意識の連続性

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 今日人類の中に、意識の連続性を達成し、したがって睡眠中の体験を保持できる人々が次第に増えている。これは、情報が頭脳にまで浸透してくるのを待つ時間の浪費がなく、したがってより急速な進化を伴う。それはまた、情報のより正確な受信を保証し、より正しい行動と結果につながる。
 これが人類にとって前進への道である。目覚めている状態と睡眠中の状態の間の意識の断絶は、これまで人類が大規模に向上する障害となってきた。何にも増して、それは人類をリアリティ(実在)の本質について無知なままにとどめ、したがって迷信と恐怖の中に置いた。
 人生の3分の1近くが睡眠に費やされ、その間に多くの情報・知識が提供され、そして受信される。得ることができ、知ることのできるかもしれない体験はたくさんあり、それは各人の人生を豊かにする。意識の転移が徐々に起こる機会が大規模に提供されたことはこれまでにかつてなかった。意識の連続性を達成する用意がすでに整っている大きな集団が存在し、彼らはただそれを達成する実際的なテクニックを欠くだけである。
 このテーマについてすでに提供されている情報がより広く知られ、そして入手できるようになる処置が間もなく取られるだろう。多くがすでに授けられており、人々の学習と応用を待つ。これまでに記録され、出版された数々の教えの宝箱に気づく者は、今日ほとんど存在しない。
 この達成の鍵は、意識のメンタル(識心)体への偏極である。アストラル(感情)体と肉体の正しい整列がメンタル偏極を徐々に築いていく土台を提供する。これが達成されると意識の連続性が自然に生じる。もちろんその達成の度合いはさまざまであり、その過程はかなり長期にまたがる。
 霊的無執着の必要性について多くのことが書かれている。この特性こそが、睡眠状態から持ち越された現象や情報を正しく解釈するための場をもっとも容易に提供する。それがなければ、意識の連続があっても、多くの歪みが生じ得る。
 霊的無執着は、非自己集中の結果として生ずる。奉仕と正しい瞑想を通して、弟子の意識の方向は、限度ある自己自身から自己でないものへ転移する。これが神聖なる無執着の状態を産み出し、欲望は静まり、裡なる真の霊人が顕現することができる。
 この顕現とともに、意識の連続が始まるための道が開かれる。肉体を離れて得た体験を安全に、正確に記録し、知ることができ、弟子の人生に新しい一章が開かれる。(進化の)道の上における弟子のレベルによって、学びの殿堂か、あるいは智恵の殿堂が、彼の知識の意識的領域となる。
 これまで、睡眠状態と目覚めた状態の間の意識の連続性について語ったが、さらに大きな意識の拡大が、生と死と呼ばれる二つの大いなる体験の領域の間の溝に橋を架けることができる弟子を待っている。
 いのちのみが存在するのである。死は、いのちのもう一つのレベルの体験を指す名前であり、人間の限られた意識を除けば、いのちは連続し途切れることがないのである。われわれが死と呼ぶ体験と、その間(生と死の間)の体験と、外的顕現への復帰を、完全に覚めた意識で思い起こすことのできる時が訪れつつある。そうすると、人間は死の恐怖をなくし、神の子としての本当のアイデンティティー(正体)を完全に認識するなかで、知識と至福の内界の収穫を刈り取るだろう。

(シェア・インターナショナル誌1987年11月号)

今月号の内容概説「いのちのみが存在する」

 シェア・インターナショナル誌の今月号の目次を見ると、多種多様な記事が集められていることが分かる。「視点」では、140人の専門家によって要望や解決策が提示されている。ベンジャミン・クレームの師は、睡眠中に人類の意識的な認識を促すという、ほとんど知られていない覚者方の働き方について興味深い説明をしている。「臨死体験の後遺症」と題されたマクネア・エザード氏のインタビューの第一部は、新しい調査分野を開拓するものである。一方、教育についてのベンジャミン・クレームの回答と、「新しい時代の教育」という話題に関する選集は、人類が己の本性と実相(リアリティ)についての新しい定義を受け入れることに向けて、歩みを進めていく方法を浮き彫りにしている。
 気候危機についての報告では、各国政府がいかに対策を講じているか、あるいは、この緊急の地球規模の課題に対処するのに失敗しているかが明らかにされている。パレスチナ自治区とイランでは不正義と暴力が横行しており、両国で続く紛争を暴露する二つの記事が掲載されている。レイモンド・ショー氏は「相互確証生存」について書いており、マイトレーヤ、ベンジャミン・クレーム、JFK(ケネディ元米国大統領)、ジェフリー・サックスの声を一つにまとめている。
 フランスとベルギー、日本から届いた寄稿には、シェア・インターナショナル誌に焦点を当てた展示会の様子が記されている。これによって一般大衆は、分かち合いという考えや、諸国の間に信頼の状況を創造するという考えに気楽に触れることになる。こうした状況があれば、交渉や協力、和平努力が活発に行われるようになるだろう。
 私たち人類と私たちの惑星、地球は決定的に重要な時点にさしかかった。輝かしい未来を確実なものとするために多くのことがなされる必要がある。それをなすことは可能であり、やがてなされるであろう。ベンジャミン・クレームの師が「意識の連続性」で書いているように、覚者方によって提供されている刺激により、私たちは徐々に、あまり間違いを犯さなくなり、より優れた、広い見識に基づいた選択をするようになるだろう。「これは、情報が頭脳にまで浸透してくるのを待つ時間の浪費がなく、したがってより急速な進化を伴う。それはまた、情報のより正確な受信を保証し、より正しい行動と結果につながる。これが人類にとって前進への道である」。私たちは「いのちのみが存在する」ことを認識するようになるだろう。その結果、人類はゆっくりと、「神の子としての本当のアイデンティティー(正体)を完全に認識するなかで、知識と至福の内界の収穫を刈り取る」ことを始めるだろう。

東京での「シェア・インターナショナル誌展」

N.I. 、T.K.

 コロナパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻、深まる米中対立など、世界が分断に向かう中、人々の意識も変化してきました。そのような中、私たちの活動も内容を再検討し、今まで試みていないシェア・インターナショナル誌そのものに焦点を当てた「シェア・インターナショナル誌展」を、2023年3月、7月に東京都武蔵野市で開催しました。
 同展の会場は、図書館併設の複合施設という場所柄、若い世代から高齢者まで幅広い年代の人が勉強したり本を読んだり、交流の場に使われています。1日に30~40人が訪れ、会場入り口に置いた電子掲示板の裏表紙画像に目を留め、多くの人がバックナンバーを持ち帰りました。若い人がパネルを見て回り、シェア・インターナショナルの記事を読み、静かに情報に触れる姿も何度か見かけられました。長い時間、座って資料を書き写していた高齢女性は「これは持ち出しできないと聞いたから書きとめているの。ハートが大事よ。ハートの形を展示したら?」と提案してきました。また、数時間丁寧に書籍なども見て、購読することを決めた人もいました。
 7月の開催時には、1982年の創刊号から3号までを日本語に翻訳して紹介しました。最初期の誌面には、どのような意図で世に出されたのかを窺える記事が多数掲載されています。その後40年経ち、世界でさまざまな問題の緊急性が高まる今、クレーム氏がもたらした情報を伝える意味とその価値に改めて気づかされる人々も多いのではないかと思います。
 このようにシェア・インターナショナル誌に特化した展示の取り組みはまだ始まったばかりなので、訴えかける力を持つ裏表紙写真などで展示を充実させ、この月刊誌を通して「新しい霊性の時代」についてより多くの人々に考える機会を提供していければいいと願っています。
 本展を見に来た購読者が次のような意見を寄せてくれました。
NK氏:「政治、経済、社会が本来霊的であるとはどういうことなのかについて、シェア・インターナショナル誌は40年以上にわたり多角的に提示し続けてくれていたが、この情報に今、ようやく世界が追いついてきているのではないかと私は思う」
KE氏:「緊急な対応が必要とされる今の世界状況を考えると、この情報を伝える価値は十分にあると信じます。今や人々は答えを求めており、調和と平和に基づいた新しい霊性の時代を心の奥底で渇望しているのではないでしょうか」

