2020年10月号目次

 

覚者より
法の規定
ベンジャミン・クレーム筆記
法の条理

今月号の内容概説

視点
新型コロナウイルスからの景気回復計画の中心には、 気候変動問題を置くべきである
パブロ・ヴィエイラ・サンパー

地球と人類を癒す 一選集
Healing the planet and humanity — a compilation

国連人道問題調整事務所パレスチナ占領地区調整官、 ジェイミー・マクゴールドリック氏の声明

アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールの目で見た仏教
アレクサンドル・ギベール

ラテンアメリカの半乾燥地域は共同で気候に適応する
マリオ・オサヴァ

時代の徴
世界中にあふれる奇跡 爆発で残った祭壇:希望のしるし

元には戻れない:何もかも変わらねばならない
グラハム・ピーブルズ

弟子道——弟子の属性
アート・ユリアーンス

「被造物がうめいている!」
フランシスコ教皇が際限のない成長を非難する
アンドレア・ゲルマノス

自然の生息地を救おう、命を救おう

編集長への手紙
そのまま頑張って! 他

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

法の規定

 シェア・インターナショナル誌は創刊以来、クレームの師である覚者が提供された記事を掲載してきた。それは記事が提供されたときのみならず、世界の状況に応じて適切だと思われるときにはいつでもそれを掲載してよいようにである。これらの二つの記事は、最初のものが1999年に、もう一つが2015年に書かれたものであるが、法──人類の法ではなく、大計画の展開における次の大いなる段階の一部としての宇宙の法──の働きを検討するものである。いつの日か、世界は自らを一つとして見るようになり、法は必然として正しい変化をもたらすことを認めるようになるであろう。

法の規定

――覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人類が「法」の規定をこれまで大体において拒絶してきたがゆえに、一連の大きな災難を経験したのであるが、彼らはそれを“神の御業”と解釈してきた。これらの“人間の行為”は、計画された地球の進化には何の類似性もない。人間がこれに気づくとき、彼らは自分たちの思考と行動を再調整するために一致した努力をするだろう。かくして“法の規定”を正しい状態にするだろう。徐々に法のリズムが人生を支配し、その結果、新しい調和とより大きな平衡が生まれるだろう。
 この過程を助けるために、巨大なアバター(大聖)がマイトレーヤの背後に立っておられる。平和または平衡の霊は、作用と反作用の法を通して、その宇宙的な存在感をこの世界の大混乱の上に注ぎ込む。これまでのところ人間は、この変容のフォース(エネルギー)の影響にぼんやりとしか気づいていない。にもかかわらず、平衡の霊のエネルギーは今やこの地球に充満している。そうであるから、人間は今日の混迷とは本当に異なる途方もない平穏な時代を期待することができる。
 その前代未聞の平和と平穏の時代の中で、新しい文明が壮麗なる高みに発展するだろう。星々へ手を伸ばし、人間は宇宙を征服し、時間の錯覚を打ち破るだろう。今日いまだ知られざる宇宙のエネルギーが利用されるだろう。己の神性の感覚が増大し、人は深く自己の裡を見つめるようになるだろう。それによって、自分の真のアイデンティティーの本質と、自然との、そして神との一体性を見いだすだろう。かくして、人間の環境は豊かに繁栄し、もはや自己の目的のために自然を搾取するような愚かなことはなくなり、自然は人間の必要をすべて満たすのに十分なだけのものを与えてくれるだろう。
 かくして、新しい文明は大計画の展開における次のステップを表現するだろう。かくして、人間はずっと昔に失った進化の弾みを取り戻すだろう。あなた方の兄であるわたしたちは、見守り、勇気づけ、警告し、保護し、人間がわたしたちの群れの中に戻ってくる喜びを経験するのである。そのようになるだろう。
 マイトレーヤが非常にしばしば言われたように、「人間は自分たちを一体として見なければならない」。
 これが、未来のすべての進歩への重要な第一歩である。その他のすべてが、その条件の達成にかかっている。これがそうであることを、そのときに初めて自己破壊が避けられることを、そのときに初めて人間の眠っている可能性をその次の偉大なる達成のために解き放つことができることを人間に示すことが、マイトレーヤと彼のグループの最初の仕事である。
 人間が彼らの一体性に目覚めることをわたしたちは疑わない。人間の落ち着きのない奮闘のすべての底に、今日彼らを襲っている多大な問題の解決には、すべての者が責任を分かち合わなければならないという認識の目覚めがある。問題と同様に、その責任も世界的であり、分割不可能であり、そして協力とエゴ(自我)の否定を通してのみ、それらに適切に対処し克服することができるという認識の目覚めがある。
 間もなく世界の前に現れようとしておられるマイトレーヤは、人間の心(マインド)をこれらの真理に開かせる仕事を持つ。彼の能力とその成功を疑ってはならない。
(1999年6月号)

「法」の条理

 人々は変化しつつある世界に生きており、それを当たり前のこととして受け入れなければならない。ある人々にとっては、これらの変化は脅威のように見え、ありがたくないだろうが、他の人々にとっては、特に若い人々には、それらの変化は両手を広げて歓迎されるだろう。あなた方の立場が何であろうとも、それは最善のためであることを保証する。なぜなら、それらの変化は時の必要を反映しており、避けられないことであり、公正である。
 人々は、これらの変化が自分たちの生活に影響を及ぼす条件を自分たち自身がつくっているということに気づくべきである。この認識が成果を上げるとき、新しい時代へのより円滑な移行が当たり前のことになるだろう。
 人々に対するわたしたち(覚者たち)の勧告はこれである──見えざる力のせいにするのではなく、われわれの時代の変容を創造していく中におけるあなた自身の役割を悟りなさい。これらの変容の中から、恍惚とした歓びがやって来ることを確信しなさい。
(2015年4 月号)

