2018年12月号目次

 

一覚者より
理性と直観
ベンジャミン・クレーム筆記

視点
分かち合いは新しい経済的、民主的秩序のカギである
グラハム・ピーブルズ
グループ-アクエリアス時代の前方への道
オカルトの沈黙の法則
カルメン・フォント

アフリカの貧困に関する国連報告書
ジェイソン・フランシスによるフィリップ・アルストン氏へのインタビュー

国連高等弁務官事務所の声明

事実と予測
大ピラミッドの形態が持つ力

世界の最も豊かな組織体200のうち、157が企業であり、政府ではないことが世界の苦難の中核である
ジェイク・ジョンソン

S.O.P.(Save Our Planet) ―われわれの地球を救え!
アメリカで環境保護の戦いが開始される-トランプ大統領抜きで

時代の徴
世界に溢れる奇跡
イスラエルの出来事がメシアの到来の主張の口火を切る

民衆の声
ロンドンの環境抗議運動

ジェレミー・レント氏との会話
意味とつながりの探究(第2部)
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

フランスのコンタクティー、ピエール・モネ氏:
分割した世界への緊急のメッセージ
ゲラード・アートセン

2018年トロントでの世界宗教会議 (万国宗教会議)にシェア・インターナショナルが参加

ノルウェー社会フォーラム・グローバリゼーション会議に
シェア・インターナショナルが参加する
アンネ・マリエ・クヴェルネヴィックによる報告

菩薩の道

編集長への手紙
聖なる振る舞い 他

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

 

理性と直観

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

理性がさらに高度の能力である直観によって徐々に置き換えられる時代に入りつつある。人間が当然ながら誇りに思っているその論理力を構成するものはいつの日か識閾の下に落ち、今日、息をしたり、動いたりすることと同じように本能的なものになるだろう。直観の開花を通して、認識の膨大な広がりが人間の前方に横たわる。存在の状態についての認識であり、それはまだ全く人間に知られていないが、覚醒した心(マインド)によって知覚されるのを待っている。すべての意識の拡大の前には緊張がある。人間が今通過している争いと困難のこの時期の後に、平安と落ち着きの時が続き、直観が徐々に開花するための舞台が整えられるだろう。それが起こるとき、人間は、すべての論争を通り越して、神のイメージに似せて創られた魂としての自己の特性を直接知るだろう。
覚醒した直観を通して、人間は自然の秘密を発見し、すべての王国のための進化の大計画における人間の役割を果たすことを学ぶだろう。自分自身の裡に夢想すらしなかった能力と知識を発見するだろう。知る必要のあることはすべて、啓発されたマインド(識心)に自在に流れ入るだろう。
人類種族の開花における次のステップは、直観的能力が生まれたときからすでに活発で強力な魂の到来であろう。これらの魂は現在、いのちの内界において集められており、間もなく姿を現すだろう。彼らは現在の第五種族の次の副種族(第6亜種)を構成し、人類を限定された合理的マインド(識心)から直観の光の中へ導くだろう。人間にとってすべてのことが可能となるだろう。魂の光が人間の問題に働きかけ、一瞬にしてこれらの問題の解決法を示すだろう。直接の知識によって、人間は間違うことなく目標に向かって進むことができる。
われわれが理性と呼ぶものは、その役割を十分に果たしてきた。人間を神性の門口にまで運び、そしてその後に続くより高度のマインド(識心)の能力開花のために人間を準備した。厳密に言うと、普通に直観と呼ばれているものは意識のマナス〔*〕のレベルから来るものであるが、真の直観はその起源をさらに高度なブッディのレベルに発する。それは本質的に愛ある理解、または真の智恵である。直観が働くとき、分離という感覚は未知のものである。すべてのものの一体性が直接に知覚される。合理的マインド(識心)のイリュージョン(錯覚)は超越され、実在(リアリティ)が知られる。
直観の光の中で、人間は世界を再建し、神の道をたどるだろう。彼らの前に歩み、神の息子として自己を完成された方たちすべての足跡に従う。わたしたちがあなた方の間に住み、そして働くとき、わたしたちの仕事は、マインドのこの高度な能力を可能なところすべてにおいて刺激し、あなた方を導いて神の道の上を前進させることである。
今でさえ、知覚の扉は開かれつつあり、多くの者が直観的真理を自分が持つことを発見している。魂との整列が回路を開き、多大なる光が降る。人類種族にとって最大の危急のときに、実在(リアリティ)をより明瞭に知覚することが可能となる。これは将来への吉兆である。直観が開くにつれて、もっともらしく合理化するマインド(識心)の分離的傾向は減じ、すべての関係にとって恩恵あるより健全な風潮が生まれる。
前方に横たわる仕事は明確である。魂の窓を開き、魂の光があなた方の生活を輝かせるようにしなさい。覚醒した直観を通して、魂の知識と目的が表明されるようにしなさい。慈悲の意味を知り、その愛を広範囲に広めなさい。魂の叡知ですべてのイリュージョン(錯覚)を消散して、兄弟同胞のために光となりなさい。これが光の道を歩む者すべての務めである。直観を目覚めさせ、大計画をはっきりと見なさい。直観を目覚めさせ、闇を破りなさい。直観を目覚めさせ、すべての恐怖を振り捨てなさい。〔*〕マナス=マナスはメンタル界、ブッディは霊的直観、魂の界に属する。

 

世界に溢れる奇跡

ブラジル、ポルト・アレグレ──2018年10月15日、ポルト・アレグレの飛行場で一人の目撃者が、空に浮かぶ大きな円盤型の飛行物体を撮影した。(mufon.com)

 

 
アメリカ、オレゴン州──2018年11月、セント・へレンズ在住の女性が二晩連続して彼女の家の上空で点滅するカラフルな光をビデオに撮った。ミシェル・ガブリエリさんはその写真とビデオを地元のテレビ局へ送り、二つのニュース番組で取り上げられた。ガブリエリさんは空には少なくとも15個の光があり、お互いに干渉しながら離れたりくっついたりという動きをしていたと語った。
「あの晩、自分が何を見たのか分かりません」と、ガブリエリさんは地元のテレビ局KOINのレポーターに話した。「私にとって、それは未確認飛行物体でした。……それは自分たちが想定しない何かがそこにあったということです」
(koin.com; coasttocastam)

  

 

 
イスラエルの出来事がメシアの到来の主張の口火を切る

イスラエルで連続する異例の出来事──赤毛の雌牛の誕生、死海で泳ぐ魚、そしてエルサレムの西側の壁を這うヘビの目撃──が、メシア復活の予言が叶うのではという期待に弾みを付けている。
ユダヤ暦5778年12月17日(2018年8月29日)、2頭目の赤毛の雌牛がイスラエルで誕生した。寺院教会のラビ専門家によると、この雌牛は「欠陥のない」と見なされた。ブレーキング・イスラエル・ニュースによると、ラビの役員会ではこの雌牛を「聖書の赤毛の雌牛」の有望な候補と見なしており、予言の要求を満たしている──「聖書の純粋性を世界に復活させるという約束」をもたらし、寺院の再建とユダヤの救世主の到来を推進するものと考えている。
2016年にブレーキング・イスラエル・ニュースによって最初に報じられた第二の出来事は、エゼキエル書47章8-9節にある、死海で「魚も非常に多くなる」という予言に関係している。高い塩分濃度は死海での魚の生息を妨げているが、最近になって科学者たちはくぼみに魚や他の形態の生物が増えていることを見つけた。それは今までに無かったことであった。この現象は当初、瞑想のために人気のない場所を訪れた若いユダヤ移民のサマンサ・シーゲルさんによって、一般の関心を集めた。「私は今も死海を毎週訪れています」とシーゲルさんは語り、彼女のスピリチュアリティは自然に根差しているとも語った。「死海は地球への入り口です。まるで聖なる母地球が出産前に破水しているようです。今はきついように見えますが、それは天国が少しの地獄で覆われているようなものです。メシアがやって来て創造の善が現れるとき、純粋な天国となるでしょう。もしあなたが見ようとするなら、それはすでに起こっていると見ることができるでしょう」と彼女は語った。写真ジャーナリストのノアン・ベデイム氏はそれを「世界の八不思議」と呼ぶ。
最新の不思議な出来事は、コインのマークがついたヘビがエルサレムの西側の壁の石の間から這い出し、ユダヤ教の聖域へ這って行ったというものである。ビデオ画像はウエスタン・ウォール・ヘリテイジによって公表された。タイム・オブ・イスラエルは、ヘビの目撃は「インターネット上の時事解説者の間で憶測を呼んだ」と書いた。彼らの幾人かは、今はメシアの到来につながる時期であると言った。
(mirror.co.uk; Breaking Israel News; Times of Israel)

2018年8月、新たな「欠陥のない」赤毛の雌牛がイスラエルで生まれた。/photo: MiddleEastMonitor.com


 

 
メキシコ── 一人の目撃者がソーシャルメディア上で複数機のUFOのライブ(生中継)ビデオを放映した。これは初めてのことである可能性がある。2018年10月28日の早朝、エスタバン・ザバラ氏は祖母と一緒にメキシコからカリフォルニア州サンディエゴへ車で移動中に、メキシコ、バハ・カリフォルニア州のロサリト上空にリング形のライトをつけた円盤型UFOが低い位置に漂っているのを見た。「見上げると、こうしたもの五つが家とビーチの上空にいるのが見えました」と彼は語った。ザバラ氏はそれからその物体のライブビデオを、「ビデオが編集されたなどの憶測を避けるため」インスタグラムへ転送した。
幾人かのUFO研究家は、ライトが新しく設置されたLEDの街灯のようであると主張している。
(inexplicata.blogspot.com;YouTube: Extranotix Mysterio)

