カテゴリー別アーカイブ: 読者質問

読者質問欄

「世界中のあらゆる講演において、ベンジャミン・クレームは広大な範囲の領域に及ぶ大量の質問を受けました。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したいと思います。そのいずれもこれまでシェア・インターナショナル誌に未掲載のものです」

Q マイトレーヤが公に現れた後に変化を欲しない人々には何が起こりますか。例えば、キリスト教原理主義者のような人々です。(アメリカのラジオ・インタビュー、1991年11月27日)
A 変われない人々は、変わらないでしょう。彼らはたぶん次の転生で小さな赤ん坊として生まれ、そのときに変わるでしょう。しかし彼らは彼らのマインドを条件づけ遮蔽(しゃへい)する教えや教義やドグマにあまりにも条件づけられているので、目の前のリアリティを見ることができません。実際、これらのキリスト教団体は最後までキリスト――「彼らの」キリストを認知しないでしょう。彼らはキリストについて間違った考えを持っています。彼は天国の神の右手に座っていると思っています。そうではありません。彼らは、キリストが唯一の神の息子であると思っています。そうではありません。彼らはあなたや私のような人間であり、偉大な霊的存在、一人の神にまで進化した存在です。すべての覚者方は神であり、私たちも潜在的にはそうです。キリストや仏陀、または「普通の」覚者との違いは、彼らはある種の完成を達成していますが、私たちはその途上にあるということです。彼らは私たちがいつかそうなるべき模範です。それは誰にとっても真実です。彼らは既製品の天国から降りて来る神々ではありません。彼らは、ちょうど私たちが神々となるのと同じように、進化のプロセスを経て神々となったのです。今日の人類と初期の動物人間を比べたら、そこには膨大な距離があります。しかし覚者方と比べたら、私たちは何者でもありません。彼らの見地からは、すべての可能性はそこにあります。彼らは潜在的な可能性を知っています。私たちは自分の可能性を知りません。
彼らはこの可能性を私たちに示すためにもっと多く世界にやってきて、私たちがいつかそうなれることを示します。彼らを見るとき、彼らのマインドの輝きが分かるでしょう。彼らのビジョンの広大さ、世界を愛し仕える能力は、計り知ることができません。キリスト教原理主義者たちは、マイトレーヤを恐れ、憎んでいるので、頑かたくなになっています。彼は彼らを傷つけたりしません。彼は彼らを愛しており、愛するのが容易な人々よりも愛しています。なぜなら彼のマインドには、彼と彼らの間に分離がないからです。いつか彼らは、彼が愛の主であり、いかに愛するかを教えるために来たことを知るでしょう。それを学ばなければなりません。

Q どうすれば愛のエネルギーを今、今夜、今日受け取り始めることができますか。それは可能ですか。
A それは受け取るという問題ではありません。それはすでにそこにあります。あなたの本性に本能的に備わっているものです。あなたは転生した魂です。魂の性質は愛です。それは自然なことです。しかし、あなたはそれを放出するかしないかです。ほとんどの人はしません。なぜなら恐れているからです。拒絶されることを恐れます。私たちが強くなければ人々は私たちを愛さないと思っています。私たちは競争しており、お互いに競争している限り、愛を表現することはできません。競争は価値あるものではありません。競争は恐怖の結果であり、恐怖があるところには愛はりません。恐怖を取り除きなさい。そうすれば自動的に愛が表現されるでしょう。

Q 子供には特定のエネルギーがあります。彼らは生き生きしていて、愛の精神に満ちており、私たちもあるレベルでそれを持っています。私たちはどうにかして、最初に転生したときの、この真のフォース、愛の力とつながっていますか。
A 疑いなくそうです。子供たちは世界のあらゆる必要に満たされていません――どうやって生計を立てるか、生活していくかについて知りません。各教師がやってきて、教えを与え、死んで世を去ります。教えを保つために、教師は神へと高められ、彼を天国やニルヴァーナに持ち上げます。そうして私たちは腐敗した日常を続けることができます。彼は私たちの肩越しに私たちが仲間の背中を刺すのを見ていたりしません。子供たちはそのようなことはしません。確かにおもちゃを巡って争ったり、子供たちの中にも利己心はありますが、それは彼らが彼らの問題を備えて転生してくるからです。しかし、彼らは無垢な心を持っています。彼らのマインドは自分たちのために物事をこしらえません。人々を操作したりしません。子供たちは概して他の人々を操りません。私たちは自分の必要を満足させるために誰もかれも操ります。私たちは誰もかれも利用し、それが私たちの有害さです。そうすることで自分を破滅させています。人々が自分を好み、尊敬し、欲するものを与えるべきだと思っています。人生で常に欲望を満足させ続けていますが、進化の道は欲望を殺すことです。仏陀は、「欲望を殺し、真理を悟りなさい」と言いました。私たちが神と呼ぶものは、私たちの裡うちにあります。私たち自身と分離したものではなく、私たちの裡うちに、周りにあります。それ以外のものは存在しません。子供たちはくだらないもので心をいっぱいにしていないので、それを顕あらわします。前世から持ち越した少しのものはあるかもしれませんが、子供たちは素晴らしい無垢さ、不思議を感じる心を持っており、世界は新鮮なものです。子供のころ、クリスマスの前に雪が降ったときのことを覚えているでしょう。今では、雪かきしなければと思うと苦痛に思えます。私たちは不思議を感じる心を失っています。

Q マイトレーヤとイエス・キリストの間の関係は何ですか。
A ロード・マイトレーヤ、キリストは、キリスト原理、神の愛の様相を体現しておられます。彼は弟子イエスを洗礼から磔刑までオーバーシャドウし、イエスは、この3年間、キリストになりました。しかし、キリスト、ロード・マイトレーヤは、つい最近までヒマラヤに留まられました。弟子をオーバーシャドウすることはアバター出現の通常の方法です。イエスは(覚者となった後)モハメッドをオーバーシャドウしました。モハメッドはイエスの弟子でした。イエスはモハメッドを通してコーランを与えました。宗教紛争は完全に人工的で、人為的なものです。ただ一つの教えがありますが、様々な形を取っています。それぞれの宗教が、特定の集団、特定の伝統、思考や感情の様式に向けた時間と空間の中で教えの様相を体現し、彼らは特定のやり方で教えを解釈します。しかし、純粋な形で私たちに与えられた教えは一つもありせん。すべての教えは、多かれ少なかれ、歪曲されています。なぜならそれが普及するのに何世紀もかかるからです――最初は口伝で。必然的に、これらの歪曲が忍び込み、公認の教えと非公認の教えが出てきます。しかし、これらすべての教えの底にあるものは、秘教の伝統であり、この伝統に従う人々以外には隠されています。

読者質問欄

Q なぜ伝導瞑想や他の瞑想は最良の奉仕なのですか。(大阪での講演会、2005年5月)

