カテゴリー別アーカイブ: 覚者より

健康と治療

シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって、毎月記事を提供してこられた。1982年に書かれたこれらの記事は、地球上のすべての生命の相互依存関係について今一度説明している。私たちは次のことを必要としている。「往古からの間違った思考と生活の習慣をこの世から払拭すること。恐怖心──欠乏や戦争や病気や死の恐怖──からの解放を可能にするように、社会生活の方法を完全に変えること」を。自己知識が増すにつれて、人類は、健康と治療への新しいアプローチにつながるエーテル・エネルギーを探求するようになるだろう。

健康と治療(一)

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 今日、至るところに、健康な生活のアイディアを広め、大衆の関心を活力の増大と病気からの解放に向けることを主な仕事とするグループが見られる。肥満症から致命的な疫病に至るまで、人間が罹りがちなあらゆる病気を治すと主張する食養生やその他の養生法――新しくまだ証明されていないものや昔からの伝承的知識によるもの――を提供する書物がすべての側に現れている。病気の原因と性質の研究、およびその予防と治療に新しい刺激が与えられた。
 まだしかし、病気の本当の原因はまったく知られていない。それは主に、人間の過去に奥深く埋もれているカルマ(因果)的なものであり、遺伝によって伝達される。このカルマ(因果)をすべての人類が分かち合う。「いのちの法則」に対する大昔の違反がこの有難くない遺産を残した。われわれの考え方と生活の仕方の徹底的な再構築のみが、この状態を変え、徐々にバランスを回復させるだろう。そのバランスが達成されることは必然である。しかし、特定の大昔からの病気を根絶し、この惑星の土壌そのものを浄めるには、時間がかかるだろう。特に今日広く行われている伝統的な埋葬形態は、火葬に取って代わらなければならない。死後の肉体の唯一の衛生的な処理法は火葬である。
 今、至るところにおいて、より新しい治療法の研究が見いだされる。多くの実験がかなり正しい線に沿って進んでおり、知識の扉が一つ一つ開かれている。間もなく新しい洞察が奔流のように世界を一掃し、病気とその原因と治療へのまったく新しいアプローチにつながるだろう。
 これらの活動のすべての背後にハイアラキーが存在し、生命の舞台の背後から監視し導いており、可能な場合はいつでも研究と実験を刺激しようとしている。この刺激は二つの主要な線に沿って流れる。一つは先見の明ある者を人間の構造と組織の研究に駆り立てることであり、その知識の上に病気のメカニズムの理解がかかっている。もう一つは病気をコントロールするための今日の治療的、改善的、予防的な種々の方法――古いもの新しいもの、オーソドックス、非オーソドックスを含めて――を刺激することである。現在の顕著な出来事は、いろいろな種類のいわゆる霊的(スピリチュアル)または信仰的治療家の台頭である。彼らの役割と才能についての大衆の受け入れ方にかなりの変化が起きており、これは世界的規模で起こっている。東洋の古来の治療法に対する新しい関心が西洋の治療家の技術的資質と理解を広げた。同時に病気の予防――健康と活力のための条件の創造――が徐々に主要な役割を占めつつある。
 このすべては将来への吉兆である――将来、人類をひどく悩ませている病気は徐々に征服されていく。最初のステップは病気に対する恐怖心を取り除くことである。そして原因を理解することから、そのコントロールに対するより正しい対処の仕方をじっくりと教え込んでいく。
 社会構造の変容が人間の健康の改善に大きく作用し、今日非常に多くの人間が経験している慢性のストレスと不安を取り除くだろう。より多くの余暇とレクリエーションがその役割を果たす一方、より健全な農耕法によって人間の必要に適うだけの生命力を備えた食糧の生産が保証されるだろう。
 人間がその構造の真の特性――魂がメンタル体(識心)、アストラル体(感情・情緒体)、二重の物質体(エーテル体と濃密肉体)を通して己自体を反映していること――に気づくとき、病気の征服における最初のステップが取られるだろう。これまで人間の注目は濃密な物質体(肉体)に集中されてきたが、病気の原因はより精妙な体を通して流れるエネルギーの誤用に見いだされる。
 人間はまさに偉大なる発見の瀬戸際にいる。病気は不均衡の結果であり、正しいバランスは正しい思考と行動によって維持され、そのような正しい思考と行動は至るところにいる兄弟姉妹に関わる。もし人間が病気に終わりを告げようとするならば、まず分離に終わりを告げなければならない。
〔シェア・インターナショナル誌1982年10月号、『覚者は語る(1)』〕

健康と治療(二)

