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今月号の内容概説

 ベンジャミン・クレームの師による記事「人間の役割」には、人類には使命があると記されている。私たちの使命、責任とは、私たちのいのちとこの惑星上のすべてのいのちを守り、育むことである。私たちは、この地球という故郷を守り、育み、そうすることで包括性と意識において進化していく機会を与えられている。「地球が、生きている存在として、その全体にとってそれぞれ欠くことのできない各部分をすべて整えた完全な存在として見なされるとき、新しいビジョンと新しい正常さが普及するであろう。人間は自然の秩序の世話人として自分たちを見るようになるだろう。大計画に沿って、人類の上位も下位も、それぞれの王国が関連し合い、和合と美の中に機能することは前もって定められているのである」

 今月号は、この使命を遂行していく能力を高めるようなアイディアや態度に捧げられている。その能力とは、私たちの前に立ちはだかるものが何であれ、それを排除する能力であり、私たちの進歩を妨げるすべてのものを切り開いていく手助けとなるものである。私たちを惑わせたり、待ち伏せしたりする働きをするかもしれないもの、混乱を生み出すあらゆるもの、真実(リアリティ)・事実・科学・永遠の真理を歪めるあらゆるもの──要するに、転生している魂としての私たち自身の内なる声や目標の感覚、奉仕の可能性から私たちを逸らすすべてのもののことである。そしてもちろん、経験や直観に反するすべてのもののことである。

 世界が人口知能(AI)や仮想知性がどれほど有益かというジレンマに頭を悩ませる中、AIは確かに、気を逸らす可能性のあるもののカテゴリーに位置づけられる。多様なAIとそのさまざまな用途との間の合理的な境界線はどこにあるのか。チャールズ・アイゼンシュタイン氏はその派生問題について考察する一方、リチャード・ウルフ教授は米国という帝国の衰退の兆候を検証する。ヤニス・ヴァルファキス氏は、人生で出会った女性たちに触発された自分の政治的・社会的成長を描き出している。秘教徒のアート・ユリアーンス氏(故人)は「導き(ガイダンス)」という現象を検証している。

 また、人類が繰り返しトラウマ(心的外傷)に陥るのを余儀なくさせている未解決の問題にも立ち返りたい。私たちが自らの性質の中にあるさまざまな傾向や弱点を理解し、折り合いをつけるまで、このトラウマは続くだろう。クレームの師による簡潔だが示唆に富む追加の記事では、国際社会から小規模なグループに至るまで、世界を脅かす可能性のある傾向が指摘されている。覚者はこう警告している。「人間はすべてのものを新しくすることも、あるいは世界を破滅させることもできる力を持つ。これまでに、そのような全能が人間の掌中にあったことはなかった。この力の正しい使用を保証するためには、今日めったに見られない知恵の表現が要求される。それを人間は己の裡に見いださなければならない、さもなければ死滅である」 

 それでも、サックス教授とシビル・ファレス氏はこう主張する。「まだ一筋の希望は残っている。現実(リアリティ)は頑固なものだからである」。現実(リアリティ)とは頑固なものであり、遅かれ早かれ、最も惑わされ迷わされた人々さえも、明瞭さと真実によって支配されるようになるに違いないことに感謝しなければならない。そうすれば、私たちは直観と一体感を取り戻し、現実(ルリアリティ)に立ち返り、進化の大計画に奉仕する方法を見つけることができる。
今年を締めくくるにあたり、読者の皆様にマイトレーヤと覚者方の真の祝福があることをお祈りします。「マイトレーヤは彼の後ろに立つ者、平和と正義、自由と愛を貴重に思う者の究極の勝利を疑わないことを念頭においておきなさい。マイトレーヤは、これらが人間存在の主動因であることをご存じであり、すべてにおいてこれらに最高の価値が付与されるのを見届けるために来られる」

注:1月より、本誌[英文誌]のウェブ版は以下で閲覧可能です。
https://share-international.org/resources/magazine/

[訳注:今月号の英文誌は、記事が非常に多くなっているため、日本語版ではその一部を2026年1月号、2月号に掲載します。なお、英文誌は1月からウェブ版に移行しますが、日本語版については紙媒体での発行を継続します]

