5月号目次

   

 

-覚者より
最も輝かしい未来
ベンジャミン・クレーム筆記

編集部より

視点
多国間協力への新しい構想
メアリー・ロビンソン

共感一平和への架け橋
ヴィクトリア・ゲーターによるジョー・ベリーへのインタビュー

民衆の力の盛り上がり一選集
The rise of people power -   a compilation

マイトレーヤの優先順位
「国連創設以来の最大の人道危機」が国際的反応を求める
エルダースが新しいイスラエルの入植法に警鐘を鳴らす/核軍縮に関する国連会議

時代の徴
空の徴

「デモ活動は重要である」
民営化された年金システムに反対するチリの大規模な抗議/ロシア政府の汚職に対する抗議運動

ジェフリー・サックス箸『新しいアメリカ経済を建設する』
エリサ・グラフ

画期的な結核診断法

2016年における再生可能エネルギーの記録的な伸び
熱帯雨林のヒロインたち

編集長への手紙
救いの手 他

読者質問欄・
回答 ベンジャミン・クレーム

 

最も輝かしい未来

人間に過去のあり方—— 戦争、競争、惑星の破壊—— をやめさせて、分かち合い、正義、平和への道の創造に導くのを鼓舞するビジョンはどこから来るのか、と尋ねるかもしれない。それが実行可能だという徴を、人はあとどれだけ待たなければならないのか。彼らのかすかな希望の光でさえも、どこに探せばよいのか。この非常に望まれる出来事が可能なばかりか、保証されているということを最も確信している者を除いて、すべての人間の信が歪められるようなことが世界にたくさん起こっていることは疑いもない。

どんな根拠に基づいてそのような主張ができるのか。どれほど卓越した知識からそれが出てくるのか。この不安定な世界で、そのような自信をいかにして維持できるのか。これらの正当な疑問に対する答えは、ハイアラキー全体に知られている事実にある(しかしすべての人間にはまだ知られていない)。それはハイアラキーの長であり、リーダーであるマイトレーヤご自身が、今や何年もの間、日常世界に臨在しておられるという事実であり、ハイアラキーの傑出した兄たち(覚者たち)が同じく、再び人間と共に歩くという事実である。この事実のみが極めて先例のないことである。それは人間にとって、何か素晴らしい、そして新しいものの前兆である。数え切れない長い時を経て初めて、これらの“欠点のない男たち”が、いかにして平和と正しい関係の中で簡素に、そしてよく生きるかを、人間に教えるだろう。

かくして、人間の未来は保証されていると言えるのである。しかしながら、人間は平和のための仕組みを受け入れて、それを構築しなければならない。すべての人間が平等で、ひとつであり、一人ひとりがあらゆる存在に浸透する神性の表現であるという認知、これが明確に理解されるとき、人は平和への道を創造するのに困難を感じないだろう。そして正義と自由という神の様相について新しい意味と重要性が与えられ、資源の分かち合いが人間の現在のジレンマと争いへの答えとして自然で論理的な位置を占める時の到来が速められるだろう。

今まで、そのようなアイディアやスピリチュアルな生き方の実演は、人間によってのみなされてきた。彼らの勇敢な模範に対する反応はまさに遅々としたものであった。にもかかわらず、状況が今や異常な耐えがたい圧力を人間にかけている。人々は境遇に順応して変化しなければならない。あるいは消え去るか。

彼らが問題への答えを探すにつれて、マイトレーヤと彼の一団は反応する用意ができており、人類を危険とさらなる愚劣な行動から引き上げようとしていることを発見するだろう。人類は答えを持っているのだが、これまでのところ、その答えは彼らの目を逃れてきた。それのみで、人類種族にとって未来を、最も輝かしい可能な未来を保証する、そのような答えなのである。

(『覚者は語る』[1] 613頁)

 

編集部より

編集部より最近の数カ月間にシェア・インターナショナル誌に関して受け取った多くの肯定的で励みになるコメントに対して、私たちは感謝の意を表したい。皆さんの支えをありがたく思っている。

私たちはベンジャミン・クレームが肉体として存在しないことを痛感しているが、私たちの仕事に対する彼の支援と導きが続いていることも同じくらい痛感しているということが、読者にとって歓迎すべき知らせとなることを期待する。

当然のことながら、大きな変化の時代には疑問が持ち上がり、支持者も批判者も一様に答えを望んだり期待したりする。ベンジャミン・クレームの師である覚者の記事は、難しい問題を取り扱う際にはしばしば優れた洞察の源となっており、書かれてから何年も経過して再掲載された場合でも、その途方もない適切さを証明している。

新たな状況においては、この出版物の目的と機能を再考することが重要だと思われる。シェア・インターナショナル誌は、マイトレーヤとベンジャミン・クレームの師のアイディアやインスピレーション(ひらめき)、洞察を伝える媒体である。今日の世界にマイトレーヤと知恵の覚者方がおられることを知らせる主要な手段の一つである。覚者は過去について説明し、現在を光で照らし、輝かしい未来の文明の輪郭を描かれた。私たちがマイトレーヤの優先順位を実施する措置を取るならば、その文明は人類のものになるだろう。

覚者の記事やマイトレーヤからのメッセージ、読者の質問に対するベンジャミン・クレームの回答、覚者方やその代理人との出会いについての記述、マイトレーヤと知恵の覚者方によって顕された奇跡── これらは皆、世界に希望とインスピレーションを与えてきた。

必要とされる変化が詳細に述べられ、実現可能な解決策が指摘され、困難が浮き彫りにされている。賢明な助言が与えられ、公正で良識ある世界のビジョンが掲げられている。そうした世界においては、すべての人の必要が満たされ、分かち合いと正義が普通のこととなり、私たちが潜在的にそうである神聖な存在へとすべての人が進化することが可能になる。

しかし、シェア・インターナショナル誌のもう一つの機能は、こうしたアイディアが直観的な反応を引き出すときはいつでも、メンタル界層に影響を及ぼし、敏感で創造的なマインドを持つ人々によって取り上げられるということである。アイディアは実施され、そのようにして文明は進行する。同様に、マイトレーヤと覚者方の出現についての情報が公開講演で提供されるとき、アイディアがメンタル界層へと出て行くことになる。

私たちの仕事のさらなる側面は、事実以上のものを提供し、新しい考え方の発達に寄与することであった。心(ハート)の変化によってこそ、世界が必要とする変化を人類は成し遂げていくだろう。

この雑誌の精妙な機能は次のとおりである。覚者の記事とベンジャミン・クレームによる質問への回答の中に、読者はリアリティ(実在)の性質とその偉大な生命の不可欠な部分としての自分自身の性質についての理解を深める手段を持っている。これは直観の成長と意識の拡大を促す。

