カテゴリー別アーカイブ: 読者質問

読者質問欄

 世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

Q:マイトレーヤのために働いているグループの内部にもそして外部の人々の中にも、あなたの師が最新号の記事の中でなさったように、覚者が一方の側の味方になってこれほど政治的な発言をするという考えは奇妙で考えられないことだと感じる人々がいます。なぜあなたの師はそれがこれほど重要なことだと思われるのですか。マイトレーヤはアメリカの選挙についてどうお考えですか。
A:今月号の記事からみても、ハイアラキーが、今度のアメリカの選挙が世界の近い将来にとって決定的であると考えていることは明らかです。
(シェア・インターナショナル誌2004年11月号)

編集長から読者へ──ベンジャミン・クレーム、2004年11月
 読者の中には本誌が11月号のアメリカ大統領選挙に関してあまりに関心を寄せ過ぎ、スペースを割き過ぎていると憂慮される向きもあるようである。政治に、特にアメリカの政治は両政党ともに腐敗していることは万人の知るところであり、両者に選択の余地などないと思われるのに、そのアメリカの政治に関心を寄せることは、霊的な基礎を持つ本誌のなすべきことではないと考えるようである。だが、決してそうではない。
 世界を数年間にわたって揺るがしてきた出来事に対するそのような反応に、私は当惑していると告白せざるを得ない。シェア・インターナショナル誌はハイアラキーの事実、その帰還、そしてその現在および将来の諸計画と関心について知らせるために存在する。来るべきアメリカの選挙に関して言えば、これに関する懸念は私の師である覚者によって、最近の本誌の記事の中にいみじくも表明されている。今月号の記事を以下に引用したい。これ以上にはっきりとした、曖昧さのない表現はないだろう。シェア・インターナショナル誌がどうして正直に、真実を伝えるのを遠慮する必要があるだろうか。
 「アメリカの市民が11月に投票に行くとき、彼らは歴史のコースを変える機会を得るだろう」
 「運命の日が近づくにつれて……」
  「「あなた方の兄たちであるわたしたちは、まさにこの世界の未来が脅威にさらされているのを傍らに立って眺めていることはできない」
 「この選挙は人事における大きな転換点である」

Q:私が知っている過去の霊的教師たちは、政治には関与せず、霊的、精神的な発達に集中していました。私はあなたが政治に集中されることに戸惑っています。説明をお願いします。
A:なぜなら私はすべての人々のための愛と正義と自由に関心があるからです。政治、経済、それがリアリティ(現実)です。それが霊的なことです。どこまでで霊的であることをやめるのですか。いつ霊的であることをやめるのですか。人間の霊性の度合いをどうやって測るのですか。生命あるあらゆるものは霊的です。私たちは霊的な宇宙に生きています。それ以外ではあり得ません。問題は、私たちがそれを霊的なものにしないことにあるのです。私たちは、これまでに考案された最も腐敗した政治を持ち、人間が考案した最も腐敗した経済構造を持っています。それらは霊的ではありませんが、霊的であるべきであり、霊的でなければなりません。
 私が話しているのは霊的な政治、霊的な経済についてであり、キリスト御自身、世界教師、主マイトレーヤ御自身は、最初は、政治と経済に焦点をおかれるでしょう。私が言っていることはマイトレーヤからのものです。これらは彼の考えであり、彼のアイディアです。政治、経済は最も霊的なものであるべきです。政治とはいかに人々が共に生きるかについてであり、経済とはいかに私たちが世界の資源を分配するかについてです。もしあなたが霊的でなければ、今日のように、政治も経済も悪いでしょう。誰が霊的なのでしょうか――あなたが言う霊的教師たちか、あるいは私か、いかに人々が生きるかに関心があるのは誰でしょうか。家族を飢えから防ぐために、1日1ドル稼ぐために1日16時間働かなければならない人々に、霊的精神的発達について話すことは無理です。今日の危機は霊的なものであり、それは政治と経済の分野に集中しており、これらの分野でのみ解決できます。
(シェア・インターナショナル誌2004年10月号)

読者質問欄

 世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

Q:祈りと治療の基礎となる仕組みを、宗教や霊性に関心のある素人に向けて説明してくださいませんか。つまり、祈りの最初の点から始めて、実際の仕組みはどのようなものでしょうか。

A:祈りとは、喚起(呼び掛け)の偉大なる科学の一段階であり、マインドの共通の性質を通してテレパシー的な連結、あるいは導管を築くことによって機能します。メンタル的な焦点が強ければ強いほど、達成されるメンタル・コミュニケーションの度合いは大きくなります。しかし、ほとんどの祈りは、アストラル(情緒)に焦点があり、それだけ反応の「確かさ」は低くなります。
 祈りの力は、分離というものは存在しないという現実に基づいています。すべての原子、すべての宇宙はつながっています。祈りの効果は祈る人の集中した思念のレベルによって決まります。ほとんどの祈りは、祈る人のアストラル欲望性質から発する懇願であり、それゆえ範囲は限定されています。より高度な祈りは、集中したマインドによって可能となります。さらに高度な、魂の融合した弟子の愛の意図のレベルでは、魂自身がそのエージェント(祈る人)となります。
 祈りへの反応は、原因と結果の法則(東洋ではカルマの法則と呼ばれるもの)と「聖なる仲介者」としての知恵の覚者方に許された介入の度合いによって条件付けられています。かくしてイエス、聖母マリア、クリシュナ、モハメッド、あらゆる宗教の聖者たちは仲介のために祈りを向けられます。彼らは法の許す限り仲介者として働くことができ、実際にそうして働いています。

Q:祈りは一般的に通常の医学であるアロパシー(異種療法)やホメオパシー(同種療法)の有益な補助となるものと考えていいですか。
A:はい。

Q:私はクリスチャン・サイエンスの家族の中で育ちましたが、それが非科学的に思えたので10代の頃に教会を去りました。強烈な信念と否認(私にはできませんでした)が要請されているようでした。この宗教の鍵となる要素は、物質と病気は「誤謬」であるということです。その代わりに、「すべては無限のマインドであり、その無限の顕現である」といいます。治療は、すべてが神であり、したがって人は完全であるという事実の実演であるとみなされています。しかし人は「真理を知り」、「誤謬」の余地を残してはなりません。治療の実演は確かに起こります。しかし多くの場合治療は起こらず、「真理を認識する」ためのさらなる決意が後に続きます。クリスチャン・サイエンスの治療の基礎は何なのかをお聞きしてもいいでしょうか。それは実際に科学的な中身(現代科学では認知されていないもの)を持っているのでしょうか。癒される人と、そうでない人がいるのはなぜでしょうか。それに関わっている人々に知られていない追加的な要素があるのでしょうか。
A:すべての治療は原因と結果の法則(カルマの法則)に従います。クリスチャン・サイエンスは、私の考えでは、「理論的には」正しいのですが、実際には、この法則についての理解を欠いています。

