カテゴリー別アーカイブ: 覚者より

暗闇の終わり

──覚者より
  ベンジャミン・クレーム筆記

 この地球ほど分割と不調和が蔓延している惑星はどこにもない。われわれの太陽系の中で、これほど競争の中に浸かりきって、協力の恩恵に無知な惑星は他にない。そのような愚行の結果、すなわち不安とあらゆる種類の病気、隣り合わせにある富と貧困、不安定と戦争、が見られるところは他にない。

 なぜそうでなければならないのか。なぜこの最も豊かで肥沃な世界の住民は、その所有権をめぐって争わねばならないのか。

 その答えは、ある程度は地球の資源の非常な豊かさにある。地球は最も密度の高い物質世界であり、長い間、人間はその物質的な富の奴隷になっており、その富をコントロールするために戦い、競争してきたのである。このことが人間王国(およびそれと共に動物王国)を絶滅の瀬戸際にまで追い詰めたのである。核爆弾の開発によって、人間は自分自身の存在そのものを危機に陥れた。

 何にもましてこの事実が、マイトレーヤに彼のグループと共に日常世界に戻る決意を促したのである、少なくとも予定されていた時期よりも千年も早く。彼の目標は人間を説きつけて、瀬戸際から引き戻すことであり、彼らの権力への渇望が、貪欲と競争が、いかに危険で破壊的であるかを示すことである。

 マイトレーヤは人間に、より容易な方法を、協力と正義と信頼の方法を示すだろう。

 この惑星全体に広まる現在の物質主義の不正を、心(ハート)のうちで拒絶する人々が今日たくさんいる。彼らは正義と平和を願い、それらの達成のために行進しデモをする。ますます多くの世界の民衆が一緒になるとき、強力な男たちの行動を変えるだけの力を持つことを認識し始めている。かくして、マイトレーヤは民衆を信頼し、彼らの要求に声を与える。かくして、彼は民衆の行進に参加し、彼の声を彼らの声に加えられる。

 全般的な貪欲のただ中に、幾つかの国々において、政治家や他の人々の中に良心の目覚めがある。極貧の国々の負債が帳消しにされ、そして非常に多くの人々のひどい貧苦に対する新しいアプローチがとられつつある。20年にわたる労苦の成果が実り始めている。マイトレーヤの慈悲心に富むエネルギーがその魔法のような働きをしており、新しい精神が力を強めつつある。

 かくして、数え切れない長い時代の心的態度と習慣は、マイトレーヤと彼のグループによって統御される新しい抑止され得ないエネルギーの前に崩れ始めている。人間は恐れる必要はない。まさに、至るところにいる従順なる者、貧しき者、無力なる者、労苦する者は地球を受け継ぐだろう。人間は協力と奉仕の素晴らしさを学び、そして権力の要塞は一つずつ陥落するだろう。分かち合いと一体性への新しい衝動が人々の心(マインド)を捉えるにつれて、権力と富の帝国は消えていくだろう。そのようになるだろう。かくして、人間は正気を取り戻し、再び(本源に向かって)登り始めるだろう。  

(シェア・インターナショナル誌2005年7、8月号)

未来に備えて

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 一つの時代の終わりと新しい「宇宙の周期」の始まりにかけて、すべてがばらばらになり始める。古い、試みられてきた生活のあり方はもはや機能しないか、あるいは前進しつつある人類の必要を満たさない。確信が不確かに代わり、知られていることはその説得力を失い、人々は当惑し、途方にくれ、恐怖でいっぱいである。かくして、古い双魚宮(パイシス)の時代と新しい宝瓶宮(アクエリアス)の律法の間にあるこの移行の局面にあって、今日われわれは当惑しながら立つ。
 宝瓶宮の時代はおよそ2,350年続くだろう、そしてそのエネルギーが次の数世紀にかけて力を増大させていくにつれて、人々に多くの恩恵をもたらすだろう。しかしながら、現在は双魚宮の、もはや用をなさないのだが、まだ抜け出せない古いやり方が大多数の人間の思想と行動を左右し、支配する。そうであるから、数え切れないほどの大勢の人間が、現在のところ強力で支配的な国々のリーダーたちの行動によって牛耳られている。かくして今は激変とストレス、不調和と葛藤の時である。
 この苦悩の時はもはやあまり長く続かないだろうということは確実である。すでに、変化の兆候は、あなた方の兄であるわたしたちには明らかである。現在のものとは全く異なった状況の輪郭がはっきりと見える。わたしたちには、平和な世界が、正義が支配し、自由が至るところにいる人間の生活を飾る世界が見える。現在の病は過渡的で過ぎ去るものであることを、新しい夜明けの光が人間の生活を照らし、彼らを行動へと駆り立てることを、わたしたちは知っている。また、人々は心(ハート)の中で変化への用意ができており、それを願望していることを、そしてそのチャレンジに熱意と意志をもって立ち向かうだろうということを、わたしたちは知っている。彼らは鼓舞(インスピレーション)と導きを待つのみである。
 マイトレーヤは約束の時刻を待ちながら、その鼓舞(インスピレーション)と導きを、完全に、そしてより多く授けることを切望する。それは、カルマの法則によって、彼が進行するのを可能にする。
 そのとき、偉大なる主は公に人間の分野にお入りになるだろう。そうして、彼は権力と富を持つ人々の思い上がりに挑戦するだろう。マイトレーヤは声なき何千万の人々のために、日々苦悩の中に生きる貧窮し飢えた人々のために、彼らの“上位”の者たちの勅命にあえて挑戦し獄中で衰えている人々のために、語るだろう。マイトレーヤは、正義と自由を愛する者たちのために語り、彼らの大義の声を高らかに上げるだろう。彼は、戦争によって支配する者たちの激怒を和らげるだろう。そして人間の王国を汚す戦争が入り込む扉を永遠に閉ざすだろう。これらのすべてを、マイトレーヤは人間を通して達成し、地球に平和と健全さを復興させるだろう。
 穏やかに、そして目的をもって、彼は人間が受け継ぐべき黄金の未来に備え、そのような未来を形づくっていく男女である“輝ける光”を集合させるだろう。