ジェレミー・レント氏との会話

ジェレミー・レント氏との会話
意味とつながりの探求(第2部)
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

第1部において、作家であり非営利の「リオロジー研究所」の創設者であるジェレミー・レント氏は、分離の瞬間がいかに文明の形に影響を与えてきたか、そして人類はいかに反応し、人類そのものや人類と自然との関係を規定してきたかを見てきた(シェア・インターナショナル誌2018年11月号参照)。このフェリシティ・エリオットとの会話の第2部において、レント氏は新しい持続可能な未来のビジョンの概略を描いている。

シェア・インターナショナル(以下SI):多くの人が意味を探しています。世界は決定的に重要な時点にあるようです。私たちは何を受け入れる必要があり、何を拒む必要があると思いますか。明らかに、何らかの大きな集団的決断を下す必要があるようですが。
ジェレミー・レント:確かにそうです。意味についての、時間の経過を伴う考察方法の一つとして、世代を超えたつながりがあります。私たちの価値観は前の世代の思考過程と文化遺産から生じています。私たちは未来の世代に残す世界について非常に気を配る必要があるし、また、過去からの遺産についても認識する必要があります。私は人々に「文化のマインドフルネス」の感覚を培うよう勧めています。マインドフルネスの概念はよく知られています。それは心の中にあるアイディアを見つめますが、それについて判断しないことです──それにとらわれる必要がないことをただ認識し、そうすることによって、自分自身のアイデンティティーについてのもっと包括的な感覚を培い、知恵へと向かう道筋をつけることができます。「文化のマインドフルネス」とは、私たちが世界を理解する際に手助けとなる、文化の中にある同じものを再認識することです。

ジェレミー氏は大量消費主義を認識することについて話した。何を買い所有すべきかについてのほのめかしは、警戒を怠り文化のマインドフルネスを培っていなければ私たちの見方を形づくることがあるという。私たちの考え方を形づくるあらゆるメディアのほのめかしに気づいていれば、こうした基本前提らしきものを疑問視することができるようになるだろう。

レント:別の世界観を培うことや、文明の方向性と人類の成長にもっと有益な形で関わる者となるようにその世界観をある程度変えていくことは可能です。私たちすべてを破壊へと導いているグローバルな経済システムの中で暮らしていることを認識する必要があります。それは株主の利益を最大にすること以外は何もしないという意図をもって形成された多国籍企業の力の増大に伴って発展してきました。そのシステムがこうしたことをする際には、地球を消費し、私たちの心を虚ろにすることによって人間自身をゾンビのような消費者に変えます。子供の時からのありとあらゆるメッセージを通して私たちをプログラム化された消費用オートマトン(自動装置)へと変えるのです。

SI:あらゆる看板、広告、掲示板によって攻めたてられないのはほとんど不可能です。私たちはそれに浸かっており、それは現代の消費者中心の大衆文化の基調になっています。
レント:そのとおりです。インターネットは言うまでもなく、コンピューターの画面をのぞくたびに広告が現れます。何らかの方法で投票したり何らかのサイトを選んだりすれば、どのような好みを持っているかを小さなスクリーンが教えてくれます。そして、こうしたすべてのことが、これらの巨大企業をもっと儲けさせ、少数の億万長者をもっと裕福にするためにエネルギー ──生命エネルギー ──を費やしている生き物へと私たちを変えています。こうしたものがシステムにほかならないという事実に目覚めなければなりません。こうした構造を支配している悪徳の天才がいるというわけではありません。そうした構造は人々によってつくられたものであり、それが私たちや地球を消費し尽くしているのです。

SI:もう一つの大きな問題は、これが起きているスピードです。地球をご覧になってください。
レント:そうですね、それは文明の崩壊へとつながるような速度です。私たち一人ひとりがこのことを認識するとき、それはいのちへと向かう力強い原動力、崩壊に立ち向かう方法を見つける原動力となります。

SI:虚ろな顔の人々が暇な時間を買い物に、ゾンビのように店から店へとぶらぶら歩くのに費やしていることに衝撃を受けます。私たちは自分たちがそうなることを許してしまいました。もちろん、私たちはかなりの程度、加担しています。商業至上主義の最も陰湿な影響の一つは、次から次へと現れる広告で送り出される考え方です。それは、「私たちはそれに値するから」あれこれの製品を買うべきだと告げます。まるでその製品が私たちの価値、私たちの値打ちであるかのように。そのようにして私たちは規定されます。同時に、現在は実際に、古くて「より粗野な」尺度である量から、質という、もっと洗練された基準へと移行している瞬間であるように思えます。質には、「どのくらい多いか」「どのくらい大きいか」「どれだけ多く入手できるか」といった粗野な形よりも、もっと精妙でもっと持続可能なアプローチが関係してくるはずです。
レント:そのようなわけで、私は大量消費の成長志向型社会に代わるものについて話すことを好むのです。人々は脱成長について語ります。そうした運動は良い方向に進んでいる一方で、それがどれだけ成功するか私は確信が持てません。私がより好むのは、量よりも生活の質という観点から成長について論じることです。豊かな世界では、私たちの多くは、生活の量という観点からは必要以上に多く所有していますが、質という観点からは必要とするものより所有するものははるかに少ないのが現状です。いったんこのことを認識すれば、そして生活の中で物の量を減らしていけば、生活の質をさらに高めていく能力を得ることになります。このことを理解するとき、それは全く新しい物事の理解の仕方へと発展し、誰と、どのように、何と関係するかに関して非常に異なった選択をすることにつながります。

SI:あなたはこうした認識を関わり方や関係に結びつけておられますね。相互につながり合っているという経験の増加について私たちは話し合いました。私たちは新しい関係の仕方へと──共有のものへと、グループへと──現在感知されているよりもおそらくはるかに速く移行しているように思えます。しかも、それは私たちの優先順位の新しい基盤となっています。

ジェレミー氏は、いかに私たちが世界での在り方を変える必要があるかについて詳しく述べた。彼は三つのレベルでのつながりについて話した。最初は、中心的価値観を認めることによる、自分自身の中でのつながりである。二つ目は地域社会の中でのつながりであり、三つは全世界的なつながりに関係する。言い換えれば、ただ単に在ることができるように時間をとることである──スマートフォンやソーシャルメディアなどによって気が散るということがないようにしながら。さらに、家族であれ、友人であれ、近所の人たちであれ、あるいは社会の福祉と回復に役立つ地域社会の活動であれ、グループに完全に参加し貢献することである。地球的規模でも、私たちは活動的になり関与していく必要がある。

レント:新聞の見出しやテレビで大きな世界的勢力、破壊へと向かう運動について読んだり見たりします。それが起こるのをただ傍観することはできません。人類の未来を決定するのは、私たちが個人として、組織や地域社会の一員として下す決断であることを認めることが大切です。これは深い世界的、政治的なつながりの感覚です。そうした三つの次元の一つに注目を向けることができれば、人類の未来を変える可能性を手にします。

SI:私たちは転換を行う必要について、世界を変容させることができるように選択肢を認識する必要について話しています。私たちは崩壊を望まないが、急激な変化を望んでいるとあなたはおっしゃいました。価値観の転換の必要を理解する十分な数の人がいるかどうか、私を含めて多くの人が疑問に思っています。変化を起こすための十分な時間があり、十分な人々がいるのでしょうか。
レント:あなたは最も重要な問題の幾つかを提起されていますね。「十分」ということについて考えてみましょう。どのくらい多くの人が「十分」なのでしょうか。私の著書『パターン化する本能』の終わりの方で、エリカ・チェノウェス※(リンク参照)という人が行った非常に興味深い研究に言及しています。社会の変化と、少数の者の手からより大きな社会への権力の移行につながった、前世紀の社会運動を彼女は分析しました。鍵となる二つの要因が浮かび上がりました。第一に、最も成功した運動は非暴力運動であったということです。このことについては多くの理由があるようです。彼女たちが見いだした第二の点は、これは非常に重要なことですが、人口の3.5%以上が運動に本気で取り組むようになったとき、その運動は別の段階へと発展し、それを引き止めようとしたどんな権力をもひっくり返してしまったということです。

SI:それほど少数の人々によって臨界点に達したのですか。
レント:はい。考えてみれば、3.5%というのは比較的小さい数値のように聞こえます。本気で取り組むということについて考えてみても、そこに至るまでにはまだ遠い道のりを行かなければならないように感じます。およそ3億5,000万の人口がいるアメリカを例にとれば、3.5%は1,000万人を少し超えるくらいです。ほんの数年前、COP21というパリでの環境サミットの前、国連がその会議を開催している間、ニューヨークで約40万人が参加する大規模なデモ行進がありました。その行進はとてつもない影響を及ぼしました。国連と(気候に関する協定を結ぼうとする努力を主導していた)クリスティアナ・フィゲレス氏はこう言いました。「こうしたすべての人が行進しているのを見たとき、私たちは追い風を受けていることを知りました。私たちは変化を起こそうとしていることを知りました」と。ですから、40万人が1,000万人になることを想像してみてください。そのような取り組みの度合いが20倍になるのです。そして、1,000万人が本気になって行進し、この国[アメリカ]の真の変化を平和的に求めているのを想像し、それを世界の他の地域に当てはめてみてください。そうすれば、私たちが今いる次元よりもはるかに大きな次元で状況を見ることになりますが、それこそが、目標としている変化のために必要とされるものだと思います。

