
覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
「上昇の道」
「意識の成長」
「意識の連続性」
『エコ文明――すべての人にとって機能する世界を築く』
ジェレミー・レント著 書評: フィリス・クレーム
サイ現象: 意識の本質を垣間見る窓
ダグ・グリフィン
意識-選集
Consciousness - a compilation
意識と成長
ベンジャミン・クレーム
神の大目的
アート・ユリアーンス
シャンバラのエネルギー
アート・ユリアーンス

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
「上昇の道」
「意識の成長」
「意識の連続性」
『エコ文明――すべての人にとって機能する世界を築く』
ジェレミー・レント著 書評: フィリス・クレーム
サイ現象: 意識の本質を垣間見る窓
ダグ・グリフィン
意識-選集
Consciousness - a compilation
意識と成長
ベンジャミン・クレーム
神の大目的
アート・ユリアーンス
シャンバラのエネルギー
アート・ユリアーンス
今日人類の中に、意識の連続性を達成し、したがって睡眠中の体験を保持できる人々が次第に増えている。これは、情報が頭脳にまで浸透してくるのを待つ時間の浪費がなく、したがってより急速な進化を伴う。それはまた、情報のより正確な受信を保証し、より正しい行動と結果につながる。
これが人類にとって前進への道である。目覚めている状態と睡眠中の状態の間の意識の断絶は、これまで人類が大規模に向上する障害となってきた。何にも増して、それは人類をリアリティー(実在)の本質について無知なままにとどめ、したがって迷信と恐怖の中に置いた。
人生の三分の一近くが睡眠に費やされ、その間に多くの情報・知識が提供され、そして受信される。得ることができ、知ることのできるかもしれない体験はたくさんあり、それは各人の人生を豊かにする。意識の転移が徐々に起こる機会が大規模に提供されたことはこれまでにかつてなかった。意識の連続性を達成する用意がすでに整っている大きな集団が存在し、彼らはただそれを達成する実際的なテクニックを欠くだけである。
このテーマについてすでに提供されている情報がより広く知られ、そして入手できるようになる処置が間もなく取られるだろう。多くがすでに授けられており、人々の学習と応用を待つ。これまでに記録され、出版された数々の教えの宝箱に気づく者は、今日ほとんど存在しない。
この達成の鍵は、意識のメンタル(識心)体への偏極である。アストラル(感情)体と肉体の正しい整列がメンタル偏極を徐々に築いていく土台を提供する。これが達成されると意識の連続性が自然に生じる。もちろんその達成の度合いは様々であり、その過程はかなり長期にまたがる。
霊的無執着の必要性について多くのことが書かれている。この特性こそが、睡眠状態から持ち越された現象や情報を正しく解釈するための場をもっとも容易に提供する。それがなければ、意識の連続があっても、多くの歪みが生じ得る。
霊的無執着は、非自己集中の結果として生ずる。奉仕と正しい瞑想を通して、弟子の意識の方向は、限度ある自己自身から自己でないものへ転移する。これが神聖なる無執着の状態を産み出し、欲望は静まり、裡なる真の霊人が顕現することができる。
この顕現とともに、意識の連続が始まるための道が開かれる。肉体を離れて得た体験を安全に、正確に記録し、知ることができ、弟子の人生に新しい一章が開かれる。(進化の)道の上における弟子のレベルによって、学びの殿堂か、あるいは智恵の殿堂が、彼の知識の意識的領域となる。
これまで、睡眠状態と目覚めた状態の間の意識の連続性について語ったが、さらに大きな意識の拡大が、生と死と呼ばれる二つの大いなる体験の領域の間の溝に橋を架けることができる弟子を待っている。
