協力の術(すべ)


──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人間は、今日彼らが直面する問題の重大さをますます理解しはじめている。政治、経済、社会のすべての前線において、これらの問題はどんどん増大し、大きな頭痛の種になり、彼らに悲しく頭を振らせる。これらに加えて、自然とその資源に対する人間の軽率な態度が生じさせた環境の問題があり、人類の未来はますます暗澹(あんたん)としている。人類の生命が危機にさらされており、手遅れにならないうちに何か抜本的なことをしなければならないという認識が目覚めつつある。
 事実、人間は災難から自分自身を救うために一体何ができるのか。人間の福利に対する脅威を緩和するためだけにでも、どんなステップを取ることができるのか。
 答えは比較的単純である。しかし人間は、彼ら自身の条件づけられた網の中に捕らえられているので、それを本当に把握することは困難なようである。
 人は競争という毒物から自分たち自身を解き放たなければならない。それがグラマーであることに気づかなければならない。実際そうなのであるから。そしてすべての人間の一体性を悟り、「全体的な善」のために協力を喜んで抱きしめなければならない。協力と正義(公正さ)のみが人間を、彼ら自身がつくり出す大惨事から救うだろう。協力と正義のみが彼らの未来を保証するだろう。これがそうであることを考慮するならば、人間は、救済への鍵として協力を受け入れる以外に選択肢を持たない。
 人々は競争ではなく協力するときに、魔法の一服が彼らの生活の中に入ってくることを発見するだろう。長いあいだ続いていた問題がいとも容易に解決されるのに驚嘆するだろう。不可能だったことがもっとも軽いタッチに道を譲るだろう。そして協力を通してのみ、人間は生きることの本当の術を学ぶだろう。そのようになるだろう。かくして人間は、協力のみが授けることのできる(人間)関係の素晴らしさに感謝することを学ぶだろう。協力を通して、新しい文明が築かれるだろう。新しい科学が明らかにされ、新しい理解が顕れるだろう。かくして、人間は自分たちの神性を発見していくなかで共に成長するだろう。かくして、彼らはそのような一体性の歓びと幸せを知るだろう。
 あなた方の兄たちである覚者たちは協力をよく知っている。わたしたちが行うことすべてにおいて、協力は中心的な役割を果たす。「同胞愛」が示顕されている関係の中では、競争という潰瘍は未知のものである。それ以外ではあり得ない。
 人間が協力の術を学ぶことがわたしたちの真剣な願いである。この目標を目指して、わたしたちはメントール(良き助言者)として働き、模範を通して教えよう。協力は非常に解放的なものなのに、人間がその歓びを学ぶのにかくも遅れたのは本当に驚くべきことではないか。
 競争の時代は急速に終わりに近づきつつある。その消滅に伴って、暴力や戦争、豊かさの直中の飢餓、貪欲や分離が同様に記憶から消え失せていくだろう。これらの悲哀に取って代わるために、喜ばしい協力が出現するだろう。そして人間に彼らの本質的な神性を保証する。そのようになるだろう。かくして人間は、神の様相のもう一つの面を理解するに至るだろう。
(シェア・インターナショナル誌2000年9月号)

今月号の内容概説

 ベンジャミン・クレームの師は、「協力の術(すべ)」という記事でこう問いかけている。「人間は災難から自分自身を救うために一体何ができるのか」。この覚者やマイトレーヤ、ベンジャミン・クレーム、そしてジョン・フィッツジェラルド・ケネディやジェフリー・サックスなど多くの人々が、分離感覚から生じる競争の毒性から人類がいかに解放されるかについて、これまでも助言を提供してきたし、今も提供し続けている。アクエリアス(宝瓶宮)の志向を持つ人々は和合を切望する一方、世界全般は正反対の考えを内面化し、植え付けてきた──つまり、私たちは分離しているだけでなく、私たちの民族、私たちの国民、私たちの宗教、私たちの肌の色だけが重要だという考えである。この「論理」は正気とは思えない。それは、自分たちの民族以外の者はすべて絶滅させなければならないということを意味するからである。私たちは「他者」を抹殺しようとする試みの目撃者である。「絶滅」という言葉には恐ろしい含みと意味合いがある。「論理的には」パレスチナ人の殺戮と全滅で止まるはずはない。次の標的はどこか。米国と世界の人々は、ジェノサイドが続くことを許すのか。ヨーロッパは、政治家と武器製造者が民族浄化から利益を蓄え続けるのを黙認するのか。

