パンデミックとオーバートンの窓

スコット・チャンピオン

「オーバートンの窓」とは、政府の受け入れ可能な政策範囲を定めるアイディアを描写する用語である。政治家が成功するためには、国民に受け入れられるこの範囲内に政策を留めなければならない。政治家が政策範囲を拡大するためには、既存のオーバートン内で新しい政治要綱を展開するか、国民が政治家に聞こえるほどの大きな声で新しい政策を求めることが必要である。

 ベンジャミン・クレームは著書の中で、人類はいつの日かかなり深い衝撃をもって深遠な荒野の体験と向き合わざるを得なくなるだろうと主張していた。「荒野の体験とは、特に西洋人にとっては、至るところのすべての人々が生活できるように、よりシンプルな生き方を受け入れることである」とクレーム氏は語った。
 この体験の結果として、世界の諸政府は国民の真のニーズを優先し、それを満たす試練にさらされるだろう。この荒野の体験を引き起こす要因としてパンデミックを予想した人はほとんどいなかったが、パンデミックから生じた経済崩壊と、これまでこの危機の後を追ってきた世界の諸政府の対応は、クレーム氏の著書や講演と一致している。
 2020年4月、米国下院の民主党議長であるナンシー・ペロシ氏は、ユニバーサル・ベーシック・インカム(全国民への基本所得補償)は現在の経済環境において検討する価値があるかもしれないと述べ、米国国民のためのより公正な経済モデルの一端を示した。ペロシ議長は、米国の経済モデルにおけるこのような革命的な変化を公に表明したこれまで最も高位の米国政治家である。これに先立ち、米国大統領候補のバーニー・サンダース上院議員は、多くの進歩的・社会主義的なアイディアをアメリカの有権者の思考に印象付けた。これらの米国を中心とするアイディアは、被雇用者賃金の80%をかなりの限度までカバーするために企業に早急に資金を給付しようとする英国の保守政権に相通じるものであり、労働党政府でさえ数カ月前には想像だにできなかった対策である。
 こうした前例のない提案と社会主義へのステップは、もちろんのことながら、新型コロナウイルスのパンデミックによって引き起こされた経済的苦難によるものである。これは、非常に短期間(10週間)に世界経済に構造上の深い損傷をもたらし、1930年代の大恐慌のときに10年間にわたって発生した雇用喪失と経済活動低下に匹敵するものとなった。ラボバンク社の洞察力に富む経済アナリスト、マイケル・エブリィ氏によると、「経済的損害の深みと速さはまだ始まったばかりであり、それは恐るべきものである」と語っている。
 危機のときに資本家に損失を与えないように諸政府が協調して講じた対策は、先進諸国で特筆すべき歴史を持っている。経済危機の際には、国民よりも株式と債券と不動産市場を最優先する世界の中央銀行が調整する流動性計画案を通して、株式保有者は、繰り返し救済されている。今世紀だけでも、米国、EU、日本、そして先進国全体の資産市場を支援するために、数兆ドルが提供されてきた。
 近年では、中国もこの資産の引き上げに参加している。危機が、住宅ローン、自動車ローン、クレジットカードの不履行につながり、資産保有者の資金繰りを奪うような重大な形で雇用に影響を与えると見られる場合、これらの国々は時として国民に限られた資金を提供する。多くのコメンテーターが述べているように、それは、損失が社会化され、利益は私有化される世界的なシステムである。
 危機の間は、株式の賭け全体が、納税者、欠損、将来の通貨価値を犠牲にして中央銀行によって大幅に埋め合わされるため、2007年から2009年の大金融危機以来、資本市場は時として「カジノ」システムであることをやめたこともあった。個々の企業の成功には依然としてカジノ的な賭けの要素があるかもしれないが、危機的な状況下では、適切に管理された企業と管理が不十分な企業は共に経営業績や資産に関係なく救済される傾向がある。過去10年間に自社株買戻のために多額の借入を行った経営陣は、企業に大きなリスクを負わせた。このように振る舞ったボーイング社のような企業は、貪欲で無能な自己中心的な経営を納税者の金銭を使って救済するという考えに対して国民からの相当な抵抗を受けている。
 株主価値を最大化することに専念し、同時に自社のストックオプションの価値を最大化する上で、経営陣は収益報告に最後の1ドルを詰め込むために、可能な経費と資産をすべて海外移管した。医療検査、化学試薬、マスク、ガウン、手袋、眼の保護、手指消毒剤などの重要な物資が国内生産のどこにも見当たらなかったのは、企業全体に及ぶこの経費削減の結果であった。ほとんどの先進国では、わずかな経費──数百万アイテムに及ぶわずかな経費──を節約するため、実質的にはすべてが最低コストの生産者に外注されてきた。