いのちのみが存在するのである。死は、いのちのもう一つのレベルの体験を指す名前であり、人間の限られた意識を除けば、いのちは連続し途切れることがないのである。われわれが死と呼ぶ体験と、その間(生と死の間)の体験と、外的顕現への復帰を、完全に覚めた意識で思い起こすことのできる時が訪れつつある。そうすると、人間は死の恐怖をなくし、神の子としての本当のアイデンティティー(正体)を完全に認識するなかで、知識と至福の内界の収穫を刈り取るだろう。
(一九八七年十一月号)
地球の住人の皆さんへ
ご存じのとおり、私たちは平和と愛をもって、大切な近隣惑星である地球とあなたがたを助け、救い、支えるという使命を帯びてやって来ました。創造主である「偉大なる存在」の一部として、私たちは「宇宙の法則」が許す限り、あなたがたを支援するためにここにいます。太陽系全体も、「偉大なる存在」が創造された無数の他の部分も、その御方の慎ましい子孫です。生命がどこにあろうとも、どのような次元にあろうとも、私たちはすべての生命に対するその御方の聖なる大計画を崇拝しています。私たちは共同創造者であると同時に、そうした神性への愛と一体感を通じて、従順な子孫でもあります。政府や影響力のある人々が何を言おうとも、「宇宙の法則」に従い、あなたがたの本性は喜びと恵みであることを思い出してもらうためにここにやって来ました。
(宇宙の兄弟姉妹たちは、私たちにこのように語りかけるかもしれません──私たち人類の何百万もの人々が、より良い前進の道、すべての人にとっての有効な解決策を見つけるために活動し、協力し合っているからです)
私たちは、苦しみにあえぐ姉妹惑星、地球を見つめ、深く心を痛めていますが、「偉大なる法則」の範囲内で、どこででも可能な限り、慈悲と援助の使命を果たそうという決意を新たにしています。地球があなたがたとあらゆる生命形態を支えているにもかかわらず、なぜあなたがたが自らの故郷を愛していないように見えるのか、私たちは深い悲しみと驚きをもって不思議に思っています。
今、賢明さを欠いた者たちは、近隣の惑星に侵攻し、植民地化し、破壊することさえ可能だと考えています(いつものように)。自らの狂気じみた「生活」様式――私たちには「生」というより「死」に近いように見えます――を支えるために、目につく価値あるものすべてを採掘し、搾取しようと決意しています。あなたがたの賢明な兄弟姉妹たちは、彼らを「1%」と呼んでいます。彼らの貪欲さが、あなたがたの美しい惑星を破壊しつつあります。人類の大部分は、貧困や飢餓、日々の緊張、洗脳、混乱によって気を散らされ、疲れ果てているように見えます。そのため、「持てる者たち」の権力への欲望や、情け容赦のない残虐行為、野蛮行為が横行しています。
あなたがたの賢者たち、偉大な教師たち、覚者たち、すべての覚者たちの師である主マイトレーヤ(宇宙において知られ、愛され、敬われている方)は皆、そのような不正義と不平等が、あなたがたのシステムの、例えば、経済や金融のシステムの崩壊につながる可能性があると警告してきました。これは厳しい教訓ですが、おそらく人類を目覚めさせ、太陽系全体で尊重され理解されている価値観へと導くことになるでしょう。何十年にもわたって苦しんできた人々は、さらに苦しむことになるでしょう。大都市の路上であろうと、あなたがたが無視しようとする国々であろうと、矢面に立たされるのは、飢えに苦しみ、すべてを奪われた同胞たちです。あなたがたの携帯電話やメディア(少なくとも真実を伝えるメディア)を通じて、彼らの死を目にすることになるでしょう。
もし土壌を劣化させ、大洋の海流を乱して農民や漁師は天候を予測できなくなり、生命の源である川を汚染し、実際に、破壊の痕跡を至るところに残していくようなことをしたら、どうやって子供たちを養っていくつもりでしょうか。
