カテゴリー別アーカイブ: 読者質問

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

次の質疑応答は、1990年7月12日に米国カリフォルニア州サンフランシスコで行われたベンジャミン・クレームによる講演会からの抜粋である。

Q マイトレーヤは、求められたときのみ現れるとおっしゃいました。ご見解をお聞かせください。

ベンジャミン・クレーム:それは誤解だと思います。マイトレーヤは求められたときだけ現れる、と私は言っていません。マイトレーヤは、求められても求められなくても、人々に現れます。夢の中で現れたり、ビジョンとして現れたり、がっしりした肉体で現れたりします。彼の臨在を実際に求めた人を、私はまだ誰も知りません。こうした三つの方法すべてで彼が現れた人々のことを知っていますが、誰も、特に求めたわけではありません。必ずしも座って「マイトレーヤ、どうかお姿を見せてください」と言ったのではなく、そうした人々自身が内面的に心を開き、準備を整え、心の中で彼に会いたいと願っていたのかもしれません。それは十分にあり得ることです。

Q  一方で、あなたが言われることの真実性を強く感じながらも、他方で、その真実性が顕著な再臨の活動に直接作用することなく、むしろその刺激を別の分野や奉仕の道に応用しようとする人の中に、葛藤やグラマー(幻惑)を見て取りますか。

クレーム:私の考えでは、それはグラマーと言わざるを得ません。お許しください、それはグラマーです。もしあなたが、いかなるレベルであれ――私が持っているような確信や経験は持ち合わせていなくとも――これが真実であると信じるなら、少しでも確信の兆しがあり、それがあなたにとって真実の響きを持つなら、その真実があなたに語りかけているどのようなレベルであれ、それを知らせてください。重要なのは、希望の風潮、彼の到来への期待感を醸成することです。そうすれば、私たちの自由意志を侵害することなく、マイトレーヤは実際に、私たちの生活の中に入ってくることができます。どんなレベルであっても、信じることのできるすべての人が、そうした認識に貢献します。それは期待の風潮を生み出すだけでなく、人類の精神を高揚させます。人々が希望を、未来への希望を抱く条件をつくり出します。人々は戦争が終わったことを理解します。この不平等で不幸な世界において、もし自ら参加すれば、すぐそこに変革の始まりが待っていることを知るのです。ですから、自分のエネルギーを使って行っている他の何かが、これと同等の重要性を持つと考えるのはグラマーです。自分の小さな個人的生活を脇に置き、それを全人類の利益のために捧げる時が来なければなりません。

Q 生きるための三つの原則の一つである「無執着」の定義について詳しく説明していただけますか。

クレーム: 無執着にはさまざまな意味合いがあります。多くの人は、無執着を実際には無関心とみなしています。出来事からあまりにも距離を置いて、冷たく、愛のない、素っ気ない態度で無関心でいることだと捉えています。世界を「切り離して」考えます。

 マイトレーヤが意味し、理解する「無執着」とは、まさにその反対です。無関心の反対です。人生とそれが意味するすべてに完全に没頭しつつ、同時に、真我と正しく関わることによって、真我の器から自分を引き離すことです。彼は「真我のみが重要である」と述べ、私たちの苦しみは、真我ではないあらゆるものと同一化することによって引き起こされると説きます。私たちは肉体や感情構造、エネルギーシステム、マインドやマインドの構築物、信念体系、条件づける内面世界と同一化しがちです。これらと同一化し、それが自分だと思い込んでいます。それは私たちではありません。私たちは肉体でも、マインドでも、感情でもありません。本当の私たちは、不滅の存在、つまり転生している魂として反映している真我です。

 魂は、真我と転生した人間との間の中間段階、神聖な仲介者です。真我としての自己との正しい同一化によって、私たちは喜びと愛のうちに正しく生きることができます。人生と、それが意味するあらゆることに完全に没頭しつつ、同時に執着を持たないで生きることです。この無執着の過程とは、肉体やマインド、感覚、アストラル体などとの関わりから無執着になることです。これは誤った整列、同一化の過程から自分を解き放つ過程です。愛という観点からも捉えることができます。誰かを所有欲を持って愛することも、無執着を持って愛することもできます。それは全く異なる種類の愛です。私たちが愛と呼ぶのは、「あなたが私を愛してくれるなら、私もあなたを愛します。いいですか。取り引きですよ」という関係です。それは所有欲という愛です。「もしあなたがその愛を私から他の誰かへと向けたら、私は怒りますよ」。それは、愛ではありません。所有欲です。無執着の愛とは正反対のものです。

 無執着の愛とは、その本質ゆえに、無条件に続いていく愛です。反応的ではありません。愛し返されることに依存しません。それが無条件の、無執着の愛です。マイトレーヤが意味する愛とは、まさにこのような愛です。無執着の過程とは、自分自身を解放すること、したがって、真我を、その器の罠にとらわれることから解放することです。もし自分を器――つまりマイトレーヤの言われるマインド(心)、スピリット(生気)、ボディー(肉体)――とみなすならば、真我をそうした器の中に閉じ込めてしまいます。そうなると、私たちは条件付けられ、無執着について何も知らないことになります。

 私たちが行うあらゆることは反応的です。私たちが行うあらゆることは運命づけられています。しかし、無執着になれば、自分自身の進化をコントロールするようになり、私たちのあらゆる動き、あらゆる行動は運命づけられなくなります。それは一瞬一瞬の、独創的で、自発的で、創造的な行為であり、あらゆる顕現の背後にある創造的な真我としての自己への気づきから生まれるものです。それがマイトレーヤの新たな教えであり、例えば、人間の魂の本質について語った時にイエスが始めた教えでもあります。

 マイトレーヤは、直ちにその魂になる方法を私たちに教えるために来られます。私たちの人生の次の段階、次の2,000年間に起こることは、これまでは偉大な教師たち、イエス、キリスト、仏陀、グル、ヨギなど、世界の偉大な教師たち、つまり真我を知り、真我となり、一瞬一瞬、真我を実現した偉大なリシたちの特権であった経験が、すべての人々の共有財産となるということです。大多数の人々はこの来るべき時代において、自分自身を神聖なる真我として直接的に、自発的に、創造的に、正しく体験することになるでしょう。これこそが、まさに始まろうとしているこの来るべきアクエリアス(宝瓶宮)の時代の途方もない約束なのです。その過程とは、マインド(心)の正直さ、スピリット(生気)の誠実さであり、真我の器との誤った同一化から自分自身を引き離して無執着になることだ、とマイトレーヤは言われます。

Q バハーウッラーについてご存じでしょうか。

クレーム:バハーウッラーは、世界中の何百万もの人々を助けている主要な宗教、いわゆるバハーイー教を創始した教師でした。バハーウッラーは自分がキリストであると思っていました。バハーウッラーの教えはマイトレーヤの教えでした。彼はマイトレーヤによってオーバーシャドウされました。バハーウッラーは第3段階のイニシエートでしたが、自分よりも偉大な存在がいることに気づいていませんでした。神のみが存在すると考え、自分の教えは神から直接与えられたもので、したがって、自分はキリストであるに違いないと感じていました。教皇や政府の長、国王らを訪ね歩き、自分がキリストであると主張しました。彼は心から、自分がキリストであり、教えが直接神から来ていると信じていました。しかし、それは真実ではありませんでした。神は誰に対しても直接語りかけることはありません。聖書に「神が語られた」とある場合、それは象徴的な表現にすぎません。その人物が神からではなく、何らかの神聖な源から何らかのコミュニケーションを受けたことを示しています。それはマイトレーヤ、イエス、あるいは何人かの覚者だったかもしれません。この場合、バハーウッラーの教え、バハーイー教は、主マイトレーヤから来た教えを体現していました。だからこそ、それは素晴らしいのです。

