレタ・トゥーンベリさんが気候変動ストライキとスピーチを始めました。火災とグレタの明解なスピーチが合わさり、とても恐ろしいことが起こっていて、何かをするのは自分次第なのだと理解したのです。彼女は私の心に直接語りかけてきました。16歳の少女が、会ったこともない52歳の男性の人生を完全に変えることができるのは、とても素晴らしいことだと思います。
 私はずっと気候危機を意識してきましたが、それが自分に直接関係していることに、2018年になるまで気づきませんでした。個人の生存に関わる問題であり、行動を起こすのは私の責任であり、権利でもあるのです。2018年の夏以前は、気候変動は世界にある多くの問題の一つだと考えていて、他の問題に焦点を合わせていたのです。覚醒後、私は、それまで自分がするなど夢にも思わなかったことを実行しました。例えば、道路のパイプに自ら閉じこもるなど、まるで私の潜在意識が私に代わって決断してくれたかのようでした。生きとし生けるものに対する申し訳ないという気持ちから、このようなことをする強い思いも生まれました。それは、あらゆる人間や動物、他の生き物に対する愛から生まれたものです。

SI:XR内では、あなた方が自分たちを活動家よりも反逆者と呼ぶことを好むのはなぜですか。

ベルゲンダール:気候変動活動家として、あなた方は主に危機に対する意識を生み出しています。意識するだけでは十分ではありません。私たちは今、行動する必要があるのです。XRは、スウェーデンの支配的な政党と私たちが暮らす破壊的な社会に対する反乱なのです。平和的かつ市民的不服従によって、政府に行動を起こさせ、交渉の席に着かせることが私たちのやり方です。私たちは議会制度を変えたいのではなく、強化したいだけなのです。

SI:XRの要望は何ですか。

ベルゲンダール:私たちの要求は、以下のとおりです。
 「真実を伝えること」。メディアや政治家に、生態系の状況がどれほど酷いのか、いかに大きな変化が必要かを伝えてもらう必要があるのです。「今すぐ行動すること」。今すぐ排出ガスを削減しなければなりません。「変わること」。私たちの反逆の運動(XR)は、例えば空港や銀行を閉鎖するなど、従来通りのビジネスに付き合わないことで、変わることを目指しています。それこそが直接行動するということなのです。何よりも大切なのは、民主主義を強化することです。市民集会が必要です。市民集会とは、科学者や専門家と共に、あるテーマについて審議し、政治家に提言する、膨大な人口を広く代表する小さな集団のことです。

SI:市民的不服従とは何ですか。また、なぜそれが重要なのですか。

ベルゲンダール:市民的不服従とは、政府が出す特定の法律、要求、命令、指令に従うことを拒否することです。私たちには、人類の大惨事を防ぐという道徳的な義務があります。私たちは、さらに悪いものを防ぐために法律を破っているのです。
 少なくともこの30年で、私たちは政治体制と社会の失敗を目の当たりにしてきました。その失敗とは、危機に対処する能力が政治家にないことです。スウェーデンでは、今年、そして今後数年で、排出ガスを20%の範囲内で削減する必要があります。これは気候や生態系の危機であるだけでなく、同様に大きな政治的危機でもあります。政治家は戦術的な行き詰まりによって無力となり、産業界では進捗があまりにも遅すぎるのです。
 XRは、物理面でも言葉の上でも非暴力的な市民的不服従を採用しています。
 調査によれば、変化をもたらす最も効果的な方法は、活動的な市民による大規模な市民的不服従によって世論を喚起することです。
 平和的で非暴力的な市民的不服従は、婦人参政権運動に始まり、ガンジーと植民地主義からの解放運動、マーティン・ルーサー・キングと公民権運動、労働運動、LGBTQ権利運動などに至るまで、これまで何度もうまくいった例があります。市民的不服従は常に、西洋民主主義の本質的な部分だったのです。

SI:スウェーデンでは、市民的不服従について忘れられてしまっているようです。XRにおけるあなた方のやり方のいくつかに対して、人々が反対するのはなぜだと思いますか。

ベルゲンダール:スウェーデンでは、政府に対する信頼が非常に高いのです。政府は私たちの面倒を見てくれる良い父親だと思われています。スウェーデン人はまた、自分たちの社会と民主主義は最善であり、変化をもたらす方法がその社会の中にあると考えています。しかし今や、政府が気候変動に対処できないことは明らかです。
 また、私たちが説明さえすれば政治家は動いてくれるだろう、という共通の理念もあります。しかし政治家は、現状がいかに悪いか、そして、いかに対策が取られていないかを認めることはできません。なぜなら、それはつまり自分たちを非難することになるからです。その代わり、自分たちがすぐに責任を取らなくてもいいような、遠い将来の目標を提案するのです。
 スウェーデンでは、ほとんどの人が私たちの理念には賛同するが、やり方には賛同しないと言います。マーティン・ルーサー・キングは「バーミングハム刑務所からの手紙」の中で、「正義よりも『秩序』を重んじる」人々や、「正義がある積極的な平和よりも緊張のない消極的な平和」を好む人々が、直接的な行動に対して見せる反応から示される課題を述べています。多くの人は、私たちが組織化して声を上げる必要はない、政治家が私たちにとって何が一番良いかを知っていると考えています。長い間、政治的に安定して戦争がなかったため、私たちの社会が実は市民的不服従という行為によって形成されてきたことを忘れてしまっているのです。

SI:XRがどんなことを成し遂げたか、いくつか例を挙げてください。

ベルゲンダール:2021年のオスロでは、300人が私たち反逆者のグループにいました。選挙討論を変え、おそらく選挙結果も変えました。討論は、ノルウェーの石油および環境に優しい未来に関する議論が可能かということから、政治家はどちらか一つ、つまり石油か環境に優しい未来のどちらかを選ばなければならないという認識へと変わったのです。私たちは400以上の記事を掲載し、7日間にわたり全国ネットのテレビ放送を行いました。その1週間で議論は変わり、これが私たちの貢献であると多くの報道機関が認めました。
 2020年には、スウェーデン最大のプリーム製油所の拡張を阻止しました。2019年には、ヨーテボリにある化石ガスターミナルの拡張を止めました。わずか数人の反逆者が、スウェーデンの大手伐採企業による森林の過剰伐採を阻止しました。法律を破る市民的不服従により次々と勝利を得たのです。次のステップは、制度を変えることです。

SI:制度を変えるとはどういうことでしょうか。それはどのような分野で必要なのですか。また、なぜ重要なのでしょうか。

ベルゲンダール:限りある地球で成長を続けることは不可能です。グリーン・ニューディールの時代は過ぎ去りました。地球を無限の資源と考えず、消費を抑えて経済を縮小する必要があります。成功の評価方法を変える必要があるのです。必要な変化は、経済基盤と私たちの生活様式を転換することです。私たちは、利益よりも生存を優先させなければなりません。それをどのように行うかは、私たち全員にかかっています。この転換には、民主主義が非常に重要となります。全員の声を届ける必要があります。また、私たちに道を示してくれる専門家や科学者も必要です。
 社会を変革するプロセスにおいて、気候正義は絶対に重要です。気候正義とは、負担を分担し、公正な変革を実現し、気候変動と変革そのものの両方の影響を最も受ける人々を支援することです。世界の富裕層である私たちは、気候変動に関して最大の債務を抱えていますが、ほとんどの場合、気候変動の影響を最初に受けているのは、気候変動に対する債務が最も少ない人々なのです。ここに、私たちが責任を持たなければならない大きな不正義があるのです。私たちは皆、生き残るために経済的な犠牲を払う必要がありますが、その過程で、生命の大切さを再発見できるかもしれません。

SI:XRはどのように活動を計画し、実行しているのでしょうか。

ベルゲンダール:私たちは分散型の組織です。一人の反逆者がアイディアを思い付き、それが人々に広がることがよくあります。グループが小さければ、地元や全国にあるより大きなXRの作業グループの助けを得るのです。
 XRでは、小さなアフィニティー・グループ(類縁集団)として何でも好きなことをすることができます。アフィニティー・グループとは、XRの価値観や目標の範囲内であれば、したいことは何でもできる権利が与えられた、通常5~8人から成る自律的で自己管理された一団のことです。
 分散型かつ包括的であることは、XRにとって絶対的に重要です。そのおかげで、より効果的に、また、迅速かつ機敏に行動できるのです。階級組織的な構造では生き残れないのです。
 さらに、問題や原因を示すだけでは終わらずに、それ自体が解決策の一部となる、有益な行動を心がけています。その良い例がルンド市で起こりました。交通渋滞を解消するために、高速道路を拡張する案がありました。その考えに反対するデモをただ行うのではなく、制限速度の標識を時速110キロから90キロに変えたのです。科学的な調査によると、制限速度を下げると交通渋滞が減るそうです。ルンドの人たちも、標識を変えることで問題が解決したことを容易に理解しました。

SI:どのように非暴力に取り組んでいますか。その方法をどのように人々に教えていますか。

ベルゲンダール:非暴力直接行動の講座と、市民的不服従で社会を変える方法に関する戦略的な講座があります。物理的な非暴力と言葉による非暴力のいずれにおいても、そして状況の段階的緩和に関して、常に訓練しています。また、平和的な行動を確実にするために、行動の前、最中、後に警察と話し合いをします。
 XR内では、社会のあらゆる部分で市民的不服従を奨励しています。それは違法である必要はありません。例えば、仕事の上では、環境に有害な仕事を拒否することです。したくないことをしなければならないなら、ゆっくりと、うまくいかないようにします。納得できないことがあれば、声を上げて抗議し、納得のいかない機関への協力は拒否するのです。

SI:XRの10の価値観とは何ですか。

ベルゲンダール:1.私たちは、変化──次の世代にふさわしい世界の創造──というビジョンを共有しています。
 2.私たちは、何が必要かを基準に目標を設定します。調査によると、制度の変更を実現するには、人口の3.5%を動員すれば十分であることが分かっています。
 3.私たちは、健康で、回復力があり、適応力のある、再生可能な組織内文化を必要としています。
 4.私たちは、私たち自身と有害な制度に公然と挑戦し、居心地のいい場所を離れて、変化のための行動を起こします。
 5.私たちは、反省と学習を大切にし、行動、反省、学習、さらなる行動に向けての計画というサイクルを続けています。自分自身の経験だけでなく、他の活動や出来事からも学びます。ウェブサイト「XRサイエンティスト」に掲載されている専門家や科学者からの最新情報にも注意を払っています。
 6.私たちは、すべての人と、すべての人のあらゆる部分を歓迎し、オープンで安全な空間づくりに積極的に取り組みます。
 7.私たちはより公平な参加を目指して、権力支配層を打破し、積極的に権力を弱体化させます。
 8.私たちは、責めたり、恥をかかせたりすることを避けます。私たちは有害な制度の中で生きていますが、誰一人責めることはできないのです。
 9.私たちは非暴力ネットワークであり、変化をもたらす最も効果的な方法として非暴力的な戦略と戦術を用います。
 10.私たちは、自治と分散型を基本としています。権力に挑むために必要な体制を集団でつくり上げます。
 これらの基本理念と価値観に従う人なら誰でも、XRの名の下に行動することができます。

SI:あなたは、すべてのプロセスや行動において、民主主義に重点を置くことが非常に重要だと言います。それはどのように行うのですか。

ベルゲンダール:私たちは、自己組織システム(SOS)の組織原則に従っています。例えば、私たちは投票を行いません。投票は多数派の専制政治であり、少数派は敗者となります。その代わりに、組織内で決定を行います。提案し、全員が納得するまで、その提案を改善し続けます。このプロセスには、尊敬と信頼の文化が必要です。もし、全く同意できない決定があった場合、自分自身に次のように問いかけるといいでしょう。「今のところ、これで十分なのか。試してみるには十分安全か」
 民主主義は、細部において一番目立ちます。例えば、会議の場です。様々な人が参加して話を聞く文化を確立するために、私たちは男女同権主義的な会議方法を用いています。権力構造を打破し、すべての人が会議に参加できるように、他のテクニックも使っています。効果的な活動をするために、少数の反逆者から成るグループに、残りのメンバーのために決定を下す権限を与えることもあります。堅実なSOS組織と健全な文化を維持するのに役立つ実践的なテクニックがたくさんあります。

SI:気候危機はどの程度深刻なのでしょうか。

ベルゲンダール:2019年に、複数の気候科学者が「最も可能性の高い結果は文明の終わりである」というタイトルで発表した論文がありました。
 そして、それはすでに始まっているのです。ほぼ毎月のように、世界中で気候変動による大惨事が起きています。今後10年の間に、飢饉、洪水、ハリケーン、熱波が発生し、社会的混乱、法と秩序の崩壊、戦争が起こるでしょう。
 かつてないほどの死と難民の流入を目の当たりにするでしょう。だからこそ、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、これは人類に向けた「非常事態発生」を伝える警告だと言っているのです。
 今すぐ地球規模で排出ガスを削減しても、気候のフィードバックループ(フィードバックを繰り返すことで結果が増幅されていくこと)がさらなる破壊の誘発点となるため、危機は拡大し続けるでしょう。1.5℃という目標や炭素収支はもう忘れてかまいません。今は0.01℃ごとに闘うのです。災害を止めることはできませんが、その被害を小さくすることはできます。
 気候変動の影響は、地球規模の核戦争のような規模になっています。それが今起きています。私たちは気候変動の最終段階にいるのです。それは誰にとっても直接的な存亡の危機です。

