裂開の剣を創造する

この特異な時代において、世界は明らかに相容れない対立する両極に極化している。同時に、分割に橋を架け、癒しの過程を始める唯一の可能な方法は、人類が自らを一つのものとして見ることである。ベンジャミン・クレームの師による次の記事は、諸問題と解決策の両方を明らかにし、描き出しており、そのようして前方への道を指し示している。

裂開の剣を創造する

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 2011年9月8日

人間が示すことのできる最高の特質、あるいは最悪の特質を体現する人物が、時々、人類の中に現れる。そのような人物は最も人々に愛されるか、最も憎まれるようになる。いずれにしろ、彼らは通常、大勢の信奉者や帰依者を自分たちに引き付ける。そのような人物は大多数の人間にとって、途方もない磁力的なアピールを持つか、時によっては、大規模の破壊的な力(パワー)を奨励する手本である。歴史の本は両方のタイプの例で満ちている。

今日、両方のタイプについてのたくさんの例が世界中に非常に多く顕現している。この顕現の影響は人類の前に二つの対立する行動路線を置いており、人類の将来を決定する選択について緊張をつくり出している。聖書の言葉を使えば、これは「裂開の剣」である。長年の間、マイトレーヤから放出され、そして方向づけられてきたエネルギーは、そのような対立するものの対決を促そうとしてきた。それは多くの人々にとって確かに不思議に思えるかもしれないが、人類がその将来のために正しい選択をするのに重要なことである。そうでなければ、将来はまさに荒涼たるものであろう。

「裂開の剣」は、われわれが「愛」と呼ぶエネルギーである。マイトレーヤによって振るわれて、それは「兄弟を兄弟に対立させ」、至るところに住む人間のまことの神聖な意識を試す。すべての進化の究極的な目標は地上に「神の王国」を確立することであり、「裂開の剣」は人間にその道を示す。

マイトレーヤの教えは単純である。彼の優先事項はすべての人間にとって明らかであるように思えるだろう。残念ながら、そうではない。分かち合いとすべての人間のための正義(公正)の確立、「誰も欠乏することのない世界を、二日と同じ日が繰り返されない世界を、すべての人間を通して同胞愛の歓びが顕現する」世界の創造の必然的な結果として、平静で平和的な活動の将来をマイトレーヤは示されるのである。いかにして、そのような希望のメッセージに反駁することが可能なのかと思うかもしれない。それがすべての人間によって切望されている将来ではないのか。それは大多数の人間によって望まれている将来である、しかし、すべてによってではない。人類は進化の梯子のそれぞれ異なった段におり、ある一定の段より上では人間にとってすべてが良い前兆である。しかし、自分たちの神聖な真我についてその程度までいまだ顕現していない者たちが、分かち合いは神聖なことであり、正義と正しい関係は神聖なことであることを認めないのであり、神(神聖)を競争と葛藤として見て、人間の価値を自分の金の重さによって測るのである。

多くの人間が恐れ、苦しんでいる——仕事も将来への希望もなく、彼らは一日一日を苦闘する。しかし、その他の多くの者たちは自分たち自身のための将来をつくっており、そしてまた多くの者たちがその過程の中で死んでいる。世界中で、人々は、自由と正義をその中核においたより良い生活の可能性に目覚めつつある。恐れるでない、民衆の声は高まっており、接触伝染のようにますます多くの人々に影響を及ぼしている。自由、正義、そして人間の和合という真理のために生きる——あるいは死ぬ——人々の背後にマイトレーヤは立っておられる。若者が道を先導する、そしてその将来は彼らのためにある。

人類の一体性

—ー覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記(2008年6月5日)

人間が示すことのできる最高の特質、あるいは最悪の特質を体現する人物が、時々、人類の中に現れる。そのような人物は最も人々に愛されるか、最も憎まれるようになる。いずれにしろ、彼らは通常、大勢の信奉者や帰依者を自分たちに引き付ける。そのような人物は大多数の人間にとって、途方もない磁力的なアピールを持つか、時によっては、大規模の破壊的な力(パワー)を奨励する手本である。歴史の本は両方のタイプの例で満ちている。

今日、両方のタイプについてのたくさんの例が世界中に非常に多く顕現している。この顕現の影響は人類の前に二つの対立する行動路線を置いており、人類の将来を決定する選択について緊張をつくり出している。聖書の言葉を使えば、これは「裂開の剣」である。長年の間、マイトレーヤから放出され、そして方向づけられてきたエネルギーは、そのような対立するものの対決を促そうとしてきた。それは多くの人々にとって確かに不思議に思えるかもしれないが、人類がその将来のために正しい選択をするのに重要なことである。そうでなければ、将来はまさに荒涼たるものであろう。

「裂開の剣」は、われわれが「愛」と呼ぶエネルギーである。マイトレーヤによって振るわれて、それは「兄弟を兄弟に対立させ」、至るところに住む人間のまことの神聖な意識を試す。すべての進化の究極的な目標は地上に「神の王国」を確立することであり、「裂開の剣」は人間にその道を示す。

マイトレーヤの教えは単純である。彼の優先事項はすべての人間にとって明らかであるように思えるだろう。残念ながら、そうではない。分かち合いとすべての人間のための正義(公正)の確立、「誰も欠乏することのない世界を、二日と同じ日が繰り返されない世界を、すべての人間を通して同胞愛の歓びが顕現する」世界の創造の必然的な結果として、平静で平和的な活動の将来をマイトレーヤは示されるのである。いかにして、そのような希望のメッセージに反駁することが可能なのかと思うかもしれない。それがすべての人間によって切望されている将来ではないのか。それは大多数の人間によって望まれている将来である、しかし、すべてによってではない。人類は進化の梯子のそれぞれ異なった段におり、ある一定の段より上では人間にとってすべてが良い前兆である。しかし、自分たちの神聖な真我についてその程度までいまだ顕現していない者たちが、分かち合いは神聖なことであり、正義と正しい関係は神聖なことであることを認めないのであり、神(神聖)を競争と葛藤として見て、人間の価値を自分の金の重さによって測るのである。

多くの人間が恐れ、苦しんでいる——仕事も将来への希望もなく、彼らは一日一日を苦闘する。しかし、その他の多くの者たちは自分たち自身のための将来をつくっており、そしてまた多くの者たちがその過程の中で死んでいる。世界中で、人々は、自由と正義をその中核においたより良い生活の可能性に目覚めつつある。恐れるでない、民衆の声は高まっており、接触伝染のようにますます多くの人々に影響を及ぼしている。自由、正義、そして人間の和合という真理のために生きる——あるいは死ぬ——人々の背後にマイトレーヤは立っておられる。若者が道を先導する、そしてその将来は彼らのためにある。

人類が現在進んでいる方向は間違いであり、彼らの将来の幸せにとって無益であり、失敗するよう運命づけられているということを、彼ら自身で気づくときは間もなくやって来る。それを見て、彼らは質問をするだろう:なぜこんなに虚しいのか? なぜ求めている平和を達成できないのか? どこで間違ったのか? そうしてマイトレーヤに注目を向けて、彼の言葉を検討し、彼らの窮状の打開に適切であるかを試すだろう。マイトレーヤの思考の中心的なものは、一体性についての概念であることを発見するだろう。人間は彼ら自身をひとつとして見なければならないことを、各人が和合した全体——人類家族——の部分であり、そして彼らがやることすべてがその一体性を反映しなければならないことを、マイトレーヤは請け合うだろう。このリアリティ(実相)を十分理解し得ないことが、われわれのすべての困難や苦労、不調和や恐怖、葛藤や戦争につながっていると主張されるだろう。

「あなたの兄弟を自分自身として見なさい」と、マイトレーヤは言われる。すべてのものがそこから取ることのできる国際的な貯蔵庫をつくりなさい。そのようにして分かち合うことによってのみ、世界は再生される、というのがマイトレーヤの教えである。分かち合いによってのみ、人間は自分たちが求める幸福を見つけるだろうと、彼は確言するだろう。分かち合いのみが正義と平和をもたらすだろう。

このようにして、マイトレーヤは彼がもたらす真理に向けて人間の思考を導くだろう。このようにして、マイトレーヤは人間に彼らの間違いを示し、彼らのジレンマへの解決法を示されるだろう。このようにして、人間は自分たちの状況をつくづくと眺めるだろう、そしてますます多くの人々がマイトレーヤの助言の真理に気づくだろう。マイトレーヤの導きが、すべての者が心のうちに切望する幸福と平和を達成する唯一の方法であることを、ますます多くの者が知るだろう。それまで恐怖心によって抑えられていた人間は、マイトレーヤの単純な教えが彼らのすべての恐怖と災いへの答えであることを知るだろう。

当然ながら、すべての人間がマイトレーヤのうちに彼らが求める導きを見つけるわけではないだろう。多くの者は、まさに、彼の教えの中に、彼らが恐れ、憎むことのすべてを見るだろう。しかしながら、徐々に、彼の単純な真理の言葉に応え、共鳴することのできる人々の熱意が何千万の人々を正義と平和への彼の大義に引き付けるだろう。彼の教えは単純であるが、愛の火がまだ消されていない人々の心(ハート)に浸透するだろう。

このようにしてマイトレーヤは世界中で働き、新しいスタートを、家族を平和と調和のうちに育てるためのより簡素でより幸せな世界を切望するすべての人々を彼の側に引き付けるだろう。

大宣言の日が地球というこの惑星の新しいスタートのための合図であろう。前例のないその日に、人間はマイトレーヤが言われる一体性を体験するだろう。彼らは、すべての人類が同じ体験をしているということを感じるだろう。その心(ハート)は全く新しい愛のうちに共に鼓動している巨大な家族の兄弟姉妹の一人であることに慎ましい誇りを感じるだろう。共に属しているというこの感覚が彼らを取り巻き、各人一人ひとりに長い間忘れられていた歓びの涙をもたらすだろう。

 

「褒美から目を離さないように! その褒美は人類そのものさ!」——選集

“Keep your eyes on the prize ! And the prize is humanity !”──a compilation

「褒美から目を離さないように!」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』と『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』と『シェア・インターナショナル』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

目覚めようとしている!