私たち全員が一部を構成している「太陽系」、「偉大なる生命」は、あなたがたが時間や資源、才能を費やして、殺戮と破壊のためのますます巧妙で容赦のない機械を作り続ける様子を、驚きと恐怖をもって見守っています。あなたがたは、創造し、助け、支え、癒し、教育するために知性を使うのではなく、破壊し、爆撃し、殲滅するために知性を使っています。地球の覚者たちは、戦争をやめるようあなたがたに懇願しています。主マイトレーヤは、あなたがたの愛と優しさを必要とするすべての人々を助け、養い、慈しみ、支えるよう訴えています。あなたがたは、何がなされる必要があるかを知っています。それが可能であることも知っています。リーダーを賢明に選んでください。
あなたがたの惑星と同様に、人類は荘厳な存在です──真にそうであり、そうした潜在能力を備えています。あなたがたは私たちと神性を共有しています。あなたがたの聖なる閃光は、あなたがたを助けようとやって来る時に私たちのハートの中で燃え上がる炎と全く同じものです。自分たちの民と手を携え、私たちとも手を携えて、私たちが共有している神性を存分に表現するような美しい未来の実現に向けて、共に歩みましょう。
自分たちがどのような存在になり得るかを考えてみてください。愛の主であり、地球上のキリストでもある、偉大なる「世界教師」が描写した未来を想像してみてください。
「再びあなたがたに語りかけ、そしてあの『新しい国』へ、『信頼と美と自由の国』へ、あなたがたを連れていくために、わたしはやってくる、ということを告げることができるのをうれしく思う」
「わたしを受け入れ、わたしに従い、わたしに導き案内させてくれるなら、あなたがたをそこへ連れていこう。そして共に『新しい世界』を建設しよう。恐れも、不信も、分裂もなく生きることのできる世界を、大地の豊かなる資源を、共に分かち合い、わたしたちのいのちの本源と一体となる喜びを、共に知ることのできる世界を、創造しよう。このすべてをあなたがたのものとすることができる。あなたがたはただ最初の一歩を踏み出せばよい、あとはわたしが導こう」
「わたしに手伝わせてください。道を示させてください──誰も窮乏することのない、より簡素な生活に至る道を。そこでは、同じ日が二度と繰り返されることなく、同胞愛の喜びがすべての人間を通して顕されるのである」
「わたしの仕事は、導き、案内することである。しかし、あなたがたは喜んで従いてこなければならない。そうでなければ、わたしは何をすることもできない、わたしの両手は『法』によってしばられている。それを決めるのは人類なのだ」
(マイトレーヤのメッセージ第3信、1977年9月22日)
ミッチ・ウィリアムズ
ノルウェーの物理学者、マリア・ストロム教授は2025年11月、意識や不朽の知恵を現代の西洋科学理論と調和させようとする科学論文を発表した。科学誌「AIP Advances」に掲載された彼女の論文「基礎的場としての普遍的意識:量子物理学と非二元哲学を結ぶ理論的架け橋」は、意識は生物学的神経プロセスの副産物ではなく、実際には現実そのものの基盤であるという理論を探求するための枠組みを確立しようとするものである。

ストロム教授は、ナノテクノロジー分野における先駆的な研究で広く知られる著名な研究者である。スウェーデンのウプサラ大学でナノテクノロジー分野の特別教授を務め、スウェーデン王立工学アカデミーの会員であり、研究功労金メダルを受賞している。また、査読付き科学論文を350本以上執筆し、数多くの特許を保有しており、その多くは国内外のバイオテクノロジー企業やエネルギー企業にライセンス供与されている。またここ数年、量子物理学と非二元哲学の関連性についても探求を続けている。
ストロム教授は、アルバート・アインシュタイン、デヴィッド・ボーム、エルヴィン・シュレーディンガー、ヴェルナー・ハイゼンベルクといった著名な物理学者たちの研究を基に、シドニー・バンクス(1)によって提唱された「普遍的マインド」「普遍的意識」「普遍的思考」という「三つの原理」に基づく数学的枠組みを構築している。バンクスは、「これらの原理は形態がなく永遠であり、空間や時間、物質よりも先に存在することを強調した」。このモデルにおいて、「マインド」とは形態のない普遍的な知性であり、他のあらゆるものがそこから生じる基盤である。「意識」とは「気づきのための普遍的な能力」である。そして「思考」とは、形のない潜在的可能性を客観的な形態へと変換するメカニズム(仕組み)である。