SI:あなたに希望を与えてくれるものは何ですか。

ベルゲンダール:私を鼓舞し、力を与えてくれるのは、確率がどうであろうと正しいことのために闘おうと行動することです。もちろん、0.01℃ごとにでも闘う価値はあります。地球規模の災害は起こるでしょうが、それがどれくらい深刻なものになるかは、私たちが左右できるのです。
 闘いは道徳と正義に関するものであり、希望に関するものが主ではありません。今、気温50℃のインドで死んでいく人たちに希望はありません。マダガスカルで飢えている子供たちにも希望はありません。私たちが唯一分かっていることは、今後数十年の間にさらに悪化するということです。
 また、日々の仕事の中で、仲間の反逆者たちから感じる愛と思いやりや、消費と欲に結び付かない別の生き方があることを知ることで、大きな力を得ています。
 この記事の読者への提案で終わりとさせていただきます。気候変動や環境に関する団体に参加し、入門的な会合に参加し、自分で本を読み始めてください。週に1日、あるいは月に1日、ボランティア活動に参加してください。休日の少しの時間を利用して、大規模なデモや集団行動の予定を入れてください。小さなことから始めて、それを書き留めて、冷蔵庫に貼っておきましょう。それは、あなたの人生で最も重要な決断の一つになるかもしれません。

参考文献

1.『これは訓練ではない─XRハンドブック』(エクスティンクション・レベリオン、2019年)参照。
2.https://extinctionrebellion.uk/act-now/resources/SOS/

詳しくはhttps://klimatalliansen.nu をご覧ください。

世界から最悪の惨劇をなくす

ベアトリス・フィン氏へのインタビュー
アナ・スウィーストラ・ビエ

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、国連核兵器禁止条約の遵守と実施を推進する非政府組織の連合である。2017年には、ICANはその業績に対してノーベル平和賞を贈られた。アナ・スウィーストラ・ビエが本誌のためにICANのベアトリス・フィン事務局長にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): ウクライナ戦争は、核兵器が戦争を抑止するという主張が間違いであることを明らかにしました。代わりに、侵略国にとって核兵器は白紙委任状のように機能しているように見えます。状況の悪化を恐れる他の国やNATOによる干渉を妨げているのです。

ベアトリス・フィン:相互抑止の概念に頼ることができるという仮定は、確かに間違っています。核による抑止は、望むものを手に入れるために民間人を一斉に殺害すると脅迫する準備ができていることを背景に常に行われています。現在の制度を擁護する人の多くは、この相互抑止が安定をもたらすと主張します。私は全く違う意見を持っています。プーチン大統領の脅威は、他国への侵略を伴います。それは恐喝です!  これは、私たちがどれほど脆弱であるかを示しています。アメリカは核兵器を持っているため、ウクライナを援助することができません。この状況は、核兵器が不利であることを示しています。
 抑止理論は非常に非合理的です。それは地球規模での自殺の準備ができているだろうという考えと関係があります。これは決して正当でも合理的でもありません。そして相手側はそれを知っているのです。

SI:ヨーロッパの治安情勢は、ロシアのウクライナ侵攻によって大きく揺らいでいます。フィンランドやスウェーデンのような国々は現在、NATOに加盟するための措置を講じており、核兵器を保有している潜在的に攻撃的な国から身を守るためには核兵器が必要であるという考え方が広まっているようです。核兵器がなければ、そうした状況が利用される可能性があるといいます。現在の地政学的な情勢では、多くの人によって、核兵器の廃止は考えが甘すぎると思われています。どうすればそのような考え方から脱することができるのでしょうか。

フィン:ロシアのウクライナ侵攻は、ロシアが核兵器を持っている限りヨーロッパの安全はあり得ないことを示しました。そして、核戦争を解決するために核戦争を開始するという脅しにいっそう依存することは、エアコンが地球温暖化を解決すると信じていることに少し似ています。核抑止力に依存することは、私たちがすべての安全保障をプーチンの手に委ね、彼が正しいことを行うことを永遠に信頼することを意味します。それは考えが甘く、無責任です。プーチンが常に「合理的に」行動するだろうと信頼することはできません。また、私たち全体の運命について彼を信頼することはできません。
 1回の核爆発で数十万人の民間人が死亡し、さらに多くの人が負傷する可能性があります。放射性降下物は、複数の国の広い地域を汚染する可能性があります。広範囲にわたるパニックは、人の大規模な移動と深刻な経済的混乱を引き起こすでしょう。複数の爆発の場合は、もちろんはるかに悪いでしょう。国連機関と赤十字国際委員会による長年にわたる研究と分析では、核兵器の使用後には効果的な人道的対応が行われない可能性があることを一貫して指摘しています。医療と緊急時の対応能力はすぐに限界を迎え、すでに膨大な数に達している死傷者をさらに増加させることになるでしょう。
 スウェーデンやフィンランドに対する核攻撃は明らかに完全に壊滅的なものであり、私たちはその結果に対処することができないでしょう。しかし、ヨーロッパの他の場所での核爆発も、スウェーデンとフィンランドに深刻な影響を及ぼすでしょう。このような大惨事を回避する唯一の方法は核兵器を完全に廃絶することであり、これに向けた最善の手段は国連核兵器禁止条約(TPNW)です。この条約は核兵器に関連するすべての活動を禁止し、核兵器を排除する計画を打ち出しています。

SI:メディアでは「戦術核兵器」についての話があります。それはどういう意味で、どのように機能するのでしょうか。

フィン:戦術核兵器は戦場で使用するように設計されており、一般的に爆発力が比較的弱いものです。しかしながら、核兵器の使用は、特にヨーロッパのような人口密度の高い地域では、壊滅的で広範囲にわたる結果をもたらすでしょう。いわゆる「戦術」核兵器や「戦場」核兵器でさえ、通常は10から100キロトンの範囲の爆発力を持っています。それに比べて、1945年に広島を破壊し14万人の死者を出した原子爆弾は、ちょうど15キロトンの爆発力でした。このスケール感を背景に持つことは重要です。私たちは「小さな」爆弾について話をしているのではありません。その影響は依然として巨大です。それらは都市を一掃することを目的としています。

SI:現代は、未熟で、無責任で、衝動的で、権力に飢えた指導者が核のボタンに指を置くとき、人類の見通しに最も恐ろしい光が投げかけられる時代です。しかし、現在の指導者の性質に関係なく、どの国であっても、そのような兵器を保持することがどれほど正気で責任あることなのかについて、私たちは確かに等しく心配する必要があるでしょう。そしてもちろん、サイバー攻撃やその他の技術的進歩という現実もあります。

フィン:核兵器に対して良い手はありません。人が常に合理的な決定を下すとは限らないことを私たちは知っています。また、事故が発生する可能性があることも知っています。世界は現在、プーチンが正しいことを行い、核兵器を使用しないことを望んでいます。これが、米国など多くの国の安全保障戦略です。しかし、これは非常に壊れやすいものです。私たちは、それが再び起こることはないだろうという希望的観測の下に生きています。

SI:技術的、機械的、人的エラーは発生するものです。世界中で貯蔵されている膨大な核兵器に関連して大規模な災害がまだ発生していないのは、大きな幸運のおかげなのでしょうか。

フィン: はい、私たちは非常に幸運でした。これまでに多くのニアミスや事故がありました。多くの科学者は、今日生まれる子供たちは核戦争を経験する可能性が高いと述べています。それはとても恐ろしいことです!  また、最近、インドがミサイルをパキスタンに誤って発射したことも分かりました。もしそれが米国の基地とロシアの間で起こっていたら、私たちは核戦争に巻き込まれ、壊滅的な結果となる可能性がありました。もしこの道を進み続ければ、非常に危険な旅をしていることになります。人は非合理的で予測不能な行動を起こすものです。それが起こらないことを保証できないので、その代わりに核兵器を取り除く必要があるのです。

SI:原子爆弾の使用について考えると、すぐに広島と長崎が思い浮かびます。それは恐ろしいことでしたが、1945年に爆発したものと比較して、今日の原子爆弾の威力はどのくらいでしょうか。核戦争後には、生存者に対してどのような世界が残されるのでしょうか。

フィン:開示されている情報は多くはないです。現在までにソビエトが実験を行った最大の爆弾は、メガトン単位の威力を持つ「ツァーリ・ボンバ」でした。すべての核保有国は兵器の近代化を続けており、これに何十億ドルもの投資をしています。今日の核兵器の威力ははるかに大きく、軍縮の取り組みがあったという考えを否定するようなものです。確かに冷戦以来、核兵器の数は減少していますが、既存の弾頭の威力は、1980年代の爆弾と比較してはるかに大きくなっています。したがって、核兵器の1回の使用による影響は、広島と長崎で見られた影響よりはるかに壊滅的なものになるでしょう。
 一方で、核爆発の短期的および長期的な恐ろしい影響にもかかわらず、生存者がいることを忘れてはなりません。人々は残骸を片付ける必要があるでしょう。……

SI:戦争を抑止すると思われている核兵器の背後にある論理は、核兵器が悲惨すぎるのでこれまで一度も使用されなかったというものです。しかし、それでも私たちは、点と点をつないで全容を明らかにすることはなく、核兵器は危険すぎるので維持できないことをこの論理がほのめかしていることを認識しません。その代わりに、多くの国では一般的に、核兵器は「必要悪」であると考えられているようです。そのような兵器が引き起こす破壊の規模を知っているので、核兵器について議論したり、核兵器の存在と開発に対する国民や有権者の支持を得たりする方法を理解することは困難です。これらの兵器が私たち全員にもたらす存亡にかかわる脅威に関係した真の事実について、国民やメディアの認識が不足しているのでしょうか。核兵器が「安全な手」の下にある限り何も悪いことはなく、核兵器が存在している限り確かに今までに悪いことはなかったと信じ、私たちは誤った安心感に落ち着いているようです。私たちは無知、偽情報、神話、プロパガンダの犠牲者なのでしょうか。

フィン:私たちはこの爆弾について、ほとんど神話的で強力な物体として話をしてきました。しかし、それは依然として人間が造った爆弾であり、私たちは核兵器をどうするかを決めることができます。
 多くの政治的圧力を生み出し、核兵器を非難しなければなりません。私たちは核兵器を権力の象徴と見なしてきましたが、恥の象徴と見なすべきです。誰にも武装解除を強制することはできません。しかし、核兵器の保有をより困難でよりコストのかかるものにすることはできます。そうすれば、最終的には核兵器を取り除くことがより簡単になることに気づくでしょう。また「核兵器」は、全く使用に適さないものです。大惨事と混乱を引き起こすもので、現在の軍事開発の傾向に反しています。核兵器の価値は徐々に下がっていくでしょう。核兵器の価値が下がれば下がるほど、より多くの国家が核兵器をなくしたいと思うでしょう。
 私は、そこに到達できるだろうという希望を持っています。私たちは、人権や国際法に関して非常に大きな進歩を遂げました。これらの制度と規則は完璧ではなく、ロシアの侵略のような出来事を妨げることはできません。しかしながら、それらは国際的な対応の枠組みを提供します。

SI:兵器産業にはどのような影響がありますか。巨額の資金が他の用途から逸れ、決して使用してはいけないと私たち全員が同意している核兵器や核装備の生産、開発、保守に注ぎ込まれています。

フィン:兵器産業は間違いなく既得権益を持っており、核抑止力が、人々が疑うことのない政策であり続けるように取り組んでいます。政治選挙キャンペーンに寄付し、シンクタンクや研究機関に資金を提供し、これが優れた安全保障戦略であるという考えを維持しています。兵器会社によって資金提供されたあらゆる政策や研究活動に疑問を持ち、それはただ兵器会社の莫大な利益を維持するためではないかと問うことが絶対に必要です。

SI:核兵器は、現在では違法なものです。TPNWには、現在までに86カ国が調印し、60カ国が批准しています。この成果の背後には、大規模な作業と根気強いたゆまぬ努力があります。世界的な核軍縮運動、責任ある国家や市民社会のすべてがその役割を果たしており、もちろんICANも大きな役割を果たしてきました。2022年6月21日から23日にウィーンで開催される最初の締約国会議では、あなたは何を達成することを目指していますか。

フィン:ウィーンでは、核兵器の完全な廃絶の基礎を具体的にどのようにつくっていくかを議論する予定です。世界がウクライナ戦争を心配して見守り、プーチンが実際に核兵器を使用するかどうかを見守っている間、私たちはそれらを取り除く計画について話し合う予定です。TPNWはそのような計画なのです!
 軍縮と核兵器の廃絶に真剣に関心を持つ国は、会議に参加すべきです。最初の締約国会議は、50カ国目の批准により昨年初めに発効したTPNWの祝典になると想定されていました。今ではこの会議は、新しい力を生み出すことができます。核兵器をめぐる闘いが始まって以来、初めてのことです。別々の依存関係にある非常に異なった国々、一部の国は米国に、一部の国は中国に、一部の国はロシアに依存する国々が、プーチンの脅威を非難できる局面です。ドイツやスウェーデンのように今のところ禁止条約を施行したくない国でさえも、ウィーン会議への参加を発表しました。これは最初の重要な段階です。

