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今月号の内容概説

 「人類の問題の核心は何でしょうか」という質問に対する要約された簡潔な答えとして、ベンジャミン・クレームと彼の師はいつもこう返答してきた。分離という間違った認識と、霊性は宗教的な文脈の中に属するものであり、そうでない場合は避けるべきものであるという誤った考えである、と。そうだとすれば、私たちの生活のほんのわずかな部分だけが霊的と見なされることになる。こうした態度のせいで、利己的で貪欲で競争的になることはより容易になる。

 ベンジャミン・クレームの仕事を通して響き渡っているアイディアが一つあるとすれば、すべてのものが本質的に霊的であり、徐々にそのように見なされるようになるということである──そのため、彼は他のグループとの協力を促進しようと努力した。今月号(*)には「世界政府のための議員連盟」のメンバーとの興味深い往復書簡の断片が掲載されており、ベンジャミン・クレームは社会の各方面で提携を推進する必要について語っている。このことが意味するのは、生活におけるあらゆるものが霊的であり、政治や気候変動対策、経済、教育、医療制度などすべてがそうした霊的なものとして扱われるべきだということを認めることである。こうした書簡は、霊的な志向を持つグループへのクレームの公開書簡とあわせて、世界中のグループが考慮すべき新鮮なアプローチを提供しているかもしれない。

 ベンジャミン・クレームの師は「新しい文明」という記事で未来を垣間見ている。「新しい文明を構成する要素の特性を考慮してみよう。新しい時代の顕著な姿勢は、正しい関係を創造し、善意を表現するための試みであろう。個人に強調を置くことから集団(グループ)に強調を置く方向に大きく移行し、それが人類をより実りの多い線に沿って再教育するだろう。そしてそれが、神の大計画により一層沿う機構を創造していくなかに反映されるだろう」

 クレームはこれと同じ傾向──和合と融合の必要性──を強調している。これは将来の関係の特色となる特質である。さらに、彼は課題を提示し、実際的な解決策と新しい取り組み方を提供している。「私たちが新しい時代に入る用意を整えるにつれて、統合をもたらす偉大な力が地球に作用し、より大きな和合と融合をもたらしているということが多くの人にとって明白になるでしょう。現代は、あらゆるグループが自分たちの活動方法と、一般大衆および他のグループへの接近の仕方を見直してみることのできる時代です。私たちはまさか、分離主義と排他主義という長い間に深く染み込んだ習慣に従って働き続けることにより、時代の必要に適切に反応することに失敗しようとしているのでしょうか。こうした融合と統合の偉大な力に備わる特質を現し、目指すべき社会の方向性にもっと効果的に影響を及ぼすために、あらゆる分野にいる霊的な志向を持つグループはどのような手段を取ることができるでしょうか。活動の調整不足が現在、主な障害になっている、と私たちは考えます。この国の霊的な運動は、広まってはいますが、バラバラです」

 こうした統合的なアプローチを取ることにより、今月号の記事の収まりが良くなっている。「すべての人に公正な賃金を」という運動は、飢きんや洪水、干ばつに脅かされている人々を救えという呼びかけと結び付いている。秘教的な観点から歴史と心理学を考えたり、私たちは奉仕するためにここにいるのだということを認識するよう呼びかける若くて聡明な自閉症の女性について読んだりすることを、読者は楽しみに思うかもしれない。この号の記事の中では、「普通のお父さん」が気候チャンピオンになったり、若い女の子が社会と気候の正義を呼びかけたりする。

 世界中で活動家やジャーナリストが逮捕され、殺害されている。パレスチナ人の活動家、シリーン・アブ・アクレ氏の事例を考えていただきたい。しかし、世界にあるその同じ場所から、トリノの聖骸布の年代についての新たな研究という形で、イエスの生涯に関するさらなる証拠が出てきた。次々と現れる「徴」や奇跡、尋常でない体験を記した読者からの手紙は、今月号の内容にそれぞれの独特な響きを加えている。

