助けが必要とされる——そして提供される

シェア・インターナショナル誌の創刊以来、ベンジャミン・クレームの師である覚者は記事を提供してくださった。それらは書かれた時のみならず、世界の状況に応じて適切と思わる時にいつでも掲載されるように提供されているのである。

助けが必要とされる——そして提供される

──覚者より

ベンジャミン・クレーム筆記 2006年9月

もし助けがなければ、地球の人々の大多数に大きな混乱と危険とひどい心痛をもたらす生態系、政治、経済の問題を直すための時間を、人間はもうほとんど持たないことが間もなく明らかになるだろう。地球の歴史において類のない状況である。人間が、管理人として、この惑星とそのすべての王国(動・植・鉱物界)の福祉を注意深く管理し、そして未来の世代のために活気にあふれた健康な惑星の住み処を引き渡す責任を持つことに気づくことに、多くがかかっている。人間の捕食的行動と無頓着な無視ゆえに、この惑星はあまりにも不健康になっており、もしこれが人間だったならば、回復の見込みはほとんどないだろう。人間と低位王国の住み処は、進化の大計画におけるその役割を果たすために、看護しながら健康を回復させなければならない。

同様に政治の領域においても大混乱が君臨する。諸国家は、過去に専念し、自分たちの方法がもはや今日や明日の必要に適応しないことを見ることができないグループによって導かれている。盲目で傲慢な彼らは、いのちの舞台を時代遅れの役者のように、方向も台詞も不確かなまま、威張って歩く。これらの破壊的な権力の強奪者に対して、『出口』と書かれたドアが大きく不気味に浮かび上がる。

経済と社会の領域は最も嘆かわしいものである。世界の富がますます少数者の手に流れ入るかたわら、数え切れないほどの人間が生き延びるための最低限を乞う。さらに何千万の人々は乞う力もなく、見捨てられて、人生を味わう前に死ぬ。これらの嘆かわしい、そして危険な状況を直すために、人間に何ができるか。彼らは苦悶の中で誰に助けを求めることができるのか。

極端な窮乏の中にある人間が助けを求める源は一つしかない。その助けは、求めさえすれば彼らのものである。あなた方の兄たちであるわたしたちは、あなた方の福祉と幸せのみを求め、いつでも喜んであなた方を援助し、そしてすべてのもののためのより良い未来への道を指し示す用意がある。

わたしたちはすべての人間をひとつとして、大いなる家族の兄弟姉妹として見る。同様に、人間は分離感を彼らの心(ハート)から払いのけ、そして人間の条件の中核にある同胞愛のリアリティ(実相)を再発見する必要がある。人間は、すべての人間は、潜在的に神であり、彼らすべてが栄える条件をぜひともつくらなければならない。これをなすために、あなた方がその方向へ最初の小さなステップを踏み出すとき、わたしたちは喜んであなた方を助けるだろう。その最初のステップは難しくもないし、危険をはらむことでもない。

失うものは何もなく、得るものはあなた方の神性である。その最初のステップは「分かち合い」と呼ばれる。

 

神への道──選集

The Path to God──a compilation

「神への道」というテーマに関する引用文の選集を掲載する。これはマイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』と『シェア・インターナショナル』)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

わたしの計画は、あなたがたの真なる姿をあなたがたの裡に気づかせ、あなたがたが神御自身そのものから出でた者であり、その聖なる本源へ戻らねばらないことを示すことである。わたしの任務は、その行程を、正当なる嗣業に辿りつくためのあの長い道程を、楽にしてあげることである。わたしたちがお互いに兄弟として出会うときに、我が友よ、あなたがたはわたしの中に、その道をよく知っている案内人を、教師を、見るであろう。なぜならわたし自身ずっと昔にその同じ道程を辿り、その道の道標をよく知っている者である。

(『いのちの水を運ぶ者』第66信、p.196)

 

一歩一歩、人間は将来の必要条件を始動させるだろう。それらはすべての人間の運命と自由意志を尊重しなければならない。人生の基本的必要に対する権利、すなわち食物、住居、医療、教育がすべての施政活動の方向を条件づけなければならない。環境──そしてそれに必然的に伴うところのものすべて──の保護が、神聖なる義務とならなければならない。そしてそれは、人間が やがてこの惑星を健康に戻すために手当てをすることを可能にするだろう。もし人間が彼らの生得の遺産を受け継いで、再び神への道を見つけようとするならば、そうでなければならない。

(『覚者は語る』—将来の必要条件—p.519〜520)

 

マイトレーヤは、われわれが非常に高位のレベルから、物質主義の中にどっぷりと浸かったこのレベルにまで落ちてしまったことを示し、分かち合いの原則を受け入れて、ひとつの兄弟同胞感を表すことで、再び、競争ではなく一体性につながる霊的な道を歩むことができることを示してくださるだろう。新しい時代、統合の時代とはそのことである。統合とは分離分裂した様々な部分を共に引き寄せ、一体性を、和合をつくることを意味する。

(『人類の目覚め』p.15)

 

神への道はただ一つ。我が友よ、あなたがたはすでにそれを知っている。神への道は、同胞愛と正義と愛の道である。他の道はない。すべてがこれに含まれている。この道はつらくきびしい道であると思う者は多い。しかしそれよりもはるかに多くの者たちが、喜び勇んでこの道を歩むだろう。古くすたれた役に立たない過去の小事を捨て去って、その荷の軽さに喜びながら。互いに同胞愛を実践し、すべての者と親しみながら、己自身の真性を受け嗣ぐ者の数は多い。そしてますます増えるだろう。

(『いのちの水を運ぶ者』第15信、p.63〜64)

 

人間の現在のジレンマの結果をわたしたちは知っている。そしてカルマ(因果)の法の許す範囲内で、最大限に援助する。また、わたしたちは、人間が自分たちの自由意志で未来の栄光への道を選ばなければならないことを知っている。それは人類同胞愛と愛と正義と分かち合いの道である。わたしたちは人類の必要にはせ参じる。わたしたちは教え、そして仕えることに励む。人間自身が行動しなければならない。そして体験の厳しい試練の中で、自分の神性を試さなければならない。

(『覚者は語る』—飢餓の終わり—p.346)

 

覚者方の見解では、宗教的な行路は私たちの生来の神性を実演するためのたくさんの行路の一つにすぎません。宗教は神性の認識を助けるかもしれませんが、神は宗教にあるのではありません。人生のすべての側面、つまり政治、経済、宗教、全体としての社会、芸術、文化、科学、教育、および人間活動のすべての分野で、私たちは神と呼ぶところのものを表現するような生き方をすることが可能です。

(『マイトレーヤの使命 第㈽巻』p.267〜268)

 

新しい時代は新しい見識をもたらし、人間は人生を冒険として、発見の旅路として対処するだろう──神と人間は一体であるという事実の発見、探求者の限られた視界以外に分離するものは何もないという発見、そしてすべての人間が同じゴールに向かって異なったコースを歩むということ、われわれが努力しているすべてのゴールは、認識されるのを待つわれわれの神性を実現することであるという事実発見の旅路である。

大いなる再生誕の法則のもとに、われわれはその旅路を何度も何度も繰り返したどり、そしてついには自己を完成した「神の子」として、われわれ自身の理解の光の中に入るのである。

(『覚者は語る』—再生誕の法則—p.114〜115)

 

完全に到達する道はたくさんある。しかし単純な道が最良である。わたしの道が、愛の道が、人間を最も速やかに本源なる神に至らしめる。もしあなたがこれを見ることができれば、間違うことのない、真なる道を進むだろう。これはすべての人間にとってそうである。

(『いのちの水を運ぶ者』第58信、p.172)

 

帰還の道は今あるがままのこと(WHAT IS)についての意識、そしてそうあるもしれないところのこと(WHAT MIGHT BE)についての意識が進化しつつある個人としての探究者に知られるようになっていく道であります。言い換えれば、あなたが探究するにつれて、志向するにつれて、自分の前に、ジュワル・クール覚者の言葉によれば『蜘蛛が自分自身の存在の裡から絹のような糸を創る』ように、それと全く同じように帰還の道を、まだ敷かれていない道を創っていくのです。それは全体に対する己の関係を構成するところのものについての認識の増大です。それによって私たちが自分たちと全体との、大宇宙との連結性についての認識と経験をますます深めていく手段であります。