 2カ月という短い期間に、政府、雇用主、労働者にとって何が必要不可欠かということが全く新しい意味を帯びた。新型コロナウイルス感染者に対処する医療従事者は、突然最も重要になったこと──つまり、生き延びるということ──の比類のない世界的な実現において、世界で最も重大な前線に立つことになった。食料品店のレジ係もこの新しい戦いに送り込まれ、一夜にして不可欠な地位に押し上げられたが、感染している可能性のある顧客や同僚と必要な防護策なしで対面しなければならなくなった。これらの労働者は、有給の病気休暇なしで最低賃金に近い収入しか受け取っておらず、最良の場合でも、加入している健康保険は不確かで高額なものである。
 最前線の医療従事者を含む必要不可欠な労働者が新型コロナウイルスの検査を受けることができないにもかかわらず、プロのスポーツチームは検査を受け、エンターテインメントのスターたちはオンライン・ニュースやソーシャル・メディアに検査結果を投稿し、裕福な人々とその近隣の人々はプライベート・コンシェルジュ・メディカル・サービスを通じて問題なく検査を受けていることがニュースで多く報じられている。重大なのは、新たに評価された必要不可欠な労働者がこの状態を見過ごしていないということである。2020年5月5日、労働者の正義を求める声が上がり、アマゾン、インスタカート、ホール・フーズ(アマゾンが所有)、ウォルマート、ターゲット、シプト、フェデックスの必須労働者の連合が、賃金の上乗せ、有給病気休暇、安全な労働条件を要求するストライキを行った。
 パンデミックの前線に送り込まれた結果、米国の必須労働者は、うまくいく経済制度はどのように機能すべきかという考えも含めて、市場の力は不可侵だと考える人生全般の条件づけを打開することよりも、資本主義の不公平さを即座に理解することのほうがおそらく容易だったのだろう。パンデミックの結果として、多くの人々が新しい現実に目覚めている。彼らは状況のより明確な見方を発達させつつあり、彼らが経験し、家族を危険にさらしている明らかな不公平さに立ち向かい始めている。
 彼らがこの自己尊厳の感覚に新たに気づくようになったのは、直接的で、あからさまで、冷酷なパンデミックが、以前の経験や条件づけの範囲を越えていたため、過去の条件づけから解放されたからである。彼らは公平ではないことを理解している。彼らには、それが自分のせいだと認める理由も、文句を言わずにそのまま受け入れる理由もない。彼らは、同じ労働者の生命が実際のリスクにさらされているにもかかわらず、富裕層が彼らの犠牲によってどれほど利益を得ているかをより明確に見ている。メンタル的な条件づけは、存在の脅威──死ぬ可能性──に直面したときにより簡単に克服できるようである。
 今後、必須労働者は、自分たちが重要であり、しかも非常に重要であることを直接経験しているため、十分に再考することなく自らの運命を受け入れることはないだろう。同じことが、より大勢の人々のために隔離を要求された人々にも言える。彼らはこれが自分のせいではなく、要求された必要なことに従って、立ち退かされたり、家や車を差し押さえられたり、破産を強いられたりされるべきではないことを知っている。このように考えるようになるにつれて、メンタル的な条件づけを打ち壊すことができる余地が生まれるだろう。「私は絶対必要なのです」「私は他の人たちが生きるために最高のことをした」「なぜ私の家族はそのために苦しまなければならないのか」
 現時点では、1987年の株式市場の崩壊、2000年のインターネット・バブルの崩壊、2007年から2009年の大金融危機の際に中央銀行が用いた紙幣印刷のテクニックが、深く相互関連し合い、大きな債務を抱えた今日の世界で再び見られるかどうかはまだ分からない。進行中の新型コロナウイルス・パンデミックは、パンデミック以前の生活の多くの側面が正常に戻るのに長い時間がかかる可能性があることを瞬く間に示している。世界経済を理解することに専心してきた多くの経済アナリストは、業種によっては、多くの産業が2年から8年未満で通常に戻れるとは期待できないと述べている。JPモルガン・アセット・マネジメント社の最高投資責任者は、雇用が最近の最高水準に戻るには少なくとも12年はかかると述べた。金融とヘッジファンドのリーダーである89歳のジョージ・ソロス氏は、これは彼の生涯の危機であると述べた。