今月号の内容概説

今月号では、インスピレーションを受けるとともに与えている人々のグループを集めた──ディナーパーティーで語り合うような、素晴らしい対話になるだろう。彼らの声は誌面を通して読者に語りかけ、私たち一人ひとりの裡にある最高のものに対し、立ち上がり、声を上げ、可能な場所と時において行動を起こすよう促し、活気づけ、呼びかけている。そうした賢明で勇敢な言葉、私たちの人間性への、共通のハートと希望への、力強い呼びかけを引用したい。
「世界は一つであるのに、いかで二つの世界が存在し得ようか。法はすべての人間に対して同じであるのに、いかで分割があり得ようか」――ベンジャミン・クレームの師
「過去のものに固執するのではなく、あるべき姿を形作らなければなりません」――アル・フセイン(元国連人権高等弁務官)
「行動を起こし、私たちには物事を変えることができると認識するのは大切なことです。それが他の人々の行動を促し、私たちは独りではなく、私たちの行動がさらに物事を変えていくことを知ることにつながります」――ジェーン・グドール(霊長類学者、自然保護活動家、人道主義者、国連平和大使)
「私は皆さんが、正義、自由、平等を求める世界的な蜂起に加わり、政府や機関に強力な圧力をかけるよう強く求めます」――グレタ・トゥーンベリ(気候活動家、人権擁護者)
「真実と信頼が欠けると、法は茶番となる。ニュースは見せ物となる。科学は単なる意見の一つにすぎなくなる」──ミア・アモール・モトリー(バルバドス首相)
「恐怖心が行動を妨げます。もしあなたがすべては良くなるだろうという確信を持つならば、あなたの行動を抑制する恐怖心から解放されて働くことができます。あなたが全く行動しなくてもよいということを意味しません。それと逆です。あなたが信頼して、恐怖から解放されればされるほど、より役に立つことができ、あなたの行動の範囲もより大きくなるのです」──ベンジャミン・クレーム
「普通の人々は、地域社会をより良くするために、繰り返し素晴らしいことを行っています。……希望はより良い明日への導きの光となるはずです」──ニック・ロウルズ(「憎しみではなく希望を」創設者)
「やがて人間は、大勢の人々の苦しみは総体の病であることを理解し、そして正義のみがその治療法であることを理解するだろう」──ベンジャミン・クレームの師
11月号に掲載されたこうした声は、日々の喧騒を超越し、人々と地球のための行動を通じて希望を差し出している。

マイトレーヤの手

「私の助けはいつでもあなたがたの意のままである。
 ただ求めればよいのである」

マイトレーヤの手形

「わたしの手があなたがたを導き、保護する」
(マイトレーヤからのメッセージ第90信)

 2001年10月号に、手の写真が1ページ全部を使って掲載された。これはマイトレーヤの手形の写真であり、バルセロナのバスルームの鏡に映されたものである。ベンジャミン・クレームがこの現象について説明した。

 それは素晴らしい手形です。それは「リアル」であり、3次元的です。それは磔の後のイエスの身体を包んだトリノの聖骸布の痕跡のようです。それはまた、途方もない治癒の特性を持ちますが、しかし、マイトレーヤの手の場合はエネルギーは写真の中に宿っているのではありません。あなたの手をその上に置くか、あるいは単にそれを見てマイトレーヤからの治癒や祝福や援助を願えば、マイトレーヤからそれが喚起されます――カルマの法則に応じて。フォトコピー(写真複製)も同じように働きます。
 これは途方もないことです。それによってマイトレーヤのエネルギーが、援助が、それを願う誰にでも、何らかの方法で利用できるからです。

今月号の内容概説

 今月号は、人類の善と悪、極悪と優しさ、そして最高の美徳を浮き彫りにする力強い内容となっている。読者の皆様がこの10月号によって鼓舞されることを願う。
 今月号の誌面には、読者に希望を与えてくれる内容が掲載されている。例えば、ベンジャミン・クレームの師による「一対の極」という記事には、次のような慰めとなる言葉がつづられている。「すべての人間に内在するものは完全無欠への願望であり、善きもの、美しいもの、 真なるもの──すなわち魂の属性──を表現したいという衝動である。行動がいかにぐらついたものであろうとも、それがいかなる表現方法をとろうとも、より良いものへの欲求を持たない者は誰もいない。裡にこの願望を持たない者はいない」。この言葉は──日々の現実を目の当たりにすると──同胞の人間の本性は最悪だと信じてしまいがちになる現代において、どれほど慰めとなることか。同じ記事の後半では、「葛藤や戦争、暴力や憎悪は、人間がその本当の特質をいまだ実演することができないために現れるのであり、通り過ぎていくものにすぎない」という考え方が示され、いっそうの心の安らぎが得られる。
 いくつかの書評や特集記事では、人類が真の神聖な存在としての潜在的可能性に到達するのを阻む、根深い問題の根源を解き明かしている。グラハム・ピーブルズ氏は「視点」の記事で、「新自由主義は本質的に分断的で不公正であり、したがって平和や社会正義をもたらすことはできない」と記している。私たちが樹立したこの世界秩序と政治経済システムは、抑圧や、仕組まれた政権交代、侵略、最も残忍な戦争によって維持されてきたため、いずれはこのような事態になるということを、私たちは認識すべきであった。こうした主張の真実性は、ミッチ・ウィリアムズ氏の著書『ザ・ラケット──反骨のジャーナリストがアメリカ帝国に挑む』で裏付けられている。同書の最終段落では、私たちが自らを救うためには、こうした陰謀を暴き、理解しなければならないという考えが強調されている。「秘教的な観点から見ると、経済と政治の領域に蔓延するこの問題は、蔓延する物質主義の分離や利己主義、貪欲さを象徴し、より霊的な人生観を体現する統合、共有、そして協力に反抗するものである」。グレアム・マクストン氏の新著、『西洋的思考の愚行』というタイトルの本は、私たちの思考そのものが誤っており、導き出される結論も誤りだと指摘する。意識の座はどこにあるのか、と彼は疑問を呈している。脳なのか、それとも……? 彼はやがて、一体であるという感覚に到達する。「宇宙全体が私たちの中に存在している。それは、私たちの周囲で発展し進化している、生きた、意識ある宇宙である」
 マイトレーヤによる米国の現在の傾向についての洞察は、読者に強い衝撃を与える。その一方で、御自身による分析や他の思想家たちの分析を通じて解決策も示している。
 ガザへと向かっている船団のことも取り上げられているが、本号が読者の郵便受けに届く頃には多くの出来事が起こっているだろう。ガザについてのドキュメンタリー映画『ヒンド・ラジャブの声』では、亡くなった家族に囲まれた子供の最後の絶望的な数時間について知ることになる。
 ポーリン・ウェルチ氏は軍産複合体の影響について論じ、ジェイソン・フランシス氏のインタビューでは、刑務所における読書の重要性に関する興味深い洞察が明らかにされている。
 ベンジャミン・クレームの師は、人間が本来持つ神聖な可能性を最大限に発揮して生きるという、究極の目標の達成について次のように述べている。「人間は永遠の魂であり、それが物質の中に飛び込んで、そのために物質が強いる限界に従属させられる。完全を求める人間の闘いは、これらの相対する二つの極にある特性を完全なる和合と解決に導くことを伴う」