Q:何年も前、私はリベラル・カトリックの礼拝式の本を使って毎週治療の会を行っていました。秘教徒でもあるその司教は、私が司祭でありその祈祷書を用いることで自動的に治療のデーヴァを集め覚者方からのエネルギーを引き付けると教えてくれました。しかしながら、私は当時そのことに気づかず、会の間、右手を治療を受けたいと思っている人々の頭の上に置き、その間マントラ的な祈りを唱えていました。その後しばらくして、人々は癒されたと私に言ってきました。しかし、最終的に、一人の方が、翌日病院で卒中で亡くなりました。言うまでもなく、私は顔色を失って治療の会を中止しました。(1)これらの効果は、良いものも悪いものも、治療の会の結果だったのか、私個人、あるいは他の要因が関わっていたのでしょうか。(2)リベラル・カトリックの治療の儀式は、デーヴァと覚者方のエネルギーを引き付けますか。(3)儀式、祈り、手を置くことなどを伴う宗教的な治療の会は、一般的に実際の有益性や効果はありますか。
A:(1)治療の会と他の要因があります。例えば、喚起されたエネルギーはしばしば顕現する段階にある状態を凝結させます。(2)デーヴァは引き付けません。しかし、覚者方がふさわしいとご覧になれば、覚者方からの特定のエネルギーを引き付けます。(3)はい。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい

祈りは主(神)を思い起こすための最も容易で最も甘美で優雅な方法の一つである。祈りの中にはいつも無執着がある。祈りの中で、あなたは重荷も心配も持たない──これは完全無欠の状態である。あなたは全能者(神)の存在を経験する。マイトレーヤは言われる。「祈りの中で、あなたは決して迷うことはないだろう」
(シェア・インターナショナル誌1990年3月号)

 祈りに関する以下のベンジャミン・クレームによる質疑応答は、シェア・インターナショナル誌で以前に発表されたものの選集である。

Q 祈りの力は宇宙の構造の中に魔術的に織り込まれており、すべての人に利用できるものでしょうか。それとも、至高の存在やキリスト、覚者、聖者などの仲介となる代理人を常に必要とするような性質を持つのでしょうか。
A 常に仲介となる代理人を必要とします。

Q 祈りには、個人救済型の祈りと宗教的な人々の仲介的な祈りという、二つの基本的なカテゴリーがあるのでしょうか。それとも、神は祈りについては「えこひいきしない」のでしょうか。すべての祈りは基本的には同じであり、同じように利用されるのですか。
A 祈りの利用には様々な段階があります――欲望に基づいた懇願から、多かれ少なかれ科学的な祈願まで。それは「祈る」人の進化によって決まります。

Q どうすれば仲介の能力を持つ存在に私たちの祈りを知らせることができるのですか。(1)(a)それは誰にでも行えますか。(b)覚者との接触が必要ですか。(2)(治療において)誰に対して祈るかによって違いはありますか。
A 仲介者を視覚化するか思うかすることによってできます。(1)(a) はい。(b)いいえ。(2)はい、ある程度は。

Q (1)是認(アファメーション)や喚起と比べて、治療のために祈りを用いることの違いと利点は何ですか。カルカッタのマザー・テレサは、「私の患者であるイエスよ、あなたにお仕えすることは何と甘美なことでしょう」と言って、彼女が癒そうとする人々を通してイエスの手助けをしているのだと考えていました。(2)彼女の手法は、祈り、是認、認知のいずれの表現ですか。それとも単に彼女が出会った必要に仕えることでしたか。
A (1)違いはありません。その人に何が「できる」かによります。(2)祈りの示顕であると共に、彼女が出会った必要に仕えることでもありました。

Q 祈り、喚起、是認、マントラの使用の共通性と違いを教えてください。
A 祈りは欲望以上のものです。喚起(マントラを使用するか否かに関わらず)は最も科学的です。是認は中間的なもので、是認する人によります。

Q 次のように要約することは正確ですか。「祈りは神への語りかけです。瞑想は神があなたに語りかけるのを許すことです」
A 分かりません。私はそのような考え方をしません。

Q 形式的な祈りを与える代わりにただ「神と話す」ならば、それは祈りとみなされますか。
A はい。

Q 祈りは(通常行われているように)要請として行われる代わりに喚起や命令として行われたほうがより強力ですか。
A はい、それが可能ならば。次第に、喚起は崇拝や祈りに取って代わるでしょう。

Q (1)信は祈りの結果に影響しますか。(2)そうだとすれば、どのように影響しますか。
A (1)はい。(2)意志を喚起します。

Q (1)なぜ祈りは効果がある人とない人がいるように見えるのですか。(2)他の誰かのために祈ることは彼らのカルマへの干渉になりますか。(3)祈りは有害になり得ますか。
A (1)大部分はカルマ的な状況によります。信にもよります。(2)いいえ。(3)はい、例えば呪いを喚起する場合などです。

Q 進化の旅路の中で祈りがもはや必要なくなるときは来ますか。
A はい。

Q 以下の祈りの型で重要性と効果が高いのはどれですか:賞賛/賛美、感謝、懇願/要請、告白、治療、祈願。
A 感謝、懇願/要請、告白/懺悔、治療、祈願はどれも重要です。

Q (1)すべての熱心な祈りは聞かれているというのは本当ですか。誰に聞かれているのですか──天使(デーヴァ)ですか、覚者方ですか。(2)聞かれているとすれば、通常は反応があるということですか。私たちが認知していないかもしれない、祈りへの応えの実例はどのようなものですか。
A (1)はい、覚者方によって聞かれています。(2)多くの祈りは応えられますが、期待されたり望まれたりしたような形とは限りません。ですから、しばしば認知されません。

Q (1)教会の中で与えられた祈りは、他の場で語られた祈りよりも強力ですか。(2)人類は祈りを用いる唯一の王国ですか。
A (1)いいえ。(2)はい。

Q 「主の祈り」や「詩篇第23章」のような形式的な祈りに恩恵はありますか。
A 非常に恩恵があります。

Q 物質的な物事についての助けを神に求めても良いですか。
A お勧めできません!

