
編集部より
フランシスコ教皇と白いハト
覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
光あらしめん/腐敗行為の終止
視点
トランプ氏の計略を標的とした全米のメーデー抗議
ブレット・ウィルキンス 2025年5月1日
ガザよ、私を許してください・・・・・・
ジャマル・カンジ
NASA 宇宙計画の裏側
ダグ・グリフィン
フランシスコ教皇と太陽
おそらく世界で最も偉大な環境擁護者が亡くなった
ビル・マッキベン 2025年4月21日
適切なリーダーシップの重要性:バンディ・リー博士の研究
エリッサ・グラーフ
ダークマターとダークエネルギー
ドミニク・アブデルヌール
時代の徴
イエスの聖なるチュニック 他
S.O.P.-われわれの惑星を救え!
気候変動対策のための 「物言わぬ多数派」の活性化 他
ジョージ・モンビオット、 ピーター・ハッチソン共著
『インビジブル・ドクトリン 新自由主義の秘められた歴史』
(そしてそれが如何にしてあなたの人生を支配するようになったか)
フィリス・クレームによる書評
米国の石油産業に打撃
ポーリン・ウェルチ
「女性に力を与え、 文化の多様性を受け入れる」-選集
‘Empowering women and embracing cultural diversity’-a compilation
生命エネルギーの謎を解く (第三部)
ジェイソン・フランシスによるエリック・レスコヴィッツ氏へのインタビュー
ファシズムの初期兆候
編集長への手紙
1977年の夏の休暇で私がしたこと他
読者質問欄
ベンジャミン・クレーム
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる「神の光」の示顕に、さらに近づいていく。このようにして人間は本来あるべき姿──生きた神々──となっていく。各々の転生がその登山道に一つのステップを切り開く。そのような体験ごとに、人はその乗り舟(器)にわずかずつ光を加えていき、それによって体〔*〕の波動を微妙に変える。このようにして、人間のすべての体が光の波動で振動するようになるとき、その仕事は完了し、旅路は終わる。すなわち人間の視点から見れば、その旅路は終わるのである。それを成し遂げた者の視点から見れば、旅路は始まったばかりである。
このようにして各々の男女が人間から神へと変容を遂げる。物質の限界のすべてを備えたさなぎから、完全に自由になった「覚者(マスター)」が現れ出て、神の光を輝かせる。この光は広大な宇宙を横切って持続する。すべての次元と界を通してその特性を表し、それ自身を表現する様々な形態によってのみ条件づけられる。これらの形態が、物質の世界に意識がある者に対して、その「光」に近づく手段を与える。しかし本質的に光は無形であり、その存在を維持するのに構造を必要としない。
われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている。また、各人の裡に、その光を輝き出させようとする意志もあり、このようにして神の特性は顕わされる。その光とその意志とは魂に固有のものであり、魂との整列ができるときその結果としてその活動が始まる。だから魂との整列を確立するようにして、神の目的を実践しなさい。自らの裡を探究し、すべての知識と愛の源を見つけなさい。魂の光を世に顕し、奉仕する者の列に加わりなさい。
世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている。人類の用意ができているゆえに、新しい「光の時代」の幕開けをするために、覚者たちは自分たち自身を準備してきた。進歩への無限の機会が人類に与えられるだろう。自然のエネルギー(フォース)に精通する扉を開く様々な発見に、人間は驚嘆するだろう。このようにして、人間に明らかにされる神秘と美に、彼らは仰天するだろう。神の事実と、その神性と人間との関係を、しかと知るだろう。そして喜んで神の大計画に協力するだ
ろう。
宝瓶宮(アクエリアス)の時代の入口にあって、これらすべてが人類を待っている。それは、神の大計画が再び栄え、人間がついにはその運命を意識的に受け入れることになる時代である。
今日、人は分裂と緊張で満ちた世界を見わたすとき、このことを疑うだろう。問題はあまりにも複雑であり、分裂はあまりにも大きいように見える。しかしまさにその時に、最も危急の瞬間に、大教師は来られ、新しい「光」をもたらそうとしておられる。そのようなお方が今、あなた方の中に在り、舞台脇で奉仕への招待を辛抱強く待っておられる。
この方のもたらす「光」を放ち、すべてを神聖の中に包みなさい。彼の教えを奉じ、困窮する者すべてに救いをもたらしなさい。彼の光を顕わして、この世界を新たに創造しなさい。
(シェア・インターナショナル誌1983年12月号)
〔*〕体=パーソナリティー、メンタル体、
アストラル体、肉体。
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