覚者による記事の選択

覚者方は時間の外で生きておられる。ベンジャミン・クレームの言葉を引用すると、「覚者方は時間が全くない中でリアリティを見ます」。ベンジャミン・クレームはまた、私たち人類が時間に支配されていることについて語った。シェア・インターナショナル誌への覚者のまさしく最初の記事は、時間とは心(マインド)の状態だという事実を扱った。特定の出来事や歴史上の特定の瞬間についてのものでない限り、覚者の記事は時間を超越している。それらは私たちの視点よりもはるかに広い視点から書かれた。それらは歴史の流れや予想される人類の反応に対する洞察を含んでいる。そうした記事を改めて読み、研究するよう勧めるとき、私たちには何の躊躇もない。

特定の月や世界情勢にふさわしい記事を選ぶ際には、編集を行っている時期に世界に効果を及ぼしている主要な要因を注意深く考える必要がある。関連する現在の問題に対処するという観点から選択はなされる。幸いなことに、ベンジャミン・クレームの師は大量の記事を提供してくださった。私たちがどのようにして、なぜ特定の記事や様々な報告を提示しているかに関するより詳しい説明については、それぞれの欄の導入部をご覧いただきたい。

マイトレーヤの優先順位

マイトレーヤの優先順位── 十分な食物の供給、適切な住宅、普遍的権利としての健康管理と教育── は私たちの仕事のもう一つの主要な焦点であるが、私たちは専門家でないため、多くの著名な人物の専門的な見識を取り入れている。

編集チームは、現在の出来事とハイアラキーの洞察に沿った突破口について調査する。私たちはマイトレーヤのアイディアに最も近いアイディアを抱く専門家を選ぶ。このようにして、非常に希望に満ちた発展に注意を引き付けることができる。そうした発展は、人類がマイトレーヤの存在とインスピレーションに反応していることをはっきりと示している。

ベンジャミン・クレームの師は以前に、シェア・インターナショナル誌は将来教育的な役割を担うようになり、覚者は同誌との関わりを持続するだろうと示唆した。ベンジャミン・クレームはまた、購読することによって同誌を支え続けてくれるよう好意的な人々に訴えかけた。

ベンジャミン・クレームの遺産

何年か前、ベンジャミン・クレームはあるジャーナリストから、彼が死んだとき彼の仕事はどうなるだろうかと聞かれた。彼の答えはユーモラスで明快だった。「私が長年にわたって一緒に働いてきた何千人もの人々がおります。世界中のグループの人々です。彼らは何をすべきかを知っています。この情報を知っています。マイトレーヤと覚者方の間近に迫った出現について一般大衆に知らせるというこの仕事を続けていくでしょう。彼らはそれほど幸せでないかもしれません ── 私の冗談をもう聞くことがないでしょうから。しかし、この仕事をやり続けるでしょう!」

私たちにはベンジャミン・クレームという、地に足がしっかり着いた、ユーモアあふれるお手本があったので幸運である。彼は仕事を真剣に受け止めたが、自分自身を「リーダー」にすることは決してなかった。彼は決してそうではなかったし、現在も誰もそのような立場にはいない。以下は、ジュワル・クール覚者による『秘教心理学 第二巻(下)』(AABライブラリー、258頁)からの引用である。リーダーに過度に依存するパイシス時代のグループと、もっと自己方向性を許容し、グループのメンバーが大人の弟子として責任を負う新しいアクエリアス時代のグループとの違いが描写されている。これによって仕事は確実に続いていくことになる。ジュワル・クール覚者はまた、リーダーがその死後も関与することについて述べている。

「新時代において、へその緒は[アクエリアスの]グループの生涯の早い時期に切断されるであろうが、リーダーとリーダーたちの集団は長い間、(子供の母親のように)導くインスピレーション、愛に満ちた保護する力、指導と教えの源であり続けるであろう。このような場合、リーダーが彼岸に渡ったり……したときでさえ、グループは自らの道を歩み続け、自ら方向づける媒体として自分の考えに従って生きることができる」

残された短期間に私たちが何とかやっていくことができることを覚者方は知っておられる。私たちが── ベンジャミン・クレームによってもハイアラキーによっても── 見捨てられてはいないことを私たちは知っている。大計画はマイトレーヤと覚者方の手の内にあって安全である。

 

共感 ──平和への架け橋

ヴィクトリア・ゲーターによる

ジョー・ベリー氏へのインタビュー

1984年、アイルランド共和軍(IRA)*がイギリス・ブライトンのグランドホテルに仕掛けた爆弾により、ジョー・ベリー氏の父、アンソニー・ベリー卿が死亡した。ジョーは、自分には選択肢があることを知っていた。嫌悪と怒りの感情を抱くか、理解を求めて自分の人生に平安をもたらすかである。彼女は平安を選択した。爆弾を仕掛けた罪で有罪となった男性、パトリック・マギーは、それが地域社会で目撃した抑圧や苦しみに対処する唯一の手段だと考え、熟慮の末にIRAに参加した。彼が刑務所から釈放されたことを受け、ジョーは彼と面談することを求めた。その面談以来、彼らは共感と尊敬に基づく不思議な友好関係をつくり上げ、世界中を旅して平和と理解のメッセージを広めた。

2009年にジョーは慈善団体「平和への架け橋」を設立し、世界中で暴力を理解し、非暴力的に紛争を解決するために活動している。共感は紛争を終わらせるために私たちが持つ最大の武器であると、彼女は主張する。地球規模や地元の出来事が進展すると共に政治的、宗教的、人種的な分断が深まるとき、彼女の言葉は希望のメッセージを与え、私たちすべてが他の人の中に人間性を見るように勇気づける。ビクトリア・ゲイターが本誌のために、ジョー・ベリー氏にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下 SI: あなたは、いつごろから平和について考え始めたのですか。

ジョー・ベリー:私は十代のころ、平和についてよく考えていて、どのようにしたら貢献できるのだろうかと思っていました。私は戦争や暴力的な紛争が起きていることに悩んでいました。平和をもたらすことに貢献できる職業を探しており、それを見つけられなかったことを覚えています。次に私は瞑想によって内なる平安を見いだし、それが平和をもたらす方法であるように考え、ヒマラヤに数年住み、そのことに集中しました。私は世界から完全に切り離され、それが良いことだとは全く思いませんでしたが、他に何をしてよいか分りませんでした。そして爆弾が炸裂し、それ以上、世界から切り離されていることはできなくなりました。