SI:あなたがたった今話してくださったエリカ・チェノウェス氏のこの研究は、とてつもなく鼓舞してくれるものです。それは社会のあらゆる領域で、あらゆるレベルで動員される民衆の力ですね。人々は大衆運動の持続的な効果について非常に容易に懐疑的になるか、あるいは個々の人間としての自分の力不足に条件づけられているように感じるため、集団による協調的な努力がいかに大きな効果を持ち得るかを見誤ります。「私は一人にすぎない。強大な権力を前にして何ができるだろうか」という疑問をよく耳にします。しかし、あなたが言及された研究から判断すると、現実は私たちが認識するよりもはるかにダイナミックで肯定的なようです。
レント:はい、それが民衆の力です。不思議なことに、この調査について知ると、「私たちは決してそこ[1,000万人]まで到達しない」と考えて、絶望し始めるかもしれません。しかし、それによって私は、この変化を分析する別の方法に導かれます。これは非常に価値のあるモデルだと思います。本の中でもそれについて述べました。それは「変化の適応周期理論」と呼ばれています。それは複雑なシステムの中でいかにして変化が起こるかを理解する体系です。

ジェレミー氏は一つのシステムの異なった段階について説明した。成長の段階つまり再編成、第二に搾取と急速な成長の段階、それから固定化あるいは保存の段階、最後に最終的な「解放」の段階である。この段階ではすべてのものがもろくなり、崩壊や突然の変化が引き起こされることがある──株式市場の崩壊や森林で起こっている火災のように。解放の段階は以前に築き上げられたものを解体させる。そして最終的に、解放の段階の後に再生の段階が来る。以前の段階では決して可能でなかったものが突然、次に来るものを形作ることがある。これは肯定的にも否定的にもなり得る。例えば、1930年代に第一次世界大戦後の経済崩壊後のヨーロッパでは、その段階においてヒトラーやムッソリーニのような人々が権力の座につくことができた。同じように、それは新しいアイディアが花開き、急速に広がり得る肯定的な期間につながることもある。

レント:たった今、私たちは現代文明の解放の段階の最終局面にいると考えています。時間との競争に似ています。最初に経済全体が崩壊してしまえば、それを再建することはできないでしょう。何千年にもわたって発展してきた構造を失うことになるでしょう。それは破滅的状況となるでしょう。再び疑問が生じます。そうしたすべてのものが崩壊する前に、グローバルな経済的、物質的システムがどこに行くかを方向づけるほど十分速く、私たちは認知体系を、世界を理解する方法を変えることができるでしょうか。私はこれを、私たちの時代が直面している中心的な疑問だと見なします。この根本的な移行は、この巨大な「国家という船」の方向を変えるほど十分速く、私たちの文化的な価値観において起こるでしょうか。

SI:最近は資本主義の崩壊、新自由主義の価値観と体系の排除がよく話題に上っています。あなたは1930年代について話されていました。今や、そのことは非常に興味深い点です。1930年代とちょうど同じように、私たちはファシズムの盛り上がりを目にしているからです。それが政治的な観点からのものであれ、あるいは大量消費主義が原動力となった経済的なファシズムとしてであれ、私たちは今、再びそれを目にしています。あなたはそれをどのように見るでしょうか。
レント:私たちはまさしくその時点にいると思います。大規模に解き明かされる時期です。極右であれ、ファシズム的な考えであれ、あるいは本当に再生した未来であれ──これらは社会に不満を抱く人々が引き寄せられるアイディアです。そのようなわけで、いのちのために、人間と自然の繁栄のために苦闘している私たちすべてにとって、民衆がわくわくし鼓舞されるように、そして自分自身の人生を未来のためのこの闘争の中へと入り込ませるように、こうしたアイディアを可能な限り関連した方法で提示していくことが義務となります。ここで決定的に重要なことは、文明がどのような形を取り得るかについてのビジョンを提示することです。そのようなわけで、私はあの「2050年の世界のビジョン」というビデオ〔「大いなる変容、つまり私たちはいかにして(かろうじて)気候災害を回避したのか」〕をウェブサイトに掲載したのです。私は「エコロジカル(生態系)文明」と呼ばれるものにますます胸を躍らせるようになっています──これは現在の文明の基盤となっているものとは異なった一連の原則に基づく文明の概念です。現在の文明は資源の搾取や、がんの増殖のような成長を基盤としています。最後にはすべてを破壊してしまうまでひたすら成長を続けます。それはいのちそのものの破壊に基づいています。それは富と株主の利益をつくり出すために人類や自然界からいのちを吸い取っています。しかし、エコロジカル文明はいのちや相互のつながり、統合、回復といった原則に基づくでしょう。そこでは、人間がお互い同士、そして自然界と共に持続可能な方法で繁栄することが、制度の組織の仕方、お互いとの取り引きの仕方、科学技術の発展の仕方、自然界との関係の仕方、食べ物のとり方などの基盤となるでしょう。こうしたものすべてが、根本的に異なった一連の原則と構造に基づくでしょう。わくわくするのは、こうしたすべての思考過程がすでにそこにあるということです。発明しなければならないというわけではありません。世界中で聡明な人々が寄り集まり、その出現しつつある未来の中へ入って実際に生きようとしています。彼らは、私たちがその未来のエコロジカル文明のために必要とすることを実践しています。誰が言ったのか分かりませんが、次の言葉は素晴らしいです。「未来はすでにここにある。まだよく広まっていないだけだ」というものです。その素晴らしいアイディア、新しいテクノロジーなどについて知り、それを新しいタイプのエコロジカル文明へと組み込むことが必要です。

SI:そして、そうした価値観を新しい構造の中心に据えることですね。新しい堅固な国連について、そして地球を守り、地球を全く神聖なものとして認めさせるための法律を施行し尊重する必要について話されたことを本当にありがたく思います。そして私の考えでは、私たちは礎を、いのちのための諸権利の法案を、人間生命のための規約を制定しなければなりませんね。
レント:まさしくそのとおりです。人類の偉大な達成の一つは国連の世界人権宣言です。それは第二次世界大戦の荒廃の後で策定されました。これは国際社会としての私たちの価値体系の基盤です。私たちは今、合意された優先事項の根本的で確立された部分として、自然界の諸権利についての同じようなものを必要としています。

SI:さらに、完全な人間になる権利も認識する必要がありますね。私たちはまるで、自分自身の半分でしかないような、不完全で、半分空になっているかのようだからです。
レント:全くそのとおりです。

SI:先見の明のある多くの作家や思想家を通して、私たちは物質主義と商業至上主義の影響について認識しています。今日の大量消費主義の優先事項のために、私たちは半分の人間として存在しています。人々が空虚さを感じると言うのももっともです。完全な人間の現実と権利を保障する新しい国連規約を待ち望んでいます。それは霊的な、つまり高位の意識の様相も含めて、人間全体を認識します。それは私たちが集団として解決するものとなるでしょう。その完全な人間とはどういうものかを定義するだけでなく、私たちが一部である他のすべてのシステムのいのちと権利を認知することにもなるでしょう。
レント:同じ意見です。そうです。あなたは素晴らしいビジョンを提示していると思います。そして、さらにもう一歩踏み出して、次のことを理解すべきです。つまり、あなたが描写したような方法で完全な人間になるということは、私たちのアイデンティティーは個別の有機体と共には終わらないことを認識するということです。それが私たち自身の個性と共に終わることはありません。それはヒッピー後の時代の「自分自身の成就」のような考え方ではありません。実際のところ、それが意味するのは、自分自身を本当に成就するとは、地域社会の中での、国際社会との、自然界との、自然界の中でのつながりを成就し、私たちがこの巨大なシステムの一部であることを理解するということです。本当に自分自身を成就することとは、自由意志論者のやり方で他者を犠牲にして自分のために何かをすることではなく、非常に広いアイデンティティーの感覚の一部となり、その感覚を経験することです。※ericachenoweth.comエリカ・チェノウェス/マリア・ステファン『なぜ市民の抵抗は機能するのか──非暴力闘争の戦略的論理(Why Civil Resistance Works: The Strategic Logic of Nonviolent Conflict)』(テロおよび非正規戦に関するコロンビア大学の研究シリーズ)ジェレミー・レント『パターン化する本能──意味を求めての人類の探求の文化史(The Patterning Instinct──A Cultural History of Humanity’s Search for Meaning)』www.jeremylent.com

