人権

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人権の問題が現代の人間の問題の中心にある。過去には、社会構造が個人の生活を支配し、階級制による人間関係が確立しており、すべての者が自分の位置を自覚していた──妻は夫に従い、男は領主に仕え、領主は王の意志に従い、それを実行した。一方、聖職者は神と人との間の仲介として働いた。これらの関係は人工的であり、押し付けられたものであるが、世の中における彼らのアイデンティティー(独自性)と位置を見つけようと苦闘する社会の必要を満たした。

 これらは今日すべて変わった。少数の地域ではまだ支配階級が、しばしば市民紛争や戦争という代価を払って古い形態にしがみついているが、その他の地域では人々は自分たちの自決権を主張した。正しい統治のための責任を引き受け、種々の代表制制度によって自分たちの意志を表明することができる。人々は自分たちの生活に影響を及ぼす決議に対して、これまでにないほど、より一層の参加を要求する。 

 この新しい自由は一連の緊張を引き起こし、その解決が待たれる。至るところでより多くの自由を求める叫びが響きわたる──そしてまた、現在の構造を維持しようとするグループから秩序と法の支配を求める叫びが同等にきしめき返される。これらの対立したグループの目標を調和させるためには、まったく新しいアプローチ(取り組み方)が必要である。そのような調和を達成することは、遅々とした困難な仕事であることを受け入れなければならない。多くの矛盾し合う見解が調停されねばならないことは自明である。しかしながらこれらの問題の解決を待つかたわら、いくつかの基本的原則、ガイドラインを敷くことは賢明であろう──それなしでは、問題は手に負えないように見えるかもしれない。

 最初に考慮すべきは社会を支配する法則が公正であり、すべての者に適用すべきであるということである。そのような基本的な正義と公正なしには、人々に法律を守ることを期待できない。今日しばしば「金持ちのための法律と貧乏人のための法律」が存在する──これは社会紛争の処方箋である。さらに必要なことは、法律が、すべての者が知り得て理解できる言葉で表現されることである。まったく時代遅れで専門家しか知らない法律を犯したという罪によって、人が投獄され、裁かれることがしばしばある。

 最大の必要は、個人の利益と社会の利益とをより密接に同一視していくことである──それによってのみ、個人の自由と社会の安定を保持することができる。いかにすればこれを最大限に達成することができるか。
 国際連合の機関が人権の規約を公式化した。もしそれが実施されれば、現在の社会緊張を解消し、公正な安定した社会の基礎をつくるのに大いに役に立つ。世界のすべての国に住む、搾取され、公民権を剥奪された何百万の人間にとって、これまでのところ世界人権宣言は夢にすぎない。目標はできる限りのスピードでこれらの基本的権利をすべての国家に確立することである。

 分かち合いの原則を受け入れることによってこれは可能となる。人間はもはや、働くための権利、家族を養うための権利、自分の運命に対してある程度のコントロールを持つ権利、これらを得るために闘う必要はなくなる。分かち合いの受け入れは、一挙に分割を癒し、対立を終わらせ、現在の状態の病を癒し、人間を落ち込んだ泥沼から救い出すだろう。だから、分かち合いをあなたの努力の目標としなさい。世界は今、歴史上かつてないほどに、この公正な基本的な原則の確立を必要としていることを、人々に示しなさい。これを受け入れることを通してのみ、人間は己の神性を見つけ、それを実証することができるだろう。

(シェア・インターナショナル誌1984年7月号)

編集部より

カルマ、清算、法則――不処罰の終わり

 私たちは現在、古いものの崩壊によって開かれた不確かな空間に生きている。新しいものはまだ、完全には形を成していない。「仮死状態」――全世界的に罪の意識にさいなまれた宙ぶらりんの状態――にいるという集団的な感覚は、ガザ地区で行われた、血に飢えた野蛮な残虐行為に対する共通の恐怖心と嫌悪感によってさらに強まっている。そうした残虐行為は、特に西側の政治家たちによって公然と容認され、積極的に支持されているか、または無視されている。
 カルマ、原因と結果、振り子の揺れ、作用と反作用など、どのように呼ぶにせよ、用語が何であるにせよ、常に結果があり、等しい逆の作用があるというのが事実である。これは物理の法則、自然界の法則である。また、この惑星上のすべての生命と関係を支配している偉大な法則であり、あらゆるレベルで作用している。

