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今月号の内容概説

 健康や生死の問題、そして世界の注目を奪っている病気への新しい対処方法の模索に関連して、ベンジャミン・クレームの師による二つの記事を提示する。こうした記事は、病気の原因と治療に関わる非常に複雑な問題を取り上げている。クレームの師は世界が大いなる発見の寸前にあると指摘しており、幾つかの記事がこのような発展を示唆している。新しいエネルギー形態に関する先駆的な科学的研究を扱った「空間からエネルギーを捕らえる」や、エーテルの性質についてのアート・ユリアーンスによる詳細な描写に加えて、ベンジャミン・クレームによる回答もこのエーテルの性質について説明している。異なった観点からアプローチをしているものの、これらすべての記事は、世界が受け入れ始めている「新しい」事実を指摘している──つまり、世界は一つであり、分離の終わりは良好な健康状態の始まりだという認識である。
 今月号の選集は、霊的な心が生きる上で中心的なものであることを強調する一方、スワミ・ニリプタナンダは、平和の基盤としての真理や、真我との結びつきを意図的に保持することの重要性、真我についての知識の増大、奉仕の重要性を指摘している。
 それとは際立って対照的に、グラハム・ピーブルズによる「富裕層、貧困層、そして気候変動」は、人々が知っていること、つまり、なぜ世界の3分の2の人々は、気候変動が世界規模の緊急事態であると考えているかを裏づけている。2020年の状況により、民衆や各国政府は、条件を平等にする措置について考えることを強いられている。これまでのところ実験的でしかないにしても、ますます多くの人や国がそれについて考えている。債務救済はそのような措置の一つの可能性である。
 芸術は、アイディアや志向を目に見えるものにする──今月号の場合はカンディンスキーである。彼は不朽の知恵の教えの教義によって影響を受けていた。人類と地球に利益をもたらすために活用することが比較的早く期待できるという意味で、今月号では、目に見えないエネルギーが見えるものになる。そして、私たちを結合させる目に見えない驚嘆すべきエネルギーにより、マイトレーヤはこう語ることができる。「あなたの心のうちに感じられる愛の律動の一つ一つが、わたしの心に記録される。これがわたしとあなたがたとの関係を表す端的な真理である」。さらに、驚くべき簡潔さにより、彼はすべての人を抱きしめ、ご自身に引き寄せる。「あなたがたとわたしとは、同じ目的のために共にここに居る。あなたがたは、心の裡にすべての人を愛し、世のために責任を感じ、人間の要求に反応し、奉仕することを願うからこそ、ここに居るのである」

マイトレーヤのメッセージ:彼は私たちに何を求めているのか

パトリシア・ピッチョン

1977年9月6日から1982年5月27日まで、ベンジャミン・クレーム氏は、ロンドンのフレンズ・ハウスでの毎週の講演中に、メンタル・オーバーシャドウの過程を通して、マイトレーヤから合計140信のメッセージを受け取った。