(『マイトレーヤの使命 第㈽巻』p.474)

 

前方の道が思ったよりも簡単であることを、あなたがたはまもなく知るだろう。前方の道は、我が友よ、太初からあなたがたを招いていたのである。わたしの計画の中では、未来への道と神への道は、結びついたものである。あなたがたが正義と愛の径に足をのせるとき、神に向かう上昇を始めるのである。神において本質的に変わるものはない。

(『いのちの水を運ぶ者』第108信、p.324)

 

彼[マイトレーヤ]は人間に、彼らの長い歴史と、彼らが克服してきた多くの危難について思い出させるだろう。マイトレーヤはわれわれ自身の光り輝く未来についての信の種を蒔き、人間の永遠の神聖を保証するだろう。人生の道、進化の旅路は絶対確実に前進へ、そして上へと導くことを示すだろう。そしてその旅路を、兄弟姉妹として共に歩むことが最も確実な方法であり、最も歓びに灯された道であることを示すだろう。

(『シェア・インターナショナル』2007年3月号、

「覚者より」—光の勢力は集合する—)

 

我が友よ、わたしはその他にもあなたがたを必要とする──あなたがたの歓びを感じることのできる能力を必要とする。この聖なる様相を、すべての人の心に喚び起こし、人類の先方には、輝ける真理の道、本源に直接つながる道が広がることを示す。愛と歓びを顕すことによって、最も速やかに、あなたがたはそこへ導かれる。

(『いのちの水を運ぶ者』第92信、p.272)

 

奉仕は進化の梃子のようなものです。奉仕を通して、われわれが奉仕する相手と自分を同一認するようになるのです。そして、われわれの意識の焦点が自己から他へ移行する。個人的な利己的なところから、非個人的な非利己的なところに移るのです。……

われわれは奉仕をし始めると、ますます視野が拡がり、より多くの人々と一体化し、やがてすべてのものと一体化できるようになります。自己をすべてのものと同じと見ることができるようになるとき、われわれはそのすべてのものになるのです。われわれは神であります。われわれの神性を解放するのです。

(『世界教師と覚者方の降臨』p.191)

 

神に到達する道はたくさんある。しかし、もっとも速く確実なのは奉仕の道である。これほど神の特性を十分に宿す道は他にない。この道の上にあなたの位置を占め、あなたの魂の指図を遂行しなさい。あなたの心(ハート)の命令に従い、世界の必要に目覚めなさい。奉仕の道に入り、大計画の中におけるあなたの位置を受け入れなさい。そして神への道にしっかりと足を踏みしめなさい。

(『覚者は語る』—勝利は保証されている—p.84)

 

人類がひとつの巨大な集団(グループ)として、進化の旅路における様々に異なった段階において共に旅していることを人々は理解し始めるでしょう。私たちはみな、本当に途方もないところへ向かう進化の道に沿って一緒に歩んでいるのですが、私たちのマインド(頭脳)は現在の段階ではそれを本当に理解することが困難です。

『人は神の特質のすべてを表示する神のような存在となる』と言うことは、覚者にとっては容易です。私たちは神の特質のすべてが何かさえ知りません。神の知(インテリジェンス)については知っていると考えます。巨大な知力がどのようなものか、あるいは完全に無条件に愛する能力がどんなものかについて、何となく分かるような気がします。神の愛はそのようなものに違いないと想像します。……『神の意志』という神秘的なものが多くの人々の心(マインド)を引き付けはじめるでしょう。あの途方もない神秘──神の意志とか目的がどのようにして知られるのか、それは何か、どのようにして表されるのか──を理解したがるでしょう。これらの(私たちはすでに知っていると思っている)ことを十分に理解するためには、他にさらなる神の様相を知らねばならないのか。

やがて、これらのことすべてがますます、より多くの人々の関心事になるでしょう。理解するためには、人々は教育されていなければなりません。覚者がいのちの教育、新しい時代の教育について話すとき意味するのは、そのような教育です。そして人々は、自分たち自身を潜在的な神々として認知するのです。私たちが自分たちを潜在的な神々として認知すると、それにつれて志向が増大します。

(『光の勢力は集合する』p.181〜182)

 

わたしの使命は、あなたがたに神への道を示し、本源への単純なる道を示すことである。多くの者にとっては、その道は終わることのない困難に満ちたものに思えることを、わたしは知っている。まことに、我が友よ、そうではないのである。その道に入り進むにつれて、わたしたち自身がそれを規定するのである。わたしたちが道であるとき、道はわたしたちの前に、法に基づいて開かれていく。非常に単純なのが神への道である。非常に単純なのがその上のステップである。そしてその聖なる道には多くの手伝い人や案内人が居る。

(『いのちの水を運ぶ者』第126信、p.378〜379)

 

必要に迫られて、人々は再分配の可能性とそれから必然的に生じる正義に新鮮な目を向けるのに気づくだろう。そしてそれが良いことを知るだろう。このようにして、一歩一歩、人間は、貪欲と搾取で築かれた彼らの壊れた殿堂を、すべての人々の必要に応える素晴らしいものに変容させていくだろう。かくして、マイトレーヤは人間をこれまで見たことのなかった霊的な旅路のために整えさせるだろう。その旅は、やがて人間を本来の彼ら自身の姿である神にしていくだろう。

(『覚者は語る』—未来の声—p.518)

 

正しい人間関係は私たちが一つであることを認識するときに起こります。人間種族を一つのグループと認識すること──肌の色が違っていても、経歴が違っていても、歴史が違っていても、同じ源から来た一つのグループ、つまりすべてが転生している魂であると認識することが根本的に必要なのです。魂としての私たちは神聖であり、完全です。そしてその完全さの具現へ向けた進化の旅路の途上にあるのです。

(『大いなる接近』p.225)

 

わたしの到来が間近であることを心の裡に悟っていない者は、世界中にほとんどいない。意識のすべての次元においてこの真理は響き渡る。あなたがたが兄弟たちに近づくとき、このことが確かであることに気づくであろう。あなたがた一人ひとりが心の裡に、遠くから招く新しい光を見たのである。その光は未来の約束を携えている。人類が神に還える径を歩むとき、その光は、それまで地上で見たこともないような炎になるであろう。

(『いのちの水を運ぶ者』第23信、p.83〜84)

 

その逆を示すあらゆる証拠にもかかわらず、人間は、変化を、同胞愛と正義のリアリティ(実相)の再主張を、調和と平和の必要性を、受け入れる準備ができている──事実、切に願っているのである。かくして人々は、今や実践に翻訳されたこれらの往古のシンボルを呼びかけるマイトレーヤに応えるだろう。

であるから、未来への前進を、そしてあらゆる国々の民の間の正しい関係の確立を阻むことのできるものは何もない。そうして、人間を彼らの予め運命づけられた完成への道へ復帰させるための一つの計画が展開するだろう──大胆でしかも単純、複雑でしかも明確、古来のものでしかも輝かしく現代的である。

(『覚者は語る』—「世紀の終わり」—p.443)

 

神への道

——『覚者は語る』p.369

 

今や非常に間もなく、世界は、長い待ち時間が終わったことを、「人の子」はその約束を守られたことを、そして新しい時代が始まったことを知るだろう。人々がこの方を見るとき、その出現の理由を、そして彼らの協力が必要なことを理解するだろう。なぜなら、この方はこの時代の主な必要を示し、地球の再建のために、彼らの助けを招くだろうから。成すべきことはたくさんある、なぜなら世界全体がその変容を待っているのだから。たくさんの手が必要とされる、なぜなら変化はすべての人間に関わるから。マイトレーヤが現代の人間の舞台に公に入られるとき、彼は喜んで手を貸す助力者の軍勢を傍らに招くだろう。

マイトレーヤの御顔が見られ、彼の臨在が知られ、彼の勧告に注意深く耳が傾けられるようになるまでの時間は今や本当に短い。マイトレーヤの助言は現在の病の全領域を網羅し、それらの緩和と治癒の方法を指し示すだろう。