今月号の内容概説

 自由意志という概念が私たちのマインドに初めて入って以来、宇宙の法と自由意志との関係が人類を鍛えてきた。人類が自由意志を持っているかどうか、そしてどの程度持っているかが、不朽の知恵の教えによって昔から問われてきた質問である。同時に、アート・ユリアーンスの今月号の記事が明らかにしているように、弟子は責任を負わされてきた。「道に沿って進歩するうえで弟子にとって不可欠な必要条件の一つは、独りで歩む能力を培うことである。このためには勇気が必要であろう。弟子が周囲の人々の意見に反することは避けられないことであり、絶えず起こることである。勇気がしばしば必要とされるが、親しい人や世界的な権威と認められている人の意見と衝突しようとも、自分の正直な確信に従って、正しいと思うことを実行することを学ばなければならない」
 私たちは今日、正念場に立っており、すべての者の生活を向上させるために集団的な勇気を奮い起こす必要がある。ここでの議論に追加してもよい質問は、パンデミック(世界的大流行)によってはっきりと浮かび上がった変化への必要に耳を傾けるほど、私たちが集団的にも個人的にも成熟しているかどうかである。フランシスコ教皇が表現しているように、私たちは世界が「うめいている」のを聞くことができるだろうか。変容のために働き、惑星を癒すだけの想像力や共感、勇気、忍耐を持っているだろうか。法についてのベンジャミン・クレームの師による二つの記事から引用するとしたら、人類は法の働きを受け入れ、変化を受容し、勇気をもって「自分たちの思考と行動を再調整するために一致した努力をし、かくして『法の規定』を正しい状態にする」ことができるだろうか。勇気と決意が今、問題の核心となっているのは確かである。

地球と人類を癒す——選集

Healing the planet and humanity ── a compilation

「地球と人類を癒す」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤからのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第Ⅰ巻と第Ⅱ巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 人類の生活の転換点にあって大きな仕事が彼らを待つ。往古からの間違った思考と生活の習慣をこの世から払拭すること。恐怖心──欠乏や戦争や病気や死の恐怖──からの解放を可能にするように、社会生活の方法を完全に変えること。これらはまさに巨大な仕事だが、あらゆる努力を費やすに値するものである。なぜならそれは、新しい生き生きとした生活、新しいより甘美な人間関係につながり、正義と同胞愛、分かち合いと愛の原則によって支配される世界につながるだろう。そのような世界を創造する仕事よりもすばらしい目標が人類にあり得ようか。
(『覚者は語る (1)』─健康と治療(2)─より)

 わたしの教えは二重である。一つは、人間の物質面にかかわることであり、人生の必要事項である。もう一つは、我々が神と呼ぶあの聖なる存在と人間との関係についてである。わたしの言語の中では、これらは同じものである。なぜなら人間同士が正しい関係を築いてこそ、神との正しい関係を築くことができるのであるから。わたしの計画は、これをあなたがたに示し、人が己自身の裡に、分かち合い、愛し、信頼する能力を見いだす時、その瞬間から神へ向かう登り道が始まることを教えることである。
(『いのちの水を運ぶ者』第29信より)

 今日世界にのしかかっている経済的、そして実際、霊的な危機の中心にある問題は資源の再分配です。この霊的な危機が政治と経済の舞台に集中されているのです。それだから、マイトレーヤは、まず最初は、政治、経済の教師としてやって来られるのです。マイトレーヤの教えは非宗教的ですが、霊的(精神的)生活についてであり、正しい人間関係についてであります。私たちが世界の資源を分かち合うとき、世界の病を解決する最初の一歩を踏み出すことになり、それは神性へ向かう最初の一歩であります。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

 病気は結局、間違った関係の結果である──われわれの高位我である魂との関係、世界中にいるわれわれの兄弟姉妹との関係、そしてわれわれがその部分であるところの総体との関係である。魂のエネルギーの誤用によって因果(カルマ)関係を始動させる。兄弟同胞との間違った関係によって不均衡と不和を、そしてあらゆる種類の病気を引き起こす。分離意識が、われわれの周りの至るところにある治療の力から、われわれ自身を切り離している。
(『覚者は語る (1)』─健康と治療(2)─より)

 人間は非常に病的な状態にあるこの世界を救わなければならない。世界の一般の人々によって、その努力がすでに始められているのを見て、わたしたちの心(ハート)は喜ぶ。わたしはそのような人々に今語りかけている。あなた方の声を大きく上げなさい。あなた方の必要を世界に告げなさい──平和の必要を、正義と自由の必要を、宗教や皮膚の色や人種が何であれ、すべての人間が調和のうちに生きることの必要を告げなさい。すべての人間は本質的にひとつである。彼らはわたしの兄弟であり、わたしは一人ひとりを愛する。
(マイトレーヤ、2008年3月27日、『覚者は語る(2)』)

 イラクの人々の苦難、恐怖や危機、それが中国やその他の地域でSARS〈ルビ:サーズ〉(新型肺炎)として顕現し、ヨーロッパ全体などでは流感の蔓延として顕現しました。これらすべては、アメリカ政府のアフガニスタンやイラク攻撃によって引き起こされた危機状況によって生じた恐怖の直接的な結果です。神が侵略者を罰するというような問題ではありません。そうではなく、この宇宙にあるすべての原子が相互に連結しているという単純な法則です。ここで起こるところのことは、作用反作用の法則によって必ずそこに起こるようになる何かを作動させるのです。
 人類がこの法則を、カルマの法則を、ただ知的アイディアとしてではなく本当に理解するとき、すべての思考が、すべての行動が、人間が行うすべてのことが、一定の動きを、つまり原因を始動するということを認識するようになるでしょう。その原因から発する結果が、良いにつけ悪いにつけ、私たちの人生をつくるのです。
(『全人類のための世界教師』)

 今日の人間の問題は、人間自らが作り出したものである。これは常にそうであり、神の計画に内在するものではない。天与の自由意志を誤用し、人間は自分たち、および、動植物界の将来を危難にさらしている。多くの者が、今日、これに気がつきはじめ、破局をさけるために出来る限りの手段を取りつつある。これは良いことである。しかし勢いを増しつつ人類に直面してきているこの危険を、すべての人間が知るわけではない。人間の真の役割と目的に適った世界を再建するために残された時は短い。わたしの役割は、あなたがたに道を示し、可能性を描くことのみである。新しい世界は、人間自身によって作りあげられねばならない。
(『いのちの水を運ぶ者』第12信より)