A 私は伝導瞑想や瞑想一般が「最良の奉仕」だと言った覚えはありません。伝導瞑想は奉仕ですが、多くの異なった種類の奉仕があります。奉仕の一形態としての伝導瞑想を行うことと他の種類の奉仕との違いは、伝導瞑想は覚者方によって創られた完全に科学的な瞑想であり、完全に効果的で科学的であるということです。それは世界への奉仕の方法であり、そこに費やす時間とエネルギーの支出を考えれば、最も強力な方法でしょう。マザー・テレサのようになって恐ろしい環境にある人々を援助することもできます。それはとても困難な奉仕の形態です。伝導瞑想の特徴は、それがとても軽い方法であると同時に、途方もなく強力な奉仕の形態であるということです。伝導瞑想を今初めて紹介することが可能になったのは、今世界にはそれを可能にする十分な人々がいるからです。
霊的ハイアラキーの覚者方は進化の大計画の管理者であるばかりでなく、大計画を可能にするエネルギーの管理者でもあります。これらのエネルギーは宇宙、太陽系、惑星外から覚者方によって放出され、非常に高度な波動を持っています。今まで、マイトレーヤが世界に帰還するという決断の前は、これらのエネルギーは宗教的グループを通してしか放出することができず、その大部分は情緒界を通してでした。ですから世界の進化したイニシエート以外は、エネルギーは情緒界を通して放出され、必然的に彼らの仕事はそのレベル以下に制限されることになりました。
今日初めて、十分な数の弟子や志向者たちが存在し、これらのエネルギーを少なくともある程度はアストラル(情緒)・レベルのみではなくメンタル・レベルで吸収できるようになりました。覚者方が彼らの受け取ったレベルでエネルギーを放出すると、高度すぎて人類によって「跳ね返されて」しまうでしょう。しかし今では世界中に伝導瞑想グループが存在し、エネルギーが吸収され、アストラル・レベルよりもメンタル界のあるレベルにステップ・ダウンできるようになりました。
この仕事はマイトレーヤのための道を整える仕事と並行しており、これに関わる人々に対して、必要となる時間とエネルギーに比例してまたとない奉仕の分野を提供しています。それをするのに必要な時間を考えれば、これほど強力な結果を生み出すものは他にありません。

Q 覚者方は事故の時に人々を援助しますか。私は最近の列車事故について考えています。

A 2005年4月の列車事故の場合、マイトレーヤは少なくとも私たちの知っている一人の人に電車に乗らないよう警告しました。衝突の間、警報機の信号がなぜかひとりでに点灯し、これが近づいてきた別の急行列車への警告となり、運転手はすでに衝突していた列車にぶつかるのを防ぐことができました。警報機の点灯は東京の覚者によって行われました。彼は1975年以来この世におられます。
マイトレーヤとイエス覚者(ローマに拠点を持つ)と東京の覚者は力の三角形を形成し、その力を事故に向けました。事故があるところにはどこでもこのような力が現場に送られ、事故に巻き込まれた人々を助けるためにできることはすべて行われます。

Q ほとんどの人は感情的な生活を送っていて、それは現在の時代に一致しており、それを変えるのは難しいと思います。私は人生をもう一度やり直せたらと思います! どうすればいいでしょうか。コメントをお願いします。

A 人生に対する完全に異なった態度に基づいた未来を創造するのが非常に困難な人々がいることは確かです。それはある程度年齢によります。高齢者はたぶん若い人々よりも困難でしょう。世界は二つの人々のグループに分かれています。感情的で知的な人生観を持ち、過去に縛られている人々がいます。彼らは過去を愛し、過去にはうまくいっており、それが失われることを嘆き、古い仕組み、政治的、経済的、宗教的、社会的なものがすべて崩壊することを非常に恐れています。彼らはパイシス(双魚宮)の人々です。パイシスの概念、現実、仕組みが彼らの知っているものであり、それがそのままであるべきだと彼らは考えます。彼らは変化を欲しません。変化は苦痛です。彼らの態度は、現在が非常に苦痛だとしても、変化がより悪いものでないとどうして言えるのだ? というものです。彼らが被っている感情的な毛布はそのようなものです。
それから、新しいものを冒険と見なす人々がいます。彼らは主に若者です。彼らは過去にうんざりし、現在にもうんざりしています。彼らは変化を欲しています。何もしない若者たちについての質問もあります。学校や仕事に行かず、何もせず、それでもたぶん幸せなのです。古きものは惨めで混乱しているが、その一方で若者たちは何もせず幸せだというのです! 日本の教育制度の一つの問題点は、1日28時間、生徒を絶えず勉強させ続けることです! それが極端過ぎるので、若者は就職や教育を見捨てるのです。若者を働かせ過ぎるから、働かなくなるのです。1日に20時間学校に行かせれば、もう1時間勉強したいとは思わないでしょう。極端過ぎるのです。すべてが極端まで推し進められます。良いものでもあまりに極端過ぎると良いものではなくなります。日本人はリラックスすることを学ぶ必要があります! 休みを取りなさい。コンピューターやその他のがらくたを閉じなさい。公園に行き、木々を眺めなさい。そうすれば若々しい気分になるでしょう。日本人はいつも実際よりも若く見えますが、実際より2倍も年を取っているように感じています!

読者質問欄

Q 人間は本来、善ですか悪ですか。環境によって人間は変わりますか。

A もちろん、比較的少数の非常に邪悪な男女は存在しますが、人間は概して本質的には神であり、本来は善です。世界には悪への力があります。悪とは単に光の欠如であり、惑星の下降する力と共に働く力が存在します。私たちは進化の道におり、私たちにとってその仕事は悪です。退化の道はそれ自体が悪ではありません。マイトレーヤを長とする光の力が物質性の力に対処しています。

Q 分かち合いが人類を援助する唯一最高の道であることは理解します。その助けに何をすべきですか。祈ったり寄付したりすべきですか。

A 私が話している分かち合いとは地球的な概念です。分かち合いを実践したいなら、たくさんの機会があります。日本には大勢の、定期的な収入がなく、食事がなく公園や公園のベンチで暮らす人々がいます。これは世界のどの国でもそうであり、ますます広まっています。国が豊かになればなるほど豊かな人々と貧しい人々、持てる者と持たざる者の間の違いは広がります。なぜならあまりにも多くのものを持つと人々は自己満足するからです。他の人々の苦しみを本当に理解するためには、人は苦しまなければならないのかもしれません。非常にしばしば、マイトレーヤが使いの精として誰かに現れるとき、彼は乞食の姿を取ります。彼が現れる最もよくある方法の一つは、アメリカやヨーロッパや日本でも、物乞いのホームレスの人々だと私は思います。しかし、あなたがホームレスの人々にお金をあげたくないと思うなら、遠く離れた国々のホームレスの人々に与えようとは思わないでしょう。
私は原則として乞食にお金を決してあげない人々を知っています。なぜでしょうか。なぜなら、彼らはお金を賢く使うことをせず、お酒やその他のことに浪費すると思っているからです。単にお金をあげるよりも、食べ物を買って彼らに与えるほうが、望ましい使い方だと考えます。つまり、全くお金を与えないということです。食べ物に使うという条件でお金を与えるのです。与えるのなら、ただ与えるべきです。彼らの使いたいように使えばいいのです。この国(日本)では何千ものホームレス、失業者、野宿者がいます。彼らには誇りがあるのでお金を乞わないのです。