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人類を非常に悩ませている病気、これをわれわれは心(マインド)と体の不均衡の状態と呼ぶのだが、それの理解とコントロールが数年ごとに次々と進歩する。新しい進歩があるたびに、人間の自分自身に関する知識の限界が少しずつ押し広げられる。そして次の新事実に扉を開く。新しい世紀の門口に立つにあたって、人類はこれまでかつてなかったほどに新しい光を受ける用意がある。マイトレーヤと覚者たちの刺激によって速められて、人は自分の存在についての真理を発見する用意が整い、やがてそれが人を完全に病気から解放する。
 病気の根絶の第一のステップは、その原因の理解でなければならない。これまでほとんどの病気の原因が人間の探究をすり抜けていた。なぜなら人間の構造の特性と人間がそのもとで機能するところの法則に関して、彼らはあまりにも無知であったから。今後は人がより正しいコースに沿って進み、正しい関係の必要性を把握するにつれて、これは改められるだろう。病気は結局、間違った関係の結果である――われわれの高位我である魂との関係、世界中にいるわれわれの兄弟姉妹との関係、そしてわれわれがその部分であるところの総体との関係である。魂のエネルギーの誤用によって因果(カルマ)関係を始動させる。兄弟同胞との間違った関係によって不均衡と不和を、そしてあらゆる種類の病気を引き起こす。分離意識が、われわれの周りの至るところにある治療の力から、われわれ自身を切り離している。
 人類の生活の転換点にあって大きな仕事が彼らを待つ。往古からの間違った思考と生活の習慣をこの世から払拭すること。恐怖心――欠乏や戦争や病気や死の恐怖――からの解放を可能にするように、社会生活の方法を完全に変えること。これらはまさに巨大な仕事だが、あらゆる努力を費やすに値するものである。なぜならそれは、新しい生き生きとした生活、新しいより甘美な人間関係につながり、正義と同胞愛、分かち合いと愛の原則によって支配される世界につながるだろう。そのような世界を創造する仕事よりもすばらしい目標が人類にあり得ようか。そのような変容のもたらす利を否定する者はいない。そしてわたしたち覚者があなた方の仕事を助け、最良の道と可能性を示してあげるだろう。
 今日、科学は病気の征服にその役割を果たす用意が整っている。物質のエーテル界が人間の探究と研究を待っている。肉体の病気として顕れるエネルギーの不均衡の起源が、そこに見いだされる。チャクラの機能がエネルギーの受容器であり分与器として理解されるとき、そしてチャクラと内分泌組織の主要な分泌腺との関連が知られるとき、病気の処置法は新しい次元を包含するだろう。
 もちろんすでにこのことを知り、貴重な仕事をしている治療家がわずかに存在するが、この知識が一般的なものとなるまで、病気の仕組みの理解に多大な進歩はない。
 エーテル界の分野への研究が熱心に始められるまで、あまり長い時間はかからないだろう。そうなるとき、治療状況は変容するだろう。新しい心理学、すなわちやがて訪れる魂の科学が病気の性質と原因に多大な光を投じ、その予防への道を指し示すだろう。時を経て、人間はデーヴァ界(天使界)に接近し、これと共に働くことを学ぶだろう。デーヴァ界の進化の多くの面が治療のプロセスに深くかかわっている。
 このようにして、病気は段階を追って世の中から根絶され、今日ではめったに見られないような活力と福利が取って代わるだろう──この生得の権利を人間は知らないだけである。変容の舞台は整えられつつある。覚者たちが(日常世界に)戻って来るとき、道を示すだろう。そして彼らの賢明な指導のもとに、すべてが新しくなるだろう。
〔シェア・インターナショナル誌1982年11月号、『覚者は語る(1)』〕

愛と平和の道

 シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって、毎月記事を提供してこられた。2006年に書かれたこの記事は多くのテーマを扱っているが、そのうちの一つは、人間が孤独であったことは決してなく、私たちが望めば案内(ガイダンス)が得られるという再保証である。まるで2020年に書かれたかのように、クレームの師はこう書いておられる。「われわれの住処である地球という惑星を大切に看取り健康を取り戻さねばならず、その空気と土壌と水を浄化し、再び人間にとって安全なものにしなければならない。これらが惑星の安定とその住民の健康にとって緊急に必要な条件である」

