究極の選択、法の規定、戦争の無意味さ

覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

ベンジャミン・クレームの師によって書かれた記事を三つも掲載するのは行き過ぎのようにも思えるが、現在、世界に何が起きているかを考えてみるべきである。戦争、混沌、絶滅、死が、妥当で正当化される選択肢として、多くの国の政府の方針としてさえも、考えられているようである。そのため、反応してくださる読者がおり、正気が優勢となるのに役立つことを期待して、知恵の覚者からのこれらの言葉を掲載したい。

究極の選択

 人類が暴力と戦争に魅せられている現在の愚行にやっと気づくとき、そしてその暴力行為を実施するための手段を放棄するとき、著しい変容を経験するだろう。人間の行動におけるこの最も歓迎すべき変化の最初の徴は、現在戦争を糾弾し、正義と平和を求めてデモ行進する何百万人の人々の中に見ることができる。これらの自発的で世界的規模のデモは、人類が過去の行為を放棄する用意ができており、そして正しく導かれるとき、方向を変える用意があることの確実な徴である。その時は急速に近づいている。

 現在の心的外傷と緊張の高い状況の直中で、新しい未来のビジョンが何百万の人々のハートとマインドに提示されており、多かれ少なかれ彼らは反応する。人間は、生き延びるためには平和が必要なことに目覚めつつある。彼らがいかに戦争の中に巻き込まれていようとも、このことを心(ハート)のうちに疑う者はほとんどいない。かくして、人類の前にある究極の選択のための舞台は整っている。

 一般の傍観者にとって世界は、平和のビジョンを分かたない者たちによって、あらゆる状況・形態の中に富と権力への機会のみを見る者たちによって、引き裂かれ、支配されている。これらの者たちは大勢いるが、大多数の人間は戦争の無益さに飽き飽きし、そのような愚行を永久に終わらせるための戦略を求める。彼らの心(ハート)の中に、すべての人間のための平和と進歩の新しい時代の希望が燃える。すべての国に存在するこれらの人々が世界の希望を代表する。

 マイトレーヤが出現して話しかけられるのは、彼らに対してである。マイトレーヤが未来のビジョンを、今でさえ提示されるのは、彼らに対してである。何百万もの彼らはマイトレーヤの唱道に速やかに反応するだろう、そして、すべての者の希望を燃えたたせるだろう。

 かくして、マイトレーヤは、さらなる無謀な争いが無益で危険なものであることを人間に説得されるだろう。今回の問題は世界的なものであり、戦争によって解決され得ないことを、協力のみが人間に平和と豊かさをもたらすことを、人間は兄弟姉妹として、手に手をとってのみ、彼らの保護を待っている新しい世界に入ることができることを、説得されるだろう。

 かくして、人間は決断し、底知れぬ深みから逆戻りするだろう。かくして、人間はいのちと幸福への彼らの選択を示し、希望で目を輝かせながら、この世界の再建の仕事を共に始めるだろう。

 決断の時は近い。ほとんどわれわれの真上にある。マイトレーヤは道を示し、新しい方向を指し示そうとしておられる。非常に多くの人々が、マイトレーヤの助言とインスピレーション(鼓舞)を、智恵と愛を待っている。マイトレーヤはすべての者のための未来を請け合われるだろう。

(シェア・インターナショナル誌2004年6月号)

法の規定

 人類が「法」の規定をこれまで大体において拒絶してきたがゆえに、一連の大きな災難を経験したのであるが、彼らはそれを“神の御業(みわざ)”と解釈してきた。これらの“人間の行為”は、計画された地球の進化には何の類似性もない。人間がこれに気づくとき、彼らは自分たちの思考と行動を再調整するために一致した努力をするだろう。かくして“法の規定”を正しい状態にするだろう。徐々に法のリズムが人生を支配し、その結果、新しい調和とより大きな平衡が生まれるだろう。

 この過程を助けるために、巨大なアバター(大聖)がマイトレーヤの背後に立っておられる。平和または平衡の霊は、作用と反作用の法を通して、その宇宙的な存在感をこの世界の大混乱の上に注ぎ込む。これまでのところ人間は、この変容のフォース(エネルギー)の影響にぼんやりとしか気づいていない。にもかかわらず、平衡の霊のエネルギーは今やこの地球に充満している。そうであるから、人間は今日の混迷とは本当に異なる途方もない平穏な時代を期待することができる。

 その前代未聞の平和と平穏の時代の中で、新しい文明が壮麗なる高みに発展するだろう。星々へ手を伸ばし、人間は宇宙を征服し、時間の錯覚を打ち破るだろう。今日いまだ知られざる宇宙のエネルギーが利用されるだろう。己の神性の感覚が増大し、人は深く自己の裡を見つめるようになるだろう。それによって、自分の真のアイデンティティーの本質と、自然との、そして神との一体性を見いだすだろう。かくして、人間の環境は豊かに繁栄し、もはや自己の目的のために自然を搾取するような愚かなことはなくなり、自然は人間の必要をすべて満たすのに十分なだけのものを与えてくれるだろう。

 かくして、新しい文明は大計画の展開における次のステップを表現するだろう。かくして、人間はずっと昔に失った進化の弾みを取り戻すだろう。あなた方の兄であるわたしたちは、見守り、勇気づけ、警告し、保護し、人間がわたしたちの群れの中に戻ってくる喜びを経験するのである。そのようになるだろう。
マイトレーヤが非常にしばしば言われたように、「人間は自分たちを一体として見なければならない」。 

 これが、未来のすべての進歩への重要な第一歩である。その他のすべてが、その条件の達成にかかっている。これがそうであることを、そのときに初めて自己破壊が避けられることを、そのときに初めて人間の眠っている可能性をその次の偉大なる達成のために解き放つことができることを、人間に示すことがマイトレーヤと彼のグループの最初の仕事である。

 人間が彼らの一体性に目覚めることをわたしたちは疑わない。人間の落ち着きのない奮闘のすべての底に、今日彼らを襲っている多大な問題の解決にはすべての者が責任を分かち合わなければならないという認識の目覚めがある。問題と同様に、その責任も世界的であり、分割不可能であり、そして協力とエゴ(自我)の否定を通してのみ、それらに適切に対処し克服することができるという認識の目覚めがある。

 間もなく世界の前に現れようとしておられるマイトレーヤは、人間の心(マインド)をこれらの真理に開かせる仕事を持つ。彼の能力とその成功を疑ってはならない。


(シェア・インターナショナル誌1999年6月号)