Q 私たちが貪欲さを放棄して他者と分かち合うことなど本当に可能なのでしょうか。

A それは可能というだけではなく、可能でなければなりません。それは選択肢ではありません。私たちが今のままのやり方を続けるならば、競争はますます激しくなり、そのプロセス全体が破壊的な世界戦争となって爆発し、それは地上のすべての生命を破壊するでしょう。
開発途上国の人々が、現在のような生活状態にいつまで我慢できると思いますか。彼らは世界の他の人々がどんな風に生きているかを知らないと思いますか。日本やヨーロッパやアメリカの人々の暮らしを知らないと思いますか。彼らは永久に我慢するだろうと私たちは思っています。しかしそうではありません。彼らは、今もそうしているように、世界資源への権利を要求するでしょう。資源は人類に属するのであり、日本やアメリカに属するのではありません。私たちは一つの人類として新しい時代に入るのであり、そうでなければ全く入ることはできないでしょう。私たちは脳をつくり直して競争という概念を生活から追い出さなければなりません。競争は生きる意味に反しています。未来は協力を通して知られ築かれるのです。私たちが協力することに失敗すれば、未来に達することはできないでしょう。私たちに選択の余地はないのです。

Q 私は人生をすべてやり直したいと思います! 自殺が減らないのはなぜでしょうか。

A 自殺者の数は世界中で増加しています。ストレスが増大しているからです。私たちは、宇宙的な周期で一つの時代の終わりに達し、このことが真実であると体験し、未来に直面できないと感じる人々がいます。時代の終わりには物事はとても恐ろしく、多くのストレス、多くの競争、多くの憎しみ、暴力、不調和を感じます。こうした人々や、人生をすべてやり直したいと思う人々に、一つ解決法があります。耳を傾けるすべての人々に、マイトレーヤがこの世におられ、覚者方が日常世界に戻られ、世界はつくり直されると伝えることです。もし私がハラキリ(切腹)する寸前で、マイトレーヤと覚者方がこの世におられることを誰かが私に告げれば、私は「やった! 腹を切らなくて済む!」と言うでしょう。自殺の問題は、次の瞬間、何が起こるかは決して分からないということです。あらゆる可能性を調べるまでは自殺を企てるべきではありません。

「興味深い質問……」

私の師である覚者はかつて自殺しようと思っていた男性についての話をしてくれました。彼の人生はむなしく、妻は亡くなり、子供は成長して彼から去り、老いて働くこともできず、彼は不滅の魂を傷つけることなしに自殺することを欲しました。彼は町に出かけ、賢そうな顔をした老人が石のベンチに座っているのを見ました。「すみませんが、私の不滅の魂を傷つけることなしに自殺するにはどうすればよいか教えていただけますか」と彼は尋ねました。賢者はこう言いました。「なんと面白い質問でしょう! 方法はあります。そんなことを一瞬でも考えたことはありませんでしたが、その方法があることは確かです。3カ月してここに戻ってきたら、あなたの問題への答えを与えましょう」。男性は3カ月後に戻ってきて、「答えを教えてください」と言いました。「いいえ、確かにあるのですが、忘れてしまいました。6カ月したら戻ってきてください。そのときには分かっているでしょう」。6カ月後、彼は老人を見つけました。「ご老人、あなたは私が魂を傷つけずに自殺する方法を尋ねたことを覚えていらっしゃいますか?」「はい、覚えています。面白い質問です」彼は再び、1年後に戻ってくるよう言われ、彼はそうしました。戻ってきたとき、彼は質問についてすべて忘れてしまい、老賢者を見たとき、こう言いました。「こんにちは、ご機嫌はいかがですか」「上々です、あなたはいかがですか」「私ですか、上々ですよ」そして彼らは座って話をし、素敵な会話をしました。もちろん、その賢者は彼の師である覚者だったのです。
(2005年5月、大阪での講演会より)

読者質問欄

Q 数週間前、私は霊媒に会い、その人は、現在世界がこれほど悪い状況にあるのは、テスト(試み)が行われているためだと言いました。彼女は、ある種の移行が行われ、それによってこの惑星の人々が、このテストにどのように反応するかによって霊的進歩が可能になると言います。それについて何かご存じですか。(1989年11月27日のアメリカでのベンジャミン・クレームとのラジオ・インタビューより)

A 人類は長いあいだ試みの下にあります。大きな試み、人類の大きな内的変化の外的な表現は、時代から時代への移行の中で起こります。私たちは今、パイシスの時代からアクエリアスの時代への困難な移行の時期にいます。パイシスのエネルギーは後退していますが、世界を完全に支配しています。私たちのすべての思考、感情、関係においてです。アクエリアスの新しいエネルギーが勢いを増しており、そこから生まれる形式や仕組みはまだできていません。ですから、私たちは古いものと新しいものとの対立、反動的なものと進歩的なものとの対立を抱えています。この緊張は純粋に宇宙的な原因によるものです。
人類は、それぞれの時代の始めに、大きな意識の拡大を経験します。私たちは今これを経験しており、政治、社会、宗教、経済、教育の仕組みが、もはや私たちの意識がそれらを超えたために必要に応えないことに気づきつつあります。
私たちのグローバルな交流は、世界が真に一つであり、人類は一つであることを示しています。より高次のレベル、霊的なレベルでは、私たちは一つです。分離した魂というものはありません。私たちは一つの偉大なオーバーソウルの個別化した一部に過ぎず、私たちの霊的なリアリティは一体性、和合です。しかし、私たちは私たちを一つに結び付け、一体性に気づかせてくれるような包括的な体験を必要とします。それがキリスト(マイトレーヤ、世界教師)の使命です──その内的体験を刺激することです。
私たちは試されており、そのテストは長い間続いています。その大きな表現が1940年から1945年にかけてでした。あの戦争(二つの戦争がありましたが、キリストと覚者方によれば本当には一つの戦争でした)は、私たちがアンチキリストと呼ぶ、神ご自身の破壊的な力が、古い政治、経済、社会の仕組みを破壊して、新しいものの建設のための道を整える時代の表現でした。その破壊的な仕事を終え、いわゆるハルマゲドンは私たちの後ろにあります。それはこれから来るものではありませんが、正統派のキリスト教徒はこの惑星のアンチキリストのようなものを待っています。アンチキリストは、ヒトラーとその側近、日本の指導部、そしてある程度までイタリアでした。枢軸国の敗北は悪の勢力の敗北であり、人類にとって途方もない試みでした。
今私たちが経験しているテストは、私たちが分かち合えるかどうかです。私たちはお互いとの、そして私たちが神と呼ぶ宇宙的リアリティとの直接的な関係を待っています。私たちは今や立ち上がって、分かち合いという偉大な原則との関係で私たちの位置を示さなければなりません。なぜならそれが私たちの神性を示すからです。