新しい時代の教育――選集

 Education in the New Time──  a compilation

新しい時代の教育というテーマに関する引用文の選集を掲載する。引用文は、マイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第Ⅰ巻、第Ⅱ巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 マイトレーヤが世界の前に姿を現すとき、新しい時代の始まりを布告するであろう。来るべき時代に人間は、いま転生している者には夢見ることもできないような高みに上昇するだろう。新しい教えは新しい知識を生み、新しいインスピレーションは新しい啓発を生む。そしてすべてが秩序正しく、順を追って起こるだろう。希望は確かなものとなり、恐怖は信に、無知は智恵に道を譲るだろう。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』──来るべき時──より)

 今日の卑しい物質主義が克服され、この惑星で生きることと、この惑星で生きるために必要なものとのより適切な関係がそれに取って代わるとき、言い換えれば、物質的な観点から見て私たちがもっと簡素に暮らすようになるとき、教育制度は善意を顕示する適切で健全な人間性の発達にとって決定的に重要なものと見られるでしょう。善意は「欠くべからざるもの」として位置づけられるでしょう。私たちが善意を顕示するのが当たり前と思うようになるまで、一時の間、すべての人々が善意に没頭するでしょう。これが起こるとき、現在の教育制度は相対的に不適切であることが分かるでしょう。それは真の「存在」を大切にするものではありません。……
 新しい教育はまさに内的な意識の発達に関係するでしょう。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』)

 わたしの覚者たちはいのちの規律(ルール)を、あなたがたに教えるであろう。わたし自身は人類を招くあのより高度の光を、あなたがたに見せるであろう。わたしの教えは二重である。一つは、人間の物質面にかかわることであり、人生の必要事項である。もう一つは、我々が神と呼ぶあの聖なる存在と人間との関係についてである。わたしの言語の中では、これらは同じものである。なぜなら人間同士が正しい関係を築いてこそ、神との正しい関係を築くことができるのであるから。わたしの計画は、これをあなたがたに示し、人が己自身の裡に、分かち合い、愛し、信頼する能力を見いだす時、その瞬間から神へ向かう登り道が始まることを教えることである。

(『いのちの水を運ぶ者』第29信より)

 意識してかしないでか、人間は自分たち自身を追い越して、すべての予想に反して、新しい啓示を受け、新しい光と知識を受ける用意ができた。人生に新しい意味と目的を見いだし、その増大する認識をテクノロジー(科学工業技術)や科学やまったく新しい関係の中に実証する用意ができたのである。理由なくして、「生徒の用意ができたときに師はやって来る」と言われてきたのではない。このことは個人におけると同じく、集団の規模においても真実である。今日、生徒としての人類は、試され、試練を通過した世界の弟子としての人類は、新しい人生に、人類種族への奉仕の人生に入る用意がある。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』──新しい光、新しい理解──より)

 今日の教育のほとんどは、ある意味では、職業教育です。人々は、外的な商業主義社会での生活を送るために、競争という鞭を当てられて装備を整えています。これは変わるでしょう。競争は協調に変わらなければなりません。……
 これが変わると、魂の事実を人々は認識し、覚者方がその模範を示すでしょう。人々は自分たちが魂であることを認識し、魂の方に向きを変えるでしょう。その時、魂のいのちのための教育、そして魂の心理学が、ますます私たちの教育体系の基準になるでしょう。

(『光の勢力は集合する』)

 人間は彼らの人生を支配する精妙な法を学び、理解するだろう──すべての者の運命をコントロールする「カルマまたは原因結果の法則」、それに関連して、魂が物質の中に転生する旅を可能にする「再生誕の法則」、正しい関係を支配する「無害であることの法則」、そしてすべての進化がそれによって進行するところの「偉大なる犠牲の法則」である。
 これらの法の理解を通して、人間は彼らのメントール(良き指導者)に、兄たちに、似るようになり、すべての者が分かち持つ神性を顕示するようになるだろう。賢者たちの教えに耳を傾け、一歩一歩、彼らの生得の権利を受け継ぐだろう。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』──いのちの法と規定──より)

 わたしの兄弟である覚者たちが、あなたがたを彼らの智恵の光の中へ導き、人間の過去の歩みを一望のもとに繰り広げてくれるだろう、そしてあなたがたに、いにしえの法を教え、未来へのあなたがたの歩みを導いてくれるだろう。兄に接するように彼らに向かい、信頼して、光に照らされた道を示してもらいなさい。

(『いのちの水を運ぶ者』第49信より)

 この時のための準備の仕事を先導してきた比較的少数の者たちは、彼らに別の奉仕の分野が提供されることを発見するだろう──広大な範囲の教育の仕事である。あらゆるところから質問が出されるだろう。長い間感じられていた知識への渇望は堰を切ったように溢れ出して、その堤防を破るだろう。……
 世界的に様々な協会や団体が彼らの役割を果たして、必要な教えの広範囲な配布を保証するだろう。提供される教えはまだたくさんあるが、しかし、すでに授けられた教えで人間の手の中にあって開かれもせず、読まれてもいないものがたくさんある。多くを読む習慣を植え付ける努力をすることを勧告する。系統だった教えの勉強とマイトレーヤの教訓を実際に生きる真摯な努力が、教えるために必要なバランスと権威を与えるだろう。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』──新たなる奉仕──より)

 教えるということは、開かれてはいるがまだ限られているマインドに、人間であるということはどういうことか、他の人々と一緒に平和に、すべての人のための正義と自由を尊重していかに生きるべきかについての概念、理解、知識を与えることに関するものです。それは大きな仕事、壮大な仕事であり、決して楽な仕事ではありません。しかし、創造的な仕事です。すべての芸術、すべての科学、すべての哲学、すべての宗教の本質は創造性です。

(『光の勢力は集合する』)

 わたしの計画は、あなたがたの真なる姿をあなたがたの裡に気づかせ、あなたがたが神御自身そのものから出でた者であり、その聖なる本源へ戻らねばならないことを示すことである。わたしの任務は、その行程を、正当なる嗣業に辿りつくためのあの長い道程を、楽にしてあげることである。わたしたちがお互いに兄弟として出会うときに、我が友よ、あなたがたはわたしの中に、その道をよく知っている案内人を、教師を、見るであろう。なぜならわたし自身ずっと昔にその同じ道程を辿り、その道の道標をよく知っている者であるから。

(『いのちの水を運ぶ者』第66信より)

 私の理解するところでは、マイトレーヤ御自身は教育における変化の必要について広い一般的な主張しかなさらないでしょう。しかしながら、時を経て、特定の覚者方が、世界中の教育機関の構造と教育内容の両方に対して明確な変化をもたらすよう鼓舞するために働かれるでしょう。彼らが望む改革は、主として教育の目的を再考して、それがさまざまな発展段階において、進化しつつある聖なる存在としての人間の必要を満たす役割をより完全に果たすようになることです。個人の必要にもっと柔軟に応えられるようなカリキュラム(教育課程)の再編、地域共同体のすべての領域がより密接に教育課程に介入すること、各国において、教育を最優先させることです。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』)

