ペンテコステの訪問

編集長殿
 ペンテコステの翌日の月曜日は、オランダでは祝日です。2016年5月16日のペンテコステ・マンデーに、センターは公式には閉まっていましたが、数人がそこで仕事をしていたので、「オープン」の看板をドアに出しました(ちょうど前日に私たち数人が冗談で、ペンテコステの大宣言の日にマイトレーヤに会うのを希望しているとか、期待しているという架空の話をしていたのですが、それはペンテコステが弟子たちのオーバーシャドウの象徴だからです)。
 まさに私たちが閉めようとしていた時、お馴染みの姿の、スリナム人の風貌の男性が、中をのぞき込んできて、『生きる術』の本をちょっと見てみたいと言いました。ほんの二言三言で彼は私たちをよく知っていることがわかり、普通の訪問者ではないことが早々に判明しました。
ここからは、その時彼が語ったいくつかのことです。「私たちは皆ひとつで、すべてがつながっているのです」
 「あなたたちはここで瞑想をしていますよね? いつもは何人が来ますか?」。それは2人から大体12人くらいの間だと、私たちは答えました。「人々はまだ瞑想が恐ろしいと考えています。忙しく行動しているのが好きなので、静かにして瞑想をするのを好みません。内省的であることを好みません。でも人々は自身の魂とつながる必要があり、瞑想をする必要があるので、そうしなければ完全にバッテリー切れを起こしてしまうのです」。彼は魂の接触との関係における創造性の話をしました。「私たちは魂と接触していれば、創造的なのです」
 「機械的になることを、どうしたら避けられますか?」。彼が意味したのは、新鮮な気持ちを保つことと、自発的に出現について話をすることだと、私たちは理解しました。私たちはハートから語ることが大切で、聴衆が何に興味を持ち、何を自分たち自身と関係があると思うかを観察することも重要だと答えました。
 彼はまた私たちが惑星の状態をどう考えているか尋ねてきました。私たちの惑星は最悪の状態にあると答えると、彼の反応は「そうは言いません」というものでした。私たちがそれは事実であり、そのことについて完全に正直であると感じていると伝えると、私たちの非常に親密な会話の中で、彼は「そう、本当に私たちは現実的でなければなりません」と言いました。
 そして彼がとてもあからさまに、私たちがこれまでマイトレーヤに出会ったことがあるかどうか尋ねてきました。テレビでという意味ですか? 「いいえ、彼自身にです」。いいえ、でも様々な扮装をしたマイトレーヤには会ったことがあります。「本当に会ったのですか?」。はい、扮装の姿で。「彼はいくつですか?」。彼は全盛期です。「それはいくつですか?」。彼は全盛期ですよ、あなたのように。「そう、それはいくつですか? 知っているに違いありませんね、会ったというのですから、私に会っていますね」。50歳くらいです。「ああ!  私は49歳です」と彼は言いました。
 会話を通して、彼が主導していて、穏やかでユーモラスで、尊敬に値する人でした。彼が帰る時、私たちに投げキスをしました。もしかして彼は穏やかでフレンドリーな訪問者の姿をした、マイトレーヤでしたか。ありがとうございます。
シェア・オランダ・インフォメーションセンターのグループメンバー
オランダ、アムステルダム
【ベンジャミン・クレームの師は、その素朴で尊敬に値する訪問者が、扮装したマイトレーヤであったことを確認した】

安全な道のり

編集長殿
 2016年5月3日の午後2時40分くらいに、ウィックロー州のキルマカヌージから家まで車を運転していた間のことで、私の住むブラックロックへ向かうために、中央分離帯がある道路から外れなければならなかったのですが、左手側の車線へ移った時、背後からスピードを出して近づいてくる車に気づいていませんでした。私の車は移る前の車線へと、強制的に押し戻される形になりました。そのような見えざる手の力による助けがなかったら、車は二つに折れ曲がっただろうと思います。このことすべては瞬きほどの間に起こりました。最初のショックの後で、私は起こったことへの計り知れないほどの感謝を感じ、驚きと喜びに満たされていました。恐ろしい衝突は避けられたのです。それはこれからずっと感謝し続ける、信じられないような体験でした。このことがどなたのおかげなのか、お尋ねしてよいでしょうか。
あなたのすべての素晴らしいお仕事に感謝します。
ノラ・ハート
アイルランド、ダブリン州ブラックロック
【ベンジャミン・クレームの師は、彼女がイエス覚者によって助けられたことを確認した】

思いやることは分かち合うこと

編集長殿
 7月3日の早朝から、私たちはルーツ・フェスティバルに私たちの例年のブースを出しました。
私たちは大抵ブースの前に立って、人々をブースに引き付けるために資料の文章を読み上げているのですが、私がそうしていた時、若々しい中年の二人連れが私たちのブースにやって来ました。彼が着ていた服装はあまりにも古めかしく、女性の方は手作りの「パディントン・ベア」風の、紙でできた非常に風変わりな形の帽子を被っていたのです。
 それで私は「あの方たちだ!」と思いました。
 男性が大声で「マイトレーヤ」と言って、テーブルの上の読書用資料を指差して、「彼のなさることすべてはちゃんと見てきました」と言いました。
 彼は特に、「分かち合い=正義=平和」と書かれた私たちの大判の旗に注目してくれて、「本当に思いやるなら、分かち合うものです」と言っていました。彼は続けて民衆の力について語り、それがいかに論理的で自然な次なるステップであるかを話して、もし関心を持っているなら、通りへ出かけて、そうした正義や平和をもたらすための変化を要求するだろうと言いました。私たちは皆心の底からそのことに賛同しました。私たちはそれを言い続けることを伝えました。
 ドゥウェインとその男性は大変改まった様子で会話を交わしていて、彼らは会話の前に握手をしていて、その後一緒に奇跡の写真の展示を見ていました。
 しばらくしてその二人が幸せそうに帰っていき、女性の方が私と握手をして、彼女の名前はソフィと言っていました。即座の歓びの感覚がありました! 彼女の瞳は言葉で表現できないもので、まるで最も優しい言い方で「あなたたちのしていることは、すべてとても素晴らしい、けれども題目についてもっと語ることができる」と言ってくれているかのようでした。はっきりとしていながら、とてつもなく優しいものでした。彼らは有名なカップルでしたか。ありがとうございます。
アルベルト・アリバサー、ドゥウェイン・アルバス、
アムステルダム伝導瞑想グループ
オランダ
【ベンジャミン・クレームの師は、その紳士がマイトレーヤで『ソフィ』もまたマイトレーヤであったことを確認した】