ジェレミー・レント氏による声明
私たちがこの会話を行ってからも、私たちすべてを待つ劇的な変化に向けて世界は速やかに進み続けた。非常に顕著だと私が考える主要な部分の幾つかは次のとおりである。■ 世界自然保護基金(WWF)によると、1970年以降、世界中で人類は今や、哺乳類や鳥類、魚類、爬虫類の60%を絶滅させた。■ 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、取り返しのつかないほどの増幅したフィードバック(反動)につながる気候の臨界点を避けるためには、12年しか残されていないと警告した。■ ブラジルの大統領に選出されたジャイル・ボルソナロ氏は、パリ協定から脱退し、探鉱と単一栽培によるアマゾンの荒廃を倍増させることを明言している。■ アメリカでは民主党が下院を奪還し、進歩的なアレクサンドリア・オカシオ・コルテス氏は2020年の民主党綱領に向けて急進的なグリーン・ニューディール政策を提案している。これによってアメリカは、洞察力のある気候問題のリーダーとして認知される可能性がある。■ 新たに創設された「エクスティンクション・リベリオン(絶滅への抵抗)」は、ロンドンで五つの橋を封鎖することによる直接行動と市民の不服従という戦略を打ち出した。未来は、私たちが自ら集団的に創造するものだということが、今日ほど真実であったことはない。混乱がますます大きくなっていく期間は必然的に、文化的、政治的、経済的なシステムの大規模な変化につながるだろう。私は最近の記事でこう書いた。「現在のシステムが今後数年後に崩壊し始めるとき、世界中のますます多くの人は、根本的に異なった選択肢が必要だということを認識するようになるだろう。偏見と恐怖に基づいた運動に向かうのか、あるいは、人類のためのより良い未来のビジョンに加わるかどうかは、人々が入手できるアイディアにかなりの程度依存している。この定期刊行物を読むすべての人は、私たちが将来世代のために繁栄という遺産を残すのか、あるいは死という遺産を残すのかどうかに関する人類の集団的な決定において、果たすべき役割を担っている。賞金がこれほど高くなったことはかつてない。

ジェレミー・レント

 

フランスのコンタクティー、ピエール・モネ氏

分割した世界への緊急のメッセージ
ゲラード・アートセン

自らの世界の終わりを感じて、舞台の背後にいる権力屋たちは、人類の間に分割を生み出すためにあらゆることをしている。そして日々のニュースが示すように、今日政治指導者たちは入札を続けている。なぜなら彼らには、未来への唯一の持続可能なビジョン──普遍的自由と正義の創造を通して一体性を顕現すること──が欠けているからである。

拙著『転換期にある惑星――いかに正義と自由は実現されるのか』(大堤直人訳、アルク)で詳しく述べたように、宇宙からの訪問者は、1950年代の核開発時代以来、人類の分離的傾向と世界的滅亡への可能性への懸念を寛容に共有してきた。
ジョージ・アダムスキーは他の惑星の人々との出会いと彼らの緊急のメッセージについて公に話した最初の人物であったが、既得権者たちによる徹底した人格攻撃によって、彼の業績は歴史の周辺に追いやられた。しかし、真剣な調査は続いており、彼の主張と使命を回復させる努力は行われている。1998年には英国の作家ティモシー・グッドによる『エイリアン・ベース』が出版され、レネ・エリック・オルセンによる最近の調査『ジョージ・アダムスキー物語』、ミシェル・ザーガーによる『ジョージ・アダムスキー事件の検証』が共に今年の夏に出版された。
ベンジャミン・クレームが、ジョージ・アダムスキーの主張に加えて、『光の勢力は集合する』の中で示しているように、宇宙人にはこの惑星で「宇宙の兄弟たちの現実を世界に知らせるための」人々がいる。私たちに知られているのは、バック・ネルソン、トルーマン・ベサラム、ダニエル・フライ、ハワード・メンガーのような人々であり、彼らはアダムスキーのようなアメリカ人で、おそらく当時と今の世界情勢の中でアメリカにおいて重要な役割を与えられていた。
ブラジルの物理学者アラディノ・フェリックス(通称ディノ・クラスペドン)、カナダ政府の研究者ウィルバート・スミス、そしてスイスの農家エドワルド・ビリー・マイヤーを除けば、他のアメリカ以外の1950年代のコンタクティーたちは、「イタリア・フレンドシップ事件」を通してごく最近になって知られたにすぎない。その中には外交官アルベルト・プレゴ、心理学者ブルーノ・サマチッカ、そしてステファノ・ブレッカ教授も含まれる。
今でもほとんど知られていない名前は、ピエール・モネというフランスの徴集兵で、彼の最初の接触体験は1951年、アヴィニヨン近くのクーテゾンで起こった。彼の二つの著書『宇宙人が私に語ったこと』(1978年)と『宇宙からの接触者』(1994年)はいずれも英語には翻訳されず、スペイン、ポルトガル、オランダでのみ読まれている。モネ氏の話が広く知られていない理由はそのことにあると思われる。その本の中で、彼は7月のある夜、クーテゾンからオレンジ近くにある彼の家まで帰る途中で、同じ道沿いにある、オレンジから3、4キロ離れた石切り場に「テレポートされた」様子を述べている。バイクを押して岩場を歩きながら、彼はあたかも青白い銀色の光を発するレンズ状の円盤に導かれたようであった。他のコンタクティーの描写を思わせるが、「その円盤の『鉄』は物質で同時に非物質であるように見えた。少なくとも内部に絶えず動いている原子構造があるようだった。ほとんど生きているもののようだった。それは印象的で、美しく同時に当惑させるものだった」。
モネ氏が、近くの交通の音も全く聞こえない完全な沈黙を体験したと述べるとき、彼は肉体の外にいたのだと想像するのは困難ではない。「この完全な沈黙は、あたかも私が釣鐘状のガラスの下にいて、完全に外部の世界から隔離されているような印象を与えた。私には自分の呼吸音と鼓動と脈動の音のみが聞こえた」。宇宙船に近づいて歩いていると、彼は自分が見たものに興奮し、その前に立っている人間のようで同時に地上離れした存在を見過ごすところだった。彼はその存在が彼と「テレパシー的な交流のプロセスで」彼と交信しようとし始めたと述べる。彼らはそれを「全く自然で常に存在してきた方法だが、人類は普遍的な法則を見失うにつれてそれを失った」と述べた。
日々の旅程の開始地点に戻ったとき、彼は自分の時計と街の時計を見て、彼の体験の間物理的な時間が経過していなかったことに気づいた。しかし彼は自分が与えられた情報とメッセージを、その意味を伝えるのにふさわしい言葉に「翻訳する」ために長い年月を要した。遂に、1978年に彼は最初の著書を出版し、1979年から1981年までの間に多くの講演会への招待を受けた。
1974年に彼は再び宇宙人と接触するようになった。彼らはこう述べた。「私たちはあなた方の間におり、あなた方の間で行動しているが、あなた方はそのことを知らない」。世界中で70万人がコンタクトしていると彼は告げられた。本物の「コンタクティー」と思われる人々の体験を確認すると、モネ氏は次のように告げられた。「愛の法則に従うことのみが真の生活に導くという私たちの確信のために、私たちはあなた方よりもはるかに進歩してきました。しかし、私たちもまた状況の求めに応じて振舞いを適応させなければなりません。しかし私たちはそれを行い、過去の間違いから学んでいます。自由意志の法則を侵害することなく、このことを私たちはあなた方に教えます」
宇宙の訪問者たちは人類の歴史における現在の重要性を示唆した。「天地の動きに従って、私たちは間もなくアクエリアスの時代と天文学者が呼ぶものに入り、そこでは数千年にわたって地上における智恵の進化が頂点に達するでしょう。このことが可能になるのは、人間が個人としての自己ではなく全体としての社会とより同一化するようになることによってです。来るべき世紀に、人間は知的、霊的、心理的、科学的、技術的分野において必要な変化のための明確な指導を受けるでしょう。人間はこれらの指導を受け入れることも拒絶することも自由です」
実際、モネ氏の接触は、宇宙の兄弟たちが教師の帰還のための霊的基盤をつくることに関わっていることを示すように思われる。ベンジャミン・クレームによれば、「歴史を通じて、霊的に進化した人々が、宇宙人との接触によって、人間に自然と宇宙と調和して生きるための法則と価値観を教える公的なメッセンジャーの到来に向けて人類を準備してきた」。
ジョージ・アダムスキーは繰り返し、私たち全員が個人的により良い世界をつくる責任を持っていると述べてきたが、ピエール・モネ氏も同じことを伝えている。「もし私たちが自らの行動を自発的に変えるならば、私たちは輝かしい未来に入り、そこでは攻撃、憎悪、死はもはや存在しない。私の宇宙人たちが言うように、『憎むことをやめ、強く愛し合いなさい』。しかし、この知恵は各人が個人的に内的に苦闘することを通じてのみ手に入れることができる。すべての人間が全人類に責任を持つという事実に目覚め、恐ろしい出来事が起こるのはそれぞれの個人の行動の反映であることを自覚する必要がある。どんな行為もどんな思考も消すことはできない。各人の発するすべての思考は、憎しみか愛、幸福か不幸、生か死を生み出す」
「愛は生きることができるのみである! 愛は放射を通じて可視化する。愛は自己を忘れ、自己を他者に完全に与える。愛することは易しく同時に困難である。人が自己の内部を深く見つめ、自己に直面するならば、それはやさしい。そうすれば、人は自己を、私たちを囲い、自由に呼吸し愛に生きることを許さない行動や思考の沼地から抜け出させることができる。しかし努力を怠るならばそれは難しい。朝起きて仕事に行き、出会う人々すべてに敵対的な目を向け、邪魔な運転手に叫び、妻にストレスをぶつけるなどすること以上のものがあるのだということを見たくないのなら、それは難しい」
世界教師の出現のために活動している人々と同じように、宇宙の兄弟たちのメッセージを広める活動を長年行っている多くの人々に負担が強いられることについて、訪問者たちはこう促している。「愛の法則を真に理解する栄誉を享受しているあなた方に、私たちは次のことを求める。
忍耐を失わず、愛が何であるかを示し続け、あなたの生活のあらゆる瞬間に無限の愛を与えなさい。なぜなら間もなく人間の心は変わり、あなた方は報われることになるからです。あなたが与えた愛は何百倍にもなって戻って来るでしょう」
そして、物質的価値観──商業主義──への絶え間ない強調の必然的な結果としてのファシズムの台頭と共に、地球自体が危機を迎える中で、宇宙の兄弟たちのこれらの言葉は、人類の歴史の分岐点で特に緊急性を持っている。私たちは分離と憎しみを生む政策に明確かつ積極的に反対しなければならない。「私たちはあなた方を助けるためにここにいるが、あなた方全員の同意が必要である。あなた方のハートとマインドが愛と知恵で満たされることを希望する。私たちはあなた方を見守っている。しかし急がなければならない。時間は短いのだから」