2003年2月15日(土)、イラク侵攻の1カ月前、180万の人々が平和のためにロンドンの街中を行進し、集会のためにハイドパークに集まった。一人のアフリカ系カリブ人男性が、人々にインタビューをしていた撮影班の注意を引いた。そのインタビューの様子を描写した編集長への手紙の中で、ベンジャミン・クレームの師は、その男性が実際に、変装したマイトレーヤであったことを確認した。ここに掲載するのは、そのインタビューからの抜粋である。

「目覚めようとしている! 目覚めようとしている! 世界は人類のものだよ、兄弟。……今日は兄弟姉妹たちが真理を語り、嘘を、嘘を、暴き出すのを聞くことができて誇りに思うよ。これは素晴らしいことだ。

若い世代全体が、黒人も白人もみんなこの場所に集まって来ている。こういうのを見るのが大好きなのさ。100万ポンドに代えても見逃したくないね。それに、ここにいる私の幼い兄弟たちみんな、私の幼い兄弟姉妹たちみんなが、遠いところからはるばるやって来ているのだよ!

嬉しいよ、本当に嬉しいよ! われわれは目覚めようとしているのさ! ……兄弟よ、目覚めないか! 信じていろよ。

褒美から目を離さないように! その褒美は人類そのものさ! 人類はわれわれみんなのものだからね。バートランド・ラッセルが言うように『君たちの人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよ』だよ。そうしなければ、前にあるのは暗闇だけだ。でも、新しい世代の君たちは、新しい秩序の夜明けを見たのさ。その秩序は人類のものだ。……」

(『シェア・インターナショナル』2003年4月号)

 

行進やデモで、人々が正義と平和と穏健さを呼びかけるところに、マイトレーヤの姿が色々な変装で見つけられるかもしれない。その中で彼は民衆の役を演じ、彼らの名のもとに話をしている。彼の愛のエネルギーがこれらの正義の集会に充満しており、彼らをさらなる努力へと鼓舞する。マイトレーヤの力が彼らのものとなり、彼らは臆せず、確信を得る。このようにして、愛の主は憎しみの潮流を変えて、何百万の人々の熱意を強化しておられる。そして、至るところで人々は彼らの運命について認識し、そして彼らの心からなる願望を実施するための手段を探し求めている。

(『覚者は語る』—束縛の終止—p.605)

 

わたしの教えは単純である。分かち合うことの必要と、すべての人間が平等に汲み取ることのできる資源の溜まり場を創ることの必要を、示すであろう。貪欲を協力と信頼に置き換え、人間の裡なる霊性を顕すことの必要を説こう。……決定の時が人類を待つ。わたしの愛が両極端の見解を創り出す、それがわたしの振り回す剣である。我が友よ、あなたがたがどこに位置するかをよく知り、わたしの光を受けなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第64信、p.190〜191)

 

わたしたちの顔が知られるとき、それは世界を一変させる変化の時の始まりを意味するだろう。……この重大な仕事には勇気が必要である。多くの挑戦に応じなければならない。世界を完全に変えることも、過去の遺跡の上に新しい世界を築くことも、容易なことではない。だから、勇気を持ちなさい。そしてあなた方の世界を再建しなさい。恐怖心を捨て、両腕を広げて未来を迎え入れなさい。……

過去に何度も、人間には起き上がる機会があったが、その瞬間をつかみ取ることをしなかった。両手で未来をしっかりとつかみ取り、美の世界を創り上げる用意をしなさい。絶望を慎み、未来はあなた方の抱擁を待っていることを知り、喜びと愛をもって創造しなさい。

(『覚者は語る』—未来への道—p.130〜131)

 

世界に起こっている変化のすべてが人々の心に認識をつくっている。彼らは、もうたくさんだ、自分たちは自由であり、人生を楽しむ権利を持つと、決意したのである。もはや政治家や宗教家や商業主義によって条件づけられることを欲しない。人生には均衡が保たれなければならず、心(ハート)の中にある真我の存在に気づかなければならない。この認識を世界に放出するのはマイトレーヤでなければならなかった。

(『いのちの法則』p.87)

 

マイトレーヤは、私たちが愛、キリスト原理と呼ぶエネルギーの体現者です。彼はその愛のエネルギーを毎日いつも絶え間なく世界に注ぎ込んでいます。これは人々の思考や行動に微妙な、しかし非常に明確な影響を与えます。それは二つの方法で働きます。聖書では「裂開の剣」と呼ばれています。彼は「裂開の剣」として、人々を結び付けるためだけではなく、「兄弟を兄弟に対立させ、父を子に対立させる」ためにやって来ると書かれています。これは完全に非個人的な愛のエネルギーについての象徴的な表現です。それはあらゆるものを刺激し、善と悪、利己的なものと愛他的なものをすべて同時に刺激します。したがって、そのエネルギーを利己的に用いる人々よりも、愛他的に用いる人々がより多く吸収できるように操作するために、マイトレーヤのとてつもない知識と巧みな手腕が必要なのです。曲芸のような技です。それはすべての人々を刺激し、利己的な人はますます利己的になり、愛他的な人はますます愛他的になります。このようにして人類がしなければならない選択は非常に明確になります。……私たちは完全に方向転換するか、地球上のすべての生命を滅ぼすかのどちらかです。マイトレーヤはそう言われるでしょう。その決断をするための時間はもうあまりありません。マイトレーヤは言われます。「わたしの心(ハート)はあなたがたの答えを、選択を知っている。そして喜んでいる」。

(メッセージ第11信)「終わりは始めから知られている」。マイトレーヤはご自分が無駄にやって来たのではないことを知っています。

しかし私たちは自分の欲するものが何かを知らねばなりません。非常にはっきりと、明確に知らなければなりません。あのやり方は混沌と自己破壊につながる、このやり方は、世界がかつて見たこともない最も驚異的な素晴らしい文明へと導くのだということを。このようにして裂開の剣は働きます。それは愛のエネルギーです。私たちはその結果を見始めているのです。

(『大いなる接近』p.176〜177)

 

約束されたような新しい時代はいつ始まるのだろうか。この転換の時期は必然的に困難な時である。われわれが目撃しているものはすべて偉大なるエネルギーとフォース(力)の影響の結果であり、それが人類に働きかけており、様々な反応を呼び起こす。残念ながら、人類の反応は一様に均質なものではなく、個人および国家の、分離した個々の関心や野心や欲望によって条件づけられる。その結果として、国家主義的な運動や民族的な要求が過度に前面に出てきている。……ハイアラキーの任務は、神の大計画を「我らが人類と呼ぶ中心」を通して実施することである。このことは、人間の神聖なる自由意志を絶えず尊重しながらなされなければならない。かくして、大計画が進んでいく過程の中における一日一日、一年一年ごとの成り行きに完璧さを求めてはならない。長期の目標は保証されている。それについては疑う余地はない。人間のみが大計画の進行していく道が突飛なものになるかどうかを決めるのである。

間もなく、今日世界を牛耳っている緊張に緩和が見られるだろう。様々な出来事が危機状態に近づいており、これらの全く異なる諸勢力を解決するだろう、そして人々がより健全な見解に耳を傾けることが可能になるだろう。経済的な必要性が、最も富める国にさえ、より世界的な視点で考え、集団の必要により多く沿った線で考えることを強いている。

間もなく、貪欲によってつくられた窮境が経済理論とその実施についての再考を強いるだろう。そしてより公正な世界への道を開くだろう。その日は“すぐ近くにある”のではないが、それほど遠い先のことではない。大計画はうまく進んでいないのではないかと恐れることはない。大計画は確実に進んでいる。

(『覚者は語る』—大計画は進む—p.333〜335)

 

現在の危機の重大さを認識する弟子たちを、わたしは非常に必要とする。また、わたしの存在を感知し、この約束を兄弟たちに伝える者たちを必要とする。人類は平和に共に生きるべきであるという希望を分かち合う者たちはすべて、わたしのために働く者たちである。平和と分かち合いと正義が、わたしの教えの中心である。この真理の光の輝くところに、わたしは目を向ける。そしてその光の管を通してわたしの愛を送る。そのようにして、わたしは働く。そのようにして、わたしはあなたがたを通して世界を変えていく。

(『いのちの水を運ぶ者』第92信、p.271〜272)

 

『グラウンドスウェル・ライジング(Groundswell Rising)』

マーク・リヒティ氏へのヴィクトリア・ゲイターによるインタビュー

マーク・リヒティ氏は、水圧破砕法(フラッキング)に関するドキュメンタリー映画、『グラウンドスウェル・ライジング(Groundswell Rising)』の制作責任者である。映画は、アメリカでダビデとゴリアテの対決を繰り広げている人々の情熱を捉えており、深く人を惹きつけるその映画の中で、人権、公衆衛生、社会正義を扱っており、視聴者が彼らのコミュニティーで変化を起こすための力を与えてくれる。『グラウンドスウェル・ライジング(Groundswell Rising)』は、率直なインタビューと実話を通して、フラッキングから直接の影響を受けた人々や、この形式のガスの抽出方法を停止することに専念する最前線の人々の人生へと視聴者を案内してくれる。ヴィクトリア・ゲイターが、本誌のためにマーク・リヒティ氏に、彼のイギリス上映ツアーの最中にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル(以降SI):あなたはどのようにして映画、『グラウンドスウェル・ライジング』に関わるようになったのですか。