SI:核兵器の惨劇から解放された地球への道に必要な次の段階は何でしょうか。

フィン:多くの人は今、私たちが核兵器のせいでどれほど脆弱であるかを認識しています。家族の未来をプーチンや核保有国の指導者の手に委ねることを安全とは感じていません。歴史上、核軍縮においてなされた最も大きな進歩は、危機の後に達成されました。今こそ人々が活動すべき局面だと思います。甘い認識を持つことをやめなければならないことを政治家に伝える必要があります。核兵器をどのように取り除くかという計画を立てなければなりません。
 大衆が立ち上がったとき、権力者は常に権力を失ってきました。TPNWはそのような革命なのです。少数の核保有国が条項を決定し続けることはできません。あまりにも長い間、少数の国家が、核兵器の保有と核抑止という考え方を通して他国の運命を決定してきました。残りの世界はこの状況の人質になってきました。TPNWはこのことに関係しており、地球の未来を切り開くことに関係するものなのです。今、私たちは情勢をがらりと変えようとしています。新しい法律を作り、制度を変えようとしています。安全のためには、核兵器を禁止し、排除する必要があるのです。

詳しくはwww.icanw.orgを参照してください。

「国が国に相対立することなく」

1977年9月6日にベンジャミン・クレームを通して一般大衆に伝えられたまさに最初のメッセージで、世界教師マイトレーヤは、世界が直面する主要な問題を指摘した上でこう説明された。「これらすべてを変えるためにわたしはやってきた。あなたがたに前進への道を示そう、もっと簡素で、健全な、より幸せな生活へ向かって、共に進む道を。もはや人が人に、国が国に相対立することなく、兄弟同胞として、共に新しい御国へと前進しよう」

 今や、これまで以上に、こうした言葉を心に受け止め、分断や憎悪、戦争のない世界において同胞愛と健全さは選択的なものではなく、必須であることを改めて思い起こす必要がある。しかし、現状はこうである──私たちは最初の四半世紀の終わりにかけて、破滅的な戦争の真っ只中にいる。
 四半世紀の終わりのこの2025年という年、そして今の時期は、不朽の知恵の教えや、知恵の覚者方の働き、ベンジャミン・クレームと彼の師との緊密な協力関係に親しんでいる読者にとって重要である。シェア・インターナショナル誌は、マイトレーヤの存在の事実や、この惑星のための聖なる大計画の存在の事実、その大計画の管理者たち──知恵の覚者たち──の活動を知らせるために存在する。私たちはマイトレーヤの出現の過程の概略を描き、その過程に伴う困難について説明してきた──そうした困難をつくり出したのは、人類の全般的な洞察力の欠如、物質主義を超克する能力のなさ、恐怖や貪欲、分離主義という習慣である。
 「物質性の勢力」の影響に加えて、こうした要因を考えると、マイトレーヤがいつ御自身を世界に示されるのかに関して具体的な日付を発表することはできない。しかし、アリス・ベイリーを通して教えを伝えたジュワル・クール覚者は、2025年がマイトレーヤの出現の過程において重要な年であることを示唆した。それは四半世紀の終わりでもあり、古代からの伝統に従って霊的ハイアラキーの覚者方が特別な会議を開き、過去を評価すると共に、自分たちの仕事の次の局面とこの惑星の大計画のために調整を行い、計画を立てる時期である。
 マイトレーヤが前面に出るのに好ましい状況のように思われたちょうどその時に戦争が勃発したのは、おそらく偶然ではないだろう。「混沌の勢力」は、マイトレーヤと覚者方が完全に認知された公の生活へ入るのを阻止するために土壇場の抵抗を試みているのである。そうした勢力は何よりもまず、心を動転させ、恐怖と分断を通して弱気にさせ、人類を行き場のない混沌の状態へと追い込もうともくろんでいる。事実であれ偽情報であれ、主流メディアであれ代替メディアであれ、惨事が伝えられている。必然的な出来事──キリストの「再臨」──を押しとどめようと働いている勢力にとって、このすべては好都合である。この重大な出来事は、新しい霊的な摂理の確立を合図するものである。その摂理の中で私たちは皆、自分自身が唯一なる大生命の一部であることを知る──すべての人が必要とされ、相互につながり合い、目的と意味を捉え、「私たちがその中で生き、動き、存在する」唯一なる大意識の計画に沿って進むことになる。

妨害のパターン

 過去40年間、条件が整うたびに、ある重要な出来事のパターン(様式)が展開するのを協働者たちは目にしてきた。1982年、機会の窓が開いて、マイトレーヤの公の生活への完全な出現が可能になったとき、ちょうどその瞬間、世界のメディアと一般大衆の注目を逸らすようなことが起こった。戦争が勃発したのである。その結果、その特別な機会の窓は閉まってしまった。
 マイトレーヤが前面に出てくることができるほど十分に状況が好ましくなるとすぐに、混沌と雑音のパターンが再発する──いつも戦争とは限らず、国際情勢を乱すような何かであり、メディアと一般大衆の注目がそれに奪われることになる。志向と焦点が散漫になり、その後の苦悩や混乱、憎悪の雰囲気の中で容易に操作される。生贄がすぐに見つかり、敵が容易につくり出される。
 1982年以降、これが繰り返し起こるのを私たちは見てきた。この過程が遅れるたびに、マイトレーヤと覚者方は待ち、計画を適応させなければならなかった。さらに、私たちが希望を失い、昔からの敵対的なやり方に逆戻りしてしまわないように、人類を励まし、奮い立たせ続けなければならなかった。人類には自由意志がある。私たちの本来の姿である潜在的な神々にふさわしい社会へと進歩していくかどうかを任せられている。「混沌と物質性の勢力」は分断をつくり出すために恐怖を利用する。協力と和合の報酬や恩恵がやがては、善意の勝利を必然的なものにすることを知っているからである。
 次に述べることを証明することはできないが、繰り返し起こるパターンから判断すると、マイトレーヤがもっと完全に公の場に進み出ることを可能にする機会の窓がまさに開いていた(おそらくまだ開いている)と仮定しても、突飛すぎるというわけではないようである。
 戦争が再び勃発し、世界の注目がそれに集中していることは、繰り返し起こるパターンがぶり返していることを示唆しているのかもしれない。このように述べることで、不正で悲惨な戦争を軽く考えようとしているわけではない。また、情勢に対するこのような見方をすることで、いずれかの「側」との連帯を宣言しようとしているわけでもない。私たち一人ひとりが人類のカルマの一部を担っている。すべての国に失敗や過ち、怠慢がある──  一部の国では他国よりもひどいが。私たちが戦争や気候危機、飢餓、テロ、暴力を抱えているのは、進行中の諸問題に公正に対処するのに集団として失敗しているからである。私たちはあらゆる国で、社会正義に対する要求を無視してきた。
 人々は「事実」をめぐって争い、戦時中だけでなく、何年も前に無節操な操作の餌食になった真理をめぐって論争を重ねている。そのため、真理と事実は随意的になり、意見の問題になってしまった。ベンジャミン・クレームの師は、意見が事実となる時代について警告を発していた。「第一の優先事は、事実についての本当の知識である。しかしながら、これは見つけることが難しい。非常に多くの声が、様々に矛盾する情報を繰り返し唱え、または叫んでいる。あまりにも多くの意見が、あたかも事実であるかのように扱われており、尊重して耳を傾ける価値のあるもの、信じられるものはほとんどない。そのような状況のもとでは、慎重さと抑制を促すことが賢明である」(ベンジャミン・クレームの師、「権力のグラマー」、本誌2002年11月号)
 シェア・インターナショナル誌は、人類全員の味方であり、一方の側にはつかない(片方の考えが不快だとしても)。一方の側につくという問題ではなく、ただ単に、苦しんでいる人々に対して自然な同情心を表すという問題である。
 ロシアを弱体化させようとするあからさまな政策があり、また、交渉しないという公表政策が米国側にあることによって、ウクライナの人々への共感が妨げられてはならない。世界の大半は、米国と北大西洋条約機構(NATO)が挑発的であったことを知っている。同様に世界の大半は、独裁体制下にあるロシアでは、あらゆるものが公正でも自由でもないことを知っている。世界は確かに、オリガルヒ(ロシアの新興財閥)とその資金を歓迎する一方で、本当に困っている難民を拒絶するイギリスの日和見的な姿勢のことを知っている。ヨーロッパは、可能な限り米国とNATOに歩調を合わせると都合が良いことを知っている。謀略と武力外交が進歩を押しとどめていることは、一般に受け入れられている事実である。悲しいことに世界は、腐敗が至るところに、社会のあらゆるレベルと部門にはびこっていることを知っている。
 本誌がこれまで行ってきたこと、そしてこれからも行うことは、同胞の人間の苦しみに対する心からの反応を表現することである──国籍や肌の色、信条がどうであれ。それ以外ではあり得ない。これまでかすかに把握することができたにすぎないにしても、もし私たちが、愛そのものである途方もない御方と一体となり、自分自身がその御方の一部であることを知っているのであれば、他の人々の苦しみと必要に対する私たちの自然な反応は、その同じ愛を降り注がせることであるだろう──私たちにできるどのようなレベルにおいてであれ。
 一方への同情を示すことは他方を憎むことである、という思い込みがあるようである。分かち合いに基づく信頼がない限り、戦争があるだろう。地球上のどの国にも、他国を理不尽に破壊する権利はない。自衛権は、国連憲章を含めて法律に明記され成文化されている。
 志向と理想は行動へと変換され、実際に適用されなければならない。ベンジャミン・クレームと彼の師である覚者、そしてマイトレーヤによって世界に伝えられた情報は、単なる理想や秘教理論ではない。進化とは、高位我をより反映することができるように自分自身を変えること、徐々に成長することである。マイトレーヤは、私たちの裡で私たちを通して働かれる可能性について話された。必要な変化を成し遂げ、分かち合いを新しい文明の基盤にしない限り、永続的な平和は私たちをすり抜けていくだろう。

ベンジャミン・クレームは、現在の危機に関連するいくつかの質問に答えている。

Q:(1)ウクライナに関して、あの国はロシアの勢力圏内の一部ではないのですか。(2)EUとアメリカは彼らの内政事情に干渉すべきではないのではありませんか。(シェア・インターナショナル誌2014年10月号)

A:(1)はい、そうです。(2)はい。しかしながら、ウクライナはもはやソ連の一部ではなく、ロシアの勢力圏内にとどまってはいますが、その主権は尊重されなければなりません。

Q:ロシアはかつてのソビエト連邦時代の諸共和国をどのように扱うべきでしょうか。チェチェン(そしてモスクワに対して同じ関係にある他の国々)の独立は聖なる計画の一部ですか。(シェア・インターナショナル誌2004年10月号)

A:すべての民族が彼ら自身の進化と運命を決める自由を持つことは、聖なる大計画の一部です。ロシアはずっと以前に何らかの形の自治権を求めるチェチェンの要求に応じるべきでした。

Q:民衆の力という潮流にメディアはますます注目し始めています。キルギスタンはその最新の例です。(1)これは扇動者たちによって“支援”されたものですか。(2)ウクライナの“オレンジ革命”は扇動者たちによって煽られたのですか。(3)キルギスタンの事例は、これまでの民衆の力の事例が次の蜂起を鼓舞したように、地域全体にドミノ効果をもたらすでしょうか。(シェア・インターナショナル誌2005年5月号)

A:(1)いいえ。(2)はい、両方の側で煽られました。(3)はい、おそらくそうなるでしょう。

Q:マイトレーヤの任務の一つは私たちのハートを他の人々の苦しみに対して開くことでしょうか。……(本誌2000年12月号)

A:確かにマイトレーヤの願いの一つは私たちのハートを他の人々の苦しみに対して開くことです。彼は世界にエネルギーを放出するたびにそうしておられます。それが彼の言われるすべてのことの中心にあり、私が本や講演の中で言ってきたすべてのことの中心にあります。私たちのハートを他の人々の苦しみに対して開くこと、それこそまさに彼の望んでおられることです。そのようにしてあなたは世界を変えるのです。彼はこう言われました。「あなたの兄弟の窮乏をあなたの行動の尺度となし、世界の問題を解決しなさい。その他の道はない」(メッセージ第52信)。彼はそのことをはっきり言われています。

Q:1982年、大宣言が最初に予定された時期には、イギリスとフォークランド島の戦争が起こりました。今、マイトレーヤの出現が再び間近になっている時、リビア、アメリカの問題やテロリズムが緊迫しています。これに関係がありますか。(シェア・インターナショナル誌1986年11月号)