 

聖なる振る舞い

シェア・インターナショナル誌には、手紙の保留分が非常に多数あり、それらはベンジャミン・クレームの師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたが、いまだ「編集長への手紙」に掲載されていない。他の手紙は新しいものである。覚者が関わっていたかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、その体験が希望、鼓舞、慰めを提供することで「それ自体が語る」ということがあり得る。

聖なる振る舞い

編集長殿
私は時々、どのように神聖さを表すのか、いかに人にオープンになれるのか、すべての人々との『一体』を感じながら本当にオープンであることについて考えています。
2018年11月の初めに、私はトラムに乗っていて、降りる駅が間近でした。出口近くのスペースに移動した時、出口の向かい側の席に座る男性に気づきました。私は彼が「ハロー」と言ったと思ったのですが、ともかく彼が私と握手するために手を伸ばしてきたので、私たちは握手しました。
彼の握手はしっかりとした心地良いものでした。それは1分ほどのことでした。その間にトラムが停車したので、私は急いで降りました。彼のことが心に残りました。彼からは素朴さが感じられ、まさしくオープンで親切な顔の人で、純粋で無垢な雰囲気がありました。彼はカジュアルな服装をしていました。私は驚きと幸福感を持ってトラムを降りたのです。
私たちはいつも伝導瞑想を始める時、テープのマイトレーヤからのメッセージを聴いています。その日の夜に流れたのはメッセージ第28信で、その始まりに私は驚いたのです、「あなた方に新しい生き方を見せてあげたい、人間に生来備わる同胞愛に基づく生き方を、愛し、分かち合う能力と、人間の本質的な神性に基づいた生き方を。聖なる人間になる過程は、単純で自然なものであり、すべての人間に開かれている。それは、あなた方の裡にはじめから宿るあの神を解き放つ過程である。わたしは約束しよう──もしあなた方が私に従いて新しい時代に前進するならば、あなた方の裡に宿る聖なる本質を解き放ってあげよう……」
匿名希望
オランダ、アムステルダム

岐路に立つ人類
編集長殿
2018年10月28日に、私たちが「岐路に立つ人類」と題されたベンジャミン・クレーム氏の講演ビデオ上映を開始しようとしていた時、二人の朗らかなスリナム人の女性たち、パールとステラが入ってきて、一人は手に私たちのチラシを持っていました。二人はその朝ペンテコステ教派の礼拝に参加して、その後アムステルダムのシェア・オランダ・インフォメーションセンターでのビデオ上映のチラシを見つけて、ここにやって来たと言っていました。二人が近所の教会での礼拝に参加したのか尋ねられると、それは定期的な教会の礼拝ではなく、教会に所属もしていなかったけれども、一緒に歌うために参加し、その内7曲だけを歌ったと答えていました。(私たちが注目に値する不思議なことだと思ったのは、相当に厳しいことで知られている信仰を持つ人たちが、インフォメーションセンターを訪ねてきたことでした。以前に二人のイスラム教徒の女性たちが訪ねてきた同様のケースがありましたが、それは本誌2016年4月号で、ベンジャミン・クレーム氏の師からイエス覚者の代弁者の女性たちであったと確認されました)私たちは上映が始まるので着席し、二人は前方の席に座るよう誘われましたが、すでに座っていた後ろの席の方を希望しました。二人のすぐ前に座っていたグループメンバーが振り返って、視界の邪魔になっていないか尋ねましたが、「私たちは首が長いから」問題ないと言っていました。それは奇妙な返事で、実際には首が長いということは全くなかったからでした。私たちはそれを象徴的なことと思いました。上映後に私たちはテーブルを囲んで座り、話し合いを始めました。パールがほとんどの発言をして、ステラは時々参加して、ある時にはテーブルにいた全員を非常に注意深く観察していました。パールは3歳の時スリナムからオランダにやって来たので、オランダの人たちのメンタリティをとても良く分かっていて、人々は互いの面倒を見ないと言いました。私たちは非常に物質主義的になって、もはやお互いを気にかけていないのです。通りでもトラムでもスマートフォンにだけかかりきりになっています。金持ちと貧しい人たちとの拡大する隔たりについても話し合われました。ステラが、ある少年は700ユーロ(約9万円)する靴を買っていて、その一方で少年の母親は苦労して生活をやりくりしていた話をして、彼女は彼らに自分の考えを伝えたと言っていました。貧しい人たちについて話していた時、パールの声の調子から彼女が貧しい人たちに関心を寄せて、援助していることがうかがえました。商業至上主義の話題は、特に健康管理と環境においてのことが取り上げられました。他の誰もが同時に話をしていた時、ステラが穏やかに「私たちが行うことや言うことが、私たちに帰ってくるのです」と言って、今彼女が言ったことを、円を描く動作で強調して、彼女の右手で右肩から始まって、身体の真正面に来たら左手が続いて左肩までの円を完成させるというものでした。それは円形で包み込むような仕草で、完璧にカルマの法則を表現していました。『民衆の力』が変化をもたらす重要な方法として述べられて、皆が心から賛同し、私たちは通りに出かけていって、私たちの声を聞かせるべきだと話しました。
ある時にパールが、グループメンバーの一人に「あなたは千里眼なの?」と尋ねました。返事は「いいえ」でした。次の質問は「でも、あなたはボスね?」。「いいえ」。「でもあなたはここの責任者ね?」。再び「いいえ、違います」と言って、「私たちは『ボス』のいない、一つのグループとして活動しようとしています」という、ベンジャミン・クレーム氏が例えば彼の著書の『協力の術』で説明しているように伝えました。するとパールは同じメンバーに少し二人だけで話せるか尋ねてきました。彼女らは台所へ引っ込みました。そこでパールはそのメンバーを真っ直ぐに見て、「あなたが私を見ると、何が見える?」と尋ねました。「お茶の中にたくさんの角砂糖を入れ過ぎている女性」という返事を、彼女は笑いながら聞いていました。女性たちは二人とも講演に感銘を受け、帰る時にその内一人が上映したDVDを買うために戻ってくると言いました。
オランダグループメンバー一同
シェア・オランダ・インフォメーションセンター
オランダ、アムステルダム

言葉の拡散
編集長殿
米国とカナダのシェア・インターナショナルの協働者たち12人のグループが、2018年11月1日から7日にかけてカナダのトロントで開催された2018年世界宗教議会に参加し、情報発信のためのブースを出展しました。最初の日の午前中、数人のメンバーが訪問者たちと会話をしていた時に、二人の魅力ある南アフリカ人の黒人男性が私たちのブースにやって来ました。一人の女性がインターネット上に載せるために、彼らとの会話を撮影していました。彼らがブースに入ってきた時、一人が大きな旗を指差して、もう一人に向かって「世界教師が帰還した……だからみんなに言うんだよ、『すべての人たちが教師だ。あなたに起こるすべてのことは、あなたに教えている』とね」と説明していました。その後彼はさらに「そして世界教師は私たちありとあらゆる人々の中に生きている」と言っていました。二人の男性の間の活気のある楽しい会話が続いていき、彼らが話していると、私たちに注がれる肯定的なエネルギーと愛の貨物列車のように感じられました。
その二人の男性がそれぞれの国で有名人であることは、後になってわかったことで、長年福音派の聖職者であり、それぞれ『覚醒』を体験している人たちでした。フェイスブックのページには、ジャクソン・コーサ主教が1977年のアフリカでの大規模な福音派キリスト教の集会で、覚醒を体験したと書かれています。コーサ氏と彼の長年の友人であるムツィ・シンディ氏は共に30年活動してきて、彼らの非常にオープンで全世界的な、あらゆる人々に宿るキリストの神秘主義的解釈で知られています。
以下は、彼らの鼓舞される会話の抜粋です。
MC(ムツィ・シンディ):質問をすればするほど、より目覚めて、一層答えを見い出せるものだ。
JK(ジャクソン・コーサ):私がこうしたあらゆる信仰の流派を統合して、気づいたことの一つがわかると思うけど、まるでそうしたすべてがいろいろな点で、やはりそれぞれの原理主義者の教えから出てきているように思われることだ。
MC:それは他の人々と交流することによって、他の人たちに耳を傾けることによってのみ現れることができるものだね、イエスがあなたの隣人を愛せと言う時、あなたの隣人はあなたと異なったように世界を見ている人で、それがイエスの言う、私たちが愛する必要のある人物なんだ。
JK:つまりこの全宗教の世界議会は私たちを変容させるものだね、過去には私たちのほとんど誰も彼もが、他の人たちを自分たちの方へ改心させようとしていたから……ここにあるあれを見た? 誰かが人を改心させようとしている秘密の計略とかがあると思うかい? それともただのメッセージなのか……。
MC:(クスクス笑いながら)基本的には、それは皆が君に言っていることだよ、「あなたの話をしてください! あなたの目覚めの話をしてください!」とね。なぜなら言葉は違っても体験は同じ(二人声を揃えて)だとわかるだろうからね。つまりここにいる私たちは皆一つの体験をしている、イスラム教徒であれ、ユダヤ教徒であれ、宗教が何であれ、体験は同じさ! 単なる言語にすぎないんだ……。
JK:彼ら皆が言うように、彼らの神は、その神が誰であれ、愛だというように思えるね……私たちは同じことについて話してきたと言ってもいいね?
MC:そうだ、私たちは同じことを話してきたよ! そしてそれは愛だ! それが私たちそのものだ! 私たちは私たち自身について話してきたんだ!
エリサ・グラーフ
ドイツ、シュタイヤーベルク