 私たちは繰り返し、霊的教師や案内者に多くを求めたり、あるいは、私たちが信じる聖なる力が何であれ、その聖なる力に多くを求めたりするが、たとえ不完全であるにしても、私たちに求められているものについてどれほど頻繁に考え、実行しているだろうか。自分自身への言い訳は、「それは難しすぎるし、なぜ私が試さなければならないのか」という疑問から、「ああ、そうね、いつかやってみよう」に至るまでいろいろとあるが、その後、その意図はいつの間にか失われてしまう。
 マイトレーヤのメッセージには幾つかユニークな特徴が見られる。それぞれのメッセージが一定の朗々としたスタイルを持っており、厳粛さに満ちているが、多くの場合は直接的で、ほとんど親密な語り口と、全く尊大さを感じさせない単純さがある。
 最初のメッセージにおいて、マイトレーヤは人々を「兄弟姉妹たち」または「我が友、子供たち」と呼んでいる。彼はまた私たちにこう告げている。「わたしの顕現は完了し、成就した。まことにわたしはこの世に在る」。続けて彼は「しかしなすべきことは多い、世界には変化を必要とするものがあまりにも多い。多くの者が飢え死にし、多くの者が不必要に苦しんでいる」と語り、さらにこう付け加えている。「これらすべてを変えるためにわたしはやってきた。あなたがたに前進への道を示そう、もっと簡素で、健全な、より幸せな生活へ向かって、共に進む道を。人が人に、国が国に相対立することなく、兄弟同胞として、共に新しい御国へと前進しよう」
 2番目のメッセージで、彼は「世界の倉庫で腐敗している食物」について語り、「教師として、守護者として、友として、案内人として」私たちに対して援助を申し出ている。ここではまた、マイトレーヤは、彼と一緒に働く覚者方、知恵の覚者方も私たちの中にいることを公表し、「彼らの仕事を助けなさい」と、私たちに直接呼びかけている。彼はこう説明している。「彼らは、あなたがたを通して、新しい時代を建設するということも知りなさい」
 ただし、これは自然に起こることではない。ほんの少数であっても人々が集まり、他の人々のために働き始めるとき──利益ではなく奉仕によって、個人的な野心や見当違いの競争精神ではなく協力的な精神によって動機づけられ、人々が生き、希望し、繁栄することを可能にする基本的な必要に応えようとするとき──覚者方は、エネルギーを送ることによって私たちの努力を強化する。最も緊急を要するのは、十分な食料と水、そして住居の提供であり、また、それだけでなく、様々な形を取り得る教育や訓練、医療支援の提供である。さらには、人々が出会い、話し、食事を共有し、単純に交際を楽しむことを可能にするプログラムの提供である。これらの取り組みは、多くの場合、より広範な共同体の取り組みへと発展し、それが成功すると今度は、他の人々を鼓舞する青写真となる。現在、多くの人が自分自身の輪を越えて活動を広げており、そうした活動による結果は、非常に寛大な寄付による壮大なものであれ、ささやかな始まりからの発展であれ、深刻な世界規模のパンデミックの最中にあっても喜びと本当の安堵感をもたらしている。
 したがって、救済の仕事は明らかに集合的で協力的なものであり、マイトレーヤと知恵の覚者方が自分たちで成し遂げるものではない。この側面は、私たちを単独で救済する「救い主」を待っている人々にとっては受け入れ難いかもしれない。変化を起こし、その「新しい御国」の創造のために私たちが手を差し伸べ、共に行動しなければならないという認識は、まさしく厳粛なものである。
 マイトレーヤは以下の励ましの言葉を追加している。「心に深く留めなさい、我が友よ。すべては良くなるだろう。あらゆる事柄は良くなるだろう」
 まさにどれだけの責任が私たちの肩にかかっているかを、マイトレーヤは3番目のメッセージで明らかにしている。「わたしの仕事は、導き、案内することである。しかし、あなたがたは喜んで従いてこなければならない。そうでなければ、わたしは何をすることもできない。わたしの両手は『法』によってしばられている。それを決めるのは人類なのだ」
 マイトレーヤが「法」について語るとき、彼は自身が従わなければならない霊的な「法」について述べている。この場合明らかなことは、彼は援助を申し出ているが、行動しなければならないのは私たちだということである。全能の救い主が独りで働いているという、一部の人々が抱くイメージは正確ではない。私たちの協力がまさに要求されている。私たち自身は重要であり、貢献することができ、このようにして新しい世界を構築することができる。
 穏やかに、しかも粘り強く、私たちがどのように彼と一緒に働くことができるかを理解するよう、マイトレーヤは私たちを励ましている。メッセージ第116信で、彼は次のように述べている。「我が兄弟たちよ、世界は愛を切望し、同胞愛と正義の顕現を切望する。
 わたしを援けて、あの聖なる歓びをこの世に創造しなさい。わたしの側にあなたの位置を占め、これまでにないほど働きなさい。我が友よ、わたしを手伝って愛の貯蔵池を非常に深く創り、すべての人間が渇きを癒せるようにしなさい。
私の教えは単純である──正義と愛、分かち合いと平和が、人を神に近づける」
 私たちによる手助けを求め、多くの方法で援助を申し出ていることに加えて、マイトレーヤはこれらのメッセージをマントラとしても創造した。このことが意味するのは、声に出して唱えるとき、彼のエネルギーを呼び起こすということである。実際に、このエネルギーを肉体的に感じるかどうかにかかわらず、このことから恩恵を得ることは可能である。ベンジャミン・クレーム氏の最初の本、『世界教師と覚者方の降臨』をスペイン語に翻訳していたとき、私はこのことに気付いていなかった。翻訳中に、これらのメッセージの特定の質を保持する方法を何とかして見つけようとしていたことを覚えている。この目的のために、私は一日の大部分、両方の言語で何度も何度も声に出してメッセージを唱えていた。午後になってこの仕事を終えた時、私は突然、泣き出してしまった。内奥から涙が込み上げてきて、心臓が破裂するかのようにさえ感じられた。幾分回復した後、戸惑いや驚きを感じながら、ベンジャミン・クレーム氏に電話をかけ、このことの意味について思い巡らしながら、今しがた起こったことについて説明した。彼は、「ああ、それは驚くべきことではありません。あなたは一日中マイトレーヤのメッセージを唱えていたので、彼のエネルギーも呼び起こしていたのです!」と説明した。
 私はためらうことなく、こう言うことができる。彼のエネルギーは愛のエネルギーとして説明することができる、と──通常の愛ではなく、力強く、直接的で、並外れたものとして。それを神聖なる愛として説明する以外の方法を私は知らない。彼の見解によれば、それは私たちが自然に、生まれながらに持っているものであり、私たちの「内なる神」、私たちの真我である「神聖なる自己」の表現である。言葉と行動を通してそれを表現することが私たちの仕事であり、この努力において私たちを援助することが彼の仕事である。
 このように一般の人々に届けられたすべてのメッセージの広がりと深さを一つの記事で正当に評価することはできないが、ここに、少なくともマイトレーヤの一つのメッセージ全体を掲載することは適切だと思われる。そのことは、メッセージすべてを含む書籍(『いのちの水を運ぶ者』)を入手できないかもしれない人々に読む機会を提供し、あるいは声に出して読み、マイトレーヤの言葉の意味を熟考する機会を提供する。こうしたメッセージは、彼の裡にある神性から私たちの裡にある神性へと語りかけているようである。

