──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
人類はその長い歴史の中で、道に迷ったときが幾度もあったが、今ほど大きく運命られた道から逸れたことはかつてなかった。今ほど人類が救助を必要としたことはかつてなかった。そして今まで、その助けがこれほどまでに入手可能であったときはかつてなかった。長い長い間、人類に与えられる援助の程度は法によって制約されてきた。人間の自由意志は神聖であり、侵されてはならないものである。今日、数え切れない何世紀もの間で初めて、かつてないほどに多くの援助が自由に提供され得るのである。今日、人類の必要と絶望感が最大のときに、彼らの兄たちの豊かな援助の手が開かれ、そして彼らが切望する援助を提供する。
要求されることは人間自身からの要請のみである。必要とされることは「同胞団」〔訳注=覚者たち〕の助言と知恵を喜んで受け入れる用意ができていることであり、方向を変えることである。
この危機のときに、多くの者たちは希望を失い、すべてが終わるのを恐れながら待つ。彼らの未来に満ちている希望について何も知らず、変化の真っ只中で思い悩む。さらに多くの者は現在の状況にいらだち、何が何でも変化を求める。彼らは未来が招いているのを感じるが、それが何かを知らず、新しいものを経験することを切望して、じれったがっている。すべての者が、この変化の時を特徴づける緊張とストレスの影響下にさらされており、彼らの性質に照らして、それぞれに反応する。
この複雑な状況の中に、覚者たちは接近してくる。彼らは人間の自由意思が侵されないように行動しなければならないが、「法」が許す限りのあらゆる方法で助けることを求める。すべての者に受け入れられるやり方が発展するまで、多くの状況と場合において、緻密な判断が必要とされるだろう。
あなた方の兄であるわたしたちは、自由と正義を一人ひとりにもたらすものとしての完全参加による民主的プロセスを勧める。しかしながら、進化(の旅路)におけるわたしたちの長い経験と展望から、提供される助言を受け入れることが人間の利益であり向上のためであることが多々あるだろう。
このようにして、教える者たちと教えられる者たちは、調和と信頼のうちに共に働く。そしてそのようにして、人間は過去のやり方を、彼らの先達のやり方を学び、彼らの志向をあらかじめ定められた目的にそわせるだろう。
そのようになるだろう。そのようにして、人間は人生の本質を知り、今日、彼らのビジョンを歪め、不幸をつくり、存在そのものを脅かす多数の無益な執着を放棄し始めるだろう。
間もなく、覚者たちの中の覚者であるマイトレーヤは彼の公の使命を始められるだろう。間もなく、人間はマイトレーヤの教えを聞くことができ、そして自分たち自身でそれを評価することができるだろう。その中にある「真理」があまりにも単純に明らかなので、多くの者が速やかにマイトレーヤの勇士たちの群れに参加して、彼の重荷を分かち合うだろう。これらの言葉を読む者たちすべてがその中に含まれるように。
(シェア・インターナショナル誌2004年7、8月号)
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
もし人類が地球温暖化の影響からこの惑星を救おうとするならば、計画されている炭素排出量制限よりもはるかに多くのことをなさなければならない。しかも、一般に必要な期間として受け入れられているよりもずっと短期間に行わなければならない。人々がこの危険を認知するのに時間がかかった。今でさえ、多くの者たちは問題を真剣に受け止めることを拒否する。そのような態度がこの地球という惑星の未来を危険にさらすことは疑いない。取り返しのつかないダメージがなされる前に均衡を確立するために人間に残された時間は、最大に見積もっても、10年か15年※しかない。
この目標を達成するために、人間は現在の生活様式を劇的に変えて、より簡素な生活の仕方や仕事の仕方を採用しなければならない。後に続く世代に対する何の配慮もなく、徐々にそして必然的に衰退してきた環境を見ようともせず、どうにでもなれという態度で、この惑星を意のままに荒らし、略奪してきた日々は過ぎた。
長年の間、毎年、毎年、大昔の原始林の巨大な領域から、純粋に商業的利益のためにいのちを与える樹木が切り払われてきた。商業至上主義が人間の喉元をさらに締めつけていくにつれ、それはまさに人類にとっての凶兆である。商業至上主義は人間にとって原子爆弾よりも危険であると、マイトレーヤは言われる。そして今日、世界を支配する経済破局にその破壊的な力を示している。