戦争の無意味さ

 人間が戦争をすると、彼ら自身や他の人々の生命を危うくするのみならず、自分たち自身の生命そのものが生かされているこの惑星の健康をも危うくする。死の兵器のために使用されるあらゆる種類の金属を得るために、地球はめったやたらに略奪される。この惑星の豊かな富を享受する権利を持つ未来の世代の必要に、何の配慮もなされない。数え切れない何百万トンものねじれ曲がり錆ついた鉄が、人間が恐ろしい見世物を演じる“戦争の舞台”を飾る。人間はたえまない爆撃によって彼らの精妙な体(エーテル体)に加えられる破壊を見ることが、いや想像することすら、できない。これまでにないレベルの騒音がこれら(エーテル体)の繊細な被いを破り、切り刻む。人間の躯体はそのような乱暴な扱いに耐えるようにつくられてはいない。かくして、彼らは自分たち自身に対して取り返しのつかない危害を加えている。人が戦争の無意味さに気づくのに、一体どのくらい長い時間を要するのだろうか。戦争は何の問題も解決しない。ただ混乱をつくるのみであり、人間の進歩を阻む。

 言われなければならないことは、ある少数の人々は戦争の行為を好むということである。彼らにとって、(戦場での)勇敢な行為は彼らの意志と技のテストである。しかし主に今日、人々はイデオロギー的な理由のために、大義のために、戦争に惹かれる。であるから、権力の手綱を握る諸国家のリーダーたちが戦争か平和を制定するのである。平和な世界を保障するためには、リーダーを注意深く選ばねばならない。

 この問題に多くの考慮がなされなければならない。中東における最近の出来事は、法のルールに違反し、混乱を解き放つことがいかに簡単かを示した。その違反行為を修正し、解決をもたらすことは、また全く別のことである。

 マイトレーヤはこれらの出来事を注意深く見ておられる。それらが起こるにつれて、緊張とその緩和を正確に計算し、そして絶えず平衡を確立しようとされる。このことに関して、マイトレーヤを通して集中される平和、平衡の霊のエネルギーが重要な役割を演じる。強力で正確なそのエネルギーは、諸国家の国民を非常に困らせる憎しみと争いの本能の潮流を変えている。

 国民自身が彼らの役を演じ始めている。投票箱やデモ行進を通して、彼らの声を聞こえさせ、平和への要求を知らしめている。この時点から、後戻りはない。民衆は彼らの力を感知しつつあり、彼らが欲する平和を彼ら自身がつくりあげていかなければならないことを、そして自由とともに正義が支配するときのみ、うれしい平和が保障されるだろうということを理解し始めている。
増大しつつあるこの認識は、マイトレーヤの早い出現の舞台を整えるだろう。


(シェア・インターナショナル誌2006年12月号)

今月号の内容概説

 シェア・インターナショナル誌のいつものプリズム──ベンジャミン・クレームの情報、彼の師である覚者の著作、ジュワル・クール覚者の著作に基づいた独自の背景──を通して、私たちは世界およびニュースの見出しを見てきた。悲しいことに、今日の見出しと覚者方が提供する助言との間には隔たりがあることに気づく。今月号の記事は、その隔たりをどのように埋め、より健全で公正な未来への道をどのように築くことができるかを示唆している。また、何が変わる必要があるかを浮き彫りにしている──法の支配の尊重を復活させることや、人道に対する犯罪を未然に防ぐためにあらゆる法的手段を用いること、暴力や侵略、戦争を回避するための措置を講じることである。

 ジェフリー・サックス氏は、国際人道法の極めて重要な役割を強調し、国際司法裁判所の歴史的意義とガザ地区での戦争に関する調査結果について述べている。ベンジャミン・クレームとジュワル・クール覚者の両者は、現実的で実現可能な未来について述べ、それを達成する方法を詳述している。ラーズ・グラーフ氏は、常識と協力に基づく実行可能な未来について彼自身のビジョンを付け加えている。ナオミ・クライン氏は、イスラエルの戦争犯罪を批判することへのためらいを克服し、ボイコット(不買運動)や制裁といった手段の使用を奨励している。「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の2023年版の報告書は、心地よく読めるものではない。

 ベンジャミン・クレームの師は、私たち人類の欠点や弱点を指摘する一方で、変化や改革、賢明な助言を喜んで受け入れることといった、あらゆる希望を提供している。覚者はいつものように、諸問題に取り組み、歴史の流れを変えるために共に行動を起こすことの重要性を確認している。「人間の行動におけるこの最も歓迎すべき変化の最初の徴は、現在戦争を糾弾し、正義と平和を求めてデモ行進する何百万人の人々の中に見ることができる」

 覚者は、選択する必要性に強調を置いている──未来のために、万人の利益のために、地球の未来のために、選択をする必要性である。「人間の落ち着きのない奮闘のすべての底に、今日彼らを襲っている多大な問題の解決にはすべての者が責任を分かち合わなければならないという認識の目覚めがある。問題と同様に、その責任も世界的であり、分割不可能であり、そして協力とエゴ(自我)の否定を通してのみ、それらに適切に対処し克服することができるという認識の目覚めがある」

 覚者方からの助言と世界の行動全般との間に大きな隔たりがあるだけでなく、有権者と政治家たちとの間の隔たりと完全な断絶が拡大しているように見える。指導者たちは、大金や大汚職、主流メディアによって保証された非現実性と不可触性に満ちた、防音の泡の中で生きているように見える。この主流メディアもまた、同じ大きな既得権益によって陰で糸を引かれている。彼らは明らかに市民の側に立っていない──市民はきっと、何ができるだろうかと自問しているに違いない。

 何百何千万もの人々が、妥当な未来を選択する権利を行使するこの選挙の年にあたって、次のことが望まれる。「投票箱やデモ行進を通して、彼らの声を聞こえさせ、平和への要求を知らしめている。この時点から、後戻りはない。民衆は彼らの力を感知しつつあり、彼らが欲する平和を彼ら自身がつくりあげていかなければならないことを、そして自由と共に正義が支配するときのみ、うれしい平和が保障されるだろうということを理解し始めている」

編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、未掲載手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームと彼の師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたものである。その他の掲載された手紙は新しいものであり、覚者が関わっているかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。

次の2通は同じ人物からのものです。

「あなた次第です」

 私は地元の店の角に立って、店員と話をしていました。突然、長髪のドレッドヘアで赤い野球帽を被った、中年のアフリカ系アメリカ人の男性が私の隣に現れて、私たちの周囲の空間をとても前向きなエネルギーで満たしたのです。彼は私の方を向いて、オーケストラでも指揮するかのように両腕を持ち上げて、「あなたに幸福な一日を願うためにやって来ました!」と言ってくれました。私は「ありがとう。今日が、あるものすべてです。今この瞬間が、存在するすべてです」と言いました。彼はさらに「幸福な日を過ごさなくてはならないわけではありません。それはあなた次第です。またすぐに会いましょう!」と言ったのです。私が店員の方を向き、向き直ると、彼はいなくなっていました。

 後になってそのことについて考えました。クリスマスの時には、家族の一員が幸福であるように願っていたものでした。その日のそれ以降は、本当に幸せを感じました。誰かが親切にも、私のためにも幸福を願ってくれたのだと思いました。彼の言葉やエネルギーで、同じ喜びの感覚を残してくれたイエス覚者やマイトレーヤとの過去の出会いを思い出しました。それがどなただったのか定かではありませんが、その体験から確かに私は幸福を感じたのです。