マイトレーヤのメッセージ 第123信 1981年4月23日

親愛なる友よ、再びこのようにしてあなたがたと共に居ることを非常にうれしく思う。
わたしの計画は成功のうちに進む。
わたしの希望は叶えられる。
わたしの出現は法のもとに行われ、すべては順調である。
分離、分裂、無法という罪悪は、この地上から消え去らねばならない。
人間の神性の顕現を妨げるものはすべて、この惑星から追い出されねばならない。
わたしの法が分離に取って代わるだろう。
わたしの法は、愛と同胞愛と正義と真理の法である。
これらのことを知り、私に従いてきなさい。
わたしの法は成功するだろう。
なぜなら愛の法は神の本質から出づるものであり、失敗し得ないのである。
わたしがあなたがたと共に居る間に、
あなたがたが夢見ることもできないような不思議をお見せしよう。
新しい方法で、神の特性を示そう。
あなたがたの心から、死の恐怖やいのちそのものへの恐れと、
あなたの兄弟やあなた自身に対する恐れを取り除いてあげよう。
そのような無知を過去のものとなし、
新しい光の中へ、わたしと共に歩けるように手伝ってあげよう。
これらの仕事のために、わたしはあなたがたの助力を求める、我が兄弟よ、
なぜなら人間自身の努力を通してのみ、人は価値あるものを得ることができるのであるから。
これはいつもそうであった。
わたしの手を取りなさい、我が友よ、神としてのあなたがたの真の特性が栄えることのできる、
あの新しい国へお連れしよう。
そこで、すべての人間が共に兄弟として、いのちの夢を成就するであろう。
多くの者はわたしの到来を、恐れを抱きながら待つ。
わたしが踏みしめるところには、良きものしか生えないであろう。
わたしの約束は守られる──
あなたがたに、あなたがた自身と神の本性を明かそう。
すべての人間にとって、人生は祝福されたものであることを示そう。
あなたがたの中に愛の池を創る。そこからすべてのものが渇きを潤すことができる。
わたしの心はあなたの心に代わり、わたしの舌はあなたの舌に代わって語ろう。
指導者も民も応じ、そしてすべてが新しくなる。
わたしがあなたがたの中に居ることを、我が友よ、心に受け入れなさい。
わたしはあなたがたに仕え、あなたがたと共に住み、
あなたがたを愛し、導き、案内するためにやってくる。
もはや闇を探す必要はない。
わたしの祝福はあなたがたすべてと共に行く。

唯一にして最も聖なる神の光と愛と力とが、あなたがたの心の裡に、今顕されるように。
それによって、神としてのあなたの真の姿に近づくことができるように。

今月号の内容概説

 シェア・インターナショナル誌は今月号で40年目を迎える。本誌はこの尋常でない時代において、本誌の主なメッセージもまた常に尋常ではなかったということを思い出させるものとなっている。私たちは真の未来を指摘しているからである。その未来は、とりわけ現状を見れば、達成不可能だと考える人もいるかもしれないが、これほど切実に必要とされたことはかつてない。今月号に選ばれたベンジャミン・クレームの師の記事、「愛と平和の道」には、人類が見放されたことは決してなく、心を開きさえすれば私たちのものになる導き(ガイダンス)もなく放っておかれたことは決してない、とある──まさしく最悪の時代のように見える場合でも。
 年初の本誌は常に合併号であり、それによって非常に広い範囲の話題やアイディアを掲載することが可能になる(訳注:日本語版では1月号と2月号に分けて掲載)。最前線での奉仕における女性の役割から始まって、インドの最年少── 21歳──の女性市長の選出に至るまで、女性の業績に注目している。霊性、責任、奉仕──同胞に対するものであれ地球に対するものであれ──というテーマは、この合併号の至るところで扱われている。パトリシア・ピッチョンは、世界教師マイトレーヤが私たちに求めているものを考察している。「弟子の責任」についての記事もある。ゴールドマン環境賞の受賞者たちは、地球の状況を改善しようというたゆまぬ努力の模範である。
 初代編集長であるベンジャミン・クレームはシェア・インターナショナル誌創刊号で、霊性(スピリチュアリティ)の概念を可能な限り包括的に定義することを読者に求めた(6ページの「霊性 第二部」を参照)。「政治、経済、科学、文化、教育は、精神生活のすべての面を宿すものとして、間もなく人類の基本的霊的努力となるだろう。宗教集団やいわゆる『霊的』集団や『ニューエージ』グループは霊性の独占権を持たない」。彼は「霊性」の中で、マイトレーヤによって直接鼓舞されたヴィリー・ブラントの仕事にも言及した。残念なことに、ブラント委員会が1980年に提示したアイディア(基本的には世界資源の公平な再分配を主張しており本質的にマイトレーヤの導きによっていた)を人類が実施することができていたならば、シェア・インターナショナル誌が2021年になっても依然として、「国連が飢饉について警告する」や「インドの農民たちが歴史的な抗議活動を続ける」のような記事を特集することはなかったであろう。パンデミック(世界的な大流行)の悲しい状況下で、すべての人がワクチンを入手できるよう人類家族全体のことを考えるように、教皇が人々に訴えかける必要を認めたこともまた途方もないことである。もし私たちが霊性についてのこの新しい理解を本当に受け入れるならば、現在の問題の多くはもっと容易に解決されるだろう。
すべてが信頼という言語を学ばねばならない」のは、そして導きに対して心を開き、政治や経済、環境の危機を解決しなければならないのは明らかである。私たちが今、これまでになく、ベンジャミン・クレームの師が言われるように「今のこの時を決断の時と見なす」必要があるのは確かである。