 長期的に見れば、思考(と、したがってエネルギー)の正しい使用のみが、エイズも含めて、世界を苦しめている病気の除去を可能にする。これは意識の転換を前提とするが、現在は大多数の者にとっては不可能である。しかし、われわれがお互い同士とより良い関係に入るにつれて、必然的に起こることであり、政治的に社会的に正しい構造を確立することによって、それは可能になり、われわれの将来の安寧がそれにかかっている。これが、マイトレーヤが鼓舞しに来られる霊的変容である。
(『マイトレーヤの使命 第2巻』)

 人間が、管理人として、この惑星とそのすべての王国(動・植・鉱物界)の福祉を注意深く管理し、そして未来の世代のために活気にあふれた健康な惑星の住処を引き渡す責任を持つことに気づくことに、多くがかかっている。人間の捕食的行動と無頓着な無視ゆえに、この惑星はあまりにも不健康になっており、もしこれが人間だったならば、回復の見込みはほとんどないだろう。人間と低位王国の住処は、進化の大計画におけるその役割を果たすために、看護しながら健康を回復させなければならない。
(『覚者は語る(2)』─助けが必要とされる─そして提供される─より)

 現在のわれわれの第一の仕事は、環境を管理することである。これがすべての個人の、政治家の、グルや聖者の、科学者の責任になるだろう。われわれのエネルギーは、環境を再び健全にすることに費やされるだろう。それが起こるとき、苦難や病気や貧困は減少するだろう。
(『いのちの法則』)

 私たちの政治と経済と社会制度を建て直すことによって私たちの生活の中に平衡をつくりだすとき、人類の健康は劇的に改善されるでしょう。健康を維持するために巨額のお金を使う必要はなくなるでしょう。事実、予防医学が当たり前となるでしょう。病気は一般的に治療よりも予防の方がより簡単です。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

 人間はまさに偉大なる発見の瀬戸際にいる。病気は不均衡の結果であり、正しいバランスは正しい思考と行動によって維持され、そのような正しい思考と行動は至るところにいる兄弟姉妹に関わる。もし人間が病気に終わりを告げようとするならば、まず分離に終わりを告げなければならない。
(『覚者は語る (1)』─健康と治療(1)─より)

 人の道とは、同胞愛であり、密接な協力と相互の信頼であり、奉仕であるということを示そう。これが唯一の道である。他はすべて失敗に終わった。我が友よ、もしこれをなさなければ、人間はこの地上に存続し得ないのである。脅しているのではない。真実を述べているに過ぎないのである。時間は残り少ない──自然とこの世界との間に均衡をとりもどす時間は。神の子として、すべての者が兄弟同胞として、人間の尊厳をもって生きるための手段を全人類に伝えなさい。これをあなたの第一の仕事としなさい。世界の産物をすべての国々に譲り渡し、すべての人間に委託しなさい。自由な人間として、今日、これをなし、真なる神の子として、明日の栄光を刈り取りなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第12信より)

 どの治療者も、人の病は、われわれのエーテルの覆い、すなわちエーテル体に障害があり均衡が破られると起こるものであることを知っています。エネルギーの自在な流れが、どこかで妨げられると、欠乏や炎症を起こし、やがて肉体に何らかの病気となって現れる。全体としての、惑星としての体も同じことであります。天然資源の正しい流れと正しい分配が惑星上の健康と福利に最も欠くことのできないものです。
(『世界教師と覚者方の降臨』)

 世界は一つであるのに、いかで二つの世界が存在し得ようか。法はすべての人間に対して同じであるのに、いかで分割があり得ようか。やがて人間は、大勢の人々の苦しみは総体の病であることを理解し、そして正義のみがその治療法であることを理解するだろう。
(『覚者は語る (1)』─正義は神聖なり─より)

 あなたがたがわたしを見るとき、わたしが何故やってきたのかを知るだろう。わたしはあなたがたに次のように訴えるだろう──わたしの幼き者たちを救い、あなたがたの同胞を飢えから救いなさい、人類は一つであることを、唯一なる父の子供たちであることを覚えておきなさい。大地の産物を、これを必要とする者たちに、信をもって譲りなさい。これを今なして、世界を救いなさい。
(『いのちの水を運ぶ者』第31信より)

 私たちの肉体は現在、汚染によって弱められています。病気をつくり出す第一の要素です。大気、水、土壌の汚染がゆっくりと人類を害しています。私たちが地球の資源の誤用をやめ、分かち合いの原理を実施し、世界の新しいバランス、平衡をつくり出すときにのみ変化は起こるでしょう。
(『マイトレーヤの使命 第3巻』)

 国家間の現在の不均衡はあまりにも大きく、運だけでは人間を見届けるに十分ではない。致命的な病──分離と貪欲──は地上に蔓延し、治療の効果をあげるには徹底的な手段を要する。外的な混乱にもかかわらず、単純な治療が手近にある。長いこと引き延ばされた人類の試験はほとんど終わりにきている。……
 ……マイトレーヤの使命は分かち合うことを人間に訴えることで始まる。人間の心(ハート)を知るマイトレーヤは、人間の選択を、そして彼らが必要な変化を起こす用意があることを確信しておられる。「人間は生きるか、死ぬか」とマイトレーヤは言われた──人間が分かち合うことを選び、そして生き、彼と共により良い未来を創造するだろうと、十分に承知しながら、言われたのである。
(『覚者は語る (1)』─分かち合いの弁護論─より)

 わたしの任務は、あなたがたが兄弟同胞として共に平和に生きる方法を示すことである。これは想像するよりも単純なことである、我が友よ、なぜなら、必要なのは、分かち合いを受け入れることだけであるから。分かち合いは、実に、聖なることである。人間のすべての進歩の根底にある。それによって、我が兄弟よ姉妹よ、あなたがたは神との正しい関係を築くことができる。これが、我が友よ、あなたがたの人生の根底にある。分かち合うとき、あなたは兄弟の裡に宿る神を認める。これは真理である。単純なのだが、人はこれまでこのことを本当に把握することが困難であった。この真理を証明する時が来た。
(『いのちの水を運ぶ者』第82信より)

編集長への手紙

 シェア・インターナショナル誌には、未掲載手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームと彼の師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されている。その他の掲載された手紙は新しいものであり、覚者が関わっていたかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。

そのまま頑張って!