 シェア・インターナショナル誌の今月号は、歴史上のこの瞬間の重苦しい性格を反映している。ジョン・フィッツジェラルド・ケネディの霊魂(ゴースト)を呼び起こし、危機の時代に示された偉大なリーダーシップと、平和への道における信頼と善意の重要性について語った賢明な言葉を思い起こしたい。また、政治家たちを操り人形のように操る軍産複合体について考察する。真実をめぐる戦いと、イスラエルによるポグロム(虐殺)の残忍な事実を報道するために命をかけたジャーナリストたちの並外れた勇気を思い起こしたい。このポグロムとは、子供や高齢者、障害者──まさにすべてのパレスチナ人、そして私たち人類──の殺害と飢餓である。

 9月号では、こうした時代の恐怖以上のものが提示されているが、応えることのできるすべての人々の心(ハートとマインド)への悲痛な呼びかけとしてこれを提示したい。私たちは次のことを信じているからである。「協力と正義(公正さ)のみが人間を、彼ら自身がつくり出す大惨事から救うだろう。協力と正義のみが彼らの未来を保証するだろう」。公正で正気な世界を切望する人々と共に、「救済への鍵として協力を受け入れる」ことを要望し懇願する数百万人の声に私たちの小さな声を加えたい。 

活用したいと思う方々のために、マイトレーヤの手の写真を同封した。

読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

「スティーブ・シモンズ・ショー」、KPBC、テキサス州ダラス、1990年8月28日

Q:聖母像のようなたくさんのイメージがあります。それらは本物ですか。
A:イエスの母、マリアであった覚者が創造したとされる思考形態は2種類あります。もし、一人だけにしか見られておらず、その人が破壊や破局などの報告をしている場合、それは覚者による本物の創造物ではなく、その個人、おそらくは非常にヒステリックな若者の情緒体から、宗教的な熱狂から生まれた、情緒的つまりアストラル的な創造物と言えるでしょう。
 メジュゴリエのイメージのような、大勢の人によって見られ、数人が真正と認めるような本物は、その覚者の創造物です。そうしたものは、神と人類との間には常に継続的なつながりがあることを人類に示すために創造されます。神は御自身の創造物を決して見失うことなく、その創造物を御自身の直接的で純粋な反映へと導こうとされます。ですから、これは希望を与えるものです。人々をカトリック教やキリスト教に改宗させるためではありません。ある種の希望の象徴を与えるためであり、それについて知る者にとっては、キリストが今、この世に戻って来られたという徴の一つです。

Q:聖書を信じるクリスチャンとして、イエスが「雲に乗って」戻って来るという説をどう受け止めますか。
A:それは象徴的な表現だと思います。現代では、誰もが雲に乗ってどこへでも移動しています。アメリカに行くたびに、私は雲に乗って行きます。私にとってそれはもはや何の意味もありません。雲に乗るには飛行機に乗ればいいからです。まさにそのようにして、彼[マイトレーヤ]はロンドンにやって来ました。彼は1977年7月8日に山岳拠点から降りて来て、パキスタンの平野で数日間を過ごして順応し、その後、7月19日に飛行機でカラチからロンドンにお入りになりました。そのようにして、もし成就する必要があるとしたら、その予言は成就しました。
 また、私は実際に、人々が撮影した写真を見たことがあります。主に飛行機から撮影されたもので、通り過ぎる際に、美しい日没やおもしろい雲の形を撮影したものです。それ以上は何も見ていません。こうした写真がそれぞれ現像されると、長い白いローブをまとったキリストが両手を広げて立ち、言ってみれば「雲に乗って」やって来ようとしている姿がはっきりと写り込んでいます。世界中のさまざまな場所でさまざまな人が撮影したこうした写真を10枚持っています。