A:はい、マイトレーヤの出現によって失うものが最も多い者たち、つまり物質性の勢力、悪の勢力は、それを妨げようと力の限りのことをします。戦争、テロリズム、緊張、恐怖、混乱は彼らの主な武器です。多くの世界の指導者たちは彼らの手の内に見事にはまります。指導者たちが悪だからではなく、しばしば無知で、独善的で、愛国主義的であり、世界観に欠けているからです。

エコロジー経済学

持続可能性、公平性、自由に向けた変化の過程なのか? ー第一部

オーヴェ・ヤコブセン教授へのインタビュー
アンネ・マリエ・クヴェルネヴィック

 オーヴェ・D・ヤコブセン氏は、ノルウェーのボドにあるノルド大学ビジネススクールの生態経済学教授である。彼は、マーケティングと哲学の修士号、経済学の博士号を取得している。社会科学・人文科学における研究倫理に関する国家委員会(NESH)など、いくつかの国家委員会のメンバーでもあり、そして、ノルド大学のエコロジー経済学・倫理学センターの創設者の一人であり、そのリーダーでもある。
 ヤコブセン博士は、『アナキズムとエコロジー経済学──エコロジー経済学のための政治的プラットフォーム』『インテグラル・エコロジーと持続可能なビジネス』『変革するエコロジー経済学──プロセス哲学、イデオロギー、ユートピア』など17冊の著書を出版している。
 アンネ・マリエ・クヴェルネヴィックがシェア・インターナショナル誌のためにオーヴェ・ヤコブセン教授に、著書『エコロジー経済学──未来からの視点』についてインタビューを行った。

 私たちが世界をどのように見ているか、どのようなパラダイムを持っているかによって、私たちの態度や行動、そしてミクロ、マクロの両レベルでの、さらには地球規模での選択に影響を与えることになる。
 著書においてヤコブセン氏は現在の世界で重要な中心的世界観、つまり、現在支配的な機械論的パラダイムと、現在の世界情勢に変化をもたらす有機的パラダイムを紹介している。
 これらの考え方は、今回のインタビューの中心でもあるため、著書の中から簡単に要約して紹介する。
 この二つの優位な考え方は、歴史の中で優位性を変化させてきた。機械論的パラダイムは17世紀に支配的になり、今日もなお支配的である。デカルト(1596-1650)などが、人間と自然との関係に着目して、その中心的な原理を打ち立てた。この考え方では、人間は自然から切り離され、優位に立ち、人間の特定の利益のために有益であれば、自然のプロセスに介入し、操作する権利があるとされる。このようにして、自然界に対する一般的な搾取的見解が生まれたのである。すべての部分は自然の法則によって結び付けられている──「全体は部分の総和と同一である」。デカルトはリアリティの物理的な部分と霊的な部分の間に明確な線を引いた(二元論)。つまり、神(創造するフォース)は引き下がっており、科学では理解できないとした。科学の使命は、人間の欲求を満たすために「頑固な」自然を克服することであり、今日の経済モデルの主流である市場自由主義は、この機械論的世界観に支配されている。経済的に利益が出る限り、自然を利用し、搾取することができるとしている。
 有機的パラダイムには、アリストテレスまでさかのぼる長い伝統がある。哲学者スピノザ(1632-1677)は、この考え方をさらに発展させ、人間も自然の一部であることを強調した。リアリティの物理的な部分と霊的な部分は同じシステムの二つの面であり、全体は部分の総和を超越している。自然、生態系、人間は一体であり、人間は自然の不可欠な一部であり、直観的な認識を通じて自然から学ぶ。自然の一部であるという経験が、すべての生態系を尊重することに自動的につながる。エコロジー経済学は、主にこの有機的パラダイムに基づいている。

シェア・インターナショナル(以下SI):「エコロジー経済学」とは何でしょうか。いくつかの重要な原則を説明していただけますでしょうか。

オーヴェ・ヤコブセン:エコロジー経済学は、経済学だけでなく、様々な立場や要素を含んでいます。それは、経済学、生態学、哲学、自然科学などを組み合わせた学問です。重要なのは、経済学が自然と文化の両方の状況で提示されることです。この点が、自然や文化の状況から多少なりとも切り離された主流の経済学とエコロジー経済学との大きな違いです。
 過去10年から15年の間に、私は53人の異なる貢献者たちに、エコロジー経済学の幅広い定義について尋ねてきました(1)。その結果、すべての人が、私たちの住む世界の捉え方を変えなければならないと言っています。私たちは生態系に統合され、文化的伝統に基づいているため、これらの要素を経済に統合しなければなりません。また、「経済人」の行動として定義される合理性の考え方も変えなければなりません。その定義によれば、合理的な経済的行為者とは、自分の利益を最大化する人のことですが、その代わり、私たちはエコロジカルな人間であり、すべての人間や自然全体に対して責任を持たなければなりません。
 エコロジー経済学には二つの重要な原則があります。第一に、有限な地球上では不可能な絶え間ない物理的な成長ではなく、自然な成長が必要です。私たちは、生態系の制限内で可能なもの以上を使用することはできません。第二に、資源を公平に分配しなければなりません。富裕な世界の大半は、資源の消費を減らし、生活の質に重点を置く必要がありますが、経済的困難に直面している人々は、より多くのものを必要としています。つまり、「公正な分かち合い」の問題であり、私たちは公平な方法で資源を共有しなければならないのです。これを獲得するために、責任、公平性、そして質的側面にもっと焦点を当てなければなりません。とはいえ、これらの原則は、物理的資源の生産に焦点を当てる必要性とも相反するものではありません。私たちは、より良く生きるために物を生産する必要があります。しかし、今日の問題は、生活の質的側面にあまりにも焦点が当てられていないことです。

SI:エコロジー経済学の目標は何だと思いますか。

ヤコブセン:目標は、人間と生態系全体の他のすべての生き物の生活の質の高さに基づいた、持続可能な開発に貢献することです。また、資源の公正な配分を確保し、生きた経済──長期的な展望を持った経済──を発展させることです。

SI:エコロジー経済学の最近の歴史とその貢献者について教えてください。

ヤコブセン:アリストテレスは「良い社会における良い生活」と表現しました。1900年から今日までの100年間、様々な貢献があり、進化経済学、フェミニン経済学、協同組合経済学など、様々な名称がついています。今日、私たちは、シェアリング・エコノミー(共有経済)や循環型経済についても話をしています。これらの考え方はすべて相互に関連しており、国際生態経済学会の活動や科学雑誌『エコロジー・エコノミックス』の発行に反映されています。
 エコロジー経済学の背景にあるインスピレーションは、熱力学*、進化論、ダーウィニズムの考え方、ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)が開発した人智学の考え方から得ています。仏教思想や他の伝統に由来する要素も見受けられますが、私としては、この四つが非常に重要であると考えてます。

* 熱力学:エネルギー、エネルギー変換、および物質との関係に関する学問。自然界の最も基本的な法則の一つにエネルギー保存の法則がある。これは、ある相互作用の間にエネルギーはある形態から別の形態へと変化し得るが、エネルギーの総量は一定であるとするものである。

SI:グリーン経済、つまりグリーン・シフトについてお聞かせください。エコロジー経済とはどう違うのでしょうか。

ヤコブセン:グリーン・シフトは、既存のパラダイムの中で持続可能な開発を目指すものです。エコロジー経済学はこの取り組みに批判的な問いを投げかけています。グリーン経済学は、既存のシステムの中で活動するもので、しばしば「ゲームのルールの中で」活動することを指します。言い換えれば、彼らは現在の経済システム、市場自由主義の悪影響を軽減し、国連の17の持続可能な開発目標に基づく、最も広い意味での持続可能な開発につながる前向きな発展を得ようとするものです。しかし、エコロジー経済学の貢献者の多くは、システムそのものに批判的で、「ホモ・エコノミクス(経済人)」から「エコロジー的な人間」への意識改革を望んでいます。

SI:では、グリーン経済は現在の経済システムを「支える」ものなのですね。

ヤコブセン:グリーン経済は、現在の課題による悪影響を軽減し、より根本的な問題を解決するための時間を与えてくれるでしょう。私たちは、この二つの考え方を同時に実現しなければなりません。私たちは、気候変動や生物種の絶滅を食い止め、資源をより公正に分配し、国連の第一目標である「世界中で貧困をなくす」という持続可能な目標を達成しなければならないのです。これらの変化は間違いなく必要なものですが、同時に、このシステム自体についても問いかけなければなりません。デカルトから今日までの西洋の考え方、つまり機械論的な考え方を変える必要があるのでしょうね。おそらく、例えば、有機的な世界観など、他の解決策を考えるべきかもしれません。

SI:エコロジー経済学を代表する有機的パラダイムと、今日の主流派経済学を代表する機械論的パラダイムとの違いについて教えてください。

ヤコブセン:主流派の経済学はデカルトにさかのぼる機械論的な考え方と結びついており、エコロジー経済学は有機的な考え方と結びついています。機械論的な考え方が個人主義的であるのに対して、有機的パラダイムではシステム論が語られます。デカルトは有名な言葉を残しています。「私は全宇宙を機械のように説明した」と。多くの科学は、物事を小さなパーツに分け、それぞれのパーツを個別に研究し、そのパーツをつなげることですべてを説明できるという考えに基づいています。
 有機的な視点とは、より全体的な視点を受け入れることであり、それは手法にも影響を及ぼします。還元主義的な科学は厳密な学問分野に基づく科学ですが、エコノミー経済では複数の科目を含んだ学際的なアプローチをとります。経済学、生物学、生態学、哲学、社会科学など、様々な科学の垣根を越えて研究を行います。ですから、私たちの住む世界をどのように理解するかという点でも、また、社会に関する知識をどのように集めるか、社会、自然、社会における文化的な考え方や価値観との関連性についても、多くの相違点があります。エコロジー経済学とは、全体論的思考、システム思考、有機的思考を意味します。ですから、私たちは循環型経済について話をしているのです。直線的な考え方ではなく、生態系に見られるような循環的な考え方です。そのため、私たちは「循環型」経済について話しているのです。このことは、エコロジー経済学では、原子論的、個別的な競争よりも、協力的なネットワークを重視することを意味します。エコロジー経済学では、解決策、地元産の食品、地元市場、生産、流通、消費の間のより密接な関係について話します。また、富の公正な分配、各主体の利益の最大化ではなく、共通善のための共通の解決策を見つけることについて話します。アリストテレスの言葉を引用しますと、「良い社会には良い生活がある」ということです。すべてが統合されています。個人と社会のつながり、それに加えて、より大きな生態系の一部としての社会、つまり、すべてが統合されているのです。

SI:エコロジー経済学の焦点は一体性にあるのですね。

ヤコブセン:そうです、統合性です。物事がどのように相互に結び付いているか、物よりも関係性です。関係性が重要で、すべてのものはつながっているのです。

SI:著書の中で、あなたはエコロジー経済学の一部としてユートピアという考え方に焦点を当てていますね。ユートピアとは何なのでしょうか。

ヤコブセン:ユートピア思考は、1516年に『ユートピア』を出版したトーマス・モアというイギリス人に由来しています。イギリス社会を発展させるためには、「ユートピア」という考えを持たなければならないというのです。彼の定義によれば、「ユートピアを考える」とは、現在ある社会とは異なる社会を描写することです。これは、ユートピアと言われてほとんどの人々が考えるもの、つまり実現不可能なもの、実現できない理想とは異なります。ユートピアについての私たちの解釈は、私たちが今日直面している大きな課題を解決し終えた、現代とは異なる社会を指します。
 このユートピア思考は、1936年にハンガリーの社会科学者であるカール・マンハイムによって発展させられたものです。彼は『イデオロギーとユートピア』という本の中で、「あるもの」と「あり得るもの」の間の緊張関係を論じています。あり得ること──この社会がどのようにあり得るか──を描写することが非常に重要であり、これを彼はユートピアと呼びました。今日ではイデオロギーと社会の関係を理解することは非常に重要ですが、同時に、ユートピア、つまり、今あるものとは異なるものを描写しなければなりません。現在あるものと将来あり得るものとの間の緊張関係が、私たちの発展にエネルギーと方向性を与えるのです。
 マンハイムの50年後、フランスの哲学者ポール・リクールは、「ユートピア的思考を持たない社会は、発展を停止してしまうだろう」と言いました。おそらく、それが今日の問題なのでしょう。私たちは代替的な思考に対してオープンではないのです。イデオロギーの代わりにではなく、既存のイデオロギーに追加する形で、ユートピア的な解決策を描写つまり想像するよう人々を鼓舞することが非常に重要なのです。イデオロギーとユートピアの間の緊張関係は、エネルギーを生み出し、発展のための方向性を与えます。
 ベルゲン、トロンハイム、トロムソといったノルウェーの大都市の小さなコミュニティーや小都市でユートピア対話を行う際、私たちは代替的な未来を描写し、人々が自分たちの住みたい未来についての考えを発展させるきっかけとなるように努めています。問題に焦点を当てるのではなく、ただ一つのことを尋ねます。「あなたが本当に参加したいと思う社会をどのように描けますか」と。現在の社会とこの代替案を区別するとき、私たちは方向性が得られ、必要な変化のためのエネルギーを得ることができるのです。
 ユートピア思考と呼ばれるこの研究の伝統は、過去500年にわたりヨーロッパで非常に重要なものでした。未来がどうなるかを問うのではなく、未来がどうありたいかを問うのです。アメリカの社会学者ロバート・マートンは、自己成就予言という言葉を使いました。もし未来について考えがあるのならば、それが起こるかのように行動し、その描写に従って行動すれば、成功の可能性は非現実的なものではありません。大切なのは、未来はまだ終わっていないということです。すでにある未来に向かって歩いていると考えるのではなく、どこに行きたいかを考えることが大切なのです。自分たちの手で未来を切り開いていくのです。それがユートピア的な発想の重要な部分です。システム・レベル、個人レベル、意識レベルでの変化が必要です。このような変化は決して不可能ではないと思います。人類は歴史の中で変化に直面しましたし、私たちは今、変化する時代に生きています。