愛と平和の道
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 幸いなことには、助けが必要なときに人間が放っておかれたことは決してない。どんなに困難な状況だろうが、どんなに直面する危険が大きく深刻なものであろうが、人は一つだけ確信がもてる──すなわち彼の兄たち(覚者たち)から見放されることはない、ということである。人間の長い歴史において幾度も幾度も、すべてが失われて、人間の未来が危険なほど不確かになったとき、いつでもわたしたちの救助が手近にあり、人間の前進への道は再び復活されたのであった。そして今日、相容れない様々な勢力の大渦巻きの中に立ち、次のステップについて確信がなく、前方にある仕事の巨大さにほとんど圧倒されているこの荒々しいときにあって、然りである。
 わたしたちは古の隠遁地から出て来て、わたしたちの思考とステップを苦闘する兄弟たちの援助に向け直す。すべてが失われているのではないことを、人間が彼らの生活を組み立てるために他のより良い方法が存在することを、和合と幸福は正義と自由から生じることを、分かち合いは和合の自然な行為であり、すべての人間の苦しみへの単純な答えであることを、模範によって示すために。
 人類はわたしたちが与えねばならない叡知の贈り物を欲しなければならない。偉大なる法がそれの強制を許さない。であるから、人類は彼らを取り囲む危険をはっきりと見て、決断と選択をしなければならない。
 人類に案内(指導)が必要なことは議論の余地がない(多くの者がそのことを否定し、あるいはそれを見つけることができるということを否定するのだけれど)。そしてこの案内(指導)を、マイトレーヤ御自身が人類に提供されるであろう──彼らに考慮し、賢明に分別してもらうために。
 それに応えて、人類は彼ら自身をひとつとして見なければならない。自由と正義を阻む古い障害物は捨て去られねばならない。すべての者が地球の豊かな贈り物を分かち合わねばならない。すべてが信頼という言語を学ばねばならない。われわれの住処である地球という惑星を大切に看取り健康を取り戻さねばならず、その空気と土壌と水を浄化し、再び人間にとって安全なものにしなければならない。
 これらが惑星の安定とその住民の健康にとって緊急に必要な条件である。一旦それらが採用されたならば、もはや過去の無秩序に戻ることは決してないだろう。人間は、貧困や戦争、搾取や残酷さ、腐敗や不正義に別れを告げるだろう。
 人類は彼らの兄たちを熱心に見習い、そして愛と平和の道を歩むだろう。
 今のこの時を決断の時と見なしなさい。すべてが、マイトレーヤの勧告に対する人間の反応にかかっている。あなた方の兄であるわたしたちは心配しているわけでも、悦に入っているわけでもない。マイトレーヤと人類の両方が直面する巨大な仕事をわたしたちは知っている。わたしたちはまた「いのちのしるし」の読み方を知っており、恐れてはいない。これを読んでいるあなた方は恐れることなく、地球の復興がすぐ近くにあるという事実を、過去の不正は衰え、それとともに古い統治法が衰えつつあるという事実を、広く知らせなさい。新しい案内は人間のための道を示すためにここにある──古の、しかしいつも新しい指導が人間を山頂へと連れて行く。
(SI誌、2006年7-8月号)

愛と平和の道

シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって、毎月記事を提供してこられた。2006年に書かれたこの記事は多くのテーマを扱っているが、そのうちの一つは、人間が孤独であったことは決してなく、私たちが望めば案内(ガイダンス)が得られるという再保証である。まるで2020年に書かれたかのように、クレームの師はこう書いておられる。「われわれの住処である地球という惑星を大切に看取り健康を取り戻さねばならず、その空気と土壌と水を浄化し、再び人間にとって安全なものにしなければならない。これらが惑星の安定とその住民の健康にとって緊急に必要な条件である」

愛と平和の道
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 幸いなことには、助けが必要なときに人間が放っておかれたことは決してない。どんなに困難な状況だろうが、どんなに直面する危険が大きく深刻なものであろうが、人は一つだけ確信がもてる──すなわち彼の兄たち(覚者たち)から見放されることはない、ということである。人間の長い歴史において幾度も幾度も、すべてが失われて、人間の未来が危険なほど不確かになったとき、いつでもわたしたちの救助が手近にあり、人間の前進への道は再び復活されたのであった。そして今日、相容れない様々な勢力の大渦巻きの中に立ち、次のステップについて確信がなく、前方にある仕事の巨大さにほとんど圧倒されているこの荒々しいときにあって、然りである。
 わたしたちは古の隠遁地から出て来て、わたしたちの思考とステップを苦闘する兄弟たちの援助に向け直す。すべてが失われているのではないことを、人間が彼らの生活を組み立てるために他のより良い方法が存在することを、和合と幸福は正義と自由から生じることを、分かち合いは和合の自然な行為であり、すべての人間の苦しみへの単純な答えであることを、模範によって示すために。
 人類はわたしたちが与えねばならない叡知の贈り物を欲しなければならない。偉大なる法がそれの強制を許さない。であるから、人類は彼らを取り囲む危険をはっきりと見て、決断と選択をしなければならない。
 人類に案内(指導)が必要なことは議論の余地がない(多くの者がそのことを否定し、あるいはそれを見つけることができるということを否定するのだけれど)。そしてこの案内(指導)を、マイトレーヤ御自身が人類に提供されるであろう──彼らに考慮し、賢明に分別してもらうために。
 それに応えて、人類は彼ら自身をひとつとして見なければならない。自由と正義を阻む古い障害物は捨て去られねばならない。すべての者が地球の豊かな贈り物を分かち合わねばならない。すべてが信頼という言語を学ばねばならない。われわれの住処である地球という惑星を大切に看取り健康を取り戻さねばならず、その空気と土壌と水を浄化し、再び人間にとって安全なものにしなければならない。
 これらが惑星の安定とその住民の健康にとって緊急に必要な条件である。一旦それらが採用されたならば、もはや過去の無秩序に戻ることは決してないだろう。人間は、貧困や戦争、搾取や残酷さ、腐敗や不正義に別れを告げるだろう。
人類は彼らの兄たちを熱心に見習い、そして愛と平和の道を歩むだろう。
 今のこの時を決断の時と見なしなさい。すべてが、マイトレーヤの勧告に対する人間の反応にかかっている。あなた方の兄であるわたしたちは心配しているわけでも、悦に入っているわけでもない。マイトレーヤと人類の両方が直面する巨大な仕事をわたしたちは知っている。わたしたちはまた「いのちのしるし」の読み方を知っており、恐れてはいない。これを読んでいるあなた方は恐れることなく、地球の復興がすぐ近くにあるという事実を、過去の不正は衰え、それとともに古い統治法が衰えつつあるという事実を、広く知らせなさい。新しい案内は人間のための道を示すためにここにある──古の、しかしいつも新しい指導が人間を山頂へと連れて行く。
(SI誌、2006年7-8月号)