Q:やがて究極的には、この世界のあらゆる絶望やあらゆる問題が消え去り、何らかの形でついに平和が訪れると信じていますか。
A:私はそのことを強く信じています。もしキリストがこの世にいることを知らなければ、私は大半の人々と同じように悲観的になっていたと思います。しかし、私自身の直接の経験から、そしてロンドンや世界中で彼を知っている人々、または彼が現れた人々の経験から得た知識によって、未来への確かな希望が湧いてきます。

Q:私たちには十戒があり、私たちはそれに従っています。もう一つ申し上げたいのは、聖書には偽預言者が現れるだろうと書かれているということです。偽預言者が私たちに伝えようとしていることは要するに、聖書を単なる一冊の本と呼ぶということです。それは神を嘘つきと呼ぶようなものです。偽預言者の言う主マイトレーヤが虹(希望)をもたらしたかどうか尋ねたいものです。
A:十戒は、怒りや復讐の神であるヤハウェの性質を表現したユダヤ教の教えです。すべてが否定的な「してはならない、してはならない」というものでした。キリストはイエスを通じて、一つの単純な真理を教えました。その真理を守れば、他のすべてが自然と守られることになります。それは、「互いに愛し合いなさい」というものです。それは、彼が今日語っていることです。

Q:もし人々がそうした十戒を守れば、この古い世界は今よりずっと良くなるでしょう。疑いありません。マイトレーヤがキリストであることは、経験に基づいているのでしょうか。
A:私たちは、キリストとは何かを理解する必要があると思います。キリストは、実際には人の名前ではありません。キリストという言葉は、ギリシャ語の「クリストス」から来ています。「クリストス」は、ユダヤ語の「メシヤ」の翻訳で、「油を注がれた者」を意味します。キリスト教徒は、キリストを神の唯一の子とみなしています。彼が神の「息子」の側面、つまり子なる神、またはキリストの様相、神の愛の様相を体現しているという意味では、私はその解釈を受け入れます。しかし、それは神の心(ハート)から流れ出るエネルギーであり、すべての覚者方の師である、主マイトレーヤという偉大な存在によって体現されています。彼は非常に進化し、純粋な存在であるため、その神聖で宇宙的な様相を実際に体現することができます。したがって、彼は神の唯一の子でありながら、キリスト原理を体現しています。この原理が私たちの中で目覚め、活発になると、キリストの本質へと至ることができます。それは進化のエネルギーです。

Q:キリストはマイトレーヤを使っている、とあなたが言っているように聞こえますが、それは経験や異なった状況だけに基づいているのでしょうか。
聖書の「テサロニケの信徒への手紙二」第2章9節から引用します。「不法の者は、サタンの働きによって現れ、あらゆる偽りの奇跡としるしと不思議な業とを行う」とあります。もしあなたが、キリストはマイトレーヤを使っていると言いたいのであれば、経験だけに基づいているのでしょうか。
A:他の何が、経験以外のものに基づいているでしょうか。何かについての経験がなければ、それについて何を信じていようと全く意味がありません。それは真実にはなりません。何かを真実にできるのは、それがあなたの経験の一部である場合だけです。そして、どんな教師も、どんなに質が高く、歴史上いかなる質や地位を持つ教師も、自分の経験の一部ではないことを信じるよう生徒に強制することは決してありません。

2025年8月号目次

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
人権

奇妙な組み合わせ-
クリシュナムルティと不朽の知恵の教え
ダグ・グリフィン

集中力の欠如の原因は何だろうか
パトリシア・ピッチョン

音楽の女神ミューズのキス
アンドレア・ビストリッヒ

2025年ゴールドマン環境賞:
地球を守る7人の活動家が表彰される

量子物理学: 波動と粒子 (第一部)
ドミニク・アブデルヌール

戦争による即座の報い

ニュージーランドにおける市民集会

編集長への手紙
助けになるアドバイス 他

読者質問欄

人権

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人権の問題が現代の人間の問題の中心にある。過去には、社会構造が個人の生活を支配し、階級制による人間関係が確立しており、すべての者が自分の位置を自覚していた──妻は夫に従い、男は領主に仕え、領主は王の意志に従い、それを実行した。一方、聖職者は神と人との間の仲介として働いた。これらの関係は人工的であり、押し付けられたものであるが、世の中における彼らのアイデンティティー(独自性)と位置を見つけようと苦闘する社会の必要を満たした。