Q 私たちの惑星ハイアラキーにおいて、仏陀の役割は何でしょうか。マイトレーヤとの関係はどのようなものでしょうか。

クレーム:仏陀とマイトレーヤとの関係は兄弟の関係のようなものです。彼らは兄弟です。彼らは、はるか昔、アトランティス時代の初期の、現れつつある人類において、当時最高のイニシエーションを受けた最初の者たちの中におりました。これは今日では、第3イニシエーションにすぎません。彼らはそれ以来ずっと、私たちの惑星の進化の最前線に立ってきました。絶え間なく共に働き、今日も共に働いています。

 この惑星には三つの主要なセンター(中心)が存在します。人類自体が一つのセンターです。神の知が顕現するセンターです。覚者方とイニシエートたちも一つのセンターです。神の愛が顕現するセンターです。さらに、シャンバラと呼ばれるもう一つの、より高次のセンターが存在します。それはエーテル物質の中にあります。ゴビ砂漠に、物理的に固体ではなく、エーテル物質で存在します。そこには世界の主、サナット・クマラとたくさんの「存在者」が住まわれており、その一人が仏陀です。

 仏陀は偉大な宇宙のイニシエーションを受けられました。仏陀は、弟子であるゴータマ王子を通して、神の知恵の様相の体現者として御自身を示されました。人間における完全なる知恵が、ゴータマを通して仏陀によって示されました。人間における完全なる愛は、イエスを通してマイトレーヤによって示されました。そして今回、マイトレーヤ御自身が到来され、知恵だけでなく、愛だけでなく、さらに高度なもの、意志を示されます。それは愛と知恵を含むものです。彼は、世界がかつて見たことのないような途方もないアバターです。ご承知おきください、彼は、これまでのどのアバターよりも大きな仕事を担われています。

Q イエスが初めて来られた時、私たちの自由意志を侵害しなかったのでしょうか。

クレーム:彼はほとんど知られていませんでした。人々はよく、イエスは数千人に広く知られていたと言いますが、そうではありませんでした。3年間の宣教の後、彼には3人の親しい弟子と12人の他の弟子がいました。内輪のグループは72人、関心を持った人は500人でした。それが2,000年前、イエスに従った人々の総数でした。一般大衆は彼を知りませんでした。実際、弟子の一人であるユダは買収され、賄賂を受け取ってイエスを指し示したことにより、兵士たちはイエスを逮捕できるようになりました。

 イエスは私たちの自由意志を侵害しませんでした。ただ立ち上がって語り、説教し、国中を巡りました。たいていは身を隠して、あちこちを回っていました。非常に困難な状況でした。彼のことを扇動者だと考える者たちがいたからです。

 多くのユダヤ人は彼を戦士王として待ち望み、実際に挙兵してローマ軍を攻撃することを期待していました。福音書によると、彼がロバに乗ってエルサレムに入った時、人々は道に花を敷き、「ホサナ! ホサナ!」と叫びました。彼が挙兵するために来たと考えたからです。だからこそ、人々は拍手を送り、「ホサナ!」と叫びました。だからこそ、花を敷きました。しかし、彼はそうしませんでした。実に単純な話です。人々は彼に失望させられたと感じたので、それを裏切りとみなしました。

Q 集団心理の理論とはどのようなものでしょうか。

クレーム:集団心理は集団意識の結果です。この来るべき時代に、人類は次第に集団意識を発達させ、精妙なテレパシーが至るところで開花するでしょう。誰もがテレパシー能力を持ち、相手の意図を正確に理解するので、嘘をつくことは不可能になります。ですから、心(マインド)の正直さが不可欠となります。

 テレパシーは、今でも覚者方とその弟子たちの間でそうであるように、通常の会話手段となるでしょう。覚者方は言葉を交わしません。無駄な議論をしません。一瞬一瞬、テレパシーを用います。互いに連絡を取り合い、一部の弟子たちとも連絡を取り合っています。この能力の萌芽はすべての人に潜在しています。動物王国にさえ潜在しています。誰もが潜在的にテレパシー能力を有しています。人が磁力的になると、テレパシーは自然に発達します。訓練を重ねることで、よりテレパシー的になり、すべての人に備わっているこの生来の能力を徐々に意識的なものへと変えることができます。これは人々にとっては無意識的なものです。母親と子供はしばしば密接なテレパシー的な接触を持ちます。母親は、子供に何か異常があると本能的に気づきます。何かが起こっていると感じ、実際にそれを知っています。太陽神経叢を通じて感じ取ります。頭の中で明確になれば、それは意識的で、制御可能で、建設的な、マインドとマインドのコミュニケーション手段となります。

Q マイトレーヤがカラチからロンドンまでどのようなパスポート/国籍で旅をされたのでしょうか。税関で面倒なことにならなかったのでしょうか。

クレーム:彼はパキスタンのパスポートをお持ちです。アジア系コミュニティーではいつもパキスタンの服を着ていますが、実質的に国籍はありません。彼はヒマラヤからやって来ました。ヒマラヤ、特に標高約5,300メートルの山は誰のものなのでしょうか。そこへ登頂する登山家はごくわずかです。実際に税関で面倒なことになったと聞いています。彼は普通の男性として入国しました。移民として入国することもできたでしょうが、そうすれば英国では不法滞在者となっていたでしょう。彼は完全に合法で、決して法律を破りません。税関では、職業欄に「教師」と書かれたパスポートを提出しました(彼は世界教師だからです)。

Q 「ハイアラキー(階層)」という言葉は多くの人々を不快にさせます。教会やナチス・ドイツのような権威主義的組織を連想させるからです。ハイアラキーではなく、単に「マスター(覚者方)」と呼ぶのはいかがでしょうか。

クレーム:それは覚者方のハイアラキー(階層)です。実際に階層です。それが肝心な点です。覚者方自身が、ある者は別の者とは異なるレベルにあることを認めています。第5イニシエーションを受けた者は覚者です。第6イニシエーションを受けた者はより高度な覚者、つまりチョハンです。マイトレーヤのように第7イニシエーションを受けた者は、「惑星のいのち」となります。

 私たちが覚者方を仰ぎ見るように、覚者方はマイトレーヤを仰ぎ見ています。それはハイアラキー(階層)です。通常の意味での権威とは全く関係ありません。霊的な権威や、より偉大な経験、個人に授けられるより深い認識に関わることです。だからこそマイトレーヤは、いかなる理由があっても、人間の自由意志を侵害することはありません。それは権威の乱用となるからです。決してそのようなことはしません。崇拝されることも望んでいません。たいていのグルは崇拝されることを望みます。信者を求めています。しかし、彼はそうではありません。彼はこう言われます。「わたしを崇拝してはならない。わたしに従ってはならない。わたしを追いかけてはならない。そうすれば、わたしを見失ってしまうだろう。もしわたしを崇拝するならば、あなたは自分を低めようとしている。しかし、あなたはわたしより下にはいない。あなたはわたしと同等である。わたしたちは共に神である」。そのように、自由意志が侵害されることは決してありません。

 私は、コミュニティーの中にいるマイトレーヤに最も近しい人々を知っています。彼らはあらゆる愚かなことをしていますが、彼は決して文句を言いません。自分の意志を彼らに押しつければ、「権威」になってしまうため、彼らがそうするのを許します。彼はそのように押しつけることは決してありません。マイトレーヤのようなアバターであることがいかに難しいことか、あなたはきっと驚くでしょう。

