世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。
これらの質疑応答はすべて、以前に発表されたものであるが、今日の世界に関連しているため、掲載することにした。
ベンジャミン・クレームは、平和や核の脅威、そして和合と統合を目指しつつ多様性を大事にすることの重要性について次のように述べている。
平和はもはや選択肢ではない。それを理解しなければならない。なぜなら、平和がなければ、やがてわれわれは自分たち自身を滅ぼしてしまうからである。小さな戦争が大きな戦争になるだろう。それは核戦争となり、すべての国が消え去ってしまうだろう。
私はあなた方がデモ行進のときに掲げる旗印の見出しを述べているのではない。私はあなた方の心(マインド)を本質的なことに集中させようとしているのである。本質的なことは、分かち合いであり、それが正義につながり、必然的にテロリズムの終止につながり、そして世界平和につながる。それのみである。マイトレーヤが言われるように、「それ以外の道はない」。もし分かち合わなければ、われわれは遅かれ早かれ死ぬ。それほど単純なのである。
それは分かち合いと世界の変革の問題である。それが信頼を築き、将来のすべての取り決めはその信頼に基盤を置く。信頼があれば、どんなことも解決することができる。信頼をつくらなければならず、世界資源の分かち合いのみがそれを可能にする。信頼があれば、他のあらゆる問題──中東問題、惑星自体の救済、等々──に対処することができる。意見の食い違いはほとんどなくなり、資源の分かち合いが実施されるとき、途方もない力で流れ出る善意の中に消散するだろう。
このグループやこの種の他のすべてのグループにとって重要で有益なことは、意識的に統合を目指して働き、他のグループと一緒に多様性の中の和合をつくるように働くことである。インターネットで探しなさい。あらゆるグループのウェブサイトを読んで探しなさい。ある程度のサイズのグループでウェブサイトを持たないグループはないと思う。それを読んで、われわれがしていることと同じようなこと(キリストの再臨についての話は別にして)、その価値観、世界のために提供しているアイディアが、われわれが推進している価値観に近いものであるならば、そのグループに連絡を取り、フェアやフェスティバルで何らかの意思表示をしたり、スピーカー(話し手)を交換し合ったりするということも考えられる。他のグループと共に働くことは可能である。難しいが、可能である。……
すべての人間が和合を求めている。それゆえ、人々はグループに参加したり、グループを形成したりするのである。同時に、すべての人間が自分の個人性を、転生しているすべての魂のユニークな特質を表現したがる。自然で有機的で、偏見や硬直性のない種類の和合のみが、この地球という惑星をその住人にとって非常に興味深いものにする豊かな多様性のために適切な枠組みを形成するのである。
(ベンジャミン・クレーム、『多様性の中の和合』)
健康、治療、カルマ
Q:(1)脳脊椎硬化症の(内的な)原因を説明してください。(2)予妨のための方法や生活様式などを描写してくださいますか。(3)あるタイプの人々が、この病気により罹りやすいということはありますか。(4)どうしたら、この病気に最も良く対処し、または治療することができますか。
A:(1)脳脊椎硬化症の影響の裏に、単純な別個の原因や唯一の要素というものはありません。すべての病気と同様に、魂のエネルギーの間違った、または不適当な使用の結果です。しかしながら、この基本的な原因が脳脊椎硬化症として顕れるためには、いくつかの他の要素がなければなりません。例えば、この特定の病気に罹りやすい遺伝的素因があることです。また、ストレスに対処するのに不適当なほど神経系が過敏であること、長期にわたって強いストレスがかかる、もしくは有害な環境や職業にさらされている状態、強烈な創造的エネルギーの挫折によって内的なストレスが引き起こされること、生きる目的または意志が突然崩れることなどです。脳脊椎硬化症の背後にはこれらのいくつかの、またはすべての要素が見つけられるでしょう。
(2)創造的または奉仕的活動に最大のはけぐちを与えるような生活様式を見いだすべきです。これは、もちろん、比較的高度に進化した人々すべてに言えることです。創造性と奉仕したいという願いは、魂との接触とその影響の結果であります。
(3)弱い神経組織を持った創造的な人々で生きる意志をある程度失った者が、少なくとも論理的には、この病気に最も罹りやすい可能性はあります。
(4)神経組織を強化し、生きる意志を、そしてあるがまま存在する意志を回復することです。また、創造的表現や仕事の妨害となるものを取り除くことや、奉仕への願望を強め、奉仕を受け入れることです。