 2023年のクリスマス休暇の間、一人の友人が健康と経済的な問題を抱えていて、一時的な住居への支払いが困難になっていました。私は寄付を送りましたが、十分ではありませんでした。私は『手』を通してマイトレーヤに、助けるために他に何ができるかお尋ねすることにしました。一瞬のうちに、ソーシャルメディアへの投稿を作成して、他の友人たちに寄付を頼めるようにするという考えが浮かびました。視覚的な助けがあれば、常に人々の注意を引きやすくなると分かっていたので、私が会員になっている写真サイトへと向かい、投稿に使った添付の写真をすばやく見つけました。興味深いことに、この写真はボストンで撮影されましたが、そこはまさしく友人が住んでいる場所なのです。写真は2018年に撮られましたが、人目を引くものだと思い、もしかして『ファミリア』の姿のマイトレーヤかもしれないと思いました。

 言うまでもなく、投稿によって、友人が新年までの一時的な住居への支払いができるほど十分な寄付が寄せられました。それはまさに彼女が必要としていたものでした。

アン・サリバン 米国、ニューヨーク州ロングアイランド

完全への旅をする建築家

 2024年1月24日土曜日に、オーストリアでのスキー休暇から帰宅する途中、鉄道の駅で待っていた時、興味深い出会いがありました。バイエルン・アルプスのミッテンヴァルトにある小さな鉄道駅のホールでひとり座っていた時、一人の男性が私の方へ歩いて来て、会話が始まりました。彼は年配で、おそらく80代半ばでした。歯がほとんどなく、素敵な濃いブルージーンズに、新しい革製のスケートボード・スニーカーに見えるものを履いていました。頭に野球帽を被り、たたんだ買い物袋を二つ持っていました。かなり薄手の緑色のウィンドブレーカーは、気温が氷点下だったその日、十分に温かいとは思えませんでした。彼はドイツ語で話しかけてきて、どこへ行くのか尋ねてきました。私は彼に、チロル地方でスキー休暇を過ごして、ドイツ北部へ帰るところだと伝えました。それから、十分に温かいかどうか尋ねました。彼は胸の右側を指でたたいて、「これが温かさを保ってくれるよ」と言いました(肉体の心臓とは反対側なので、霊的ハートを意味していると思いました)。彼はすぐ近くのオーストリアの町、シャルニッツに住んでいると言い、ミュンヘン近くのドイツの町、ガルミッシュ・パルテンキルヘンよりも物価が安いと言っていました。私が尋ねないうちから、家賃や公共料金を実際いくら払っているか教えてくれました(夫と私はその地域の住宅費を調べようと計画していたので、彼がその話を持ち出したのは驚きでした)。10分にわたる会話の間に、彼は私に、自分は建築家だと言い、妻が子供を5人欲しがったという話をしました……(私の夫もいつも5人の子供を欲しがっていました)。それは責任が重過ぎると感じた、と彼は言いました。彼によると、息子二人がバイエルンに住んでいるが、「息子たちは物やら何やらが好きなんだ」、だから常にとても忙しい、一方で自分はもっとずっと落ち着いた生活をしていると言っていました。彼は少しスペイン語で話し、それから私たちはフランス語でも会話をしました。

 全体として、彼について最も印象に残ったのは、無執着の表現でした。彼が時間に支配されているという感じは全くありませんでした。彼はまさに今存在していて、彼といると、私もまさに今存在していると感じられました。私たちが次の乗り継ぎ先であるバスへと向かおうとする直前、彼はさようならと言い、「あなたが健康でいられますように」と言ってくれました。私は最近、ストレスが自分の健康を損なっているのが気がかりでした。けれども、彼がそう言った時の言い方で、私は自分の健康を掌中に握っていることを悟りました。彼がドアから歩いて出ていく時、ジーンズの右の後ろポケットのすぐ上に大きな裂け目があって、下に着た保温着がのぞいていました。後になって、夫と私が隣駅に到着してバスを降りると、突然、彼がそこにいて、再び少しだけ私たちと話をしました。その時に、彼の野球帽のロゴが「完全への旅」となっていることに気づいたのです。

エリッサ・グラーフ ドイツ、シュタイアーベルク

読者質問欄

「第二次インティファーダ」つまり「第二の蜂起」は、イスラエルの当時の右派野党指導者であったアリエル・シャロンの挑発的行為によって引き起こされた。第二次インティファーダは、シャロンが意図的にイスラム教の聖地アル・アクサ・モスクを訪れたことから「アル・アクサ・インティファーダ」とも呼ばれる。この蜂起は2000年から2005年まで続き、推定3,000人のパレスチナ人と1,000人のイスラエル人が死亡する結果となった。2004年当時、ジョン・ケリーはアメリカ大統領候補であった。
名前は変わり、主要な人物は入れ替わったが、解決や安定した持続可能な和平への障壁となっている問題は、いまだに現代の私たちを悩ませている。パレスチナ人のための正義は依然として達成困難であり、パレスチナ人のための自治と実現可能な祖国にしてもそうである。一方、イスラエル人のための安全保障についても合意されてはいない。
以下の質疑応答は、シェア・インターナショナル誌2005年1月号に掲載されたものである。

Q ジョン・ケリー氏は、イスラエル政府とその行為を支持すると言いました。彼はその態度を変えるでしょうか。
A イスラエル政府とその行為を支持すると言うことは、多くの疑問を浮上させます。彼はパレスチナ人に対して用いられているテロ行為を支持しているのか?  もし彼にそう尋ねたら、彼は何と答えるでしょうか。私個人としてはパレスチナで行われているイスラエルの行動を支持しません。では、私はイスラエルを国連の一メンバーとして支持するか? イスラエルは国連の一員ではありますが、国連憲章を遵守しておらず、イスラエルに反対する63もの国連議決があります。彼らはアメリカの支持を得ているので、これらの議決を実行していません。アメリカの支持をなくしてしまえば、イスラエルは6カ月で破産してしまうでしょう。

 ケリー上院議員に、イスラエルが取っている態度を彼が支持するのかどうかを尋ねてみなければなりません。それは単に自衛のためだけではありません。なぜなら、これはパレスチナの人々を迫害するために用いられる口実にすぎないからです。イスラエルは、パレスチナの人々を迫害しなくとも容易に自衛することができるのです。もし彼らがすべての分野においてパレスチナの人々の迫害をやめたなら、彼らが何よりも恐れているテロ攻撃、自爆攻撃の圧力はずっと少なくなるでしょう。自爆攻撃者を彼らは何よりも恐れます。