表紙の絵── ベンジャミン・クレーム

「ビジョン」(1961年)

「この絵は、オランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)が述べたことに基づくインスピレーションの結果である。ファン・ゴッホは素晴らしい手紙を書いた。絵を1枚も描かなかったとしても、彼は手紙だけでも人類史において地歩を得ていたであろう、と私は考える。彼の手紙は、特に弟のテオに宛てたものは、私が読んだことのある手紙の中で最も雄弁なものの部類に入る。そうした手紙は人類への愛や深い内面の探究心を伝えているほか、自分自身や自分の行動、自分の生活を通して、そして何よりも自分の作品の中で、キリスト原理を表現したいという切望を伝えている。彼が絵画にたどり着いたのは後年になってからである。わずか10年で全作品を完成させており、途方もない集中力をもって制作に励んだ。
 彼は未来の芸術について考え始めていた。それについて彼が書いたものを読んだとき、私は未来の芸術についてのイメージを得た── これ[絵画]は、私が見たビジョンである。中心には宇宙の火、内的な霊的火があり、卵の形をした宇宙の形態、つまり「宇宙の卵」がそれを体現している。その宇宙の卵は、私が祭壇の形と考えるものの上にあり、ある媒介を通して人類に捧げられているかのようである。それはたぶん、宗教という媒介かもしれないが、この場合は芸術という媒介である」
──ベンジャミン・クレーム

(編注:これは、新しい作風を模索する、ベンジャミン・クレームの最も初期の作品の一つである)

今月号の内容概説

 今月号の内容はおそらく、「リアリティ・チェック(現実把握)」や行動への呼びかけ、可能性への指針であると言えよう──このすべてが緊急に必要とされている。今起こっているあらゆることが、私たちに目覚めるよう告げているからである。私たちは事実を直視するよう呼びかけられている。私たちは、そして全世界的な構造とシステムのすべては、厳しいストレステストを受けているところであり、それによって根本的な欠陥が明らかになっている。最近の出来事は政治システムの裂け目と弱点を明らかにした。同じように、政治的な出来事は経済システムがいかに不安定かをさらけ出している。こうしたあらゆる失敗により、各国政府と民衆は、自然界のために行動するよう促されるべきである。
 おそらく、最大のリアリティ・チェックは、世界が二つの主要な事実を認識するよう強いられているということである。つまり、生活のあらゆる構造と分野が相互に絡み合っているということ、そして最も重要なことは、私たち人類が相互に依存し合っている──事実、一体である──ということである。これは必然的に、私たちの心理を変えるに違いない。私たちは自分たちを再創造し、すべての者の必要に仕えるシステムを創造する機会を与えられている。これは完全に、私たち自身の手のうちにある。ベンジャミン・クレームの師が今月号で指摘しているように、「長期の目標は保証されている。それについては疑う余地はない。人間のみが大計画の進行していく道が突飛なものになるかどうかを決めるのである」
 グレアム・マクストン氏とバーニス・マクストン・リー氏は、挑戦しがいがあり、得るところが多く、希望に満ちた本、『ニワトリはアヒルの卵を産めない──新型コロナウイルスはどのように気候危機を解決することができるか』の中で、警鐘を鳴らすだけでなく、未来のための青写真を提供している。ベンジャミン・クレームは霊性(スピリチュアリティ)の定義を拡大している。それは、生活のあらゆる様相を「霊化する」必要性を理解するのに役立つものである。「霊化する」とは、言い換えれば、すべての者が繁栄できるように、生活のあらゆる様相をすべての者の必要に見合うものにすることである。フランシスコ教皇は同じように、新しい回勅──「フラテッリ・トゥッティ(兄弟である皆さん)」──の中で、私たちは「トゥッティ・フラテッリ(皆、兄弟)」であり、皆が一つの存在であるという事実を尊重するよう呼びかけている。そして、それが受け入れられるときは必然的に、実際的な、具体的な変化につながるに違いない。
ジョッシュ・ティッケル氏とレベッカ・ティッケル氏による「キス・ザ・グラウンド」のような映画は、地球と生物多様性を大事にするよう人々を鼓舞することを目指している。アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏とアビ・ルイス氏、オパール・トメティ氏によって脚本が共同執筆された2本の動画、「未来からのメッセージ」Ⅰ・Ⅱは、私たちが未来を想像し、どういう存在になることができるかを想像するのを助けてくれる。集団全体を抱擁し、そのようにして惑星のいのちを保証する義務が私たちにはある。
 「手紙」の欄では、ある8歳児が世界の指導者たちに大きなリアリティ・チェックを呼びかけている。指導者たち(そして私たち)に、私たちには(まだ)、変化し、惑星を救い、自分たち自身を変容させる力があることを思い起こさせてくれる。