Q 誰でも過去に何度も転生を経験してきたのでしょうか。それとも、今生きている人の中でこれまで一度も転生したことがない人はたくさんいるのでしょうか。

クレーム:これまで一度も転生したことのない人はいない、という答えになります。動物王国から人間王国への転生の扉は、はるか昔に閉ざされました。この部屋にいる皆さんや、普段の生活で出会うであろうすべての人は、何千、何万回と転生を繰り返してきました。「私は八度目にして最後の転生を終えようとしています」と言う人は、大きなグラマーの下に生きており、次に戻ってきたときにはひどく驚くことになるでしょう。

Q 良いカルマというものは存在するのでしょうか。あなたは、カルマしかないか、あるいはカルマが全くないかのどちらかだと示唆されていますが。

クレーム:カルマの法則は、原因と結果の法則です。私たちのあらゆる思考、あらゆる行動が原因を始動させます。こうした原因から生まれるのが結果です。こうした結果が良くも悪くも私たちの人生を形づくります。ですから、私たちは常に自分自身の人生の条件をつくり出していることになります。何千回、何万回もの転生において、これを繰り返してきました。

 私たちは大きなカルマの結び目をつくり出してきました。それが磁力的に私たちを何度も何度も転生へと引き戻します。こうした大きなカルマの結び目を解きほどくまで、そのようにし続けます。これが本当のところです。カルマの結び目をほどく方法は、世界に奉仕することです。あなたの奉仕が、カルマといわば天秤にかけられ、奉仕活動、世界に奉仕するという意識的な行動がカルマを上回るまで、これは続いていきます。

 しかし、興味深いことに、人がカルマと言うとき、悪いカルマのことを言っています。しかし実際には、悪いカルマよりも良いカルマの方が多いのです。あらゆる見かけにもかかわらず、人々には悪いところよりも良いところの方が多いのです(私は「良い」「悪い」を、単に相対的で非現実的な意味で使っています)。良い行いは良いカルマを生み出し、悪い行いは否定的なカルマを生み出します。実際には、都合の良い(convenient karma)カルマと都合の悪い(inconvenient karma)カルマしか存在しません。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

Q なぜ、あなたの師の名前を明かさないのですか。(1984/9)
A 今のところ、明かさないように彼に要請されたからです。その理由を二つだけ知っています。主な理由は、もし私が彼の名前を一般に明かせば、私が共に仕事をしているグループにも明かさなければなりません。そしておそらく彼らは注目を私の師に――テレパシーによって――しょっちゅう注ぐことになり、覚者の注目をそらすことになります。彼がそれを「ふさぐ」にせよ、それに応じるにせよ、覚者のエネルギーと時間の浪費を伴います。覚者方はこの両方とも注意深く守ります。(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

Q アリス・ベイリーは明瞭なチャンネルだったのですか。彼女は全然誤りがなかったということが言えますか。(1984/9)
A いいえ、また彼女自身も全然誤りがないと主張しないだろうと思います。覚者方でさえも全然誤りを犯さないと主張されません。しかし、もし覚者(ジュワル・クール)が30年間もアリス・ベイリーを通して仕事を続けられたのならば、仲介者としての彼女の正確さに十分に満足しておられたのだろうと思います。
(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

Q 私たちは自分で覚者方に接触することはできますか。
A いいえ、覚者に接触することはできません。何らかの理由があれば覚者があなたに接触します。まず最初に、メンタル偏極というものを達成しなければなりません。あなたの意識の偏極は高位のメンタル界になければなりません。なぜなら彼らは魂のレベルで働くからです。しかし、もしあなたが世界への奉仕に適合し、十分に客観的になり、オープンで利他的な方法で働く用意があれば、彼らはあなたに接触するかもしれません。
 接触を受けた人々は時の初めから存在します。すべての偉大な芸術家、思想家、詩人、作家、音楽家、偉大な政治家、科学の発見者たち、彼らは皆、覚者方の弟子です。彼らは覚者方の監督の下で働き、私が行っているように、内的に、主観的に魂のレベルで与えられたものに反応しています。このようにして、彼らは覚者方の仕事をこの世で実行してきました。このようにして、私たちの文明と文化は長年発展してきました。
(シェア・インターナショナル誌2023年1月号)

Q 私は何年間も、内界で覚者とか大師に接触しようと試みていますが、成功しません。これには理由があるのですか。(1984/10)
A 覚者と接触したいという単なる願望で覚者との接触ができるということではありません。志向者や弟子は、彼が覚者の仕事に役立つことができることを、才能と客観性と奉仕への願いによって示さなければなりません。「生徒の準備が整った時、師匠は来られる」という、いにしえの諺があります。
 情緒(アストラル)界における「ガイド」や「指導霊」と接触するのには、もちろん、霊媒的能力以外に特別な才能はいりません。しかし情緒(アストラル)界とのそのような接触は避けるべきであると私は思います。(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

Q 「スピリット・ガイド」は実在するのでしょうか。私たちの魂のことでしょうか。
A 確かに、七つのアストラル界層や低位メンタル界層のさまざまなレベルで活動する、肉体を持たない非常に多くの存在(エンティティー)がいます。彼らは物質界の霊媒や敏感な者たちを通して「導き(ガイダンス)」を与えています。この導きは、ごくありふれた些細なことから、高い志向を持つ、高揚感を与えるような教えまでさまざまです。彼らは、四つのメンタル界層のうちで最も高いレベルであるコーザル界層に存在する、私たちの魂ではありません。覚者方は、このレベルで弟子たちとコミュニケーションを取ります。
(シェア・インターナショナル誌1984年10月号)

「イリュージョン」というテーマに関する
ベンジャミン・クレームの基調講話(2003年)からの抜粋

ジュワル・クール覚者によると、「イリュージョン(錯覚)は主にメンタル的な特質であり、感情的な者よりも、より知的な者のマインドの姿勢の特徴である。彼らは通常理解されているグラマーのレベルを脱した。彼らの過ちや間違った解釈は、概念(アイデア)あや想念についての誤解である」。
 「今日イリュージョンは非常に強力であり、マインドがいくらかでも発達している数少ない人間は、しかしながらこれらの膨大な錯覚的な想念によってコントロールされている。それらの想念は、低位のパーソナリティーの生活と一般大衆の欲望的特性に根差しており、そこからいのちを引き出す」

[ベンジャミン・クレーム:]私たちはイリュージョンに取り囲まれた世界に住んでいます。世界のすべての国がそれぞれイリュージョンを持ちます。ロシアやアメリカのような大きい国ならば、国民は通常途方もないイリュージョンを持っています。彼らは支配し拡大することを求めます。大きければ大きいほど、より大きくなることを求めます。奇妙なことです。ロシアやアメリカのようなサイズの国は、あまりにも大きいので、大きくあることに疲れてしまうのではないかと思います。扱いにくく、調整が効かないように感じるだろうと思いますが、しかし彼らはもっと大きくなりたいのです。

 アメリカ合衆国と呼ばれるこの広大な土地、東西に3,000マイル(4,800キロ)、南北に2,000マイル(3,200キロ)という大きさに十分に満足できると思うのですが、そうではありません。テキサス州とニューメキシコ州、そしてカリフォルニア州の半分はどこから来たのですか。アメリカはメキシコから奪ったのです。それはすべてメキシコの領土だったのです。最大で最高になりたい、強大になりたい、優越感という想念をつくるためのこの欲望が、アメリカ合衆国の国民の大きなイリュージョンです。今日、共和党政権の下でアメリカの支配する世界的な政治経済制度をつくろうとしているようです。

 ジュワル・クール覚者はまた、すべての弟子はまず真っ先に勇気を持たなければならないと言われます。私たちが勇気を持つまで世界は決してイリュージョンを取り除くことはないでしょう。真の弟子の義務の一つは、世界に存在する権威に対して、それが科学、宗教、政治あるいはいかなるレベルのことであろうとも、自分たちが反対だと思うこと、それらについてより明確に見通せることについては、公に声を上げることである、とジュワル・クール覚者は言います。