(シェア・インターナショナル誌2007年12月号)

神の代理者

──覚者より
  ベンジャミン・クレーム筆記

 人間は、前進への道に迷ったとき、問題解決の道を見いだせずに希望を失ったときはいつでも、救いを求める本能的な叫びを、苦悩の中で神に助けを求める訴えを発する。このようにして、20世紀の始めの(世界)大戦中に人類がくぐり抜けてきた労苦がキリストを呼び、彼を再び世界の中に呼び招いたのである。過去のあらゆる変遷を通じて、今ほど多くのことがキリストの到来にかかっていることはなかった。なぜなら、人間がこれほどの破壊力を支配したことはかつてなかったから。
 今日、国家は限りなく分裂している。それぞれが世界の智恵の貯蔵庫であることを主張し、人間に自由と正義のどちらかの選択を提供する。人間がそのような選択を迫られるとは何とばかげたことであろうか。自由と正義は(どちらも)聖なるものであり、神性なるものは不可分である。正義なしに自由はあり得ず、自由を奪われた正義は存在しない。間もなく人間は、真理のこのひどいこじつけを永遠に終わらせ、国家間の不和を癒す機会を与えられるだろう。人間はすべて聖なる存在であり、神の贈り物と計画を分かち合う平等の権利を持つことを認識することのみが必要である。そのような認識なしには、人間は平和を知ることはないだろう。
 人類がキリストを見るとき、自分たちが孤立した存在ではないことを、神の代表者が人類の呼びかけに応えて援助するために戻られたことを知るだろう。キリストは、人間がその本源を神の中に有することを、そして彼らすべてが兄弟であり同族関係であることを思い出させるだろう。キリストは人類の前に、未来の選択を示し、勧告する資格を有する彼の権利を行使するだろう。すべてのためにより良き人生へ向かうステップの輪郭を描かれるだろう。それは人間の霊的本性により適った生活である。キリストは、教え、導き、かくして人間の行動を通して、世界を変えるだろう。
 はじめは、人間が変化の恩恵に慣れるまでは進歩は遅いかもしれないが、やがてその速度は早まり、すべての者が沸き返るような変動の中に誘い込まれる。その過程を止めることのできるものは何もない。なぜなら、それは神の御心の中に源を発しているのだから。神の大計画の磁力に長い間抵抗し得るものは何もない。
 大計画が成就されるのを妨げる最大の要因は、疑いもなく人間の恐怖心である。人間は自分たちの周りに敵意ある世界を見、あらゆる側において貧窮と欠乏に脅かされている。
 核の脅威は、すべての者の上に重くのしかかっている。マイトレーヤは、人間は彼ら自身の恐れ以外に恐れるものは何もないことを勧告されるだろう。人間が自分たち自身にとっての最大の利益のために行動しさえすれば、祝福された未来が待つことを、そして神の意図こそが人間の持つ最良のものであることを示されるだろう。人間は、自分たちの欲する世界を創造するために行動しなければならないことを示され、彼は救うためではなく、道を示すために来ることを、示されるだろう。マイトレーヤは、奉仕の重荷と歓びを自ら担う者すべてに力を与えるだろう。彼の重荷を分かつ者すべてに油をそそいで聖別されるだろう。
 古いあり方を保持する者は危険を感じるが、負け戦を戦い続ける。彼らは城の壁を強めようとして空しい努力をする。正義の潮の流れが変わるにつれて、彼らの塁壁は弱まる。人間が自由に向かって突き進むにつれて、彼らの擁護者は彼らを裏切る。この混乱の中にマイトレーヤはやって来られた、ご自身の聖なる資質を人間のために喜んで供するために。

(シェア・インターナショナル誌1987年7月号)

新しい時代の教育

 シェア・インターナショナル誌今月号の裏表紙にある国連世界人権宣言からの引用は、今日の教育に関するものである。教育を受けるという単純で基本的な権利を主張するものであるが、世界中の非常に多くの人々がそうした権利を享受しておらず、したがって不十分な生活を送っている。
 教育は、社会の中で生きることから十分に恩恵を受け、社会に貢献する能力を促進する、と今日考えられている。また、教育は、人が「潜在能力を発揮する」ことを可能にするものと見なされることも多い。