彼は、もっとも苦難を被っている者たち──虐げられ、見捨てられた者、つまはじきされる者、貧しい者──のために語るだろう。黙って不必要に苦しみに耐えている者たちのために語るだろう。彼は、兄弟姉妹を助けたいと願う者たちを活気づけ、新しい奉仕の改革運動を始動させるだろう。そのようになるだろう。そのようにして、マイトレーヤは、地球的規模の先駆者のグループの形成を鼓舞するだろう。彼らの任務は、長い間苦難の中に生きてきた世界中の窮乏する者たちに救いをもたらすことだろう。これまでのどのような企画をもはるかに凌ぐ継続的な援助のプログラムが、もっとも窮乏する者の生活を速やかに回復させるだろう。

すべての分野において、進歩への障害物は一つ一つ対処されるだろう。今日蔓延する貪欲と利己主義は、社会共同体についてのより広い見解に取って代わるだろう。すべての者の基本的な必要が優先されるだろう。自然と環境に対する新しい関心が律法の中に組み入れられて、普遍的に受け入れられるだろう、そして自然の贈り物への賢明な管理につながるだろう。大幅に増える国際的な旅行が、今日何百万の人間の視野を狭め彼らを無知の中においている孤立と偏見を減少させるだろう。人々の心(マインド)をつかんでいる古いイデオロギーの力は徐々に弱まり、新しい寛容と信頼に道を譲るだろう。

そのようにして新しい環境が生まれ、その環境の中で、最も野心的な変化は善意の精神の中に起こり得る。人間の行動の尺度として、「普遍的な善」が己の利害に置き換わり、そして増大する融和の中で地球の人間は新しい時代へ前進するだろう。そのようになるだろう。そのようにして、マイトレーヤと彼のグループの指導の下で、人々は再び正しい道を、神への道を歩むようになるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1994年1月号)

 

若者の大志ーソール・ブラザーズ社

2016年に米オハイオ州シンシナティで開催された NAACP(全米黒人地位向上協会)の大会期間中、私たちシェア・インターナショナルのブースが、3人の啓発された若者のブースと直接隣り合っていた。彼らは、親の助力と励ましを受けて、スニーカーを買うことのできない若者たちに新品または「あまり使用していない」スニーカーを提供するソール・ブラザーズ社と名付けられたサービス・プロジェクトを今年度に開始した。この13歳の少年たちは、コネティカット州の有名私立校に通っているエリート運動選手や学業優秀者であった。私は彼らの話をもっと知りたくて、私たちの雑誌に紹介したいのでインタビューに応じてくれないかと尋ねてみた。彼らは人類の多様性の中の和合という私たちの簡明なメッセージに共感して、喜んでインタビューを受けてくれた。

このプロジェクトのアイディアが浮かんだのは、ある日、最新の高価なスニーカーを少年たちがほしいと声を上げた時であった。その時一人の少年の母親が、世界中の非常に多くの子供たちがシューズを買うことさえできないのに、豊かな国の人々はシューズをたくさん持っているのは気がかりだと話したのである。彼女はジャマイカに行き、ダンボール紙を靴代わりにしている子供たちを見たことがあった。これは悲しいことだと少年たちは考え、使い古したシューズをそこに送りたいとごく自然に言うようになった。そのようにして、これをどのように実行するかについての話し合いが始まり、発展していった。それからわずか数カ月の間に、地域のいろいろな店で「足の祭日」という名前のイベントを定期的に行い、人々が使用済みのシューズか新しいシューズの購入資金を提供できるようにした。彼らによると、このアイディアはジョークのような響きを持っていたにもかかわらず、人々は喜んで援助してくれて、とても楽しいものであったため、着実に企画を進めることができたという。

NAACP大会で少年たちは、1,000足以上のシューズをジャマイカの現地NPOの人たちと共に配って帰国したところであると述べた。彼らの旅行には、スポーツ分野で20歳までの子供を励ます目的を持つルジョン・ファウンデーションが行う毎年のサマーキャンプへのボランティア参加も含まれていた。私は少年たちに、旅行の感想と出会った人々に関する感想を尋ねたところ、ある少年が次のように答えた。「そこの子供たちは快活で、大きな口を開けて笑います。……ここアメリカでは見られない光景です。彼らはいま持っているものに感謝しており、たとえそれが何であれ、幸せに思っています。ここアメリカでは、例えば私の学校では、私たちは楽しそうではありません」。別の少年は、キャンプ内での自尊心養成のセッションで、若者たちが将来何をしたいかと尋ねられた時に、とても多くのジャマイカの少年たちは、親が過労にならないように親を助けたいと答えたことが印象に残ったという。

少年たちはソール・ブラザーズの将来の計画として、来年は寄贈されたシューズをガーナに持っていくための支援と申し出を受けていて、その次はハイチになるであろうと述べた。彼らはまた、ルジョン・ファウンデーションのキャンプに戻ってくるよう招待されている。彼らはジャマイカの若者たちや、喜んで彼らの手助けをしたいと思うすべての人に会ったことにより、世界を変える仕事に手を貸すのに若過ぎることはないことをひしひしと感じたと語った。そして彼らは、自分たちの仕事がひるがえって、他の人々が地域社会の人々を助ける刺激になってほしいと願っている。

(詳細については、solebrosinc.orgを参照してください)

 

宇宙全体のために歌う

編集長殿

2016年8月6日の朝、夫と私がフランス南部の地元のキャンプ場からディー・センターまで、日課の散歩に出かけた時、ディーのノートルダム大聖堂の、教会の鐘の音が聞こえました。

歩きながら、私たちはたとえ他の人の考えや期待に沿えないとしても、人生で正直であることや、人生の道のりに真に全力を捧げることについて話し合っていました。生まれ変わりやマイトレーヤのこの世界への出現、地球外生命の存在のような話題は、他の人々との会話に持ち込むことがしばしば困難なもので、大抵はバカにされているように感じるのです。

私たちはマイトレーヤの教えや、真に自分自身であることの必要や、適応のための行動の中で仮面を被らないことについて議論していました。その週の初めに、私は助けを求めて祈りを捧げ、この混沌として不安定な現代世界で、霊的ハイアラキーの光の仕事の枠組みに、つながりを保てるようにお願いしたのです。

私は大聖堂へ行って、キャンドルに火を灯すように強く促されたように感じました。内部に入ると、とても美しく感動的な音楽が、大聖堂を満たしているのが聞こえて驚きました。キャンドルに火を灯すと、気持ちが高揚したのを感じ、まるで私のハートに染み込む音の中に融合したかのようでした。私は立ったまま音楽のエネルギーに夢中になりながら、その音楽の源を見て驚きました。一人の男性が最前列の椅子の前の、石の床の上に足を組んだ蓮のポーズで座っていたのです。彼は体の前側にインディアン・ハルモニウム(携帯オルガン)を持っていて、完全に没頭して演奏していました。彼はとても自然な感じで、心を込めて歌い、演奏をして、まるで彼の存在全体が演奏の中に浸されているかのようでした。彼の演奏の強烈さがそれ自体を特別で馴染みのないものにしていました。それは全く美しいのですが、その独特の性質がどこか地球的でない感じでした。外の通りにいるミュージシャンたちのように聴衆もなく、お金を集めてもいませんでした。彼は自分の歌と完全に同調していたのです。

私は自分の個人的な状況について考え、食べ物や子供たちの面倒を見ること、請求の支払いやその他の義務、世界のニュースなど日々の関心事に、いかに簡単に心をかき乱されてしまうかを思いました。このミュージシャンが完全な注意と真の集中状態にあることと、どれほど異なっているでしょうか。言葉もなく、マントラもなく、彼はインディアン・ハルモニウムを伴奏しながら、心から歌っていて、それはまるで宇宙全体のために歌っているかのように感じられ、彼の存在が全くの奉仕の仕事の中に溶け込んでいるようだったのです。その音楽のエネルギーは、伝導瞑想中のマイトレーヤからのオーバーシャドウの時のエネルギーのようでした。この人はマイトレーヤなのだろうかと思ったのです。