 新しいテクノロジー(科学技術)が数え切れない大勢の人々を退屈で骨の折れる繰り返しの作業から解放するだろう。すべての分野における知識への要求が大学や工場や農場の扉を大きく開き、そして学ぶことへの新しい熱意が世界中に顕現するだろう。かくして、人々は転生体験の底に横たわる目的をより良く理解し、そうしてわれわれの肉体、アストラル体、メンタル体に対する必要なコントロールが増大するだろう。これが人間をイニシエーションの扉へ、そしてそのようにして完成へと導くだろう。

(『覚者は語る 第Ⅱ巻』──蘇る地球──より)

 ハイアラキーのイニシエートの多くは、公に外的に三次元の世界で働き、多くの人々に知られるようになる。秘教学校が再開され、多くの人々は今、大学に行くようなかたちで通う。イニシエーションに必要なことを学び、修行し、そしてハイアラキーに入れるように準備する。来たるべき時代には、これが高度に進んだ人類にとっての目標になるでしょう。

(『世界教師と覚者方の降臨』)

 「未来は何をもたらすだろうか」と問われたら、こう答えなさい──輝ける星が天空におけるその正当なる位置を放棄して、われわれの中を歩くことを選ばれた、そして地球上でまだ見られたことのない贈り物を携えて来られるのだ、と。その方の名をマイトレーヤという。この「幸いなるお方」は、人間に彼らがなることのできるところのものについての方法を教えるだろう。人間に神のハートへの秘密の入口を示して、その中に案内してくれるだろう。人間と天使と共に歩いて、これらの二つを関係づけるだろう。模範と教えによって、自己救済への道を示されるだろう。世界を再生し、活気づけるだろう。この方が扉を叩く音に耳を傾けなさい。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』──扉を叩く者──より)

 わたしの存在が、人の心の裡に歓ぶ心と正しく分かち合う能力と愛を喚び起こす。このためにわたしはここに居るのである。これが確かなことを知り、恐れるでない。わたしの臨在は人の心に新しい驚異の感覚を呼び起こす。己の裡を、そして周りを見回して、人は、夢見ることもできないような知識と、ただ願うことしかできないような智恵と、己自身のものであると知っているあの愛の表現、これらを一望のもとに見渡せるような感覚を得る。これが確かなことを知り、恐れるでない。

(『いのちの水を運ぶ者』第103信より)

臨死体験の後遺症──第一部

マクネア・エザードによる
ジャニス・ホールデン博士へのインタビュー

ジャニス・ホールデン博士は、国際臨死研究協会(IANDS) の会長であり、論文審査のある同協会の専門誌「臨死研究ジャーナル」の編集長である。彼女はノーザン・イリノイ大学でカウンセラー教育の教育博士号を取得し、ノース・テキサス大学(UNT)のカウンセリングプログラムの教員として31年間勤務した。彼女の主な研究の焦点は、カウンセリングを通して臨死体験、死後のコミュニケーション、その他のトランスパーソナル体験の意味を探ることである。IANDS は、研究、教育、コミュニティー、サポートを通じて、臨死体験とそれに関連する体験についての世界的な理解を促進することを目標とする非営利団体である。マクネア・エザードが、シェア・インターナショナル誌のためにホールデン博士にインタビューを行った。

シェア・インターナショナル誌(以下SI): IANDSのウェブサイトには、人々が利用できる資料がたくさんあります。

ジャニス・ホールデン:はい。私たちは「臨死研究ジャーナル」を年に3回発行しています。このような経験をしたことのある人、または、そのような経験に個人的または職業的に興味がある人のために、あらゆる種類の資料を用意しています。例えば、医療・保健の現場における臨死体験のページを用意しています。こうしたページを見ると、医師や看護師、牧師、救急医療技術者は、人々に役立つような方法で、臨死体験の開示に対応する方法を知ることができます。臨死体験をした人は、臨死体験を打ち明けたときに他人から悪い反応を受けた場合、傷つく可能性があります。毎年シンポジウムも開催しています。最初は3年前でした。医療現場での臨死体験をテーマにしたものでした。二つ目は、臨死体験とそれに関連する体験から心と脳の関係が明らかになるというものでした。最近のシンポジウムは、悲嘆とグリーフ・カウンセリング(悲嘆を癒すためのカウンセリング)における臨死体験とそれに関連した経験の役割についてのものでした。当団体には、米国および世界中の人々のための地方グループがあり、通常は月に一度のペースで集まります。IANDS には「IANDSグループ・アンド・イベント」という支部もあります。これは、地方グループの近くに住んでいない人々のためのオンラインサイトです。

SI:なぜ臨死体験に興味を持ったのですか。

ホールデン:おそらく、私が臨死体験に魅了されてきた根本的な理由は、全人類が臨死体験を取り入れれば、世界は全く違った場所、より良い場所になるだろうという知識と態度を持って臨死体験者たちが戻ってくるからです。臨死体験者のメッセージは、愛が最も重要であり、地球上で肉体的に存在する私たちの目的は、愛する能力と知識を獲得する能力を向上させることである、というものです。しかし、人々がそれを信じるためには、臨死体験が単なる心の産物以上のものであると信じなければなりません。だからこそ、私は「真の知覚」と呼ばれる現象に特に興味を持っているのです。臨死体験中、人々は物質世界と超物質世界の両方で、身体の状態や位置からすると知っているはずのないことを認識します。復活して報告すると、それが正確であることが確認されます。その一例を挙げましょう。
 私のお気に入りの一つ、手術を受け、その間ずっと完全に麻酔をかけられていた男性の体験です。彼の心臓の鼓動が止まりました。それは予想外でした。医療チームは彼を蘇生させようと奔走し、蘇生に成功しました。彼は安定し、手術は終了しました。その後、医療チームは彼を術後の病院に連れて行き、そこで彼は意識を取り戻しました。彼は担当の看護師に「自分が手術中に亡くなったことを知っています」と語りました。すると彼女は「何?」と言いました。彼女は手術中に何が起こったのか本当に知りませんでした。「そうです。私は体の外にいたのです。天井に立って見ていました。外科医はまるで飛ぼうとしているかのように腕をバタバタさせていました」。看護師さんは「えっ、何?」と言いました。
 これはバージニア大学で起こりました。ブルース・グレイソン博士は精神科医であり、臨死体験の第一人者です。そこで、看護師はグレイソン医師に電話して、「ここに患者がいますが、あなたが興味を持っているような経験をしたかもしれない患者です」と言いました。ブルースはすぐに病室へ行きました。何らかの別の説明が可能な時間の経過はありませんでした。男性はブルースにその話をしました。ブルースはその後、当時手術室にいた各人へのインタビューの予定を立てました。誰もが同じ話をしました。「はい、彼はそのようにします」というように。ブルースは外科医と連絡を取り、外科医は、手洗いをしたら、無菌の手を胸の無菌ガウンの上に置くように教えられていたことを知りました。実際に患者の治療を開始するまでは、無菌の手を降ろしません。その間、同僚はさまざまな作業をしたり、患者の開腹をしたり、準備万端を整えます。その間に患者は心停止に陥りました。外科医は胸に手を当てて、ひじで指示をして、トレイをどけ、メスを手に取り、あれこれのことをします。外科医は腕をバタバタさせて、飛ぼうとしているように見えます。この事例が非常に良いのは、音の手がかりが全くなかったことです。患者には何も聞こえませんでした。ひじで指図をしていれば音は鳴りません。それは異例な、独特のことでした。それはこの外科医の単なる癖だったため、誰も話題にしませんでした。誰もが知っていましたが、考えもしませんでした。これを説明する方法は、この男性の意識が本当に肉体を離れて物質世界を眺めていたということ以外にありません。