SI:そのときのことを、詳しくお話しいただけますか。

ベリー:私の父は国会議員で、19841012日にブライトンで保守党の党大会に参加していましたが、IRAがホテルに爆弾を仕掛け、父を含め5人が死亡しました。私は片道の航空券でアフリカに向けて出発する直前でリュックサックの荷造りをした後でしたが、爆弾がすべてを変え、私の感情の旅が始まりました。私は数日後、ロンドンのピカデリーにあるセント・ジェームス教会に行き、信者席に座り、この出来事から何か肯定的なものを探して行こうと決めたことを覚えています。つまり、意味を見いだし、父を殺した人たちを理解することです。私はそれが IRAであると知っており、彼らを理解したいと思いました。私は自分の決心を誰にも言いませんでした。それは何か違ったことをするという、静かで個人的な決心でした。私は被害者になったり、恨みがましくなったりしたくありませんでした。敵を持ちたくありませんでした。IRAは、1984年にはメディアや政治家によって、現在のISISと同じように、非人道的で邪悪な怪物として見られ、描かれておりましたが、私はそのようにしたくありませんでした。

SI:次に何が起こったのですか。

ベリー:私は、どのように進むかを知るために必要な経験を人生がもたらしてくれると信じていました。そしてそのわずか数週間後、全く途方もない、変容をもたらす体験をしたのです。私は地下鉄に乗って帰宅する途中でした。外に出るべきだという非常に強い思いを持ったため、地下鉄を降り、夜中の1時にロンドンのキングズ・クロス駅にいることになりました。自分はいったい何をしているのか、どのようにして帰宅できるのか不思議に思い、タクシーを探しました。すぐ横には若い男性がいて、彼もまたタクシーを探していました。私たちは話し始め、目的地が近いと分ったので、同乗しましょうと彼に言いました。彼は北アイルランド人だと分りました。タクシーの中で私は彼に、父が IRAに殺され、父を殺した人たちを理解したいこと、そこから何か肯定的なものを引き出したいことを伝えました。彼は言いました。「本当に偶然の一致ですが、私の兄は IRAにいて、昨年英国軍の兵士に殺されました」。つまり、そこには敵であったかもしれない二人の人物がいたのですが、平和が可能であり、誰も殺されない、誰も悪者扱いされない、そして皆が尊敬し合う世界について語り合いました。私はタクシーを降りるときに、こう思ったことを覚えています。分断に架け橋を築くことは、私が平和を実現できるかもしれない一つの方法であり、それは以前には自分に起きなかったことで、その若い男性との間につくった架け橋が、私が築いた最初の架け橋になったということです。私はこの出会いからアイディアを得ました。次に私はベルファストに行き、人々と会うことを始め、それは私が相手の人間性を回復させ、紛争について理解する助けになりました。私は、刑務所や様々なグループから講演の依頼を受け始めました。

 

SI:あなたが初めてパトリック・マギーと会ったときのことを話していただけますか。

ベリー:パトリック・マギーは、2000 年に聖金曜日和平プロセス(イギリスとアイルランドの政府間の主要な国際和平合意)の一環として刑務所から釈放されました。彼はすでに IRAのメンバーではありませんでした。私は彼とダブリンの個人宅で会いました。彼は和平プロセスに熱心に取り組んでおり、自分が害した人々と会うことにオープンであったため、私と会うことを望んでいました。彼はとても礼儀正しく丁重であり、IRAに参加した理由を私に話し、私はベルファストへの旅と父についての話を彼にしました。彼には間違いなく気配りがありましたが、私の父を殺したことを正当化し、それは聞くに耐えませんでした。しかし、それから彼は話すのをやめ、私を見てメガネを外し、目を拭って私に言いました。「私は自分が誰であるか、もはや分りません。あなたの怒りと痛みに耳を傾けたいと思います。あなたを助けるために、私に何ができますか」。そしてその瞬間、私は彼が政治的な仮面を脱いだことを知りました。後に彼が語ったのですが、彼は頭からハートに移行し、すでに正当化していなくて、そしてその時から彼は暴力を使ったことで人間性をいくらか喪失していたことを悟ったのです。後に彼は何度も、私がそこまでオープンであることを期待していなかったと語りました。それが彼の心に触れたのです。彼は私の共感によって武装解除されたのです。

SI:つまり、彼はその会合で衝撃を受けただけではなかった。何かが彼を変えたということですね。

ベリー:はい。今でも彼は、その変化が持つ意味を体験する旅の途上にあります。パトリックが私と共に公に最初に語ったことの一つは、今では私の父と一緒にお茶を飲めただろうということを知っているということでした。彼が爆弾を仕掛けたときは人間を見ていなくて、単なる標的にすぎませんでした。そしてまた、保守党政権にとっても、IRAとお茶を飲むことは議題に上がっていませんでした。しかし、彼がそう思っているという事実は非常に重要です。なぜなら、もし人とお茶を飲むことができるのなら、尊重、共感、対話、互いに話を聞くことを意味するからです。彼の話を聞くことを通して 私に起こったのは、私がもし彼の人生を生きたとしたら、私はおそらく同じ選択をしただろうという理解に達したことです。私は、敵というものは存在せず、判断も非難もなく、許すべきものもないという認識を得たのです。

SI:そしてあなた方は、二人で一緒に活動されているのですね。

ベリー:はい、私たちは友人になりました。これは普通ではない友人関係です。私たちは、刑務所、学校、大学のグループに対して、または会議で、ヨーロッパ中で、ルワンダで、レバノンで、イスラエルで、パレスチナで話をしました。私たちは、自分たちのストーリーを話し、話をやめたときは自由に質問を受けました。人は、私たちのストーリーから彼らが必要とするものを得ます。後に、疎遠となっている人物に連絡しようと決心する人もいるかもしれません。また人は、人生の中で私たちが加害者と呼ぶ人物への見方を変えたり、彼らの中で何かを変えたりします。あるいは、彼らが必要とする何かを行う旅を続けようと感じるかもしれません。このストーリーを持っていることは光栄です。なぜなら、人に大きな影響を与えられるからです。人々はたちまち、自分の内奥の非常に深い場所に入ります。それは象徴的です。ステージの上に二人の人がいて、彼らは敵同士であったかもしれないのに、想像するような振る舞いはありません。それは通常とは違った視点を与えます。