 2020年8月15日の土曜日、私は友人と一緒に買い物に出かけました。途中で一人の男性が私たちの方へやって来て、「あなた方はイエス・キリストを信じますか?」と尋ねてきました。私は彼の突然の質問にびっくりしましたが、友人は躊躇なく「はい」と答えていました。私も同意してうなずくと、その男性は「そのまま頑張って!」と言ってくれました。その言葉はその時、私が必要としていた答えでした。
 帰り道で彼が私の方に背中を向けて座っているのが見えて、その姿に温かい気持ちになったのは、彼の振る舞いが私にとって、マイトレーヤのための活動を続けることへの励ましを意味していたからでした。翌日の日曜日には、それで頑張れたのです。
カリン・マイウ
ベルギー、ルーバン

次の3通は同じ人物からのものです。

アメイジング・グレイス
(すばらしき恩寵)

編集長殿
 (1)2005年3月30日の午前9時10分頃、私の母が車の事故を起こし、車は上下逆さまになり、木々にぶつかって大破しました。警察が到着すると、彼らは母が無傷で出てきたことに仰天しました。
 事故は母の車が道路でスリップしたために起こりました。周囲に他の車はなく、二人の男性が現れて母を助けるまで誰もいませんでした。その二人は少し『労働者』のように見えて、私が思うに建設作業員でした。一人はとてもぽっちゃりとした人でした。彼らは警察が到着するまで留まってくれました。彼らもまた母が生き延びていたことに驚いていました。
 私の母は聖なる介入があったと信じています。その二人の男性は、主マイトレーヤとイエス覚者でしたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、『ぽっちゃりとした』男性がマイトレーヤで、もう一人がイエス覚者であったことを確認した】

有効に使われたお金

編集長殿
 (2)2005年6月18日に、瞑想仲間のリチャードと私は公開瞑想会を開いていました。誰も来そうになかったので、私は主マイトレーヤの『手』のカードに自分の手を乗せて、「最低でも、主マイトレーヤとイエス覚者が来て……あの、つまり『最高で』という意味で、彼らは最も重要な方々ですから!」とお願いしました。
 誰も来なかったので、外へ出て人々の注目を引こうと私が言いました。私たちはチラシやカードを完全装備していました。私が瞑想の無料体験をしませんかと尋ねると、人々は微笑んでいましたが、誘いに応じてはくれませんでした。一人の男性が足早に通り過ぎていきながら、「私はすべてにサインした……テトラヒドロンというものにも!」と言っていました。私が彼を覚者ではないかと思ったのは、リチャードが少し前に『テトラヒドロンというもの』について話をしていたからでした。
 別の男性が立ち止り、私たちに長々と話しかけてきました。私が彼の言葉にくじけて引き下がったりせず、元気いっぱいのままで、伝導瞑想は異なるものであることを伝えようとして、一つの人類、一つの宗教があるだけだなどと言い続けたので、彼は驚いていました。彼から高級車を販売して、少なくとも手数料をもらったらどうかと言われました! 彼はお金の良い使い方について適切な話をしてくれて、私は会場のためのお金を、横長の折り畳み式テーブルに使えば、ブライトンのレーン(狭い路地が集まる観光名所)でテーブルを設置できて良いのではないかと考え続けていたのです。私は彼にお金に使うことは得意で、これからもそうだと請け合いました。私は彼と長い時間話しながら、彼はイエス覚者なのか、ただの面白い男性なのだろうかと思っていました。
【ベンジャミン・クレームの師は、その『面白い男性』がイエス覚者であったことを確認した】

治癒のためのレシピ

編集長殿
(3)2005年7月13日、私の友人のジェムは庭にツグミがいるのに気づきました。それは彼のすぐそばまでやって来ました。私が庭に行くと、同じツグミが戻って来ました。私たちが二人で鳥を眺めていると、ナメクジを捕まえて、それを泥の所にこすりつけてから、今度は泥を草の上でぬぐって、最後にさらに泥をぬぐっていました。それは私がその前に台所でやっていたように、レシピに従っているようだと思いました。それからそのツグミはまるで私にナメクジを差し出すようにして、ごく近くまでやって来て、私を見上げていました。友人は笑って「君のためのものだよ」と言いました。
 私はその日一日中、治癒のエネルギーを感じていて、もしかしてそのツグミは主マイトレーヤか他の覚者だったかもしれないと思っていました。
 もう一つの出来事がブライトンのレーンで起こりました。それは2004年の9月頃のことでした。私は友人に石鹸をいくつか買おうとしていました。その香りは、彼が強迫観念の傾向から離れるのを助けてくれるからです。私は彼が自分のアパートをきれいにするのを助け、彼が(私の考えでは)正しい道をたどるように励ましてきました。
 私が石鹸を買っていた時、一人の背の高い男性が私たちのところへやって来て、私を称賛してくれました。彼は私の友人が理解できる海事用語も使って話をしました。彼が私をハグしてくれて、私の友人に「私の面倒を見る」ように伝えていました。私の友人はそれが意義深い出会いで、お告げだと思いました。
この男性はどなただったのか、彼は覚者でしたか。
L.S.
英国、サセックス州
【ベンジャミン・クレームの師は、その鳥の一連の動きはマイトレーヤによって現され、その男性もマイトレーヤであったことを確認した】

読者質問欄

Q あなたはこの情報をオープン・マインド(開かれた心)で聞いてほしいと言われますが、それは難しいとも言われています。なぜそうなのでしょうか。

A 私たちは皆オープン・マインドを持っていると思っていますが、実際には全くそうではありません。私たちが信じていることのほとんど、世界はこういうものだと考えていることのすべては、実際には生まれたときからの条件付けの結果です。私たちは自分が信じていることや自分の考えに反するものに出会うと、それを払いのけてしまいがちです。それは自尊心や思考の安定に干渉するので、私たちはそれを無視し、好みません。
 正統的な伝統を信じる人々や、私の言うことに反するように思える何らかの宗教組織に属する人々にとって、それは特に難しいことです。私の見解からは、私の言うことはどんな宗教的教えとも対立しないと思います。そのように思えるかもしれませんが。この情報は難しく、特に初めて聞く場合にはそうでしょう。この話にいくらかでも馴染めば、正しいと思うことができるようになり始めるでしょう。まず始めに、それは完全に間違っているか、本当であるにはあまりに良過ぎると思われるのです。