 本誌の読者は、特に現在の恐ろしい状況下で、この普遍的な法則の役割をどう捉えるべきだろうか。考えてみれば、カルマとは実に驚くべきものである。それは私たちの生活において、常に決定づける要因となっている。カルマが消え去ってくれたらと願うことはよくあるが、カルマなしでやっていくことはできない。カルマはこの惑星におけるいのちであり、現実である。多くの人々は、カルマが私たちに教訓と祝福を与え、正しい人間関係を通じて成長する機会をもたらしていることを、苦い経験を通して学んだ。それは偉大な法則である。しかし、それでもなお、国家全体はその厳しい作用について無知である、と考えてもよいだろう。誰もその法則から逃れることはできない。非常に多くの国で、指導者や将軍、軍隊だけでなく、国民でさえ、神の法則も人間の法則も存在しないかのように生きるよう教え込まれてきた。さらに悪いのは、神を操ったり説得したりできるという、そして神は確実に自分たちの味方であり、すべての悪行を容認しているという、古くからの狂信的な宗教的信念である。こうして私たちは再び、野蛮と無法の時代へと逆戻りしてしまった。

 この時代の奇妙な特徴は、多くの風変わりで複雑な宗教的・準宗教的信仰が現代の政治を形作っていることである。多くのものがキリスト教以前の時代に戻っているように見える。当時は「目には目を」が、社会的な交流において粗野な基本原則であった。そのように、「原因と結果の法則」への理解は欠如していた。イエスの教えと新しい摂理は、それまで辛うじて社会秩序のうわべを維持していた古い戒律を吹き飛ばした。当時、人々は復讐の必要性から、しばしば地域戦争や抗争の瀬戸際に立たされていた―― 一つの暴力行為が、その悪行に対する報復として同じように残酷な反応を引き起こしたからである。

 気がかりなことに、これは今なお、ガザ地区でのジェノサイドにおける今日の残虐で卑劣な行為を動機づける衝動となっている。イエスはメシヤとして認められなかった。イエスの新しい律法の教えは、新しい摂理を受け入れようとしない人々の心にいまだ浸透していない。隣人を愛することや、全体の一部であるという感覚は、過去2,000年間、非常にゆっくりと私たちの意識に浸透してきた。世界教師マイトレーヤは次のように教え、その法則をさらに身近でより達成可能なものにしてくださった。「兄弟の窮乏をあなたの行動の尺度として、世界の問題を解決しなさい」(マイトレーヤからのメッセージ、第52信)
 マイトレーヤは、自然の法則に関する指針と洞察を提供するために一連の予報を出された。[『いのちの法則』にある]こうした予報は主に、原因と結果の法則に光を当てるために与えられた。この法則を理解し、その中で行動することで、現在の社会、政治、経済、環境の危機を解決できる、とマイトレーヤは述べておられる。何と啓発的で非凡な考えであろうか
──カルマの法則の中で生きること自体が、私たちの深刻な問題の解決策となる。
 明らかに、国際法や国際条約を見直す必要もある。戦争から生まれた偉大な成果──例えば、国連世界人権宣言──を再学習し、実行する必要がある。悲しいことに、そして狂気じみたことだが、指導者や法制度、条約、政府が、万人の最善の利益のために行動するのは当然だと考えられないような状況に陥っているからである。

 ジュワル・クール覚者は『ハイラーキーの出現(上)』(AABライブラリー)で次のように書いている。「次はカルマに関してである。人は自ら作ったものを元に戻すことができる。これは忘れられることが多い。カルマは厳格な不変の規則ではない。それは人の姿勢や願望に応じて変えることのできるものであり、変わる機会を提供するものである。カルマは過去の活動から生じるものであり、こうした活動に正しく向き合い、適切に対処すれば、将来の幸福と進歩の基礎を築くことになる」
 それは「厳格な不変の」ものではないかもしれないが、避けられないものである。常に清算が必要である。世界が進歩するためには、正義が実現されなければならない。いずれは、承認され、償いが行われなければならない。もし正義が実現されなければ、不処罰と共に無法状態が横行し、社会は想像を絶する絶望へと崩壊していく。加害者は必ず責任を問われる必要がある──憎しみや報復のためではなく、支払わなければならないカルマの負債を承認し、バランスを取り戻すためである。国際社会や国内の文化の基盤として正義や法、自由を復活させるために、これは不可欠である。