 ベンジャミン・クレームの師による以下の記事は、「良き市民」という考え方を当然と見なすだけでなく、はるか先を行っている。新しい時代のための教育の本質的目標は、人が転生している魂としての自分自身についての理解を増大させることを可能にすることである。深い確信をもってこのことを知っていれば、私たちは社会における地歩を得るとともに、喜び、意義、すべてのいのちの一体性についての理解をもって社会に貢献することができるようになる。この増大する認識に比べれば、一般に教育の目標として考えられており、人が社会で地歩を得ること──あるいは、ある場合には世界をつくり直すこと──を可能にする知識や技能は二次的なものになるだろう。私たちが転生している魂であると知ることは、他のあらゆるものの根幹である。

新しい教育

       ──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 新しい時代における教育の方向について洞察するにあたって、教育が果たす基本的な目的を確立し、そうして現在の教育のアプローチの不十分さに光を当てることは有益であろう。
 第一に、教育が誰のために存在するのか、そして教育がその機能を果たしていく過程が理解されなければならない。これは見かけほど明白ではないかもしれない。なぜなら、人は長い間自分自身の本性と構成について無知であったし、部分にすぎないものを全体であるとして見、己自身の本質的存在を、大体において無視してきたのであるから。
 転生している魂としての人間は生まれつつある神である。そして「再生誕の法則」を通して、その神性をまばゆいばかりに実演するためにゆっくりと向上しつつある。教育の本当の意味は、個人が意識的な認識を徐々に拡大していくことを通して、その目的に適うようになり、また自分自身をそれに合わせるようにしていく手段である。この過程を助けるものは、その方法が公式だろうが非公式だろうが、すべて教育である。
 今日の感覚では、教育はまさに薄弱である。人間の環境を理解し、コントロールするための最小限の必要条件しか請け合わない。人生の意味と目的について初歩的なこと以上を学ぶ者はなく、ほとんどの人間が生存のための日常の闘いに気を取られている。
 今日、すべての国家がいまだ文盲以外の何ものでもない。至るところに、事実で詰まったマインド(識心)が意味ある仕事を欠いてぼんやりしている。職業のための教育が人生のための教育に取って代わり、他方そのような不均衡のストレスと緊張がますますあらゆる種類の暴力に爆発する。
 教育は内在する神に接触し、これを知り、それに表現を与える手段として理解されるべきである。伝統的には、宗教がこの目的を果たすものとして見られ、宗教教育が今日多くの国においてその防壁として残っている。しかしながら、宗教は神へ通じる幾多の通路の一つにすぎず、すべての人間が己の神性を体験し、それを表現できる手段を見つけなければならない。
 新しい教育はこの目標に応えるべきである。神の仲介である魂の事実が一般に受け入れられねばならず、この高位の原理に接触をつけるテクニックが一般的に使われるようにならなければならない。
 光線構造や進化的発達や魂の目的が知られ、裏付けされるとき、より科学的なアプローチが子供と大人の両方の教育に採り入れられるようになり、その過程に新しい意味が与えられる。それによって、人は神になることを学ぶ。
 このすべてが教育の分野で働く人々の熱心な努力を待っている。そのような任務にふさわしい適性を培うことが、若い者たちを教える志向者すべての目指すべきものである。今、われわれすべての前に開かれる新しい時代において、人生のための教育に挑戦しようとする用意のある者にとって、これほど良い奉仕の機会が現れたことはない。
 人間が分離と分割の問題に取り組むにつれて、新しい可能性の展望が間もなく現れるだろう。これがエネルギーを解き放ち、人間をやがて神の足下に連れていく訓練や教育のテクニックが鼓舞されるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1988年1月号)

光の時代

       ──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 各世紀に、同時代の人々をはるかに抜きん出る者が何人か出現する。彼らの天賦の才は顕され、天性は輝きわたり、すべての者がこれを見、そして賞賛する。そのような人々は、人間が、己自身について、そしてその可能性についての認識を増大させていく方向につながる仕事を成し遂げた偉大な発明者であり、画家であり、作家、音楽家、科学者である。
 近年において彼らの注目は、科学と人間の知識の拡大に向けられてきた。これが、今までは達成の望みさえかなわなかったほどのスケールで、人間のマインド(識心)を目覚めさせる道を整えたのである。人間は今日、これまでの達成をすべて影の中に投じてしまうような新しい啓示と発見の瀬戸際に立つ。
 この来るべき時代は「光の時代」として知られるだろう。そしてあらゆる意味と顕現を含めた「光」が人間の起源となるだろう。見る目のある者にとって、人間が「光の部屋」に通じる扉を叩き始めている徴はすでに見えている。人間が、新しい洞察とテクノロジー(科学工業技術)が意味するものに取り組むにつれて、古くからの闇と無知は消え去っていく。間もなく、「光の科学」が、「聖なる科学」が、人間の驚嘆した凝視の中に明かされるだろう。そうして人間の進化の旅路における一つの重要な目標が達成されるだろう。
 現在まで、ほんの少数の専門家のみがこの「光の科学」に接近することができたのだが、この恩恵をすべての者の利益のために使えるようにするためのステップがすでに取られている。エネルギーおよび光についてのすべての人間の必要は、簡単にかつ安全に満たされるだろう。太陽そのものがこの目的のために利用される。「マイトレーヤの旗印」のもとに愛において団結し、人間は星々への新しい通路を創り出すだろう。人間が自然の神秘を探究するにつれて、自然はその秘密を明け渡し、すべての底に横たわる秩序だった美を明かすだろう。
 このようにして、新しい、より簡素な生活が、マイトレーヤと彼の「弟子たち」(覚者たち)の導きのもとに始まるだろう。人間は喜んで過去の分割を放棄し、生きとし生けるものすべてと新しい調和の中に入るだろう。
 永いあいだ、人間はこの調和への鍵をあこがれ求めて、空しく探しまわった。彼らの最高の志向と努力はいつも無駄に終わった。今、初めて、一体性についての認識が目覚めはじめ、分かち合いとより正しい安全な線に沿って生活を立て直す必要性が、人間の心(マインド)に印象を刻みはじめている。
 新しい時代、「光の時代」は、われわれの頭上にある。そしてこの来るべき時に、人間は、彼らの祖先が持ち得なかった、あるいは無視したインスピレーション(鼓舞)と導きを見つけるだろう。今やついに、人間とハイアラキーの覚者たちは、兄弟同胞愛と信頼という共通の絆で結ばれて、一緒に働き、前進するだろう。わたしたちの示す模範によって、人間は鼓舞され、超人間的な努力で達成をなし遂げ、光がすべての者の心(ハートとマインド)にもたらされるだろう。
 そのようになるだろう。そのようにして、創造の偉大なる秘密は明かされるだろう。そのようにして人間は創造者となり、自分自身の運命の調整者となり、「神のような存在」となり、「人間」の名にふさわしい存在となるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1989年9月号)

