カテゴリー別アーカイブ: 編集長への手紙

編集長への手紙

 本号に掲載された手紙は、最近起きた出会いについて述べられており、したがってベンジャミン・クレームの師によって確認されていない。手紙の書き手たち自身の直観的反応に加えて、そのような体験を熟知していることから生まれる確信が、こうした出会いは個人的に、また一般的にも重要で意義があると判断できる自信を与えるのである。
 個人に関連していると特定されるような手紙もあれば、すべての人々に希望や鼓舞をもたらすことでそれ自体が語るものもある。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

マイトレーヤ以外に誰が

編集長殿
 2020年3月13日、私は親しい友人とその人の自宅で会話していました。私たちはこの時期の、コロナや株式市場、難民や生態系についての、多くの出来事について話をしていました。私たちは競争と利己性から協力と分かち合いへの、世界的規模の変化が今必要だとはっきりわかったのです。
 会話の中のある時に私が、「こうした全部の出来事を通して、マイトレーヤは活気づけて……」と言いかけました。私はちょうどマイトレーヤのとてつもないエネルギーや、統合の大聖と仏陀によってオーバーシャドウされていることを話そうとしていたのです。けれども『活気づけて』という言葉を言うのがせいぜいでした。即座に友人は息をはずませて、ほぼ同時に私もそれに続きました。数分間話せなくなってしまったのは、非常に強力なエネルギーのうねりを私たちが分かち合っていたからでしたが、マイトレーヤが応えてくださったことがわかり過ぎるほどで、他に誰がこのようなことをこれほど強力に行えるでしょうか。
 それはまるでマイトレーヤが私たちに、「その通り、私はこのことの直中にいる、そしてまさしく人類を正しい行動へと活気づけている」ことを明らかに示されたように感じました。それは全く思いがけない応答でした。彼の存在と助けがこの緊急の時にあるという徴によって、私たちは大変勇気づけられました。
匿名希望
オランダ

人類は目覚める

編集長殿
 2020年4月3日の金曜日の午後早く、室内ベランダでの午後の昼寝の最中に、突然物音(私の携帯へのショートメールのメッセージ受信の音)が聞こえました。
 私は起き上がり、目を開けました。居間とベランダの間にある窓に、ナイロビのマイトレーヤのような格好の人物のシルエットが見えて、彼の腕は「イエス・キリストの聖心」の彫刻か絵画にあるように伸ばされていました。
 それは長く続きませんでした。信じられないような思いだった他には、何も覚えていないのです。その人物はマイトレーヤだったと思います。
テレーズ・デリッサン
ベルギー、ナミュール州ジャンベス

助けはすぐに

編集長殿
 グループメンバーのティリーと私は度々、キリストの再臨についての広報用印刷物を通りで配っています。けれどもティリーは、次第に腰にひどい痛みを覚えるようになりました。彼女は医師の所へ行き、腰の手術が必要だと言われました。彼女はチラシ配りもほとんどできなくなりました。それで最初彼女は理学療法を受けて、その後再びチラシ配りに参加しました。療法は痛みを和らげましたが、ほんのしばらくの間だけだったので、私はマイトレーヤの『手』を使って助けをお願いするようアドバイスしました。けれども彼女はマイトレーヤを煩わせたくありませんでした。
 数日後、彼女から電話があって「結局マイトレーヤに助けをお願いしたら、奇跡が起こった」と言ってきました。「何でもできるわ。階段の上り下りも、お使いに行くことや歩くことも、自転車に乗ることも。広報のチラシを配るためにまた一緒に出かけられるわ」
 (マイトレーヤからの)助けを得て以来、彼女はどこにでも出かけています。しかも彼女はとても早いのです! 彼女はもはや理学療法士の所へ行く必要がありません。
ティリー・スリイケルマン、カタリーナ・ニイマン
オランダ、ベルゲン

集中してやり続けなさい

編集長殿
 2020年3月、私はメキシコシティで数日間過ごし、地元の瞑想グループの共働者と一緒に活動してから戻りました。私たちはメキシコシティのダウンタウンでブックフェアにブースを出しました。
 私が町に到着してから最初の夜には、夜遅くにフェアに立ち寄りました。私たち3人のメンバーが少し話をして、現在の出来事について、分かち合いのアイディアや解釈を話し合いました。見たところどこからともなく、アジア人の紳士が現れ、ブースに立ち寄りました。彼は見るからに場違いでした。そのイベントに外国人は多くありませんでしたし、まして彼のようにとてもエレガントな装いの人はいませんでした。彼は仕立ての良い緑色のスーツを着て、ピンを止めていましたが、それが旗のようであり、ベンジャミン・クレーム氏の絵画の一つにも似ていると思いました。彼は60代後半くらいの短い髪で、一人のメンバーがその髪を銀色と紫色と形容していました。「輝いているように見えた」と彼女は翌日語っていました。
 ざっと本を見た後、彼がマイトレーヤとは誰ですかと尋ねてきました。彼はスペイン語を話しにくそうにしていたので、英語の方が良いかどうか尋ねました。彼の訛りがひどかったので、話したことのすべてを完全に理解するのは困難でした。私が彼の質問にできる限り答えると、彼は私の答えを楽しんでいるようでしたが、それと同時に完全には満足していないように見えました。彼は続けて、どうしてわかるのかというような質問をしてきました。どうして確信できるのですか。まるで私にもっと深く掘り下げるよう後押ししているかのようでした。2、3質問した後、彼はアプローチを変えてきて、質問をするのではなく、教え始めました。
 彼は私のよく知らない仏教の伝統に属していたことがあり、マイトレーヤについて知っていると話していました。彼はマイトレーヤの名前を三つの異なったアクセントで発音し、サンスクリット語かあるいはパーリ語かと、私たちが想像するしかできない言葉で、マントラを唱えました。彼は私たちが三つの諸体、あるいは様相を持っていることについて語り、それは肉体と感情、そしてマインドで、マインドが他の二つの上位にあると言いました。彼はマインドには二つの選択肢があり、感情的であるか、理性的であるかで、理性的であることを探し出すようにと言いました。それから彼はベンジャミン・クレーム氏の著書の『伝導瞑想(21世紀のヨガ)』を指差しながら、瞑想について尋ねてきました。前の答えと同様に私の答えには完全に満足していないように見えたので、彼がもう一度会話の主導権を握ると、瞑想はマインドの完全なコントロールであり、完全な集中である(!)と言ったのです。マインドが気を散らさないようにすること、それは簡単ではないが、成し得ることなのです。
 私たちに話をしている間、彼は常にうれしそうな態度のままでした。彼はまるで楽しい時間を過ごしているかのようでした。また彼は鼻の先にメガネをかけていました。彼が私を見る時、彼は頭を下げてメガネの上から見上げるようにして、真っ直ぐ私の目を見ていました。他に彼が言ったことで覚えているのは、「でも覚えていてください、ヒンズー教の伝統では、肉体は幻想なのです」ということです。そして瞑想について話をした後、「忘れないで、アインシュタインが語ったように、すべては相対的なのです」と言いました。
 ここからは個人的なことですが、彼が私にどこから来たのか尋ねてきました。私がサンディエゴから来たと言うと、彼が私に(簡単に言うと)「ああそう、私はサンディエゴをよく知っています。ロサンゼルスとサンバーナーディーノには親戚がいます。新年は一緒に過ごしますよ。TJ(メキシコのティファナ)へ飛行機で飛んで、CBXブリッジ(越国境用の搭乗橋)を渡ります」と言いました。これは個人的に関係していることで、ちょうど1時間前に私がCBXブリッジを渡って、サンディエゴからティファナへ入り、メキシコシティへ飛んできたからなのです。
 彼は私たちに会話のお礼を言ってくれて、このような会話ができることは稀で、楽しかったと言っていました。私たちも彼に対して、言うまでもなく素晴らしい出会いだったことに感謝しました。
 彼が帰ってから、夜の間私たちはその出会いについて話をして過ごし、私たちに集中を維持して、その瞬間に存在し、受け取る結果を気にせずに、やり続けるように言われたようだったということで意見が一致しました。
 私の個人的な解釈は彼のタイミングに関係していますが、私たちが現在と未来の出来事について話していたので、彼が最初の夜に現れたのは、あたかもその後のイベントへの祝福のようだったのです。(彼の緑のスーツの選択については、数日後に大規模な女性のデモ行進が、メキシコシティやその他の地域の通りを埋め尽くし、多くの参加者が緑色のハンカチを連帯の印として身に付けていました)
A.M.
米国、サンディエゴ

編集長への手紙

 本号に掲載された手紙は、最近起きた出会いについて述べられており、したがってベンジャミン・クレームの師によって確認されていない。手紙の書き手たち自身の直観的反応に加えて、そのような体験を熟知していることから生まれる確信が、こうした出会いは個人的に、また一般的にも重要で意義があると判断できる自信を与えるのである。
 個人に関連していると特定されるような手紙もあれば、すべての人々に希望や鼓舞をもたらすことでそれ自体が語るものもある。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