Q 人類はマイトレーヤの言うことに耳を傾けるでしょうか。

A マイトレーヤはこの世におられますが、公には知られていません。彼は何年か待ち続けています。彼は世界経済の崩壊を待っておられます。彼は、彼が人類に対して語ることは反応を要求し、その反応と変化への用意は、人類に打撃を与えた時に真にやって来ることを知っておられます。特に先進国にとって、それは初めてリアリティを見ることになるでしょう。
先進国の人々は、一般に非常に自己満足的で、世界の他の地域の問題に無関心で、貪欲で、自分自身の生活で頭が一杯で、利己的なので、いつまでもそのまま続けられると思っています。そのまま続けることはできません。私たちは今、今のやり方を続けていけば世界が「崖っぷち」に立つことになる地点にいます。分断された世界の格差と不正義に内在する緊張はその中に第三次世界大戦の種を宿しています。それは核戦争となり、地上のすべての生命を滅ぼすでしょう。

Q 保守的な宗教の信者は彼をどう見るでしょうか。

A 最初に、多くの人々、特にキリスト教原理主義者、イスラム原理主義者、ユダヤ原理主義者、ヒンズー原理主義者、仏教原理主義者(その数は少ないですが)たちは、マイトレーヤが仏教徒の待つ弥勒菩薩、ヒンズー教徒の待つクリシュナまたはカルキ・アバター、ユダヤ教徒の待つメシア、イスラム教徒の待つイマム・マーディ、キリスト教徒の待つキリストであるとは認めないでしょう。しかし、彼はそのすべてです。それらはすべて一人の同じ人物の名前であり、彼はこれらの人々の欲望に従ってではなく、アバターの教義である法に従ってやって来られました。

Q なぜ私たちはこれほど間違ってしまったのでしょうか。

A 私たちは、まっすぐに世界に向き合っていません。私たちは私たち皆が問うべき質問に直面しておらず、人生と意味や目的について何も知りません。そしてもし私たちがそれを知らないならば、どうやって正しく生きることができるでしょうか。私たちが生きている世界では、人生の意味と目的について知っている人々がほとんどおらず、私たちは戦争や飢饉でぼろぼろになった世界、完全に堕落し何億人もが惨めに生きる世界、世界人口の5分の1が1日1ドル以下で暮らし、貧困のため飢餓と病気で何百万人もが死んでいく世界で生きています。

Q 個人的な問題で援助を求めることが困難なときがあります。どうすれば変えられるでしょうか。なぜそんなに難しいのでしょうか。

A それはプライドの問題です。人生は困難なので、人々は助け合うためにここにいます。ですから、まずあなたの友人に頼みなさい、しかしマイトレーヤに頼りなさい。援助はしばしば覚者方によって与えられますが、援助とは認識されません。覚者方はあなたにとって何が最良かをご存じです。あなたが欲する援助とあなたに必要な援助──彼らはあなたに必要なものを与えるかもしれませんが、それは必ずしもあなたの欲するものではないかもしれません。彼らは絶え間なく人類を援助しています。絶え間なくです。

読者質問欄

Q 貪欲でもなく権力欲のない人々もいるに違いありません。しかし、彼らがそのようであるなら、おそらく社会に否定的な影響をもたらすのではないですか。

A 不運なことに、世界は今日、専らこのような指導者たちに率いられています。そうでない人は例外です。指導者たちは現在と未来の問題を過去の方法で解決しようとしています。それは過去の技術や方法です。もちろんそれは不可能です。試したとしても必ず失敗するでしょう。彼らは政治構造、関係、似た者同士のつながりを築き、世界を何年も後退させるような恐ろしい行為をして、世界を危険に陥れ、この地球の王国であり家族である人類の未来を危機にさらしています。
あまりにも長い間、世界の国々はこれらの老人たちによって導かれてきました。覚者方の一人はこのように書いています。「彼らは、自らの方向性や台詞に確信のないまま、時代遅れの俳優のように人生の舞台をもったいぶって歩いている」。彼らは過去の人々であり、やがて彼らの属している過去へと後退するでしょう。しかし、世界は新しい時代、新しい宇宙の周期に前進しており、そこではアクエリアスのエネルギーは人類を共に融合させ、市場と権力に向けた破壊的な競争から救い出し、地球全体の善のために働かせるでしょう。

Q もちろん彼らの政策もまた、地球を守ることについての私たちの考え方に非常に影響するのではないですか。

A この惑星は死につつあります。この惑星には医療が必要です。そしてこの惑星を救うための時間はあまり残されていません。地球温暖化のようなことは存在しないと信じている政府があります。他の誰もが、通常なら最も寒い時期に流氷が溶けているのを見ています。海洋や地球の生態系に途方もない変化が起こっています。
私たちにとって幸運なことに、私たちは独りではありません。独りであったこともありません。地球上の大半の人々は、この惑星の霊的ハイアラキー、地球の最も進化した存在の一団を知りません。彼らは欠点がなく、私たちに奉仕することだけを唯一の目的とする方々です。彼らは地球を経験のための場としては終了し、奉仕の場としてのみ見ています。彼らはここにいる必要はないのですが、自らを犠牲にしてここにいて、私たちの進化を見守り、あらゆる物事から私たちを守り、私たちがその存在すら知らないものから守っています。あらゆる方向から彼らは人類を悪から守っており、それは私たちには対処できないものです。

読者質問欄

Q あなたは未来の時代について描写されます。私はそれが過去2000年とどう違うのか分かりません。(2006年8月、アメリカ、サンフランシスコでの講演)

A 来るべきアクエリアスの時代のエネルギーは、今後2,350年から2,500年くらい続きますが、パイシスのエネルギーとは全く違います。アクエリアスの特質は統合、融合、融和させるものであり、和合をつくり出します。好むと好まざるとにかかわらず、私たちがそれを意思するかどうかにかかわらず、そのエネルギーは、地球に注ぎ込み、次の2,350年から2,500年にかけてますます強力になっていき、人類や他の王国の中で統合を生み出します。

Q 「統合」という言葉で何を意味しているのですか。すべてが同じになる、標準化という意味ですか。

A 私たちは、本質的に私たちであるもの── 一つのグループ、一つの家族──になるでしょう。私たちは一つの家族の兄弟姉妹です。世界を見渡せば、肌の色が異なる人々がいます。文化の特質、伝統の違い、食べ物の違いがあります。私たちはそれを憎み、時々は好みます。
人類の最大の困難は、他のグループの人々の信条や伝統の間の違いに寛容になることです。もし私たちが正しければ、彼らは間違っているに違いありません。そしてもちろん私たちは正しいのです! 私たちの指導者は(不寛容において)私たちが正しいと告げます。指導者はまた、私たちよりも彼らの方が正しいと告げます。彼らはとても正しいので、決して間違いません。それが真実であればよいのですが──真実でありさえすれば!