新しい時代における教育の基本目的

『新しい時代における教育の方向について洞察するにあたって、教育が果たす基本的な目的を確立し、そうして現在の教育のアプローチの不十分さに光を当てることは有益であろう』

 確かにそうです。もし私たちが教育の目的を知らなければ、もし教育される人々についての(本来の)特質を知らなければ、そして現在の教育方法とアプローチが変わらなければ、若い人々や成人を新しい時代の人生体験に備えて訓練するにあたってあまり進歩を期待できないのは明らかでしょう。
 新しい時代における生活は、地球上における過去のすべての経験と完全に異なるでしょう。最も進化した者たちを除いて、私たちの誰も、智恵の大師(覚者)方の直接の訓育の下に、悟りへの様々な段階を通り、人生の意義を深めていく経験を持ちません。
 来るべき時代には覚者方は公に世界に住むでしょう。……覚者方の多くが何らかのかたちの教育に関わるでしょう。来るべき時代には、彼らの弟子たちがまず、若い人々も年老いた人々も含めたすべてのグループの訓練と教育の主な任務を果たす人々のための教師になるでしょう。
 世界が分かち合いと正義と平和を通してますます和合していくにつれて、人間の構成の特質や地球上における人生の目標が認識されるようになり、ますます多くの人々がもっと知りたいという欲求にかられるでしょう──自分が誰かについて、人生の目的について、そして自分の進化の段階について。人々は進化について話すでしょう。それが地球上における最も重要な要素となるでしょう。人類の意識の進化、そして自然界におけるすべての王国の発展が、至るところにいる男女の思考と目的を支配するでしょう。
 人々が転生している魂としての自分たちのアイデンティティーについてもっと認識するにつれて、魂の特質をよりいっそう表現し始めるでしょう。
 ですから、直観が、今日ではほとんど働かない人々の中に、働き始めるでしょう。人生の外的な見かけの背後にある可能性や意味をますます直観的に知るようになるでしょう。あらゆる面において、自分が誰かを知りたがるでしょう。自分はなぜ生まれたのか、以前にも本当に生まれたことがあるのか、自分は本当に再生誕の法則を通して連綿と続いた転生の結果なのか。……
 教育は認識の問題です。……認識を通して、私たちは人生に対して自分自身を開きます。いのちはエネルギーとして振動しており、そのエネルギーの意味と効果について意識的な認識を増大させるにつれて、進化します。そしていのちの意味と目的によりいっそう気づいていきます。
 それは直観的プロセスです。直観とは実際、意識的認識です。それが開発されるにつれ、私たちがますます魂の特質に近づくにつれ、意識はよりいっそう魂のようになります。直観(それは魂の様相です)と呼ばれるものを通して、あの意識が私たちに開かれ、顕されるのです。……

『職業のための教育が人生のための教育に取って代わり、他方そのような不均衡のストレスと緊張がますますあらゆる種類の暴力になって爆発する』

 人々は子供たちがなぜあんなに暴力的なのか、なぜ人が無意味に暴力を振るうのか、不思議がります。……すべての国で、人々は生活のための、生存のための苦闘の中でひどいストレスを受けており、それは人々から生気(スピリット)を奪い、萎えて干からびさせます。
 彼らの人生観は商業主義の限界によって規定されます。大学卒の資格がなければ、今日ほとんどの職場でつまらない仕事以外の可能性がないと考えます。それは破壊的です。そのように感じる人は自分自身の情けなさや痛みしか見ることができず、いつか爆発します。「私は存在するんだ、他の人々と同じように存在するんだよ。僕はお金がない。教育がないから、どうやってお金を稼ぐか知らない」。これは本当です。彼らは教育の目的はお金を得るためだと思っています。しかし教育の真の目的は、自分が誰であり、何であるかを、人間であるということは何を意味するのか、人生の目的は何かを理解することです。

