ジェレミー・レント氏との会話
意味とつながりの探求(第2部)
フェリシティ・エリオットによるインタビュー
第1部において、作家であり非営利の「リオロジー研究所」の創設者であるジェレミー・レント氏は、分離の瞬間がいかに文明の形に影響を与えてきたか、そして人類はいかに反応し、人類そのものや人類と自然との関係を規定してきたかを見てきた(シェア・インターナショナル誌2018年11月号参照)。このフェリシティ・エリオットとの会話の第2部において、レント氏は新しい持続可能な未来のビジョンの概略を描いている。
シェア・インターナショナル(以下SI):多くの人が意味を探しています。世界は決定的に重要な時点にあるようです。私たちは何を受け入れる必要があり、何を拒む必要があると思いますか。明らかに、何らかの大きな集団的決断を下す必要があるようですが。
ジェレミー・レント:確かにそうです。意味についての、時間の経過を伴う考察方法の一つとして、世代を超えたつながりがあります。私たちの価値観は前の世代の思考過程と文化遺産から生じています。私たちは未来の世代に残す世界について非常に気を配る必要があるし、また、過去からの遺産についても認識する必要があります。私は人々に「文化のマインドフルネス」の感覚を培うよう勧めています。マインドフルネスの概念はよく知られています。それは心の中にあるアイディアを見つめますが、それについて判断しないことです──それにとらわれる必要がないことをただ認識し、そうすることによって、自分自身のアイデンティティーについてのもっと包括的な感覚を培い、知恵へと向かう道筋をつけることができます。「文化のマインドフルネス」とは、私たちが世界を理解する際に手助けとなる、文化の中にある同じものを再認識することです。
ジェレミー氏は大量消費主義を認識することについて話した。何を買い所有すべきかについてのほのめかしは、警戒を怠り文化のマインドフルネスを培っていなければ私たちの見方を形づくることがあるという。私たちの考え方を形づくるあらゆるメディアのほのめかしに気づいていれば、こうした基本前提らしきものを疑問視することができるようになるだろう。
レント:別の世界観を培うことや、文明の方向性と人類の成長にもっと有益な形で関わる者となるようにその世界観をある程度変えていくことは可能です。私たちすべてを破壊へと導いているグローバルな経済システムの中で暮らしていることを認識する必要があります。それは株主の利益を最大にすること以外は何もしないという意図をもって形成された多国籍企業の力の増大に伴って発展してきました。そのシステムがこうしたことをする際には、地球を消費し、私たちの心を虚ろにすることによって人間自身をゾンビのような消費者に変えます。子供の時からのありとあらゆるメッセージを通して私たちをプログラム化された消費用オートマトン(自動装置)へと変えるのです。
SI:あらゆる看板、広告、掲示板によって攻めたてられないのはほとんど不可能です。私たちはそれに浸かっており、それは現代の消費者中心の大衆文化の基調になっています。
レント:そのとおりです。インターネットは言うまでもなく、コンピューターの画面をのぞくたびに広告が現れます。何らかの方法で投票したり何らかのサイトを選んだりすれば、どのような好みを持っているかを小さなスクリーンが教えてくれます。そして、こうしたすべてのことが、これらの巨大企業をもっと儲けさせ、少数の億万長者をもっと裕福にするためにエネルギー ──生命エネルギー ──を費やしている生き物へと私たちを変えています。こうしたものがシステムにほかならないという事実に目覚めなければなりません。こうした構造を支配している悪徳の天才がいるというわけではありません。そうした構造は人々によってつくられたものであり、それが私たちや地球を消費し尽くしているのです。
SI:もう一つの大きな問題は、これが起きているスピードです。地球をご覧になってください。
レント:そうですね、それは文明の崩壊へとつながるような速度です。私たち一人ひとりがこのことを認識するとき、それはいのちへと向かう力強い原動力、崩壊に立ち向かう方法を見つける原動力となります。