まだここに

編集長殿
 この出来事は2020年2月27日の朝早く、毎土曜日に伝導瞑想をしている私の家の一室で起こりました。毎朝夜明けの陽が差す前に一人で瞑想をするのが好きなのは、陽が昇るのを待ちながら、鳥たちが新たな1日を告げるさえずりのシンフォニーと、共に瞑想する大変に静かな時間だからです。
 陽の光が見えるので、グループで瞑想をする同じ場所で、普通は朝の瞑想をしますが、太陽が目の前の大きな木々の枝の間まで昇ってくると、私は素晴らしい平安を感じ、人々はまだ眠っていて、物音もしないのです。
 その木曜日に、私は少し気持ちが落ち込んでいて、自分の内面に援助を探さなければならないと感じたので、いつもよりもっと深く瞑想していました。スミレの香りがし始めましたが、エーテルの香りがするのは私には普通のことなので、必要以上の注意を払わず、瞑想を続けていました。
 突然、最初の太陽光が目に入り、部屋の中の私から3mの所に差し込んだ時、驚くような荘厳な金色の光の中に、善良そうに微笑むベンジャミン・クレーム氏の顔が浮かんで見えたのです。ここではっきりさせておきたいことは、それは「ビジョン」ではなく、肉体レベルでの三次元の「聖なる出現」だったのです。彼の顔は善良さに満ちていて、博愛というものが溢れていました。それと同時に「私はいなくなっていない、ここにいる」という声が心の中に聞こえ、同時にエネルギーで満たされましたが、それはクレーム氏が存命中で、私たち皆が集中していた(オランダでの)ヨーロッパ研修会の、瞑想の時に感じたエネルギーと同様のものでした。その間スミレの香りが部屋に充満していました。私はそうした柔らかで力強く心地よいエネルギーを体験していたので、動くことができませんでした。目に涙が浮かんできましたが、泣いてはいませんでした。それがどのくらい続いたのかわかりませんが、クレーム氏が消えて、私には深い感動と多くの疑問が残りました。
 翌日、再びスミレの香りがしましたが、おそらくその朝不快な医学治療に直面しなければならないストレスを感じていたためでしょう。今ではこうした瞑想の間、私が自分自身に生涯問い続けてきた数々の質問への明快な答えを受け取っています。
 私は心から慎ましやかな気持ちで、ベンジャミン・クレーム氏に対して聖なる出現によって私を祝福してくださったことに、大いなる感謝を捧げ、私がそれを受けるに値するとは思われないことから、大変驚いているのです。
匿名希望
フランス

迷いと発見

編集長殿
 2016年2月に、突然兄が亡くなり、葬儀で私たちは皆、非常な悲しみとショック状態でした。バンドの仲間のミュージシャンたちが墓地で演奏を行う、熱烈なお葬式を終えて、来客に昼食も出し終えた午後に、私は電車に乗る息子を車で駅まで送りました。そこまで1時間かかったと思いますが、私はすっかり疲れ果てていました。
 帰りの運転中には目を覚ましていられないほどで、突然道に迷ってしまいました。完全に迷子になってしまったので、ガソリンスタンドにいた人に主要道路について尋ねました。暗くなっていて、私は主要道路から遥か彼方の田舎の方へ来てしまい、明かりもなければ、人もおらず、何もありませんでした!
 さらに1時間間違った方角へと運転していくと、完全に疲労困憊して途方に暮れていました。携帯電話に電波が入らず、森や穀物畑が続くだけで、道路脇に車を止めると涙がこぼれました。
 すべてのことが酷すぎたので、私は心の内に覚者方に向かって「もう本当に助けてください!」と言いました。
 夜空を見上げました。星の一つがだんだんと大きくなり、突然消えました。それは私の想像にすぎないと思いました、私の疲れてかわいそうな脳の。再び輝く星が現れ、それが3回続きました。私はびっくりして、星の出現に感謝しながら、戻る道を見つける手助けも得られるかどうか尋ねました。
 ちょうどその時、1台の車が私のすぐ横に止まりました。女性が窓を開けると、「あなたをガソリンスタンドで見かけて(20分ほど前)、あまりにも疲れて打ちひしがれて見えたので、あなたを追いかけてきたのです!」と言いました。ああ何てこと! それから彼女は私にゆっくりと主要道路までついてくるように言って、10分間の運転の後、彼女がお別れの手を振ってくれて、私は幸せな感謝の気持ち一杯で両親の家に戻りました。
ドゥーニャ・ミュラー
ドイツ、レーゲンスブルク

生きる喜び!

編集長殿
 2004年9月に、オランダのケルクラードでのヨーロッパ研修会に向かう途中の、どんよりとした雨の朝、デュッセルドルフの中央鉄道駅で列車を待っていた時、突然二人の若いアフリカ人の女性が階段を上ってきて、その姿でどんよりとした雰囲気を一掃してしまいました。二人共が大変美しく、(外見には)アジア風なところがあり、姉妹のように見えました。年上の方はもの静かで控えめな女性で、長い黒いコートにエレガントなブーツ姿でした。若い方の人は、本当に息をのむほどの美しさで、おそらく18歳くらいで喜びとエネルギーに溢れていました。彼女は短いミニスカートとタイトなデニムジャケットを着ていましたが、彼女は全くスリムではなく、むしろ身の詰まった身体だったので、着こなすには自信の必要な服装でした。けれども彼女にはすべてがぴったりと似合っていました。彼女は子供のように笑いながら前後に動いて踊ったり、(笑みを浮かべる)姉の前で、飛んだり跳ねたりしていました。それにもかかわらず、彼女の振る舞いに厚かましいところは全くなく、陽気で楽しいもので、それより前にはほぼ無関心そうにしていた他の人々が、微笑み始めたことに私は気づきました。
【ベンジャミン・クレームの師は、その『姉』がマイトレーヤで、『妹』がイエス覚者であったことを確認した】

H.ディールクス
ドイツ

編集長への手紙

 本号に掲載された手紙は、最近起きた出会いについて述べられており、したがってベンジャミン・クレームの師によって確認されていない。手紙の書き手たち自身の直観的反応に加えて、そのような体験を熟知していることから生まれる確信が、こうした出会いは個人的に、また一般的にも重要で意義があると判断できる自信を与えるのである。
 個人に関連していると特定されるような手紙もあれば、すべての人々に希望や鼓舞をもたらすことでそれ自体が語るものもある。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

個人的訪問

編集長殿
 1982年にキリスト・マイトレーヤがご自身の『霊的体』に輝く白いローブをまとって私の家に現れられて、再び1987年にも、私がハンプシャーのホワイト・イーグル・ロッジを訪れた時、イエス・キリストが洋服を着た『肉体』を持ってその場におられました。
 1990年代後半に私がサイキック・ニュース誌を購入すると、そこに世界教師についての広告が出ていました。その広告を見たのは初めてのことで、その人は私に現れたのと同じ人物でした。その人についてのチラシを配ったのですが、地元で様々なトラブルになりました。トニー・ブレア首相にも世界教師について、また住宅、教育、保健や社会正義についても手紙を書きました。持久戦ですっかり神経が消耗してしまいましたが、世界教師がすべての人々のためのより良い世界に向けた使命を、間もなく開始されることを期待しています。世界教師と皆さんのご多幸をお祈りします。
リリアン・ラング
英国、チェシャー
【ベンジャミン・クレームの師は、『白いローブ姿の男性』がマイトレーヤで、『イエス・キリスト』がイエス覚者であったことを確認した】

船上の出会い

編集長殿
 2003年にフクファンホラント(オランダ)からハリッジ(英国)までのフェリーに乗っていて、自分と友人たちの席を探していました。大変混み合っていたので、明らかに一人旅をしている若い男性との相席になるテーブル席しかありませんでした。私は彼に相席で構わないかどうか尋ねてから、腰を下ろしました。
 私はその若い男性から目を離すことができませんでした。私には同じ年頃の息子がいますが、彼と以前に会ったことがあるかどうかを考え続けていて、船旅の間中ずっと、彼の姿を探している自分がいたのです。彼は多くの様々な人たちに話しかけていて、私たちがデッキから降りて車へ向かっていた時、私は彼の方を再び見て微笑むと、彼が微笑み返してくれて、その様子は私が自分の子供たち(私は里親です)に対してするような、ただ子供たちを気にかけて、大切に思っていることを知らせる仕草で、肩をすくめてにっこりとするというやり方でした。
 私は実際にはそのことについてあまり考えていませんでしたが、出会って目が離せなかった、その男性のことを娘に話していたら、彼女が即座にそれは覚者のお一人かもしれないと言ったのです。大変恐縮ですが、娘が正しいのかどうか教えていただけますでしょうか。もしそうなら、彼はママが『可愛がる男の子』としての役割を大いに楽しまれたように思います。
パット・フォレスター
英国、コルチェスター
【ベンジャミン・クレームの師は、その『若い男性』がイエス覚者であったことを確認した】

知らないまま

編集長殿
 2019年にスピリチュアル・フェアでの1日の活動を終えて、ちょうど片付け始めたところに、一人の女性がやって来て、私たちのブースのポスターのうちの1枚の前に立ちました。彼女はマイトレーヤの出現に関係のある、徴や奇跡の写真を吟味しているようだったので、私が彼女に近づいて、何か特に目を引いたものがあるか尋ねました。彼女はすぐに、「徴を求める者は、それを見つけるであろう。しかし、わたしの顕れ方は、もっと単純である」という引用文を指差しました。彼女はそれを大きな声で読み上げて、「これはどういう意味ですか?」と尋ねてきました。私は気落ちしてしまいました。まさにその日の朝、もし聞かれたら、どう答えたら良いのか自問してきたもので、いまだに答えは出ていないことを、彼女に伝えました。
 彼女は少しイライラとした様子で、私たちのテーブルへ移動していき、資料に向かって腕を広げて、「あら、わかりません。わかりません。何もわかりません。顕れ? どういう意味ですか? 奇術や錯覚がどこにでもたくさんあります。わかりません。わかりません」と言いました。
 彼女の注意を引く方法を何とか見つけようとして、彼女が仏教徒か尋ねました(そのような格好をしていると思いました)。「いいえ! 違います」と彼女はきっぱりと答えました。それから彼女はさらに「顕れ。顕れ。わかりません」と繰り返して、テーブルの反対側に展示してあった『いのちの水を運ぶ者』の本をさっと手に取りました。それを開くと、「ほらここに! 見て! 顕れ!」と勝ち誇って叫びました。それから彼女はまるですべての答えでもあるかのように、メッセージ第83信の終わりの文章を読み上げましたが、その時には私は要点が全くつかめませんでした。彼女は他の箇所を読み上げた時も、彼女の言っていることが理解できませんでした。彼女の熱意と確信のある様子がかえって障害になっていたようでした。けれども彼女が本の他の部分を眺め始めた時、私が納得できる、マイトレーヤの顕れ方についての質問への答えが、突然頭に浮かんだのです! どうしてそうなったかはわかりませんが、『愛』という言葉がパラパラとめくられるページから、飛び出してきたように見えたのです。私はとてもホッとしました。
 それからその訪問者はブースの他の所を見回り始め、ポスターに書かれた様々な引用文を、私にも聞き取れず、まして一緒に読んだりできないほどの速さで読み上げていました。彼女の言う『わかりません』の合間に、読み上げたすべての文章は、まるで言葉が『顕れ』の何か素晴らしい点を、証明するかのような権威の同じ雰囲気を持っていました。けれども私には効果はありませんでした。
 このことで圧倒されるような混乱した気持ちになりました。まるで私が訪問者で、提示された幅広い分野の資料から、一つの単純なつながりを何とか見つけ出そうと苦労している人のようでした。
 その女性は私を連れて、少なくとも20分間はブースにいましたが、それは知らないということの旅をしていたかのようでした。状況が変わったのは、彼女が帰ろうとしていて、彼女が私たちは皆もっと笑うべきだと言った時でした。私たちは心から賛同し、「何よりも、私たちが自分たち自身を笑う(冷静な目で見るの意)必要がありますね」と言いました。彼女はそれに本当にとても賛成だと言い、いきなり爆笑して、お別れの手を振ってくれました。
匿名希望