「不朽の知恵の教え」を学ぶ人にとって、ストロム教授によるこれら「三つの原理」の説明は驚くほど馴染み深いものかもしれない。神智学の中核をなす原理の一つは、「遍在し、永遠で、無限かつ不変の『原理』」が存在し、それについてはあらゆる推測が不可能である。それが宇宙のあらゆる顕現した形態の背後に存在しているというものである。これは、ストロム教授による「普遍的マインド」の説明と非常によく似ている。ストロム教授は「普遍的マインド」を「すべての潜在性の源、創造の原動力であり・・・あらゆる分化と構造化が生じる形而上学的な基盤」と描写している。
アリス・ベイリーを通してジュワル・クール覚者が記した著作においても(他のところでも)、すべての形態が「活動的知性(思考)」という媒体を通して顕現に至り、「意識」が「不可知の霊」と顕現形態との間をつなぐ役割を果たすという考えが示されている。したがって、「マインド」「意識」「思考」は、「不朽の知恵」の三つの「神聖な様相」と極めて近い関係にある。これらの様相はしばしば、「生命、意識、形態」あるいは「意志、愛/知恵、物質/活動的知性」と表現される。
ストロム教授はさらに、「意識」とは、時空(および既知の現実すべて)が生じる「根本的な場」であり、ビッグバン以前に存在していた場であると提唱している。量子物理学では、これは量子真空と呼ばれ、あらゆる顕現の可能性を内包する形態のない基礎的状態である。彼女のモデルにおいて、「意識」は、後の物質や形態の進化の副産物として生じるのではなく、この基礎状態そのものである。
続いて彼女は、形態のない「普遍的マインド」と「普遍的意識」が「普遍的思考」という媒体を通して、分化した状態へと移行する過程のいくつかを記述するための数学的枠組みを提示している。このような移行の結果として、時空の場が、つまり銀河や太陽系、人間といった形態が顕現へと至ることになる。
ストロム教授はこうした過程の一つを「自己内省と創造的出現」と呼んでいる。「自己内省とは、普遍的意識が自己を自覚することによって分化し得る独特なメカニズムである。この見方によれば、分化は、普遍的マインドが自らの無限の可能性を観察するという内省的な行為から生じる──つまり、意識そのものが形態を生み出す創造的なフィードバック・ループである」。これは、ジュワル・クール覚者が述べた過程とよく似ている。「モナッド」つまり「真我」が、連続する顕現界層や複数の転生を通して、さまざまな表現形態において徐々に「真我」を自覚していく過程のことである。
彼女が「対称性の破れ」と呼ぶ別のプロセスでは、対称的で、形態のない、未顕現の潜在力が、「思考」によってもたらされる揺らぎを通じて、分化した非対称的なものへと「破れる」。こうした揺らぎは、一つの恒星系、一つの種、あるいは一人の人間のマインドなど、ほぼあらゆる種類の形態として顕現する可能性がある。
ストロム教授のモデルでは、量子物理学において、「波」の状態にある亜原子粒子は、決まった位置を持たない波動関数、つまり「確率場」として存在するという。それは観測されたときにのみ「崩壊」し、特定の場所において特定の瞬間に粒子となる。原理的にほぼどこにでも現れる可能性があるが、その波は特定の場所に現れやすい確率を表している。
同様にストロム教授は、「意識」の場は純粋な可能性であり、物質として、人として、あるいは太陽系として顕現し得ると示唆している。その場は、「意識」が何らかの特定の形態で自己を表現するための媒体を提供するという。ストロム教授のアプローチにおける画期的な点は、「意識」そのものが、他のあらゆるものが生じる普遍的な可能性の場を構成していると提唱していることにある。