諸国の政府や国民がこのことを認識するのにどのくらいかかるのだろうか。商業至上主義が人類の生き血を搾り取り、人類自身が衰えて死ぬまであとどのくらいだろうか。突然、失業し、ホームレスになり、絶望している大勢の人々の心(マインド)に、ますますこれらの言葉の真理が生まれる。
これが、マイトレーヤが公の仕事のために人類の自由意志を侵すことなしに前面に出て来る状況を提供した。マイトレーヤは、現在起こっているこの出来事が確実に明るみに出るという知識に確信をもって、辛抱強く長年の間、この時を待っておられた。
商業至上主義はその牙をむき出し、危害をくわえる力を見せた。何百万の人間の自己満足感は商業至上主義と古いやり方への憎しみと不信に変わりつつある。至るところで人々はやっと、人生の意味と目的についての新しい解釈──分かち合い、正義、平和=正しい関係、同胞愛とより大きな幸せ──を受け入れる用意ができた。彼らはついにマイトレーヤの呼びかけに応える用意ができたのである。
もちろん、すべての人間がこの変化を通っているわけではない。この“不況”を“じっと持ち堪えれば”、また以前のように富を再び築きあげることができると想像する人々がたくさんいる。非常な金持ちと如才のない者たちは、何も失っていない。彼ら自身と他の人々との間のギャップは、単に彼らにとって有利な方向にさらに広がった。今のこの時は、他のいずれの時とも違うことを彼らは理解していない。われわれは、古い秩序の終わりに到達したのである。宇宙のフォース(エネルギー)が変化を命ずるのであり、それは起こらなければならず、起こるだろう。そうでなければ、この地球上の生命は繁栄しないだろう。
用意のある者たちは、マイトレーヤが、彼らの心からの要望を簡潔で感動的な言葉に表す彼の教えに速やかに反応するだろう。他の者たちは自分たちが馴れ親しんできたものを捨てるのにより長くかかり、一時期、反対するだろう。やがて、世界中の何千万の人々は、変化の必要とその論理に納得するだろう──それらの変化のみが、この惑星とその住民を救うだろう。
(シェア・インターナショナル誌、2009年4月17日)
※ 以上のように、この記事は12年前に書かれた──ここで伝えられた訴えかけと助言を一層緊急なものにする事実である。
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
人類が現在地上に存在する本当の状況を知ってそれを理解するとき、彼らの大多数は抜本的な変化のみが大破局を防ぐだろうということに同意するということを知りつつ、あなた方の兄であるわたしたちは人間の反応を辛抱強く待つ。
ひとつ問題は、一般の人々が、人事をコントロールし、大体において、数えきれないほど多くの人間の必要と利権に反して働く巨大な既得権益についてほとんど知らないことであった。現在、世界の富の80%がわずかな数の一族や機関によって所有されている。その富の多くが“静的”であり、不動産や船舶、金、宝石、美術品につぎ込まれており、したがってほんのわずかな人々を益するのみである。そのような不均衡は、至るところの政府がある程度の社会正義に基づく社会を確立しようとする努力を混乱させる。
この不均衡は非常に古くから存在し定着してしまっているので、大変な努力か、あるいは世界的な経済の大惨事のみがその支配力を揺さぶるだろう。この状況に直面して、諸国の政府は国事の運営にあたってどうして良いか分からず、同時に、市場獲得のために互いに競争している。その結果は、必然的に大混乱の繰り返しであり、不安定状態であり、そして基本的な公共事業や海外援助のためのお金は慢性的に欠如している。世界の貧困国は苦しみ、したがって、人々は変化を求めて声なき声で祈る。より積極的な者たちは増大しつつある世界のテログループに加わる。
では、いかにして、受け継がれた富、停滞、そして革命をもたらす憎悪と暴力というこの悪循環を破るのか。
マイトレーヤは、公の出現の際に、この問題について語り、その仕組みとそれが国家および国際的な生存のすべての面に及ぼす否定的な影響を示されるだろう。世界の富の正しい、公正な分配のみが、すべての人間の望む平和を実現することができることを示されるだろう。分かち合いのみがそのような分配を可能にする信頼をつくることを、人類にはその他の選択はないことを──その他のすべての方法はすでに試みられそして失敗したことを、時間の猶予はなくなりつつあることを、マイトレーヤは示されるだろう。
