私たちは1年の中程にいる。この2025年という年は、21世紀の四半世紀の終わりを意味する。時が過ぎ、途方もない可能性に満ちた未来へと歩みを進めるにつれ、一つひとつの選択、一つひとつの行動や身振りがこれまで以上に重要になる。人々はそれを感じている。私たちの時代には「何か」がある。私たちは何か重大なもの、何か極めて重要なものの瀬戸際にいる。
ベンジャミン・クレームの師である覚者は、「光あらしめん」という記事の中でこう書いている。「各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる『神の光』の示顕に、さらに近づいていく」。これは驚くべきことではないだろうか。私たちは「光」の存在なのである。覚者はこう続けている。「われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている」
現在の世界情勢をどのように解釈しようとも、私たちが世界をどんなに厳しく残酷なものにしようとも、あるいは互いのために善意と協力に満ちたものにしようとも、美しさ、偉大さ、そして「光」の中へと入ってつかむ勝利が究極の目標であることは揺るぎない事実である。しかし今、私たちはさまざまな形で自らを破局の淵へと追いやってしまったように思われる。自らの裡にある「光」を、それに触れることができる限り多く表現することによって、私たちは自らを高め、すべての人にとって有効な解決策に向けて国際社会を動かす手助けをすることになる。
これは、将来起こり得る苦難や、正義のため、真実のため、法の支配のために立ち上がる緊急の必要性を否定したり軽視したりすることではない。沈黙は共犯であり、無関心は暴政を野放しにする。腐敗した指導者層の「パンと見せ物」政策に惑わされ、享楽にふけったり混乱に陥ったりすることで、地球と私たちの集団的な未来を、権力欲と貪欲に駆られた1%の人々の手に委ねてしまうことになる。
今月号に掲載されているベンジャミン・クレームの師による二つ目の記事のタイトルは、「腐敗行為の終止」である。何と革命的なアイディアであろうか! 現状では、あまりにも常識からかけ離れているため、おそらく考えが甘いと思われるだろう。しかし、この記事が指摘しているように、「そのような腐敗の直中で、信頼を生み出すことは可能だろうか。信頼なしには人間の未来はまさに荒涼たるものである。信頼なしには、より公正な資源の分かち合いはむなしい望みであろう。信頼なしには、われわれの惑星という家を維持するために必要とされる包括的な意思決定は決してできないだろう」。
信頼、真実、基本的自由、民主主義、人権が、世界中の腐敗した権威主義的指導者たちによって組織的かつ意図的に侵食され、世界の有権者たちが「他者」やアウトサイダーを拒絶するよう促される中、バンディ・リー博士は、指導者たちの病理と、惑わされ、混乱し、憤りと憎しみをかき立てられた人々に対して皇帝の狂気が与える壊滅的な影響について説明している。私たちは、「グラマーは伝染する」ことを知っている。「集団思考」が存在することも知っており、事実が共有されるのと同じくらい簡単に非現実的なものが共有されることを経験している。
今月号もまた、自然界を守るための前向きな行動のニュースなどを掲載し、希望に満ち溢れている。しかし、行動を起こし、否定的なことに抵抗し、「不吉な前兆」に気づく決意を固める必要があると考えている。ジョージ・オーウェルの有名な警告(著書『1984年』より)として次のものがある。「戦争は平和である。自由は屈従である。無知は力である」。これには先見の明があり、驚くほど身近なものであったことに留意し、今月号には「ファシズムの初期症候」のリストを掲載した。
ファシズムという言葉には反発を覚えるかもしれないが、私たちが「逆さまの世界」、つまり、何もかもが見た目通りではない「あべこべの世界」に生きていることを人々は経験している。現実がひっくり返されることがアストラル界の主な特徴であることを、私たちはベンジャミン・クレームとジュワル・クール覚者から学んで知っている。虚偽であるものが本当のように見える(したがって、心理学で言う「投影」が、現在の政治で頻繁に使用されている)。すべてのものが 「逆さま」に見られ、経験される。この狂気に満ちた不確かな暗黒郷では、事実はなく、意見だけが存在する。真実はなく、自分の仲間の意見だけが存在する。科学には現実性がなく、法律には権威がなく、正義と政治は売り買いされる。オーウェルは全体主義国家について警告した。そこでは、プロパガンダや疎外、監視を通じて当局が国民を容易に掌握できるように、人々を混乱させ、弱体化させ、気をそらすことが目的である。
一つの解決策は、人間性そのものである。「世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている」
また、今月号では、宇宙を旅して、コスモスの本質と、人類を一つの全体に束ねるものについて学ぶ。さらに、フランシスコ教皇の生涯が称えられている。何百万もの人々が教皇の逝去を悼む中、私たちはガザと共に涙を流す──何らかの助けと支援の行為とまではいかなくても、私たちの涙が憐れみ深いものであることを知りながら。
今月号の記事の幅広さと多様性には、いささか驚かされる。ベンジャミン・クレームの師による記事でさえ、最高のものと最低のものを浮き彫りにしている── 一人ひとりの中にある「光」と、それを妨げる腐敗である。
長年にわたり、ベンジャミン・クレームと共に働き、彼と一緒に、彼を通して覚者を体験した人々は、彼ら二人と、人類を助け導くための絶え間ない働き、愛、知恵、ユーモアを愛するようになった。二人の言葉は、地球のために、苦しむ人々のために行動する動機や原動力となるような希望を鼓舞している。