編集長への手紙

 本号に掲載された手紙は、最近起きた出会いについて述べられており、したがってベンジャミン・クレームの師によって確認されていない。手紙の書き手たち自身の直観的反応に加えて、そのような体験を熟知していることから生まれる確信が、こうした出会いは個人的に、また一般的にも重要で意義があると判断できる自信を与えるのである。
 個人に関連していると特定されるような手紙もあれば、すべての人々に希望や鼓舞をもたらすことでそれ自体が語るものもある。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

増え続ける私たちへの祝福

編集長殿
 2019年12月8日の日曜日、オランダのグループは『全国の日』を開催し、少なくとも理論上は国中からグループメンバーが参加しました。アムステルダムのインフォメーションセンターを会場にして、ベンジャミン・クレーム氏との初期の研修会からのビデオ(オランダでの1988年の『グラマーの性質』についての年代物のビデオ)を見たり、『霊的エクササイズ』や祝福に参加したりする機会を提供しました。『エクササイズ』というのは「恐怖心の克服」についての研修会のビデオから私たちが抜き出した短い映像で、クレーム氏がグループに新しい時代の祈りを唱えることを指導し、自分たち自身に「私は誰か?」という問いを尋ねることを伝えている内容です。
 『エクササイズ』と私たち皆が体験した強力な祝福の直後に、立ち上がってセンターの正面のドア近くで照明を再び点けようと振り返えると、そこに彼が再びおりました──少なくとも7年間センターを訪問し続けている、(クレーム氏の師によって確認された)大変馴染みのあるイエス覚者の代弁者です。私たちは覚者方からのこの『贈り物』に感謝して、それももう一つの祝福のように感じていました。彼は最近11月4日にだけ現れていました(2020年1月号の「二人でも三人でも集まる所には……」の手紙を参照)。
 その日はグループワークへ輝かしい貢献をし、多くに愛され尊敬されていたメンバーへのお祝いとお別れの日でもあったので、私たちはとても幸福で、それでいてほろ苦いパーティーによって、その行事と一年を締めくくったのです。
グループメンバー
オランダ

励まし

編集長殿
 2019年11月18日の月曜日に、私は電話で、グループの将来について疑問を持っているメンバーと話し合いをしていました。私はこの話し合いにとてもショックを受けました。電話を切ってから長椅子に座っていた時、私の頭に圧倒されるようなエネルギーの波が来るのを感じました。それは30分以上続き、あまりに強烈だったので動くことができませんでした。
 その後、それは活動を続けていくようにという励ましであり、覚者方からの「我々はここにいる」という明確な合図であったとわかったのです。
匿名希望
フランス

バラの祝福

編集長殿
 2019年9月21日、ロンドンのフレンズハウスでのパトリシア・ピッチョンさんの講演で、メンバーが部屋に飾るために、マイトレーヤの色である美しく深いローズピンクのバラを持ってきました。彼女はその特別な色にこだわって探して、ついに花屋の角にあるのを見つけました。その日早くに彼女は和合への徴を祈っていたのです。
 パトリシアさんの講演は『生きた体験としてのマイトレーヤの教え』についてで、とりわけ神聖な愛に強調が置かれていて、マイトレーヤの出現を知らせるベンジャミン・クレーム氏の活動の初期の頃に、マイトレーヤを探した彼女の体験に聴衆はくぎ付けになりました。
 彼女の講演を聞いていた時、メンバーが演壇に置いた小さな花瓶の中のバラに私は魅了されて、まるで金色の光で輝いているように見えたのです。後になって別のメンバーがバラの周りに見えたオーラが、あまりにきれいだったと言っていたのが聞こえてきました。彼女は花瓶と花の周りにも内側にも、非常にはっきりとした輝く金色の光があったと表現していました。光があまりにも輝いていたので長く見つめることができなかったとも言っていました。私はすぐに私自身もそれを見ていたとわかりました。私たちが書き留めたメモを比べると、私たちは別々に同じものを目撃したとわかってワクワクしました。
 その日一日中が大盛況で、私たちは皆、マイトレーヤご自身がその存在によって祝福してくださったと感じていました。
アイディナ・ル・ゲイト
英国、ロンドン

編集長への手紙

 本号に掲載された手紙には、最近起きた出会いについて述べられたものがあり、したがってベンジャミン・クレームの師によって確認されていない。手紙の書き手たち自身の直観的反応に加えて、そのような体験を熟知していることから生まれる確信が、こうした出会いは個人的に、また一般的にも重要で意義があると判断できる自信を与えるのである。
 個人に関連していると特定されるような手紙もあれば、すべての人々に希望や鼓舞をもたらすことでそれ自体が語るものもある。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

スペシャルな旅路

編集長殿
 数年前の2月に(手紙は2004年に書かれた)、私が伝導瞑想から帰宅していた時のことでした。家までは長い道のりで、最終列車に乗るのに間に合いました。伝導瞑想の後は大抵少しお腹が空くので、かじるための生の人参を買っていました。ロンドンの地下鉄駅構内はガランとしていて、ボリボリと噛む音の一つひとつが地下道の中で反響するように思えました。私がもう一本人参を取り出し、バックス・バニー(アニメのウサギのキャラクター)が食べるように大きな音を立ててかじっていた時、おしゃれでつややかな黒い男性用の靴が私の前へ歩いてくるのが見えたのです! その靴の人物がベンチの私の横に腰を下ろすと、辺り一面の波動のレベルが変わったのがわかりました。私は膝に広げたシェア・インターナショナル誌の、プッタパルティでのサイババの活動についての記事に集中しました。話し方の上品な英語の声が私の集中を中断させ、私がサイババの信奉者かどうか尋ねられたのは、私の読んでいたものがどうしても気になったためでしょう。顔を上げると、エレガントな装いの60歳くらいのアジア人の男性がいて、いぶかしげなアーモンド形の茶色の瞳に、グレーの短い髪に口ひげと短いあごひげの人でした。私が答える前に列車がごう音を立てて駅に入ってきました。彼も列車に乗るために立ち上がり、礼儀正しく私を車内までエスコートして、私との会話を続けたいと言いました。
 その紳士は私を席に案内してくれて、雑誌を指差しながら私がサイババの信奉者なのか尋ねてきました。私は首を横に振って、不朽の知恵の教えを模範としていることを伝えました。彼がそうした教えのことを聞いたことがないと言ったので、ブラヴァツキー夫人がそれを西洋世界にもたらし、神智学協会を設立して、こうした古代のインドの教えが西洋人にも伝わったという経緯について説明しました。彼はブラヴァツキー夫人やアリス・ベイリーのことは聞いたことがあり、ベンジャミン・クレーム氏についての話に興味を持っていました。彼はブラーマや真理について、私には聞き慣れない他のインドの教えの言葉について話してくれて、それから突然一瞬強烈な眼差しを向けてから、私が模範とする最も良い教えはクリシュナムルティの教えだと言いました。あまりにもすぐに私の降りる駅に到着してしまい、私は帰らなければなりませんでした。この魅力的な教師と別れるのが残念だったので、彼の手を握り、彼の配慮と親切にお礼を言いました。この教師はマイトレーヤでしたか。
スザンヌ・フィリップス
英国、ウェストサセックス州
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した】

歩く喜び

編集長殿
 2004年3月31日に、私が車で娘を学校に送っていた時、60歳くらいの男性が私の家のそばの丘を早足で下りていくのを見かけました。彼は七分丈の革のジャケットに、カラフルなスカーフと帽子を被っていました。私は心の中で、運動をしている男性にしては服装の選択が風変わりだと思いました。
 娘を学校で降ろしてから、私は職場に向かいましたが、学校から800mの所でした。駐車場に到着すると、同じ男性を再び見かけたので大変驚き、私は車で来て彼は歩いていたのに、私よりも先に駐車場にやって来るほど、どうやって早く歩くことできたのかと思いました。私が駐車すると、突然彼がそこにいて私と隣り合って歩いていたのです。普通はハローと言う以外に見知らぬ人に話しかけたりしませんが、どうしても彼と会話をしたくなっていました。
 私が「遠くから歩いて来られましたよね?」と言いました。
 彼は「私は毎日3km歩いています。歩くことは健康やガンの予防に良いのです」と答えました。
 私は彼がプラーナについて話をしていると思ったのですが、私たちのグループで前の晩に勉強していたことだったのです。私は「そうですね、歩くのはどんなことにも良いですね」と言いました。彼は私と一緒に、私の職場の公立図書館の建物の裏口のドアまで歩いてきました。私は「良い一日と良い散歩を」と言いました。すべては全く普通に思えていたのは、私が図書館に足を踏み入れるまでのことでした。思いやりや愛、喜びのすさまじいエネルギーが私に注がれるのを感じたのです。突然目に涙が浮かび、その一瞬で彼が主マイトレーヤだとわかりました。
 この出会いが真にマイトレーヤとのものであったかどうか確認していただけますか。
レイ・ギマレンイス
米国、ウィスコンシン州バラブー
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性が実際にマイトレーヤであったことを確認した】