 政府の政策と事業運営計画は、供給連鎖の失敗と破壊を伴った純粋なグローバリゼーション・モデルが企業と国民を危険にさらすことを認識して、新しい現実に適応する必要がある。それは、利益を公共の安全、労働基準、生活賃金、市民の福祉と健康、環境基準、地球の健康よりも優先している。地球の健康は、澄んだ空と汚染されていない空気の写真を見ると理解できる。
 企業もまた、この新しい時代に生き残ろうと苦闘する時に、利益の最大化に彼らの将来の存続を危険にさらすだけの価値があるかどうかを再考する必要がある。政府の救済策が効果的でないかぎり、資本市場(株式および債券市場)で資金を調達する能力のない企業は極度の圧力にさらされることになるだろう。われわれがすべてを克服するまでに、この経済的困難はそれほど大したことはないと予想する市場アナリストはほとんどおらず、アナリストの多くは、この不況が1930年代の大恐慌で直面した困難に匹敵するか超えるだろうと予想している。多くの指標から見て、すでに新しい大恐慌に陥っているのである。
 グローバルな売買、利益、雇用、設備投資、税収は、今後も引き続き厳しい状況にあるだろう。航空機製造、航空会社、ホテル、宿泊施設、自動車メーカー、レンタカー、輸送機関、カジノ、レストランなどの以前は収益が高かった業種は、事業の縮小を余儀なくされるだろう。雇用は通常よりも遥かに長期にわたって困難が続き、世界的な景気後退と不況はより長い時間停滞が続くだろう。
 必要不可欠な業種は、より高い賃金、有給休暇、利用可能な健康管理を求める要求に直面するだろう。これは記録的な失業を背景に発生し、雇用者と労働者の対立の爆発につながる可能性がある。パンデミックの結果、事業利益率が圧迫され、供給プロセスは家庭により近くなり、中国などのような単一生産国への依存は少なくなるだろう。企業は、単一の供給源への依存を防ぐために、複数の供給先に供給リスクを分散させるだろう。現在のパンデミックでは、容易な解決策はなく、最初の経済開放がどれほど成功するかに関係なく、遠い未来に影響が及ぶほど生活は大きく変わるだろう。
 景気後退をすぐに和らげることができるものはあるのだろうか。広く利用可能で安全かつ効果的な治療計画、もしくはワクチンの広範な投与の成功は、長期にわたる世界的な不況を回避する最良の機会ではあるだろう。しかし、これら好ましい出来事の一方もしくは両方が当面の視野にあっても、経済的損失は依然として過去のすべての不況を超えるだろう。進行するインフレのために調整された世界のGDPの最近のピークは、世界経済全体の供給と需要の両方がかつてないほど破壊されているため、短期から中期での達成は難しいだろう。
 発展途上国の経済は、米ドルへの依存と、堅調で完全に機能しているユーロドル市場への依存のため、特に困難な時期にある(ユーロドルとは、米国の銀行システム外で保有されている米ドルである)。全体的な経済活動の急激な低下により、米ドルの供給は世界的に急激に減少し、商品価格の低迷と同時に、途上国の経済を強く圧迫している。
 この二重の打撃が、国際通貨基金が特別引出権利の拡大を望んで、途上国の支援のために貸付能力を1兆ドルに引き上げようとしている理由である。しかし、トランプ政権はこの計画に抵抗しており、これまでのところ反対している。これが継続する場合、世界的な崩壊を食い止めるために、外国政府および外国企業のほぼ無制限の額の米ドル債務、融資枠、銀行信用状の引き受けを米国連邦準備制度および米国財務省が引き受けなければならなくなる可能性がある。
 この不幸な状況によって、米国は現在の影響力を遥かに超えて世界の経済活動を支配できるようになり、資金を受ける国や企業を選択するようになるだろう。このシナリオでは、米国政府が国際的な勝者と敗者を選ぶことになる。中国やロシアなどの国々は、かなり大きな経済を抱えているため、イラン、ベネズエラ、北朝鮮と同じ船に乗ることを望まないだろう。すでに米国の制裁下にあるロシアにとって、この考えはそれほど魅力的なものではない。高度な軍事力を備えたこれら政治的および経済的に強力な国々にとって、それは耐え難い状況であり、この米国の支配力拡大が現実になった場合にロシアと中国が検討する可能性のある政策選択の範囲を想像することしかできない。要するに、過去数四半期にユーロドル市場で危機点に到達しようとしていた問題が、新たな世界的危機の種を蒔いているのである。
 しかし、世界の諸政府は依然としてパンデミックに直面しており、どのようにしたらよいのか分からない。政府は道を見失い、協力はどこにも見られない。経済の再開と救済への圧力は高く、新型コロナウイルスの発生に対応して、一連の開始と停止の繰り返しが長期化する可能性がある。社会的距離は、何百万もの大小のビジネス・モデルに悪影響を及ぼしている。この最初の開始のステップがどのように進むかに関係なく、生活は非常に長い間混乱する可能性がある。