Q 指導者たちは彼らに必要な特質を備えていないと言われるのですか。普通の人々がより良い考えを持っているというのですか。

A もし指導者たちが人々の声に耳を傾けるならば、彼らはよりしばしば、より正しくなるでしょう。人々は変わる能力があります。彼らは、世界の指導者の大半(少なくとも目立つ人々)が悲しいことに持っていないように見える寛容さを持つことができます。これが人類にとっての問題です。
これはまた、人類が声を上げる機会でもあります。声を上げてそれを聞かせ、デモをすることです。今日、人類が自分の力を認識することが不可欠です。その力はあまりに長い間世界の政府によって奪われてきました。

Q パワー・バランスが間違っていて、政治家があまりに多くの力を持ち、選挙民に耳を傾けていないということですか。

A 現代生活はあまりに複雑で、あまりに危険で、専門的であり、武器はあまりに危険で、溢れており、人々の大半はそれを政府──知識のある人々──に任せています。なぜ彼らがあなた方よりもよく知っているべきなのでしょうか。なぜ大統領はあなた方が決してしないこと──歓迎されない状況に自らを置くこと──をするのか尋ねてみようと思ったことはないでしょうか。
なぜ世界の人民はただ座して政府が彼らの名の下に戦争をするのを放っているのでしょうか。人民自身は誰に対しても戦争する意図はないにもかかわらず。しかし戦争は起こります。国を率いる指導者たちは彼らが正しいと思うことをしようとします。正しいこととは権力を得ることです。だから彼らは政治家になるのです──権力を得て権力から生じる富を得るためです。富を得ることで権力が生まれ、権力を持つことで富が生じます。この二つは共に働き、過去──過去の仕組みと思考方法──しか見えない特定のタイプの人々にとっては抵抗し難いものです。

読者質問欄

Q 「霊的王国」とか「この惑星で最も高次の王国」とあなたが言われるとき、それは何を意味するのですか。(2001年9月、アムステルダムでの講演)

A それは人間王国のことではありません。大半の人々は私たち人類が進化の梯子のてっぺんにいると考えています。なぜならそれ以上のものが見えないからです。そして見えないものは存在しません、そうではないでしょうか。それが常識ではないでしょうか。私たちの世界は、見えないものは存在しないという虚構の下に進行しています。私たちが見えないから存在しないと考えるものは、それでも完全な活力と光をもって存在しています。存在するだけではなく、この惑星上で目に見える外見をとって戻っています。言い換えれば、最も高次で、この惑星における最も進化した生命の側面である霊的王国は、人間王国の上位にあり、かつてそのメンバーたちが通常の男女として暮らしていた世界──日常世界──に帰還しつつあります。彼らは私たちの目に見えるようになり、次第に私たちすべてに知られるようになり、人類を現在の水準よりも高く引き上げる用意があり、人類王国のメンバーをますます霊的王国に入らせるための準備をしています。
想像の中で、人々がこのことを考えるとき、彼らは霊的王国を何か漠然とした、アストラル的な、目に見えない星雲状の「固形でない」王国と見なし、死んだときに接触する世界だと考えます。あるいは霊媒を通して接触する世界などと考えます。それが一般的な考えです。実際は全く違います。霊的王国はこの惑星で最も進化した人々からなり、固体の肉体を持ち、ハートに神への愛を持ち、あらゆる時代の叡智を備え、剃刀のように鋭い知性を持ち、人類の問題を知り、実用的で、私たちが現在直面している恐ろしい問題について人類を援助しようと願っています。曖昧模糊としたものではなく、固形で効率的なものであり、実際この惑星で唯一真に効果的な王国です。人類に助言し、教え、問題を抜け出す道を示すことができます。この王国は存在するだけではなく、いまや日常生活の外的な物質界に顕現しつつあります。私たちは皆そのことを知るでしょう。私たちは見て、それゆえに信じるでしょう。

Q なぜマイトレーヤと覚者方は現代世界に戻ろうと決めたのですか。

A すべての覚者方の師であるマイトレーヤ、偉大なる存在(覚者方は彼を偉大なる主と呼びます)と覚者方は、ある時点で日常世界に戻り、個人としての人生経験を再び行い、今回はグループとして行わなければならないことを知っていました。それは彼らの進化の次のステップです。比較的最近まで彼らは、戻ることができるのは1,200年から1,300年後のことだと考えていました。しかし、1945年6月にマイトレーヤは、人類がその自由意志で「家を整える」最初の一歩を踏み出せば、彼自身が日常世界に戻り、今回は一人ではなく、一緒に覚者方の3分の2も戻って来ると宣言されました。

Q なぜテロリズムがあるのですか。

A アメリカとヨーロッパ、一般に世界の開発国は、正しい質問をしません。彼らは「なぜテロリズムがあるのか」とは尋ねません。テロリズムは症状です。それは、世界の3分の1がすべてを持ち、残りの世界がほとんど何も持っていないという世界の不正義の症状です。それはまるで、あなたが食べる食料のすべてが身体の片側だけに行き、他の半分が飢えているようなものです。それは片側が肥大して他の側が死んでいる妖怪のように見えるでしょう。それが、私たちが世界に対してしていることです。私たちは妖怪を生み出しており、その結果がテロリズムです。テロリズムにはここに述べた以外の原因もありますが、大きな原因は不正義であり、生活水準の格差であり、開発国と途上国の間の考え方と生活と世界観の違いです。
もちろん私はテロを支援したり好んだりしているわけではありません。私はそれを嫌っています。しかし、それは世界の政治の無秩序の症状です。私たちは世界を再建しなければなりません。私たちが学ぶべき最も大切なことは、平和の裡に生きる方法です。そのためには世界に正義を生み出す必要があります。すべての人々にとっての正義がなければ平和は存在しないでしょう。正義を得るためには世界資源を分かち合う必要があります。
私の言うことが気に入らないのなら、あなたはマイトレーヤの言うことも気に入らないでしょう。しかし、彼はあなたに考えさせるでしょう。私があなたに考えさせたとしてもあまり重要ではありませんが、マイトレーヤが話をされるとき、あなたが彼の言うことについて考えるのは重要です。彼は、すべての人が「自分の考えに従う」機会が与えられるだろうと言われます。