これまで多くの科学者が、意識と形態との関連性を指摘してきた。量子物理学において、量子現象を観察する際に、その現象に影響を与えずに観測することは不可能であるというのは、よく知られた原理である。例えば、電子や光子といった亜原子レベルの対象は、特定の瞬間に空間内の特定の位置を占める粒子として現れるか、あるいは、さまざまな方向に広がる「波」として現れるかのいずれかである。しかし、文字どおり、両方の形を取って同時に存在することはできない。それをどのように観測するか──粒子としてか、波動としてか──という選択が、観測の瞬間にその存在を文字どおり決定づける。つまり、私たちの選択がその現実を決定するのである。このような亜原子的な現象と意識との関連性は、物理学において理論的にも実験的にも広く研究されている。
彼女の理論的枠組みの多くは、物理学におけるこれまでの探求に基づいている。意識と量子論の関連性を確立するため、ストロム教授はデヴィッド・ボームの「内在秩序」理論などを発展させている。この理論は、宇宙は相互につながった一つの全体であり、私たちが知覚する現実は、あらゆるもの、空間、時間、そして意識が内包された、より深い「内在」次元のホログラフィックな投影として機能していると提唱するものである。彼女はまた、ヴェルナー・ハイゼンベルクの「ポテンティア」の概念を引用している。この概念は、波動状態にある量子粒子を物理的な現実ではなく「客観的な可能性」と捉え、私たちが物体を知覚または観察する際に、複数の潜在的な値を持つこれらの波動が、単一の具体的な「実在」状態へと「崩壊」するというものである。彼女はまた、電磁場や重力場といった場が現実の根本的な構成要素であり、物質や質量はエネルギーに対してある意味で二次的なものであり、エネルギーと交換可能であるというアインシュタインの見解も引用している。さらに、意識は唯一無二の分割不可能な全体であり、観察者と被観察者の間の隔たりは人工的あるいは錯覚的なものであるというエルヴィン・シュレーディンガーの視点も挙げている。

興味深いことに、これらの現代物理学の先駆者たちの何人かは、哲学や「不朽の知恵」の側面からも多大な影響を受けていた。デヴィッド・ボームとJ・クリシュナムルティは、25年以上にわたり、意識や、思考の性質、宇宙の根本的な実相について、詳細に記録された数多くの深い対話を交わしていた。いくつかの報告によると、アインシュタインはブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』を机上に置いていたと言われ、ハイゼンベルクにこの本を勧めた可能性すらある。シュレーディンガーは、アドヴァイタ・ヴェーダーンタなどの東洋の非二元哲学の伝統から多大な影響を受けていた。

興味深いことに、『ダ・ヴィンチ・コード』などのベストセラー小説の著者であるダン・ブラウン氏が、2025年に最新作『秘中の秘』を発表したのは、ある種のシンクロニシティ(共時性)である。その物語の主なテーマは、現実の根本的な場としての「普遍的意識」であり、ストロム教授の主張と全く同じである。ブラウン氏がこの小説のために行った調査の多くは、意識が現実の根本であるという同じ基本的な考え方を探求する「ノエティック科学研究所」などの情報源に基づいていた。しかし、ストロム教授こそが、その仕組みを説明するための実際の数学的枠組みを提案し、定式化した最初の人物かもしれない。とはいえ、彼女の考えについては専門家の間で懐疑的な見方がされてきた。
ストロム教授の論文は、昨年11月の発表以来、インターネット上で大きな関心を集め、科学界でも少なからぬ論争を巻き起こしてきた。今年5月、AIP Advances誌は彼女の論文の撤回を発表し、その数学的枠組みにおける中心的な演算子の一部──例えば、「思考」を表す数学的演算子として用いられたTなど──には測定可能な量が欠けており、したがって、その枠組みを実証的に証明することも反証することもできないと述べた。したがって、この枠組みの今後の改訂版においては、科学界がこれを有効な視点として探求できるよう、数学的な「証明可能性」と実験という厳格な要件に対応する必要がある。
