分割した世界への緊急のメッセージ
ゲラード・アートセン
自らの世界の終わりを感じて、舞台の背後にいる権力屋たちは、人類の間に分割を生み出すためにあらゆることをしている。そして日々のニュースが示すように、今日政治指導者たちは入札を続けている。なぜなら彼らには、未来への唯一の持続可能なビジョン──普遍的自由と正義の創造を通して一体性を顕現すること──が欠けているからである。
拙著『転換期にある惑星――いかに正義と自由は実現されるのか』(大堤直人訳、アルク)で詳しく述べたように、宇宙からの訪問者は、1950年代の核開発時代以来、人類の分離的傾向と世界的滅亡への可能性への懸念を寛容に共有してきた。
ジョージ・アダムスキーは他の惑星の人々との出会いと彼らの緊急のメッセージについて公に話した最初の人物であったが、既得権者たちによる徹底した人格攻撃によって、彼の業績は歴史の周辺に追いやられた。しかし、真剣な調査は続いており、彼の主張と使命を回復させる努力は行われている。1998年には英国の作家ティモシー・グッドによる『エイリアン・ベース』が出版され、レネ・エリック・オルセンによる最近の調査『ジョージ・アダムスキー物語』、ミシェル・ザーガーによる『ジョージ・アダムスキー事件の検証』が共に今年の夏に出版された。
ベンジャミン・クレームが、ジョージ・アダムスキーの主張に加えて、『光の勢力は集合する』の中で示しているように、宇宙人にはこの惑星で「宇宙の兄弟たちの現実を世界に知らせるための」人々がいる。私たちに知られているのは、バック・ネルソン、トルーマン・ベサラム、ダニエル・フライ、ハワード・メンガーのような人々であり、彼らはアダムスキーのようなアメリカ人で、おそらく当時と今の世界情勢の中でアメリカにおいて重要な役割を与えられていた。
ブラジルの物理学者アラディノ・フェリックス(通称ディノ・クラスペドン)、カナダ政府の研究者ウィルバート・スミス、そしてスイスの農家エドワルド・ビリー・マイヤーを除けば、他のアメリカ以外の1950年代のコンタクティーたちは、「イタリア・フレンドシップ事件」を通してごく最近になって知られたにすぎない。その中には外交官アルベルト・プレゴ、心理学者ブルーノ・サマチッカ、そしてステファノ・ブレッカ教授も含まれる。
今でもほとんど知られていない名前は、ピエール・モネというフランスの徴集兵で、彼の最初の接触体験は1951年、アヴィニヨン近くのクーテゾンで起こった。彼の二つの著書『宇宙人が私に語ったこと』(1978年)と『宇宙からの接触者』(1994年)はいずれも英語には翻訳されず、スペイン、ポルトガル、オランダでのみ読まれている。モネ氏の話が広く知られていない理由はそのことにあると思われる。その本の中で、彼は7月のある夜、クーテゾンからオレンジ近くにある彼の家まで帰る途中で、同じ道沿いにある、オレンジから3、4キロ離れた石切り場に「テレポートされた」様子を述べている。バイクを押して岩場を歩きながら、彼はあたかも青白い銀色の光を発するレンズ状の円盤に導かれたようであった。他のコンタクティーの描写を思わせるが、「その円盤の『鉄』は物質で同時に非物質であるように見えた。少なくとも内部に絶えず動いている原子構造があるようだった。ほとんど生きているもののようだった。それは印象的で、美しく同時に当惑させるものだった」。
モネ氏が、近くの交通の音も全く聞こえない完全な沈黙を体験したと述べるとき、彼は肉体の外にいたのだと想像するのは困難ではない。「この完全な沈黙は、あたかも私が釣鐘状のガラスの下にいて、完全に外部の世界から隔離されているような印象を与えた。私には自分の呼吸音と鼓動と脈動の音のみが聞こえた」。宇宙船に近づいて歩いていると、彼は自分が見たものに興奮し、その前に立っている人間のようで同時に地上離れした存在を見過ごすところだった。彼はその存在が彼と「テレパシー的な交流のプロセスで」彼と交信しようとし始めたと述べる。彼らはそれを「全く自然で常に存在してきた方法だが、人類は普遍的な法則を見失うにつれてそれを失った」と述べた。
日々の旅程の開始地点に戻ったとき、彼は自分の時計と街の時計を見て、彼の体験の間物理的な時間が経過していなかったことに気づいた。しかし彼は自分が与えられた情報とメッセージを、その意味を伝えるのにふさわしい言葉に「翻訳する」ために長い年月を要した。遂に、1978年に彼は最初の著書を出版し、1979年から1981年までの間に多くの講演会への招待を受けた。
