ナオミ・クラインの
『オン・ファイヤー ──グリーン・ニューディールの差し迫った事例』
エリッサ・グラーフ
世界が燃えている。大規模な森林火災がオーストラリアの広大な未開地を焼き尽くしている。2020年1月現在、火災のシーズンは未だに峠を越えておらず、すでに1,200万エーカー(約48,563km2)以上が焼失し、一方で100以上の火元が依然として燃え続けている。毎日のニュースには黙示録的な規模の災害が映し出され、すべての希望を失うことはたやすい。しかしナオミ・クライン氏の新しい著書『On Fire:The burning case for a Green New Deal(オン・ファイヤー)』は、私たちは結局は運命づけられているという必然性の感覚を振り払うことを迫る。
進行中の危機の最前線にいながら10年以上にわたって書かれたエッセイを集めた『オン・ファイヤー(On Fire)』は、伝統的な言説(政治家は短期的な選挙周期に囚われている、気候変動は解決するには縁遠く金が掛かり過ぎるなどの言説)を排しながら、私たちはどうしてそうなったのかをクライン氏自身が理解する過程を描き出している。その代わりに彼女は「一見異なる(経済的、社会的、生態学的、民主主義的)危機を文明の変容の一般的な物語に織り込むこと」の中に答えを見つけている。同時に『オン・ファイヤー』はグリーン・ニューディールへの呼びかけであり、関連する危機を解決するために緊急に必要な大胆な変革的アプローチであり、この惑星が許容し得る限度を尊重しながら私たちがどのように生きられるかに関するビジョンでもある。
スウェーデンの女子学生、グレタ・トゥーンベリさんがストックホルムで抗議活動を始めたのはわずか1年前のことであり、この1年で今までにない数の人々が路上に出るきっかけとなり、私たちが緊急に行動を起こすように促されることになった。クライン氏によると、こうした若い活動家たちは危機について読んで知ったのではない。彼らの多くは、深刻な干ばつ、ハリケーン、洪水、産業による大気汚染の健康への影響、頻発する森林火災から立ちのぼる黒煙などを直接体験したのだと言う。彼女は次のように書いている。「世界のどこに住んでいても、この世代には共通するものがある。彼らは、地球規模での気候の混乱が未来の脅威ではなく生きた現実である最初の世代である。そして、少数の不運な場所ではなくあらゆる大陸で、ほとんどの科学的モデルで予測されたよりも相当速く、すべてが明らかになっている」
ある意味で、世界で動員されている若者が増加していることにより、危機が正面から注目を浴びることになった。それは、私たちが一斉に起き上がり、自宅がまさに炎に包まれているのを見るように求めているのである。クライン氏は若者の気候運動の中に本当の力を見ており、次のように語る。「権威を持つ地位にある多くの大人たちとは異なり、若者たちは、官僚主義の言語や複雑さによって、理解し難い現代の利害関係を隠すような訓練をまだ受けていない。気象ストライキを行う13歳のアレクサンドリア・ヴィラセニョールさんが語ったように、若者たちは完全な人生を生きる基本的権利のために闘っていると理解している。彼らは完全な人生をまだ生きておらず、『大災害から逃げよう』としていないのである」
同時にクライン氏は、流れを変える別のことが起こりつつあると気づかせてくれる。アメリカでは新しい世代の政治家が登場しつつあり、彼らは気候のストライキを行う若者たちよりも10歳年長であるにすぎない。その一人がアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏であり、彼女は2018年、29歳の時に最年少で国会議員に選出された。彼女の選挙綱領に不可欠だったのは、気候変動と経済的不平等に対処するためのアメリカの法律案のパッケージであるグリーン・ニューディールである。注目すべきことに、オカシオ=コルテス氏は、同じ年に当選した他の若い女性議員たちの一人にすぎない。彼女たちは全員が有色人種、50歳未満の女性で、他にはイルハン・オマル氏、アヤンナ・プレスリー氏、ラシダ・タリーブ氏がいる。彼女たちは「隊」と呼ばれ、若い政治的な世代の人口的な多様性を反映しており、グリーン・ニューディールなどの革新的政策を支持し、この大胆な取り組みを公式に支援してきた。
選挙綱領の提案として始まったグリーン・ニューディールは、現在では公式な決議の形になってきた。これは、オカシオ=コルテス氏とエド・マーキー米国上院議員によって導入された米国法案パッケージである。クライン氏は、この法案は依然として変革の鍵となる政策の概要にすぎないと述べている。これは、アメリカでわずか10年でネット・ゼロエミッション(実質排出ゼロ)を達成しようとする脱炭素化のための「ムーンショット型アプローチ」であり、同時に全世界で今世紀半ばまでにこの同じ道標に到達するというものである。彼女の概説によると、この決議は再生可能エネルギー、エネルギー効率化、クリーンな交通機関への巨額の投資を求めており、高炭素な産業からグリーンな産業に移行しようとする労働者には給与水準と利益が保護される必要があると述べている。それは、労働意欲を持つすべての人に雇用を保障するものである。またグリーン・ニューディールは、有毒な産業の影響を受けてきたコミュニティー(多くは先住民族または有色人種のコミュニティー)がこの移行の恩恵を受けるだけではなく、新システムのローカルな設計に不可欠なものであると述べている。計画には、普遍的な医療、保育、無料の高等教育などが含まれている。