 これらは今日すべて変わった。少数の地域ではまだ支配階級が、しばしば市民紛争や戦争という代価を払って古い形態にしがみついているが、その他の地域では人々は自分たちの自決権を主張した。正しい統治のための責任を引き受け、種々の代表制制度によって自分たちの意志を表明することができる。人々は自分たちの生活に影響を及ぼす決議に対して、これまでにないほど、より一層の参加を要求する。 

 この新しい自由は一連の緊張を引き起こし、その解決が待たれる。至るところでより多くの自由を求める叫びが響きわたる──そしてまた、現在の構造を維持しようとするグループから秩序と法の支配を求める叫びが同等にきしめき返される。これらの対立したグループの目標を調和させるためには、まったく新しいアプローチ(取り組み方)が必要である。そのような調和を達成することは、遅々とした困難な仕事であることを受け入れなければならない。多くの矛盾し合う見解が調停されねばならないことは自明である。しかしながらこれらの問題の解決を待つかたわら、いくつかの基本的原則、ガイドラインを敷くことは賢明であろう──それなしでは、問題は手に負えないように見えるかもしれない。

 最初に考慮すべきは社会を支配する法則が公正であり、すべての者に適用すべきであるということである。そのような基本的な正義と公正なしには、人々に法律を守ることを期待できない。今日しばしば「金持ちのための法律と貧乏人のための法律」が存在する──これは社会紛争の処方箋である。さらに必要なことは、法律が、すべての者が知り得て理解できる言葉で表現されることである。まったく時代遅れで専門家しか知らない法律を犯したという罪によって、人が投獄され、裁かれることがしばしばある。

 最大の必要は、個人の利益と社会の利益とをより密接に同一視していくことである──それによってのみ、個人の自由と社会の安定を保持することができる。いかにすればこれを最大限に達成することができるか。
 国際連合の機関が人権の規約を公式化した。もしそれが実施されれば、現在の社会緊張を解消し、公正な安定した社会の基礎をつくるのに大いに役に立つ。世界のすべての国に住む、搾取され、公民権を剥奪された何百万の人間にとって、これまでのところ世界人権宣言は夢にすぎない。目標はできる限りのスピードでこれらの基本的権利をすべての国家に確立することである。

 分かち合いの原則を受け入れることによってこれは可能となる。人間はもはや、働くための権利、家族を養うための権利、自分の運命に対してある程度のコントロールを持つ権利、これらを得るために闘う必要はなくなる。分かち合いの受け入れは、一挙に分割を癒し、対立を終わらせ、現在の状態の病を癒し、人間を落ち込んだ泥沼から救い出すだろう。だから、分かち合いをあなたの努力の目標としなさい。世界は今、歴史上かつてないほどに、この公正な基本的な原則の確立を必要としていることを、人々に示しなさい。これを受け入れることを通してのみ、人間は己の神性を見つけ、それを実証することができるだろう。
(シェア・インターナショナル誌1984年7月号)

読者質問欄

「多様性の中の和合」は、2006年に開催されたアメリカとヨーロッパの伝導瞑想研修会におけるベンジャミン・クレームの基調講演のテーマであった。この講演の内容は、シェア・インターナショナル誌2007年1月号に掲載された。以下の質疑応答は同年3月号に掲載された。現代の読者にもなじみ深い話題が取り上げられている。 ベンジャミン・クレームの回答では、なぜ私たちが持続的な解決策を見つけるのに苦労しているのかが説明されている。