 不処罰を今すぐ終わらせる必要がある。正義が掲げられなければならない。ある国にとっては法の重みがあり、別の国には「免罪符」が与えられるような状況は許されない。すべての国に同じ法が適用されるか、完全な無法状態が支配するかのどちらかである。国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)、国連などはすべて、無視されることになるのか。誰かが正義の女神から公平さを奪い、ジェノサイドや大量殺人、人道に対する罪を犯した者たちを優遇するように仕向けたのか。私たちは自らの非人間化を容認しなければならないのか。子供たちの未来を救う方法はどこにあるのか。
 経済・金融の構造が富裕層と超富裕層に有利なように傾き、残りの人々が給料から給料まで辛うじて生き延びるしかない状況では、正義の実現は望めず、自由が栄える希望もほとんどない。世界資源の再分配に基づいた国際システムの受け入れと実施こそが、個人の自由や正義、万人の尊重を保証する唯一の解決策である。この均衡を是正するためには、法律によって説明責任と完全な賠償が規定されなければならない。原因と結果の偉大な法則を理解することが緊急に求められている。また、カルマがもたらす厳格な恩恵を認識し、謙虚に受け入れることも必要である。

 国際社会を神聖な法則と人間が定めた法律の両方に回帰させるためには、ベンジャミン・クレームの師が表現するように、「個人の利益と社会の利益とをより密接に同一視していくことである──それによってのみ、個人の自由と社会の安定を保持することができる」。私たちは、古い双魚宮の時代から生まれた「微粒化」を終わらせ、相互のつながりを大事にする必要がある。全体との一体化こそが、すべての部分を救うからである。
 ベンジャミン・クレームは次のようにコメントしている。「いのちの法則は少ないですが、非常に強力です。誰もそれにあまり注目しません。だから私たちは問題を抱えるのです。主要ないのちの法則とは原因と結果の法則です。それはこの惑星のすべてのいのちを支配します。それは『目には目を、歯には歯を』として表現されてきました。原因と結果の法則を非常に不適切に表現したものです。イエスは非常に簡単に表現しました。『人は、自分の蒔いた種を、また刈り取ることになる』と。それはあまりにも単純なので、人々はそれを忘れるか、またはよく理解しません。あなたが蒔くものが何であれ、それを収穫するのです。もしトウモロコシを蒔くならばトウモロコシを収穫します。もしオート麦を蒔けばオート麦を収穫します。悪いトウモロコシを蒔けばあまり良い収穫はありません。……私たちは皆、種を蒔く人々です」

 「私たちのすべての思考が、すべての行動が種を蒔いています。それらが原因をつくります。原因から生じる結果が私たちの人生をつくります。私たちはいつもそうしています。私たち自身の人生をつくると同時に、人類の人生をつくっています。私たちすべてが、世界に起きることに、人類種族を通して起きることに責任があります。なぜなら私たちはすべて人類種族の部分であるからです。私たちはすべて想念をつくります。それらの想念は現実です。私たちが破壊的な思考を持つたびに、私たちのシステムのわずかな部分を破壊しています。惑星の健康は私たちの思考の健全さに依存しています」

2025年6月号目次

編集部より

フランシスコ教皇と白いハト

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
光あらしめん腐敗行為の終止

視点
トランプ氏の計略を標的とした全米のメーデー抗議
ブレット・ウィルキンス  2025年5月1日

ガザよ、私を許してください・・・・・・
ジャマル・カンジ

NASA 宇宙計画の裏側
ダグ・グリフィン

フランシスコ教皇と太陽
おそらく世界で最も偉大な環境擁護者が亡くなった
ビル・マッキベン  2025年4月21日

適切なリーダーシップの重要性:バンディ・リー博士の研究
エリッサ・グラーフ

ダークマターとダークエネルギー
ドミニク・アブデルヌール

時代の徴
イエスの聖なるチュニック 他

S.O.P.-われわれの惑星を救え!
気候変動対策のための 「物言わぬ多数派」の活性化 他

ジョージ・モンビオット、 ピーター・ハッチソン共著
『インビジブル・ドクトリン 新自由主義の秘められた歴史』
(そしてそれが如何にしてあなたの人生を支配するようになったか)
フィリス・クレームによる書評

米国の石油産業に打撃
ポーリン・ウェルチ

「女性に力を与え、 文化の多様性を受け入れる」-選集
‘Empowering women and embracing cultural diversity’-a compilation