大計画は進む

シェア・インターナショナル誌は創刊以来、クレームの師である覚者が提供された記事を掲載してきた。それは記事が提供されたときのみならず、世界の状況に応じて適切だと思われるときにはいつでもそれを掲載してよいようにである。1992 年10月に書かれたこの記事は多くの複雑な概念を扱っているが、その一つには覚者方はあらゆる事柄を統率しているという誤った考えがある。ベンジャミン・クレームの師である覚者は大計画の展開について概説しながらその中での人類の役割を最終的に再確認している

大計画は進む
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 ハイアラキーは最大の関心をもって、いま世界に展開している出来事を見守っている。これらの出来事はあまりにも多く、あまりにも多様なので、熟練した目と理解ある心(マインド)のみが、それらの関連性を、したがってその底に横たわる論理と必然性を見抜くことができる。そのようなより広い視野なしには、人類は、良くて途方に暮れており、悪くて恐れ、狼狽している。すべてが繁栄と平和に向けて良好に進むように見えたのだが、現在の見通しは荒涼としている――経済的な困難と増大する民族抗争が、長年続く飢餓と不公正にさらに苦痛の日当とも言えるものを加える。一体何が間違ったのかと、多くの者が問う。信仰と勇気がこれらの出来事によって揺さぶられる。約束されたような新しい時代はいつ始まるのだろうか。

 この転換の時期は必然的に困難な時である。われわれが目撃しているものはすべて偉大なるエネルギーとフォース(力)の影響の結果であり、それが人類に働きかけており、様々な反応を呼び起こす。残念ながら、人類の反応は一様に均質なものではなく、個人および国家の、分離した個々の関心や野心や欲望によって条件づけられる。その結果として、国家主義的な運動や民族的な要求が過度に前面に出てきている。

 わたしたちの観点から見ると、これらの要求は、いま世界に蔓延している自由への欲望を生じさせるエネルギーに対する正当な、しかし歪んだ反応である――それが抑圧的な政権を倒す行為として表現されたときには喝采され、同胞殺しや残虐行為や戦争として表現されたときには、当然ながら非難される。

 この惑星の「内界の政府」としてのハイアラキーが、大小すべての出来事をコントロールするという考え方が存在する。これはまさに誤りである。人間の自由意志を侵すことなしに、それはあり得ない。ハイアラキーの任務は、神の大計画を「我らが人類と呼ぶ中心」を通して実施することである。このことは、人間の神聖なる自由意志を絶えず尊重しながらなされなければならない。かくして、大計画が進んでいく過程の中における一日一日、一年一年ごとの成り行きに完璧さを求めてはならない。長期の目標は保証されている。それについては疑う余地はない。人間のみが大計画の進行していく道が突飛なものになるかどうかを決めるのである。

 間もなく、今日世界を牛耳っている緊張に緩和が見られるだろう。様々な出来事が危機状態に近づいており、これらのまったく異なる諸勢力を解決するだろう、そして人々がより健全な見解に耳を傾けることが可能になるだろう。経済的な必要性が、最も富める国にさえ、より世界的な視点で考え、集団の必要により多く沿った線で考えることを強いている。

 間もなく、貪欲によってつくられた窮境が経済理論とその実施についての再考を強いるだろう。そしてより公正な世界への道を開くだろう。その日は“すぐ近くにある”のではないが、それほど遠い先のことではない。大計画はうまく進んでいないのではないかと恐れることはない。大計画は確実に進んでいる。

変化の時

シェア・インターナショナル誌は創刊以来、クレームの師である覚者が提供された記事を掲載してきた。それは記事が提供されたときのみならず、世界の状況に応じて適切だと思われるときにはいつでもそれを掲載してよいようにである。

