シェア・インターナショナル誌には、手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームの師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたが、いまだ掲載されていない。
その他の掲載された手紙は新しいものである。覚者が関わっているかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、その体験が希望、鼓舞、慰めを提供することで「それ自体が語る」ということがあり得る。読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。
笑顔の実践
2003年1月頃、コロラド州ボールダーのスタジオでヨガのレッスンを受けていました。そのレッスンはアシュタンガ・マイソールスタイルで、部屋にいる人がそれぞれ自分のヨガを行っている間、インストラクターは見て回り、各生徒を一対一で指導します。その日のインストラクターの一人が私たちの『基本理念』になる人(スタジオのオーナー)だったので、部屋はとても混み合っていて、スティッキーマット(粘着マット)には実際に隙間がないくらいでした。私の隣で練習していた男性は、スタジオでそれまで見たことはありませんでした(その日以来見かけていません)。彼はかなりしつこくクスクス笑いを続けることで、何度も私の注意を引きました。ある時には目が合って、彼から「いつもこんなふうに混んでいる?」と尋ねられました。私は彼に、日曜日にはしばしばそうなるけれども、他の日はそれほど混んでいないと説明しました。彼は「ちょうど一人で練習するのに慣れてきたところだ」と返事をしました。その出来事が心に残ったのは、主にあの笑い方のせいでした。しかし、他の誰もその笑い方に気づいていないようでした。
エリザベス・レニンガー
米国、コロラド州ボールダー
【ベンジャミン・クレームの師は、その『笑っていた男性』がマイトレーヤの代弁者であったことを確認した】
ジングルベルの応援
5カ月もの間、あらゆる収入源を脅かし、私をストレスにさらしてきた終わりなき行政問題に悩まされてきました。いくつもの行政機関が複数回にわたって、私の公文書を紛失していました。2023年12月8日、まさに物事が自然に解決していくだろうと思った時に、行政機関のある職員から手紙が届きました。それは、私の想像し得る何よりもひどいものだったのです。完全な無能力の結果でした。その上、私のマンションを所有する会社が暖房を切ってしまいました。
システム全体が自動化されていて、チャットボット(自動会話プログラム)があるだけで、人はいませんでした。すべての行政機関は一般向けには閉まっていたので、どうしたらよいものかと思案しました。家でふさぎ込む代わりに、ノートを買いに出かけるだけの気力はありました。シャンゼリゼ通りに着くと、パリの土産物店の前に、伝統的な衣装を着たインド人かパキスタン人の男性を見かけました。彼は2016年7月号のシェア・インターナショナル誌に掲載された写真の[ベンジャミン・クレームの師からマイトレーヤであると確認された]人物に似ていました。彼は携帯電話を眺めていました。
彼はターバンを巻き、チュニックを着ていました。私は彼を知っていると思いました。チュニックはターコイズ色で金をあしらっていましたが、私が驚いたのはその音でした。鐘の音に少し似ていました。ちょうどカーニバルの鐘のようでしたが、インド風の音でした。胸には40個ほどの戦争勲章があったはずで、それぞれが音を立てていたのです。予想外で、奇妙で、つかの間の出来事でした。全部で3秒くらいのことだったのです。彼に出会った後、私の中で何かが変わりました。彼はとても陽気で、それはまさに私が必要としていたものでした。マイトレーヤ、笑顔にしてくれる人!
匿名 フランス
慰めと保護
2024年2月15日、とても風変わりな方法で気持ちを高揚させるメッセージに出会いました。その二日前にさかのぼって、説明を始めたいと思います。サイババとマイトレーヤ(1988年、ナイロビ)の写真を見つめながら、私は聖なる指導者たちに霊的な強さを求めていました。喉の感染症から少しずつ回復しているところでしたが、同時に内なるつながりが途絶えた感じもしていました。私には物質的なレベルを超えた『元気づけ』が必要だったと言えるでしょう。
私は何年にもわたって、心の内で何度も、物質的な徴〔ルビ:しるし〕は本当に必要ではないとマイトレーヤに伝え続けてきましたが、そのような出来事に対して常に心を開いてはいます。そうした徴は、覚者方の公の出現という私たちの希望の情報を強化する助けとなり得るからです。その瞬間には、明白な性質のものを切実に期待することなく、微妙な形での徴を求めていたのだと思います。
ちょうど仕事が終わったところでした。駐車場を通って自分の車に歩いて近づいていきながら、特製のナンバープレートホルダーを見つめました。そこには二つの文字列がありました。一つはプレートの上に、一つは下にあって、「平和には分かち合いが必要」「S.O.P.──われわれの惑星を救え!」と書かれていました。この文字はかなり小さくて目立たないものでしたが、ときどき職場では人目が気になり、どれだけの人が気づいただろうか、「分かち合い」という言葉についてどう思うだろうか、過激な社会主義と誤って解釈する人がいるだろうか、と思うことがあります。
車のドアハンドルのところに来た時、運転席の窓に明るい色の付箋が付いているのに気づきました。即座にそれが聖書の一節だと分かって、伝統固執主義のキリスト教徒が他の車にも同じような付箋を貼ったのではないかと推測しました。けれども、駐車場を見回してみても、他の付箋は見当たりませんでした。それで、注意してメッセージ全部を読みました。普段なら、旧約聖書は私がインスピレーションを求めて最後に頼る所ですが、誰であったとしてもこれを置いた人は、どの言葉を書くのがふさわしいか、どのように提示したらよいかをまさしく知っていたのです。
「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない」(申命記31章6節)
知恵の覚者あるいは側近の一人が、この出来事の背後におられると証明することはできませんが、そのようにタイムリーで完璧に作り上げられた付箋をこのような形で『普通の』人が置いたと想像することは、ほとんど不可能なのです。これは実際に私たち皆へのメッセージです。愛の主が「あなたと共に歩まれる」のですから。
アンディ・モーガン
米国、テキサス州アーリントン