SI:臨死体験について調べていると、臨死体験をした後に人々が直面する可能性のある後遺症が数多くあることが分かりました。そうした後遺症について話していただけますか。

ホールデン:一部の臨死体験は比較的浅いものです。これは批判的な意味で言っているのではなく、特徴の深さという点でそれほど多くはないという意味です。非常にインパクトのある特徴がたくさんある奥深いものもあります。
 私たちが知っていることの一つは、臨死体験が深いほど、その人は変容的な後遺症を残す可能性が高くなるということです。経験が浅い人が変容できないという意味ではありません。変容することもあるからです。深い経験を持つ人は変容に抵抗するかもしれません──いずれにしても変容は起こります。一般的に言えば、臨死体験が深ければ深いほど、その変容は大きくなります。この変容は非常に総合的なものです。人々の基本的な価値観が変わります。例えば、臨死体験の後、人々は富や物質的なものの蓄積に無関心になります。物質世界を楽しんでいないわけではありませんが、もはや全面的な優先事項ではなくなります。優先事項は愛になります。人々は死への恐怖を失います。自分たちが一時的に死んだことを認識しています。死がどういうものであるかを知り、恐れるものは何もないことを知ります。この部屋から次の部屋へ歩いていくようなもので、とても簡単に移行できる、と複数の人が言っているのを聞いたことがあります。非暴力になり、思いやりを持つようになります。人々の政治的見解は変わります。この経験は人々を適度にリベラルな立場へと導きます。だからといって、保守的な人がいないわけではなく、確かにいますが、大多数は結果的に穏健なリベラルになりました。これらは心理的な変化の一部です。
 その後、精神的な変化が起こります。人々は、臨死体験以前にはなかった、この別の領域とのつながりを感じ続けています。臨死体験でイエスやその他の有名な宗教上の人物に出会う人もいます。未来を見る、テレパシーを開発する、他の人が経験していることを知るなど、いわゆるスピリチュアルな才能を発達させることがよくあります。霊的なものに興味を持つようになります。臨死体験をした人の多くは組織化された宗教から離れます。よりスピリチュアルになったと自分のことを描写しますが、必ずしも宗教的ではありません。だからといって、今でも自分の宗教と深く結びついている人がいないわけではありません。ここでは一般的な傾向について話しています。
 身体的な変化もあります。短い睡眠時間しか要らなくなる人々がいます。食べ物の好みも変わります。環境の刺激、薬、音、その他の種類のものに対してより敏感になります。さらに電磁効果と呼ばれる現象があり、臨死体験の後、人は環境内の電子的なものに影響を与えます。例えば、臨死体験の後は電池が切れてしまうため、多くの人は腕時計をしません。交換してもらっても、数日以内にまた駄目になってしまいます。電球にまつわる経験をした人は多いでしょう。ある人は、子供たちと夕方の散歩に行くと、子供たちは大喜びしていたと言いました。子供たちは、街灯の下を先に歩いてほしいと言いました。その人が街灯に近づくと、街灯が消えてしまうからです。その人が街灯を通り過ぎると、街灯は点灯します。次の街灯に近づくと、消えてしまいます。これらの人々は同じ人間であることに変わりはありませんが、こうした心理的、スピリチュアル的、肉体的な変化によって、同じ人間でも別の存在になります。これは社会と世界にも影響を及ぼします。臨死体験時に結婚していた場合、離婚する傾向が高くなることが分かっています。私たちはその力学について少し知っています。人々は組織や友人との付き合い方を変えます。家族に亀裂が生じる可能性があります。例えば、毎晩家族と一緒にテレビを見ていた父親が、あまりの暴力のせいでテレビを見ることに耐えられなくなります。そうなると、家族はどうすればいいのでしょうか。臨死体験は、こうしたあらゆる社会的影響を及ぼします。

SI:自殺を図り、その過程で臨死体験をした人々についての研究はありますか。臨死体験は彼らに後遺症を残したのでしょうか。

ホールデン:はい。自殺未遂に関連した臨死体験の記録があります。一般的に言えば、私たちが発見したことは、人口の中に一定数の人々が存在し、彼らは一度試みると、再び試みる可能性が高いということです。ただし、自殺未遂中に臨死体験をした場合、その可能性は低くなります。罰を受けたからとか、罪悪感があったからとか、そういうことではありません。臨死体験中に自分の人生には意味と目的があることを学んだということです。人生を終わらせるのは、学校を中退するようなものです。臨死体験をした人の多くは、もし自殺に成功していれば生まれ変われるような感覚を覚えたと語ります。生まれ変わると、自分がより良い方法で対処できることを期待しながら、最初からやり直し、今世の困難な状況を追体験しなければならないでしょう。
 人々はこの経験から、自分たちの人生には目的があり、人生の課題に直面し、そこを乗り越えることが運命づけられており、そこからできる限りの精神的な成長を得ることができるという感覚を持ちながら帰ってきます。
 これは、臨死体験をした人が二度と自殺を図らないという意味ではありません。それは確かに起こりますが、一般の人よりもはるかに頻度は低くなります。そうした場合、それは通常、後遺症の一つによるもので、ほとんどの臨死体験者にとって、その体験は非常に楽しいものです。彼らは完全に愛に没頭し、愛と一体になっていると感じます。地上の存在に戻ることは、本当に衝撃的な経験です。彼らは臨死体験で感じた愛と平和を懐かしんでいます。時々、その切望があまりにも深いため、再び自殺を試みることもありますが、非常にまれです。それが動機だと当事者が語っていた事例を数件だけ知っています。臨死体験を経験した人のほとんどは、ここにいることにただ対処しています。彼らは理由があってここに戻って来ており、それを最大限に活用しようとします。

シェア・インターナショナル誌展にハートが足りない?

 2023年7月1日から3日間、東京でシェア・インターナショナル誌展が開催されました。2日目のお昼前に到着すると、一人の高齢女性が椅子に座って、スタッフの女性と話していました。私たちは大規模な広報はしていませんでしたので、「あ、お客さんがいる!」と、うれしくなりました。
 しばらくパネルを眺め、資料をめくり、私もお客になったつもりで会場内を歩いていました。すると「ちょっと、あなた」とその女性に呼び止められ、隣に座らされました。「私ね、アイディアがあるの。アイディアがあるのよ! ハートが大事なのよ。ハートの形をここに置いたらいいんじゃない?」。急にそんなことを言われるとは思っていなかったので驚いたのと、「ここにはハートがない」と見事に指摘されてしまったような、ばつの悪い感情が一気に沸いてきました。
 しばらくして、また女性のそばに行くと、ずっと何かを書きつけていました。「この資料、もらえないって言うから書き写してるの」。女性の手元を見ると、大量の紙の束に大量の文字が書かれています。しかも、殴り書きに近い、とても読めるような文字ではありませんでした。
 それから1カ月経ち、シェア・インターナショナル誌のレポートを書くことになり、この奇妙なやり取りを思い出しました。この女性が伝えてきたことは何だったのでしょう。この展示企画を通して、私たちは何を世界に伝えていくのか、分かち合うってどういうことなのかと、根本的な問いを投げかけられているように感じています。