マーク・リヒティ:私は元々、フラッキングに賛成でした。私は以前、製造工場を所有しており、ペンシルバニアに安いガスがあることを聞いたため、ガスに転換することに決めました。以前は石油で加熱していたので、ある化石燃料から別の化石燃料に転換したことになります。そして、友人のレナード・コヘンがこの問題に関する映画を作りたいと私に言ったとき、私は初めてこのプロジェクトに関わりを持つようになりました。私は調査を開始し、水と大気の汚染問題、気候危機へのそれらの影響、そしてフラッキング事業にまつわるすべての悪いことを知ったとき、ガスへの転換に関して間違いを犯したことを知りました。私は、石油からガスへの転換で20万ドル以上、実際には今のお金で30万ドル以上費やしてしまい、問題は、現在私は代替エネルギーに使う30万ドルを持っていないことです。ですから私は、地球上で起こっていることのまさに『小宇宙』なのです。私たちは、再生可能な未来のためにお金を使うべきなのに、化石化した未来にお金を使っています。そして、私たちがパイプライン、インフラ、圧縮機ステーションなどに何百万ドルも使うとき、再生可能な未来のために使うお金はすでになく、お金は尽きています。そして私たちは、化石化された未来に向けて、自分たちの穴をさらに深く掘っているだけなのです。

 SI:あなたがお住まいのペンシルバニアでは、フラッキングはどのような状況でしょうか。

リヒティ:依然として盛んです。宗教界、保健関係者などに、私たちのようにフラッキングに強い関心を持つ医師や看護師がたくさんいます。私たちの多くは禁止、一時停止を求めていますが、私はそれをフラッキングを停止するための『一時停止』と呼んでいます。これを安全に行うことはできないと、私は確信しています。ガス・ビジネスでお金が蔓延しているため、それは非常に難しいです。そしてガス業界が政府をどのくらい私物化していることでしょうか。政府にフラッキングをやめさせることは、ほとんど不可能です。私たちは、裁判制度である程度の成功を収めました。ペンシルバニア最高裁判所は、フラッキングは「健康と環境に対して有害である」と述べ、裁判制度はお金の蔓延がより小さいため、私たちはこのゲームを裁判制度の中で行う最善の方法を探しています。

 SI:あなたは多くの人に映画を観てもらいましたが、映画は聴衆にどのような影響を与えていましたか。

リヒティ:それには大きく感情を動かされます。映画そのものが感動的です。ナレーターがいないため、違ったものです。映画に出演するフラッキングの影響を受けた人々がナレーターです。私たちは、希望のストーリー、個人のストーリーの映画を作りたかったのです。このことに関わることで変化を引き起こした人々の多くのストーリーがあります。ですから視聴者は何が起こっているかを見て、気持ちを強く動かされ、衝撃を受けます。彼らが気持ちを動かされるのは、変化を引き起こした人々がいるからです。私たちは、それを作り出したかったのです。人々が変化を起こせると感じて欲しかったのです。昨晩、イギリス西部のフォレスト・オブ・ディーンで映画を上映したとき、ある男性が立ち上がって言いました。「私はフラッキングに関する映画を何本も観てきましたが、この映画には本当に感動しました」。 彼は非常に心を動かされていて、こう言いました。「私たちは、これを止めなければなりません」。そのような言葉を聞くと、映画が役割を果たしており、私たちが望んだような影響を及ぼしていることが分かります。

 SI:映画の中に宗教界についての部分があります。フラッキングに反対する運動において、彼らの関わりはどのように重要だと思いますか。

リヒティ:大切なのは、この問題に関して宗教界が立ち上がるようにすることです。市民権の時代には、宗教界はとてつもない変化を起こしました。彼らはイギリスの奴隷制を終わらせる過程で非常に大きな変化を起こしたので、これが鍵だと思います。アメリカでは、宗教界の関わりが大きくなりつつあります。4年前と比べ、現在ではより多くの宗派が、イギリスよりも多くの宗派が参加しています。もちろん、イギリスよりもアメリカの方が宗教宗派の数は多いのですが、あなた方の意志と集中力がそこにある限り、イギリスでも参加は拡大するでしょう。

 SI:あなたは現在、イギリスで映画を上映するツアーを行っています。あなたは、なぜ特にこの国に来られたのですか。そしてイギリスでのフラッキングの状況に関して、どのようにお考えですか。

リヒティ:私がなぜこの国に来たかは、すべて偶然によるものです。映画は昨年(2015年)の 12月、私がパリで COP21に参加しているときにパリで封切られ、私は2人のイギリスの気候活動家と会いました。彼らは私に、イギリスに来て映画を上映することを求めました。タイミングは実に適切でした。なぜなら、イギリスは実際、9年前のペンシルバニアのような状況だったからです。そしてイギリスの政治家はガス会社に汚染されていますが、それでも、アメリカのお金の蔓延ほどはひどくありません。アメリカでのお金の蔓延は、現在コミュニティーのレベルにまで来ており、隣同士で半目し合っています。ですから、今が行動のときです。人々が本当にその事実を認めていることが分かり、人々がペンシルバニアを見て次のように言うことを映画は助けています。「ああ、大変だ。私たちはあのようにはなりたくない。そこは住みたい場所ではない」。 私は、このような活動家が他の人を勇気づけるビジョンを持っていることに感謝したいと思います。私は本当に多くの献身的な人々や、この(私は『邪悪な』という言葉を使います)力と戦うために事実上、人生を捧げている人々に出会いました。これには心を動かされます。昨晩、誰かが私に尋ねました。「これは疲れませんか。あなたは、どのようにしてやり続けているのですか?」。私はこれを6年間続けており、映画の制作から始め、このような視聴者がいてくれて、私は自分が心を動かされたことを発見しました。これは私が望んだとおりの展開です。

 SI:あなたは映画の制作を3年前に終了しましたが、もし今日、映画をもう一度作ることになったら、何か違うことをしますか。

リヒィ:もちろんです。当時私たちが全く理解していなかったことの一つは、フラッキングの気候変動危機への影響でした。フラッキングは、メタンが過度に流出するため、石炭よりも悪いのです。メタンは、二酸化炭素より 84 倍も有害です。現在行われているフラッキングの方法は、石炭の燃焼よりも有害です。ペンシルバニアで起こっていることですが、石炭を燃焼する多くのプラントがガスを燃焼するプラントに転換される予定です。これらをガス・プラントに転換するために、何百万ドルものお金を使わない方がよいのです。その代りに、そのお金を再生可能エネルギーに使った方がよいのですが、あいにく私たちはまだそれを分かっていません。メタンに関して、そして地震に関して、もっと多くの時間を割いておくべきでした。映画の中に含まれていないビデオ・クリップを幾つか、私たちのウェブサイトで見ることができます。

 SI:他に何か付け加えたいことはありますか。

リヒティ:今が行動のときだと思います。私たちはこのツアーの間、イギリスでの戦略について話してきました。それは、地域で非フラッキング・ゾーン(Frack Free Zones)を獲得する戦略に向けて進化しているようであり、フロリダで成功したものや、オーストラリアの『門をロック』の戦略に匹敵するものです。地元のレベルで人々に声を与える努力は、非常に良い戦略だと私は思います。私たちはまた、省エネルギーのために個人として私たちに何ができるかを考える必要があります。もしあなたが個人として行動すれば、私たちがどのような波紋をつくり出すか分かりません。ここで、私個人のストーリーを付け加えたいと思います。

11年前、私は前立腺癌と診断されました。私の父も、悲劇的にも前立腺癌でした。彼の状況は、私に(変わるように)影響を与えました。私は菜食の食生活を続け、前立腺癌に対処するために様々なことを行い、そして現在は今までで最も健康です。その結果として、食生活に関する私の二酸化炭素排出量は、肉を食べていたときに比べて16分の1になり、二酸化炭素排出量のかなりの削減になったのです。このように、私たちにできることがあり、個人として大きく発言できることがあります。地球を守る決定を今日すぐに下すことができ、それらの影響を見ることができます。

(詳しくは: www.groundswellrising.com参照してください)

大うねりが高まる(Groundswell RISING)

子供たちの空気と水を守る

「よくバランスの取れたドキュメンタリー映画であり、不安な産業的損害に光を当て、私たちの未来への希望で結んでいる」

編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、『編集長への手紙』の保留分が非常に多数あり、それらはベンジャミン・クレームによって眼を通されていながら掲載されていない。これからそのような手紙を掲載していくことになるが、何年も前に受け取った手紙もあれば、ごく最近のものもある。掲載された手紙の体験のすべては、ベンジャミン・クレームの師によって、本物であると確認した。しかし、最初の2通は新しい手紙で未確認であるが、読者の参考のために掲載している。

次の2通は同じ人物からのものです。

一人じゃない

編集長殿

(1)私はつい先日、ベンジャミン・クレーム氏の生涯と最近の死去についての記事を読みました。その中で「クレーム氏の支持者たち」が彼なしで、指導や支援なしで、どのように仕事を続けていくのかという疑問に触れていました。クレーム氏の死去から約1カ月後に起きた、私自身の体験をお伝えします。