Q あなたは自分の言うことが事実であると確信しているのだと思いますが、なぜ長年同じことを言い続けるのですか。その価値があると思いますか。

A それは明らかなことだと思います。もし私の言うことが真実であれば、これはあなたがこれまでに聞いたどんなことよりも重要な情報です。もしこれが真実であれば、それは今の人生だけではなく、遠い過去から将来までの連続する人生の基礎となるものです。この情報は、それが真実であれば、今日起こっていることへの理解を与えます。なぜ物事がこのように起こるのかについてです。大多数の人類が平和と正義と幸福の世界に入っていけるように、多くの人々にとって恐ろしい、つまり困難でトラウマ(心の傷)となるような物事を、いかにして変えていくことができるかを教えます。

Q マイトレーヤはなぜ世界大戦中にやって来られなかったのですか。

A 500年以上もの間、覚者方は彼らが日常世界に戻らなければならないことを知っており、その出来事に備えていました。長い間、彼らはそれが可能になるにはあと1,000年か1,200、1,300年くらいかかると思い、それまでに人類は彼らが与えるものへの準備ができているだろうと考えていました。1945年6月、戦争が事実上終わった時、マイトレーヤは覚者方の一団に向かって、もし人類が正義、分かち合い、正しい人間関係への第一歩を自らの自由意志で踏み出したら、可能な限り最も早い時点で戻ると発表されました。戦争が、完全にではなくとも、少なくとも事実上終わり、重要でなくなったとき、分かち合いの原則が少なくとも経済関係を支配し始めたとき、善意のエネルギーが顕現し、正しい人間関係の確立へと導くようになったとき、彼はやって来ると言われました。それらがほんの少しでも起こり始めたとき、完全である必要はなく、私たちのマインドがそれらの方向に向き始めたとき、マイトレーヤは、覚者方の一団と共にご自身が日常世界に戻ると言われました。
 それは1945年のことでした。5年以内、1950年頃にやって来ることが期待されました。正確な時間ではありませんが、およそ5年です。戦争が、その非常な恐ろしさによって、人類を懲らしめ、方向を変えることが期待されました。しかし、すべての国が苦しんだわけではなく、大国は古いやり方──古い貪欲な、利己的なやり方、過去の競争的なやり方──に速やかに戻りました。実際、それはパイシスの時代のやり方であり、今や終わりつつあります。その結果、マイトレーヤの到来は延期され、遂に1977年、マイトレーヤは「人類の用意があろうがなかろうが」やって来ると言われました。

Q 進歩的で、変化を求める、より「ニュー・エイジ」的なタイプの人々が、保守的で「パイシス的な」人々よりも効果的でないように見えるときがあるのはなぜですか。

A 新しいタイプの人々は、エネルギーを感じ、アクエリアスのエネルギーに反応していますが、彼らにふさわしい仕組みが存在しません。現在のシステム──政治、経済、社会、教育、科学、文化等々は、すべて過去の時代の産物であり、彼らにとっては完全に敵対するものです。それはすべて過去のパイシスの時代に関係しています。そして彼らの反応はそれらすべてを一掃したいというものです。彼らはそれをすべて取り除き、最初から始め、すべてを再建したいと思っています。しかし、再建は古き最良のものの上に行わなければなりません。人類を引きとどめる古い最悪のものは取り除かなければなりませんが、古い最良のものの上に新しいものを築かなければいけません。今私たちの前にある仕事は、新しい仕組みと新しい性質を築き、人類の中にそれを構築し、アクエリアスの特質を表現することです。
(2006年9月、オランダ、アムステルダムの講演より)

Q アトランティス文明はどのくらい続いたのですか。盗みはいつから始まったのですか。人々が盗むことをしなかった時代があったとあなたは言われました。

A アトランティス文明は1,250万年続きました。盗みが始まったのはいつか? 1,250万年の中のどこかです!
(2009年9月、オランダ、アムステルダムでの講演)

Q この仕事においてなぜ感傷性が問題になるのですか。

A 他の光線よりも感傷的な光線が二つあります。第6光線と第2光線です。世界中のグループの人々はこの二つの光線をたくさん持っており、そのため感傷性が存在します。感傷的な人は、感傷的でない人は厳しく排他的であるなどと考えがちです。そうではありません。客観的で非人格的であること(それは望ましいことです)と冷たく厳しいこと(それは望ましくないことです)との間には違いがあります。
 第2光線と第6光線の人々はあらゆる状況において感傷的になる傾向があります。彼らはしばしば感じがよくてとても優しい人々ですが、グループとグループ・ワークの観点からは、その感傷性は重要ではありません。単なる「障害」や壁です。

2020年9月号目次

 

覚者より
新しい状況の到来
ベンジャミン・クレーム筆記

今月号の内容概説

視点
国連が世界の最も貧しい27億人のために
臨時ベーシックインカムを呼びかける
ジュリア・コンリー

経済的な分かち合いの原則
セバスチャン・ヴィユモ

ジョン・ルイス氏を追悼する
―平和、正義、非暴力に捧げた人生

オバマ前大統領による
ジョン・ルイス氏への追悼演説 一抜粋

動物王国のために
マクネア・エザードによるマーク・ベコフ氏へのインタビュー

新型コロナの状況下における難民と移民労働者の窮状
グラハム・ピーブルズ

時代の徴
空の徴

善を鼓舞する力
アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏へのインタビューからの抜粋

勇気と恐れないこと ―選集
Courage and fearlessness — a compilation

アマゾン森林と人々が危険な状態にある
チアゴ・スタイバーノ・アルベス

編集長への手紙
したたかな知恵 他

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

新しい状況の到来

シェア・インターナショナル誌には創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者が提供してくださった記事を毎月掲載してきた。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載してよいようにである。2015年3月に最初に書かれたこの記事は、人類の前に横たわる厳しい時代を予期させて、急激に変化する世界について警告し、人類がこの挑戦に向けて立ち上がることができる可能性を示唆している。数年経過後に振り返って見た場合の現在の問題は、「古い生き方からいかに新しい生き方を確立していくのか」ということであるに違いない。