全体的に見ると、グリーン・ニューディールは必然的に危機そのものの規模に合致していると、クライン氏は述べている。そのような包括的でホリスティックな計画が出現したことは、IPCCの目標を達成するための政治的枠組みという形でのロードマップを、そしてこの枠組みを法律に変える明確な道筋を私たちがついに持つことができたことを意味すると、クライン氏は述べている。可能な最良のシナリオは、法制の強力な支援者が2020年に大統領に選出されることだろうと彼女は言う。現在の多くの民主党候補者がその範疇に入っており、クライン氏によると、特にバーニー・サンダース氏とエリザベス・ウォーレン氏は公約を継続的に達成してきた素晴らしい実績を持ち、先進的で環境的な政策を支援しているという。
その枠組みは、カナダ、イギリス、オーストラリア、そしてヨーロッパなど、世界中の国々で類似の提案の作成にすでに使用されており、クライン氏によると、それはまさに起こるべきことだという。彼女によると、過去1年間で出現したグリーン・ニューディールのそれぞれの変種には共通点があり、むしろ「システムに最小限の混乱しか起こさないように設計されたインセンティブ(誘因)の微調整ではなく……、グリーン・ニューディールのアプローチはオペレーティング・システムの主要な更新のようなものであり、袖をまくり仕事を完了させるようなプランである」。このビジョンにおいて、市場は役割を果たすが、この物語の主人公ではないと彼女は説明する。人々は「新しいインフラを建設する労働者、新しい空気を吸い、手ごろな価格の新しいグリーンな住宅に住み、低コスト(または無料)の公共交通機関の恩恵を受ける住人である」。そしてそれらのいずれも、資本主義の解体を意味しないと、クライン氏は言う。排出量を下げるために、市場を含むあらゆることを利用する必要がある。しかし、私たちに必要なIPCCの目標をシステム的、社会的な変化なしに達成することはできない。
グリーン・ニューディールは、地球規模の気候正義運動にルーツがあると、クライン氏は言う。私たちの社会の他のあらゆることと同様に、気候危機は差別する。それは不平等である。世界の二酸化炭素の排出量のおよそ50%が世界の人口の最も豊かな10%から生み出されている。70%が最も豊かな20%から生じている。彼女が「気候バーバリズム(暴虐)」と呼ぶものは残酷である。危機をつくるために最も関与していない人々が最前線で最も影響を受ける。これらの排出の影響により、凶作、水不足、食糧不足のために移転を強いられる人々が増加している。2018年の世界銀行の研究では、2050年までに、気候のストレスが原因で、サハラ以南のアフリカ、南アジア、ラテンアメリカで1億4,000万人が移転するものと試算していると、クライン氏は指摘する。
クライン氏は次のように書いている。公正な世界では、他者によってつくられた危機の犠牲者たちは、人権の原則に導かれ正義の貸しを持っているだろうし、それは富の公平な再分配、資源の分かち合い、賠償などの多くの形を取っていると、彼女は示唆している。
また『オン・ファイヤー』は、「……化石燃料の時代は、人々と土地を盗むという二つの根本的な盗みにより暴力的な泥棒政治から始まり、一見終わりのない拡大の新時代を始動させた」ことを思い起こさせる。 クライン氏の言葉では、再生への道筋は「精算と復興によるもの、つまり……過去の精算と、初めての産業革命の高価な代償を支払った人々との関係を修復することにある」。集合的な「私たち」のすべての概念をあざ笑うこれらの困難な真実に直面することに失敗したのは私たちだと、彼女は言う。そして、そのことを精算したときに初めて私たちの社会は自由になり、集合的な目的を見つけられるのである。そしてクライン氏によると、おそらく、それがグリーン・ニューディールの最大の約束である。
その代わりに、この重要な時期に、私たちは不確かな未来に煽られ、ヘイトの火を掻き回し、最も脆弱な人々に対して壁を築くような右派の政治家を選んでいる。このことが、クライン氏が私たちの現在の軌道に関して最も懸念することの中心にある。異常気象がそのようなイデオロギーと交わる時、私たちは互いに攻撃し合うと彼女は言う。これはまた、緊縮経済の効果と、社会のサービス(医療、心の健康のサポート、教育、より強固な社会のために必要なすべてのこと)の不足に反映されている。私たちはより脆く、思いやりがなくなった。それは、地中海沿岸の国境で見られる「彼らを溺れさせろ」という反移民の考え方や、何万人もの移民を投獄するアメリカの営利目的の国境拘留施設の拡大に表れている。
これが、グリーン・ニューディールの現実化のために今動員を行うことがなぜ極めて重要であるかという理由である。幸いなことに、私たちは全く初めから開始しているのではない。彼女はこう説明する。「……真実は、何十年もわたってグリーン・ニューディールのような突破口に備えてきた何万人もの人々がいて、本当に多くの組織があるということである……彼らは地域モデルをひそかにつくり、私たちの気候への反応(森林保護、再生可能エネルギーの生成、公共交通機関の設計、などをどのように行うかという反応)の中心に正義を実現するための政策について試運転をしてきた」