現在の世界の混乱を思うと、ベンジャミン・クレーム氏の覚者の関心は他の場所で緊急に必要とされており、私たちのようにベンジャミン・クレーム氏と共に働いたグループにいる者たちは、クレーム氏を通して与えられた覚者の、鼓舞される存在なしで働くことに、慣れなくてはならないのではないかと私は思っていました。瞑想のために腰を下ろした途端に、すごいエネルギーが、これまでよりももっと強力に、私の内側と全体に注がれ、覚者方との近さに何の疑問もなくなっていました。私の思いは聞かれ、私の問いは答えられ、信念が再び確認できたのです。

聞かれた祈り

(2)ベンジャミン・クレーム氏が亡くなってから、1カ月ほど後のある晩、個人瞑想の終わりに、私はマイトレーヤの『手』のカードを使ってマイトレーヤに、ハートのチャクラに関係した具体的な助けをお願いしました。反応はあっという間にありました。この過程は日にちが経っても続いているように思え、2017年になりました。私たちは一人ではありません。すべての思いや祈りは聞かれ、応えられるのです。

匿名希望

稀な励まし

編集長殿

私たちは月曜日に、オランダのアルメロにある私たちの家で伝導瞑想をしています。私は(2002年)2月18日に一人で家にいて、伝導瞑想までにあまり時間がないと分かって、急いで近所のショッピングセンターに食品の買い出しに行きました。

ショッピングセンターの一番人通りの多い出入り口に近づいていた時、一人の男性がそこに立っていて、イエスの顔が見えるトリノの聖骸布のカラー写真を持っていました。その写真は約30cm×60cmのサイズで簡単な木製の額に入って、彼の首から下げられていました。彼の手には小型のチラシで、やはりカラーのイエスの顔の小さな写真が印刷されたものを持っていました。裏側には何か言葉が印刷されていました。そのすべてを見た時、その男性がマイトレーヤかイエスに違いないと思い、ショックを受けました。けれどもその時私はためらい始めて、もっと近くで見ていると混乱してきて、間違いをしてしまいました。

私はそれがマイトレーヤやイエスであり得ないと思ったのです。彼は背の高い男性で190cmくらいあり、非常に貧しい身なりで、まるで働いている農場から真っ直ぐここにやって来たかのようでいて、1960年代のファッションの格好をしていました。彼はとてもほっそりとした貧相な顔に少し青筋が見えて、冷たい雨の天候の中で真っ赤な頬をしていました。

私は買い物をして、入った時と同じドアを通って帰りました。彼はまだそこに立っていました。私は彼に言葉をかけて、どのような団体から来ているのか尋ねることを思い付きました。しかし、彼が受け入れてくれそうな様子もなく、私からもそばを通り過ぎる他の人たちからも常に顔を背けていたので、敢えて彼の所へ行く気がしませんでした。私は家に帰ることにしました。

家に帰りながら、その出会いのことを考え続けていました。数日後、あの男性が目立つ(背の高い)人物でお腹の辺りに大きな写真を持って立っていたにもかかわらず、あの入り口で私と一緒にいた人たちは誰も彼の方を見なかったので、まるで彼の姿が見えていなかったようだったことに気づいたのです。

その晩、私は非常に集中した伝導瞑想ができて、これまで体験したことのないほどでした。

人は覚者にお会いしたと思った時、常に説明を求めるものです。個人的に私はこの出会いが、人生を続けていくこと、やっている仕事と共に生きていくことへの励ましであり、ちょうど背中をポンポンと叩いてくれたようだと思っています。私は感動し、この心遣いに大変感謝しています。

この体験に関して私は正しいでしょうか、つまりこれはマイトレーヤかイエスとの出会いでしたか。私が気づかなかったメッセージがありましたか。どちらにしても、とても素晴らしい気持ちになりました。

H.M.

オランダ、アルメロ

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤであったことを確認した】

次の2通は同じ人物からのものです。

感動の出会い

編集長殿

(1)私がその年(2002年)の初めの短い期間、オランダのスヘルメルホルンにいた時、川のそばの道路で犬を散歩させていて、突然 25mほど離れた所に、背の高い男性とずっと小柄な女性が手をつないで、私の方へ歩いて来るのに気づきました。男性は白い服装で眼鏡をかけて、小さな帽子を被っていました。女性はアジア人のようで、髪をひっつめてシニヨンかお団子に結んでいました。彼らが私の所へ来ると、男性が挨拶をして「ここはものすごく静かだね?」と言いました。私が同意すると、彼はさらに「僕たちはほんのちょっと先のトレーラーハウスに泊まっているんだ」と言って、(私の背後の)少し離れた所にある運河の方角を指差しました。彼の顔は喜びに満ちた微笑みを浮かべ、彼の瞳は黒く澄んでいました。女性はただ静かに微笑みながら立っているだけで、何も言わず私を見つめていました。その間中、私は周囲の感覚がなく、深い静寂が私たちを取り囲んでいたのです。そして男性が「もっと遠くまで散歩に行くつもりなんだ」と言いました。彼らはお別れを言って歩いていきました。彼らがいなくなっているかもしれないと振り返りましたが、遠くに二人の人影が見えていました。

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤで、女性がイエス覚者であったことを確認した】

 

消える技

(2)翌日、私が再び犬の散歩に出かけた時、辺りを見回していると一人の男性と小さな子供がいるのに気づきました。父親は屈みこんで、小さな三輪車に乗った息子を押してあげていました。数秒後、振り向くと誰も見えませんでした。それで二人は家の方へ向かって道を逸れたかもしれないと、戻ってみましたが、誰もいなかったのです! 道路から運河の上の家に続くでこぼこの小道までは25mから30mくらいです。彼らはただ消えてしまいました。父親が息子を連れて家に素早く駆け戻ったのか、あるいは本当に「全く別の事態」だったのですか。

ヨス・クイル

オランダ、アムステルダム

【ベンジャミン・クレームの師は、その男性がマイトレーヤで、小さな子供がイエス覚者であったことを確認した】

 

読者質問

東京、日本、2008年5月

Q 日本の若い人々はお金を稼ぐために昼も夜も眠らずに働いています。私たちはマイトレーヤを見ることができるでしょうか。意識を持たず、人生の霊的側面に対する感覚を持たずに?

A これは行き過ぎた商業主義の症状です。私たちは商業主義に私たちの人生を、運命を支配させています。私たちの運命は、私たち自身に神々としての表現を与えることです。私たち自身を神々として表現することです。しかし、実際には私たちはつまらない口論をし、競争し、隣人たちより多くのお金を得ようとします。なぜそんなことをするのでしょう? 人生はそういうものではありません。人生とは関係です。お金を追いかけて疲れ切っているならば、人々や世界とどんな関係を持つことができるでしょうか? その世代は時代の必要に調和していません。彼らはマイトレーヤを見るでしょうか? もちろん彼を見るでしょう。しかし、彼の正体を認知するでしょうか。マイトレーヤを見ない人はいないでしょう。

Q このグループのために働いている人々はボランティアだと聞きました。彼らはどうやって生計を立てているのですか。私もボランティアをしたいですが、生活の糧が必要です。

A 彼らが皆ボランティアであるというのは本当です。彼らは働き、生計を立て、「自由時間」にこの仕事をしています。どれくらいの時間を仕事や家族のために使うか、映画を見ること等に使うか、マイトレーヤと覚者方のことを知らせるために使うかは、彼らの志向と献身の度合いにかかっています。誰もが異なっています。ある人々はほとんどすべての時間を与え、他の人々はより少ない時間を、実際にはあまり時間を使わない人もいます。生計を立てることを放棄するよう求められる人は誰もいません。私は決してこの仕事のために仕事を辞めたり、家族の面倒を見るのをやめたりするよう求めたことはありません。彼らのボランティアは彼ら自身から来るのであり、彼らの魂から来るのです。彼らは自分自身を魂として認識し、彼らの魂がこう告げるのです。「これが、あなたがしなければいけないことだ。今は新しい時代であり、これが新しい時代のための方法だ」と。それで彼らはボランティアをするのです。それは魂と人のハートから来ます。彼らはこれができることの中で最も重要なことだと思うのです。

もしあなたがハートの中で「私は援助しなければならない、なぜなら私は何百万もの人々が飢えることに直面することができないから。人々が飢え死にすることを考えるのは耐えられない。私は偉大な教師たちがこの世にいるのに何も援助しないということは考えられない」と感じるならば、あなたがそのように感じるならば、ボランティアをしなければなりません。それが、魂として感じた結果であり、あなたのハートと直観を通じて、あなたは参加しなければなりません。あなたは今日転生しており、それはあなたの責任です。誰もがこのように感じるわけではありません、残念ながら! しかし参加したいと感じるならば、あなたは参加するでしょう。あなたが働くことを欲するならば、その方法を見いだすでしょう。優先順位の観点から考えなさい。優先順位を立てなければなりません。仕事しなければならず、家族の面倒を見なければなりませんが、自由時間があるなら、そしておそらくあなたが考えるより自由時間はあるはずですが、あなたは次の優先事項に時間を使うことができます。それは今日の人間として、今日の問題を見て、それを変えるためにベストを尽くすことです。

 

2016年12月目次

 