ますます諸国家は、昔から続いてきた問題、すなわち腐敗行為を認知し始め、それを深刻に受け止めて対処し始めている。世界のある地域では、腐敗行為は何世紀ものあいだ生活様式になってきた。それはもちろん、多数の人々の犠牲の上に少数の者たちを利してきた。数え切れない長い間、腐り切った指導者や強力な政治家が、臣民や市民に賦課した税金の上に富を増やしてきた。現代では、西洋の大企業が大規模に“勘定をごまかしてきた”ことが発覚している一方、東側においては、すべての取引きが、誰かの手に“賄賂をつかませる”ことを必要とする習慣が当たり前になっている。
腐敗行為は特定の民族や国家に特有であり、ある社会では、大統領や総理大臣から警察やスポーツに至るまで浸透している。最近の選挙が示したように、自由と民主主義を奉じているはずの国々においてさえも、選挙の腐敗は蔓延する。そのような腐敗した政府は失敗し、その国民を裏切り、そうすることで統治する権利を放棄するのである。
そのような腐敗の直中で、信頼を生み出すことは可能だろうか。信頼なしには人間の未来はまさに荒涼たるものである。信頼なしには、より公正な資源の分かち合いはむなしい望みであろう。信頼なしには、われわれの惑星という家を維持するために必要とされる包括的な意思決定は決してできないだろう。神聖で有益な信頼なしには、人間は地球という惑星の管理人としての権利を喪失するだろう。
そのようになるであろう。かくして人間は、即刻、社会のすべての層に、地球上の生活の隅から隅まですべてに染み込んでいる腐敗の腐食的影響に真剣に取り組むべきである。
人間がこれをなすのを助けるために、マイトレーヤは様々な形で現れる腐敗行為の腐食的影響を人間に示そうと骨を折られるだろう。もし人間が本来の特質なる神になるためには、欺瞞とごまかしの古いやり方を放棄しなければならない。深刻な環境問題に取り組むために、人間は信頼のうちに共に働かねばならないことを、彼は説明されるだろう。
信頼なしには、できることはほとんどないことをマイトレーヤは強調されるだろう。諸国家の指導者たちは彼ら自身があまりにも腐敗の中につかっているので、彼らは誰も信頼しない。
人間が必要な信頼を生み出すためには選択は一つしかないことをマイトレーヤは示されるだろう。この豊かな地球の産物を世界中により公平に分かち合うことであり、そして豊かさの中で死んでいる何千万の人々の飢餓と貧困を永久に終わらせることである。
指導者たちはマイトレーヤのことばに耳を傾けるだろうか。多くの場合、おそらく最初は否であろう。しかし間もなく至るところにいる民衆が耳を傾け、マイトレーヤの助言の賢明さを知るだろう。彼らはマイトレーヤの賢明なことばに全面的に同意し、彼の大義を支持するだろう。世界の世論は自分たちの声と良き指導者を見いだすだろう。その力に対して、貪欲な独裁者や腐敗した政治家の妨害しようとする声は次第に消えていくだろう。そのようになるだろう、そしてこの世界の浄化と変容が始まるだろう。
(シェア・インターナショナル誌2005年4月号)
私たちは1年の中程にいる。この2025年という年は、21世紀の四半世紀の終わりを意味する。時が過ぎ、途方もない可能性に満ちた未来へと歩みを進めるにつれ、一つひとつの選択、一つひとつの行動や身振りがこれまで以上に重要になる。人々はそれを感じている。私たちの時代には「何か」がある。私たちは何か重大なもの、何か極めて重要なものの瀬戸際にいる。
ベンジャミン・クレームの師である覚者は、「光あらしめん」という記事の中でこう書いている。「各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる『神の光』の示顕に、さらに近づいていく」。これは驚くべきことではないだろうか。私たちは「光」の存在なのである。覚者はこう続けている。「われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている」
現在の世界情勢をどのように解釈しようとも、私たちが世界をどんなに厳しく残酷なものにしようとも、あるいは互いのために善意と協力に満ちたものにしようとも、美しさ、偉大さ、そして「光」の中へと入ってつかむ勝利が究極の目標であることは揺るぎない事実である。しかし今、私たちはさまざまな形で自らを破局の淵へと追いやってしまったように思われる。自らの裡にある「光」を、それに触れることができる限り多く表現することによって、私たちは自らを高め、すべての人にとって有効な解決策に向けて国際社会を動かす手助けをすることになる。
これは、将来起こり得る苦難や、正義のため、真実のため、法の支配のために立ち上がる緊急の必要性を否定したり軽視したりすることではない。沈黙は共犯であり、無関心は暴政を野放しにする。腐敗した指導者層の「パンと見せ物」政策に惑わされ、享楽にふけったり混乱に陥ったりすることで、地球と私たちの集団的な未来を、権力欲と貪欲に駆られた1%の人々の手に委ねてしまうことになる。