そのように、偉大なる方は語るだろう。そのようにして、彼は、人々の意識を上げ、そして彼らが自分たちの窮状の理由を理解するのを助けるだろう。互いに深く依存し、非常に多くの危険な問題に直面している世界にとって、そのような不均衡は耐えられないことを示されるだろう。現在の役に立たなくなった制度機構の合理的な変容のみが、人間が未来へと前進し、その名に相応しい文明を築くことを可能にするだろう。
人々がマイトレーヤのことばを聴くとき、彼らは三つのグループに分かれるだろう── 一つはマイトレーヤの思いと彼らの行動を呼びかける訴えに心(ハート)から全力で応えるグループである。もう一つは対抗の妨害策を構築して真っ向から立ち向かうグループ。三つ目は、より小さなグループであり、不安のうちに脇に座して傍観する人々である。
徐々に、変化を、少なくとも試みなければならないということが明らかになり、何らかの実験的な試みがなされるだろう。これが多くの人々に分かち合いの実行可能性を確信させ、そして大宣言の日につながるだろう──新しい時代が始まったという合図である。
(シェア・インターナショナル誌2005年12月号)
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
人間の意識に転換が起こるたびに、その準備として、一定の間が、沈黙のひとときがあり、その中で過去の様々な達成が再評価され、そしてもし目標に達していないことが分かれば放棄される。かくして、今日もまた然りであり、人間は将来の利用のために保存が適切で、必要だと考えられるもの、そして人間のますます深まる認識と洞察の光に照らし合わせて欠くべからざるところのものを評価する。それが人間自身に任されるならば、この期間は人間にとってまさに非常に長いだろう。多くの実験をしてみる必要があり、正しい道が見つかり、正しいステップが取られる前に、多くの間違いが起こる可能性は高い。今後、人間がもしそう望むならば、わたしたち、人類の兄たちの助けと経験を役立たせることができる。わたしたちは、求められればいつでも援助し鼓舞する用意がある。
かくして、今の時期は前例のない時であり、あらゆる状況においてわたしたちヘルパー(援助者)はすぐ傍らにあり、人間の自由意志を侵さないように気をつけながら、長い間蓄積してきた智恵と、苦労して勝ち得た経験と知識を喜んで提供したいと願っている。
今日大切なように思われるものの多くが去り、より簡素な、より自然な生き方と関係に置き換えられるだろう。あり余る豊富さの直中にあって何百万の人間が不必要に死ぬという冒涜が消え去ることは確かであろう。今日人間の精神をあまりにも醜くする不寛容さもまた消え去るだろう。より小さい、より弱い国家の資源や領土を支配し、征服し、搾取しようとする衝動は永遠に消え去るだろう。その代わりに、新しい現実感が、すべての人間との連結性と相互の権利と義務についての理解が生まれるだろう。人々と国家は法の規制に基づいて、そしてすべての人間のための平和と安全についての必要条件に基づいて生きることを求めるだろう。
間もなくそのような過程の始まりが姿を顕すだろう。すでに、未来に目の焦点を合わせる人々が彼らの洞察を伝えており、注目を得つつある。ますます多くの人々が彼らに導きと確約を求め、このようにして新しい思想が根を下ろすだろう。徐々に、人間の思考に変容が起こり、そして必然的に、古きものは、人生の問題に対する新しい、より健全なアプローチに道を譲るだろう。
かくして、激しく沸騰する大釜の中で、いまや未来の形態が形成されていく。その輪郭はぼんやりと本能的なものだが、しかし鋭い目を持つ者には十分に明瞭であり、人間が自分の本当のアイデンティティー(独自性)と目的に目覚めつつあり、そして時代の変転にもかかわらず、前進の道にしっかりと足を下ろしていることへの保証と希望を提供する。 (シェア・インターナショナル誌 2004年9月号)
──覚者より
2011年3月13日、ベンジャミン・クレーム筆記