新しい状況の到来

ー覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 今まさに間近に起こる出来事は多くの人々を当惑させるだろう──政治、経済、社会に現れる変化のスピードはあまりにも速く、しかもそれは非常に頻繁に起こるだろう。
 多くの者にとって、彼らの主な反応は不安と困惑であろう。それらの変化の性質とその規模の大きさに当惑し、怯えながら、それを変容する社会の徴として見るだろう。他の者たちは新しい顕現を恐れ、憤るだろう。あらゆるところで人々は、自分たちが取るべき正しい方向に確信がなく、用心深く行動するだろう。
しかしながら、人々がそのように行動するのもあまり長くないだろう。彼らは、自分たちがまことに変化しつつある世界に住んでいることに気づき、彼らの信念や価値観に対するより大きなチャレンジに悩まされるだろう。
 かくして、人は古いものから新しいものを確立し始め、この時代のチャレンジに応えるために彼らの能力をますます発揮し始めるだろう。
2015年2月8日(2015年3月号より)

今月号の内容概説

 現在、世界の現状を困難なもの、不可解なものとして経験していない人はほとんどいないはずである。今月号でベンジャミン・クレームの師である覚者の記事「新しい状況の到来」を選んだのは、このような時代の落ち着かない状態から尻込みすることなく、人類の苦境の中から生じて「この時代のチャレンジに応えるために彼らの能力をますます発揮」するかもしれない可能性を指摘しているからである。

 チャレンジに応えるというテーマは、今月号の記事やインタビューで取り上げられている。例えば、コロナウイルスの衝撃で悪化した不景気、失業、貧困や、(たとえ臨時措置としてであれ)国連が最近提案したようにユニバーサル・ベーシックインカム(全世界市民向けの最低所得保障)のようなアイディアを推進することによって人々がどのように応えているかが取り上げられている。フランスの経済学者、セバスチャン・ヴィユモ氏は、主流の資本家たちがどう言おうとも、分かち合いがいかに現実の選択肢であるかを指摘している。

 日常生活の大部分が今や新型コロナウイルスという観点から見られており、科学はウイルスの起源を調査しているが、本誌は動物たちとの関係や動物たちの意識について探るマクネア・エザード氏によるインタビューを掲載する。

 本誌は哀悼の意を表することなく、ジョン・ルイス米下院議員のような公民権運動の英雄の逝去を忘れてしまうことはできなかった。彼の価値観はシェア・インターナショナル誌の価値観をかなりの程度反映しているからである。オバマ前米大統領はジョン・ルイス氏とその業績を思い起こしながら、すべてのアメリカ人のために一票を投じることによってルイス氏を称えるようアメリカ人に熱心に訴えかけた。「もし時間があれば行うようなこととして、投票を扱うことはできません。民主主義のために取ることのできる最も重要な行動として、投票を扱う必要があります」

 もし現在、国家経済が苦しんでいるとしたら、社会的に疎外された人々──パンデミック(世界的大流行)以前から生活が不公正な闘いそのものであった難民や移民労働者──の苦境を想像するよう、ジャーナリストのグラハム・ピーブルズ氏は私たちに求めている。

 今月号は、より良い世界や、この惑星への奉仕、改善に向けた、実際的な志向の模範を提示している。ジョン・ルイス氏であれ、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス米下院議員であれ、あるいは原住民の環境保護活動家であれ、「普通の」人々の生活上の英雄的行為も繰り返しテーマとなっている。オカシオ=コルテス氏は米国の保守層の既得権益と闘う一方、本誌のブラジルの通信員が描写しているように、アマゾンでは、熱帯雨林の商業化や搾取、破壊を阻止するために活動家たちが文字通り自分の人生を犠牲にしている。オカシオ=コルテス氏へのインタビューの書き起こし記事では、彼女独特の実際的理想主義と、彼女が代表する人々の生活状況を改善しようという決意が掘り下げられている。どのような霊的態度が効果的な仕事に最もつながると思うかと問われて、彼女はこう答えた。「私が最もよく実践している霊的な訓練は、無執着であると思います。私の使命は、より良い世界の原則を推進することです。この『ポスト』に過度に執着していると、仕事をすることができません。……私は自我や評価に対する無執着を実践する必要があります。強力で裕福な人々の小さな階級による社会的受容に執着することはできません。彼らは連邦議会の同僚です。この富裕層による社会的受容に執着する場合、私は自分の仕事をすることができません」

動物王国のために

マクネア・エザードによるマーク・ベコフ氏へのインタビュー

 マーク・ベコフ哲学博士はコロラド大学の生態学および進化生物学の名誉教授である。彼はジェーン・グドール氏と共に、「動物の倫理的扱いのための動物行動学者」を共同で設立した。彼はまた、グドール氏の国際的なプログラム「ルーツ&シューツ」の特使でもあり、そこで学生、高齢者、受刑者と共に活動している。彼の研究や関心の分野は、人と動物の関係学、動物保護、行動生態学、動物の行動と感情、人道的自然保全を中心としていた。ベコフ氏は30冊の著書を著した。その中には、『動物マニフェスト──共感の範囲を広げる六つの理由(The Animal Manifesto: six reasons for expanding our compassion footprint)』および『動物たちの感情側面の生活── 一流の科学者が動物の喜びや悲しみ、共感、そして動物が大事である理由を探究する(The Emotional Lives of Animals: a leading scientist explores animal joy, sorrow, and empathy-and why they matter)』などがある。マクネア・エザードが本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI): 動物の意識と感情の研究へのあなたの関心は、どのようにして始まったのですか。
マーク・ベコフ: 私は2歳くらいのときから動物の感情と意識に関心を持っていました。母はとても思いやり深く、親身な性格でした。父はとても気さくで、前向きな考え方をしていました。こうしたことが私に大きな影響を与えました。私の家族は、私が小さいときに近所の動物によく話しかけていたと言っています。私は動物がどのように感じ、考えるかを気に掛けていました。

SI:動物の感情の分野は認知行動学と呼ばれる広範囲な科学的専門分野に分類されますが、それはどのようなものでしょうか。
ベコフ:私は認知行動学を動物の心のアイディアと定義します。それは、動物が活発な心を持っていて、動物の中で何かが起こっているという仮定に基づいています。認知行動学は、異なった状況に直面したときに動物が考えていることや感じていることに細心の注意を払います。認知行動学の分野は急速に拡大しています。多くの比較研究が進行中です。それは、ヒトではない膨大な数の多様な動物が非常に活発で豊かな心と感情を持っていることを明確に示しています。