Q 誰かのために祈り、その人たちがそのことを知らないときでも、彼らの重荷を軽くすることになるのですか。
A できます。

Q 効果的であるためには、自分や他の人々の治療のために何回くらい祈ることが勧められますか。2回以上治療を求めれば、最初の祈りが聞かれたことに信を持っていないことになるのでしょうか。他方で、十分に高いレベルから祈っていないとすれば、効果を得るためにはさらなる祈り(おそらくもっと整列しているとき)が必要なのでしょうか。
A どちらも然りです。

Q 祈りの基礎には恐怖心の要素があるように思われます。(1)これは正しいですか。(2)なぜ人は祈るのでしょうか。
A (1)時にはそうですが、必ずしもそうとは限りません。(2)もちろん、援助を求めてです。

Q 祈りはいつ始まったのでしょうか。
A 初期の動物人間が、足の速い恐竜に追いかけられているときに恐怖の金切り声を上げ、助けを求めて叫んだときです。おそらくそれは私たちが今日祈りと呼ぶようなものではなく、その不明瞭な懇願が誰に向けられていたかは推測するしかありません。

Q 誰に祈るかは大切なことですか。
A 誰に向かって祈るかは本当に大切なことではありません。大切なのはあなたが選んだ人を信じることです。アプローチが意識的なものであればあるほど、よりメンタル的で、意志がより多く関わり、接触への信が大きいほど、祈りが聞かれる可能性は高まり、カルマの法則の範囲内で応えられます。私が勧めるのは、神の代表者、聖なる仲介者としてのマイトレーヤに祈ることです。特に彼は援助を必要とする人々の祈りに応えることを約束しておられるからです。そして、物質的な物事や生活上の問題への解決を求めて祈るべきではないと思います。それは私たち自身に解決する責任があります。

Q 1945年に起こったことの後で、マイトレーヤをロンドンに呼んだのは祈りではなかったのですか。
A 可能な限り早く戻って来られるというマイトレーヤの決断が発表されたのは1945年でした。この決断は、その大部分が、人類からの助けを求める祈願の叫びに応えてなされました(ロンドンを彼の「ポイント・オブ・フォーカス〈焦点となる地点〉」にしたという決定には別の理由があります)。人々はあらゆる言語で、特にマイトレーヤにではなく、「天上にいる」神に対して、「どうか、どうか、神さま、お助けください!」と叫びました。私たちが神に向かって、あるいはマイトレーヤや誰に対してでも、平和のために祈るのは、私の考えでは間違ったやり方だと思います、私たちは自分でそれをしなければなりません。平和をもたらすために、援助やエネルギーや導きやインスピレーションを求めて祈るのは結構ですが、平和を「つくる」のは私たちです。私たちはただ座って神が平和を生み出すと考えることはできません。神は平和をお持ちであり、神は平和です。平和はすでに存在しており、私たちがその平和を乱しているのです。

Q 祈りはマイトレーヤを喚起する方法ですか。
A はい、まさにそうです。すべての覚者方は祈りに反応されます――それが、祈りが応えられる方法です。天国に座っている人々によってではありません。そのような場所はありません。天国とは存在の状態であり、その天の王国とは、魂の王国です。覚者方は目覚めており、決して眠ることはなく、すべての祈りを聞いておられます。彼らがその祈りに応えるかどうかは祈願の強さ、その祈りが包み込んでいる感情的メンタル的な実質の割合に依存しています。祈りが包み込んでいる実質がより高度でよりメンタル的であればあるほど、覚者方のマインドに与える影響は大きくなります。なぜなら彼らは感情界ではなくメンタル界で働いているからです。アストラル・タイプの祈りに応えるアストラル界の存在はたくさんいますが、覚者方自身はメンタル界と、それより上位の魂の(霊的な)界で反応されます。ですから、祈りによってあなたの祈願を高めれば高めるほど良いです。それよりもさらに重要なのはカルマです。カルマの法則は、祈りに関しての覚者方の行動さえも支配します。
 最高の祈りは志向です。志向が高まれば高まるほど、それはハートの行動をより多く含みます。瞑想は、魂(高次の自己)のエネルギーと整列し、徐々にそれと融合するための、一段と優れた方法です。それは私たちを魂と一体化させる方法です。祈願は異なったもので、伝導瞑想は祈願と結びついています。それは高次の霊的な源からのエネルギーを呼び起こすことであり、そのエネルギーを低位のレベルに伝導することです。伝導瞑想は、高次の源であるハイアラキーと、低位にある人類一般の間の架け橋です。

Q 死別した魂のために祈ることに価値はありますか──例えば、彼らの運命が低位の界にいることだとすれば、それを高次の界に引き上げるために。
A 私の理解では、いったん死が起これば(少なくとも死後3日間が過ぎれば)、死別した魂の運命に影響を与える方法はありません。祈りの価値は物質界に残っている人々のためにあります。しかしながら、死への移行を通過している人々のために(共に)祈ることは、彼らの注目を魂のレベルに焦点化させ、高次の界へ到達するために必要とされる霊的緊張を増すことには役立つことができます。物質界にいる「お互いのために」祈ることは常に役立ちます。

Q 愛をもって行われるならば、誰かのために(あるいは数人の人々、または人類全体のために)絶えず祈ることによってカルマの法則に影響を与えることはできますか。
A 個人や世界全体のために祈ることには絶対的に真の価値があります。カルマの法則を変えることはできませんが、その働きの結果は、このようなやり方で援助することを奉仕としている霊的存在からの高次のフォースを呼び起こすことによって変えることができます。

(ベンジャミン・クレーム著『マイトレーヤの使命 第1巻、第2巻、第3巻』、『伝導瞑想:21世紀のヨガ』、シェア・インターナショナル誌の「読者質問欄」)

新しい時代の祈り

わたしは宇宙の創造主である。
わたしは宇宙の父にして母である。
すべてがわたしから来る。
すべてがわたしに戻る。
心と生気と肉体はわたしの宮殿である。
真我はそのなかにわたしの至高の存在と生成を実現する。