変化の時
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 例外なしに全世界の国々が、国内においてそして国家間の関係の中に、大きな変化を経験している。このプロセスは、今この惑星全体に行きわたっているエネルギーの刺激の直接的結果であり、やがて既存の機構の完全な変容につながるだろう。これらの変化を速めることが、わたしたちの意図であり、望みである。しかし今日、緊張はあまりにも大きいので慎重に進めなければならない。此処彼処で圧力が大きくなり過ぎると、世界の大きな部分に悲惨な結果を招き得る。よって、わたしたちは今日、人類が直面する問題に対して、慎重に取りかかる。変化は秩序あるかたちで進められなければならない、さもなければ破局が生じるだろう。

 変化を恐れ、古きものの破壊に対して、親しんできたものへの深い損失であるかのように考える者が多い。多くの者はこれらの変化を、彼らの特権と威信を脅かすものとして拒否する。多くの者が、民衆の自由と正義への正当な志向を、内部からの反政府行為の脅威と間違える。同時に、人類がこれまでに蓄積してきた美しいもの、真なるものすべてを排除しようとする者たちもいる。彼らは、新しい形態がつくられるのを待ち切れず、進歩が徐々に進められることの必要性を見損ない、過去における価値あるものの多くを正当に評価しようとしない。

 人類種族の保護者であるわたしたちの問題は、この両極端の間に進路の舵を取り、必要に応じて、制御したり、拍車をかけたりすることである。わたしたちの目標はいつも、最小限の亀裂で秩序ある変化を達成することである。だから、世界の出来事の中にわたしたちの手を探しなさい。そしてそれらを賢明に評価しなさい。今起こっていることの多くはわたしたちによって仕組まれており、結果的により良い世界につながらねばならない。あなた方がわたしたちを見るとき、この世界は保護されていることを知るだろう。

 わたしたちの助言に耳を傾けて、そして行動しなさい。わたしたちの忠告を守って、可能で確実なことから徐々に順を追って世界をつくり直しなさい。あなた方の兄弟の必要が満たされるように気をつけなさい。そうすれば、あなた方は道を間違えることはないだろう。「どの方向に進めばよいですか」と聞かれたら、喜んで答えなさい、「最大の必要に仕えること、人類同胞愛へ」と。

 あなた方の生活の骨組みをつくり直すのに、新しい材料と新しい手腕が必要だろう。古く廃れた形態を新しいエネルギーで置き換えなさい。そして喜びと愛の中に固められる関係をつくっていくことを学びなさい。

 わたしたちが案内者としているから、すべてが可能である。すべてが美と真理の中につくり直されるだろう。あなた方を助けるための手が喜んで差し延べられており、何ものもこの新しい始まりを遅らせることはできない。あなた方がわたしたちを見るとき、覚者たちはあなた方と同じような人間であるが、愛が顕現されていることを知るだろう。あなた方に愛の秘密を教えよう。喜んであなた方をあの遠くの岸に連れていき、「門を守る御方」の御前に立たせてあげよう。

 すべての変化の前には緊張があり、緊張は恐怖を呼ぶ。しかしながら恐怖は、奉仕と愛によって活気づけられている心(ハート)の中に、居場所を見つけることはできない。だから、奉仕の鎧を着けて、歓びをもって未来を見わたしなさい。そして起こらなければならない変化を喜んで迎え入れ、ともに「愛の統治」を創造しよう。
(1983年4月号より)

法の規定

 シェア・インターナショナル誌は創刊以来、クレームの師である覚者が提供された記事を掲載してきた。それは記事が提供されたときのみならず、世界の状況に応じて適切だと思われるときにはいつでもそれを掲載してよいようにである。これらの二つの記事は、最初のものが1999年に、もう一つが2015年に書かれたものであるが、法──人類の法ではなく、大計画の展開における次の大いなる段階の一部としての宇宙の法──の働きを検討するものである。いつの日か、世界は自らを一つとして見るようになり、法は必然として正しい変化をもたらすことを認めるようになるであろう。

