光あらしめん

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる「神の光」の示顕に、さらに近づいていく。このようにして人間は本来あるべき姿──生きた神々──となっていく。各々の転生がその登山道に一つのステップを切り開く。そのような体験ごとに、人はその乗り舟(器)にわずかずつ光を加えていき、それによって体〔*〕の波動を微妙に変える。このようにして、人間のすべての体が光の波動で振動するようになるとき、その仕事は完了し、旅路は終わる。すなわち人間の視点から見れば、その旅路は終わるのである。それを成し遂げた者の視点から見れば、旅路は始まったばかりである。

 このようにして各々の男女が人間から神へと変容を遂げる。物質の限界のすべてを備えたさなぎから、完全に自由になった「覚者(マスター)」が現れ出て、神の光を輝かせる。この光は広大な宇宙を横切って持続する。すべての次元と界を通してその特性を表し、それ自身を表現する様々な形態によってのみ条件づけられる。これらの形態が、物質の世界に意識がある者に対して、その「光」に近づく手段を与える。しかし本質的に光は無形であり、その存在を維持するのに構造を必要としない。

 われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている。また、各人の裡に、その光を輝き出させようとする意志もあり、このようにして神の特性は顕わされる。その光とその意志とは魂に固有のものであり、魂との整列ができるときその結果としてその活動が始まる。だから魂との整列を確立するようにして、神の目的を実践しなさい。自らの裡を探究し、すべての知識と愛の源を見つけなさい。魂の光を世に顕し、奉仕する者の列に加わりなさい。
 
 世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている。人類の用意ができているゆえに、新しい「光の時代」の幕開けをするために、覚者たちは自分たち自身を準備してきた。進歩への無限の機会が人類に与えられるだろう。自然のエネルギー(フォース)に精通する扉を開く様々な発見に、人間は驚嘆するだろう。このようにして、人間に明らかにされる神秘と美に、彼らは仰天するだろう。神の事実と、その神性と人間との関係を、しかと知るだろう。そして喜んで神の大計画に協力するだ 
ろう。

 宝瓶宮(アクエリアス)の時代の入口にあって、これらすべてが人類を待っている。それは、神の大計画が再び栄え、人間がついにはその運命を意識的に受け入れることになる時代である。
 今日、人は分裂と緊張で満ちた世界を見わたすとき、このことを疑うだろう。問題はあまりにも複雑であり、分裂はあまりにも大きいように見える。しかしまさにその時に、最も危急の瞬間に、大教師は来られ、新しい「光」をもたらそうとしておられる。そのようなお方が今、あなた方の中に在り、舞台脇で奉仕への招待を辛抱強く待っておられる。 
 この方のもたらす「光」を放ち、すべてを神聖の中に包みなさい。彼の教えを奉じ、困窮する者すべてに救いをもたらしなさい。彼の光を顕わして、この世界を新たに創造しなさい。

(シェア・インターナショナル誌1983年12月号)
〔*〕体=パーソナリティー、メンタル体、
   アストラル体、肉体。