変化に対処して

シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は、毎月記事を提供してくださった。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載してよいようにである。実際これらの記事の多くは、それらが最初に掲載された時よりも今の方がより関連性があるように思われる。以下の記事は、最初1997年5月号に掲載されたものである。

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

  マイトレーヤが世界の前に現れるとき、人間にとって集中的な自己批判と反省の期間が始まるだろう。多くの人々にとってそれは苦痛であり、大きなショックでさえあることは予想される。今日、多くの人々は過去のやり方や観念にあまりにも深く浸かっており、未知なる未来をあまりにも恐れているので、彼らはそれに関係する新しい状況について知りたがるだろう。
  徹底的な、そして根本的な変化の必要性が間もなくますます多くの政治家たちの心(マインド)を占めて、この時の動きに彼らの声を加え、彼らの印を押したがるだろう。変化は広く行きわたるものでなければならないけれど、人間の適応能力に見合ったペースで進まなければならないことが認識されるだろう。変容のペースを速めようとする過度に熱心な試みによって得られるものは何もないだろう。徹底的に、しかも論理的に、一歩一歩試しながら、新しい土台を築かなければならない。そのような固い岩の上にのみ、社会の将来の安定を保証することができる。
 マイトレーヤが最初に世界の復興についての計画と希望を発表するとき、彼の愛のエネルギー ──裂開の剣(れっかいのつるぎ)──が現存の分裂をさらに明確に示すだろう。人々は、すべての者のためにマイトレーヤが提示する新しい原理を支持するか、反対するか、どちらかの立場を取るだろう。そのようになるだろう。かくして、新しいものを受け入れるに先立って、不和と不満の時期があるだろう。
  しかしながら、徐々に、最も悲観的な者でさえ、世界の再建の必要を認知して、彼らの重みをその仕事に加えるだろう。
  この地球上でかつて見られたことのないような時期が始まるだろう。あらゆる場で、あらゆるレベルで、変化はその論理的な経路をたどり、法と原理の中にしっかりと固定されるだろう。そしてすべての者の志向を形成するだろう。かくして、人間は自分たちの運命(ルビ=さだめ)を再び手の内につかみとり、地獄のような混沌に永遠に背を向けるだろう。
  もちろんすべての人間が、未来を同じような喜びで見ることはないだろう。あらゆる分野に頑固な保守主義者はたくさんおり、おだてたり、機嫌をとったりしながら彼らに応諾させなければならないだろう。やがて、最も反対する者たちでさえも非妥協的態度を放棄して、共通の利益のために労働の場に入ってくるだろう。
  簡素でより良い人生が、新しい時代の建設者たちを待つ。これは試練と選択の時である。人々がこれを認識するとき、彼らはマイトレーヤの周りに集い、奉仕できることを喜び、マイトレーヤの目標に合っていることを確認し、喜んで彼の手引きと救助を求めるだろう。