T.K.
日本、東京

次の2通は同じ人物からのものです。

明確さに重点を置いて

 (1)約8年前(おそらく2015年)に、私はパリ地区のフェアでメンバーとして参加しました。その展示会でグループがブースを出した初めての年で、私には二度目の参加でした。かなり大きな会場は、「ウェルビーイング(幸福)」をテーマにした数多くのブースでいっぱいでした。私たちは非常に不利な配置をされていて、部屋の奥の隅で、テーブルもとても小さいものでした。私たちは二人だけで資料の配置を終えると、そのような小さな場所に、あまりに多くのものが詰め込まれているという感じがしました。よく言われるように、「情報が多すぎると情報が失われる」のです。世界教師の出現についてのチラシに加えて、ミステリーサークルの写真、奇跡の写真、『我らの惑星を救え』というような気候変動についての情報が展示されていました。私はメンバーにレイアウトについて思うことを伝えましたが、これはそのようなものだからと彼に言われました。私はこの活動には新参だったので、しつこく言うことはしませんでした。
 大勢はいませんでしたが、人々は私たちの方を見ることも近づいてくることもなく、ロビーに入ってきました。彼らはより大きく魅力的なブースへと向かいました。午前中はうんざりするほど長く感じました。
 突然、60代の一人の女性がロビーに入ってきて、断固とした素早い足取りで私たちのブースにまっすぐ向かって来るのが見えました。彼女はテーブルの前に立って、「あなた方はここで何をしているの、何について伝えているの?」と言ってきたのです。
 マイトレーヤと知恵の覚者方の出現についての話です、と私は返事をしました。
 すると厳しい口調で、「もしあなたが覚者方の出現について伝えるのならば、正面に置くべきなのはその情報です。ここは紛らわしいので、あなた方が何について伝えているのかよく分からないのです」と言いました。私が驚いたのは、私の考えたまさにそのままを彼女が言ったからですが、私はあえてあまり強くは言いませんでした。それから彼女は満面の笑みで、「さあ、幸運をお祈りしますよ。あなた方のしていることはとても良いことです」と言ってくれました。
 そして彼女は去っていき、他のブースを訪ねることも見ることもせずに会場を出ていきました。
 以前、私には(ベンジャミン・クレームの師によって確認された)イエス覚者との出会いがあり、この女性の存在に同じエネルギーを感じました。彼女の話し方がとても毅然としていたので、その人はイエス覚者か彼の代弁者だと思いました。

(2)2023年4月16日にパリのグループと共に、分かち合いの概念に焦点を当てた『未来への鍵』と題した講演とビデオのイベントを開催しました。イベントは分かち合いについてのベンジャミン・クレーム氏のパリ講演からの抜粋で始まり、聴衆からの質疑応答があり、軽食の時間で締めくくられました。
 休憩時間中に、私は中年の女性と長々と話をしていました。私たちはたくさんのことについて話しましたが、とりわけ覚えていたのは、彼女がクリシュナムルティについて話したことでした。彼女はイエスとマイトレーヤの違いを説明してほしいとも言ってきました。講演の中でその点があまり明確ではなかったと言われました。それから無料のイベントの重要性を力説していました。
 私は文化活動がとても好きなのですが、価格が上がってしまったので、数年前ほどは出かけられなくなりました。このことをその女性には伝えなかったのですが、彼女から何度か、無料の文化活動を提供しているサイトをインターネットで探してみるように強く勧められました。パリで無料の講演やコンサート、映画に行ける場所の住所まで教えてくれたのです。彼女と話していた間、彼女には以前に会ったことがあるけれども、どこで会ったか分からないと思っていました。彼女は非常に磁力的なエネルギーの持ち主で、とても素敵な人でした。
 夜に自宅にいても彼女について考えずにはいられなくて、どこで彼女に会ったか思い出そうとしていました。そう思いながら眠ってしまいました。翌朝、ちょうど目が覚めた時に、「それはイエス覚者!」という言葉が頭の中に聞こえたのです。そして突然、数年前に資料の並べ方を変えた方が良いと言ってきた、あの同じ女性だったことを思い出しました。

J.J
フランス、パリ

読者質問欄

回答 ベンジャミン・クレーム

新しい時代の教育

以下の質問と回答は、1996年のジョージ・カトリンによるベンジャミン・クレームへのインタビューから抜粋されたものである。

Q 「新しい時代の教育」とは何かということから始めましょう。あなたにとって「教育」という言葉は何を意味しますか。

A 私にとって教育とは、前世から受け継ぎ、発達の特定の段階で生まれてきた男性や女性、子供を、その潜在能力を最大限に発揮することへと備えさせる活動のあらゆる側面です。個人は、魂の表現、知性、身体的装備に関して、また、その人生で何に恵まれているにせよ、特定の潜在能力を持って生まれてきます。したがって、私にとって教育とは、与えられた人生においてその人の可能性を最大限に引き出すことに向けて、男性や女性、子供を物質界、情緒界、メンタル界、霊的界層において適応させることです。

Q あなたは教育をかなり広範囲に捉えていますが、親は教育者だということになりますか。それは本当でしょうか。

A すべての子供が親の真似をするという意味では、すべての親は良くも悪くも教育者です。親の態度が悪ければ、それは悪い教育です。親が愛情と忍耐をもって子供を包み込み、どの分野であってもその表現力を高めようとするなら、もちろん、子供の教育において役割を、必要不可欠な役割を果たしていることになります。しかし、もちろん、私たちは皆、自分の親から受け継いだものを子供たちに演じており、もしそれが穴だらけであれば、それを私たちが受け継いでいくのです。私たちは汚物を伝え、後でそれを外部化します。それは教育ですが、悪い教育です。

Q 正規の学校についてはどうですか。職場のような場所には教育の可能性があると考えられますか。

A もちろんです。実際、私は将来の教育において、より正式な学校の状況や外部の職場、そしてコミュニティー全般で、より大きくより緊密な関係が起こると考えています。教育の一環として、かなり若い年齢の子供たちを本格的なコミュニティー活動に参加させ、最初から自分たちを家族よりも広く、家族とは異なるコミュニティーの一員であると認識させる必要性が高まっていると考えています。それは学校に取って代わるものではなく、学校が実現できるものを強化するものです。
 教育へのどのような新しいアプローチにおいても基本的に必要とされることは、魂の生命を事実として理解し、認識することであると思います。私たちは転生する魂であり、物質界で進化する魂です。魂の次元は完璧です。しかし、転生において、魂は、物質界で意のままに表現できるようになるために、魂の特質をますます完全に顕示することのできる乗り物──つまり物質界の男性や女性──を創り上げるところまで進化します。
 残念なことに、これまでほとんどの国の教育は非常に国家主義的でした。人々は自分の国の歴史を、通常は非常に偏った形で教えられてきました。その国に関するすべてのことは「善」であり、他の国のしたことは「悪」でした。これは、発達途上にある子供に非常に有害で誤った世界のビジョンを与えています。したがって、教育とは、まず第一に、子供に自分が家族の一員であることを示さなければなりません。そうすることで、宝瓶宮の統合するエネルギーが世界意識を生み出すために使用されます。私たちは大小の一つの国に一人で生きているのではなく、今日の67億人が共有する世界に生きているということ、私たちが関係しなければならない友人や隣人がたくさんいるということ、そして何よりも子供には、これが地上での生活の基本的な立場であることを教えられるべきです。それは一つのグループ、一つの家族という考え方です。家庭に入ってくる資源を家族が共有するのと同じように、人類家族も神聖な摂理によって与えられた資源を分かち合う必要があります。