1974年に彼は再び宇宙人と接触するようになった。彼らはこう述べた。「私たちはあなた方の間におり、あなた方の間で行動しているが、あなた方はそのことを知らない」。世界中で70万人がコンタクトしていると彼は告げられた。本物の「コンタクティー」と思われる人々の体験を確認すると、モネ氏は次のように告げられた。「愛の法則に従うことのみが真の生活に導くという私たちの確信のために、私たちはあなた方よりもはるかに進歩してきました。しかし、私たちもまた状況の求めに応じて振舞いを適応させなければなりません。しかし私たちはそれを行い、過去の間違いから学んでいます。自由意志の法則を侵害することなく、このことを私たちはあなた方に教えます」
宇宙の訪問者たちは人類の歴史における現在の重要性を示唆した。「天地の動きに従って、私たちは間もなくアクエリアスの時代と天文学者が呼ぶものに入り、そこでは数千年にわたって地上における智恵の進化が頂点に達するでしょう。このことが可能になるのは、人間が個人としての自己ではなく全体としての社会とより同一化するようになることによってです。来るべき世紀に、人間は知的、霊的、心理的、科学的、技術的分野において必要な変化のための明確な指導を受けるでしょう。人間はこれらの指導を受け入れることも拒絶することも自由です」
実際、モネ氏の接触は、宇宙の兄弟たちが教師の帰還のための霊的基盤をつくることに関わっていることを示すように思われる。ベンジャミン・クレームによれば、「歴史を通じて、霊的に進化した人々が、宇宙人との接触によって、人間に自然と宇宙と調和して生きるための法則と価値観を教える公的なメッセンジャーの到来に向けて人類を準備してきた」。
ジョージ・アダムスキーは繰り返し、私たち全員が個人的により良い世界をつくる責任を持っていると述べてきたが、ピエール・モネ氏も同じことを伝えている。「もし私たちが自らの行動を自発的に変えるならば、私たちは輝かしい未来に入り、そこでは攻撃、憎悪、死はもはや存在しない。私の宇宙人たちが言うように、『憎むことをやめ、強く愛し合いなさい』。しかし、この知恵は各人が個人的に内的に苦闘することを通じてのみ手に入れることができる。すべての人間が全人類に責任を持つという事実に目覚め、恐ろしい出来事が起こるのはそれぞれの個人の行動の反映であることを自覚する必要がある。どんな行為もどんな思考も消すことはできない。各人の発するすべての思考は、憎しみか愛、幸福か不幸、生か死を生み出す」
「愛は生きることができるのみである! 愛は放射を通じて可視化する。愛は自己を忘れ、自己を他者に完全に与える。愛することは易しく同時に困難である。人が自己の内部を深く見つめ、自己に直面するならば、それはやさしい。そうすれば、人は自己を、私たちを囲い、自由に呼吸し愛に生きることを許さない行動や思考の沼地から抜け出させることができる。しかし努力を怠るならばそれは難しい。朝起きて仕事に行き、出会う人々すべてに敵対的な目を向け、邪魔な運転手に叫び、妻にストレスをぶつけるなどすること以上のものがあるのだということを見たくないのなら、それは難しい」
世界教師の出現のために活動している人々と同じように、宇宙の兄弟たちのメッセージを広める活動を長年行っている多くの人々に負担が強いられることについて、訪問者たちはこう促している。「愛の法則を真に理解する栄誉を享受しているあなた方に、私たちは次のことを求める。
忍耐を失わず、愛が何であるかを示し続け、あなたの生活のあらゆる瞬間に無限の愛を与えなさい。なぜなら間もなく人間の心は変わり、あなた方は報われることになるからです。あなたが与えた愛は何百倍にもなって戻って来るでしょう」
そして、物質的価値観──商業主義──への絶え間ない強調の必然的な結果としてのファシズムの台頭と共に、地球自体が危機を迎える中で、宇宙の兄弟たちのこれらの言葉は、人類の歴史の分岐点で特に緊急性を持っている。私たちは分離と憎しみを生む政策に明確かつ積極的に反対しなければならない。「私たちはあなた方を助けるためにここにいるが、あなた方全員の同意が必要である。あなた方のハートとマインドが愛と知恵で満たされることを希望する。私たちはあなた方を見守っている。しかし急がなければならない。時間は短いのだから」