さらに良いニュースとしては、クライン氏によると、グリーン・ニューディールは、批判者が主張するように、ほとんど実現困難であったり非現実的なものではない。『オン・ファイヤー』の終章で、なぜそれが場合によっては現実となる可能性を持っているのか、彼女は理由を述べている。その理由には、グリーン・ニューディールに資金を投入すれば経済がより公平なものになるだろうという事実が含まれる。つまり、地球規模の法人税率、中央銀行が支援する公共投資、化石燃料への助成金(全世界で1年に7,750億ドル)を大幅に削減し、再生可能エネルギーと効率化への投資に移行させるということである。世界の軍事費の上位10カ国が軍事支出を25%削減すれば、1年に3,250億ドルが自由に使えるようになるだろうと、彼女は明記する。なぜグリーン・ニューディールが不況に強いのかという議論を、彼女は次のように組み立てる。「何百万もの雇用を生み出す力を持つ大規模な刺激は、人々の経済的な痛みに対処する最大の希望となるだろう」
クライン氏は次のように警告する。「グリーン・ニューディールが描く根本的な変化への最大の障害は、何が提案されているかを人々が理解できないことではなく……多くの人が、人類がこの規模と速度で何かを達成することはあり得ないと思い込んでいることである。そして多くの人々が、ディストピア(暗黒郷)が当然の結論だと信じざるを得なくなった」。この途轍もない課題に共に対処することは、大規模で組織された地球規模の運動の一部としてのみ可能であると、彼女は忠告する。
グレタ・トゥーンベリさんは、このことを次のようにまとめている。「一度宿題をやり終えると、新しい政治が必要であると分かります。すべてのことが急激に縮小する極めて限られたカーボンバジェット(炭素予算)に基づく中で、私たちには新しい経済が必要です。しかし、それだけでは十分ではありません。私たちには、全く新しい考え方が必要です。私たちは互いに競い合うことをやめなければなりません。私たちは協力し、地球の残された資源を公平に分かち合うことを始めなければなりません」
Klein, Naomi, 2019, On Fire The Burning Case for a Green New Deal, Great Britain, Allen Lane.
ISBN-13: 978-1982129910
われわれの惑星を救え! (S.O.P.──Save Our Planet!)
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記(2012年9月8日)
世界にある現在の状況を熟視するとき、特に重要なこととして二つの問題が目につく──戦争の危険と地球の生態系の不均衡の加速である。もちろん、他にも多くの問題がある──多くの国々、特に西洋諸国に影響する経済的大災害;食糧の価格、特に何千万の人々の主要食品の価格の高騰;富裕層と貧困層の間の生活水準の巨大な、そしてますます増大する格差。
これらの問題はすべて重要であり、早期の解決を必要とする。最初に挙げた二つの問題はすべての分別ある人間と政府の注目を強要しなければならない、なぜならそれらは人間の福利に対する最大の脅威を提供するから。戦争は、大きかろうが小さかろうが、今や考えられないことであるべきなのだが、そうではないのだ。最も恐ろしい戦争の愚かさと無益さを経験してきた世界でさえ、まだあの忌まわしいものを完全に放棄していない。諸政府は、あの古いやり方で、結局、彼らの切望する褒美を取り戻せるだろうという考えに誘惑される。ゆえに、戦争の武器は必要不可欠であり、主要な取引きの資産である。武器が存在する限り、それは使用されるだろう。小さな戦争は、より多くの国々が巻き込まれるにつれて、大きな戦争を生む。大国は同盟国を通して代理によって戦い、重要でもない論争を戦争に引き延ばす。この大きな危険はすべての国によって放棄されなければならない。それは地球上における人間の生存そのものを脅かす。
戦争とは別に、汚染ほどすべての人間の未来に非常に深遠な影響を与えるものはない。ある国々はこの事実を認めて、汚染と地球温暖化を制限するステップをいくらか取っている。他の国々は、ときには汚染の主要国が、地球温暖化の現実を、圧倒的な証拠があるにもかかわらず、否定する。今や、日ごとの気候の変動は、惑星が病んでおり、その均衡を取り戻すために即刻、熟練した看護が必要であることを、疑いの余地なく証明している。この惑星地球が毎日被っている変質を停止させるために残された時間は切れつつある。すべての男女が、子供が、この仕事に彼らの役割を果たさなければならない。まさに時間はない。S.O.P.* われわれの惑星を救え!
〔*編註= S.O.P. とは 英語のSave Our Planet(われわれの惑星を救え)の頭文字であり、これはやがて、われわれの惑星を救済するための行動をすべての人間に呼びかける国際的な合言葉になるだろうということを明記しておきたい〕