法の規定

――覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人類が「法」の規定をこれまで大体において拒絶してきたがゆえに、一連の大きな災難を経験したのであるが、彼らはそれを“神の御業”と解釈してきた。これらの“人間の行為”は、計画された地球の進化には何の類似性もない。人間がこれに気づくとき、彼らは自分たちの思考と行動を再調整するために一致した努力をするだろう。かくして“法の規定”を正しい状態にするだろう。徐々に法のリズムが人生を支配し、その結果、新しい調和とより大きな平衡が生まれるだろう。
 この過程を助けるために、巨大なアバター(大聖)がマイトレーヤの背後に立っておられる。平和または平衡の霊は、作用と反作用の法を通して、その宇宙的な存在感をこの世界の大混乱の上に注ぎ込む。これまでのところ人間は、この変容のフォース(エネルギー)の影響にぼんやりとしか気づいていない。にもかかわらず、平衡の霊のエネルギーは今やこの地球に充満している。そうであるから、人間は今日の混迷とは本当に異なる途方もない平穏な時代を期待することができる。
 その前代未聞の平和と平穏の時代の中で、新しい文明が壮麗なる高みに発展するだろう。星々へ手を伸ばし、人間は宇宙を征服し、時間の錯覚を打ち破るだろう。今日いまだ知られざる宇宙のエネルギーが利用されるだろう。己の神性の感覚が増大し、人は深く自己の裡を見つめるようになるだろう。それによって、自分の真のアイデンティティーの本質と、自然との、そして神との一体性を見いだすだろう。かくして、人間の環境は豊かに繁栄し、もはや自己の目的のために自然を搾取するような愚かなことはなくなり、自然は人間の必要をすべて満たすのに十分なだけのものを与えてくれるだろう。
 かくして、新しい文明は大計画の展開における次のステップを表現するだろう。かくして、人間はずっと昔に失った進化の弾みを取り戻すだろう。あなた方の兄であるわたしたちは、見守り、勇気づけ、警告し、保護し、人間がわたしたちの群れの中に戻ってくる喜びを経験するのである。そのようになるだろう。
 マイトレーヤが非常にしばしば言われたように、「人間は自分たちを一体として見なければならない」。
 これが、未来のすべての進歩への重要な第一歩である。その他のすべてが、その条件の達成にかかっている。これがそうであることを、そのときに初めて自己破壊が避けられることを、そのときに初めて人間の眠っている可能性をその次の偉大なる達成のために解き放つことができることを人間に示すことが、マイトレーヤと彼のグループの最初の仕事である。
 人間が彼らの一体性に目覚めることをわたしたちは疑わない。人間の落ち着きのない奮闘のすべての底に、今日彼らを襲っている多大な問題の解決には、すべての者が責任を分かち合わなければならないという認識の目覚めがある。問題と同様に、その責任も世界的であり、分割不可能であり、そして協力とエゴ(自我)の否定を通してのみ、それらに適切に対処し克服することができるという認識の目覚めがある。
 間もなく世界の前に現れようとしておられるマイトレーヤは、人間の心(マインド)をこれらの真理に開かせる仕事を持つ。彼の能力とその成功を疑ってはならない。
(1999年6月号)

「法」の条理

 人々は変化しつつある世界に生きており、それを当たり前のこととして受け入れなければならない。ある人々にとっては、これらの変化は脅威のように見え、ありがたくないだろうが、他の人々にとっては、特に若い人々には、それらの変化は両手を広げて歓迎されるだろう。あなた方の立場が何であろうとも、それは最善のためであることを保証する。なぜなら、それらの変化は時の必要を反映しており、避けられないことであり、公正である。
 人々は、これらの変化が自分たちの生活に影響を及ぼす条件を自分たち自身がつくっているということに気づくべきである。この認識が成果を上げるとき、新しい時代へのより円滑な移行が当たり前のことになるだろう。
 人々に対するわたしたち(覚者たち)の勧告はこれである──見えざる力のせいにするのではなく、われわれの時代の変容を創造していく中におけるあなた自身の役割を悟りなさい。これらの変容の中から、恍惚とした歓びがやって来ることを確信しなさい。
(2015年4 月号)

新しい状況の到来

シェア・インターナショナル誌には創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者が提供してくださった記事を毎月掲載してきた。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載してよいようにである。2015年3月に最初に書かれたこの記事は、人類の前に横たわる厳しい時代を予期させて、急激に変化する世界について警告し、人類がこの挑戦に向けて立ち上がることができる可能性を示唆している。数年経過後に振り返って見た場合の現在の問題は、「古い生き方からいかに新しい生き方を確立していくのか」ということであるに違いない。

新しい状況の到来

ー覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 今まさに間近に起こる出来事は多くの人々を当惑させるだろう──政治、経済、社会に現れる変化のスピードはあまりにも速く、しかもそれは非常に頻繁に起こるだろう。
 多くの者にとって、彼らの主な反応は不安と困惑であろう。それらの変化の性質とその規模の大きさに当惑し、怯えながら、それを変容する社会の徴として見るだろう。他の者たちは新しい顕現を恐れ、憤るだろう。あらゆるところで人々は、自分たちが取るべき正しい方向に確信がなく、用心深く行動するだろう。
しかしながら、人々がそのように行動するのもあまり長くないだろう。彼らは、自分たちがまことに変化しつつある世界に住んでいることに気づき、彼らの信念や価値観に対するより大きなチャレンジに悩まされるだろう。
 かくして、人は古いものから新しいものを確立し始め、この時代のチャレンジに応えるために彼らの能力をますます発揮し始めるだろう。
2015年2月8日(2015年3月号より)

人間の本質的同胞愛

シェア・インターナショナル誌には創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者が提供してくださった記事が毎月掲載されてきた。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載してよいようにである。2011年に書かれたこの記事は、ウイルスによってすべてが露呈した全面的な不正義という現在の危機をわれわれに示している。何世紀にもわたってわれわれは他者の苦しみに目を背けて、人種差別から得をしてきた。今やついに、われわれには人類の一体性を受け入れる希望が出てきているのである。