 誰かがバスに乗り込んできて、自分自身を爆破させるのです。なぜそんなことをやるのか。それをやる以外、他に方法がないからです。彼らは軍隊も武器も持っていないのです。またそうすることの影響が非常に強力であることも知っているからです。彼らは速やかにアラー神のもとに戻り、殉教者になり、そして家族が何がしかの金銭的報酬をもらうことも知っているからです。彼らはイスラエルによって故意に貧しい状態に置かれています。イスラエルは彼らが働くことも、今までやってきた仕事をするためにイスラエルへ出かけることもできないようにしています。彼らは果樹園を持っていましたが、イスラエルはそれを伐採してしまいました。ですから彼らはどうやって生きていけばいいのですか? 彼らは絶望しています。未来に何の希望もないのです。

 イスラエルは、彼らが生きようが死のうがかまわないのです。死んでくれた方がまだいいとすら思っているでしょう。実際に出かけていって彼らみんなを銃撃したいと思っているというわけではありません。一部の人はそう思っているでしょう。ちょうど一部のパレスチナ人がイスラエル人を皆殺しにしたいと思っているように。しかし、パレスチナが自分たちの生活を非常に難しくしているので、シリアやレバノン、ヨルダンへ行ってくれれば、イスラエルの問題は終わると思っているのです。それに自分たちの行動への罪の意識も感じなくて済むのです。

 イスラエルはパレスチナ人の領土を奪ったのですから、非常な問題を抱えています。彼らはそのことと、原因と結果の法則を知っています。ですからいずれそれを返却しなければならないということを知っているのです。それが彼らを怖がらせ、苛立たせているのです。ですからあらゆる手段を尽くして、私たちから見てどんなに違法であろうと、嫌な方法であろうと、恐ろしい方法であろうと、パレスチナ人を屈服させようと、つまりテロをやめさせようとしているのです。

 しかしある種の人々、ハマスやシリアにいるヒズボラは決してテロをやめようとはしないでしょう。なぜならそれが彼らが持つ唯一の武器だからです。イスラエルの存在権を決して認めないパレスチナ人がいるように、元々パレスチナ人のものだった土地へのパレスチナ人の権利を認めないイスラエル人もいます。ヨルダン川西岸の土地ですら認めないのです。それはマイトレーヤの要請に応えて、亡くなったヨルダンの国王がパレスチナ人に贈り物として与えた土地なのです。この問題について何らかの合意、ある種の見解の妥協がパレスチナとイスラエルの間に成立しない限り、闘争もテロも終わらないでしょう。

 私は当初からこの状況はマイトレーヤによってしか解決できないと言ってきました。今でもそうだと確信しています。これまで見てきたこと、聞いてきたことから、決して他の方法は考えられません。

 1988年に最初にマイトレーヤが出された予測の一つが、「パレスチナ人は故国を持つだろう。イスラエルの軍隊はヨルダン川西岸地区とガザから撤退するだろう。二つの国は地域の資源を分ち合って共に暮らすだろう」というものでした。それが起こるのは、大宣言の後、マイトレーヤが公に受け入れられてからのことになるでしょう。イスラエルは次の1、2年の間にあるいは何年間にわたろうとも、多くのことをあきらめなければならないでしょう。それがどんなものであろうとも。

Q あなたは、マイトレーヤがアラファト氏にオスロ協定に署名しないようにと助言されたと言われました。アラファト氏はマイトレーヤのことを知っていたのですか。それともマイトレーヤはアラファト氏に別の人として現れたのですか。
A アラファト氏はロンドンへ来ました。1990年にロンドンでマイトレーヤが開いた会議にアラファト氏は出席したのです。彼は350人ばかりの参加者の一人でした。ですから、彼はマイトレーヤのことを知っていました。

Q 彼はこの話の全容を知っていたのですか。
A はい、確実に。

2024年2月号目次

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
覚者たちの誓い

統一された世界のビジョン:
グローバル・ユニオン ―第一部
ラーズ・グラーフ

オカルト化学の科学性と秘教性
チャールズ・リードビーターとアニー・ベサントの仕事
ベッティ・ストックバウワー

キング牧師の抗議活動の遺産が攻撃を受けている
テキーラ・ジョンソン、スー・ユードリー

愛は輝く光:
聖シャルベルの生涯と言葉
エリッサ・グラーフによる書評

この新しい年に、 化石燃料を減らそう
デビッド・スズキ

最高裁が気候変動訴訟の差し止め請求を棄却
ジェシカ・コーベット

生活の霊的基礎 ― 選集
The spiritual basis of life – a compilation

編集長への手紙
覚者の助け 他

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

読者質問欄

この欄では、インタビューや講演の膨大な記録の中から、ベンジャミン・クレームと彼の師である覚者が40年以上にわたるたゆみない奉仕の一環として提供してきた、幅広い話題に関する質問への回答を紹介する。

「天使」

Q 人間として暮らしている天使は存在しますか。
A 天使は何百万も、何兆も存在しますが、人間として暮らしてはいません。彼らは人間と並行する進化にいます。亜人間のエレメンタルから人間を超えた霊的巨人まで、あらゆるレベルの天使が存在します。

Q 彼らは自分が天使であることを知っていますか。
A 人間以上の存在は、もちろん知っています。しかし、エレメンタルのレベルでは、高次の天使や覚者方の命令どおりに働いているだけです。覚者方は天使といつも一緒に働いています。

Q 彼らと普通の人々との違いは何ですか。
A 多くの人々は天使を見ています。自動車事故や列車事故などの大災難から救ってくれた人々として、あるいは家にやって来て病を癒してくれた人として。ますます多くの人々が天使を見たと報告しています。彼らは人間のように見えたり、光を放つ美しい存在であったり、「威厳があって、肩まで垂れる長い髪をしていて、光り輝き、大きな翼を持っていた──ちょうど聖書に出てくる天使のようだった」などと描写されています。しかし、天使は翼を生やしていたり、聖書の記述のように見えたり、人間のように見えたりすることはありません。聖書のすべての天使についての記述、人々が天使だと思ったあらゆる場合が、覚者のことなのです。覚者方は、人々が天使と見なすような姿に変装します。本物の天使は偉大な治癒力を持ち、いつの日か彼らも人類と共に働くことになるでしょう。

(シェア・インターナショナル誌2003年10月号)