生命エネルギーの謎を解く (第三部)
ジェイソン・フランシスによるエリック・レスコヴィッツ氏へのインタビュー

ファシズムの初期兆候

編集長への手紙
1977年の夏の休暇で私がしたこと他

読者質問欄
ベンジャミン・クレーム

光あらしめん

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる「神の光」の示顕に、さらに近づいていく。このようにして人間は本来あるべき姿──生きた神々──となっていく。各々の転生がその登山道に一つのステップを切り開く。そのような体験ごとに、人はその乗り舟(器)にわずかずつ光を加えていき、それによって体〔*〕の波動を微妙に変える。このようにして、人間のすべての体が光の波動で振動するようになるとき、その仕事は完了し、旅路は終わる。すなわち人間の視点から見れば、その旅路は終わるのである。それを成し遂げた者の視点から見れば、旅路は始まったばかりである。

 このようにして各々の男女が人間から神へと変容を遂げる。物質の限界のすべてを備えたさなぎから、完全に自由になった「覚者(マスター)」が現れ出て、神の光を輝かせる。この光は広大な宇宙を横切って持続する。すべての次元と界を通してその特性を表し、それ自身を表現する様々な形態によってのみ条件づけられる。これらの形態が、物質の世界に意識がある者に対して、その「光」に近づく手段を与える。しかし本質的に光は無形であり、その存在を維持するのに構造を必要としない。

 われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている。また、各人の裡に、その光を輝き出させようとする意志もあり、このようにして神の特性は顕わされる。その光とその意志とは魂に固有のものであり、魂との整列ができるときその結果としてその活動が始まる。だから魂との整列を確立するようにして、神の目的を実践しなさい。自らの裡を探究し、すべての知識と愛の源を見つけなさい。魂の光を世に顕し、奉仕する者の列に加わりなさい。
 
 世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている。人類の用意ができているゆえに、新しい「光の時代」の幕開けをするために、覚者たちは自分たち自身を準備してきた。進歩への無限の機会が人類に与えられるだろう。自然のエネルギー(フォース)に精通する扉を開く様々な発見に、人間は驚嘆するだろう。このようにして、人間に明らかにされる神秘と美に、彼らは仰天するだろう。神の事実と、その神性と人間との関係を、しかと知るだろう。そして喜んで神の大計画に協力するだ 
ろう。

 宝瓶宮(アクエリアス)の時代の入口にあって、これらすべてが人類を待っている。それは、神の大計画が再び栄え、人間がついにはその運命を意識的に受け入れることになる時代である。
 今日、人は分裂と緊張で満ちた世界を見わたすとき、このことを疑うだろう。問題はあまりにも複雑であり、分裂はあまりにも大きいように見える。しかしまさにその時に、最も危急の瞬間に、大教師は来られ、新しい「光」をもたらそうとしておられる。そのようなお方が今、あなた方の中に在り、舞台脇で奉仕への招待を辛抱強く待っておられる。 
 この方のもたらす「光」を放ち、すべてを神聖の中に包みなさい。彼の教えを奉じ、困窮する者すべてに救いをもたらしなさい。彼の光を顕わして、この世界を新たに創造しなさい。

(シェア・インターナショナル誌1983年12月号)
〔*〕体=パーソナリティー、メンタル体、
   アストラル体、肉体。

腐敗行為の終止

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 ますます諸国家は、昔から続いてきた問題、すなわち腐敗行為を認知し始め、それを深刻に受け止めて対処し始めている。世界のある地域では、腐敗行為は何世紀ものあいだ生活様式になってきた。それはもちろん、多数の人々の犠牲の上に少数の者たちを利してきた。数え切れない長い間、腐り切った指導者や強力な政治家が、臣民や市民に賦課した税金の上に富を増やしてきた。現代では、西洋の大企業が大規模に“勘定をごまかしてきた”ことが発覚している一方、東側においては、すべての取引きが、誰かの手に“賄賂をつかませる”ことを必要とする習慣が当たり前になっている。

 腐敗行為は特定の民族や国家に特有であり、ある社会では、大統領や総理大臣から警察やスポーツに至るまで浸透している。最近の選挙が示したように、自由と民主主義を奉じているはずの国々においてさえも、選挙の腐敗は蔓延する。そのような腐敗した政府は失敗し、その国民を裏切り、そうすることで統治する権利を放棄するのである。
 そのような腐敗の直中で、信頼を生み出すことは可能だろうか。信頼なしには人間の未来はまさに荒涼たるものである。信頼なしには、より公正な資源の分かち合いはむなしい望みであろう。信頼なしには、われわれの惑星という家を維持するために必要とされる包括的な意思決定は決してできないだろう。神聖で有益な信頼なしには、人間は地球という惑星の管理人としての権利を喪失するだろう。