今月号の内容概説

 この惑星の歴史の中で奉仕が求められた時代があるとすれば、それは現在である。自ら進んで行う私心のない奉仕の模範が以下のページに全面的に集められている。生活と思考のあらゆる面が変わる必要のある時代に、ベンジャミン・クレームの師は次のような助言をしている。「あなた方の兄弟の必要が満たされるように気をつけなさい。そうすれば、あなた方は道を間違えることはないだろう。『どの方向に進めばよいですか』と聞かれたら、喜んで答えなさい、『最大の必要に仕えること、人類同胞愛へ』と」

 二つ目の力強いテーマは、世界の現状を解明し、この大きな変化の時代において立場を明確にしようと努めている人々を支援することを目指すものである。多くの者が相反する世界観に取り組み、こう問うている。何が本当なのか。何が事実なのか。誰を信頼することができるのか。

 腐敗やエリート主義、貪欲、権力への渇望が現実であるというのは否定できない事実であるが、シェア・インターナショナル誌は、マイトレーヤや覚者方、その弟子たちによって与えられた知恵や助言に見られる理性の声と常識を尊重する。読者は以下のページで、ベンジャミン・クレームによって提供され、ここに再掲載されているようなアイディアや提案、事実や答えを見いだすだろう。

 私たちの仕事の主眼は、グローバル社会が「当たり前」として受け入れている弱点や失敗、不平等を暴露すると同時に、いったん特定されたら、マイトレーヤや覚者方が差し出している導きや分析、インスピレーションに基づいて前進する道を指し示すことである。したがって当然、私たちはいつも前向きである。今月号の記事は欠陥を示唆し、可能な解決策を提供している。グラハム・ピーブルズ氏は、様々な弱点があるものの、人類に奉仕し、人類を支援し保護するために存在するに至った国連の改革を期待している。大堤直人氏はある人物の私心なき奉仕の生涯を描写する一方、シェア・ギルモア氏は地球の健康を回復するためのプロジェクトを紹介している。ジェレミー・レント氏は「五つの本当の陰謀」という記事の中で、意図的に操作された「フェイクニュース」によって生じた混乱の中で脇に置かれている緊急の問題に注目している。ソーシャルメディアでかき立てられている不安や混乱は、手の届くところにある奉仕や解決策を人々が取り上げるのを妨げている。目下のところ、恐怖心は無理もない反応であるが、それは覚者方のために働いている人々のエネルギーと努力に対してブレーキの働きをする。まさしく、恐怖心は破壊的であると言えよう。

 この変化の時は確かに、人類にとっての巨大な試みであり、変容の速度は、私たちが今なす選択に直接依存している。「人類同胞愛」という言葉で私たちの前に差し出されているような社会を日常的な意味で現実のもの、実際的なものとするために、私たちは新しいビジョンや新しい考え方、新しい技能を必要としている。

今月号の内容概説

 自由意志という概念が私たちのマインドに初めて入って以来、宇宙の法と自由意志との関係が人類を鍛えてきた。人類が自由意志を持っているかどうか、そしてどの程度持っているかが、不朽の知恵の教えによって昔から問われてきた質問である。同時に、アート・ユリアーンスの今月号の記事が明らかにしているように、弟子は責任を負わされてきた。「道に沿って進歩するうえで弟子にとって不可欠な必要条件の一つは、独りで歩む能力を培うことである。このためには勇気が必要であろう。弟子が周囲の人々の意見に反することは避けられないことであり、絶えず起こることである。勇気がしばしば必要とされるが、親しい人や世界的な権威と認められている人の意見と衝突しようとも、自分の正直な確信に従って、正しいと思うことを実行することを学ばなければならない」
 私たちは今日、正念場に立っており、すべての者の生活を向上させるために集団的な勇気を奮い起こす必要がある。ここでの議論に追加してもよい質問は、パンデミック(世界的大流行)によってはっきりと浮かび上がった変化への必要に耳を傾けるほど、私たちが集団的にも個人的にも成熟しているかどうかである。フランシスコ教皇が表現しているように、私たちは世界が「うめいている」のを聞くことができるだろうか。変容のために働き、惑星を癒すだけの想像力や共感、勇気、忍耐を持っているだろうか。法についてのベンジャミン・クレームの師による二つの記事から引用するとしたら、人類は法の働きを受け入れ、変化を受容し、勇気をもって「自分たちの思考と行動を再調整するために一致した努力をし、かくして『法の規定』を正しい状態にする」ことができるだろうか。勇気と決意が今、問題の核心となっているのは確かである。

今月号の内容概説

 現在、世界の現状を困難なもの、不可解なものとして経験していない人はほとんどいないはずである。今月号でベンジャミン・クレームの師である覚者の記事「新しい状況の到来」を選んだのは、このような時代の落ち着かない状態から尻込みすることなく、人類の苦境の中から生じて「この時代のチャレンジに応えるために彼らの能力をますます発揮」するかもしれない可能性を指摘しているからである。

 チャレンジに応えるというテーマは、今月号の記事やインタビューで取り上げられている。例えば、コロナウイルスの衝撃で悪化した不景気、失業、貧困や、(たとえ臨時措置としてであれ)国連が最近提案したようにユニバーサル・ベーシックインカム(全世界市民向けの最低所得保障)のようなアイディアを推進することによって人々がどのように応えているかが取り上げられている。フランスの経済学者、セバスチャン・ヴィユモ氏は、主流の資本家たちがどう言おうとも、分かち合いがいかに現実の選択肢であるかを指摘している。