Q 自然災害についてコメントをいただけますか。その背後には理由があるのですか、それともそれはただの自然の力ですか。
A そのどちらでもあり得ます。しかし多くの洪水、地震、火山の噴火、その他あらゆる種類の災害は、人類の破壊的な想念形態の結果です。私たちは破壊的な考え方をします。戦争や飢餓を生み出しています。世界の一方が贅沢に暮らし、他方が窮乏と欠乏の中で死んでいる状況をつくります。それは破壊的であり、その破壊性が人類の均衡を乱しています。それが、世界の天候や気候を生み出す仕事をしているエレメンタル・フォースの均衡を乱します。これらのフォースはデーヴァ(天使)界のエレメンタルです。それは大規模なものもあり、巨大な天使的存在の衝動の下で働く盲目的なエレメンタルもあります。覚者方はこれらのフォースを利用することができます。あることを欲するとき、彼らはデーヴァ・エレメンタルや天使に呼びかけて共に働きます。人々は天使について話しますが、天使とは何かを知りません。天使は人類とは別の進化の道をたどりますが、私たちと関係を持っています。何十億もの天使がおり、最も単純で盲目のエレメンタルから巨大なフォース、太陽光線が地球に到達するのをコントロールするような偉大な天使に至るまで存在しています。それらのことはすべてコントロールされています。人類は自らの想念形態がいかに破壊的かについて何も知りません。

(シェア・インターナショナル誌2005年8月号)

Q なぜ今これほど天使に関心が持たれているのですか。ただの一時的な流行でしょうか。
A それは一時的な流行ではありません。一般大衆に対する覚者方の出現のとてつもない増加の結果です。しかしそれは「天使」の姿や形を取っています。これらの「天使」のそれぞれが覚者であり、通常は覚者によってつくり出された想念形態です。これは奇蹟の創造がとてつもなく拡大するだろうとマイトレーヤが約束されたことの線に沿ったものです。天使(デーヴァ)は確かに存在します──彼らは亜人間から超人までの様々なレベルにある、人間と並行する別の進化に属するメンバーです。しかしながら、様々な個人やグループによってなされている主張にもかかわらず、彼らは現時点では人類と直接に接触していません。

(シェア・インターナショナル誌2001年3月号)

Q ますます多くの人々が「天使」との遭遇について語っています──ある人々はこれらの「天使」は様々な姿をとる覚者方であると認めています。このような訪問(肉体的に、もしくは夢で)を経験する幸運に恵まれるのは、世界の人々のうち大体何%ぐらいなのでしょうか。
A 約80%です。

(シェア・インターナショナル誌1996年3月号)

Q ギッタ・マラスの書いた『天使たちとの対話』という本は、第二次世界大戦の間に天使たちとして知られるようになった霊的な存在と定期的に対話した4人のハンガリーの若者たちについての実話に基づく伝記です。これは霊ハイアラキーが人類と直接接触した実例ですか。もしそうならば、覚者方はこれらの接触に関わっていましたか。
A 「天使たち」はイエス覚者、モリヤ覚者、クート・フーミ覚者の変装した姿でした。

(シェア・インターナショナル誌2003年2月号)

編集長への手紙

シェア・インターナショナル誌には、未掲載手紙の保留分が多数あり、それらはベンジャミン・クレームと彼の師によって、覚者方あるいは「代弁者」との本物の出会いであると確認されたものである。その他の掲載された手紙は新しいものであり、覚者が関わっているかどうかを確認すること、もしくは示唆することもできないが、読者の考慮のために、これらの手紙は提供されている。

次の4通は同じ人物からのものです。

覚者の助け

(1)1992年の春、吹雪の数日後に高校から自宅まで車を運転していました。いつもの曲がり角に差し掛かった時、半解けの雪に乗り上げて、ゆるやかに道路から滑り落ちてしまいました。ほとんど崖になっている急斜面の端へ向かっているのが分かっていても、できることは何もありませんでした。それを考えると、私の落ち着きは驚くべきことでした。どうにか車は丘を転がり落ちる寸前で止まりましたが、右側のタイヤは両方とも地面から離れて、後輪一つは約90センチも宙に浮いていました。私は非常に注意しながら、何とか前側のドアの一つから脱出しました。レッカー車の男性がやって来ましたが、「今にも落ちそうだ」と言って車に触ることを拒否しました。それよりも彼は、車が引っかかっていた崖から約24メートル下の家の人たちを避難させて、もう1台のレッカー車の助けを求めて電話をかけました。その2台で私の車を難なく持ち上げることができたのです。
 私はおそらく、死に至るような状況を回避する『特別な』助けをいただきましたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、イエス覚者からの助けであったことを確認した】

覚者の手を取って

(2)1998年か1999年のことでした。サンフランシスコで伝導瞑想研修会が開催された金曜日の夜、私が部屋の中と、間もなく瞑想を始めようとしている人たち全員をじっと眺めていた時、吹き抜けの階段の近くに奇妙な人物が二人いるのに気づきました。その二人の中年男性は、みすぼらしい格好のために目立っていました。誰も彼らを知らないようでしたが、部屋の中にいる人と同じくらい大きな声で自信たっぷりに話をしていました。彼らの振る舞いは、すべてが彼らにとって『古い帽子』で、疑いようもなく彼らはその場に溶け込んでいるという印象を与えていましたが、外見が明らかにそれとは相反していました。
 全員が着席すると、二人のうちの一人が私の隣に座り、私は人生で最も集中した強烈な瞑想を体験しました。その二人の男性は覚者方でしたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、彼らがマイトレーヤとイエス覚者であり、瞑想中に筆者の手を握っていたのはイエス覚者であったことを確認した】

彼を認識するでしょうか?

(3)2003年のデンバーでのシンコ・デ・マヨの祝祭で、私たちの広報用ブースにやって来た人たちと話をしていた時、突然、ヒスパニック系の男性が私の背後に自転車を止めたのに気づきました。そこは私たちのポスターの前で、「もし仏陀やキリストに会ったなら、あなたは彼を認識するでしょうか?」という表題でした。その男性はとても背が高く、長髪で、30代か40代でした。ひどい歯並びの、とても貧しい人のように見えました。
 けれども、彼はとても親しみやすい人でニコニコとしていました。雲が移動して、何とも気持ちの良い天候になったという話を私がしたと思います。彼はその話題を取り上げて、さらに話を続けると、間もなくとても良い天気になるだろうと言いました。5月5日から10日の間にもう一度吹雪になるだろうが、その後はとても良い天候になり、もう雪は降らないと言っていました。貧しい身なりをした、チノという名のこのヒスパニックの男性が、汚れた毛並みのチコという名の犬を、自転車のハンドルの背後にどうにか取り付けた筒型のスポーツバッグに詰め込んで、穏やかな確信を持って天気予報を伝えてくれることが私には奇妙に感じられました。私たちはしばらくおしゃべりをしました。彼はカリフォルニアの出身で、その地域の家族を訪ねようとしていました。暑すぎなければ、寒いよりも暖かい方が好きだと言っていました。彼が自転車をポスターの前に止めていたので、人々からポスターが見えないのではないかと思っていました。彼は私の考えに気づいたように、自転車の移動を申し出てくれました。けれども、私が「大丈夫です」と言ったのは、彼がマイトレーヤかもしれないとうすうす思っていたからです。彼がポスターの前に立っているのは、むしろ適切で愉快なことだと思ったのです。
 彼は「良い一日を」と何度も繰り返して、心温まるお別れも言ってくれました。これが私にとてもよく当てはまっているように思えたのは、来るべき時代の明るさを知っているにもかかわらず、今の世界の不正義に対して、たびたび深刻になり過ぎて、圧倒されてしまうためでした。さらに言うと、5月10日は実際に吹雪になり、多くの人々にとって驚きでしたが、それ以来ずっととても良い天気でした。チノは注目すべき人物でしたか。
【ベンジャミン・クレームの師は、チノがマイトレーヤであったことを確認した。また、『チコ』はイエス覚者であったと師が述べていたように思う】