 そのようになるであろう。かくして人間は、即刻、社会のすべての層に、地球上の生活の隅から隅まですべてに染み込んでいる腐敗の腐食的影響に真剣に取り組むべきである。
 人間がこれをなすのを助けるために、マイトレーヤは様々な形で現れる腐敗行為の腐食的影響を人間に示そうと骨を折られるだろう。もし人間が本来の特質なる神になるためには、欺瞞とごまかしの古いやり方を放棄しなければならない。深刻な環境問題に取り組むために、人間は信頼のうちに共に働かねばならないことを、彼は説明されるだろう。

 信頼なしには、できることはほとんどないことをマイトレーヤは強調されるだろう。諸国家の指導者たちは彼ら自身があまりにも腐敗の中につかっているので、彼らは誰も信頼しない。
 人間が必要な信頼を生み出すためには選択は一つしかないことをマイトレーヤは示されるだろう。この豊かな地球の産物を世界中により公平に分かち合うことであり、そして豊かさの中で死んでいる何千万の人々の飢餓と貧困を永久に終わらせることである。

 指導者たちはマイトレーヤのことばに耳を傾けるだろうか。多くの場合、おそらく最初は否であろう。しかし間もなく至るところにいる民衆が耳を傾け、マイトレーヤの助言の賢明さを知るだろう。彼らはマイトレーヤの賢明なことばに全面的に同意し、彼の大義を支持するだろう。世界の世論は自分たちの声と良き指導者を見いだすだろう。その力に対して、貪欲な独裁者や腐敗した政治家の妨害しようとする声は次第に消えていくだろう。そのようになるだろう、そしてこの世界の浄化と変容が始まるだろう。

(シェア・インターナショナル誌2005年4月号)

編集部より

 私たちは1年の中程にいる。この2025年という年は、21世紀の四半世紀の終わりを意味する。時が過ぎ、途方もない可能性に満ちた未来へと歩みを進めるにつれ、一つひとつの選択、一つひとつの行動や身振りがこれまで以上に重要になる。人々はそれを感じている。私たちの時代には「何か」がある。私たちは何か重大なもの、何か極めて重要なものの瀬戸際にいる。

 ベンジャミン・クレームの師である覚者は、「光あらしめん」という記事の中でこう書いている。「各世紀を経るごとに、人間はその目標に、完璧なる『神の光』の示顕に、さらに近づいていく」。これは驚くべきことではないだろうか。私たちは「光」の存在なのである。覚者はこう続けている。「われわれ一人ひとりの裡深くに、そのような光が宿っており、輝き出る機会を待っている。各人の裡にすべてのコスモス(完全体系)の可能性が光っている」

 現在の世界情勢をどのように解釈しようとも、私たちが世界をどんなに厳しく残酷なものにしようとも、あるいは互いのために善意と協力に満ちたものにしようとも、美しさ、偉大さ、そして「光」の中へと入ってつかむ勝利が究極の目標であることは揺るぎない事実である。しかし今、私たちはさまざまな形で自らを破局の淵へと追いやってしまったように思われる。自らの裡にある「光」を、それに触れることができる限り多く表現することによって、私たちは自らを高め、すべての人にとって有効な解決策に向けて国際社会を動かす手助けをすることになる。

 これは、将来起こり得る苦難や、正義のため、真実のため、法の支配のために立ち上がる緊急の必要性を否定したり軽視したりすることではない。沈黙は共犯であり、無関心は暴政を野放しにする。腐敗した指導者層の「パンと見せ物」政策に惑わされ、享楽にふけったり混乱に陥ったりすることで、地球と私たちの集団的な未来を、権力欲と貪欲に駆られた1%の人々の手に委ねてしまうことになる。

 今月号に掲載されているベンジャミン・クレームの師による二つ目の記事のタイトルは、「腐敗行為の終止」である。何と革命的なアイディアであろうか! 現状では、あまりにも常識からかけ離れているため、おそらく考えが甘いと思われるだろう。しかし、この記事が指摘しているように、「そのような腐敗の直中で、信頼を生み出すことは可能だろうか。信頼なしには人間の未来はまさに荒涼たるものである。信頼なしには、より公正な資源の分かち合いはむなしい望みであろう。信頼なしには、われわれの惑星という家を維持するために必要とされる包括的な意思決定は決してできないだろう」。