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ベンジャミン・クレーム - 奉仕の生涯 追悼記

ベンジャミン・クレームの師である覚者からの特別の声明
未来の約束
覚者より ベンジャミン・クレーム肇記 Sl誌1992年5月号

視点
選挙:憎しみ、悲しみ、そして新しい物語
チャールズ・アイゼンシュタイン

賢者の言葉
フランシスコ教皇は宗教間の平和と宗教の自由を呼びかける
ダライ・ラマ

愛することの必要一選集
The need to love -  acompilatlon
愛することの必要一覚者より

世界情勢
ホワイト・ヘルメットとジョー・コックス下院議員が平和賞を受賞する
国連農村開発報告2016

時代の徴
奇跡の時代に終わりはない

マイトレーヤの優先順位
地中海での捜索と救助活動は、
これまで以上の危険な状況にさらされている
ユニセフ報告書『世界子供白書2016』

S.O.P (Save Our Planet)-われわれの地球を救え!
米国大統領選によって起こり得る環境への影響についてのコメント
気候活動家たち/各国政府関係者、気候科学者たちからのコメント/モロッコ:気候変動との闘い

石油と国家:分離すべき時
ジェイソン・フランシスによるスティーブン・クレッツマン氏へのインタビュー

健全な理性と対話をゴルバチョフ氏は訴える
ジョン・スケールズ・エイヴェリー

編集への手紙
慰め 他

編集部からの手紙

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

 

ベンジャミン・クレーム──奉仕の生涯

追悼記

 ベンジャミン・クレーム(ベン、または彼の若い頃にはベニーとして知られていた)は、1922 12月5日にスコットランドのグラスゴー市で、ロシア系ユダヤ人移民の息子であるモーリスと、アイルランドのローマカトリック教徒のエリザベスの間に生まれた。彼は一人息子であり、姉と妹が一人ずついた。彼の子供時代は極めて屈託のないものであり、至福と創造性の感覚で特徴づけられた性格であり、それは彼の生涯を通じて、顕著な特徴であった。彼は子供の頃、毎日、“ベニーの 30分”ショウで家族を楽しませていたことを、そして10歳の頃から、ひとりでオペラを見に行ったことを、追憶していた。

幼年時代、彼は親切そうな年寄りの姿を繰り返し見ており、サンタクロースだと思い込んでいた。クリスマス毎に、その姿が彼の家の窓に現れていたのである。サンタクロースに関する彼の夢が破られた途端に、その姿は消えてしまった。後になって、あの微笑みを浮かべた善良そうな年寄りの姿は、事実、彼の師(覚者)であったことを知ったのである。

彼は音楽と絵画の両方を愛しており、師である覚者の微妙な介入によって絵画の道を選ぶようになるまで、音楽家の道を選ぶことを考えていた。彼が10代の頃、学校に行く途中の道に、短い2Bの鉛筆が落ちていたのを見つけたのだという。その(柔らかい)鉛筆の感触、それで描いた素描の素晴らしさ、その喜びが彼に画家としての道を選ばせたという。後々になって、あの鉛筆は、彼が見つけるように意図的に置かれていたのだということを知ったのである。

画家になることを決意した彼は、16歳のときに家を出て、絵を描くことに専念した。彼の生涯の友であった俳優のダグラス・カンベルと共に、地方の労働組合のホールを借りて、展覧会を行ったとき、それを現代ヨーロッパ絵画派のポーランド人の画家であったヤンケル・アドラーが見たのである。後に、アドラーは彼のメントール(良き指導者)となったが、それ以外には、クレームは独学で学び、20歳の頃から、顕著な、後世に残る作品を描き始めたのである。第二次世界大戦の終了後、彼はグラスゴーを離れて、彼の最初の妻ペギーと共にロンドンに移った。その後、彼は生涯、ずっとロンドンに住み、80歳代で視力を失うまで、絵を描き続けた。

彼は、まだ若いときに、神智学と東洋の宗教に興味を持った。そして広範囲にわたる書を読み、エーテル界やテレパシー(思念伝達)、霊的治療や宇宙の兄弟たち(スペース・ブラザーズ)について学んだ。1950年代にはUFO現象に興味を持つようになり、1958年から短期間、スペース・ブラザーズとの密接なコンタクトを持ち、彼らと共に、また彼らのために、働いた。

H. P. ブラヴァツキーとアリス・ベイリーの書で不朽の智恵の教えを学び、彼は霊ハイアラキーの覚者たちの存在について知るようになった。1959年に彼は、彼自身の師である覚者からテレパシーによるコンタクト(連絡)を受けた。そしてマイトレーヤと覚者方の降臨の計画に、彼が一つの役割を果たすことができることを告げられた。そして1972年に、師による集中的な、厳しいトレーニングの期間が始まったのである。その間に、

「……私の師がそれを通して働くことのできる一つの『道具』をつくりあげたのです──私が見聞きするものすべてを、師は見たり、聞いたりするのです。師が欲するとき、私が見つめることが彼からのまなざしであることができ、私が触れる手が彼のものであるというように。ですから、最小限のエネルギーの消費で、私の師は日常世界への窓を、彼の意識の前哨を、持つようになるのです」。

覚者とのこの密接な関係によって、クレームを通して、マイトレーヤと覚者方の出現についての情報が一般に伝えられ、さらに人生についての並外れて深遠な、そして広範囲な洞察が提供されたのである。何にもまして、師との関係が、彼が知ったことを公に伝える勇気と確信をクレームに与えたのである。

師のインスピレーションは、クレームの絵に深遠な変化をもたらし、現象世界の底にある霊的リアリティを表現するもう一つの方法となった。この仕事はシェア・インターナショナル誌の読者にはよく知られているように、雑誌の表紙に彼の“秘教的”な絵画の多くが使われた。2015年に米国、ロサンゼルス市で、彼の絵画とその不朽の智恵の教えとの関係の両方を示すことを目的としたベンジャミン・クレーム美術館がオープンした。

クレームはマイトレーヤと覚者方のために、1977 年にマイトレーヤがロンドンにお入りになったときに始まって、彼らの日常世界への出現についての希望と歓びのメッセージを広げるために、惜しむことなく働いた。1974年に、ロンドンで小さなグループに、新しいグループ瞑想である「伝導瞑想」を紹介した。覚者方が彼らのエネルギーを世界に送り込むことを可能にする瞑想である。それは現在、世界中で実践されている。1975年に、彼は、最初、英国で、その後、非常に間もなく、ヨーロッパ、米国、日本、その他の世界中の国々で講演を始めた。1979年から2012年にかけて、彼は16冊の本を出した。また1982年に、シェア・インターナショナル誌が創刊され、秘教的、霊的な領域と政治・経済の領域の間の関連を検証し、そして、彼の師である覚者とマイトレーヤの教えをさらに提供してきた。

クレームは自分をグル(指導者)として位置付けることをいつも拒否した。彼はあらゆる階層・分野の人々と協調することができ、ロンドンで、家族と共に極めて質素な生活を送っていた。彼は、世界中で彼の教えと仕事を取り入れた人々を「信奉者」として見たことは決してなく、「共働者」として扱った。伝導瞑想に参加し、マイトレーヤのメッセージを伝え広げる仕事をすることを通して、非常に多くの人々の人生が変化した。彼らによって、この仕事が継続されていくことは保証されるだろう。

ベンジャミン・クレームは20161024日にロンドンの自宅で、家族に囲まれて、安らかに息を引き取った。彼は数年の間病気だったが、勇気を奮い起こしていた──弱っていたにもかかわらず、彼は最後まで、不動であり、親切で、ユーモラスであった。後に残されたのは、1968年に結婚した第二の妻のフィリスと(ペギーは1965年に亡くなった)、子供たち、ジュリアン、ルーカス、ターラと、三人の孫たちである。

彼の目がもはや見えなくなったので、2014年の彼の誕生日に、妻のフィリスに自分の進化段階を口授して、彼の死後に公開するように指示した。彼の光線構造と進化段階は以下のとおりである。

 

魂2;パーソナリティー4(7);メンタル体1(4);アストラル体4(2);肉体3(7)

2014 125日現在の)進化段階は3.46

 

ベンジャミン・クレームの家族は、世界中の共働者と支持者から、クレームへの感謝と愛に満ちた心温まるたくさんのメッセージをいただいたことに感謝している。この深い悲しみのときにあたって、それは大きな慰めであった。

 

ベンジャミン・クレームの師である覚者からの特別の声明

2016105日、ベンジャミン・クレームはメンタルテレパシーを通して、

この特別なメッセージを彼の師である覚者から受け取った。

 「困難な時代はもうほとんど終わり、マイトレーヤは彼の高潔な存在を示し、万人が彼をこの時代の教師と認めるだろう新しい時代を、人々は自信をもって待つべきである」

 シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は記事を提供してくださった。それらは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われる時にいつでも掲載されるように提供されているのである。

未来の約束

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 SI19925月号 

 折りに触れて、人間の要求に応えて、ハイアラキーを人類から分けている扉が開かれる。そしてその程度に大小の差はあるが、一定の教えや情報が、それを役立たせることのできる者たちのために発表される。今はそのような時期である。“見る目を持ち、聞く耳を持つ”者たちにとって、これらの記事は、今のこの時期に発表される新しい情報を提供する手段の一つである。いにしえの真理が思い出され、新しい光が人間の進化の底に横たわる永遠の価値に集注された。

過去何年間にかけて、わたしがなしてきた努力は、この雑誌の読者に未来の人生を描き、その未来に対して楽しく積極的にアプローチ(接近)するように鼓舞し、日毎に彼らの途上に持ち上がる問題に正しく対処するための知識のツール(道具)を用意することであった。わたしの経験と洞察に基づく有利な視点から、わたしは“見張り番”として、守衛として働くことを求め、近づきつつある危険について警告し、あなたたち読者が大計画への奉仕に勇気と確信をもって行動することができるように努めてきた。