(*) 英語版は7・8月合併号であるが、日本語版は7月号と8月号に分けて発行される。

今月号の内容概説

 私たちの世界の多くのことは短期主義の結果であるように思える。緊迫した状況の圧力を受けるため、時間がなく、十分な情報がなく、洞察力を欠くことになり、非常にまずい判断をしがちになる。脅威が感じられると、私たちは短期的な解決策を選ぶようであり、日々のニュースの見出しはその明らかな結果を示している。
 こうした問題において繰り返し登場するテーマは、長期的なアプローチという知恵である──世界はその反対のものから生じる問題に対処しているが。ベンジャミン・クレームの師による今月号の記事は、「戦争の危険と地球の生態系の不均衡の加速」を踏まえて、賢明に考慮した上での緊急の行動の必要性を強調している。「時間は切れつつある」と覚者は書いておられる。私たちは是が非でも、長期的な解決策を選択しなければならない。気候科学は証拠を提示すると共に、未来を確かなものとするための解決策も提示している。
 ジェフリー・サックス氏は「ウクライナでの消耗戦を終わらせる」という記事の中で、和平交渉に向けた実現可能な解決策の概略を描き、「ウクライナで平和を構築することはまだ可能である」と指摘している。私たちは消耗戦──長い戦争──に時間をかける用意はできているが、解決策を見いだすためには時間をかけていない。同じテーマに関して、ルーク・ギオリー氏は(「混乱と希望」という記事の中で)決定的に重要な要因について力説している。長期にわたる継続的なプロパガンダと国民に対する条件付けは、特に他国への偏見が重要な要素となっている場合、将来の紛争の種を宿しているということである。
 「核兵器廃絶国際キャンペーン」のベアトリス・フィン事務局長へのインタビュー(「世界から最悪の惨劇をなくす」)では、もし私たちが未来を欲するなら、核兵器はなくなる必要があるという主張がなされている。サンジェルマンの複数の生涯について詳述する伝記の最終回では、覚者方がいかに非常に長い期間にわたって活動するかが強調されている──「長期的な視点」という語句がほんの一瞬のように聞こえてしまうような事実である。サイババについてのパトリシア・ピッチョン氏の記事によって提供された情報を例にとってみよう。万人の利益のために長期にわたって影響を及ぼす多くのことが、サイババの2回目の転生で成し遂げられた。ベンジャミン・クレームはサイババの次の転生についても指摘している。これは数百年にまたがる世界への奉仕である。
 世界中の人々は、自分たちがこの惑星上の出来事の行方に影響を及ぼすくらい強力だと考えるようになるだろう──持続可能な未来を確かなものにし、共通の善のためになるよう政治に変化を起こし、短期主義とそれが引き起こす混乱を避けながら、活動家と政治家が一緒に働くよう促すだろう。
 「この惑星地球が毎日被っている変質を停止させるために残された時間は切れつつある。すべての男女が、子供が、この仕事に彼らの役割を果たさなければならない」と、ベンジャミン・クレームの師は緊急の要請をしている。一見矛盾しているように思えることは、覚者方は時間に拘束されておらず、世界の出来事を「永遠なる今」以外で起こっているとは見なさないが、考えられる限り最も長い期間にまたがることは確かな「大計画」のために働いておられるということである。
 今月号においては、こうしたアイディアやその他の多くのものを、ベンジャミン・クレームによる質疑への応答に加えて、マイトレーヤもしくはイエス覚者との出会いについての読者の話の中にも見いだすことができる。