参考文献
オーヴェ・ヤコブセン『エコロジー経済学──未来からの視点(Ecological Economics──A perspective from the Future)』、フラックス・フラッグ社発行

(1)pengevirke.no

詳しくは、www.ovejakobsen.com をご覧ください。

「分離は全くありません……」(第二部)

エベン・アレグザンダー博士へのインタビュー

シェリーン・アブデル=ハディ・テイルズ

脳神経外科医であるエベン・アレグザンダー博士は、臨死体験(NDE)をし、奇跡的な完全治癒により世界観が一変するまでは徹底した唯物主義者であった。博士は今、幸福と治癒において意識が果たす役割に関する著名な講演者となり、国際的に活躍している。シェリーン・アブデル=ハディ・テイルズによるエベン・アレグザンダー博士へのインタビューの第一部(シェア・インターナショナル誌2022年2月号)において、アレグザンダー博士は、科学と宗教を合致させるという自分の仕事のきっかけや、生まれ変わりに対する信念、すべてのいのちが一つであるという理解について語った。

シェア・インターナショナル(以下SI):『癒し』という言葉は、実は『全体性』を意味するという、あなたの著書の中にあるこのシンプルな言葉が気に入りました。言い換えれば、『完全にする』ということです。肉体の生命を持続させることが最高の目標ではないということを、私は思い出します。むしろ、寿命が長かろうが短かろうが、愛をあらわす度合いや正しい人間関係をつくることの方が、もっと重要なのです。医師として、治療家として、これは正しい生き方の哲学であるとお考えでしょうか。

エベン・アレグザンダー:はい、それは決定的に重要なことだと思います。こうしたすべてのことを捉える最も良い方法は、個人の魂を見ることだと思います。もちろん、どの魂も本当のところは、個人的ではありませんが。これは、自身の目的を遂行しようとする魂の進化ではあり得ません。すべて、関係に関わることだからです。現代物理学とちょうど同じです。現代物理学が見いだしたことは、一つの電子や陽子について話しても意味がないということです。実際のところ絶えず起こっているのは、そうした電子や陽子の間の様々な関係だからです。この点において、意識の進化はとてもわくわくするものになると思います。意識の進化を成り立たせているのは、感性を持つ個別の存在者が、お互いとの関係や世界全体との関係、宇宙全体との関係について学ぶときに経験する事柄だからです。すべてのものが、こうした変容と意識の進化を経験する過程にあります。
 覚えておきたい大事なことは、それは旅路や、学ぶことと教えること、大きな規模での変容と意識の成長に関わるということです。つまり、多くの方法で、感性を持つ存在が自分自身の生きる目的や、自分と宇宙との関係についてのより深い理解に到達するということです。また、あなたがおっしゃるとおり、あらゆる犠牲を払ってでも肉体を生かしておくことに関するものではありません。それは、私たちが参加しているこのドラマ全体の最終目標ではありません。ドラマはもっと壮大であり、魂の集団としての私たちの共同の使命は数多くの転生にまたがるという認識を伴います。ですから、肉体が終わりを迎えることは、思い悩まなければならないことではありません。
 幼い子供を亡くした人々のケースがたくさんあります。そのような家族と突っ込んだ話し合いをした時に私が認識するようになったことは、旅立った子供を家族の中で最も強い魂、家族を実際に一つに結びつけた魂と見なされていることがよくあるということです。それは実際のところ、教訓を学ぶことに関係しているということが多くの例から明らかです。子供を失うという恐ろしい悲劇は、何らかの教訓と整合していることがよくあるということが分かるようになりました。家族同士が関係し合いながら、意識はずっと続いていくという教訓であり、そこから家族は恩恵を得るようです。旅立った愛しい子から得た最大の贈り物は、死についての展望、死の体験の共有、死後の意思疎通であった、と人々はよく私に言います。つまり、魂がまだつながり合っているという非常に具体的で力強い認識です。どのような喪失であったとしても、そのことによってすべてのことが価値を持つようになることが多いのです。

SI:「バイノーラルビート(両耳性うなり)」*についての章にとても興味を覚えました。バイノーラルビートの背後にある理論と、それが様々な精神的または肉体的な疾患で苦しむ人々をどのように助けることができるのかについて説明していただけますか。

* 〔編集者の註:バイノーラルビートはヒーリング・アコースティックス(治癒のための音響)の一形態であり、特に不安症や不眠症、その他の精神的ストレスの症状を和らげるということが証明されている。カレン・ニューウェル氏によると、『バイノーラルビートは、脳幹下部で相互作用する二つの別々の周波数が集束することによってつくり出され、脳の大脳皮質野によって感知されるうなりが生じる』──詳しくはsacredacoustics.comを参照〕

アレグザンダー:一つの非常に重要な点を指摘しておきたいと思います。バイノーラルビートは脳幹下部の神経回路に影響を与えるということです。それは独特なものです。今まであなたが耳にしたことのある、超越的な体験を授けたあらゆる音──聖歌、国歌、賛美歌など──は、聴覚を司る大脳皮質の側頭葉で処理されていました。
 セークリッド・アコースティックス(聖なる音響)とバイノーラルビートは──3億年前からある──脳幹下部を通ります。そこが、大きな力が入ってくるところだ、と私は考えます。このとても原始的なレベルにおいて意識に取り組むことができます。そこは、私たちの自由意志とプラシーボ(疑似薬)効果に関係するところでもあると考えています。例えば、プラシーボ効果を見てみると、それは非常に現実的なものであり、信念や態度、思考が健康状態や健康回復に途方もない影響力を及ぼすことがあるということが分かります。プラシーボ効果は始まりにすぎません。例えば、病気の自然回復のことを考えてみてください。意識科学研究所(IONS)に行って「自然回復」について調べれば、特定の霊的実践を通して自分のがんや感染症などを癒した人々の3,500件の症例を記述した、その研究所が発行した本が見つかるでしょう。セークリッド・アコースティックスは意識的な認識のこうした非常に深いレベルに入っていき、高次の魂と一つになるためのとても強力な手法です。そうすれば、魂はそのような治癒を可能にします。それは不安症の研究で分かっていることに似ています。
 臨死体験や、私の場合のような奇跡的治癒について検討しても、現代医学では説明できませんが、そのようなものは起こっています。霊的体験を伴うので、それは起こっているのです。ですから、これはすべて、このような最善の結果へと私たちを案内し導いていくことのできる私たちの精神と魂の本質についての、はるかに豊かで深い認知に関わるものです。そのような場合に、バイノーラルビートはとても効果的になり得るのだと考えています。

SI:バイノーラルビートを通して臨死体験のような体験を引き起こすことはできるでしょうか。これは医療分野での将来の治癒の一部になると思いますか。

アレグザンダー:こうした臨死体験のような体験をするために臨死体験をしなければならないか。私の答えは、いいえ、です。あなたは意識の探検者にならなければなりません。あなたが瞑想を行う人であれば、あるいは心を集中させる祈りを使用し、内面に深く入ってあの自我の声を休止させる方法を持っていれば、霊的な通路の実態や、それと自分との関係について知る必要のあるあらゆることを学び、そして知る道の途上にあるでしょう。ですから間違いなく、すべての人がそれに近づくことができます。瞑想や心を集中させる祈りはとても重要なものになり得るでしょう。もはや「ここ」や「今」に閉じ込められることのない、拡大する認識を実際に再現し、抱くことができるようになるからです。この点で、瞑想や心を集中させる祈りはとても大きな役割を果たすことができると思います。そうした魂の高次の様相は非常に、非常に強力です。私は瞑想の体験でそれにかろうじて触れただけですが、それでも、その様相がいかに強力になり得るかを認識するようになりました。
 1970年代中頃の当初の臨死体験研究者の一人であったケネス・リング氏は素晴らしい記事を書いています。必ずしも臨死体験をする必要はなく、臨死体験に気づき、こうした話を研究すれば、自分でより深い理解に達するのに大いに役立つということを明らかにしました。それが本当に大切なことだと思います。私たちの誰も、個人的にあらゆる体験をすることを期待すべきではないでしょう。他の人々の体験にも注意を払うとよいでしょう。
 私は他の人の体験に関心を抱いているだけでなく、こうした体験をできるだけ多く学びたいと思っています。何が可能であるかを理解する手助けとなるからです。瞑想と、心を集中させる祈りを通した体験のための舞台を、私が個人的に設定するための環境を整えたいとも思っています。カレンと私はワークショップでいつもこのようなことを考えています──臨死体験をしたことがない人々が瞑想で、特にセークリッド・アコースティックスを用いて、物質界を去った愛しい者たちに出会うという非常に現実的な体験をします。それはとても、とても助けになることがあります。このようなことをしょっちゅう目にしますので、瞑想だけでも、こうした人生が変わるような体験をすることがある、と確信をもって言うことができます。

SI:あなた自身の臨死体験に基づいて、医療分野でどのような変化が起こることを期待しますか。

アレグザンダー:私が期待する大きな変化は非常に急速に起こっています。『プルーフ・オブ・ヘブン』という本を書いた主な理由の一つは、医学界がこのようなことすべての現実性に目覚める一助になればよいと思ったからです。カレンと私はたくさんの医師や看護師、他の科学者からの声を聞きます。しかし確かなことは、『プルーフ・オブ・ヘブン』『マップ・オブ・ヘブン』『マインドに満ちた宇宙に生きる』という本で私たちがメッセージを発信したことについて、治癒を専門とする人たちが感謝の言葉を述べているということです。
 特に3冊目は、科学的な思考をする人や医学界にとって、前方への大きな飛躍となっています。そうした人々がこう言うのに役立つからです。マインドが根本的な要素となるこうしたより大きな現実こそが、最初から想定し理解すべき現実であり、マインドによって健康や治癒に途方もない力を及ぼすことができる、と。これは、そうしたことはあり得ないと主張しようとする馬鹿げた限定された唯物的モデルよりも、私たちが持つあらゆるデータと整合します。
 ですから、私が医療関係者をそのことに目覚めさせ、この世界の至るところで毎年起こっている何百万件もの臨死体験のふたを彼らが開けるのを手伝えば手伝うほど、この世界は変化するでしょう。私にとって、医学界の扉を開けることは、世界全体の扉を開けるための鍵となる要素の一つです。医療関係者はとても多くの形で、こうした話の門番の役目を果たしてきたからです──昏睡状態になる前の自分のように。私は唯物主義的な医師の一人でした。誰かの背中をたたいて、例えばこう言っていました。「そうですね、あなたはとても具合が悪かったのです。死にかけた脳はあらゆる種類の幻覚を起こします。だから、そのことを忘れてもいいのですよ」と。しかし、それは真実ではありません。こうした話や体験にはずっと多くのものがあるということを私たちは知っています。それは何らかの深い説明を必要とし、私たちの存在そのものについての真実を理解するのを助けてくれます。このような理由で、医学界の扉を開けることが私の大きな目標の一つとなっています。
 意識の研究において世界的に非常に尊敬されているたくさんの科学者が、私たちの本『マインドに満ちた宇宙に生きる』を推奨してくれていることを知っています。究極的には、それは科学の革命なのです。
 このより大きな見方は、個人だけでなく人類全体にとってもとてもわくわくするものです。私たちは肉体であり、誕生して死ぬだけの存在だと仮定する唯物主義のわびしくつまらない作り話よりもはるかに理に適った、ずっと大きな領域を提供してくれるものです。そうした作り話のすべては間違っており、実験データと合致しません。そのようなわけで、この革命が実際に、科学を根拠とした革命であるというのは非常に重要なことです。
 ここでは、はるかに深い何かが進行しています。それは、私たちが達しようとし始めたばかりのものですが、やがて人々は、これが信仰の革命ではないことを理解する必要があります。それは実在の本質、マインドと脳の関係、意識そのものについての科学的理解という革命なのです。そのようなわけで、きちんと理解することが非常に重要です。