 日常生活の大部分が今や新型コロナウイルスという観点から見られており、科学はウイルスの起源を調査しているが、本誌は動物たちとの関係や動物たちの意識について探るマクネア・エザード氏によるインタビューを掲載する。

 本誌は哀悼の意を表することなく、ジョン・ルイス米下院議員のような公民権運動の英雄の逝去を忘れてしまうことはできなかった。彼の価値観はシェア・インターナショナル誌の価値観をかなりの程度反映しているからである。オバマ前米大統領はジョン・ルイス氏とその業績を思い起こしながら、すべてのアメリカ人のために一票を投じることによってルイス氏を称えるようアメリカ人に熱心に訴えかけた。「もし時間があれば行うようなこととして、投票を扱うことはできません。民主主義のために取ることのできる最も重要な行動として、投票を扱う必要があります」

 もし現在、国家経済が苦しんでいるとしたら、社会的に疎外された人々──パンデミック(世界的大流行)以前から生活が不公正な闘いそのものであった難民や移民労働者──の苦境を想像するよう、ジャーナリストのグラハム・ピーブルズ氏は私たちに求めている。

 今月号は、より良い世界や、この惑星への奉仕、改善に向けた、実際的な志向の模範を提示している。ジョン・ルイス氏であれ、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米下院議員であれ、あるいは原住民の環境保護活動家であれ、「普通の」人々の生活上の英雄的行為も繰り返しテーマとなっている。オカシオ=コルテス氏は米国の保守層の既得権益と闘う一方、本誌のブラジルの通信員が描写しているように、アマゾンでは、熱帯雨林の商業化や搾取、破壊を阻止するために活動家たちが文字通り自分の人生を犠牲にしている。オカシオ=コルテス氏へのインタビューの書き起こし記事では、彼女独特の実際的理想主義と、彼女が代表する人々の生活状況を改善しようという決意が掘り下げられている。どのような霊的態度が効果的な仕事に最もつながると思うかと問われて、彼女はこう答えた。「私が最もよく実践している霊的な訓練は、無執着であると思います。私の使命は、より良い世界の原則を推進することです。この『ポスト』に過度に執着していると、仕事をすることができません。……私は自我や評価に対する無執着を実践する必要があります。強力で裕福な人々の小さな階級による社会的受容に執着することはできません。彼らは連邦議会の同僚です。この富裕層による社会的受容に執着する場合、私は自分の仕事をすることができません」

今月号の内容概説

 今月号(訳注:英文誌では7・8月合併号として発行された中の8月号部分)で発表された、深く掘り下げた記事やインタビューでも、様々な考え方、様々な声が取り上げられている。
 スコット・チャンピオンは「パンデミックとオーバートンの窓」で、経済システムへの、そして変化を求める一般大衆のますます強くなる決意への、ウイルスの影響を分析している。「変化を引き起こすためには、政治家は政策の範囲を拡大し、既存のオーバートン(国民が受容可能だと思う政策の幅を意味する言葉)内で新しい政治要綱を展開するか、国民が政治家に聞こえるほどの大きな声で新しい政策を求めることが必要である」
 ルトガー・ブレグマンは、コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)が明らかにしたように、人類はもともと親切で協力的であることを請け合っている。
 学者たちはあらゆる部門で変化を提唱している。例えば、それはユニバーサル・ベーシック・インカム(全国民向けの最低所得保障)であり、また、リュック・ギロリーの記事「グローバル・マーシャル・プランが再び議題に?」で取り上げられている債務免除である。
 パンデミックの衝撃と人種差別の不正義は、オーバートンの窓を開け放って人生を肯定する正義の空気を吸い込むために、私たちが一致した意志を見いだし、自分たちの声を活かし、賢明な行動をとる必要があることを明らかにしている。

アリス・A・ベイリーの思い出

 ラウル・ウィレムス氏はアリス・A・ベイリーと知り合いであった。彼は1936年にアントワープで彼女に会い、ベルギーでの彼女の最初の協働者になった。このインタビューが行われたとき、ラウル・ウィレムス氏は91歳で、国際企業の役員として多忙で波乱に富んだ生活を送っていた。優れた軍人としての戦時中の勇敢な行いに対する数々の勲章に輝いている彼は、死んでいても不思議ではない経験を少なくとも7回はくぐり抜けてきた。彼は自然科学、特に生物学と鳥類学に特別の興味を持ち、占星学にも興味を持っていた。ベルギーのブリュッセルに住んでいた故アレイン・イールヴォェトが彼から話を聞いていた。(このインタビューは、本誌の1988年7・8月号に初めて掲載された)