SI:虚ろな顔の人々が暇な時間を買い物に、ゾンビのように店から店へとぶらぶら歩くのに費やしていることに衝撃を受けます。私たちは自分たちがそうなることを許してしまいました。もちろん、私たちはかなりの程度、加担しています。商業至上主義の最も陰湿な影響の一つは、次から次へと現れる広告で送り出される考え方です。それは、「私たちはそれに値するから」あれこれの製品を買うべきだと告げます。まるでその製品が私たちの価値、私たちの値打ちであるかのように。そのようにして私たちは規定されます。同時に、現在は実際に、古くて「より粗野な」尺度である量から、質という、もっと洗練された基準へと移行している瞬間であるように思えます。質には、「どのくらい多いか」「どのくらい大きいか」「どれだけ多く入手できるか」といった粗野な形よりも、もっと精妙でもっと持続可能なアプローチが関係してくるはずです。
レント:そのようなわけで、私は大量消費の成長志向型社会に代わるものについて話すことを好むのです。人々は脱成長について語ります。そうした運動は良い方向に進んでいる一方で、それがどれだけ成功するか私は確信が持てません。私がより好むのは、量よりも生活の質という観点から成長について論じることです。豊かな世界では、私たちの多くは、生活の量という観点からは必要以上に多く所有していますが、質という観点からは必要とするものより所有するものははるかに少ないのが現状です。いったんこのことを認識すれば、そして生活の中で物の量を減らしていけば、生活の質をさらに高めていく能力を得ることになります。このことを理解するとき、それは全く新しい物事の理解の仕方へと発展し、誰と、どのように、何と関係するかに関して非常に異なった選択をすることにつながります。
SI:あなたはこうした認識を関わり方や関係に結びつけておられますね。相互につながり合っているという経験の増加について私たちは話し合いました。私たちは新しい関係の仕方へと──共有のものへと、グループへと──現在感知されているよりもおそらくはるかに速く移行しているように思えます。しかも、それは私たちの優先順位の新しい基盤となっています。
ジェレミー氏は、いかに私たちが世界での在り方を変える必要があるかについて詳しく述べた。彼は三つのレベルでのつながりについて話した。最初は、中心的価値観を認めることによる、自分自身の中でのつながりである。二つ目は地域社会の中でのつながりであり、三つは全世界的なつながりに関係する。言い換えれば、ただ単に在ることができるように時間をとることである──スマートフォンやソーシャルメディアなどによって気が散るということがないようにしながら。さらに、家族であれ、友人であれ、近所の人たちであれ、あるいは社会の福祉と回復に役立つ地域社会の活動であれ、グループに完全に参加し貢献することである。地球的規模でも、私たちは活動的になり関与していく必要がある。
レント:新聞の見出しやテレビで大きな世界的勢力、破壊へと向かう運動について読んだり見たりします。それが起こるのをただ傍観することはできません。人類の未来を決定するのは、私たちが個人として、組織や地域社会の一員として下す決断であることを認めることが大切です。これは深い世界的、政治的なつながりの感覚です。そうした三つの次元の一つに注目を向けることができれば、人類の未来を変える可能性を手にします。
SI:私たちは転換を行う必要について、世界を変容させることができるように選択肢を認識する必要について話しています。私たちは崩壊を望まないが、急激な変化を望んでいるとあなたはおっしゃいました。価値観の転換の必要を理解する十分な数の人がいるかどうか、私を含めて多くの人が疑問に思っています。変化を起こすための十分な時間があり、十分な人々がいるのでしょうか。
レント:あなたは最も重要な問題の幾つかを提起されていますね。「十分」ということについて考えてみましょう。どのくらい多くの人が「十分」なのでしょうか。私の著書『パターン化する本能』の終わりの方で、エリカ・チェノウェス※(リンク参照)という人が行った非常に興味深い研究に言及しています。社会の変化と、少数の者の手からより大きな社会への権力の移行につながった、前世紀の社会運動を彼女は分析しました。鍵となる二つの要因が浮かび上がりました。第一に、最も成功した運動は非暴力運動であったということです。このことについては多くの理由があるようです。彼女たちが見いだした第二の点は、これは非常に重要なことですが、人口の3.5%以上が運動に本気で取り組むようになったとき、その運動は別の段階へと発展し、それを引き止めようとしたどんな権力をもひっくり返してしまったということです。