「後戻りはない」今月号の内容概説

 世界中の何百万もの人々が悲しみに打ちひしがれ、目に涙をためながらニュースを見ている。今月号のねらいは、読者を安心させ慰めるような観点を提供することである。ベンジャミン・クレームと彼の師である覚者、そしてマイトレーヤによる記事や応答、表明が提示されている。これらはきっと、人類は──特に危機の瞬間において──決して孤独ではなかったという読者の確信を強めるだろう。マイトレーヤとベンジャミン・クレームの師の言葉は、彼らがかつてなく近づいているという感覚を高めるかもしれない。
 現在はラコーツィ覚者であるサンジェルマン伯爵についての記事の第一部は、彼の前世と業績について探究しており、私たちの中に住んでいる覚者方の現実性をいっそう浮き彫りにしている。この現実性を確認する記事と並んで、様々な分野での進展も明らかにされており、差し迫った変化の必要性が強調されている。このような幅広い話題に含まれるのは、気候変動、現状改革、人種差別、社会的不正義、先住民の勝利である。
 世界を舞台として、実に皮肉な展開となっている。ロシアのリーダーたちは莫大な富を蓄積しつつ権力と支配にしがみつき、大昔からの競争のパターンを強固にしたいあまり、世界が待ち望んできた変化の真新しい触媒になったということに、読者も気づかざるを得ないだろう。ロシアによるウクライナ侵攻は世界の大部分を団結させ、地球のあらゆる地域の人々を活気づけるのに成功した。私たちが重大な分岐点に達し、どのような未来を望むのかを選択する必要に迫られていることを、人々はついに認識するに至ったかのようである。この新たに生起した認識を持続させなければならない。多くの指導者が次々と自国の軍事予算を増やしている状況に鑑みて、引き続き、民主主義と自由への新たな攻撃に用心していくためである。ベンジャミン・クレームの師はこう述べておられる。「現在の混乱と脅威は、過去の悪を正し、諸国家の間に正義を創り、古い論争を解決し、国際法規を支持するための新しい平和的な協力の時代の前奏曲にすぎない」
 「人々は将来、この時を振り返って見るとき、それが最も輝かしい夜明けの前の暗い夜であったことを知るだろう。そしてこの波乱の多い時期に生きてきたことを喜ぶだろう。世界は偉大なる教師を待つ。その教師は、出現して、すべての者の完全な視野の中で教え、奉仕する機会を待っておられる」(「夜明け前の暗闇」、ベンジャミン・クレームの師、シェア・インターナショナル誌1991年1月号)
 私たちはやがて、この暗い時期を振り返り、それを経験したことを喜ぶだろう、とベンジャミン・クレームの師が書いておられるのは途方もないことのように思える。それほど遠くない将来、この恐ろしい闘争の中で喜びを見いだせるのは、私たち人類が自らの本性を表現し、最高の特質を文化や文明に染み込ませ始めているからこそである。
 選集「諸国民の同胞愛」は、共通の人間性を思い起こすよう呼びかけている。ベンジャミン・クレームの師はたびたび、戦争に関する洞察を提供し、いかにして平和を恒久的な現実とすることができるかを教えてこられた。覚者は「戦争の無意味さ」の中でこう書いている。「この時点から、後戻りはない。民衆は彼らの力を感知しつつあり、彼らが欲する平和を彼ら自身がつくりあげていかなければならないことを、そして自由と共に正義が支配するときのみ、うれしい平和が保障されるだろうということを理解し始めている」
 過去の操り人形たち、パイシス(双魚宮)の舞台を気取って歩く人物たちは、変化を促す触媒としての役割を果たし、世界を後戻りできない地点へともたらす。こうしたものは、権力にしがみつこうとする、古い秩序による最後の必死の試みである。一方、新しい世界が形を取りつつある。このような進化の勢いは、愛、勇敢さ、共感、実際的な慈悲心のほとばしりに、そして、驚くような親切さと自己犠牲の行為に見られる。大昔からの否定的な勢力が支配権を握ろうとして戦う一方、民衆──驚くべき、並外れた、「平凡な」民衆──は、和合、自由、平等、民主主義、そして同胞愛の生きた体験こそが大事なのだということを証明しつつある。こうしたものは、私たち全員を結束させる凝集力である。私たちは今や、自らの人間性こそが「褒美」なのだということを知っている。

今月号の内容概説

 シェア・インターナショナル誌は毎月、世界中の重要な傾向や発展を反映する記事を集めている──その内容は概して肯定的であるが、時には問題を浮き彫りにし、欠陥のあるシステムの中で起こさなければならない変化を強調している。常に釣り合いを保つ必要がある。現実主義を維持し、事実を良く見せかけることを避ける一方、困難な時代にあっても希望を抱き、安心すべき理由を提示するという本誌の方針を貫く必要がある。希望と現実主義は同義語であり得る──本誌が毎月、明らかにしようとしているように。
 この3月号の資料を集め始めると、世界は二極化していることが明白になった。再び戦争をする意欲はヨーロッパにはない。反戦の運動と請願が拡大しているが、関与する指導者たちに影響を与えるほどの規模にはなっていない。もし、人類が一つであることを私たちが受け入れるなら、世界は平和を保つことができるだろう。現在、国際メディアは核融合の実験が成功したと報じているが、もし、私たちが解決策としての戦争という考えを捨てるなら、汚染のない無尽蔵のエネルギーを手に入れることができるだろう。新しい安全なエネルギー源の開発において覚者方によって支援されるだろう。現在の核エネルギー形態は、炭素基盤のエネルギーによる汚染について懸念する多くの人々によって安全だと大げさに宣伝されているが、今月号の「視点」は、この核エネルギー形態の危険性に焦点を当てる。
 マイトレーヤと知恵の覚者方が世界におられ、その慈悲深いエネルギーが計り知れない影響を及ぼしていることから、シェア・インターナショナル誌はマイトレーヤとベンジャミン・クレームの師と同様に、次のように確信をもって言うことができる。人類は健全に、協力的に反応し、人類自身やこの惑星、そして未来を救うために、必要とされる変化を成し遂げることができるだろう、と。ベンジャミン・クレームの師の記事にある多くのアイディアと主眼点をご覧いただきたい。また、マイトレーヤの次のことばから安心と慰めを得ていただきたい。「わたしはあなた方の生活からかけ離れてはいない。すべての想い、すべての志向がわたしの裡で認知されるからである。あなた方の深遠で難しい疑問への答えを持つ素朴な男としてのわたしを探しなさい」。マイトレーヤは、「ちょうど良い時」に世界にやってきた、と私たちに保証しておられる。
 経済学者セバスチャン・ヴィユモ氏による『世界の不平等レポート』の分析は、深い社会的な不正義の力強い証拠を今月号の読者に提示している。一方、エベン・アレグザンダー博士との示唆に富むインタビューは、意識が死を乗り越えて存続するという事実、私たちは一つであり、本性は霊的な存在であるという事実を確認している。チベット人のジュワル・クール覚者の著作を熱心に学んだ故アート・ユリアーンスは、明晰な思考とその結果としての話し言葉の統御へと到達するために、私たち一人ひとりに要求されるメンタル的な規律について詳述している。そのようにして真理は知られ、神の大計画により良く奉仕することができ、無害であることが一つの存在状態になる。
 マイトレーヤ、ベンジャミン・クレーム、そして彼の師の文章からの引用句の選集は、未来を垣間見させてくれると同時に、希望や勇気を抱き、奉仕をし、責任を担うことの必要性を思い起こさせてくれるものである。マイトレーヤが出現してよりいっそう公に認知されるとき、そうした行為によってその未来は確かなものになるだろう。