「分離は全くありません……」

エベン・アレグザンダー博士へのインタビュー
シェリーン・アブデル=ハディ・テイルズ

 ハーバード・メディカル・スクールや評判の高い大学病院で数十年にわたって医師や准教授として働いた経歴を持つ脳神経外科医、エベン・アレグザンダー博士はかつて、唯物的な世界観──物質世界が存在するすべてのものだという信念──を断固として支持していた。彼の科学的な信念体系は2008年の超自然的な臨死体験(NDE)によって一変することになった。それは1週間続いた昏睡状態の間に体験した別の領域への旅である。病気の経過予想は厳しいものであったが、不可解なことに、アレグザンダー博士は目覚めると完全な健康を回復した。彼の症例と回復は、論文審査のある「神経・精神疾患ジャーナル」で検証された。
臨死体験以来、アレグザンダー博士は自分の豊かな霊的体験と、量子物理学や宇宙論、マインドの哲学との折り合いをつけてきた。意識が健康や治癒、回復で果たす役割について教えるために、アレグザンダー博士は世界中で講演を行っている。
 アレグザンダー博士は先駆的な科学者、現代思想のリーダーとして、ワトキンスブックスが選ぶ「2020年度マインド・ボディ・スピリット・リスト(精神世界で最も影響力のある人物ランキング100人)」に名前が挙げられている(ダライ・ラマやフランシスコ教皇、エックハルト・トール、デズモンド・ツツらと共に)。2013年以来、このリストには何度も登場してきた。アレグザンダー博士は400回を超えるメディアのインタビューを受けてきた。その中には、ABCテレビの「グッドモーニング・アメリカ」と「20/20」、「ドクター・オズ・ショー」、オプラさんの「スーパー・ソウル・サンデー」、「ラリー・キング・ナウ」「フォックス・アンド・フレンズ」「ディスカバリー・チャンネル」「バイオグラフィー・チャンネル」、ラジオやデジタル、ポッドキャスト番組の数多くの国際インタビューが含まれる。シェリーン・アブデル=ハディ・テイルズがシェア・インターナショナル誌のためにエベン・アレグザンダー博士にインタビューを行った。

「他に言いようがありません──神と私との間に分離は全くありませんでした」
──アレグザンダー博士

シェア・インターナショナル(以下SI):あなたは著書『マインドに満ちた宇宙に生きる』の中で、レイモンド・ムーディ博士が臨死体験という主題についてさらに探求することにつながった彼自身の体験について書いておられます。ムーディ博士はプラトンの『国家』を読みました。プラトンがその本の中に書いているのは、死んだ後に生き返ったアルメニア人兵士の話です。彼は仲間の兵士たちにこう語りました。人が死ぬと、人生の最も顕著な出来事を振り返る過程をたどることになるが、「審判を受ける際に最も重要となる特質は、ここ地上で生きている間に現すことのできた愛だ」と。これは、あなた自身や他の人々の臨死体験において共通の特徴なのでしょうか。結局のところ、最後に残るのは「愛」なのでしょうか。
エベン・アレグザンダー:これは、臨死体験を通して明らかにされた霊的領域の核心を突くいい質問だと思います。レイモンド・ムーディ氏の本を読んで直接お会いし、この探求に深く関わり始め、さらに自分自身の体験を通して理解してからは、プラトンが2,400年前に起きた体験について書いたという事実には、私にとって途方もない意義がありました。今日、戦場にいる兵士にも同じことが言えるでしょう。
 もちろん、最も大事な部分は、愛が実際にすべてのものの核心にあるということです。私たちが共有しているこのつながり、私たち全員が本当につながり合っているというこの素晴らしい感覚の核心にあるのです。それはまるで、私たちが一つのマインドの夢を共有しているようなものです。このアルメニア人兵士が2,400年前に、こうした体験に関して起こっていることや、そうした体験が私たちと宇宙との関係、特にお互いとの関係について示唆することをうまく言い当てていることをうれしく思います。また、ムーディ博士がその話を紹介し、1975年に『かいまみた死後の世界』(評論社、1989年)という本を執筆する勇気を持っておられたことを本当にうれしく思います。その本をきっかけにして、この途方もない研究の傾向全体が実際に生じることになったと思います。
 臨死体験で感じられる一体感は、まさしく普遍的なものです──あの愛の感覚、愛の癒す力のことです。人生を振り返る瞬間に、それは感じられます。とても大事な要素の一つは、その人自身の見方ではなく、その人の行動や思考によって影響を受けた周りの人々の観点から人生を振り返ることになるということです。ですから、この人生の振り返りによって明らかになるのは、こうした人々に大きな影響を与えていると考えられる自我の境界とは実際のところ、私たちが生きているドラマを支える架空の話のようなものだということです。もっと深いところでは、そうした自我の境界は偽りのものであり、私たちは実際、全員が一緒に学び合ったり教え合ったりするこのドラマの一部なのです。このことを理解するのに臨死体験をする必要はありません──これについて知り、それから自分自身の意識を探究するだけでいいのです。そうすれば、必要なものすべてがしばしば与えられます。
 多くの方法で、この臨死体験についての現代の研究と意識の科学は、一つのマインドという概念へと間違いなく収れんしつつあります。つまり、私たちは一つのマインドを共有しているということです。2,400年前のアルメニア人兵士の話だけでなく、今日の非常に多くの体験で描写された、人生を振り返る瞬間の話を聞けば、そのことが分かります。それは実際のところ、人にされてうれしいことを人にしなさい、という黄金律です。これはまさに、宇宙の基本構造の中に書き込まれてい
ます。

SI:それはまさに、時間は存在しないことを実証しています。この生きるという体験は個人的なものではなく集団的なものです──たとえ大抵の人が個別の体験をしていると本気で考えているとしても。しかし、それは見当違いの信念です。
アレグザンダー:そのとおりです。そうすると、意識そのものの進化の力を垣間見始めることができます。それはまさに、この対談全体の主題にほかなりません。意識は脳の一部ではないため、意識は死で終わらないということです。無に反するものが宇宙にあるのはなぜでしょうか。それはどこかに行くのでしょうか。
 そのようなわけで、カレン〔『マインドに満ちた宇宙に生きる』の共著者であるニューウェル氏のこと〕と私はよく、スティーブ・ジョブズがこの世を去ろうとしていた時に発した最後の言葉が「すごい、ああ、すごい。ああ、すごい」であったことを指摘するのです。彼が目撃していたのは、単にあらゆるものが暗くなるということではなく、信じられないような認識の拡大だったのです。

SI:死の瞬間に人の信念体系が果たすことのある役割について話していただけますか。信念体系はそうした体験の解釈の仕方に影響を及ぼしますか。
アレグザンダー:いい質問だと思います。私たちの信念はとても大切だと思います。信念は一定の枠組みを定めるからです。その枠組みは例えば、死ぬ時に、最初の段階をどう解釈するか、あらゆることが起こるということをどこで学ぶかを決定づけます。信念は人々を袋小路に迷い込ませるような可能性がある、と私は考えています。もしあなたが筋金入りの唯物論者であれば、死につつある時に、自分の存在は続くということを認識し、戸惑いがそこでの何らかの閉塞へとつながるかもしれません。しかし、ここで是非とも指摘しておきたいのは、例えば私自身の場合は、宗教教育はノースカロライナ州の伝統的なメソジスト教会の中で行われたということです。私は脳神経外科での25年間にわたる学者生活の中で聞いたことの多くを信じたいと思っていました。私がそのことで苦労したのは、意識的な認識が脳と肉体の死を超えて存続することがいかに可能となるのかを、科学的な観点から全く理解することができなかったからです。そのようなわけで、臨死体験は自分にとって非常に重要だったと思います。臨死体験は、肉体脳の束縛から解放されることによって意識が実際に豊かになることをはっきりと示しました。
 ここで指摘しようとしているのは、私の宗教的な信念に従えば、神と本当に一体になる、あるいは、あの神聖な存在者、あの創造的な源と一つになるという概念を心に抱くことはないということです。しかし、それこそ、昏睡状態の中で体験したことです。他に言いようがありません──神と私との間に分離は全くありませんでした。
 重要なのは、何が起こり得るかに関して、昏睡状態以前の信念には制約されなかったということです。実際に起こることは、とても現実的な世界を目にし、自分が見ているもっと大きな世界──霊的な宇宙と、霊的な存在としての私たちの実相──について容易に説明できるよう、自分自身の信念を修正しなければならないということです。そのため、こうした体験は信じられないほど貴重なのです。私たちは本当に、現代の個人的体験とこうした体験の科学的説明の時代にもっと十分に順応できるよう、様々な宗教体系を拡大させていくことができます。
宗教はこの世界を正しい軌道に乗せるのに5,000年余りを費やし、最善を尽くしました。この現在の革命について私が気に入っている点は、意識と実在の性質についての理解──私たちは本質的に、はるかに理に適った前進の道を見つけようとしているという理解──が深まっていることです。この唯物主義は、究極的には崩れ去らなければなりません。紛れもなく人を惑わしているからです。
 しかし、こうした古代の霊的伝統の一部は最もなことを述べており、現代科学はそれと完全に一致します。そのようなわけで、この革命はとても異なったものになると私は考えます。この革命は意識に関わるものです。それはまさに、人類すべてが進んでいく道であり、科学に基づくものです。一つであることと愛の癒す力に関して、科学は何千年も前の深遠で神秘的な教えと実際に一致しており、そうした教えを支えています。

愛の大海の中での日光浴

SI:あなたの体験と教えは、死の恐怖、したがって生の恐怖を根絶するのを助けるために非常に有益であると思います。また、それは魂の存在の事実を確立するのに役立ち、私たちが本来の自分と正しく同一化するのを助けてくれます。また、少なくとも、本来の自分でないものに気づかせてくれます。あなたの体験や他の人々の臨死体験は、そうした体験をしていない人々を他にどのような方法で助けるとお考えでしょうか。その体験はあなたと共にあるのでしょうか。
アレグザンダー:そうですね、それが本格的に役立つのは、何千件もの臨死体験を見渡してみて、人生を振り返る瞬間について聞き、人々が愛──あの限りなく愛情深い力──の中に浸ることについて聞く時でしょう。それを神やアラー、ブラフマン、ヴィシュヌ、エホバ、ヤハウェ、偉大なる霊など、何と呼ぼうと変わりありません。それにどんな名前を付けたいと思おうと私は気にしません。実際のところ、それらは同じものを描写しているからです。それだけでなく、その力と一つになった感覚や、その愛の大海の中で日光浴をすることについてもよく描写されます。それこそが、次のことを認識する勇気を与えてくれるのです。つまり、死について恐れるものは何もないということ、私たちの意識的な認識そのものがそうした神の力に由来するということ、そして本質的には、私たちは全員、自分たちが進化していく未来を共に創造している者たちであるということです。
 ご存じのとおり、唯物主義の科学は、自由意志のようなものはない、とあなたを説得しようとします。意識は脳内の化学反応と電子束の付帯現象にすぎない、と唯物主義の科学は誤認しています。その場合は意志が全く働いておらず、だだの偶然にすぎないように見せかけようとします。意識は、自然法則や物理学、化学、生物学の法則に従っている脳内の質料にすぎないといいます。それから、そうしたあらゆるものから漏れ出すものが意識の体験であり、それは偶然にすぎず、何の意味も目的もないといいます。そこが、明らかに焦点が大幅にずれているところです。というのは、神との一体性と共同創造の精神というこの概念は、この宇宙が進化していく中で私たちが目撃するすべてのもの、すなわち、すべての人類の歴史、宇宙の歴史、私たちが知り記録し理解できるすべてのものの歴史は、私たちの意志を表すものであることを認めるための方法なのです。そこにはとてつもない規模の意志が作用しているのです。電子や陽子、クォークが衝突するだけではなく、そうしたすべての中にはとてつもない規模の意志と目的があります。そういうわけで、私たちの対談は宇宙の心理層に近づくことにとても関連しているのです。
 そうした宇宙との一体感のようなものに触れれば、決して忘れることはできないと思います。なくなりようがありません。そうした体験は、人生の出来事の記憶や夢、あるいは幻覚よりもずっと現実的であり安定しています。脳と連結した目や耳によって情報にフィルターがかけられることはもうありません。こうした霊的な旅においては、そのようなフィルターは作用しません。それはまさしく、情報の膨大な流入なのです。それが、説明するのがとても難しい理由の一つであり、そのようなわけで言語に絶すると言われます。そうした体験は空間と時間の外で起こります。それは言葉で物語ることができる単純過ぎる小話のようなものではありません。その体験はそのようには流れないからです。情報の流れははるかに壮大であり、そのようなわけで人々は人生のすべての主要な出来事を完全に振り返ることができます。すべてのことが、心停止した2分間で起こり得ます。
 しかし、臨死体験をしている人にとって、2分は1年のように思えるかもしれません。とても効率良く機能するのは、物事を知るための方式が全く異なっているためです。同一化するような知識であり、あなたは周囲の場面そのものになります。この人生の振り返りの瞬間には、あなたは他の存在者になり、自分の行動と思考が周りの人たちに与えた影響を、そうした人たちの観点から目の当たりにします。そうした瞬間をとても確固とした、詳細な、超現実的な形で再度生きるのです。こうした信じられないような和合があります。それによって明らかになるのは、地上での時間の流れという概念そのものが間違っているということです。ここで、こうした人生を生きることが進行中の架空の話だということが裏付けられます。しかし、時間と空間の外にあるはるかに深い現実が存在します。そうした現実においては、精神的観点から舞台装置を見ることができ、脳内にいるという意味での「ここ」や「今」にはそれほど限定されません