Q 私たちが考えるやり方が問題の一部なのでしょうか。

A 私は彼の政治的、経済的、社会的関心事についてだけ話してきました。それが彼らの主な優先的な関心事です。それらは最も重要です。なぜなら私たちは霊的危機を経験しており、それは政治経済分野において集中しており、それらの分野においてのみ解決可能だからです。なぜ重要なのでしょうか。なぜなら危機は、自分が誰なのかを私たちが知らないことにあるからです。人類は、私たちがなぜここにいるのか、どこから来たのか、以前はどこで生きていたのか、死んだらどこへ行くのかについて何も知りません。私たちは自分自身について何も知りません。もし自分が誰なのかを知らなければ、どうして共に生きる方法を知ることができるでしょうか。どうして平和を生み出す方法を知ることができるでしょうか。私たちは自分が誰であるかを知らないので、私たちがつくる仕組みは、とても豊かな人々と、あまり豊かでない人々と、ほとんど生きていけない人々を生み出すのです。そして私たちはそれを正常だと思っています。私たちの態度は、「そういうものだ、それが市場のフォースというものだ」「それが人生だ」というものです。そしてそれが、私たちが陥っている物質主義の病です。マイトレーヤがここにおられるのは、私たちをもっと霊的な状態に持ち上げ、現実を見ることができるようにするためです。それをするためには、物質主義の道は袋小路であると知る必要があります。それは死に至るだけです。市場のフォースは人類の心臓や器官を捕えました。物質主義に囚われて、ほとんど何もすることができません。人類はヒステリックなほど豊かに、もっと豊かになろうとし、それを止めることができるものはほとんど何もありません。それを止めることができる唯一のものは株式市場の崩壊であり、それが私たちを人生の現実に直面させるでしょう。そして私たちはマイトレーヤに耳を傾けるでしょう。他に行く場所が残されていないとき、智恵の源泉である覚者方に目を向けるでしょう。彼らは私たちの問題に対する答えを持っておられます。

読者質問欄

以下の「代弁者」についての質問は、2013年と2014年にベンジャミン・クレームが答えたものであるが、当時は掲載されなかった。質問者は「代弁者」の特定の体験について述べているが、その人物はベンジャミン・クレームの師によってイエス覚者の代弁者であることが確認されていた。

Q 「代弁者」とは何ですか。その背後にはどんな過程があるのですか。
A 誰かの代わりに話す者です。もし覚者が誰かに何かを知ってほしいとか何かを言いたいと思ったとき、可能ならば自己創造による肉体、マヤヴィルーパによって直接話をされます。そのような形でエネルギーを使うことを望まないときは、ある段階の弟子に頼み──必ずしも彼に密接な者とは限りません──その人物に彼に代わって話をしてもらいます。覚者は情報を出す多くの方法を使われ、後になって正確にどの方法が用いられたのかを言うのはしばしば非常に困難です。

Q「代弁者」は常に「代弁者」であるとは限らないと私は考えています。つまり、あるときには「代弁者」であり、あるときにはアリス・ベイリーやあなたの本を学ぶその人自身であると。それは正しいですか。
A そういうこともあり得ます。それはどの種類の「代弁者」が使われるかによります。覚者により近い場合もあれば遠い場合もあります。私が知っているある場合には、覚者は訪れるグループにとてもよく知られる人を使って、その人自身が話すのですが、時々、直接的あるいは間接的に、ある情報について知らせるように頼まれます。このような弟子の中には秘教の教えにとても詳しい人もいるかもしれませんし、比較的初心者の段階でこの代弁者の役割を初めて演じる人々もいるかもしれません。

Q なぜイエス覚者は代弁者を使うのですか。なぜ彼自身が来ないのですか。
A 彼の時間とエネルギーの節約のためです。平均的なグループ・ワーカーにとって重要な問題のすべてが覚者のエネルギーの多くの消費に値するとは限りません。期待しすぎないようにしなさい!

Q 「代弁者」はかなり進歩した人ですか。それともあらゆる人が「代弁者」になり得ますか。
A 代弁者は覚者によって選ばれます。

Q 「代弁者」は覚者とテレパシー的な接触を持っていますか。
A そうである場合もありますが、常にではありません。

Q 「訪問者」は、イエス覚者が彼を通して語っていることに気づいていますか。
A あなたが考える事例においては、彼は気づいていました。

Q なぜイエス覚者はある時にはご自身で来られ、ある時には弟子が、またある時には「代弁者」が来るのですか。
A 彼がそれを選びます。

Q 何年か前、パトリシア・ピッチョンがマイトレーヤの「代弁者」と話をしました。これらの「代弁者」を比べていただけますか。
A それは非常に異なっています。「側近」と呼ばれたロンドンの人物は、マイトレーヤが知らせたいと思ったことを伝えるために使われました。彼は「代弁者」であると共にマイトレーヤの近しい側近でした。

2013年、ベンジャミン・クレームはアムステルダムとのスカイプ・インタビューで以下の質問に答えた。

Q 「特別な体験」は常に覚者と共にありますか。
A 覚者方は彼ら自身を現すのに幾つかの異なった方法を用います。ご自身で現れる場合には、創造された肉体であるマヤヴィルーパをつくり、男女あるいは子供として、それを通して現れます。
もう一つの方法が代弁者(の男性か女性)を用いることです。マイトレーヤは長年ロンドンにおられますが、決して私たちに直接記事を与えたり予測したり話したりしません。彼は多くの講話をし、私たちがメディアに送った多くの予測を行いますが、それらすべてに彼のために語る代弁者を用いられます。私たちは彼を「側近」、P氏と呼び、彼はマイトレーヤではありません。マイトレーヤが彼を使いました。マイトレーヤは彼に情報を与えて、それを私が掲載できるように私に伝えました。それはパトリシア・ピッチョンに与えられ、それから私に伝えられました。マイトレーヤについて、P氏はパトリシア・ピッチョンに「師はこう言われている」と語りました。幾つかの予測はとても長いものでした。

