教える者たちと教えられる者たち

──覚者より

   ベンジャミン・クレーム筆記

 人類はその長い歴史の中で、道に迷ったときが幾度もあったが、今ほど大きく運命られた道から逸れたことはかつてなかった。今ほど人類が救助を必要としたことはかつてなかった。そして今まで、その助けがこれほどまでに入手可能であったときはかつてなかった。長い長い間、人類に与えられる援助の程度は法によって制約されてきた。人間の自由意志は神聖であり、侵されてはならないものである。今日、数え切れない何世紀もの間で初めて、かつてないほどに多くの援助が自由に提供され得るのである。今日、人類の必要と絶望感が最大のときに、彼らの兄たちの豊かな援助の手が開かれ、そして彼らが切望する援助を提供する。
 要求されることは人間自身からの要請のみである。必要とされることは「同胞団」〔訳注=覚者たち〕の助言と知恵を喜んで受け入れる用意ができていることであり、方向を変えることである。
 この危機のときに、多くの者たちは希望を失い、すべてが終わるのを恐れながら待つ。彼らの未来に満ちている希望について何も知らず、変化の真っ只中で思い悩む。さらに多くの者は現在の状況にいらだち、何が何でも変化を求める。彼らは未来が招いているのを感じるが、それが何かを知らず、新しいものを経験することを切望して、じれったがっている。すべての者が、この変化の時を特徴づける緊張とストレスの影響下にさらされており、彼らの性質に照らして、それぞれに反応する。
 この複雑な状況の中に、覚者たちは接近してくる。彼らは人間の自由意思が侵されないように行動しなければならないが、「法」が許す限りのあらゆる方法で助けることを求める。すべての者に受け入れられるやり方が発展するまで、多くの状況と場合において、緻密な判断が必要とされるだろう。
 あなた方の兄であるわたしたちは、自由と正義を一人ひとりにもたらすものとしての完全参加による民主的プロセスを勧める。しかしながら、進化(の旅路)におけるわたしたちの長い経験と展望から、提供される助言を受け入れることが人間の利益であり向上のためであることが多々あるだろう。
 このようにして、教える者たちと教えられる者たちは、調和と信頼のうちに共に働く。そしてそのようにして、人間は過去のやり方を、彼らの先達のやり方を学び、彼らの志向をあらかじめ定められた目的にそわせるだろう。
 そのようになるだろう。そのようにして、人間は人生の本質を知り、今日、彼らのビジョンを歪め、不幸をつくり、存在そのものを脅かす多数の無益な執着を放棄し始めるだろう。
 間もなく、覚者たちの中の覚者であるマイトレーヤは彼の公の使命を始められるだろう。間もなく、人間はマイトレーヤの教えを聞くことができ、そして自分たち自身でそれを評価することができるだろう。その中にある「真理」があまりにも単純に明らかなので、多くの者が速やかにマイトレーヤの勇士たちの群れに参加して、彼の重荷を分かち合うだろう。これらの言葉を読む者たちすべてがその中に含まれるように。

(シェア・インターナショナル誌2004年7、8月号)