太初(はじめ)のときから、人類はわれわれの住処なる惑星の自然の騒乱を恐れた。想像し難い狂暴さを持つ地殻の激変によって、繰り返し、繰り返し、地球の表面の巨大な部分が破壊された。多くの人々にとって、この事実を受け入れることは難しく、多くの宗教人の心(マインド)に神の人類に対する愛の真実性について深刻な疑問が持ち上がる。地震や津波などで何千人もの人々が殺されるのを許す慈愛深い神を信じることができようか? もし人類がそのような惑星的破壊に彼ら自身の関わりを理解するならば、その出来事を防止するのに大きな役割を果たすことができるのである。
地殻は長い年月にかけて変化しており、単一に平均的に世界に広がっているのではない。よく知られているように、それは異なった深さの様々なプレートの形をとっており、それらは重なり合い、相対的に絶えず動いている。プレートの端や断層ラインの上や近くにある国や街は地震や、海に近い地域では津波に、絶えずさらされる。神の愛が人類を守れないという問題ではなく、地震による圧力であり、それは解き放たれなければならない。では、何が、そのような大きな破壊に至るまでに地震の圧力を増大させるのかと問うかもしれない。
デーヴァエレメンタル(あるいは天使的フォース)がこれらの巨大なエネルギーを働かせる、あるいは緩和させるメカニズム(仕組み)を管理するのである。地球は生きた存在であり、これらのフォース(エネルギー)の影響に様々な方法で反応する。一つの大きな影響は人類から直接来るのである。人類が、その通常の競争心で、戦争や政治、経済危機を通して緊張をつくるにつれて──すなわち、われわれが平衡を欠くとき──、デーヴァ界も平衡を欠くのである。その必然的結果は、地震や火山の爆発や津波である。責任はわれわれにあるのである。
では、この破壊の周期を終わらせるにはどうすればよいか。人類は方法手段を持つのだが、これまでは変えようとする意志を持たなかった。われわれは自分たち自身をひとつとして見なければならない。一人一人が神の反映であり、兄弟姉妹であり、唯一なる御父の息子や娘たちである。われわれはこの地球から戦争を永久に追放しなければならない。われわれはこの惑星の資源を分かち合わなければならない、それはすべてに属するのである。われわれはお互いに調和した未来を知るようになるために、惑星自体と調和して生きることを学ばなければならない。
マイトレーヤは人間に道を示し、人間の活動を活気づけるためにやって来られた。世界中で、人々は彼らの声を見いだし、正義と自由を呼びかけている。多くの人々が自由と正義に対する彼らの天与の権利を主張するために死んだ。マイトレーヤは、至るところにいるすべての男女が自分たち自身を、マイトレーヤが彼らを見るように、神として、神(神聖なる存在)の聖なる息子、娘として見ることを呼びかける。
奉仕への召集がかけられるとき、真剣な弟子にとっては、提供されたその機会を両手で掴みとることが必要である。召集が二度繰り返されることはめったにない、なぜなら覚者たちは浪費する時間を持たないから。「多くの者が召集されるが、選り抜かれる者は少ない」という言葉があるが、それは「多くの者が召集されるが、応える者は少ない」と解釈されるべきである。
大いなる奉仕において、さようである。選り抜かれた者のみが、大計画に仕える機会が授ける祝福を認識する。奉仕は神聖なる義務であり、弟子たちにとってこの地球上における逗留を何転生も短縮することを可能にする。多くの弟子たちがこのことを知っているのだが、最も軽い任務にさえ尻込みする。多くの者が、昔、自分がたてた誓いを忘れて、心の裡に感じる不安を無視する。覚者たちが悲しげに頭を振りながら、(召集を)待っている光(弟子たち)の中を再び捜し求めるのは、いわれがないわけではない。
奉仕する者すべてが、自分が奉仕していることを自覚しているわけではない。魂の、覚者の呼びかけに対する彼らの反応は非常に本能的であり、彼らは躊躇することなく大胆に飛び込む。彼らは非常に非自己集中的であり、世界の必要のみが彼らの唯一の関心事である。彼らは息をするように奉仕する。しかし、時代の必要に関連した奉仕をする者は非常に少ないのである。内界にいる覚者たちは、いくらかでも大計画を知る者たちを、そして自分が優先すべきことについて健全な考え方を持つ者たちを、捜し求める。わたしたちは、強い熱意を持ち、愛と犠牲で燃え立つ心(ハート)を持つ者を捜す。そのような勇敢な者たちをわたしたちの直中に迎え入れて、喜んで奉仕の分野を提供する。そうして、わたしたちは脇へ寄って見守る。繰り返し繰り返し、彼らの当初の喜び勇んだ歩みは遅くなり、そしてためらいがちになるのである。彼らの明るい期待はあまりにもしばしば倦怠と疑いに変わり、高尚な志向は萎え、そして消滅する。