Q 彼は正確でしたか。
A 予測はとても長いものでした。P氏が彼自身の考えを持っていたことを私は知っていますが、彼は予測を覚えておくように言われていました。彼はロンドンの共同体でマイトレーヤによって開かれている会合に行って、「側近」になったのです。
今では、「側近」は何人もいます。X氏(特定の知られた代弁者)はイエス覚者の代弁者です。彼は初心者ですが、ロンドンのP氏はとても経験を積み、マイトレーヤによって与えられた情報を伝えるに際して、60%は正確で、40%は彼自身の考えです。私の仕事は、本物と偽物を見分けること、つまりP氏から来ているものとマイトレーヤから与えられたものを分離することです。私はそれを私の師である覚者と共に行い、彼はどれが実際に言われたことでマイトレーヤによって与えられたものかを示してくださいます。それで結局、およそ60%は正確でした。ちなみに、60%というのはかなり良好です。
イエス覚者はこのような代弁者を多くお持ちです。X氏だけではありません。他の代弁者との違いは、X氏はわずか25%しか正確ではないということです。つまり彼の言うことの75%は不正確でした。彼は初心者にすぎません。25%というのは良好とは言えません。しかし、彼の言うことはあまり重要な情報ではありません。それはシェア・インターナショナルのためのもの(つまり掲載されるためのもの)ではありませんでした。それは重要なものとは考えられていませんでした。X氏はベストを尽くしましたが、4分の1しか正確ではありませんでした。それは、グループやグループのメンバーが援助を必要としているときにはいつでも援助があることを示すための表敬訪問でした。

 

 

 

読者質問欄

「世界中のあらゆる講演において、ベンジャミン・クレームは広大な範囲の領域に及ぶ大量の質問を受けました。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したいと思います。そのいずれもこれまでシェア・インターナショナル誌に未掲載のものです」

Q どうすれば兄弟たちの窮乏を自分自身のこととしてとらえることができますか。(2009年8月、サンフランシスコでの講演会)
A 分かち合うことを学び、分かち合いを提唱しなさい。あなたに可能な限り、あるいはそれより少し多く、世界の最も貧しい国々の兄弟たちを援助するための機関にお金を与えなさい。彼らは私たちが大量に食べて肥満している一方で飢え死にしているのです。
実際に行動しなさい。霊的な使命においては実用的でなければなりません。霊性とは実践するものです。マイトレーヤは宗教教師として来られるのではありません。彼は宗教には反対しませんが、宗教とは梯子のようなものであると言われます。それは屋根に上る助けにはなるが、いったん屋根に上れば、梯子は必要なくなります。あなたはそれを捨てて誰かに与えることができます。

Q マイトレーヤが新しい宗教をつくらないのだとすれば、彼は何をするのですか。
A マイトレーヤは新しい宗教をつくるために来られるのではありません。彼は私たちを神に近づくための別の方法へと導くために来られます。神の存在を知り、私たちが神であることを知り、神を崇拝するよりも神を呼び起こすための方法です。崇拝は過去のものです。
神はすべてのものの内に存在し、あなたが考える至るところに存在します。さらに、私たちの内にも存在します。宇宙のいかなる原子も他の原子と分離しては存在しません。私たちは完全に統合された宇宙、統合された原子の中に生きており、それはエネルギーです。顕現する宇宙全体の中にはエネルギー以外のものは存在しません。そのエネルギーは神的なものです。それは、愛、力、目的、知性などのあらゆる神的な特質を持っています。これらの神的なエネルギーが人類の上に作用するにつれて私たちは変化します。それが今起こっていることです。

Q アクエリアスのエネルギーとその影響についてもっと説明していただけますか。
A アクエリアスの時代には、アクエリアスのエネルギーが私たちを結びつけて統合するでしょう。それは統合のエネルギーです。それらは個人を通しては働かず、グループを通してのみ働きます。ですから、そのように試みている人もいますが、あなたは完全に個人的なやり方でアクエリアスの方法で働くことはできません。それは不可能です。アクエリアスのエネルギーは個人を通しては働きません。グループを通して働き、統合を生み出します。

Q 個人を犠牲にしての統合とはどういう意味ですか。
A 次の2500年、アクエリアスの時代の間に、私たちはあの和合、多様性の中の和合を生み出すでしょう。それは統合です。統合とはすべて同じであることではありません。異なるものすべてが一つになることです。私たちは皆個人です。すべての国家は個別に異なった特性、特質、光線構造、エネルギーの流れを持っています。それらは世界の中で異なった役割を持っています。
同時に、アクエリアスのエネルギーを通して、すべての違いが統合され、競争なしに共に働くようになるでしょう。競争は生命に反するものです。それは商業主義、市場のフォースに関係しています。それは競争のフォースです。しかし、人生とは協力であり、それが和合をもたらします。その和合は多様性の中から和合をつくり出すことの結果であり、多様性の中から統合を生み出すことの結果です。そうして世界の豊かな織物がつくられます。

Q これらのエネルギーは国際政治にも影響を与えますか。
A 他の国々が自分と同じようであることを求める国があります。彼らの態度は、自国と同じでなければ悪であるというものです。他の国々は同じようでなければならず、そうでなければ罰が下され、戦争が起きます。これは真理のこじつけです。人類は同じではありません。私たちは同じものを必要としますが、私たちは異なっています。異なった特質、果たすべき異なった役割があります。異なる集団、異なる国家、異なる人種は人類に与えるべき異なったものを持っています。そのすべてが必要です。それは巨大な大計画であり、有機的に、協力と正義と正しい関係と共に起こります。それが私たちがつくり出さなければならないものです。それ以外のことを唱える人々は幻想とグラマーに満ちています。

Q ソクラテスがギリシャで最も賢明な人物だったのは、彼が自分が賢明であると知らなかったからです。しかし、智恵の覚者方と呼ばれる存在は智恵の権威であると主張しています。ここに矛盾はありませんか。(2008年、サンフランシスコでの講演会)
A いいえ。矛盾はありません。なぜなら賢明であると主張した覚者は決しておらず、マイトレーヤも賢明であるとは主張されないからです。私は彼が賢明であると言えます。彼らは智恵の大師方です。それは彼らがブッディ界(聖なる直観の界)のレベルで働くことができる能力のための言葉です。それはすべての覚者方が働くレベルであり、それが神性の愛と智恵をもたらします。本当の意味はそういうことです。
彼らは賢明であり、彼らを見れば信じられないほど賢明であることが分かるでしょう。彼らは自らを智恵の権威であるとは呼ばないので、彼らになぜそうするのかと尋ねることはできません。彼らは決してそうしませんし、これからもしないでしょう。マイトレーヤもそうです。マイトレーヤは単純な男であり、信じられないかもしれませんが、自己の感覚を持ちません。覚者方もそうです。マイトレーヤはすべての覚者方の師であり、異常なまでに単純で謙虚な方です。これほど謙虚でありながら、その知識と智恵と愛が広大な人物はいませんでした。それでいて素朴で謙虚なのです。
彼は言われます。「私を追いかけてはならない。私を追いかけるならば、あなたは私を見失うだろう。」彼が「私を追いかけるならば」と言われるのは、彼の後を追いかけ、彼をキリストでありイマム・マーディでありマイトレーヤ仏であるなどと主張して自分のポケットに入れようとすることです。彼は全人類のための存在です。あなたがそうするならば彼を見失うでしょう。それが実際に起こっているのを私は知っています。