北大西洋条約機構(NATO)の未来に関するマイトレーヤの予測

──『いのちの法則』より

「進行しつつある変容」という章に、マイトレーヤが1991年1月、NATOについて伝えたことが掲載されている。

 NATO(北大西洋条約機構)および他のすべての軍事戦略機構はいま崩壊しつつある。軍隊はそれぞれの母国に戻りはじめている。軍隊は大切である──しかし、彼ら自身の境界の中でのみである。
 NATOは国際連合の主宰で新しい形態を取るだろう。その機能は世界中の国家や民衆の面倒を見ることであり、戦争に対して彼らを保護するだろう。この保護的な“警察”の役割に、ロシア人、中国人、日本人も関わるだろう。

表紙の絵ーベンジャミン・クレーム

「山頂」(1965)

 秘教文献ではよく、志向の象徴として、あるいはイニシエーションを表しているものとして山への言及が見られる。山は神々に近い神聖な場所とされているためである。
 ベンジャミン・クレームは自分の絵画について語ることを望まなかった。この特定の絵画についてはほとんど語らなかったが、尋ねられたときは、弟子の人生における象徴としての山の意味に言及した。
「わたしの務(つとめ)は、あなたがたに聖なる大計画を徐々に示し、神の意志と目的を執行し、あなたがたを本源へ連れ戻すことである。わたしの覚者たちも、仕える用意が整っている。彼らの位置は、やがて、あなたがた世にある男女によって占められるであろう。そして覚者たちはさらに高度な道に進むべく、解放される。山の麓にいると、我が兄弟たちよ、登りは実に険しいように見える。しかし最初のステップを踏み出すと、前進は速く、頂上近くに至ると、あなたは羽の生えた足を持つようになる、そしてその高所から神の栄光を見る」

(マイトレーヤからのメッセージ  第89信)

「人間が選択するのを助けるために、彼らの判断を助けるために、覚者たちは再び世界に戻る──今日の人間と同様に、彼ら自身もその道と必要な行動についてはっきりと分からずに苦闘し、苦しんできたことのあるその世界に戻るのである。彼らの広大な知識と経験から助言を与え、人間を奈落の底から無事に戻れるように導くだろう。そのようになるだろう。そのようにして、人間は再び山頂を目指して登り始めるだろう。彼らの良き指導者が、彼らの長兄が彼らを見捨てたり、誤った道へ導かないというしっかりとした知識を得て登る」

(ベンジャミン・クレームの師、「人生の秘密」、
シェア・インターナショナル誌2003年11月号)

「マイトレーヤがいかに強力であるかを忘れないように!」ーマイトレーヤ

論説

シェア・インターナショナル誌のことをよく知っている人々は、マイトレーヤと他の覚者方が長年にわたり、「ファミリア」として、あるいは自分自身として、様々な姿で世界中の協働者たちに現れてきたことをご存じだろう。以下に掲載されている抜粋は、そのような訪問によるものである。ベンジャミン・クレームの師はのちに、その訪問者がマイトレーヤであることを確認した。