(シェア・インターナショナル誌2009年1月号)

混乱の終わり

──覚者より
  ベンジャミン・クレーム筆記

 明晰な知識の目で世界を見るとき、認識しながら凝視する目には、ほとんどの観察者の見方とは全く異なった見方が顕れる。大多数にとって、これは戦争、洪水、悪疫のはびこる混乱の世界である。恐怖が何百万という人々の心(ハート)を支配する。確かに、今日の世界にはこれらの破局すべてが見られる──そしてその結果として多くの者がひどく苦しむ。しかし、恐怖と苦しみの背後には、物事はより良い方向に変わるだろう、この期間は一時的であり、長く続かないだろうという希望感が増大しつつある。かくして、混乱が最もひどい地域、苦難が最も厳しい地域、それらに耐えるのが最も困難な地域の多くにおいてそうである。
 そのすべての背後で、際限のない愚かな破壊の背後で、この世界は暗闇の、夢だらけの睡眠から醒めつつあり、極端に困難で精神的に衝撃の大きい状態から目覚めつつある。新しい強力なエネルギーが人類をかつてないほどに行動へと駆り立てており、そして、そのような状況においていつもそうであるように、最初の反応は入り交じったものである──混乱した破壊的な反応の後には新しいより高位のリズムが訪れて、それが徐々に全体を支配する。
 外的な形態や出来事の限界を超えた「いのち」を見るわたしたちは、この困難な時期はほとんどそのコースを走り切っており、多くの者が請い願う安定と平静がもう間もなく手の届くところにあることを、そして調和がその長い暗い夜の眠りから爽やかに元気を取り戻して目覚めつつあることを、確かな事実として知っている。
 かくして、今や世界はキリストの再臨に対して用意が整っている。かくして、今や人間は、キリストが提供しなければならないところのものに対して用意が整っている。
 キリストが以前に、彼の弟子イエスを通して来られたとき、人間は彼の教えに応えるのが不安であった。今日、何世紀もの苦難と教育と経験を通して、人間は彼の教訓を理解し、それを実践する用意がある。教訓を垂れる者として彼はやって来る。 救い主ではなく大教師として、彼はご自分の使命を全うされる。
 もうすぐ、世界が待望する御方は出現して、ご自身をすべての者の視野の中に現されるだろう。もうすぐ、人間は自分たちの高位我との対話に専念して、生き延びるか、死滅するかについての彼らの選択を行うだろう。かくして、この時の偉大なるドラマは演じられつつある。
 人間はそれを知らないが、終わりは初めから知られている。理性と真理の最終的な勝利は保証されている。
 マイトレーヤは、貪欲のカジノ(賭場)である株式市場の崩壊を合図として使うだろう。その時、彼は公に世界の舞台に入って来られ、正義と自由、分かち合いと良識を訴えるだろう。
 人間は彼ら自身を、彼らの優先事項を、彼らの志向と価値観をよく吟味するがよい。なぜなら彼らがやがて成さなければならない選択に、この世界の未来が、人類の福利が、そして神の大計画における彼らの当面の役割が依存しているのであるから。
 見守るわたしたち、あなた方の兄たちは、あなた方の正しい決定と未来の栄光を確信と喜びをもって待つ。

(シェア・インターナショナル誌2000年5月号)