 

 

読者質問欄

Q マイトレーヤが知られるとき、何の愛も感じられない人々に対して、信じる人々にとってはどのような未来になるのでしょうか。(サンフランシスコでの講演、2005年8月)

A 同じであり、それ以上でしょう。世界は変わりますが、マイトレーヤがそれを行うのではありません。あなたがそれを行うのです。私たち皆がそれを行うのです。人類がそれを行うのです。マイトレーヤはずっと以前に言われました。「人間の手によって、人間の足によって、新しい世界はつくられ、時代の寺院は建てられるだろう」。「時代の寺院」とは正しい仕組みのことです。政治、経済、宗教、社会、科学などの。これらが未来の道です。そしてそれらは人々によってつくられるでしょう。※

 

Q マイトレーヤの臨在によって、私たちの生活はどう変わるでしょうか。

A 彼は時代の終わりのアバターとして新しい時代への道を開くために来られ、新しい時代のエネルギーを解放し、私たちを新しい時代へと導きます。それは、彼が言われるところの「誰も窮乏することなく、同じ日が二度と繰り返されることがない」(マイトレーヤのメッセージ 第3信)新しい時代です。

想像できますか。同じ日が二度と繰り返されることがないのです。私は、それを知って、「いや、それには耐えられない。毎日違うことをしなければならないなんて」と思う人々を知っています。まあ残念ながら、すべての人を喜ばせることはできません。

同じ日が二度と繰り返されないとき、すべては創造的で興味深く、すべてが新しくなり、あなた方はその創造性に関わります。どの日も同じようには感じられず、同じようには見えません。あなたはこんな風には思わないでしょう。「今日は何をしようか? 私は昨日あれをしたしその前の日はあれをした。仕事に行かないといけないし、それは同じことの繰り返しで、去年と同じことだ」。それが人類を殺しているものであり、単調な骨折り仕事が、人間をオフィスを運営する機械に変え、世界の企業を経営し、大企業のために金を稼ぐ機械に変えるのです。そのためにすべてが行われています。人々が単調な仕事を好んでいるからではありません。ただ生計を得るために行っているのです。

 

Q では、どうやってその「単調な仕事」から抜け出せばいいのですか。

A それは全く間違って組織されており、覚者方は答えをお持ちです。分かち合いが正義を生み出し、正義が平和を生み出し、その平和の中で私たちは国と国との関係、人と産業との関係のために働き、余暇の必要性を知ることができます。人生とは何かを体験するための余暇です。

 

Q その意味は何ですか。より多くの余暇と転生――その目的は何ですか。

A 私たちは物質を霊化するためにここにいます。それが私たちの役割であり、まず私たち自身の肉体の霊化を通してそれを行います。何度も何度も転生する中で、私たちは魂のエネルギーを引き付けます。それは光です。それはこのエネルギーをつくるものです。それを見れば光と呼びます。見なければそれを何と呼んでよいか分かりません。その光は原子的ですが、その光よりも高次の光があります。亜原子の光があり、人体を完成された覚者の身体に変えるのはそれです。転生するにつれて私たちはますます多くの亜原子の光を身体の中に引き付けます。それで私たちの身体は微妙に変化します。他の人々には同じに見えますが、微妙に変化しています。

レオナルド・ダヴィンチやイエスのような第四段階のイニシエートになるまでに、肉体は普通に見えても、実際にはその4分の3は光で、4分の1だけが実際の物質的素材です。第五イニシエーションは、復活と呼ばれます。聖書の物語は、この復活についてのものです。物質的な身体が覚者の身体に復活し、それは壊すことのできない身体です。死は克服され、その身体の中で自己の本性を知ります。あなたはあなたであるものです。あなたはあなたであるもの――すなわち神の息子として振る舞います。この部屋にいるすべての人が神の息子です。イエスだけが神の子なのではありません。誰もが例外なく神の息子です。私たちとイエスの唯一の違いは、彼は私たちよりも前に始め、私たちよりもずっと先に行っているということだけです。しかし、いつか、誰もが意識的に神の子となる日が来るでしょう。私たちは自分が誰かを知りませんが、実際には私たち自身なのです。覚者方は彼らの本性を知り、それを表現することができます。それが違いです。

 

※ 新しい時代の建設

ベンジャミン・クレームはマイトレーヤがずっと以前にこう述べたと引用している。「人間の手によって、人間の足によって、新しい世界はつくられ、時代の寺院は建てられるだろう」

次の引用文は、アグニ・ヨガの教えである『モリヤの庭の葉㈵(召命)』からのものであるが、これは実際にはマイトレーヤによって与えられたものである。「あなた自身の手によって未来の力は築かれるだろう」。そして「私たちによって、そしてあなた方によって、共に、霊的文化は築かれるだろう」。

『モリヤの庭の葉㈼(啓明)』:

「夜の行進の間に、道案内が道に迷った。しばらくすると、月光あふれる砂を見つめながら、土手に腰掛けておられるキリストを私は見つけた。私はキリストに言った。『私たちは道に迷ってしまいました。星の指図を待たねばなりません』

『ロスル・モリヤよ、全世界が私たちを待っているというのに、道に迷ったくらい何だというのか?』

それから、竹の杖をとり、自分の足あとのまわりに四角を書かれた。そして言われた。『まことに人間の足で』

それから手のひらのあとをつけ、それもまた四角で囲み、『まことに、人間の手で』

四角と四角の間に弧状のものをのせた柱のようなものを書かれた。そして言われた。『おお、アウムは何と人間の意識に浸透することか! ここに私はめしべとその上に弧状のものを描き、四つの方向に土台を置いた。私が用意しためしべが花開く寺院が、人類の足と手によって建てられる時には、建設者たちに我が道を通って行かせよう。道は私たちの前にあるのに、なぜ、道の示されるのを待たねばならないのか?』

それから立ち上がりながら、画を杖で全部消された」

(アグニ・ヨガ協会、1923、1924)

ベンジャミン・クレームも同様の言及を行っている(2001年の研修会基調講話『和合』)。「ずいぶん前に、アグニ・ヨガの教えの最初の本で、マイトレーヤはこう述べました。『人間の手によって、人間の足によって、新しい時代は築かれねばならない』。一つ一つの石が、一つ一つの煉瓦が、一歩一歩が、人間自身によってつくられねばなりません」

そしてキリスト・マイトレーヤからのメッセージの中で、マトレーヤご自身が人類の未来の仕事のこの側面について述べている。「わたしの到来はこの世を変換させる。しかし復興の主な仕事は、あなたがたによってなされねばならない。わたしは、計画の設計者にすぎない。わが友よ、兄弟たちよ、あなたがたが、輝ける真理の宮殿を喜んで築く者たちである」

(メッセージ第65信、1979年3月13日)