 信頼、真実、基本的自由、民主主義、人権が、世界中の腐敗した権威主義的指導者たちによって組織的かつ意図的に侵食され、世界の有権者たちが「他者」やアウトサイダーを拒絶するよう促される中、バンディ・リー博士は、指導者たちの病理と、惑わされ、混乱し、憤りと憎しみをかき立てられた人々に対して皇帝の狂気が与える壊滅的な影響について説明している。私たちは、「グラマーは伝染する」ことを知っている。「集団思考」が存在することも知っており、事実が共有されるのと同じくらい簡単に非現実的なものが共有されることを経験している。

 今月号もまた、自然界を守るための前向きな行動のニュースなどを掲載し、希望に満ち溢れている。しかし、行動を起こし、否定的なことに抵抗し、「不吉な前兆」に気づく決意を固める必要があると考えている。ジョージ・オーウェルの有名な警告(著書『1984年』より)として次のものがある。「戦争は平和である。自由は屈従である。無知は力である」。これには先見の明があり、驚くほど身近なものであったことに留意し、今月号には「ファシズムの初期症候」のリストを掲載した。

 ファシズムという言葉には反発を覚えるかもしれないが、私たちが「逆さまの世界」、つまり、何もかもが見た目通りではない「あべこべの世界」に生きていることを人々は経験している。現実がひっくり返されることがアストラル界の主な特徴であることを、私たちはベンジャミン・クレームとジュワル・クール覚者から学んで知っている。虚偽であるものが本当のように見える(したがって、心理学で言う「投影」が、現在の政治で頻繁に使用されている)。すべてのものが 「逆さま」に見られ、経験される。この狂気に満ちた不確かな暗黒郷では、事実はなく、意見だけが存在する。真実はなく、自分の仲間の意見だけが存在する。科学には現実性がなく、法律には権威がなく、正義と政治は売り買いされる。オーウェルは全体主義国家について警告した。そこでは、プロパガンダや疎外、監視を通じて当局が国民を容易に掌握できるように、人々を混乱させ、弱体化させ、気をそらすことが目的である。

 一つの解決策は、人間性そのものである。「世界はもっと光を受け入れる用意ができている。至るところにいる人間は、己自身についての、そして神についての新しい知識に渇いている」
 また、今月号では、宇宙を旅して、コスモスの本質と、人類を一つの全体に束ねるものについて学ぶ。さらに、フランシスコ教皇の生涯が称えられている。何百万もの人々が教皇の逝去を悼む中、私たちはガザと共に涙を流す──何らかの助けと支援の行為とまではいかなくても、私たちの涙が憐れみ深いものであることを知りながら。

 今月号の記事の幅広さと多様性には、いささか驚かされる。ベンジャミン・クレームの師による記事でさえ、最高のものと最低のものを浮き彫りにしている── 一人ひとりの中にある「光」と、それを妨げる腐敗である。
 長年にわたり、ベンジャミン・クレームと共に働き、彼と一緒に、彼を通して覚者を体験した人々は、彼ら二人と、人類を助け導くための絶え間ない働き、愛、知恵、ユーモアを愛するようになった。二人の言葉は、地球のために、苦しむ人々のために行動する動機や原動力となるような希望を鼓舞している。



読者質問欄

世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。この大量の記録から、過去の年月にベンジャミン・クレームと彼の師である覚者によって提供された回答を掲載したい。

ベンジャミン・クレームが
フランシスコ教皇とその役割についての質問に答える

Q:フランシスコ教皇は、ほぼすべての言動において啓発されているように見えます。彼についてどう思われますか。
A:聡明であり、素晴らしく啓発されています。正直に役割を果たしています。

Q:教皇はこの特別なときに、マイトレーヤの出現について人々を準備し活気づけるために「配置された」のですか。
A:はい。まさにそうです。

(シェア・インターナショナル誌2015年9月号)

Q:(1)イエス覚者は現在のカトリック教会の枢機卿ですか。(2)イエス覚者(ご自身を教皇とは呼ばれないでしょうが)は、全人類と宗教を統合するためにフランシスコ教皇と共に働いておられるでしょうか。
A:(1)いいえ。(2)イエス覚者は世界的な規模で働いておられます。その中には教皇や他の宗教指導者が含まれます。

(シェア・インターナショナル誌2015年11月号)