 

読者質問欄

Q 私たちは政府から何を必要としますか。
(2007年6月14日、ロンドンでの講演会)

A 今日の世界を支配していると思っている人々は軍隊の力によって支配しています。それはすべてグラマーであり、自己観察の純粋な欠如です。彼らは世知に長けた人々ですが、本当の意味で賢明ではありません。戦略に長けているだけです。彼らは歪んだ知性であらゆる真実をその反対のものに変えますが、それは本当の賢さではなく、深い知性でもなく、世界にとって有益なものでもありません。世界にとって有益なのは、影響力のある地位にあって、その影響力を世界の改善のために使える人々です。より安全な世界、飢餓のない世界、失業のない世界、テロや戦争のない世界を生み出すためにです。それが人々が政府に求めるものです。

Q はい、しかしどうやって政府の注目を得るのですか。

A 政府は人々に仕えるために存在するのであって、その逆ではありません。間もなく人々はこの事実に目覚め、デモを行って、世界における正義を要求するでしょう。この世界を救うのは、鼓舞され教育を受けた世論の声でしょう。その教育はマイトレーヤから来て、人類の行動は起こり始めています。人々は力を示す方法の一つとしてデモに参加します。重要なのは、大義はとても単純だということです。大義は自由であり正義であり分かち合いです。鯨やキツネや動物を救うというのではなく、単純に世界の必要を見ることです。

Q 正義と平和はどう関係するのですか。

A 私たちが必要としているのは平和です。なぜなら平和なしには世界の未来はないからです。そして平和のために何よりも必要なのは正義です。正義なしには平和はあり得ないでしょう。あなたが世界の3分の2を占める世界──先進国やG7諸国ではなく──で暮らしていれば、あなたは正義の中に生きているとは思わないでしょう。世界の3分の2の人々にとって正義は存在しません。G7諸国に住み、世界は彼らに属していると考えているわずかな人々以外に正義は存在していません。しかし世界の人々は、世界は彼らに属しているのではないことを示すでしょう。それは私たちすべてに属しているのであり、私たちは皆平等です。世界のすべての物が完全に平等に分割されるべきだと言っているのではなく、必要に応じて分配されるべきです。

Q 難民問題についてどう思われますか。

A 私たちが今までのやり方を続けていけるのだと思っているとすれば、つまり、アフリカから来る人々がマルタやスペインやイタリアにたどり着こうとして、マルタの港の外側に放置されているというのであれば、私たちは考え直す必要があります。そのような非人道的なことを支持することはできません。非人道性は別の非人道性につながり、その一端を支持すれば、やがてすべての非人道性──テロや戦争──を支持することになります。そして結局はジョージ・ブッシュ氏やトニー・ブレア氏のように、良心や愚かさの自覚を欠き、自分に正直でいることができなくなります。

Q 大半の政治家は腐敗しています。どう解決すればいいのでしょうか。

A 政治には正直さが必要であり、新しい政治においてのみ正直さが存在するでしょう。それは覚者方がそれぞれのセンターで1975年から長年行って来られた仕事の成果です。彼らは確信を持つ人々、完全な正直さと信念を持つ人々と仕事してきました。能力の最善を尽くして世界に奉仕する人々です。彼らは覚者方によって教えられ、来るべき時代に生じる様々な問題へのアプローチを学んでいます。大宣言の日の後に彼らは権力の座に選ばれ、純粋な利他主義、明らかな知性と正しい思考によって影響を与え、全く新しい状況が生まれるでしょう。これは人類自身によって行われるでしょう。
マイトレーヤは言われました。「私は大計画の設計者であり、あなた方は真理の寺院を喜んで建築する」。真理の寺院とは新しい文明です。その文明はとても素晴らしく、想像することさえできません。それが求めるのは、私たちが一つであり、人類は一つであり、地球の資源を分かち合うことは家族において自然なことであると受け入れることだけです。それが家族の行うことです。家族はすべてを分かち合います。人類は家族であり、そのようにすべきです。マイトレーヤはそのように教えるでしょう。

Q 至るところの人々は恐れています。私たちは本当にマイトレーヤや覚者方を受け入れるでしょうか。どう思われますか。

A 何百万もの人々が受け入れるでしょう。人類がこれほど準備ができていることはこれまでありませんでした。人類は将来について恐れています。イランや北朝鮮やイラクについてのあらゆる話が多くの人々に不安を与え、ぐったりさせ、その結果としてストレスを与えます。皆がストレスの中に生きており、もうたくさんだと感じており、そこからどうやって抜け出せるかが分かりません。これ以上悪いニュースに耐えられないので、テレビや新聞を見ません。人々はその月に起こったことはすべて悪いことだとでもいうように悪いニュースを見ます。テレビでは悪いニュースしか流さず、新聞は悪いニュースだけを流しそうした方が売れるために、人々は悪いニュースしか目にしません。センセーショナルなものが売れるため、世界中のニュースはそのようなものを流します。
しかし、同時に覚者方は世界を見て、すべての方向、運動、反対の方向の流れをご覧になります。マイトレーヤと覚者方のエネルギーが世界に注がれ、諸階層を満たすのを見ます。そしてとりわけ偉大なるアバタ―、途方もない宇宙存在で、マイトレーヤがパレスチナでイエスをオーバーシャドウしたようにマイトレーヤをオーバーシャドウされる存在のエネルギーを見ます。
マイトレーヤが私をオーバーシャドウするとき、彼は平衡の霊によってオーバーシャドウされており、その存在は作用と反作用の法則と共に働いています。彼の仕事の影響は、現在の世界の暴力、憎しみ、不協和と不調和をその反対のものに変えるでしょう。それによって私たちは均衡の取れた調和した精神的肉体的平静の時代に入るでしょう。それは現在の暴力と憎しみと不協和と同じ割合で生じるでしょう。誰もこのことが起こっているのを知りません。彼らは不協和と不調和のみを見て恐れています。恐れる必要はないのです。すべては正しい方向に変わるでしょう。
今から車輪は戻り、また戻りつつあり、現在の汚泥が取り除かれるまで続き、人類は初めて目が覚めて、自分が世界を支配し、世界は自分に属していると考えている愚かな政府の長たちのグラマーとイリュージョンを見るでしょう。それが過去であり、それが双魚宮です。未来は今日の若者たちにかかっており、若者たちは慎重に優しく扱われなければならず、自らの地位を占め、年上の人々に、いかに生きるかと世界の必要を示すようにすべきです。

 

2018年11月号

 

-覚者より
先駆者たち
ベンジャミン・クレーム筆記

視点
国連気候パネル:
壊滅的な気候変動を避けるために、
2030年までに炭素排出量を速やかに削減しなければならない

エルダースは1.5度の地球温暖化目標の達成のために、 緊急の行動を要求する

ジェレミー・レント氏との会話
意味とつながりの探究
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

S.O.P. (Save Our Planet)-われわれの惑星を数え!
我らの地球を救え:希望が持てる理由

世界情勢
ポスト成長会議:
科学者、政治家、政策担当者たちが新しい経済手法を呼びかける
ノーベル平和賞に、武器としての性暴力に反対する二人の勇敢な活動家が選ばれる
ジュリア・コンリー

民衆の声
ベルリンは抗議する:ファシズムに対抗する連帯
森林のための闘い一古代の森林を守る

時代の徴
世界中の徴
ハイカー3人と「イエス」との奇跡のような遭遇

グループ一アクエリアス時代の前方への道
ミニ・ハイアラキーとして働く(第3部)
秘教グループの中で正しく働くためには
石川道子 編集

法の支配
制度の正統性が崩れる
チャールズ・アイゼンシュタインによるシェア・インターナショナル誌への寄稿

編集長への手紙
光栄な出会い 他

読者質問欄
回答ベンジャミン・クレーム

 

