編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、未掲載手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームと彼の師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたものである。その他の掲載された手紙は新しいものであり、覚者が関わっているかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。

次の4通は同じ人物からのものです。

覚者の助け

(1)1992年の春、吹雪の数日後に高校から自宅まで車を運転していました。いつもの曲がり角に差し掛かった時、半解けの雪に乗り上げて、ゆるやかに道路から滑り落ちてしまいました。ほとんど崖になっている急斜面の端へ向かっているのが分かっていても、できることは何もありませんでした。それを考えると、私の落ち着きは驚くべきことでした。どうにか車は丘を転がり落ちる寸前で止まりましたが、右側のタイヤは両方とも地面から離れて、後輪一つは約90センチも宙に浮いていました。私は非常に注意しながら、何とか前側のドアの一つから脱出しました。レッカー車の男性がやって来ましたが、「今にも落ちそうだ」と言って車に触ることを拒否しました。それよりも彼は、車が引っかかっていた崖から約24メートル下の家の人たちを避難させて、もう1台のレッカー車の助けを求めて電話をかけました。その2台で私の車を難なく持ち上げることができたのです。
 私はおそらく、死に至るような状況を回避する『特別な』助けをいただきましたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、イエス覚者からの助けであったことを確認した】

覚者の手を取って

(2)1998年か1999年のことでした。サンフランシスコで伝導瞑想研修会が開催された金曜日の夜、私が部屋の中と、間もなく瞑想を始めようとしている人たち全員をじっと眺めていた時、吹き抜けの階段の近くに奇妙な人物が二人いるのに気づきました。その二人の中年男性は、みすぼらしい格好のために目立っていました。誰も彼らを知らないようでしたが、部屋の中にいる人と同じくらい大きな声で自信たっぷりに話をしていました。彼らの振る舞いは、すべてが彼らにとって『古い帽子』で、疑いようもなく彼らはその場に溶け込んでいるという印象を与えていましたが、外見が明らかにそれとは相反していました。
 全員が着席すると、二人のうちの一人が私の隣に座り、私は人生で最も集中した強烈な瞑想を体験しました。その二人の男性は覚者方でしたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、彼らがマイトレーヤとイエス覚者であり、瞑想中に筆者の手を握っていたのはイエス覚者であったことを確認した】

彼を認識するでしょうか?

(3)2003年のデンバーでのシンコ・デ・マヨの祝祭で、私たちの広報用ブースにやって来た人たちと話をしていた時、突然、ヒスパニック系の男性が私の背後に自転車を止めたのに気づきました。そこは私たちのポスターの前で、「もし仏陀やキリストに会ったなら、あなたは彼を認識するでしょうか?」という表題でした。その男性はとても背が高く、長髪で、30代か40代でした。ひどい歯並びの、とても貧しい人のように見えました。
 けれども、彼はとても親しみやすい人でニコニコとしていました。雲が移動して、何とも気持ちの良い天候になったという話を私がしたと思います。彼はその話題を取り上げて、さらに話を続けると、間もなくとても良い天気になるだろうと言いました。5月5日から10日の間にもう一度吹雪になるだろうが、その後はとても良い天候になり、もう雪は降らないと言っていました。貧しい身なりをした、チノという名のこのヒスパニックの男性が、汚れた毛並みのチコという名の犬を、自転車のハンドルの背後にどうにか取り付けた筒型のスポーツバッグに詰め込んで、穏やかな確信を持って天気予報を伝えてくれることが私には奇妙に感じられました。私たちはしばらくおしゃべりをしました。彼はカリフォルニアの出身で、その地域の家族を訪ねようとしていました。暑すぎなければ、寒いよりも暖かい方が好きだと言っていました。彼が自転車をポスターの前に止めていたので、人々からポスターが見えないのではないかと思っていました。彼は私の考えに気づいたように、自転車の移動を申し出てくれました。けれども、私が「大丈夫です」と言ったのは、彼がマイトレーヤかもしれないとうすうす思っていたからです。彼がポスターの前に立っているのは、むしろ適切で愉快なことだと思ったのです。
 彼は「良い一日を」と何度も繰り返して、心温まるお別れも言ってくれました。これが私にとてもよく当てはまっているように思えたのは、来るべき時代の明るさを知っているにもかかわらず、今の世界の不正義に対して、たびたび深刻になり過ぎて、圧倒されてしまうためでした。さらに言うと、5月10日は実際に吹雪になり、多くの人々にとって驚きでしたが、それ以来ずっととても良い天気でした。チノは注目すべき人物でしたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、チノがマイトレーヤであったことを確認した。また、『チコ』はイエス覚者であったと師が述べていたように思う】

ハートに置かれた手

(4)数年前、ボールダー・クリーク・フェスティバルで、私たちのブースを一人で担当していた時、二人の小柄な男性が向かい側にあるブースで立ち止まったのに気づきました。一人はおそらく30代で、とりわけ陽気な人でした。黒髪にとてもふさふさとしたあごひげを生やし、他の国の、たぶん中東出身のように見えました。もう一人は、彼の霊的な教え子のようでした。20代に見えました。金髪で、ずっと物静かで真面目でした。
 あごひげの男性は、向かい側で大変な騒ぎを起こしていました。巨大なおもちゃの剣を手に取って楽しそうにふざけて振り回し、かなりの物音を立てていました。彼を観察しながらとても楽しい時間を過ごしていた時、私はマイトレーヤのことを思い、彼の体現する愛がどうして裂開の剣と呼ばれるのか考えていました。
 彼らは私たちの広報ブースにやって来て、とても熱心に見ていました。彼らの朗らかな雰囲気に馴染めなかったので、正直、私は少し堅苦しく感じていました。私たちは奇跡について少し話をしたと思います。彼らには独特な雰囲気があることに触れ、どこから来たのか尋ねました。あごひげの男性は、ペルシャと答えてくれました。現在ではそのような場所はないので、変だと思いました。彼に霊的な背景があるかどうか尋ねると、ゾロアスター教徒だと言いました。私たちが展示していた『マイトレーヤの手』のポスターについて彼が尋ねてきたので、私は経緯について説明しました。それは象徴的なものだと思うということ、そして手の跡は鏡に現れたということを伝えました。また、人が自分自身の内を見つめるとマイトレーヤからの祝福を見いだすかもしれないということを、その手の跡は示唆していると伝えました。彼は私のハート・チャクラに手を置くことによって応答し、しばらくそのままにしていました。心の中で、これはマイトレーヤとイエスかもしれないと思いながら、エネルギー的な相互作用をどこかで期待していましたが、全く何も感じませんでした。彼らはその後、すぐに去っていきました。
 あごひげの男性がマイトレーヤで、若い方の男性がイエス覚者でしたか。
ザック・キャッスルマン 米国、コロラド州ボールダー
【ベンジャミン・クレームの師は、あごひげの男性がマイトレーヤで、もう一人の男性がイエス覚者であったことを確認した】