──主マイトレーヤ

1988年7月にマイトレーヤによって与えられた「新しい時代の祈り」は、祈願的な効果のある本物の是認(アファメーション)であり、私たちが、人は神と一体であり、分離は存在しないことを認識するための強力な道具となるだろう。わたしが宇宙の創造主であることを肯定することによって、わたしが神であり、真のリアリティ(実在)であるという意識に(徐々に)至ることができる。マイトレーヤの側近は、次のように説明している。「この祈りは、人々を心と生気と肉体から無執着な、裡なる真我を体験することに導くことができる」

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

 これらの質疑応答はすべて、以前に発表されたものであるが、今日の世界に関連しているため、掲載することにした。

 ベンジャミン・クレームは、平和や核の脅威、そして和合と統合を目指しつつ多様性を大事にすることの重要性について次のように述べている。

 平和はもはや選択肢ではない。それを理解しなければならない。なぜなら、平和がなければ、やがてわれわれは自分たち自身を滅ぼしてしまうからである。小さな戦争が大きな戦争になるだろう。それは核戦争となり、すべての国が消え去ってしまうだろう。
 私はあなた方がデモ行進のときに掲げる旗印の見出しを述べているのではない。私はあなた方の心(マインド)を本質的なことに集中させようとしているのである。本質的なことは、分かち合いであり、それが正義につながり、必然的にテロリズムの終止につながり、そして世界平和につながる。それのみである。マイトレーヤが言われるように、「それ以外の道はない」。もし分かち合わなければ、われわれは遅かれ早かれ死ぬ。それほど単純なのである。
 それは分かち合いと世界の変革の問題である。それが信頼を築き、将来のすべての取り決めはその信頼に基盤を置く。信頼があれば、どんなことも解決することができる。信頼をつくらなければならず、世界資源の分かち合いのみがそれを可能にする。信頼があれば、他のあらゆる問題──中東問題、惑星自体の救済、等々──に対処することができる。意見の食い違いはほとんどなくなり、資源の分かち合いが実施されるとき、途方もない力で流れ出る善意の中に消散するだろう。
 このグループやこの種の他のすべてのグループにとって重要で有益なことは、意識的に統合を目指して働き、他のグループと一緒に多様性の中の和合をつくるように働くことである。インターネットで探しなさい。あらゆるグループのウェブサイトを読んで探しなさい。ある程度のサイズのグループでウェブサイトを持たないグループはないと思う。それを読んで、われわれがしていることと同じようなこと(キリストの再臨についての話は別にして)、その価値観、世界のために提供しているアイディアが、われわれが推進している価値観に近いものであるならば、そのグループに連絡を取り、フェアやフェスティバルで何らかの意思表示をしたり、スピーカー(話し手)を交換し合ったりするということも考えられる。他のグループと共に働くことは可能である。難しいが、可能である。……
 すべての人間が和合を求めている。それゆえ、人々はグループに参加したり、グループを形成したりするのである。同時に、すべての人間が自分の個人性を、転生しているすべての魂のユニークな特質を表現したがる。自然で有機的で、偏見や硬直性のない種類の和合のみが、この地球という惑星をその住人にとって非常に興味深いものにする豊かな多様性のために適切な枠組みを形成するのである。

(ベンジャミン・クレーム、『多様性の中の和合』)

健康、治療、カルマ

Q:(1)脳脊椎硬化症の(内的な)原因を説明してください。(2)予妨のための方法や生活様式などを描写してくださいますか。(3)あるタイプの人々が、この病気により罹りやすいということはありますか。(4)どうしたら、この病気に最も良く対処し、または治療することができますか。
A:(1)脳脊椎硬化症の影響の裏に、単純な別個の原因や唯一の要素というものはありません。すべての病気と同様に、魂のエネルギーの間違った、または不適当な使用の結果です。しかしながら、この基本的な原因が脳脊椎硬化症として顕れるためには、いくつかの他の要素がなければなりません。例えば、この特定の病気に罹りやすい遺伝的素因があることです。また、ストレスに対処するのに不適当なほど神経系が過敏であること、長期にわたって強いストレスがかかる、もしくは有害な環境や職業にさらされている状態、強烈な創造的エネルギーの挫折によって内的なストレスが引き起こされること、生きる目的または意志が突然崩れることなどです。脳脊椎硬化症の背後にはこれらのいくつかの、またはすべての要素が見つけられるでしょう。
 (2)創造的または奉仕的活動に最大のはけぐちを与えるような生活様式を見いだすべきです。これは、もちろん、比較的高度に進化した人々すべてに言えることです。創造性と奉仕したいという願いは、魂との接触とその影響の結果であります。
 (3)弱い神経組織を持った創造的な人々で生きる意志をある程度失った者が、少なくとも論理的には、この病気に最も罹りやすい可能性はあります。
 (4)神経組織を強化し、生きる意志を、そしてあるがまま存在する意志を回復することです。また、創造的表現や仕事の妨害となるものを取り除くことや、奉仕への願望を強め、奉仕を受け入れることです。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

 これらの質疑応答はすべて、以前に発表されたものであるが、今日の世界に関連しているため、掲載することにした。

 ベンジャミン・クレームは、気象や気候に対して人類が及ぼす影響、惑星の資源の汚染、人類と地球上のすべてのいのちとのつながりについて説明している。

「天候そのものが、私たちの態度によって影響を受けます。私たちが調和のうちに生活することなく、多くの混乱や戦争、そして生活水準の極度の差の中に生き、何百万の人間が不必要に飢え、さらに多くの人々が絶えず苦悩と窮乏の中に生きるような状態をつくり出していると、私たちは破壊的なエネルギーをつくり出し、それが必然的にエレメンタル(精霊)の生命に影響を与えます。精霊の活動が世界中の天候をつくり出すのです。彼らが人類のつくり出す不調和に対し反応し、その結果、地震やハリケーンや洪水などが起こります。私たちが平衡状態を取り戻すとき、彼らも天候もずっと予測しやすい『正常な』ものになるでしょう」

(ベンジャミン・クレーム、シェア・インターナショナル誌1990年4月号)

Q:市場のフォース(力)のせいで、私たちは環境を破壊し、人々は飢え死にし、何百万もの人々が貧困にあえぎ、麻薬や犯罪が蔓延しているように思います。今が本当に状況を好転させる時なのでしょうか。マイトレーヤや覚者方は本当に、私たちを変化させるのに必要な影響を及ぼすことができるのでしょうか。