シェア・インターナショナル(以下SI ):あなたは何をきっかけにアリス・A・ベイリーと知り合われたのですか。
ラウル・ウィレムス:1936年のことでした。フォスター・ベイリーと結婚して間もなくのことですが、彼女はニューヨークに事務所を設置すると、彼と一緒に生まれ故郷のイギリスヘ渡り、タンブリッチ・ウェルズ(ケント州)に居を構えました。彼らは、彼女の世界善意協会という組織に対する人々の興味を喚起すべく、ヨーロッパヘ数回旅行をしました。運良く、アントワープにある神智学協会のフランス語を話す支部で、ある晩二人に巡り会ったのです。その支部長である弁護士のウィッテマン氏からベイリー夫妻を紹介されました。彼らは私が流暢な英語を話しているのを聞いて、すぐグルーンプラッツのレストランでの食事に私を招待しました。話題は多岐にわたりました。アリスが神智学協会の本部のあるインドのマドラスでの出来事を話してくれたのを覚えています。そこには協会が運営する菜食レストランがあり、アリスと友人はその食堂で給仕を交替でやっていました。ある日、二人の紳士がやって来て、ステーキとフライドポテトを注文しました。アリスはどうしたらよいかを調理場へ行って尋ねましたが、答えはとても不親切なもので、客に帰ってもらうようにというものでした。しかしアリスは、失礼なことではないかと考え、「口に入るものは口から出る言葉よりも重要ではない」とエプロンを外して、店を辞めてしまったと話してくれました。これが、私がアリスと初めて会った時の様子です。

S I:その後も彼女に会う機会はおありでしたか。
ウィレムス:ええ、ありました。ベイリー夫妻は、もっとよく知り合えるようにと、イギリスの家に私を数日間招待してくれたので、私は伺いました。ベイリー夫人は自ら料理をしてくれ、7、8日の間、私は彼女の夫や、赤児を抱えた娘の一人、英国中を講演旅行している同僚、それに後日アントワープで私と働くことになるオランダ人と食卓を囲みました。その間、フォスター・ベイリーはオーストラリアにいる友人とテレパシー通信ができるよう努力していました。

S I:アリス・ベイリーを通して送られたDK(ジュワル・クール)覚者からのテレパシー通信に立ち会われたことがありますか。
ウィレムス:はい、幸運なことに、通信方法の重大な変化を目撃する恩恵にあずかりました。彼らと数日過ごした後、フォスター・ベイリーが妻の寝室に招き入れてくれたため、私は彼女が「チベット人」からメッセージを受ける様子を目の当たりにすることができました。彼女がベッドに真っ直ぐに座っているさまを、今でもありありと思い出すことができます。彼女は左手にノートを持ち、驚くほどの早さで書き込んでいました。彼女が書いている間、夫は彼女が朝の6時から書き通しであると私の耳元でささやきました。そして、10時になってやっと書きやめた時には、彼女は完全に疲れ果てていました。私が居合わせたある日、彼女はもう気絶寸前だから続けられないと訴えていました。

S I:覚者の反応はどうでしたか。
ウィレムス:そうですね、ベイリー夫人はちょっと耳を傾けている様子でしたが、私たちの方を向くと「DK覚者は、その点について考えてきたと答えておられます。彼は話すのではなく、自分の考えを文章にして壁に映し出してくれるそうです。私は、ただそれをマイクに向かって話せばよいのです。録音に必要な機材がそろい次第仕事にかかります」と言いました。その時から2日ほど、食卓で彼女と顔を合わせることは滅多にありませんでした。必要な機材を集めるために奔走していたからです。最初の試験的な伝達が始まろうとするとき、フォスターはこの新しい通信方法を見せるために私を呼びに来ました。アリスが話している間、録音用の円盤が一定の速度で回転し続けて、彼女の言葉を録音していきました。およそ20分毎にタイピストがやって来ては、その円盤を新しいものと交換していきました。
 今、突然思い出したのですが、ちょっとした逸話をお話ししましょう。それは面白い出来事でした。私がアリスと彼女の部屋で二人だけで話をしていた時のことです。風もないのに開いたり閉じたりしている奇妙なドアの様子に、私は注意を奪われました。アリスは私の目線を追うと、すぐ「いたずら者め、出て行きなさい」と声高に言いました。そして私のほうを向き、「小さなエレメンタルがドアのラッチにつかまって揺すって遊んでいたのです。私が邪魔をしたので、飛び下りて泣きながら走り去っていきました」と言いました。

S I:当時あなたは、アリスがベルギーで講演をした時に通訳をなさいませんでしたか。
ウィレムス:確かにしました。タンブリッジ・ウェルズの彼らの家に2週間ばかり滞在して、私はアントワープに戻りました。ベイリー夫人は、間もなくベルギーに話をしに行くのですが、通訳を引き受けてくれませんかと私に尋ねました。数週間後、実際に彼女はアントワープとブリュッセルに来ました。アントワープでは、フランダース支部がかなりうまくいき始めており、フランス語とオランダ語の両方の通訳を行うことになりました。しかし、これは成功しませんでした。英語の文章が間延びし過ぎてしまったのです。私は何とかフランス語新聞に彼女の訪問に興味を持たせることができ、多くの記事が掲載されました。私は14人の協力者を集めてグループをつくり、「新時代の建設者」という名前で、世界善意協会発行のチラシをフランス語とオランダ語に訳して配布しました。

S I:戦時中もその仕事は続けられましたか。
ウィレムス:私たちの活動は1942年の初頭まで続きました。メンバーの一人が、ドイツ軍が私を強制収容所に入れる決定を下したと忠告してくれました。そうなれば世界善意協会の役には立たなくなり、家内を不幸な未亡人にしてしまうことになりますから、決定を何とか考え直してもらえないかと問い合わせましたが、アメリカと連絡を取る組織や集会には絶対に出席してはならないという返事がきました。他に選択肢がなかったので、不本意ながら従いました。戦後、長年にわたり、月例の満月瞑想会を催しましたが、私が働いていた国際企業の立て直しにあまりにも忙しかったため、以前のように世界善意協会に傾倒することはできませんでした。