SI:イスラエルとパレスチナでの活動に関して、何か付け加えていただけますか。

ベリー: 私たちは、愛する人を殺された両方の側の親たちの団体「パレントサークル(親の輪)」から、そこへ行くことを依頼されました。最初の日に、「平和のための戦闘員」という驚くべきグループがありました。私は、部屋の中に葛藤があることを知っていました。私たちは私たちの話をし、こう思ったことを覚えています。「私たちはなぜここに来たのだろうか。私は何をしているのだろうか。私たちの衝突はまだましだ。この人たちのように日常的にこの種の問題があるわけではない」。しかし、私たちが話すのをやめた後で、新しい会話を始める許可と安全を確保してから、彼ら同士で彼らの問題に関する深い会話を始めました。ある男性は、私たちがここにいるという事実は、私たちが気にかけていることを意味しており、それを彼らはとても感謝していると言い、また私たちが解決策を押し付けなかったことは素晴らしいと言いました。自分たちの衝突が違った形で映し出されているのを見て、それが贈り物であったと、彼は言いました。そのときこそ、私が次のように思った瞬間でした。「私はこの過程を信頼し、続けて行かなければならない。別々の紛争を経験した人々が集まりストーリーを語り合うことは、本当に役に立つと思う。自分たちのグループで聞いたとしても、そこでは耳を持たないようなことに耳を傾けることができるのである」

SI:許すことの概念について、あなたはどのようにお考えですか。

ベリー:私は、自分が言いたいことを説明する時間がない限り、許すという言葉を使わなくなりました。許すことは犠牲者に不適切な圧力を課すことになると、私は思います。彼らが許さないとしたら、彼らは良い人ではありません。許すことは旅であり、私は実際に思うことが多いのですが、人が「あなたを許します」と言うとき、それは許された人を何か『悪い』ことを行った立場に置き、それを言った人を『良い』立場に置きます。私は良い悪いを超えて見ているので、「境界のない共感」という言葉を使うことを好みます。それは、人の行いを許すこととは何も関係なく、誰かの行いの根本原因を理解することに関係しています。おそらく世界では、共感を全く持たない精神病質者はごく少数であって、ほんとんどの人はストーリーを持っていて、そのストーリーを理解することが本当に役立ちます。また、許すことはできない、許したくないと言いながら、それが本当に良い仕事をすることを妨げない驚くべき人々を私は知っています。本当に辛いか許すかどちらかという考え方です。私はそれほど単純ではないと思います。

SI:世界中での憎悪の明らかな高まりと、あなたの今日の活動との関連について、何かお話しになることはありますか。

ベリー:非難することは、今までになく受け入れ可能なことと見られており、私たちは皆、この非難の文化に挑戦する必要があると私は思います。私たちは、根本的に同意しない人々と対話し、異なった視点を持つ人々を共に集わせ、互いに話を聞かせる安全な場所をつくる必要があります。そしてそれは可能だと思います。それが起こり、人々が変わるのを私は見ました。様々な種類の傾聴のサークルやフォーラムがあります。また、バスの停留所や店の中でも、それを行うことができます。しかし、私は家で座って何もしないことがOKだとは全く思いません。私たちは、世界に愛と思いやりをもたらす変革者である必要があります。

詳しくは次を参照: buildingbridgesforpeace.org

 

*「編注: IRAは、20世紀と21世紀における、アイルランドでの複数の軍事勢力のいずれかであり、全アイルランドが独立した共和国であるべきだという信念に捧げられており、その目的を達成するためには政治的暴力が必要だと信じている」

写真:パトリック・マギー氏(左)とジョー・ベリー氏

 

民衆の力の盛り上がり──選集

The rise of people power – a compilation

 

「民衆の力の盛り上がり」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』と『シェア・インターナショナル』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 

 

 

民衆の声は高まりつつある、いや(すでに)高まった。そして彼らは人々に、自分たち自身を宣言するように呼びかける。

民衆は恐れることなく、はっきりとした目で将来をのぞき、公平で、平和な世界を求める彼らの志向の実現の可能性を見た。これはひとりでに起こらないことを、兄弟姉妹たちと共に、実現するための力(パワー)を自分たちの手に握らなければならないことを、彼らは知っている。また彼らは、その道が困難であり、危険なことも知っているが、それを不成功に終わらせるにはあまりにも貴重な褒美である。なぜなら、それは同胞愛という褒美、正義、平和という褒美、そしてすべての人間にとって、より良い、より簡素な、より真の人生という褒美であるから。

(『シェア・インターナショナル』2013年7月号、

「覚者より」──民衆の声が将来を先導する)

 

 

未来への道は、新しい公正な秩序を通して、新しい人類同胞愛を通して、昔の敵との間に協力の精神を打ち立てることを通してであることを認める者が今日たくさん存在する。このすべてのことは、今日可能であり、効果をあげつつある。

新しい光が、わたしの光が、地上を照らし、そのまぶしさの中で多くの者が驚嘆する。真理のために、すべての者の利益のために働きながら、彼らは自分たちの力に畏敬の念を持つ。同様に、我が友よ、あなたがたすべての裡に真理の力が宿るのである。

(『いのちの水を運ぶ者』第128信、p.385〜386)

 

 

人類は強い力を持っています。人類はその力について全く分かっていません。適切に教育された大衆世論よりも強力なものはありません。マイトレーヤは、現在の商業主義を打倒し、分かち合いと正義の原則をもたらすために、そのような大衆世論の形成を頼りにしています。それを行うのは私たち自身です。

(『光の勢力は集合する』p.291)

 

 

今、加速的テンポで起こっている変化の中に、何らかの力(フォース)が世界の運命を導いているという証がますます増大している。いま大規模に目撃されている歴史的な変容、自由と参加を求める志向の怒濤のような盛り上がりが単なる偶然の一致であり、内的な原因はないと信じることができる者はほとんどいない。これらの重大な変化の速度だけを見ても、そうではないと否定する者はいないだろう。それは、何百万の民衆が自分たちの運命の日が来たことを認識し、権力は国民にあり、これからは国民の利益のために行使されなければならないという認識を増しつつあることを指し示している。

(『覚者は語る』─ 運命の日─ p.257)

 

 

「主の意志によって、意識の種がいま打ち開かれようとしている」。人々は至るところで目覚めはじめており、彼らの運命は自由であることに気づき、他人に支配されることを許容しなくなるだろう。世界中の政府は民衆の声に耳を傾けなければならなくなるだろう。「政府は国民による国民のためのものになるだろう」。この新しい目覚めの感覚を充分に説明し、理解できる者はいないだろう。しかしわれわれはそれを目撃し、体験するだろう。

(『いのちの法則』p.308〜309)

 

 

平和と正義と同胞愛を呼びかける者すべてを、わたしは支える。兄弟たちを愛する者たちすべてを、わたしのもとに招く。彼らはあらゆる党派から、あらゆる国家から、わたしの周りに集い来るだろう。わたしは彼らの心を希望と愛で満たす、そして彼らはその数を増し、勢いを増して、世界を制服する。この過程は始まった。すでに人々の声は聞かれ始めている。ますます声を大にして、彼らは正義と平和を求める。新たな希望が人類をとらえ、わたしの心を喜ばせる。