二人でも三人でも集まる所には……

編集長殿
 2019年11月3日にメンバーの一人がアムステルダムのインフォメーションセンターで講演を行い、かなりたくさんのメンバーたちが参加して、興味深く鼓舞される話し合いに発展しました。翌日、6人のメンバーがセンターにいた時、前の月の10月13日の講演の時だけでなく、参加していた人々が講演の間中、強力なエネルギーを感じていたという話になっていき、世界中でメンバーによる講演の際にしばしば起こっていることなのです。
 私たちはそのエネルギーに対して注意深く敏感であることが、いかに大切かについて、そしてグループのメンバーたちがこのような、あるいは他の類似のイベントにおいて、エネルギー伝導に活用され得ることについて話し合いました。私たちはシェア・インターナショナル誌の11月号に掲載されたばかりの(「覚者方と働く、いつでもどこでも」という題の)手紙を読みました。会話が始まった瞬間から、エネルギーが流れ始め、話が続いていく間にさらに強くなったように思えました。私たちはこの『ストーリー』、つまりマイトレーヤと覚者方の存在とその出現についての素晴らしいことを語り合い、それは現実で、真実であり、出来事や体験、エネルギーが日々それを証明しているのです。私たちがちょうど聖書の、「二人でも三人でもわたしの名において集まる所には……」という言葉を思い起こした時、突然正面のドアに(ベンジャミン・クレームの師によって何年にもわたって何度も確認された)イエス覚者の若い代弁者がいたのです。数カ月間、彼を見かけていませんでした。彼は入ってはきませんでしたが、自転車に乗ったままドアのポスターを読み、それから満面の笑みを浮かべ、大きな身振りで手を振り(私たちも手を振り返しました)、いつもの親指を立てる仕草をしてくれました。彼は来た時と同じように突然帰っていきました。
 彼の登場は、覚者方が全知であること、グループを良く知っていること、私たち皆を援助し、導き、鼓舞していることを、再び私たちに確認させてくれました。この体験は間違いなく彼らの存在と、私たちが有用になることのできるやり方に、目覚めて整列していて機敏であることの必要性を確かなものとしてくれました。
メンバー 一同
オランダ、シェア・オランダ・
インフォメーションセンター

若い男性がマイトレーヤを探す

ヤネス・フェルヤンチク

 これは1996年6月の出来事である。その当時、私は数年前から再臨のアイディアに親しんではいたが、スロベニアには活動中のグループがなかったため、活発に活動をしていなかった。1日に長時間の個人瞑想をしていた時期であり、私は若く元気で、おそらく少し繊細で、自分が望むような場所や時期にマイトレーヤを見つけることができると思っていた。
 今振り返ってみると、マイトレーヤを探すことは、若い男性が太陽の下で居場所を見つけるような試みであったと思う。証拠や兆しを求める人は依然として存在し、この体験談は彼らのためのものである。マイトレーヤとベンジャミン・クレーム氏の真我に関する教えが広く理解されるようになれば、兆しは必要ではなくなるだろう。

1996年の夏、私はロンドンに1週間の「波動の調査」の旅行に行くことを決めた。それは私にとって初めてのロンドンへの旅行であり、私はすぐにイスラム教地区でマイトレーヤの『探索』を開始した。私は毎日、ロンドンの様々なモスクで、イスラム教徒と共に祈りに参加した。私はイスラム教徒の偽りのない献身に本当に感銘を受けるようになった。そのような種類の献身を見ることができたのは、これまでキリスト教の修道院や仏教の僧院だけであった。私はあらゆる種類の人々と出会った。ソーシャル・ワーカーからイマーム、スーフィーからサウジアラビアのシークなど、すべての種類のイスラム教徒と終わりのない宗教的な議論にふけった。私は彼らの祈りに参加し、彼らは私の献身に感心してくれた。彼らは、私がイスラム教徒になろうとしており、スロベニアでイスラム教を広め、当時戦争で苦しんでいたボスニアのイスラム教徒を援助するだろうと考えていた。次に私にとっての問題が始まり、私は困惑したのである! 私にとって、すべてが嘘であった。なぜなら、探している人物を彼らが知っているかどうかをどのように尋ねればよいか、私には本当に分からなかったからである。
 マイトレーヤがホワイトチャペル・モスクに定期的に来ていたと聞いていたため、私は東ロンドンのホワイトチャペル地域を散々にさまよい歩いた。私は毎日のようにそこに行き、夕方には当てもなくうろついた。最初の瞬間から、私はモスクのエネルギーに強い印象を受けた。それはちょうど、教会でたまに経験するキリストの波動のようであった。私は後方に立ち、祈りに参加する数十人の人々を毎日注意深く観察していたが、探していた物や人を全く感じることができずに、日々がただ過ぎていくだけだった。
 そして、イスラム教徒にとって聖なる日である金曜日がやってきた。午後1時ごろの大きな祈りでは、モスクは満員で身動きもできないほどであった。500人以上の人々が挨拶や会話をしていたに違いない。その場は、活気があり、興奮した雰囲気であった。祈りのために整列する時間になると、すべての人が、祈りを始めるのではなく、急に静まり返った。まさにその時、群衆の前で、いつもはイマームが祈りを主導する場所に、一人の男性が立っていることに気づいた。彼は190cm程の背丈で、とても痩せており、髭を生やしており、白いアラブ風の被り物を被っていた。彼は深い黄色の長いチュニックを着ていた。人が多く、彼からは実際に何も直接感じることはできなかったが、沈黙は奥深く、彼は深く尊敬されているようであった。彼は静かに話し、ある種の優しい権威により、彼の言葉は音楽のように感じられた。問題は、彼が私の理解できない言語で話していたことであった。男性の青白い顔をはっきりと見るには遠過ぎたが、男性は間違いなく候補者となった!ミーティングが終わった後で、私は彼を入り口で待ち、絶対に彼にインタビューをすると心に決めた。
 男性が10分ほど話をした後で、祈りが始まり、それは10分から15分続いた。祈りが終わり、私が彼にインタビューしようとし始めたとき、私は、以前に会ったことのある何人かのサウジアラビアの若いシークから話しかけられ、私の背景、政治的な状況、ボスニアの戦争など、あらゆる質問が始まった。私は彼らを連れてロビーに行き、男性をそこで待つことに決めた。15分間話をしながら、私は常にドアを見ていた。ようやく彼らが立ち去り、私がメイン・ホールに戻ってみると、そこは半分ほどの人出になっていた。そして私は本当にうろたえてしまった。男性はすでに見当たらず、ホールの反対側には別のドアがあった。私は急いで裏の道路に出たが、彼はどこにもいなかった。
【ベンジャミン・クレームの師である覚者は、講演者はマイトレーヤであったことを確認した】

王の帰還
ロンドンに来て前半の時期は、私はいかなるイスラム教徒にもマイトレーヤを知っているかどうかを直接尋ねることはしなかった。私はそれが全くの冒涜ぼうとくとなることを知っていたからである。私はパキスタンから来た教師について尋ねるだけであった。その人物は非常に良い教師で、非常に霊的であると聞いている、などである。後に出発が迫ってくると、私はより大胆になり、ベンジャミン・クレーム氏の著書、『マイトレーヤの使命第Ⅱ巻』から1988年のナイロビでのマイトレーヤの奇跡的な出現の写真を何枚かコピーし、この人物と会ったことがあるかを人々に直接尋ねることを始めた。会ったことのある人は、誰もいなかった。数日間、私はこれをモスクや路上で普通の人々に対して行い、イマームやイスラムショップの店員など、可能だと思われるあらゆる人に聞いて回った。
 私にはリビア出身のハッサンという良い同伴者がいて、私の言葉を通訳してくれた。例えば、パキスタンからロンドンに到着したばかりの宗教教師で、英語はあまり話しません、などである。ハッサンは毎日のように私に同行し、私がイスラム教徒になるだろうという希望の下に、イスラム教を私に説明してくれた。私が彼に写真の男性が誰であるかを説明すると、彼は面白がった。ハウンズローのモスクのイマームも同様であり、彼に写真を見せたとき、彼は何も言わなかったが、彼の目が弾けたように笑っているのが分かった。私はすべての希望を失ったようであった。
 そして、旅行の終わりが近いある日、マイトレーヤが一時期拠点としていたホワイトチャペル地域のブリックレーンをぶらついていたとき、以前に素敵な店員と出会った小さなアラブ・ショップを再訪した。私はお香と香水を幾つか購入し、彼にナイロビの写真を見せた。驚いたことに、彼はその男性を即座に認識したのである!私は自分の幸運を信じられなかった。彼は確かなのだろうか。彼は男性と会ったことがあると主張した。それはいつなのか。数年前である。どこでなのか。エジプトの女性、ザイナブ・アルガザリ氏の講演会の会場でのミーティングに彼が参加した場所、道路を数本隔てたところで。ザイナブ氏はイスラム国家を設立しようとした団体の一員であったという理由で1960年代にエジプトで投獄されていた女性である。彼女はある種の政治的、宗教的な反逆者であった。彼女は酷い扱いを受け、拷問され、ナセル政権の下で終身刑の宣告を受けたが、その後サダト政権になってから、1971年に予想外に刑務所から釈放された。彼女は後に活動を継続し、講演活動を行い、1990年代の初頭に講演でロンドンを訪れた。店員は、私が見せた写真の男性とそのときに出会ったのである。その男性はメインの講演の前に15分間話をしたが、男性が何を話していたか、彼は何も覚えていなかった。私は彼に再度、それは確かなのかを尋ねると、彼は再度、講演会で会った人物とナイロビの写真の人物は同一であると断言した。私はさらに驚いた。
 ここでついに、私は求めていた物質的な証拠を見つけたのである。次に彼は、店にあったザイナブ・アルガザリ氏の著書を見せてくれた。彼女はその本の中で、エジプトの地下牢での「苦難」と、人並みの精神生活を送る権利のための闘いについて書いている。私は店員に敬意を払いその本を購入したが、未だに全く読んでいない。私が読んだのはタイトルだけであり、それは私の心を即座に貫いた。その本は『王の帰還(The Return of the Pharaoh)』というタイトルである。
【ベンジャミン・クレームの師である覚者は、ザイナブ・アルガザリ氏の講演会にいた男性は、まさにマイトレーヤであったことを確認した】