SI:それほど少数の人々によって臨界点に達したのですか。
レント:はい。考えてみれば、3.5%というのは比較的小さい数値のように聞こえます。本気で取り組むということについて考えてみても、そこに至るまでにはまだ遠い道のりを行かなければならないように感じます。およそ3億5,000万の人口がいるアメリカを例にとれば、3.5%は1,000万人を少し超えるくらいです。ほんの数年前、COP21というパリでの環境サミットの前、国連がその会議を開催している間、ニューヨークで約40万人が参加する大規模なデモ行進がありました。その行進はとてつもない影響を及ぼしました。国連と(気候に関する協定を結ぼうとする努力を主導していた)クリスティアナ・フィゲレス氏はこう言いました。「こうしたすべての人が行進しているのを見たとき、私たちは追い風を受けていることを知りました。私たちは変化を起こそうとしていることを知りました」と。ですから、40万人が1,000万人になることを想像してみてください。そのような取り組みの度合いが20倍になるのです。そして、1,000万人が本気になって行進し、この国[アメリカ]の真の変化を平和的に求めているのを想像し、それを世界の他の地域に当てはめてみてください。そうすれば、私たちが今いる次元よりもはるかに大きな次元で状況を見ることになりますが、それこそが、目標としている変化のために必要とされるものだと思います。
SI:あなたがたった今話してくださったエリカ・チェノウェス氏のこの研究は、とてつもなく鼓舞してくれるものです。それは社会のあらゆる領域で、あらゆるレベルで動員される民衆の力ですね。人々は大衆運動の持続的な効果について非常に容易に懐疑的になるか、あるいは個々の人間としての自分の力不足に条件づけられているように感じるため、集団による協調的な努力がいかに大きな効果を持ち得るかを見誤ります。「私は一人にすぎない。強大な権力を前にして何ができるだろうか」という疑問をよく耳にします。しかし、あなたが言及された研究から判断すると、現実は私たちが認識するよりもはるかにダイナミックで肯定的なようです。
レント:はい、それが民衆の力です。不思議なことに、この調査について知ると、「私たちは決してそこ[1,000万人]まで到達しない」と考えて、絶望し始めるかもしれません。しかし、それによって私は、この変化を分析する別の方法に導かれます。これは非常に価値のあるモデルだと思います。本の中でもそれについて述べました。それは「変化の適応周期理論」と呼ばれています。それは複雑なシステムの中でいかにして変化が起こるかを理解する体系です。
ジェレミー氏は一つのシステムの異なった段階について説明した。成長の段階つまり再編成、第二に搾取と急速な成長の段階、それから固定化あるいは保存の段階、最後に最終的な「解放」の段階である。この段階ではすべてのものがもろくなり、崩壊や突然の変化が引き起こされることがある──株式市場の崩壊や森林で起こっている火災のように。解放の段階は以前に築き上げられたものを解体させる。そして最終的に、解放の段階の後に再生の段階が来る。以前の段階では決して可能でなかったものが突然、次に来るものを形作ることがある。これは肯定的にも否定的にもなり得る。例えば、1930年代に第一次世界大戦後の経済崩壊後のヨーロッパでは、その段階においてヒトラーやムッソリーニのような人々が権力の座につくことができた。同じように、それは新しいアイディアが花開き、急速に広がり得る肯定的な期間につながることもある。
レント:たった今、私たちは現代文明の解放の段階の最終局面にいると考えています。時間との競争に似ています。最初に経済全体が崩壊してしまえば、それを再建することはできないでしょう。何千年にもわたって発展してきた構造を失うことになるでしょう。それは破滅的状況となるでしょう。再び疑問が生じます。そうしたすべてのものが崩壊する前に、グローバルな経済的、物質的システムがどこに行くかを方向づけるほど十分速く、私たちは認知体系を、世界を理解する方法を変えることができるでしょうか。私はこれを、私たちの時代が直面している中心的な疑問だと見なします。この根本的な移行は、この巨大な「国家という船」の方向を変えるほど十分速く、私たちの文化的な価値観において起こるでしょうか。