先駆者たち

シェアインターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は、毎月記事を提供してくださった。それは、書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思われるときにはいつでも掲載して良いようにである。実際これらの記事の多くは、それらが最初に掲載された時よりも今の方がより関連性があるように思われる。この記事は、最初2012年7/8月号に掲載されたものであるが、われわれの時代の大きな課題、つまり新しい基準と優先事項を確立するためにあらゆる分野で働く人々の努力で相殺しなければならない商業至上主義の影響、陰険で破壊的な力(フォース)について取り扱っている。ある者たちは絶えず知恵の大師方と接触を保っているが、一方他の大多数は、正義と正気に対する彼ら自身の意識から世界の必要にただ対処しているのである。

先駆者たち
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

今日、人類の中に、新しい文明を築く上での原則について、その輸郭を提供している男女がおり、その数は増大している。彼らはすべての国に見いだされ、新しいアクエリアス(宝版宮)の時代の特質を反映する教えを普及させている。彼らは人間生活のすべての分野に見いだされ、彼らの愛他的精神と人間の必要への鋭敏な反応によって認知される。彼らは先駆者であり、人類を、新しい時代を特徴づける体験に準備するために、先に送られたのである。彼らのうちの少数の者は、苦闘する世界を助けるための自分たちの使命とハイアラキーとのつながりを認識しているが、しかし、大多数の者は彼らの心(ハート)の激励と助けたいという願望からのみ働く。
彼らのアイディアは世界中にこだまし、準備の整った大きな一団が、人類の変化への要求とその変化が必然的にもたらす社会に対する含意を、声高に伝えながら働いていることが、間もなく多くの人々に明らかになるだろう。これらの変化は今日の人類の問題の中核、つまり“世界の安全を脅かす人間と国々の分離”に入り込む。これらの変化なしに、人間は破局の刃の上に立つ。人間生活のすべての様相に、拘束されることなく突き進む商業至上主義が人類種族を危うくする。
生存のための奮闘の中で、人間はますます不必要な存在として見られ、‘ドル(金)の追跡’の巨大なゲームの単なるコマ(将棋の歩のようなもの)にすぎない。どんな犠牲の上にでも勝ち取ろうとする強欲な競争のなかに、人間の信頼や社会の結合はどこにも見られない。人類はこの闘争の重圧にもう長く耐えることはできない。その中で、人々は、愛か、狂気の貪欲か、どちらかの立場を決める。
舞台の背後で、マイトレーヤと彼のグループはこの葛藤の炎を煽り、徐々に、ますます多くの人々が自分の取る道を見始めている。彼らはますます意志を固めて、変化への必要を大きく声に出し、その道を先導するビジョンを持つ男女の指針に従う。
かくして、マイトレーヤはすべての者の利益のために働き、人間が提供することのできる最善のものを助長し、人間が達成することのできる最高を示してくださる。ハイアラキーは人類の将来のためのこの重大な苦闘を、その結果に、すなわち貪欲と絶望感の両方の克服と人間の精神の勝利に碓信をもって、慈悲深く見守る。

 

ジェレミー・レント氏との会話

意味とつながりの探求
フェリシティ・エリオットによるインタビュー

ジェレミー・レント氏は、現在の持続可能性の危機へと文明を追い込んだ思考パターンについて研究する著作物の筆者である。また、人類が持続的に繁栄することを可能にする世界観を追求する非営利の「リオロジー研究所」の創設者である。著書として『パターン化する本能(The Patterning Instinct)』と『人間の魂のレクイエム(Requiem of the Human Soul)』がある。フェリシティ・エリオットが今年9月に彼と会話した。

シェア・インターナショナル(以下SI):本誌の読者は、5月号に掲載されたあなたの記事により、あなたのことをかなり知っているでしょう。そのタイトルは「文化的転換──実り豊かな未来へと人類の道を再び方向づける/より深いつながりの感覚に基づく新たな世界観を構築すべき時」です。人類は変わらなければならない、方向を変えなければならない、と示唆しているようです。支配的なメタファー(象徴)と、私たちが自分たちを定義する方法をおそらく変える必要があるだろう、と。
ジェレミー・レント:あなたが今おっしゃったことに少しだけ変更を加えたいと思います。私の見方は、人類が変わらなければならないということではなく、人間としての私たちの中核にある価値観をより忠実に反映するように、現在の文明の根底にある価値観が変わる必要があるということです。76億人いる私たちすべてを集団として見れば、私たちを本当に人間的にしてくれるものだが、この文明の様々な傾向によって私たちから切り離されてしまった本質的価値観と再びつながる必要があると思います。

SI:それは少しの変更以上のものですね。それはとても大切なことで、あなたのご意見はよく分かります。あなたが表現されているような、私たちの本質的価値観を再定義する必要についてもっと話していただけますか。
レント:私たちの文明は最も深いレベルで、「分離」対「つながり」というたくさんの層に基づいています。根底にあるこの「分離」対「つながり」という概念を見る必要があります。最初にどのように進化したかを見てみるなら、私たちを人間にする最初の出発点として考えることのできる確かな分離があります。分離した自己であることについての認識や、文化や言語を発達させ、道具を作り、自然界を支配し始める能力につながるような概念的意識の発達などです。

SI:ジェレミーさんはさらに、農業の発展に伴い拡大したような他の主要な分離の瞬間を描写しました。それはお互いや自然界からの分離を人々に経験させる原因となったものでした。しかし、主要な変化──つまり二元論的思考の隆盛──は古代ギリシャにおいて生じたと述べておりました。
レント:それは特異な一歩であり、その当時までのあらゆる他の思考と異なっていました。現実を分裂した宇宙として捉える二元論的な考え方でした。別の次元にある完璧で永続的な宇宙と、その一方で、汚れていて生き物が死滅する世俗的な領域があるという概念です。それは常に変転しており、そのために信頼することができません。プラトンはそうした概念を結晶化させましたが、彼だけがそうしたわけではありません。こうした初期の思想家とともに、人間もまた分裂しており、魂と肉体は分離しているという概念が生まれました。この永遠の魂が私たちを神と結びつけて私たちを完璧にする、それは不滅の存在であり究極の善である、といった概念です。それに対して、肉体は悪いものであり汚れています。死ぬとき、魂は肉体という墓から解放されます。そのようにして魂は再び永遠へと戻ることができます。このことが意味するのは、私たちが行う必要のあることは肉体を離れて魂を完成させることだという概念です。

SI:したがってそれは、分離があらゆる生活の様相に対して分極効果を及ぼしているという問題なのですね。
レント:はい。それに加えて、人間はこの分離を抱えているという概念と、私たちを神聖にするのは魂だということをいったん受け入れるなら、このような理性的な魂を持たない自然界の残りのものを見るとき、論理的にはそれ(自然界)を神聖ではないと考え始めなければなりません。これこそが、キリスト教の二元論的な宇宙論体系へとつながったのです。それは世界を神の聖なるドラマの一種の機械的な舞台と見なしました。肉体はまたもや分裂しており、魂は永遠の救済を求めようとします。一方、肉体はあらゆる種類の誘惑をもたらすものでした。したがって、それは別のレベルの分離と二元論でした。それは科学の革命へとつながりましたが、それもまた別のレベルの分離でした。そうした二元論的な思考からデカルトが生まれ、デカルトの考え方が生まれたのです。それは分離を全く新しいレベルへともたらすものでした。

SI:それはもちろん、必ずしも否定的なものではありませんでしたね。
レント:そのとおりです。科学の革命から生じたものが悪いと言おうとしているのではありません。あらゆる種類の驚くべき恩恵が、巨大な進歩がなされた数世紀の間にこうした概念から生じました。例えば、私たちはいま驚くべき知識を手にし、科学的な探求を行っています──それは途方もないことであり、それに対して大いに感謝してもよいでしょう。

SI:おそらく科学は幾つかの点で行き過ぎてしまった、もしくは、私たちの生活の特定の要素と様相を強調し過ぎてしまったと言えるのではないでしょうか。
レント:そうですね。科学は人間の力の感覚、自然界の見方のいっそうの不均衡にもつながりました。私たちは現在、自然界は機械にすぎないという見方をしています。

SI:さらに、私たちは自然界を支配し、征服しているという見方ですね。
レント:まさしくそのとおりです。私たちは征服します。基本的に、自然界は私たちが調査し、その中の細部に至るまで理解し、それから征服するための機械となっています。

SI:こうした概念を他者や他国、他の文化に広げていくのは容易だったのですね。
レント:はい。それは世界の残りの部分を「征服する」ことへとつながりました。そのため、ヨーロッパ文明は、自分たちが動物とはかなり異なっているのと同じくらい、他の文化とかなり異なっていると思い込みました。そして、他の文化は「原始的」だと見なされました。

SI:そして劣っていると見なされたのですね。
レント:他の文化は啓蒙される必要があり、この自分たちのレベルまで引き上げられる必要があると見なされました。したがって、経済的な観点からは信じ難い不均衡のある世界へと今やつながっている不均衡が見られるわけです。世界の最も裕福な6人が世界の全人口の貧しい方の半分と同じくらいの富を所有しています。
さらに、もちろん、私たちが環境の中につくり上げてしまった不均衡も指摘すべきです。気候崩壊による災厄が迫っているだけでなく、森林破壊から始まって海洋生物の絶滅、急速なペースで進む飲料水の枯渇、表土の喪失に至るまで、非常に多くの持続不可能な状況があることを私たちは今や知っています。それは目に見える実質的にほとんどすべての場所にあります。「オーバーシュート(行き過ぎ)」と言われるほど、地球の資源を破壊しています。文明の崩壊となるかもしれないものへと、あるいは裕福なエリート層の分裂と、残りの人類にとっての本質的な崩壊へとつながるかもしれないものに向かって突き進んでいます。