多くの者たちにとって、わたしのこの仕事は無駄ではなかった。多くの者たちがわたしの言葉の中に鼓舞とガイダンス(導き)を見いだした。多くの者たちが彼らの月毎の真理という献酒を熱心に待つ。またある者たちは隔たった目で、そしてそれよりもさらに冷やかなマインドとハート(心)で、穏やかに読む。さらにまた他の者たちは困惑し、どう考えればよいのか分からないでいる。

最近の記事の中で、わたしはマイトレーヤとわたしたち自身、つまりマイトレーヤの弟子たちである覚者たちの出現のことに集中してきた。これが今のこの時期の中心的な出来事であり、過去何千何万年もの間に前例のないことである。この過程は今クライマックスに達した。マイトレーヤは現在、しばしば何百人もの人々の前に姿を現しておられ、御自身の臨在について彼らに伝え、彼らの援助を喚起される。間もなくこれらの出現がメディアの耳に届き、調査が始まるだろう。その調査の結果、尋常ならざる力と贈り物を備え、人間の問題と必要に対して通常とは異なった回答を持たれる、とてつもない男の存在が明らかにされるだろう。

われわれは新しい時代の瀬戸際に立つ。今日、ほとんどの人間が世界に吹きまくっている変化の風を、新しい時代への指標を感じることができる。古い確信や形態が崩壊し、混乱の直中に、生まれようとして待っている新しい世界が感じられる。より良い世界である。より安全で、より健全で、より公平な世界である。

わたしの任務はこれらの希望と計画をあなたたちの前に保ち、あなたたちの協力と積極的な奉仕を鼓舞し、あなたたちの足取りを転ばないように導き、あなたたちの裡に自分たちが助けを欠く独りだけの存在ではないという認識を目覚めさせることであった。

わたしはこの奉仕ができることをうれしく思う。あなたたちの荷を軽くし、あなたたちの前に未来の黄金の約束を掲げる機会を歓迎する。

 

愛することの必要──選集

The need to love──a compilation

 

「愛することの必要」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』と『シェア・インターナショナル』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 

わたしの教えは二重である。一つは、人間の物質面にかかわることであり、人生の必要事項である。もう一つは、我々が神と呼ぶあの聖なる存在と人間との関係についてである。わたしの言語の中では、これらは同じものである。なぜなら人間同士が正しい関係を築いてこそ、神との正しい関係を築くことができるのであるから。わたしの計画は、これをあなたがたに示し、人が己自身の裡に、分かち合い、愛し、信頼する能力を見いだす時、その瞬間から神へ向かう登り道が始まることを教えることである。

(『いのちの水を運ぶ者』第29信、p.99)

 

ここに、人間のすべての病の治療法がある──愛を顕して、すべての人間が大地の豊かさを分かち合うようにしなさい。愛を顕して、もはや戦争を見ることがないようにしなさい。あなたの魂の愛を顕して、人間が神と一体となる日をもたらしなさい。

人間がどのように試みようと、愛なしで生きることはできない。この事実は間もなく現代の人類種族の意識の中に確立されて、それは歴史上比類のない出来事につながるだろう。間もなく、これまで見たこともない変容のプロセスが始まるだろう。飢える何百万の人間の光景は永遠に消え去る。奪われたる者たちの日々の心の痛み、世界の貧しき者たちの終わることのない労苦、これらは永遠に去るだろう。自己破壊の脅威、人類を奴隷にした不浄な恐怖は、人間の目と心から永遠に消え去る。そしてまた人間の日常の行動を拘束し制限し、人を隣人や己自身に相対させている信頼の欠如も消え去る。これらすべてを、人は愛を実証することによって成し遂げる。愛を通して、人は征服し、そして神となる。

(『覚者は語る』─愛──前進への道─ p.137-138)

 

あなたがたとわたしとは、同じ目的のために共にここに居る。あなたがたは、心の裡にすべての人を愛し、世のために責任を感じ、人間の要求に反応し、奉仕することを願うからこそ、ここに居るのである。同様に、それが今日のわたしの目的である。わたしもまた、人間の必要を感じる。至るところに住むすべての人間が、尊厳と信頼のうちに生活し働くことを願うのを感じる。奉仕への欲求が、わたしの存在を規定する。わたしの心の愛が、わたしをあなたがたに引き寄せる。だから、わたしたち、つまりあなたがたとわたしとは奉仕することにおいて一緒である。

(『いのちの水を運ぶ者』第102信、p.304)

 

マイトレーヤの愛のエネルギー ──「裂開の剣」──の効力が現在の世界にある極化をつくり出したのであり、それは人類に前進への道をはっきりと示すであろう。包括性と愛、正義と人間の精神の自由のために闘う者はすべて、彼の周りに集うであろう。分離主義と搾取、競争と貪欲に味方する者は、同じく明らかになるだろう。そして人類の前にある選択は非常に明確になるだろう──愛と憎しみ、分かち合いと貪欲、平和と戦争、生と死との間の選択である。マイトレーヤは(メッセージ第11信の中で)言われた。「わたしの心はあなた方の答えを、選択を知っている。そして喜んでいる」と。彼の愛のエネルギーに応えて、人々はすべての国々において、様々なグループをつくり、正義と平和と正しい関係を要求するだろう。(それはもうすでに始まっている)。間もなくこれらのグループは世界で最も大きな、最も強力な勢力となり、平和と善意の新しい時代を招じ入れるだろう。

(『マイトレーヤの使命 第㈵巻』p.60-61)

 

新しいものを顕現するために、すべての分野において、人々はグループを形成している。愛と必要の精神に鼓舞されて、彼らはより簡素な、より健全な世界を心に描く。現在の不均衡と緊張の中から正義と融和が育たなければならないことを知る。自分たちが聖なる存在であり、変化の奇跡を行うことができるのを知っている。彼らは時の危急を知覚し、奉仕のために己を捧げる。彼らはすべての地において「善」を代表する。

(『覚者は語る』─勝利は保証されている─p.84)

 

単なる愛の欠如が、今日の人間の苦悩の根源である。これこそが、人の聖なる素質の顕現を妨げている。神の様相のすべては人の裡に在る、しかし愛がなければ苦悩のみ生じる。長い間、我が友よ、あなたがたはこのことを知っていた。以前に、何度も愛の必要を聞いた。にもかかわらず、その聖なる様相が、あなたがたの生活の中に欠けている。

愛を通して神に至る単純な道を示すために、愛の技術を教え、愛と正義とを通して前進する道を教え、人と人との間の正しい関係、そして人と神との間の正しい関係を教えるために、わたしはやってきたのである。

(『いのちの水を運ぶ者』第101信 p.302-303)

 

マイトレーヤが最初に世界の復興についての計画と希望を発表するとき、彼の愛のエネルギー ──裂開の剣──が現存の分裂をさらに明確に示すだろう。人々は、すべての者のためにマイトレーヤが提示する新しい原理を支持するか、反対するか、どちらかの立場を取るだろう。そのようになるだろう。かくして、新しいものを受け入れるに先立って、不和と不満の時期があるだろう。しかしながら、徐々に、最も悲観的な者でさえ、世界の再建の必要を認知して、彼らの重みをその仕事に加えるだろう。

この地球上でかつて見られたことのないような時期が始まるだろう。あらゆる場で、あらゆるレベルで、変化はその論理的な経路をたどり、法と原理の中にしっかりと固定されるだろう。そしてすべての者の志向を形成するだろう。かくして、人間は自分たちの運命を再び手の内につかみとり、地獄のような混沌に永遠に背を向けるだろう。

(『覚者は語る』─変化に対処して─ p.450-451)

 

我が愛しき子供たちよ、神を愛することと人を愛することは同じであることをあなたがたに示したい、兄弟たちを愛するとき、我々は神の愛を顕すのである。あなたがたは、理屈としてはこれを知っている。しかし、親愛なる友よ、愛の実践こそが基本である。なぜなら愛によってのみ、この地球は支えられるのであるから。

(『いのちの水を運ぶ者』第38信 p.122)

 

2,000年前のキリストの偉大なる仕事は、この愛こそが本性であるということを、人間に示すことでした。それは神の本性であり、人は神に似せて創られたのであるから、それが人間の本性なのです。そしてこの愛の実践を通して、人間は神のもとに来るのであり、神を天に在られる老いたる方としてではなく、自分自身の裡に、その兄弟たちの裡に、自分を取り巻くすべてのものの裡に在る神を悟るのだということを示されたのです。実際には神以外の何ものも存在せず、その神の本性は愛であり、愛がなければ何も存在しないことを人は悟るようになるのです。世界も存在し得ないでしょう。

ですから、われわれが、同胞愛というかたちでこの愛を表現しなければ、われわれ自身を滅ぼすことになるでしょう。マイトレーヤはこのことを今、言っておられるのであり、言い続けられるでしょう。

愛は、われわれの本性にとって全く根本的なものであり、その具現なしには生きていくことはできません。分かち合うことと、すべての人に公正であることを通して具現される正しい人間関係によって表現されるでしょう。

(『世界教師と覚者方の降臨』p.189)

 

わたしの計画は進み、間もなく、完全な肉体的事実として、あなたがたはわたしを知り、信頼して、わたしに従いてくるであろう。わたしの言が、耳に聞き覚えのあるものであっても驚くことはない。以前に何度もあなたがたは愛の必要を聞いた。にもかかわらず、今日多くの者がこの聖なる神の様相の恩恵を受け得ず、何百万という数の人間が消え去っていく。だから、我が友よ、わたしの言は、再び、あなたがたの耳に響くだろう、「あなたの兄弟を愛しなさい。彼らの窮乏に心を留めなさい。あなたが豊かに持つものを与えなさい、そして世界に喜びを復興しなさい」

