非暴力コミュニケーション

ドゥニャ・ミュラーによるマーシャル・ローゼンバーグ博士へのインタビュー

あらゆる場所の人々が抗議をし、デモに参加し、公民権のために闘っている。ほとんどの人は非暴力で始める。新型コロナウイルスの大流行により、あらゆる場所の人々が人類の直面する現実の問題をより意識するようになった。おそらくこの危機は、意識の転換に向けて世界を導くだろう。衝突、暴力、競争ではなく、世界中での協力の高まりに、人類同胞の基本的ニーズをさらに理解することに導くだろう。

 マーシャル・ローゼンバーグ氏(1934-2015)は、非暴力コミュニケーション・センター教育サービス(Educational Services of the Center for Nonviolent Communication=CNVC)の創設者であり、理事長であった。CNVCはアメリカ、カリフォルニアを本拠とする地球規模の組織であり、そのビジョンは、すべての人がすべての人の基本的ニーズと生命の価値を認め、普遍的な生命エネルギーとすべての生命の自然な一体性につながる意識から生きる世界である。このビジョンでは、人々は非暴力コミュニケーション(NVC)を使用し、経済、教育、司法、医療、平和維持において、お互いへの思いやりに基づいた世界規模の生命に奉仕する制度のネットワークを創設し、それに参加する。NVCは共通の人間の価値観やニーズに焦点を当て、善意を高めるような言葉の使用を奨励する。マーシャル・ローゼンバーグ氏は臨床心理学者であり、60カ国以上で彼のトレーニングプログラムを提供し、教育者、管理者、心の健康および医療の提供者、弁護士、軍将校、囚人、警官、聖職者、政府関係者、個々の家族などのグループと共に活動した。
 ドゥニャ・ミュラーは、スイスでの国際集中訓練合宿(International Intensive Training)にマーシャル・ローゼンバーグ氏と共に参加し、本誌のために彼にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以下SI):ローゼンバーグ博士、あなたは多くの国で何度もトレーニング・プログラムを実施しています。参加者たちは、あなたのトレーニングから何を学びたいと考えているのですか。

マーシャル・ローゼンバーグ: ほとんどの人は、私たちのトレーニングがどのように彼らと彼らの家族をより愛情深く結びつけるのかに興味を持ちます。親たちは、それを子供たちに使用したいと考えます。夫や妻は興味を持ち、人々は親に使用したいと考えます。ある人は私たちのトレーニングを学校で適用することに興味を持ちます。私たちは教師、親たち、子供たちをトレーニングし、私たちが「人生を豊かにする教育」と呼ぶものに彼らが参加するようにします。国によっては、人々は調停に興味を持つ場合があります。例えば、ルワンダ、シエラレオネ、イスラエルとパレスチナ、セルビアとクロアチアなどです。私たちは戦場にいた人々に対して、どのようにしてお互いに調和しながら生きるのかをトレーニングします。国によっては、軍や警察と一緒に活動する場合もあります。
 私たちは彼らに、どのようにトレーニングを行い彼ら自身の中で非暴力コミュニケーションを適用するのか、どのように自己尊重感を失うことなく人間の制限から学ぶのか、どのように他人との関係でこれを適用するのかを示します。国際集中訓練合宿では「社会的変化」というNVCの別の重要な適用にも踏み込みます。私たちは、そのシステムが人々の間の思いやりのある相互作用を支援するためには、構造の変化の過程でNVCをどのように使用できるかを人々に示します。

SI: NVCは、しばしば「ハートの言語」と言われます。どのようにしてハートからコミュニケーションをすることができるのでしょうか。

ローゼンバーグ: 「ハートの言語」によって意味することは、自分自身の中にあるものを表現するということです。私が取り扱うすべての選択肢は、「あなたの中に何がありますか」という質問のあらゆる変化形です。多くの場合、人は異なった価値観を持ち、典型的には「他の人はこうである」と判断できるような言語の形態を使用します。NVCは、私たちのニーズが何であるかを参照しながら、自分自身と他人をどのように評価するかを人々に示す言語です。それは、内面で起こっていることを評価するためにです。ですから、これは「善悪」の観点から他人の行動を判断することとは根本的に異なることです。そのような判断は、あなたがとった行為に関して否定的に判断された場合にあなたが非難され罰を受けるのは当然であるということをほのめかします。つまり、そのような言葉は一種の暴力なのです。NVCは人々を自然なレベルで結び付けます。あなたのニーズは何で、それが満たされたとしたら……?  そしてもしそうでなければ、ニーズをさらに満たすためには何をすることができるのでしょうか。そして私たちは、それに耐えて持ちこたえる方法を人々に示します。たとえ他の人が批判、非難、判断の観点で考えるように教育されてきたとしてもです。