A:私はこう言わなければなりません。マイトレーヤ御自身が、そろそろその時だと考えておられるが、私たちが今、始める必要がある、と。水や土壌、河川に存在するあらゆる汚染の浄化を始めなければなりません。私たちは、触れるものすべてを破壊し、有毒で致命的なものにしています。ですから、私たちは変わらなければなりません。自分たちのためだけではなく、子供や孫たち、その先の世代のためにも、環境と共存し、持続可能な経済を構築することを学ばなければなりません。こうした汚染を浄化するには、おそらくあと20年しかないでしょう。

読者質問欄

Q:西洋のオーソドックスな(フロイト派およびフロイト後の学派)の精神分析心理学は、すべての人にとって必然だとされる一定の基本的前提に基づいています。例えば、父や母との愛情─憎悪関係や、エディプス・コンプレックスなどです。(1)これは妥当な見地ですか。ノイローゼは避けられないことですか。それとも、そのようなノイローゼは、ある場合には当てはまるが、他の場合には当てはまらないですか。(2)もし西洋の心理学が部分的にのみ正しいのであるならば、普遍的に妥当なものとなるためには、どのようなステップが取られる必要がありますか。現代の心理学が秘教心理学と融合し始めることは可能ですか。

A:(1)明らかにエディプス・コンプレックスは存在します。人々は過去にも現在も、親を愛し、同時に憎みました。そして、人々はこの未解決の両分を、後々の人間関係のすべてに持ち込みます。これがフロイトの基本的な臨床的、客観的研究結果です。それが必然的な避けることのできないことであるかということは、また別のことです。秘教の見地からすれば、そうである必要はありません。これは社会的に条件づけられた現象であり、間違った人間関係が、ひとつの世代から次の世代へと伝えられた結果です。さらに、それがどの程度存在するかは、個人の進化の段階、特に、その個人が識心(メンタル)的に偏極しているか、情緒(アストラル)的に偏極しているかによります。高度に進化した、メンタルに偏極した弟子にとっては、全くそうである必要はありません。彼は、通常、自分の矛盾し合う感情をうまく処理することができ、解決をします。より高度に進化していればいるほど、これが言えます。


 (2)現代の心理学と精神分析学の考え方の中にある大きな欠陥は(間もなく是正される欠陥ですが)、人間の魂とその転生の周期についての概念が抜けていることです(ユングとユング学派を除いては)。必然的に、これは因果(カルマ)の基本的概念をも無視します。
 七つの光線とその強力な影響は、現代の心理学者たちにとっては、いまだ閉じられた本のままです。人間の三重の構造──霊と魂と肉体人間(パーソナリティー)──の特質が知られ、受け入れられるまでは、再生誕の事実、カルマと個人の光線の影響が考慮されるまでは、そして魂の特質と個人の目的が確認されるまでは、現代の心理学はこれ以上進歩することができません。現在のところ、ノイローゼの単一的基礎の概念から原始的エネルギーの発見を導いたウィルヘルム・ライヒの先駆的仕事を除いて、一般的に言って、現代の心理学はその内部に葛藤を抱えています。ノイローゼの影響の改善に多くの有益な臨床的仕事をしているかたわら、現代の心理学は意識せずして、次の大きな前進──人間の魂の「発見」──を待っています。 

読者質問欄

Q:私たちはすでに荒野の体験をしているのですか。

A:いいえ。アメリカにとっては「荒野の体験」はどこの国よりもおそらく厳しいだろうと思います。なぜなら、アメリカは多くの快適さ、多くの資源の誤用に慣れているからです。
 先進国は特にもっと質素に生活することを学ばなければなりません。世界の生活水準の不均衡を全く考慮しないで、現在のペースで世界の資源を強奪し続けることはできません。もしそれを続けるならば、この惑星の生態系は完全に破壊されるでしょう。樹木ははぎ取られ、水はさらに汚染され、空気や土壌も同じく汚染され、私たちは中毒死してしまうでしょう。私の師は「すでに汚染は、世界における殺人者のナンバーワンである」と言っています。それは免疫系を破壊し、その結果様々な病気による死をもたらしています。資源の悪用があまりにも致命的なので、方向転換をしない限り、10年または15年以内にこの惑星はほとんど住めなくなるでしょう。
 アメリカは他の国々よりも責任があります。なぜならアメリカは大きくて貪欲であり、悪用するための資源を持っているからです。アメリカの人口は2億7,000万人ですが、その大部分は世界中の誰よりも高い生活レベルで生活しています。(すべてのアメリカ人ではありません。アメリカには3,000万の貧困所得線以下の人々が住んでいます)。イギリス、フランス、ドイツ、日本には、アメリカ人のように浪費生活をしている人々もいます。しかし、最高生活レベルはアメリカにあります。最高というのは生活の質ではなくて、資源の消費の面に関してです。アメリカは世界のどの国よりも多くの資源を消費しています――世界人口の5%の人たちが、世界の資源の50%を消費しているのです。
 もっと悪いことには、資源が備蓄されています。アメリカの山脈には洞窟に至るトンネルがあり、その洞窟には絶え間なく食糧の備蓄がなされているのです。すべてのいわゆる「戦略的な備品」が、原爆でも貫通できない文字どおり破壊不可能な山脈の中の倉庫に備蓄されているのです。そこにはすべての薬品があり、チタニウムのような様々な金属、緊急時に使用し得る科学的な資材があります。そのような緊急事態は起こることはないのですが、政府はそれを知りません。彼らは何百兆ドルというお金をこの備蓄に投入しました。そのお金を使えば、ずっと以前に、飢えた無数の人々の生活を変え、清潔な水と定期的な食糧を与えることができたでしょう。これらの物品は大量にそこに置かれたままになっており、決して使用されることはないでしょう。
 もし将来戦争があるとするならば、それは本当に短い戦争になるでしょう。戦略的な備蓄は必要ないでしょう。戦争は数週間で終了し、世界は人間が住めない状態になるでしょう。私たちはすべて殺されてしまうでしょう。最初の核の一撃で終了しなくても、核爆発に続く化学兵器・生物兵器による戦争がもたらす毒ガス雲によって人間は死に絶えるでしょう。それは、地球上のすべての生命の完全な荒廃をもたらすでしょう。そのようなことが過去に何回か人類を脅かしてきました。私たちは、何回か宇宙の兄弟たちによってそのことから救われてきたの
です。
 もしその恐怖が再び襲ってくるならば、覚者方が、もし必要ならば宇宙の兄弟たちが、その破局を避けるために介入されると私は確信します。広島と長崎に落とされた原子爆弾を造るための情報はハイアラキーによって与えられ、連合国側の科学者に譲渡されました。そのことを実行する権限は世界の主サナット・クマラによって与えられました。その情報は戦争を終わらせるために、そして連合国側を勝利に導くために与えられたのです。二つの陣営は、1942年の何カ月もの間、核分裂をコントロールするための秘密を求めて互角の競争をしていました。ハイアラキーはサナット・クマラにアプローチして承認を求めました。そこで、世界の主、サナット・クマラは、原子力のこのような使用に関与することになったのです。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