生まれ変わり

SI:あなたの研究を通して、生まれ変わりに対する信念を支持するような情報や体験はありましたか。
アレグザンダー:生まれ変わりがよく話題になりますが、私自身の観点から、大事なことを指摘すべきでしょう。昏睡状態以来の13年間に私が調べたあらゆることや昏睡状態そのものによって非常にはっきりしたことは、生まれ変わりは現実だということです。
 当時は、生まれ変わりを裏付けるあらゆる科学的データがあることや、生まれ変わりは合理的疑いの余地なく証明されていることを認識していませんでした。生まれ変わりにはどうやっても反論できません。これまで科学界で却下されてきたのは、当然ながら、唯物主義がそれを支持しないからです。ところが、生まれ変わりは実証的なデータに基づき、絶対に現実のものです。私たちはもっと深い理解に到達しなければなりません。生まれ変わりは確かに、この意識の進化の科学と合致しています。脳はフィルターである一方、意識は宇宙全体を通してもっと統合されているようです。すべてはこうした思考の進化と完全に符号しています。
 最近執筆された論文もいろいろあります(bigelowinstitute.orgを参照)。そうした論文を読めば、死後の生命だけでなく生まれ変わりも支持する途方もない量の科学的データがあることが分かり始めるでしょう。そうした論文の多くが、この難題の非常に大きな部分としての生まれ変わりについて深く研究しています。これは大ニュースです。唯物主義の科学者が全く無知なことに、文献をろくに参照しないで「こんなことはどれも現実ではなく全部妄想だ」と言い放つという馬鹿げたありさまを、私たちはついに乗り越えようとしているからです。ですから、文献を理解する人たちと一緒に前進していきましょう。また、そうした論文は良い出発点となります。生まれ変わりは本当に現実だということを確認せずに読むことはできないでしょう。信じてください、皆さん──生まれ変わりは私たちの現実です! 生まれ変わりについてもっと理解を深めましょう。
 覚えておきたい大事なことは、メソジスト教会での私の宗教教育において、生まれ変わりのようなものは決して認められていなかったということです。しかし、私の旅を通してやがて非常に明白になったことは、生まれ変わりが果たす非常に幅広い普遍的な役割を認めることなく、こうしたことについて何かを理解することはできないということです。その役割とは、私たちの魂が何度も何度も戻ってこられるようにすることです。
 生まれ変わりは、こうしたすべてのものを支える一連の科学的データの絶対に欠かせない部分ですが、『マインドに満ちた宇宙に生きる』で指摘していることは、この話は生れ変わりだけに関するものではないということです。2冊目の本『マップ・オブ・ヘブン』で指摘されているように、ある種の恩寵が存在するということと、このすべては実際の進化に関するものだということを認識することが決定的に重要です。私たちは何かに向かって進んでおり、目的を共有しています。宇宙全体がこのような変容の過程に従事しているのです。
[第一部終わり]

詳しくは ebenalexander.com をご覧ください。

参照文献
エベン・アレグザンダー著、白川貴子訳『プルーフ・オブ・ヘブン──脳神経外科医が見た死後の世界』早川書房、2013年
エベン・アレグザンダー&トレミー・トンプキンズ著、白川貴子訳『マップ・オブ・ヘブン──あなたの中に眠る「天国」の記憶』早川書房、2015年
エベン・アレグザンダー&カレン・ニューウェル著『マインドに満ちた宇宙に生きる──意識の中核への脳神経外科医の旅(Living in a Mindful Universe: A Neurosurgeonユs Journey into the Heart of Consciousness)』ピアトカス、ロンドン、2017年

余暇の真の価値

エリッサ・グラーフ

パンデミックの中で生きることで得られる希望の兆しがあるとしたら、時間をより重視することを学んだことが、その一つかもしれない。相次ぐロックダウンにより日常生活が立ち往生する中で、何百万もの人々が自分にはもっと時間があることに気づいた。多くの職が失われ、企業が倒産したが、こうした厳しい状況下で、多くの人々が優先順位を再考する機会を得ることにもなった。

 キャスリン・ハイムズ氏は、ワイアード誌の2021年11月号の記事でこう述べている。人々は現在、「……転職したり、キャリアの梯子上で『ダウンシフト(ゆとりある生活への切り替え)』をしたり、労働から完全に離れた時間をとったりしています。一部の労働者は、新型コロナウイルス時代以後の新たな明晰さと貯蓄により、パンデミックで大変な重労働となった最前線の不安定な仕事から退きました。他の人々は、より大きな柔軟性や自己決定と引き換えに金銭や地位を得る機会を放棄したことを報告しています」。その結果、記録的な数の人々が退職している。米国労働省によると、2021年4月だけでも、かつてない400万人の人々が仕事を辞め、観測筋はこの時期を「大量退職時代」と呼ぶことになった。ハイムズ氏は、この呼び方は的外れであるとして、次のように述べる。「大量退職は、表面上は職業上の地位の用語を前提としていますが、同時に存在する間違いなくより大きな物語を見落としています。それは価値観の根本的な再編であり、そのために、家庭での生活、家族や友人との生活、そして労働以外の生活との関わり方に人々は直面し、それを見直しているのです」
 約1世紀前のもう一つの同様の歴史的瞬間──大恐慌のために数百万人が突然失業した時──には、哲学者、バートランド・ラッセルは著書『怠惰への讃歌』の中で、すべての人間にとって意味のある余暇の必要性を概説し、人の価値はその人の経済的生産性によってのみ測定可能であるという依然として根強い文化的仮定に挑戦した。シェフィールド大学の哲学講師、マックス・ヘイワード氏は、2020年のニューステイツマン誌の記事でラッセルの議論の今日における関連性を指摘し、こう説明している。「ラッセルは、一部の人が身を粉にして働き、他の人が失業中の貧困に苦しむような経済制度を改革するだけではなく、『経済的に生産的な』労働の能力に応じて自分自身を評価するような文化的倫理に挑戦する必要があると考えました。人間は単なる労働者以上の存在です。私たちは怠惰を評価する方法を学ぶ必要があるのです」
 ヘイワード氏はこう指摘する。GDPを成功の標準的な尺度だとすると、「……その市民が隣人よりも収入が年平均で1,000ポンド少ない場合に、ある社会を相対的な失敗と考えなければなりません。たとえ、その市民がより多くの余暇を過ごし、より多くのスポーツをし、より多くの散歩をし、より多くの本を読み、より多くの音楽を聴き、より多くの絵を描いたとしてもそうなのです」。しかし、この考え方は次のように私たちを運命づけている、と彼は述べる。「ラッセルが想像する社会──意味のある怠惰に投資する社会──は真に革命的です。その経済構造が刷新されただけではなく、それが社会の理解の仕方と価値観そのものを変えたために革新的なのです」
 ベンジャミン・クレームは著書『生きる術』で、余暇を神に賦与されている特質と定義している。「……〔余暇とは〕あなたが本来やりたいことをやることです。それは創造的です。それは創造的になる機会です」。彼は、魂から来る創造的な活動を人生の本質と説明し、生きる術は実際には創造的に生きることであり、それは人生のあらゆる側面に関係していると言う。これが、余暇が不可欠である理由であると彼は言う。しかし、今日のストレスの多い生活環境の結果として、「ほとんどの人が、反復的な作業プロセス、劣悪な環境、日々の活動の空虚さと反復性によって全く活力を失っているため、創造性はほとんど期待できません」とクレーム氏は付け加えている。
 さらに、広範囲にわたる貧困と社会的不公正の結果、地球上の大勢の人々は深く満たされない人生を送っている。彼らは、生き残るために十分な収入を得ることにのみ専念し、したがって余暇の機会を見つけることもない。クレーム氏は、人類の内なる真の霊的特質が現れるのを妨げているのは、この強制された貧困であると主張している。解決策は、世界の資源を分かち合うことである。これにより、すべての人が自分の基本的ニーズを満たすことができる物品を利用できるようになる。これは、国連の世界人権宣言に定められている基本的権利でもある。
 ベンジャミン・クレームは次のように書いている。「余暇のための教育は、内面のスキル、才能、潜在能力を伸ばす可能性を、現在では想像もできないようなやり方で人々に解放します」。そうした教育はどのようなものだろうか。バートランド・ラッセルにとって、創造的な余暇を楽しむために必要な能力、知識、習慣を人々に身に付けさせることは、教育の主要な目標の一つでなければならない。マックス・ヘイワード氏は次のように示唆する。「これは改革を意味します。高等教育の機会を大幅に拡充する必要がありますが、大学や学校のカリキュラムは、雇用に必要なスキルと同様に、創造的な芸術と純粋な好奇心の追求に重点を置く必要があります」
 この余暇教育の時代は遠い夢ではないかもしれない。今日利用可能なオンライン教材の膨大な多様性──あらゆることに興味を持つ人々が新しいスキルを学べるYouTubeのDIY動画、生涯学習の探究に利用可能な無料の大規模公開オンライン講座(MOOC)の拡大など──を考慮すれば、それはすでに進行中である。
 この前例のない地球規模の危機の時代において、より多くの余暇を可能にし、人間を解放することは、ルネッサンス──世界を真に変えることができる人間の創造性の繁栄──を推進する可能性を秘めている。

参考文献

ニューステイツマン誌およびワイアード誌
ベンジャミン・クレーム『生きる術』シェア・ジャパン出版、2006年
『いのちの水を運ぶ者』シェア・ジャパン出版

「当面の必要は、仕事の過程を変革し、日々の仕事の他は何も知らない無数の人々を、単純作業の苦痛から解放することです。……『道を示させてください──誰も窮乏することのない、より簡素な生活に至る道を。そこでは、同じ日が二度と繰り返されることなく、同胞愛の喜びがすべての人間を通して顕されるのである』(マイトレーヤ、『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第3信)

余暇とは、やりたいことをやり、肉体やマインドやハートを休ませることをやり、あるいは共同体のための仕事以外にあなた自身のために何かをやる時間を提供するものです」

──ベンジャミン・クレーム、『生きる術』

ジェレミー・レント氏との対談 疎外に対する解毒剤

フェリシティ・エリオットによるインタビュー

ジェレミー・レント氏は作家、講演者、非営利団体「リオロジー研究所」の創設者である。著書『意味の網』の書評がシェア・インターナショナル誌8月号に掲載された。

シェア・インターナショナル(以下SI):あなたの本について、聞かれればどんなコメントができるだろうかと考えていました。次のものに落ち着きましたが、あなたはどのように思われるでしょうか。ジェレミー・レント氏の最新刊『意味の網:宇宙での私たちの場所を見つけるために科学と伝統的な知恵を統合する』は、疎外に対する解毒剤である、というものです。

ジェレミー・レント:素晴らしい描写の仕方ですね。この本の本質的なテーマは、現代の世界観がいかに分離だらけであるかということです。この本は、分離が人間の経験や文明の方向にとって危険で害悪があるということだけでなく、全く間違ってもいるということを明らかにしています。別の世界観があります──つながりという世界観であり、世界中の伝統的な知恵の文化だけでなく、現代科学も指摘しているものです。それは、個人としての私たち自身や、地球に関連してすべての種にとっての、信じ難いほど肯定的な前進の道を示している見方です。

SI:現在の支配的な現実観は危険だと述べておられますね。どうしてそうなのか説明していただけますか。

レント:最も明白な理由の一つは、その現実観が文明そのものを、私たちが一部である「生きている地球」との、このような信じ難い不均衡へと追いやっているということです。私たちは皆、この状況が今世紀になって突きつけている気候崩壊と恐ろしい危険のことを知っていますが、それよりもさらに広範なのは、私たちが引き起こしている生態系全体の破壊です。もし転換を図らなければ、何らかの形の文明の崩壊へと至るでしょう。それよりさらに重要かは分かりませんが同じくらい重要なのは、この惑星上のいのちの豊かさと多様性の多くの崩壊です。とてつもない規模で起こっているため、極めて危険です。
 しかし、それは一人ひとりにとっても危険です。幸福感を奪い去ってしまうからです。現代の消費文化は、私たちが人生に満足しないように設計されており、長期的な幸福の道から私たちを遠ざけます。

SI:広告や大量消費主義の仕組みはとても狡猾です。一つの側面は次のような宣伝文句です。「欲しいでしょう。必要でしょう。あなたはそれに値しますから、買った方がいいですよ」。人間のいのちの価値は、知らぬ間にそうした考えと結びつけられ、人々はつい買ってしまいます。

レント:それは全く真実です。本当の統合的な幸福を培うことを取り上げた章で、このことについて詳しく掘り下げています。幸福とは実際のところ何を意味するのかを見てみると、消費社会はまさしく幸福をかき乱すように設計されているということが分かります。もっと油断がならないのは、私たちが集団として生活し、何百万年もかけて発達させてきた特定の中核的な人間の特徴があるということです。私たちは強力な道徳的感情を発達させてきました──周りの人から敬意を払われたい、のけ者になりたくない、自尊心を持ちたいという欲求のような感情です。しかし、広告戦略家が行ってきたことは、そうした感情を分析して倒錯させ、社会の福祉について私たちが持つ感覚をかき乱そうとすることです──そのようにして、必要だと告げられる商品を購入することで自己有用感が得られます。しかも、感情のレベルだけでなく、甘いものや油っぽいものを求める生理的な欲求までも利用し、心理面にも同じ働きかけをします。今では、金もうけのためだけに、私たちの性質のこうした多様な要素を操作するための洗練されたアルゴリズム(一連の手順)さえも存在します──これは本質的に、私たちをコンシューマー・ゾンビ(次から次へと買い続ける消費者)になるよう仕向けるものです。