これらの悲しい出来事の中に、信の欠乏が不気味に浮かび上がる。信なしには、永続するものは何も達成されない。ただこの特質を欠いたために、これまでに多くの有望な弟子たちが失敗した。時代を通じて、様々な教えが信の必要性を強調してきたのは、いわれがないわけではない。信は奉仕のまさにハート(中心)として考えられてきた。
信とは、盲目的な受け入れや単に信じることを意味するのではない。それとは逆に、本当の信とは、直観が、魂の声が内的な認識を促すときにのみ生まれるのであり、あらゆる反論を乗り越えて、心(ハート)があなたに告げるのである──これは真実だ、と。その瞬間が訪れるとき、この新しく見いだした真実をしっかりと握りしめて、そして『そこに留まっていなさい』。
妬みや疑いの声があなたを攻め立てるとき、落ち着いて自分の任務を固守しなさい。あなたの心(マインド)はあなた自身に属するものであり、何を考えるべきかをあなたに指示する権利を持つ者は誰もいないことを覚えておきなさい。
賢明なリズムを培いなさい。それが奉仕の自然な拡大を可能にするだろう。時々思い出したように奉仕をすることを慎みなさい。なぜならそのようなやり方では、勢いはみな失われてしまう。あなたは大計画に奉仕するためにここに存在するのだということを覚えておきなさい。あなたは気づかないだけであって、それがあなたの魂の願いである。あなたが自分の魂との接触をつけていくにつれて、経験の客観化が起こりはじめる。魂は好みも欲望も持たない。その目的と一致調和するものとだけ交わる。その目的とは、進化の大計画に最大限に仕えることである。
覚者たちの影響が学習と経験の分野を提供する時がやってくるだろう。それによって、いま門口に立っている者たちが光と知識の領域に入り、自分自身で本来の己の姿を知るだろう。多くの者が新しい時代の創造を待っている。それは現存の機構に深遠な影響を及ぼすだろう。奉仕し、そして成長しなさい。奉仕し、そして成長することがあなたの人生の基調となるべきである。
(ベンジャミン・クレームの師、
シェア・インターナショナル誌1991年9月号)
シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって毎月、記事を提供してこられた。今世紀初めに書かれたこの記事は、今日の世界のために書かれたかのように読み取れる。
人類のための新しい時代
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
日がたつごとに、自由意志の誤用から起こる悲惨な出来事が人類に示されている。神聖な自由意志は人間の最大の宝であるが、それはロゴスの大計画に沿って使用されるときにのみ合法であり正しいのである。
人間はその理解から程遠く離れてしまっており、したがって間違った思考と行動の旋風という報いを受ける。かくして大勢の人間が、豊かな世界の直中で、他の人々には当然の生得の権利だと思われているそれらの資力を欠くがゆえに、不必要に苦しむのである。
人間はこのような分離をもはや長期間支持することはできない。「法」が維持可能な均衡を要求する。そしてそれが見いだせないときに、法は調整し、調和させようと働く。さらに、統合の新しいエネルギーがますますその表現を要求し、人類を日ごとにその目標に向けさせている。至るところで人々は高まる緊張に耐えるのが困難になり、その結果として起こる混乱の中で四苦八苦する。
人間は彼らの心の深いところで、将来への道は変化を通らざるを得ないことを感知しているが、その道の輪郭をいまだ見ることができない。彼らの必要は知られ、そして満たされるのだということを示す徴を待っているのだが、その救いの臨在を告げる徴が至るところに 夥しく見られるのにそれを信用しない。彼らは望みながらも同時に恐れており、それゆえ切望しているその可能性を拒絶する。いつの時代にもそのようであった。
他方、人類の一部は日ごとに彼らの飢えた貪欲な心(マインド)を驚嘆させるあぶく銭を楽しみながら、(現実に気づくことなく)満足して先へ先へと進む。彼らは自分たちの危うい成功以外に対しては盲目であり、世の中の緊張を感知せず、警告の鐘の鳴り響くのも聞こえない。投機という病気が彼らを奴隷にしており、古代ローマの行き過ぎた行為を思い起こさせる。
これらの異なった矛盾する姿勢を見守るハイアラキーは、でき得る限りの方法で助けようとしている。人間の自由意志のみが直接介入を阻むのだが、「法」は法であり、それは決して侵してはならない。にもかかわらず、人類が決して目にすることのないところで多くの助けの手が差し伸べられている。