 もし彼らが間違っていると思うならば、弟子にとってそれを指摘することは義務であります。もし弟子たちがただごまかして、そのテーマについて見解を持たず、それ以上に良い、より明確な、より真実なものを提示できないのならば、それは名ばかりの弟子であります。真の弟子とは恐怖心を知らない弟子です。それがすべての弟子たちにとって第一に重要なことです。

 ジュワル・クール覚者によれば、グラマー(幻惑)を克服する唯一の方法はメンタル体を通してであり、メンタル体を通して魂によってグラマーが明らかにされます。「グラマーやイリュージョンが存在することを認知することだけでも進歩である。人類の大多数はそれらの存在にすら気づかない」と彼は述べています。ほとんどの人と、ただ話をするだけでこれが本当だということが分かるでしょう。ほとんどの人は、自分がグラマーとイリュージョンの中に生きていることに全く気づいていません。

「今日多くの善良な人間がこれを見ない。彼らは自分たちのグラマーを神聖視する」。神聖視するのですよ。それは素晴らしいものだと思っているのです。「そして彼らはイリュージョンを自分たちが勝ち得た素晴らしい所有物と見なす」
(『グラマー ──世界の問題』より)

 人々は政党や組織に加わります。あるいは組織されていないグループに加わり、自分たちを権力ある地位に置いて、それを組織に変えてしまいます。それが彼らに自分が強力だとか重要だというイリュージョンを与えます。コントロールするための隠れた方法です。それがすべての社会を支配する主要なイリュージョンです。
 すべての政党が、すべてのいわゆる霊的精神的なグループが、至るところのあらゆるグループが、自分たちがコントロールできるような状況に引き付けられます。グループ全体としてはそうではないかもしれませんが、グループの中の個人がそうなのです。そのコントロールが彼らにパワー(権力)の感覚を与えます。彼らが欲しいのはパワーであり、政治的、精神的、宗教的性質の奉仕を提供していると思っているのですが、そうではありません。意識しようがしまいが、彼らはパワーを追いかけます。それが大きなグラマーであり、巨大なイリュージョンです。

 宗教、政治、社会、科学、あるいはアカデミックな世界であろうと、自分の特定のグループの中で地位を獲得しようとし、そしてそれを保持しようとして闘いながら、彼らは何年もの月日を浪費するかもしれません。考え得る限りのあらゆる制度や集団が、今日絶えずつきまとうこの問題を抱えています。

 ジュワル・クール覚者は言われます。「イリュージョンとは、限られた理解と唯物的知識が真理を解釈し、それを想念の曇りの背後に覆い隠す様式である。それらの想念は、それが覆う真理よりもずっとリアル(本当のよう)になり、その結果、人間のリアリティ(実相)をコントロールする」

 世界には多くの問題があります。しかし意識について問題なのは、まさに教育があればあるほど、専門分野でより進んでいればいるほど、その人はより深くイリュージョンの中にはまり込んでいる傾向があるということです。なぜならそのような知識や学問が、コントロールしたいという欲望に対する場を提供するからです。宗教であれ、政治であれ、アカデミックであれ、それらの組織制度が、人に、より一層の権力とコントロールを発揮できる地位に向かって、より高く昇進していく構造を提供します。

 彼らは職業において出世して、その制度の中で権力の地位に就き、物事や金や人間をコントロールする才能に長けていきます。これがペンタゴン(国防総省)から世界の株式取引所まですべてを取り囲む主要なグラマーです。これが同じグラマーであり、同じイリュージョンなのが意味深いです。お金を儲けることが幸せをつくり、もっと儲ければより大きな幸せをつくるという考えは想念です。もしあなたがどうしようもない環境にあり、食べたり、着たり、子供たちを教育することもおぼつかない状況にあるときには、もちろんもっとお金を得ることで、そのストレスは緩和されるでしょう。しかし百万長者になる必要があるという考え、そして百万長者になれば、今度は億万長者になる必要があり、そうなる方法は株式市場に投資することだという考えはイリュージョンです。……

 これらの想念が私たちの人生をいっぱいにし、曇らせています。それは一時の空想ではありません。私がイリュージョンについて語ったことすべてがいま起こっていることであり、大多数の人の人生のほとんどの時間を構成しています。
さらに、おそらくこれはもっと悲惨だと思いますが、「この形のイリュージョンは、弟子たち、そして最初の2段階のイニシエーションを受けた者たちの間にますます広がりつつある。……彼らが達成したことの重要性が彼らの上に浴びせられ、そして彼らの責任と知識についての感覚が増大する。彼らはそれらを過剰評価し、自分の使命および自分自身を人の子たちの間でユニークなものと見なし、認知を求める内的主観的な要求が入り込み、そうでなかったならば実りある奉仕であったものを台無しにする。パーソナリティー(肉体人間)を強調するものはどんなことであれ、魂が低位人間を通して注ぎ込もうとする純粋な光をいとも簡単に歪めることができる。パーソナリティーが請け負った使命や任務に注目を引こうとするいかなる努力もその使命から注意を逸らすことになり、任務を遂行する障害となる。そしてその弟子は彼を通して愛が注ぎ入り、光が輝くことのできる純粋な回路以外の何ものでもなくなるときまで、その任務の成就は延期される。(愛と光が)彼を通して注ぎ入り、そして輝き出るということは自然に起こらなければならず、自己についての言及は一切含まれない」。
(『グラマー ──世界の問題』より)

 私は、特定の個人によって導かれ、1年か2年くらい世に名を馳せたグループのことをしばしば耳にします。アメリカではよくそれを見かけました。1980年以降、私がアメリカに来るたびに、大きなグループを率いた有名な“グル”とか教師について聞かされ、たまに彼らに会ったこともあります。彼らは田舎や山などの美しい、素晴らしい所に別荘を贈られて、そこに住んでいるかもしれません。……6カ月か1年くらい経つと、もうそのグループについて何も耳にしないか、あるいは彼らには何か問題があり、例えば40万ドルも無駄使いして、後援者が建物を取り上げたとかという噂を聞かされます。怪しげなビジネスは、特にお金に関わるものはいつも存在します。……

 おそらくグループを始めた人は奉仕の感覚を持っていたか、あるいは何らかの“体験”があったのかもしれません。アストラル的な感受性を持っていて、おそらくアストラル界の第5か第6レベルの霊存在と接触があって、そのレベルでの極めて素敵なはっきりとした思考やアイディアを受け取っていたかもしれません。そうするとそのレベルに反応できるタイプの人々が引き付けられるでしょう。しかしそれはもっと明瞭さを求め、外的な現実の世界にもっと関連のあることを要求するような人々ではないでしょう。ですからそのグループはひとりでにつぶれてしまい、それについてもはや何の噂も聞くことはなくなります。それが繰り返し繰り返し起こります。……

 もっと劇的なものになると、全員が自殺した、毒を飲んだ、お互いに撃ち合ったとかいうニュースを聞きます。あらゆる恐ろしい物語が異様な“霊的”グループの歴史を飾っています。しかしその“霊的”なるものの99パーセントが、巨大なイリュージョンに基づいているのです――創始者とそして創始者に従って、火の中、山の中、死だろうと、どこへでもついて行った人々のイリュージョンです。
(『生きる術』)

[ジュワル・クール覚者の引用句はすべて、アート・ユリアーンス編纂『ポンダー・オン・ジス(Ponder On This)』の「イリュージョン(錯覚)」の部分より抜粋した]