 こうした抜粋は、マイトレーヤが 2003年にシェア・インターナショナルの協働者たちのグループに語ったことを言葉どおり記した重要な記録である(全文についてはシェア・インターナショナル誌2004年2月号を参照)。彼は3週間前にもシェア・ネザーランドのインフォメーションセンターを訪れており、マイトレーヤのファミリアであると確認されていたので、私たちは彼が誰であるかを知っていた。これといった特徴もないかのようにその会話は始まったが、私たち全員が息をひそめて、彼の訪問による非日常的な感覚を共有していた。

2003年11月15日、9人がアムステルダムのインフォメーションセンターで働いていた。……

マイトレーヤ:さて、こうしたグループには、「いつ出てこられるのか?」「どのくらい待ち続けなくてはいけないのか?」「なぜこんなに時間がかかるのか?」といつも尋ねてばかりいる人がいるものです。……しかし、なぜこうした問いを発するのでしょう?  本当にはやって来られるとは言えないのです、なぜならここにおられるからです。彼はすでにここにおられるのです。彼らはそれを知らないのですか?  彼に会っていないのですか? 彼はこの世界に臨在している、このことは起こっているのです。おそらく彼らが望んだよりも時間がかかっているかもしれません。私が望んだよりかかっているし、おそらく私たちが期待した方法とは違う形で進行しているのかもしれないし、私が期待してきたものとも違う形ですが、うまくいっています。彼はここにおられる。私はこのことがうまくいっていることにいかなる疑いも持っていません。うまくいくでしょう。うまくいっているのです。わずかな疑いも、いかなるものもありません。多くの人々は彼がここにおられることを知っています、彼らは心の中で直観的に知っているのです。多くの人々はマイトレーヤがここにおられるという情報にオープンなのです。……(ゴシック体は筆者による強調)

グループ:人々に情報を伝えたり、新聞や雑誌を渡したりすると、このアイディアにオープンになってくれることを、より一層望みます。それを信じてくれることを期待します。

マイトレーヤ:あなたが望むことではないのです。何かを望んだり、欲したりするべきではありません。ただやりなさい、求められたら、ただ情報を伝えなさい。いいですか、私たちは人々を変えるつもりはありません。改宗させるつもりもありません。私たちは伝道師ではない。私たちは求めに応じて語るのです。最も重要なことは、本質においてすべてはここにあるということです。もし、あなたがオープンなら、あなたはただそれを知り、考える必要もありません。あなたがオープンならば話をする必要もないのです。本質においてそれがすべてだとあなたは知っているのです。……

グループ:私たちが無執着であるべきだという意味ですか。

マイトレーヤ:そうです。結果はあなたに関係ありません。ただやること、結果を求めてはいけない。結果を探してもいけない。それは西洋的な態度、マインドの習慣であって、私たちはいつも何か起こさなければならないと考えるのです。私たちは、事を成さなければ、事を起こさなければならないと考えます。しかし、それは不要なのです。……

マイトレーヤ:すべての変化はゆっくりと起こります。大変に漸次的なものです。一体何度、何回の人生を送ったのか考えてみれば、自分でどのようなものか分かるでしょう。一体何度転び、そして再び立ち上がり、転んではまた試みて、転んではまた立ち上がってきたのか。人生の繰り返しです。変化には時間がかかります。

グループ:私はこの惑星の状態が心配です。私たちがこの星を救うのに間に合うのでしょうか。

マイトレーヤ:好きなだけ心配していいのですが、それでは何事も変わりません。心配は助けになりませんが、すべてのことはうまくいくでしょう。私たちが困難な時代に差しかかるのは本当です。私たちは奈落の底の淵まで行くでしょうが、落ちません。なんとか切り抜けて、淵から落ちたりはしません。……すべてのことはうまくいくでしょう。すべてはよくなります。恐れることは何もありません。私は全く疑っていませんよ!(ゴシック体は筆者による強調)

グループ:全く疑っていないのですか?

マイトレーヤ:いかなる疑いもありません。

グループ:あなたは権威をもって話されます。それはあなたの経験によるものですか。

マイトレーヤ:私には他の人より権威があるわけではありません。しかし、それが私の信です!  私は知っているのです。人々は希望について話しますが、信じているなら希望は必要ありません。

私たちは黙って坐り、彼の言葉が続くのを待っていました。彼もまた沈黙し、そしてこう言いました。「マイトレーヤがいかに強力であるかを忘れないように。人々はマイトレーヤがどんなに強力な方かを忘れるのです!」……(ゴシック体は筆者による強調)
 彼が残したものは疑いもなく「彼はここにおられる」ことと「すべては良くなるだろう」ということでした。この訪問者がマイトレーヤだと考えるのは正しいですか。