今月号に掲載されているベンジャミン・クレームの師による二つ目の記事のタイトルは、「腐敗行為の終止」である。何と革命的なアイディアであろうか! 現状では、あまりにも常識からかけ離れているため、おそらく考えが甘いと思われるだろう。しかし、この記事が指摘しているように、「そのような腐敗の直中で、信頼を生み出すことは可能だろうか。信頼なしには人間の未来はまさに荒涼たるものである。信頼なしには、より公正な資源の分かち合いはむなしい望みであろう。信頼なしには、われわれの惑星という家を維持するために必要とされる包括的な意思決定は決してできないだろう」。
信頼、真実、基本的自由、民主主義、人権が、世界中の腐敗した権威主義的指導者たちによって組織的かつ意図的に侵食され、世界の有権者たちが「他者」やアウトサイダーを拒絶するよう促される中、バンディ・リー博士は、指導者たちの病理と、惑わされ、混乱し、憤りと憎しみをかき立てられた人々に対して皇帝の狂気が与える壊滅的な影響について説明している。私たちは、「グラマーは伝染する」ことを知っている。「集団思考」が存在することも知っており、事実が共有されるのと同じくらい簡単に非現実的なものが共有されることを経験している。
今月号もまた、自然界を守るための前向きな行動のニュースなどを掲載し、希望に満ち溢れている。しかし、行動を起こし、否定的なことに抵抗し、「不吉な前兆」に気づく決意を固める必要があると考えている。ジョージ・オーウェルの有名な警告(著書『1984年』より)として次のものがある。「戦争は平和である。自由は屈従である。無知は力である」。これには先見の明があり、驚くほど身近なものであったことに留意し、今月号には「ファシズムの初期症候」のリストを掲載した。
ファシズムという言葉には反発を覚えるかもしれないが、私たちが「逆さまの世界」、つまり、何もかもが見た目通りではない「あべこべの世界」に生きていることを人々は経験している。現実がひっくり返されることがアストラル界の主な特徴であることを、私たちはベンジャミン・クレームとジュワル・クール覚者から学んで知っている。虚偽であるものが本当のように見える(したがって、心理学で言う「投影」が、現在の政治で頻繁に使用されている)。すべてのものが 「逆さま」に見られ、経験される。この狂気に満ちた不確かな暗黒郷では、事実はなく、意見だけが存在する。真実はなく、自分の仲間の意見だけが存在する。科学には現実性がなく、法律には権威がなく、正義と政治は売り買いされる。オーウェルは全体主義国家について警告した。そこでは、プロパガンダや疎外、監視を通じて当局が国民を容易に掌握できるように、人々を混乱させ、弱体化させ、気をそらすことが目的である。
一つの解決策は、人間性そのものである。「世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている」
また、今月号では、宇宙を旅して、コスモスの本質と、人類を一つの全体に束ねるものについて学ぶ。さらに、フランシスコ教皇の生涯が称えられている。何百万もの人々が教皇の逝去を悼む中、私たちはガザと共に涙を流す──何らかの助けと支援の行為とまではいかなくても、私たちの涙が憐れみ深いものであることを知りながら。
今月号の記事の幅広さと多様性には、いささか驚かされる。ベンジャミン・クレームの師による記事でさえ、最高のものと最低のものを浮き彫りにしている── 一人ひとりの中にある「光」と、それを妨げる腐敗である。
長年にわたり、ベンジャミン・クレームと共に働き、彼と一緒に、彼を通して覚者を体験した人々は、彼ら二人と、人類を助け導くための絶え間ない働き、愛、知恵、ユーモアを愛するようになった。二人の言葉は、地球のために、苦しむ人々のために行動する動機や原動力となるような希望を鼓舞している。
世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。
ベンジャミン・クレームが
フランシスコ教皇とその役割についての質問に答える
Q:フランシスコ教皇は、ほぼすべての言動において啓発されているように見えます。彼についてどう思われますか。
A:聡明であり、素晴らしく啓発されています。正直に役割を果たしています。
Q:教皇はこの特別なときに、マイトレーヤの出現について人々を準備し活気づけるために「配置された」のですか。
A:はい。まさにそうです。
(シェア・インターナショナル誌2015年9月号)
Q:(1)イエス覚者は現在のカトリック教会の枢機卿ですか。(2)イエス覚者(ご自身を教皇とは呼ばれないでしょうが)は、全人類と宗教を統合するためにフランシスコ教皇と共に働いておられるでしょうか。
A:(1)いいえ。(2)イエス覚者は世界的な規模で働いておられます。その中には教皇や他の宗教指導者が含まれます。
(シェア・インターナショナル誌2015年11月号)
Q:教皇とダライ・ラマは、正義と平和を求めています。宇宙の兄弟たちは、明らかに彼らの存在を知らせています。光の勢力の集合の一部として、フランシスコ教皇、ダライ・ラマ、そして宇宙の兄弟たちを含む明確な協調計画が存在すると言ってよいですか。
A:はい、全くそのとおりです。
(シェア・インターナショナル誌2015年12月号)
シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。