(『いのちの水を運ぶ者』第131信、p.395)

 

国民自身が彼らの役を演じ始めている。投票箱やデモ行進を通して、彼らの声を聞こえさせ、平和への要求を知らしめている。この時点から、後戻りはない。民衆は彼らの力を感知しつつあり、彼らが欲する平和を彼ら自身がつくりあげていかなければならないことを、そして自由とともに正義が支配するときのみ、うれしい平和が保障されるだろうということを理解しはじめている。

(『シェア・インターナショナル』2006年12月号、

「覚者より」──戦争の無意味さ)

 

 

……徐々に、マイトレーヤによって組織化され、教育され、鼓舞されて、民衆の力が大規模な世界世論となって表現され、それに対抗できる国家は存在しなくなるからです。私たちはこのプロセスの始まりにいるにすぎませんが、そのうち、民衆の力が世界で最も強力な力になるでしょう。

(『光の勢力は集合する』p.270)

 

 

わたしの教えは、もし必要とあれば、この世には人間が成し遂げ得ないものは何も存在しないことを示すであろう。人は神であり、その神性を顕し、栄えさせることのみ必要なのである。これが確かであることを、わたしの存在が保証する。なぜなら、わたしの兄弟である覚者たちとわたしとが共に、あなたがたの聖なる本性の驚嘆すべき不思議を見せてあげるのだから。このようにして、あなたがたは己の可能性に気づき、光の中に成長するであろう。

(『いのちの水を運ぶ者』第71信、p.209〜210)

 

世界中に起こっている強力な出来事 ── 今は毎日のように起こっている── は、死滅しつつある文化の死にぎわを目撃しているのであり、そしてそれは暗に新しい文化の創造を意味するという認識を人々の裡に目覚めさせている。

新しい文化がどのような形を取るかは、大体においてまだ漠然として実体のないままであるが、一つの要素はすでに大衆およびメディアの心に刻みついている。つまり民衆の声の増強とその声を聞こえさせようとする決意の増大である。これがわれわれの時代の最も重要な政治的出来事である。世界を通じて、各国の国民が自分たちの運命をコントロールしつつあり、自分たちの権利を要求しつつある。人間の神性に本来備わった特性である自由を求める裡からの呼びかけがあらゆる人種、信条の人々を団結させており、その声はますます高まりながら反響を起こし、また反響を呼んでいくだろう。圧政の最後の砦が崩壊し、人間が生得の権利を受け継ぐまで、それはこだまするだろう。

(『覚者は語る』─民衆の声─ p.329)

 

 

民衆の力は特定の国の経済体制を「倒す」ためのものではなく、その国の人々のための自由、正義、平和を勝ち取るためのものです。最終目標は常に頭に置いておかねばなりません。それは世界中に自由、正義、平和を確立することです。これを達成するためには、世界の経済体制が根本的に再組織されることが必要であることは明らかです。分かち合いはこれを達成するための最も重要な仕組みです。

(『多様性の中の和合』p.192)

 

 

神と愛は一つであるというこの単純な真理が、人を未来の約束に目覚めさせている。これがわたしの仕事をやり易くする。我が友よ、喜びと愛に満ちて、英雄のように、昔の武者のように行動する用意の整っている男女として、あなたがたに与えられた救援と愛の任務をなしていく用意の整っている者として、自分たちを示しなさい。恐れることはない、我が兄弟よ、あなたがたの肩はわたしによって強められる。

(『いのちの水を運ぶ者』第99信、p.295)

 

 

この惑星全体に広まる現在の物質主義の不正を、心(ハート)のうちで拒絶する人々が今日たくさんいる。彼らは正義と平和を願い、それらの達成のために行進しデモをする。ますます多くの世界の民衆が、一緒になるとき、強力な男たちの行動を変えるだけの力を持つことを認識しはじめている。かくして、マイトレーヤは民衆を信頼し、彼らの要求に声を与える。かくして、彼は民衆の行進に参加し、彼の声を彼らの声に加えられる。

(『シェア・インターナショナル』2005年7月号、

「覚者より」──暗闇の終わり)

多くのデモを続けることは重要です。ときどきではなく継続的に、そしてこのような持続的なデモは政府の思考に徐々に影響を与えるでしょう。

私たちがこのようなデモの価値を測ることは困難ですが、覚者方はそれが非常に強力な変化の梃子であることを疑いません。私たちはもっと頻繁にデモを組織すべきであり、参加者を増やさねばなりません。「民衆の力」は世界を変容させるでしょう。

(『多様性の中の和合』p.187)

 

 

わたしの覚者たちは、あなたがたのために未来の輪郭を描こうと働いている。これらをよく心に留めなさい。あの輝かしい未来が築かれる礎となる岩は、愛と正義と分かち合いである。これらを聖なるものと見なす者たちと手をつなぎなさい、我が友よ。それをあなたがたの目的としなさい。あなたがたの間に光の壁を築きなさい、それに対して世の攻撃は空しいであろう。

わたしの軍は動く。わたしの副官たちは戦いの結果を知っており、戦闘の計画を知っている。その戦闘はあなたがたすべてを巻き込む。なぜなら、我が友よ、兄弟たちよ、あなたがたを通して新しい世界は創られねばならないのであるから。それでは、この雄々しい仕事に参加し、あなたの気概を示しなさい。わたしの愛が、あなたを支えるであろう。わたしの法が、あなたを導く。わたしの心は、いつもあなたを包む。

(『いのちの水を運ぶ者』第45信、p.139〜140)

 

 

世界の舞台に登場するのを待ちながら、キリストは舞台の袖に立たれる。キリストのエネルギーがまず先に放出されて、変換の仕事を行い、すべての人間が願望してきた平衡を創り出す。今や多くの者が、名前で呼ぶ者も呼ばない者も、キリストの臨在を感知している。彼らはもうほとんどあきらめかけていた時に、新しいいのちと希望の放流を感知する。彼らはまた、自分たちの未来を形づくるための力と能力が増大するのを感じる。彼らがキリストを見、キリストが語るのを聞くとき、キリストが彼らの最も深い願望と要求に声を与えるとき、それに引き続いて起こる変化の大きな盛り上がりを止めるものは何もないだろう。

(『覚者は語る』─再生の門口─p.261〜262)

 

 

神よりも単純なるものは存在しない、なぜなら、すべてのものの背後にその聖なる原理があるのだから。人がこれに気づくとき、真に偉大となる。そしてその人から、創造的エネルギーが流れ出づる。わたしの計画は、その聖なる原理を顕す道を一歩一歩あなたがたに示し、あなたがたを本源へと導くことである。