ハートに置かれた手

(4)数年前、ボールダー・クリーク・フェスティバルで、私たちのブースを一人で担当していた時、二人の小柄な男性が向かい側にあるブースで立ち止まったのに気づきました。一人はおそらく30代で、とりわけ陽気な人でした。黒髪にとてもふさふさとしたあごひげを生やし、他の国の、たぶん中東出身のように見えました。もう一人は、彼の霊的な教え子のようでした。20代に見えました。金髪で、ずっと物静かで真面目でした。
 あごひげの男性は、向かい側で大変な騒ぎを起こしていました。巨大なおもちゃの剣を手に取って楽しそうにふざけて振り回し、かなりの物音を立てていました。彼を観察しながらとても楽しい時間を過ごしていた時、私はマイトレーヤのことを思い、彼の体現する愛がどうして裂開の剣と呼ばれるのか考えていました。
 彼らは私たちの広報ブースにやって来て、とても熱心に見ていました。彼らの朗らかな雰囲気に馴染めなかったので、正直、私は少し堅苦しく感じていました。私たちは奇跡について少し話をしたと思います。彼らには独特な雰囲気があることに触れ、どこから来たのか尋ねました。あごひげの男性は、ペルシャと答えてくれました。現在ではそのような場所はないので、変だと思いました。彼に霊的な背景があるかどうか尋ねると、ゾロアスター教徒だと言いました。私たちが展示していた『マイトレーヤの手』のポスターについて彼が尋ねてきたので、私は経緯について説明しました。それは象徴的なものだと思うということ、そして手の跡は鏡に現れたということを伝えました。また、人が自分自身の内を見つめるとマイトレーヤからの祝福を見いだすかもしれないということを、その手の跡は示唆していると伝えました。彼は私のハート・チャクラに手を置くことによって応答し、しばらくそのままにしていました。心の中で、これはマイトレーヤとイエスかもしれないと思いながら、エネルギー的な相互作用をどこかで期待していましたが、全く何も感じませんでした。彼らはその後、すぐに去っていきました。
 あごひげの男性がマイトレーヤで、若い方の男性がイエス覚者でしたか。
ザック・キャッスルマン 米国、コロラド州ボールダー
【ベンジャミン・クレームの師は、あごひげの男性がマイトレーヤで、もう一人の男性がイエス覚者であったことを確認した】

生活の霊的基礎――選集

The spiritual basis of life ──   a compilation

生活の霊的基礎というテーマに関する引用文の選集を掲載する。引用文は、マイトレーヤのメッセージ(『いのちの水を運ぶ者』『いのちの法則』)、ベンジャミン・クレームの師の言葉(『覚者は語る』第・巻、第・巻)、およびベンジャミン・クレームの著書から抜粋したものである。

 霊的生活は信条や礼拝とは関係ありません。それは神性との一瞬一瞬のつながりの感覚、神や他者と分離していないことの感覚です。あなたの子供に、模範によってこのことを示しなさい。そうすれば、彼らはあなたの目の前で神性の模範として成長するでしょう。

(『光の勢力は集合する』

 人類の霊的危機は今日、政治と、特に経済の分野を通して集中しており、そこで解決されねばなりません。ということは、魂の様相、霊的な様相が持ち込まれねばなりません。
 私たちは自分たちがやっていることを見直さなければなりません。そしてそれを変えなければなりません。人類は、変わるか、死ぬかです。このことを覚者は非常に明確に記述されています。「協力は和合のもう一つの言葉である。和合と協力がすべての人間にとっての未来への跳躍台であり、達成への保証である。人類の裡に偉大なる力の貯水湖が未開栓のまま横たわっており、協力の魔術によって解き放たれるのを待つ」

(『協力の術』)

 社会の再建が、分裂を最小限にとどめながら、徐々に行われるだろう。分かち合いと愛に基づいた社会を願う人間の希望は、徐々にかなえられるだろう。新しい時代は、各人にそれぞれの正当な場を保証するだろう。これらの新しい形態が、人間の中にいまだ漠然としか感じ取られていない神の属性を表現させていくだろう。これまで自覚されていなかった知覚と受信の能力が人間の裡に目覚め、人間の霊的基礎についての理解が速まり、人間の内的神性がますます高まるリズムで顕されるだろう。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』─社会生活への新しいアプローチ─より)

 わたしの教えは二重である。一つは、人間の物質面にかかわることであり、人生の必要事項である。もう一つは、我々が神と呼ぶあの聖なる存在と人間との関係についてである。わたしの言語の中では、これらは同じものである。なぜなら人間同士が正しい関係を築いてこそ、神との正しい関係を築くことができるのであるから。わたしの計画は、これをあなたがたに示し、人が己自身の裡に、分かち合い、愛し、信頼する能力を見いだす時、その瞬間から神へ向かう登り道が始まることを教えることである。

(『いのちの水を運ぶ者』第29信より)

 私たちは、霊的という言葉は、すべての人々のための、大部分の人々のための積極的な改善を意味するものだと理解しなければなりません。霊的という言葉は、人々を人生のより高位の状態に引き上げる何かを意味するものです。それが物質的、情緒的、メンタル的、霊的あるいは魂の世界であっても同じことです。人類を向上させるものは何でも基本的には霊的であると言えるのです。それは宗教に限ったことではありません。宗教は一つの手段にすぎません。私たちは意図において基本的には霊的である政治的、経済的、社会的構造をつくり出さなければなりません。

(『死海文書と義の教師』「不朽の智恵の教え」より)

 わたしの使命は始まる。わたしは出現するにつれて、世界の前に変化の必要性を提示しよう。これらの変化は、我が友よ、天与のものである。人は、神に向かって進むにつれて、その霊性を実践する必要がある。人間社会のすべての機構が、聖なる光で輝かねばならない。すべての人間の思考のしかたが、裡なる神を顕さねばならない。この真理が、我が友よ、変化の基礎にある。これを知るとき、あなたがたは喜んでこの必要を受け入れるだろう。

(『いのちの水を運ぶ者』第96信より)

 今、我々は本質的に霊的危機に直面しているのだが、それは政治や経済の分野を通して表面化している。であるから、マイトレーヤは政治と経済の領域内で働く決意をされ、そして分かち合いの原理を強調され、それが人間の未来のすべての進歩への鍵であると言われた──「分かち合うとき、あなたは兄弟のなかに神を認める」。「人間は分かち合うか死滅するか」。分かち合いは聖なる原理である。すべての機構はその内的神性を反映しなければならないことを認めるまで、我々は進化の旅路において一歩も先へ進めないだろう。我々がそれを認識するや否や、全く新しい状況への扉を開く。