マイトレーヤはそれらの状況を日々、検討しておられ、すでに予告された株式市場の崩壊の前に出現する方法を探しておられる。これを可能にするためのステップが今や取られつつある。であるから、マイトレーヤの公の使命が始まるまでの時はまさに短い。その初めの徴を見逃さないように見守り、そして目覚めていなさい。
マイトレーヤは至るところにいる善意の男女を行動へと活気づけようとされるだろう。彼の召集をただ単に待っている者が大勢いる。かくして、大いなる討議が開始され、至るところにいる人間の基本的必要が検討され評価されるだろう。このようにして、人間は変化が保証することのできる可能性を知り、試みるだろう。そして必要とされる変容を始める勇気を見いだすだろう。そのようになるだろう。そのようにして偉大なる主は助言し、導き、人類のために新しい時代の幕開けをされるだろう。
(シェア・インターナショナル誌、2001年4月号)
シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって毎月、記事を提供してこられた。今世紀初めに書かれたこの記事は、今日の世界のために書かれたかのように読み取れる。
人類のための新しい時代
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
日がたつごとに、自由意志の誤用から起こる悲惨な出来事が人類に示されている。神聖な自由意志は人間の最大の宝であるが、それはロゴスの大計画に沿って使用されるときにのみ合法であり正しいのである。
人間はその理解から程遠く離れてしまっており、したがって間違った思考と行動の旋風という報いを受ける。かくして大勢の人間が、豊かな世界の直中で、他の人々には当然の生得の権利だと思われているそれらの資力を欠くがゆえに、不必要に苦しむのである。
人間はこのような分離をもはや長期間支持することはできない。「法」が維持可能な均衡を要求する。そしてそれが見いだせないときに、法は調整し、調和させようと働く。さらに、統合の新しいエネルギーがますますその表現を要求し、人類を日ごとにその目標に向けさせている。至るところで人々は高まる緊張に耐えるのが困難になり、その結果として起こる混乱の中で四苦八苦する。
人間は彼らの心の深いところで、将来への道は変化を通らざるを得ないことを感知しているが、その道の輪郭をいまだ見ることができない。彼らの必要は知られ、そして満たされるのだということを示す徴を待っているのだが、その救いの臨在を告げる徴が至るところに 夥しく見られるのにそれを信用しない。彼らは望みながらも同時に恐れており、それゆえ切望しているその可能性を拒絶する。いつの時代にもそのようであった。
他方、人類の一部は日ごとに彼らの飢えた貪欲な心(マインド)を驚嘆させる あぶく銭を楽しみながら、(現実に気づくことなく)満足して先へ先へと進む。彼らは自分たちの危うい成功以外に対しては盲目であり、世の中の緊張を感知せず、警告の鐘の鳴り響くのも聞こえない。投機という病気が彼らを奴隷にしており、古代ローマの行き過ぎた行為を思い起こさせる。
これらの異なった矛盾する姿勢を見守るハイアラキーは、でき得る限りの方法で助けようとしている。人間の自由意志のみが直接介入を阻むのだが、「法」は法であり、それは決して侵してはならない。にもかかわらず、人類が決して目にすることのないところで多くの助けの手が差し伸べられている。
マイトレーヤはそれらの状況を日々、検討しておられ、すでに予告された株式市場の崩壊の前に出現する方法を探しておられる。これを可能にするためのステップが今や取られつつある。であるから、マイトレーヤの公の使命が始まるまでの時はまさに短い。その初めの徴を見逃さないように見守り、そして目覚めていなさい。
マイトレーヤは至るところにいる善意の男女を行動へと活気づけようとされるだろう。彼の召集をただ単に待っている者が大勢いる。かくして、大いなる討議が開始され、至るところにいる人間の基本的必要が検討され評価されるだろう。このようにして、人間は変化が保証することのできる可能性を知り、試みるだろう。そして必要とされる変容を始める勇気を見いだすだろう。そのようになるだろう。そのようにして偉大なる主は助言し、導き、人類のために新しい時代の幕開けをされるだろう。