それから礼拝者のグループが聖堂内に入って来ました。彼らはそのミュージシャンが歌っているのを聞いて、予期せぬ状況について意見を交わしていました。しばらくすると、聖具保管担当の人が彼らのところへやって来ました。私は腰を下ろして、その担当者がミュージシャンに美しい演奏を続ける許可をして、その特別な音楽を楽しんでくれたらと望んでいました。私はこの世界にもっと愛と寛容が必要だと思いながら、このディーの街で寛容の象徴的な行為を受け入れることになるなんて(!)と思ったりしていました。

私は一人で笑ってしまったのですが、もしこの男性がマイトレーヤならば、ご自身が完璧に状況を把握することができたのですから! その担当者はミュージシャンを数秒間眺めてから、演奏を続けることを許可しました。

私の夫のヤンは、この美しい活動が人生の道のりであるなら、何より深い敬意が示される必要があると思っていました。このことで彼は、私たち皆が、自分自身の人生の道のりをたどらなければならないと感じたのです。ヤンはそのミュージシャンの写真を撮り、お金をいくらか渡しました。「(フランス語で)あなたはとても気前がよいですね」と彼は満面の笑みでヤンに答えました。ほんの一瞬、彼は演奏を止めました。私たちは、10 代の私たちの娘を迎えに行かなければなりませんでした。

ミュージシャンが演奏している間、私たちは彼の前を歩いて通り、演奏を邪魔したくはありませんでしたが、彼の喜ばしい音楽に感謝の気持ちを示したかったのです。

「(今度は英語で話し始めて)私の音楽は純粋なインスピレーションによるもので、私のハートから、フィーリングから演奏しています」と話してくれました。

そのミュージシャンはインド人の風貌で、黒っぽい瞳で、彼の瞳は愛と優しさに溢れていました。私たちはマイトレーヤに出会ったかのように感じていました。私には他の写真を見ても、伝導瞑想の時でも、その瞳やエネルギーが分かっていました。私たちはうなずくだけで、何か口が利けない感じがして、強烈な愛と至福の喜びに満たされていました。

二人一緒に黙ったまま大聖堂を出て、日に照らされた人通りの多い市場のある広場に戻ると、マイトレーヤによる音楽とエネルギーで祝福を受けたのではないかと、二人ともが思っていたのです。

マリヤンヌ・ラエフェン、ヤン・カールハト

オランダ、フォーレンダム

【ベンジャミン・クレームの師は、その『ミュージシャン』が変装したマイトレーヤであったことを確認した】

 

クリスマス物語

編集長殿

2015年12月18日に、プレゼントのためのクリスマスの買い物中に、私はスロバキアのトレンチーンにある大型の電器店で息子に出会いました。私たちが別々のノート型のパソコンを見ていた時、一人の男性が店にやって来ました。即座に彼に注意を引かれました。彼は上機嫌で楽しそうに通路を歩く間、親しげな打ち解けた様子で人々に挨拶をしていました。彼は楽しそうな様子のサンタクロースのように思えました。彼の長いあごひげはあらゆる方向に向いているように見えました。彼の瞳はきらめいていました。彼の格好はとても変わっていました。ホームレスのような服装だったのです。長い丈の明るい青色のコートを着て、頭には毛糸の玉がてっぺんに付いた、クリスマスツリーの形のグレーのウールのキャップを被っていました。私は、コンピューターを比べることに忙しくしていた息子に、彼のことを教えました。彼の楽しげな様子は、私を笑顔にしてくれました。しばらくすると、警備員が彼を店から連れ出してしまいました。あの男性はマイトレーヤだったのではないかと思うのです。

ペテル・ヴァイス

スロバキア

【ベンジャミン・クレームの師は、その陽気な男性がイエス覚者の代弁者であったことを確認した】

 

保護

編集長殿

2014年12月30日、冷たく暗い夕方の午後6時45分の道路で、ラッシュ時も終わりかけていて、ほどほどのスピードで運転でき、所々凍った郡の道路には適切に思えていましたし、車線上の亀裂にタイヤがはまったとしても十分に乾燥していましたが、車線の外側は凍結状態が残っていました。

ボールダーの伝導瞑想メンバーである私たち二人は、近隣のコロラド州ロングモントにあるコニー・シェイファーの家での伝導瞑想に参加するため、毎週のドライブ中でした。私たちが追い越し車線にいた時、1台の車が突然、右の車線から私たちの方へ曲がってきて、ほとんど助手席の私にぶつかりそうになりました。私の自動反応機能が働き、「ああ、神さま」と叫んでいました。メンバーのザック・キャッスルマンは衝突を避けるために、道路の左端へとハンドルを切りました。道路の凍結のために、車は制御できなくなり、後部が左右に振れたり、何度も前後に曲がったりしながら、180度回転すると、私たちの車に向かって進行してくる車線に対して後ろ向きに走っていました。

車は後ろ向きで進み続けましたが、左側の北方向の車線から、道路の一番右端へと移動しました。この逆向き運転はゆっくりとなっていきました。車の後ろ向き進行はとても深い溝の脇に沿って進みました。それから車の後部が溝へと向かっている感じがして、その溝は夜の暗がりの中で果てしなく深く見えたので、横転するのではと思いましたが、その後、車は後部から溝の中をゆっくりと進み、驚くほど穏やかで、幾分唐突に止まったのです。

車の流れは途絶えていませんでしたが、私たちの車の前部はその流れから逸れていました。車は道路に対して鋭角に止まっていましたが、私たちは安全でした。私は助けを求めて電話をしましたが、要請が多いため3時間待ちになると言われました。それほど時間が経たないうちに、小型のトラックに乗った二人の若いヒスパニックの男性が車を止めて、私たちの車を溝から引っ張り上げることを申し出てくれました。彼らが何の苦もなく私たちの車を引っ張り出した様子には、本当に驚きました。私たちは心からお礼を言い、面倒をかけたことへのいくらかのお金を、彼らはためらいながら受け取ってくれました。その間に、私たちに衝突しかけた運転手が、私たちの車を探して謝罪してくれました。その人が言うには、私たちは彼の『死角』にいて、バックミラーでも見えていなかったということでした。私たちはそのままドライブを続け、ほんの 30分しか遅れず、その体験に少し動揺もしていていましたが、どこにも悪い所もなく、無事でいることをとても幸せに感じていました。

特別な方が車を安全に移動する手助けをされましたか。二人のヒスパニックの若者は特別な方たちでしたか。

ロン・ルークス

米国、コロラド州ボールダー

【ベンジャミン・クレームの師は、あらゆる面でイエス覚者の弟子たちによって助けられたことを確認した】

 

 

読者質問

Q  1947年にニューメキシコ州ロズウェルで何が起こったか、言うことができますか。UFOが墜落したのだとしたら、中にいた人々はどうなったのですか。

A はい、それは(火星からの)UFOの乗組員が意図的に墜落して、アメリカの当局が墜落した乗り物と肉体を調べることができるようにするための幾つかの出来事の一つでした。乗り物と肉体は非常に急速に消滅するので、彼らはこれを迅速にしなければなりませんでした。5人の乗組員がおり、4人は即死し、1人はしばらく生き延びました。全員が当局によって医学的に検査されました。しばらく後に肉体は消滅し、溶けてゼリー状の物質になりました。なぜなら、彼らの肉体はエーテル物質だからです。彼らの肉体と乗り物は高次のエーテル・レベルで現れることもできますが、波動を下げることで私たちに見えるようにもできます。アメリカの当局は多くのことを学びました。彼らは、乗り物が消滅し分解する前に、多くの情報を集めました。

Q  光のテクノロジーを使えるようになるまであとどのくらいかかりますか。

A 私たちが永久に戦争を放棄し、すべての武器を破壊するや否や、私たちは宇宙の兄弟たちから光のテクノロジーを与えられるでしょう。それは私たちにかかっています。戦争を永久に放棄するや否やです。私たちがそのテクノロジーを与えられても戦争を放棄しないならば、それは核兵器よりも数千倍危険でしょう。ですから、私たちが本当に戦争を放棄し、永久に紛争をやめないならば、その知識は決して与えられないでしょう。