Q 世界教師マイトレーヤの到来は教育にどのような影響を与えるでしょうか。

A 私が考えるに、教育で根本的に必要とされることは、転生している魂としての神聖な潜在能力を人々に顕示させることです。こう考えているのは私だけではありません。
 世界の山々や砂漠での隠遁生活から日常世界に戻ってきた覚者方の活動が顕在化することは、人類に肉体的、精神的、感情的、心理的に多大な影響を与えるでしょう。私たちは魂が本当に存在することに気づくでしょう。彼らは魂の王国です。イエスのような人が毎日人々に話しかけるでしょう。彼はご存命で、過去7年間ローマに住んでいます。一方、覚者方の師であるマイトレーヤはご健在で、1977 年以来、世界中を自由に移動しながらもロンドンに住んでいます。
 もしこれらが事実であれば、霊的ハイアラキーの事実は魂の事実も証明することになるでしょう。人々は「あれは聖ヨハネだ」とか「あれは聖ペテロだ」と言いますが、実際はクート・フーミ覚者とモリヤ覚者です。輪廻転生が人生の事実であることが明らかになるでしょう。再生誕は私たちが進化するための基本的な手段です。何度も何度も転生を繰り返すうちに、私たちは徐々に進化し、最終的にはこの惑星が学校や学級として私たちに教えることがなくなり、その後私たちは覚者になります。より高度な惑星や太陽系などに進むこともできますし、多くの覚者方がそうしてきたように、後に残り、彼らのようになり、自分自身を統御し、物質的な次元から最も高い霊的な次元までのすべての次元を制御する方法を私たちに教えることもできます。これは、私たちが地球上に存在する理由についての人間の考え方を変えるでしょう。

魂、死と再生誕のプロセス

Q 『チベット死者の書』はどの程度正確ですか。

A 編纂されて以降の言語や表現の変更を考慮しても、その精度は驚くべきことに85~90%です。

Q この本で説明されているイメージは象徴的なものですか、それとも文字どおりに解釈すべきですか。

A 象徴的に説明されているものもあれば、まさしく文字どおりに受け取ってよいものもあります。

Q チベット死者の書に記述されているすべての段階を理解するにはどうすればよいですか。

A それらは、アストラル界の七つの界のそれぞれに関連する経験の、象徴的または文字どおりの説明です。死ぬと、人は(進化の時点とカルマに応じて)「バルド」つまりアストラル界で長いまたは短い「時間」を過ごします。

Q (1) 誰もがこれらの死の段階を経験しますか、それとも、 (2) 一部の人々はいくつかの段階を「スキップ」しますか。

 A (1) いいえ。 (2) はい。

(シェア・インターナショナル誌 1992 年9月号)

Q 『マイトレーヤの使命』第Ⅰ巻の中で、あなたは、アストラル界とメンタル界を通り越して意識を可能な限り高く持ち上げることができるように、意識的に死ぬことについて書いておられます(243頁)。意識的に死ぬために実際に準備する場合、今日(いや、それどころか、将来)どんなことができるでしょうか。講習、セミナー、本などがありますが、何を勧めて下さいますか。

A アリス・A・ベイリーを通してのジュワル・クール(D・K)覚者の書物(ルーシス出版)、『チベットの死者の書』、エリザベス・キューブラー・ロスの書物です。

(シェア・インターナショナル誌1997 年4月号)

Q 私たちが死んだとき、魂に何が起こるのですか。

A 肉体が死ぬとき(私たちは「死ぬ」と言いますが、死というようなものはありません)、肉体は朽ち、埋葬されるか、火葬されます(火葬の方が望ましいです)。肉体には三つの恒久原子が存在し、それは不動で、決して破壊されません。肉体、アストラル情緒体、メンタル体のそれぞれの体に一つずつ恒久原子があります。これらの三つの恒久原子が人生から人生への継続性を提供します。魂は旅をしています。新しい肉体の創造に関与するのは両親だけではなく、子宮の中の胎児を創造するのは魂であり、恒久原子を通して、新しい器の肉体、アストラル体、メンタル体が成長します。新しい器は恒久原子を通して古い器と関係しますが、それは全く新しい体です。以前のあなたのパーソナリティーはなくなります。同じ人間が転生したのではなく、何度も転生するのは魂です。
 あなたがハートを通して考えることができるのは、生きて魂と接触しているときだけです。あなたは頭脳で考えることはできます。あらゆることについて考えるのにハートを用いる必要はありません。あなたはあらゆる物事をメンタル体の仕組みで考えることができます。論理を使い、コンピューターを使い、答えに達するためにあらゆることをすることができます。そのようにしてハートなしに考えることはできますが、「大きな」事柄、大きな問題については、あなたのハートがあなたの言うことや考えることに影響すべきです。なぜならあなたは「道」の上におり、あなたのハートがこのことに関わっているからです。旅しているのは魂としてのあなたです。あなたは頭脳で考えるかハートで考えるかのいずれかです。私たちのレベルではその二つが混ざっています。

(シェア・インターナショナル誌2014年7月号)

2023年8月号目次

 

覚者より
偉大なる母
ベンジャミン・クレーム筆記

民衆の声に反する市場の力: フランスの事例
ルークギオリー

先駆者たち
ベッティ・ストックバウアー

『神のUFO クリス・ブレッドソーの途方もない真実の物語』
シェア・ギルモアによる書評

時代の徴
UAP / UFO の情報公開に関する歴史的な記者会見

光の勢力は集合する-選集

サンダーズ氏: 働く人々は「団結」 しなければならない
ジョン・クエリー

シリル・ディオン監督 『Un Monde Nouveau-新しい世界』第一部
映画批評と解説: ドミニク・アブデルヌール

編集長への手紙
ヨガ・フェスティバルでの三つの体験 他

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

偉大なる母

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 世界は人間が考える以上に、より良い方向に変化しつつある。時折、この惑星全体に漂う不気味な暗雲にもかかわらず、さまざまな出来事の主な傾向は肯定的で希望に満ちている。多様な手段を自在に使えるハイアラキーが突き止めることができることは、人間の目に明らかに映るものよりもずっと大きいので、これはなおさらそうなのである。しかしながら、差し迫った危険にもかかわらず、いまだに人間が無視している重大事がある。その中でももっとも主要なものは環境である。それを人間は日々傷つけていることを知っているに違いない。自然界の略奪は今やすべての者の福利を脅かすレベルに達しており、かくして人間の生来の免疫力を弱め、かつては永久に克服したと考えられた病気を再び台頭させている。

 人間は自分たちが住むこの惑星に対する責任を自覚せねばならない。人間は、強くはあるがしかし敏感な有機体の世話人なのであり、それを害から守らなければならない。これを行っていると主張できる者は今日ほとんどいない。それどころか、人間は自然界の豊かな寛大さを濫用し、その上を土足で踏み荒らす。多くの者がこの問題に目覚めつつあることは本当だが、それがすべての者の関心事として理解されて、世界的規模で取り組まれるようになるまで、方向を転換させる上での進歩はほとんどないだろう。