(シェア・インターナショナル誌、2001年4月号)
シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって、毎月記事を提供してこられた。協力という言葉は覚者の四つの記事のタイトルに含まれ、他の記事にもよく出てくる。しかし、分かち合いと同様に、それは依然として、私たちがまだ試みていない解決策である。
協力の術
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
人間は、今日彼らが直面する問題の重大さをますます理解しはじめている。政治、経済、社会のすべての前線において、これらの問題はどんどん増大し、大きな頭痛の種になり、彼らに悲しく頭を振らせる。これらに加えて、自然とその資源に対する人間の軽率な態度が生じさせた環境の問題があり、人類の未来はますます暗澹としている。人類の生命が危機にさらされており、手遅れにならないうちに何か抜本的なことをしなければならないという認識が目覚めつつある。
事実、人間は自分自身を救うために一体何ができるのか。人間の福利に対する脅威を緩和するためだけにでも、どんなステップを取ることができるのか。
答えは比較的単純である。しかし人間は、彼ら自身の条件づけられた網の中に捕らえられているので、それを本当に把握することは困難なようである。
人は競争という毒物から自分たち自身を解き放たなければならない。それがグラマーであることに気づかなければならない。実際そうなのであるから。そしてすべての人間の一体性を悟り、「全体的な善」のために協力を喜んで抱きしめなければならない。協力と正義(公正さ)のみが人間を、彼ら自身がつくり出す大惨事から救うだろう。協力と正義のみが彼らの未来を保証するだろう。これがそうであることを考慮するならば、人間は、救済への鍵として協力を受け入れる以外に選択肢を持たない。……
(シェア・インターナショナル誌、2000年9月号)
協力
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
人類は今日、まさに未来への偉大なる飛躍をせんとしている──その未来において人間の本質的に聖なる特性が顕示されるだろう。人間は知らないかもしれないが、完全なる大人として、その未来を形づくる知識と力の受託者となるためのテストに合格したのであり、そして合格しつつあるのである。
現在は、人類種族の案内人の内的視覚にのみ、このリアリティーは明瞭であるが、それはまことであり、来るべき時のために良い兆しである。今日人間が集う所には、新しい危急感が、この惑星とその王国の福利に対する新しい責任感が見られ、また感じられる。
生存と進歩のための苦闘に永劫の時を費やし、やっと今、人間は成熟したと言える──人間自身にはまったく隠れていて見えないが、わたしたちにはその成熟さが認識できる。
今や人類の進歩にとって重要な前進への機会が訪れ、その速度と達成においてこれまでのすべての前進をはるかに凌ぐものである。今まではゆっくりした着実な進歩が望ましく、またその方が好ましかったのであるが、新しいダイナミックなリズムがつくられつつあり、その勢いが人類を全世界的な変化の波に乗せて未来へと押しやるだろう。今日の分裂した世界の緊張はあまりにも大きく、方向の急速な転換のみが破局を防ぐであろう。この急速な変化に適応するには、多くの者に問題を生じさせることは疑うべくもない。しかし、それよりはるかに多くの者たちは、これらの変化を新しい人生への機会として喜んで迎えるだろう。
舞台の背後にいるわたしたち労役者は、人類がその機構の根本的変容を始動させることに自信を持っている。それはもはや人間の必要に応じ切れず、新しいものの出現を阻む。わたしたちは見守り、導き、すべてを監督する。少しずつ新しい意識が人類を彼らの内的要求に目覚めさせている。古い競争心はなかなか死なないが、それにもかかわらず、新しい協力の精神もまた見え始めている。これは未来への吉兆である。なぜなら協力によってのみ、人類は生き延びられるだろうし、協力によってのみ、新しい文明が築かれるだろう。人類は彼らの神性の内的真理を知り、それを具現することができる。
協力は正しい関係の自然の結果である。正しい関係はまた賢い協力に伴う。協力はグループの努力のすべての成功への鍵を握り、聖なる善意の顕われである。協力なしには、長続きするものは何も達成されない。というのは、協力は多種多様の見解の統合をもたらすからである。