(『いのちの水を運ぶ者』第52信 p.157-158)

 

行進やデモで、人々が正義と平和と穏健さを呼びかけるところに、マイトレーヤの姿が色々な変装で見つけられるかもしれない。その中で彼は民衆の役を演じ、彼らの名のもとに話をしている。彼の愛のエネルギーがこれらの正義の集会に充満しており、彼らをさらなる努力へと鼓舞する。マイトレーヤの力が彼らのものとなり、彼らは臆せず、確信を得る。このようにして、愛の主は憎しみの潮流を変えて、何百万の人々の熱意を強化しておられる。そして、至るところで人々は彼らの運命について認識し、そして彼らの心からなる願望を実施するための手段を探し求めている。

(『覚者は語る』─束縛の終止─ p.605)

 

であるから、人類にとって、平和はもはや単なる選択肢ではない。それは欠くことのできないものである。この理解はマイトレーヤの愛のエネルギーの行動の結果である。人類の前進への道を明確に描写する「裂開の剣」である。その道は同胞、愛、正義、分かち合い、平和を通してであり、自由、正しい関係、そしてそれから生じるすべてを通してである。その道か、あるいは現在のやり方を続けてすべての生命を破壊するか、どちらかである。

マイトレーヤの「裂開の剣」がこの黒か白の対決を人類の前にもたらし、人類がそれを明確に鮮明に見ることができるようにするのである。われわれはどちら側を選ぶか、である。正しい人間関係の道、建設と調和の道を選ぶか、あるいは、もう一方の間違った人間関係と、すべての人々の完全な破壊につながる道を選ぶのかである。

(『多様性の中の和合』p.34-35)

 

我が兄弟たちよ、世界は愛を切望し、同胞愛と正義の顕現を切望する。わたしを援けて、あの聖なる歓びをこの世に創造しなさい。わたしの側にあなたの位置を占め、これまでにないほど働きなさい。我が友よ、わたしを手伝って愛の貯蔵池を非常に深く創り、すべての人間が渇きを癒せるようにしなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第116信 p.348)

 

彼[マイトレーヤ]はあなたの愛を世界に与えて欲しいのです。それを鼓舞するために、すべての人間の心(ハート)に本来備わっているけれども、私たちを取り巻く不公正な政治的、経済的、社会的状況によって表現が抑えられているその愛をあなたの裡に目覚めさせるために、マイトレーヤはやって来るのです。その不公正な状況が変えられる時、マイトレーヤによって鼓舞された人類の愛が、今日想像することもできないような方法で顕され、世界を変換するでしょう。

(『大いなる接近』p.116)

 

あなたがたは、意識しようがしまいが、心の中で、わたしの存在の事実に、わたしの呼びかけに応えたからこそ、今ここに集うているのである。それなら、この事実を人に伝え、人類を招いている単純な真理の道を指し示すことを、あなたがたの仕事としなさい。分かち合うことが神聖なることを、愛することが神の特性であることを、共に働くことが人の運命であることを、彼らに教えなさい。未来の光を見ることのできる唯一の壇上に立ちなさい。我が友よ、共にその壇上に立ちて、道を示しなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第19信 p.73-74)

 

さらに多くのあなたの兄弟たちが、わたしの臨在に気づくようになる。わたしは愛について語り、この聖なる原理を顕現することの必要を語る、すべての人間が神の輝きの中に生きるために。神と愛は同一である。人は愛する時、神への一歩を踏み出すのである。この愛の径、わたしの単純な道は、人を確実に本源へ連れていく。

(『いのちの水を運ぶ者』第107信 p.319)

 

愛は能動的なフォースであり、変容させる力です。行動を伴わない愛は愛ではありません。行動における愛が愛の本質です。世界とその中に存在するすべてを愛する能力であり、それがマイトレーヤの力です。これを為すことのできるお方の心(ハート)の最も深い願望はすべてを和合させることです。マイトレーヤが世界を覗くとき、50〜60億の人間が苦しみ、葛藤し、競争しているのが、肯定的な者や非常に否定的な者が皆それぞれに異なった行動をしているのが見えるのです。それらすべてをご覧になるマイトレーヤの切なる願い、最も深い願望は、それらすべてを和合させることです。

……それがマイトレーヤの目標です。彼の力と洞察を使い、彼の特性を、すなわち愛を世界に確立することが、キリストのハートの中の切望です。そのようにしてマイトレーヤは私たちに、いかにして愛するかを教えるのです。「そしてさらにまた愛することを」教えるのです。さらにまた愛するということは通常の反応的な意味ではなく、完全に無条件に、覚者方の行うような意味で愛することです。

(『マイトレーヤの使命 第㈽巻』p.43-44)

もし人類が平和を知ろうとするならば、人類を一つとして見なければならない。それ以外のものは何も、人類をあの幸いなる状態に導かない。正義が支配し、貧乏人がもはや慈悲を請うことがなくなるとき、平和は確立される。正義なくして和合を考えることは不可能であり、人間は永久にそれをつかみとることはできないだろう。であるから、正義の支配を確立し、この苦悩する世界に和合と平和をもたらしなさい。

分かち合いを通してのみ正義は確かになる。分かち合いのみがすべての国家の望む平和をもたらすだろう。人間が分かち合って、分離の壁を打ち破るとき、ついに自分たちの存在の真理を知り、世界を愛と同胞愛で満たすだろう。

(『覚者は語る』─和合の必要─ p.102)

 

人はもはや恐れる必要がないことを、光と真理のすべては人の心の中にあることを示すことが、わたしの目的である。この簡単な事実を悟るとき、人は神となるであろう。神の本質は愛することである。神の目的は奉仕することである。分かち合いと正義を通して神を識る。この簡単な真理を広めなさい、我が友よ、そして偉大なる行為をなしなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第98信 p.291-292)

 

愛することの必要

——覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記

シェア・インターナショナル誌1986年6月号

 

折にふれ、人の心(マインド)の中に愛の概念が浮かび上がる。表現を要求する自然な本能としての愛の理念が人間の思考を捉え、議論や談話を通して、これがそうであることを実演するためのステップが取られる。何千年もの間、これが繰り返し行われてきた。愛が人間の本性にとって中心的なものであるという考えは、いつも支持者を欠くことはない。それなのに、人間の日々の行動の中に愛の表現がほとんど見いだせないのは驚くべきことではないか。

ほとんど例外なしに、人間は不安の中に生きている。世の中と人生を危ないものと見なし、その脅威に対して防備の鎧を築く。このようにして、人間は愛する能力を限定している。愛は萎縮して死ぬか、あるいは攻撃と憎悪の背後に隠れる。愛を奪われると人間は病む。裡なる価値を意識しつつ、それを前面に顕し得ずに、己の恐怖や憎しみを隣人や世の中に投射する。

愛が支配するところには、調和が統治する。その調和がなければ、何も自信を持って進まない。自信がなければ何も成就しない。恐怖心は愛の表現を抑える。愛は恐怖心を消滅させる。愛を表現しようとしながら、恐怖心によって制限されて、人は道を見失う。流砂の中に迷い込み、もがけばもがくほど、さらに深くはまり込む。

それではどこに治療法があるのか。人は愛するために、信頼しなければならない。信頼がないところに、愛はあり得ない。愛は信頼する心(ハート)に自然に沸き上がる、なぜなら愛は人間の真の特性であるから。だから、信頼することを学び、いつでも輝き出せる用意のある愛を実際に顕しなさい。信頼とは、人生を、その痛みも美もすべて合わせ含めて受け入れることである。信頼とは、すべてが善に向かって働いており、すべてが法のもとにあり、そしてその法は公平に執行されるという確かな知識である。信頼することを学び、恐怖心を追放しなさい。限界の仕組みを永久に追放し、愛の水門を大きく開きなさい。

愛するとき、人はあらゆる可能性を己に引き付ける。愛の磁力が、波動の類似性を通して、すべての必要条件を引き付ける。ゆえに、愛は進化の梃子である。

愛のない世界を考えてみなさい。その忌まわしさは想像するだけでもぞっとする。なぜそうなのか。本能的に人間は愛の必要を認める。そして間もなく、愛することの必要をも理解するだろう。愛は、終わりなき鎖で、人を他のすべてにつなぐということを知るようになるだろう。おそらく、初めのうちは躊躇しながらだが、人間は信頼し始めるだろう。一歩一歩、己の恐怖を克服する。そしてやがて、もはや恐怖の占める場のない、愛が穏やかにその王座に座し、その恩寵を近くに来る者すべてに授ける、あの祝福された状態に入るだろう。

そうなると、人間にとって生きることは、愛することなのである。恐怖というあの横領者は退けられ、克服されねばならない。信頼が愛を育み、恐怖を滅ぼし、永遠に裡に宿る神を明かす。信頼と信はひとつであり、裡なる神性の反映である。その神性を信頼し、それを愛として輝き出させ、恐怖の終わりを知りなさい。