 もし人間がこの差し迫った困難を無視すれば、それが人類にとってどれほど危険かを、マイトレーヤが心に留めていることは確かである。マイトレーヤはすべての人間がこの惑星の復興のために働くことを促されるだろう。そしてより簡素な、より幸せな人生への道を指し示されるだろう。

 再びこの惑星が健康を取り戻すとき、それは、気遣いと愛をもって接する者すべてにその恵みを与え続けるだろう。下位王国(動植鉱物界)のエレメンタル(精霊)は彼らの任務を良くわきまえている。人間の無秩序の思考の影響から解放されるとき、これらの勤勉なビルダーたち(建造者)は、調和のうちに、新しい、より良い世界を創造することができる。

 人間が自然界をすべてのものの「偉大なる母」として理解するとき、彼女(自然界)に対して敬愛の念をもって接するだろう。かくして、偉大なる母は人間に彼女の秘密と法則を明かすだろう。この新しい知識を携えて、人間は本当に神々として顕現するだろう。

 人間は坩堝であり、その中に新しい「存在(Being)」が創造されつつある。燃えるような体験の熱の中で、人間は徐々に神のなされ方を学んでいる。最初の歩みは遅々とした、苦しいものであるかもしれないが、やがてそのペースは早まるだろう。次々に明かされていく啓示が人間の意識を拡大し、やがて創造性と知識の最高潮につながるだろう。人間は「神の子」として顕れるだろう。

 最初のステップは、現状の危険に目覚めることである。これはすでにかなり進んでおり、多くの者が世界的規模の行動に影響を与えようとしている。その他の非常に多くのことと同様に、その世界的規模の行動は、主要な国々――惑星の汚染に関する最悪の違反者――の心(ハート)の変化を待つ。

 マイトレーヤは来るべき討議に、彼の「声」といにしえからの知恵を添えるだろう。そして声を持たない者たちのために、沈黙のうちに苦しむ者たちのために語るだろう。

(シェア・インターナショナル誌2001年6月号)

光の勢力は集合する――選集

The gathering of the Forces of Ligh── a compilation

 他の惑星上の生命というアイディアは常に、この惑星に住む人々を魅了してきた。他の惑星上の生命という仮説は徐々に、かなり広く受け入れられた論理的な想定となりつつある。この太陽系の内外に生命と高度な文明が存在するという事実は、今や明るみに出てニュースになり、さらに主流のニュースにさえもなろうとしている。高い信用力を備えた目撃者たちがますます多く、圧倒的な証拠を携えて前面に出てきているからである。
 そうした報告が今やますます注目され信頼されるようになってきているため、ここにベンジャミン・クレームの師である覚者の記事の選集を掲載する。覚者はその中で、宇宙人(スペース・ピープル)との将来の関係と、私たちのために行われている宇宙人の活動について言及している。

光の勢力は集合する

 ──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 世界の多くの場所で重要な出来事が起こっている。至るところにいる人々は、その報告に驚嘆するだろう。それらは、われわれの近隣の惑星、特に火星と金星からの宇宙船がこれまでにない数でわれわれの視界に見えることを含むだろう。地球の広大な範囲の領域で、このような活動の増大はこれまでに見られたことはないだろう。この現象のリアリティ(現実)を真剣に受け止めることを断固として拒否してきた人々は、それを否定することが難しいだろう。宇宙船の乗組員との接触についての報告がますます多く出てきて、彼らの存在の事実についての証言に加えられるだろう。あらゆる種類の奇跡的な出来事は続き、その数と種類は増していくだろう。人間の心(マインド)はこれらの不思議な事物に困惑し、驚くだろう。そしてこれが彼らに深く考え込ませるだろう。

 この不思議な事物に満ちて、驚異の目を見張らせる世界に、マイトレーヤは静かにお入りになり、彼の公の仕事を始められるだろう。彼らの疑いや不安を打ち消して、これらの出来事を説明することを、マイトレーヤは頼まれるだろう。そして彼はそれらが確かな事実であることを請け合うだろう。これらの途方もない出来事は減ることなく続くだろう。その結果、多くの者たちが世の終わりを予言するようになるだろう。しかしながら、マイトレーヤは彼の単純なやり方を続け、これらの出来事を異なったように解釈されるだろう。

 かくして、マイトレーヤは人間にいのちの驚嘆すべき雄大さと意図を見ることを鼓舞するだろう。そのさまざまなたくさんの層を人間はまだほとんど知らない。マイトレーヤは、穏やかに、少しずつ、人間存在の基本的真理を、それを支配する法を、そしてこれらの法の範囲内で生きることによって達成される恩恵を、人間に紹介していかれるだろう。われわれの銀河の広大さを人間に熟知させ、そして、やがて時を経て、地球の人間は「空間」と「時間」を征服するだろうということを示されるだろう。人間が彼らの問題に対する答えを外と同様に裡に探すことを鼓舞されるだろう、そして人間のお互い同士との、そして宇宙との不変のつながりを確認するだろう。彼は人間に、彼らの長い歴史と、彼らが克服してきた多くの危難について思い出させるだろう。マイトレーヤはわれわれ自身の光り輝く未来についての信の種を蒔き、人間の永遠の神聖を保証するだろう。人生の道、進化の旅路は絶対確実に前進へ、そして上へと導くことを示すだろう。そしてその旅路を、兄弟姉妹として共に歩むことが最も確実な方法であり、最も歓びに灯された道であることを示すだろう。であるから、マイトレーヤのお出ましの合図を探し、それを広く知らせ、あなたの兄弟たちの希望を高めなさい。

(シェア・インターナショナル誌2007年3月号)

太陽への道

 ──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人々は自分自身の目にうつる証拠を必ずしも信じないということがしばしば観察される。ゆえに、彼らが人生の意味と目的を探求するにあたって価値ある多くの体験を拒絶する。例えば、多くの者が、一般に知られているような形でUFOを見たということを、あらゆる証拠がそれを指しているにもかかわらず、信じようとしない。人々は、新しいもの、未知のものを、それらがいかに彼らにとって恩恵あることであろうとも、受け入れることをひどく嫌う。このようにして、人間は彼らの意識と成長を抑止する。

 もう何年もの間、われわれの姉妹惑星から宇宙船が現れて空を飛び回り、われわれの惑星のために計り知れない奉仕をなし、折に触れて彼らの存在とその現実性を示す多くの鼓舞されるような証拠を与えてくれた。ひとつずつ、二組ずつ、そしてまた膨大な数で、彼らはわれわれの愚かさと無知の行為による有害な結果を、カルマの法則の範囲内で、緩和するために献身的に働いてきた。地球上の多くの人々が彼らを見たことがあり、彼らが宇宙空間を自在に飛び回る明らかな能力に驚嘆と畏敬の思いで立っていたのに、嘲笑されることを恐れて沈黙を守ってきた。かくして、宇宙船の現実性についての知識および彼らの目的についての感謝に満ちた理解が人間にとって失われた。なぜこのようであるべきなのか。なぜ人間は、受け入れて理解することが彼らの向上にとって最良のことであるのに、それを拒絶するのか。

 人間がなぜこのように理不尽に振る舞うのかについて幾つかの理由がある。それらの中でもっとも大きな理由は恐怖である。起こり得る大破局についての麻痺するような大きな恐怖が人間の心のうちに深く潜んでおり、あらゆる反応を、希望や驚嘆のあらゆる自然な意思表示を条件づけており、いつでもその頭を持ち上げようとする。残念なことに、多くの者にとって常にそうであった。