編注:1980年代、独立系ジャーナリスト、パトリシア・ピッチョン氏は、彼女の著書『マイトレーヤを探して』(アルテ、2007年)に書かれているように、他のジャーナリストに接触し、マイトレーヤを『探索する』活動を調整した。マイトレーヤが一般大衆の前に出現できるようにするためには、メディアが人類の代表としてマイトレーヤの『探索』に十分なエネルギーを費やし、人類の自由意志が侵されないようにすることが必要である。マイトレーヤを『探索』したり、指し示したり、『つくり出し』たりすることは、ベンジャミン・クレームと共に活動する人々や、このグループに近しい人々の課題であったことは一度もない。しかしながら、1996年に起こったこの個人的な物語は、マイトレーヤは実際には遍在ではあるが、ロンドンの特定の地域におけるマイトレーヤの消息を伝えている。


編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、手紙の保留分が非常に多数あり、それらはベンジャミン・クレームの師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたが、いまだ掲載されていない。掲載されたその他の手紙は新しいものである。覚者が関わっていたかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、その体験が希望、鼓舞、慰めを提供することで「それ自体が語る」ということがあり得る。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

聖母の涙の癒し
編集長殿
 私の友人であるオーストラリアのアントニオ・パレナ氏が、数カ月前ベンジャミン・クレーム美術館に電話をかけてきて、これまでやってきた話し合いを続けるためでしたが、話の流れで私が最近広範囲の頸部手術を受けて、回復が難しく苦しんでいることを話しました。彼から涙を流す聖母像が存在していて、そこから涙を集めているという話をしてきて、ベンジャミン・クレーム氏から涙をホメオパシー薬局に持ち込んで、治療薬を作ることを勧められたということでした。アントニオがその錠剤を私が受け取れるようにしてくれたので、5週間前くらいから飲み始めました(手紙は2019年10月に書かれた)。首の手術の他にも、腰から仙骨にかけての重度の神経圧迫によって、脚に深刻な症状が現れてきていました。この脚の症状のせいで、もう8カ月間もほとんど眠れなくなっていました。治療薬を取り始めると、ハムストリング(もも裏側の腱)、ふくらはぎ、足、つま先の症状が一夜にして消えたのです。さらに以前の手術で飲んでいた薬のとても厄介な副作用で、生活が大変困難でしたが、それも無くなりました。こうした症状が両方とも一夜にして治ってしまい、文字通りたった一夜のうちのことで、症状が戻ったりもしませんでした。私はプラシーボ効果を起こしがちなタイプとは思えませんし、特に症状の一つが無意識の状態から発生していたこともあり、正直に言ってこれまで聖母とは何の関わりもありませんでした。子供時代の信仰でも重要視しておらず、シェア・インターナショナル誌の聖母の奇跡の写真でさえも、私にはほとんど興味のないことでした。イエスが子供時代の中心で、そのことで聖母であった覚者への関心を無くしていました。今考えてみると、それは本当に覚者方と不朽の知恵の教えに対する理にかなった反応ではありませんでした。手術からの首の回復はいまだにありませんが、そのことにも望みは高く持っています。そして解決困難な健康上の問題に苦しんでいる読者の方たちは、この治療薬を試してみたいのではないかと思いました(治療薬はwww.simillimum.co.nzで『泣く聖母の涙〈weeping Madonna tears〉』で注文できます)。
スコット・チャンピオン
米国、カリフォルニア州パームスプリングス35

相乗効果
編集長殿
 2019年11月9日の、ジョージア州アトランタのビーガン・フェスでの、シェア・インターナショナルのブースに、「ロン」という名の男性が訪れました。彼は40代中頃に見えて、メディア用のパスに「ロン・G何とか」と書かれた名札を首からかけていました(彼の名字が見えませんでしたが、ちらっと見えた感じでは、名字はフィリピーノだと思いました)。彼から「これ一体何のことですか?」、「どうして関わることになったのですか?」と尋ねられました。その時からこの情報を彼と分かち合い始めました。
 私たちが伝導瞑想について話すと、彼はノースカロライナ州のシャーロットから来たと言いました。アトランタのグループメンバーのアン・ドハティが返事をして、今はシャーロットにグループがないけれども、他のメンバーたちがそこで展示や講演を行っていて、伝導瞑想がそのうちできることを期待していると言いました。私はロンに何をしているのか尋ねると、彼はエネルギーと相乗効果についてのプログラムを組み立てていると言い、「プログラム開発者」だと名乗りました。彼はそういったプログラムをMIT(マサチューセッツ工科大学)やスタンフォード大学で教えていると言いました。私が彼に研究者たちのみに教えているのか、それとも一般の人たちなのか尋ねると、「両方です。最初にエネルギーを教えるのは、彼らが一体性と相乗効果について理解する前に、エネルギーについて知らなければならないからです。私たちの相互関連性について考えることをせずに、エネルギーについて教えることはできません。この頃人々はあまりに離ればなれです。彼らはエネルギーについて理解しなければなりません。私たちは一体性について話をしています」。
 ロンはさらにプログラムのためにたくさん旅行をして情報を集めていて、行った先の様々な町でブースを訪問していると言いました。彼は「シェア(分かち合い)は知っています。もっとたくさんのシェア(分かち合い)のブースがあります」と言いました。彼によるといつもそうしたブースで同じ質問をするそうで、「それは何についてですか?」と尋ねて彼らの話に耳を傾けるのです。時折、話の中でそれとは異なった「獲得」について語る人もいます。彼は集めた情報をプログラムに利用していると言っていました。
 その時には私たちはロンとの会話にかなり没頭していました。彼は20分ほどブースにいてから、私たちのメッセージをどのように提示するかについての、ヒントを私たちに教えてくれたのです。私たちのテーブルの背後の、「世界資源を分かち合うとき、世界に正義がもたらされる。国々の間に信頼があれば、平和へとつながるだろう」と書かれた旗を、彼が見上げました。「もし私が情報を伝えるなら、『あなたが正義や平等、平和を信じるなら、私たちに加わるように勧めます。私たちは共にもっとずっと多くのことができます。これが相乗効果です!』と言いますね」。会話のこの部分で、彼は「正義」を強調したように思えて、このメッセージをそのように伝えるという提案を二度繰り返してくれました。さらに続けてロンは、「ツナミがやって来ますよ!ツナミのような波が次々にね!」と言っていました。私たちは彼の提案にお礼を言って、私はメッセージを提示する異なったやり方を教えてくれたと彼に伝えました。私たちは彼に再び名前を尋ねると、彼は「ロニー・ツナミ!」と答えました。
 後になって私たちは様々な人たちとのあらゆる素晴らしい交流のあった、ビーガン・フェスでの一日について話をしましたが、ロニー・ツナミは私たちの展示に、正義や平和、平等への強調という、異なった観点を提案することでイベントの展開を暗示していたと皆で確信しました。あるメンバーが「ロニー・ツナミは特別な方だと思う?」と聞いてきました。答えは「もちろん!」
クリスタ・ペレス
米国、ジョージア州アトランタ

クリスマスの精神
編集長殿
 昨年の2018年、私は夫と共に地元の郊外にある劇団による、チャールズ・ディケンズ作のクリスマス・キャロルの製作に参加しました。そのお芝居は当時の貧困の大変に胸の痛むような様子を描いていました。私は静かに泣き始め、マイトレーヤに「どうか急いでください、堕落に苦しむ皆のために、どんどんひどい状況になっています」と無言の訴えをしたのです。
 何とか最後までやりおおせて、劇場から出ていくと、素晴らしい出演者たちがホワイエでホームレスのために募金を行っていました。私は到底十分ではないと思いながらも、20ポンド(約2,800円)を箱に入れました。私たちは少し食料品が必要だったので、地元の食品店に行きました。レジの所で陽気なレジ係が私たちの最後の商品を精算していた時、30代の男性が突然現れて、1本のパンと赤ワイン1瓶をバサッとカウンターに投げ出しながら、自分のカードを機械に押し当てたのです。私は少しイラッとして、私たちはまだ終わっていないと彼に言いました。彼は「ああ、そうね、僕は急ぐから」と答えました。彼はお酒を飲んでいるのではないかと思いながら、レジ係に彼の精算をするように合図しました(その時は私たちが自分たちの買い物の精算をやり直さなければならないだろうと思っていました)。その男性はさっさと歩き出しました。夫が買い物を袋から出し始めると、レジ係からその男性が私たちの買い物の支払いをしたと言われました。私は彼を呼び止めて、「待って、あなたに支払いがあります」と言いました。彼は振り向くと手を振って、「メリークリスマス!」と大声で言って、さっと外へ出ていきました。かなりあ然として、私たち3人はお互いに顔を見合わせました。素敵なレジ係がクスクス笑いながら、「クリスマスには不思議なことが起きるものです」と言いました。
私たちの買い物はちょうど20ポンドと少しでした。
H.S.
英国、オックスフォード