Q 火星と金星を植民地化しようとする人々がいます。火星人と金星人はこれについてどう言うでしょうか。

A 彼らはこう言うでしょう。「あなた方が私たちの惑星を引き受けたいというのはとても嬉しいですが、結構です。結構ですが、いずれにせよ感謝します」

 Q すべての人にとって十分な食料があるとしても、水はどうでしょうか。

A 食料と同じ原則が当てはまります。私たちは分かち合うことを学ばねばなりません。水が乏しい国々があります。例えばイスラエルとパレスチナは同じ水を使っています。イスラエルは大半の水を使い、パレスチナは残りでやっていかなければなりません。分かち合うことが必要です。

Q 最近のオーバーシャドウは世界中で起こったのですか。

Aいいえ、それは英国に限定されていました。

Q 人が自分自身の神性を体験するにはどうすればいいですか。

A すべての人が神であり、すべてのものを創造する潜在力を持ちます。マイトレーヤを見るとき、彼は途方もなくそして素朴で、あなたが想像するより素朴であることに気づくでしょう。あなたは彼が信じられないほど謙虚であるのを知るでしょう。彼は信奉者を欲しません。彼は教師です。彼は教えることを欲し、私たちが望むならば、学ぶことができます。マイトレーヤは決して自由意志を侵害しません。しかし彼は、私たちが非常に複雑な問題、人生の意味と目的について理解できるように、慈悲と理解をもって単純に教えます。私たちは人生の意味と目的を知っているでしょうか。私たちはなぜ私たちがここにいるかを知っていますか。地球に存在するものの目的は何でしょうか。私たちは何でもできると思っていますが、何も知りません。私たちはもう一度、子供のようにならなければなりません。覚者方と共に働き、私たちが教えを必要とするところで彼らは助言を与えられるでしょう。

マイトレーヤは神のように崇拝されることを欲しません。人々はキリストについての彼らの観念、仏陀の観念、クリシュナやその他の彼らが求める観念を崇拝します。彼はあなたがあなた自身であることを望みます。あなたであるところのものです。他の誰かではありません。誰かを模倣するのではありません。あなた自身であることです。

神は表現されるべき経験です。あなたは意識を拡大して気づくようになります。それはすべて認識に関わっています。私たちは認識がないので愚かなことをするのです。私たちは忘れます。私たちの生活を支配する法則を理解していません。私たちはそれを存在しないように扱っていますが、法則は存在します。

人生はアート(術)です。それは学ばれなければならず、それを支配する法則は学ばれ尊重されなければなりません。

この新しい時代に人生のアートは信じられないほど発達するでしょう—生活のあらゆる分野において。この時代は生きるに値します。

 

2016年9月号目次

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覚者によるコメント
■ベンジャミン・クレーム筆記 2016年7月25日

新しい状況の到来一選集
The advent of the new - a compllation
マイトレーヤからのメッセージ

視点
ローマ教皇とダライ・ラマは、マイトレーヤの優先事項を反映する

S.0.P.(Save Our Plsnet)一われわれの惑星を救え!
人類の運命は、私たちが今日行う選択にかかっている
デビッド・スズキ

落穂拾い運動
オゾン層は回復してきていると科学者が語る/ボランティアが24時間で約5千万本の木を植える

世界情勢
すべての人を愛し、誰も憎まない
命を支える図書館

民衆の声
夜、立ち上がれ(Nuit Debout)一夜の抗議デモは今も立ち続けている
アルゼンチンでの抗議:「平和、パン、仕事」

国連難民サミット

主要メディアは人類を裏切っている
ジョン・スケイルズ・エイベリー

時代の徴
世界中の奇跡 英国のミステリーサークル2016
目を開けたり閉じたりするイエスの像/空の文字

マイトレーヤの擾先膜位
世界食糧デー

平和の吟遊詩人
ジェイソン・フランシスによるジェームス・トワイマン氏へのインタビュー

書評
チャールズ・アイゼンシュタイン『困惑に満ちた世界』

地球環境のための世界祈願の日

編集長への手紙
ペンテコステの訪問 他

読者質問欄
回答ベンジャミン・クレーム

 

覚者によるコメント

【ベンジャミン・クレームとの最近の編集会議の過程で、現在の世界危機についての覚者の見解を求めた。以下に、覚者のコメントを掲載する】

ベンジャミン・クレーム筆記
2016年7月25日

 現在の状況は間もなくより良い方向に向きを変えるだろう。嵐はほとんど過ぎ去った。われわれがまだそれを認知していなくても、嵐はその勢いを失っている。
 大混乱はほとんどいつも、ひとつの宇宙(コズミック)の状態(周期)から他の状態への変化の結果である。多くの人々はいまだ古いあり方の中に捕えられている。多くの人々は行動やあり方を変える必要を認知するには、あまりにも不安であり、あるいは全く気づいていない。
 また、人類が新しいエネルギーにどう反応するかの問題である。ほとんどの反応は貪欲か恐れに基づいている。富める者たちは(党派などに左右されず)独立し、非常に貪欲になった。彼らは利用し得るすべてを有利に獲得できないだろうということを恐れており、また彼らの富を失うことを恐れている。人は、世界がひとつであることを、ひとつの人類であることを認識しなければならない。貪欲と競争に基づいて資源・富を管理する金持ちは、危険を覚悟で、この真理を否定する。

平和の吟遊詩人

ジェイソン・フランシスによるジェームス・トワイマン氏へのインタビュー

ジェームス・トワイマン氏は、アメリカ人の音楽家であり、世界中で「平和の吟遊詩人」として知られている。彼は、18枚の音楽アルバムを録音し、15冊の本を著し、6本の映画を制作または監督した。トワイマン氏は、紛争中の国へ旅し、世界の各宗教の平和の祈りを分かち合い、地球規模の平和の同期瞑想を組織し、それに参加している。ジェイソン・フランシスが、本誌のためにジェームス・トワイマン氏にインタビューを行った。

重大な決定

シェア・インターナショナル(SI): あなたは何をきっかけとして、平和の使者となる旅を始めたのですか。

ジェームス・トワイマン:1994年3月、私はある友人から一枚の紙を受け取り、それが私の人生を変えました。その紙には、世界12の主要宗教の平和の祈りが書かれていました。これらの祈りは、ローマ教皇やダライ・ラマなど、世界の指導者たちがイタリア、アッシジに行き、共に祈りを捧げたときに使われたものです。各指導者は、自身の宗教の平和の祈りを捧げました。私が各宗教の祈りを読んだとき、それまでにない驚くべき体験をしました。音楽を聴いたのです。私はヒンドゥー教の祈りを読み、音楽を聴き、それを演奏しました。仏教徒の祈りを読み始めると、同じことが起こりました。私は次から次へと祈りを読み、それらの音楽を演奏しました。1時間以内に、私は12のすべての祈りに曲を付けました。これは、私が分かち合うことになっていた贈り物だと分かっていました。そのときから「私は平和の吟遊詩人である」と決めました。最初は、私は旅をする一文無しの吟遊詩人で、コンサートを開き、そこで祈りを分かち合っていました。1995年に、自分は平和が最も必要な場所に行くべきだという思いを持ちました。そのため私は、紛争中のクロアチアとボスニアに招待してもらい、難民キャンプや他の場所で演奏しました。それは驚くべきものでした。あるとき私は、ボスニア・クロアチアの国境上の山の上に招待されました。そこには「光の使者」と呼ばれるワーカーの秘密結社や共同体があると告げられました。彼らは人里離れた森林の中に住み、私はそこで12日を過ごしました。私はこの経験を、自分の著書『光の使者』の中で書きました。ちょうどそのときから、私はイラク、北アイルランド、南アフリカ、そして最近ではシリアや他の国に招待されるようになり、平和コンサートを開催し続けています。私にとってすべての中心には、この平和のメッセージを分かち合いたい、特に人々を団結させたいという望みがありました。しばらくして、それが活動の焦点になりました──私がその国にいる間、人々が自分の平和の祈りをある状況に集中させる世界規模の瞑想を組織することです。今ではそれが、私がただ一つ集中している活動です。つまり、平和の吟遊詩人の仕事をすることです。

