編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、未掲載手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームと彼の師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたものである。その他の掲載された手紙は新しいものであり、覚者が関わっているかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。

次の2通は同じ人物からのものです。

「あなた次第です」

 私は地元の店の角に立って、店員と話をしていました。突然、長髪のドレッドヘアで赤い野球帽を被った、中年のアフリカ系アメリカ人の男性が私の隣に現れて、私たちの周囲の空間をとても前向きなエネルギーで満たしたのです。彼は私の方を向いて、オーケストラでも指揮するかのように両腕を持ち上げて、「あなたに幸福な一日を願うためにやって来ました!」と言ってくれました。私は「ありがとう。今日が、あるものすべてです。今この瞬間が、存在するすべてです」と言いました。彼はさらに「幸福な日を過ごさなくてはならないわけではありません。それはあなた次第です。またすぐに会いましょう!」と言ったのです。私が店員の方を向き、向き直ると、彼はいなくなっていました。

 後になってそのことについて考えました。クリスマスの時には、家族の一員が幸福であるように願っていたものでした。その日のそれ以降は、本当に幸せを感じました。誰かが親切にも、私のためにも幸福を願ってくれたのだと思いました。彼の言葉やエネルギーで、同じ喜びの感覚を残してくれたイエス覚者やマイトレーヤとの過去の出会いを思い出しました。それがどなただったのか定かではありませんが、その体験から確かに私は幸福を感じたのです。

 2023年のクリスマス休暇の間、一人の友人が健康と経済的な問題を抱えていて、一時的な住居への支払いが困難になっていました。私は寄付を送りましたが、十分ではありませんでした。私は『手』を通してマイトレーヤに、助けるために他に何ができるかお尋ねすることにしました。一瞬のうちに、ソーシャルメディアへの投稿を作成して、他の友人たちに寄付を頼めるようにするという考えが浮かびました。視覚的な助けがあれば、常に人々の注意を引きやすくなると分かっていたので、私が会員になっている写真サイトへと向かい、投稿に使った添付の写真をすばやく見つけました。興味深いことに、この写真はボストンで撮影されましたが、そこはまさしく友人が住んでいる場所なのです。写真は2018年に撮られましたが、人目を引くものだと思い、もしかして『ファミリア』の姿のマイトレーヤかもしれないと思いました。

 言うまでもなく、投稿によって、友人が新年までの一時的な住居への支払いができるほど十分な寄付が寄せられました。それはまさに彼女が必要としていたものでした。

アン・サリバン 米国、ニューヨーク州ロングアイランド

完全への旅をする建築家

 2024年1月24日土曜日に、オーストリアでのスキー休暇から帰宅する途中、鉄道の駅で待っていた時、興味深い出会いがありました。バイエルン・アルプスのミッテンヴァルトにある小さな鉄道駅のホールでひとり座っていた時、一人の男性が私の方へ歩いて来て、会話が始まりました。彼は年配で、おそらく80代半ばでした。歯がほとんどなく、素敵な濃いブルージーンズに、新しい革製のスケートボード・スニーカーに見えるものを履いていました。頭に野球帽を被り、たたんだ買い物袋を二つ持っていました。かなり薄手の緑色のウィンドブレーカーは、気温が氷点下だったその日、十分に温かいとは思えませんでした。彼はドイツ語で話しかけてきて、どこへ行くのか尋ねてきました。私は彼に、チロル地方でスキー休暇を過ごして、ドイツ北部へ帰るところだと伝えました。それから、十分に温かいかどうか尋ねました。彼は胸の右側を指でたたいて、「これが温かさを保ってくれるよ」と言いました(肉体の心臓とは反対側なので、霊的ハートを意味していると思いました)。彼はすぐ近くのオーストリアの町、シャルニッツに住んでいると言い、ミュンヘン近くのドイツの町、ガルミッシュ・パルテンキルヘンよりも物価が安いと言っていました。私が尋ねないうちから、家賃や公共料金を実際いくら払っているか教えてくれました(夫と私はその地域の住宅費を調べようと計画していたので、彼がその話を持ち出したのは驚きでした)。10分にわたる会話の間に、彼は私に、自分は建築家だと言い、妻が子供を5人欲しがったという話をしました……(私の夫もいつも5人の子供を欲しがっていました)。それは責任が重過ぎると感じた、と彼は言いました。彼によると、息子二人がバイエルンに住んでいるが、「息子たちは物やら何やらが好きなんだ」、だから常にとても忙しい、一方で自分はもっとずっと落ち着いた生活をしていると言っていました。彼は少しスペイン語で話し、それから私たちはフランス語でも会話をしました。

 全体として、彼について最も印象に残ったのは、無執着の表現でした。彼が時間に支配されているという感じは全くありませんでした。彼はまさに今存在していて、彼といると、私もまさに今存在していると感じられました。私たちが次の乗り継ぎ先であるバスへと向かおうとする直前、彼はさようならと言い、「あなたが健康でいられますように」と言ってくれました。私は最近、ストレスが自分の健康を損なっているのが気がかりでした。けれども、彼がそう言った時の言い方で、私は自分の健康を掌中に握っていることを悟りました。彼がドアから歩いて出ていく時、ジーンズの右の後ろポケットのすぐ上に大きな裂け目があって、下に着た保温着がのぞいていました。後になって、夫と私が隣駅に到着してバスを降りると、突然、彼がそこにいて、再び少しだけ私たちと話をしました。その時に、彼の野球帽のロゴが「完全への旅」となっていることに気づいたのです。

エリッサ・グラーフ ドイツ、シュタイアーベルク