 2020年4月の終わりに、JPモルガン・チェース社(JPM)はクライアントに株式市場が発するメッセージを無視するようにと、そして現在のパンデミック経済の状況は見た目通り悪いことを伝える報告書を発表した。米国最大の銀行であるJPMは、経済の最前線に位置しており、可能な限り信用取引を遮断し、他のほとんどの銀行を排斥して政府の支援を受ける信用貸しの発動に焦点を変更することで、自行を保護する重要な措置をすでに講じている。先進国の経済は信用貸しと債務で運営されているため、これは悪い兆候である。JPMは「これらのデータは不快なものであり、さらに悪化するはずである」と述べた。
 パンデミックが米国でニュースの大見出しを飾るようになったため、米国の様々な株式市場は当初、史上最高の高値をつけていた2020年初頭から30~40%下落した。3月中旬から2020年5月下旬までの10週間で、4,000万人以上の米国人労働者が公式に失業した。短期労働者と公式の失業統計に数えられない自営業者を加えると、この短い時間枠に6,000万人以上の米国人労働者が失業したと推定される。
 6,000万人のアメリカ人が失業したため、同じ10週の間に米国の主要な株式市場は30%以上高騰した。米国の最も裕福な人々は資産を4,740億ドル増やし、これがアメリカスタイルの資本主義の間違いのすべてであると多くの金融コメンテーターが発表するに至った。何かがひどく間違っているということを認識するコメンテーター、アナリスト、ビジネスマンが増えるにつれて、現代の資本主義がごく少数(億万長者階級)のみのために機能しているという認識が増大する傾向にある。資本主義の不公平さ、その不平等の急激な高まりを富裕層が認め、新たに見いだした自分たちの価値に労働者が気づいたことにより、効果的な変化に関心のある政治家には知的基盤が提供され、労働者は土地、労働、資本の間の既存の関係に対して新しいアプローチを要求する熱烈で強力な声を持つことになった。
 新型コロナウイルス・パンデミックは、オーバートンの窓に強烈かつ劇的な調整を提供した。2カ月足らずの間に、公の論説に影響を与える状況が根本的に変化した。これは歴史上、類のない瞬間であり、もし人々が実質的な変化を要求し、政治家に責任を負わせる意志があるならば、今日、窓が大きく開かれる可能性がある。国民が主導権を握れば、政治家はわずか数カ月前なら達成不可能と思われた政策を提案するだろう。
 米国の強力な政治家たちは、実施の機会がなかった極端で過激すぎると最近まで考えられてきた政策を明言している。しかし突然、これらの政策は民衆のマインドに受け入れられるようになっているだけでなく、必要なものとしてますます理解されるようになっている。新型コロナウイルスは世界に深く影響を与え、その結果、多くの人が政治、経済、社会の制度を調整する必要性を認識している。この必要性をアメリカほど如実に示している国はない。それはアメリカが自由市場のイデオロギーと、いかなる代償を払ってでも利益を最大化しようとする圧力に骨抜きにされ、パンデミックへの対処を誤って崩壊したからである。今、そうした代償によって急所を突かれているのである。
 オーバートンの窓は動いており、経済不況から抜け出す政策を形作る上で、人々の声が今ほど影響力を持ったことはない。その未来を描写し、それを主張し、それに投票し、思慮深さ、ビジョン、思いやり、良心に欠けている経済的なダーウィニズムにすぎないシステムを存続させるかどうかは、民衆次第である。
 シェア・インターナショナル誌の読者は、「荒野の体験」が世界教師マイトレーヤの出現への道を開くかもしれないと長い間期待してきた。誰も彼の出現の正確な時期を知ることはできないが、今や彼の声は多くの正義を求める様々な声を間違いなく強め、それらを団結させ、善への止めることのできない力を生み出し、日常生活のあらゆる側面に大きな変化をもたらしている。ベンジャミン・クレームの『世界教師と覚者方の降臨』が出版されて40年が経ったが、今後数カ月か数年の間にマイトレーヤが出現することに関して、これほどまでに人の心を動かさずにはおかない時はなかったように思われる。

著者注:オーバートンの窓は、ジョージ・フロイド氏殺害に同情して発生した世界的な反人種差別のデモとブラック・ライヴズ・マター抗議運動にも同様に適用される。驚くほど短い時間枠で、オーバートンの窓は、地方、州、および国家の政治団体に対する激しい民衆の圧力の下で開かれようとしており、ますます攻撃的になり軍備化されてきた警察を抑制する法律を制定するように駆り立てている。