罪悪感、恐怖心、無邪気

「世界の衆目の前での公正な開かれた裁判を通してのみ、人々の有罪・無罪は知られる。人々をこのような残虐な行為に追いやる条件に対する何らかの責任を受け入れることによってのみ、それは克服される。失うべきものを何も持たない人間は、他人や自分の生命に対して何の価値も置かないのである」

(ベンジャミン・クレームの師、「憎しみの潮流の向きを変えなさい」
シェア・インターナショナル誌2001年11月号)

Q:世界は今こそ前進して、第二次大戦の恐怖を忘れることなく、それを全面的に認めながらも、国際社会に対する罪悪感から自由になるべきではないでしょうか。世界は感情的な脅しに弱く、そのためにイスラエルの不正な要求に盲目になっているというのは正しいでしょうか。このことが、イスラエルとアラブ世界に対して世界が取っている明らかなダブル・スタンダード(二枚舌)の基礎になっているのではないでしょうか。アラブ世界はこの二枚舌に怒り、不満を持っています。これがテロリズムの基盤になっているのではないでしょうか。
A:はい、それがおおむね真実であることに同意します。

(シェア・インターナショナル誌2003年6月号)

Q:マイトレーヤの優先順位の中に「罪悪感と恐怖心の除去」というのがあります。あなたは過去に「恐怖心」についてはお話しくださいました。罪悪感の除去と克服について少しお話しいただけませんか。
A:罪悪感と恐怖心とは非常に関連を持っています。罪悪感は恐怖心の結果です。恐怖心を起こす根本的な状況もまた罪悪感を生みます。恐怖心は、罪を犯したということの恐怖です。それはキリスト教グループによる過去2,000年間の間違った教えの結果です。それが恐怖心と罪悪感を10億のキリスト教徒(の心)に植え付けたのです。転生してくるたびに、彼らは同じこと、──つまり、罪悪感を植え付ける恐怖心と、恐怖心を植え付ける罪悪感──そしてそのような教えが自己尊敬の念にもたらすひどい結果に出合うのです。それが、他の宗教的伝統の人々の心を満たしている無数の古来からの迷信とあいまって、恐怖心と罪悪感が意識の覚醒に向かう道の強力な妨害となるのです。

 マイトレーヤの時間の大半は、恐怖心と罪悪感を人類から取り除くことに用いられるでしょう。彼はそれをただ単に操作して取り除くのではなく、彼の教えがその恐怖心と罪悪感を取り除くように目論まれるでしょう。彼は道を示されました。皆さんはそれをすでに知っているのです。恐怖心と罪悪感を取り除く方法は、三つのテクニックを実践することだ、とマイトレーヤは示唆されます。あなた自身に、心の正直さ、生気の誠実さ、そして無執着を染み込ませ、獲得し、構築しなさい。もし熱心に正しく行えば、これらは必然的に無執着を構築し、その中では恐怖心や罪悪感は消えてなくなるのです。

 もしあなたが執着していないなら、あなたは罪悪感や恐怖心から自由なのです。他にありようがないのです。罪悪感と恐怖心は執着の中から存在するのです。
 もしあなたが自分の信仰──キリスト教、イスラム教、仏教──に執着していて、その信仰に反することをするなら、罪悪感と恐怖心で生きているのです。例えば、ローマカトリック教徒は、婚外セックスをしてはならないと教えられ、さらに結婚相手とも避妊具を使ってはならないと教えられています。しかし、何百万というカトリック教徒はそうしています。だから、彼らは自分たちの行為によって植え付けられた罪悪感の中で生きています。
 ローマカトリック教徒にとって、これはとてつもない内的葛藤なのです。婚外セックスをしてはならない、教会内で二度結婚してはならない、避妊は罪であると法王によって定められたローマカトリック教会の規則に従わなければならないのか。 もしカトリック教徒が、法王の言うことを信じれば、彼らは常識ではこれは悪いことでも罪深いことでもないと分かるので、問題を抱えることになります。彼らは植え付けられた罪悪感と天罰の恐怖におののくのです。

 マイトレーヤは良識を語ることで、この罪悪感を人類から取り除くでしょう。あなた方は無執着を実践することで自分でそれを自身から取り除くことができるのです。それはすべて無執着に関係しています。天罰を恐れるゆえに天罰に執着していれば、罪悪感を感じるのです。執着していなければ、恐怖心はありません。罪悪感もありません。

 間違った行為というものはあります。けれどもそれは正すことができるのです。カルマの法則がすべての行為を正します。それは非常に慈悲深い法です。あなたが破壊的な間違いを行ったとき、カルマの法則を通してあなたが自分自身にもたらしたその結果によって変えられるのです。それは結果であって、天罰ではありません。
 カルマの法則とは、あなたに罪悪感を感じさせるものではありません。それは単にあなたに法則を与えるだけです。「蒔いた種を刈り取る」のです。あなたには思考があり、行動があります。あなたが始動させたこれらの原因から生じる結果が、人生を良くも悪くもするのです。あるものは良く、あるものは苦しいでしょう。しかしそれは自分でやったことなのです。天罰というものはありません。カルマがあるのです。その法は均衡を取ろうとしている、つまり蒔いた種を刈ろうとしているのです。人々がカルマの法則を本当に理解することができるように、マイトレーヤはそれを現実に見せてくださるでしょう。最善の行為は無害な行為であることを人々は知るでしょう。なぜなら、そうするとあなた方は無害の結果、創造的な結果、良い結果を摘み取ることになるからです。良いカルマを皆さんは持っているのです。

(シェア・インターナショナル誌2007年2月号)