Q:教皇とダライ・ラマは、正義と平和を求めています。宇宙の兄弟たちは、明らかに彼らの存在を知らせています。光の勢力の集合の一部として、フランシスコ教皇、ダライ・ラマ、そして宇宙の兄弟たちを含む明確な協調計画が存在すると言ってよいですか。
A:はい、全くそのとおりです。

(シェア・インターナショナル誌2015年12月号)

2025年5月号目次

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
新しい時代の生活

今月号の内容概説

視点
ガザ停戦の崩壊と女性への壊滅的な影響
マリーズ・ギモンド

生命エネルギーの謎を解く (第二部)
ジェイソン・フランシスによるエリック・レスコヴィッツ氏へのインタビュー

卓越した女性たち
ベンジャミン・クレーム

聖なる導き――ヘレナレーリッヒが
フランクリン・D・ルーズベルトに宛てた手紙
エリッサ グラーフ

知恵の覚者方 —選集
The Masters of Wisdom -a compilation

時代の徴
脚のない女性

S.O.P.われわれの惑星を救え!
ロンドンの超低排出ゾーンが効果を発揮 他

村を破滅から救ったメキシコのラパスの女性たち
シェア・ギルモア

米国全土でオンライン活動が急増中 ――映画サロンとウェビナー
サビナ・クレシ

平和のための週末 ――会議と平和行進についての報告

占星術――古代の人間科学
アート・ユリアーンス

米国での反撃は順調に進んでいる
ポーリン・ウェルチ

編集長への手紙
正しい番号 他

読者質問欄
ベンジャミン・クレーム

新しい時代の生活

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 未来の生活について書かれたものは多い。たくさんの架空物語(フィクション)が空想的な人類の生活の未来図を描くことに専念している。これらの書き物はほとんど例外なしに、テクノロジー(科学技術)と科学的に組織されたシステムに支配された生活と環境を描く。寒々とした機械的な未来図が提供されており、読者が、そのような味気のない展望より、むしろ不確かで危険に満ちたものであっても現在の方を好んだとしても無理はないだろう。

 しかしながら、未来は架空小説の作家が提示するような、非常に寒々とした人間の温かみに乏しいものである必要はない。科学とテクノロジーが繁栄することは疑いない。科学の発見を通して、生命の神秘が明かされ、宇宙のエネルギーをコントロールする時代に入りつつある。われわれのテクノロジーもまたこれらの発見によってもたらされる挑戦に適応するにつれ、さらに高度なものになるだろう。われわれは、適切なバランスが維持されて、科学の業績と資産が、人類がそれに仕えるのではなく、それが人類に仕えるような線に向けられることを確実にしなければならない。

 あなた方がこれを成すのを助けてあげよう。わたしたち覚者の仕事は、正しいバランスを維持する道に沿う新しい社会の発展を監督することであり、人間の必要を侵害するものは何であれ、わたしたちの推薦を受けることはないだろう。美と適合感が試金石となるだろう。見苦しくて機械的で人間の精神(スピリット)に害のあるものはすべて避けられるだろう。目標は、人間とその環境との間に正しい関係を完全な自由と調和のうちに維持することであり、そしてテクノロジーと科学の発達すべてが人間の必要により良く仕え、実在(リアリティ)の特性をより良く知ることの助けとなることを保証するだろう。

 このようにして、新しい機構の中に必要な安全装置があらかじめ設置されるのは確かである。いのちの高揚とその形態を美しくすることに関連することはすべて、わたしたちの祝福を受けるだろう。公共の福利に仕えるものはすべて、わたしたちの支持を得るだろう。 
 人間が彼らの環境との新しい関係を築く時がやって来る。人間と自然と神とは一体であるという意識に沿って、その真理の顕現を可能にする形態を人間はつくるだろう。総体のすべての側面との間に密接な接触(コンタクト)と自由な交換が行われるだろう。人生の意味と目的についての確かな知識が現在の混乱に代わり、これまで知られたことのない美の表示につながるだろう。真なるもの、善なるもの、美しいものが人生の中で現実となるだろう。

 これらすべては、現在の混乱状態から方向転換することを前提にしており、それに依存している。人間の必要により適合する線に沿って社会形態を根本的に再建設することなしに、良きものは何も生じ得ない。人間の天与の可能性が、現在の不浄な社会秩序のためにいかに犠牲にされているかに気づくならば、必要な変化を一刻たりとも遅らせないだろうに。人間がその可能性の栄光をぼんやりとでも感ずることができれば、それを達成するための道を阻むものは何ものも許さないだろうに。未来は、人間の最善の志向と壮大なビジョンを招いている。
 人間が犠牲にするものは神性ではなく、己の分離した自我であるような、そのような未来を築きなさい。人類同胞を愛において抱擁し、そして完全なる存在となりなさい。