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

代弁者──その働き、覚者との関係、相対的な有用性と信頼性

以下の「代弁者」についての質問は、2013年と2014年にベンジャミン・クレームが答えたものであるが、当時は掲載されなかった。質問者は「代弁者」の特定の体験について述べているが、その人物はベンジャミン・クレームの師によってイエス覚者の代弁者であることが確認されていた。

Q:「代弁者」とは何ですか。その背後にはどんな過程があるのですか。
A:誰かの代わりに話す者です。もし覚者が誰かに何かを知ってほしいとか何かを言いたいと思ったとき、可能ならば自己創造による肉体、マヤヴィルーパによって直接話をされます。そのような形でエネルギーを使うことを望まないときは、ある段階の弟子に頼み──必ずしも彼に密接な者とは限りません──その人物に彼に代わって話をしてもらいます。覚者は情報を出す多くの方法を使われ、後になって正確にどの方法が用いられたのかを言うのはしばしば非常に困難です。

Q:「代弁者」は常に「代弁者」であるとは限らないと私は考えています。つまり、あるときには「代弁者」であり、あるときにはアリス・ベイリーやあなたの本を学ぶその人自身であると。それは正しいですか。
A:そういうこともあり得ます。それはどの種類の「代弁者」が使われるかによります。覚者により近い場合もあれば遠い場合もあります。私が知っているある場合には、覚者は訪れるグループにとてもよく知られた人を使って、その人自身が話すのですが、時々、直接的あるいは間接的に、ある情報について知らせるように頼まれます。このような弟子の中には秘教の教えにとても詳しい人もいるかもしれませんし、比較的初心者の段階でこの代弁者の役割を初めて演じる人々もいるかもしれません。

Q:なぜイエス覚者は代弁者を使うのですか。なぜ彼自身が来ないのですか。
A:彼の時間とエネルギーの節約のためです。平均的なグループ・ワーカーにとって重要な問題のすべてが覚者のエネルギーの多くの消費に値するとは限りません。期待しすぎないようにしなさい!

Q:「代弁者」はかなり進歩した人ですか。それともあらゆる人が「代弁者」になり得ますか。
A:代弁者は覚者によって選ばれます。

Q:「代弁者」は覚者とテレパシー的な接触を持っていますか。
A:そうである場合もありますが、常にではありません。

Q:「訪問者」は、イエス覚者が彼を通して語っていることに気づいていますか。
A:あなたが考える事例においては、彼は気づいていました。

Q:なぜイエス覚者はある時にはご自身で来られ、ある時には弟子が、またある時には「代弁者」が来るのですか。
A:彼がそれを選びます。

Q:何年か前、パトリシア・ピッチョンがマイトレーヤの「代弁者」と話をしました。これらの「代弁者」を比べていただけますか。
A:それは非常に異なっています。「側近」と呼ばれたロンドンの人物は、マイトレーヤが知らせたいと思ったことを伝えるために使われました。彼は「代弁者」であると共にマイトレーヤの近しい側近でした。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

「スティーブ・シモンズ・ショー」、KPBC、テキサス州ダラス、1990年8月28日

Q:聖母像のようなたくさんのイメージがあります。それらは本物ですか。
A:イエスの母、マリアであった覚者が創造したとされる思考形態は2種類あります。もし、一人だけにしか見られておらず、その人が破壊や破局などの報告をしている場合、それは覚者による本物の創造物ではなく、その個人、おそらくは非常にヒステリックな若者の情緒体から、宗教的な熱狂から生まれた、情緒的つまりアストラル的な創造物と言えるでしょう。
 メジュゴリエのイメージのような、大勢の人によって見られ、数人が真正と認めるような本物は、その覚者の創造物です。そうしたものは、神と人類との間には常に継続的なつながりがあることを人類に示すために創造されます。神は御自身の創造物を決して見失うことなく、その創造物を御自身の直接的で純粋な反映へと導こうとされます。ですから、これは希望を与えるものです。人々をカトリック教やキリスト教に改宗させるためではありません。ある種の希望の象徴を与えるためであり、それについて知る者にとっては、キリストが今、この世に戻って来られたという徴の一つです。

Q:聖書を信じるクリスチャンとして、イエスが「雲に乗って」戻って来るという説をどう受け止めますか。
A:それは象徴的な表現だと思います。現代では、誰もが雲に乗ってどこへでも移動しています。アメリカに行くたびに、私は雲に乗って行きます。私にとってそれはもはや何の意味もありません。雲に乗るには飛行機に乗ればいいからです。まさにそのようにして、彼[マイトレーヤ]はロンドンにやって来ました。彼は1977年7月8日に山岳拠点から降りて来て、パキスタンの平野で数日間を過ごして順応し、その後、7月19日に飛行機でカラチからロンドンにお入りになりました。そのようにして、もし成就する必要があるとしたら、その予言は成就しました。
 また、私は実際に、人々が撮影した写真を見たことがあります。主に飛行機から撮影されたもので、通り過ぎる際に、美しい日没やおもしろい雲の形を撮影したものです。それ以上は何も見ていません。こうした写真がそれぞれ現像されると、長い白いローブをまとったキリストが両手を広げて立ち、言ってみれば「雲に乗って」やって来ようとしている姿がはっきりと写り込んでいます。世界中のさまざまな場所でさまざまな人が撮影したこうした写真を10枚持っています。

Q:やがて究極的には、この世界のあらゆる絶望やあらゆる問題が消え去り、何らかの形でついに平和が訪れると信じていますか。
A:私はそのことを強く信じています。もしキリストがこの世にいることを知らなければ、私は大半の人々と同じように悲観的になっていたと思います。しかし、私自身の直接の経験から、そしてロンドンや世界中で彼を知っている人々、または彼が現れた人々の経験から得た知識によって、未来への確かな希望が湧いてきます。

Q:私たちには十戒があり、私たちはそれに従っています。もう一つ申し上げたいのは、聖書には偽預言者が現れるだろうと書かれているということです。偽預言者が私たちに伝えようとしていることは要するに、聖書を単なる一冊の本と呼ぶということです。それは神を嘘つきと呼ぶようなものです。偽預言者の言う主マイトレーヤが虹(希望)をもたらしたかどうか尋ねたいものです。
A:十戒は、怒りや復讐の神であるヤハウェの性質を表現したユダヤ教の教えです。すべてが否定的な「してはならない、してはならない」というものでした。キリストはイエスを通じて、一つの単純な真理を教えました。その真理を守れば、他のすべてが自然と守られることになります。それは、「互いに愛し合いなさい」というものです。それは、彼が今日語っていることです。

Q:もし人々がそうした十戒を守れば、この古い世界は今よりずっと良くなるでしょう。疑いありません。マイトレーヤがキリストであることは、経験に基づいているのでしょうか。
A:私たちは、キリストとは何かを理解する必要があると思います。キリストは、実際には人の名前ではありません。キリストという言葉は、ギリシャ語の「クリストス」から来ています。「クリストス」は、ユダヤ語の「メシヤ」の翻訳で、「油を注がれた者」を意味します。キリスト教徒は、キリストを神の唯一の子とみなしています。彼が神の「息子」の側面、つまり子なる神、またはキリストの様相、神の愛の様相を体現しているという意味では、私はその解釈を受け入れます。しかし、それは神の心(ハート)から流れ出るエネルギーであり、すべての覚者方の師である、主マイトレーヤという偉大な存在によって体現されています。彼は非常に進化し、純粋な存在であるため、その神聖で宇宙的な様相を実際に体現することができます。したがって、彼は神の唯一の子でありながら、キリスト原理を体現しています。この原理が私たちの中で目覚め、活発になると、キリストの本質へと至ることができます。それは進化のエネルギーです。