今月号の内容概説

 ベンジャミン・クレームの師は、「協力の術(すべ)」という記事でこう問いかけている。「人間は災難から自分自身を救うために一体何ができるのか」。この覚者やマイトレーヤ、ベンジャミン・クレーム、そしてジョン・フィッツジェラルド・ケネディやジェフリー・サックスなど多くの人々が、分離感覚から生じる競争の毒性から人類がいかに解放されるかについて、これまでも助言を提供してきたし、今も提供し続けている。アクエリアス(宝瓶宮)の志向を持つ人々は和合を切望する一方、世界全般は正反対の考えを内面化し、植え付けてきた──つまり、私たちは分離しているだけでなく、私たちの民族、私たちの国民、私たちの宗教、私たちの肌の色だけが重要だという考えである。この「論理」は正気とは思えない。それは、自分たちの民族以外の者はすべて絶滅させなければならないということを意味するからである。私たちは「他者」を抹殺しようとする試みの目撃者である。「絶滅」という言葉には恐ろしい含みと意味合いがある。「論理的には」パレスチナ人の殺戮と全滅で止まるはずはない。次の標的はどこか。米国と世界の人々は、ジェノサイドが続くことを許すのか。ヨーロッパは、政治家と武器製造者が民族浄化から利益を蓄え続けるのを黙認するのか。

 シェア・インターナショナル誌の今月号は、歴史上のこの瞬間の重苦しい性格を反映している。ジョン・フィッツジェラルド・ケネディの霊魂(ゴースト)を呼び起こし、危機の時代に示された偉大なリーダーシップと、平和への道における信頼と善意の重要性について語った賢明な言葉を思い起こしたい。また、政治家たちを操り人形のように操る軍産複合体について考察する。真実をめぐる戦いと、イスラエルによるポグロム(虐殺)の残忍な事実を報道するために命をかけたジャーナリストたちの並外れた勇気を思い起こしたい。このポグロムとは、子供や高齢者、障害者──まさにすべてのパレスチナ人、そして私たち人類──の殺害と飢餓である。

 9月号では、こうした時代の恐怖以上のものが提示されているが、応えることのできるすべての人々の心(ハートとマインド)への悲痛な呼びかけとしてこれを提示したい。私たちは次のことを信じているからである。「協力と正義(公正さ)のみが人間を、彼ら自身がつくり出す大惨事から救うだろう。協力と正義のみが彼らの未来を保証するだろう」。公正で正気な世界を切望する人々と共に、「救済への鍵として協力を受け入れる」ことを要望し懇願する数百万人の声に私たちの小さな声を加えたい。 