SI:実際に、その分裂、二元性の結果を目にしています。それは、あなたが描写されたように歴史を通じて維持され変化してきたものです。そして今は、両極端に面と向かい合う時点にいます──惑星の資源の極端な乱用、富とひどい貧困という途方もない両極端です。何かが変わる必要があるのは明らかです。
レント:私たちのほとんどは、文明の崩壊というアイディアを目も当てられない状態だと見なすでしょう。この文明に批判的な者たちでさえそうでしょう。崩壊に由来する大量死と人類史上最大の災厄を実際には誰も目にしたくありません。私たちのほとんどは、裕福なエリート層を別にすれば、このような分岐については根本的に道義に反するものだと感じるでしょう。人類の大半はこの崩壊をただ耐えるしかない一方で、少数の大金持ちは自分たちが期待するテクノユートピア(科学技術による理想郷)へと引きこもるでしょうから。

SI:事態がそのような成り行きをたどる必要はありません。たぶん、それによって人類は団結するのではないでしょうか。
レント:もし中核にある基本的な人間的価値観から始め、他の人々と相互につながり合っていることを認識し、私たちが実際に自然界の一部であることを認識するならば、私の考えでは、ある枠組みを発達させることができます。それは私がますます考えるようになってきているもの、私が「エコロジカル文明」と呼ぶものの枠組みです。言い換えれば、自然界とのつながりの感覚の上に築かれる違った種類の文明です。その文明においては、人間は自然の生態系の中で独特であるけれども持続可能な役割を担っていることが認識されます。そのようにして私たちや周りにいる人々は、自分の潜在能力を最大限に発揮することができ、しかもガイアの生態系全体が栄えることができるような社会を創造するために働くことになります。それは私たちが行く必要のあるところです。

SI:私たちが完全に相互につながり合ったシステムの一部分であることや、惑星そのものを含めて地球上のすべての生命形態は相互に依存し合っており生きていることを、大勢の人々が当然だと受け止めています。認識の変化の引き金を引いているものは何でしょうか。自然界を搾取し誤用してきた悲劇的な状況にただ目覚めたということなのでしょうか。
レント:この新しい目覚めをつながり合いの感覚へと導く、三つの関連し合った根本要素を見てみるならば有益かもしれません。そうした要素の一つは、世界システムが機能していないという単純な事実です。それは破綻しつつあります。新しい世代の人々はこのことを理解しています。共に育った自然の美が失われ、打ちのめされたように感じる人々がいます。その美が壊されているのを目にします。それから、この不平等な世界経済システムがとても大きな人間の苦しみを引き起こしている有り様を目にします。そうした苦しみは、不正義に抗議するように新しい世代の人々を駆り立てています。これは人種差別主義者の台頭、部族主義的な思考型という形でのいっそうの分離へと、別の極端へとつながる可能性があります。人々は現在進行中のことに非常に不満を抱いており、どちら側にも行く可能性があります。分離主義を徹底しようとする者もいれば、新しいシステムが必要だということを受け入れる者もいます。現在のシステムへの不満が一つの主要な原動力です。
私たちがたぶんあまり認識していない別の要素もあります。この世代は、いにしえの時代から発達してきたあらゆる世界的な知恵の伝統を、より深い方法で実際に利用することができる最初の世代です。(およそ100年前に遡ることですが)西洋の少数の先駆者が発見した土着の知恵や仏教の伝統、道教やベーダの伝統です。彼らは教えを一種の「東洋主義」へと美化し、それをあまり現実的でないものへと変えてしまったかもしれません。しかし、現在の世代は、こうした非常に多くのアイディアが相互につながり合うようになった世代です。それは代替的な思考方法を探し始めるすべての人が入手できるものです。何千何万年も前からの全人類の知恵を入手できるようになったことは、人類の意識を引き上げることにおける途方もなく大きな変化です。
三番目の原動力は現代科学のシステム思考の隆盛です。科学的な観点から言えば、科学の偉大な進歩の多くは還元主義を通して生じました。還元主義は基本的にこう主張します。最小の不可視の部分へと還元することによって自然界を最もよく理解し、そうした部分がどのように機能するかを確かめ、それから自然界を再構築することができる、と。それは目を見張るような成功であり、多くの異なった方法で物事を理解するための偉大な象徴となっています。それはまた、それ自体の成功の犠牲者となっています。人々はそれを存在論的な信念体系と受け止めているからです。全宇宙を、無作為にお互いにぶつかり合う別個の部分のまとまりにほかならないと見なします。物事をこのように見ることによって、別の科学的な理解の要素、つまり、つながりの科学を見落とします。現代においては、これはときどき「科学」対「信念」として定義されます。

SI:そうですね、それは「宗教の価値観」対「科学的な世界観」というように、二つの根本的に相反する立場の間の衝突と見なされます。この議論に関してあなたはどのような見解をお持ちですか。
レント:私はとても異なった立場を取ります。私は科学そのものを、幾つかの世界の見方を取り入れ、世界についての知識を増やすために仮定や透明性、検査、理解という概念を取り入れる手続きの方法論と見なします。それは人類の偉大な発展と達成の一つです。しかし、科学はシステム科学を通して表現され得るものです。それは、私たちが複雑思考、システム生物学、ネットワーク科学、カオス理論のように物事を見る場合です──すべてのこのような異なった理解の仕方が、物事がいかにつながり合っているかを検証しています。いかに物事がつながり合っているかを見るとき、還元主義的な方法とは非常に異なった世界との関わり方を思いつきます。物事がつながり合っている様は決して完全には予測できないことが分かります。そしてこのシナリオにおいては、私たち人間が物事を理解しようとするとき、私たちは事実、その中での担い手であります。ですから、物事を理解しようとする方法そのものと私たちが行うことが、この全世界的なシステムの一部となるのです。

SI:それについてはあまり知りませんが、観察される現実のものに対して科学者や観察者が影響を及ぼすという量子力学的な考えのことをあなたは言っておられるのだと思います。
レント:はい、そうです。私たちは演技者であり担い手であり、システムの一部です。そして物事を完全には予測することができませんから、それは謙虚さへとつながります。私たちの行動が予測することさえもできないほど深く浸透するということを受け入れるからです。それは世界にある人間についての非常に異なった見方や、この相互につながり合ったウェブ(網)の一部であることを経験する非常に異なった方法へとつながります。こうした異なった要素──現在のシステムの破綻への不満、何千何万年も続く人間の伝統から入手できる知恵についての知識、現代のシステム思考の発見──を一緒にするとき、それらは重なり合うことが分かります。私の考えでは、すべてのうちで最もわくわくすることの一つは、現代の科学的な理解を知恵の伝統の偉大なる発見と統合させるという可能性であり、そのようにして本当に持続可能な、つながりに基づいた世界観をつくり出すことです。

私はここで、2050年に設定された想像力豊かな短編映画をいかに楽しんだかについて触れた。これはジェレミー氏が「大いなる変容、つまり私たちは、いかにして(かろうじて)気候災害を回避したのか」※ と呼ばれる彼のウェブサイトのためにつくったものである。それはユーモアを交えつつも深遠な内容を伝えようとしており、現在の危機の原因となっている様々な要因を浮き彫りにしている。私たちはこの映画について簡単に話し、私は彼が映画の中で提示しているネットワークシステムについて聞いた──それはまたしても、つながり合いと密接に関連し、未来との関係性を持っている。彼はそれについてさらに詳しく述べ、相互依存と「相互存在」について話した。この「相互存在」という言葉はティク・ナット・ハン(ベトナム人の仏教徒、教師、作家、詩人、平和活動家)による造語である。

レント:それは私が「意味のウェブ」と呼ぶものを提供します──つまり、物事は私たちの理解という観点から、あるいは人類が変化を起こすために一緒に活動することができる方法という観点からお互いにつながり合っているだけでなく、意味そのものが私たちのつながりの一つの機能として生じるということです。私にとってこれは全く根本的なものです。私が『パターン化する本能』という本のために調査したときに得た洞察の一つは、私たちが自らの存在から創造する「意味」は、文化を動かし歴史を形づくる価値体系につながるものだということです。

ジェレミー氏は、人々や物体や場所に意味を付与しているつながりについての理解に関してさらに詳しく述べた。つながりがもっと多くなれば、意味ももっと多くなるという。

レント:もし全世界的な相互のつながりの感覚から意味をくみ取るとすれば、私たちが行おうとすることはその感覚に基づくことになるでしょう。私たち自身と宇宙との最も深いつながりの源としての霊的な意味を見ることもできます。誰かが人生は無意味だと感じるとき、それはしばしば、他者や環境とのつながりの感覚を全く持たないことにさかのぼることができます。つながりは、私たちが人生から意味を取り出すことのできる源であります。それはまた、私たちが下す決定や人生において抱く価値観を後押しする場合があります。例えば、私たちが行う選択、毎日すること、属する集団や組織、世界において起こそうとする変化などです。

※ www.youtube.com/watch?v=H0VsHViz
M6Y&feature=youtu.b

このインタビューの第2部は、本誌12月号に掲載される予定である。