Q:キリストはマイトレーヤを使っている、とあなたが言っているように聞こえますが、それは経験や異なった状況だけに基づいているのでしょうか。
聖書の「テサロニケの信徒への手紙二」第2章9節から引用します。「不法の者は、サタンの働きによって現れ、あらゆる偽りの奇跡としるしと不思議な業とを行う」とあります。もしあなたが、キリストはマイトレーヤを使っていると言いたいのであれば、経験だけに基づいているのでしょうか。
A:他の何が、経験以外のものに基づいているでしょうか。何かについての経験がなければ、それについて何を信じていようと全く意味がありません。それは真実にはなりません。何かを真実にできるのは、それがあなたの経験の一部である場合だけです。そして、どんな教師も、どんなに質が高く、歴史上いかなる質や地位を持つ教師も、自分の経験の一部ではないことを信じるよう生徒に強制することは決してありません。

読者質問欄

「多様性の中の和合」は、2006年に開催されたアメリカとヨーロッパの伝導瞑想研修会におけるベンジャミン・クレームの基調講演のテーマであった。この講演の内容は、シェア・インターナショナル誌2007年1月号に掲載された。以下の質疑応答は同年3月号に掲載された。現代の読者にもなじみ深い話題が取り上げられている。 ベンジャミン・クレームの回答では、なぜ私たちが持続的な解決策を見つけるのに苦労しているのかが説明されている。

Q 一つの経済政治システムの下に一体化されるという意味ですか。 
A 米国のやり方で世界を一体化させることもできるでしょう。競争に基づいた市場フォースと提携して、米国型の経済システムに従うこともできるでしょう。それは少数の人々には有利ですが、大多数の人々には不利なものであるため、分裂や不安をつくり、やがては今日のようなテロや戦争を生みます。 米国型の帝国、パックス・アメリカーナという意味で世界を一つにしようと試みることができるとあなた方は考えるかもしれません。そうなれば、すべての人が米国型の民主主義の理念を持つことになるでしょう。そして、戦争へと突き進まないにしても、世界は貪欲に競争し続けるでしょう。しかし、これは幻想です。 決して実現することはないでしょう。
 そのようなわけで、今日、戦争やテロが起こっているのです。 米国の考え方は過去のものだからです。世界は米国の経済支配によって、 未来において本質的に持続不可能である統治形態や関係へと追いやられてきました。そうした支配が伴う競争は善意をもたらしません。なぜなら競争は過去にだけ関係し、未来に与えるものを何も持たないからです。
 善意こそ明らかに私たちが必要とするものですが、競争は善意をもたらしません。 競争は正反対のものです。 競争はあなたが想像するものを増殖させ、市場をめぐって争い、競争者たちと敵対しながら自分に有利に商談を進めようとします。そのようなやり方は対決につながり、やがては戦争に、ますます多くの戦争につながります。 それは過去のやり方です。
 それは本当に競争か協力かの選択です。協力は未来のやり方であり、人類に役立つ唯一のやり方です。

Q 各国政府が現在、とても無力なように 思えるのはなぜですか。
A 各国政府は過去の観点からのやり方しか知らず、それはもはや通用しません。そのようなわけで地球上には今日、実際に統治することができる政府がないのです。 政府は全力を尽くしますが、すべて失敗します。 なぜなら根本的に、政府は時代遅れの手段を使っているからです。 たった一つの方法 政府にとって考えつく最後のことが、 すべての政府が陥ってしまった現在の行き詰まりを打開するでしょう。 それは分かち合いのシステムを開始することです。
 各国政府がそれを行うや否や、信頼を創造することになり、他のすべての問題に協力的に取り組むことができるようになるでしょう。そうした問題は協力的に解決されなければなりません。 解決策を求めていない国に解決策を押し付けることはできません。 それは、分かち合いによって 生み出された信頼がそこにあり、その信頼によっ て変化が起こることが可能になるときに、 協力に よってのみ起こり得るでしょう。その後、信頼によって生まれた善意が、今日では解決することが不可能に思える問題の解決を可能にするでしょう。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

ベンジャミン・クレームが
フランシスコ教皇とその役割についての質問に答える

Q:フランシスコ教皇は、ほぼすべての言動において啓発されているように見えます。彼についてどう思われますか。
A:聡明であり、素晴らしく啓発されています。正直に役割を果たしています。

Q:教皇はこの特別なときに、マイトレーヤの出現について人々を準備し活気づけるために「配置された」のですか。
A:はい。まさにそうです。

(シェア・インターナショナル誌2015年9月号)

Q:(1)イエス覚者は現在のカトリック教会の枢機卿ですか。(2)イエス覚者(ご自身を教皇とは呼ばれないでしょうが)は、全人類と宗教を統合するためにフランシスコ教皇と共に働いておられるでしょうか。
A:(1)いいえ。(2)イエス覚者は世界的な規模で働いておられます。その中には教皇や他の宗教指導者が含まれます。

(シェア・インターナショナル誌2015年11月号)

Q:教皇とダライ・ラマは、正義と平和を求めています。宇宙の兄弟たちは、明らかに彼らの存在を知らせています。光の勢力の集合の一部として、フランシスコ教皇、ダライ・ラマ、そして宇宙の兄弟たちを含む明確な協調計画が存在すると言ってよいですか。
A:はい、全くそのとおりです。

(シェア・インターナショナル誌2015年12月号)

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

「ビヨンド・リーズン」、バート・エバンズ・プロダクションズ(1240 TVAラジオ)、1996年7月25日──第一部

Q:インタビュアー:声が聞こえ、姿は見えないけれども、それが正当な指示であることを知り、自分が正気を失っていないことを認識するのはどのような感じですか。
ベンジャミン・クレーム:覚者方とのコンタクトを主張する人は多くいますが、私はその人たちと2分ほど話すだけで、それが真実でないことに気づきます。しかし、実際に覚者からコンタクトを受けたのなら、絶対に疑いようがありません。私はとても懐疑的な人間です。画家であり、自分の天職を深く愛しています。これほど好きなことはないのに、この仕事をするために、自分の画業の進展に当てることができたはずの多くの時間を放棄してきました。そうしてきたのは、これが本物だと完全に確信したからに他なりません。
 私は師である覚者に、ただ単に声だけではなく、ご自身の存在の事実を百通りの異なった方法で証明してもらいました。そうした声は、意義深いものである必要があります。多くの人が声を聞きます。こうした声の一部は非常に奇妙で、恐ろしいことをするように言うかもしれません。しかし、覚者が相手であれば、愛や信頼、知性、マインドの相互作用といった関係を築くことになり、やがては徐々に、自分が真実を扱っているということを完全に受容する状態にまで発展していきます。それから、人生で起こることがそれを証明してくれます。そのような覚者は、治療も行ってくださいます。治癒を求めて、人々が世界中から私のところにやって来ます。覚者方の仲介により、数々の驚くべき治癒が起こりました。実際、全世界で奇跡も起こりました。血の涙を流す聖母像、ユーゴスラビアのメジュゴリエで子供たちに現れた聖母のビジョン、驚異的な癒しの力を持つ世界中の泉など、こうしたものはすべて、覚者方がなさっていることです。