SI:最近は資本主義の崩壊、新自由主義の価値観と体系の排除がよく話題に上っています。あなたは1930年代について話されていました。今や、そのことは非常に興味深い点です。1930年代とちょうど同じように、私たちはファシズムの盛り上がりを目にしているからです。それが政治的な観点からのものであれ、あるいは大量消費主義が原動力となった経済的なファシズムとしてであれ、私たちは今、再びそれを目にしています。あなたはそれをどのように見るでしょうか。
レント:私たちはまさしくその時点にいると思います。大規模に解き明かされる時期です。極右であれ、ファシズム的な考えであれ、あるいは本当に再生した未来であれ──これらは社会に不満を抱く人々が引き寄せられるアイディアです。そのようなわけで、いのちのために、人間と自然の繁栄のために苦闘している私たちすべてにとって、民衆がわくわくし鼓舞されるように、そして自分自身の人生を未来のためのこの闘争の中へと入り込ませるように、こうしたアイディアを可能な限り関連した方法で提示していくことが義務となります。ここで決定的に重要なことは、文明がどのような形を取り得るかについてのビジョンを提示することです。そのようなわけで、私はあの「2050年の世界のビジョン」というビデオ〔「大いなる変容、つまり私たちはいかにして(かろうじて)気候災害を回避したのか」〕をウェブサイトに掲載したのです。私は「エコロジカル(生態系)文明」と呼ばれるものにますます胸を躍らせるようになっています──これは現在の文明の基盤となっているものとは異なった一連の原則に基づく文明の概念です。現在の文明は資源の搾取や、がんの増殖のような成長を基盤としています。最後にはすべてを破壊してしまうまでひたすら成長を続けます。それはいのちそのものの破壊に基づいています。それは富と株主の利益をつくり出すために人類や自然界からいのちを吸い取っています。しかし、エコロジカル文明はいのちや相互のつながり、統合、回復といった原則に基づくでしょう。そこでは、人間がお互い同士、そして自然界と共に持続可能な方法で繁栄することが、制度の組織の仕方、お互いとの取り引きの仕方、科学技術の発展の仕方、自然界との関係の仕方、食べ物のとり方などの基盤となるでしょう。こうしたものすべてが、根本的に異なった一連の原則と構造に基づくでしょう。わくわくするのは、こうしたすべての思考過程がすでにそこにあるということです。発明しなければならないというわけではありません。世界中で聡明な人々が寄り集まり、その出現しつつある未来の中へ入って実際に生きようとしています。彼らは、私たちがその未来のエコロジカル文明のために必要とすることを実践しています。誰が言ったのか分かりませんが、次の言葉は素晴らしいです。「未来はすでにここにある。まだよく広まっていないだけだ」というものです。その素晴らしいアイディア、新しいテクノロジーなどについて知り、それを新しいタイプのエコロジカル文明へと組み込むことが必要です。
SI:そして、そうした価値観を新しい構造の中心に据えることですね。新しい堅固な国連について、そして地球を守り、地球を全く神聖なものとして認めさせるための法律を施行し尊重する必要について話されたことを本当にありがたく思います。そして私の考えでは、私たちは礎を、いのちのための諸権利の法案を、人間生命のための規約を制定しなければなりませんね。
レント:まさしくそのとおりです。人類の偉大な達成の一つは国連の世界人権宣言です。それは第二次世界大戦の荒廃の後で策定されました。これは国際社会としての私たちの価値体系の基盤です。私たちは今、合意された優先事項の根本的で確立された部分として、自然界の諸権利についての同じようなものを必要としています。
SI:さらに、完全な人間になる権利も認識する必要がありますね。私たちはまるで、自分自身の半分でしかないような、不完全で、半分空になっているかのようだからです。
レント:全くそのとおりです。