(以下のものは、マイトレーヤの側近によってパトリシア・ピッチョン氏に伝えられたマイトレーヤの教えからの短い抜粋である)

無邪気

無邪気は、心(マインド)と生気(スピリット)と肉体が無執着であるための肥えた土壌である。

教育

人生で最も大切なことは、本当の霊性を学ぶことである。心にイデオロギーを詰め込めば、その状態は20年くらい続くだろう。それから、麻薬を探すようになる。子供たちから無邪気さを奪ってはいけない。無邪気な心は世界のイデオロギーに抵抗する強い土台となる。無邪気さと無執着とは一緒に働く。

(シェア・インターナショナル誌1989年4月号)

無邪気さは惹きつける

もしあなたが赤ん坊のような心(マインド)と生気(スピリット)と肉体を持つならば、どこへ行こうと、あなたは人を惹きつけるだろう。赤ん坊の真我は無執着である。赤ん坊の無邪気さが惹きつける。赤ん坊は、あなたを以前に見たことがなくとも、あなたに微笑みかける。なぜか?  赤ん坊は自分の自然な幸福感を表すのである。大人は、なぜ異なった行動を取るのか。なぜなら、心と生気と肉体の中で、絶えず聖戦[*]が戦われているからである。真我は、心と生気と肉体の中に条件づけられたことのみを経験している。マイトレーヤは言われる。「これは哲学ではない。わたしはあなたに生きた物事を教えているのである“過去、現在、未来”ではない。もしもあなたが生きている間に、心に正直で、生気において誠実で、そして無執着であることを実践するならば、たった一つの転生で、あなたはわたしの全体像を受容することができる」

(シェア・インターナショナル誌1989年9月号)
[*]自分の主義主張を貫こうとする戦い。

読者質問欄

「第二次インティファーダ」つまり「第二の蜂起」は、イスラエルの当時の右派野党指導者であったアリエル・シャロンの挑発的行為によって引き起こされた。第二次インティファーダは、シャロンが意図的にイスラム教の聖地アル・アクサ・モスクを訪れたことから「アル・アクサ・インティファーダ」とも呼ばれる。この蜂起は2000年から2005年まで続き、推定3,000人のパレスチナ人と1,000人のイスラエル人が死亡する結果となった。2004年当時、ジョン・ケリーはアメリカ大統領候補であった。
名前は変わり、主要な人物は入れ替わったが、解決や安定した持続可能な和平への障壁となっている問題は、いまだに現代の私たちを悩ませている。パレスチナ人のための正義は依然として達成困難であり、パレスチナ人のための自治と実現可能な祖国にしてもそうである。一方、イスラエル人のための安全保障についても合意されてはいない。
以下の質疑応答は、シェア・インターナショナル誌2005年1月号に掲載されたものである。

Q ジョン・ケリー氏は、イスラエル政府とその行為を支持すると言いました。彼はその態度を変えるでしょうか。
A イスラエル政府とその行為を支持すると言うことは、多くの疑問を浮上させます。彼はパレスチナ人に対して用いられているテロ行為を支持しているのか?  もし彼にそう尋ねたら、彼は何と答えるでしょうか。私個人としてはパレスチナで行われているイスラエルの行動を支持しません。では、私はイスラエルを国連の一メンバーとして支持するか? イスラエルは国連の一員ではありますが、国連憲章を遵守しておらず、イスラエルに反対する63もの国連議決があります。彼らはアメリカの支持を得ているので、これらの議決を実行していません。アメリカの支持をなくしてしまえば、イスラエルは6カ月で破産してしまうでしょう。

 ケリー上院議員に、イスラエルが取っている態度を彼が支持するのかどうかを尋ねてみなければなりません。それは単に自衛のためだけではありません。なぜなら、これはパレスチナの人々を迫害するために用いられる口実にすぎないからです。イスラエルは、パレスチナの人々を迫害しなくとも容易に自衛することができるのです。もし彼らがすべての分野においてパレスチナの人々の迫害をやめたなら、彼らが何よりも恐れているテロ攻撃、自爆攻撃の圧力はずっと少なくなるでしょう。自爆攻撃者を彼らは何よりも恐れます。

 誰かがバスに乗り込んできて、自分自身を爆破させるのです。なぜそんなことをやるのか。それをやる以外、他に方法がないからです。彼らは軍隊も武器も持っていないのです。またそうすることの影響が非常に強力であることも知っているからです。彼らは速やかにアラー神のもとに戻り、殉教者になり、そして家族が何がしかの金銭的報酬をもらうことも知っているからです。彼らはイスラエルによって故意に貧しい状態に置かれています。イスラエルは彼らが働くことも、今までやってきた仕事をするためにイスラエルへ出かけることもできないようにしています。彼らは果樹園を持っていましたが、イスラエルはそれを伐採してしまいました。ですから彼らはどうやって生きていけばいいのですか? 彼らは絶望しています。未来に何の希望もないのです。

 イスラエルは、彼らが生きようが死のうがかまわないのです。死んでくれた方がまだいいとすら思っているでしょう。実際に出かけていって彼らみんなを銃撃したいと思っているというわけではありません。一部の人はそう思っているでしょう。ちょうど一部のパレスチナ人がイスラエル人を皆殺しにしたいと思っているように。しかし、パレスチナが自分たちの生活を非常に難しくしているので、シリアやレバノン、ヨルダンへ行ってくれれば、イスラエルの問題は終わると思っているのです。それに自分たちの行動への罪の意識も感じなくて済むのです。

 イスラエルはパレスチナ人の領土を奪ったのですから、非常な問題を抱えています。彼らはそのことと、原因と結果の法則を知っています。ですからいずれそれを返却しなければならないということを知っているのです。それが彼らを怖がらせ、苛立たせているのです。ですからあらゆる手段を尽くして、私たちから見てどんなに違法であろうと、嫌な方法であろうと、恐ろしい方法であろうと、パレスチナ人を屈服させようと、つまりテロをやめさせようとしているのです。

 しかしある種の人々、ハマスやシリアにいるヒズボラは決してテロをやめようとはしないでしょう。なぜならそれが彼らが持つ唯一の武器だからです。イスラエルの存在権を決して認めないパレスチナ人がいるように、元々パレスチナ人のものだった土地へのパレスチナ人の権利を認めないイスラエル人もいます。ヨルダン川西岸の土地ですら認めないのです。それはマイトレーヤの要請に応えて、亡くなったヨルダンの国王がパレスチナ人に贈り物として与えた土地なのです。この問題について何らかの合意、ある種の見解の妥協がパレスチナとイスラエルの間に成立しない限り、闘争もテロも終わらないでしょう。