活用したいと思う方々のために、マイトレーヤの手の写真を同封した。

編集部より

カルマ、清算、法則――不処罰の終わり

 私たちは現在、古いものの崩壊によって開かれた不確かな空間に生きている。新しいものはまだ、完全には形を成していない。「仮死状態」――全世界的に罪の意識にさいなまれた宙ぶらりんの状態――にいるという集団的な感覚は、ガザ地区で行われた、血に飢えた野蛮な残虐行為に対する共通の恐怖心と嫌悪感によってさらに強まっている。そうした残虐行為は、特に西側の政治家たちによって公然と容認され、積極的に支持されているか、または無視されている。
 カルマ、原因と結果、振り子の揺れ、作用と反作用など、どのように呼ぶにせよ、用語が何であるにせよ、常に結果があり、等しい逆の作用があるというのが事実である。これは物理の法則、自然界の法則である。また、この惑星上のすべての生命と関係を支配している偉大な法則であり、あらゆるレベルで作用している。

 本誌の読者は、特に現在の恐ろしい状況下で、この普遍的な法則の役割をどう捉えるべきだろうか。考えてみれば、カルマとは実に驚くべきものである。それは私たちの生活において、常に決定づける要因となっている。カルマが消え去ってくれたらと願うことはよくあるが、カルマなしでやっていくことはできない。カルマはこの惑星におけるいのちであり、現実である。多くの人々は、カルマが私たちに教訓と祝福を与え、正しい人間関係を通じて成長する機会をもたらしていることを、苦い経験を通して学んだ。それは偉大な法則である。しかし、それでもなお、国家全体はその厳しい作用について無知である、と考えてもよいだろう。誰もその法則から逃れることはできない。非常に多くの国で、指導者や将軍、軍隊だけでなく、国民でさえ、神の法則も人間の法則も存在しないかのように生きるよう教え込まれてきた。さらに悪いのは、神を操ったり説得したりできるという、そして神は確実に自分たちの味方であり、すべての悪行を容認しているという、古くからの狂信的な宗教的信念である。こうして私たちは再び、野蛮と無法の時代へと逆戻りしてしまった。

 この時代の奇妙な特徴は、多くの風変わりで複雑な宗教的・準宗教的信仰が現代の政治を形作っていることである。多くのものがキリスト教以前の時代に戻っているように見える。当時は「目には目を」が、社会的な交流において粗野な基本原則であった。そのように、「原因と結果の法則」への理解は欠如していた。イエスの教えと新しい摂理は、それまで辛うじて社会秩序のうわべを維持していた古い戒律を吹き飛ばした。当時、人々は復讐の必要性から、しばしば地域戦争や抗争の瀬戸際に立たされていた―― 一つの暴力行為が、その悪行に対する報復として同じように残酷な反応を引き起こしたからである。

 気がかりなことに、これは今なお、ガザ地区でのジェノサイドにおける今日の残虐で卑劣な行為を動機づける衝動となっている。イエスはメシヤとして認められなかった。イエスの新しい律法の教えは、新しい摂理を受け入れようとしない人々の心にいまだ浸透していない。隣人を愛することや、全体の一部であるという感覚は、過去2,000年間、非常にゆっくりと私たちの意識に浸透してきた。世界教師マイトレーヤは次のように教え、その法則をさらに身近でより達成可能なものにしてくださった。「兄弟の窮乏をあなたの行動の尺度として、世界の問題を解決しなさい」(マイトレーヤからのメッセージ、第52信)
 マイトレーヤは、自然の法則に関する指針と洞察を提供するために一連の予報を出された。[『いのちの法則』にある]こうした予報は主に、原因と結果の法則に光を当てるために与えられた。この法則を理解し、その中で行動することで、現在の社会、政治、経済、環境の危機を解決できる、とマイトレーヤは述べておられる。何と啓発的で非凡な考えであろうか
──カルマの法則の中で生きること自体が、私たちの深刻な問題の解決策となる。
 明らかに、国際法や国際条約を見直す必要もある。戦争から生まれた偉大な成果──例えば、国連世界人権宣言──を再学習し、実行する必要がある。悲しいことに、そして狂気じみたことだが、指導者や法制度、条約、政府が、万人の最善の利益のために行動するのは当然だと考えられないような状況に陥っているからである。

 ジュワル・クール覚者は『ハイラーキーの出現(上)』(AABライブラリー)で次のように書いている。「次はカルマに関してである。人は自ら作ったものを元に戻すことができる。これは忘れられることが多い。カルマは厳格な不変の規則ではない。それは人の姿勢や願望に応じて変えることのできるものであり、変わる機会を提供するものである。カルマは過去の活動から生じるものであり、こうした活動に正しく向き合い、適切に対処すれば、将来の幸福と進歩の基礎を築くことになる」
 それは「厳格な不変の」ものではないかもしれないが、避けられないものである。常に清算が必要である。世界が進歩するためには、正義が実現されなければならない。いずれは、承認され、償いが行われなければならない。もし正義が実現されなければ、不処罰と共に無法状態が横行し、社会は想像を絶する絶望へと崩壊していく。加害者は必ず責任を問われる必要がある──憎しみや報復のためではなく、支払わなければならないカルマの負債を承認し、バランスを取り戻すためである。国際社会や国内の文化の基盤として正義や法、自由を復活させるために、これは不可欠である。