新しい文明

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 明けつつあるこの新しい時代の初めにおいて、次に続く何世紀もの間に光彩を添える文明と文化がどのようなものかを想像するのはむずかしい。そのような試みのほとんどは物質的ビジョンの網に絡まったままである。人生の霊的な意味とその表現を求める人間の志向を包含しようとしたものは、ほとんど見られない。
 新しい文明と文化の観点から将来を予見してみよう。間もなく新しい啓示の方向に向かって最初のステップが取られるだろう。間もなく人類の前方にある道を指し示す新しい道標が置かれるだろう。初めは変化はゆっくりと進むが、やがてその勢いを増して、すべてがつくり直されるだろう。
 新しい文明を構成する要素の特性を考慮してみよう。新しい時代の顕著な姿勢は、正しい関係を創造し、善意を表現するための試みであろう。個人に強調を置くことから集団(グループ)に強調を置く方向に大きく移行し、それが人類をより実りの多い線に沿って再教育するだろう。そしてそれが、神の大計画によりいっそう沿う機構を創造していくなかに反映されるだろう。未来についてのさらなる特徴は、人間が神の特性をよりよく理解し、神とのより密接な関係を持つことを欲するようになることであろう。今日見られるような、神が人間の生活にとって末梢的な存在ではなく、この目標が何百万の人間の生活の中で至上のものとなるだろう。神についてのこの新しいアプローチ(取り組み)に伴って、すべての生命の顕現に対する新しい敬意の念が生まれ、このようにして人間は下層王国との正しい整列関係に入る。下層王国に対する新しい責任感が人間の進化の速度を速め、したがって大計画に仕えることになる。
 ほどなく、科学に対する新しいアプローチが、われわれがその中に生きるあの実在(リアリティ)に対するわれわれの姿勢を完全に再調整させる道を開くだろう。すべてが一体であり、われわれが知る各断片は他のすべてと密接につながっており、その関係は数学的に決められる特定の法則によって支配されており、各断片の中に総体の潜在力が存在するということを、新しい科学が人類に示すだろう。この新しい知識が、人間の、世界についての体験とお互いについての体験を変え、神と人間が一つであるという真理を確認させるだろう。このようにして新しい科学は人間の神性を実証し、新しい世界宗教の確立につながるだろう。科学と宗教との間の往古の分離は癒され、人間の霊的成長に新しい推進力が加えられるだろう。
 そうした豊かな風土の中で、人間の隠された霊的能力が自然に開かれ、人間のマインド(識心)の膨大な潜在力が空間と時間を征服し、そして宇宙自体のエネルギーをコントロールするだろう。人間の霊魂(スピリット)の資質は無限である。啓示が最高潮に達するなかで、目に見えない世界の栄光が人間の仰天した凝視の前に明かされ、聖なる創造の全貌が如実に見せられるだろう。
 人間が宝瓶宮(アクエリアス)の体験の瀬戸際に立つにあたり、このすべてのことが人間を待っている。キリストによって人間に運ばれる「宝瓶宮のいのちの水」は人間の裡に眠る聖なる意識を目覚めさせ、本来の姿である神を人間に示すだろう。マイトレーヤと彼の兄弟たちの賢明な指導のもとに、人間は明らかにされた神性の全能力を達成するだろう。それが人間の生得の権利であり、人はただそれを知らないだけである。
 世紀から次の世紀へ、順を追って、人間の神性をますます顕現する文明を人間は築いていくだろう。聖なる創造の美のすべての様相が表現される文化をつくるだろう、それは神のイデア(理念)の栄光が映し出される鏡である。
 このようにして人間は、神の大計画のもとで、ものごとの体系の中における人間の真の位置を占めるだろう。このようにして、マイトレーヤのインスピレーション(鼓舞)のもとに、人間はこの── 恐怖と独断的教義と憎しみによって分裂された──世界を変容させるだろう。愛の法則が支配し、すべての人間が兄弟であり、聖なる特性にかかわるものはすべて人間の注目を引き付け、それが人生をコントロールする、そのような世界に変容させるだろう。このようにして神についての人間の夢は実現され、その潜在力は達成され、人間の運命は全うされるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1982年8月号)

統合の必要

──覚者より
  ベンジャミン・クレーム筆記

 新しい時代の概念に熱中しているグループのほとんどが、口先では和合や同胞愛を唱えているにもかかわらず、現実には、包括的態度を実行していないのは不思議である。それどころかむしろ逆方向に走る傾向があり、人類の教育に携わるすべてのグループの中で、彼らがもっとも分離主義的であり、排他的である。
 彼らの役割は、分離主義の存在する余地のない世界のビジョンを、各人それぞれが重要なそして同価値のものを総体に貢献するという考えを表す、より良き世界のビジョンを人々の前に掲げることである。しかるに、ほとんどすべてにおいて、特定の教えや見解の優越性に強調が置かれている。協力の行為や相互理解を見つけるのは非常にまれである。それが彼らの言葉の中では誇るべきものであるにもかかわらず。
 これらのグループの思考を往古のリズムがいまだに支配しており、もし彼らが来るべき時代の理想を真に代表したければ、学ぶべきこと、変えるべきことがたくさんある。そのような変化が訪れることは必然だが、多くの者にとってその過程はむずかしく長いだろう。多くの者が変化の必要を認めるが、競争と排他主義の習慣があまりにも深くしみ込んでいるので、他の人々と同等のレベルでの関係を築く能力を彼らの内に見いだすことができない。さらにあるものにとっては、思想界の指導者として見なされたい要求が支配的要素である。彼らは、個人的野心のグラマー(幻惑)の虜である。
 これらが今日の状況であるが、しかしお互い同士との同一認(アイデンティティー)を増す必要があり、そのようなグループの努力のすべてを統一させるところの底に横たわる統合についての理解が必要である。さらに、この統合を把握し、そしてそれを大衆に提示するとき、初めてこれらのグループはその教育的役割を果たすことができる。現在、平均的な求道者は、彼の注目と忠誠を勝ち取るために競争し合う様々な主張に混乱し迷っている。
 間もなく世界は、数多くの教えや真理の公式が一つの源から発することを知るだろう。同じ聖なる刺激がすべてを通して流れており、人間が多様の必要を持ち、進化の段階の様々なステージにいるという事実のゆえに、種々の解決が存在する。ハイアラキーが、必要な教えやアイディアを最も広範囲に、多くの異なったレベルで、多種の方法で提示するために働いてきたのはそれなりの理由がある。
 わたしたちの多種多様な提示の底に横たわる理念の統合は、すべてのものの和合についてのわたしたちの意識から発し、総体を、そしてその実在(リアリティ)の不可分性をわたしたちが絶えず認識していることから発している。人間がこの体験を分かち合うとき、すべてのことが可能となる。
 キリストと彼の弟子である覚者たちを見るとき、人間は多種多様な真理の提示がいかに必要であったかを理解するようになるだろう。なぜなら、人類が非常にながい年を経てきており、時代を通じてその経験と期待は様々であり、アイディアを吸収する方法がいかに異なるかに気づくようになるだろうから。彼らはまた、外側の多様性の背後にある本来の和合について、何かを把握するに至るだろう。
 理念や教えの背後に一つの大計画があることを、人間は自分で見いだすだろう。そしてあらゆる教えが大計画のわずか一片を系統化したものであり、大計画は神の創造的意志の表現であり、そのもの自体は絶えず変化のプロセスにあるということを知るだろう。であるから、いかにして一つのグループや一つの社会や制度が、すべての時代に通じる大真理を具現することができようか。
 もちろん多くの者は、現在すでに総合と和合のために働いていると信じているが、これはおしなべて幻想である。同じような心(マインド)の者とつながりをつけることはあまり手柄にならない。それは有益だが、比較的簡単なことである。それよりはるかに困難なことは、違いを超えて腕を組み、あなた方が同意しない者たちを対等に抱擁することである。
 あなたの兄弟の提示するものの中に、和合させるものを探しなさい。すべての背後にキリストと彼の弟子たちが居ることを知りなさい。一つの真理がすべてのアプローチに盛り込まれており、分離させるものは人間の心(マインド)以外に何もないことを覚えておきなさい。