聖なる遭遇

SI:1999年9月、シェア・インターナショナル誌は、ベオグラードとメジュゴリエでの、そしてその当時のブラズド難民キャンプでの聖母マリアとあなたの遭遇に関して掲載したレポートを再印刷しました。その遭遇について、そしてそれがあなたの人生にどのような影響を与えたのかについて、お話しいただけますか。

トワイマン: それは、私が3度目にバルカン半島に戻ったときのことでした。私は、戻って来るようにとの神秘的な呼びかけを感じていたことを覚えています。なぜならそれは、セルビア人が政府に対して立ち上がろうとしており、紛争の平和的解決を要求していたときだったからです。私はそれに、ただ参加したかったのです。私がベオグラードにいる間、平和デモの最中に路上でマリアという名前の若い女性と出会いました。彼女には何か注目すべきものがあると分かりました。約1週間後、私はメジュゴリエという町に行きました。そこは、何年もの間、7人の子供たちに聖母マリアの幻影が出現していた有名な場所です。私がそこに行ったのは、丘に平和のポールを立てるためでした。人里離れた地域にあるその丘に私がいると、ベオグラードの路上で見た女性が道を歩いて来たのです。通常の意味で彼女が同一人物であることは、文字どおり不可能でした。なぜなら、私がベオグラードで会った女性は、明らかにセルビア人であったか、または、少なくとも私はセルビア人だと思ったからです。そして私が滞在していたボスニア・ヘルツェゴビナ地域では、セルビア人は歓迎されていませんでした。そのため私は、何かが起こっていることを知っていました。そして私は、その地域にいるときはいつでも、このような素晴らしい出来事が起こることにすでに慣れていました。彼女と交わした会話は、聖なる女性の重要性と、地球に平和をもたらす上での聖なる女性の役割についてでした。この若い女性は、たとえごく普通に見えていたとしても、通常の若い女性ではないと私は悟りました。彼女はとても美しい人でした。彼女は普通の人と同じようにジーンズを履きブラウスを着ていましたが、何か特別であり、再びそのような体験の真っただ中にいるのだと、私には分かりました。私はこの体験を自分の著書『愛された弟子の秘密(The Secret of the Beloved Disciple)』の中で書きました。私にとってそれは実に、人生で聖なる女性の影響が目覚めた瞬間でした。それ以来それは、私の人生の大きな部分となっています。

人々の力

SI:世界同期瞑想についてお話しいただけますか。

トワイマン:1998年、私はロンドンで書店巡りをしていました。当時、アメリカとその同盟国は、イラク人に対する空爆を開始する準備ができており、サダム・フセインは問題を起こしていました。私は、サダム・フセインからの個人的な招待で、イラクに来て欲しいとの手紙を受け取りました。私は明らかに非常に興奮しており、また少し緊張していましたが、これはしなければならないことだと知っていました。私の友人が、実際には私の代理人ですが、たまたま約300人の電子メールのリストを持っていました。私たちはバグダッドでコンサートが始まる時刻を知っていました。そのため彼女は私たちが知っている人々にメールを送り、その状況に対して、祈るか、肯定的な意図を集中するように依頼しました。そのときは、平和的な解決の可能性は全くないように思えました。それでも私たちはメールを送り、それは一気に広まりましたが、そのときは、私はそのことを知りませんでした。それは、電子メールが広く拡散した最初の例の一つでした。私がそのコンサートを行ったときまでに、何百万人もの人がそれを知りエネルギーと祈りを送っていました。それは実際には、肯定的なエネルギーが降り注ぐように感じられました。お話ししましたとおり、これ以前に平和的解決の可能性は全くありませんでしたが、徹夜祭の後で何かが変わったと感じていました。次の日に、コフィー・アナン国連事務総長が到着しました。徹夜祭の3日後、平和協定が調印されました。少なくともそのときは、死亡者は一人もおらず、爆弾は一つも落ちていませんでした。それが、私が非常に多くの人が一堂に会し、状況に対して意図を集中することに力があると認識した瞬間でした。後にも先にも、この力を実証する研究がなされてきました。そのときから、私はこれをますます行っていきたいと思うようになりました。人々が共に集い、特定の状況に対して肯定的な意図を分かち合うように鼓舞することです。そしてさらに多くの徹夜祭がありました。最近では、2016年2月にシリアの国境に行き、大規模な徹夜祭を行いました。そのときは本当に多くの参加者がありました。今では私は、祈りの徹夜祭に集中するために、毎月どこかに行くことを計画しています。人々は、ただ単に6カ月ごとや何年かおきに起こることではなく、何か一貫性のあることを求めていると分かりました。人々は解決策に参加したいと一貫して思い、自分たちは力を持っていると、何か自分たちにできることがあると感じたいのです。ひと月に15分間自分の時間を割き、世界の危機や私たちの注目を必要とする状況に集中する、というようなことです。このような祈りの徹夜祭にとって、来年は非常に大きな年になると私は思っています。多数の人々が共に集い注目を集中するとき、それは、『  』の強力な力であるだけでなく、宇宙で『  』強力な力であることが実証される、と私は信じています。

SI:瞑想の結果として起こった奇跡について、お話しいただけますか。

トワイマン:ほとんどの場合、それが本当の現象であることを示す何かが起こりました。お話ししましたイラクに加えて、最近の例はシリアでのことです。シリア内戦の悲劇は、その時点で3年間も続いていました。確かに、変化のいかなる希望もあるようには見えませんでした。しかしながら、何百万人もの人々が肯定的な方法で集中し、平和の祈りと瞑想を一緒に行った1週間後、ミュンヘンで和平交渉が始まりました。私は、これらの出来事に関して責任を負っているわけではありませんが、ある状況に対して肯定的な方法で集中したときに生まれる具体的なエネルギーが存在すると信じているのです。

私たちの前にある選択

SI:世界の食物や資源を世界中の人々の間で公平に分かち合い、世界平和の基礎として必要な正義をつくり出すことに関して、あなたはどのようにお考えですか。

トワイマン:私たちが食物や水の分かち合いや暴力の停止について話すとき、意識の移行が必ず起こらなければなりません。アメリカのバーニー・サンダース氏のように、肯定的な移行を鼓舞し、より一層の経済的正義を呼びかける声もあるような興味深い時代に、私たちは生きています。同時に、全くの逆もあります。多くの人が感じる恐怖や偏見や憎しみを利用するドナルド・トランプ氏のような声もあります。このような両方の声が同時に存在する事実は、私たちは重要な機会の真っただ中にあることを示しています。私たちの目前には明確な選択があります。究極的には、私たちは愛と恐怖のどちらを選択するのか、ということです。いずれの側に動くこともありますが、私たちは最後には愛が勝たなければいけないことを知っています。私たちのより多くが角を曲がり、愛が唯一の明確な選択だと認識しています。なぜなら、恐怖を選択することは、本当に何も選択しないことだからです。この進行中の意識の変化は、私たちが想像し理解することができないかもしれませんが、進行中であると感じられる解決策に最終的に導きます。私たちが個人また全体として誰であるかという全くの中心の部分で何かが移行しています。問題は、食物や水や富ではなく、これらの物事をどのように考えるかです。現在私たちが、愛と恐怖のどちらを選択するのかを決めるという実に明確な選択肢を持っているという事実は、新しい解決策がすぐそこにあることを意味しています。そして意識が変化したとき、これらの問題は自動的に解決されるでしょう。

詳しくは次のサイトを参照: worldpeacepulse.com

シェア・インターナショナル誌2016年3月号の質問に答え、ベンジャミン・クレームは、シリアでの世界同期瞑想は覚者方の霊的ハイアラキーによって支持されていると述べた。

 

新しい状況の到来──選集

The advent of the new──a compilation

ベンジャミン・クレームの師である覚者は2015年に、以前の記事とは内容と調子において明白に異なる一連の記事を書かれた。それは繰り返し、現在の急速な変化へと注意を促し、現在と近い将来において世界を形作る強力な力(フォース)を際立たせるものであった。覚者は前方にある困難について語られるが、そうした困難は最終的に、肯定的な変化の前兆と見なされることになるだろう。
さらに、マイトレーヤからのメッセージ(2016年3月31日)は、「痛みは長く続かないだろう」ということ、そして「この困難な時期を通り抜けるのを助けるための援助はあり余るほどある」ことを強調している。
 こうした記事が初めて発表されて以降、世界は極端さと不確実性の時期に入った。読者はこの選集に慰めと洞察を見いだすかもしれない。こうした記事は、騒然とした時代を描写しながらも、前途にある変容と新しい制度の確立を示しているからである。