石油と国家:分離すべき時

ジェイソン・フランシスによる

スティーブン・クレッツマン氏へのインタビュー

 2005年に創設されたNGO「オイル・チェンジ・インターナショナル」は、化石燃料の本当のコストを暴露し、政治における化石燃料マネーの影響力に対抗することによって、クリーンエネルギーの未来への移行を実現しようと努力している。この団体のウェブサイトによると、彼らが化石燃料産業へと努力を集中するのは次の理由による。「私たちは石油、ガス、石炭の生産と消費を、地球温暖化、人権侵害、戦争、国家安全保障上の諸問題、企業のグローバリゼーション、格差の拡大の根源と見ています。また、クリーンエネルギーへの移行に対するあらゆる大きな障壁の背後に、化石燃料産業の利権があると考えています」。ジェイソン・フランシスが本誌のために、オイル・チェンジ・インターナショナルのスティーブン・クレッツマン事務局長にインタビューを行った。

石油の影響力のもとでの法制化

 シェア・インターナショナル(以下SI):各国政府は「石油の影響力のもとで機能している」とオイル・チェンジ・インターナショナルは述べています。化石燃料産業はどのようにして各国政府に対してそうした大きな影響力を持つようになったのでしょうか。

 クレッツマン:歴史を振り返ると、石油は本質的に、とてつもなく戦略的な商品となってきました。ウィンストン・チャーチルが英国王立海軍を石炭動力から石油動力へと転換して以来、各国政府が戦略目標の追求のために石油を確実に入手することができるように、地政学的な舞台での計略がますます増えることになりました。最近の一つの例は、アメリカによるイラク侵攻です。人々は一般的に、石油は軍事目的のための戦略商品だと考えています。しかし、もう一つ重要な点があります。多くの政治家は、特にガソリン価格の上昇が選挙の投票において不利になることがあることを認識しています。したがって、彼らは消費者価格を下げるためにできることを何でも行おうとします。

もう一つの見方は(これは私たちが好む傾向のあるものですが)、石油産業は選挙資金やロビー活動のための出費、あらゆる種類の関連する選挙経費に関して極めて寛大であるということです。残念なことに、今日のアメリカ政府について言えば、お金は選挙にあたって非常に重要です──とりわけ、シチズンズ・ユナイテッドとマカッチャンの判決以来そうです〔アメリカ最高裁判所は2010年のシチズンズ・ユナイテッド裁判において、合衆国憲法修正第1条に基づいて企業は無制限に選挙献金を行ってもよいという判決を下しました。最高裁判所は2014年のマカッチャン裁判において、個人による政治献金の制限を撤廃しました〕。そのために、化石燃料産業が巨額の現金を使える立場にあるという事実、あるいは、使うと脅しているという事実は、各国政府にとてつもない影響力を及ぼすことになります。

 SI:毎年世界中で、どのくらいの額が補助金として石油会社に支払われているのですか。

 クレッツマン:補助金の定義の仕方によります。高めの見積もりでは、急進的な組織ではない国際通貨基金(IMF)でさえ、納税者に対する化石燃料の補助金コストは全世界で年間53,000億ドルと算定しています。この定義には、産業製品の燃焼による二酸化炭素の増加や健康面への影響という社会的コストも含まれています。しかし、これよりも高い数値を出す人もいます。化石燃料の供給のための軍事防衛コストまで含めた場合です。私たちの軍隊がなぜ中東にいるのか、年間でどのくらいの経費になるのかを考えると、このコストについては明白でしょう。

それは別にして、世界中の国々で税法や税政策に具体的にどれほど盛られているかを見てみましょう。基本的に生産補助金として、年間約4,400億ドルが支払われています。これは、ほとんどの生産補助金が支払われているG20諸国の合計です。そのうちアメリカの分は、州レベルの補助金を含めて約200億ドルです。

 SI:オイル・チェンジ・インターナショナルが「石油と国家の分離」と呼ぶものを引き起こすために、何が行われる必要がありますか。

 クレッツマン:民衆は、代表者に説明責任を負わせなければなりません。代表者が化石燃料産業からどのくらいのお金を受け取っているかをDirtyEnergyMoney.comで追跡することができます。代表者のところに行って、こう言ってもよいでしょう。「私たちはあなたが汚染企業ではなく、民衆を代表することを望んでいます」と。大手たばこ会社の場合と同様に、こうした産業と連携すれば、やがて選挙の投票において不利になるということを明確にする必要があります。連邦議会で石油と化石燃料産業の味方をしている政治家は一般大衆の友人ではないことを人々が認識し始めるまで、石油と国家を分離させることはできないでしょう。しかし、代表者がクリーンエネルギーとクリーンな未来の味方になることを民衆が要求するとき、私たちはそれを実現することができます。

 アメリカでの選挙後

 SI:あなたが焦点を当てている問題の中で、最近の最も重要な進展は何であると考えていますか。

 クレッツマン:ドナルド・トランプ氏の選出と、気候問題の否定論者の多い共和党に支配された議会が、現実の問題になっています。環境保護運動はより団結し、より活発な運動を志向し、パイプライン闘争やフラッキング[水圧破砕法]禁止のような地域や州のインフラ問題に焦点を当てることを余儀なくされるでしょう。これらは良いことです。それによって人々は力を蓄えるからです。人々が地域や州のレベルの闘いに参加するとき、化石燃料産業が何をやっているのか、どのように人々を傷つけているのかが見えてきます。その産業が実際にどのようなものなのかを人々が理解するとき、私たちの側に有利になる傾向があります。標的となる企業や投資家が増えるからです。

この状況にどう対処すべきかについてみんなが話しています。明らかに、ワシントンの現政権からも多くの防衛策が出てこなければならないでしょう。個人的には、クリーンパワー計画(発電所からの二酸化炭素排出量を抑制しようとするオバマ政権の計画)のようなものを救済しようとして、多くの時間を費やす必要はないと思います。それは所詮、それほど野心的ではないからです。その代わり、ずっと攻撃的で抜本的なことを考えるべきです。

私たちの活動に関連した他の大きな変化はおよそ2カ月前に起こりました。世界で現在稼働しているすべての井戸と鉱山にどのくらいの炭素が含まれているかに関する、きちんとした最新のデータをついに入手したのです。こうした調査計画は数十年も続く場合がありました。稼働中のすべての井戸と鉱山から生じると産業界や投資家が見込んでいる炭素をすべて合わせただけで、パリの[2015年のパリ協定の]目標を達成するための炭素関連予算が吹き飛んでしまいます。

このことから得られる結論は、化石燃料産業の拡大は止まる必要があるということです。より多くの生産を促すような新しい用地や建物、新しいインフラやパイプラインを貸し出すことをやめる必要があります。私たちに対抗する人たちはこの点について誇張して述べていますが、一夜にしてガソリンや発電所をなくしたいとは誰も思わないでしょう。私たちが言っているのは、30年から40年かかる移行になるだろうということです。私たちは今、進行を管理しながら、この産業の衰退の過程を始める必要があります。つまり、拡大を止めること、化石燃料の使用をやめること、この産業の拡大のために納税者のお金を使うのをやめることです。

いわゆる公正な移行を実現するためには、地域社会や労働者のことをどれほど気遣うつもりがあるのかに関して、もっと真剣になる必要があります。率直に言えば、化石燃料に関連してつくり上げられてきたものについて、非常に多くの労力や努力を注いできた人々に感謝する必要があります。明らかに、現代社会にはあらゆるプラスとマイナスがあります。たいていの環境保護活動家はその多くを変えたいとは思わないでしょう。しかし、どこからエネルギーを得るのか、どのようにエネルギーを使うのか、環境とどう関係するのかについては、ぜひ変えたいと思うでしょう。それはやがて、他の様々な変化のきっかけになるでしょう。しかし、これは実現可能な移行です。30年か40年にわたって何かをすることについて語るとき、達成可能に思えるのはこうした点でしょう。問題は、2年か4年ごとにリーダーが変わる政府制度の中で、そのような予定表に従って、社会全体として機能することができるかどうかです。

 最近の運動

 SI:オイル・チェンジ・インターナショナルが最近取り組んでいるキャンペーンについて話していただけますか。

 クレッツマン:私たちは化石燃料の補助金をなくそうとするために、化石燃料の補助金を数値化し、アメリカ国内と国際社会の両方において組織の連合体をつくろうと活動しています。こうした補助金をなくすために政治的リーダーシップを構築しようと活動しています。それを達成可能なものにしようと活動しています。なぜなら、率直に言って、いまだに化石燃料に資金提供をするのは馬鹿げているからです。

私たちはまた、特にアメリカにおいて、新しいインフラ建設を止めようとすることに深く関与しています。ダコタ・アクセス・パイプラインの分析によって、パイプラインからの二酸化炭素排出量は新しい石炭発電所30基分に相当することが明らかになりました。建設阻止のために、先住民の地域社会とともに活動しています。明らかに、キーストーンXLパイプラインに関しては、再び闘いに挑むことになるでしょう。

この運動が化石燃料産業をストップさせるのに役立つよう、できることを行うことに関心を抱いています。それは過去数年の間に起こった、本当に励みになることです。キーストーンXLのあと、多くの人がこう尋ねました。「次のキーストーンXLは何でしょうか。次は何をするつもりですか。化石燃料インフラのどの部分に焦点を当てるつもりですか」と。すべてに焦点を当てる、というのがその答えです。何らかの大きな計画を通して行うわけではありません。なぜかと言うと、化石燃料産業は気候にとって脅威だということに草の根の人々が確信を持つようになっているからです。人々は自分の裏庭で行動を組織し、行動を起こそうとしています。これは素晴らしいことです。

 詳細については次のウェブサイトをご覧ください。

www.priceofoil.org; www.dirtyenergymoney.com; www.shiftthesubsidies.org

 

 

シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。