(『いのちの水を運ぶ者』第54信、p.162)

 

 

民衆の声は高まり、聞き届けられることを迫る。それは新しい時代の、新しい摂理の前触れであり、生まれ出ようとして苦闘している。危険な者どもの計画や行動にもかかわらず、いやそれ故に、人々は古い束縛を投げ捨てて、権利を主張している。新しい緊迫感と新しい自信が彼らの要求に力を授ける。民衆の声の力が古い束縛を打ち破り、未来への道を指し示す。政府の役割は国民の必要をないがしろにすることであり、戦争が唯一の解決策であるということに何の問題も困難も感じないのだということを、ますます人々は気づきはじめている。権力を貪るリーダーたちの調子はずれの声は、少しの間、恐れる者たちや、軽率な者たちを引きつけるかもしれないが、彼らの時は限られており、終わりに近づいている。

(『シェア・インターナショナル』2003年4月号、

「覚者より」──束縛の終止)

 

 

人類全体としての声は本当に非常に強力です。世界の出来事に対する私たちの自由意志の表明から、どれほど強力な影響が出てくるかを知れば皆さんは驚くでしょう。私たちは自分の自由意志の間違った行為を通して多大な害を及ぼしています。同様にその正しい行使を通して多大な善をなすこともできます。それは大抵は人類自身の手の内にあります。私たちは巨大な力を持っているのです。賢明に使わなければなりません。そうすることで、マイトレーヤの正しい指導と案内の下で世界が非常に速やかに変換されるのを見ることができるのです。2、3年のうちに私たちは経済構造に関して、ただ人類がその意志を、何を願い、何がなされなければならないかを、世界の諸政府に表明するだけで、全世界を変革させることができるでしょう。

(『マイトレーヤの使命 第㈽巻』p.597〜598)

 

 

今日、大いなる新しい光が人類をその目的と運命に目覚めさせている。その輝かしい光は、神の意志の基礎をなす大目的を人に明らかにし、人間を活気づけて、大目的をその美と力(パワー)のすべてをもって実演するための関係と形態を創造させるだろう。

このような時が存在したことはなかった。人間は己自身について、そしてすべての外見の背後に横たわるフォース(エネルギー)について、新しい理解を得る瀬戸際にある。間もなく人間は神が在ることを、そして人間は神であることを、反論の余地なく知ることになるだろう。

(『覚者は語る』─ 新しい啓示─ p.205)

 

 

兄弟たちの窮乏を知り、非常に多くの者たちの苦しみに同情の思いを持ち、そしてそれらすべてを変える意志を持つ者たちに、わたしは頼る。わたしが召集する者たちの仲間に、あなたがたも入るように。そして共に新しい、より良い世界を招じ入れることができるように。

わたしの心は、志向するあなたの心の律動に応える。わたしの愛が、その火を燃やす。我が友よ、その火をあおぎ、炎となしてわたしと共に来なさい。あなたの描くビジョンをしっかりとつかんで、あなたがたすべての裡にある神を顕しなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第46信、p.142) 写真:人々は至るところで目覚めはじめており、彼らの運命は自由であることに気づき、他人に支配されることを許容しなくなるだろう。世界中の政府は民衆の声に耳を傾けなければならなくなるだろう。(マイトレーヤ、『いのちの法則』より) 写真2:人類は強い力を持っています。適切に教育された大衆世論よりも強力なものはありません。/photo: Wikimedia.org

 

時代の徴

「“奇跡の時代”が終わっていないことに、逆に世界中に奇跡はいっそう増大していることに、人々はますます気づき始めている。最近の(奇跡の)顕現は、何百万の人々の独りよがりの確信をその中核から揺さぶった。……奇跡はあふれ、驚かせ続けるだろう。いわゆる科学者や専門家たちの絶望的な望みは、人間の目がとらえる証拠を否定するのには役に立たないことが証明されるだろう。これらの顕現が引き起こす希望に心(マインド)を向けることで、人々はそれらをマイトレーヤの賢明な言葉に関連づけるだろう。そして彼の導きに従うだろう」

(『覚者は語る』1995 年 11月号)

空の徴

アイルランド、カーロウ──2017年3月25日の夕刻、グレッグ・マクレナン氏と彼の妻はアイルランド、カーロウをドライブ中に、巨大で動きのないUFOのような雲を町の上空に見かけ写真を撮った。「非常に奇妙でした」とマクレナン氏は地元紙に語った。「すべての他の雲はもっと高い位置で巻き雲だったのです……この雲だけが独特な形でした」(ufosightingsdaily.com)

 

(左)2017年2月27日、ペルーのチクラーヨでの目撃;
(右)2017年3月3日、アメリカ、バージニア州のリンチバーグでの目撃
(ufocasebook.com)

 

 

2016年8月22日、カナダ、ケベック州で老人ホームのシェフをしているアライン・レベスキー氏は、切ったジャガイモに十字があったので驚いた。

その老人ホームの住民会長エミリエン・モリン氏は、「彼はそれが十字であるのを見て『それは徴だ』と言い、それが『私はここにいる』という宗教的な徴を意味していると思ったのです」と語った。

モリン氏は、住民たちは敬虔なカトリック教徒なので、そのジャガイモを乾燥させて保存し、皆が近くで楽しめるよう食堂の陳列ケースに置くことにしたと語った。「ジャガイモが皆に安心感を持たせるのです」

 

1991年ベンジャミン・クレームとの伝導瞑想ワークショップでの光の祝福。

 

 

ペルー、エルカラオ──2017年 2月、12個の光る球体のような UFO が飛行場の飛行空域にとどまっていたために、ペルー、エルカラオのジョージ・チャベス空港の運行が少なくとも3時間停止した。ペルー人のUFO研究家のマリオ・ゼガラ氏は、写真に加え、彼が確認した公文書には、その物体が空港レーダーに捉えられたと記されていると語った。
(inexplicata.blogspot.com)

 

編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、『編集長への手紙』の保留分が非常に多数あり、それらは何年にもわたって処理され、本物であると確認されたが、いまだ掲載されていない。

覚者方、特にマイトレーヤとイエス覚者がベンジャミン・クレームの講演会や伝導瞑想会に現れてきた。彼らはまた異なった外見でも現れている。そのような体験が、ベンジャミン・クレームの師によって本物であると認められた場合、手紙は掲載される。これらの体験は、鼓舞し、導きあるいは教えるため、またしばしば治癒や精神の高揚をもたらすために与えられる。彼らはさらに、例えば喫煙や飲酒に対する幾分凝り固まった不寛容に、愉快な方法で注意を引き付けたりもする。時に覚者方は、事故や戦時、地震や他の災害において救いの『天使』として働く。彼らは「ファミリア(似姿)」つまり想念でつくった形態を使用し、それらは全くリアルに見え、それを通して覚者の考えが表現される。彼らは男性、女性、子供として意のままに現れることができる。しばしば彼らは実在の人物の『青写真』を利用するが、たいていの場合、「ファミリア」は完全に新しく創造されたものである。