読者の皆様へ

 新しい読者たちはシェア・インターナショナル誌がその目的をどのように定義しているかを知って、興味深く思うかもしれない。私たちは自分たち自身を新しい時代の声として、希望のメッセージや勇気づけ、有用で鼓舞される情報を運ぶ者として見ている。私たちは一般的なメディアが気づいていないような、原因と目的が根底にあることを考慮に入れた、世界の出来事に対する見解を提供することを目指しており、例えばこの惑星の進化のための大計画の存在が、世界の出来事の背後にある意識を示唆しているのである。一つの重要な世界的イベントは、この困難の時代に人類を助け導くために、今この現代世界におられる世界教師マイトレーヤと知恵の覚者方の、公に認知される顕現である。
 自然界の他の界との関係のみならず、お互いとの、そしてこの惑星との正しい関係へと私たちが移行するのを助けるために、マイトレーヤは分かち合い、つまり世界資源の公正な再分配を勧め、77億の人々すべての権利が保障される、社会正義と公平な国際的システムを成し遂げることを提言されている。それと同時にすべての国々は、環境の保護と保全を目的とし、この惑星の完全な健康を取り戻すための大規模なプログラムに、早急に協力しなければならない。
 多くの様々な国々での民衆の力の止められない高まりは、人々の集団が彼らの基本的な人権を要求する勇気と決意の中で増大するにつれて起こり、マイトレーヤや覚者方、ベンジャミン・クレームのような弟子や、世界の変容のために働く、その他の善意の人々の活動のとてつもない影響を示しているのである。マイトレーヤは日々、社会的に無視され、声を持たない人々の必要や希望を声に出している。彼のエネルギーが新しい世界を創造している。十分な人々の準備が整い、変化を要求しているために、彼は一人の現代人として今ここにいる。
 そのことを心の内に留めて、この惑星と数十億の人々の絶望的な状況を見れば、私たちはいつものように、あたかもマイトレーヤが公に広く認知される出現が、本誌の初代編集長であるベンジャミン・クレームによると『すぐそこまで来ている』かのように活動する。私たちの情報を広めるために、誰でもすることのできるあらゆることは、その過程に対して計り知れない貢献となることも、私たちは知っている。人々が彼の存在を知ろうが知るまいが、どこでも人々は長年待望された教師を見ることを切望している。一つひとつの『機会の窓』がよりオープンな出現への可能性をつくり出し、実際に彼の出現はいかなる時点でも起こり得る。彼のみが、そのような途方もなく大きな一歩をもたらすために必要とされるすべての条件が整う時を知るのである。私たちはこのことを彼の手に委ねる以外になく、過程を早めるためにできることに集中するのみである。彼の『帰還』のために働く人々は、ただ自らの努力を続け、彼の存在を確信し、他の人々に情報を知らせて、より良き世界に向かってマイトレーヤの優先事項の実現を促進するために働く。
 今年が終わるにつれて、人々の声の響きは次第に大きくなっており、私たちすべてができることについて、ベンジャミン・クレームが述べたことを思い起こす良い機会であるかもしれない。
 「人類の反応が変化の速度を決めるのです。そしてそれは起こらなければならないすべての変化の必要について、人々が話をすることに大いに左右されるのです。十分に多くの人々がそのことについて話をし、変化を要求するとき、マイトレーヤは出て来ることができるのです」
 2013年のベンジャミン・クレームとのディスカッションで、重要なポイントの一つとして彼が挙げたのは、グループの仕事と大宣言のタイミングの間には直接的な関係があるということであった。
 「私たちが大宣言の日に影響を与えるのです。私たちがグループ(世界中のグループ)としてやることと大宣言の日がいつになるかには、直接的な関連があります。大宣言の日は多くの人が考えているより早く訪れるでしょう。私たちはそれがすぐそこまで来ているかのように働く必要があるのです。実際的な意味では、マイトレーヤが1982年に最初に出て来られたかもしれない時と比べて、それよりもずっと早まるでしょう」
 グループは何に焦点を合わせるべきなのか。「話して、話して、話すのです。聞く耳のある人には誰でもいいから話をするのです。たとえ、しどろもどろでも、及び腰でも構わない。勇気を出しなさい。勇気を奮い立たせなさい。そしてハートから話しなさい。人々は答えを探しています。彼らには希望が必要です。私たちの仕事は人々を鼓舞することです」
 ということは、グループが私たちの情報を知らせる仕事を引き受ければ引き受けるほど、大宣言の日はより早くやって来るということなのか。
 「大宣言の日は、前もって決められた日時はないことを理解しなければなりません。それは私たち次第なのです。タイミングは分かっているのですが、日時はまだ決まってはいません。それは私たちのグループとしての有効性にかかっているのです。その日は私たちの働きを通して実現させることができるのです。より多くの人が、ただただ、もっと出かけていって話をしなければなりません。聞こうとする人すべてに話をするのです。すべての機会を捕まえなければなりません。
 グループは機械的な奉仕から抜け出す必要があります。私たちはこの非常に特別な情報に対して機械的で習慣的な反応をしないようにしなければなりません。新しい、より良い方法を推し進め、生き生きとして突き進まなければなりません。あまりにも少数の人しか話をしていません。あなた方は情熱を見つけ出し、ハートをその火で燃やさなければなりません。広告は有効であり、必要です。しかし、最善のことは話すことです。私たちは緊急性の感覚を持たなければなりません。いつも自分の目の前に、自分はこの仕事をするためにこの時期に生まれてきたのだという事実を掲げていなければなりません。私たちは、希望を与えること、鼓舞すること、この情報を伝えることによって奉仕をするのです」(シェア・インターナショナル誌2014年1月号)
 シェア・インターナショナル誌はこの機会に読者の皆さんに、1年のうちの楽しい祝祭の時をお祈りし、健全で寛容なグローバル社会のための欠くことのできない基礎としての、平和や正義、確立された善意への切望を分かち合いながら、人々が共に祝い集うことを願いたいと思います。皆さんのご支援と励ましに感謝いたします。2020年を心待ちにするとともに、皆さんに新年の祝福をお祈りいたします。

シェア・インターナショナル・チーム

編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、手紙の保留分が非常に多数あり、それらはベンジャミン・クレームの師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたが、いまだ掲載されていない。
掲載されたその他の手紙は新しいものである。覚者が関わっていたかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、その体験が希望、鼓舞、慰めを提供することで「それ自体が語る」ということがあり得る。これらの手紙は読者の考慮のために提供されている。

次の2通は同じ人物からのものです。

冷静沈着

編集長殿
(1)数年前に(手紙は2004年1月に書かれた)、初めてBC(ベンジャミン・クレーム氏)のフレンズハウスでの講演に参加して間もない頃、私はワージングのサウス通りを歩いていました。大手銀行の一つの店舗の外に背が高く長い髪の男性が座っていて、お金を求める小さな紙の看板を持っていました。
私は少し遠くから彼に気づいていたので、彼には必ずいくらかお金を渡そうと思っていました。彼が私を見上げる距離まで近づきました。私はちょうど銀行へ行くところなので、お金を渡しに戻ってくるつもりだと説明しました。彼はただ「OK、兄弟」と言ってうなずきました。彼は長い黒髪に黒いジャケットを着ていました。真っ直ぐに私を見つめて、大変に物静かな落ち着いた雰囲気があり、ごく薄いブルーの瞳をしていました。
私は彼にお金を渡すために戻りました。彼は再び私を見つめて、ただ「ありがとう、兄弟」と言いました。その後もその出会いが印象に残っていて、ツキに見放された人で、あのような『雰囲気』を持った人物に出会ったことはありませんでした。この人はマイトレーヤかそれともイエス覚者でしたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がイエス覚者であったことを確認した】

完全なサークル

(2)2003年5月の間中、私はワージングのモンタギュー通りを歩いて、その地域で撮影してきた『光のパターン』のフィルムを現像してもらいに行くところでした。
病気の動物のための慈善市民救護所の、深い青色の店の看板の上に、小さくてかすかな光のサークルがあるのに気づいたので、それを見るために急いで立ち止りました。私が立ち止ると、かすかな青いサークルの一つが突然白く輝く完全なサークルに変化して、その後同じくらいの速さでまた薄くなって元の姿に戻りました。
それはヘッドライトが非常に素早く付いて、消えたかのようでした。1時間ほど後で同じ店の前を通ってもう一度見てみました。驚いたことに、再びそれが起こり、同じように薄くなる前に完全な白いサークルに変化したのです。
それよりも以前に私は『かすかな』サークルの写真を何枚も撮ってきて、いつかもっと良い写真を撮りたいと願っていました。これらの『輝くサークル』はマイトレーヤによって現されたのですか。
リチャード・エルフィック
英国、ウェストサセックス州ワージング
【ベンジャミン・クレームの師は、そのとおり、輝くサークルはマイトレーヤによって現されたことを確認した】

すぐ近くに

2003年12月30日に、私は息子と彼のガールフレンドを車に乗せて、ムランの鉄道駅に向かっていました。ティエール大通りの真ん中で、白い修道僧の服を着た男性が歩道にいるのを私たちは目撃しました。彼はメガネをかけていました。スーツケースは持っていませんでしたが、「目的地エタンプ」と書かれたプラカードを持っていました。私は彼に手を振りました! 運転をしながらバックミラーを見ると、彼が私を見ていました。彼の眼差しはとても近くにあるように思えて、まるで車の中の私の真後ろにいるかのようでした。
息子のガールフレンドが私に、「彼は誰ですか?」と尋ねてきました。「マイトレーヤかもしれない、世界教師よ」と私が答えました。「それで彼はイエスみたいだったのね、どんな人の姿にもなれるんですか?」。「そうよ」。「それなら本当に確かなんですね?」。「そうよ、すごく楽しい休日になるという徴ね」と私が言いました。
彼女は自分の家族に会えるのを喜んでいましたが、同時に不安にもなっていました。彼女には元気づけが必要だと感じていたのです。これが本当にマイトレーヤだったのか、それとも妄想だったのか知りたいと思います。
ポーレット
フランス、ムラン
【ベンジャミン・クレームの師は、『修道僧』がマイトレーヤであったことを確認した】

天候への果敢な挑戦

編集長殿
1998年の冬の最中のことだったと思うのですが、ネルソン・ボランティアセンターで公開伝導瞑想会を開いていた時、カトリックの司祭と若い友人が参加してきました。その若い男性は露出度の高い短い袖のシャツを着ていました。私たちは彼に寒くないか尋ねました。彼は大丈夫だと言いました。その時私も他のグループメンバーもエスキモーのように着込んでいたのです。私がその背の高い紳士にどこへ行く予定なのか尋ねると、オーストラリアと答えました。彼らは1時間の瞑想の後、帰っていきました。彼らに普通でないところはありませんでしたが、夏のような格好をしていたのが少し奇妙だと思いました。彼らは誰でしたか。
ボブ・ヒューズ
ニュージーランド、ネルソン
【ベンジャミン・クレームの師は、彼らがマイトレーヤとイエス覚者であったことを確認した】

何事も可能

編集長殿
数年前に(手紙は2004年4月に書かれた)、私は車の事故に巻き込まれて、内臓出血のために入院しなくてはなりませんでした。私は薬とベッドでの静養という治療を受けることになっていました。
2週間を過ぎても改善しませんでした。訪ねてきた友人が効くかどうか試してみるように、いくつかのハーブ薬を持ってきてくれました。私の日課の一部は治療のための祈りと瞑想を行うことでした。予定されていた外科手術の前の晩に、私の身体全体を流れるエネルギーの力強いうねりを感じていました。
翌朝、出血は止まっていたのです。医師はなぜなのか説明できませんでしたが、まさに「何事も可能」と言ったのです。
完全に回復して、私は数日中に退院しました。回復は病院の手当てのおかげか、ハーブの療法か、覚者による治療か、あるいはその三つすべての組み合わせでしたか。
バリー・ナイズワンダー
カナダ、アルバータ州エドモントン
【ベンジャミン・クレームの師は、治療がマイトレーヤによって与えられたことを確認した】