(シェア・インターナショナル誌1983年2月号)

今月号の内容概説

 今月号では、人類の進化を助け、導くために、覚者方が──あらゆる国のあらゆる階層の際立った人物を通して──どのように働いているのかを説明し、浮き彫りにしていきたい。読者の皆さんもご存じのように、人間の自由意志が損なわれることは決してない。したがって、覚者方の課題は、個人や集団、国家が自らの道を選ぶ自由を残しながら、いかにして導きを提供し、刺激を与え、進むべき道を示すかということである。進化のペースと道筋は、完全に人類に、そして通常はいわゆるリーダーたちに左右される──有能か無能か、信念があるか堕落しているか、人々に奉仕することに専念しているか自分の必要と貪欲に忠実であるか、正気であるか現実から完全にかけ離れているか、そのいずれであるにせよ。

 こうした傾向を踏まえた上で、覚者方はどのように私たちの進化を助けるのか。各国が正しい選択をするように、どのように支援すればいいのか。覚者方にとって、より「手の届きやすい」人々はいるのか。危機の時代において、どのような要因によれば、困難を乗り越える可能性が高まったり、国家全体を率いる能力が増したりするのか。

 こうした疑問に対する答えを提供するために、いくつかの関連記事を紹介することにした。ベンジャミン・クレームは、その人のエネルギー的な構成が、人生の目的を達成するのにどのように役立つかを説明している。エリッサ・グラーフは、覚者方の霊的ハイアラキーが、舞台裏でどのように世界の指導者たちに直接助言を伝えているかに光を当てている──この記事の場合は、ヘレナ(エレナとも)・レーリッヒがフランクリン・D・ルーズベルトに宛てて書いた手紙を通して。今月号の選集は、覚者方について、覚者方がどのように働きかけ、人類を勇気づけているかについてさらに多くのことを明らかにしている。「あなた方がわたしたちを見るとき、わたしたちもかつてはあなた方と同じような人間であったことを覚えておきなさい。わたしたちはあなた方の未来を反映する鏡であり、そしてその未来への道をあなた方に示すことができることを覚えておきなさい。わたしたちは教え、鼓舞し、人間を闇から光へ導くためにやって来るのである」

 4月号と同様に、今月号でも引き続き、治癒や意識の探求に関連して、様々なレベルのエネルギーの糸をたどっている。磁気や催眠術、エーテルレベルのエネルギー、秘教占星術(占星学とも)といった話題に触れている──秘教占星術は、人類の進化に伴って紹介された新しい魂の占星術である。

 また、道徳と法を回復し、自然界を救うための積極的な行動にも注目している。私たちの最善の姿を示し、未来に対する人々の希望と信念を肯定する地球規模の意識と行動があるとすれば、それは不正義に立ち向かい、環境のために、そして抗議の声を封じ込められたり抑圧されたりしている同胞の市民のために立ち上がろうとする、大衆の行動と決意である。高次の指導に耳を貸さないように見える指導者たちが国際条約を破り、世界的な信頼と協力を踏みにじる中、積極行動主義は健在であり、成長を続けているように見える。

 地球や正義、人類そのもののために行動を起こすことは、希望──貴重な財産──の肯定的な表現である。醜悪なものと醜怪化がニュースを席巻しているように見えるこの時代に、ベンジャミン・クレームの師が「新しい時代の生活」で提示された豊かなビジョンを読み、その奥深さを味わいたい。

 「美と適合感が試金石となるだろう。見苦しくて機械的で人間の精神(スピリット)に害のあるものはすべて避けられるだろう。目標は、人間とその環境との間に正しい関係を完全な自由と調和のうちに維持することであり、そしてテクノロジーと科学の発達すべてが人間の必要により良く仕え、実在(リアリティ)の特性をより良く知ることの助けとなることを保証するだろう。

 このようにして、新しい機構の中に必要な安全装置があらかじめ設置されるのは確かである。いのちの高揚とその形態を美しくすることに関連することはすべて、わたしたちの祝福を受けるだろう。公共の福利に仕えるものはすべて、わたしたちの支持を得るだろう。人間が彼らの環境との新しい関係を築く時がやって来る。人間と自然と神とは一体であるという意識に沿って、その真理の顕現を可能にする形態を人間はつくるだろう」

シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。