編集部より

 8月中旬の今、私たちはこれからの数カ月を見据え、この先何が起こるかを想像する必要がある。そこで、もしシェア・インターナショナル誌に掲載されたアイディアや助言、インスピレーションが、何らかの形で地球上のすべての人々に届くとしたら、何が起こるかを想像してみよう。例えば、知恵の覚者によって書かれた「正気さを求める」という記事を読めば、アメリカ人たちは、自国の市民や世界中の何百万人もの幸福が自分たちの選択にかかっていることに気づくようになるだろう──とりわけ、11月の投票所での選択が重要であるが、それだけにとどまらない。記事の言葉を借りれば、彼らは、「平和と正しい関係を大切にする」人々の仲間入りをすることになる。期待されるのは、彼らがこの常識的な導きに応じずにはいられなくなることである。この導きが促しているのは、戦争から距離を置き、紛争や侵略に対して団結し、声を大にして公然と反対の姿勢を示すことであり、また、経済的正義こそが信頼、ひいては平和が花開く条件を生み出すということを認識することである。

 そうであると仮定すれば、この記事の著者が示す明晰さと知恵に興味をそそられた人々(私たちが想像している何十億人もの読者)はすぐに、ベンジャミン・クレームの師によるもう一つの記事──「地球は産みの苦しみの中にある」──に目を向けるだろう。覚者はその中で、あらゆる種類の汚染問題に早急に注意を払うよう求め、「病んだ惑星」の健康を取り戻すよう私たちに訴えかけている。汚染とは目に見える破壊だけにとどまらない。最悪の形態は核放射能による汚染である、と覚者は指摘している。それは「人間と低位王国(動植物界)にとって最も有害で危険なものである。これらすべてのレベルにおいて、汚染の問題は克服されねばならない。これは現在の政治、経済、社会の完全な再建によってのみ達成することができる」。同じ著者はさらにこう問いかけている。「地球という惑星を救済することができるか、それはどんな方法によってできるのか」と。覚者は即座にこう答える。「答えは大きく鳴り響く『然り』であり、その方法には大多数の人間による現在の生活様式の変容が含まれる」

 「なるほど」と、ほとんど84億人に達する架空の読者の一人は思うかもしれない。「これは全く異なる状況を描いているようだ。私たちには、これまで気づかなかった管理責任や義務、関係性があるようだ。しかし、それが気に入った──私たちは皆、『いのち』と呼ばれるこの素晴らしい体験の一部だということを意味するのだから。しかし、もしそれが真実なら、自分自身や私たち全員が、この惑星に降りかかっているあらゆる事柄に対して責任を負うことになる。このような方向性とここで示された具体的な情報が持つ意義と重要性は理解できる」

 こうして読者は、新たな感銘を受けながら、9月号で特集されたベンジャミン・クレームの師による三つ目の記事──「人間の役割」──に目を向け、次の一節を読むだろう。「地球が、生きている存在として、その全体にとってそれぞれ欠くことのできない各部分をすべて整えた完全な存在として見なされるとき、新しいビジョンと新しい正常さが普及するであろう。人間は自然の秩序の世話人として自分たちを見るようになるだろう。大計画に沿って、人類の上位も下位も、それぞれの王国が関連し合い、和合と美の中に機能することを前もって定められているのである」

 私たちが想定している読者と、その読者と共にある数十億人が、自分の直観や内なる願望は愚かなものではなく、あらゆる生命と一つであるという感覚を裏付けるものであり、実践できる奉仕の展望を開くということに大きな喜びを感じてくださることを願っている。

 本誌が願っているのは、人々の知性に働きかけ、心に触れて心を深く動かすことで、あらゆる生命との関わり方が今後ずっと変容するようなきっかけを作ることである。「早晩、人間は下層王国(動、植、鉱物界)との関係の真のあり方を理解するようになり、彼らの進化のために世話係の役割を喜んで引き受けるだろう。これが飼育業や農業、林業、漁業のすべての面における変容につながるだろう」

 想像してみてほしい。いつか、人類の半数をはるかに超える人々が、未来への計画と道筋を提示するキリスト・マイトレーヤの愛と英知と意志を体験することで変容を遂げる様子を。あらゆる生命の相互のつながりや、地球という惑星の生き生きとした性質についてのとてつもない感覚によって、私たちがどのような世界を創り出すことができるかを考えてみてほしい。

 本誌の真の目的と、私たちが思い描く素晴らしい成果を考えれば、世界史におけるこの節目に、なぜこの三つの記事が選ばれたのかは明らかだろう。私たちは読者の皆様の心情に寄り添いつつ、自然界が直面する苦境や必要性に焦点を当てるとともに、戦争に対する憤りや恐怖、断固たる反対を表明している。専門家や歴史家、一般市民の誰もが同意している──戦争を止め、寡頭支配者や暴走する政治家の力を抑え、無慈悲で残酷な商売を行う者たちに対して不買運動を行い、法の支配を堅持し、人権法や国際裁判所への敬意を取り戻し、気候変動の緊急性を認識し、地球と私たちの未来を救うために直ちに行動を起こすべきだ、ということに。

 議論のためにも、世界のためにも、私たちが直面する課題に対して大胆かつ想像力豊かに取り組んでいこう。そうした課題は、乗り越えられないほど困難で、数多く、複雑に絡み合っているように見えるかもしれない。どのように取り組めばよいのか。朗報は、課題がすべて密接に関連し合っているからこそ、一つの根本的な解決策を普遍的に適用すれば、それが鍵になり得るということである。

 覚者方やマイトレーヤは皆、まさにそのとおりであると示唆している。もし私たちが彼らの見解を受け入れるならば、自らの内にある神性へと向かう大胆な一歩を踏み出すための入口に立つことができる。それは、同胞の人間だけでなく、このかけがえのない惑星のあらゆる王国とも共有している神性である。まずは、知者たち──覚者方──が提示する知恵を受け入れることから始めることができる。

 ベンジャミン・クレームの師は、「平和への探求」(2010年7・8月)と題された記事の中でこう述べている。「わたしたちの観点から見れば、これらの問題は現実であり、緊急なものであり、そしてたった一つの状況から生じる。それは人類の肩に重いくびきのようにのしかかる分離主義であり、すべての一致した行動を妨げる」。さらに、覚者はこう続けている。「これらの問題を解決する方法は一つしかない。それはこれまで試みられたことのなかったことであり、しかもそれは、あっという間に数え切れない人々の苦しい運命を和らげ、ついに、やっと苦悩する世界に本当の永続的な平和をもたらすであろう。人々は自分たちが分離していないことを、分離したことは一度もなく、そして分離することは決してないということを認識しなければならない。彼らは、われわれすべてを包む神聖で継ぎ目のない総体の部分であり、それに対してわれわれは、それぞれのやり方で『神』という名前をつける。『神』は平和であり、正義と分かち合いと信頼であることを、そして彼らの恐れは彼らの兄弟たちに対する恐れでもあることを、人々は認識しなければならない。マイトレーヤの任務は人間にこの真理を示すことであり、彼らの切望の中核にすべての者が望む平和が存在し、顕現するのを待っているということを思い出させることである」

 「正気さを求める」は、2003年の米国によるイラク侵攻の直後に書かれた。今日では、残念ながら、「イラク」を単に「イラン」に置き換えるだけで通用してしまう。