人間の本質的同胞愛

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 数え切れない長い間、人間は食物、利得、安全、平和を求めて地球を放浪してきた。部族として、あるいは国家としてでさえも、人間は惑星を何度も何度も縦横に彷徨いながら、長い間連続的に異種の民族と戦い、そして異族間の結婚で結ばれてきた。この尽きることのない放浪の結果が今日のひとつの人類なのである。皮膚の色や宗教や伝統や言語が何であろうとも、すべての人間は共通の先祖からの子孫であり、同じ方法で現在の状態にまで進化してきたのである。現在の状況が、確かにあるグループにとって他よりも有利なのは多くの歴史的要因の結果であり、知性や適応性における先天的な違いの結果ではない。歴史を通じて、様々なグループが長期間あるいは短期間、突出し、名声を上げ、そして、彼らの存在を後々の世代に思い出させるための彼らの創造性を残して、再び埋もれ消えていった。
 これはすべて本当であり、現代の人類は自分たち自身をひとつとして見なし、姿形の違いは、様々な人種タイプの出現を通じて、定期的に顕現してきた光線の影響であると共に、比較的最近の気候的条件の結果であると見なすことが非常に大切である。人類は、ひとつとしての意識を培うことにおいて、まだ共に進化しつつあるのである。
 共に進化成長しながら、各々の種族や亜種族が何らかの新しい特質を全体に寄与する。輪廻転生の過程は、徐々に各人が新しい知識と新しい時代についての認識を受け継いでいくことを保証する。もし人間が本当にこの過程の複雑さと美しさを理解するならば、今日の“人種差別”のような嫌悪感や不信感は永遠に消え去るだろう。本当に、人間は兄弟であり、終わることのないように思える自己発見の行路を共に歩んでいる仲間であることに気づくであろう。
 あなた方の兄であるわたしたちが、より公に働くとき、これが人間の特質と関係についてのわれわれの理解の中心的真理であることを知るだろう。人間家族はわれわれのいのちを養う基礎である。その中でわれわれは協力し、われわれの分かち合われたアイデンティティー(本体)の豊かな織物を形成しながら、共に創造するのである。
 ではいかにして、人間はこの本質的な理解に到達することができるのか。わたしたち同胞団(ブラザーフッド)が、この関係を、わたしたちが行うすべてにおいて実演するだろう。かくして人間は、彼ら自身をすべて同胞として見るようになるだろう。分かち合いが人間をこのうれしい峠に導き、真理についての彼らの新しい実演(デモンストレーション)が彼らに栄光を与えるであろう。そのようになるだろう。
 そうして人間は彼らの知識と経験を分かち合って、達成の高台を征服するだろう。人間はついにお互いを自分自身として認識することで、兄弟たちとの距離を置くために立ててきた偽りの障壁を永遠に消し去るだろう。
(2011年1月号)

人間の本質的同胞愛

シェア・インターナショナル誌には創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者が提供してくださった記事が毎月掲載されてきた。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載してよいようにである。2011年に書かれたこの記事は、ウイルスによってすべてが露呈した全面的な不正義という現在の危機をわれわれに示している。何世紀にもわたってわれわれは他者の苦しみに目を背けて、人種差別から得をしてきた。今やついに、われわれには人類の一体性を受け入れる希望が出てきているのである。

人間の本質的同胞愛

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 数え切れない長い間、人間は食物、利得、安全、平和を求めて地球を放浪してきた。部族として、あるいは国家としてでさえも、人間は惑星を何度も何度も縦横に彷徨いながら、長い間連続的に異種の民族と戦い、そして異族間の結婚で結ばれてきた。この尽きることのない放浪の結果が今日のひとつの人類なのである。皮膚の色や宗教や伝統や言語が何であろうとも、すべての人間は共通の先祖からの子孫であり、同じ方法で現在の状態にまで進化してきたのである。現在の状況が、確かにあるグループにとって他よりも有利なのは多くの歴史的要因の結果であり、知性や適応性における先天的な違いの結果ではない。歴史を通じて、様々なグループが長期間あるいは短期間、突出し、名声を上げ、そして、彼らの存在を後々の世代に思い出させるための彼らの創造性を残して、再び埋もれ消えていった。
 これはすべて本当であり、現代の人類は自分たち自身をひとつとして見なし、姿形の違いは、様々な人種タイプの出現を通じて、定期的に顕現してきた光線の影響であると共に、比較的最近の気候的条件の結果であると見なすことが非常に大切である。人類は、ひとつとしての意識を培うことにおいて、まだ共に進化しつつあるのである。
 共に進化成長しながら、各々の種族や亜種族が何らかの新しい特質を全体に寄与する。輪廻転生の過程は、徐々に各人が新しい知識と新しい時代についての認識を受け継いでいくことを保証する。もし人間が本当にこの過程の複雑さと美しさを理解するならば、今日の“人種差別”のような嫌悪感や不信感は永遠に消え去るだろう。本当に、人間は兄弟であり、終わることのないように思える自己発見の行路を共に歩んでいる仲間であることに気づくであろう。
 あなた方の兄であるわたしたちが、より公に働くとき、これが人間の特質と関係についてのわれわれの理解の中心的真理であることを知るだろう。人間家族はわれわれのいのちを養う基礎である。その中でわれわれは協力し、われわれの分かち合われたアイデンティティー(本体)の豊かな織物を形成しながら、共に創造するのである。
 ではいかにして、人間はこの本質的な理解に到達することができるのか。わたしたち同胞団(ブラザーフッド)が、この関係を、わたしたちが行うすべてにおいて実演するだろう。かくして人間は、彼ら自身をすべて同胞として見るようになるだろう。分かち合いが人間をこのうれしい峠に導き、真理についての彼らの新しい実演(デモンストレーション)が彼らに栄光を与えるであろう。そのようになるだろう。
 そうして人間は彼らの知識と経験を分かち合って、達成の高台を征服するだろう。人間はついにお互いを自分自身として認識することで、兄弟たちとの距離を置くために立ててきた偽りの障壁を永遠に消し去るだろう。
(2011年1月号)

