編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、未掲載手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームと彼の師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたものである。その他の掲載された手紙は新しいものであり、覚者が関わっているかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。

マイトレーヤと覚者方が、社会正義に関係する政治的な問題や事柄にいかに密接に関与し焦点を当てているかを明らかにするために、われわれのアーカイブからささやかな手紙の選集を掲載する。

目覚めようとしている!

編集長殿

 先週土曜の2003年2月15日に、私たちはロンドンのハイドパークでの反戦集会に出かけました。ジェシー・ジャクソン師が演説を始めましたが、最初はジャクソン師の演説はそれほど心を引くものではありませんでした。しかしその後、突然、その演説が別のエネルギーと語調を帯びたように思えました。この時、演説者に目をくぎ付けにしている一人の黒人が私たちの隣に立っているのに気付きました。
 その後、若い歌手のミス・ダイナマイトさんが「愛」と「平和」について語り始めました。「それに、正義だ!」と、私たちの隣にいた男性が腕を振り上げて言いました。その男性は「そのとおりだ、お嬢さん、いいこと言うね」など、言われていることすべてについてコメントを差しはさみました。
 この男性の物腰には、マイトレーヤか覚者ではないかと思わせるような何かがありました。男性はとても陽気で、葉巻をくわえ(しかし吸うことはありませんでした)、小さなウイスキーのボトルを持っていました(アルコールの臭いは全くしませんでした)。私たちはカメラを持った取材班がいるのに気付き、その男性にインタビューしてはどうかと提案しました。
 彼はマイトレーヤか覚者の一人でしたか。

ダニー・パラシェチャク、デービッド・ジョンストン
ロンドン

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した。ビデオには、インタビューの終わりに彼と一緒に歩いて帰る若い黒人男性も写っており、二人が元気いっぱいこぶしをぶつけ合っている様子も撮られていた。ベンジャミン・クレームの師は、この二番目の男性は覚者の一人の弟子であることを確認した】

 ロンドン反戦デモ行進での演説が終わって群衆が三々五々帰ろうとしていたとき、取材班は、ダニー・パラシェチャクとデービッド・ジョンストンが描写した「陽気な」アフリカ系カリブ人男性を含めて、現場にいた人々にインタビューを行った。その2分半のインタビューの内容を以下に掲載する。

アフリカ系カリブ人:「目覚めようとしている! 目覚めようとしている! 世界は人類のものだよ、兄弟」
インタビュアー:「まさにそのとおりだね、おじさん」
アフリカ系カリブ人:「そう、辺りを見ればそのとおりさ! 嬉しいねー! 私が参加するようになって長いからね──よくCND(核武装反対運動)などに参加していたのさ。でも、こんなのが見られるなんて素晴らしい限りだよ。その上にだ、この状況全体を目覚めさせたのはわれわれのような年を取った世代だが、それが目覚めようとしているのさ! 特に息子や孫のような若い世代が後に続いてくるのが見られて嬉しいね。今日は兄弟姉妹たちが真理を語り、嘘を、嘘を、暴き出すのを聞くことができて誇りに思うよ。これは素晴らしいことだ。若い世代全体が、黒人も白人もみんなこの場所に集まってきている。こういうのを見るのが大好きなのさ。100万ポンドに代えても見逃したくないね。それに、ここにいる私の幼い兄弟たちみんな、私の幼い兄弟姉妹たちみんなが、遠いところからはるばるやってきているのだよ! 嬉しいよ、本当に嬉しいよ! われわれは目覚めようとしているのさ! われわれは眠っているとでも連中は思っていたのか!」
インタビュアー:「ちょうど眠たい目をこすっているところかなぁ……」
アフリカ系カリブ人:「そう、そう! (笑いながら)兄弟よ、目覚めないか! 信じていろよ。褒美から目を離さないようにしろよ。その褒美は人類そのものさ! 人類はわれわれみんなのものだからね。バートランド・ラッセルが言うように『君たちの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ』だよ。そうしなければ、前にあるのは暗闇だけだ。でも、新しい世代の君たちは、新しい秩序の夜明けを見たのさ。その秩序は人類のものだ──ジョージ・ブッシュのものでもなく、トニー・ブレアのものでもない。こうしたいわゆる『神々』の一人のもので・ヘないのだ──こうした『新しい神々』のことは知っているよね──今やそれは君たちすべてのものだよ! 私は70歳を越えているがね、その私が言うのだよ、信念を持ち続けろよ、兄弟!」

(インタビュアー:M.R.マッキューン、
カメラ: アンバー・マクルーア)
(シェア・インターナショナル誌2003年4月号)

士気の向上

 私は2003年3月22日にロンドンのハイドパークでの反戦集会に気が進まないながらも出かけ、戦争が始まってしまった今ではあまり意味もないと思っていましたが、それでも私たちが参加してともに異議を唱えるべきだという、ベンジャミン・クレーム氏の師である覚者とマイトレーヤの勧めを心に留めていました。陽気な人々と交流し、友人たちやマイトレーヤとその教えに興味を示してくれる多くの人々に出会って嬉しかったのです。
 翌日、ノッティングヒルにある地元の食料品店にいた時、シルクハットに黒い眼鏡をかけたエキセントリックな黒人の男性が店に入ってきました。彼は戦争について話し始めたのですが、2月15日にハイドパークに(ファミリアとして)現れたマイトレーヤにそっくりな声で、トリニダード訛りがありました(本誌2003年4月号参照)。頭に包帯を巻いて泣いている子供の写真を指差しながら、彼は大きな声で「彼らは子供たちを殺している」「これは帝国主義だ」と断言し、彼の声はハイドパークの時のように響き渡りました(その時には非常に多くの子供たちの死亡や怪我のぞっとするようなニュースの完全な詳細は新聞には出ていなかったのです)。その間中、彼は私をまっすぐに見つめていました。私は彼の言葉よりむしろ彼の声の響きを聞きながら、ハイドパークの時の彼と外見は似ていませんでしたが、もしかしてマイトレーヤだろうかと考えていました。白状しますが、彼の熱烈さに少なからずへき易して、彼に応えようかどうかためらっていました。彼は突如出て行きました。私は新聞の代金を払って彼の後から急いで店を出ましたが、彼は消えていました。
 私が思ったのは、彼はマイトレーヤに違いなく、デモについての私の疑問に答えるために来られたのだということでした。

イディーナ・ル・ゲイ
英国、ロンドン

【ベンジャミン・クレームの師は、その『トリニダード人』がマイトレーヤであったことを確認した】

(シェア・インターナショナル誌2003年5月号)