新しい状況の到来

-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記
(2015年2月8日)

 今まさに間近に起こる出来事は、多くの人々を当惑させるだろう-政治、経済、社会に現れる変化のスピードはあまりにも速く、しかもそれは非常に頻繁に起こるだろう。
 多くの者にとって、彼らの主な反応は不安と困惑であろう。それらの変化の性質とその規模の大きさに当惑し、怯えながら、それを変容する社会の徴として見るだろう。他の者たちは新しい顕現を恐れ、憤るだろう。あらゆるところで人々は、自分たちが取るべき正しい方向に確信がなく、用心深く行動するだろう。
 しかしながら、人々がそのように行動するのもあまり長くないだろう。彼らは、自分たちがまことに変化しつつある世界に住んでいることに気づき、彼らの信念や価値観に対するより大きなチャレンジに悩まされるだろう。
 かくして、人は古いものから新しいものを確立しはじめ、この時代のチャレンジに応えるために彼らの能力をますます発揮しはじめるだろう。

「法」の条理
-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記 (2015年3月8日)

 人々は変化しつつある世界に生きており、それを当たり前のこととして受け入れなければならない。ある人々にとっては、これらの変化は脅威のように見え、ありがたくないだろうが、他の人々にとっては、特に若い人々には、それらの変化は両手を広げて歓迎されるだろう。あなた方の立場が何であろうとも、それは最善のためであることを保証する。なぜなら、それらの変化は時の必要を反映しており、避けられないことであり、公正であるからである。
 人々は、これらの変化が自分たちの生活に影響を及ぼす条件を自分たち自身がつくっているということに気づくべきである。この認識が成果を上げるとき、新しい時代へのより円滑な移行が当たり前のことになるだろう。
 人々に対するわたしたち(覚者たち)の勧告はこれである-見えざる力のせいにするのではなく、われわれの時代の変容を創造していく中におけるあなた自身の役割を悟りなさい。これらの変容の中から、恍惚とした歓びがやって来ることを確信しなさい。

新しいもののしるし
-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記
(2015年4月11日)

 間もなく、人々が探し求めるしるしが顕れつつあることが明確になるだろう。ある人々にとっては、それらのしるしは必然のように思え、歓迎するだろう。他の人々にとっては、それらは彼らが大事に思うすべての消失のように思えるだろう。実は、それらは新しいものを意味するのであり、現在起こっている深い変化の外的な現れにすぎない。時が経てば、現在、急速に過ぎ去りつつある古い世界において、多くが間違っていたのであり、人間の本質と業績のより良い表現のために犠牲にされなければならなかったということに、ほとんどの人々が同意するだろう。
 であるから、間もなく、これらのしるしによって先触れされた変化は、われわれが新しい、誰もが誇りに思える制度が登場しつつあることを、鋭い観察力を持つ人々に気づかせるだろう。

最高位からの贈りもの
-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記 (2015年5月10日)

 人間は啓示を拝受する時点に立っており、間もなくそれが、一致しない様々な声や態度を押し流すだろう。人間は自分たちの存在の意味と目的をより一層はっきりと知り、その知識が彼らの認識の中にもたらされた手段を知るだろう。間もなく、非常に間もなく、人間はあたかも一夜にして、と思えるほど、急速に成長するだろう。
 この新しい知識は多くの者たちをこらしめ、驚かすだろう、しかし彼らの理解について完全な調整をもたらすように、彼らを刺激し、啓発するだろう。これが人生の意味と目的と彼らが呼ぶところのことについて、新しい価値を与えるだろう。より一層の真剣さとより大きな歓びが人間の信念と行動に浸透するだろう。そして徐々に彼らを全く新しい啓示に熱中させるだろう。その時は遠い先ではない。偉大なる主は、公に、認知される存在として世界に現れて、恩寵をもたらすことをしきりに願っておられる。
 恐れることはない。新しい世界がつくられつつあり、それが人間の信と勇気を同等の順序で回復させるだろう。

新しいもの(事)の殺到
-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記 (2015年6月16日)

 ある人々にとっては、来たる何カ月かは、彼らがそれまでに経験してきた中で、最も困難な時期であるように感じ、とても対応し得ないように感じる力(フォース)からの一時的な猶予を求めて、ほんのかすかな望みをも探し求めようとするだろう。
 同時に、他の人々にとっては、彼らの独創性や創造性についてのより高まった感覚があるだろう、それがいかに非現実的かもしれなくても。この出来事についての‘読み’が何であろうと、すべてが速やかに「新しい時代」に、そして宝瓶宮(アクエリアス)の(エネルギーの)影響の中に進んでいる。これの影響は実に強力だろう。
 では、人はどのように反応すべきか? これを「新しい時代」に向かうさらなるステップと知りなさい。そうすることで、「偉大なる主」の出現を待ちなさい。心(ハートとマインド)の扉を開きなさい、そして新しいもの(事)の殺到に備えなさい。

世界は用意ができている
-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記 (2015年9月7日)

 間もなく、本当に間もなく、人々は未使用のまま彼らの手の内に横たわる力(パワー)に気づくだろう。彼らは自分たちの人生の特質を変える能力を持つことを知るだろう。自由、正義そしてお互い同士の正しい関係は人間の生活にとって欠くことのできないものであることを理解し始めている。 多くの人々が、この喜ばしい状態の創造を確実にする制度・機構を要求している。
 これは、世界が新しい啓示を受ける用意ができていることを、マイトレーヤにはっきりと示す。であるから、人々は限られた残された時間を、彼の臨在を知らせることに使うべきであり、そうすることで、彼の道を整えなさい。

新しい時代へようこそ
-覚者より、ベンジャミン・クレーム筆記 (2016年1月14日)

 ようこそ、新しい時代へようこそ、一体性(ワンネス)の時代へようこそ。今日、多くの人々は新しい時代の始まりを恐れているが、起こっている事どもを注意深く見てほしい、そうすれば変化を推し進めている最も天賦の才ある代表的人物の何人かが集合しているのが見えるだろう。
 現在、人類に新しい状況を示している賢明な人々のグループが世界に存在する。その中のフランシスコ教皇は人々の理想のユニークな顕れであり、彼が代表する民衆に近い。ダライ・ラマもまた彼が代表する人々に代わって、強力な役割を果たしている。
 そのような天賦の才ある代表的人物の一団が、同じ時期に、共に集い、人類に対して、すべては良好であり、あらゆるところに住む人間が彼らの夢の成就を見るまでに待つ時間は非常にわずかであることを示すというようなことは、これまでかつてなかった。彼らは過ぎ行く日々を祝福し、彼らの愛を至るところにいる人間の心(ハート)に近くもたらす。
 あなた方もまた彼らに愛を返しなさい、そして到来する御方の名において彼らを喜んで受け入れなさい。あなた方の恐怖心を愛ある期待に変えなさい、そして至福の中であなた方の当然の権利である新しい時を待ちなさい。あなた方がこの方の御観の奇跡を見るまで、この方の臨在と、すべてに対する彼の愛についての歓びをあなた方が知るまで、長くはない、本当に長くはないのである。そうして、あなた方は、自分たちがなぜこの特別な時期に生きている(転生している)のかを知るだろう。
 あなた方に神の祝福があるように、そしてあなた方の恐怖を永遠に払いのけてくださるように。