 不処罰を今すぐ終わらせる必要がある。正義が掲げられなければならない。ある国にとっては法の重みがあり、別の国には「免罪符」が与えられるような状況は許されない。すべての国に同じ法が適用されるか、完全な無法状態が支配するかのどちらかである。国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)、国連などはすべて、無視されることになるのか。誰かが正義の女神から公平さを奪い、ジェノサイドや大量殺人、人道に対する罪を犯した者たちを優遇するように仕向けたのか。私たちは自らの非人間化を容認しなければならないのか。子供たちの未来を救う方法はどこにあるのか。
 経済・金融の構造が富裕層と超富裕層に有利なように傾き、残りの人々が給料から給料まで辛うじて生き延びるしかない状況では、正義の実現は望めず、自由が栄える希望もほとんどない。世界資源の再分配に基づいた国際システムの受け入れと実施こそが、個人の自由や正義、万人の尊重を保証する唯一の解決策である。この均衡を是正するためには、法律によって説明責任と完全な賠償が規定されなければならない。原因と結果の偉大な法則を理解することが緊急に求められている。また、カルマがもたらす厳格な恩恵を認識し、謙虚に受け入れることも必要である。

 国際社会を神聖な法則と人間が定めた法律の両方に回帰させるためには、ベンジャミン・クレームの師が表現するように、「個人の利益と社会の利益とをより密接に同一視していくことである──それによってのみ、個人の自由と社会の安定を保持することができる」。私たちは、古い双魚宮の時代から生まれた「微粒化」を終わらせ、相互のつながりを大事にする必要がある。全体との一体化こそが、すべての部分を救うからである。
 ベンジャミン・クレームは次のようにコメントしている。「いのちの法則は少ないですが、非常に強力です。誰もそれにあまり注目しません。だから私たちは問題を抱えるのです。主要ないのちの法則とは原因と結果の法則です。それはこの惑星のすべてのいのちを支配します。それは『目には目を、歯には歯を』として表現されてきました。原因と結果の法則を非常に不適切に表現したものです。イエスは非常に簡単に表現しました。『人は、自分の蒔いた種を、また刈り取ることになる』と。それはあまりにも単純なので、人々はそれを忘れるか、またはよく理解しません。あなたが蒔くものが何であれ、それを収穫するのです。もしトウモロコシを蒔くならばトウモロコシを収穫します。もしオート麦を蒔けばオート麦を収穫します。悪いトウモロコシを蒔けばあまり良い収穫はありません。……私たちは皆、種を蒔く人々です」

 「私たちのすべての思考が、すべての行動が種を蒔いています。それらが原因をつくります。原因から生じる結果が私たちの人生をつくります。私たちはいつもそうしています。私たち自身の人生をつくると同時に、人類の人生をつくっています。私たちすべてが、世界に起きることに、人類種族を通して起きることに責任があります。なぜなら私たちはすべて人類種族の部分であるからです。私たちはすべて想念をつくります。それらの想念は現実です。私たちが破壊的な思考を持つたびに、私たちのシステムのわずかな部分を破壊しています。惑星の健康は私たちの思考の健全さに依存しています」

編集部より

 私たちは1年の中程にいる。この2025年という年は、21世紀の四半世紀の終わりを意味する。時が過ぎ、途方もない可能性に満ちた未来へと歩みを進めるにつれ、一つひとつの選択、一つひとつの行動や身振りがこれまで以上に重要になる。人々はそれを感じている。私たちの時代には「何か」がある。私たちは何か重大なもの、何か極めて重要なものの瀬戸際にいる。

 ベンジャミン・クレームの師である覚者は、「光あらしめん」という記事の中でこう書いている。「各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる『神の光』の示顕に、さらに近づいていく」。これは驚くべきことではないだろうか。私たちは「光」の存在なのである。覚者はこう続けている。「われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている」

 現在の世界情勢をどのように解釈しようとも、私たちが世界をどんなに厳しく残酷なものにしようとも、あるいは互いのために善意と協力に満ちたものにしようとも、美しさ、偉大さ、そして「光」の中へと入ってつかむ勝利が究極の目標であることは揺るぎない事実である。しかし今、私たちはさまざまな形で自らを破局の淵へと追いやってしまったように思われる。自らの裡にある「光」を、それに触れることができる限り多く表現することによって、私たちは自らを高め、すべての人にとって有効な解決策に向けて国際社会を動かす手助けをすることになる。

 これは、将来起こり得る苦難や、正義のため、真実のため、法の支配のために立ち上がる緊急の必要性を否定したり軽視したりすることではない。沈黙は共犯であり、無関心は暴政を野放しにする。腐敗した指導者層の「パンと見せ物」政策に惑わされ、享楽にふけったり混乱に陥ったりすることで、地球と私たちの集団的な未来を、権力欲と貪欲に駆られた1%の人々の手に委ねてしまうことになる。