SI:先見の明のある多くの作家や思想家を通して、私たちは物質主義と商業至上主義の影響について認識しています。今日の大量消費主義の優先事項のために、私たちは半分の人間として存在しています。人々が空虚さを感じると言うのももっともです。完全な人間の現実と権利を保障する新しい国連規約を待ち望んでいます。それは霊的な、つまり高位の意識の様相も含めて、人間全体を認識します。それは私たちが集団として解決するものとなるでしょう。その完全な人間とはどういうものかを定義するだけでなく、私たちが一部である他のすべてのシステムのいのちと権利を認知することにもなるでしょう。
レント:同じ意見です。そうです。あなたは素晴らしいビジョンを提示していると思います。そして、さらにもう一歩踏み出して、次のことを理解すべきです。つまり、あなたが描写したような方法で完全な人間になるということは、私たちのアイデンティティーは個別の有機体と共には終わらないことを認識するということです。それが私たち自身の個性と共に終わることはありません。それはヒッピー後の時代の「自分自身の成就」のような考え方ではありません。実際のところ、それが意味するのは、自分自身を本当に成就するとは、地域社会の中での、国際社会との、自然界との、自然界の中でのつながりを成就し、私たちがこの巨大なシステムの一部であることを理解するということです。本当に自分自身を成就することとは、自由意志論者のやり方で他者を犠牲にして自分のために何かをすることではなく、非常に広いアイデンティティーの感覚の一部となり、その感覚を経験することです。※ericachenoweth.comエリカ・チェノウェス/マリア・ステファン『なぜ市民の抵抗は機能するのか──非暴力闘争の戦略的論理(Why Civil Resistance Works: The Strategic Logic of Nonviolent Conflict)』(テロおよび非正規戦に関するコロンビア大学の研究シリーズ)ジェレミー・レント『パターン化する本能──意味を求めての人類の探求の文化史(The Patterning Instinct──A Cultural History of Humanity’s Search for Meaning)』www.jeremylent.com
ジェレミー・レント氏による声明
私たちがこの会話を行ってからも、私たちすべてを待つ劇的な変化に向けて世界は速やかに進み続けた。非常に顕著だと私が考える主要な部分の幾つかは次のとおりである。■ 世界自然保護基金(WWF)によると、1970年以降、世界中で人類は今や、哺乳類や鳥類、魚類、爬虫類の60%を絶滅させた。■ 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、取り返しのつかないほどの増幅したフィードバック(反動)につながる気候の臨界点を避けるためには、12年しか残されていないと警告した。■ ブラジルの大統領に選出されたジャイル・ボルソナロ氏は、パリ協定から脱退し、探鉱と単一栽培によるアマゾンの荒廃を倍増させることを明言している。■ アメリカでは民主党が下院を奪還し、進歩的なアレクサンドリア・オカシオ・コルテス氏は2020年の民主党綱領に向けて急進的なグリーン・ニューディール政策を提案している。これによってアメリカは、洞察力のある気候問題のリーダーとして認知される可能性がある。■ 新たに創設された「エクスティンクション・リベリオン(絶滅への抵抗)」は、ロンドンで五つの橋を封鎖することによる直接行動と市民の不服従という戦略を打ち出した。未来は、私たちが自ら集団的に創造するものだということが、今日ほど真実であったことはない。混乱がますます大きくなっていく期間は必然的に、文化的、政治的、経済的なシステムの大規模な変化につながるだろう。私は最近の記事でこう書いた。「現在のシステムが今後数年後に崩壊し始めるとき、世界中のますます多くの人は、根本的に異なった選択肢が必要だということを認識するようになるだろう。偏見と恐怖に基づいた運動に向かうのか、あるいは、人類のためのより良い未来のビジョンに加わるかどうかは、人々が入手できるアイディアにかなりの程度依存している。この定期刊行物を読むすべての人は、私たちが将来世代のために繁栄という遺産を残すのか、あるいは死という遺産を残すのかどうかに関する人類の集団的な決定において、果たすべき役割を担っている。賞金がこれほど高くなったことはかつてない。
ジェレミー・レント