協力は和合のもう一つの言葉である。和合と協力がすべての人間にとっての未来への跳躍台であり、達成への保証である。人類の裡に偉大なる力の貯蔵池が未開拓のまま横たわっており、協力の魔術によって解き放たれるのを待つ。
競争は自然の秩序に無理を強いる。協力は人間の内なる善意を解き放つ。競争は自己のためのみに関わり、他方、協力はすべての者の最高の善のために働く。
競争はすべての罪の起源なる分裂に導く。協力は唯一の聖なるいのちの多色の糸を混ぜ合わせ融合することを求める。
競争は人間を絶壁に導いた。協力のみが道を見いだすのを助ける。
古い時代の後ろ向きの者は競争を好む。新しき時代の者は聖なる協力を喜んで抱擁する。
世界の人間は二つの種類に分けられる──競争する者と協力する者とである。
心(ハート)から競争のしみを洗い浄めなさい。心(ハート)を楽しい協力に開きなさい。 (シェア・インターナショナル誌、1984年12月号)
シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者はほとんど40年近くにわたって、毎月記事を提供してこられた。たくさんの要素を含んだこの複合的な記事は2008年に書かれ、今日にも当てはまるアイディアを扱っている。
教師としてのキリスト
──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記
多くの人々はキリストの出現を待ち、期待するが、それが人類にどのように影響するかについて非常に歪んだ見解を持つ。多くの人々は彼を霊的魔術師として待望し、彼らや他の人々の欠点を帳消しにしてくれて、それで永久的な平和を確立するだろうと考える。それはこの非常に重大で複雑な出来事についてのかなり受動的な見解である。マイトレーヤ御自身にとって、それは人類と相互にダイナミックに関わる機会であり、神の大計画の原則を確立し、正しい人間関係の時代の幕開けをするための機会である。
それは世界中至るところにいる男女の積極的な反応と参加を必要とする──外的な機構(しくみ)と内的な認識に対する世界的な継続的な変化の過程である。
マイトレーヤは、世界でキリスト教徒が大半を占める地域は特別にオープンで実りがあるとは見ていない。またその他の主要な宗教に対しても、その理解について彼はあまり望みを抱いていない。もちろん、すべての宗教には、すべての者の利益のために応え、行動する用意のある男女はいる。同様に、世界中のすべての国に、社会のあらゆる分野に、(見ず知らずの)兄弟姉妹のために行動する呼びかけの合図を待っている人々がいる。
多くの人々はキリストを、法を破る者たちを懲らしめ、罰するために遣わされた審判者として待つ。キリスト・マイトレーヤは教師であり、確かにいのちの法則を人間に教えられるが、審判者だったことはない。懲罰ということは彼の語彙の中には存在しない。彼は、人間が転生している魂であり、自己発見の旅路を共に歩む者であり、その途上でお互いに助け合う者として、自分たち自身を知ることができるように鼓舞しようとされるだろう。競争は人間が彼らの道を歩むのを妨げ、横道にそらせ、魂の特質を垣間見る機会を不毛にする。
人間はその道からかなり外れてしまった。商業主義が人類の喉元をつかみ、あらゆる寛大な思考や意思表示を彼らの人生から奪い取っている。人間の魂は、この抑圧をもはやこれ以上耐えることはできず、苦悶とフラストレーションで声高に叫んでいる。そうして人々は、すべての地における若い人々による犯罪と暴力の増大を訝(いぶか)しがる。
マイトレーヤは世界中における戦争と軍事行動の源について教えるだろう。その結果、気候や天候でさえも影響されることを示されるだろう。人間は彼らの行動の影響について、そして規律と配慮の必要について学ぶべきことがたくさんある。
キリストは教えるためにやって来られる。人間は、自由意志を保ったまま、成長するために(キリストに)応えなければならない。キリスト・マイトレーヤは決して強制はされない、たとえそれがわれわれにより早く学ばせることが分かっていても。人間が自由意志で取りかかることのみが法に沿うことであり、実を結ぶ可能性が高いことを、彼はご存じである。
(シェア・インターナショナル誌、2008年3月号)
シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。