マイトレーヤからのメッセージ

ベンジャミン・クレームは2016年3月31日に、メンタル・テレパシーによって、以下のマイトレーヤからのメッセージを受け取った。

 近頃は、多くの者にとって困難な時期である。最良の者たちや最も親密な者たちでさえ、疑いや懸念の悩みを感じる。
 しかし、わたしが、世界の前であなた方の一人としてあなた方と交わると言うとき、それは真である。
同様に、わたしが、すべての人間がわたしの顔を見て、応える時は本当に間近いと言うとき、それは真である。
 ただ『法』のみがわたしにほんの少し待つことを命じる、しかし、『法』の範囲内で、わたしは確かに毎日あなた方と共にあり、あなた方の必要と、あなた方によってわたしに提供される様々な機会に絶えず呼応しているのである。
 もうすぐ、全体としての人類がわたしの存在に目覚めるだろう。そしてわれわれのこの世界の抜本的な変革をみな喜んで受け入れるだろう。
 われわれは一つの文明の始まりと終わりにいることを、世界の歴史の中で、桁外れの時代であることを忘れないようにしなさい。したがって人々は変化の痛みを感じるのだということを理解しなさい。
 ある人々にとっては自由への解放である。他の人々にとっては、保証と平穏の喪失である。
しかし、我が兄弟よ、痛みは長く続かないだろう、すでに多くの人々はそうであることを知っている。あなた方がこの困難な時期を通り抜けるのを助けるための援助はあり余るほどある。この「時代」を喜んで受け入れなさい、そして新しい事どもの徴を認知しなさい。
 まことに、まことに、わたしはあなた方と共にいるのである。まことに、わたしは多くの方法であなた方の中にいる。
 兄弟たちよ、あなた方が、新しい世界についてのわたしの期待にいかに近いか、自分たちで判断しなさい。それは、すべての人間がひとつである世界であり、すべての人間が創造の歓びを成就する世界であり、そして単純にそして真実に、兄弟たちに道を示す彼らの能力を、愛をもって成就する世界であろう。

ペンテコステの訪問

編集長殿
 ペンテコステの翌日の月曜日は、オランダでは祝日です。2016年5月16日のペンテコステ・マンデーに、センターは公式には閉まっていましたが、数人がそこで仕事をしていたので、「オープン」の看板をドアに出しました(ちょうど前日に私たち数人が冗談で、ペンテコステの大宣言の日にマイトレーヤに会うのを希望しているとか、期待しているという架空の話をしていたのですが、それはペンテコステが弟子たちのオーバーシャドウの象徴だからです)。
 まさに私たちが閉めようとしていた時、お馴染みの姿の、スリナム人の風貌の男性が、中をのぞき込んできて、『生きる術』の本をちょっと見てみたいと言いました。ほんの二言三言で彼は私たちをよく知っていることがわかり、普通の訪問者ではないことが早々に判明しました。
ここからは、その時彼が語ったいくつかのことです。「私たちは皆ひとつで、すべてがつながっているのです」
 「あなたたちはここで瞑想をしていますよね? いつもは何人が来ますか?」。それは2人から大体12人くらいの間だと、私たちは答えました。「人々はまだ瞑想が恐ろしいと考えています。忙しく行動しているのが好きなので、静かにして瞑想をするのを好みません。内省的であることを好みません。でも人々は自身の魂とつながる必要があり、瞑想をする必要があるので、そうしなければ完全にバッテリー切れを起こしてしまうのです」。彼は魂の接触との関係における創造性の話をしました。「私たちは魂と接触していれば、創造的なのです」
 「機械的になることを、どうしたら避けられますか?」。彼が意味したのは、新鮮な気持ちを保つことと、自発的に出現について話をすることだと、私たちは理解しました。私たちはハートから語ることが大切で、聴衆が何に興味を持ち、何を自分たち自身と関係があると思うかを観察することも重要だと答えました。
 彼はまた私たちが惑星の状態をどう考えているか尋ねてきました。私たちの惑星は最悪の状態にあると答えると、彼の反応は「そうは言いません」というものでした。私たちがそれは事実であり、そのことについて完全に正直であると感じていると伝えると、私たちの非常に親密な会話の中で、彼は「そう、本当に私たちは現実的でなければなりません」と言いました。
 そして彼がとてもあからさまに、私たちがこれまでマイトレーヤに出会ったことがあるかどうか尋ねてきました。テレビでという意味ですか? 「いいえ、彼自身にです」。いいえ、でも様々な扮装をしたマイトレーヤには会ったことがあります。「本当に会ったのですか?」。はい、扮装の姿で。「彼はいくつですか?」。彼は全盛期です。「それはいくつですか?」。彼は全盛期ですよ、あなたのように。「そう、それはいくつですか? 知っているに違いありませんね、会ったというのですから、私に会っていますね」。50歳くらいです。「ああ!  私は49歳です」と彼は言いました。
 会話を通して、彼が主導していて、穏やかでユーモラスで、尊敬に値する人でした。彼が帰る時、私たちに投げキスをしました。もしかして彼は穏やかでフレンドリーな訪問者の姿をした、マイトレーヤでしたか。ありがとうございます。
シェア・オランダ・インフォメーションセンターのグループメンバー
オランダ、アムステルダム
【ベンジャミン・クレームの師は、その素朴で尊敬に値する訪問者が、扮装したマイトレーヤであったことを確認した】

安全な道のり

編集長殿
 2016年5月3日の午後2時40分くらいに、ウィックロー州のキルマカヌージから家まで車を運転していた間のことで、私の住むブラックロックへ向かうために、中央分離帯がある道路から外れなければならなかったのですが、左手側の車線へ移った時、背後からスピードを出して近づいてくる車に気づいていませんでした。私の車は移る前の車線へと、強制的に押し戻される形になりました。そのような見えざる手の力による助けがなかったら、車は二つに折れ曲がっただろうと思います。このことすべては瞬きほどの間に起こりました。最初のショックの後で、私は起こったことへの計り知れないほどの感謝を感じ、驚きと喜びに満たされていました。恐ろしい衝突は避けられたのです。それはこれからずっと感謝し続ける、信じられないような体験でした。このことがどなたのおかげなのか、お尋ねしてよいでしょうか。
あなたのすべての素晴らしいお仕事に感謝します。
ノラ・ハート
アイルランド、ダブリン州ブラックロック
【ベンジャミン・クレームの師は、彼女がイエス覚者によって助けられたことを確認した】

思いやることは分かち合うこと

編集長殿
 7月3日の早朝から、私たちはルーツ・フェスティバルに私たちの例年のブースを出しました。
私たちは大抵ブースの前に立って、人々をブースに引き付けるために資料の文章を読み上げているのですが、私がそうしていた時、若々しい中年の二人連れが私たちのブースにやって来ました。彼が着ていた服装はあまりにも古めかしく、女性の方は手作りの「パディントン・ベア」風の、紙でできた非常に風変わりな形の帽子を被っていたのです。
 それで私は「あの方たちだ!」と思いました。
 男性が大声で「マイトレーヤ」と言って、テーブルの上の読書用資料を指差して、「彼のなさることすべてはちゃんと見てきました」と言いました。
 彼は特に、「分かち合い=正義=平和」と書かれた私たちの大判の旗に注目してくれて、「本当に思いやるなら、分かち合うものです」と言っていました。彼は続けて民衆の力について語り、それがいかに論理的で自然な次なるステップであるかを話して、もし関心を持っているなら、通りへ出かけて、そうした正義や平和をもたらすための変化を要求するだろうと言いました。私たちは皆心の底からそのことに賛同しました。私たちはそれを言い続けることを伝えました。
 ドゥウェインとその男性は大変改まった様子で会話を交わしていて、彼らは会話の前に握手をしていて、その後一緒に奇跡の写真の展示を見ていました。
 しばらくしてその二人が幸せそうに帰っていき、女性の方が私と握手をして、彼女の名前はソフィと言っていました。即座の歓びの感覚がありました! 彼女の瞳は言葉で表現できないもので、まるで最も優しい言い方で「あなたたちのしていることは、すべてとても素晴らしい、けれども題目についてもっと語ることができる」と言ってくれているかのようでした。はっきりとしていながら、とてつもなく優しいものでした。彼らは有名なカップルでしたか。ありがとうございます。
アルベルト・アリバサー、ドゥウェイン・アルバス、
アムステルダム伝導瞑想グループ
オランダ
【ベンジャミン・クレームの師は、その紳士がマイトレーヤで『ソフィ』もまたマイトレーヤであったことを確認した】

 

シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。