 今月号に掲載されているベンジャミン・クレームの師による二つ目の記事のタイトルは、「腐敗行為の終止」である。何と革命的なアイディアであろうか! 現状では、あまりにも常識からかけ離れているため、おそらく考えが甘いと思われるだろう。しかし、この記事が指摘しているように、「そのような腐敗の直中で、信頼を生み出すことは可能だろうか。信頼なしには人間の未来はまさに荒涼たるものである。信頼なしには、より公正な資源の分かち合いはむなしい望みであろう。信頼なしには、われわれの惑星という家を維持するために必要とされる包括的な意思決定は決してできないだろう」。

 信頼、真実、基本的自由、民主主義、人権が、世界中の腐敗した権威主義的指導者たちによって組織的かつ意図的に侵食され、世界の有権者たちが「他者」やアウトサイダーを拒絶するよう促される中、バンディ・リー博士は、指導者たちの病理と、惑わされ、混乱し、憤りと憎しみをかき立てられた人々に対して皇帝の狂気が与える壊滅的な影響について説明している。私たちは、「グラマーは伝染する」ことを知っている。「集団思考」が存在することも知っており、事実が共有されるのと同じくらい簡単に非現実的なものが共有されることを経験している。

 今月号もまた、自然界を守るための前向きな行動のニュースなどを掲載し、希望に満ち溢れている。しかし、行動を起こし、否定的なことに抵抗し、「不吉な前兆」に気づく決意を固める必要があると考えている。ジョージ・オーウェルの有名な警告(著書『1984年』より)として次のものがある。「戦争は平和である。自由は屈従である。無知は力である」。これには先見の明があり、驚くほど身近なものであったことに留意し、今月号には「ファシズムの初期症候」のリストを掲載した。

 ファシズムという言葉には反発を覚えるかもしれないが、私たちが「逆さまの世界」、つまり、何もかもが見た目通りではない「あべこべの世界」に生きていることを人々は経験している。現実がひっくり返されることがアストラル界の主な特徴であることを、私たちはベンジャミン・クレームとジュワル・クール覚者から学んで知っている。虚偽であるものが本当のように見える(したがって、心理学で言う「投影」が、現在の政治で頻繁に使用されている)。すべてのものが 「逆さま」に見られ、経験される。この狂気に満ちた不確かな暗黒郷では、事実はなく、意見だけが存在する。真実はなく、自分の仲間の意見だけが存在する。科学には現実性がなく、法律には権威がなく、正義と政治は売り買いされる。オーウェルは全体主義国家について警告した。そこでは、プロパガンダや疎外、監視を通じて当局が国民を容易に掌握できるように、人々を混乱させ、弱体化させ、気をそらすことが目的である。

 一つの解決策は、人間性そのものである。「世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている」
 また、今月号では、宇宙を旅して、コスモスの本質と、人類を一つの全体に束ねるものについて学ぶ。さらに、フランシスコ教皇の生涯が称えられている。何百万もの人々が教皇の逝去を悼む中、私たちはガザと共に涙を流す──何らかの助けと支援の行為とまではいかなくても、私たちの涙が憐れみ深いものであることを知りながら。

 今月号の記事の幅広さと多様性には、いささか驚かされる。ベンジャミン・クレームの師による記事でさえ、最高のものと最低のものを浮き彫りにしている── 一人ひとりの中にある「光」と、それを妨げる腐敗である。
 長年にわたり、ベンジャミン・クレームと共に働き、彼と一緒に、彼を通して覚者を体験した人々は、彼ら二人と、人類を助け導くための絶え間ない働き、愛、知恵、ユーモアを愛するようになった。二人の言葉は、地球のために、苦しむ人々のために行動する動機や原動力となるような希望を鼓舞している。



今月号の内容概説

 今月号では、人類の進化を助け、導くために、覚者方が──あらゆる国のあらゆる階層の際立った人物を通して──どのように働いているのかを説明し、浮き彫りにしていきたい。読者の皆さんもご存じのように、人間の自由意志が損なわれることは決してない。したがって、覚者方の課題は、個人や集団、国家が自らの道を選ぶ自由を残しながら、いかにして導きを提供し、刺激を与え、進むべき道を示すかということである。進化のペースと道筋は、完全に人類に、そして通常はいわゆるリーダーたちに左右される──有能か無能か、信念があるか堕落しているか、人々に奉仕することに専念しているか自分の必要と貪欲に忠実であるか、正気であるか現実から完全にかけ離れているか、そのいずれであるにせよ。

 こうした傾向を踏まえた上で、覚者方はどのように私たちの進化を助けるのか。各国が正しい選択をするように、どのように支援すればいいのか。覚者方にとって、より「手の届きやすい」人々はいるのか。危機の時代において、どのような要因によれば、困難を乗り越える可能性が高まったり、国家全体を率いる能力が増したりするのか。