分かち合いの美

編集長殿
(2004年6月に書かれた)その月の最終日のことでした。仕事を終えて、私は数冊の状態の良い本を少しのお金のために売りました。けれどもそのことを気に病まないようにして、とても美味しい魚料理を手頃な値段のビストロで食べました。それから近くの公園に行きました。ここ数日大雨だったのですが、それにもかかわらずバラの庭では、あらゆる色と形、香りの花々が咲いていて、宝石のような美しさでした。太陽は照ったり曇ったりしていました。素晴らしい庭園のこの辺りでは、人々はより優しく動いたり、話したりしていました。とても美しかったので、私は喜びと感謝でいっぱいになりました。
その時若い男性を見かけました。物乞いの人で芝生に腰を下ろしていましたが(その区域では芝生は花壇の一部なので、通常人々はベンチに座ります)、とても優しげで柔和な様子で、まるでバラの中で生きているようでした。彼は景色に溶け込みながらも、同時に注意を引くことなく、平穏さの満ちた磁石のようでした。彼がいることで私はうれしくなりました。通り過ぎる時、「きれいですよね?」と言うと、「そうですね」と彼が言いながら微笑みました。
少し後になって、残っているお金をどうしても彼と分かち合いたいという、ものすごい衝動を感じて、戻りました。彼はお金を求めたりしていなかったので、私は慎重にもなっていました。注意深く、少しドキドキしながら、彼に私の手持ちのユーロを分かち合ってもらえるか尋ねました。彼は心底驚いた様子で、「あまりにびっくりして……」と言いました。私自身もその状況と、あの美しさやお金を分かち合って、「あなたと分かち合いたい」という言葉を伝えたいという強烈な衝動に驚いていたのです。
また私はこの手紙を書いていて、とても幸せを感じていますが、私の人生の状態はある意味『バラ色』ではありません。たとえその若い男性が『普通の』物乞いであったとしても、この出会いは祝福だと感じています。私の質問は、それは私のハートの中のマイトレーヤだったのか、それとも肉体を持った人としてのマイトレーヤだったのですか。
ヒルデガルト・ピンゲン
ドイツ、ハンブルク
【ベンジャミン・クレームの師は、その『物乞い』がマイトレーヤであったことを確認した】

短く、簡潔に

編集長殿
私には2、3の奇妙に思える出会いがありました(手紙は2004年6月に書かれた)。
最初のものは暗く冷たい12月の夕方の、6時30分のことで、小柄な年配の女性が室内着だけを着て、早足で私の方へ道を渡ってきたのですが、素晴らしく大きく熟した枝付きトマトを手に持って高く掲げて、笑っていました。少し彼女が心配になり、大丈夫か尋ねました。彼女は「私、酔っ払っているかしら、どう?」と言いました。そのようには見えませんでした。「あなたは大丈夫ですね」と私が言うと、彼女はそのまま行ってしまいました。
次は、若い男性が微笑みを浮かべて、まるで私が最も素晴らしい存在であるかのように見つめていたことで、私が作家なのか尋ねてきて、普通列車を待つ間おしゃべりをしました。その後彼はお辞儀をして「さようなら、マダム」と言いました。どちらの出会いも普通には思えません。
あなたの師はコメントをくださるでしょうか。
アン・リンチ
アイルランド、ダブリン、ダン・レアリー
【ベンジャミン・クレームの師は、その『小柄な年配の女性』がマイトレーヤで、『若い男性』がイエス覚者であったことを確認した】

認 知

編集長殿
2004年4月にマルク・フェリーはパリでの伝導瞑想研修会に参加するため、出かけていきました。彼はその二日間で完全に変容し、元気づけられていました。彼は以下の体験が本物であるかの確認をお願いできるかどうか尋ねています。
日曜日の伝導瞑想の間、マルクの隣の男性が瞑想から出ていきました。誰かがやって来て席に座りましたが、突然別の背の高い美しい男性が、ブルージーンズに赤いポロシャツ姿で自信に溢れた様子で現れて、もう一人の男性に向かってマルクの右側の席に座りたいという身振りをしたのです。マルクはすぐにこの男性が大変に進化した人だという印象を持ちました。けれどもこの男性が手を重ねてきた時(ベンジャミン・クレーム氏が出席する時には、瞑想者全員が手をつなぐことになっています)、マルクはあまりにすさまじいエネルギーを受けたので、部屋の中で『彼』がここにいると叫びそうになりました。マルクが心の中でもし徴をいただければ(叫んだり)しませんと言うと、その男性はうなずいて、手を押さえることで応えてくれました。
その男性が瞑想を離れる時、彼が出ていく前に、その日は寒い日だったのでコートを持っていくだろうとマルクは予想していましたが、驚いたことに彼は赤いポロシャツを着ただけの姿で真っ直ぐ外へ出ていきました。
この男性は覚者のお一人でしたか。
マルク・フェリー
フランス、モンティヴィリエ
ピエール・コシェリ(代筆)
フランス、アラドン
【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した】

ガイダンス

編集長殿
あなた、あるいはあなたの師は、24年ほど前の同じ月のうちに起こった以下の出来事について説明していただけますでしょうか(手紙は2004年5月に書かれた)。
(1)赤信号で止まっていた時、私ははっきりと内なる声が「聞こえて」、信号が青になると「進むな。ここにいて」と言ったのです。幸運にも私が声に従うと、数秒後に1台の車が高速で赤信号を通り過ぎていきました。
(2)あの特別な土曜日に、とても落ち着いて調和した気持ちだったので、南カリフォルニアの自宅から遠くない200エーカー(約24万5千坪)の牧場で乗馬をして過ごすことにしました。その半年前に同じ牧場で乗馬をしていた時、貴重なアメリカン・インディアン・ジュエリーで、ズニ族が作ったシルバーとトルコ石でできた「サンダーバード(伝説の生物)」を首に掛けていましたが、無くしていました。そこまで運転しながら、「今日『サンダーバード』を見つけられたら素敵じゃないか?」と思っていたのを覚えています。けれどもその考えをすぐに打ち消したのは、ジュエリーを無くして以来、大雨が度々降っては止み、その上私も何度か戻ってきていたからでした。
3時間の乗馬の中頃で、しばらく止まって休みを取りました。馬にまたがろうとした時、馬の前足の間の泥の中から突き出た物に、太陽の光が反射するのが見えました。そうです、それは私の「サンダーバード」でした!
リチャード・モラノ
米国、カリフォルニア州ロサンゼルス
【ベンジャミン・クレームの師は、(1)警告はイエス覚者からのものであり、(2)その場所までイエス覚者によって導かれていたことを確認した】

覚者方と働く、いつでもどこでも

編集長殿
何年も前に(1980年代後半だと思います)、有名なオランダの霊能者との会合に参加しました。40名ほどの聴衆が集まっていました。その霊能者が講演を行い、続いて質問のできる時間がありました。私は彼女に世界教師マイトレーヤ、キリストが日常世界に戻ってくることについて知っているか尋ねることにしました。そう尋ねた瞬間、非常に強力な流れ込んでくるエネルギーを感じ、私はマイトレーヤのエネルギーだとわかったのです。それはあまりにも強力で、他の人たちも感知していて、もちろん霊能者自身も感じていたので、彼女は聴衆に向かって、何かとてつもない、非常に特別なことがその時起きていると告げました。
私はエネルギーのために震えながら座っていたのを覚えていますが、それほど強烈だったのです。その晩はほとんど眠れず、私には珍しいことでしたが、十分に『祝福によって充電された』のは明白でした。
一日か二日後、私はメンバーに電話をかけて、その体験を伝えました。
クレーム氏はその出来事とエネルギーの源について尋ねられて、電話の会話で確認してくださったのですが、それは実際にマイトレーヤからの祝福で、私を通して会場と聴衆に送られたということでした。
何年も前に起きたことですが、その体験を非常に鮮明に覚えていて、特に霊能者と聴衆の反応は忘れられません。
もし私たちがエネルギーの伝導にオープンで、覚者方が適切で有用だと考えられる時はいつでも、マイトレーヤや覚者方が、このような方法で私たちを通して働かれることは、私にとって全く明らかなことなのです。
匿名希望
追伸:私の体験では、同じ出来事がコンサートやその他の同じような大きな集会でも起きるものです。

人類の選択──選集

Humanity’s choice – a compilation

「人類の選択」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第1巻と第2巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

すべての側において古い体制が崩壊しつつある形跡がある。往古の憎悪が人々を分割し、無法がはびこる。しかし、至るところで新しい精神が人間の中に目覚め、あらゆる形態の生命に対する新しい責任感と新たな敬意が目覚めつつある徴が見られる。この新しい美の顕現は無数にある。人類の前に開かれる未来のビジョンは多く、驚くべきものである。人間は未だ新しい始まりの門口に立っているにすぎない。しかし、見る目を持つ者には、すでに進歩の徴が見える。われわれはいま両極化を目撃しており、それが人類に選択を強いる。現在の生活の様式の中にある危険があまりにも恐るべきものであるゆえに、人間の霊性はこれに反抗し、新しいものを探求する。このようにして、人は神の意志を認識するようになる。すべての背後に「大計画」があり、神の「意志」を包含している。人間は、知ろうが知るまいが、今やその大計画を実施する用意ができている。新しいものを顕現するために、すべての分野において、人々はグループを形成している。愛と必要の精神に鼓舞されて、彼らはより簡素な、より健全な世界を心に描く。現在の不均衡と緊張の中から正義と融和が育たなければならないことを知る。自分たちが聖なる存在であり、変化の奇跡を行うことができるのを知っている。彼らは時の危急を知覚し、奉仕のために己を捧げる。彼らはすべての地において「善」を代表する。
(『覚者は語る 1』ー勝利は保証されているーより)