Q:このような世界中のあらゆる宗教が自分たちの救世主の再来を待ち望んできたというのに、私たちは皆、同じことについて話しているのかもしれないということに、なぜ誰も気づかないのでしょうか。なぜ私たちは、宗教をめぐってこれほど多くの戦争や相違を抱えてきたのでしょうか。
クレーム:人間の愚かな教条主義(ドグマティズム)のせいです。それは非現実的な理想主義と結びついた教条主義です。そうした理想主義のために、あらゆる宗教団体が自分たちの啓示は唯一無二のものだと考えてしまいます。それは一種の愚かさであり、分離意識の結果です。魂としては、分離はありません。魂の界層では、唯一の偉大なる超魂(オーバーソウル)しかありません。私たちは皆、それの個別化した単位です。物質界では、私たちは分離しているように見えます。それぞれの宗教の啓示は、長い時間をかけて異なった集団に与えられてきたので、必然的にそれぞれの集団が、自分たちのものこそ唯一無二のものだと考えました。
 最も爆発しやすいのは、キリスト教ではないかと思います。ご存じのとおり、キリスト教は最も新しい宗教の一つです。イスラム教と同じくらい爆発しやすいと思います。この二つはおそらく、他のどの二つの宗教よりも関連し合っています。一つは、マイトレーヤによってイエスを通して与えられたものです。もう一つは、イエスによってムハンマドを通して与えられたものです。これが、イスラム教とキリスト教の並外れた関係です。
 しかし、それぞれの宗教は、人類が己自身と、神と呼ばれる超現実について持っているビジョンを拡張するものであり、分離がないことを示すために人類に与えられています。私たちはいつの日か、神、自然、人類と呼ばれるものが、一つの同じものであることを認識するでしょう。宇宙全体に分離はありません。すべての原子は他のすべての原子と関連しています。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

「シーイング・ビヨンド(Seeing Beyond)」のインタビューからの抜粋
「インターネット・ラジオ・サンタクルーズ」、カリフォルニア州、1992年11月 第二部

第一部は、和合と多様性に関するボニー・パイパー氏からの質問で終わった。ベンジャミン・クレームは、多様性の中の和合が進化の大計画にとって本質的なものであると述べ、多様性(「いのちの本質」)を次のようにたとえた。「多面的な宝石や、さまざまな織り合わさった糸でできた豪華なカーペットやタペストリーのようなものです。そうした糸はすべてそれ自体が素晴らしく、本来の独自性を表現しているとき、一緒になって完全な調和を生み出します」

ボニー・パイパー:別のたとえで言えば、さまざまな味を楽しめる素晴らしいグルメ料理でしょうか。
ベンジャミン・クレーム:そうですね、たくさんの料理をただ並べただけでなく、一つの食事になるように組み合わされたものであれば。

パイパー:なるほど。今おっしゃったことを念頭に置きながら、国連の役割の変化について感じておられることを少しお聞かせください。
クレーム:主(ロード)マイトレーヤによれば、国連はますます力を増していくでしょう。国連は未来の時代において最も強力な声になるでしょう。現在、世界の問題に関して非常に強力な立場を取り始めており、必要であれば、各国の内政に干渉することさえあります。

パイパー:今おっしゃった国連に関する話を聞いて、多くの人がさまざまな不安を抱くかもしれません。ワンワールド主義者、共産主義者、左翼がかった人など、あなたの言われる国連の大きな力でそうしたことを実現させたいと願う人々が、何かを失うのではないか、危険な状況なのではないかという、途方もない不安を抱くのではないでしょうか。
クレーム:いいえ、そのようなことはありません。国連は世界で最も強力な勢力になるでしょう。代理機関になるでしょう。それが大事なところです。政府になるのではなく、あらゆる国際問題を解決する代理機関になるでしょう。

パイパー:つまり、国連は何らかの形で私たちに力を与えてくれるということですか。
クレーム:国連は各国に力を与え、各国は独自に行動できるようになるでしょう。現在、小国は大国に支配される可能性があります。将来はそうはいきません。国連は、世界中の自由と正義を守るために、新たな世界秩序の番犬とならなければなりません。地域紛争を鎮め、一部の集団の不正を防ぐために必要とされる武力の提供にすべての国が同意するでしょう。

読者質問欄

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「シーイング・ビヨンド」のインタビューからの抜粋──インターネット・ラジオ・サンタクルー」、カリフォルニア州、1992年11月 第一部

Q:ボニー・パイパー:コスタリカで開催された環境に関する会議で、国連のロバート・ミューラー博士は、現在、地球を脅かしている環境破壊に対処する時間は非常に限られていると述べました。それについてどうお考えですか。
A:ベンジャミン・クレーム:飢餓に苦しむ何百万もの人々を救うという絶対的な最優先事項とは別に、マイトレーヤは環境を私たちの時代の最優先事項とされ、すべての男性、女性、子供が関与しなければならないと言われました。私たちが引き起こしている破壊からこの地球を救うために、誰もが何かをしなければなりません。マイトレーヤは、あなたと地球の間に違いはないと言われます。被造物全体を通して、原子構造は完全に連続しています。すべての原子は他のすべての原子と関係しているので、私たちが現在のように地球を荒廃させるとき、実際には自分自身の生命を破壊しているのです。いつの日か、神や自然、環境、人類と呼ばれるものが一つであり、同じものであることに気づくでしょう。それらは互いに密接に関連しており、一方を他方から切り離すことはできません。ですから、私たちには地球を守る義務があるのです。

Q:パイパー:あなたが言っていることは、近年、『グローバル・ブレイン』のような本で発表された考え方、ある意味で、地球は私たちの体であるという考え方とある程度一致していますね。
A:クレーム:そうですね。私たちは、この惑星に入魂されている偉大な聖なる存在、天人の表現の一部です。その御方の表現体は、この惑星そのものと、私たち自身を含めて惑星にあるすべてのものです。私たちは、そのような創造主(ロゴス)のマインドの中にある想念形態です。ロゴスは、人類、動物王国、植物王国、鉱物王国、環境、大気を区別されません。すべては密接に関連しています。一方が他方なしに存在することはできません。そのすべてを完全なものにすることがロゴスの側の夢ですが、残念なことに、私たちは非常に長い間、地球を徐々に荒廃させてきました。この過程は、本当に危険なまでに加速しています。これを是正する必要があります。

Q:パイパー:温室効果は本当の脅威なのでしょうか。
A:クレーム:確かに脅威です。気温はどんどん高くなっていますが、これは是正されるだろうとマイトレーヤは言われました。私たちには高い順応性があります。これが人間種族の美しさです。秘教の情報によれば、1,850万年も生き延びてきました。そうした生存能力が完全に失われたわけではありません。私たちは順応し、適切に暮らすことのできるような条件を創り出すでしょう。

Q:パイパー:では、この状況を好転させることができるとお考えですか。
A:クレーム:適切に行うには20年か30年かかるかもしれませんが、必ずそうするでしょう。もちろん、世界教師マイトレーヤと、彼の弟子たち、知恵の覚者方の大きな集団が、私たちと共に公に働き、助言し、教えてくだされば、この過程は飛躍的に加速するでしょう。

Q:パイパー:私たちは「ラジオ・フォー・ピース」や他のグループと一緒に、地球の状態に関する会議に参加することを楽しみにしています。これは、世界中の政府と科学者が一堂に会して、「皆さん、ここに問題があります。どうしたらいいでしょうか」と言う初めての記念碑的な会議になります。この時間が、病んでいる母なる地球を癒すために前向きに活用されることを心から願っています。
A:クレーム:現在、地球上には、科学者が提供している証拠、もしくは注目し始めている証拠を、何の報いも受けずに否定できる政府は存在しません。人々は、政府が行動を起こすよう要求すべきです。ほとんどの人は、政治的な観点から自分たちがどれほど強力であるかに気づいていないと思います。人々は政府に影響を与えることができます。投票権を持っているからです。しかし、民衆の意志に耳が傾けられない限り、多額の支出を伴う場合には、政府はこの点に関して動かないでしょう。このようなことは今後、ますます起こるでしょう。
その最たる例が、ベルリンの壁が崩壊し、ドイツが再統一された時にドイツで起こったことであり、また、ソビエト連邦のさまざまなグループがペレストロイカを実現させたことです。これは民衆の力を示しています。民衆は途方もない力を持っています。将来、政治は国民のための、国民による統治へと変わっていくだろう、とマイトレーヤは言われました。これは現在、どの国にも当てはまりません。現在のところ、全体主義的な権力集団、つまり政治、経済、宗教の領域における権力集団が世界を支配していますが、それは急速に変わりつつあります。