(『マイトレーヤの使命  第Ⅰ巻』)

 行動は彼ら自身から起こさなければならないことを、人々は認識しなければならない。さもなければ、何も新しいことは起こり得ない。人間がこれに気づくとき、彼らは自然に、希望に燃え立つハートで、行動するだろう。そのようであろう。そのようにして人間は彼らの運命を全うし、彼らの前に開かれる新しい時代のためのより良い枠組みを創るだろう。
 マイトレーヤは、人間を正しい関係に導くための彼の仕事の始まりにいるにすぎない。しかし、すでに彼のことばが何千万の人々を勇気づけ、行動して、彼らの運命を、革命を通してではなく、自分たち自身の運命の啓示を通して、当然の権利として要求するように活気づけるだろう。

(『覚者は語る  第Ⅱ巻』─人々はマイトレーヤに気づく─より)

 政治の道徳的、霊的側面──多くの教会の指導者が民衆の弁護のために公に出て来ている。彼らは政治家に挑戦して、権力を持つ者が迂回することのできない道徳的、霊的な側面を突いている。もしこの側面が回避されるならば、必然的に危機が訪れる。
 商業主義だけでは浅薄な信条であることを認識しはじめている政治家が出て来ている。基本原則の明確な再考察が他の優先事項、つまり基本的な必要をまず満たすというようなことを生じさせ、それは経済的・政治的方針の再検討につながるだろう。

(『いのちの法則』)

 私たちは世界の経済機構を変革せねばなりません。そうすることがより正しいからではなく、それが非常に邪悪で不正義なものだからです。私たちがそれを変革しなければ、世界を破滅させるでしょう。事は単純そのものです。私たちは調和に基づいた、したがって平衡のある社会で、本来の生き方(魂としての)をし始めることができるように、それを変えねばなりません。その平衡があるとき、私たちは自分たちが本来誰であり、何であるのかについての認識を増大させるのです。それが私たちの危機であり、今日の私たちの問題です──自分が誰であるかを知ること。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅲ巻』)

 分かち合いは聖なることであり、神の子供たちのための神の大計画の一部であり、いつの日か具現されねばならない。人間が分かち合うとき、分割は狭まり、分離は癒されるだろう。そして三つの主要な政治構造を通して、神の愛と意志と知はより正しく反映されるだろう。すべての人間が参加する真の民主主義が今日のまがいものに取って代わるだろう。新しい自由の精神が共産主義の理想に温かみと愛を添えるだろう。情け深い神の意志を具現する真に霊的なハイアラキー(階層)が、いつの日か現在の権威主義的統治に取って代わるだろう。このようになるだろう。このようにして外的形態が内面の聖なるいのちと目的を反映し、人間に新しい表現と関係の様式を提供し、神の特質がますます実現されていくだろう。

(『覚者は語る 第Ⅰ巻』─新しい時代の政治形態─より)

 この地球を搾取することをやめ、その資源の悪用をやめねばなりません。動・植物界の搾取やそれらの生命の悪用をやめ、一つの世界、一つの人類、一つの生命であることを示さねばならない。これが人間の運命です。人間の役割は、動・植・鉱物界、その霊的エネルギーの伝導者として働くことであり、そうすることによって、神の共働者となるのです。これが人間の真の約束です。もし人間が霊的生活を宗教生活にだけ委ねているのでは、この約束を果たせません。人間が真の霊性を生活のすべての面にあらわすときに初めて、それを行うことができるのです。それは、政治・経済・社会生活を含まねばならず、現在の機構は、もはやわれわれの真の要望に応えることができないゆえ、変えられねばなりません。

(『世界教師(マイトレーヤ)と覚者方の降臨』)

 すべての国の憲法は究極的には自由と解放と救済という三つの原則に基づくものになるだろう。自由は個人的レベルで作用し、解放は国家的レベルで作用し、救済は霊的レベルで作用する。世界的相互依存というリアリティ(現実)がわれわれの認識の中で確立された事実となるだろう。そうなる時、「すべての人間は兄弟姉妹である」という事実が制度機構や実際的活動計画の中にますます取り入れられて、この実体を反映するものとなるだろう。諸国家も同胞愛、共通の目標、共通の抱負を体験することができ、そうなるだろう。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』「マイトレーヤの予報」より)

偉大なるスペインの詩人、フェデリコ・ガルシア・ロルカが飢餓の終止について述べた素晴らしい声明がある。

「飢えが地上から除去される日には、世界がかつて知ったことのない最大の霊的爆発があるであろう。その偉大なる革命の日に世界中にどっと沸き上がる喜びを、人類は想像できない」

これは非常に大胆な主張に思えるかもしれない。しかしこれは、豊かなる世界において飢餓を除去することが人間の神性への最初のステップであることを認識したものであると信じる。なぜなら、それは人と人との間の正しい関係への最初のステップであるから。人類は一つであることを認めて、世界の資源をすべての人間の間で分かち始めるや否や、我々は神となる道への最初のステップを踏む。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

 世界の一般の人々によって、その努力がすでに始められているのを見て、わたしたちの心(ハート)は喜ぶ。わたしはそのような人々に今語りかけている。あなた方の声を大きく上げなさい。あなた方の必要を世界に告げなさい──平和の必要を、正義と自由の必要を、宗教や皮膚の色や人種が何であれ、すべての人間が調和のうちに生きることの必要を告げなさい。すべての人間は本質的にひとつである。彼らはわたしの兄弟であり、わたしは一人ひとりを愛する。わたしの愛の祝福はあなた方すべてに流れる。

(マイトレーヤ、2008年3月27日、『覚者は語る 第Ⅱ巻』)

 多くの人々はこの基本的な真理に自分たち自身で目覚めつつあり、分かち合いを、不正義や戦争への答えとして見ている。かくして、多くの人々はマイトレーヤの呼びかけに応える用意がある。危機が、もはや機能しない、あるいは決して長いこと機能させておくことのできない古く廃れた形態や機構の不安定な構造に、よりいっそう深く切り込んでいくにつれて、この認識は増大するだろう。マイトレーヤが話すとき、彼はこれがそうであることを、世界は、すべてのところに住む国民の心の必要に基づく新しい、より良い形態を採用していく用意があることを示すだろう。マイトレーヤの仕事は、人間の一体性と和合、相互依存と目覚めつつある神性についてのこの増大しつつある認識を集中させ強めることである。かくして、マイトレーヤと人類はこの世界の復興のために共に働くだろう。

(『覚者は語る 第Ⅱ巻』─世界の復興─より)