 こうした疑問に対する答えを提供するために、いくつかの関連記事を紹介することにした。ベンジャミン・クレームは、その人のエネルギー的な構成が、人生の目的を達成するのにどのように役立つかを説明している。エリッサ・グラーフは、覚者方の霊的ハイアラキーが、舞台裏でどのように世界の指導者たちに直接助言を伝えているかに光を当てている──この記事の場合は、ヘレナ(エレナとも)・レーリッヒがフランクリン・D・ルーズベルトに宛てて書いた手紙を通して。今月号の選集は、覚者方について、覚者方がどのように働きかけ、人類を勇気づけているかについてさらに多くのことを明らかにしている。「あなた方がわたしたちを見るとき、わたしたちもかつてはあなた方と同じような人間であったことを覚えておきなさい。わたしたちはあなた方の未来を反映する鏡であり、そしてその未来への道をあなた方に示すことができることを覚えておきなさい。わたしたちは教え、鼓舞し、人間を闇から光へ導くためにやって来るのである」

 4月号と同様に、今月号でも引き続き、治癒や意識の探求に関連して、様々なレベルのエネルギーの糸をたどっている。磁気や催眠術、エーテルレベルのエネルギー、秘教占星術(占星学とも)といった話題に触れている──秘教占星術は、人類の進化に伴って紹介された新しい魂の占星術である。

 また、道徳と法を回復し、自然界を救うための積極的な行動にも注目している。私たちの最善の姿を示し、未来に対する人々の希望と信念を肯定する地球規模の意識と行動があるとすれば、それは不正義に立ち向かい、環境のために、そして抗議の声を封じ込められたり抑圧されたりしている同胞の市民のために立ち上がろうとする、大衆の行動と決意である。高次の指導に耳を貸さないように見える指導者たちが国際条約を破り、世界的な信頼と協力を踏みにじる中、積極行動主義は健在であり、成長を続けているように見える。

 地球や正義、人類そのもののために行動を起こすことは、希望──貴重な財産──の肯定的な表現である。醜悪なものと醜怪化がニュースを席巻しているように見えるこの時代に、ベンジャミン・クレームの師が「新しい時代の生活」で提示された豊かなビジョンを読み、その奥深さを味わいたい。

 「美と適合感が試金石となるだろう。見苦しくて機械的で人間の精神(スピリット)に害のあるものはすべて避けられるだろう。目標は、人間とその環境との間に正しい関係を完全な自由と調和のうちに維持することであり、そしてテクノロジーと科学の発達すべてが人間の必要により良く仕え、実在(リアリティ)の特性をより良く知ることの助けとなることを保証するだろう。

 このようにして、新しい機構の中に必要な安全装置があらかじめ設置されるのは確かである。いのちの高揚とその形態を美しくすることに関連することはすべて、わたしたちの祝福を受けるだろう。公共の福利に仕えるものはすべて、わたしたちの支持を得るだろう。人間が彼らの環境との新しい関係を築く時がやって来る。人間と自然と神とは一体であるという意識に沿って、その真理の顕現を可能にする形態を人間はつくるだろう」

今月号の内容概説

 エネルギー、エーテル、宇宙エネルギー ──今日の世界はエネルギーという概念に慣れ親しんでいる。「すべてはエネルギーである。宇宙全体にエネルギー以外のものは存在しない」と聞いても、驚く人はいない。現代科学と秘教の知見は、共通の土台を見いだし始めている。ただし今のところ、共通の用語は使われていない。物質から霊のいのちへの復活を象徴するイースター祭が近づくなか、この4月号を通して流れているのは、濃密物質や物質主義とは対極をなすエネルギーや生命または魂というテーマである。

 先見の明のある市民は、間もなく突破口が開かれることを期待している。「過去のものである『古い』核分裂エネルギーの技術よ、さようなら」。そして次の見出しはこうなるだろう。「常温核融合プロセスによって生成される、安全で、無限で、安価な新しい核エネルギーが完成した」。こうしたニュースの見出しを予見して、先駆的な科学サークルで進展する常温核融合の研究についての記事を掲載した。さらに、それと組み合わせて、霊的エネルギー──魂のエネルギー、生命エネルギー、プラーナ、生体エネルギー ──を扱う記事やインタビューも掲載した。