今ではわたしの周りに、わたしをリーダーとして、未来への案内人としてみる兄弟姉妹たちの集団が存在する。わたしは、人間の苦悩について、人間の不完全さについて、変化の必要について、彼らに語る。同時にまた、人間は神であり、神聖なる光の存在であり、いつの日かそのようなものとしてこぞって立つであろうということも語る。選択は人間のみがなすのである。もしわたしの指す道を選べば、人間の霊性はまことに輝き出でるであろう。さもなくば、我が兄弟姉妹たちよ、人間の未来はきわめて致命的である。しかし我が友よ、あなたがたの答えと選択をわたしは前もって知っている。恐れるでない、わたしの愛しき者たちよ。あなたがたの愛を通して──あなたがたの心に宿る兄弟たちへの愛を通して───あなたがたは正しく選択するであろう。
(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第78信より)

金持ちの国と貧乏な国の生活水準の間にある大きな隔たりを許容する余裕を、世界はもう持ちません。その不均衡が今日の政治的、経済的問題の中核です。基本的にそれは精神的霊的な問題です。一方に物質主義と分離、そして他方に霊的な分かち合いと正義と同胞愛、この間の選択です。われわれの選択が人類の運命を決定するでしょう。
(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

わたしはあなたがたの友であり、兄である。しかし神ではない。御父が、再びわたしをあなたがたのもとに遣わされたのは事実である。わたしは、兄弟であるあなたがたのところへやってきた。あなたがたが望むならば、祝福された未来に案内し導くために、やってきたのである。わたしの役割は、道が岐れていることを人類に示すことである。道標は置かれた、そしてこの地球の未来はあなたがたの決定にかかっている。正しい道を、神につながる唯一の道を、人類が選ぶのを確実にするために、我々は(あなたがたとわたしとは)ここに集うている。
(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第19信より)

間もなく世界は、人類種族の長老たち、覚者たち、神の子たちが世界に戻るのを知るだろう。予言はわたしたちの再臨を告げ、弟子たちの期待を活気づかせてきたが、彼らの多くは、今のこの時の出来事に気づかずに眠りこけている。わたしたちの到来を熱望して待つ者は多いが、それを遠い未来のことと心に思い描いている。わたしたちの手が今、扉を叩いているのを彼らは知らないのか。目覚めなさい、友よ! 目を覚ましなさい、善意の働き手たちよ! 世界を変容させるために、わたしたちと共に働く者すべてを必要とする。あなた方の希望と信頼をわたしたちは慈しむ。わたしたちを見、あなた方の生活の中にわたしたちを歓迎する用意をしなさい。……今、世界の救済計画が進行中である。これは、世界に奉仕することを願う者すべての協力を必要とする。奉仕することは、今日、むずかしくない。なぜなら、奉仕の方法は手近にあり、地球そのものが救済を求めて叫んでいるのだから。あなたの奉仕の分野を選び、熱意を込めて行いなさい。あなたがそうすると、あなたの魂は、その仕事のために必要なことをあなたに授けることを知りなさい。さらに、わたしたちの手があなたがたの手を強め、重荷を分かち合うことを知りなさい。多くのことが変わらねばならないことは確かだが、その変化の速度はあなた方にかかっている。計画の詳細を実施するために、わたしたちはあなた方の協力に頼っている。奉仕が、新しい文明の先兵に向かって、明日のより良い世界の基礎を築くことを呼びかける。その点呼の列の中にあなたの位置を占め、わたしたちを助けて救済の仕事をしなさい。時刻の合図が鳴るときに、これを逃がさないように。
(『覚者は語る 1』ー奉仕への召集ーより)

過去の長い間には、気候の変化の結果、人類の大部分が生存をかけて動物と戦っていたときがあった。今日とは比較にならない規模で、彼らは飢餓を体験した。テクノロジー(科学技術)と科学と急速なコミュニケーション手段が、今日、大多数の人間にとって、大規模の飢餓の災難を除去した。問題は、それだけの遺産に恵まれた世界に、なぜ、あのような規模の飢えが存在するのか、ということである。すべての人間のために十分過ぎる食糧が存在しながら、なぜいまだに何百万の人間が悲しくも飢えており、人間の神性に恥辱をもたらすのか。人間は、誰が生き、誰が死なねばならないかを決める権利を、どの法によってわがものにするのか。自己満足感のどれほどの深みから、そのような審判が下せるのか。どのようなイニシアチブによって、どのような新しく見いだした恩寵によって、人間はこの不正行為の潮を堰き止めることができるか。間もなく、一連の出来事が人間に自分たちの人生の目的を再考させ、共通の遺産を認知することを強いるだろう。間もなく、新しい平等化が金持ちと貧乏人の両方に、彼らの自然な同胞愛を教えるだろう。程なく、偉大なる教師自らが、あらゆるグループ、あらゆる種類の人間との連帯を実演なさるだろう。そして大師に負けまいとして、今日の分割は癒されるだろう。これらの時をよく銘記しなさい。古き時代の終わりの始まりであり、新しきものの誕生の日である。今日、世界の指導者たちは統御することのできない出来事に苦悶している。彼らがまったく知らないフォースが、彼らを計画していなかったしばしばヒステリックな反応へと押しやる。彼らは自分たちの独断的教義に導かれて、混沌から混沌へと逃げる。その間、わたしたちは忍耐強く待つ。人間の現在のジレンマの結果をわたしたちは知っている。そしてカルマ(因果)の法の許す範囲内で、最大限に援助する。また、わたしたちは、人間が自分たちの自由意志で未来の栄光への道を選ばなければならないことを知っている。それは人類同胞愛と愛と正義と分かち合いの道である。わたしたちは人類の必要にはせ参じる。わたしたちは教え、そして仕えることに励む。人間自身が行動しなければならない。そして体験の厳しい試練の中で、自分の神性を試さなければならない。徴はすべての者に見ることができる──新しい時、もはや飢えがなくなる時の徴である。
(『覚者は語る 1』ー飢餓の終わりーより)

いま転生している私たちは尋常ならざる責任を担っている。私たちがいま世界にいるのはそのためである。すべての世代がその時代の問題を解決する知識と経験を携えた人々(魂)を転生へともたらす。私たちは将来の問題を解決するために、人類が存続し続けるかしないかを──正義、分かち合い、正しい関係、平和への選択をするか、すべての生命を破壊するかを──決定するために転生して来た。マイトレーヤは人類が正しい選択をすることを疑わない。
(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第2巻』)

わたしに手伝わせてください。道を示させてください──誰も窮乏することのない、より簡素な生活に至る道を。そこでは、同じ日が二度と繰り返されることなく、同胞愛の喜びがすべての人間を通して顕されるのである。わたしの仕事は、導き、案内することである。しかし、あなたがたは喜んで従いてこなければならない。そうでなければ、わたしは何をすることもできない、わたしの両手は「法」によってしばられている。それを決めるのは人類なのだ。
(『いのちの水を運ぶ者』メッセージ第3信より)

[大宣言の日の]この経験を通して、人類は自分たちの魂としての本来の姿に目覚め、そして新しいより良い正しい線に沿った文明を創造していくためのビジョンを得るでしょう。その体験に対する人類の反応が、この惑星の未来を決定します。マイトレーヤは二つの選択を人類に提供します。一つは、私たちがこれまでと同じように、古い貪欲で利己主義な自己満足感に満ちた過去の生活を続けて、自分たち自身を破壊するか、あるいは分かち合いの原則を受け入れ、人類が一体であることを受け入れて、これまで知られたことのない素晴らしい文明を創造するか。
(ベンジャミン・クレーム『マイトレーヤの使命 第3巻』)

これから、人生は今までとは異なったものになるに違いないし、またそうなるだろうという事実に、多くの人々が目覚めつつある。新しい方向が招いており、過去のあり方に飽き飽きし、新しい道を試みる用意とあいまって、人々は人間の事態の中に一つの頂点を感知している。外的な出来事がこの体験の現実感を確認させてくれる──メディアは日ごとに、最新の発明や医学的洞察や、予期し得なかった妥協や長いあいだ疎遠だった人々の間の歩み寄りなどについて、世界中に一瞬のうちに通信し、報道する。不安や疑いが多くの領域にあるにもかかわらず、新しい希望が勢いを集めている。ひどい欠乏や恐怖だろうが、豊穣だろうが、永遠に続くものは何も存在しないことを人々は知っている。……人々は彼らを抑制する教義やイデオロギーから解放されて、かつては不可能と思われた合意に達することができる。不可能という言葉そのものが、様々な出来事がその逆を証明するにつれて、その意味を急速に失いつつある。これはいずれも偶然に起こるのではない。各々の成果の背後には、多くの働きと長い間練られた計画がある。人類がこの変化の唯一の誘発者であると考えるのは思い違いである。数え切れない長い長い間、人間は、彼らのために設置され、他者によって監督された道をたどってきたのである。「道の管理者」であるわたしたちは、その道を人間がたどるように示し、途上の多くの障害を無事にくぐり抜けられるように導くことを求める。……人類は道案内がいないことを恐れる必要はない。人類種族の兄たちであるわたしたちは、各々の必然性を予見してきており、人間の窮状に対する答えを熟知している。わたしたちの助けがあることを、わたしたちの助言はあなたがたが求めるならばいつでも提供されることを確信しなさい。わたしたちは人類の本当の必要を知っている。しかし人間は自分たちの自由意志で選択し、喜んで受け入れなければならない。もし人間が正しい選択をするならば、つまり資源の公平な分割を選ぶならば、わたしたちの手は解放され、さらに多くの助けを提供することができる。わたしたちの体験と知識はふんだんに与えられ、わたしたちの智恵と愛はすべての人々のために供される。わたしたちは確信をもって人間の嘆願を待つ。そうして、わたしたちは信頼される兄として、友として、あなたがたの生活の中に公に入っていくだろう。わたしたちの教師であり、あなたがたの教師である偉大なる主マイトレーヤが、ご自身の使命を始めるために舞台の袖に立って待っておられる。あなたがたからの呼びかけがわたしたちを前面に連れ出すだろう。
(『覚者は語る 1』ー新しい現実感ーより)