 我々は誤った原理──競争、分割、分離主義、不平等──に基づいた機構を築いてしまった。これらはすべて我々の内的リアリティと完全に対立するものである。内的リアリティは人間の一体性であり、すべての人間に潜在する聖なる特質を分かち合う。内的な輝きの表現を可能にする正しい外的形態が必要である。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅰ巻』)

質問 来るべき時代のための適切な社会、経済制度とはどのようなものでしょうか。
 私の考えでは、それは人間がお互いの間に、そしてこの惑星との間に持つ内的なつながりを反映するものでなければならないでしょう。維持可能な充足の原理が現在の過剰生産と競争と浪費の制度に取って代わらなければならないでしょう。ですから、相互依存と協力と社会正義と自由と分かち合いが、発展性のある霊的基盤を持つ制度の基調となるでしょう。また、それは人間の個人的なイニシアチブ(発案、工夫)と創造的な企画を考慮に入れ、それが発揮できる機会を提供しなければなりません。ただし、それは社会正義や集団の福利を犠牲にするものであってはいけません。
 ……これは資本主義対共産主義ではなくて、社会民主主義あるいは民主社会主義であり、すべての国民が自分たちの政治に完全に参加できる制度です。人民の、人民のための、人民による政治に、家庭の主婦も医者も芸術家も教師も、あらゆる人々が自分たちの役割を完全に果たすでしょう。それは、これまでに西側でも東側でも達成されたことのないことであります。

(『マイトレーヤの使命 第Ⅱ巻』)

 正義と分かち合い、正しい関係と平和──これらは永遠なる神の属性であり、それなしに長期間の進歩は不可能である。人間は今その発見の瀬戸際に立つ。新しい未来が招き、人間の変貌した凝視を待つ。その未来に入り、その未来を創って、人は、長い間隠されて認知されなかった神性を、しかし本質的に完全なままで永遠に真実なる神性を、自分自身にそして兄弟姉妹に明らかにするだろう。

(『覚者は語る  第Ⅰ巻』─弟子たちと大計画─より)

 変化のための手順を開始し、人間の裡なる神が輝き出づるように、人の生活を変換させる時がきた。これは、我が友よ、なにもむずかしいことではない、なぜならあなたがたの裡にそのような聖なる存在が宿るのであるから。わたしの任務は、その輝かしい光をあなたがたの裡に呼び起こし、本源へお連れすることである。

(『いのちの水を運ぶ者』第74信より)

覚者たちの誓い

──覚者より
ベンジャミン・クレーム筆記

 戦争の暗雲が次第に増し、平和の陽光が闇に包まれていくにつれ、人類の反応は二重である――好戦主義者たちの意志を無言で受け入れ、追従することと、彼らの計画と企てに対する積極的な活気ある抵抗である。今日、わたしたちには両方の反応が同じ割合で見られる。世界の半分が(底に横たわる原因を認知することなしに)“テロとの戦い”というグラマーにとりつかれ、またテロ行為自体にとりつかれている。後の半分はテロ行為を嘆き、そしてその発祥についての理解の欠如を嘆いている。大規模の変化のみがこの残虐な悪を終わらせる鍵であることを彼らは知っており、世界をあまりにも不公平に分割している不平等を認知し、それに対処することを諸国家の指導者たちに呼びかける。
 この後者のグループは増大して、世界の安全を非常に脅かす者たち、現在、権力の座にいる者たちの計画に対する彼らの抵抗を増さなければならない。彼らはお互いを見つけて、一緒に働かねばならない。平和を求め、正義の顕現を請い願う無言の大衆(サイレント・マジョリティー)のために働き、そして語るのだということを知る必要がある。
 平和は、正義が支配するとき、分かち合いが人間の心(ハート)を開き、人々を信頼することに目覚めさせるときにのみ、訪れるだろう。かくして、人は正義と分かち合いのために働き、声高に語らなければならない。正義と分かち合いのみが人間の苦しみを、テロ行為と戦争を終止させるだろう。あなたたちの兄であるわたしたちは、わたしたちの役割を果たす用意がある。わたしたちは「共通の利益(善)」のためのあらゆる行動を強化するだろう。わたしたちは、自分たちの力を顕す機会を待っている――過去の間違いを正すのを助け、戦争の無益さを人間に示す。わたしたちは、戦争の終止を呼びかける者たち、人事の中に健全さとバランスの回復を求める者たち、すべての者のための正義(公正)と自由の創造を求める者たちすべてを支持することを誓う。
 わたしたちにあなた方を助けさせてほしい。わたしたちの役割を果たすことができるように、助けてほしい。わたしたちは、いつものことながら、「共通の利益」のために行動することを願う、それが人類すべての最善の利益であるとわたしたちは思う。かくして、わたしたちは分かち合いを提唱する、かくしてわたしたちは正義を勧告する、かくしてわたしたちは自由と平和を分かち合いと正義の確立の頂点として見なす。
 この世界の救済のために共に働こうではないか。人類種族の利益のためにお互いの(意見の)相違を放棄しようではないか。健全な行動を勝利させて、人類に平和のための彼らの共通の必要を理解させよう、そして病める世界を復活させようではないか。
 多くの者が未来を恐れながら待つ。人間が道を見失ったのではないか、いまや平和への道を見いだすには遅すぎるのではないかと恐れる。わたしたちの勧告はそうではない。平和への道は簡単に見いだせることをわたしたちは知っている、正義と信頼の創造を必要とするのみである。分かち合いのみがその信頼を生み出すだろうということを、そしてそれが人類にテロ行為と戦争の両方を放棄させるようになることを、わたしたちは知っている。そのようになるだろう。そのようにして、人類はついに恐怖と不信のグラマーから解放されて、実際にそして歓びのうちに未来を創造する用意を整えて、マイトレーヤの「同胞愛と正義」のメッセージに応えるだろう。
(シェア・インターナショナル誌2004年1・2月号)

2024年1月号目次

 

覚者より ベンジャミン・クレーム筆記
覚者たちの誓い

編集部より

視点
2024年、 長期的視野に立ったリーダーシップが必要である
メアリー・ロビンソン

イスラエルに対するジェノサイド訴訟
 ダイアナ・ブトゥ氏へのインタビュー

国家主義、 人種主義、 政治
アート・ユリアーンス

時代の徴
空の徴

マイトレーヤと私たちの人間性への行進
ポーリン・ウェルチ

ガザの子供の犠牲者を表す1万足の子供の靴

S.O.P. -われわれの惑星を救え!
COP28での合意と反応
緊急警告が次々と発せされる
ミミズへの賛歌

ハンナ・アーレント 全体主義体制
ドミニク・アブデルヌールによる書評

人間性を保つ
ジェイソン・フランシスによるユヴァル・ラハミーム氏へのインタビュー

編集長への手紙
私の路線に

2024年の表紙の絵
「儀式」

読者質問欄
回答 ベンジャミン・クレーム

シェア・インターナショナル誌は、新しい時代の思考の二つの主な方向――政治的と霊的――を統合する。