(シェア・インターナショナル誌1983年7月号)

新しい文明

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 明けつつあるこの新しい時代の初めにおいて、次に続く何世紀もの間に光彩を添える文明と文化がどのようなものかを想像するのはむずかしい。そのような試みのほとんどは物質的ビジョンの網に絡まったままである。人生の霊的な意味とその表現を求める人間の志向を包含しようとしたものは、ほとんど見られない。

 新しい文明と文化の観点から将来を予見してみよう。間もなく新しい啓示の方向に向かって最初のステップが取られるだろう。間もなく人類の前方にある道を指し示す新しい道標が置かれるだろう。初めは変化はゆっくりと進むが、やがてその勢いを増して、すべてがつくり直されるだろう。

 新しい文明を構成する要素の特性を考慮してみよう。新しい時代の顕著な姿勢は、正しい関係を創造し、善意を表現するための試みであろう。個人に強調を置くことから集団(グループ)に強調を置く方向に大きく移行し、それが人類をより実りの多い線に沿って再教育するだろう。そしてそれが、神の大計画によりいっそう沿う機構を創造していくなかに反映されるだろう。未来についてのさらなる特徴は、人間が神の特性をよりよく理解し、神とのより密接な関係を持つことを欲するようになることであろう。今日見られるような、神が人間の生活にとって末梢的な存在ではなく、この目標が何百万の人間の生活の中で至上のものとなるだろう。神についてのこの新しいアプローチ(取り組み)に伴って、すべての生命の顕現に対する新しい敬意の念が生まれ、このようにして人間は下層王国との正しい整列関係に入る。下層王国に対する新しい責任感が人間の進化の速度を速め、したがって大計画に仕えることになるほどなく、科学に対する新しいアプローチが、われわれがその中に生きるあの実在(リアリティー)に対するわれわれの姿勢を完全に再調整させる道を開くだろう。すべてが一体であり、われわれが知る各断片は他のすべてと密接につながっており、その関係は数学的に決められる特定の法則によって支配されており、各断片の中に総体の潜在力が存在するということを、新しい科学が人類に示すだろう。この新しい知識が、人間の、世界についての体験とお互いについての体験を変え、神と人間が一つであるという真理を確認させるだろう。このようにして新しい科学は人間の神性を実証し、新しい世界宗教の確立につながるだろう。科学と宗教との間の往古の分離は癒され、人間の霊的成長に新しい推進力が加えられるだろう。

 そうした豊かな風土の中で、人間の隠された霊的能力が自然に開かれ、人間のマインド(識心)の膨大な潜在力が空間と時間を征服し、そして宇宙自体のエネルギーをコントロールするだろう。人間の霊魂(スピリット)の資質は無限である。啓示が最高潮に達するなかで、目に見えない世界の栄光が人間の仰天した凝視の前に明かされ、聖なる創造の全貌が如実に見せられるだろう。

 人間が宝瓶宮(アクエリアス)の体験の瀬戸際に立つにあたり、このすべてのことが人間を待っている。キリストによって人間に運ばれる「宝瓶宮のいのちの水」は人間の裡に眠る聖なる意識を目覚めさせ、本来の姿である神を人間に示すだろう。マイトレーヤと彼の兄弟たちの賢明な指導のもとに、人間は明らかにされた神性の全能力を達成するだろう。それが人間の生得の権利であり、人はただそれを知らないだけである。

 世紀から次の世紀へ、順を追って、人間の神性をますます顕現する文明を人間は築いていくだろう。聖なる創造の美のすべての様相が表現される文化をつくるだろう、それは神のイデア(理念)の栄光が映し出される鏡である。

 このようにして人間は、神の大計画のもとで、ものごとの体系の中における人間の真の位置を占めるだろう。このようにして、マイトレーヤのインスピレーション(鼓舞)のもとに、人間はこの── 恐怖と独断的教義と憎しみによって分裂された──世界を変容させるだろう。愛の法則が支配し、すべての人間が兄弟であり、聖なる特性にかかわるものはすべて人間の注目を引き付け、それが人生をコントロールする、そのような世界に変容させるだろう。このようにして神についての人間の夢は実現され、その潜在力は達成され、人間の運命は全うされるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1982年8月号)

S.O.P. (Save Our Planet!)──われわれの惑星を救え!