 

救いの手

編集長殿

2017 222日水曜日の夜、伝導瞑想を終えてグループのメンバーと一緒に、アムステルダム市内を歩いて帰宅していた時、私はつまずいて転んでしまいました。転んだ拍子に頭に怪我をして、かなり出血していました。メンバーである友人は通りの車を止めて、運転していた人に、そこから遠くない自宅まで乗せていってもらえるか尋ねていました。彼は引っ越しをしたところで、たまたま車いっぱいの荷物を載せていたため、それは無理でした。そのすぐ後、友人は自分の夫に電話をかけて、同じ内容を頼んでいました。彼女がちょうど電話を終えた時、1台のタクシーが、店の前の少し陰になった場所に座っていた私たちのところへやって来ました。彼女の夫以外には他に誰も私たちの居場所は知りませんでした。タクシー運転手は私たちのそばの歩道へと来ました。

そのタクシー運転手は車を降りると、ある男性から私たちを迎えに行って、家に送るように依頼されたと言いました。私たちは、それは素晴らしいけれどお金を持っていないと言いました。「ああ、その人がもう10 ユーロ払ってくれましたよ」と彼から言われました。けれどもそれが非常に驚くべきことだったのは、もしその運転手に助けを頼んだのが、あの車の男性であったなら、彼は別の方向へと運転していってしまったし、タクシーが現れた方角にはタクシー乗り場もなかったからでした。そしてどのような場合でも、私の転倒から文字通り3、4分のうちに、誰がタクシーに連絡をして、支払いまでできただろうかと疑っていました。「あなたと支払いをしてくれた紳士のご親切に感謝です」と私たちは言いました(二人共がそれは確かに普通の状況ではないと思っていました!)。若いタクシー運転手は「だからこそ私たちはこの世界にいるんじゃないですか、お互いに助け合うために!」と答えてくれました。私たちは電光石火の素早さで、奇跡的に助けていただいたという結論に達しました!

ヨス・クイル

アムステルダム伝導瞑想グループ、オランダ

(次の2通は同じ人物からのものです。)

 懐かしい顔

 編集長殿

1)パリ伝導瞑想グループの4人はシェア・インターナショナル誌裏表紙写真展を、2017 331日からの週末に開催しました。展示はある写真家のスタジオで行い、「分かち合いが世界を救う」というタイトルにしました。開催日を入れて二日の日程でしたが、人々が集まったのは、その写真家のネットの情報網でイベントを告知してくれたからでした。展示とそれに関連した活動がボーブールの文化芸術的な地区で行われ、つまりはジョルジュ・ポンピドゥー・センターの正面入口を過ぎた通りにある会場だったわけなのです。メンバーはスタジオのショーウィンドウに、写真とマイトレーヤのメッセージを一緒に展示しました。それはたくさんの注目を集め、通りすがりの子供たちからも見てもらえました。

マイトレーヤはかつて(東京での同じ写真展で)、もし世界中の人々がこの裏表紙の写真を見て、それについて考えたならば、世界はより良い方へ、正義に向かって変化するだろうと言われました。実際にマイトレーヤの望みの一つは、他者の苦しみに対して私たちのハートを開くことなのです。それによって私たちは世界を変えていくのです。写真展はこの目的にかなっています。二人のメンバーがずっと会場にいたのですが、私たちは注がれるエネルギーに二度ほど驚き、それはまさにクリスマスの日のマイトレーヤからの祝福のようでした。これまでの写真展の時のエネルギーを感じることに、私たちが慣れていたとしても、そのような体験をしたのは初めてのことでした。たくさんの交友関係がそこではつながり合っていて、彼ら皆がエネルギーに満たされていたので、私たちはとてもうれしく思いました。

土曜日の朝と午後早い時間には、まだ来場者がいませんでしたので、私はシェア・インターナショナル誌の読者質問欄にあった、聴衆や来場者を視覚化することについて思い出しました。しばらくの間はショーウィンドウにある6枚の写真を眺めていく、絶え間ない人の流れがありました。それで私は来場者でいっぱいの展示会場を視覚化してみました。幾つかの「視覚映像」を思い浮かべてから目を開けると、展示会場の入口にベンジャミン・クレーム氏を見たのです。私は目をこすり、想像が幻を見せていると思いましたが、そうではありませんでした。彼はそこにいたのです。私が思うに、彼が何十年もの間シェア・インターナショナル誌の編集長であったため、そこにいたのでしょう。

百聞は一見に如かず

22017311日のパリでのミーティング中に、様々な活動を担当しているメンバーたちが集まって、アイディアを交換したり、グループの和合を強化するために交流したりする時間を持ちました。午後の間、私たちがパルタージュ(シェア)・インターナショナルの購読者数の減少や、販売を改善するために何ができるかについて話し合っていた時、メンバーが「特に今は、ベンがもういないのだから」と言いました。その瞬間、突然ベンジャミンさんが現れて、部屋の中の私の目の前に立っていたのです。私が見ていたものについて疑問の余地はありません。私はグループに数分間静かにしてくれるよう頼みました。私がグループに私の見たことを伝えるのをためらったのは、私の友人が別の状況でベンジャミンさんを目撃して、彼女がその話を伝えた人々の中には、彼女をからかいだした人たちがいたためでした。翌日、私がSI誌にこの話を書くことに決めたのは、自分だけに留めておきたくなかったことと、ベンジャミンさんがもういなくなったと考える人たちがいても、少なくとも私に関する限り、それは明らかに間違っているとわかっているという理由のためです。

M-A.A

フランス、パリ

【編集長注:ベンジャミン・クレームについてさらに詳細を尋ねたところ、手紙の筆者は彼がより若く、健康的であったと述べ、彼はただ立って写真展示場の入口から彼女を見ていたと言う】