SI: NVCは学校制度でも利用可能です。NVCは、子供や親のニーズを、また教師のニーズをどのように考慮しているのでしょうか。

ローゼンバーグ: 私たちは教師に生徒のパートナーとしての働き方を提示しております。生徒を管理するのではなく、教師が価値があると考えるものを生徒に提供し、生徒が自分自身の人生にもっと積極的に関わるよう助けるのです。私たちは、相互に依存した生徒の委員会をどのようにつくり上げるかを教師に提示します。そこでは生徒たちが、最高の成績を得るために競争するのではなく、自分たちすべてがお互いの仕事に貢献していることを理解します。私たちの学校での調査が受け入れられれば、パートナーシップが高まり、暴力が減少します。しかしながら、問題はそれをどのように維持するかです。従来から、学校は権威に服従し、報酬のために働き、互いに競争することを生徒に教えるように機能しています。私たちは、学校とコミュニティーの人々の両方を変容させようとします。

SI: 家族についてお話ししますと、親は、子供に対する権威や責任を失うことなく、どのようにして彼らの「感情」や「ニーズ」について話すことができるでしょうか。

ローゼンバーグ: そのためには、私たちは、親や教師が彼らの仕事で重大な区別をするのを助ける必要があります。それは、NVCは何もしないことについて話しているのではないと彼らが本当に理解する助けになります。私たちは、権威への尊敬と恐怖の違いを彼らに示します。親たちが「権威を保つために子供を罰する必要があるのです」と言うとき、尊敬と恐怖のどちらを意味しているのでしょうか。私はこう言います。「例えば、今日このミーティングを後にしたら、おそらくあなたは私の権威に対して敬意を持っているでしょう。それは私が何かしら価値のあることを行い、あなたに提供したと思われたからです。ですから、あなたが尊敬から物事を行うためには、私が何か価値のあるものを提供しており、それを強制していないことをあなたが理解する必要があるのです」
 また、私は親たちに子供に自制心を持って欲しいのか、服従して欲しいのかを尋ねます。自制心は人が物事を自発的に行うことを必要とします。なぜなら、それがどのように人生を豊かにするのかを理解しているからです。服従は懲罰を避けたり報酬を得るために行うことであり、根本的に異なるものです。私たちは力を使う必要があるかもしれません。ただしそれは保護するための力の使用であって、懲罰ではありません。小さな子供が道路で走ったとき、その子供を止めるかもしれませんが、それは子供を罰するためではなく守るためなのです。

SI: NVCは鬱病の人々にも有効でしょうか。

ローゼンバーグ: 私は何年もの間、専門家により『抑鬱障害』と診断された多くの人々に会ってきました。私のアプローチは、この人物が病気であることをほのめかす診断名は問題の一因になることを示しています。なぜなら、診断名は彼らにどこか悪いところがあると思わせるからです。鬱病であると私に告げる人と仕事をするとき、多くの場合彼らに「あなたのどのようなニーズが満たされていないのですか」と質問します。 しかし彼らは「お伝えしたいのは……私は酷い母親で……」などと言って、この質問にどのように答えてよいかわかりません。私たちは、人々が自分自身とどのように話しているのかを、鬱病の原因は何なのかを突き止め、そしてそれを生活言語で表現するお手伝いをします。

SI:『感情』と『ニーズ』の観点から自分自身の中にあるものを表現するには、自分自身の中で実際に何が起こっているかについてある種の内的な認識が必要です。さて、NVCには霊的な領域があるのでしょうか。

ローゼンバーグ: まさにそのとおりです! NVCは、要するに私たちに自然に沸き起こるもの、思いやりを与える助けになる言語なのです。私たちは人間として、お互いの福利に貢献することに何よりも喜びを感じるという霊的信仰があります。その理由は私たちが聖なるエネルギーによって創造されたからであると私は信じており、生命であるこのエネルギーは生命を豊かにすることで力強くなります。つまり、それがユニークな精神性なのです。私はパレスチナ自治政府の域内で働いていたことがあり、ある若い男性が一日の最後にこう言いました。「マーシャルさん、これは素晴らしいトレーニングで、とても役に立つと思います。これは『応用されたイスラム教』に他ならないですね」。 私は微笑みながらこう答えました。「ちょうど昨日私はエルサレムにいて、伝統的なラビが私にこれは『応用されたユダヤ教』だと言いました」。そしてスリランカの私たちのプロジェクトで働くある神父は、これは『応用されたキリスト教』であると私に告げました。同じことを私たちに告げるヒンドゥー教徒や仏教徒もいます。思いやりをもって与えるという考え方──それこそが私たちが関わっているものです──は、新しい概念ではありません。私たちのトレーニングで、こうした様々な宗教から学べることは、彼らの人生において思いやりを与えるのを実現する方法を、プログラムが人々に提供するということです。