月刊誌チーム
オランダ、アムステルダム、インフォメーションセンター

【ベンジャミン・クレームの師は、その『訪問者』が実際にマイトレーヤであったことを確認した】

 今、2022年の始まりにあたり、世界中の多くの人々は、世界が「奈落の底」の淵に近づいたことを恐れるのも尤もだと言うだろう。なぜこんなことが起こってしまったのかと問わずにいられない人々もいる──私たちが今、奈落の底の周辺にいることは本当だと考えて。マイトレーヤが「私たちは落ちません」と保証された2003年からほぼ20年がたった──ただし、マイトレーヤは「困難な時代に差しかかる」と確かに主張された。何が起こったのだろうか。また、私たちは当時、現在の状況と関係しているかもしれない何を許してしまったのか。
 ここ2年間が困難であったことから、多くの人々が将来について心配している。私たちは短期的な傾向についての判断に基づいて、進歩したとか、見かけ上は進歩していないと考えがちである。覚者方は一過性のもの──圧倒的なように思えることもある変動する日々の出来事──に基づいて判断することを戒めておられる。ベンジャミン・クレームの師はシェア・インターナショナル誌でこう書かれた。「ハイアラキーの任務は、神の大計画を『我らが人類と呼ぶ中心』を通して実施することである。このことは、人間の神聖なる自由意志を絶えず尊重しながらなされなければならない。かくして、大計画が進んでいく過程の中における一日一日、一年一年ごとの成り行きに完璧さを求めてはならない。長期の目標は保証されている。それについては疑う余地はない。人間のみが大計画の進行していく道が突飛なものになるかどうかを決めるのである」(「大計画は進む」より、1992年10月号)
 しかし、すべての「秘教をよく学んでいる人」が知っているように、時間は存在しない。それでも、歴史上のこの瞬間、時間は重要である。多くの賢者たちの声が、衝動的な反応か、人を無能にしてしまう無気力かのどちらかによって、未来──この惑星と私たち自身の未来──を危険にさらしてしまうことについて警告している。(ジミー・カーター元大統領やエルダーズ、ダライ・ラマ、フランシスコ教皇、著述家、エコノミスト、社会評論家の)こうした声や、あらゆる分野の何百万人もの活動家の声がすべて、「今でなければ、いつなのか?!」と一斉に述べ立てている。
 生活のあらゆる分野の二極化は明白である。私たちのほとんどは毎日、あつれきを招くその影響を体験している。しかし知的に理解し対処するなら、この同じ二極化は、私たちが過去の失敗を繰り返すのを防いでくれるだろう──私たちが「通常」として受け入れている優勢な考え方や構造の支配から私たちを解放さえしてくれるだろう。私たちは二極化してお互いに対立している状態から、一つであることを受け入れ、国際社会が合意した制度を通した世界資源の分かち合いを選ぶことへと移行していく必要がある。分断を避けて、共通の利益──万人の利益、いのちそのものの利益──を選択することを目指すことができる。
 人類は極端な二極化に直面しており、選択することを迫られていることを理解する必要がある。その選択をすべき時は今であり、かつてないほど急を要している。私たちの惑星は、そして惑星上のすべてのいのちは、汚染や劣化、病気で苦しんでいる──それは貪欲や商業至上主義、分離主義の副産物である。分かち合い、公正で健全な社会を選ぶことが早ければ早いほど、それだけ速やかに世界の主要な問題──貧困や飢餓、想像し得るあらゆる形の不正義──を解決するために大挙して働くことができる。私たちは地球と自分たち自身の健康を回復する必要がある。
 明らかに、既得権益──軍産複合体、1%の超富裕層、自己満足や無気力と組み合わさった経済的・政治的なファシズム──は、「光に包まれた」未来への集団的な移行にとってのブレーキとなっている。その未来は、私たちが本質的に一つであることを体験することから生まれるだろう。マイトレーヤと覚者方のインスピレーションの下に、いま人類に求められているのは、意志とエネルギーのすべてを奮い起こし、力を結集し、行動を起こし、「いのち」に、私たちの不可侵の権利である「正義」に賛成する立場を一丸となって明確にすることである。
 現在の危機に対する人々の反応が近未来を決定するだろう。しかし、最終的な結果は初めから知られている。私たちが集団的に見て見ぬふりをしてきたあらゆる不正義と、未解決の悪事を前にしての腹立たしさや苦痛、悲哀、義憤を生むあらゆるものをしかと見、認めなければならない。私たちがつくり出し許容している世界の醜悪極まる不正義を認めなければならない。私たちはどのような不正行為を無視したり犯したりしてきたのか。過ちを癒し始めるための「真実和解委員会」をどこで必要としなくなるのか。
 これまでのところ、私たちは時間を無駄にしてきた。世界の指導者たちは大体において、正義を求める市民の要求に耳を傾けていない──それは単に、子供を養うのに十分な食料のあるまっとうな生活と、繁栄していくための居住可能な惑星に対する要求である。マイトレーヤが次のように言っておられたということを本誌の定期購読者はご存じだろう。人類は正しく反応し、彼の助言に耳を傾け、分かち合いの原則が柱となる公正な地球社会を選ぶことをマイトレーヤは知っておられるということを。私たちは変わることができるということを覚者方は知っておられる。正義、自由、愛、美、一体性を選ぶことは私たちの本性に適うことである──私たちの霊的なDNAである。
 事態は急を要している。あらゆることをやらなければならず、一刻の猶予もならない。私たちの本性を主張し、私たちがすべてのいのちと相互につながり合っていることを知るとき、そこにこそ希望がある。「希望は、あらゆるものが内的につながり合っているという認識にあります。自分の生活や自分の日常の活動が、宇宙的な枠組みとつながり合っているという認識です」(ベンジャミン・クレーム、シェア・インターナショナル誌、1990年)