Q 一つの経済政治システムの下に一体化されるという意味ですか。 
A 米国のやり方で世界を一体化させることもできるでしょう。競争に基づいた市場フォースと提携して、米国型の経済システムに従うこともできるでしょう。それは少数の人々には有利ですが、大多数の人々には不利なものであるため、分裂や不安をつくり、やがては今日のようなテロや戦争を生みます。 米国型の帝国、パックス・アメリカーナという意味で世界を一つにしようと試みることができるとあなた方は考えるかもしれません。そうなれば、すべての人が米国型の民主主義の理念を持つことになるでしょう。そして、戦争へと突き進まないにしても、世界は貪欲に競争し続けるでしょう。しかし、これは幻想です。 決して実現することはないでしょう。
 そのようなわけで、今日、戦争やテロが起こっているのです。 米国の考え方は過去のものだからです。世界は米国の経済支配によって、 未来において本質的に持続不可能である統治形態や関係へと追いやられてきました。そうした支配が伴う競争は善意をもたらしません。なぜなら競争は過去にだけ関係し、未来に与えるものを何も持たないからです。
 善意こそ明らかに私たちが必要とするものですが、競争は善意をもたらしません。 競争は正反対のものです。 競争はあなたが想像するものを増殖させ、市場をめぐって争い、競争者たちと敵対しながら自分に有利に商談を進めようとします。そのようなやり方は対決につながり、やがては戦争に、ますます多くの戦争につながります。 それは過去のやり方です。
 それは本当に競争か協力かの選択です。協力は未来のやり方であり、人類に役立つ唯一のやり方です。

Q 各国政府が現在、とても無力なように 思えるのはなぜですか。
A 各国政府は過去の観点からのやり方しか知らず、それはもはや通用しません。そのようなわけで地球上には今日、実際に統治することができる政府がないのです。 政府は全力を尽くしますが、すべて失敗します。 なぜなら根本的に、政府は時代遅れの手段を使っているからです。 たった一つの方法 政府にとって考えつく最後のことが、 すべての政府が陥ってしまった現在の行き詰まりを打開するでしょう。 それは分かち合いのシステムを開始することです。
 各国政府がそれを行うや否や、信頼を創造することになり、他のすべての問題に協力的に取り組むことができるようになるでしょう。そうした問題は協力的に解決されなければなりません。 解決策を求めていない国に解決策を押し付けることはできません。 それは、分かち合いによって 生み出された信頼がそこにあり、その信頼によっ て変化が起こることが可能になるときに、 協力に よってのみ起こり得るでしょう。その後、信頼によって生まれた善意が、今日では解決することが不可能に思える問題の解決を可能にするでしょう。

2025年7月号目次

 

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
人権

編集部より
カルマ、清算、 法則- 不処罰の終わり

視点
私たち全員が殺される前にネタニヤフ氏を止めろ
ジェフリー・D・サックス/シビル・ファレス

ガザのジェノサイド、 西側の沈黙
グラハム・ピーブルズ

平和の女性戦士たち
ジュディス・ジョルダ

編集長への手紙
パレスチナの苦しみ : 政治家に行動を促すロビー活動に意味はあるのか?

イスラエル内閣の閣僚がガザでの攻撃を糾弾する

時代の徴

コロンビアが先住民の地方自治を正式に承認

ホセ・「ペペ」 ・ムヒカ氏を偲んで
影響力のある人生
エリッサ・グラーフ

死海文書の新たな年代測定ツール

勇気、行動、団結した声の必要性 – 選集
The imperative for courage, action, and a united voice – a compilation

人は死ぬと消える光を放つことが、 新たな研究で明らかに

編集長への手紙
祝福された励まし? 他

人権

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人権の問題が現代の人間の問題の中心にある。過去には、社会構造が個人の生活を支配し、階級制による人間関係が確立しており、すべての者が自分の位置を自覚していた──妻は夫に従い、男は領主に仕え、領主は王の意志に従い、それを実行した。一方、聖職者は神と人との間の仲介として働いた。これらの関係は人工的であり、押し付けられたものであるが、世の中における彼らのアイデンティティー(独自性)と位置を見つけようと苦闘する社会の必要を満たした。

 これらは今日すべて変わった。少数の地域ではまだ支配階級が、しばしば市民紛争や戦争という代価を払って古い形態にしがみついているが、その他の地域では人々は自分たちの自決権を主張した。正しい統治のための責任を引き受け、種々の代表制制度によって自分たちの意志を表明することができる。人々は自分たちの生活に影響を及ぼす決議に対して、これまでにないほど、より一層の参加を要求する。 