SI:あなたは動物の意識をどのように定義しますか。
ベコフ:それは私たちが人間の意識を定義する場合と全く同じ方法によります。単純な定義は、動物は起こっていることを知覚し、熟考するというものです。次に動物は、特定の状況で何をするかについて決定を行います。ヒトではない多くの動物は起こっていることを見ることができ、その状況で何が行うべき最良な選択であるかを決定します。行動の柔軟性が意識の良い指標です。

SI: ヒトではない動物の異なった種の間で、意識の現れ方は違いますか。
ベコフ:答えは意識の定義方法によって異なります。生物学的、動物行動学的な視点からは、それは状況を評価し、何が行うべき最良の行動であるかを判断する能力です。生物学的に言えば、行うべき最も適応性のあることは何かということです。ですから答えはいいえであり、現れ方が違うとは思いません。動物としてのヒトを含む異なった動物が多様な状況に適用するやり方は違っており、その理由は、感覚能力と運動能力が異なるからです。しかし、それを一般的な方法で見ると、与えられた状況下で何をすべきか最良な選択を行う能力は、多くの種に共通する意識の表現なのです。

SI:あなたはシアトル・タイムズの記事で、多くの動物が善悪の区別をすることができると書かれました。動物王国での意識は、私たちが物事の道徳観と呼ぶようなものに反映されているのでしょうか。
べコフ:はい、それは多くの種に見られる遊びの行動の例に反映されています。動物の遊びを観察していますと、遊びが攻撃にエスカレートすることは滅多にありません。動物たちは互いに評価し合っています。動物たちは遊びで一定のルールに合意しており、一定のルールに従います。彼らは別の個体がしていることを評価します。
 私はそれを『走りながらの微調整』と呼んでおり、もし私とあなたが遊んでいて私たちが犬であったとしたら、私が何かをすると、次の瞬間にこう言います。「何ということだ。彼はどうしているのだろうか。彼は起こっていることに満足しているのだろうか。私は行動を変える必要があるのだろうか。彼を強く叩き過ぎたのだろうか。彼を強く噛み過ぎたのだろうか」。食べ物を分け合ったり、困っている個体を助けたりするなど、このようなすべての道徳的、倫理的な判断を動物に見ることできます。長い間、このことはあまり注目されていませんでした。あり得ないこととして除外されていました。このような分かち合いと正義のルールが存在し、幅広い種がこうした特質を持つことを示す研究が増加していることに私は励まされています。

SI:動物の意識は、動物が魂を持つことを意味しますか。
ベコフ:私はその問題を深く研究したわけではありませんが、動物としてのヒトが魂を持っているとしたら、ヒトではない動物が魂を持たないと考える理由はありません。多くの議論が異なった宗教的、神学的な立場から来ています。それを熟考することは興味深いです。私はそれを行う能力や知識を持っていません。魂を持っているとはどういうことでしょうか。もしマーク・ベコフが魂を持っているのなら、犬や他の動物が魂を持たないと考える理由はありません。

SI:最も意識的で最も知的な動物は何でしょうか。
ベコフ:私はそのようには考えません。動物は、それが属する種の『会員証を持つメンバー』となるためにする必要のあることをしなければなりません。生物学的な観点から知性の違いを話すことは、あまり意味があるとは思いません。例えばねずみは、ヒトではない霊長類ができない多くのことをすることができます。ねずみはゴリラが持たない一定の嗅覚能力を持っています。ねずみはゴリラにはできない問題や迷路を解決することができますが、ねずみはゴリラよりも頭が良いと言う人はいないでしょう。
 さて、もしゴリラやチンパンジーや犬が、ねずみができない何かをする場合、犬やこのような他の動物がねずみよりも頭が良いと言うことをためらう人はほとんどいません。生物学的な観点からは、個体が生き残り繁栄するために何をする必要があるのかを見る必要があります。私は犬に関する研究をしているために、「犬は猫よりも頭が良いでしょうか」という質問をよく受けます。それは重要な質問ではありません。猫は一定のことをします。犬は一定のことをします。もし彼らが生き残り繁栄することができれば、そのことが、種のメンバーとして彼らがそれをどのように上手く行えるかについてのリトマス試験となります。
 種の中でも違いはあります。ある動物は一定の作業についてより上手く学びます。また、種の中で複数の知性を見ることができます。例えば、社会的知性を持つ犬がいれば、路上を生き抜く知性を持つ犬もいます。ある犬は他の犬よりも一定の問題を上手に解決できますが、一方がもう一方よりも必ずしも頭が良いとは私は言いません。彼らは違った種類の知性を持っているのです。私の犬たちの多くは非常に賢かったのですが、路上で自力で生きることができたのは、その中の2、3頭だけでした。

SI:人間には一定の非言語のコミュニケーション手段が知られており、ある人はそれをテレパシーもしくはESPと呼びます。それは動物王国にも存在するのでしょうか。
ベコフ:様々な種の観察に無数の時間を費やして私が学んだことは、ヒトとしての私は動物と同じ感覚能力を共有していないことです。私は、犬や他の動物が持つ嗅覚能力や聴覚能力を持っていません。特定の動物に見えるものが見えません。紫外線や超音波、可聴下音の領域を使ってコミュニケーションをしません。最も単純な定義は、動物たちは私たちが持たない異なった感覚能力、感覚器官を使いながら互いにコミュニケーションをしているというものです。「うちの犬や猫やある種の野生動物はテレパシー的です」といったストーリーを頻繁に聞きます。私は科学者として扉を開いたままにし、「そうですか。私は知りません」と言うだけです。

SI:動物は、人間に見られるような同じ種類の感情を持っていますか。
ベコフ:私たち人間は、喜び、悲しみ、困惑、不幸と幸福などの同じ感情を持っていますが、それらを違ったやり方で表現します。あなたの喜びが私の喜びと同じものかどうか、あなたの悲しみが私の悲しみと同じものかどうか私には分かりませんが、私はそれを持っているがあなたはそれを持っていないと言うことは間違いでしょう。
 ヒトではない多くの動物の間で様々な感情の違いが見られますが、動物の個体間でも違いがあるでしょう。犬や猫やねずみやシャチは私たちと同じようには感じないと言う人がいたら、私はこう言います。「第一に、私たちはそれを知りません。第二に、それは実際には問題ではありません。というのは、特定の状況で私はあなたと同じように感じないかもしれないからです。私たちは、悲しみや喜びや嫉妬を違ったやり方で表現するかもしれません」