 今月号の選集は、ベンジャミン・クレームの師が「グラマー」に関する記事で示された洞察と呼応している。覚者はその記事で、人類が自らの本質を誤解していることについて述べておられる。「感覚や感情──欲望的性質──との間違った同一認(アイデンティフィケーション)を通して、人間はイリュージョン(錯覚)と非現実の濃い霧で自分自身を取り囲み、その中で迷っている。……分離感を強化するものはすべてグラマー(幻惑)の行為の結果であり、その異説を崩そうとする者はすべてその駆除のために働く」。この記事が現代に関連していることは明らかである。「……国家の誇りという馬鹿げた考えが、国家をその国民の利益に反した行為へ導くのを、われわれはしばしば目撃する。これらのグラマーの行為は欲望──権力への、野心の達成への欲望──の産物である。科学の光が特定の大昔からのグラマーをこの世から取り除いてくれたが、その代わり他のグラマーをつくり出した──所有欲のグラマーが世界の半分をその奴隷にし、他方、あとの半分は飢え、悲惨と窮乏の中で死ぬ」

 1992年のインタビューで、ベンジャミン・クレームが核融合の分野での実験的研究について言及したことは興味深い。クレームとインタビュアーはまた、軍隊が最大の汚染者であることについても話し合った。まさしくこの話題に関する大堤直人の記事をご覧いただきたい。

 多くの前向きな取り組みがあらゆる分野で行われている。例えば、生物種を保護するための環境プロジェクト、他者を助け、光をもたらし、土地の権利を取り戻すための社会的な努力などである。地球とそこに住む人々を健全な状態に戻そうとして、多くのことが行われている。今月号では、実践的な善意の行動に焦点を当てた記事をいくつか掲載している。

 「物質主義に対する魂の勝利」というタイトルの選集も同じ問題に取り組んでおり、個人と人類全体から分離と物質主義のグラマーを取り除くために、パーソナリティーや形態生命に対する魂の勝利が緊急に必要であると主張している。人類が前進するためには、魂の光がやがて、しかし着実かつ迅速に勝利しなければならない。ベンジャミン・クレームはマイトレーヤの言葉を引用し、これを達成する方法についてのさらなる教えと説明を提供している。「『真我と接触する方法は、心(マインド)の正直さ、生気(スピリット)の誠実さ、そして無執着という三つのものを実践することである』。このようにして徐々に、自分が実際に誰であるかを、つまり神であることを認識するようになります。人々はそれを神や、父、主、絶対者と呼びます。これらはすべて、唯一の同じものを表す異なった言葉です。私たちは『それ』なのです」

今月号の内容概説

 ベンジャミン・クレームの師である覚者は、書かれた当時だけではなく今日にも関連する質問をする(そして答えを提供する)「こつ」を心得ておられる。例えば、覚者が2008年の金融崩壊を振り返り、2011年に『マイトレーヤの約束』を書いた時もそうである。今日、人々は同じ質問をしている。「それらのお金はどこへいってしまったのか。どうなってしまったのか。今や誰も仕事がなく、お金は消えてしまった――銀行の中へと消えてしまったのである。そして百万長者は今や億万長者である」。私たちはこの表現を、「億万長者は今や1兆ドル長者」であり、そして世界中の選挙や就任式で見られた権力の見せびらかしのパートナーになっている、と修正することができる。

 クレームの師による3本の記事が巻頭のページを飾っている――それぞれが現在の傾向や出来事に対する洞察を提供しているので選ばれた。この一例が「聖なる科学」であり、限りない探求と意識の成長の感覚が提示されている。私たちは成長していくにつれて、地球上および宇宙の中に存在するすべての生命との一体感を味わうことになる。「……天界への門が開かれ、人間は終わることのない旅路にいる自分を発見するだろう。遠くの、近くの宇宙が研究の対象となり、無限が人間を絶えず先へと招き、彼の勇気を試すだろう」。シェア・インターナショナル誌は、スティーブン・グリア博士の研究の妥当性を確認することはできないが、地球の高度な科学だけでなく、地球外生命体や他の惑星からの乗り物も存在するという証拠を開示しようとする彼の努力を紹介している。

 クレームの師による今月号の3本目の記事、「和合についてのさらなる考察」は、世界の安定を脅かす現在の緊張に多かれ少なかれ巻き込まれているいくつかの国の心理、秘教の観点から見た心理について概説している。この記事の選択の理由は明白であり、私たちの苦境を説明する一助になるかもしれない。覚者は、イスラエルが選択したイデオロギーの狂気と不合理性を一つの簡潔な表明で暴露している。「……今は、世界平和を含めて他のすべての問題を度外視して、国の安全を守ることに躍起になっている」。世界平和という理想さえ拒絶したら、どのようにして国民の安全保障を達成することができるのだろうか。

 アメリカ合衆国について覚者はこう書いている。「アメリカの魂の和合への生来の願望が行動へと活気づけられるだろう。そして総体への奉仕というアイディアが現在の支配への欲求に取って代わるだろう。……奉仕への欲求が、今のアメリカのあらゆることにおける優越感に取って代わるだろう」。アメリカが世界のリーダーとして台頭するのではなく、他の国々と協力して、人々と地球のニーズに奉仕するためにその愛に満ちた魂の特質を発揮するということである。