さて、いずこへ行くのか?

シェア・インターナショナル誌には創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者が毎月記事を提供してくださった。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載してよいようにである。2013年と2015年に書かれたこれらの記事はそれぞれ、世界共同体が現在の危機の全体的意味を理解しようと苦悩する中での当惑と不安をわれわれに代わって代弁している。世界は、「さて、これからどこへ行くのか?」と懸念している。われわれは、制度、態度、価値観の不十分さを露呈する出来事の数々に見舞われてきた。覚者方は人類に、「新しいものの殺到」では胸襟を開いて準備するようにと助言を与えられている。

さて、いずこへ行くのか?
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 今日の経済制度はもはや機能しないということがますます明らかになっている。あまりにも多くの人々が、実に何千万の人々が生命を維持するために十分な食料を得る権利から除外されている。この惑星の生産能力は膨大であるが、その分配の方法が非常に不適切であり、不公平なので、理由もなしに何千万の人々が苦しみ、死んでいる。人間はこの事実を知りながら、しかしこの罪悪を是正することについてほとんど何もしない。
 さて、いずこに行くのか? いつまで貧しい人々はこのように苦しまなければならないのか? 計り知れない破局がこの世界を飲み込む前に、この重大な不正を、いつまで諸国家は支持できるのか? 豊かな世界の中で、何千万の人々が苦しみ、死ぬというこの永遠な、悲劇的状況を、人間は決して是正しようとしなかったのは不思議ではないか? 最も簡単な解決法のようなのだが、あり余る富を持つ人々に全く思いつかなかったのだ。なぜ、単なる正義(公正さ)が解決法を明らかにしないのか。金持ちが彼らのコントロールする富を分かち合わねばならないということは、単に分別ある、正しいことであるのみではなく、世界平和のために欠くことのできないことであり、もしすべての者の生存が保証されるならば、すべての者に恩恵があるのである。
 いいですか、分かち合いは単に、良いそして公平なアイディアであるのみならず、人類が生き延びるために欠くことのできないことであることを、人は認識するようにならなければならない。賢明で公正な分かち合いのみが、すべての人間が願う平和をもたらすだろう。分かち合いなしに信頼は決して生まれない。マイトレーヤご自身が人間にこの単純な真理を語り、それに続く恩恵に彼らの目を開かせるだろうということは確実である。
 分かち合いと正義の必要を確立することを求めて働いている多くのワーカー(働き手)たちの一人になりなさい。人間は誰も分離し孤立していないことを、知ってか知らずか、すべての人間は次々に展開される啓示の長い旅路の中で、見えざる糸で共につながっているということを覚えておきなさい。分離の行路を放棄して、途上にあるあなたの兄弟姉妹を助けなさい。(2013年6月号)

新しいもの(事)の殺到
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 ある人々にとっては、来たる何カ月かは、彼らがそれまでに経験してきた中で、最も困難な時期であるように感じ、とても対応し得ないように感じる力(フォース)からの一時的な猶予を求めて、ほんのかすかな望みをも探し求めようとするだろう。
 同時に、他の人々にとっては、彼らの独創性や創造性についてのより高まった感覚があるだろう、それがいかに非現実的かもしれなくても。この出来事についての‘読み’が何であろうと、すべてが速やかに「新しい時代」に、そして宝瓶宮(アクエリアス)の(エネルギーの)影響の中に進んでいる。これの影響は実に強力だろう。
 では、人はどのように反応すべきか? これを「新しい時代」に向かうさらなるステップと知りなさい。そうすることで、「偉大なる主」の出現を待ちなさい。心(ハートとマインド)の扉を開きなさい、そして新しいもの(事)の殺到に備えなさい。
( 2015年7/8月号)