SI:2012年にケンブリッジ大学で科学者の会議があり、「意識に関するケンブリッジ宣言」という文書が公開されました。この文書は、意識の能力において人間はユニーク(独特)ではないと結論づけました。それはまた、動物王国にも拡大できるものです。科学者たちの結論は、非科学分野の人々にとって驚きであったとあなたは思われますか。
ベコフ:いいえ。意識に関するケンブリッジ宣言は長年の懸案でした。当時私は、ヒトではない動物の扱い方にこの宣言は影響を及ぼすだろうと期待していました。そこでは16人の著名な科学者が発表され、ケンブリッジ宣言に署名しましたが、それまでにヒトではない動物の行動の研究をしたことがある科学者はその中の2、3人だけでした。それに関して大きな課題のリストがありました。スティーブン・ホーキング氏がその中にいました。それは大きなニュースとなりました。全体的には、それは大きな失望でした。宣言そのものは、研究や食用や娯楽や狩猟のために使用されている動物の福利に対して、ほとんど影響を及ぼしませんでした。私たちの他の動物との関わり合い方に関して、大きな影響はありませんでした。

SI:そのことは、新型コロナウイルスに関する問題を提起します。このウイルスはコウモリから発生し、中間の動物を通して人間に伝播されたと考えられています。この種の疾病伝播は、人間と動物王国の間の間違った関係を示しているのでしょうか。
ベコフ:私はこの件に関して多くのインタビューに応じましたが、私は専門家ではありません。しかし、中国の賑やかな市場や他の場所などで他の動物と関わり合う中で、ウイルスがヒト以外のある種の動物から動物としてのヒトに伝播されたことは間違いありません。
 必ずしもベジタリアンやヴィーガン(完全菜食主義者)ではない多くの人々が食事メニューを変える決断をしたのは、その関係が不明瞭だからです。こうしたヒトではない動物たちの扱われ方、彼らが消費され、処理され、接触される方法はこの恐ろしいウイルスの永続化にとって重要であると、私たちが知っていることが示していると私は考えます。

SI:動物王国との関わり合い方について、あなたは未来に希望を持っていますか。
ベコフ:私は希望を持っていますが、長い時間が必要でしょう。多くの人がこの大流行の中でストレスを感じ、大いに苦しんでいます。ヒトではない動物への態度を変えるように頼むことは難しいです。頼むこと自体は簡単ですが、何かをさせることは難しいのです。私たちは改善するために変化する必要があり、さもなければ破滅に向かう運命にあります。他の動物を殺し、消費し、彼らの家を盗むことを続けながら、地球がある種の生態学的なバランスを保つと考えることはできません。

SI:長年の間、私たちは罰を受けずにそのようなことを行いました。私たちは危機の淵にあります。
ベコフ:はい、私たちは淵にあります。多くの人が苦しんでおり、それは、ある種の満足できる人生を送っている人々より遙かに多いのです。私たちは変化する必要がありますが、同時に私は希望を持っています。私は見知らぬ人と多くの電子メールのやり取りや議論をしました。例えば、動物と人間の関係や新型コロナウイルスの伝播などについてです。おそらく明るい側面の一つは、人々が態度を変え、ヒトではない動物の利益にもなるようにするだろうということです。

SI: あなたの著書『動物マニフェスト』についてお話しいただけますか。
ベコフ:この本は、動物が自分たちの生活をより良いものにするために人間に何を求めているのだろうかという視点から書かれました。私は、炭素フットプリントに相当するような共感フットプリントと呼ぶアイディアを提示しています。誰でも自分の共感フットプリントを増加させ、ヒト以外の動物の扱い方を改善する能力があることを議論しています。人間が支配する世界で、彼らが何であり、何を必要としているかを尊重する必要があります。動物を害し、殺すことをやめるのです。彼らもまた、この世界に属しているのです。

SI:動物の意識と感情を理解するために活動するあなたの人生が、この惑星においてあなたとあなたの人生観にどのように影響を与えたのかをお話しいただけますか。
ベコフ:アリから蜂、犬、猫、鯨、象、ペンギンに至るまで、野生で興味を持ったあらゆる動物を見るとき、私はいつも動物の足下に踏み込もうとします。動物の心やハートに踏み込もうとし、動物が人間に対して実際に望んでいることを見つけようとします。近しい距離感は、動物が求め必要としているものや、ますます人間が支配する世界で動物の生活を改善するために私や他の人間ができることを知ろうとする動機を私に与えてくれます。
 私たちは「人新世」と呼ばれる時代に生きています。人々はそれを「人間の時代」と呼びます。私はそれを「非人間性の猛威」と呼びます。この惑星を人間が支配しているという意味での人間の時代です。一歩下がり、私たちがこの惑星に及ぼしている信じ難い破壊を見るとき、動物が良い生活を送るために必要なことにもっと注意を払い、ヒトではない多くの動物が平和で安全に暮らし繁栄するために同じことが必要であると認識する人が増えていけば素晴らしいなと、私は感じます。

SI:なぜ人類は、動物王国や自然世界との関係で、正しい管理、より一層の共感、より一層の理解を体現するアプローチではなく、支配のアプローチを採用したのだとあなたは思われますか。
ベコフ:一番目の理由は、私たちにはできるからです。私たちにはその能力がありました。多くのアプローチが、人間だけが神の姿に似せてつくられ、そのため人間には他の個体の生命を支配する権利があると述べる様々な宗教の伝統の影響を受けています。人間に他の動物への支配権が与えられたとき、支配権は共存や保護管理とは反対である支配として再定義されました。私より読書や研究の経験が深く、支配権は支配を意味するものではないと主張する多くの人々がいます。それは、ヒトではない動物が人間と共に平和に生きる権利を持つことを理解しつつ、平和的な共存を意味するものでした。私たちは、このような平和的な関係を発展させ維持するためにできることを行う義務を負っているのです。それは支配の問題ではなく、保護管理の問題です。