 この新しい自由は一連の緊張を引き起こし、その解決が待たれる。至るところでより多くの自由を求める叫びが響きわたる──そしてまた、現在の構造を維持しようとするグループから秩序と法の支配を求める叫びが同等にきしめき返される。これらの対立したグループの目標を調和させるためには、まったく新しいアプローチ(取り組み方)が必要である。そのような調和を達成することは、遅々とした困難な仕事であることを受け入れなければならない。多くの矛盾し合う見解が調停されねばならないことは自明である。しかしながらこれらの問題の解決を待つかたわら、いくつかの基本的原則、ガイドラインを敷くことは賢明であろう──それなしでは、問題は手に負えないように見えるかもしれない。

 最初に考慮すべきは社会を支配する法則が公正であり、すべての者に適用すべきであるということである。そのような基本的な正義と公正なしには、人々に法律を守ることを期待できない。今日しばしば「金持ちのための法律と貧乏人のための法律」が存在する──これは社会紛争の処方箋である。さらに必要なことは、法律が、すべての者が知り得て理解できる言葉で表現されることである。まったく時代遅れで専門家しか知らない法律を犯したという罪によって、人が投獄され、裁かれることがしばしばある。

 最大の必要は、個人の利益と社会の利益とをより密接に同一視していくことである──それによってのみ、個人の自由と社会の安定を保持することができる。いかにすればこれを最大限に達成することができるか。
 国際連合の機関が人権の規約を公式化した。もしそれが実施されれば、現在の社会緊張を解消し、公正な安定した社会の基礎をつくるのに大いに役に立つ。世界のすべての国に住む、搾取され、公民権を剥奪された何百万の人間にとって、これまでのところ世界人権宣言は夢にすぎない。目標はできる限りのスピードでこれらの基本的権利をすべての国家に確立することである。

 分かち合いの原則を受け入れることによってこれは可能となる。人間はもはや、働くための権利、家族を養うための権利、自分の運命に対してある程度のコントロールを持つ権利、これらを得るために闘う必要はなくなる。分かち合いの受け入れは、一挙に分割を癒し、対立を終わらせ、現在の状態の病を癒し、人間を落ち込んだ泥沼から救い出すだろう。だから、分かち合いをあなたの努力の目標としなさい。世界は今、歴史上かつてないほどに、この公正な基本的な原則の確立を必要としていることを、人々に示しなさい。これを受け入れることを通してのみ、人間は己の神性を見つけ、それを実証することができるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1984年7月号)

編集部より

カルマ、清算、法則――不処罰の終わり

 私たちは現在、古いものの崩壊によって開かれた不確かな空間に生きている。新しいものはまだ、完全には形を成していない。「仮死状態」――全世界的に罪の意識にさいなまれた宙ぶらりんの状態――にいるという集団的な感覚は、ガザ地区で行われた、血に飢えた野蛮な残虐行為に対する共通の恐怖心と嫌悪感によってさらに強まっている。そうした残虐行為は、特に西側の政治家たちによって公然と容認され、積極的に支持されているか、または無視されている。
 カルマ、原因と結果、振り子の揺れ、作用と反作用など、どのように呼ぶにせよ、用語が何であるにせよ、常に結果があり、等しい逆の作用があるというのが事実である。これは物理の法則、自然界の法則である。また、この惑星上のすべての生命と関係を支配している偉大な法則であり、あらゆるレベルで作用している。

 本誌の読者は、特に現在の恐ろしい状況下で、この普遍的な法則の役割をどう捉えるべきだろうか。考えてみれば、カルマとは実に驚くべきものである。それは私たちの生活において、常に決定づける要因となっている。カルマが消え去ってくれたらと願うことはよくあるが、カルマなしでやっていくことはできない。カルマはこの惑星におけるいのちであり、現実である。多くの人々は、カルマが私たちに教訓と祝福を与え、正しい人間関係を通じて成長する機会をもたらしていることを、苦い経験を通して学んだ。それは偉大な法則である。しかし、それでもなお、国家全体はその厳しい作用について無知である、と考えてもよいだろう。誰もその法則から逃れることはできない。非常に多くの国で、指導者や将軍、軍隊だけでなく、国民でさえ、神の法則も人間の法則も存在しないかのように生きるよう教え込まれてきた。さらに悪いのは、神を操ったり説得したりできるという、そして神は確実に自分たちの味方であり、すべての悪行を容認しているという、古くからの狂信的な宗教的信念である。こうして私たちは再び、野蛮と無法の時代へと逆戻りしてしまった。