彼女の数学的枠組みは形式的な科学的障壁に直面したとはいえ、現代の科学的探求を前進させ、科学と、時代を超越した非二元哲学的視点との間に存在する明らかな隔たりを埋めるという点において新たなパラダイムを提示している。その枠組みはまた、意識、生命、物理的現実の関係に対する、一般層と科学界の両方において急速に高まっている関心にも呼応しているようである。彼女はこれまで、自身が提唱したモデルの撤回について具体的なコメントを控えてきたが、この件に関してストロム教授から今後何らかの動きがあるのではないか、と私は推測している。
ミッチ・ウィリアムズは、作家、講演者であり、米国イリノイ州カントンを拠点とするシェア・インターナショナルの協働者である。
世界中のあらゆる講演において、そして生涯のほぼ毎日、ベンジャミン・クレームは広大な範囲に及ぶ大量の質問を受けてきた。現在の危機に関連する回答の選集を掲載する。
Q エネルギーは意識の結果ですか。
A いいえ。意識はエネルギーの一つの様相です。すべてがエネルギーであり、私たちが意識と呼ぶものはエネルギーの特定の質であり、魂によって体現されているものであります。見ることができるもの、あるいは見えたかもしれないもの、あるいは見えたと想像するもの、すべてがエネルギーです。
意識を見ることはできません。しかし、その存在の結果を見ることができます。意識は私たちの魂から来ます。私たちが魂で漲(みなぎ)っていればいるほど、私たちはより意識的です。覚者は私たちに比べると、とてつもないレベルの意識を持っています。なぜなら、彼は完全に魂の融合した存在だからです。
Q なぜ私たちには過去世の記憶がないのですか。
A 私たちは意識の連続性を持ちません。意識の連続性があれば覚えているのです。しかし、私たちは睡眠の状態から覚めたときにすら意識の連続性を持ちません。夢を二つ三つ覚えているかもれませんが、それは浅い眠りの状態での感情情緒体の活動にすぎません。深い眠りのときには全く夢を見ないのです。夢を見はじめるのは、私たちの眠りが浅くなるとき、深い眠りから出ようとしている時なのです。そして、これらの夢なら覚えているかもしれません。深い眠りの中で何が起きているのか、私たちは大ていは覚えていません。同様に、私たちは一つの生涯から死へ、そしてまた次の生涯への経験を覚えてはいないのです。究極的には、私たちは死の状態へ完全に意識的に、自分が誰で何者なのか、なぜそこにおり、何をしているかを知った状態で移行することができるようになり、同様に意識的に戻って来るようになるでしょう。進化の過程で向上していけば、これが起こるのです。進化の過程の終盤では、意識的にその過程を歩んでいる世界のイニシエートたちは、ついには意識の連続性を獲得するでしょう。彼らは進化の大計画を知っているから転生して来るのであり、大計画を実行するために転生してくるのであり、いくらかのカルマの必要はあるにしても、ただそれだけによるものではないのです。
Q アストラルまたはメンタルな投射のテクニックは、意識の連続性を成し遂げる一つの方法ですか。アストラル投射とメンタル投射の違いは何ですか。いずれも危険はありますか。他の人々を助ける手段として使うことができますか?
A アストラル投射それ自体は意識の連続性をもたらしません、その結果であるかもしれません。その場合には、投射は(アストラル界における奉仕を目的として)意識的に行われます。メンタル投射はそれ自体としては本当に存在しません。そのレベルでの意識的な投射は実際には魂の活動であり、それはまず意識の連続性を前提とします。
このような方法で、アストラル界で非常に多くの助力が提供されています。アストラル投射は覚者か、または経験豊かな高段階のイニシェートの指導なしには、非常に危険があります。