S I:キリストと知恵の覚者方の再臨に対する当時の期待はどのようなものでしたか。
ウィレムス:そうですね、そのことについて戦前戦後を通じて何かを聞いたという記憶はありません。アーケイン・スクールの教えにも、当時、それについての言及はありませんでした。すべては弟子道の準備に集中しており、『キリストの再臨』(1948年)の翻訳書を私たちが手にしたのは1950年代になってからでした。この本は一部では好意的に迎えられましたが、その信ぴょう性を疑問視する向きも少なくありませんでした。特に、敬虔なカトリック教徒であった私の友人の間ではそうでした。聖書に予言されている破滅的な「世の終わり」はまだ来ていないと彼らは確信しておりました。
 私自身は教会に縛られておりませんので、どんな宗教的礼拝へも自由に参加できます。私に関しては、祈り方が異なる唯一の神が存在するだけです。黙示録について言えば、私の印象では、私たちはある意味、今でもそれを体験しているように思います。
 現在の荒廃ぶりは信じ難いほどではないでしょうか。何百万という人々が困窮の極みにあり、さらに何百万もの人々が、あり余るほど食糧のある世界で飢え死にしているのですから。また、自然環境の汚染も忘れるわけにはいきません。その汚染は許し難い次元に達し、しかもそれは人間の利己心のために起こっているのです。テクノロジーは「すぐに金持ちになる」ことを動機とする競争制度の付属物になってしまっています。そのような劣悪で退廃的な状況にあって、キリストが第三次世界大戦を防ぐために──私の期待としてはできるだけ早く──戻って来られなければならないということは、私には当然のことと思われます。もちろん、仕事をするのは弟子や善意の人々でなければならないということは理解しています。なぜなら、キリストや覚者方は私たちに道を示し、助言を与え、励ますことしかできないからです。

S I:現在キリストがこの世におられるという情報に対して、あなたはどうお考えですか。
ウィレムス:マイトレーヤの存在によって世界が守られているということは大変うれしいことだと思います。また、サティヤ・サイババのような方が──この方が宇宙キリストである可能性を私は信じています──決して地球規模の核戦争は起こさせないと言っておられるのはとてもうれしいことです。私はブリュッセルでベンジャミン・クレーム指導の伝導瞑想に参加しましたが、彼と個人的に会って、キリストの存在の真実性を確信しました。その時の彼についての印象は、クレームはただの「説教者」ではないというものでした。聴衆の上に立つわけでもなく、追随者を得ようとしているわけでもありません。彼が教えているのはただ情報を伝えることだけです。私が特に評価しているのは、彼の闊達なユーモアのセンスです。しかし、時として変貌して見えることがあり、その時は彼の話す言葉も彼のものとは感じられません。そのような時は明らかにオーバーシャドウされているのです。『マイトレーヤの使命』に載っている多くの質問(中には実に馬鹿馬鹿しいものがありますが)に対する彼の答えは、並々ならぬものだと思います。あのような答えは、すべてを知っている知恵の覚者との接触があって初めて可能なものです。クレームが覚者と接触していることは私には間違いないことに思えます。私に言える限りでは、DK覚者がアリス・ベイリーを通して与えた情報とも矛盾していないということからも、それはいっそう確かなことに思えます。

S I:マイトレーヤが分かち合いの必要性を強調されていることについては、どうお考えですか。
ウィレムス:アクエリアス時代は間違いなく分かち合いの時代であり、したがって全世界的な同胞愛の時代です。ローマ教皇が最新の回勅である『社会政策要綱』の中で、地球の富のより良い分配への支持を明確に打ち出していることは、非常に肯定的な徴です。軍備に費やされる総収入のわずか1%もあれば、飢餓というスキャンダルを早急に一掃する緊急援助計画の組織化が可能であることは明白です。教皇の話に戻りますが、大宣言後、マイトレーヤはイエス覚者を世界に紹介し、彼がサン・ピエトロ大聖堂の主座に座るというクレームの筋書きは、12世紀のアイルランドの大司教であった聖マラキの予言にも相通ずるものです。彼はすべての教皇にラテン語の象徴的な名前をつけておりますが、それによると、次の教皇は111代にわたる歴代教皇の最後の教皇になるとのことです。この教皇に対して彼がつけた名前は『オリーブの誉れ』というもので、これはこの教皇が心からの和解と平和の時代の幕明けをするであろうことを示唆しています。多くのキリスト教徒の方々には少し行き過ぎた考えであるように思えるかもしれませんが、私はこの教皇とは、おそらくイエス覚者ご自身のことであろうと考えています。私はキリストの大宣言の日、生きている間にはとても体験できるとは夢にも思わなかった出来事が待ち遠しくてなりません。このことは私に多大な影響を与えました。「盗人が夜やって来るように」来られた方を、聖書の予言にあるとおり「すべての人の目が仰ぎ見る」ことになるように望みます。この惑星規模のペンテコステが善意の男女を刺激して、人類にふさわしい社会の建設へと共に立ち向かわせることを心から願っています。