今月号の内容概説

 この12月号では、ベンジャミン・クレームの師である覚者によって書かれた二つの記事を再掲載する。一つは2004年に、もう一つは2009年に書かれた。両方とも決定的に重要な指針を提供しており、時宜に適っている。両方とも私たちの窮状を明らかにし、援助を申し出ている──次のようにしさえすればよい、と。「要求されることは人間自身からの要請のみである。必要とされることは『同胞団』の助言と知恵を喜んで受け入れる用意ができていることであり、方向を変えることである」
 グラスゴーでの国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の後、学者や活動家、科学者たちは成果を分析しているところである。世界が期待したことは非常に多く、もっと多くのことが達成できたはずである。いくつかの小さいけれども重要な突破口が開かれたが、一般の観客は悲しみに包まれたまま取り残された。「方向転換」をしてほしいという望みは先送りされたからである。「またもや戯言だ」と、活動家たちはサミットでの検討を却下し、地球の未来を守るために民衆のフォーラムや現在進行中のキャンペーンで頑張り続けることを決意している。
 今月は、変化を求める民衆の希望や要求を表す記事を掲載したものの、分断された世界の恥ずべき結果を明らかにせざるを得なかった。一方、マイトレーヤの──世界資源を分かち合いなさいという──助言に従えば、ほとんどの主要な問題は一挙に解決されるだろう。世界は良い方向に変化していることや、前に進もうとする勢いがあり、覚者方の助けはそこにあって求めることができるということは疑いない。私たちが依然として苦しみや惨めさと共にあるということも事実であり、今月の選集は、理想を現実の具体的なものにする必要があることを強調している。意図は良いかもしれないが、世界規模の関与と合意が欠けているため、地球の破壊が続くことになる。一方、難民にとって、それは生存のための闘いを意味する──地中海や英仏海峡の海上をすし詰めの船で漂っているにせよ、ベラルーシとポーランドの中間地帯で氷点下の気温に耐えているにせよ、あるいは、干ばつに見舞われたマダガスカルや、戦火に引き裂かれたイエメンで死にそうになっているにせよ。「リトル・アマル」の話は最も心を揺さぶるものである。彼女は移民を代表している──扉をたたいている異邦人である。
 毎年この時期には、より良い未来の希望を象徴するものが大事にされる。マイトレーヤは、私たちの未来とこの惑星の未来のために交渉した活動家たちや代表団と共におられた、と期待することができるだろうか。「至るところで人々はやっと、人生の意味と目的についての新しい解釈、分かち合い、正義、平和……を受け入れる用意ができた」のだろうか。