危機一髪

編集長殿

2001 9月に、私は自分の車に義理の娘のシャーリーンと二人の子供を乗せて運転していました。私たちは主要道路をとてもゆっくりと進んでいて、1台の大きなシルバーの車が反対側から(全く普通に反対車線を走って)近づいていました。30mくらいの距離になった時、突然その車が方向を変えて、速度を保って私たちの方へ真っ直ぐに向かいながら、こちらの車線の方へ進路変更してきたのです。正面衝突になるところでした。「ああ、神よ」と言ったのを覚えていますが、シャーリーンもそうでした。私は反対側の左へとできる限り向かおうとしました。どうして衝突が起こらなかったのか全くわかりません。シャーリーンも私もショックで口がきけませんでした。数週間後でも、私たちにはまだ、なぜ事故が起きなかったのか信じられません。その車からどうやって逃れたのかわかりませんが、私はシャーリーンに「私が言えることはただ、私たちが面倒を見ていただいていたということだけよ」と言いました。

私がお尋ねしたいのは、私たちは何らかの方法で守られたのですか。私たちは死ぬことも重傷を負うこともなく、他にどうやって事故から逃れられたのか、ただ信じられない思いなのです。

ベティ・ファラジャラ

英国、サリー州フリムリー・グリーン

【ベンジャミン・クレームの師は、彼らがマイトレーヤによって助けられたことを確認した】

 

 

 

読者質問欄

国連、ニューヨークでの講演、2006年7月28日

Q 聖書は、キリストが戻られるとき、死者が立ち上がると述べています。これはどういう意味ですか。文字通りの意味ですか。

A 霊的に死んだ人が立ちあがるということを意味しています。文字通り墓から立ち上がるという意味ではありません。キリスト原理、キリスト意識に対して死んだ人々がその意識に目覚めるという意味です。その意識が今日世界中で何百万もの人々に目覚めています。それがキリストがこの世に戻って来ることを可能にしたのです。

(ラジオ・インタビュー、アメリカ)

Q ヒンズー教では、苦しみは前世か今生での悪い行いのためであるといいます。この点について明らかにしていただけますか。

A 地球上のすべての生命を支配する二つの偉大な法則があります。カルマの法則(原因と結果の法則)と再生誕の法則(輪廻転生)です。原因と結果の法則の機能によって、私たちのすべての思考、すべての行為が原因を始動させます。これらの原因から派生する結果が、私たちの人生を良くも悪くも形成します。それが良ければ私たちは幸福です。悪ければ私たちは不幸であり、苦しみます。それはすべて私たち自身によって引き起こされます。誰も私たちを指図する人はいません。魂として機能することができないために私たちがそうするのです。

私たちは転生した魂です。これらの転生した魂の進化は大計画に沿って生じます。それはロゴスのマインドの中にある計画です。しかし私たちには自由意志があります。私たちはその大計画に沿って、苦痛や苦しみなく、戦争や憎しみや暴力、汚職、貪欲、世界に起こるあらゆる醜い、恐ろしい出来事と共に生きることもできます。それはすべて私たちから出るものです。外から来るものは何もありません。

天気が私たちの好みでなければ、私たちは「ああ、神が私たちを苦しめる」と言います。神は決して私たちを苦しめません。私たちはいつも自分自身を苦しめています。時の初めから、人類は互いに殺戮しあい、貪欲で利己的でした。なぜでしょうか。なぜなら、私たちは偉大で、神的な存在であり、転生した魂ですが、物質の中に囚われているからです。それが問題なのです。物質は神性に反応せず、それで私たちは転生するのです。

Q 私たちは常に同じ国と人種に転生するのですか。

A もう一つの偉大な法則、再生誕の法則を通して、私たちは何度も何度も、何万回も生まれ変わります。この部屋の誰もが何万回もの転生を経験しており、時には男性、時には女性として、おそらく世界のすべての国に転生しています。世界には純粋な人種というものはありません。誰もがあらゆるもの── 黒、白、褐色、黄色、赤色を有しています。誰もが世界の他のどこかにいたことがあり、様々な地域、伝統、人種に生きたことがあり、純粋な人種というものは存在しません。人種的な不寛容は愚かなことです。なぜならすべての人が入り混じっているからです。

世界中を通じた人類の動きはあまりに大きいので、純粋な人種は無意味です。ある人生では黒人、別の人生では白人、他の人生では褐色、赤色、黄色だったかもしれません。それには何の違いもありません。あなたは肉体に転生した同じ魂であり、それは毎回異なるかもしれません。それは毎回全く異なることは通常ではありませんが、長い転生の期間に全く異なることもあり得ます。ですからある人種に対して不寛容になったり、ある人種はより進化しておらず、何の価値もなく、二番目の階級であるなどということは、全くのナンセンスであり、異常な意識です。

Q カルマの法則は、私たちが進化するのをどう助けるのですか。

A 二つの偉大な法則──カルマの法則、原因と結果の法則が存在し、それと関連して、再生誕の法則が存在します。それが世界のあらゆる出来事を創造します。徐々に魂は進化し、その反映である男女を、最初は瞑想、それから奉仕へと導き、次第に進化を続け、志向者となり、弟子、イニシエート、高度なイニシエート、そして覚者となります。覚者になれば、地球での進化は完成します。多くの覚者方は地球を離れ、より高度な惑星や、時にはこの太陽系を完全に離れます。他の方々は、私たちにとって幸いなことに、留まって残りの私たちと低位の王国の進化を監督するのを援助します。

私たちは地球の唯一の王国ではありません。すべての王国── その中には私たちに見えないものがたくさんありますが── は、ロゴスのこの進化の計画に従います。覚者方と、彼らと共に働く天使の進化(デーヴァの進化)は、人類をその道に沿って援助し導きます。

Q 覚者方がこの世界に存在することの効果を教えてください。

A この新しい時代の幕開けと共に、そして覚者方が世界で公に生きるのと共に、生命の性質についての途方もなく新しい意識と進化の展望が人類に与えられるでしょう。私たちの意識は、私たちもまた覚者となるまで拡大し拡張するでしょう。そして私たちはこの惑星の神の協働者となるでしょう。そして私たちは自然の力をコントロールするようになるでしょう。もしあなたがこれから先の進化、来るべきアクエリアス時代の2,500年について知れば、あなたは驚くでしょう。科学が私たちにコンロトールする力を与え、魔術的な科学が、考えることなく知ることを可能にし、直観によって、音を発することなく、テレパシー的に会話することが普通になります。テレパシーが可能になれば話し言葉は死滅するでしょう。テレパシーは自然で、通常の人間の属性です。それは開発する必要があるだけです。人類の進化は拡大し、人類は自らを途方もないエネルギー、刺激、導きの受容者として見るようになるでしょう。私たちは、地球がこれまでに知っていたよりももっと輝かしい文明を創造するでしょう。

(サンフランシスコの講演)

Q マイトレーヤの「手形」は誰にでも使えますか。12歳の子供もそれを使ってよいですか。

A その答えはイエスです。それは誰にでも使うことができます! 12歳でも112歳でも構いません。