SI:そのとおりです!  それをお聞きしたところで、あなたの本の構成の話に入りたいと思います。とても魅力的な構成になっていますね。「私は誰か」という、ちょうどあなたが書き始めているところから話し始めるべきでしょう。私たちのアイデンティティー(独自性)が操作されていることについて話しているからです。

レント:この本は実際、いくつかの大きな疑問を中心に構成されています。「私は誰か」「私はどこにいるのか」「私は何なのか」「私はどのように生きたらよいのか」「私はなぜいるのか」といった疑問です。いずれの場合にも、こうした疑問に対する現代の主流の答えを見ていくと、その答えは科学的に間違っているだけでなく、有害であるということが分かります。それからこの本は、こうした疑問に対する異なった答えの可能性を探っています。
 「私は誰か」について検討するときは、現代の世界観が私たちに告げていることから始めるのが最適でしょう。それは実際のところ、デカルトの有名な言葉「我思う、故に我あり」で始まり、そして終わります。デカルトや彼に続く多くの人が述べたことは、私とはその思考能力であり、概念化する能力を持つ脳のその部分であり、知能テストで測定できる部分であるということです。それが本当の自分であり、「私」のその部分はこの肉体に宿っている。肉体は機械であり、私の思考を司る部分を支えるためだけにあるというのです。
 もちろん、もしそれが本当なら、動物は私たちのように象徴的な方法で考えることができないので、動物が実際のところ存在しないのは明らかだということになります。動物は単に、私たちが搾取する物的資源として存在するということになります。私たちは本当のところ、自分自身の肉体存在から分離し、自然界から完全に分離しているというのです。自然界のすべてはただ私たちのために存在するものと考えられます──私たちだけが真の存在だというのです。しかし、それが根本的に間違っていることを現代生物学は明らかにしています。
 私たちは確かに、デカルトが語ったその部分でありますが、「生きた意識」でもあります。私たちは生きた存在であり、それをすべてのいのちと共有しています。

SI:「生きた」という言葉は、意識や認識を意味するために使っているのですか。

レント:はい。知覚、感受性のことです。生きているすべての存在に内在するものです。現代生物学が明らかにしたのは、私たちが自慢することのある概念的知性よりも、この知覚は多くの点でずっと賢く、ずっと深く、より複雑であるということです。概念的知性は私たちの一つの側面にすぎません。氷山のてっぺんを見て、そこにあるけれども目に見えない広大な知性を考慮に入れないようなものです。
 知性を持つのは特定の動物だけではなく、樹木さえも知覚を持つことを生物学者たちは明らかにしています。樹木はおよそ30~40の異なった感覚を持っています──私たちよりも多く持っています。それらをすべて統合し、そうした感覚に基づいて一瞬一瞬、判断を下します。樹木は一種のワールド・ワイド・ウェブ(世界に張りめぐらされた網)の中でお互いに意思疎通を図ります──  一つの共同体として意思疎通を図り、資源を共有し、知性を共有しています。樹木だけではありません。細胞生物学者たちが発見したのは、すべての微小な細胞(人体にあるのはおよそ40兆個)には何十という通路があり、細胞はそれを通して周囲の状況を監視し、何を取り込み、何を外に出すかを決め、複雑な方法で自らを組織立て、周りの細胞の共同体と一緒に働いて、何をしたらよいかを決めます。それが自然界のすべてにある知性であり、私たちが共有しているものです。
 私たち自身のこうした二つの部分──生きた知性と概念的知性──を認識し、私たちとは統合された心身の知性だということを認識すれば、もっと統合的な人生を送り始めることができます。

SI:それをお聞きしたところで、あなたが取り上げている次の疑問、「私はどこにいるのか」に移りたいと思います。

レント:私たちが当然と見なしていること、つまり、私たちは連結していないバラバラの宇宙に生きているということを検討することから始めるのが最適でしょう。ここ数百年間、現代科学は、事物を理解するために事物を分析し、より小さな部分へと分解することを大がかりに行ってきました。それは還元主義です──あらゆるものをできる限り分解することです。私は還元主義に何の反感も持っていませんが、人々は宇宙全体を説明するのにこの方法を用います。私たちはバラバラの宇宙に生きており、分離した別々の部分を見ることによって宇宙を理解することができるといいます。現代科学はそうした概念を拒絶します。システム科学、複合科学、システム生物学、そしてネットワーク理論さえも、すべてが事物のつながりを調査する科学です。そうした科学が明らかにしたのは、事物のつながりが、事物そのものよりも理解にとってはるかに重要だということです。
 中国の「理」という概念は、仏教や道教、儒教を、宇宙を理解するための統合的な方法にした賢者たちの学派、朱子学派に由来します。宇宙は「気」から成っていると彼らは理解しました。気は、エネルギーと物質であると考えることができます。「理」は、すべてのそうしたエネルギーと物質が結びつき合って、私たちが経験するあらゆるものを形成する拠り所となる原理と考えることができます。同じように、現代において科学者たちは、いのちや全宇宙を創造するためにすべてのものが自らを組織立てるための原理を調査しています。そうした自己組織化の原理は、複雑なシステムを理解するための鍵です。複雑なシステムとは、私たち自身や私たちの社会、いのち全般のことです。
 ですから、「私たちはどこにいるのか」という疑問に対しては、複雑な、結びつき合った宇宙に生きているという答えになります。他のすべてのものが生きる拠り所となる同じ原理により私たちは生きています。何十億年もかけて発達してきたいのちの複雑さと、現代生物学が明らかにしているその複雑さにおける大きな飛躍はすべて、より良く協力する方法を学んだ異なる有機体から生じた飛躍でした──自らの技能と能力を分かち合うことによって、相互に有益な共生関係を発展させることができたのです。そうした共生関係は、いのちの豊かな多様性の基盤になるものです。

SI:あらゆるものには居場所や意味、目的があるということや、すべてが組み合わさっているということ、すべてが必要とされているということを、人々は理解し始めていると思います。私たちは不幸にも、自分たちが自然界に引き起こした破壊を通してこれを理解しました。連鎖の一つの小さな連結部を壊せばどうなるかを理解しています。
 私たちが誰であり、何であり、どこにいるかをいくらか知ったところで、あなたが問いかけたとても大きな疑問を扱うところまで来ました。もしいのちがそれ自体により自ら組織立つとすれば、「私はどのようにあるべきか、どのように生きるべきか」という疑問です。あなたのような多くの思想家はこう述べています。「今は極めて重要な瞬間である。私たちは移行しなければならない。変わらなければならない。この機会をつかむ必要がある」と。それでは、私たちはどのように生きるべきなのでしょうか。

レント:私たちすべてがこのような問いかけをすることが、これほど大切になったことはかつてほとんどありませんでした。またしても、主流の文化からは、自然界を最大限に搾取すべきだと聞かされます。別々の個人として、他のあらゆるものを犠牲にして、自分自身の幸せと自由を追求するためにどんなことでもすべきだといいます。そのようにしていると、何かの魔法によって、もっと効率の良い社会が創造され、すべての人が勝者になるというのです。

SI:こうした支配的な神話がどのように資本主義を益することになるかを理解しておられますね。こうしたアイディアは互いに完全にかみ合っています。

レント:おっしゃるとおりです。実際に、偶然ではありません。その二つがかみ合っているのは、存在論的に見て同じ根から形成されているからです。今日の私たちの価値観や経済、グローバル文化を駆り立てている世界観の鍵となる要素のいくつかは、17世紀以降、あらゆるものを変革した科学革命に由来します。ヨーロッパの数カ国が自国の利益のために世界を支配した際の資本主義、植民地主義をご覧ください。人種差別、白人優越主義さえも、すべて17世紀あたりにヨーロッパの同じ場所で始まりました。それらはすべて、同じ根本的な理解に由来します。つまり、採取、搾取はやってもよいことであるだけでなく、人間がやるべきことだという考え方です。
 他の生き方はあるのでしょうか。非常に多くの偉大な知恵の伝統が私たちに示していることを私は伝えているにすぎませんが、別の生き方は確かにあると私は信じています。それは、私たちが相互に深く結びついているという認識に基づいています。私たちは、いのちであるということや、周りすべてにあるこの偉大な生きた知覚の一部であることをいったん認識すれば、次に認めなければならないことは、私たちがすることの多くは人間優位の考え方に基づいているということです。人種差別の土台となっている白人優位だけでなく、自然界のすべてが私たちのためだけに存在するという考え方です。現時点においてより啓発されている人々でさえ、いまだに主流派が考えるように考え、次のようなことを思いつきます。私たちはもっと持続可能になる必要がある。そうすれば、数世代だけでなく、ずっと長く繁栄できるようなやり方で自然界を利用することができるといいます。それは地球を破壊するよりはましですが、アルネ・ネスの言う「エコロジカル・セルフ(生態学的自己)」についての理解へはまだ移行していません。アルベルト・シュバイツァーの言葉を借りれば、「私は、生きようとする大生命の只中にいる、生きようとするいのちである」ということです。彼は続けてこう述べています。「したがって、私はすべてのいのちに畏敬の念を抱かざるを得ないのである」と。「私たちはいのち全体だ」というような理解へと移行するとき、すべてのものとの関係の仕方が完全に変わります。
 世界を見て、人間には何か本質的に悪いものがある、と考える人もいます。私たちは地球上のがんだ、と。そんなことはありません。社会のがんは、非常に支配的になっている資本主義的搾取の世界観です。地球との共生関係を保ちつつ生活する方法を見つける方向へと、私たちは自然に引き寄せられているというのが本当のところです。先住民の文化では常にそうしてきました。仏教や道教のような伝統もそうしたことを指摘しています。

SI:ご存じのように、私はいわゆる「不朽の知恵」の教えの背景から語り、働いています。一つの根本的な教義は、分離は非現実だということです。それは科学的にも、哲学的にも、生物学的にも現実ではありません。分離は存在しません。人々はこのことを経験し始めています。あなたは疎外に対する解毒剤である、と述べることから私は話し始めましたが、私たちの多くはまさにそうした疎外に苦しんでいます──自然界からの疎外、お互いからの疎外に。私たちは今、いのちと関係し合い、居場所を見つける正しい方法を見いだす必要があります。

レント:確かに。私たちに希望を与えてくれるのは、そうするための既知の道筋があるということです。(植民地主義以前の)世界中の先住民の伝統は、自然界と関係する方法を見いだしていました。それは、人間と自然界の残りの部分が互いに恩恵を受ける共生関係でした。現代版は、古代からの伝統的な知識に啓発されつつも、現代の知識と技術を取り入れたパーマカルチャー(永続可能な農業をもとにした永続可能な文化)でしょう。そのようにして、自然界と闘ったり自然界を支配したりするのではなく、自然界と協力していくのです。これによって、人間が生態系と共に栄える状況がつくられます。私たちは生態系の中に組み込まれているわけですから。

SI:こうして、「私はなぜいるのか」という大きな疑問に至りました。

レント:私にとって、それは究極の疑問です。他のすべての疑問がそれにつながります。現代の見方がどんなものかを振り返ると、その見方はかなり悲観的です。ノーベル賞を受賞した物理学者、スティーブン・ワインバーグのような還元主義の科学者たちは、「宇宙について知れば知るほど、宇宙はますますつかみ所がなくなるように思える」と言います。彼やリチャード・ドーキンスらはこう言います。「まあ、そんなものですよ。選択をしなければいけません。何らかの空想的な『超自然的な』考え──神や霊、他の次元など──を信じたければ、信じてください。それで気分が良くなるのであれば。しかし、そういうものはすべて、でっち上げられたものだということを知った方がいいですよ。これが現実です。この現実と共に生きなければなりません」と。こうした実存的な絶望が現実であると私たちは教えられます。しかし、相互に深く結びついた場所として世界を見ると、私たちの人生の意味がそこから生じていることが分かります。意味そのものが、つながりの一つの働きだということを私たちは知っています。これは、知覚力のある存在として、意味への波長の合わせ方を通して私たちがこの宇宙の中で行っていることです。意味は、私たちの周りすべてに潜在しています。私たちには選択の余地があります。目を閉ざして、マヒ状態に陥ったままでいることもできるし、この宇宙に本来備わり潜在しているそうした意味に満ちた世界に精神を同調させることもできます。私たちがそうしたものとつながることを選択すれば、ですが。

ジェレミー・レント『意味の網:宇宙での私たちの場所を見つけるために科学と伝統的な知恵を統合する(The Web of Meaning ── Integrating Science and Traditional Wisdom to Find Our Place in the Universe)』プロフィール社、ロンドン、2021年6月