 この時代の奇妙な特徴は、多くの風変わりで複雑な宗教的・準宗教的信仰が現代の政治を形作っていることである。多くのものがキリスト教以前の時代に戻っているように見える。当時は「目には目を」が、社会的な交流において粗野な基本原則であった。そのように、「原因と結果の法則」への理解は欠如していた。イエスの教えと新しい摂理は、それまで辛うじて社会秩序のうわべを維持していた古い戒律を吹き飛ばした。当時、人々は復讐の必要性から、しばしば地域戦争や抗争の瀬戸際に立たされていた―― 一つの暴力行為が、その悪行に対する報復として同じように残酷な反応を引き起こしたからである。

 気がかりなことに、これは今なお、ガザ地区でのジェノサイドにおける今日の残虐で卑劣な行為を動機づける衝動となっている。イエスはメシヤとして認められなかった。イエスの新しい律法の教えは、新しい摂理を受け入れようとしない人々の心にいまだ浸透していない。隣人を愛することや、全体の一部であるという感覚は、過去2,000年間、非常にゆっくりと私たちの意識に浸透してきた。世界教師マイトレーヤは次のように教え、その法則をさらに身近でより達成可能なものにしてくださった。「兄弟の窮乏をあなたの行動の尺度として、世界の問題を解決しなさい」(マイトレーヤからのメッセージ、第52信)
 マイトレーヤは、自然の法則に関する指針と洞察を提供するために一連の予報を出された。[『いのちの法則』にある]こうした予報は主に、原因と結果の法則に光を当てるために与えられた。この法則を理解し、その中で行動することで、現在の社会、政治、経済、環境の危機を解決できる、とマイトレーヤは述べておられる。何と啓発的で非凡な考えであろうか
──カルマの法則の中で生きること自体が、私たちの深刻な問題の解決策となる。
 明らかに、国際法や国際条約を見直す必要もある。戦争から生まれた偉大な成果──例えば、国連世界人権宣言──を再学習し、実行する必要がある。悲しいことに、そして狂気じみたことだが、指導者や法制度、条約、政府が、万人の最善の利益のために行動するのは当然だと考えられないような状況に陥っているからである。

 ジュワル・クール覚者は『ハイラーキーの出現(上)』(AABライブラリー)で次のように書いている。「次はカルマに関してである。人は自ら作ったものを元に戻すことができる。これは忘れられることが多い。カルマは厳格な不変の規則ではない。それは人の姿勢や願望に応じて変えることのできるものであり、変わる機会を提供するものである。カルマは過去の活動から生じるものであり、こうした活動に正しく向き合い、適切に対処すれば、将来の幸福と進歩の基礎を築くことになる」
 それは「厳格な不変の」ものではないかもしれないが、避けられないものである。常に清算が必要である。世界が進歩するためには、正義が実現されなければならない。いずれは、承認され、償いが行われなければならない。もし正義が実現されなければ、不処罰と共に無法状態が横行し、社会は想像を絶する絶望へと崩壊していく。加害者は必ず責任を問われる必要がある──憎しみや報復のためではなく、支払わなければならないカルマの負債を承認し、バランスを取り戻すためである。国際社会や国内の文化の基盤として正義や法、自由を復活させるために、これは不可欠である。