SI: 共感的な傾聴はあなたの概念の一部です。コミュニケーションの過程で、これをどのように統合することができるのでしょうか。

ローゼンバーグ: 私にとって共感は、別の人の中の生命エネルギー、この瞬間にこの人物の中にあるものとつながることです。そしてこの生命エネルギーは聖なるエネルギーであると私は信じていますので、共感的につながることは、この瞬間にこの人物を通してやってくる聖なるエネルギーとつながることなのです。しかし非常に多くの場合、このエネルギーは「あなたは最も利己的な人です…」という他の人物の叫びによって表現されるかもしれません。私たちのトレーニングは、他の人から受け取ることのできるすべてのメッセージはその人物の中の生命から来ていることを示します。そして私たちがこれにつながることができれば、この人物を通して来る何か聖なるものを経験するでしょう。

SI: 私を酷く傷つけた誰かに対して共感を表すことは可能でしょうか。

ローゼンバーグ: 私がそれを行えるようになる前に、非常に多くの場合、私自身に共感が必要かもしれません。この人物の行為の結果として私が経験した苦しみを完全に理解するために、誰かが私には必要かもしれません。私が自分の苦しみに必要な共感を得ることができたら、他の人の中で起こっていたことを私はより良く理解できるようになります。このようにして、私たちのトレーニングは「修復的司法」の考え方に貢献しているのです。私は刑務所で、女性をレイプした男性と働いたことがあります。私たちは部屋の中に一緒にいて、私は彼がその女性が抱える激しい苦しみと向き合うことを助けました。レイプが起こったのはおそらく何年か前のことですが、女性はいまだにそのことに関する悪夢を見ており、その苦痛を表現しています。これは多くの人にとって信じること、もしくは想像することすら難しいものです。なぜなら、私たちは正義と懲罰を助長する文化の中で教育されてきたからです。他の人にとって、囚人が犠牲者とこのような種類の対話をする人間であることを受け入れることは容易ではありません。

SI: NVCは政治的、社会的な衝突にも使用できますか。

ローゼンバーグ: 私が社会的な衝突を調停することを依頼されるのは珍しいことではありません。私はアフリカの部族間の調停を行いました。彼らは戦争状態にあり、互いに殺し合っていました。私は幾つかの政府に招かれ、この手法が政治レベルでどのように適用できるかを政治家たちに示しました。私はまた、イスラエルの外務部門でも仕事をしました。

SI: イスラエル・パレスチナ紛争など、本当に深刻な世界の問題を例に取ると、NVCはどのようにしてそうした大きな問題に対処することができるのでしょうか。

ローゼンバーグ: まず初めに、パレスチナとイスラエルの両方の地域から私たちの手法の精神性に共感する人々を探しました。つまり、その精神性は彼らの霊的な信仰に寄与するため、彼らはそれが和平への価値ある貢献であると理解したのです。私は両方の地域に行き、幅広い人々にこの手法を紹介し、次に両方の地域からチームを選びました。それは、彼らがその地域でトレーニングを提供できるように彼らをトレーニングするためでした。数年前にはイスラエルとパレスチナの人々をスイスに連れて行き、彼らを一緒にトレーニングしました。彼らは私に言いました。「マーシャルさん、私たちの歴史からすると、この場所から、このことは昨日始まったのではありません。この苦痛は長い間続いてきました。トレーニングを次の世代の学生に引き継ぐことができれば、異なったものの見方ができるように、彼らを別のやり方で教育することができると私たちは信じています……」。私が一緒に働いていたイスラエル人とパレスチナ人の両方がこれを学校に導入する方法を探し始め、彼らは成功してきました。彼らは私が難民キャンプで働くように調整してくれました。そこには大きな緊張があります。私たちは、医師、警官、イスラエル軍のメンバーと一緒に働きます。私たちは、イスラエルとパレスチナの様々な人々に出会いました。戦争を止めたわけではありませんが、私たちのトレーニングが最高レベルにますます知られるようになり、強力な支持者を得ています。その結果彼らは、通常の『和平協議』ではなく、私たちが提案するような調停を使用するのです。

詳しくは次を参照: www.cnvc.org