 ほとんどの国々の政府とマスコミは一般大衆を教育し、啓発する義務を怠った。多くの政府機関が知っているにもかかわらず、それを国民から隠していることはたくさんある。何にもまして、UFOの無害性について、それが知られているときでさえ、是認されることは決してない。逆に、それらに関することはすべて、漠然としたミテスリーの中に包まれてではあるが、脅威として提示される。

 権力と支配の地位にいる人々は、もし国民がUFO現象の本当の性質を知るならば、彼らがわれわれの文明よりもはるかに進んだ文明からの使節であることを理解するならば、人々はもはや地球上での生活の条件を受動的に黙って受け入れることはなくなるだろうということを知っているのである。国民は、彼らのリーダーたちに対して、これらの宇宙からの訪問者が公に上陸するように招待し、そしてわれわれに同じような形の生き方と達成の仕方を教えてくれるように要請するように求めるだろう。

 これがそうなる時はあまり遠い先のことではない。地球以外の他の惑星におけるいのちの本当の特質が一般的な知識となる時がやって来る。人間が太陽系システムについて、互いに関連する総体として理解し、太陽系惑星は進化のさまざまな段階にあるが、すべてが太陽ロゴスの大計画を成就するために共に働いており、そしてその途上においてお互いを助け維持しているということを理解する時がやって来る。

(シェア・インターナショナル誌2004年5月号)

暴露の時

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 何年もの間ほとんどの国の国民は、多かれ少なかれ大人しく、彼らの国会議員、すなわち政治家の布告に従ってきた。議会制度が民主的であろうがなかろうが、大体においてそうであった。これが今、変わり始めている。評判の良くない法律を黙って受け入れるのではなく、多くの国々の国民は今やデモを起こし、変化を要求する。厳しい軍政の下にある国々を除いて、諸国の国民は大体において、彼らの声が聞かれることを、彼らの要望が取り上げられることを、そして悪法が改正されることを要求している。アクエリアス(宝瓶宮)の有益なエネルギーがその勢いを増大させていくにつれて、国民の増大するパワー(力)は倍加し、地上における最も強力な声となるだろう。まさにそうであるゆえ、今でさえ、あらゆる種類の政府は国民の福祉に深く関係する法律に対する国民の反応を考慮に入れることを余議なくされる。政府が厳密に党派の線に沿って統治することはますます困難になっている。政府の行動の多くが秘密主義で不透明であり、多くが“舞台の背後”でなされ、それについて国民が知ることは決してないのだが、しかし一般に政府は、少なくともいわゆる“民主的な”世界においては、国民の怒りや不満を呼び起こさないように気をつけている。

 しかし確実にそうではない主要な領域が一つある。60年以上もの間、世界中の政府は“UFO”あるいは“空飛ぶ円盤”の現実を国民から隠してきた。さらに、これらの訪れた宇宙船の乗組員を“異星人”として、何が何でも、侮辱しようとしてきた。国民をコントロールするために、そして“パニック”を避けるために、世界中の政府は何千何万もの知的でオープンマインドな市民の体験を否認してきた。かくして、彼らは大きな神話を創り出した──「“空飛ぶ円盤”は存在しないが、しかし彼らは危険であり地球の人間を強奪する」のだと! 同様に、国民に、穀物畑のミステリーサークルが宇宙からの遺産であるという考えをあざけるようにと教えてきた。しかるにすべての政府が、われわれの太陽系の姉妹惑星からの勇敢で無害な訪問者の存在と、彼らの創造性とより高位のテクノロジー(技術)について論争の余地のない証拠を持っている。物質のより精妙な界についてのわれわれの全くの無知が、世界の主要国政府が非常に長い間このごまかしを維持することを許してきたのである。

 ついに暴露されるときが訪れた。なぜなら、政府機関はもはや真実を──われわれの太陽系のはるか彼方の惑星との友好関係を──地球人間から隠しておくことはできないだろうから。すでに、マイトレーヤの出現の前触れである「星のような発光体」が世界中の人々に、自分たちが何年もの間、政府に騙されていたことを示しつつある。マイトレーヤがわれわれと他の惑星との関係について、そして長い間われわれの間に続いてきた協力関係についての真実を明らかにされることは確かである。本当に、暴露の時である。

(シェア・インターナショナル誌2009年7、8月号)

星々への道

 ──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 人類はもはや明白な抜け道のない袋小路に来てしまったことが、間もなく明らかになるだろう。市場フォース(エネルギー)に盲目的に追従してきたことが、諸国家を市場と利潤獲得のための熾烈な戦いの中で行き詰らせた。

 経済がぐらつくにつれてより慎重に歩を運ぶ者たちがいる一方、他の者たち、特に新興成金は、よりいっそうの富と成長を得ようとがんばり続ける。すべてが良好ではなく、未来は予想以上に暗く、絶えず憂慮していた暴落は結局そんなに遠い先のことではないかもしれないということが、より経験のある者たちにはゆっくりと見え始めている。新しいリアリズム(現実感)が見え始めていると言えるかもしれない。

 この状態の中で、世界の諸政府が取れる道はただ一つである──それはあまりにも新しく、あまりにも計り知れないことのように思えるので、その実現性についてほとんど考慮が払われなかった。

 この新しい道は、諸国家へのマイトレーヤの助言の礎石である。それは試みられたことのない道であるが、その効力は非常に明らかなので、それが実施されたときに、人々は自分たちの行動のもたらす成功に驚嘆するだろう。その道とは、分かち合いであり、人間の一体性についての率直なデモンストレーションである。分かち合いの原則が神聖の特質を顕現させる。人間が分かち合うとき、彼らは自分たち自身を潜在的な神として示すだろう。この同胞愛の素晴らしいジェスチャーほど真に神聖なものはない。人間がこれを見るとき、彼らは自分たち自身について新しい定義をするようになり、そして「正義の時代」を確立し始めるだろう。そのようになるだろう。

 マイトレーヤが人類の日常生活の中に入り、勧告をし始めるとき、人間にとって新しい章が開かれるだろう。彼らはこの広大な宇宙の中で独りではないことを知るだろう。彼らの「兄弟たち」が人類のために働いてくれている領域が他にたくさんあり、多くの害から守ってくれていることを知るだろう。マイトレーヤは、これらのはるか遠くからの「兄弟たち」とのコンタクト(接触)の時代の幕開けをなさるだろう、そして相互の交流と奉仕の未来を確立されるだろう。そのようになるだろう。

 我が友よ、これらはつまらない夢ではなく、熟知しておられる方の熟慮の上での言葉である。であるから、勇気を奮い起こしなさい。そしてあなたのビションと奉仕への能力を拡大する用意をしておきなさい。マイトレーヤは、星々への道は悟りへの実行可能な旅路であることをあなた方に示してくださるだろう。ひとつのいのちの構成単位は、宇宙全体を通じて顕されている(存在する)ことを示されるだろう。今までは、この知識は人間には明かされていなかったのだが、次に続く未来の世代のために確かな道を提供するだろう。であるから、多くのことがマイトレーヤの導きに対する人間の反応に依存する。人間は確かに選択肢を持つ──人間の壮大さの(これ以上の)発展が阻害されたままで留まるか、あるいは本当に本来の人間である紛れもない神になるか。マイトレーヤは、人間が彼らの心(ハート)から反応することを、そして彼らを彼ら自身の神性に向けて導いていくことを確信しておられる。

(シェア・インターナショナル誌2007年4月号)

シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。