 不処罰を今すぐ終わらせる必要がある。正義が掲げられなければならない。ある国にとっては法の重みがあり、別の国には「免罪符」が与えられるような状況は許されない。すべての国に同じ法が適用されるか、完全な無法状態が支配するかのどちらかである。国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)、国連などはすべて、無視されることになるのか。誰かが正義の女神から公平さを奪い、ジェノサイドや大量殺人、人道に対する罪を犯した者たちを優遇するように仕向けたのか。私たちは自らの非人間化を容認しなければならないのか。子供たちの未来を救う方法はどこにあるのか。
 経済・金融の構造が富裕層と超富裕層に有利なように傾き、残りの人々が給料から給料まで辛うじて生き延びるしかない状況では、正義の実現は望めず、自由が栄える希望もほとんどない。世界資源の再分配に基づいた国際システムの受け入れと実施こそが、個人の自由や正義、万人の尊重を保証する唯一の解決策である。この均衡を是正するためには、法律によって説明責任と完全な賠償が規定されなければならない。原因と結果の偉大な法則を理解することが緊急に求められている。また、カルマがもたらす厳格な恩恵を認識し、謙虚に受け入れることも必要である。

 国際社会を神聖な法則と人間が定めた法律の両方に回帰させるためには、ベンジャミン・クレームの師が表現するように、「個人の利益と社会の利益とをより密接に同一視していくことである──それによってのみ、個人の自由と社会の安定を保持することができる」。私たちは、古い双魚宮の時代から生まれた「微粒化」を終わらせ、相互のつながりを大事にする必要がある。全体との一体化こそが、すべての部分を救うからである。
 ベンジャミン・クレームは次のようにコメントしている。「いのちの法則は少ないですが、非常に強力です。誰もそれにあまり注目しません。だから私たちは問題を抱えるのです。主要ないのちの法則とは原因と結果の法則です。それはこの惑星のすべてのいのちを支配します。それは『目には目を、歯には歯を』として表現されてきました。原因と結果の法則を非常に不適切に表現したものです。イエスは非常に簡単に表現しました。『人は、自分の蒔いた種を、また刈り取ることになる』と。それはあまりにも単純なので、人々はそれを忘れるか、またはよく理解しません。あなたが蒔くものが何であれ、それを収穫するのです。もしトウモロコシを蒔くならばトウモロコシを収穫します。もしオート麦を蒔けばオート麦を収穫します。悪いトウモロコシを蒔けばあまり良い収穫はありません。……私たちは皆、種を蒔く人々です」

 「私たちのすべての思考が、すべての行動が種を蒔いています。それらが原因をつくります。原因から生じる結果が私たちの人生をつくります。私たちはいつもそうしています。私たち自身の人生をつくると同時に、人類の人生をつくっています。私たちすべてが、世界に起きることに、人類種族を通して起きることに責任があります。なぜなら私たちはすべて人類種族の部分であるからです。私たちはすべて想念をつくります。それらの想念は現実です。私たちが破壊的な思考を持つたびに、私たちのシステムのわずかな部分を破壊しています。惑星の健康は私たちの思考の健全さに依存しています」

2025年6月号目次

編集部より

フランシスコ教皇と白いハト

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
光あらしめん腐敗行為の終止

視点
トランプ氏の計略を標的とした全米のメーデー抗議
ブレット・ウィルキンス  2025年5月1日

ガザよ、私を許してください・・・・・・
ジャマル・カンジ

NASA 宇宙計画の裏側
ダグ・グリフィン

フランシスコ教皇と太陽
おそらく世界で最も偉大な環境擁護者が亡くなった
ビル・マッキベン  2025年4月21日

適切なリーダーシップの重要性:バンディ・リー博士の研究
エリッサ・グラーフ

ダークマターとダークエネルギー
ドミニク・アブデルヌール

時代の徴
イエスの聖なるチュニック 他

S.O.P.-われわれの惑星を救え!
気候変動対策のための 「物言わぬ多数派」の活性化 他

ジョージ・モンビオット、 ピーター・ハッチソン共著
『インビジブル・ドクトリン 新自由主義の秘められた歴史』
(そしてそれが如何にしてあなたの人生を支配するようになったか)
フィリス・クレームによる書評

米国の石油産業に打撃
ポーリン・ウェルチ

「女性に力を与え、 文化の多様性を受け入れる」-選集
‘Empowering women and embracing cultural diversity’-a compilation

生命エネルギーの謎を解く (第三部)
ジェイソン・フランシスによるエリック・レスコヴィッツ氏へのインタビュー

ファシズムの初期兆候

編集長への手紙
1977年の夏の休暇で私がしたこと他

読者質問欄
ベンジャミン・クレーム

シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。