Q:パイパー:政治家が国民と地球のために奉仕する時代を考えてみてください!
A:クレーム:それが求められていることです。そうした時代がやってくるとマイトレーヤは言われています。未来の政治は、国民のための、国民による政治になるでしょう。政治家は自国への奉仕者になるでしょう。

Q:パイパー:世界は多くの点で歩み寄ろうとしていますが、いくつかの点では、逆説的に、さらなる分断が数多く起こっているようにも見えます。
A:クレーム:マイトレーヤはそれについてこう言われます。世界中の政治体制が崩壊するとすぐに、部族主義や人種差別が現れる。そうなるのは、政治家が変化する社会の問題を解決できず、民衆が自分たちの手に法を握るからである、と。しかし、「これは常に破滅につながる」と彼は言われます。それは良いことではないが、避けられない過程である。団結の力が失われ、変化が起こり、扇動家や日和見主義者が権力を掌握しようとするからである、と。しかし、彼はまた、創造の文化は多様性であり、これがあらゆる国家とあらゆる宗教の基礎である、とも言われます。こうした違いを取り除こうとすれば、破壊を引き起こすだけである。そのようなわけで、貿易と商取引は非常に危険である、と彼は言われます。「ひとたび水門を開ければ、水はどこまでも広がっていく」。それは制御不能になり、ある意味では、二重に危険である。縛りつけている結合を緩めれば、制御不能に陥りやすい力が放たれる、と。そのような安定を取り戻すには、ハイアラキーの力とエネルギーが必要となります。

Q:パイパー:和合と多様性、「一つであること」と「多であること」について、また、変化の過程そのものについて話していただけますか。私の理解が正しければ、変化の過程そのものにおいては、物事が何らかの有用な形で再びまとまる前に、バラバラになっているように見えるかもしれない、とおっしゃっているのですか。
A:クレーム:そのとおりです、それが進化の大計画に沿ったものであれば。進化の大計画に反するものは破壊につながります。進化の大計画に沿ったものは本質的に、多様性の中の和合です。個性という絶対的な本質と個人の創造性が創造の基本ですが、あらゆる進化の目的は和合に向かうことです。この二つのものは、並行して進む必要があります。そうすることで、統一のあらゆる表現は、すべての人の個々の独自性を、世界的意味では、すべての国の独自性を完全に受け入れることを伴います。組合、連邦、巨大連合組織の形成は、すべての国の多様性を完全に受け入れる状況で行われなければなりません。私たちは皆、国家として、また個人として、光線と呼ばれる特定の偉大なエネルギーに支配されており、こうしたエネルギーが特定の国家の特質を決定します。フランスを支配する光線は、米国を支配する光線と同じではありません。お互いを模倣すべき理由は全くありません。多様性はいのちの本質です。多様性は、いのちに味わいを、豊かさを与えます。多様性は、多面的な宝石や、さまざまな織り合わさった糸でできた豪華なカーペットやタペストリーのようなものです。そうした糸はすべてそれ自体が素晴らしく、本来の独自性を表現しているとき、一緒になって完全な調和を生み出します。

読者質問欄

 世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

ホメオパシーについてのベンジャミン・クレームの回答と洞察

Q:トラコテの水で作られたホメオパシー療薬(トラコテ錠剤)よりもむしろトラコテの水そのものを飲むことの方にずっと劇的に反応する人々がいます。水そのものとホメオパシー療薬では効果に違いがあるのですか。(1993/11)
A:心理的な要素が働いているようです。ある人々は水を直接飲むことの方がホメオパシー療法よりもより良く、より純粋である(したがって、効力において強力である)と信じているようです。多くの人々がホメオパシー療法についての知識を持たず、それを信じていません。実際には、ホメオパシー療法は水の効力をさらに増大しており、もちろん、一般的により入手しやすいのです。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』)

Q:病気はカルマ(因果)的なものですか。(1987/1-2)
A:この質問の意味はおそらく、病気は過去世か今生の初めの頃において行った行為の結果なのかと聞いているのかと思います。すべての病気または不健康は、遺伝的なもの以外は、カルマ的なものです。つまり、何らかのレベルにおけるエネルギーの誤用の結果です。通常は魂のエネルギーと、それから情緒(アストラル)的に偏極した人の場合は、ほとんど情緒(アストラル)界からのエネルギーの誤用です。カルマは昨日にも先週にも先月にも昨年のことにも関係し、必ずしも今生の初めの頃または過去世での行為である必要はありません。われわれは、良いカルマにしろ、悪いカルマにしろ、絶えずカルマをつくっているのです。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』)

Q:筋痛性脳脊髄炎、一種のウイルス感染後疲労症候群(PVFS)が最近の新聞記事のテーマになっています。多くの医師がこれを病気として受け入れず、またオーソドックスな治療法もありません。(1)PVFSの秘教的説明は何ですか。(2)そのような病気はいかにして治療できますか。(1988/6)
A:(1)PVFSは免疫組織が(ある程度)破壊する結果です。これは間違った価値観、間違った生活様式、そして特にひどいストレスの状態の結果です。今日、これが広まっているのは、多くの人々(ほとんどの人々)が非常な緊張の中で働き、そして生活している結果です。汚染した空気、水、食物が大きな要因です。(2)生活様式を変え、そして大きく価値観を変える以外に治療法(治癒)はありません。ホメオパシー療法によって改善することが、最も成功率があると思います。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』)

Q:ワクチンと免疫組織に対するその影響について、長所と欠点を教えてください。(1987/11)
A:ワクチンは、現在のややお粗末な形態でさえ、人類に大きな恩恵を与え、以前は殺人的だった病気の多くを、ほとんど撲滅しました。特に(ホメオパシー療法で使われるように)精製された形態においては、病気に対処するのに長期的な価値を持つでしょう。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』)

Q:1996年1月4日付けのロンドンの新聞、イブニング・スタンダード版が、ロンドン市の水の供給源にフッ素を入れる可能性の記事を特集しました。地方保健局と政府はそのプログラムの導入を考慮しています。
 私の情報によれば、フッ素は人間の頭脳の特定の部分に特に悪影響があるということです。それ以外にも、私たちが体内に入れるものに化学品を加えることに反対するのは良識です。クレームさんの師から以下の点について確認をいただけるとありがたいのですが。(1)フッ素を飲料水に入れることは濃密な物体(肉体)に何らかの重要な影響を与えますか――良い影響、悪い影響ともに。(2)その影響は、肉体頭脳の対であるエーテル体がエネルギーやフォースを伝導する力を制限しますか。(3)同様に、そのような影響はメンタル体が肉体頭脳を通して機能する能力を弱めますか。(1996/4)
A:(1)はい。それは悪影響があります。特に頭脳の細胞に影響を及ぼします。(2)はい。(3)はい。
 飲料水にフッ素を入れることは子供たちの歯に――もしそれが必要な場合には――顕著な効果があります。フッ素の欠乏は弱い、スポンジ状の歯につながります。しかしながら、すべての人々を大量に毒化するような政策を受け入れることができないのは明らかです。フッ素の欠乏している子供たち個々に対して、ホメオパシー(同種療法)的に強力化したフッ素を用いた治療が容易に効果的に提供できます。水を毒化するこの提案に対して、大衆抗議によって抵抗すべきです。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』)