今月号の内容概説

 若者たちの声が世界の指導者たちに異議を申し立て、若者たちの言葉が世界教師マイトレーヤの言葉をほとんどそのまま伝えるとき、それはきっと、私たちの心(ハート)に共感を呼び起こすに違いない。あらゆる宗派の宗教指導者が科学者と手を取り合うとき、私たちはきっと、常識的に考えることにより自己満足からゆっくりと抜け出すに違いない。「人類は、崩壊するか突破口を開くかという緊急の厳しい選択に直面している」と国連事務総長が警告を発するとき、今こそきっと、目を覚まして耳を傾けるべき時であるに違いない。
 今月号のいくつかの記事の中に、こうした理性への呼びかけを読み取っていただきたい。
 全く途方もないことであるが、ベンジャミン・クレームの師による記事「新しい時代の始まり」は、2005年に書かれたにもかかわらず、まるでパンドラ文書を暴露しているかのように読み取れる。世界を構造的な不正義にはまり込ませている既得権益について、覚者は描写しているからである。「現在、世界の富の80%がわずかな数の一族や機関によって所有されている。その富の多くが“静的”であり、不動産や船舶、金、宝石、美術品につぎ込まれており、したがってほんのわずかな人々を益するのみである」
 覚者は続けて次のように描写している。マイトレーヤは「人々の意識を上げ、そして彼らが自分たちの窮状の理由を理解するのを助けるだろう。互いに深く依存し、非常に多くの危険な問題に直面している世界にとって、そのような不均衡は耐えられないことを示されるだろう」。
 今月号の記事の中では、変化を求め、私たちに行動を起こすよう促す多くの声が聞こえてくる。また、自分の「声」を聞いた、もう一人の恐れを知らない若者についても読むことになる──ジャンヌ・ダルクについて。信によって駆り立てられ、全く恐れを知らなかった、何という驚くべき人生なのか。今では多くの国で、表現の自由と、デモを行って声を聞いてもらう権利が奪われているのを目にする。グラハム・ピーブルズは、抑圧が大きくなる中で、メディアがいかに健闘しているかを調べている。ノーベル平和賞が二人のジャーナリストに贈られ、事実に基づいた自由な報道が民主主義には不可欠だということが明確に示された。地球がいかに不均衡な状態にあるかということに目覚めるよう促す別の声が、ポーリン・ウェルチの「気候変動から隠れる場所はない」という記事から聞こえてくる。
 まねのできないような表現方法で、ベンジャミン・クレームはインタビューの質問に対し、包括的で洞察力に富む答えを提供している。まるで彼も、今日の世界について語っているかのようである。
 こうした記事と報告の集まりが、2021年の終わりに近づいている今、シェア・インターナショナル誌の独特な声となっている。分かち合いというアイディアが聞こえ、見え始めており、多くの人々の心(マインド)に定着しつつあるようである。

今月号の内容概説

 シェア・インターナショナル誌の今月号のために選ばれた記事「前進の道」にあるベンジャミン・クレームの師の言葉を引用すると、2020年と2021年は世界の「沈黙のひととき」と見なされるようになるかもしれない。確かに、多くの人にとって、この時期は再評価の機会と、価値のないものや廃れたものを捨て去る好機となっている。今月号の内容はまさしく、このような選択肢を反映している。その覚者の記事にある力強い約束は、次のような形でこだましている。シェア・ギルモアの「地球規模の気候行動への楽観的な見方」を読めば、私たちがこの惑星に及ぼした破壊に対処しようとする際の無気力は消え去るはずである。また、マニングとマネウィッチが、共著書『隠れたエネルギー:テスラに触発された発明家たちと豊富なエネルギーへの気づきの道』で提示したように、すべての人にとっての新しい無限のエネルギーの可能性について読めば、化石燃料への依存はなくなるに違いない。R.D.ウルフ教授は資本主義について説明し、問い直している──その余命はいくばくもない。
 新しいエネルギーや新しい戦略、そしてジェレミー・レントが説明しているように、私たちの本質的な相互のつながりについての認識の高まりを通して、世界は古びてボロボロの状態のものを、先住民の文化の知恵を認めるリアリズム(現実主義)の高まりに置き換えようとしている。「先住民たちは認知、互恵性、新しい社会契約を必要としている」は、私たちが「前進の道」を進み始めるとき、法の支配や平等、社会正義が必要であることを認めている。ジェフリー・サックス教授は正義を呼びかけ、また、私たちの必要にもはや役立たない腐敗したシステムの拒絶を呼びかけている。サックス教授はまた、万人の普遍的な権利が守られることや、国連が世界情勢の中心に据えられることを求めている。
 熟慮のために休止した後、今こそは「未来に目の焦点を合わせ」、徴を正しく読み取り、知恵の覚者方が提供する援助とインスピレーション(鼓舞)の方を向き、責任を受け入れるべき時である──内的にも、社会において外的にも、あらゆるレベルにおいてそうすべきである。そして、見かけ上は分離しているこれらの現実を一つにまとめるべきである。クロード・シャボッシュが「魂の存在の科学による説明」という記事で模索しているように、私たちは今、自分たちの理想を現実にするために行動を起こし、転生している魂としての私たち自身の本性のリアリティ(実相)を喜んで受け入れる機会を得ている。世界は、万人の権利を認めるようなより簡素で、健全で、存続可能な生き方へと向かう前進の道の途上にあることを、私たちは保証していただいている。今月号のシェア・インターナショナル誌が提供しているのは、インスピレーションやアイディア、理想、希望、安心感、分析、再評価である。