 私は当初からこの状況はマイトレーヤによってしか解決できないと言ってきました。今でもそうだと確信しています。これまで見てきたこと、聞いてきたことから、決して他の方法は考えられません。

 1988年に最初にマイトレーヤが出された予測の一つが、「パレスチナ人は故国を持つだろう。イスラエルの軍隊はヨルダン川西岸地区とガザから撤退するだろう。二つの国は地域の資源を分ち合って共に暮らすだろう」というものでした。それが起こるのは、大宣言の後、マイトレーヤが公に受け入れられてからのことになるでしょう。イスラエルは次の1、2年の間にあるいは何年間にわたろうとも、多くのことをあきらめなければならないでしょう。それがどんなものであろうとも。

Q あなたは、マイトレーヤがアラファト氏にオスロ協定に署名しないようにと助言されたと言われました。アラファト氏はマイトレーヤのことを知っていたのですか。それともマイトレーヤはアラファト氏に別の人として現れたのですか。
A アラファト氏はロンドンへ来ました。1990年にロンドンでマイトレーヤが開いた会議にアラファト氏は出席したのです。彼は350人ばかりの参加者の一人でした。ですから、彼はマイトレーヤのことを知っていました。

Q 彼はこの話の全容を知っていたのですか。
A はい、確実に。

読者質問欄

この欄では、インタビューや講演の膨大な記録の中から、ベンジャミン・クレームと彼の師である覚者が40年以上にわたるたゆみない奉仕の一環として提供してきた、幅広い話題に関する質問への回答を紹介する。

「天使」

Q 人間として暮らしている天使は存在しますか。
A 天使は何百万も、何兆も存在しますが、人間として暮らしてはいません。彼らは人間と並行する進化にいます。亜人間のエレメンタルから人間を超えた霊的巨人まで、あらゆるレベルの天使が存在します。

Q 彼らは自分が天使であることを知っていますか。
A 人間以上の存在は、もちろん知っています。しかし、エレメンタルのレベルでは、高次の天使や覚者方の命令どおりに働いているだけです。覚者方は天使といつも一緒に働いています。

Q 彼らと普通の人々との違いは何ですか。
A 多くの人々は天使を見ています。自動車事故や列車事故などの大災難から救ってくれた人々として、あるいは家にやって来て病を癒してくれた人として。ますます多くの人々が天使を見たと報告しています。彼らは人間のように見えたり、光を放つ美しい存在であったり、「威厳があって、肩まで垂れる長い髪をしていて、光り輝き、大きな翼を持っていた──ちょうど聖書に出てくる天使のようだった」などと描写されています。しかし、天使は翼を生やしていたり、聖書の記述のように見えたり、人間のように見えたりすることはありません。聖書のすべての天使についての記述、人々が天使だと思ったあらゆる場合が、覚者のことなのです。覚者方は、人々が天使と見なすような姿に変装します。本物の天使は偉大な治癒力を持ち、いつの日か彼らも人類と共に働くことになるでしょう。

(シェア・インターナショナル誌2003年10月号)

Q 自然災害についてコメントをいただけますか。その背後には理由があるのですか、それともそれはただの自然の力ですか。
A そのどちらでもあり得ます。しかし多くの洪水、地震、火山の噴火、その他あらゆる種類の災害は、人類の破壊的な想念形態の結果です。私たちは破壊的な考え方をします。戦争や飢餓を生み出しています。世界の一方が贅沢に暮らし、他方が窮乏と欠乏の中で死んでいる状況をつくります。それは破壊的であり、その破壊性が人類の均衡を乱しています。それが、世界の天候や気候を生み出す仕事をしているエレメンタル・フォースの均衡を乱します。これらのフォースはデーヴァ(天使)界のエレメンタルです。それは大規模なものもあり、巨大な天使的存在の衝動の下で働く盲目的なエレメンタルもあります。覚者方はこれらのフォースを利用することができます。あることを欲するとき、彼らはデーヴァ・エレメンタルや天使に呼びかけて共に働きます。人々は天使について話しますが、天使とは何かを知りません。天使は人類とは別の進化の道をたどりますが、私たちと関係を持っています。何十億もの天使がおり、最も単純で盲目のエレメンタルから巨大なフォース、太陽光線が地球に到達するのをコントロールするような偉大な天使に至るまで存在しています。それらのことはすべてコントロールされています。人類は自らの想念形態がいかに破壊的かについて何も知りません。

(シェア・インターナショナル誌2005年8月号)

Q なぜ今これほど天使に関心が持たれているのですか。ただの一時的な流行でしょうか。
A それは一時的な流行ではありません。一般大衆に対する覚者方の出現のとてつもない増加の結果です。しかしそれは「天使」の姿や形を取っています。これらの「天使」のそれぞれが覚者であり、通常は覚者によってつくり出された想念形態です。これは奇蹟の創造がとてつもなく拡大するだろうとマイトレーヤが約束されたことの線に沿ったものです。天使(デーヴァ)は確かに存在します──彼らは亜人間から超人までの様々なレベルにある、人間と並行する別の進化に属するメンバーです。しかしながら、様々な個人やグループによってなされている主張にもかかわらず、彼らは現時点では人類と直接に接触していません。

(シェア・インターナショナル誌2001年3月号)

Q ますます多くの人々が「天使」との遭遇について語っています──ある人々はこれらの「天使」は様々な姿をとる覚者方であると認めています。このような訪問(肉体的に、もしくは夢で)を経験する幸運に恵まれるのは、世界の人々のうち大体何%ぐらいなのでしょうか。
A 約80%です。

(シェア・インターナショナル誌1996年3月号)

Q ギッタ・マラスの書いた『天使たちとの対話』という本は、第二次世界大戦の間に天使たちとして知られるようになった霊的な存在と定期的に対話した4人のハンガリーの若者たちについての実話に基づく伝記です。これは霊ハイアラキーが人類と直接接触した実例ですか。もしそうならば、覚者方はこれらの接触に関わっていましたか。
A 「天使たち」はイエス覚者、モリヤ覚者、クート・フーミ覚者の変装した姿でした。

(シェア・インターナショナル誌2003年2月号)