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 世界にある現在の状況を熟視するとき、特に重要なこととして二つの問題が目につく──戦争の危険と地球の生態系の不均衡の加速である。もちろん、他にも多くの問題がある──多くの国々、特に西洋諸国に影響する経済的大災害、食糧の価格、特に何千万の人々の主要食品の価格の高騰、富裕層と貧困層の間の生活水準の巨大な、そしてますます増大する格差。
 これらの問題はすべて重要であり、早期の解決を必要とする。最初に挙げた二つの問題はすべての分別ある人間と政府の注目を強要しなければならない、なぜならそれらは人間の福利に対する最大の脅威を提供するから。戦争は、大きかろうが小さかろうが、今や考えられないことであるべきなのだが、そうではないのだ。最も恐ろしい戦争の愚かさと無益さを経験してきた世界でさえ、まだあの忌まわしいものを完全に放棄していない。諸政府は、あの古いやり方で、結局、彼らの切望する褒美を取り戻せるだろうという考えに誘惑される。ゆえに、戦争の武器は必要不可欠であり、主要な取り引きの資産である。武器が存在するかぎり、それは使用されるだろう。小さな戦争は、より多くの国々が巻き込まれるにつれて、大きな戦争を生む。大国は同盟国を通して代理によって戦い、重要でもない論争を戦争に引き延ばす。この大きな危険はすべての国によって放棄されなければならない。それは地球上における人間の生存そのものを脅かす。
 戦争とは別に、汚染ほどすべての人間の未来に非常に深遠な影響を与えるものはない。ある国々はこの事実を認めて、汚染と地球温暖化を制限するステップをいくらか取っている。他の国々は、ときには汚染の主要国が、地球温暖化の現実を、圧倒的な証拠があるにもかかわらず、否定する。今や、日ごとの気候の変動は、惑星が病んでおり、その均衡を取り戻すために即刻、熟練した看護が必要であることを、疑いの余地なく証明している。この惑星地球が毎日被っている変質を停止させるために残された時間は切れつつある。すべての男女が、子供が、この仕事に彼らの役割を果たさなければならない。まさに時間はない。S.O.P.* われわれの惑星を救え!

〔*編註= S.O.P. とは 英語のSave Our Planet(われわれの惑星を救え)の頭文字であり、これはやがて、われわれの惑星を救済するための行動をすべての人間に呼びかける国際的な合言葉になるだろうということを明記しておきたい〕

(シェア・インターナショナル誌2012年10月号)

人類同胞愛

──覚者より

   ベンジャミン・クレーム筆記

 遅かれ早かれ、相互依存のリアリティ(現実)が諸国家に、そしてその指導者たちに分かり始めるだろう。その認識は、今日彼らが格闘している様々な問題に対して全く新しい態度をもたらすだろう、そしてそれらの困難に対する、より容易なそしてより賢明な解決につながるだろう。視野の漸進的な変化が現在の猛烈な競争と対立を相互理解と協力に置き換えるだろう。すべての国家が同じペースでこの方向に進むのではないだろうが、この方法の有効性と明らかな健全さはやがて最も非楽天的な者たちにさえ、すべてのための恩恵を見させるようになるだろう。前進への一つ一つの歩みがこの過程を固め、そして協力への動きを速めるだろう。このようにして、より健全な関係が諸国家の間に展開していくだろう、そしてやがて、本当の同胞愛の感覚につながるだろう。
 より小さな国の多くはすでに相互依存のリアリティ(現実)を認識しているが、力を欠くために彼らの声は聞かれないままに過ぎる。大きくて強力な国々はそのような概念をあざけり、自力でできるという誇りが世界との関係についての真理に対して彼らを盲目にしている。
 人間はゆっくりと進化するのであり、意義深い前進を遂げるためには時間と実験を必要とする。しかし、まさにこのようにしてこれらの達成は安定し、恒久的なものになるのである。
 国際連合は、もちろん、より小さな国々の声が出され、そして聞かれることのできるフォーラム(公会の場)である。それは、安全保障理事会とその勝手な拒否権が廃止されるときにのみ可能となる。それ(安保理)の有用性はもはやなくなったのであり、権力と拒否権から解放されている国際連合総会に早く道を譲らなければならない。
 そうすると、諸国家は大国の拒否権と経済的誘因によって強いられる制約なしに行動するようになるだろう。海外において民主主義を最も大声で叫ぶ者たちが、国連の場における民主主義の欠如に不思議と盲目である。
 すべての国の国民はひとつであり、平等であり、お互いに依存しているということを人間は認識するようにならねばならない。いかなる国も一国で世界を所有することも支配することもできない。いかなる国も一国で世界のすべての国々に対立して存続することはできない。帝政や絶対支配権は過去のものである。人間は、この地球という惑星上における彼らの役割についての新しい理解を得る瀬戸際にいる。それは智恵の道とこの惑星の賜物の本当の管理者の道における旅人の仲間たちとの関係を変えることを含む。
 あなた方の兄たちであるわたしたちは、人間がこの変化を成し遂げるのを助けるだろう。マイトレーヤは人間の前に、行動と世界の変容への代替えを示すだろう。方向転換しなければ、未来はまさに困難で荒涼としたものになることを示されるだろう。そしてまた彼は、人間がお互いの相互依存を、同胞愛のリアリティ(現実)を認識するように鼓舞されるだろう。

(シェア・インターナショナル誌2005年10月号)